こんにちは、Seiraです。
最近SNSでも実生活でもAIの発達や活動について耳にしたり目にしたりする機会が多くなりました。また自分の知らないところでAIが身近で活躍していたり、その影響を回避することの方ができなくなってきています。
私はAIに対して、特に生成AIを毛嫌いしています。今回はそのことについてブログにしていきます。
AIに対して文句を言い出すと正直キリがないのが現状ですが、今回は芸術分野における生成AIについての個人的な意見を語っていきたいと思います。あくまで、個人の考えなのでAI大好きさんや常にAIに頼っている方はいい思いをしないと思いますのでここでブラウザバックしてください。
なぜAIが嫌いなのか
AIの発達が人間に大きな価値や体験を与えていることは十分理解していますし、全てを否定するつもりはありません。ただ、これからのAIの発達を考えた時のことを考えた時に今の世界がAIに頼り、また依存している構図にひどく嫌悪感を抱いています。最近の報道で見たもので言えば、料理のレシピを聞く、人に言えない相談をChatGPTにするなどがありましたがそれは別にありだと思います。それはあくまで従来にあったインターネットの使い方の延長線であり、問題解決の方法を自分で検索するという部分で共通しているからです。
私がAIを嫌っているの最たる理由は、AIに画像を生成させそれを個人や企業がポスターやロゴ、マスコットとして利用している人間を生み出しているからです。その理由は自分でも明確に理解していて、自分が絵を描く人間でありそれを仕事としようとしているからです。生成AIによる画像や動画がSNSで当たり前のように散見され、ついには人間が作ったものと見分けがつかないレベルになってきています。私はこのレベルがもう許せないのです。AIが生成したものはあくまでAIが作ったものとして誰もが判断できるレベルでないと面白いと思えないし、AIの良さを感じられません。どんなに中身が面白いショート動画でもそれがAIとわかった瞬間に興醒めします。
自分の身近なところでも、最近AI生成のポスターが使われるようになり、それに対してポスターの存在意義がわからなくなりました。ポスターの役割といえば、その写真や文章から人を惹きつけ購買意欲を煽ったり注意を引くことが挙げられると思います。では、生成AIで作られたものは人間が作った手書きのポスターと同じもしくはそれ以上の効果があるのか。正直これは同等かそれ以下だと思います。特に食品などのポスターをAIが生成したものにしてしまうとその食品本来の魅力や色味、大きさが伝わりにくい、または誇張されすぎることがあります。画像はイメージです、と注意書きしておけばいいんだよ、という問題ではありません。私は生成AIで作られたポスターを利用して販売されている商品やサービスは一切購入利用はしません。(あとAIの生成したものってパッと見で気持ち悪いと思う)
感情型人間
AIになくて人間が持つもの、その代表例こそ感情です。感情は生物のみ持つ美しくて儚く、そして時に狂気となるものです。その一瞬の感情を永遠に留めたものが芸術、絵なのです。私は絵描きとして生きているので、生成AIが作り出した画像(所謂AIイラスト)は極論、この世に存在するべきではないと思っています。個人で生成してゲラゲラニヤニヤ笑ってるなら別になんとも思いません。それがSNSにAIイラストとして投稿され、挙げ句の果てには生成させた人間がAIアーティストと名乗る今の世界はどうかしています。誰かが描いた絵をそのままAI学習させて生成し、自分の絵(自分で描いてすらいない)として投稿する悪質なケースも多発しています。はっきり言ってきしょいですよ。そんな人たちが絵とかアーティストとか名乗らないで欲しいです。
と、ここまでの文章を見てわかっていただいた通り、私ってかなり感情が激しいタイプの人間なんですね。好きなことにはとことんのめり込むし嫌いなものには徹底的に中指を立てる。これが自分だから、AIとは合わないんですよね。感情がないAIと感情ばかりのSeiraは一生分かり合えないと思いますよ。
下手くそでいいからペンを握ってくれ
全人類に対して願うことがあるとすれば、「AIに頼って画像を生成するのぐらいなら自分で描いてほしい」ということです。絵を描くことが不得意だったり嫌いな人もいると思います。私も今まで一度も自分が絵が上手いと思ったことはありません。他人からは才能があるね!と言われたこともありますがその度に自分の実力の乏しさに打ちひしがれているのです。だからこそ私は絵を描くことをやめないんです。99%努力、1%は生まれてきた環境のおかげで今自分はアーティストとしての道を歩けているのです。お願いだからAIに頼らないで。人間の描く絵に見切りをつけないで。多彩で細かいディテールまで再現されているAI生成画像よりもアンバランスで抽象的で誰がどう見ても何描いてるのか分からないような絵の方が見てて楽しいですから。そして絵の価値は絵そのものより誰が描いたかが重要なんです。誰が何を思い何を考えて描いたのか。AIは「くっそなんで思ったように描けねぇんだよ!!」「おいまたえんぴつ折れたんだけどふざけんなよ」とすら思わないんです。絵を描くその体験価値を人間は忘れてはいけません。
メディアクラスで作った啓発ポスター(コラージュ)
時代に合わせない
AIに関する動画や報道のコメント欄を見るとやはり一定数自分と似たような危機感や拒否反応を示す人がいますが、その度に「時代に乗り遅れるぞ」「今はそういう時代だから仕方ないだろ」と老害扱いされることもしばしばあります。ですがこれに関しては時代遅れで構わないと思っています。パワハラとかセクハラとかとは訳が違うのです。AIを流行として波に流されるままに乗ってしまうと知らない間にAIに依存し、ついに人間自身がAIに精神を乗っ取られます。私はAIにきつい眼差しを向けながら嫌悪し続けると思いますが別にそれを恥だとも思わないです。それが私だからね。
FUCK AI
最後に一言。FUCK AI!!
おしまい
今回のブログは以上となります。再三申し上げている通り、感情的な人間なので論理がめちゃめちゃな部分もあると思いますがこれはこれで私自身の人間性を証明できたものなのかなと思います。お見苦しいところがありましても私は謝りません!
ではまた次回のブログでお会いしましょう
September 14, 2026









