パパ・パパゲーノ -64ページ目

最後の晩餐

 ミラノへ行ったら、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を見てみたいと思っていました。サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会にあることもよくは知らずに出かけました。教会の入り口の左脇に別の入り口があって、そこがチケット売場になっています。1日中人ごみが絶えないのではあるまいかと思われるほど、切符を求める人でごったがえしていました。やっと順番がきてお姉さんに聞いたら、「チケットは売り切れです。2週間先まで」ということでした。事前によく調べていかなかったのを悔やみました。


 教会の長方形の食堂の短辺の壁面に描かれたこの絵を見るには、15分きざみで一度に25人ほどずつに限られているのだそうです。3重くらいの厳重な扉で仕切られた廊下に順に入って、やっとうす暗い空間で空前の大作にまみえることができる。


 そんなに複雑な入場制限があることを知らずに出かけたこちらが悪い。あきらめて帰りかけたら、なんという幸運でしょう、アメリカ人らしいお嬢さんが、今から(3時45分)入れる切符を手にして、「もう行かなければならない時間です。ムダになってしまうので、これあげます」という意味のことをおっしゃった。タダでもらうわけにも行きませんので、お金を渡してその切符を受け取りました。定価は1枚6.5ユーロのチケットです。ありがたいことでした。このとき3時半くらいです。ご先祖によっぽど善行を積んだ人がいたのかしら、と幸運を喜びました。


 聞きしにまさる名画でした。『ダヴィンチ・コード』というベストセラー小説で初めて知ったことですが、『最後の晩餐』の、左から5人目あたりにユダが描かれていて、彼の後ろ(下手側)にナイフを持った手首が見える。これがどの人物の手か絵を見ただけでは分からない、と書いてありました。しげしげとそこを見つめましたが、なるほど誰の手首か分かりません。同じく『ダヴィンチ・コード』で、通説のヨハネではなく、じつはマグダラのマリアだと言われた、イエスの隣(下手)に座っている人物の表情もすばらしいものでした。


 帰りに、教会の中も見学しました。うってかわって人も少なく、静謐な時間が流れているのでありました。


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スカラ座の『椿姫』

 念願のスカラ座(ミラノ)でオペラを聴いてきました。6月12日(木)、現地時間夜8時開演、終ったのが12時近くでした。

 だしものは『椿姫』です。ジェルモン役のレナート・ブルーゾン以外は、初めて聞く歌手たちです。ヴィオレッタはマリエッラ・デヴィーア、アルフレードはホセ・ブロス、フローラがダミアーナ・ピンティ、アンニーナにベルナデッテ・ルカリーニ。イタリア・オペラの世界ではいずれも名の知れた歌い手のようです。マリエッラは 1946 年生まれだそうですから、もう還暦か。ブルーゾンはそれより年寄りです。しかし、歌唱は遅滞なく進行し、よい演奏会でした。指揮はカルロ・ロンターノという人。オーケストラはチラシには出ていないけれど、もちろん座付きでしょう。

 合唱曲が多いオペラでもありますが、スカラの合唱団のすごさに感嘆しました。合唱指揮はブルーノ・カゾーニ。付け加えれば、演出はリリアナ・カヴァーニ。劇中の、ジプシーの踊り、闘牛士の踊りも素晴らしいものでした。これもスカラのバレエ団。自前で全部揃えてあって、総力で公演をしているのが分かります。舞台装置も豪華絢爛。ヴィオレッタの家に置かれたビリヤードの台が、奥のほうが幅が広く作ってあって、遠近法としてはヘンなのに、ごく自然に見えたのが不思議でした。

 CDやDVDで何度も聞いた作品ですが、やはり生の舞台はひと味もふた味も違うものでした。「総合芸術」としてのオペラを堪能しました。


 席は、ギャラリー2の231番。こう書けば、いらっしゃった方はお分かりでしょうが、てっぺんの「天井桟敷」です。座っていては舞台がよく見えないので、他の人の邪魔にならぬように立って、前の観客の頭越しに見下ろしていました。


 スカラ座のチケット売場は、劇場から歩いて4,5分の、ドゥオーモ広場の地下にありました。昼休みが12時から2時まで。2日前に行ったら、チケットがあるにはありましたが、1階だか2階(イタリアでは地上階が0階で、2階は日本の3階にあたる)の左脇バルコニーで、なんと4万円くらいもする。1枚がですよ。あきらめて帰りかけたら、外にいたおじさんが声をかけてきました。ダフ屋です。言いなりに払いましたが、それでも1枚1万円近い値段。当日も、ダフ屋が(劇場のそばに)2,3人いましたから、さすがは『椿姫』と妙に感心しました。こんど行く機会があったら、迷わずネットで予約購入するつもりです。


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お知らせ

 いつもありがとうございます。


 2日から遠出をします。日記の更新をしばらくお休みします。


 再開は6月17日の予定です。

ジャングルの掟

 ある人のブログに、「作り話だとしてもよくできている」として、おおむね次のような話が引用されていました。


 中国人のワンさんを秋葉原へ案内したら、テレビを買いたいということになって、店頭に見本で出ている、他人の手垢のついたそのテレビを買う、と言い張るのだそうです。新品を宅配便で送ってもらえばいい、と言ってもきかない。これと同じ(ちゃんと映る)テレビが来る保証はないし、途中で部品が盗まれるかも知れないし、運転手が確実に届けてくれるか信用ならないし、断固このテレビを買って自分で持って帰る、ということだった、という。


 これは日本でなら笑い話ですが、じつは、このワンさんのような考えがグローバル・スタンダードである、とそのブログの筆者も、コメントする人たちも書いていました。昔(と言っても50年前くらい)の日本でも、ワンさんタイプのほうが多かったと思われます。


 この話を、ある方に紹介したら、昔ボリショイ・バレエ団の踊り手たちも、東京公演を終えて大阪に移動する新幹線に、ほとんどみんな、秋葉原で買った、大きな電気製品の箱を手に持って乗り込んでいた、と教えてくれました。


 そう言えば、これももう30年前くらいに、商社にいる友人からこんな話を聞いたことがあります。フランスだかで買い付けたワインをシベリア鉄道経由でナホトカに運び、船で新潟港まで届けることになった。タンク車両1両分のワインが、出発の駅ではワインだったのに、到着したら全部水に化けていたのだそうです。


 世界のたいていの地域では、「ジャングルの掟」にしたがって人々が生きている、と認識しておいたほうがいいのだそうです。電話注文の後払いで、相当高額の商品でも翌日に家に届く仕組みができた現代の日本は、そういう人々の目にはほとんど桃源郷と映るのではないでしょうかね。


いちご       オレンジ       さくらんぼ       バナナ       いちご

山本七平

 サイトウさんに教えられて、山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 』(角川 one テーマ21)を読みました。小松真一(1911-1973)という旧台湾製糖という会社に戦前勤めていた醸造の専門家が、陸軍嘱託としてフィリピン行きを命じられ、終戦後、米軍の捕虜となったまま、抑留生活のなかで『虜人日記 』(74年私家版として発行、75年筑摩書房版刊行)という手記を書いたのだそうです。その記事を、山本七平が、摘記しながら、ご自身の捕虜生活(それより前の兵としての敗走生活)と重ねて、日本が負けるのは、どこに原因があるか、をえぐり出した作品でした。


 「日本が負ける」と書きましたが、山本さんは、「太平洋戦争において日本軍が負けた」こと自体は、当然のことと受け止めています。実際は、大本営以下、大将も参謀長も士官も兵隊も、だれひとり勝つなどと思っていなかったらしい。狂信的に思い込んでいた人は別として。それは、戦争当時からそうだった、口に出すと「非国民」とののしられるだけだった、ののしるほうも、そうやっていわば不安を押し殺していただけだったと、疑問の余地なくあからさまにしていきます。フィリピン諸島の山中で餓死した(友軍に殺されて「糧秣」にされてしまった兵も含めて)何十万という兵の死はなんだったのか、暗澹とする話が展開されています。


 この本は、1975年から76年にかけて月刊誌に連載されたものを2004年になってようやく単行本にまとめたものだそうです。


 「日本が負ける」というのは、万が一もう一度戦争をやることになったとしても、「今のままではかならず負ける」ということを言っているのでした。日本における戦争の原型は「西南の役」にすべてあらわれている、という指摘と、その理由の説明だけでも、本書を読む価値はあります。あるいは、日本の軍人たちは、戦争を年単位で考えず月単位で考えていた、という指摘の重要性。戦後の、労働運動、安保闘争、全共闘運動、それになにより大新聞の報道姿勢、どれをとっても、戦前、あるいは明治維新以来、一貫して同じであること。


 山本さんは、『日本人とユダヤ人』でセンセーショナルな登場をした方ですが、それ以後の評論は、思索の力と、論理的かつ粘着力のある文章とで、執拗に「日本とはなにか」を問い続け、あとに続くものたちへの明瞭なメッセージを発し続けました。1991年に69歳で亡くなりました。


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