こんにちは!Seiraです!

 

先日投稿した20代を振り返るシリーズ、今回は第2弾小学校の6年間を振り返っていこうと思います!小学校は今の自分を形成するきっかけとなった出来事がいくつもありました。なのでポジティブなこともあるのですが、その反面ネガティブな部分もかなり出てきます(中学校編よりはマシです)。それでは振り返っていきましょう。

 

 

 

 

小学校時代

 

1年生の頃は新しい環境で周りの男の子たちが本当に怖かったのを覚えています。幼稚園のみんなが割と温厚でお互いに思いやりのある友達ばかりだったので、全く違う状況に非常にストレスを抱えていました。TVの話も、ゲームの話も、何も理解できない時期がありました。それもあって、休み時間は校庭で遊んだりするよりも教室の中で絵を描いたりするような日が続いていました。男の子たちと親密になってお互いの家に行って遊んだりするようになったのは入学してから半年ほど経ってからだったと思います。それまでは女の子たちと遊んだり話したりするのが好きだった、というよりもそのほうが安心できたのだと思います。ちなみにその間に一番下の弟が生まれました。一応夏休みには地域の子供クラブのソフトボール大会に出たりしたのですが、熱血系が怖くてずっと日陰のベンチでポカリを飲んでました。

 

自分の人生の中で最も大きな変化があったのは2年生の8歳の時でした。この頃にはクラスのみんなと仲良くできていて、スポーツは好きではなかったので一輪車や竹馬などを友達とやってました。割と平凡な小学生になりかけていた頃だったと思います。その2年生の時の大晦日に放送されていた紅白歌合戦を録画してみていた時のことでした。その年の紅白はミッキーマウスや沢山のディズニーキャラクターたちがステージに登場する豪華な回でした。この時、嵐の大野智さんによるウォルト・ディズニーの特集が同時に放送され、私はこの時に今まで当たり前に存在していたディズニーというブランド、キャラクター、そしてその他全ての基盤を作り上げたウォルト・ディズニーという1人の男の虜になってしまい、そこから私の人生の夢が決まりました。「彼のような、世界中の人々を笑顔にするものを生み出す人になりたい。そしていつか彼を超えるアーティストになる」わずか8歳の子供は、自分が生まれる約半世紀前にこの世を去った男にまるで魂を吸い取られたかのように、ディズニーの全てにのめり込んでいきました。

 

3年生の時、もうすでに重度のディズニーヲタク(通称Dヲタ)と化していた私は夏休みの自由研究をウォルト・ディズニーについてのレポートにし、世界各国のディズニーパークの概要、ミッキーマウスの変遷などについてまとめました。当然当時の担任は「こいつ完全にやばいやつだ」と思ったでしょう。最近その当時のレポートが実家で発掘されたのですが。完全に思想の強いヲタクそのものでした。ですが、当時の没頭ぶりは今でも変わらずに続いてると考えるとそれはそれですごいものです。

 

そして、もう一つこの時期に自分の中でぼんやりと思っていたことがありました。それは髪の毛のことです。周りの男の子たちよりもちょっと長めの髪(女の子のボブっぽい感じ)だったのですが、なんとなく短髪にすることに違和感がありました。明確な理由はなくただ単の好き嫌いの問題でした。また、この頃からぽっちゃりおデブちゃんになり、性格や外見も合わせると中性っぽいような雰囲気になっていた気がします。エピソードを加えると警察署の道場で行われていた空手教室に行っていたのですがそこで「男なんだから我慢しろ」「これぐらい理解しろ」など、かなり理不尽なことを言われたり、性別を理由に決めつけられたりしてメンタルがボロボロになっていきました。今思えば、この時既に自分の性自認について違和感を感じていたのかもしれず、余計に強くストレスを感じていたのかもしれません。そして何より空手とはいえ他人の殴る蹴るという動作を怖く感じていました。完全に武道不向きの人間だったんですよね。結果的に8歳から10歳ぐらいまでの2年くらい通っていたのですが、よく耐えたなと思います。ちなみに、帯は買ってないのでずっと白でしたが6級(緑帯)まで行ってたと思います。今のところ真偽は不確かですが実家に証明証書があります。

 

4年生の時、髪を短くしました。ところがどっこい、おデブちゃんだったので丸い顔が強調されてしまい大変なことになってしまいました。親や友達にもイジられていたのですがこの頃はそこまで気にしていませんでした。ご飯を食べることは好きだけど、スポーツは好きじゃなく部屋の中で絵を描いている方が好きだったので、これは流石にやばいと思った母は弟と私をスイミングスクールに通わせてくれました。元々幼稚園で通っていたり夏休み限定で行っていたこともあり縁のある場所だったので結構楽しかったです。サッカーやバスケ、野球が苦手で体を動かすことを避けてきた分、疲労はすごかったです。でも正直痩せたりとかはなかったです。

 

10歳の年だったので授業参観の一環で二分の一成人式がありました。その時にみんなで将来の夢について発表したのですが。そこで私が発表したのは「東京ディズニーランドのバルーンを売るキャストさん」でした。私はこのことをかなり後悔しています。なぜなら本当の夢はもっと壮大で、自分が心からなりたいと思っているものだったのに、周りの目を気にして現実的な夢にしてしまったのです。私が大嫌いだった先生がある時、友達に「〇〇、現実を見ろ」と言ったことが私の中でまるで自分が言われたかのようにトラウマになってしまい、私の夢は現実的ではないのか、そう思い悩んでしまったのが元の原因です。10歳はある意味子供時代の終わりだと私は思っていて、周りの大人たちの中には将来何になりたいのかを聞くときに具体的なものを求め出す人もいます。例えば「サラリーマン」「イラストレーター」「医者」などでしょうか。でもそれまでの子供達というのは大きくなったら何になりたいか聞かれた時に「仮面ライダー」「プリキュア」「お花屋さん」など自分が好きなものやふんわりとした憧れを夢とすることが多いです。私の場合「ウォルトディズニーを超える人になる」という夢を小さい頃から持っていたのですが、それは特定の職業を指しているわけではありません。アニメーター、映画監督、ショー演出、マーチャンタイザー、プロデューサーなど職業を指せば彼を目指すにしても本当に幅広いものがあります。絵を描くことやアニメーション作品を見ることが大好きだったからアニメーターを目指す、というこの答えに辿り着いたのはその二分の一成人式での発表の後でした。周囲の目を気にして自分の本質的な部分、大事な部分を大切にできなかったことに、母はかなりショックを受けたようです。それ以降、私はどんな時でも自分の夢を恥じることなく表に出すようになりました。そして今もその夢を抱き続けているからこそ、海外からこのブログを発信しています。

 

 

さて、長くなりましたがここからが5年生のパートです。ここからは私の内面的なことにフォーカスしていきます。この頃からとうとう私のダイエットが始まりました。きっかけとなったのは、担任や友達から他の肥満児のクラスメートと同類にされたことです。その肥満児のクラスメートを私は心の底から人間的に嫌っていて、その人間と同じカテゴリーにされたことがショックで自分を変えたいと思うきっかけになりました。そこから過度な食事制限はせず、週に一度の水泳とおやつを食べることで夕食を食べすぎないことを意識していました。

 

林間学校がなどの時に自分の体を見られることを意識してしまう子供は多いですが、私は自分の体を嫌うようになりました。自分の中でこの頃には体の性別と心の性別が大きく違うと気づいていて、男性の体でいることに酷く拒絶するようになりました。生まれた時から持っている自分の体なのに、成長と共に思っていたものと大きくかけ離れていくことが怖かったのだと思います。ある意味、身体的に成人することへの拒絶でした。

 

6年生の時は一番髪が長くてポニテにできるぐらい長かったです。運動会では組み立て体操があったので髪をしばりましたが、それは私にとって大きな変化でした。「髪を縛るなんて女みたい」と言われたからかもしれませんが、抵抗がありました。また同時期に先生から「髪をきれ」「卒業式に袴履いてこいよ」など今でこそ問題になりそうな言葉は何度も言われたことがあります。身内の中でも「男らしくしなさい」と言われたこともあります。確かに「らしさってなに??」と思うことはありましたが、それでも、その当時はLGBTQ+のことを自分も詳しく知らなかったこともあり、「私はこういうことを言われても仕方がない見た目をしてるんだ」と思うだけでした。もし、私が2020年代の小学生だったら、そんなことで思い悩んだり周囲から言われたりすることもなかったのでしょう。ですが、髪が長くても、心が弱くても、関係なく仲良くしてくれたのは幼馴染たちとクラスの女友達でした。放課後や休み時間の記憶は男の子たちと遊んだ記憶より女の子たちと遊んでいた記憶の方が圧倒的に多いし楽しかったです。当たり前のように感じていましたがこんな変わった人間と友達でいてくれたことは本当に感謝でしかありません。

 

 

小学生の後半は体の変化と共に精神的な変化が大きくありました。もちろん見た目の変化が凄まじかったのはいうまでもないですが...。今でこそ「あー、あの時ジェンダーのことで悩んでたんだな」と思いますが、無知というのは恐ろしく、自分が何者であるかすらも未知のままになってしまうのです。周囲の大人から言われたマイナスな言葉は褒められたことよりもよく覚えていますし、若干トラウマにもなっています。一時は不登校寸前まで精神的なダメージがありました。そんな中でも小学校が楽しかったと思えるのはクラスの友達たちの存在でした。光あり闇ありの6年間でしたが生涯忘れられない思い出がたくさん詰まっています。

 

 

さて、今回はここまでとなります。次回はさらに闇の底へお連れします。悪夢の中学時代です。

くら〜い話が多くなってしまいましたが、サムネは小6の際にフリグリで撮ってもらったスティッチ&エンジェルとの3ショットです!

 

April 8 2024

こんにちは!Seiraです!

 

実は、先日20歳を迎えました。

カナダや他の国の成人年齢は各国やその地域ごとに異なりますが、私は生まれも育ちも日本。ハタチを迎えるということはある意味自分の中の何かが大きく変わるような、そんな気がしています。そういえば日本もついこの前まで成人年齢20歳だったし、成人式(二十歳の集いっていうとこも出てきてるらしい)もタバコやお酒の解禁も20歳なのでやはり特別な1年という感じがしますね。

 

 

前置きが長くなりましたが、今回から約4回ほどに渡って私Seiraの20年間を振り返っていこうと思います。初回の今回は、生まれてから小学校入学までの出来事を書こうと思います。

 

 

幼少期(小学校入学前まで)

私は今から20年前の春に母の地元である山梨県の病院で出生し、1歳すぎまで父の実家がある神奈川県で過ごしていたそうです。その後、父の転勤がたまたま母の地元になりそれ以降は山梨で育ちました。それから留学するまではずっと山梨で暮らしていたので、神奈川での生活は記憶になく、親から聞いた話やたまに見るアルバム・カセットビデオからの情報しか知りません。

 

生後半年ごろに初めて東京ディズニーランドへインパークを果たし、それから1年に1度のペースで家族でパークに足を運んでいたそうです。初めてのキャラクターグリーティングはマックス(グーフィーの息子)でした。

 

1歳過ぎには東京ディズニーシーにも訪れ、その時はちょうど開園5周年だったり「アラジンのア・ホール・ニュー・ワールド」という伝説的なイベントが開催されていました。この頃ちょうど言葉をなんとなくぼやっと呟きはじめていたそうなのですが、パーク内の至る所にミッキーマウスやその形のものがあったので必死に「ミッキー!ミッキー!」と言いたげにそれっぽい言葉を言っていたそうで、後に母はこのことを呼吸発作にならないか心配だったと振り返っています。

 

ある意味生まれながらにしてDヲタだった私はパーク以外にも日頃からディズニー作品を見て育ちました。「ピーターパン」や「アラジン」「白雪姫」はVHSで何度も繰り返しみていたのを辛うじて覚えています。ピクサー作品もたくさん見ていて「トイ・ストーリー」や「モンスターズ・インク」「ミスター・インクレディブル」辺りは大好きな作品たちでした。

 

運命が変わったのは4歳になった頃。24時間ずっと一緒にいた親とすこーし離れて、幼稚園に通いはじめた頃でした。毎日登園が嫌で門のあたりで泣き叫んでいたようです。どれくらいの期間かは忘れましたが年少さんの1年間は泣いた記憶ばかりです。母も最初の頃はうるっとなったようですが毎日続いていたので「はい行ってらっさいー(棒)」と気にしなくなったようです。むしろ毎日泣きながら先生に担がれていく私を見て笑っていたようです。まあそうなるわな。

 

 

5歳ぐらいの頃、私の中で大きく変化したことがありました。それは特撮ヒーローの存在です。当時放送していた「炎神戦隊ゴーオンジャー」「侍戦隊シンケンジャー」「仮面ライダーキバ」「仮面ライダーディケイド」「仮面ライダーW」はディズニーかアンパンマンで育ってきた私にとってとてつもない刺激だったと思います。親は特撮ヒーローは1年で変わってしまうからという理由で変身ベルトなどのおもちゃをねだっても買ってもらえませんでしたが、とにかく夢中だったことは覚えています。さらには、幼稚園が非常に小規模なクラスで女子が10人に対し男子が3人だったため「セーラームーン」や「プリキュア5」なんかもめちゃくちゃ知っていました。同時期に「ドラゴンボール改」のフリーザ編がやっていたこともあり、そちらにもハマり、色々外の世界を知ったのがこの5歳の頃だったと思います。

 

そして6歳の頃。年長となってながーく感じていた幼稚園も最後の一年でした。先生や友達ともまるで第二の家族のように思っていたのでどんなことで遊んだとか何を話したとか、何で怒られたか、など人並み以上に記憶が残っています。最初はあんなに嫌に感じていたのにいざ卒園となると少し悲しかったです。

 

 幼稚園の3年間の間に実は色々やっていたことがありました。

1つは外部の英語クラスに通っていました。同年代の子達とネイティブスピーカーの先生で簡単なアクティビティをするような感じのクラスで、リアルの英語で楽しめるならと親が通わせてくれていたそうです。当然英語がペラペラではなかったはずなのですが、どうやってコミュニケーションをとっていたのか今考えれば謎です。もしかしたら他の子達と一緒に日本語で押し通していたかもしれませんが、それでも毎週1時間といえども、ネイティブと話せる機会があったことはすごいと思います。それもあって、小学校までにはアルファベットは一通り書けるようになっていましたし、ある程度の超基本的な単語は覚えていました。もちろんアカデミックなものや日常会話を習得したわけではありませんが...。

もう一つはフィギュアスケートでした。こちらは冬のシーズンだけでしたが地元のアイスリンクで行われているスケート教室で週末滑りに行っていました。多分4歳から始めたと思うのですが、そこから小学校6年生の12歳までずっと通っていました。小さい頃から滑っていたのもあって基本的なことは一通り習いました。最後にはジャンプ+スピンの練習もしたりしたのですがそれはできずに終わってしまいました...。プロを目指していたわけではないのですが、浅田真央さんや高橋大輔さんのパフォーマンスを見てこんな風に滑れるようになりたいと言っていたそうです。そんなんで一時期はマイシューズも持っていました。成長とともにすぐに履けなくなりました。

 

 

そんな色々な経験や興味があった幼少期ですが、何よりも夢中だったのは絵を描くことでした。スケッチブック(もしくは紙や広告の裏)、クレヨン、色鉛筆を握らない日はなかったと思います。スケッチブックや紙の使用量が半端なかったらしく、母が広告の裏紙を集めてスケッチブックを作ってくれたのはすごく思い出に残っています。ちなみにパチンコの裏紙はツルツルのプリント用紙なので色鉛筆やクレヨンと相性が悪く大嫌いでした!とはいえ、もらったスケッチブックはすぐに使い切るし、挙げ句の果てには弟のスケッチブックや落書き帳の紙をとってそれに描いていたりしました。絵を描くことは他の遊びをすることよりも私にとって重要だったんだと思います。

 

ちなみに絵を描くこと以外だと最初に言ったようにディズニー作品を見ることや、おままごと、ぬいぐるみなど女の子向けのものがかなり好きでむしろベイブレードとかポケモンは知識が皆無でした。特撮とドラゴンボールだけで男の子っぽいが出てた気がしますね。ちなみに親の教育方針でゲームはない環境で育ち、DSやWiiの存在を小学校に上がるまで詳しくは知りませんでした。

 

 

0歳から6歳までの期間を今回は振り返ってみました。共感してもらえたりしたら嬉しいです。また、アメブロはお母さん達がたくさん利用してると思うので、子供の立場になって一つ発信したいと思います。幼少期に抱いた興味関心は10年後20年後、また人生において強い影響を及ぼすことがあります。やってみたい、見てみたい、こういった声にぜひ耳を傾けてあげて欲しいです。イヤイヤ期と重なってわがままだなと思う気持ちもものすごくわかります(下の弟の時は本当に地獄でした)。でも本当に幼少期のインプレッションは子供たちの人生に関わる大切なものなので、ぜひチャンスを多く与えてあげて欲しい、そう思います。

 

なーんかめちゃくちゃ長くなりましたね。6年間を3000字にするとこうなるわけですか...。1年あたり500字...。本当はまだまだ書きたいこともあったのですが、書ききれなってしまうので今回はこの辺で。また思い出したら追記したり、別の記事でその事を描こうかなと思います。

 

では次回は小学校入学から卒業までの6年間を振り返ります!

今回もお付き合いいただきありがとうございました!!

 

April 4 2024

こんにちは、Seiraです!

 

ここのところ学業の方で忙しくなかなか更新ができていませんでした。

そんな間にPrince Georgeでは冬から春になりつつあります...!! あっという間に季節が過ぎてしまうので、まだかろうじて雪が残っている間にこの冬の厳しさをレポートしておきたいと思います。

 

12月から降り始めた雪はホリデーの時期と重なり、住宅街のイルミネーションとのコラボレーションによって幻想的な世界を作ってくれていました。これはぜひ、私の年末年始をまとめた以前のブログを参照していただきたいと思います。

 

 

1月の半ばには-30°とかいう訳のわからない数値の気温に達し、もうシベリアでもアラスカでもどこでも生活できそうな気がしてきました。雪というより、吹雪に近いような感じでした。ほぼ毎朝、除雪車が列になって道路の雪をかき分けていたので通学時にその光景を見るとまるでディズニーのパレードのような...。でも音楽はないし、めちゃくちゃ寒いし...。

そんな中でもバスは遠回りで時間もかかるので毎日片道20分、歩いて通学。我ながらよく生きていたなと思います。

 

 

2月には-30°まではいかないにしろ、-25°を記録した日もありました。この頃には寒い気温にも慣れてきてしまって「今日は寒いからこれ着ていこう」「今日はそんなにでもないからTシャツにダウンジャケットを羽織ればいいか」と、自分の中で感覚が定まってきました。ちなみに、学校のキャンパス内やモールなど屋内施設は非常に暖かいため夏の格好でも全然余裕です。むしろ重ね着したままだと汗をかいてしまいます。こちらの写真はとある2月の日の夕方の光景...。

 

そして、3月。ここ1週間は本当に心地よい天気が続いており、春の兆しが見えてきました。寒さが特徴のカナダ、Nothern British Columbia のPrince Georgeですが、もうすぐうさぎたちが活躍する季節になります。いやぁたのしみだ!!

 

 

March 11 2024

 

みなさんこんにちは、 Seiraです。

 

私が滞在しているカナダのBritish Columbia州、Prince Georgeでは1月には2日一回は大雪が降る日々が続いていたり、夜になると-30°に到達するほどの驚異的な冷え込みが続いておりました!!日本でも特に東北地方や北海道では毎年大雪や大寒波などで騒がれていますが、それでも−30°という数字は見たことも聞いたこともありませんでした。流石北国カナダ...。

 

Prince Georgeは物凄い時は−40°をも下回る数字が出るそうで、それを踏まえたら今年は全然大したことないそうです。マジかよおい... 。また、Vancouverの方は-10°もいかないようです。

 

今回はそんな雪国でのルーティーンをご紹介していこうと思います。せっかくなので今学期のスケジューリングに合わせてみます。

 

 

学校がある日のルーティーン

8:00晴れ

・朝は大体8時過ぎに起床します。

 

こっちは緯度が高いのもあってか、12月〜1月は日が昇るのが朝の8時過ぎと比較的遅いです。朝は当然ですが簡単には起きられません。絵に描いたような朝日に起こされることもありません(あったとしたらそれはもうすでに学校遅刻してます)

 

 

・そこから顔を洗ったり歯を磨いたりメイクしたりとありきたりなモーニングルーティーンを行います。そしてその間に、ツイステッド・ワンダーランドというディズニーのゲームアプリを起動させてキャラクターたちに授業を受けさせます。(オートプレイなので放置プレイ)

 

 

9:00雪の結晶

・大体9時過ぎに徒歩でカレッジへ向かいます。ドアtoドアで大体20分ぐらい。

 

途中でMcDonaldsやTim Hortonsがあるのでコーヒーを買っていくこともしばしば。ちなみにMcDonaldsの方はRewardsというポイントを集めることで商品と交換できるシステムがあり、朝11時まではポイントが2倍なのでそれもあって利用率はTimより高いです。

 

・カレッジに着くと大体Cafeteriaで授業開始まで待機。Duolingoや絵を描いたりしていることが多いです。

 

10:00🏫

・1限目のWritingのクラスが始まります。

 

教室が日替わりなので毎回違う教室に行かなければならないのがめんどくさいです。でも物書きが好きな私はWritingが一番好きな教科な気がします。大体75分の授業で、クラスメートは大体10人ほど。

 

11:30🏫

・2限目のListening&Speakingのクラスが始まります。

 

ディベートやディスカッションが多いので一番頭を使う時間です。日本と違って謙虚でいるとどんどん会話が進んでしまうため、乗り遅れないように自分から積極的な発言、質問をしていくことが大事です。こちらも75分ほどの授業で、クラスメートは7人~8人ほど。

 

12:50~14:30ヘッドフォン

・お待ちかねのランチタイム。

 

友達と食べることもよくありますが、割とこの時間は1人を楽しみたいので最近はぼっち飯を極めています。ランチを食べ終えるとまた絵を描くか、たまに体育館でバスケのシュート練習をしています。バスケはマジでビギナーです。

 

14:30🏫

・最後のコマはReadingです。

 

Readingと聞くことがっつり読解をすると思うかもしれませんが、実際はvocablaryやgrammerなど英語の基本的なことを扱うので一番学びのある時間です。今期のReadingの授業担当の先生は私が一番信頼しているカナダ人の先生なのでそれもあって一番集中できます。こちらも75分の授業時間でクラスメートも7人ほどです。

 

 

16:00ダンベル

・カレッジ内のジムで運動します。

 

こっちで生活を始めてから食生活や日々の習慣も大幅に変化したため、自分の体力と健康のために先週からカレッジ内にあるジムに通っています。カレッジ生なので使用料は無料で、後に返金されるデポジット$20を支払うことでアクセスカードをもらいます。

 

大体ランニングマシーンで走ってたり、ウェイトあげしてたりなどです。おかげで脹脛がすでに逝ってしまいました。

 

 

17:30🏠

・ジムでの1時間ほどの運動を終え、帰宅します。

 

帰宅後は割とすぐにディナーと翌日のランチの準備に取り掛かることが多いです。

 

 

19:30🛁

・大体このぐらいの時間にシャワーを浴びてることが多いです。

 

20:00本

・その日に出た課題を行います。期限がある程度あるものでも結構先取りで終わらせることが多いです。

 

課題が早く終わったり、そもそもない日もあるのでその時はYoutubeやサブスクでドラマや映画を見ています。

23:00本

・翌日の準備、歯磨き、日記、Duolingoなど1日の締め作業を行います。たまに課題をやり終えられずに日付を跨ぐことがありますが基本的には日付が変わる前に寝るように頑張っています。

 

0:00🌙

・就寝

たまに布団の中でスマホいじってて深夜1時すぎることがあります。いやたまにではなく、ほぼ毎日ですね。

 

 

 

 

平日はこんな感じです!曜日によっては無い授業もあるので一貫したスケジュールで動くことは週3~4ですね。

 

 

ではここからは、とある休日のルーティーンをご紹介します。(ホリデー期間ではなく、土日とします)

 

 

とある休日のルーティーン

初めにお伝えしておくと、休日はマジでだらしないです。ですが、せっかくなので見栄を張ることなく、ありのままにお伝えしようと思います。

 

 

11:00晴れ

・起床

まじです() ひどい時は、目覚めてから1時間ぐらい布団の中でゴロゴロしている時もあります。

 

12:00☕️

・間食

朝食はすでに食べ逃しているし、かといって昼食ほど食べる気にはなれないので、大抵はマフィンとコーヒー、もしくはインスタントスープで済ませています。楽だし。

 

13:00バス

・外出

バスに乗ってダウンタウンへ行ったり、Walmartへ買い物に行ったりその日の気分で行きたいところへ行きます。大体3〜4時間の外出が多いです。

 

また、週末は食料品の買いだしに行くことがしばしばあるので、Walmart や Save on Foodsには頻繁に行きます。

 

 

17:00🏠

・帰宅

平日と同じように、17時ごろに帰宅することが多いです。特に今の時期は19時ごろになってしまうと大寒波に襲われてしまうため、早く帰るように心がけています。

 

18:00ナイフとフォーク

・料理

その日に購入した食材などを使って料理します。土日には翌週のランチのためにも多めにご飯を用意するようにして、平日帰宅後に苦労しなくて済むようにしています。特に、お米などは4合ぐらいをまとめ炊きしてしますね。

 

19:00鉛筆

・シャワーや翌日の準備など

基本的にはフリータイムです。大体はダラダラしています。

 

23:00🌙

・就寝?

この時間に寝ることは最近は少ないです。日曜日は特に早く寝るようにしていますが、土曜日など翌日予定がない日は全然夜更かししています。

 

 

 

 

 

 

ざっとこんな感じでしょうか!

留学生とはいえど、一般的な大学生と似たような生活だと思います。今の時期はまだバイトができないため、今後もっとハードなスケジュールが予想されます。

 

あくまで一例として、今後留学を予定されている方や考えている方へのヒントになっていたら嬉しいです!

 

 

 

February 19 2024

 

みなさんこんにちは Seiraです。

 

今週の8日月曜日より、新学期が始まりました。

 

1月〜4月までのセメスターはSpring Semesterっていうらしいです。

いや、春学期って言っても外は極寒だし真冬なんだけど...。

 

今回は、私が英語を学んでいるENLAというプログラム、そしてカレッジではオリエンテーション・ウィークということで、最初の1週間はさまざまなイベントについても触れていきたいと思います!

 

 

 

 

ENLAとは

 

 

 

さて、今私が在籍しているCollege of New CaledoniaのEnglish Language(ENLA)は簡単に言えばカレッジ内にある語学学校。通常の語学学校と大きく異なるのはカレッジが行なっているプログラムのため、本科のアカデミックコースを受講している学生とほとんど同じサービスをカレッジから受けることができる点です。

 

全部で4段階のレベルがあり、それぞれ Writing, Reading, Listening&Speakingの3科目を受講することができます。前のセメスターで私は上から2番目のLevel 3のクラスにいました(人によっては得意不得意に合わせてバラバラのレベルを受講する人や一部のみ受講する人も)。先月に行われたFinal Exam(期末試験)を乗り越えなんとかそのレベルをパスすることができ、今期からは最上級のLevel 4で学ぶことになりました!!わーい!!爆  笑

 

 

このLevel 4を修了することで、英語を第二言語として取得でき、今後のUniversity courseや大学進学への第一歩となるようです。私自身も、同カレッジ内のFine ArtsというUniversity courseへ進むためにまずENLAで英語を学んでいます。学部ごとに必要な英語の技量や資格などは異なるので自分が行きたい学部のRequirementをしっかり把握し、必ず現在在籍している先生やアドバイザーなど第三者からの見解を求めることが大事です。私も色んなところへ相談しに行って現在の進路を選択しました。信頼できる人を見つけるのは非常に長い道のりではありますが、何よりも積極的にアクションをとっていくことが重要だと思います。

 

 

 

実際英語力は伸びるのか

結論から言うと、私は格段に伸びました。これは自己評価だけでなく、周囲の人からも評価してもらっています。実際、Duolingoテストという英語試験を受けているのですが、Prince Georgeへ来る前と来た後ではどの項目も25点成績が上がっていました。では、なぜ英語力が伸びたのか、その理由は一つの環境的要因が関係していると思います。

 

それは、日本人がカレッジ内に1人もいないということ!!!!これに尽きるでしょう。明確に1人もいないという確証はないのですが、少なくとも私や友人、先生からは日本人学生が他にいると聞いたことがありません。つまりは、英語を喋らざるを得ない環境にいるということです。Do or Die, 生きるか死ぬかということです。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、コミュニケーションの基礎的重要部分は自分の意思を相手に伝えることなので、この英語だけの環境は私の英語力を格段に引き上げたのだと思います。ちなみに授業の中ではWritingが一番得意です。

 

 

 

 

友達はできるのか

こればっかりは人それぞれですよね。私はありがたいことに友達と呼べる関係性のクラスメートが何人もできました。それも、ウクライナや韓国、インド、マダガスカルなど人種の枠を大幅に超えたまさにインターナショナルな輪ができました。Prince George自体、ウクライナやインドの移民が多くカレッジ内の学生もカナダ人よりその人たちの方が多い気がします。ENLAの先生も純カナダ人は1人だけ。ポーランドやトルクメニスタンなどからの移民の先生もいます。それもあって、自分が今カナダにいる気がしないんですよね...。でも、おかげで英語力の向上につながっているだけでなく様々なアクセントを聞くことができています。本当にありがたいことです。

 

 

Orientation Day

ではここからは今学期の初日に行われたオリエンテーションについてレポートです!

 

1日目の朝からENLAのオリエンテーションが行われましたが、新入生向けだったので私は特に関係なく...()友達たちと先生をイジりつつ途中まで参加していました。

 

その後に体育館で行われたセレモニーに参加してきました。

学園長の挨拶、インターナショナル・オフィスなどその他諸々の部署の長からの挨拶など、偉い方からのお話を聞きつつ...。

私が何よりも印象に残っているのが上の写真にある、ファースト・ネーションの伝統芸、ドラムパフォーマンスでした。British Columbia州は先住民へのリスペクトや理解がカナダの全州の中で一番されていると個人的に感じます。グレーのベストを着ている方がその血筋の方のようで、カレッジではドラミング・クラブとしてこの文化を学ぶ活動も行われているようです。

 

 

 

 

そんな式典のメインイベントと言ってもいいのがピザとドリンクの無料配布でした。海外の大学やカレッジではあるあるなのかもしれませんが、ここではよく頻繁にフリーのピザが提供されていて私のような貧乏留学生にはありがたいものです。

 

ちなみにこの日は500人近い学生で溢れかえっていたためピザは1人2枚まで、ドリンクは1本まででした。普段なら2周くらいして倍もらってくるんですけどね()

 

 

 

さて、今日はこの辺でクロージングにしたいと思います。

新しい年、新しい学期、新しい教室、色々な新しいが続いていますが、寒さに負けず頑張ろうと思います🔥

 

ではまた!

 

 

 

 

 

January 17 2024

 

 

 

 

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

2024年が始まって早くも1週間が経過しました。

 

さて、私も明日1月8日からは新学期が始まりまた学校へ行って課題に追われる日々が続くので、その前に新年の抱負を投稿しようと思います。

 

 

 

 

 私の新年の抱負はズバリ!

「更に向こうへ!」

 

 

 

 

 

これですね。今年は色々やりたいこととかもあるんですが、それ以前に今度の誕生日で20歳を迎えるので、20代という新たなフェーズへと移行する年でもあります。そんな感じで、今年は学業、夢、趣味、生活、その他諸々全部含めて「更に向こうへ!」を抱負にしてみました!!

 

 

ちなみに私がTwitterで投稿した細かな目標は、

 

・ハリポタファンタビ全作鑑賞

・ワイスピ全作鑑賞

・バイトを始める

・デスクトップPCを購入する

・人物ポートレートを100人分描く

・アナハイムのディズニーランドへ行く

 

この6つ!!

なんとも無謀な....

 

 

 

 

映画を見ることが大好きなので、ワイルドスピードシリーズやハリーポッターシリーズは10代のうちに見ておきたいですね。

そして、なんと言っても今したいことの一つがバイト。なんとかして自分で収入源を得たいです。

それを踏まえて、新しいPCを購入したり、アナハイムの DLに行ったりしたいなぁと...いやでも学費と生活費でいっぱいっぱいなんですが。

人物ポートレートはもうすでに挑戦を始めていて、1人目はDCEU第1作目「Man of Steel」での主人公スーパーマンことクラーク・ケントを演じた俳優、ヘンリー・カヴィルを描きました!

 

 

まだまだ他にも描きたい俳優さん女優さんが山のようにいるので少しづつ描いていければいいなと思ってます。

 

 

 

いずれにしろ、どの分野においても昨年より一回り変化した一年にしたいですね。

というわけで、明日からの学校もがんばります!✨

 

 

 

 

January 7 2024

 

皆さんこんにちは、 Seiraです。

 

大変遅ばせながら、あけましておめでとうございます。鏡餅

本年も当ブログ並びにSeira_にっぼしぃをよろしくお願い致します。

 

 

 

さて、カナダカナダで過ごして早くも4ヶ月が経ちました。

これまで、海外で過ごした経験は中学生の時と高校生の時に一回ずつあったのですが、ここまで長期的かつ年末年始を過ごすのは初めてのことでした。冬休みももうすぐ終わり、新しいセメスターが始まる前に、せっかくですのでカナダのクリスマスと年末年始を振り返ってみようと思います。ぜひ、カナダや欧米諸国への留学や移住、もちろん旅行も含め、今後滞在を検討されている方は参考にして頂ければなと思います。

 

 

 

Christmas

 

ではまず、いきなりですが12月中旬に遡ります。(おい)

 

 

私が滞在しているカナダのBritish Columbia州, Prince Georgeでは多くの公立校は12月15日頃からホリデー期間を迎えました。

前日まで秋学期のFinal Exam(期末試験)だったので、ようやく解放された!!!という脱力感で溢れていましたね。

 

海外の冬といえば、間違いなくクリスマスが特大イベントです。クリスマスツリー

日本では表参道のイルミネーションやスカイツリーのライトアップなどが毎年人気ですが、カナダの方では各家庭ごとに楽しんでいるような感じがしました。それぞれの家の屋根や庭にライトアップのデコレーションを施し、サンタクロースやトナカイなどのモニュメントなんかを置いてる家庭もあったり。町全体が光り輝いていてストップバージョンのエレクトリカル・パレードみたいでした笑笑

 

 

ではここで、私が友人と訪れたCandy Cane Lane(イルミネーションだらけの住宅街)のお写真をカメラ

 

とあるお宅...すっごいです。電気代いくらぐらい飛んでくんでしょうか....💸

ちなみに、ここは来た人が写真を撮りやすいようにトンネルがあり、その先にベンチがありました。ちょうど写真中央のサンタさんの目の前にありました。

 

 

一緒に来ていた友人に撮ってもらった一枚。結構気に入ってます。

 

 

 

 

こんな感じで煌びやかなCandy Cane Laneがあるのはクリスマス文化の強い欧米諸国ならではですね。とは言いつつも、近年はその数も減少してるんだとか。見れるチャンスはそう長くはないのかもしれません、、、。

 

これに代表されるように、カナダのクリスマスはどこかへ出かけるとかというよりも自宅で家族で集まってご馳走を食べる、といった家族との時間を大切にするイベントでした。日本はクリスマス・イヴでもバイトの友達がいました...お疲れ様です🍵

 

私は残念ながら家族とは海を跨いだ離れた距離にいますので事実上のクリぼっちを迎えました😭

 

 

 

 

Boxing Day

 

 

クリスマスが終わると、カナダではBoxing Dayプレゼントというものがあります。これ、聞いたことない人多いはずです。というのも、日本にはない文化ですし、実際私もお店の広告で初めて見たワードでした。

 

結論から言うと、Black Friday並み(もしくはそれ以上)のセールが行われる日のことです。由来としては、教会が貧しい人々のために集めた寄付のプレゼントを12月26日に開封したことからだそう。カナダをはじめイギリスやニュージーランド、香港などが12月26日がBoxing Dayとして休日になっているようです。なので格闘技のボクシングボクシングではないです。こりゃ知るはずもない。

 

実際、モールに行ってみるとアパレル系のショップはBoxing Day Saleと謳って大幅な値下げを行なっているところがありました。私はBlack Fridayで買えたものがあるので特には買いませんでした...()

ちなみに、場所によっては2~3日続くところや大晦日までやるショップもあります。日本の歳末セールみたいな感覚!!

 

 

 

 

 

 

 

 

New Years Eve

 

 

そして、時が経って大晦日!

この日はNew Years Eveとして祝日、カレンダーでは赤い日になっています。日本と同じく、レストランやショップも営業時間が短いところが多いです。1年の最終日はみんなで仲良く過ごそうという事で、私は午前中はWalmartとSave on Foodsへ買い物、午後は自宅で過ごしました。同居している人たちとご飯を食べたり、お酒飲んだり....

 

ちょっと待って?お酒って19歳で飲んでいいの??

 

A. 大丈夫です。カナダでは19歳から飲酒が可能です。

 

これ、私も最初知らなかったんですが、日本が20歳、カリフォルニアが21歳に対してカナダが19歳から合法でした。家で飲む分はもちろん自由ですし、レストランやパブでも飲酒することができます。ただ、必ず年齢確認が必要なので顔写真付き身分証明書(免許証やパスポート)をスタッフさん提示にしましょう。ちなみに、カナダのBC州では路上や自宅敷地外などの公共の場所での飲酒が法律により禁じられています。「上野公園でお花見なう!最高!」みたいなことをすると逮捕されちゃうので絶対にやめましょう。車内や歩行中、空いているお酒の缶を所持しているだけでも違法です。

また、お酒は基本的に酒屋さんか一部のスーパーでしか購入できないと思ってください。日本のように「コンビニダッシュでストカン買ってくるわ!!」はできません。また、営業時間も午前9時から午後11時までと決まっています。「深夜カラオケで朝まで飲んで歌うぜ!!」はできません。

 

他にもお酒に関しては日本よりはるかに厳しいルールのもと扱われているので今後それにフォーカスした記事を書こうと思います。

 

 

 

では話を戻して。

大晦日の夜はあちこちで花火が上がりました。大体午後8時頃から年明けまで続いていたと思います。日本では鐘の音が定番ですが🔔

 

でもそれだけ!!年越しそばみたいな特別なメニューはありません!日本から蕎麦を持ってくればそれなりの雰囲気は出せたなと思えたものの、私蕎麦アレルギーでした()

どっちにしろ食べれません()

 

 

まあそんなこんなで、大晦日というにはあまり実感のない1日がすぎ、新年を迎えました。あけおめ!!龍門松

 

 

 

 

 

 

 

New Years Day

 

 

1月1日、元日。(元旦って朝だけらしいです)

今の時期は日が昇るのが朝の8時頃。初日の出もあまりたいそうなものではないですが、一応「あ、昇ったなぁ」という反応でした。日本はお正月が一年の中で最も魅力ある期間だと私は個人的に思っているので、門松も神社もおみくじもないお正月はだいぶ物足りず、一年が始まった気がしません💦

 

そんなんで、私の1年のスタートはスタバでした☕️

愛犬のナナトイプードルも嬉しそう。

ちなみにこの時はキャラメルマキアートのグランデを注文!

最近はここの席でドリンクをいただきながらお絵描きするのが趣味です。

 

 

 

 

 

 

ということで!今回の内容はクリスマスにお正月と、私が過ごしたカナダでの年末年始について語らせていただきました!いかがでしたか??

 

これからもカナダでの生活についてはバシバシ投稿していきたいと思います。ぜひ、今後もお楽しみにしていただければ嬉しいです猫

 

それでは、みなさま改めまして。

今年もよろしくお願いします!!ラブラブ

 

 

 

 

 

 January 6 2024

 

 

 

 

 

今日は寒い

 

どーも、Seiraです。

 

いやぁもうすぐ大晦日、早いものですね。

9月からカナダで過ごして約4ヶ月が経とうとしていますが、こちらの冬は氷点下が当たり前の世界でございます。

 

 

 

そしてこの時期は、雪が降ります。

それも物凄い頻度で。

一瞬にして真っ白な世界になります。

しかもよく積もる。

 

 

 

 

 

 通ってるカレッジのすぐ側の木々にも霜が。

 

The Winterな雰囲気は意外と初めてだったかもしれない。

 

 

 

 

あ、そうそう。私が滞在しているのはBritish Columbia州のPrince GeorgeというVancouverよりも北の方の小さな内陸の町なので余計に寒いですね。

 

 

タグ、今日は寒いってなってるけど「いつも寒い」が正しいような気がしますね。

そんなこんなで毎日寒さに耐えながら生活してます。家の中はあったかいですけど。

 

 

December 29 2023

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

 

 

みなさんこんにちは、Seiraです。

最後の更新から1年と数ヶ月が経過しておりましたガーン

てか今年終わるじゃん!!ガーン

 

2回目の記事の時に、「よし、これから月一ぐらいで頑張るぞぉ!」と思いたったものの、これがまた続かなかったんですよね。

 

振り返れば、この1年間で自分の中でいろいろ変わったことがたくさんありました。

 

まず一つは、高校を卒業したことです。

私自身は、皆さんが想像されるような全日制高校ではなく、通信制高校のN高等学校に5期生として3年間在籍していました。

2020年の春(ちょうどパンデミックが始まった頃)に入学したのですが、おかげさまで先生や友人たちにも恵まれ、最高の3年間を過ごすことができました。まあこれについてはまた今度別で語りたいと思います(数年後とかだったりして)

 

 

続いて二つ目は、海外留学をしていることです。はい、そうです、現在進行形です!

高校卒業後は元々アメリカに行きたい芸術系の大学があったのでそこを目指していたのですが、まあ私の英語のレベルでは通用しませんでした。それでも日本の大学や専門学校に行くよりも、自分の持っている夢を叶えるためには海外で学んで英語を話せるようになりたかったので、海外留学を選択しました。そんなんで、今はカナダ🇨🇦のブリティッシュコロンビア州にあるカレッジで英語を学んでいます。実はこのブログも現地から投稿してるんですよ爆  笑

 

 

あともう一つ、GoogleSiteを使用して自分のHPの運営を始めました。

アメブロにログインしなくなった一番の原因です。私自身、型にはまったものの中にいるのが嫌でどんどん自分で新たなことを開拓したいタイプの人間だったので、思い切って作っちゃいました。そちらの方ではもう6件ほど記事を投稿していますが、ぶっちゃけこちらの方が記事書きやすいので、今後はブログをこちらにメインにしていければいいのではないかなと思っています!

 

 

まあ他にもいろいろあったりしたんですが、それはまた今度じっくり語らせてもらえれば嬉しいです。

 

 

とりあえずの生存報告() でした!!

 

December 17 2023