金曜日。珍しく早朝からの雪景色。「大阪市内で積雪?何年ぶりかな?」多少遠回りでも支線を外し幹線道路を走りましたが阪神高速のランプで全線通行止めを知り「祭日でもあることやし、月曜でもいいか!」仕事途中で切り上げて帰りました。車、商品積んだまま車庫に入れ「身障者マーク」を前後に貼り付けた車と乗り換え三田に行きました。確か三好春樹氏がその著書に書いておられたように思いますが「一夜にして老人を認知症にするには病院がいちばんいい」白い天井と壁を一日中見せられて動き出すと看護師が寝かせておこうと抑制する。看護の世界が最も大切にするのは「安静」。寝ているのがいいばんいい。認知症ケアで一番大事なのは住み慣れた環境。パーソンセンタードケアも個人の歴史と人を含めた環境を大事にすることから始まります。
言ってみれば全くかみ合わない。それでも怪我、病気の治療を優先しなければならない。結果、怪我病気は治癒できても引き換えに認知症が進む。そういう意味だったと思いますが正に今のウチがその状態。なんとか入院以前の状態に近づけようと努力してます。
 こんな記事見つけました。静岡で「認知所介護マークと言うのが出来たそうです。男性介護者が付き添いで女性用トイレに入ったり下着売り場等で誤解されないように首からぶら下げるように作られているようです。静岡では包括に行けば配布されるそうです。個人的には取り立てて欲しいとは思いませんが・・・逆に「そういう趣味の人」はそれさえつけて行けば怪しまれずにどこへでも自由に行ける?(笑)
正月から週一で歯医者に通ってます。年明け早々に奥歯の詰め物がきれいにはずれポッカリ穴が空いた状態。奥歯ですから食べたものが詰まります。痛い。しばらく前歯で噛んでたのですが一人ならともかく人と一緒に食事する時等一応理由は言うのですが「ねずみ」が物食べてるみたいでなんともしまりません。そんなわけで「いきつけ」?の歯医者へ。大抵の人は歯医者というと顔ゆがめて嫌な顔します。出来れば行きたくない。好きな人は少ないと思います。私もどちらかと言うと行きたくない。ただ、この歯医者さん。センセは50過ぎのオッサンですが助手がみんな若くて美人。繁盛しているようで外向きに円形に並んだ処置椅子をセンセが順番に回って治療しますがほとんど数分。その間助手さんが下ごしらえというか準備をしてくれます。そちらのほうが長い。エプロンかけてもらってカ~ッと口をあけて待ってると10~20センチの至近距離で口の中覗き込んでいろいろ質問しながら処置してくれます。他に目のやり場もないので彼女達の顔を直視します。(肌荒れてるなぁ・・・付けまつげが上手くついてる・・・この娘はカーラーだけ?まつげが長いのやな。きれいな目してる。上手に化粧してる。こりゃ騙されるわな)この歳になると若い女性と至近距離で向き合うことなんて先ずありません。そう考えると治療費なんて安いものです。来週ぐらいには終わると思いますがちょっと寂しくなる。
   昨日、自販機の商品補充とバックマージンの支払いで事業所に行きました。担当していた利用者さんの容態を聞こうとサ責を探すのですが生憎サービスに出かけているようで留守。致し方なく社長に聞くと骨折はもうよくなったようですが検査で腎臓に癌が見つかり当分退院は出来ないそうです。「この仕事の宿命かなぁオジンさん。固定した利用者さんでも先が読めん。当分サービスに入るような状態には戻らん。ひょっとしたら帰ってこれんかもしれんなぁ・・・」「社長。私の初仕事覚えてます?」「どこやったかな?」丁度今頃の時期寒い頃でした。パーキンソンと認知症を持つ男性利用者さんでした。奥さんが仕事で外出中利用者さん一人という家庭。サービス内容は食事と排泄介助。鍵を開けて部屋に入るといたるところに貼り紙がしてあって「一人で外に出てはいけない」。たんすをはじめとした容器類にも内容物が大きな字で張り紙してあります。食事は予め奥さんが作り置きしてくれているのをレンジで加熱してお茶と一緒に出すだけ。介助といってもほとんど独りで食べられます。さすがにトイレは筋肉の固縮から歩きにくい。倒れるのではないか?と思うほど前かがみになってのよちよち歩き。倒れないように介助します。そして下着を外して便座に座らせ外で終わるのを待つ。終わったら下着を付け直して部屋に戻る。これだけですから1時間のサービスの半分以上は他にすることがない。一緒にテレビ見て話しに相づちを打つぐらい。楽な仕事で正直拍子抜けしたことを覚えてます。いかにも気の弱そうな人で小さな声でぼそぼそっと話します。出身は広島で若い頃は宮大工さんだったそうです。仕事しなくなっても道具は全部大事に置いてあると「のこ」や「かんな」を見せてもらいました。中でも「のみ」は数十本もありそのどれもがピカピカに磨かれていたのが印象に残ってます。でも数ヵ月後に入院。その後退院することなく病院で終わられました。今からもう7年も前の話です。
今日2月7日から1週間。札幌で雪祭りが開催されます。回を重ねて62回というから結構な歴史です。今や一番のお得意さんとなった中国を意識してか紫禁城や万里の長城。そして日ハム入団の斉藤祐樹君の雪像が見られるといいます。個人的に「雪」といえば昔、冷菓。アイスクリームを扱っていた頃、敢えて短縮する必要も無いと思うのですがロッテやグリコ。森永はそのまま呼んでいたのに何故か雪印だけ「雪」と呼んでいたのを思い出します。今は見る影もありませんが当時はトップブランド。仕入れ価格も表面上はほぼ同一でしたが他社はバックマージンで調整できたのに「雪」だけは仕切り価格を崩すことはありませんでした。品質はそんなに優れているとは思いませんでしたが圧倒的なシエアがそうさせたのだと思います。
  本来「雪」という字は「そそぐ(雪ぐ)」あるいは「すすぐ(同)」とも読み、「汚れを取り去りきれいにする」「清める」という意味を持ちます。この意味でよく使われるのが「雪辱」です。負けた相手を打ち負かし名誉を挽回する。そんな意味で使われます。よく間違って使われる例えに「汚名挽回」がありますがこれは間違った言い方で耳ざわりもいいので聞き流すのですが「汚名」は「はらす」もので「取り戻す」ものではありません。(笑)

  昨日大相撲の八百長について思うことを書きましたが捕捉というわけでもないけどもう少し書きたくなりました。菅首相が「八百長があったとすれば国民への背信」といったそうですが。国民からすると「できもしないマニフェストを掲げて政権を取る」ことの方が背信じゃないの?と言いたくなる。小沢一郎氏の処分に関しても代表でもある自身は何もせず様子見というのも、「無気力相撲」と変らない。小沢氏の「検察審査会の強制起訴と検察当局の起訴は別」という意見は検察審査会の存在意義をも否定する詭弁。検察官は証拠不十分で勝訴の見込みがないということで起訴を見送ったが一般市民で構成された検察審査会が起訴決議を行なった。市民感覚から言えば「4億円もの借入を本人が関知しないところで行なう」ということは信じられないし、仮にそうだとしても管理監督者としての説明責任を果たすべき。それが政倫審にすら出ない。菅氏は過去の慣例等を踏まえしかるべき処分を行なうべきだと思います。

 ここから本題。新日鉄と住金が合併に合意しました。朝、証券会社から電話が入って「具体化はまだ先ですけどここは利食いで一旦売却したらどうですか?」双方とも寄付きから30円ほど上がってます。「去年のキリンとサントリーの一件もあるし・・・ちょっと様子見る」キリンとサントリー(非上場)は詰めのところで頓挫しました。一説にサントリーの創業者で大株主の鳥井家が株式の単位比率で同意しなかったと言われてます。同族経営のプライドだと思いますがそれも社風。ただ、今回の新日鉄。住金の場合、業界1位と3位。お互いに足らない部分を補完。そして世界に打って出る体力強化(合併すると世界ナンバー2)高度経済成長を支えてきた企業も国内需要の頭打ち。海外での価格競争。慢性的な赤字体質。(株価もこの3年ほどで半値に落ちてます)脱却にはこれしかない。おそらく相当なところまで詰めた話し合いができている。やっかいなのは公取ぐらい。でかすぎる。それも多分認可されると思います。株式市場も歓迎色が強い。この後急激に落ちることはないと思います。だから利食いはしません。しばらくは様子見。(あくまでも個人的見解で好きなこと言ってますがこの件に関しては一切責任持ちませんので参考にはしないでください)

  またまた大相撲が話題になってます。今度は八百長。角番でどうしても星が欲しい(駄洒落?)そんな時、取り組み相手に星(勝ち)を買う。数十万だそうですがそれを払っても現状を維持したい。あるいは上に行きたい。そんな時「一つや二つ負けたってどうでもいい。それより数十万の金が欲しい。」そういう力士がいる。かくして両者の思惑が一致。今時ですから携帯メールでやり取り。それがこともあろうに先の野球賭博の証拠集めに資料として保管していた警察の目に留まった。(携帯メールも削除したものが復元できるそうです。)なんとも不細工な話です。角界念願の公益法人化も立ち消えます。それどころか場所が開催されるかどうかも分かりません。もし開催にこぎつけたとしても見に行く人は少ないでしょう。膿を出しきって一からやり直すしかない。それほどに勝ち星に拘るのは結果主義。結果が全ての世界。その典型だから。「あの力士は番付は低迷してるけど稽古はしっかり頑張ってる」なんて誰も思いません。逆に普段から生活態度が悪く稽古もろくにしなくても強い。そういう力士はどんどん昇進していきます。プロとアマチュアスポーツの一番大きな違いでしょう。サッカーで一夜にしてヒーローになった選手。運も大きいと思いますが交代後の僅かな時間に結果がでた。営業もそう。やっぱり結果。どんなに頑張っても結果が出なければ昇進もなく場合によると飛ばされます。逆に遊んでいても数字が出る人もいる。受験だってそうでしょう。鳩山。菅氏がどんなにいい人で陰で国のためとどれほど努力をしていても結果が出なければやはり駄目。「次」は無いと思います。「人は汗水たらして働いていればそれがあとから数字に結びつく。途中経過をバカにするような人は当面はいい思いをするかもしれないが、長い眼でみればやはり地道に努力した人には負けてしまう」うさぎと亀に例えるならみんなうさぎで自分を亀に置き換える人が少なくなってきているのでしょう。

  最近は車に乗っててクラクションを鳴らすことって滅多にありません。でも偶に鳴らすとすれば知り合いを見かけたとき。仕事で走っててよくあります。特にヘルパーさん。大体定時の10~15分ぐらい前。必死の形相で自転車こいでる人はヘルパーさん。(これからサービスに入るんやな。どこの利用者さんやろ?知ってる人かな?)などと考えながらクラクション鳴らすと手を振って笑顔で答えてくれます。今日は珍しい人を見かけました。信号が変って向かいから走ってくるピンクのマーチ。運転者は一人。「あっ!○○さんや!」思わずクラクション鳴らしてました。無視するように通りすぎてから「しまった!」思わず苦笑い。お世話になってる手話の講師さんです。70歳は過ぎてるはずですが矍鑠としていつも私などのつたない手話の相手をしてくれます。口話(相手の唇を読みそれに答える。でも答える自分の声も聞こえない)も出来るので単語忘れた時はつい口で話してしまうのですがそれもちゃんと読んでくれる。最初、ひょっとして聞こえてるのかな?と背中から声をかけたことがあるほど。聾を忘れさせるほどの「達人」です。だからと言うわけでもないですがこともあろうに聾者の車にクラクションで合図してしまいました。今度サークルで会ったらこのこと話します。そのときは完璧な「手話」で
  前にも書いたと思うのですが早い1月が終わり3日は文字通り季節の分かれ目「節分」。現在では節分といえば立春の前日だけを指すようになっていますが季節の始まりを示す「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日はいずれも「節分」。何故立春だけを節分というようになったのか?それほどに春への思い入れが強かったのかもしれません。海苔屋の陰謀で始まったといわれる「恵方巻き」今年の恵方は南南東だそうです。ちなみに私は馬鹿馬鹿しいのと海苔巻きがそれほど好きでもないので買いませんし巻きもしません。
先日、福井県坂井市と同市の丸岡町文化振興事業団が開催している日本一短い手紙のコンクール「新一筆啓上賞」というのが新聞に載ってました。徳川家康の家臣で勇猛直情「鬼作左」と呼ばれた本多作左衛門重次が、陣中から妻へ宛てた「一筆啓上 火の用心 おせん泣かすな 馬肥やせ」は簡潔な名文として広く知られています。その重次ゆかりの地ということで「町おこし」の一端でもないでしょうがいい発想だと思います。なんでも回を重ねること今年で18回。
以下大賞受賞作。
 「なみだがあまくなるようにプリンをいっぱいたべたいな」
                    (おかあさんへ、天池さん8歳)

 「ソフトの試合に負けた。ぼくはかくれて泣いた。なんでかくれたんやろ」
                      (自分へ、森下さん11歳)

 「もうなかないでください。もういじめません。
                 ごめんなさい。ほんとにごめんなさい」
                     (Tくんへ、淺倉さん15歳)

 「単身赴任初日の夜、不覚にも涙酒をあおってしまったなり」
                      (愛妻へ、菅澤さん60歳)

 「坊主、失格ですね。父さん送る時、
               泣けて泣けて、お経間違えてごめんなさい」
              (お浄土の父さんへ、住職の冨川さん63歳)
こういうのって「いいな」と思うのは決まって子供の作品。若い(幼い)ほどいい。

ずっと要介護2だったおふくろが認定見直しで4になりました。入院中。福祉課から人が来てあれこれ聞いてノートにチエックして帰りました。最初は本人に簡単なことを質問。その後はおふくろを外し。デイールームに場所を移して話しました。内容は多分聞いてくるだろうと思っていたことばかりですからスムーズに運び、後は雑談。三好春樹氏のファンだそうで何度もセミナー受けに行かれたといいます。同じテーマのセミナーを私も受けたというと目を丸くして驚かれていたのが印象に残ってます。(ヘルパーやってるとは言ってません)。そして今日、おふくろの担当ケアマネから介護度が上がったという連絡が入り、ショートステイや介護用品を使った住居改造などを含めたサービスの見直しを言ってきたそうです。正直、これまでの経験から「3ぐらいが妥当かな?」と思っていたからちょっと意外でした。「身内の欲目」でそんなに落ちてないと思っていたのですが客観的に見るとそういうものなのかもしれません。実際介護度4というのは身の回りのことが全く出来ないという(ほとんど寝たきり)5の次のランク。私見ですがこの中途半端さが厄介で、介護者側からすると自分のペースで「仕事」が出来る5より4のほうが危ないながらもADLが生きているだけに大変なことが多い。はっきり言ってキツイ「仕事」が多かったと思います。報酬単価は上がりますが保険利用額も月額にして10万ほどアップします。早速ギャッジベッドが入ったそうです。これも便利と言えば便利ですが普通のベッドでもそれなりに工夫すれば費用ほどのことはない。格別必要とも思いません。前回の見直しの時、いちように介護度が下げられてそれまで便利に使っていた利用者さんがベッドを返却しなければならなくなりベッドメーカーには返却ベッドで在庫の山。「あまりに冷酷」と一時は社会現象にさえなったようでしたが本当にみんな必要だったのでしょうか?私は単なる「風が吹けば桶屋が儲かる」の逆現象としか捉えていませんでした。「冷酷」なのは私だったのかもしれません。

  20年も前の映画。医師オリバーサックスのノンフィクションを元に作られたそうですがパーキンソン患者に新薬を投与したところ急に覚醒しだしたのですが次第に効果が薄れ最後は元の状態に戻るというなんとも切ない映画。ロビンウイリアムス。特にロバートデニーロが若い。若くても同じ顔(笑) 

  ある程度予測はしてましたが今日、母が入院前に通っていたデイサービスから「今のコンデションでは受け入れられません。お断りします。」といわれたようです。入院中骨折部位の治療に重点を置きすぎて認知症の部分。メンタル面が留守になり思った以上に進行させてしまったようです。実際、致し方ないとはいうものの高齢者に3ヶ月の入院生活は酷だったと思います。進行しないように気を使ったつもりですがベッドで天井を見て過ごす時間が一日の大半という日が何日も続き、食も進まず挙句嚥下障害を恐れてミキサー食にした期間もありました。2者択一。どちらを優先するか?自問自答の中、思わぬアクシデントが続いてその都度入院日数が伸びたのも堪えました。遅いかもしれませんが少しずつ以前の環境に近ずけ。リズムを取り戻し病気の進行を抑えたい。誰の言葉だったか思い出せませんが

「今日できたことが明日も続きますようにと感謝しながら介護して、今日できなかったことが、明日できますようにと心を込めて介護する」