気温と湿度が下がってきて過ごしやすくなりました。
グラフの説明をするとき「THD+Nの右下がり部分は雑音がメインの領域です」みたいなことをよく言うのですが、「それは一体どういうことなんだ?」とご質問を受けることがあります。
技術者や技術者を目指しているわけではないのに勉強熱心な方がいて驚くと同時に感謝しています。エンジニア?でも技術を重視しないの方が増えた時代にも関わらず理解しようとしてくださる人がいるのは大変嬉しいことです。
これはグラフ中の右下がり部分は歪みが十分に小さく信号以外に出ているものは雑音が多いという意味なのですが、文章ではわかりにくいのでZwei FlugelのTHD(歪みだけ)とTHD+N(歪みと雑音)を1つのグラフに描いてみます。
測定周波数は10kHz、負荷は33Ω、測定帯域幅は80kHzです。
横軸を出力電力に変換した場合は以下のようになります。
THD+Nが右下がり部分ではTHDは十分に小さな値になっていることがわかると思います。(真ん中より左側部分です。)一般的には振幅が小さいときほど歪み成分は小さくなりますからTHDは右上がりのグラフになることが大半です。※THDの左端(0.1V~0.15V付近)は測定環境の限界に達しているため真横になっています。
一方で雑音は回路から一定の量発生していますから、出力信号が大きくなると信号中の雑音の割合は小さくなりTHD+Nのグラフは右下がりになります。さらに信号を大きくしていき歪みが大きくなってくる領域に入るとグラフはほとんど重なります。そのため右下がり部分の値を読んで計算すると雑音の量がわかるのです。これは(あまり正確な値にはならないこともありますが)他の帯域幅のときの値に換算することもできます。
なおこの記事中のデータは10kHz・33Ω負荷でとったものです。データは悪くなりやすいところで取ったほうが面白いので。小型・軽量・電源は単四電池で約20時間もつアンプということを考えるとこの特性は優秀だと思います。しかもボリュームを絞っても特性の変化が小さいというオマケ付きです。誤解される方が多そうなのでこの部分のデータは公開していませんけれども。
「迷う理由が値段なら買え 買う理由が値段ならやめておけ」はネットでよく言われているので見かけたことがある人も多いのではないでしょうか。これは値段で迷っても良いことないから買ってしまえ・値段が安いからといって買うと後悔するからやめておけという意味です。私も無理して買って良かったものもありますし、安いというだけで買って失敗することもあります。
特にオーディオ機器だと安いほど設計が甘い物を踏む可能性が高いように思います。どんな機器でもちゃんと設計するには多くの知識や経験、十分な開発環境が必要です。メーカーの場合はここに社員の給与が毎月発生しますし広告費や流通費などもかかります。そのためオーディオ機器のような出荷台数が限られるものだとどうしても一台あたりの価格が高くなります。それが妙に安いということはメーカーや設計者が自腹を切っているかまともに設計していないかです。もちろん高くても設計がひどいものもありますけれども。
いくら部品代がかかっていてもそれは音や性能に直接は関係ありませんし、もっとうまくその部品を使える人もいるでしょう。だからこそデータや考え方は出したほうが良いと思うのです。それが信用につながるわけですから。
自分が何か買うときは、値段がもっと高くてもその設計にお金を出せる価値があるのかを考えるようにしています。その人やメーカーにしかできない設計は大きな価値を持ちますからね。私個人ではメーカー品の何倍も出すから据え置きヘッドホンアンプを作ってほしいという人や、高いメーカー製アンプを持っているのに私にプリアンプを作ってほしいという人もいました。コツコツやっているとそういう話もチラホラと出てきます。まだまだエンジニアとして未熟なのにありがたい話です。
一方で色々と調べたり試聴していると電子回路を消費コンテンツのように扱い、技術にも先人にも敬意がないような人が設計した機器も見かけます。儲かる・自己顕示欲が満たせるからやるという焼畑農業のようなやり方の製品は好きになれません。電子回路自体が好きだから納得いかないのです。たとえ安くてもそんなものを買ってしまったら後悔するでしょうし。
AoMも少しラインナップを整理しましょうか。私が個人でやっていることと重複する部分が出てきてしまいそうですけれども、本当に大事なものがわかる人だけわかればいいというモデルがあっても良いでしょうし。
このところヘッドホンメインの人以外にもZwei Flugelを試聴してもらっていて、いろいろな感想が集まってきたので紹介とその分析をしてみます。
・スピーカーメインでヘッドホンはサブのピュアオーディオ系の人
音はかねがね高評価で、性能が高く色付けが少ないのにまとまりがあるので代用できる物が思い当たらないという人が多いです。また大音量でも音が崩れにくい・割れにくく、それでいて電池も持つ点も良いようです。アンプの制約で音が割れたりするのはあまり気持ちのよいものではありませんからね。Zweiは比較的癖が少ない方向で作っていますが、私の耳以外でもそのような音に聞こえているようです。
ZweiやZweiに輪をかけて癖の少ないアンプを聞いてもらった感想を聞いていると、癖の少なさの先にあるものを個性として評価されることが多いようです。
・ヘッドホンメインで据え置きアンプやケーブルに投資している人
こちらも比較的高評価が多いです。今まで聞いていたアンプはなんだろう?という人もいました。そういう人に中身をお見せすると面白い反応をしてくれます。据え置き用の電源にしてくれとの要望もありました。だが断る。
・ポータブルオーディオの人
人によって良い悪いがかなりバラけます。ただし共通して音の分離とまとまりの良さは評価されているようです。位相余裕が少なく不安定なアンプのほうが高解像度に聞こえるという人もいて難しいです。
・アンプのIC差し替えたりする人
全員ではありませんが、少し特性荒れているものを好む人が多いようです。
総合的に見ると比較的癖は少ない方向に聞こえるのは共通しているようです。その方向を狙って作ったものですから成功しているといえます。ただしそこに価値があってその先に個性を見出すか、ただつまらない音だと思うかは人によって大きく異なります。また特性が荒れている音を好む人も一定数いるようで、そういう人にはZweiは向いていません。
ヘッドホンはいろいろなインピーダンスや能率のモデルがありますから、どんなヘッドホンがきても不自由なく使えるアンプがいいと思っています。負荷インピーダンスが低いときはリンギング出なくても、負荷インピーダンスが高くなっていくとリンギングが出るものなどは避けたいです。私はポータブルで600Ωのヘッドホンを使うことが多いので。
私は使っていて不安要素の残るアンプは使いたくないありませんので、電池駆動の場合は少し電圧が変動しても問題ない設計にしています。たとえばZwei Flugelは通常時の電源電圧は電池4本で4.8V~6Vですが、3V~コンデンサの定格内でもシャットダウンしない・半導体を破損しないように作ってあります。もちろんすべての素子は動作範囲内で定格内にばっちりおさまっています。これは最低限必要な設計です。
どんなに音や数字が良くても不安定になったり使い勝手の悪いアンプは避けたいものです。すべてを両立できるものが一番良いんですけどね。
どんな機器でも、性能・安全面・コストを用途や使う人に合わせて設計してあるものが良いですね。
ボリュームが付いているアンプではそのボリュームの位置によって特性が変わる場合があります。
たとえば入力バイアス電流が多いアンプではボリュームの中間では雑音が大きく増える可能性があります。(一般的に入力電流雑音が多いため。)また配線や定数が悪いとチャンネルセパレーションも大幅に悪化するなどボリュームの影響はかなり大きいです。
オーディオアンプは通常ボリューム最大で測定しますから、この部分は測定値に表れにくいです。そのためボリューム位置によって音が変わるから測るとやっぱり悪い…なんてことも多いのです。
測定スペシャルで良ければずっと良いアンプは作れますが、実際に使用するものではあらゆる状況の中でできるだけ音や特性に変化がないことも重要だと思っています。電源電圧が少し下がっても安定して動く・高くても壊れない、さまざまな負荷に強い、電源電圧が低くても十分な最大出力がとれる、などです。構造に由来する特性の限界値は使用する人間には関係ないことですからね。
一般的に測定されない条件も測定したり理論通りに設計することではじめて音の良いアンプになると思っています。特定の条件での測定は忠実な音のアンプを作るために必要なもののひとつにすぎません。
これは過去に製作したアンプを少し調整して、OPA1656をとりあえず動かしてみたときの全高調波歪率です。利得は4倍、電源電圧は8V強です。定数がずいぶん雑な回路でこの雑音はやはり優秀です。歪みも測定限界に当たってしまっています。利得下げて全体的に定数調整すれば高性能なものが出来ますね。
こちらは昔作ったプリント基板の設計がよくないアンプと、そのプリント基板を再設計し部品を一部選びなおしたポータブルヘッドホンアンプのクロストークです。通常の3極出力ではダミーロードに使用するプラグなどでも測定値が変わってしまいますから、このグラフは相対値を見るためのものです。(余所と比較できるデータではありません。)
主にプリント基板の差で約5dBも特性が変わっています。データでも明確に差が出ていますし、耳で聞いたときに差が出やすいポイントも色々とあります。
電流は直接見ることができないので測定器とにらめっこする日々です。
OPA1656はどうやって形にしようか考えています。据え置きではプリアンプに使いたいですが、ポータブルで生かすのが少々難しいです。
実測してみるとOPA1656もOPA2134も入力範囲を逸脱してもある程度のところまでは動きますが、これは気持ちのよいものではありません。すると必然的に電源電圧はこれまでより高めにする必要があり、それをどう用意するかで悩むわけです。
個人的にはサイズと性能をできるだけ犠牲にせず設計するためには昇圧せず、単四電池を6本ないし8本が好ましいように思います。どうしても昇圧すると電源の質が落ちますし、それをカバーするためにシリーズレギュレータを入れるとスペースと部品数が嵩みます。私は電圧低下に対して動作を維持する回路設計は得意ですので、やはり電池そのままが一番良さそうです。
最大出力をZwei Flugel程度とすれば、ディスクリートバッファと組み合わせて低雑音なアンプに仕上げられますね。ただしこの構造だと使い勝手がいまいちな気がするので、ポータブル用は試作止まりかもしれません。とりあえず動かしてみたアンプはありますので、少し調整して耳の良い方に聞いてもらいましょうか。
知識・経験・測定器。回路設計するならどれも絶対に必要なものです。ネットに落ちている情報はごく僅かですし、間違いも非常に多いです。しかも本人はそれに気づかずどやっていることがとても多く詳細な考察がなされていることも多くありません。
また学生の時から現在まで、私を含む他人の善意のアドバイスをそのまま製作物に反映しそこから何も勉強しない人をたくさん見てきました。自分で作ったものを自分で楽しむ人だけでなく、メーカーの方やビルダーの方にもやられたことがあります。簡単な本も読めない人が回路設計なんてできる道理がないのですが…。
私もブーメラン刺さらないように気をつけたいです。
ところで近年はセラミックコンデンサの大容量化が進んできているので電解コンデンサと置き換えられる日も近そうです。小容量でもマイカコンデンサが特に優れていた時代は終わりつつあるように思います。私はどんな機器であっても小容量のコンデンサは面実装のセラミックコンデンサに移行しつつあります。もうリードを選ぶ理由はほとんどなくなってしまいました。
LME49720やOPA1612といった低雑音オペアンプはすごく魅力的です。
しかしこれらはバイポーラ入力オペアンプであり、バイアス電流が比較的大きいです。バイアス電流が大きい品種はほぼ確実に電流雑音が大きくLME49720で1.6pA/√Hz、OPA1612で1.7pA/√Hzもあります(共に1kHz)。一方FET入力の定番品種であるOPA2134は3fA/√Hzですのでまさに桁違いです。
電流雑音は信号源抵抗が0の時は影響がありませんが、入力に抵抗がぶら下がると雑音が生じます。その大きさは (電流雑音)×(ぶら下がる抵抗) です。つまり入力に大きな抵抗が入っていると大きな雑音を生じます。ボリュームの後ろで信号を受けるような用途にはあまり向かないのです。
実際にこういったバイポーラ入力オペアンプの入力に大きめな抵抗を入れて測定すると雑音は一気に増えます。その値は理論値とよく合っていましたからその雑音も設計に織り込み済みならかまわないのですが、そこまで検討しているものは少ないようです。(設計者に問うても理論値も返答いただけないこないことが多いです。)なおこの雑音は入力にバッファを挿入することで減らすことができます。ただしこれには低雑音・高性能なバッファアンプを設計する必要がありますね。
だからOPA627のような低雑音FET入力オペアンプは貴重だったのです。627はただ高いだけのオペアンプではありません!バイアス電流の面でもFET入力のほうが優れていますがFET入力のほうがバイポーラ入力より電圧雑音が大きい傾向があるので、最終的には用途と設計者の技術的好みによって選択すれば良いと思いますけどね。「なんとなく」が一番良くないです。