泥かぶら
最初に見た、プロの芝居が『泥かぶら』という作品です。新制作座。真山美保作・演出・自演の舞台。
中学生でした。昭和34年頃、女子高の体育館で演じられた。巡回公演の一日でした。
泥のついたカブという蔑称をつけられた村娘の話だとしか覚えていません。今でも舞台に載っているようです。
冒頭、ヒゲのじいさんが出てきて、これから始まる劇の背景を説明するのだったかしら。
それが、なんともカッコよくて、ずいぶん何度もマネをしたものです。
小川の流れに光があたってキラキラする様子に主人公が感激するシーンがありました。そのときの照明が、ほんとに流れているように見えて、芝居へのあこがれが一気に加速しました。
自分でも学芸会の劇に出たりしましたが、やるより見るほうが向いていると分かるのに、時間はかかりませんでした。
東京へ出てきてから、いろいろ舞台をみましたが、ここでは、ひとつだけ、圧倒された作品をあげておきます。
秋元松代作『かさぶた式部考』です。青年座。式部が一瞬だけヌードを見せて暗転します。その女優の豊満さにだけ圧倒されたのではありません。日本語で堂々たるドラマが仕上がっていたことに圧倒されたのでした。
のちに、民芸がやった同じ作品も見ましたが、奈良岡朋子さんは脱がなかった。
『常陸坊海尊』とともに、何度も上演されるであろう秋元作品です。
ハンス・ホッター
偉大なワーグナー歌手、ハンス・ホッター(1909-2003)の、ワグナーは、じつは聞いたことがありません。
ハンス・ホッターと言えば、私にとっては『冬の旅』の歌手なのです。
高校生のころ、アリエ先生のLPを聞かせてもらいました。第21曲「宿」の第3連3行目、
Bin matt zum Niedersinken
の matt のところ、フォルテで ma と歌い、一瞬の間があって、tt と続く。その間の、深淵をのぞくような感じを、50年近くたってもまだ覚えています。
その後、フィッシャー・ディ-スカウの東京でのリサイタルを聞いたこともあります。もちろん、すばらしい演奏会でした。当時(1965年頃)は、コンサートホールに楽譜を持参して「勉強」する人が少なくなかったようで、ページをめくる音がうるさかった。ディースカウは『冬の旅』を3回くらい録音しています。CDもよく聞きました。
去年たまたま、中古CD屋でホッターのCDを見つけた。昔むかし聞いた、そのLPがCDになったものでした。なつかしいのと、安い(800円!)のとで、即座に買い求め、iPod に録音 しました。
アリエ先生はもうお亡くなりになりましたから、この曲をこの歌い手で聞きながら、昔日をしのんでいます。
私が愛した女たち
と言っても本の中の女のことですよ。
ハイジ:アルプスの少女です。アニメじゃなくて小説のほう。フォレスト・ガンプを少女にして、アルプスの山の中においたような、人を疑うことを知らない娘でした。
かわいい女:チェーホフの短編に出てきます。『可愛い女』(新潮文庫、他)で読むことができる。結婚相手がいかに素晴らしい人か、吹聴するのですが、死んでしまう。ほどなく、別の相手ができて、これも世界一の男なのだとのろけるのです。またまた、別れるだか、死別だかして、さらにいい男ができる。
外目には尻軽女でしかないはずなのに、愛敬があるもんだから、魅力たっぷりなのです。
チェーホフの『犬を連れた奥さん』にもちょっと惹かれました。
おさん:山本周五郎の短編小説(『おさん』新潮文庫)の主人公。生まれつき性的な才能がすぐれていたという設定。惚れた男も気立てのいいやつだったのに、ちょっとした嫉妬心から関係がぎくしゃくしてしまう。そういう才能がそなわっていても幸せになるとはかぎらない、という、せつないせつない物語でした。
丸子屋のおこうさん:藤沢周平の小説『海鳴り』(文春文庫)に出てくる、紙問屋のおかみさん。ぐうたら亭主のかわりに、組合の寄り合いに出てきます。別の問屋の主人とできちゃう。でき方が、ちゃんと納得のできる筋立てになっています。数多い藤沢作品の中で第一に指を折るべき傑作です。
私の好きな子守歌
好きな子守歌をまとめて書いておきます。
ウェーバーの子守歌:ねーむれ ねーむれー ねむれ わーが子よ
と終わるやつ。
竹田の子守歌:守(もり)もいやがる 盆から先は
と始まるやつ。
九州地方の子守歌:ねんねこしゃっさりまーせ 寝た子のかーわいさ
とはじまるの。僕らが歌ったのは、古謡に山田耕筰が手を入れたものだそうです。
アイリッシュ・ララバイ:トゥーラ ルーラ ルラー トゥーラ ルーラルー
と始まるやつ。イズミヤ先生がこの曲がお好きで、死んだらかけてもらいたいと、おっしゃっていました。まだ、最後の曲は聞かずにすんでいるようです。
イスラエルの子守歌(Israel Lullaby):1960年代にカテリーナ・バレンテが歌った、ポップス調の子守歌。カテリーナは張りのある美声の持ち主でした。
ララバイ ララバイ ラーラバイ
ミレミ ミ レド ドレ ドシ
というメロディーが耳に焼き付いています。
津軽の子守歌
40年くらい前、弘前出身のヒロシくんが歌ってくれた「津軽の子守歌」を紹介しましょう。
歌詞を漢字・かな交じりで書いてみます。津軽方言も当然混じっているので、注釈を加えながら。
ねんねこ ねんねこ 寝た子 へ【 「絵」の e ではなく、
「蛇」などの he 】
寝ねば 山から モッコ【蒙古】 来(く)らね
アネさま 育てた 唐(から)猫こ
抱いたり 負(お)ぼ(ぶっ)たり まま(飯) 食(か)せて【食わせて】
それでも泣けば 山さ 捨てて 来(く)らえ
寝ろじゃ やい やい やい
【ねんねこ ねんねこ 寝た子になさい
寝ないと 山から 蒙古(のような恐ろしいもの)が来るよ
お母さんが 育てた かわいい子猫ちゃん
だっこしたり おんぶしたり ごはんを食べさせて
それなのに 泣いたりしたら 山に 捨ててくるからね
寝なさい 寝なさい やい やい やい】
というくらいの意味でしょう。
おしんのような娘が、小さな赤ん坊をおんぶして、歌ったのでしょうね。泣きやまない赤ちゃんに、おどしたりすかしたりしている歌詞です。おんぶしている当人だって泣きたいくらいなのですよ、きっと。
メロディーは哀切をきわめます。五線譜で書けるソフトをまだ入手していないので、昨夜ワープロで工夫してみました。スラーの表現はできませんから、歌詞が伸びるところはそれだと思ってください。
オクターヴを越えるのは上のミだけです。上のドとミだけ色を変えてあります。
○=2分音符 ●=4分音符 ▲=8分音符 ▼=16分音符
・=符点 §=4分休符
○ ●● |○ ●▲▲|○ ●▲▲|○・§|
ミーファミ |ラーシラシ |ドーシドシ |ラー |
ねんねこ ねんねこー ねーたこー へー
○ ●▲▲|●●●▲▲|●●●▲▲|○・§|
ドーミファミ|ララシラシ |ド ド シ ド シ ラー |
ねーねばー やまからー も こく らー ねー
●●●●|●●●●|●▲▲●●|○・§|
ド ド ド シ|ド ミ ド シ|ラ ラシ ドシ |ラー |
あねさま そだてた からーねこ こー
●●●●|●●●▲▲|●●●▲▲|○・§|
ド ド ミ ミ |ラ ラ シラシ|ド ド シドシ |ラー |
だいたり おぼ た りー ままかせー てー
●●●●|●●●●|●▲▲▲▲▲▲|○ ●§|
ド ド ド シ|ド ミ ド シ|ラ ラシ ド ド シ ド|ラーミ |
それでも なーけば やまさ すてて く らーえ
●・ ▼▼▲▲▲▲ |● ▲・▼ ○∥
シーラシ ド シラ ミ |シ シーラ シ∥
ねーーーろーじゃー やいやい やい∥
アメリカのサンタ・バーバラという町に、英語教材の録音に行ったことがあります。休憩時間にスタジオのテラスで、この歌を(もちろん日本語で)、ナレーションを担当してくれたレズリーさん(30代なかば、おそらく子どもさんあり)に歌ってあげました。終りのあたりでレズリーさんの目から光るものが流れ出しました。それから2,3日して、別れの挨拶をしたら、彼女はハグをして、小さな声で歌のお礼を言ってくれました。ハグというものを、しかも女人と、しかもガイジンと、そのとき初めて経験しました。思い出深い歌なのです。