テーマ:それぞれの登場人物の胸中

 

かなり難しく、そして静かな映画でした。

 

カーラ・ジーン・モスとアントン・シガーが愛人関係であり、カーラ・ジーン・モスのためにアントン・シガーはモスを追って殺しにかかっているのではないかと予想していましたが、全然違いました。

 

シガーはすべての行動をコイントスで決めていました。なぜコイントスで行動を決めるのかは説明されませんでした。それにより、シガーの不気味さや得体のしれなさが強調されていました。

 

ルウェリン・モスとアントン・シガーは、高いお金を支払って一般人から服を貰おうとするシーンがあります。


前者は大人から、後者は二人いる内の一人の子供から服を貰おうとします。大人はお金を自ら請求しようとしますが、子供は相手がお金を支払おうとしても受け取ろうとしません。


しかし、その後シガーは無理矢理支払おうとして、子供にお金を押し付ける形であげます。シガーが去った後、服をもらった子供の方が、もう1人の子供からお金を折半するよう求めるシーンがあります。


しかし、その提案を、服をもらった子供の方が断ります。

 

「大人はかなり打算的で利己的であり、子供は純粋だが自分の権利はしっかりと守る」

 

そう示しているように思えました。


難解な映画だったので、インターネットで調べてみることにしました。シガーという不条理な存在に対し「どうすることもできない」という虚しさを示しているようです。

 

不条理の象徴であるシガーは生き残り、カーラ・ジーン・モスとルウェリン・モスは死亡します。生死の結果でも不条理さが出ています。

 

しかし、その不条理さがありつつ、視聴後は爽快感に溢れていました。

 

素晴らしい映画でした。

 

 

 

 

 

 

 

監督 スチュアート・ローゼンバーグ

脚本 ドン・ピアース(英語版)、フランク・ピアソン

製作国 アメリカ合衆国

 

テーマ:ポジティブでいることの大切さ

 

面白い映画だった。


ルークの掴みどころのない性格が、みんなを魅了した。なぜ脱獄を試みるのかはかなり謎ではあるが、母親が死んだのがきっかけだったと感じる。


ドラグラインは初め、ルークに対しきつく当たっていたが、ルークの人柄により、みんなの仲が深まっていった。ルークが撃たれた際、ドラグラインはボスを絞め殺そうとしていたので、相当ルークを気に入っていたことがわかる。


「ルークが世界を変える」ということをドラグラインは示している。全くその通りだと思う。


実際にルークみたいな男に日本を引っ張ってもらいたい。

 

ルークは器物損壊罪で収容されているので、罪は軽いといえる。ルークが刑務所内で力を持っていたからこそ懲罰房に入れられたのだ。しかし、これが脱獄のきっかけとなってしまう。

 

脱獄してからは、かなりいじめまがいの行為をされている。土を掘ったり、埋めたりを繰り返されたり、臭くて美味しくないご飯を沢山入れられたりしていた。それでも、ルークはいつも笑っていた。ルークは最高の男である。感動した。

 

ルークは上の立場である刑務所所長に皮肉を言ったりしていた男だったので嫌われていた。この部分は反面教師として学ぶべきである。ボスがルークを撃ち殺そうとしたのは、ボスにも冗談を言っていた影響であろう。上司に反抗すると、上司からは嫌われるが、同僚からはすごく好かれることがわかった。私も似たような経験をしたことがあるので、リアルな描写であるといえる。

 

しかし、ルークはきつい状況でもめげずにずっと笑顔を保ち続けていた。

 

ルークが馬鹿みたいにゆで卵を短時間で50個食べたりするのも良い思い出かもしれない。傍から見たら、ゆで卵を食べまくるシーンはなんでもないような思い出かもしれないが、ルーク本人にとっては大切な思い出であろう。ルークが最後どうなったのかは気になるところである。ルークは軽罪なので収容期間は2年である。だから、脱獄する必要はない。しかし、ルークはフロリダの刑務所のルールが気に入らなかったのであろう。損得ではなく、自分の信念を大事にし行動したのだ。しかし、ルークはもう少しずる賢く打算的に生きる方が得だと感じる。

 

臭くて美味しくないご飯をみんなが協力して食べてくれるシーンも好きである。映画『ショーシャンクの空に』でのビールのシーンを思い出した。人々の絆を感じる良いシーンである。

 

ルークは戦争で人を殺している。ベトナム戦争に参加していたらしい。戦争での経験が、どんな状況になっても諦めない笑顔のルークが形作られたと思う。そして、ルークは飄々としている。

 

ベトナム戦争から帰ってきたという繋がりでいくと、映画『タクシードライバー』が挙げられる。ベトナム戦争をきっかけに狂人と化した男の物語である。よって、映画『暴力脱獄』と映画『タクシードライバー』は対極の物語であるといえる。

 

辛い経験をしたせいで、性格が悪くなってしまい、そのまま狂人と化すか。(映画『タクシードライバー』)

辛い経験の中でも、常に笑顔を心がけ、己の信念に従い行動する魅力的な人間になるか。(映画『暴力脱獄』)

 

答えは自明であろう。

 

どんなに辛い経験でも本人の捉え方次第でいかようにもなる。そう思わされた。

 

 

 

 

 

山村警部が夜に駆り出されても、能天気に仕事をこなし明るくしようとする様はすごく好感がもてる。個人的には好きである。

 

女将さんもかなり綺麗である。

 

トリックもダイラタンシーを使った知的なトリックだったし、なかなか素晴らしい頭脳の持ち主である犯人だった。この能力を別のところに使用できれば良かったのにと感じる。

 

適切な能力は適切なところに使う。鉄則だ。

 

 

 

 

 

北海道の雪景色は綺麗である。


運に任せて人を殺す関谷輪一郎が出てきたりして面白い。気が狂った人間はアニメに必要である。


ロシアの狙撃兵からの狙撃の際は、初めシリアスなテンポでストーリーが進んでいたのに、急に仲良く絵を描いたりする展開はゴールデンカムイならではの醍醐味である。


月島のロシア語はなかなかにかっこいい。


門倉はちょっと抜けている天然な人を演じているらしい。嫌いではないキャラである。

 

 

 

 

 

 

本巻ではバトルシーンがかなり挿入されています。序盤では佐藤の戦闘能力の高さが浮き彫りとなっています。

 

中盤では永井圭の逃走の様子が見られます。村から脱出し、町中へ移動します。町中のシーンの中では、そば屋で携帯をいじっているシーンが特に好きです。

 

永井圭は完璧に見える人間ですが、実はそうではないことが本巻で明かされています。たとえば、中野攻と永井圭がともに車に乗り込むシーンで、永井圭が「なんかめんどくさくなってきた」と発言しています。これまで頭を働かしすぎて、バーンアウト症候群を起こしているのかもしれません。中野攻は居酒屋に入り込み、おじさんたちと仲良くなった上で、車のキーをゲットしています。そのシーンを羨ましそうに見ているのが永井圭です。永井圭の欠点が2つも本巻で浮き彫りになっています。

 

その後、永井圭は病院に乗り込んで戸崎と交渉をします。中野という付き添いがいるとはいえ、単身で乗り込むのはなかなかの勇気がいります。

 

それなりに動きのあった巻ではないかと感じます。

 

 

 

 

 

 

監督 ガルデル・ガステル=ウルティア(スペイン語版)

脚本 ダビド・デソーラ(スペイン語版)、ペドロ・リベロ

原案 ダビド・デソーラ

製作国 スペイン

 

テーマ:極限状況下での連帯感は重要か否か

 

設定は面白い作品だった。

 

ゴレンが計算し250層まであると推定していたが、実際には333層まで存在した。ラストシーンで少女を伝言として残した。メッセージ性はとても伝わる作品だが、伏線がところどころ回収されていないのが消化不良である。最高層に主人公が行くこともなく、プラットフォームがなぜ作られたのかという説明もない。このあたりの説明不足は映画『キューブ』でもあった。

 

ミハルがなぜゴレンを殺さず助けたのかも謎である。ところどころ杜撰なところがある作品であった。しかし、作品としては楽しめた。ゴレン以外の人間はほとんど連帯感など考えず、自分の食事のことを考えて過ごしていた。なぜゴレンが自ら穴に入ったかも謎である。子供は入れない規則なので、少女が実在したかも怪しい。バハラトは人間として結構純粋であった。

 

ミハルはレイプされたときもあった。極限状況下でのテンプレな展開である。食欲、性欲、睡眠欲がいかに重要であるかがわかる。

 

半年の期限を待つ人や、他人を殺して突き落とす人も出てくるだろう。そうしないと、自分自身が殺される可能性があるからである。

 

極限状況下では人間は悪い方向に変化する。しかし、ごく少数の人間は希望をもって連帯しようとする。

 

 

 

 

 

2023/12/22に配信されたドキュメンタル13 COMBINEDの感想を記したいと思います。

 

個人的にはかなり楽しめました。

 

視聴前の予想として、EXITがかなり心配でしたが、りんたろー。の不憫さが逆に笑いを起こすこととなり、結果オーライではなかったんではないかと思います。兼近はなんとか爪痕を残そうという意気が感じられましたが、空回りした感じがどうしても否めなかったです。

 

優勝はフットボールアワーとなりました。やはり芸歴が他の4組と違うせいか、芸人としての馬力がかなり強かったように思えます。本シリーズでは初のタッグマッチでした。だから、個人の強さというよりも、コンビのコンビネーションが発揮されたフットボールアワーが優勝で妥当だと感じました。

 

キャンプばかり行っていたウエストランド河本が「なぜM-1グランプリ優勝した際に泣いたのか」という疑問を煽る映像のシーンが個人的に一番面白かったです。ウエストランドの井口も大物に悪口を連発していたので、見ていて面白かったです。

 

ニューヨーク屋敷の的確なツッコミが冴えわたっていたのではないかと感じます。嶋佐は相変わらずの演技力であり、感心しました。

 

ランジャタイは自分たちの身を削るストロングスタイルをとっており、芸人魂が感じられました。国崎だけではなく、伊藤も身を削っていました。

 

素人の自分が申すのもなんですが、全組それぞれ魅力を出せていたのではないかと感じました。

 

 

 

 

 

 

本巻では中野攻が初登場します。かなり直情的であり、見ていて不快な感じはありません。『亜人』ではサイコパスなキャラがかなり多めですので、数少ないまともな人間だといえます。

 

オグラ・イクヤはかなり天邪鬼であり、性格が悪いと感じます。

 

永井圭はサイコパスであると評され、人当たりが悪いと思われがちだが、そんなことはありません。居候先のおばあさんに対し、それなりに人当たりよく対応しています。永井圭は居候先で「平和だなぁ」と発言しているあたり、かなり頭のネジが外れており、楽観的であるといえます。

 

曽我部はかなりのサイコパスだと感じます。良心のかけらもありません。立ち回りがうまいですが、性格がかなり腐っているので、いずれ落ちるでしょう。正直、本作で一番嫌いなキャラです。

 

佐藤はシモ・ヘイヘの「練習だ」というセリフを引用しています。やはり努力は大切です。

 

奥山は右足の筋肉が弱く不自由であることを理由に戦線から離れています。戦線に離れながらも、持ち前のメカの知識を提供することで亜人テログループに貢献しています。奥山はかなり立ち回りがうまいです。曽我部ほど性格も腐っていないので、嫌いではありません。私は奥山に憧れている部分が多少あります。

 

全体を通して、サブキャラの個性が存分に発揮された巻であるといえます。

 

 

 

 

監督 ライアン・クーグラー

脚本 ライアン・クーグラー、ジョー・ロバート・コール

原作 スタン・リー、ジャック・カービー 『ブラックパンサー』

製作会社 マーベル・スタジオ

製作国 アメリカ合衆国

 

テーマ:王はどうあるべきか

 

面白かった。時間があっという間に過ぎた映画だった。しかし、メッセージ性があまりない。わかりやすいほどの正義の定義づけがなされている。メッセージ性はあるにはあるが、「人としてどうあるべきか」というエッセンスについて論じるのは、ありきたりである。アクションシーンはとてもかっこよく迫力があった。

 

エリック・キルモンガーが復讐する理由は妥当かと思われたが、Wikipediaで調べたら復讐の理由として妥当ではなかった。。しかし、復讐方法としてアフガニスタンやイラクで人を殺しまくって、ティ・チャラとの挑戦の儀式に備えるという方法を使用した。かなり残酷だが、王になるには最短ルートであろう。やるべきことをやっているというイメージである。しかし、ティ・チャカを海に投げ入れる行為は非常にもったいない。

 

そして、「実はティ・チャカは生きている」というパターンをとっている。展開として薄い部分をアクションシーンの迫力でごまかしている感じは否めない。ストーリー展開は杜撰である。このタイプの映画は、興行収入として高くなる傾向にあるが、ストーリー展開はありきたりなものになる。ティ・チャカは心が綺麗すぎる。映画ではうまくいっているが、現実ではうまくいかないだろう。

 

本作の前に見なければいけない作品があったらしいのだが、その事実を知らなかった。しかし、前作を見なくても十分ストーリーに関しては理解できた。ヴィブラニウムという資源は私も欲しい。ヴィブラニウムがあればアフリカの土地の環境を全て変えら

れそうだが、そのままである。そのあたりの設定が杜撰である。

 

アフリカを舞台にしているという部分で本作に興味を持ったが、期待はずれの映画であった。

しかし、迫力は凄まじいものがあった。

 

 

 

 

監督 ‏ : ‎ アブデラマン・シサコ

脚本:アブデラマン・シサコ、ケッセン・タール

製作国:フランス、モーリタニア

 

テーマ:イスラム過激派による理不尽な法規制、意見を主張することの大切さ

 

良い映画だった。マリのトンブクトゥの背景をなんとなく掴めた。イスラム過激派によって支配されているらしい。2014年に公開しているということは今現在もイスラム過激派に支配されているということなのだろう。本作の大事な部分は「一般人は軽い罪で不遇の措置をうけるのに、イスラム過激派の人間は多少の罪を犯しても免れている」という点である。キダンも故意による殺人ではないので、情状酌量の余地はあるはずなのだが、結局死刑になった。

 

娘が可愛いという理由で無理やりイスラム過激派の人間と結婚させられたりしている。イスラム過激派は「アッラーの法に従っている」と主張することで、一般人の意見を言わせない方法をとっている。

 

本作はアブデラマン・シサコ監督の伝えたいことがふんだんにつまっている。メッセージ性の塊みたいな作品だった。こういった作品は自分の好みである。カップルが石で体を殴打されて殺されるシーンも存在する。これはラマダンのときに「姦通してはならない」というルールに背いたからだと思われる。サッカーや歌を歌うだけでむち打ちの刑である。しかし、イスラム過激派の人たちはタバコを吸ったりしている。ちなみにルールとしては、酒、たばこ、サッカーは駄目らしい。子供たちがボールなしでサッカーをするシーンは、イスラム過激派に支配されている国の実情をよく表している。

 

キダンは「死は生の一部」といった意味合いのメッセージを残しており、村上春樹さんの小説である「ノルウェイの森」を思い出した。キダンの妻であるサティマは肝が座っている。キダンが殺されるのを知らされ、娘は親族に預け、バイクで連れとともに夫のもとに向かい、最後は死んだ。これは妻からの最大の愛ではなかろうか。キダンは最後に死んだものの、殺されるのを覚悟して自分の元にきたサティマと共に散ったので、最後は幸せだったと私は感じる。サティマも変に泣かないところが素晴らしい。良い夫婦だと感じた。娘のトーヤは強く生きてほしいものだ。頑張ってほしい。

 

良かったシーンとして、歌って逮捕された女性が刑の最中に理不尽さを訴える歌を歌うシーンが挙げられる。本作に出てくる女性はみんな芯が強いし勇気がある。理不尽な処遇にさらされ、自分の意見が通らない環境であっても、意見を発している。見習いたい。イスラム過激派の車が通った際に丸腰で立ち往生する女性が出たり、「髪を隠せ」といわれても「私の自由だ」と主張する女性が現れたりと、本作から学ぶことは日本人にとってかなり多い。日本人は自己主張をあまりしない。あまりしなくても大きなデメリットはない。その環境に甘えているのかもしれない。しかし、イスラム過激派に支配されている環境下では、主張をしないと何をされるかわからないのである。だからこそ、男女ともに芯が強い人が多いのであろう。