NYでITエンジニアそしてライターとして生きるベイリー弘恵のコラム
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教会は、無料で入れる癒しの空間

ちょっと前に、ヲタキングこと岡田斗司夫さんのYoutubeで、「宗教施設は無料で入れる上に、癒される」みたいな話をしていたのを見た。

 

それから、待ち合わせまでに時間があったりすると、NYの街には教会があちこちにあるので、教会へ行っている。

 

たしかに癒される空間なのだ。それは当然だろう。

 

教会に限らず、お寺や神社のような宗教施設って、そもそも「心を静める」ために作られていることが多いわけなので、
天井の高さ、光の入り方、静けさ、音の反響、香り、椅子の配置まで、「落ち着く」方向に設計されているそうだ。

 

美術館や図書館よりも、もっと落ち着けるのはそのためなのだね。

 

ふとした時にムギのことを思い出して涙がでてくるので、いつもはセント・パトリック大聖堂を見物する観光客たちを横目に通り過ぎるのだけど、ムギのために教会へ行って祈ることにした。

 

観光客は、外から見てる人がたくさんいるけど、中に入るとガラガラなのだ。

 

ガウディ建築を一目見ようと観光客が列をなす、サグラダ・ファミリアみたいな、ノリがない。

クリスマスで外が大混雑していても普通に入れるので、ちょっと驚かされる場所である。

 

ロックフェラーセンターのお隣なので、ついつい、いったい坪単価っていくらなんだろう?と考えてしまう。

 

(※周辺の商業地は「1坪 数千万円〜億近いレベル」と言われることもあるエリア。

実際、教会が持つ「空中権(air rights)」の一部だけでも、2023年に最大1.64億ドル規模で取引されてるらしい。それを支払うのは、教会の周りに大きなビルを建設しようとする不動産会社やヘッジファンド。)

 

 

 

マンハッタンの真ん中にある、こんなにどでかい教会をドネーションだけで支えられるわけがないって思ってたけど、そういうことだったのね。。。

 

マンハッタンの高級一等地で、無料で時を過ごすことができて、キャンドルは、たった3ドル募金するだけで灯せる。

なんて神様は素晴らしいのだろう。

 

入り口でバックチェックするセキュリティーの人たちも、とても愛想がよくて、親切だ。

 

マンハッタンの混雑している郵便局へ行ったら、しっかり手際よくやらないと、怖い局員さんたちに叱られて地獄を見るが、マンハッタンの教会は、誰もが親切に迎えてくれて、まさに天国なのだ。

 

グランドセントラル駅の近くや、タイムズスクエアのあたりにあるゴスペル教会もお勧めです。

 

天気のよい日にムギは天国へ

朝からムギは、アヤと彼に公園へ連れて行ってもらった。

 

家に帰ってからは、いつもより落ち着きがない。状態はさらに悪化している感じだ。

 

私がムギのガールフレンドと称しているクッションに、ハンプ(マウンティング)。

そして久々に、噛みつけるボールみたいなオモチャで遊んだりしている。

 

遊んでいるときは、まるで普通に戻ってるみたいだけど、すぐにまた落ち着かない状態になり、あちこちとさまよい歩く。

 

いよいよその時が来た。

 

VETに行って、30分以上待たされる。すでに20分以上前に、アヤが安眠させることに同意した。

 

家族全員、そしてアヤの彼と、エリカの友人フラニーも再び一緒に。

 

トントンとドアを叩く音とともに、ドクターが入ってきた。

 

薬について、わかりやすく説明してくれた。

 

なぜ、安眠すべきかを再びドクターとこちらから再度質問したり、回答をもらったりして、話す。

「まだ納得がいくまで話してもらって構わない。」とドクター。

 

みんなが質問を終え、「もうしばらく時間が必要なら、いくらでも待ちます。」と言われた。

 

すでに30分以上待っていたので、もう家族の気持ちは決まっていた。

 

それでもついつい私の口をついて出た言葉が、「なぜVETにいると落ち着いてるのかが不思議なんです。別の場所とかへ移って、本当は、この状態を治せるものなら治してあげたい。」だった。

 

「今の時間、別の場所で穏やかっていうのは、起こり得るけど、脳に腫瘍がある以上、根本的な解決にはなりません。腫瘍がある限り、状態は悪くなっていく一方ですし、手術で取り除いたとしても完治する保証はありません。かえって悪くなる可能性もあります。」ドクターが静かに答えた。

 

脳に腫瘍があるかぎり、薬でてんかんが抑制できないならば、もっと状況は悪くなる一方なのだ。

手術したとしても、元通りになる可能性は厳しい。自分にドクターの言葉を言い聞かせる。

 

毎日、つらそうにしているムギをこのつらい状態のまま生かしておけば、ムギが苦しむばかりなのだ。

苦しむムギを見ている家族ももちろんつらい。
 

足につけたチューブの先から注射器を使って睡眠薬を打つと、静かに目を閉じた。もう眠ってしまったのか?って思ったら、

「こちらが本当に永眠する薬です。」と、ドクター。

 

心が決まるまで、まだ待ちますから。

と時間をくれた。

 

「アヤが、時間を決めていいから。」と、私。

 

アヤは数分間待って、心を決めた。

 

ムギは眠るようにして、安らかに旅立ったのだった。心肺停止を確認してからも、

ピクピクと鼻の先が動くので、まるで生きているようだった。

 

何度も何度も、薬でなんとかなるんじゃないか?と、薬も試してみた。

てんかんの薬や抗不安剤を時間を変えて与えてみたり、増やしてみたりもした。

 

抗不安剤のせいで、お隣の子どもたちがボール遊びしている音が怖くて、飛び上がっていたりしたこともあった。

 

ピクピクと痙攣が1時間おきに起こることもあった。

 

やれることはすべてやったし、ムギのてんかんが酷くなってからこの数週間は、ムギのつらい姿を見て泣いていたのだ。

 

ムギがいれば、いつも安心させられて穏やかな気持になれた。

ムギがいれば、いつも楽しかった。

ムギがいれば、辛いことを忘れることができた。

 

そのムギがいなくなった今、どうやって気持ちを前に向けていけばいいのか、まだ手探りのままだ。
それでも、ムギがくれたたくさんの思い出と時間を胸に、少しずつ歩いていこうと思う。

 

 

 

<写真はこの冬に撮影したもの>

こんなについ最近まで元気だったのに。

 

 

異常が起きてる状態のムギ>>>表情がヤバい

 

ムギのてんかんは薬でもおさまらず

ムギのてんかんは、薬でもおさまらない。毎日、つらそうで、見ているこちらも泣けてくる。

 

不安になることが、一番見ていられない。

 

先日は、ムギのプレイエリアにしている木枠のような床をガサゴソガサゴソと、引っ掻きまくった。

血が出てもやめないのだ。

 

その上、あちこちに首を突っ込んでみたり、わざとリードを柱にグルグル巻にしたりして、ハーネスを外そうとする。

とにかく苦しさから逃れるために、午後になると暴れまくる。

 

お散歩に出かけてる間は、少しは機嫌がよくなるので、大丈夫って思わせるのだけど、午後からは気が狂ったように暴れまくってつらそうなのだ。

 

VETにも相談したが、薬を強くしても、寝てるばかりになる可能性もあって、もはや普通の状態でなくなるのだという。

 

「これ以上犬につらい状態が続くようなら、永眠させるほうがいいでしょう。」と、VETもアドバイスをくれた。

 

高級なホールフーズのステーキをレイに焼いてもらって、ムギに食べさせた。

ムギは、飲むように食べた。

 

美味しそうに食べてる姿を見て、私やエリカは、つらすぎて見ていられなかった。

案外、アヤはしっかりしている。

 

アヤの彼やエリカの友達フラニーも一緒に家族全員で公園へお散歩へ行った。

ちょっと風があって肌寒いけど、天気もよい。

 

ペットを飼うということは、楽しいことばかりじゃないってわかっていたけど、こんなに辛い日々が続くとは思ってもいなかった。

 

家にいると落ち着かないので、フロントヤードにいるムギ

 

ムギ(柴犬)が、てんかんになってしまった

彩が卒業旅行でプエルトリコに行く前から、ムギがたまにプルプルと震えていた。

「お母さん、寒くないのに、ムギが震えてたから、パジャマを着せてあげたよ。」とエリカがある日言った。

 

「寒くないのに、変だねぇ〜。」と言いながらも、私はオフィスにいて状態を見てなかった。

 

そして、彩がプエルトリコへ行ってるときに、木曜日はレイしか家にいなかったため、彩の部屋で自分でハーネスを外したムギを、バックヤードに出したのだけど、大暴れしたらしい。

 

ムギは、ドアの下に詰めてる隙間ストッパーを噛み散らかしたのだった。デニスが戻ってからは、ちょっと落ち着いて部屋に入れた。

 

週末は、ムギは普通だった。牧場のある公園へ連れて行って、みんなで普通に歩いた。

 

月曜日は、レイとデニスが家にいたのだけど、ムギがまたしても夕方くらいになってハーネスを外し、彩の部屋で暴れまくった。

部屋を荒らしていることに耐えられないと、レイは外へ出た。

 

デニスがジムから戻ると、再びハーネスを外してムギは暴れており、壁に穴を開け、ドアの横の部分を食い破って、大工さんが建設中の状態みたいに木くずが散乱。

 

部屋は泥棒が入った後のように、洋服が床にばらまかれて、ドアにかけてたコートも床に不格好に落ちてる上、ムギ用のメラトニンが入った薬も棚から落ちており、なんと半分ちかく食べていた。

 

デニスが、ムギをバックヤードへ出しておいたところ、数分後にムギの姿が無かった。

フェンス戸口を曲げて、近所へ逃げ出していたのだった。

 

電話で私はその状況を聞いていたのだけど、「ムギがいない。」って言ってるうちに、お隣のカティがドアをたたいた。

デニスに、「ムギがデッドエンドの道路の柵の向こう側へ行った。」と、教えてくれたようだ。

 

なんとかムギを捕まえて、家に連れて帰ってきた。

首輪もハーネスも自分で外してつけていない状態。

 

ご近所さんに噛みついたりしないでよかったと、胸をなでおろした。

 

私とエリカが家へ戻っても、

ムギは落ち着きなく、玄関へ行って、カリカリとドアをこする。外へ出たがるのだ。

 

そして頭がおかしくなったみたいに、なぜかバックヤードへ行きたがらない。フロントヤードへ何度も出ていこうとする。

私はムギを落ち着かせるために、近所を夜に何度も散歩した。

 

デニスは、「彩がいないから、寂しすぎてメンタルやられたんじゃない?」と言い出した。

 

彩と電話で話ながら、ムギの状態を見せるが、

「ムギは、私がいないくらいで寂しがる犬じゃないし、たぶんメラトニンの影響じゃないかな。」と話す。

 

フロントヤードでまるで彩が帰るのを待つように、ムギは座り込んだ。

 

まだ寒い日だったので、私もいつまでムギと外へいるわけにも行かず、ムギを抱えて家に入った。

 

玄関のドアから離れようとしないムギを、なだめて、リビングの床にムギをなんとか寝かしつけ、私もリビングの床に毛布を持ってきてムギと一緒に寝てあげた。

 

朝には、ムギは落ち着いていたのだけど、やはり落ち着きがない。

 

彩に何度も訴えて、友達の家でその日もリモートワークしながら過ごすと言っていたが、帰ってきてもらって家からリモートで働くようにお願いした。

 

彩が戻ってきても、ムギの様子はまったく変わらず、落ち着かない状態。

 

その日も、ウロウロと玄関へ行こうとしたり、階段の上へ上がってみたり、下がってみたり。

 

そしてハーネスを外すコツをつかんでおり、どれだけキツく締めておいても、するりと抜けて首輪とハーネスを頭から外す。

 

さらには、つないでいる細いリーシュを食いちぎる。

 

脱走を試みることハンパない。

 

次の日にVETへ彩が連れて行った。

血液検査や体調には、何も問題がないという。

 

メラトニンのせいで、攻撃的になることはないはず。とりあえず精神安定剤のような薬と睡眠薬をもらってきたのだった。

 

私が世話をしている日に、午後2時半くらいからおかしくなって、午後4時くらいにもおかしくなる時間があることを特定できた。

 

そして呼吸が荒くなる。

 

調べてみると、てんかんの可能性があることを知った。

 

そうして、様子を見ていると、左足だけがピーンと伸びていたりするのだ。

「ムギ」と呼んでも反応がない。

 

意識が飛んでる状態。

 

これは「てんかん」だな。と、決定づけるものだった。

 

兄がてんかんなので、私は、てんかんの様子を見慣れていることもあった。

そして、ムギがバックヤードを怖がるようになったのも、

初めて自分の身に予期せぬ「てんかん」が起こったことで、恐怖に感じて、そこへ寄り付かなくなるのだとAIで調べて知った。

 

彩に説明するけど、「そんなわけない。」と聞く耳をもたない。

 

ビデオにてんかんが起きている状態を私が撮影していたので、それをドクターにメールして見せた。

 

ドクターは、そのビデオを見て、すぐに「てんかん」だと診断した。

 

新たに見てくれた隣町のドクターは、とても良心的で、すぐに薬を処方してくれた。

 

これまでかかっていたVETでは、MRIを撮らないと診断できないと言われたらしい。

 

MRIは保険なしだと、3000ドル以上するのだ。

 

ビデオで診断してくれたドクターのおかげで助かった。

 

しかし、てんかん薬の効果がでるまで3週間はかかるのだという。

 

ムギは相変わらず、精神安定剤や睡眠薬もとりながら、大人しくしているんだけど。

時折、暴れ出す。

 

私がフロントヤードで一緒にいても、おかしくなる時間がくると暴れ出し、私のガウンを噛み破った。

 

精神状態も安定しないのに、彩がアナルグランツのケアをVETでお願いしてなかったため、アナルグランツが炎症を起こした。そして金曜日にまたしてもVETへ。

 

ムギは、精神安定剤や睡眠薬、てんかんの薬に加えて、抗生物質まで服用しなければならない。ムギが5つくらい薬を飲んでいるのを見て、レイが「ティピカルなアメリカ人みたいだな。(アメリカの高齢者は、多くの薬を飲んでいる場合が多いので。)」と笑った。

 

そして、金曜日の夜。

 

彩は週末は自分が一緒にいるって言ってたのに、なぜか友達と土曜日に約束をした。

 

「なぜ遊びに行くの?ムギが安定したからって、お母さんがずーっと見てるわけにはいかないよ。」と言うけど、彩と口論になって、私が負けた。

 

「もう安定したし、てんかん薬を4時にあげればいいから。」とだけ言い残して、土曜日の昼には出ていった。

 

私がジムにいると、彩から連絡があり、

「私の部屋にいると、ムギは、てんかんが起きたトラウマから、怖がっておかしくなるから、リビングにつないで。」と、言われた。

 

家へ戻ると、彩の部屋は、またしてもグチャグチャになっており、ピーナツバターのおしゃぶりみたいなスナックが、床にベトベトと広がっていた。色が、ちょっと糞みたいなので、まさかと思ったけど、臭くないので、ピーナツバターとわかりちょっとだけホッとする。

 

糞尿を垂れ流すまでには、ムギの意識はおかしくないと判断できたこともよかった。

 

精神安定剤を飲ませるけど、ムギは落ち着かず、ハーネスを外そうとして、暴れまわる。外へ出して、ご近所さんに迷惑をかけてはならぬと、家の中でとにかく安静になるまで見届けようとするけど、落ち着かない。

 

私のデスクのところへ潜り込んで、ケーブルが首にからまり、窒息しかけたりもした。ハーネスを外して暴れるたびに、私はそこいらじゅうムギの後をついてまわる必要があった。

 

「なんで、よりにもよって、ムギがてんかんになるの?神様の仕打ちは酷すぎる。」と、窒息しかけたムギの首からケーブルを外し、私は叫んだ。

 

彩に電話して、「一刻も早く帰ってきて。」とお願いした。

 

しかし、レイと連絡をとっていた彩は、「お父さんは落ち着いたから大丈夫って言った。」という。

 

言ってるレイも、「こんな状態のムギを見ていると、つらいから僕も外へ出てくる。」と、出ていった。冷たいわけじゃなく、レイは

飼う当初から犬嫌いなので、それは仕方ない。一切ムギには関わらないって家庭内での決まりごとである。

 

レイが出た後、

ムギは狂ったようにコートハンガーのロッカールームに入って、レイの放置している洋服に埋もれて、ちょうど薬が効いたのだろう、その状態で落ち着いた。

 

ムギが落ち着いたので、私もしばらく休むことにした。いつの間にか、私もベッドで寝ていた。

 

2時間がたつころ、私もムギも目がさめた。

 

レイもちょうど家へ戻ってきた。

 

すると、またしてもムギが暴れ出した。

 

今度は、ハーネスが首にからまって、呼吸が止まったような状態になった。

 

「ムギ〜!」と叫んで、私はムギが死んだのかと悲鳴をあげた。

 

しかし呼吸はしているようで、お腹が動いている。

 

ムギを死なせたのでは?と、私の気が狂うかと思ったほどだ。ちょうど、ハーネスを外しかけているときに、

てんかんの発作が起こって、意識を失っていたのだった。

 

彩に電話すると、まだブルックリンにいた。

 

「お母さんに嘘をついたの?すぐに帰ってくるって言ったよね。」

「地下鉄が止まってしまって、地下鉄が動いているところまで、ブルックリンを歩くしか移動ができなかったの。」と彩。

 

そしてようやく彩が戻った頃には、夜の9時を回っていた。

 

「お母さんが、ムギを見れない理由がわかった。お母さんは、お兄ちゃんのてんかんのお世話を子供のころからしていて、お兄ちゃんが、倒れるたびに救急車に一緒に乗って病院へ行ったり、お兄ちゃんがメンタル異常になったときに、頭を床に打ち付けたこともあった。

 

更年期のころだったのか、再びメンタルが落ち込んでるときに、ニューヨークへ来たときには、ワシントンDCの旅行先のホテルで行方不明になって、寒い日だったのに、私はホテルの周りを一人で走り回ってお兄ちゃんを探したこともあった。結局、ホテルの別の階にいて迷子になってたのを母が見つけたんだけど。

 

その後、日本へ戻る途中、博多で行方不明になって、母は、警察署に泊まってお兄ちゃんを探した。「たまたま駅にも連絡が行ってたので、お兄ちゃんが改札口へ行こうとしたところで見つかったんだよ。」そのトラウマもあって、てんかんの病をおってる犬にも向き合うことがつらい。

 

「別の病気だったら私もしっかり見てあげられるけど、ムギがてんかんで苦しんでる姿を見ることが辛くて、もうこれ以上できないのだ。」と、彩に泣きながら訴えた。

 

「お母さんがお兄ちゃんのてんかんで、それほど大変な苦労をしてきたことを知らなかったし、てんかんのトラウマについて知らなかったから、ごめんなさい。」と彩が謝った。

 

そして、てんかん薬の効果がでるまでは、犬のホテルで預かってもらうことに決めた。

 

「家ではてんかんが起こったというトラウマがあるから、別の場所にいるほうが、ムギも精神が安定するみたいだから。」と彩。

 

今後、ムギの状態がどうなるのかは不安だけど、今は薬の効果がでるまで、様子を見るしか無い状況である。

 

私のデスクの下に潜り込んだムギ。

 

 

イーストビレッジへ夫と映画「国宝」を観に行った

若いころは、外国映画やらマイナーな映画を上映しているアンジェリカシアターが大好きで、いつもレイ(夫)とデートする際には、アンジェリカへ行っていた。

 

マイナーな映画など嫌いなレイであるが、ほぼ無理やり連れて行ってたんだけど。私は映画の前にディナーへ行って、酒を飲んでることもあって、たいてい寝てしまってた。

 

今回はレイと、アンジェリカシアターがイーストビレッジの方にもあって、そこへ「国宝」を観に行った。

 

チケットを買うときに、席を選ばないとならなかったんだけど、ちょうど見やすい列は、ほぼ埋まっていたんだけど、そこに席をとることにした。

 

前すぎると、見えないし、最後列も嫌だなぁ~って思ってたんだけど、狭いシアターなので、最後列が良かったかもしれない。

 

アジア系の人たちが多かった。白人のご高齢な女性二人組が、それぞれ私の横と、私たちの斜め後ろにいた。

 

ポップコーンを食べている若いアメリカ人女性もいた。こんなに、しんみりした映画でもポップコーン食べるんだと、ちょっと驚いた。

 

日本国民の大半が劇場で観てる映画なので、内容は誰もが知ってると思うけど、すべてが繊細で、とても美しくて、さすが日本の美という感じ。

 

ディナーは、焼肉ウエストへ行こうかって話になったけど、なんと閉店していた。

 

ふたごは高すぎるし、ミッドタウンまで地下鉄で行って、トラジで焼肉を食べることにした。

 

地下鉄の中で、レイに「国宝」の感想を聞いたら、「3時間もある映画だから、外へなかなか出れなくて飛行機に乗ってる気分だったよ。」と、まずは一言。

 

「美しい映画だったね~。」と私が言うと、

「女装という文化が理解できなくて、どうしても美しいとは思えなかった。」と残念な感想。

 

「そして主役のキャラクターがあまり好きではなかった。あとビジネスマン(三浦貴大さん)が、まったくインパクトなさすぎたよね。」

「あのキャラクターはインパクトのないタイプを演じてたんだと思う。特に彼がインパクトを与える必要ないから。とはいえ、家族じゃないから、きっとつらい目にあうみたいなこと言ってたよね。」

 

「主役のキャラクターで最悪だったのは、娘が声をかけても知らん顔してたところ。あんな父親は最低だ。」

 

「芸の邪魔になるから、遠ざけるしかなかったわけで。それほどまでに芸に自分を費やしたってことだよ。」って言いたかったけど、適切に説明できる言葉が見つからなかった。

 

たとえば芸を貫くため、親の死に際へ向かうこともできず、ステージで歌っていたという日本人の演歌歌手の気持ちなど理解できないだろう。言ってる私も、それはとうてい理解できない。

 

日本人は自己犠牲してでも、何かを突き詰めるという特殊な民族なので、科学や文化、スポーツの世界でトップに躍り出ることができるんだろうな。

 

パーキングしていた近くにGoogleのオフィスビルがあったので撮影

ランチ前に行列ができていたレストラン

歩いてる途中にあった風景

 

 

 

 

 

ブルックリンのアジア系オーナーが経営する日系カフェでブラックのオヤジが暴走

Ryosuke Kiyasuさんのドラムを取材するため、ブルックリンのThe Broadwayってバーへ。

 

 

私がブルックリンに住んでいた2000年より以前は、「JやZトレインに乗るとヤバい。シューティングもあるから絶対に乗るな!」って言われてたほど。

 

地下鉄でJに乗ってGates Ave駅に降り立つと、そこで地下鉄のキセル防止用ゲートを乗り越えるブラック兄さんに遭遇。

 

電子化が進んで、クレジットカードを使える時代になっても、いまだにキセルは横行してるのだなぁ~と、実感。

 

Kiyasuさんがライヴ前に少しお話してくれて、ライブは夜の11時くらいから始まるという。

 

The Broadwayにも、バーガーとかあるけど、地下に小さなキッチンと窓口があって、まるで田舎のさびれたホテルの社食みたいな雰囲気。

 

トイレには、壁一面の落書き、便座もほぼ落書きだらけ。男女共用なのかどうかも不明で、男子トイレにはドアがないからか、女子トイレを使おうと男が入ってきたりする。

 

トイレさえも落ち着いて使えないヤバい雰囲気だった。ベルリンで行った廃墟みたいなクラブのトイレはもっと暗くて落書き多くて怖かったけど、ここはライトだけは明るいのがありがたい。

 

「食事は別の場所へ行こう。」と同行していたNY1Page.comでゲストライターしてくださるYさんと、Buntopiaというレストラン、2駅離れたところへ地下鉄で行った。

 

 

日本人が経営しているのではないって思うけど、Jポップが流れていて、壁には絵馬がたくさん飾ってある。

 

「みんな絵馬の意味わかってるのかな?」と、Yさんが頭をひねる。

 

私は熱燗をオーダーし、チャーシューとしいたけや野菜にハラペーニョを甘辛醤油で炒めたようなものをオーダー。

おつまみとして最適だった。

 

Yさんは豚骨ラーメン、そして後は餅アイスをデザートを頼もうとしていたころ、大爆音の音楽をかけて、ちょっと昔のラジカセみたいなノリのスピーカーを持ったブラックのオヤジが入ってきた。

 

ウエイトレスの若いアジア系の女の子が、すかさずオヤジのそばへ行って、「ほかのお客様に申し訳ないので、爆音はやめてください。」ってお願いしたようだった。

 

すると、オヤジが音楽ばかりでなく、自らの怒りを爆発させた!

 

「てめぇ~アジア系のくせに、俺がブラックだからってそんな扱いをしやがるんだろう!」と、いきまいている。

 

ウエイトレスさんは、オヤジがガンガン言ってくることをやめないので、キッチンカウンターの奥へ入っていった。

 

屈強そうなアジア系の若い兄さんが出てきて、「アジア系とか人種は関係ないよ。あなたが爆音を鳴らしてるから、注意しただけだから。何かオーダーするのかい?しないんだったら出て行ってくれ。」と、キッパリ言っていた。

 

オヤジは、キッチンカウンターまで行って、ガヤガヤと文句を大声で続けていた。

 

「911したほうがいいかな?」と、Yさんと携帯をいじっていると、アジア系兄さんが、「出て行かないのなら、911に電話するぞ!」と、オヤジに言った。

 

オヤジは、さすがに911されるとマズいって思ったのか、ジリジリと外へ足を後退させていった。

 

結局、出て行ったんだけど、Yさんや私の方にもにらみをきかせてきて、外側を向いていたYさんは目を合わせないようにしていたらしい。目を合わせてたら、きっと私たちの席にも近づいて文句言ってきそうな勢いだった。

 

「私、どこにいても、なんだかちょっとした事件になるような事を引き寄せちゃうみたいで、ネタにはなるけど。。。」と、Yさんに告げた。

 

「いつもこんな変な客が来るの?」とウエイトレスさんに聞けば、「こんなことは初めて。」という。

 

「もう一杯のお酒はオンザハウス(店のおごり)でいいよ。」と、アジア系の兄さん。彼が経営者なのだろう。

 

タダ酒もらったぜ!と、喜ぶばかりの私。

 

ご飯を食べて地下鉄で戻り、落書きだらけのトイレに再び入ってから、KiyasuさんのLiveが10時ちょっとくらいから始まった。

11時の予定が繰り上がったようだ。

 

「君たちメディアだろう?」って、店の兄さんが声をかけてくれて、最前列まで行くことができた。

迫力のライブを見て、再び地下鉄へ。

 

6トレインに乗ると、またしても片腕だけを壊れたロボットみたいに、ピクピクと動かして立ってる不思議な兄さんがいた。その片腕は手先が袖から出てなくて、薄緑のパーカーの袖がかぶさってるんだけど、その部分はボロボロにくたびれた布。

 

「またしても、引き寄せたのね。」と、Yさんが苦笑い。

 

真横で、ピクピク動くロボットが立ってるので、私たちはまんじりともせず、42STまで静かにしていた。

 

Yさんと初めて出かけた場所が、こんなゲットーなエリアとは。一生忘れられない日となりそうだ。

 

 

 

 

ハミルトンは最高!って言いたいけれど。。。

ハミルトンは、アメリカ建国の歴史みたいなものだけど、セリフはラップにのせて演じられるため、予習していった。

 

こちらの方が、解説も交えて完璧な翻訳をしてくれているんだけど、長すぎて電車の移動時間では完読できなかった。

そりゃぁ〜3時間近くあるミュージカルなんだから、仕方ないか。

 

 

ラップは素晴らしいし、ダンスも素晴らしい、予習していったかいあって、おおまかなストーリーはわかるのだけど、やはり細かいところがラップなのでわかりにくい。

 

しかも、トイレに行くのにも大行列だし、シアターがタイムズスクエアのそばだからか、めっちゃ狭い。

 

入口入ったすぐのところ右側ショップ、左側にバーもあって、そこを通り抜けるとトイレが男女別でそれぞれ右側にあるから、誰がどこに並んでるのか、見当がつかない。その上、バーの真横には2階に上がるための階段。ステージ近くのフロアへ行くためには、行列の合間をぬって一番奥へ入らないとならない。

 

シアターの設計が悪すぎる。。。

 

ステージは真ん中が回る天板になっていて、演者がクルクル回転するのも、時の流れを演出するようで素晴らしいし、街の中を移動している距離感も感じることができる。

 

階段の上にも人が立っていたり、踊っていたり、上から演者が歌いながら降りてきたりする空間の使い方も、立体感がある。

 

ラップだからかストーリーにもリズム感あって飽きることはないし、女性たちの美しい歌声に、心が洗われるようだ。ただ歌詞の細かい部分がわかりづらいので、もっと事前に予習してくればよかったと後悔したのだった。

 

ハンター大学教授の人種問題発言で、朝から気分が悪かったので、このダイバーシティなミュージカルを観て、改めて感激した。アジア系の演者もメインだったのが、演技もラップも素晴らしかった。日本人の役者さんやダンサーさんがいなかったのが残念。

 

●人種問題発言のニュースリンク

 

 

 

●ハミルトンのリンク

 

 

 

オペラの後のハラルフードは最高!

オペラが終わって感動でじんわりしながらホテルへ戻る。

 

「オペラ座の近くのほうが、都会だから、たくさんレストランあるし、この辺で食べて帰ろうよ。」と私。

 

「ホテルまでの道を間違えたら、またタクシー拾ったりとか大変だから、ホテルの近くへ戻ろう。」と友人ら。

 

「わかった。」と、ついていくんだけど。まだ骨折から完治してなくて、ちょっと歩きが遅い私。二人がどんどん先へ、おしゃべりしながら行ってしまう。

 

「あ、ごめんごめん。早かったね。」と、かなり離れてから、二人が気づいてくれた。

 

電車に乗って、無事に今回はホテルの近くへ戻れた。

 

が、

 

「レストランが、もうほとんど開いてないみたい。」と友人G。携帯を見ながら、「ほら、ここも11時半には閉まるみたい。」

 

「えぇ~~~、そうなの?もうスーパーも開いてないよね。」と私。

 

スーパーは10時には閉店なのである。

 

「ワインもっと買っておけばよかった。」

「大丈夫よ、私がお土産にドイツから持ってきたリースリングもまだあるから。」と友人G。

 

「リースリングって甘いよね。私、甘いのは苦手なんだよね。」と、安ワインしか飲んでないのに、上からな私。。。

 

「とりあえず、ここのハラルフードの店開いてるし、ビールとか買えそうじゃない?」と友人G。

 

3人でハラルフード店へ入った。若い兄ちゃんがガビガビに乾燥しているピザを、ありがたがって2スライスもテイクアウトで購入していた。ビールも黄色いロング缶。

 

私たちは、チキンの塊みたいなのがグルグル回ってるので、それにすることにした。閉店間際かと思ってたら、トマトやレタスの入った銀色の四角い入れ物に、たっぷり野菜も入れてきてくれた。

 

チキンをスライスして白いご飯の上にのせてくれる。そして、その上から、レタスにオニオン、キャロット細切り、レタスをのせ、タヒーニソースをたっぷりかけてくれた。

 

「辛いのもかける?」と聞かれ、ホットソースもかける。チャイニーズのアメリカにもあるホットソースだったけどね。

 

オペラの帰りなので、それぞれに、お洒落をしていったんだけど、ホテルへ持ち帰るより、やはりハラルガイズ(ファーストフード)店で食べていくことに。

 

ビールもさっき兄さんが買っていた黄色い缶。オーストリアのビールだったんだけど、めっちゃ美味しかった。

 

しかもハラルフードもうまいじゃないか!

 

「いつもニューヨークで食べてるハラルガイズより美味しいかも!」と、私。

 

そりゃあそうだよね。なぜなら、そこでチキンを調理しているのだから。

 

モグモグとしばらくは、3人でお腹が空いてるからか、食べまくる。

 

結局、全部は食べきれず、箱に入ってたので、ホテルへ持ち帰った。

ホテルの冷蔵庫も今一つ冷えないっていうのが不思議なんだけど。。。

 

次の朝には、残りのハラルフードは、生ぬるくなっていた。

結果、食中毒が怖くて食べなかった。

KING – KEBAB • PIZZA • BURGER

オペラで懺悔の部屋行きに・・・

軽くランチを食べ昼からワインも飲んで調子にのってたところで、オペラ鑑賞のため会場へ行く時間がせまっていた。

 

「まぁ~でも、電車で20分くらいでつくみたい」と、友人G。

「30分もあれば、大丈夫ね。」と合意し、念のため10分加えて、オペラが始まる40分前には出た。

 

ホテルの斜め前あたりから、路面電車が工事中で、あっちに行ってみると迂回してたり、途中が止まってたりってこともあり、オペラに行く際にも、途中で止まっていたのか、降りてしまった可能性が高い、オペラ座の前で降りたつもりだったんだけど。

 

「えっ、この大きな建物がそうなの?でもオペラに来てる人たちがまったくいないけど大丈夫?」と不安になる私が友人Gに聞く。

 

友人Nと二人で、友人Gが電車の表示を見に行ってる間、通りすがりのカップルに、「オペラ座ってここからもっと遠いのかな?」って英語で聞いてみた。たいていの人が英語ができるので、「多分タクシーでもう少し行かないと無理。歩いてはいけない距離だよ。」と教えてくれた。

 

タクシーを全員で手をあげて止めようとするけど、なかなか止まらない。しかも、工事のためかめっちゃ渋滞しているし。

 

ようやくタクシーを止めて、オペラ座の近くまで来たけど、信号もたくさんで、ラッシュの時間なのか、まったく動かない。少し離れてるけど、もうオペラ座は見えていた。

 

タクシーを降りてダッシュ。まだ扉は開いてたんだけど、私がチケットをダウンロードしているって誰もが信じていたが、オンラインでしか見れない状態だったのだ。当然、オペラ座なんだからWifiがフリーであるだろうって思ってたのがまずかった。

 

入口で、「フリーのWifiを教えて。」と聞いたら、「Wifiはありません。」って言われた。そしてオペラが始まったため、扉は閉じられてしまった。開演に間に合わなかったのだ。


「そっちのチケットブースへ行って、チケットを聞いてみて。」と言われ、チケットブースへ。しかし予約番号では見つけられず、結局、ITルームみたいなところへ通された。

 

IT担当のブラックの兄さんが、さくさくとWifiのパスワードを入れてくれて、私の携帯のWifiがつながった。チケットのバーコードも出てきたので、画像にして保存。

 

開演後は、途中で入場できないため、会場入りできなかった人たちがビデオで公演を見れるという部屋へ入った。そこが「オレたちひょうきん族」で懺悔室として使われていた雰囲気の部屋だった。

 

椅子が20人分くらい置いてて、ほぼ全席埋まっていた。

 

ちょうどワインの酔いも回ってきて、いい気分で寝られたのはよかったのかもしれない。友人Gはドイツから来ているため時差がないので、時差ぼけはないけど、NYから来た私と、LAから来た友人Nは、時差ぼけもあってか、とにかく眠いのだ。

 

仮眠をとったおかげで、二幕目からは、ボックス席へ入れて、感動のオペラ鑑賞。プッチーニのTOSCAは、予習もしていったし、日本語字幕もあったおかげで、歌と同時に内容の把握もできて感動。

 

私が一番感動したのは、3幕目で処刑される前に歌うカヴァラドッシの声が、本当に胸に響いた。あの瞬間、会場全体が静まりかえって、ただ彼の歌に聞き入っていた。切なさと力強さが混ざった声に、思わず涙が出そうになった。(Mario Cavaradossi Piotr Beczała)

オーケストラも完璧で、歌い手を引き立てる素晴らしい演奏。さすが音楽の都のオペラはレベルが高い。っていっても、NYでも本物のオペラは一度しか行ったことないんだけど。。。これからは、もっとオペラを聴きに行きたいって思った。
 

https://www.concertvienna.com/opera-vienna

 

カーテンコール、ほんと何回出てきたかわからないくらい続いた。客がいなくなるまで何度も出てきて、会場はずっとスタンディングオベーション。私も手が痛くなるくらい拍手して、もう最高の夜だった。こういう会場との一体感こそが、ウィーンのオペラ座のすごさなんだと思う。

 

 


 

迂回地だったのか?間違って電車を降りてしまった場所。

  • 奥に見える白い歴史的建物は、リング通り沿いにある**Kriegministerium(旧帝国陸軍省/現在はオーストリア連邦経済商工会議所)**の建物と一致します。

  • 停留所名のプレートにも「Julius-Raab-Platz」と書かれているのが見えます。

つまり、ここは市中心部、リングの東側にある Julius-Raab-Platz 停留所です。
ここからはトラムD線も通るため、あなたがD線に乗っていたなら、この付近を通過するはずです。

 

目玉のお城シェーンブルン宮殿ツアーは

このドラマを見て、ウィーンにあるシェーンブルン宮殿が一目見たくてLA在住友人Nと、ドイツ在住友人Gと行った、週末だけの旅行。

https://www.getyourguide.jp/vienna-l7/vienna-skip-the-line-schonbrunn-palace-and-gardens-tour-t471518/?ranking_uuid=532bf1d9-a9d7-4994-b309-109f9b58644d&utm_medium=sharing&utm_campaign=activity_details_desktop

 

ホテル近くの道路が工事中のため、迂回やら停止区間などあって、路線図通りに電車が動いていなかった。

 

友人Gがドイツ語を話せるので、電車の停留所に10歳くらいの男の子をつれてるお婆さんと会話してくれた。

 

お婆さんに、城へ行くことを告げると、「私たちも途中まで一緒だから、ついておいで」と言ってくれたようだ。

 

しかし、もう一つの電車に乗れば、1度の乗り換えで行けるはずなのだけど、お婆さんについていくことにした。


路面電車の中でチケットが買えるはずだったが、機械が壊れているのか、紙不足なのか、買えなかった。友人のクレジットカードから料金が引き落とされてなかったのは、よかった。

 

無賃乗車は仕方ないけど、3ストップは、切符なしで移動。おばあちゃんが、「ここで降りるよ」と、目くばせしてくれて、私たち3人も降りた。

 

少し大きな駅へついて、キオスクみたいなところで1日電車に乗り放題のチケットを購入。(ヨーロッパの路面電車で、乗車券をチェックに来ることは稀だけど、無賃乗車が見つかれば、罰金があります。Wiener Linien<ウィーン市内の公共交通機関>では、無賃乗車が発覚した場合、105ユーロ

 

 

チケットは、ちゃんと日付のスタンプを押してないと、これもまた無賃乗車扱いになってしまう。いったんホームまで行ったけど、知らないお兄さんが「タイムスタンプを押してこないとダメ」って教えてくれた。

 

エスカレーターで降りて、電車が来るギリギリまで待ってタイムスタンプを押した。そうすれば、次の日のお昼までこのチケットが使えるからという友人Gのアドバイス。

 

まぁ~結局、次の日はホテル近くでダラダラしてて、チケットを使わなかったんだけど。。。

 

電車を2度乗り換え、ようやくお城へ到着。ドイツ語できる友人がいて心強い。街の中の表示やなんかも、あまり英語で書かれてないので、わかりにくい。

電車の中にいる犬たちは、マズル(嚙まないようにするためのサポーターみたいなの。うちの柴犬ムギも、狂暴なので、獣医さんとこへ行く際には必ずつける。)をつけていた。

 

車いすで乗ってきた人とかは、さ~っと、駅員さんのサポートもなしで、犬まで連れて乗り込み、さーっと、犬まで連れて降りて行った。つれていた犬は、雑種みたいだったけど、ジャーマンシェパードみたいな巨大な犬種だった。

こういう車いすの人が一人で行動できるバリアフリーの充実さに感動。ニューヨークでも、駅員さんがついてサポートしているものなぁ~。さすが金持ち国、ヨーロッパなのだ。

 

ギリシャを旅行したときも思ったんだけど、当時、IMF(国際通貨基金)に借金があるとニュースになっていたはずなのに、街は全然貧乏くさくなくて、みんな優雅に暮らしてる感じだった。カフェでゆったりコーヒーを飲んでる人たちを見て、「え、これで経済危機だったの?」って不思議に思ったくらい。
 

それに比べて日本では過労死、中国では長時間労働、韓国ではタレントでさえも、競争に疲れて命を絶つ人のニュースばかり。私たちアジア系って、こうやってあくせく働いて世界を支えてるんじゃない?って思うことがある。
 

しかも今は、英語ができるフィリピン人やインド人がオンラインで世界中のサポートをしているし、最近ではアフリカ人がChatGPTなどAIの裏側で過重労働させられているというニュースも話題になった。

昨今の便利なテクノロジーの影で、こうやって見えない労働が積み重なってるんだと思うと、複雑な気持ちになる。

 

話を旅行に戻そう。

 

アジア系でドイツ語のできる人は珍しいのか、どこへ行っても、親切にしてもらえた。友人Gは、もともとフレンドリーな性格なので、知らない係員とも友達のようにすぐに会話していた。

 

日本語のガイドのヘッドセットをつけて、城の中を回る。一番短いチケットだったので、一番王道なところだけを見学。

 

もっと回れば、ドラマに出てきたシーンが回想できたかもだけど、夜にはオペラも観に行くため、自分の体力的にも限界だった。

 

美しい天井に描かれている絵などは、ローマに初めていったときの感動と同じく。
 

シェーンブルン宮殿の天井画も、ローマのバチカンで見た天井画にもどこか似ていて、同じ時代に描かれたからか色づかいやモチーフにも共通するものを感じた。

 

落ち着いたけれど華やかな色合いが、当時の空気をそのまま伝えてくれるみたいで見入ってしまった。加えて、ダイニングルームの高級感といったら、キラキラで目がチカチカしてくる。

「こんな素敵なところで、一瞬だけカップヌードルでもいいから食べてみたい!」と、友人らに語る。

 

入口付近も工事中で、噴水とかのゴージャス感は見れなかったけど、周囲にある彫刻は、高級感たっぷりだ。やはりヨーロッパって金持ちなのだなぁ~と、つくづく思う。

 

ドイツから来た友人Gが言っていたのは、「ウィーンは戦争で街が壊れなかった分、インフラの更新が遅れてるんだよね」ということ。

 

そう言われてみれば、確かに歴史ある街並みは美しいけれど、配管や下水設備は少し古そう。ホテルのトイレの流れが悪いのも、そのせいかもしれないな…とちょっと納得してしまった。

 

お城で庭園までは出なかったんだけど、中から見える景色だけでもじゅうぶん。外は気温が華氏80度超えてたし、暑そうだった。

 

夜はオペラを観に行くので、早めにホテルへ戻って、いったん軽い食事をしようってことになった。ホテル前のスーパーでまたサラダを買って、ワインも買ってホテルへ戻る。

 

夜のオペラまでは、少しゆっくりするつもりが、おしゃべりしているうちに、もう出発しなければならない時間となっていたのだった。電車で会場までは20分程度なのだけど、ボヤボヤしている私たちの旅、会場へ到着まで、いろいろとハプニングが起きるのだった。

 

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