イースタン・プロミス
『イースタン・プロミス』という映画のことは知りませんでした。今年のアカデミー賞の主演男優賞に主役がノミネートされていたことも。帰省するための夜行バスを待つ時間つぶしのつもりで見たのですが、重いテーマ、話の展開のすばやさ、暴力シーンのすさまじさ、どれをとっても第1級の作品でした。
タイトルは英語でも Eastern Promises です。イースタンは「東の」という単語ですが、「西側」と対立する「東側」ということでしょう。実際、物語の登場人物たちはロシアからロンドンへやってきた(移住してきた、および逃げてきた)人々です。話す英語も(おそらく)ロシア語訛りです。ときどき、ロシア語の会話も出てきました。
ロンドンの裏社会に巣食うロシアン・マフィア内部の権力争いと、マフィア自体をどうにかして壊滅させたい別の勢力の駆け引きが、物語のたて糸になっています。
助産婦のナオミ・ワッツが出産に立ち会って、女の赤ん坊が生まれますが、若い母親は死んでしまう。遺品のなかにロシア語で書かれた日記があります。日記には、レストランの名前を書いたカードがはさんであった。その日記とレストランの名前だけを手がかりに、生まれた娘を、母が生まれた郷里へ帰してやろうと、助産婦が行動を起こすところから話が始まります。じつは、このナオミ・ワッツ扮する女性も、(ロシア語は読めないが)ロシア移民の子で、彼氏と別れて、おじ夫婦(ロシア人)のところに居候している。
レストランの息子が、フランス人俳優ヴァンサン・カッセル(モニカ・ベッルッチの亭主です)で、そのレストランの主人がアーミン・ミュラースタールという、アメリカ映画でよく見る脇役の名手。そして、「運転手」として出てくるのが、ヴィッゴ・モーテンセン。モーテンセンも顔を見ればああこの人とすぐにわかる。「インディー・ジョーンズ」や、「ロード・オブ・ザ・リング」に出てきた俳優。
この4人が中心になって話が展開します。ナイフでのどくびを掻っ切る殺人シーンが2回、娼婦との強烈なセックス・シーン(娼婦たちも東側から調達されてきたもの)、二人の殺し屋を相手にサウナ風呂で素っ裸で殺し合いをする場面、など、監督はデイヴィッド・クローネンバーグという、こういう方面の映画をたくさん作っている人らしいけれど、これでもかというくらい、暴力的なシーンが連続する映画でした。
それぞれ俳優の存在感が圧倒的なので、最後までリアリティを失うことがない。モーテンセンがオスカーをとっても少しも不思議ではありません。カッセルも、本性を隠して悪人ぶる、というむずかしい役をこなしています。他の登場人物は、見た目と実際がずいぶん違うのに、ただひとり、ナオミ・ワッツだけは、見たとおりの人物に描かれています。表情のちょっとした変化で、心の動きを表現する、おそろしくうまい女優さんでした。
6月から公開されていたようですが、話題になっていたようには見えません。それでも、夕方6時過ぎの上映には、50人か60人くらいの観客がいました。比較的多いといってもいいくらいです。
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