一本勝ち
谷本歩実選手が、フランスのリュシ・デコス選手を目の覚めるような内股で一本勝ちした瞬間は、テレビで繰り返し放映されますが、何度見てもいい気持になります。それまで、柔道着を着てはいるけれどレスリングみたいな試合をいくつも見せられていたので、スッキリしました。
谷亮子選手だって、3位決定戦で見せた払い腰のような、豪快な投げ技がもともと得意な選手ですから、準決勝でポイント勝負で負けたのはさぞや悔しかったでしょうね。
内柴正人選手も、得意技は巴投げなんですって。しばしばその体勢をとっていました。決まったら、あんなに見事な投げ技はないのですから、さぞや見ものだったのでしょうが。それでも、寝技で一本勝ちですから見事なものでした。
審判の判定が勝敗を左右する競技は、見ていて面白くないですね。競泳や陸上競技のように、先にゴールした順に1,2位が決まる方が、仮に負けても見ているほうは納得がいきます。
北島康介選手の100メートル平泳ぎの決勝レースは、おそれいった出来栄えでした。準決勝でどこか悪くしたかと思わせておいての金メダルです。気持の切り替えがよほど上手なのでしょう。200も、日本中が期待していますね。それにしても、優勝を期待されて、なお優勝してしまう精神力には脱帽せざるをえません。
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大森荘蔵
『文藝春秋』9月号の特集「日本の師弟89人」の中で、中島義道(よしみち)・電気通信大学教授(哲学者)が、大森荘蔵(しょうぞう、1921-1997)先生のことを語っています。東京大学教養学科の大学院に進んだ学者たちの書いたものを読むと、その多くが大森先生に惹かれて進学したと告白しています。私は、大森先生には、ウィトゲンシュタイン全集という仕事でお世話になりましたが、たしかに、頭のいい若者たちを魅了するに違いない人格的オーラを発する方でした。
別の先生の原稿をいただくために、本郷の東大哲学科にうかがったことがありました。大学院の授業が終わるのを教室の前で待つように、というご指示があったのでしたか。終わって出てきた学生たちの、人数の多さにまずびっくりしました。大学院の、修士も博士も一緒の授業だったのでしょうか、20人以上はいたはずです。こんなにたくさん哲学者がいてどうするのだろうと、余計な心配をしてしまいました。
あんまり驚いたので、後日、大森先生にお会いしたときにこんな質問をしました。「学生が哲学を勉強しようとする動機は何なのでしょうか?」間髪を入れずに、先生はお答えになりました。「病気です。」禅問答のようですが、私には即座に理解できたと感じました。世界と自分との関係をつかまえそこねて、あるいは、一挙につかまえたいと思い込んで、哲学を勉強したらそれがつかまるのではないか、ということでしょう。そう思い込むこと自体を指して、病気だ、とおっしゃったのだと思います。
大森先生ご自身には、かつて「病気」だった様子は微塵もありませんでした。お書きになる本は、日本語は平明なのに、おそろしく複雑な論理構成になっていて、読んで理解できたことがありません。そこへ行くと、中島義道さんの本は分かりやすいものです。『モラリストとしてのカント1』などという本でも難解ということはありません。なかでも、中島さんをいちやく有名にした『ウィーン愛憎』(中公新書)は傑作です。『ウィーン愛憎 続』(同)は、期待したほどではなかったけれど。
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イースタン・プロミス
『イースタン・プロミス』という映画のことは知りませんでした。今年のアカデミー賞の主演男優賞に主役がノミネートされていたことも。帰省するための夜行バスを待つ時間つぶしのつもりで見たのですが、重いテーマ、話の展開のすばやさ、暴力シーンのすさまじさ、どれをとっても第1級の作品でした。
タイトルは英語でも Eastern Promises です。イースタンは「東の」という単語ですが、「西側」と対立する「東側」ということでしょう。実際、物語の登場人物たちはロシアからロンドンへやってきた(移住してきた、および逃げてきた)人々です。話す英語も(おそらく)ロシア語訛りです。ときどき、ロシア語の会話も出てきました。
ロンドンの裏社会に巣食うロシアン・マフィア内部の権力争いと、マフィア自体をどうにかして壊滅させたい別の勢力の駆け引きが、物語のたて糸になっています。
助産婦のナオミ・ワッツが出産に立ち会って、女の赤ん坊が生まれますが、若い母親は死んでしまう。遺品のなかにロシア語で書かれた日記があります。日記には、レストランの名前を書いたカードがはさんであった。その日記とレストランの名前だけを手がかりに、生まれた娘を、母が生まれた郷里へ帰してやろうと、助産婦が行動を起こすところから話が始まります。じつは、このナオミ・ワッツ扮する女性も、(ロシア語は読めないが)ロシア移民の子で、彼氏と別れて、おじ夫婦(ロシア人)のところに居候している。
レストランの息子が、フランス人俳優ヴァンサン・カッセル(モニカ・ベッルッチの亭主です)で、そのレストランの主人がアーミン・ミュラースタールという、アメリカ映画でよく見る脇役の名手。そして、「運転手」として出てくるのが、ヴィッゴ・モーテンセン。モーテンセンも顔を見ればああこの人とすぐにわかる。「インディー・ジョーンズ」や、「ロード・オブ・ザ・リング」に出てきた俳優。
この4人が中心になって話が展開します。ナイフでのどくびを掻っ切る殺人シーンが2回、娼婦との強烈なセックス・シーン(娼婦たちも東側から調達されてきたもの)、二人の殺し屋を相手にサウナ風呂で素っ裸で殺し合いをする場面、など、監督はデイヴィッド・クローネンバーグという、こういう方面の映画をたくさん作っている人らしいけれど、これでもかというくらい、暴力的なシーンが連続する映画でした。
それぞれ俳優の存在感が圧倒的なので、最後までリアリティを失うことがない。モーテンセンがオスカーをとっても少しも不思議ではありません。カッセルも、本性を隠して悪人ぶる、というむずかしい役をこなしています。他の登場人物は、見た目と実際がずいぶん違うのに、ただひとり、ナオミ・ワッツだけは、見たとおりの人物に描かれています。表情のちょっとした変化で、心の動きを表現する、おそろしくうまい女優さんでした。
6月から公開されていたようですが、話題になっていたようには見えません。それでも、夕方6時過ぎの上映には、50人か60人くらいの観客がいました。比較的多いといってもいいくらいです。
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ハトニイホロ
フラット(♭)が並ぶ場合(ゼロの場合はナシ)は、一つのときがヘ長調で、二つがロ長調ですが、ロの音が半音下がっているので変ロ長調と呼ぶ。以下、変ホ長調、変イ長調となります。
覚えるときは、シャープとフラットの個数を数えればよい。その覚え方が、ハトニイホロ(ヘ) ヘロホイニ(トハ)でした。シャープとフラットで鏡状に並んでいたということをいま知りました。理屈をよく考えればそうなるはずですが、その理屈がむずかしいので、ここでは省略せざるをえません。
必要があって Try to Remember という歌を採譜することになりました。『ファンタスティクス』というミュージカルのナンバーなのですね。YouTube で、ジュリー・アンドリュースがほぼアカペラ(ギター伴奏)で歌うのを聞いたら、出だしの音がギス( Gis 、ハ長調のソの半音高い音)でした。譜面にシャープ記号をつけるなら、4つになります。ホ長調ということになる。移動ドで表記すれば、ミーーミミミレ ドファーーファファファソラ となります。
シャープやフラットの数は同じままで、主音の位置が変わると短調になります。「コガネムシは金持ちだ」とか「春高楼の花の宴」などが、耳に親しい短調の曲ですが、短調・長調の区別もなかなかむずかしいことがあります。楽譜に書いてある音を声で再現するのは、少し訓練すればなんとかできるようになりますが、説明するとなると、ずいぶん難儀なものですね。

ミレーヌ・ドモンジョ
マリリン・モンローが全裸でプールから上がりかけるシーンがあった映画は何だったでしょうか。映画のシーンではなくてスチール写真だったかもしれません。もう少しで見えそうなきわどい写真でした。
これと同じ情景を映画でみたことがあります。フランスのコケティッシュな女優ミレーヌ・ドモンジョが、やはりプールから上がってくる。高校生のときに、町の洋画専門館で見ました。ドキドキしましたねえ。『女は一回勝負する』というタイトルでした。「二回勝負する」と覚えていましたが、邦訳は「一回」のようです。
原題は Une Manche et la Belle というものでした。テニス用語だろうと思います。「1セットとファイナル」という意味らしい。
どんな映画だったか、筋もまったく記憶していません。ただただドモンジョの美しさに見ほれていました。いつも調べているインターネット・ムーヴィー・データベース(IMDb)によると、この映画(1957年製作)に出たとき、ミレーヌは芳紀まさに22歳だったようです。
もう70歳を越えましたが、元気でスクリーン上や、舞台で活躍しているそうです。若い頃のこの映画をもう一度見てみたい。
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