みなさんこんにちは、Seiraです。

最近PGでは積雪量が多くなり、厳しい冬がやってくる気配を感じているところでございます。

 

さて、今回も前回に引き続き、今期のクラスの振り返りを行なっていきたいと思います。

 

 

FINE 101: Art History Ⅰ

私が今期唯一履修していたFine Artsの人文科学系のクラス、美術史です。1月からの来期も後編としてArt History Ⅱを履修予定ですが、今期はインカ、エジプト、メソポタミア、そしてギリシアなどの古代文明を多く扱っていたため非常に難易度の高いクラスでした。担当のインストラクターがスライドを使いながら説明してくれるものの、ほとんどが口頭での説明のためリスニング力が非常に問われました。正直、ENLA(ESL)を1年挟んでおいてよかったです。

 

内容としては1週間に1日2時間弱の授業で、翌週までの課題が1つ出されました。課題もその週のテーマから1問出され、教科書の中から答えを探し自分の言葉で書いて提出するという形です。0.5刻みの5点満点で毎週フィードバックと共に結果が送られてくるため個人的には非常に学び甲斐ややり甲斐がありました。ちなみにアジア系の内容もあって、日本の神社仏閣についても取り扱われました。

 

期末テストやクイズ(小テスト)はない代わりに学期末にリサーチエッセイを書いて提出する課題がありました。この学期に扱った時代の建築、芸術作品、文化などについてネットや書籍でいくつかの文献を引用してエッセイをまとめました。文字数制限は幸いなく、かなりフレキシブルにトピックを選べたので、私は伊勢神宮の社殿建築と式年遷宮などを紹介しながら神道文化の衰退危機についてまとめて提出しました。元々伊勢神宮が好きだったので書いている最中に悩んだりとかはあまりなく、日本人がカレッジにいないということで先生からしたら割とレアな視点からのエッセイだろうということもあって結構好評をもらえたのが嬉しかったです。

 

来期は現代アートなどもやるようなので、引き続き楽しめるかなと思っています。

 

 

 

FINE 109: Colour Theory

 

このクラス、実は履修登録ができてないのに先生にお招きいただいて参加させてもらっていました。日本語に直訳すると”色学理論”となるColour Theoryですが、Paintingのクラスと同様に絵の具を用いて絵を描きますが、色についての知識を深めることを同時に行います。印象派、リアリズムなどの美術系の用語も登場しますしそれについて深ぼって学びます。絵の具は赤・青・黄の3原色と白・黒の5色のみの使用で色を作り出したり、空間を演出します。自分にとってここまでしっかり絵を学んだのは初めてだったのでかなりいい勉強になりましたし、まだまだ実力が足りないことを実感しました。

 

授業内容を具体的に説明すると、14週間のうちに合計10個課題が出されてそれぞれ大体1~2週間かけて進めていくような感じです。最初の7週間くらいは絵を描くことよりも本当に色にフォーカスした課題で色同士がどう影響しあっているのか、黒と白の調合具合による明暗の変化などを探求しました。

 

 

↑こちらは一番最初の課題で描いたカラーウィール。赤青黄の3色を2色ずつ調合しながら描きました。絵の具自体得意ではないので非常に雑な塗り方になってしまっています。

 

 

 

↑こちらは7週目の課題。ペーパー上にソフトパステルでリンゴをデッサンしました。この時は影と陰のレクチャーを受けて数段階の仕組みを学びました。パステルは小学生の頃から使っていた画材で使い慣れていたので割とよく描けた方です。

 

 

 

↑そしてこちら。8週目の課題はムンクの「叫び」のムードをアレンジした自分のタッチでリメイクするものでした。写真の通り、サンライズ、風や空気の流れをイメージした渦、雪山などがオリジナル要素になっています。授業で描いたものの中ではこれが一番楽しく一番出来が良かったと思っています。

 

 

これらの課題の他にも、中間と期末にそれぞれ小テストがあり色に関する問題がいくつか出されました。正直インストラクターの先生がどのような問題を出すのか予想できず両方とも惨敗に終わりましたが、このクラスの成績の80%は絵なのであまり大きく影響はしませんでした。とはいえ、私は正式に109の生徒として登録されていなかったため、どんなに頑張ったりいい成績(目安)を取れてもそれがオフィシャルに反映されることはありません。

 

 

とはいえ非常に有意義な時間でしたし、美術を、絵を描くことを専門的に学んだ初めての経験だったのでお誘いを受けて良かったなと思いました。

 

 

 

 

 

 

まとめ

前編後編の2部でお送りしましたが、今期の授業の振り返りはここまでです。最初の方でも書いた通り、今期のスタートは自分の理想とはかけ離れたものでした。ですが実際にやってて良かったと思う経験や後に身になりそうなことも多く得られたので決して無意味な時間ではありませんでした。来期は美術史以外、全く違う科目を履修します。それはそれでまたいつかご紹介したいと思うのでお楽しみに。

 

 

 

それでは今回は以上です!

みなさん、良いクリスマスを。

 

Dec. 23 2024

みなさんこんにちは、Seiraです。

突然ですが、カレッジの今学期の授業、テストが全て完了し、無事今期は終わりました。始まった当初は自分が行きたかったFine Artsに行けなくて無気力感や絶望感がありましたがなんだかんだで充実していました。

 

以前のブログでどんなクラスを取っているのか詳細を解説すると言っていたと思うのですが、まだそれをしてないことを思い出したので今回は振り返りというのも含めてどういったものだったのかをお話ししたいと思います。

 

 

 

履修してたのは全部で3科目

まず、前提として履修していたのは全部で3科目。

  • ENGL 101: Introduction to Fiction
  • ENGL 106: Film Study
  • FINE 101: Art History 1
この3科目です。そして、実はもう1つ、履修登録をしていない非公式で参加していた授業があります
それが、FINE 106: Colour Theory です。
 
なかなか珍しい授業の取り方をしていましたがどの授業も共通して芸術分野にはなります。
 
 
 

 

ENGL 101: Introduction to Fiction

ENGL101は言ってしまえば超文系クラスでした。週2回各1時間半の授業ごとに毎回短編小説を読んでそれについてクラスでディスカッションをして、人物同士の関係性や舞台設定などから物語を考察していくというような内容です。言ってしまえば、小中高の国語の授業でやったことと似ていました。ですがここはカナダです。当然全て英文ですし、毎回内容が変わるためかなり苦労しました。またそもそも本を読むスピードが遅く、1冊の文庫本に3~4週間かけてしまうため毎回最後まで読みきれず、授業時間外に読み終えなければなりませんでした。学期末の3週間ぐらいはまるまる1冊(350ページぐらい)の長編小説をチャプターごとに読み、ディスカッションをするというもので、これまた苦労しました。

 

課題については、毎週末に2つ、10月に1つエッセイ、学期末にプレゼンがありました。

 

まず毎週の課題を説明すると、まずはその週に読んだ小説(通常2つのストーリー)から小問題(クイズです)を5問解く、そして同じくその物語から「あ!これ小説に出てきたやつと似てる!」とか「ストーリーのあの部分、この景色みたいだったんじゃないか??」と関連性を感じられる写真を短いコメントと共に投稿する(自分が撮影したものであれば過去の写真でも可)というものの2つです。小問題は選択式問題でしたし、写真投稿も多少のこじつけは許容範囲だったのでそこまで苦ではなかったものの、小問題は間違えまくりました。ただ小説の内容が好みじゃなかったり難しすぎるものは本当にめんどくさかったです。ヘミングウェイとかの時は本当に悩まされました。

 

10月に提出したエッセイは実はエッセイというよりレターです。学期前半で扱った小説の中から1つ選び、その中から規定の数を引用し、自分が架空に設定した世界のリーダー(王様とか)にアドバイス文を書くという内容でした。ぶっちゃけ最初この課題を説明された時は意味がわからなかったですし、多分今読んでるあなたも理解できないでしょう。例として私が書いた内容をざっと解説します。私の場合はとある週に読んだ”悪さをしていたのは実はただ単に友達が欲しかっただけのヴィラン”の話をピックアップしました。この話におけるスーパーヒーロー(まさかの名前はウルトラマン)は自分の名声に自惚れている某アベンジャーズみたいなヒーローで、ヴィランの方は確かに悪さをしてるもののレベル的にはバイキンマン程度です。ある時に、自分が悪さをしているのは孤独感を感じていたからだと気づいた彼は一般人の人間と仲良く交流をしますが、それを見てヒーローはヴィランが悪事をはたらいていると決めつけて人間を救い出してしまいます。まあストーリーはこんな感じなのですが、そこからいくつかセリフを引用し、世界のリーダー()には”嫌われる勇気を持つこと”(= 誰かのヒーローは誰かのヴィランでもあること)、”広い価値観で物事を判断すること”をこれでもかというぐらい上から目線で書いて提出しました。大体お分かりいただけたでしょうか。課題自体が変な内容でしたが、A+もらえたのでよかったです。

 

学期末のプレゼンは毎週末投稿する写真の課題と似ていました。学期後半に扱ったストーリーの中から1つ選び、そこからストーリーに関連していると思ったものをクラスでプレゼンするという内容です。この”関連していると思ったもの”というのはぶっちゃけなんでもありで、音楽やイラスト、写真などクリエイティブなものであればなんでもOKでした。私がやったのは絵です。当然です。物語にインスパイアされた絵を描いて、それについて説明するだけで終わりました。これは本当に簡単でA+取れました。

 

 

ENGL101を総評すると、授業自体そこまで面白くなかったのですが色々なジャンルの文学作品に触れる機会を得られたのでよかったなと思います。本読むのが好きな人、物語を考察するのが好きな人にはおすすめです。

 

 

 

ENGL106: Film Study

こちらは名前の通り映画研究のクラスです。週に1回、3時間の授業で毎週映画を1本見てそれについてディスカッションし、感想を500語程度で書いて翌週提出するという内容でした。この映画を見る授業ということで、映画好きな私はめちゃくちゃテンションが上がっていたわけですが蓋を開けてみるとかなり専門的な批評を行うクラスで、普段自分で映画を見て考えたり調べたりするだけでは得られない学びがありました。

 

今期の授業で見たのをざっと挙げてみると、Eternal Sunshine of the Spotless Mind (2004), The Seventh Seal (1957), Fargo(1996), Taxi Driver(1976), Breathless(1960) を見てました。他にも色々ありますが、映画通の方はぱっと見でわかる通り、アメリカ映画だけでなくフランス映画とか他国作品も見てるんです。普段自分が見る映画は基本北米映画でディズニーブランド以外の作品は大体が好きな監督や俳優が出ているものを選ぶので他からこれを見なさいと言われて見ることは今までもありませんでした。ちなみに過去には黒澤明監督の「用心棒」をクラスで見せたことがあるらしいです。

 

しかも、この授業の良かったところは毎週トピックがあり1週目は撮影技法、ある週は演技、別の週は編集、さらに音楽など映画制作において重要なパーツを週ごとフォーカスしてディスカッションするんです。フィルムスクールとかで習うような内容でも、英文学の分野の範囲として一般のカレッジでここまで扱ってくれるのは本当に嬉しかったですし楽しかったです。

 

ただ厄介だったのはこの先生、メールを返してくれないんですよね() エッセイを書くときにTheisis Statementやトピックについて相談のメールを送っても返って来なくて翌週の授業でギリギリになって直接聞きにいくということが何回かありました。また、小テスト(クイズです)が2回、期末試験がありましたがその範囲がMoodleというGoogle classroomみたいなプラットフォームに投稿されてない範囲(わんちゃん私が見落としてただけ説)も出てきたりしてかなり困りました。また期末試験はライティングの問題数が多くて2時間あった中でも、とても全問解ききれませんでした。

 

ただ、授業自体はすごく楽しかったですし、自分の映画の見方を変えるきっかけにもなりました。

 

 

 

 

はい、ということでここまでを前半とします。一般的なカレッジだったら、カナダやアメリカ、もしかしたらオーストラリアとかもこういう授業やってるかもしれないので参考にしてみてください。ただ先生によって授業の内容は同じカレッジでも大きく変わるためそこだけお気をつけて。

 

後半はFINE101と109について語ります。近日中の更新を目指しますのでどうぞお楽しみに。

 

 

Dec. 12, 2024

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

期末課題が山積みで先月は全然投稿きてませんでしたが、今月はできるだけ投稿していきたいと思います。

 

さて、クソほど忙しい時期でしたが、この週末ひと段落ついたので2年ぶりにVancouverへ3泊4日のバケーションをしてきました。昨年9月にPGへ来て以来、日本への帰国はおろかPGの外に出ていなかったのでどこかへ出かけるという行為自体が本当に久しぶりでした。

 

 

 

ご存知の方は多いと思いますが、カナダは多国籍国家ということで日本人留学生や移民も多く特にVancouverには日本人をはじめアジア人がとても多いです。一方私が普段生活しているPGは日本人はほぼ0でアジア人もあまりいないため、空港に着いた時すぐに日本語が聞こえてきたことにとてつもない新鮮さを感じました。第一言語でありながら、それをリアルで聞くことがない時間が長かったので第一声を聞いた時には思わず声に出して驚いてしまいましたし、ダウンタウンを歩いているときは多くの日本語が聞こえてくるためまるで東京にいる気分でした。

 

私がこの1年ちょっとPGだけで過ごしていた期間、インドやバングラデシュ系の移民や留学生が集団で母国語で騒いだりしていることが問題視されていたため、「英語を話さない=ディスリスペクトフル」だと感じてしまっていました。それはやはり英語を学びにきている身からすれば英語圏の人からしたらなんの意味かもわからない言語を話すことは絶対に良くないと感じていたからです。Vancouverに来た初日も聞こえてくる日本語に正直嫌悪感がありました。

 

 

でもちょっと自分の中での思いが変わったのは2日目。あまりにも伸びきってしまっていた髪の毛をどうにかしようと思って訪れた日系美容院での出来事でした。施術を担当してくれた方はまだカナダに来て1年経っていない日本人の方で、ずっと日本語で会話していました。先述の通り、1年以上日本人とは会っていなかったため久しぶりの日本語での会話でした。自分が言っていることが100%そのままのニュアンスで伝わること、ローカルな話題で盛り上がれること、自分の経験や努力を話したときに日本語で褒めてもらえること、全てが嬉しかったです。英語が通じなくて悩んで困ったことはあまりありませんでしたが、母国語で共通の話題で盛り上がれることの安心感や多幸感はこれまで感じたことがなく、今まで否定してきたことを少し肯定的に考えることができるようになった気がします。

 

とはいえ、私の英語もまだまだ発達途中ですし、聞きたくない日本語も聞こえてきちゃうのでまたしばらくはいいかな、と思っています。

 

 

 

 

帰国というワードで思い出しましたが、2004年生まれの私は来月成人式を迎える世代でもありますが、私は予定通り帰国しません。20年目を祝うことよりも2年で成長してまたVancouverの地に帰って来れたことの方が何倍も価値があると思っています。2年経って街自体変わったところもあれば、変わっていないところも多かったですが、私自身は前よりも圧倒的に英語が喋れるようになってたしカナダのことにも詳しくなっていました。それを実感できたことは今後の自分のステップアップにもつながると思います。できたら来年もこのくらいの時期にVancouverへ行きたいです。日本にはまだまだしばらく帰らないつもりです。Vancouverでも十分日本を感じたので()

 

 

ということで、今回はVancouverへの帰郷話でした。

 

 

Dec. 2 2024

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

 

ここ最近、日本国内における外国人関連のトラブルや事件がTwitterやインスタグラムなどで話題になっており、日本の移民に関する扱いがガバガバすぎるのではないのかと頻繁に議論されています。先日の「真実と和解の日」でも書きましたが、日本は単一民族の国家で世界的に見れば独自の文化と言語で自立している珍しい国家です。そのため、一般的な日本国民はは移民、観光客、人種に限らず、外国人に対して非常に高い壁で隔てているように個人的に思っています。現に、カナダだとあまりForeigner(外国人)という言葉をそもそもあまり耳にしません。

 

カナダは移民の国として現在は本当に多国籍な国家となっており、バンクーバーやトロントなどの大都市はもちろん、私が今住んでいるプリンスジョージにもたくさんの移民が暮らしています。

 

今回は移民に対して現在の日本について思うこと、カナダの移民の状況も少し含みながら個人的な意見をブログとして残してみようと思います。

 

 

 

まず、今SNS上で取り沙汰されている外国人の問題の一例に奈良公園のシカに対する動物虐待があります。おそらくこれは観光客による悪態で、奈良県民ないし日本人は神出鬼没のシカに恐怖する人さえいます。そのシカを殴る蹴るするというのはよほど暴力行為に慣れている人たちなのかなと思ってしまいます。また、東京の渋谷や新宿歌舞伎町は元々あまり治安の良くない場所でもありましたが、最近は外国人観光客と移民の増加もありさらにカオスになっています。日本ではコンビニで簡単にお酒が買えて路上飲みもできる場所が多くて、それは世界的にもおそらく珍しいことだと思うのですが、その自由さが今よりカオスを増進させている気もします。

 

そして、よく議論されているものの中に、「外国人が英語で話しかけてくる」というものがあります。これは日本国内において、一般の日本人に外国人が英語で会話をしてくるというケースの話です。周知の通り、日本人で英語が話せる人は結構少なく、特にスピーキングに関してはそもそも英会話をする機会がほとんどない生活をしていれば喋れるわけがないんですよね。逆にいうと、日本はこれまで英語が話せなくても仕事や学校、社会で生きていくのに困ることがなかったというわけです。ただ、もう今のオワコン化した日本経済や政治のことを考えれば将来本当に日本で暮らし続けていくことができるのか不安になってしまいます。話がそれましたが、その経緯もあり日本人のイングリッシュスピーカー人口は少ないため、英語で話しかけられても困ると訴える人が目立つようになりました。これは私の個人的な意見ですが、日本の小中高の英語教育がどうしようもないのはおいておいて、日本に来る以上最低限日本語を勉強してから来日するべきですよね。実際、私たちがアメリカやイギリスへ行った時に英語で頑張って話しているわけですし、英語が通じて当たり前のマインドは迷惑とも言えます。文化的な部分でもそうですが、日本のことをちゃんと知ってもらうためにも郷に入っては郷に従って欲しいです。

 

本当に一部の迷惑な人たちせいでその人種や国レベルでヘイトが向けられていることが多く、日本のスラム街ことSNSのコメント欄はそういう人たちのせいで関係のない人まで攻撃されていることが多々あります。ただ、これらの問題を解決するのは世界中で戦争や紛争をなくすのと同じくらい難しいことでしょうね。

 

 

 

 

 

そして、カナダのことです。冒頭に触れた通り、カナダは世界でも代表的な多国籍国家の1つ。アジア、東南アジア、南アフリカ、ヨーロッパ、中南アメリカなど本当に幅広い国と地域から人々がやってきて暮らしています。ですが、最近になってカナダ人の視点から見て移民があまりよく思われていないことを知りました。

 

具体的に言ってしまうと、インドやバングラデシュからの移民に対するヘイトが徐々に増えてきてしまっています。それは、残念ながら彼らのカナダ国内における行動と結びついています。彼らもまたヒンドゥーなどの独特な文化を持つ人々で日本人以上に集団でいることを大切にしています。また、カナダ国内においてインド系移民の数は非常に多く、よく言われているのはTim Hortonsはもはやインドのカフェだというようなもので、実際店舗に訪れてみるといわゆる北米の黒人白人のスタッフは驚くほどすくないです。またバンクーバー郊外では住宅街で大騒ぎをするインド人の集団がいたり、トロントでは永住権を取った人を祝福するという名目で馬鹿騒ぎしていたりと、カナダ国民から非常に怒りを買うような行動を彼らは起こしてしまっています。

 

私も実は彼らに対してはあまり好印象はありません。平気で授業で途中入退出やずーっとしゃべっていたり、ホールやトイレでも大騒ぎしていたり。彼らは母国語を大声で話しためぶっちゃけ内容は何を話しているのか知りませんが、一度あったのは私がトイレの扉を開けた時に集団で大量にいて、対してい1人で私は「コリアンだ」と笑われました。愚かすぎて怒りの感情はなく、それも含めて私が出会ってきた中東系の人々の8割がたは迷惑な人たちで、本当にいい人たちだと思ったのは片手で数えられる程度です。正直言って、そんなに母国語が好きなら祖国に帰って好きなだけ話していればいいのに、とキャンパスに他に日本人がいない私は思ってしまいます。

 

ちなみに、カナダ政府は先日、新規の就学許可証(学生ビザ)の発行の制限を発表しました。政府も本格的に荒れてしまった移民制度にけじめをつけ始めているようです。

 

 

 

最後に、日本はこれ以上移民が増えると本当にカナダと同じようなことになるとおもいますし、日本人の生活が日本で脅かされることはあってはいけません。ただ私はそこまで心配してないです。それは、日本が何世紀にもわたって単一民族としての文化や言語を守り続けてきた国家だからです。経済や政治次第では一瞬で滅びると思いますが、国民の力は他国と比べても非常に気高いと思います(これが侍魂だったりして)。

 

とにかく、共存できる世界を求めすぎても、拒みすぎても結局戦争になってしまうと思うので今まで通り日本はある程度外国人との壁があった方がいいのかなと思ったのが結論です。ですが、小中高の英語教育にだけは全くもって賛同できないのでそれは今度お話ししたいと思います。

 

 

 

今回も非常にシリアスな話題になりましたが、どんな状況でもできるだけ自分の意見や立場を主張していきたいと思うので心穏やかに見ていただければ幸いです。ではまた次回の更新もお楽しみに。

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

 

先日カレッジで職員の方々と話をしていた時に興味深い話題になりました。

 

「日本人ってタトゥーに対してあんまりよく思ってないのよね?なんでかしら?」と聞かれました。

 

いや実はこれ、日本人以外と話をしているときに本当によく聞かれるんです。

 

ということで、 今日はネットでもよく議論されているタトゥーについて扱っていきたいと思います。

 

 

 

私たち日本人にとってタトゥーという言葉よりも、刺青の方が印象的でしょう。いわゆる和彫というものはヤクザだったりガラが悪い人たちが入れているイメージが強く必然的に悪印象なのが現状です。タトゥーと刺青に厳密な違いはないようですが、タトゥーはどちらかというとおしゃれで入れていたり、見えない部分にワンポイントだけ入れている人のようなイメージが個人的にはあります。

 

じゃあタトゥーないし刺青を入れることについてどう思うか、これについては私は少なくともタトゥーが入ってるか入ってないかでその人を判断することはしませんし、私は将来的にタトゥーを入れたいと思っています。ですがそれは海外に行ってそう思うようになり、それまでは逆に興味がありませんでした。

 

私がカナダに来て1年が経ちましたが、クラスメート、カレッジのインストラクター、小売店やカフェのスタッフ、警察官、ルームメイトなどなど出会ってきた様々な人がタトゥーを腕や足など見える位置に入れていました。これにより、よく言われている「タトゥーを入れていたらちゃんとした仕事に就けない」というのは私の中で違うだろうという結論になりました。多様性の時代と言われているおかげかもしれませんが、個人的には「タトゥーが入っている=反社的、危険のある人物」というのはもうすでに成り立たない理由になりつつあるのかなとも思います。

 

ただ一方で、子供がタトゥーを入れたことに対して絶望する親の様子がSNS上で出回っています。これにより、「やはりタトゥーの印象が悪いのは世界共通だ!」「タトゥーなんて入れるやつは頭がイカれてる」というような意見も多くみられました。当然、いまだにタトゥーに対してのイメージは100%良いものではないでしょうし、嫌いな人は嫌いだと思います。実際、私の元クラスメートもタトゥーを入れた時に親に絶望されたと言っていましたが、それは結局親に黙って入れていたことが原因でしたし、タトゥーを入れること自体にヘイトがあるだけではなさそうです。

 

タトゥーを入れる側の人間(特に日本で生活する人)は少なからず理不尽な偏見や厳しいルールのもと生活することになります。ですが別にそれは気にすることではないですし、人としてのモラルを守る(温泉には入らないとか)ことができているなら全く問題ないと思います。タトゥーが嫌いな人は嫌い、それ以上もそれ以下もないと考えきるのが妥当です。

 

 

 

私がタトゥーを入れたいと思っている理由を解説します。私は元々、色々な物事に対してやってみたいという思いが結構強くタトゥーもその1つでした。私は日本に帰国して末長く暮らすことを考えていないですし、カナダでは別にタトゥーを入れてようが入れてまいが偏見を感じることはあまりありません(入れたら気づくことはあると思いますが)。もし仮に、帰国して日本で暮らすことになってもタトゥーを入れることで温泉やサウナへのお誘いを断れる口実にもなります笑笑(私は両者とも嫌いなので)。

 

まだどういうものを入れるかは考えていませんが、私もアーティストの端くれなのでデザインは自分で考えたロゴのようなものにして、左胸か左腕に入れようと思っています。左胸の中には心臓があるので私の体を動かしてくれてる大切な部分です。だからそこに自分が考えたデザインを刻むことには何か意味がある気がします。左腕はただ単に好きなアーティストがそこに入れていたからです笑。とにかく、タトゥーは残り続けるものなので、残したいものを入れたいと思います。

 

逆に、入れたくない部分は手、顔、首です。手は絵を描く重要な役割を持っていますし、顔は目立ちすぎます。首は彫られている時に切られているような感覚になりそうなので怖いからやです。そう考えると腕や胸は必然的に選択肢に残ります。あ、あと背中に入れるのもまさに極道、って感じがしてその道の方々に失礼な気がします。和彫は個人的にかっこいいと思いますけど自分の体には似合わないと思うのでなしですね。

 

 

 

 

タトゥーに関しては本当に色々な意見があっていいと思いますしそれぞれの意思が尊重されるべきだと思います。入れたい人も、入れてる人も、入れたくない人もそれぞれ自分がどうかだけ考えてくれればそれでいいんじゃないかなと。その上で、入れた人は、施設にルールがあるならそれに従う、これを徹底しないとタトゥーを入れているすべての人の印象まで悪くなります。それを理解した上で入れるか入れないかを決断するのがいいですね。

 

 

これからもタトゥーに関しては色々な意見を聞いたり見たりしてみたいと思います。

 

 

Oct 4 2024

 

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

 

大変忙しい中ですが、カナダ時間9月30日の本日にどうしても投稿したい内容があったのでブログを更新したいと思います。

 

本日9月30日はカナダ全土で祝日です。なんの祝日かというと「National Day for Truth and Reconciliation」という名前になっており、日本語に訳すと「真実と和解の日」となっています。実はBC州では昨年に国民祝日となった新しい記念日です。「オレンジTシャツデー」とも言われています。

 

ご存知の通り、カナダは現在世界各国からの移民を受け入れ多様な文化が入り混じる非常に多国籍な国です。ですが、そのカナダも元から根付いていた先住民の文化がありました。その先住民のコミニティは長年国内で差別を受けたり、中でも悲惨な黒歴史とされているのが彼らの子供が通う学校(寄宿学校)で起こったジェノサイドでした。それがつい十数年前まで行われ多くの幼い子どもたちの命が奪われました。

 

2008年、当時カナダの首相だったステファン・ハーパー氏はこの事実を政府として認め公に謝罪しました。この時に、長年行われてきた差別的事件の調査委員会が立ち上げられ、その委員会の名前が「Truth and Reconciliation Commition for Canada」で祝日の名前の由来になっています。この委員会の調査により、寄宿学校ではネイティブ言語(民族ごとの伝統的な言語)を禁止し強制的に英語のみで生活させたり、ヨーロッパ系移民の子供との大きな教育格差、またそれによる就職や生涯年収への影響、そして何よりも身体的・性的虐待が行われていたことが明らかになり、2015年にそれらを文化的ジェノサイドとして政府は報告しました。

 

オレンジTシャツの由来も悲しいことにこのジェノサイドの中で起きた1つの事件が由来しています。寄宿学校に通っていたPhyllis Jack Webstadさんが初登校の日に祖母からもらったオレンジのTシャツを着ていたこと、そしてそれを含む彼女の私服を奪われた事件です。この事件も移民による同化政策のために起きたことです。彼女は自身の体験を世の中に伝え、オレンジ色のTシャツはそれらの出来事を風化させないため、語り継いでいくための象徴とされ、のちにオレンジTシャツデーにつながりました。

 

この真実と和解の日やオレンジTシャツに関連したものでよく見るワード、「Every Child Matters」という言葉は直訳通り、すべての子どもの命が大事という意味です。同化政策によって奪われた命、傷つけられた子供達を忘れないこと、それらを繰り返さないことを訴えています。

 

 

現在のカナダでも、たびたび先住民コミニティの人々への差別は起きています。私も大変恥ずかしながら昨年までこの祝日のことや歴史について知りませんでした。私がいるPGでも先住民の血を継いでいる人々は多くいますし、身近にもその人がいます。カナダに留学している以上、そういった歴史的なことを知らずに生活するのは非常に失礼であると思い、今回は自戒の意味も込めてブログに残しました。

 

 

 

ちなみに、ディズニー映画「BROTHER BEAR」はカナダの先住民族とその文化にインスパイアされて製作されたアニメーション映画で私のお気に入りの作品です。カナダの美しい自然や過酷な環境、先住民文化の魅力が詰まっています。ぜひみていただけたら嬉しいです。

 

 

 

今回は非常にシリアスな内容になりましたが、大事なことなので書き残しておきました。

 

*今回のブログを書くにあたり以下2つのサイトを参考文献とさせていただきました。

https://canadajournal.com/orange-shirt-day-truth-and-reconciliation/#:~:text=%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80%E7%94%9F%E6%B4%BB%20%3E%20%E8%A6%B3%E5%85%89-,%E3%80%902024%E5%B9%B4%E3%80%91%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%84%E3%83%87%E3%83%BC%EF%BC%88%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%81%A8%E5%92%8C%E8%A7%A3%E3%81%AE,%E6%97%A5%EF%BC%89%EF%BD%9C%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80%E3%81%AE%E7%A5%9D%E6%97%A5&text=%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%812021%E5%B9%B4%E3%82%88%E3%82%8A,%E6%B3%95%E5%AE%9A%E7%A5%9D%E6%97%A5%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

 

 

 

September 30 2024

お久しぶりです、Seiraです。ここ半月ほどカレッジの方で大変多忙を極めていたため、普段からやっているイラスト、ポートレートスケッチなどをはじめ、アメブロもなかなか更新できていませんでした。まだまだこれからもっと忙しくなると思いますが、できる限りの範囲で続けていこうと思います。

 

以前から触れていたように私が昨年から在籍しているPGのCollege of New Caledoniaに来た目的は、バンクーバーのEmily Carr Universityとの編入提携をしているFine Arts Programという美術の1年課程プログラムで学ぶことでした。その入学条件を揃えるために昨年秋から今年春までEnglish Languageという語学学校クラスで英語力をつけてきました。今回お話しするのは、そのFine Artsへの入学申請、それから現在に至るまでの体験談です。

 

結論から言うと、今月から入学できるだろうと思っていたFine Artsは入学許可が降りませんでした。

 

そもそも、私がFine Artsへプログラム出願を申請したのは昨年12月末、ちょうどクリスマスの頃です。それまでの間、何回かStudent Advisor(履修計画を立てる際のサポートをしてくれる人たち)と面談を行い、入学要件などをカレッジのHPだけでなく対面でしっかり確認した上で申請を行いました。普通なら申請から2週間程度で入学の可否がメールで通知されるのですが、年末年始を挟んでいたこともあり、なかなか結果が通知されなかったので1月末に一度入学事務局へ行きその時点でのステータスを確認してもらったところその時に言われたのは「90%くらいは終わってるわね、今入学要件とかを確認してる段階だと思うからあと数週間で通知がいくわよ」とのことでした。その時はその言葉を信じる以外何もありませんでした。

 

それから約2カ月後の3月中旬。出願してからは3カ月以上経過していましたが、ようやく通知が届きそれには「プログラムはすでに満員のため、あなたの席は確保できませんでした」という内容が書かれていました。散々結果を待たされた挙句、その内容はネガティブで更にその理由が席が満席だから、と言う部分に私は納得できず、事務局に確認しに行くと、そこで言われたのは「同じようなプログラムは他の大学でもやってる。バンクーバーに行けばもっと色々あるんじゃない?」というようなもので、傷心しきっていたのであまり当時のことを思い出したくないのですが、とにかく酷く扱われたのを覚えています。

 

このことを英語プログラムの担当の先生に相談すると、やはりこの内容には違和感を感じたようでした。先生が言っていたのは「自分が教えているクラスの生徒がそういう扱いを受けていることが許せない」ということで、私がただ1人の学生にも関わらずこの問題にすぐに動いてくれて、更には彼の上司である英語プログラムの学部長とも話をしてくれました。

 

4月、学部長の方からFine Artsの教員を紹介され、自分の最近描いた絵と入学したい意思を伝えました。その後、学部長からAssociate of Arts(リベラルアーツ学部のような理科系、文系、さまざまなクラスで単位を取れるプログラム)を出願して、Fine Artsのプログラムの中にあるクラスをとる方法でいけると言われたのですぐに出願しました。

 

6月ごろにはFine Artsの先生と1体1でメールのやり取りをするようになり、各クラスの履修登録の許可を公式に得ることができました。この時点で私はほぼ問題なくクラスを受講し、編入に必要な単位を取ることができるだろうと思い込んでいました。

 

そして7月。事態はまた悪い方向へいってしまいました。秋学期と春学期の履修登録が7月上旬に始まったのですが、私の場合イレギュラーな状況だったため、入学事務局へ直接履修登録をしに行きました。ところが、そこで言われたのは「プログラムに入っていない以上そのクラスを取ることはできない」というものでこれまで学部長から受けたアドバイスを全てなかったかのように言われてしまったのです。もちろん、学部長からのアドバイスでやってきたこと、教員からの履修許可を得ていることなど、自分の勝手な判断でここまできているわけではないことを何度も訴えたものの、その時に話した事務員には適当にあしらわれてしまいました。

 

その後、もう一度Student Advisorと話をして確認したところ、入学事務局が今回のようなケースの学生の履修登録を許可するにはその学部長からの許可が降りないと彼らは動けないということでした。要するに、Fine Artsの学部長が許可を出さない限り、クラスの先生が許可を出しても公式にそれを受講することができないらしいのです。

 

そこからまた1カ月ぐらいFine Artsの方の学部長と話をしたりしましたが、結果的には状況は良くならず、唯一Fine Artsの中にある美術史の授業だけは履修許可が公式に降り、現在はそれを学ぶことができています。

 

 

長期間、たくさんの人とメールのやり取りをし、何回か希望を与えられて、でも毎回バッドニュースを聞き、自分がここへ来た理由をなくして、これまで頑張ってきたことは一体なんだったのかわからなくなり、一時は心がボロボロになりましたが、カレッジ側の対応があまりにも酷すぎてこちらが傷心するのも癪に感じてきてしまい、「そうかそうか、つまり君たちはそういう奴らなんだな」と思うようになりました。また、驚くことに私と同じような問題を抱えていた学生が英語プログラム内に他にもいたらしく、今回のことでこのカレッジは留学生への扱いがどういうものか知ることができました。

 

一応今のことを話しておくと5月ごろにもしFine Artsに入学できなかった場合の対応策としていくつか他のクラスを登録していました。そして現在学んでいるのは2つの英語クラス、そして美術史のクラスです。これらについてはまた後日別のブログに書こうと思います。また、Fine Artsは来年度の方にも先日出願を済ませました。今回は出願受付開始直後に申請したのでもう同じ理由で拒否られることはないと思いますし、その理由で断られる筋合いはありません。今からの一年を無駄にするか意義のあるものにするかは今後の自分次第ではありますが、私の大学へのプランが1年遅れた事実に変わりはありません。

 

さて、当該の問題を解決することはできませんでしたが、そこから学べたことがあるので共有しておきたいと思います。

 

1つ目は、「自己判断だけじゃなくて必ず第3者から助言を受けること」でした。これはトラブルとかに限らず、自分が何かのために決断をするときは必ず誰かに相談することが重要だと思います。今回の場合、アドバイスを受けそれに従ったことで全てを自己責任として考え込まなくて済みました。他人に責任を押し付けるという意味ではなく、自分だけの問題じゃないと思えることで精神的に落ち着くことができます。あとは、自分の感覚を過信しすぎないことや間違った選択をしないためにも必要なことです。最終判断をするのは自分なので誰かが言ったことをそのまま受け入れる必要はありません。意見や選択肢は幅広くあった方がいいということです。

 

2つ目は「海外はとにかくメールの返事や行動が遅い」ということです。よく聞く話だとは思いますが、これは本当です。メールを打っても数週間平気で放置されたり、お願いしても全然対応してくれないことが多くあります。日本の対応が良すぎるというのもあると思いますが、やはり日本人の我々からすればこちらの方が異常なわけです。こちら側でできることとしてはリマインドメールを送ること、直接話をつけにいくことなどです。私が返事を待たされていたときも余程のことがない限り、ただ待つことだけはしないようにしていました。とにかくなんらかのアクションを起こすこと、それを意識するだけでのちに後悔することが減ります。

 

3つ目は「信頼関係を作ること」でした。海外では仕事探しなどでもそうですが、コネクションがあるとないとでは結果に大きな差が出ます。私が今回の問題を解決しようとしたときに決して1人では何もできませんでしたが、英語プログラムの時に先生とよく話していたことでいい関係性を築けていたことが大きく影響しました。ましてや私の周りには今日本人がいないので何かあった時に相談できる人がいたことは本当に救いだったと思います。成績優秀でいることが重要ではなく、いい印象を残しておくことが大切です。

 

 

 

あまりいい話ではないですが、私は当該の問題を無かったことにするのではなく1人の留学生の体験談として残していくことにしました。今までこういった体験をしたことがなかったのである意味貴重な体験をしたような気もします。

 

とにかくカレッジには連絡を早くしてほしいのと、こういう問題を起こすのなら留学生を最初から歓迎しないでほしいと思いました。

 

 

 

September 26 2024

 

 

 

 

 

みなさんこんにちはSeiraです。今週からカレッジの方では新学期がスタートし、語学学校のクラスを卒業したことで私も今月からは晴れて100%フルタイムのカレッジ生となりました。と同時に、ちょうどPGに来てから1年が経ちました。今思えば色々な出来事が数日、数ヶ月前のように思い出されます。

 

さて、このアメブロの更新が活発だったことからわかると思いますが、私は8月の1ヶ月間は完全にフリーの夏休みを満喫しておりました。ところが、先日まで私は語学学校のクラスにいたこと、パートタイムの学生だったことからアルバイトができずにいました。そのため非常に金欠でどこへも旅行をすることができませんでした。そんな中ですが私はなんとその1ヶ月に3つの日雇バイトをしてきました。今回はそれについてご紹介していきます。

 

 

*私がやったバイトはどれも個人間やカレッジとの1対1でのやり取りのため税金やビザによる制限には抵触していません

 

 

 

元クラスメートの引越しの手伝い

 

最初にやった仕事は英語クラスで一緒に勉強していたクラスメートとその家族の引越しの手伝いでした。アパートから一軒家への引越しでしたが近所であることと業者を頼むと高くつくことから、金欠だった私が駆り出されたのです。主な仕事内容としてはソファーや冷蔵庫、大量の段ボールをトラックへ積み下ろし、新居へ運び込むというものでした。一応ガタイには恵まれていたので力仕事はよく頼まれるんですよねぇ...。引越しの日はめちゃくちゃ猛暑日でただでさえ汗をかきやすい天候だったのに大量の荷物を運びこまなければならず全員くたびれていました。

何rよりも大変だったのは元々住んでいたアパートが3階+ベースメントという縦長物件で階段を幹にして葉のように部屋がいくつかあるような家で、階段の上り下りがとにかく大変でした。私はスポーツは全くしないし、その頃は外が暑すぎて基本的に室内生活をしてたため久しぶりに全身を動かしたことで過労が半端なかったです。引越し作業が一区切りついたところでご飯も用意してもらったし、給料だけでなく韓国土産も色々もらえたのでよかったです。家に帰ってからはくたびれていました。お給料は1日で$100いただきました。

 

 

 

キャットシッター

夏休み中一番楽しかったのがこの仕事でした。私が今住んでいる家のルームメイトのクラスメートが旅行中の4日間、猫の面倒を見て欲しいということだったので私は駆り出されました。実家で猫を飼っていたことで大体のことは慣れているので全然余裕でした。仕事内容としては家主のいない4日間、1日に2回ご飯をあげる、たまに遊ばせる、トイレの掃除、水の交換でした。基本的にお猫様は自分たちの世界で自分たちの人生を満喫しているので人間にはお構いなしなので、家のものを壊したりしないかなど最低限気にかけていれば問題ありません。その4日間は泊まり込みで過ごしていましたが、NetflixとDisney+を使っていいとのことだったのですごく快適でした。一方猫様はというと基本的に人見知りらしく、初日は特にご飯をあげる時以外は距離を取られ、冷たい視線を浴びせられました。2日目からは側に寄ってきたり頭を撫でさせてくれたりしたのですが、それでも触りすぎると怒られました。家族でない限り、猫様のテリトリーに介入することは難しいようです。お給料は4日間分で$100いただきました。

 

この子がその時お世話になったお猫様、Nikaちゃん

 

 

 

カレッジの写真モデル

夏休み後半、カレッジのホームページ掲載用の写真撮影が行われ、そのモデルに参加してきました。別にホームページに載ることが目的ではなく、こちらの写真撮影に参加すると$100もらえるんです。実は同じことを2月にもやってお金をもらっていたので今回2回目の参加でした。やったこととしてはプログラミング系の模擬授業を受けてその様子をカメラマンにバンバン撮られる感じでした。最低限身なりを整えておけばいいだけなのですごく楽です。大体半日でぐらいで解散になりました。撮影は9月頭まで別のグループもあるらしく全日程が終わったところっで給料が小切手で支払われるようです。

 

 

 

 

 

ということで以上3つがこの夏にやってきたバイトでした。留学生はなかなか満足にアルバイトができる立場ではありませんが、コミニティを広げればそういうチャンスに巡り会える可能性は高くなると思っています。今後の留学情報の発信でもコミニティ作りの重要性を語ることが増えると思うのでお楽しみに!!

 

Sep 5 2024

みなさんこんにちは、Seiraです。

 

9月が始まりました。実は昨年の今頃日本を出てカナダ、Prince Gerogeへやってきたのでこちらにきてから早くも1年が経ちました。この1年はまじであっという間でした。

 

去年の出国の時のことを思い出すと今では笑い話になるだろうと思う事件が色々あったので今回は自戒の意味も込めて、ブログに残しておきたいと思います。

 

 

 

ビザ来ない騒動

一番大きな事件は学生ビザが発行されない騒動でした。元々、カレッジへの進学が正式に決定し入学許可証が発行されたのが昨年7月の頭でそこからすぐに学生ビザの発行申請を行いました。7月の下旬には指紋提出や簡単な面接などのバイオメトクステストを都内で受け、そこからビザの発行を待っていました。通常であればそのバイオメトクスから最低でも1ヶ月前後、長ければ半年かかると言われており、申請の時点で間に合うかどうかかなりギリギリでした。ところが、何日、何週間経ってもメールが来ず、時間だけがすぎていき、授業が始まるのが9月5日なのに、最終的には8月31日を迎えてしまいました。そして発覚したのが昨年の9月1日。既に何度もチェックしていたカナダ政府のホームページのマイページのメールボックスを再度よく確認していたところでした。結論から言うと、ビザの許可証が出ていたのです。しかも、バイオメトクスを受けたその日の夜に。なんと1ヶ月以上前に来ていたのにも関わらずそれが許可証だと気づかなかったのです。言い訳をすると、テストの結果を移民局に提出されましたと言う趣旨のメールだと思っていたのと、ビザの許可証がそれまでに来ていた書類と似たような見た目で気づかなかったのです。そうして、9月1日の夕方にそれが発覚し急いでエアチケットの購入を行い、既に進めていた荷物のパッキングを急ピッチで進め、祖父母宅に出国前の挨拶を予告なく行い、その日は結局ほぼオールしていました。

 

 

 

 

空港での事件

直前でエアチケットを購入したので割高でしたが、そんなことはあまり言ってられませんでした。通常であれば東京からPrince GeorgeまでVancouverを挟むのですが、当時は東京からいったんハワイのホノルル空港へ行き、そこからマウイ島のカフルイ空港へ行き、そこからVancouverという3箇所経由の方が安かったのでそのルートを選択しました。結果的に、東京からカフルイまではハワイアン航空、カフルイからPrince GeorgeまではWest Jetで計4枚のエアチケットを購入しました。

 

さて、実際に羽田空港に到着したのは出国が決まった翌日の9月2日の夕方のことです。午後8時台のフライトで行く予定だったのでなるはやでチェックインをしようとしたのですが、事件はこのチェックインカウンターで起きました。結論から言うと、9月2日に発つことができなかったのです。

 

私が今回ハワイを経由することで一時的ですがアメリカ合衆国に入国することになっていました。アメリカ旅行をされたことのある方はご存知だと思いますが、アメリカに入国する際にESTAという入国許可番号が必要になり入国者は全員これを取得しておかなければなりません。一度申請すれば2年間は有効なので、私は2022年の夏にSeattleへ行っていたのでESTAのことは全く心配していなかったのですがこれがまさかの仇に。実は2022年末で私のパスポート(当時は5年分の青い方を所持)が有効期限を迎えて更新していたことでパスポート番号が紐付けされていたESTAも無効になってしまっていました。ハワイアン航空のカウンターで気づいた私はその場で申請しましたが当然、時間はかかるためその日に出国することができなくなってしまったのです。

 

その後、羽田の近くに住んでいる親戚の家に泊まらせてもらい、予定していたエアチケットを変更、キャンセルを行い、さらに翌日の9月3日に出国しました。結果的にWest Jetはフライト時間が合わず、Air Canadaに利用を変更しました。

 

 

 

 

 

 

はい、長々とお話ししましたが、まとめると、

・とっくに来ていたビザに気づかず、慌てて出国

・持っていたはずのESTAが期限切れでさらに1日遅れで出国

 

ということでした。

 

 

 

ビザのことに気づいた時やESTAの期限切れを指摘されたときはこの世が終わったかと思うぐらいテンパってあたふたしていましたが、それも今となっては笑い話にできます。それにしても、あれからもう1年とは...早すぎますね。

 

 

みなさんはぜひこんなアホみたいなことをしないようにしましょうね。

 

ではまた

 

Sep 1 2024

みなさんこんにちは、Seiraです。8月もとうとう下旬に入りましたね。私の夏休みもあと2週間をきりました。

 

さて、最近気になるニュースを見つけました。Netflixで日本とアメリカを除いた国と地域で1988年にスタジオジブリより公開された高畑勲監督のアニメーション映画「火垂るの墓」が配信が始まったそうです。多くの人が知っていることだと思いますが、ほぼ全てのジブリ作品は日本国内で配信を行なっておらず劇場以外では基本的に地上波放送もしくは円盤で鑑賞するのが主流です。ですが、欧米などではNetflixが主にジブリ作品を配信しています。そんな中で、今回飛び込んできたニュースがこの「火垂るの墓」の配信決定。この報道に対し、多くの人々が「なぜメインである日本で配信されないのか」「アメリカ人こそ見るべき映画だ」という声をあげています。まあそれはそうですね。

 

私自身、「火垂るの墓」は人種関係なく全ての人間に見てほしい映像作品、スタジオジブリの最高傑作だと思っています。今回のNetflixでの配信スタートは今作がより世界中の人々の目に焼きつく非常に意義のある出来事だと受け止めています。

 

今回のブログではなぜ私が今作をそこまで推しているのか、感想を交えながら語っていきます。

 

 

冒頭の衝撃

 

私が初めて「火垂るの墓」を見たのはおそらく小学校低学年ぐらいの時、金曜ロードショーか何かで放映されていたときでした。小さい頃から、戦争や未解決事件などを題材にしたドキュメンタリーや映画ドラマを見るのが好きだったので(普通に考えたらやばいですね)今作に興味を持ったのも自然なことでした。多くの人が共感することだと思いますが、今作は非常にショッキングな描写やセリフが多く取り入れられており、従来のジブリ映画のファンタジーさとは全くかけ離れたリアリティのあるホラー寄りの作品です。

 

物語の一番最初、「昭和20年9月21日、僕は死んだ。」という主人公の青年清太のセリフが私の中でどのシーンよりも印象に残っています。アニメーションといえば、本来明るく楽しい描写で溢れたものですが、今作は序盤から観客に衝撃を与えます。この映画の主人公はすでにこの世にいないもの、亡霊として描かれているわけです。そこから清太の遺体の周囲が見えていき、通行人がおにぎりを与えたり、駅員が近寄ってきたりします。そしてその駅員が清太が握りしめていたサクマドロップの缶を取り上げ、駅の外の草むらへ放り投げて落ちた衝動で、缶から妹の節子の遺骨が出てくるというここだけで1本のドラマが描かれています。この数十秒で私は「火垂るの墓」の世界に引き込まれました。この冒頭ほど衝撃を受けた映画はそうそうありません。

 

 

 

節子が死んだのは戦争のせいなのか

この「火垂るの墓」は戦時下で家族と家を失った清太と節子が二人で生きるストーリーですが最終的には節子は栄養失調による餓死、清太も節子を失った後同じく餓死します。私が子供の頃に見た時、二人が不幸になってしまったのは戦争というもののせいだと思っていました。ですが、どうやらそんな単純な理由ではないようです。どうやら、節子が死んでしまったのは、清太の行動や考え方も影響している可能性があるのです。

 

私がその考えに至ったのは、オタキングの愛称で有名なアニメの専門家、プロディーサー、ガイナックス初代社長の岡田斗司夫さんの生放送動画(正確にはアーカイブ)でした。彼によると、監督である高畑勲は「この映画は反戦映画ではない」と明言していたそうです。流れている映像を見ていれば、あの映画は戦争によって齎された悲劇を描いていると見て取れますが、実際に登場人物の人間性や行動を見ると「はだしのゲン」とは全くもって異なるストーリーになるのです。岡田斗司夫さん曰く、「清太は元々、当時高級だったカルピスが飲めるような裕福な家庭の子供でいきなり全てを奪われ何もできなかった」そうで、彼はある種生きることに困ったことがない人間だったのだと思います。だからいきなり家や街が燃え、母親が全身火傷で死亡、自国を守るために戦っていた尊敬する父親も戦死した状況では清太は何もできなかったのだと思います。疎開先のおばさんもよく酷い人だと言われていますが、居候させてもらっているのにあまり感謝の態度が見られなかったりなど実は清太の方が色々良くない部分があったりするのです。最終的に二人はおばさん宅を出て二人で暮らしますが、生きるためとはいえ清太は農家の野菜を盗んだりしてしまいます。当時の状況が状況とはいえ、不便な状況になったことがない清太は働いてお金をいただいて妹を養うという考えに及ばなかったのかもしれません。最終的に節子が餓死した理由は大変酷ですが、二人で生きていくと決めた清太が責任を果たせなかったことにあると思います。そう考えると、この映画は「戦争はいけないことだ」「戦争によって二人は死んでしまった」という観点だけでは見ることはできないのではないでしょうか。

 

 

この映画は清太の贖罪の話だった

節子が死亡した理由が清太にあるとしたら映画の冒頭とラストに全く別の意味が生まれてきます。先述した通り、この物語はいきなり清太が死亡するところから始まります。この時点で節子を失って数十日は経っており、完全に衰弱しきっていますが、これは節子を失ったことによるショックではないようです。映画を見た人ならわかると思いますが、節子はよくいるお兄ちゃん子、清太のことが本当に大好きなのです。でも、その大好きな清太とはお別れをしなくてはいけなくなってしまいました。清太は自分の手で節子を荼毘にふし、最終的に彼女の形見とも言えるサクマドロップの缶の中にわずかな遺骨を入れたのでしょう。岡田斗司夫さんも言っていましたが、私はこの時のシーンに非常に違和感を覚えていました。私は大切な人を亡くした時に火葬場に行くことができなかったので当事者の心情を全て理解することはできませんが、普通なら亡くなった人間を燃やすとき、涙したり悲しい表情をしたりするものです。でも、節子を燃やすときの清太は終始真顔。人形など節子の好きなものを棺桶に入れるときもずっと真顔なんです。このシーンにおいて多くの人の感想は「大切な妹を亡くし心が崩壊しきっている」「ショックで感情を失っている」だと思うのですが、私は捻くれ者なので「清太はこのとき、実はホッとしてたんじゃないか」と思ったのです。今までは少し駄々っ子な節子の面倒を見るのに自分が苦労しなければならなかったけど、その節子が死んだ今、ある意味しがらみから解放されたような気がしていたのではないか、と思います。現実世界でも、例えば闘病の末に亡くなった人のパートナーや子供が「長い介護が終わった、やっと一息つける」と思う時が少なからずあると思います。それと同じで、清太は節子を亡くし、ひとりになったことで文字通り自由に生きれるようになったのです。清太は節子が死んでからも二人で暮らした場所に戻らなかったことから、一人で生きようとしていたはずです。でも実際は節子の跡を追うように死んでしまった。この理由は岡田斗司夫さんの考察ではっきりわかりました。正確には節子を追うように、ではなく節子が清太を呼んだ、のだと思います。だってお兄ちゃんのことが大好きな節子だから。遺骨をずっと肌身離さず持っていたことは、ある意味節子がずっとそばにいたと考えられます。もしその遺骨が清太の生きる活力を奪ってしまっていたとしたら?冒頭シーンに話を戻すと、駅員が投げて落ちたドロップの缶の中から骨が出てきた時、9月ではありえない蛍が出現し、節子の霊を呼び覚ましてしまったのかもしれません。もしかしたら蛍というのは今作において霊のことなのかもしれないですね。

 

本編のラストで1988年の神戸が映され、霊となった清太と節子はその街を眺めます。でも実際は冒頭の清太と節子が電車に乗ってるところから1988年だったとも言われています。岡田斗司夫さんの考察は、「清太は自らの贖罪として永遠に自分が死ぬ瞬間を繰り返す運命になっている」というものでした。1945年の出来事は全て回想、清太がずっと同じ瞬間を繰り返しているのを私たちは見させられていたのです。大好きだったはずのお父さんやお母さんにも、清太は死後に会うことができていません。清太が死んでから居るのは天国でも地獄でもなく現実そのものだったのです。地縛霊と似た感じですね。ちなみに天国と地獄の中間地点にある場所を煉獄というそうです。

 

年齢によって見方が変わる作品だった

私が上記のような考えになったのはあくまで今20歳という年齢に達したからでした。初めて見た小学生の頃はとてもそんなところまで考えが及ばずただ悲劇の物語としてしか見れていませんでした。映画の感想や考え方は人それぞれですが、今作は見た時の年齢によって見方が変わる作品の代表例だと思います。それも、「子供の時にはわからなかったけど大人になってみてわかった!」という単純なものだけではありません。多分ですが、子供の頃に見ると節子や清太の目線で見れますし、高校生から大学生ぐらいになれば疎開先のおばさんのキャラクター性や清太に対して批判的な感想を持つと思います。高畑勲がこの話を幅広い年齢層が見るアニメーションとして世に送り出したことには大きな意味があるのかもしれません。

 

 

 

 

ここまでが本編の考察を交えた感想でした。岡田斗司夫さんの動画はこちらからぜひご覧ください。

メンバーシップ限定のコンテンツもあるようです。

 

 

 

 

 

 

より多くの人に

残念なことに「火垂るの墓」は近年地上波での放送が行われていません。一説では非常にショッキングな内容がコンプライアンス的に良くないと言われていますが、私はできるだけこの作品は世界中の多くの人々に見られるべきだと思います。戦争映画としてではなく、1つの芸術作品として非常に奥が深い作品です。はっきり言いますが「鬼滅の刃」や「チェンソーマン」などグロくてもお子様から大人気な作品が許されて、歴史的背景に基づいた今作のような作品が許されないことは理解ができません。非常に残念でなりません。

 

反対に、今回Netflixが配信を開始するというニュースはアニメーション映画好きとしても日本人としても非常に嬉しく思います。世界中からジブリ作品は愛されているし、多くの人々が興味を持ってくれるのではないでしょうか。この映画が配信されることで、再評価されることを楽しみにしています。

 

 

 

今回のブログは、清太と節子の二人のイラストで締めくくりたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。次の更新もお楽しみに。

 

 

 

 

Aug 23 2024