唯一無二だと思う俳優

 みなさんこんにちは、Seiraです。7月も中盤ですね。実は今月、私が長年楽しみにしていたシリーズの新作が公開されます!ピンとくる方も多いと思いますが、その映画は「Deadpool & Wolverine(デッドプール&ウルヴァリン)」です!!デッドプールとウルヴァリンの二人は私がMCUにハマる前から好きだったマーベル・ヒーローだったので、二人の共闘が念願かなって見ることができるのです。

 

 そんな本作ですが、私が今作を楽しみにしている理由の1つに、主演のライアン・レイノルズとヒュー・ジャックマンの2人がデッドプールとウルヴァリンとして好きなだけでなく、俳優として2人のファンだということもあります。特に、ヒュー・ジャックマンは私が世界中の俳優の中で一番好きな俳優ですし、ミュージカル俳優としての一面もあります。今回は私にとって唯一無二の俳優、ヒュー・ジャックマンの魅力を語ってみようかなと思います。

 

 

 ヒュー・ジャックマンを知るきっかけになった映画

 

 私がヒュー・ジャックマンを知るきっかけとなった作品は「Pan ネバーランド、夢の始まり」という戯曲ピーター・パンを題材にした2015年公開の映画作品です。今作で、ヒュー・ジャックマンは黒ひげというピーター・パンと若かりし頃のフックがネバーランドで初めて対峙する悪役を演じていました。元々、「ピーター・パン」の大ファンだったので今作を見るに至ったのですが、黒ひげというキャラクターはこれまでの映像作品にも登場したことがない(はず)の海賊で、「ワンピース」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」で出てきた酒豪で横暴な海賊というイメージしかありませんでした。それがなんと、ヒュー・ジャックマンが演じる黒ひげは見た目からしてあまりにも既存のイメージとかけ離れたスマートでかっこいいビジュアルであっという間に惹かれました。ピーター・パンが好きなのにこの映画では圧倒的に黒ひげが大好きです。

 

 

 

 価値観を変えてくれたマイオールタイムベスト映画

 次に紹介するのは「The Greatest Showman(グレイテスト・ショーマン)」です。この映画は数あるミュージカル映画の中でも代表的な作品で劇中の楽曲も大ヒットを記録しました。私にとってこの映画そのものが私の人生に一番影響を与えた作品だと思っており、自分の価値観を大きく変えてくれました。誰でも自分らしく生きていい、そう思わせてくれたのです。ヒュー・ジャックマンが演じているPT・バーナムは実在した見世物屋のオーナーで歴史的にはあまり良くない人物と捉えられますが、今作では大きくそれを塗り替えるほど、優れた脚本力と音楽、そして何よりもヒュー・ジャックマンの演技力と歌唱力に引き込まれました。制作当時、彼は皮膚癌を患っておりとても歌える状況ではなかったのにもかかわらず、主役を演じ切ったというエピソードはより私自身の彼へのリスペクトが高まりました。メインテーマとも言える楽曲「This is a Greatest Show」は何百回聞いても毎回鳥肌が立ちます。最高の映画です。

 

 

 

 

 子供にとって良い父親とは

 

 私がこれまで見てきたヒュー・ジャックマンの映画は人々を感動させる姿やかっこいい姿がたくさんありました。ただ今作「The Son(The Son/息子)」は衝撃を受けました。ヒュー・ジャックマン演じる敏腕弁護士のピーターが自身の離婚した元妻との間にできた息子との関係修復を描いた作品です。自分の理想とは裏腹に、いじめや不登校、そして両親の離婚によって孤立してしまった息子をどうにかして元通りにしようとしますが、仕事はうまくいっても家族とはなかなかうまくいかず。仕事においては完璧、だけど家庭はそうはいかない。リアリティ溢れるストーリーは心を抉ってきましたし、衝撃的な展開で物語は幕を閉じます。ヒュー・ジャックマンの不器用な男を演じる姿が本当にリアルで、親になることとは何なのか考えさせられました。

 

 

 

 爪野郎、最期の旅へ

 そして彼の代表作、「X-MEN」シリーズで演じてきたウルヴァリン、ローガンとしての引退作品となった「LOGAN(ローガン)」は今もなおアメコミ映画作品の中で圧倒的名作の位置にいる作品です。時代設定は2029年、これまで活躍してきたサイクロップスやローグはもういません。会話の中でその部分が少し触れられただけで詳細はわかりませんが、ミュータントたちがほぼ絶滅してしまった世界で、ローガンは年老いたチャールズ・エグゼビアを介護しながら、自身の体力や自己治癒能力も大幅に低下。そんな中、自身のDNAを受け継いでいる少女ローラは彼女を捕らえようとする組織から逃げている最中ローガンと出会い、3人は逃亡生活を始めます。次々に起こる困難と突然の別れ、そして己の命を鼓舞させ最後の最後まで戦い抜くローガンの姿は本当に涙なしでは見終えることができませんでした。Blu-rayを買って弟と自宅で見ていたのですが二人ともエンドロールが終わった後もしばらく言葉が出ず、なんとも言えない喪失感に襲われました。実はそれ以来、まだ一度も見直すことができていないのですが、あそこまで自分の感情を持っていかれたアメコミ映画は今作と「アメイジング・スパイダーマン2」と「ブラック・パンサー: ワカンダ・フォーエバー」しかありません。また、今作のウルヴァリン、ローガンはこれまでよりだいぶ年老いた姿として描かれているため、ヒュー・ジャックマン自身も老けメイクをしています。なんとこの映画先ほどの「グレイテスト・ショーマン」より前の作品なんです。まさに彼はカメレオン俳優でしょう。

 

 

 

 

 

 

 まだまだ語りたい作品はありますし、まだまだ彼の作品を見切れていないのですが、映画紹介はここまで!

 

 さて、あと1週間ほどで待望の「デッドプール&ウルヴァリン」が公開ですね!LOGANのあと、同役にはもう復帰しないと思われていたのに、MCUでもウルヴァリンとして活躍してくれるのは一ファンとして本当に嬉しい限りです。公開までまだ少し日数があるので、それまでにヒュー・ジャックマンとライアン・レイノルズの他の映画作品を見ておこうかなと思います。またライアン・レイノルズのことも今後記事にしようかと思います。

 

ではまた!Go F**k Yourself!

 

July 14 2024

 

 

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 みなさんこんにちは、Seiraです。数日のブログですね。ここ最近学業の方でバタバタしていてまともに投稿できていませんでした。この間色々あったのですが、自分の中で一大ニュースがありました。それが、タイトルの通り、Twitter(現X)で私のツイートがバズったのです。今回はそれについてのブログです。

 

 私がメインで運用しているアカウントはディズニーや映画、海外ドラマなどを語る垢なのですが、先日ディズニー界隈でとあるものが話題になっていました。それがディズニーオンアイスのフランダーのことでした。ディズニーオンアイスとはディズニーが世界中で公演を行なっているアイスショー、フランダーは映画「リトル・マーメイド」シリーズでお馴染みのアリエルのお友達の魚。アニメーション版だとふっくらしたフォルムに黄色いボディと青いヒレが特徴です。

 

*画像はディズニー公式より。

 

そのフランダーがなんとディズニーオンアイスではこんな姿になります。

*画像はDisney Character Centralより

 

 

いや足生えてるぅぅぅぅぅ

 

このデザインは昔からのもので今に始まった事ではないのですが、誰かの投稿によって一気に拡散。また投稿されていた画像のフランダーはあまりにの美脚で若干ネットミームになりかけていました。

 

 これを見た私は特に驚きもしませんでした。なぜなら、私はもっとすごいキャラクターを知っているからです。「ファインディング・ニモ」が公開された2004年ごろに行われていたディズニーオンアイスでは映画の世界をそのままショーにして公演されていました。グレートバリアリーフの魚たちの姿がこちら。

 

 

...はい()

 

見ていただいた通り、フランダーなんてまだまだ原型をとどめているんです。この「ファインディング・ニモ」のオンアイスではなんと魚たちの頭上に演者の顔がそのまま出てしまってるわけです。ディズニーランドだったらこんなのご法度ですよ。そのまま頭出ちゃってる激ヤバデザインを私はずっと前から知ってたので今回のフランダーを見たときに「上には上がいる」と思いました。

 

そしてツイートしたのがこちら。

 

 

決して「怖い」だとか「気持ち悪い」というネガティブな表現をせず、「上には上がいる」と書いて正解でした。そしてこのツイート、徐々にいいねやRTがついていき、1日後には通知が止まることなくなり続け、最終的には約1万3000いいね、約1860RT、インプレッションは約58万を到達。ここまでバズったことはこのアカウント以外でも今までなかったので驚きました。特にハッシュタグもつけてませんし。

 

普段から映画のことやディズニーについてツイートしたりしているだけでなく、自分が描いた絵などもあげていますが、現在380人ほどフォロワーがいても大体いいねがつくのは多くて10個ほどです。それがこんな内容で大バズり。とても信じられません。

 

個人的にこのツイートがバズった理由は、ディズニー好きでなくとも「これはヤバすぎるだろ」と反応しやすい内容だったからだと思っています。ざっと見た感じD垢(ディズニーヲタクさんのアカウント)の反応は全体の約4割ほどで他は一般のアカウントばかり。万人受けしやすい内容だったんだなと後から思いました。

 

ただ残念なことに、これだけバズってもフォロワーは一人しか増えませんでした。せっかくならこれを機に私のアカウントをフォローして欲しかったです魂が抜ける それに、このことを自慢してもなんのメリットもないです。正直通知が止まらなくてやばかったという話くらいしかできません。

 

 

ということで今回はツイッターで万バズしたお話でした。今度はまともな内容がバズりますように。てか絵でバズってくれ!!!

あ、もしよかったらこれを読んでくれてるあなた、フォローしてね❤︎

 

July 12 2024

 

 

ひと月にかかる食費

 みなさんこんにちは、Seiraです。今日はAmebaの投稿ネタに面白い話題があったのでそれについて書こうと思います。本日のトピックは「ひと月にかかる食費」です。世界中で物価高に悩まされていて、今まで以上に節約を余儀なくされている世の中ですが、カナダでの食費ぶっちゃけどうなのと思われる方も多いのではないでしょうか。今回はざっとですが私見を交えて解説していきたいと思います。

 

 

 いきなりですが、私が月にかかっている食費は大体 CADで$250~300(日本円で3万円〜3万5,000円ほど) だと思います。基本的にカナダの物価は日本と比べたら高いですし、今は円安のせいで$1が120円近くします。カナダドルは普通は$1が80円〜90円という100円を下回る数字がほとんどなので100円を超えていることも高いなと感じますし、ましてや120円なんて数年前のアメリカドルです。(アメリカドルに関してはもう今は何も言いたくありません)

 

 以前ブログでもお話ししましたが、私は基本的に自炊をするため外食は月に2~3回ほどで、その分マクドやスタバ、ティム(カナダのコーヒーチェーン店)に行くことは多いですが、割と抑えられています。それに大体1日2食と1回の間食が私のサイクルなので人並みに食べるけど回数が少ないという感じです。おかげさまで自動的に節約になっています。

 

 また、ほぼ毎日自炊をしていますがこれは留学や海外移住を子供の頃から夢見ていたため、母が1人暮らしに役立つ色々なレシピを伝授してくれたおかげです。まあそもそも料理することが好きなので創作料理とかアレンジ料理みたいなのも色々してますが。あと、宴会とかでおじさんたちだけがずっと座って酒ばっか飲んでご飯を食ったりしてる光景が気持ち悪く、まるで料理が出てきて当たり前のように居座っていることが本当に嫌で、自分はそうなりたくないと思って率先して料理をするようになったのがきっかけでもあります。それにしても、今は何も困ることなく自炊ができていると思うので私が小さい頃からキッチンに立たせてくれた母には感謝しています。

 

 話が逸れましたが、カナダは物価が高いため食材そのものが高くなっているとも言えます。例えばペットボトルのコカ・コーラ(500ml)がスーパーやドラッグストアで買うと大体$2.50ほどします。日本円で300円弱でしょうか。東京ディズニーランド内の自販機ぐらいしますね。なので滅多に買いませんが、4月ごろからマーベルラベルになっていたので最近はラベル目的でちまちま買っていました。

 

こちらはドクター・ストレンジとムーンナイト。MCUっぽさが感じられるデザインで素敵です。日本でも同様のコラボラベルが販売されていたらしいですね。

 

 野菜系は単体で買うと高くつくけど、いくつか入っているパックやネット入りのものを買うと安い場合がありこれは日本で例えればコストコ方式です。多く買えば安くなるよパターンは欧米では当たり前に実施されています。ただ私のように1人前しか買わない場合、多いものを買ってしまうと腐ってしまったりするので注意が必要です。実際私もネット入りの玉ねぎやじゃがいもは最後まで使い切る前に1つや2つだめになってしまうことが多いです。PGは夏もそこまで気温が高くなる日はないのですが、バンクーバーやビクトリアあたりだと気温が高くなるのでその分食料品の腐りも早まると思います。冷蔵庫や冷凍庫を効率的に使っていくことが大事ですね。

 

 

ということで今回は私のカナダでの食生活について語ってみました。あくまで個人の食生活なのであしからずということだけご理解いただければと思います。1人で食事を管理するのは自由な分大変ですが、いい機会だと思うのでぜひ楽しんでみてください音譜

 

 

July 7 2024

 

 

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7月6日。

 

2年ぶりの空。

 

青く澄んだ空。

 

あの日と似たような綺麗な空。

 

時間だけが流れたようだけど。

 

私はあの日から時間が止まったままです。

 

今でも優しく背中を押してくれています。

 

たまにバカなことを言って、怒られて。

 

それでも

 

あの向日葵のような明るい笑顔が

 

たまにどうしようもなく恋しくなって

 

上を向いては溢れてしまう。

 

私のたった1人の大切な人。

 

今日も変わらず、あなたを見上げます。

 

 

 

 

July 6 2024

 

 

 みなさんこんにちは、Seiraです。2024年も上半期が過ぎ、今月から後半が始まりましたね。今思えば、今年は珍しくもお正月に抱負を立てていました。ちなみに抱負は「更に向こうへ!」とまあ某プルスウルトラのようなものですが、そのための細かな目標が6つありました。せっかく半分を過ぎたいい頃合いなので、どこまで達成できているか、一度振り返ってみようと思います。

 

 抱負を発表した記事書きになる方はこちらのリンクからどうぞ。

 

 

 

 ではここから1つずつ振り返りや今後の予定などを話したいと思います。

 

・ハリポタファンタビ全作鑑賞

 えー、早速ですがウィザーディング・ワールドシリーズはまだ一切鑑賞できていません。今加入しているストリーミングサービスにこれらの作品がラインナップされていないというのもありますが、にしても見れていません。ハリー・ポッターシリーズ、ファンタスティック・ビーストシリーズはいずれもワーナー・ブラザーズ製作のため、Max系のサブスクに配信されています(カナダだとCrave)。そのため、特定のサブスクに加入後、鑑賞しようかなと思います。別に嫌いなわけではないんですよ!一応、ハリポタは3作目までは見た記憶がありますし、ファンタビにおいてはジュード・ロウやジョニー・デップ、マッツ・ミケルセンなどのイケおじたちが出ているのでかなり見たいです。後半期には見たいと思います。はい。

 

・ワイスピ全作鑑賞

 こちらはなんと目標達成しています。1月から1作目の「Fast and Furious」を見始め、5月にスピンオフの「Hobbs and Shaw」を見れたので大体5ヶ月ほどで完了しました。この間ですっかりワイスピファミリーにどハマりしてしまい、特にブライアンのGTRのデザインがとても好きです。ちなみに推しキャラはサン・カン演じるハンとジェイソン・ステイサムが演じるデッカード・ショウです❤︎ 作品だとやはり「Hobbs and Shaw」ですね。

 

・バイトを始める

 こちらは残念ながらまだできていません。というのも学生ビザの都合でまだ働けないとのことなのです。語学学校にいる間は働けないというシステムと同様に4月まで在籍していたENLAでは私はバイトをすることができませんでした。ですが現在は大学プログラムにいるため働けると思われていたのですが、フルタイムの学生であることがバイトができる条件であり、5月から7月までは1クラスしか取っていないため私はフルタイムではなくパートタイムの学生となります。そのため、現時点ではまだ私はバイトができる条件をクリアできていないのです。ですが、9月からはフルタイム学生になるため、働けると思われます。そんなこんなで、今のところ8月から履歴書を書き、バイト探しを始めて9月から働けるように予定しています。なので年内には目標達成ができそうです。

 

・デスクトップPCを購入する

 なんと無謀な目標でしょう。稼ぎもないくせに夢を見るんじゃない。そして今は円安でとてもじゃないけどデスクトップを用意する余裕なんてありません。普段ご飯が食べれているだけでもありがたく思いなさい!

 

・人物ポートレートを100人分描く

 今年から毎月2人〜4人のポートレートを描いています。今大体20人ほど描いてきていますが、正直年内100人達成は厳しいと思われます。せめて60は行きたいですが...。なんとも言えません。ちなみに最近だと「スター・ウォーズ」のユアン・マクレガーやキャリー・フィッシャー、Netflixドラマ「ONE PIECE」の麦わらの一味5人、「アベンジャーズ」のロバート・ダウニー・Jrやスカーレット・ヨハンソンなどを描きました。

一応絵はこんな感じです。少しは上手くなってるといいなぁ。。。

 

 

・アナハイムのディズニーランドへ行く

 誰かこんなバカなことを言った1月の私を殴り飛ばしてください。自分の稼ぎもなく、親の仕送りをもらってる中でディズニーランドに行きたいなどとほざくのは万死に値します。無理です。夢見る前に金を稼ぎましょう。

 
 
 
ということで今日は2024年の抱負と目標についてそれぞれ中間報告をしました。まだまだ達成できなさそうなものやもうすぐなものまで色々ありました。後半期は前半期以上にブーストをかけて頑張りたいと思います。それではまた!
 
 
July 5 2024

 

 

 

 

だれかに教えたいこと

 みなさんこんにちは、Seiraです。突然ですがみなさんは調理をする機会は多い方ですか?私はカナダに来てからというものほぼ毎日自炊をしているため、キッチンに立つ時間はそこそこ多い方だと思います。火や包丁を使った凝った物からお湯を沸かして茹でるだけの簡単な物まで色々作りますが、どんなものにも私が好んで使う調味料、ブラックペッパーについて今日はお話したいと思います。

 

 まずはブラックペッパーが活躍するグルメ紹介をします。色々あるので今回は選りすぐりの三つを教えます。

 

 1つ目は 「卵かけご飯」です。めっちゃシンプル。おすすめの食べ方は白米に卵をのせ、そこにわさびとレモン汁をよく混ぜた醤油を卵とご飯によく混ぜます。そして仕上げにブラックペッパーです。私が思春期の頃はほぼ毎朝これを食べて学校に行っていました。ちなみに、卵がない時は卵なしでも美味しくいただけます。

 

 

 2つ目は「グリル風 ステーキ」です。こちらも作り方はものすごく簡単で牛、豚、鳥、その他なんの肉でも合うと思います。まず下拵えに2cmほどの厚みに切った肉にフォークで穴を沢山開けます。そして、縁を作ったアルミホイルに、お肉とスライスしたニンニク(もしくはペースト)を乗せ醤油を満遍なくかけ、お肉に浸透させます(すりおろしたりんごがあれば甘味を加えることができると思いますが私はアレルギーなのでしません)。20~30分浸けておくとより染み込むと思います。その後、上からキャノーラ油、ブラックペッパーをかけ、アルミホイルのままフライパンで強火にかけます。表面が焼けてきたら裏を返し、切りながら中の火の通りを確認してください。中までしっかり火が通ったら完成です。大体所要時間1時間ほどかかりますので、余裕がある時に調理するか、事前に下準備だけして冷蔵庫にぶち込んでおくのもいいと思います。また、私は洗い物がめんどくさい人なのでアルミホイルを使いますが、ガラス容器などに浸けておいて、焼く際にフライパンに直接乗せてしまうのもありです。

 

 3つ目は「辛口野菜炒め」です。野菜炒めのレシピなのですが、多分独特な作り方だと思うので一応紹介します。カナダだと葉物野菜はキャベツ、ナッパ(中国産が多い)、サニーレタスなど日本で馴染みある野菜たちはもちろん、スピニッチやロメインレタスなど日本では珍しい葉物もあります。割とその2つが主流で家庭によく出されると思います。まあそれらのお好きな葉物、玉ねぎ、ニンニク、グリーンオニオン(短いネギみたいなやつ)を適当なサイズに切ります。バターをフライパンで溶かし、玉ねぎとニンニクを先に炒め、その後葉物を入れます。グリーンオニオンはすぐ焦げるので一番最後に入れます。そして料理酒、チリペッパーやグラムマサラなどの香辛料、ブラックペッパーと塩を入れ、中火(IHなら弱火か火を切った余熱でも大丈夫です)で炒めます。もし味が薄っぺらく感じたら、昆布茶を入れると塩分を控えながらも深みが出ます。玉ねぎの水分で全体的に水っぽくなるので柔らかくなりすぎないように気をつけながら炒めましょう。まあ基本的にキャベツやレタスは新鮮ならシャキシャキ感は結構残りますけどね。焦げ目が少しついてきたら頃合いなので火から下ろして、盛り付けて完成です。

 

 

はいということで読んでいただいている時間帯によっては飯テロになりかけているかと思いますが、Seiraキッチンよりちょっとしたレシピをお伝えしました。興味がありましたらぜひ試してみてください。クソうめぇです。

 

 

そして、ブラックペッパーに関する話題をもう1つ。粉末のものを使っている方はほとんど関係ないと思いますが私は実家の頃からペッパーミルタイプの容器に入ったものを使っています。そのブラックペッパーに長年悩んでいることがありました。それは、削った時の粒が大きくて歯に挟まってかなり痛い思いをする、ということでした。最初はミルの刃の調子が悪いのだと思っていて、食べる際は痛みを覚悟の上だったのですが、最近になってその解決方法を知りました。なんと、ペッパーミル本体の刃の部分に調節ができるダイヤルがあったのです。マジで知りませんでした。これを知ってるか知らないかだけで歯の運命が変わるんですよ。

 

 

はいこれです。この一番上の白い部分がそのダイアルで、矢印の方向に合わせることで粗さを調整できるようです。なんと調整前は二番目に大きい方向に矢印が向いていました。そりゃ痛いって。ですがこの事実を知ったことにより、私の歯は安泰です。よかったよかった。

 

 

ということで、今回はレシピと日常生活の中で気づいたブラックペッパーのことについて書いてみました。またこういう感じのブログは書いていこうと思うのでよろしくお願いします。自炊してる学生のみんな、頑張ろうな!

 

 

July 5 2024

 

 

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詐欺に遭った経験

 

 みなさんこんにちは、Seiraです。今回は久しぶりにAmebaの投稿ネタからトピックを選んでみました。最近SNSで遭った詐欺について書こうと思います。

 

 私はカナダに来てからFacebookを使う頻度が増えました。というのも、Facebookには多機能なコンテンツが入っておりその中の一つマーケットプレイスは日本でいうジモティーに近い個人間の売買を行えるフリマサービスは普通なら高価なものも安く手に入ることができます。そのマーケットプレイスだけでなく、私が住んでいるPrince George(PG)にはマーケットプレイスのよりローカルなバイアンドセールの掲示板がFacebook上にありそちらも頻繁にチェックしています。今回詐欺にあったのは後者のコミュニティの方です。

 

 先日のある日、PGのバイアンドセールでMacBook Pro(割と最近の)が出品されており値段の表記がありませんでした。出品者のコメントを見ると、どうやら彼氏にサプライズプレゼントとして購入した所、彼氏が浮気をしていることが発覚し彼氏と同様にこのMacも捨ててしまいたいとのことでした。もしかしたら低価格で手に入るかもと思い、すぐに出品者にMessengerで問い合わせました。

 

 かなりすぐに返事が来て、「タダでいい。どこに住んでる?」と聞かれました。え?Macがタダなんてことある?それに、マーケットプレイスや今回の掲示板は基本的に出品者の自宅に商品を取りに行くこと主流です。なのでなぜこちらが聞かれるのかが謎でした。この返事からして、なんとなく不信感があり、近くの道の名前だけ伝えました。すると、現在PGではなくアメリカにいると返信がきました。どうやら実家に帰省している所だったそうで、住所を教えてくれればFedexで送ってくれるとのことでした。ローカル掲示板なのにアメリカにいて宅配便...?

 

 どう返事を返すべきか考えていた時、「おい、早く住所を教えて」と言われ、この投稿主は住所目的の詐欺を行なっていると確信しました。もう一度投稿内容を確認しようと掲示板に再度アクセスしてみると投稿が削除されていました。いくらなんでも早すぎないかと思い問い詰めると「だっておたくが連絡してきてるじゃない」と。もう完全に詐欺師の言い分。

 

 そしてまたどう返事を返すか考えていると「聞いてるのか。いつでも送れるようにしてんだから早よ住所教えろ」と。もはや脅迫です。一応確認という程で「本当にタダでいいのか」と聞くと「いい。だから早く住所教えて」と。もうずっと住所を要求してきました。

 

 ここで私は賭けに出ました。「前に同じようなことを言って騙されて個人情報を抜き取られたことがある。あなたを信用できるかわからないんだ」と。ここで相手がどう返すか待っていると、「信用してええよ!」と。いや自分からこういうことを言う人を信じてたまるか。もうこの投稿主が住所目的の詐欺師であると確信しました。その意味を込めて「わかった」と一言伝えると「はいだから住所教えて」と。

 

 その後、シェアハウスの家主に取引をやめるよう言われたと適当に嘘をついてキャンセルを申し出たところ未読無視。散々こちらの早急な返信を求めてきたのに最後は返事を返すどころか既読も付けずに逃げられてしまいました。でも、この行動を取るということは詐欺を自白したようなものです。Macは手に入りませんでしたが、個人情報を守ることができてよかったです。

 

 基本的にマーケットプレイスはFacebookが出品者の在住地や評価などを管理をしているため出品者による詐欺が起こりにくいです(稀にあります)。ただ、今回のような個人による掲示板は管理人の目の行き届かないところで詐欺が起きる可能性があります。自由度が高いと同時に危険性も高いです。国内外問わず、掲示板による詐欺は沢山起こっていると思うのでみなさんもお気をつけください。少しでも怪しいと思ったらしっかり取引を断り、通報しましょう。またどんな取引でも最初から住所を尋ねてきたり自分から教えるなどして相手と共有しないことが大切です。ですが、Facebookはメルカリなどとは違い基本的に個人情報がおおやけにされる匿名性の低いSNSの一つです。出品者と購入者双方に虎の目があるいいツールだと個人的には思うので今後も気をつけながら利用していきたいと思います。

 

ということで今回は最近遭った詐欺について語ってみました。また何か投稿したらそちらもぜひご覧ください :)

 

July 3 2024

 

 

 

 

 

 

 

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みなさんこんにちは、Seiraです!

 

 さて、先月6月は世界的にPRIDE Month というジェンダーへの理解を深めるための月間となっていることを皆さんはご存知ですか?1969年6月にニューヨークで起こったストーンウォール事件という性差別(特にこの時はゲイに対する差別)への反乱活動が起源となっているそうで、この事件を機に世界的にLGBT(当時)への見解が徐々に変化していき現在のジェンダー平等運動へ繋がっています。

 

 2020年代になってからよく聞くようになったPRIDEという言葉やジェンダーフリー、そしてLGBTQ+(現在は2SLGBTQ+と言われたりもします)は世界中の人々の生活や価値観に影響を与えていますが、実は私もそれに強く影響を受けながら生きています。20年を振り返るシリーズ最終回の今回は私のジェンダーについての話をしたいと思います。

 

 

 

 結論から言うと、私の性自認はノンバイナリー、性的嗜好はパンセクシャルです。ノンバイナリーとは男女の二元論にとらわれない性自認で、パンセクシャルとは恋愛対象が性別によって決まっていないジェンダーのことを言います。LGBTQ+は日頃皆さんが聞くゲイやレズビアンのような同性愛者など恋愛対象の話だけではなく、トランスジェンダーやクィアなど自分自身のアイデンティティに関わる内容も含まれています。同じLGBTQ+という言葉の中にも沢山の意味を持つジェンダーが含まれていますが、性自認と性的嗜好は全く別物です。ここまではジェンダーについての大まかな説明でしたが、ここからはより個人的な体験談と考えをお話ししたいと思います。あくまで個人の主観であり世の中には多様な考え方があることをご了承ください。

 

 

 まずは私の過去の体験談を振り返りましょう。以前のブログで小学生時代の時から自分の性自認に対して違和感を感じていたと書いていた通り、当時幼かった私にとって自分のジェンダーはカテゴリーに当てはめられない変なもので、ゲイやバイセクシャル、トランスジェンダーとは何か違う別のものだと思っていました。もちろん当時の日本では今のようなPRIDE運動はなく、多様性に配慮された社会ではありませんでした。LGBTという言葉だけは知っていたのですが、あまり自分と関連性を感じられませんでした。

 

ただ、私がいわゆる一般的な男の子とは違う点がいくつかありました。一つ目は身なりやファッションなど、容姿のことです。肌に持つものへのこだわりが強く、ナイキやプーマなどのスポーツブランドのものを持つことが大嫌いで、それこそディズニーやサンエックスのキャラクターの服や文房具などのアイテムを沢山持っていました(それでも特撮は大好きでしたが)。二つ目は、第三者から「お兄ちゃん」という代名詞で呼ばれることが前者よりこちらの方がひどく苦痛だったということです。私には下に2人の弟がいる3兄弟の一番上なので、母の知人や周りの大人からは「お兄ちゃん」と呼ばれることは当たり前にありました。それについては幼いながらにそれは母の一番最初の子供として言われているからだと理解していました。ただ、親戚や学校の先生からそう呼ばれることが大嫌いでした。男として扱われることの嫌悪感より、誰かの付属品として扱われるようで自分のアイデンティティが壊される感じが辛かったのです。「〇〇(弟)のお兄ちゃん」と言われる時が一番精神的に辛かったです。母はこのことを理解していてくれたので、「お兄ちゃんなんだから譲りなさい、許してあげなさい」という理不尽な言葉は一度も私に言いませんでした(母は子供の時に祖母から言われたことがありそれが嫌で子供には言わないと決めていたそうです)。そして、三つ目は髪の毛のことでした。小学生の頃は3年生ぐらいからずっと伸ばしていて長髪でした。違う学年の先生から「お前は卒業式に袴履いてくるんだろ?」と言われたり、担任から「男なんだから切れ」と言われたことがあります。今このようなことを言えば大問題になるのは間違い無いですが、たっ数年前はこんなことを平気で言えてしまう環境だったのです。クラスメイトからも「オカマだ」と言われたことがあります。このような言葉で傷ついたのはもちろんですが、だからと言って髪を切って短髪になることはしませんでした。髪を短くしてしまうと、自分じゃなくなってしまうような気がしたのです。

 

私にとってこの三つが性自認について悩んだ核の部分だと思います。そしてその三つには共通して思うことがありました。それは、「女の子として生まれたかった」という思いです。もし、自分が最初から女の子だったら楽だったかな、もっと自分らしく生きれたのかなと思わない日はありませんでした。少々下世話な話にはなってしまい申し訳ないですが、私は自分の体に男性器がついていることが死ぬほど嫌な時期が小学校高学年から高校にかけてありました。正直に言えば、今でも自分のアイデンティティを邪魔するだけの必要のないものだと思っています。男性の体で生まれてきたことで私は自分のことを好きになることができませんでした。だから、服や持ち物で男性の体を隠すことで自分を安心させていたのだと思います。

 

 

中学校の3年間は私は私自身ではありませんでした。誰かに求められる形になろうとして自分を見失っていたのです。長髪は校則で禁じられていたので中学の入学時には短髪にせざるを得ませんでした。髪を切ったあの時からまた戻るまで、私の個性の一つは死んでいたのだと思います。中学とはいい意味でも悪い意味でも周りから強い影響を受けます。まるでタスクのように好きな人はいなければいけない、誰かに告白しなければいけない、そんな雰囲気もありました。そして、それに追い討ちをかけるように思春期の体の成長は私を成人男性に私の意思に反して急激に押し上げていきました。血まみれになるぐらい髭を切ったこともあります。そして、精神的にもおかしくなり、部活がないテスト週間は学校に行かないことも多くありました。この3年間、周りに何か嫌なことを言われたり差別を受けて辛かったというより、理想と現実がかけ離れていく自分を自分で追い込んでしまったんだと思います。ジェンダーの話題を聞くと中学でいじめにあったという話題をよく耳にしますが、正直いじめだったら解決策がある可能性があります。でも、敵が自分だったら距離を置くこともできないし、喧嘩することもできないし、周りに全てを理解してもらえないし、どうしようもないのです。結局は自分でなんとかするしかないのです。それがどんなにつらくとも、向き合わなければいけないことなのだと私は思います。

 

 

そんな私に大きな転機が訪れました。それは、今から2年前(もう2年前)にバンクーバーに滞在していた時のことです。たまたま留学していた時期とバンクーバーPRIDEの時期が重なり、興味本位でPRIDEパレードを見に行ってきました。それまではPRIDEパレードの印象は国内のものしか知りませんでしたし、日本だとパレードもデモも同じものとして社会から冷たい目で見られてしまっている印象が強かったです。ところが、バンクーバーは違いました。パレードという時間、イベントの期間を通してみんながみんな自分自身でいるように見えました。私にとってそれは生きてきた中で最も価値観が大きく変化した出来事の一つになりました。そしてそれと同時に、ノンバイナリーという存在を知り、その特徴を知るにつれて多くの共通点があることがわかり、ようやくこれだと思えるアイデンティティを見つけることができました。多民族国家だからこそ、多様なジェンダーを受け入れてくれるカナダ、そして自分を変えてくれたバンクーバーなら自分が生きづらさを感じることなく自由に生きれるのかもしれないと思ったのです。そうして帰国後、高校卒業後の進路先としてカナダを選び、今後もカナダに永住したいと思っています。

 

 

日本人として生まれてきたこと、日本で育ったことは決して後悔していませんし、日本は好きです。それでも、私がこれまで遭ってきた閉鎖的でステレオタイプな考え方が苦痛であり、それが当たり前とされる地域や国に住み続けることは自分を殺すことだと思っています(自由を求めすぎることで誰かに被害を与えることはまた別の話です)。私はこれからも死ぬまで女に生まれたかったと思い続けると思います。でも、できるだけ自分に生まれてこなければよかったと思わないように、毎日を頑張って生きたいです。

 

 

さて、過去最長クラスになりましたが、今回のブログは以上です。執筆中に6月が終わってました。たくさんの話題を一気に詰め込みましたが、このブログを見た人の誰かの助けになったら嬉しいです。今後は過去のことより今何を想って何をしているのかを中心に発信して行きたいと思います。また留学の話題が増えると思いますので楽しみにしていてください!

 

今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

July 2 2024

 

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

 

 2024年も半分が過ぎようとしていますね。ご報告が遅れましたが、4月をもって2 semester在籍していたEnglish Language(ENLA: 大学進学のための英語を学ぶコース)を卒業し、5月からENGL103というカレッジの正式な大学アカデミッククラスで学び始めています。以前から私がなぜ留学をしているのかは触れてきていますが、今回はバックグラウンドも含めて中学卒業後から現在に至るまでのストーリーをお話ししたいと思います。留学をしたい方、美術系を志している方の参考になれば幸いです。

 

Cp1: 子どもの時からの夢

 

 私は子供の頃からウォルト・ディズニーに強い憧れを抱いており、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオでアニメーターとして働くことを夢見ています。他の同級生たちよりも早い段階で自分のやりたいことが明確になったため、行きたい大学もかなりすぐに決まりました。その大学とは、カリフォルニア芸術大学(CalArts)という美術専門の学校で、ウォルト・ディズニーが創立者のため多くのディズニーアニメーターたちがこの大学を卒業後にディズニーやピクサーで働いている実績を持っています。ディズニーで働きたいのならここに行けば夢を叶えるためのコネクションを得られるチャンスがある可能性が高いのです。そうして私は「ディズニーのアニメーターになるためにCalArtsに進学する」という自分の未来のヴィジョンを小学生の時に既に持つことができました。

 

Cp2: 美術か音楽か

 

 中学になると周りから様々な刺激を受け、それまでディズニーにしか興味がなかった私がアニメや漫画、洋画などエンターテイメント全体に興味を持つようになりました。前回のブログで話したように、吹奏楽に出会ったことも自分自身が最も大きく変化した出来事の一つです。そして中学3年生の時に、今まで通り同じディズニーへの夢を追い続ける美術を取るか、新しく出会った吹奏楽を極めに音楽の道へ行くかという2択を母から出されました。正直、吹奏楽を選んでいたら学校推薦で強豪校へ進学していた可能性もあります。ですが、自分にはディズニーしかないし、同じ夢を貫き通したいという思いから美術の方を取りました。中学3年間吹奏楽部で活動できたことは自分にとって最高の思い出で後悔もありません。だからと言って長年の夢から新しい方を取るようなことはしたくありませんでした。美術を取ると決めた後は、高校で英語の勉強とアルバイトと絵のことに時間をかけるために、通信制高校への進学を検討し3校ほど個人面談をした後、角川ドワンゴ学園N高等学校、週1 通学コースに進学することになりました。

 

Cp3: N高と大学受験

 

 N高では最初の2年間だけ通学コースに在籍し週1で代々木キャンパスに通学するつもりでした。ところが、中学を卒業した2020年春はちょうどパンデミックのスタートと重なり、学校のある東京と地元山梨を行き来することが困難になってしまい1年生のうち半年はオンライン授業になってしまいました。元々通信制の学校だったので学業の遅れは心配ありませんでしたが、バイトがなかなか始められなかったり通学できない期間が長く続いたりそれなりに大変でした。2年生の後半はほぼ問題なく通学し、3年生からは留学の関係でネットコースに変更しました。この3年生(18歳)の夏に、私はトビタテ留学JAPANという文科省の奨学金制度を利用して現地の美術大学のサマープログラムに参加するため40日間バンクーバーへ行きました。カナダという新しい環境、出会った人々、気付かなかった自分の内面など、この留学は自分の運命を大きく変えるものとなりました。これがきっかけとなって今もまたカナダのカレッジに在籍しているのです。帰国後、高校卒業後の進路確定のために第一希望であるCalArtsとサマープログラムで訪れた大学を第二希望に、両校へ出願しましたが結果は両方ともダメでした。ポートフォリオなどのフィードバックはもらえなかったのであくまで自己分析にはなりますが、その時の自分に圧倒的に足りなかったのが英語力だったと思います。

 

Cp4: カレッジ、そして未来へ

 

 N高卒業後、ウェブで調べたり留学フェアに足を運んだりして2ヶ月ほど学校探しを行いました。美術を学ぶ前にまず英語をどうにかしなければならない。かといって語学学校に行くのは何かもったいないような気がする。そう思ってたどり着いたのが、大学内にある英語学科を卒業してから美術のクラスに行く手段でした。まさに私が今行っていることです。そうして何件かの大学に問い合わせた後、いろいろ考えた結果今のカレッジに至っています。

 

 私の今後の予定は秋からカレッジの美術クラスを取り来年の今頃にFine Arts Cerfiticateを取得し、大学受験の際に落ちてしまったバンクーバーの方の大学に編入という形で進学を目指しています。またその間にブリティッシュコロンビア州の永住権取得のためにPost Graduation Permitというカレッジ卒業後に取得できる就労ビザを利用して1年ほど働く予定です。正直まだ未確定な部分で不透明な事が多いですがゆっくり解明していこうかなと思います。ですが、どんな形であれど、ちょっとずつ夢に近づいているような気がします。これからもめげずに頑張っていきたいです。

 

 

 

 ということで今回は主に進路について語りました。いかがでしたでしょうか。一応今年20歳になりましたが、まだまだ両親の助けも借りているので、子供でいるような気がしてなりません。少しずつ自立した大人になれるようにしますてへぺろ 

ちなみにこれはこの前PGで咲いていた桜(と思われる花)

 

 

次回は私のジェンダーについて語る回を予定していますが、20年を振り返るシリーズは一旦終了にしたいと思います。次回の更新もお楽しみに!

 

 

June 5 2024

みなさんこんにちは、Seiraです!

 

本当は4月後半に投稿しようと書き始めたものの、気づいたら6月になっていました...。恐るべし時の流れ。

 

さて、前回に引き続き今回のブログも私の20年を振り返るシリーズをお送りしたいと思います。今回は、私が中学の時に出会った吹奏楽について語りたいと思います。

 

 

中1の時に私が入った吹奏楽部はその後の人生に大きく影響するものになりました。元々小学1年生の頃からピアノを習っていたこともあり、楽譜は読むことができたので先輩部員からもかなり有望な人材として扱われていました。本当はアルトサックスを吹きたかったのですが、体格のせいでチューバを任されてしまいました。夏のコンクールは毎日厳しい練習が続いていましたが、休日や夏休みの1日練習をみんなとできたことは一番青春を感じられた瞬間だと思います。うちの部は強豪校ではなかったのですが、それでも1年目のコンクールでは金賞を獲れました。

 

中2の時、夏のコンクールの結果が銅賞でした。銅賞とは吹部にとって空気として扱われたも同様、ただの参加賞にすぎない最も屈辱的な賞です。来年、自分たちが最後の年には絶対に銅賞だけは嫌だと思って、私は外部に指導を受けに行ったりしてなんとか部を再開拓しようとしました。その事もあり後期からは部長を任されて外部活動と同時にその仕事も始まりました。そしてその年の冬にはアンサンブルコンサートという少人数での大会に出場し、そこでは金賞を獲ることができ、約4ヶ月弱で銅賞から一気に舞い戻ることができました。学校の体制の変化に伴って部活ができる時間もかなり限定されましたがその限られた時間の中でできるだけのことに取り組んでいました。

 

中3の間は部内でひどく温度差がついてしまいました。部長だった私は春の新入生歓迎会ではどれだけ1年生を迎えられるか、そのプレッシャーが半端なかったです。そしてすぐやってきたコンクールの時期。ですが、この最後の一年は毎年9月に行われる学園祭でのステージを考えなければならなかったので部内ではコンクールに専念する方と学園祭の方とで2分化されてしまいました。部長の私にとっては先にあるコンクールのことがやはり重要でした。やはり昨年と同じ悔しい思いを絶対に繰り返したくないし、自分の代にそんな思いはさせたくないという強い思いがありました。当時15歳の私にその熱量を伝え切れるほどの能力があれば、よかったのですが、現実はそううまくいかず、何度も空回りしては迷惑ばかりかけてしまいました。コンクールをなんとか乗り越えることはできても、結果は銀賞。銅賞にはならずとも、金賞で心地よく終えたかったのとアンサンブルの時よりも落ちてしまった無力感でいっぱいでした。いい結果を出すためにもっと何かできたんじゃないか、今でもたまに思い返すことがあります。コンクールが終わった後の学園祭も、演出で同期や顧問と揉めたりして、なんとかギリギリ本番を迎えたような感じでした。正直、学園祭が終わって部活を引退した時は、全ての責任から全て解放されたような気がして本当に心スッキリでした。この1年間の大半はストレスと鬱で苛まれていて、音楽を楽しむことができなかったように思います。

 

中学卒業後は自分の進路の関係で、通信制高校に通っていたため学校の部活を続けるのではなく地域の吹奏楽団へ所属し、そこからは担当楽器をトランペットへ変更しまた新しい楽器をはじめました。トランペットは中学時代に元々母親が買ってくれたものでその時から高校からトランペットを本格的に始めることを決めていました。この楽器は吹奏楽やオーケストラにおいても花形と言われる楽器ですが、実際技術の取得は非常に難しいです。特に私の場合3年間低音のチューバを吹いていたことでそこから高音のトランペットに変えるのはものすごく苦労しました。ですが、私が高校生になった年は2020年、パンデミックで全て大きな活動ができなくなってしまった年です。そのおかげでステージには出ることはできずとも、基礎から学ぶ時間を取ることができました。そして、段々と日常が戻るにつれ再びステージに戻れるようになったのと同時に音楽を楽しさをまた思い出すことができました。

 

昨年8月をもって7年続いた私の吹奏楽人生は一旦ピリオドを打ちましたが、今でも吹奏楽を聞くことやピアノを通して音楽を楽しんでいます。音楽は音を楽しむと書きますが、私の中で音楽は楽しいことだけではなく、理不尽なこと、嫌なこと、トラウマ、他にネガティブなこともたくさんありました。でもそれらをひっくるめて吹奏楽は今の私にとって重要であり影響し続けるコンテンツだと思います。

いつも通り長くなりましたが、これが私の人生の一部、吹奏楽編です。今はセーブ中のチャプターですが、また再始動する日が来るかもしれません。ですが今は一旦美術の方に集中したいと思いまーす!!!

ということで、次回は自分の進路、美術編になります。お楽しみに!!

 

 

 

June 1, 2024