震災が起きた頃、被災地ではまだ寒さに震えていたと思いますが気が付けば今年ももう7月。1年の半分が過ぎました。誰からも干渉されずに好きに時間を過ごすといういわゆる休日は去年の秋、おふくろが倒れてから1日もとってません。仕事はなんとかこなせてますがそれ以外の付き合いは随分悪くなったと思います。でもそれにも増して新しい発見がたくさんあります。高慢な言い方をすれば例えば在宅で仕事も辞めてほとんど24時間自分の時間を取れない厳しい状態を続けている人もいる。そういう人もいろんなところに生きがいを見つけているはずですが、もしそれを苦というなら私などまだまだ贅沢ともいえる環境。こういう状況に泳がせてくれるのは私を必要としてくれる人がたくさんいるからだと思います。またそういう生き方をするように生まれてきたのかもしれません。産んでくれて感謝です。
 たったひとりしかない自分を
   たった一度しかない一生を
    ほんとうに生かさなかったら
     人間生まれてきたかいがないじゃないか 」
       山本有三「路傍の石」主人公吾一の言葉

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  ピーターフォークが亡くなりました。83才だったそうです。葉巻をくわえている印象が強いので肺がんかな?と一瞬思ったのですが3年前アルツハイマーを患っていると公表されて最後は自分がコロンボだったことも覚えていなかったそうです。なんとも残酷な病に冒されたといえます。
 コロンボシリーズは1968年というから40年以上も前、その後2003年まで全シリーズ69作。全部は見てないけど好きでかなりの本数は知ってます。脚本家の三谷幸喜氏がやはりファンだったようで日本版を作ってみたいという思いから「古畑任三郎」をヒットさせたのは有名な話。彼も書いてましたがそれまでのピストルでドンパチかあるいは藤田まこと(故人)が演じるような人情モノではなく推理。論理を主体にした刑事ドラマがみたい。多分それはかなりの数の映画ファンの要望でもあった。そしてそれが「古畑・・・」のヒットにもつながったのではないでしょうか?ゲスト(犯人役)もいい俳優が出てました。それとこれは私個人の思い込みかもしれませんが当時はNHKも吹き替えが主流。声優小池朝雄氏(故人)の力も大きい。「ウチのかみさんが・・・」というセリフ。日本人スタッフが考えたものだと思いますがこれほどピッタリあった吹き替えも珍しい。ある時期流行語になったぐらいですから立派なものだと思います。派手な部分がなく、それでいて謎解きにいつの間にか加わってじっくりと見れる。こういうドラマ。そしてそれが演じられる俳優がだんだん少なくなっているような気がします。

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  数字を比較したわけではないのですが知ってる限り6月としては記録的な暑さではないかと思います。
人間は発汗してその汗が気化する時に熱を奪って体温を下げると言いますが、昨日今日のように周りの湿度が多いと汗は流れ落ちるばかりで蒸発しなくなり体内の熱を放出できません。熱中症というのはその延長にあります。特に今年のようについ先週まで20度台だったのが急に10度も上がり尚且つ梅雨時特有の湿度が高い。そしてなにより体がまだ暑さに慣れてない。こういう時は要注意。今日は体がだるいし気も乗らないので早めに仕事切り上げました。ビールでも飲んで寝ます。(念のため、水分補給としてはビールは利尿作用があるのであまり適さないと言われてます。ですから水分は別に補給しましよう)
 「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町)が世界文化遺産に登録されましたが、東北地方では初めてだそうで震災復興の象徴となると思います。
 金色堂で知られる中尊寺や毛越寺(もうつうじ)、信仰の山とされる金鶏山など奥州藤原氏が12世紀ごろに築いた寺院や庭園、史跡で構成されています。この藤原氏。平家滅亡後源氏の勢力が拡大。それまでのバランスの中、政治的中立を保ってきたのですが兄頼朝から逃げのびた源義経と関わった(匿った)ことで滅ぼされてしまいました。他の戦国武将とは違い独自制を貫こうとした歴代の君主達。日本人の判官びいきのルーツが義経ならその延長にある秀衡。大事にしたその文化にも惹かれるものがあります。でも滅亡後本拠地の平泉も一時はずいぶんと荒廃したそうでおよそ500年後の江戸時代。俳人が平泉を訪れました。栄華を極めたであろう居館跡が田園になってしまった有様を見て詠んだ句が

 「 夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡 」
 
この句を詠んだ松尾芭蕉にもそういう思い入れがあったとしたら尚更に深い趣が感じられます。
  兄弟の間で母親の主治医が信頼できないという話が持ち上がっています。私もあまりいい印象を持っていませんが母の先日の危篤状態が薬の副作用でその夜立ち会った当直医が症状からいち早く判断。処方を解いた上、緊急処置を施し事なきを得た推移を聞き。その後翌日も主治医から経過の説明もなく挙句「私も気にしていたのですが・・・」というようなコメントを聴くにつけ「この人は患者。病気に対して積極性に欠ける。」言い換えれば老人ばかりの中にいて「人の命」に対する感覚が鈍っている」そんな印象を受けました。状態が安定したら転院させようと思います。ただ、一口に転院と言っても病院.医院間を移動するというのはそれなりの必然性が要ります。簡単にいえば今の病院から転院先に「これこれこういう事情から御宅に移ってもらいますのでよろしく引き受けてください」という連絡をカルテと一緒に送る。これを患者が一方的に「アンタは信頼できないから他へ行く」と言って出た場合次の受け入れ先はおいそれと見つからない。私が受け入れ先の病院関係者でもそんな患者断ると思います。結局一番スムーズに運ぶには容態が安定するのを待って「自宅療養」「在宅看護。介護」で退院。そして他の病院(あらかじめ了承を取った上で)に移る。そういう方法を取ることになリます。ホテルや旅館のサービスが気に入らないから移るのはよくある話ですがこれが病院となるとなかなか面倒。救急搬送でもない限り「あそこに行きたいから」と簡単にはいきません。本当のところ短期間に移動を繰り返すのは本人にとってもよくないと思うのですが。
  関電は7-9月のピーク時に15%の節電を要請しているが、広域連合は「5-10%の節電で十分)という。広域連合の代表的存在で大阪府の橋下知事は家庭の節電だけで十分だという。また「関電は原発再開のプレッシャーを自治体にかけるため、電力不足のリスクを誇張している」ともぶち上げます。弁護士出身の知事。これまでも最初にガツンと言わす独特の手法。ちょっと嫌なテクニックですが今回の場合説得力があるように思います。なにより「何故15パーセントなのか」という説明がない。「言っても無駄」というなら傲慢ですし「言えない」というなら上乗せか?とも思う。
 朝日新聞によると「橋下知事は、電力消費地である大阪から原発のある福井県に原発再開を要請して欲しいと関西電力から要請を受けた」とも言います。

 関電は日本で原発依存度が一番高い。福井の敦賀1号機は福島と同じ古いタイプの原子炉で、また断層帯に近いためリスクを指摘する地震学者がいます。一方ビジネスロビーは、原子炉が再開されないと経済に大きなダメージを与えると主張します。 財団法人関西社会経済研究所は「今年の夏に5%エネルギー消費が減るだけで関西地区のGDP成長率は0.5%減少する」と述べ、日本経済センターは「原発が稼働しないと2012年のGDPは稼働した場合に較べて1.6%低くなるだろう」と推定しています。ただ、関西社会経済研究所という機関。実は電力会社から大きな援助を受けて成り立ってます。このあたりがなんとも・・・そういえば楽天の三木谷代表が経団連を脱退するという話も聞きました。これも東電の事故に対する経団連の対応が「東電保護」に回っていることに嫌気を感じたと言います。「全力を尽くして復興に力を・・・」と被災地に言っていた電力会社。その本心はやはり「我が身が可愛いい」そして同じようにそこから「恩恵」を受けていた企業。本音が見え隠れしているような気がします。

でも今年も去年のような猛暑が続き熱中症で亡くなる人がたくさん出てきたらまた潮目は変わるのでしょうね

  入院中の母の酸素が60台にまで落ち込み意識がなくなりました。薬の副作用だったようで大事には至らなかったようです。現在も完全に覚醒はしていないようですがほぼ以前の状態に戻りつつあります。あれほどうるさかった「独り言」も今は気にならないし元気を取り戻した証しのように聞こえます。
 気分を変えて 映画の話題。「赤ずきん」日本の童話でも桃太郎。浦島太郎。それぞれに話を面白くするために「異説」や「その後」なんてのが結構ありますが海外でも同じようなことを考える人がいるようです。あまりにも有名なグリム童話。成人した赤ずきんが恋をする。なるほど。あっても不思議はない。彼女をめぐって2人の男性が名乗りを上げることからドラマは進展していきます。ただ、原作はあくまでも赤ずきん。随所にそのエキスを注入しています。果たして狼はおばあちゃんかお母さんかあるいは彼女にプロポーズする2人の男性か?ラスト。死んだ狼が浮き上がってこないように腹の中に石を詰め込むシーンは童話ならともかく実際に人が演じるとかなり不気味。(笑)主演のアマンダ。以前見た「マンマミーア」で実の父親を探す娘役で出ていました。成長してます。
  5時からOAPで定例会議。半袖のワイシャツで済ませるつもりでしたが念の為にとジャケット持っていきました。正解でした。30分もするとエアコンで体が冷えて「さぶいぼ」が出てきました。(関西では鳥肌が立つことをこう言います)もう一つ関西人特有の言い回し「しょうもな!」(面白くない。つまらないことを「しょうもない」といいます。それを短縮した言葉)本日の会議がそうでした。
 キリスト教では神は創造主とされています。他はよく知りませんが仏教とキリスト教の一番大きな違いかとも思います。そういう考え方のほうが全ての人を納得させるには都合がいいかと思っていたのですが最近、ほとんど生きている人のようなロボットをTVで見ました。でも数分後には「やっぱりこの程度か」と落胆します。人の身体って絶妙のバランスの上に成り立っている。これ以上の創造物はありません。やっぱり神によって作られたものだと思います。それほど精巧につくられた身体。いつごろまでどういうふうに使うかは生まれた時からそれぞれに任せられている。早い人は生まれてまもなく終わり長く使う人は100歳を超えてもまだ生きる。そのどちらがいいのかは分かりません。生まれて数年で終わる人がそれで十分と思うかもしれないし100歳を超えてももっと生きたいと思うかもしれません。先月かその前だったか平均寿命のことを日記に書きました。男性80歳女性86歳。今の日本人の平均寿命です。80歳まで生きたらノルマをクリアーする。どうもそういう考え方をしがちですが。まだまだずっと先のこと。そしてろうそくの火が尽きてゆっくりと消えていく。そういうイメージを持ち続けてきました。でも平均寿命ってそれぞれの寿命を足して人数で割っただけのこと。人生の終わりは日常生活の延長線上にあってそれはふとしたことで現れてくる。神が作った身体のバランスか極端に崩れた時。そしてそれは明日かもしれない。だから今、毎日を「今日が終わりでもいい」そういうふうに思って過ごさないといけないと思います。(しょうもな!)
   母親の症状が安定してきたので今までいた病院ももうすぐ3ヶ月になるのもあって療養型病院に転院しました。以前通所リハで利用していたデイケア施設を併営している病院。母親をよく知ってくれているその頃の医師もいるというので空きを待っての転院でした。ある程度想像はしていたのですが高齢者がほとんど。そしてそのほとんどが寝たきり。普通、病院でよく見かける入院患者が車椅子や歩行器を使って廊下を歩くというような姿は一度も見かけません。見舞い客も少なく自分で意思表示の出来ない患者が多いのか日常全てが看護師。介護士のペースで動いてます。こころなしかスタッフの動きも雑なような気がします。転院してから体調が優れず、熱に下痢。それまでの胃瘻を外し、もっぱら点滴。生食と抗生剤。妹が主治医に状況を聞くと「環境の変化かあるいはそういうタイミングだったのか」当分この状態で見守るとのこと。それまで毎日やっていたリハビリも「期待しないでください」といわれたようです。どうも積極的治療というよりターミナルに近いような認識でいるようにみえます。医師といっても老人医療を数多く見てきた結果そういうふうに見えるのかもしれません。家族の思いとのギャップを感じます。タイミングと言われてもつい数日前までリハビリに汗を流し、車椅子も自分で動かせるようになり歩行器を使って数歩ですが歩けて笑顔をみせていたのが今、ベッドでうわごとのようなことしか話さない。転院。失敗だったかもしれません。
 2011年4月22日、アルツハイマー型認知症治療薬のリバスチグミン(商品名イクセロン、リバスタッチ)が製造承認を取得した。本薬は、経皮吸収製剤(パッチ剤)であり、適応は「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」である。(以上,nikkkeynetより)
  それぞれノバルティスファーマ。小野薬品が製造。これまで認知症の薬というともっぱらアリセプト(ドネベジル。エーザイ)でしたが今年に入ってメマリー。レミニール。そして今回のイクセロン。リバスタッチ。特に後者2つはパッチ薬。胸に貼り付けるだけでいい。母の症状が安定したら医師に打診してみようと思ってます。(これって結構むつかしいんです。「素人が生半可な知識で医師に進言する?」と取られると反感を買います)でも風邪薬でも人によって合う合わないがあります。選択肢は多いほうがいい。副作用?出たらそのとき考えたらいいだけのこと。やって失敗するよりやらなくて後悔するほうが嫌。そう思いません?