ともぐい | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

(あらすじ)※Amazonより

第170回直木賞受賞作!

己は人間のなりをした何ものか―人と獣の理屈なき命の応酬の果てには
明治後期の北海道の山で、猟師というより獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男、熊爪。

図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、蠱惑的な盲目の少女、ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる時代の変化…

すべてが運命を狂わせてゆく。人間、そして獣たちの業と悲哀が心を揺さぶる、河﨑流動物文学の最高到達点!!

 

※ちょっとネタバレしています。

 

◇◆

 

第170回直木賞受賞作&あもる一人直木賞受賞作である。

あもる一人直木賞(第170回)選考会の様子はこちら・・

 

 

 

 

 

 

 

私は読む前から今作を楽しみにしておりました!

 

「新たな熊文学の誕生!!」

 

・・熊文学ってなにʕʘ‿ʘʔ!?

と、もう読むのが待ちきれませんでしたʕ•ᴥ•ʔ笑!!!

 

ちなみに結論から申しますと、熊文学と申しますが熊や熊周辺の出来事についての描写はそうねぇ、多く見積もって3割、大体2割くらいでしょうか。

あとの7〜8割は人間模様や生き様が描かれている。

熊文学であると同時に、河﨑さんお得意の人間を描いた作品であると言える。

 

前回候補作(『絞め殺しの樹』)もそりゃ~すごくてさ。

恐ろしい人間模様の描写の生々しさに身もだえしちゃいました。

 

 

そして今作。

大自然に生きる人間、町に生きる人間、そして森に生きる獣。

その姿の生々しさに引き続き身もだえしちゃいました。そして臭そうw

いや~すごかった。

私が期待したとおりの・・・いや、期待以上の作品を描いてくださいました!

そして一作も読んでない時点で「タイトルだけで選ぶ直木賞選考会」をやる私だが、こちらの選考会でももちろん受賞いたしました。そういう意味でもW受賞!メデタイ。

 

>今回の受賞作は〜

>▽河﨑秋子『ともぐい』(新潮社)
>▽万城目学『八月の御所グラウンド』(文藝春秋)

>のW受賞だと思います!

 

読んでもないのに大当たりとか、あもちゃんは千里眼か。

 

さて内容だが、熊文学の受賞は読み始めて数頁で決まった。

期待に胸を膨らませて読み始めたのだが、その期待を全く裏切ることはなく、そして最後まで裏切られることはなかった。

一度もその決意が揺らぐことはなく、そして見事受賞した。

 

>おそらく河﨑さんの受賞は最初の時点で決定していると思われる。

 

とあもちゃんの結果発表回で書いたが、講評の舞台に立った林真理子氏の話によると

 

「最初の投票で、河﨑氏に決定。」

 

とのことで、やはりやはりであった。

 

さすあも(さすあもちゃん)、まるで未来を見てきたかのような一文であります。

ノストラダムスか、エスパーあもか、千里眼か。

 

選評の詳細については今月の「オール讀物」を待たないといけないが、きっと河﨑さんについては一同大絶賛だったんだろうなあ。

鹿の解体の描写がすごかった、とか。

赤毛熊ʕʘ‿ʘʔとの戦闘描写がすごかった、とか。

ワンワンオ〜の描写が丁寧だった、とか。

臭そう、とかさ笑

 

前回候補作『絞め殺しの樹』もすごかったが、今回の『ともぐい』はそれを軽く上回るすごさ。

こんな荒々しい作品が書ける人がまだ日本にいたんだなあ。

と嬉しい思いである。

どう生きるのか。

どう死ぬのか。

それをこんなにも荒々しく、神々しく書くなんて!

 

「熊文学」とあるから森に生きる男の狩りの話かなあ、と思っていたが、もちろんそれが中心の話ではあるのだがそれだけならシートン動物記でも読んでいればいいわけで。

山奥で鹿や熊などの獣を狩り、それを街に降りて売りに行く。

森での生活だけでなく、街に降りることで人間とのややこしいやり取りも発生する。

獣は話さないし余計な感情もない代わりに、意図は手に取るようにわかる。

一方の人間はあれこれ考える。そしてそれぞれ思惑があるが、それを表に出さない。

森で生きる主人公(熊爪)には人間の考えることがはっきり伝わらない。

優しい言葉をかけても、その優しさの意味もわからない。

ただ敵意だけは感じる。

ここら辺のもどかしさとか、居心地の悪さの表現が実に河﨑さんらしくていい。

でも前回候補作のような、ドロッドロの人間の闇や悪意渦巻くヘビーな描写、とまではいかず、かなりライトに仕上げられており、おかげで苦しすぎて先が読めない!とはならず良かった。

そこらへんも前回候補作で学んだんでしょうね。やりすぎはイクナイ!って笑

 

冒頭の鹿を狩るシーンが素晴らしくて。

狩った後の鹿の内臓からむあ〜っと湯気がたちのぼり、その湯気がこちらにまで伝わってくるような生々しくも神々しい表現であった。そして、やっぱりくっさ!!!!

文字から臭うってすごいと思う。

それでもすごく丁寧に書いてあるのに、グロテスクではない。

生き物を食べるということはこういうことなのだと感じつつも、説教臭くない。

あくまでも狩りの描写、そしてそれを売り物として捌く表現。

その手際があまりに素晴らしくて、さすが元羊飼い!・・・羊飼いって獣を解体するの?

鹿の皮を剥ぐ表現など、ものすごく細かいんですけど。

逆さに吊るして皮が首のとこでマフラーみたいにダルダル〜ってまとまっている描写とか、

兎の内臓を手を汚さず取り出す方法(振り切って出す!)とか、すごく細かい。

 

熊に襲われて怪我をした人間の手当をするシーンがあるのだが、その手当の方法がものすごくエグくて(でも町医者の見たてだと正しい治療法)、ウェ〜〜〜〜><となった。

ダメになった眼球を吸い出す〜。

とかとかとかとか・・・・ひっっっ。

 

また風呂に入る習慣がないから(当たり前だけど)、とにかく主人公の体が臭そう!!!

街に降りてきても、見た目もすごいが臭いもすごいからすんごい嫌がられるの。そらそうだ。

何度もいうが文字から臭ってくるってすごすぎる。

 

とにかくどの描写も遠慮がなくて、無骨で、凄まじい。

いや〜こんな表現をする人が今の日本にいるんだなあ。と改めて思う。

 

穴持たず熊や赤毛熊との格闘シーンは見ものである。

食い入るように読んだ。

シートン動物記ファンとしては

穴持たず熊との決戦がこの作品のメインね!

と勝手にワクワクして読み進めたら、かなり序盤で決着がついて、あれれ〜?と思っていたが、ここからの展開がこちらの思惑が悉く裏切られて大変良かった。

この作品を「森で暮らす主人公(熊爪)の物語」で終わらせない展開。

ただただ獣のように森で生きてきた人間が、どう生きるのか、その生き方について選択を迫られる、という、ある意味人間らしいややこしいことを人間らしくない生き方をしてきた主人公(熊爪)が考えなくてはいけない展開に自然な形で持ってくる。

 

ケガさえしなければ。

命を落とすようなケガであれば選択肢はないのに(死あるのみ)、

これから森で狩りをして生きるには難しいケガ(腰骨骨折)さえしなければ。

ただそのケガをすることで、人間との触れ合いも経験することになる。

医者や門前の小僧さんや丁稚さん・・

決して温かい触れ合いというわけではなかったが(森で生まれて森で育った熊爪は人間と関わり方がわからない。でも人間に育てられていたから言葉は話せる)、そういう別の視点からの描写も差し込まれる変化球も自然で良かった。

描写力は元々素晴らしかったし、前候補作もそのセンスは抜群に光っていたが(それゆえ前回もあもる一人直木賞受賞!)、その前候補作より格段に構造技術が上がっている。

 

森で生きる熊爪も選択を迫られていたが、街に生きる人間も時代の急激な変化に伴い選択を常に迫られる状態であった。

世の中は日露戦争へと突入する頃で、どう生きるか、どう商売するか、時代を常に読まないと生きていけない。

森と街で生きる別々の人間の交差、そして時代の交差、ついでにカッコイイわんわん(イヌ〜)が複雑に組まれていて、それでいて難しい話として読ませないその技術に感服〜。

 

ちなみに情景描写や動物の動きの描写は相変わらず素晴らしい。

雪をかけていく鹿やウサギ、木々の間を飛んでいく鳥たちの姿が生き生きと描かれ、四季の移り変わりもそれはもう言うことなし。

1分1秒の動きをものすごく細かく描いているのに、いくら読んでもダレない。

 

ここで忘れちゃならないわんわんお〜。犬好きあもちゃんにはタマラン!むは〜。

熊爪に付き従う犬がすごくカッコいい。きっと狼みたいにキリっとしてるんだろうなあ。

街の犬みたいに甘えん坊で弱虫じゃなくて、クマにも果敢に挑むかっこいいわんわん。

でも人間に撫でられたらちょっと嬉しい。

そんな犬の仕草や行動の描写がすごくいいの。

くぅ〜犬好きにはたまりませんな。

そして赤毛熊、襲来!!

の際のわんわんの活躍ぶりと言ったら素晴らしいことこの上ない。

熊爪の足を甘噛みして起こす、とか、細かい。

表現がいちいち細かい。くぅ〜。

キョー!わんわんカッコいいー!

赤毛熊の反撃に、ぎゃー!!!って心の中で叫んじゃった。わんわーーーん!!

・・先ほどからわんわん言ってますけど、だって名前ないんだもん。

そこらへんもよく考えられている。

決してペットじゃない。

言い方は悪いが、主人公(熊爪)にとって生きていく上で大事な道具としての犬。

それ以上でもそれ以下でもない。

いないと困る。好きとか嫌いとかではない。

 

名前といえば主人公の名前もいい。熊爪。

森で生まれて育った感がすごく出ている。

名前はただの記号であることがわかる。でもちゃんとした記号。

きっと主人公の風貌は「熊爪」なんだなあ。と文字で読者に伝える。よく考えられている。

 

そしてラストシーンがすごく印象的。

犬に愛情があったわけでもなかったのに(ただ狩りのために必要)、熊爪が最後にしたことはわんわんを自由にすることだった。

行け!

・・・泣くあもちゃん・・わーん。

そのわんわんの姿は気高く愛らしい。

そしてそのわんわんが・・・

 

まさかまわりまわってこの作品がわんわんで終わるとはなあ。素晴らしいラストであったよ。

生命のリレー、魂の繋がりを見るようであった。

ラスト、地面から一気に草花が芽吹くような爽やかさと豪快さと凄まじさが感じられ、

あ〜とうとうこの物語が終わるんだ

という壮大なラストシーンであった。

こんなにちゃんと物語を結ぶラストシーンって、ここ最近見たことない気がする。

全く捻っていなくて、真正面ど真ん中で終わる。

3球ストレート勝負!

これぞ王道という感じのラストでこの読後の爽快感を私は忘れない。