お化け
お化け
お化けは本当にいるのかなあ
日本にもお化けいるのか
相手は真面目に聞いている
お化けと言うのは、死んだ人間のあれのことか
そうだ 居るのかな
ソコイラジュウに居るのだ
何を当たり前の事を聞いているのだ
見た事あるか
見るなんて言うモノでは無い、アッチカラやって来るのだ
私は霊感が強い
夜歩いていて服の裾を引っ張られたり 足首掴まれた事くらいあるだろう
どうしても振り向きたくなって
振り向いても誰も居ないと言うことあるだろ
みんなお化けがよんでいるのだ
そんな事は日本に居る頃から年中だ
服を引っ張るのか
足掴むのか
当たり前だ あっちは寂しいんだ
怖がって逃げると
家にだって着いてくるぞ
付いて来る,,,,、何かモノは言うの
言う
怖く無いのか
怖いと言うよりもウルサイのだ
何しろお化けになるのは、ろくな死に方をしていないか
知らない内に事故か何かで死んだのが殆どだ
文句ばかりだ
それに
よく考えてみろよ
今生きている人間の数よりも昔死んだ人の数の方が多いんだ
ココイラノ地面に並べてみたら地面が見えない位に死体だぜ
その内何人が変な死にかたしてると思う
ここいらは血だらけだ
止そう 怖くなってきた
怖かない 何で犬が何にもない所見て吠えるか知ってるか
もう止そう
何で猫が変な風に
もう止そう
あっ ほら、犬がなんか見てる 吠えるぞ
もう止そう 止めヨーよ 怖い
マア聞けって
例えばこの家 此処で死んだ人だって居るんだ
むかしにキット居る
つまり
今居る人間は死体を除けて
そこに家建ててんだ
ほんとに止そう 止めよう 帰れなくなる
線香立てよう
よせって 帰って呼ぶぞ
どうせ呼ぶんだったら
蝋燭立てよう
霊が来ると火が長―く伸びるんだ
もーいいよ みんな忘れよ 忘れよ お化け来る やっぱり居るんだ
夜、仲間の家に集まって庭先で
むさ苦しい男達ばかりで取りとめも無い事を話すのがタイの人は好きだ
タイのお化け信仰というのはどんな事から始まったのかよく知らないが
大人たちと
麦酒のつまみにこんな話になる事もあるのです
猫
近所にウロウロしている猫の中に つま先が4本とも白いのが
居る事を発見した
全体は茶色で更に耳と鼻筋と尻尾が黒に近い茶で
いわゆるシャムネコ柄だ
目が薄いグリーンで まあいい感じなので
これをなつかせてやろうと思い、暫らく様子を見た後で
買い物ついでにペットフードを覗き
チャンとしたキャットフードと器を用意して
家の前を通りかかるのを待つこと3日
遂にのんびりと歩いて来た
何やら予感がするらしく、こっちを見ながら、にゃーにゃーと鳴いて見せた
ナラバこっちへ来なさいと新品の器に餌を入れて
差し出すと
食べた
前を通るたびに少しずつあげて随分慣れたが
それを見ていたワイルドなどら猫が
いつの間にか増えていた
まあいい善いか、と思い、其々分けて餌をあげていたが
ある日、学校帰りの小学校3年位の女の子が
それをみていた
いつもの時間でもう来るなと思っていると、そのオンナの子が
遠くで何かを呼んでいた
つま先白の名前だったのだ、自分の猫が取られると思って心配したらしい
その猫はそれ以後部屋に閉じ込められたらしく、トンと見ない
残ったどら猫は、好みではないが毎日来る
もう来るナとも言えずに、今でも毎日時間には来るので
それでもいいような気がしてきた
今日は、真っ黒のカッコいい黒猫と
子猫でごく薄い茶のどらとが一緒だった
ドンドン増えてしまうのだろうか
まあいい、飼っていないのに猫だらけというのも悪くは無いと思い
みんなにご馳走だ
夜、近所の店にタバコを買いに出た時はどら猫は居なかったので
何処かふらついているのだなと思っていたが
その時どらは、頑張っていたらしい
帰ってくるとドアの前に
ねずみが一匹置いてあった
勿論死んでいる
あーぁ そうか うっかりしていた と思う間も無く
どらが、得意げに足元に来た
こういう事をするとは聞いていたが、何分初めてで
こんなのがいつもだと
イヤだなと思いながらあえて褒めずに
そのネズミを袋に入れて
捨てに行った
どらは大いに不満で
ゴミ箱に捨てるところを地面近くから見上げて
文句を言っていた
そして家の前まで一緒に帰ってきた
ビルー2
日本の免許だよ
タイのは
ない こっちの方がいい これを取るのには時間と金がものすごく掛かる
そうなのか
そうだよ
これじゃあ なんて書いてあるか読めない
これが名前 住所 此処が自動車と此処がバイクの運転が出来るという事だよ
そうなのか
うん
この免許 何時まで有効かは何処に書いてある
これは死ぬまで使える
そうなのか
うん
このデカイ数字はナンだ
これは関係ない なんかの記録だろう 私も知らない
そうなのか
うん
これはなんだ
眼鏡かけて運転しろって書いてある
そうか 掛けてるな
掛けないと危ないのだ
そうか
いくら掛かるんだ この免許取るのに
それぞれ別だから 車とバイクで15万バーツは掛かる
学校に一ヶ月も通って
100問の試験と運転の試験にパスしなければいけないのだ
大変だな
そのとおり だから凄くいいのだ
なるほど.....
ホンダなのか これ 見た事ないな
そう 日本で改造したやつをウルポンのバイク屋で買ったのだ
カッコいいな 盗難に気をつけろ タイはバイク泥棒が多い
知ってる ミラーをもう2回取られた
行ってよし
なんだかビルにはいい事教わった
ビル
ビル
ある日
お爺さんの入り口位のビルが
ヤマハのアメリカンタイプのバイクを買ったから見せると私を呼んだ
私は、小走りに行って跨って
よし自分もなんか買おうと思った
免許書はどうしたの?
俺はオーストラリアの免許書を持っているのだ
ジーンズのポケットから出して私に見せた
この国の免許も取ったの
なんでだ こっちの方がこの国のよりもゼンゼンいいに決まっている
私は日本の免許を持っている
これもいいに決まっている
それで 私もホンダの改造チョッパーを買った
気になるので せめて制限速度位押さえて置こうと思ったが
誰もそんな事は知らなかった
どこにも標識も見当たらない
しばらくして気が付いたら
バイクにもスピードメータが無かった
エンジンの脇にある小さいのはタコメーターであった
まあいいや
今まで気が付かなかった事だ
気にしない
街だろうが田舎だろうが飲みに行く時だろうが
もうタクシーだの渋滞だのお構いなしで
何時でも何処でも行けるのだ
信号もみんなに混ざって
集団信号無視でスムースに移動できる
ヘルメットなんて被りはしない
マフラーなんて直パイもいいとこで
乗ってる自分がウルサイ
小遣い稼ぎのおまわりが検問をする事がある
同時に覚せい剤の検問を兼ねる事もある
何かけちを付けては
せびろうとする
免許書だして
はいこれ
なんだこれ
エぇー
エぇー
「これってドウイウコト?」
「エぇー! ナンデそんな事キイテンノォ。 信じらんない、誰でも知ってるよねー」
こう来た場合、、、、、。
逆の場合はどうなる。
わたしが知っていて、アッチガ知らないのであるが。
「エぇーそんなのウッソダー、アルワケ無いじゃん 信じらんない アリエナイヨー」 コウナルナノデス。
まあ どうでもよいのです。
どっちにしても 信じらんない という事は解った。
いい方法だとは思わないけど、なにより幸せそうだ。
なにも話さない自由が、こっちにもありますから。
ほって置いてくれて、それでいいんだ。
小さな小さな、大宇宙。
ふと - またまた -
ふと
- またまた -
また今日も終電だ。
しかも今日は、何処かで一杯やって来た訳ではない。
駅前の自転車置き場に気のいい弟のバイクが置いてある。
朝借りたのだ。
駅から歩くなら、先ずいつもの怖いお兄さんのホットドッグを二つ買って、参道の坂を登って寺の境内を抜けて、二つの墓地を抜けて、県道を超えて、其処まで登って来ただけの下り坂をだらりだらりと下って、もう一つの寺の前を通って、塀の上に突き出た卒塔婆を気にして家に帰る。
バイクのエンジンを掛けて駅のロータリーに出ると、警察官がおいでと呼んでいる。 と言うより通せんぼだ。
「何処から盗んできた」 いきなりこう来た。
弟のだし、登録書がある。今出す。というと、
「必要ない。誤魔化すな、 正直に言え」 と来た。
「分った、白状する気はサラサラない。アンタが私を逮捕して、テガラを立てろ。確かに盗んだのだろうが、言わない。捜査しろ、仕事なんだろ」
そう言ってやった。
相手は勿論逆上したのだった。
腕を握ったので
「独りでそういうのはマズイな」 と言った。
「逆らうのか!」
モット怒った。
「従う必要も無いとおもう。犯人なんて言うのは反抗するもんだ」
、、、交番に監禁だ。
私にとって納得が行かなかったのは、深夜の交番勤務は一人では出来ない筈なのに、片割れの姿の無いことだった。
随分省くけれども、その後、名札を隠し矢鱈とちびた鉄砲と警棒に手をやるおまわりと交番の中にいた。
終電の後だ、誰もいやしない。
この監禁を証明出来ない訳だ、朝まででも付き合う心算だった。
「俺に触れたら公務執行妨害だ」そういうバカな公僕と。
なにが公務だ馬鹿たれと思いながら
「折角窃盗犯をとっ捕まえたんだから早く本署に連絡を取って、ぶち込め。本署でなら、総てゲロしてやる、、、、あんたに勇気あるか。」
しか言わない残業疲れのやけくそが、飽きた頃、片割れが帰ってきた。
「ナンだ」 こう言った。
「なんでもない」 鉄砲と警棒の公僕が言った。
「何でここにいるんだ」 帰ってきた片割れが聞いた。
「バイクをカッパラッテ来たところを捕まったんだ。もう二時間ここに居る」
そう答えた。
「もう帰っていい」
そくざに片割れが言った。
私は、盗難車にまたがり家に帰えされた。
怖いお兄さんのホットドッグ屋ナンテ、とうに居ない、、、、、、おしまい。
民族
民族
人間が、サルから進化したと言う事を疑うつもりは無いから、人類の進化に付いて本を読んでみた。
サルとは何処のどんなサルだったんだ、何と無くそう思ったのです。
食べ物が豊富な水辺にいて、半二本足歩行の状態で水に入る事を覚え、水辺の蟹や海老等を取る様になった後で、遂に二本足歩行の人類に進化する。
この頃の人は、甲殻類や両生類等を随分食べたらしい、ビタミンA の取りすぎで、関節炎などにも苦しんでいたようだ。
ならば、ビタミンA には気をつけようと思った。
そして動物の中で唯一呼吸をコントロール出来る異常者が現われ石を正確に投げ狩をする事を憶える、これは最初、個体に起こったらしい。
何故ならこういう進化のキッカケには分裂症遺伝子が関わっている。
更に、数万年の後にその石を石器に持ち替える。
その石器、一般にハンドアックスと呼ばれる物は、今世界中で山ほど発見されるが、形、大きさどれを取っても一体それが何処で発見された物か区別が付かない。
最古の物は今のアフリカ中東部の水辺でわんさと見つかる、初の二足歩行人類ルーシーと同じアフリカ中東部だった。
人類が一斉に二本足歩行になった筈は無くて、先に進化した者が、つまり逸早く変になった奴が、自由になった手と呼吸法の進化で優位に立って繁殖し、弱い者は殺されて喰われてしまう。
ゆっくりとした時間の中で、居住地の移動が始まり陸地伝いにヒトの住処が世界中に広まって、環境に適応し、進化し、生活を始める。
この移動と同時にハンドアックスもアラユル大陸に広まったと思われる。
そして場所場所に適応した進化の結果、それぞれの人種、民族に分かれる。
これより後は私の勝手な話になるのです。
ナンだかむず痒い自然と自分達との関係に気付き始めた人類は、其々の神に出会う。
故に、遂にいよいよ面倒な人類の歴史が始まる。
それでは、此処で念の為に進化を逆に辿るとイズレは、誰もがアフリカサバンナの水辺の一角に辿りついてしまう。
人類のルーツだろう。
ならば、今、民俗はよしとしても、民族という言葉の持つ特別の意味に疑いの目を向けても好くは無いだろうか。
今も過去にも最も面倒なのは、民族と宗教だ。
この二つに全く絡まない戦争が嘗て在ったとは思えない。
今でも民族、宗教は戦争の元に成り得る。
人類は、この2つに拘ったばかりに戦いの為にだけ進化して来た様なものだ。
民俗は生活のパターンであり狭い範囲の共同体の自然発生的な個性だ。
民族はその進化の外見上の特徴を基に宗教、政治で括られた勢力規模の大きな区分だ、民俗に比べると何処か人為的括りの様でもある。
人間の行動範囲がこれだけ広がり、それなりに民俗的文化の違いで理解しあう事が出来る今に至って、単に移動して行った方向の違いと環境の造った外見の違いを根拠に民族意識などを持ち出さなくてもいい様なものだ。
もともとはサバンナの水辺のたったひとツガイのサルだ。
我々は未だ進化の途中に居るのだ,、、、 とすると。
世界中の血が満遍無く混ざって、イズレ只の地球人だけになることも断然可能なのだ。
ソシテ、民族意識が崩壊した後にはどんな意識が台頭して来るでアロウカ、と言う事を考えるのは既に科学的ではないし、ボンヤリした私には見当すら付かない。
ちゃんとしたSF作家の創造力にお任せしたいと思うのです。
哲学?
哲学?
人が一人生きていれば、その人成りに考えてその考えに従って生きている状態を何と言ったら良いのだろう。
その考えが他の多数と似かよっているかいないかは問題外になる。
体制的ではないけれども自分の決定事項はこれに左右されるという程度のことだ。
其処に他人が一切介入しないという事では必ずしも無い。
何でこんなにくどくクネクネトこんな事を考えているのだろう。
昔ドイツの誰かが日本人には個人の哲学が無い。
そう言った事があった。
そういわれて間違いではないかな。
その時は、私はそう思った。
日本人は集団の価値観に支配されていると言うことだったのかも知れないが、、、、。
さあ誰だったか覚えていないが、ある時のフランスの大統領が、何かの冗談の中で、日本の首相だけには成りたくは無い。
そうも言った。
安保安保で、色々国民が発言していた頃だったのかもしれない。
今とは違って、若い人が当座の生活などホッポリ投げて考えを表現し行動ていたのだ。
今どうだかは知らないけれど、その頃のフランス人は全く政府の言う事など本気にしておらず、国民の半分はアル中であり、地方地方の気質が大変強く、フランスの大統領になりたいという外国の政治家など居なかった。
フランスで政治なんかしたくないと言う冗談が有った様に思う。
日本が敗戦した時にフランス政府が日の丸を買おうとした話は有名だ。
世界一単純なデザインで、国民の心を一つに出来るであろうと考えての事だったらしい。
日本は日本として存続する事になってしまってこれは不可能になった。
国旗が買えなたっかせいで、政治のしにくいフランスが出来たとは考えずらいし。
同じ政府に楯突くにしても質が違う訳だろうと思う。
其々の国の中で作られた人たちの反応の表現の違いだと思う。
昨日の夜は、独りでバーの扉を押し開けてビールを一杯飲んで、ペルノに変えた、オーナーが一杯私にオゴッタ、その時ついウォッカのロックに変えてしまって随分飲んだ。
カウンターの女の子に「注ぎ方を遠慮してはいけない」などと言って、今日は朝からズット鳩尾が掴まれた様に痛む。
尚且つ其れを紛らわそうと今ビールを三本ほど飲んでみた。
全く効かずになおさら痛い。
飲んでみた所でとりわけ陽気にならないが、かと言って哲学している訳でもない。
アレコレ考えると潰瘍が出るので、気楽にしていなければならない。
何で面倒なこんな事を考えているのか考えるのが鳩尾に好くないので、考えるのを止そうと思うのです。
変
変
「何かが良くない」 そう思ったとき。
何かに託けて全部を全員を変え様としても仕方が無い。
自分独りだけでもそうはしない事が良いのではないか。
良くないと解っているのに我慢して良い人ぶった様な奴が、そういった沢山の人が、
「お前変だ」と言った時、「私は、変じゃなくなくは成りたくないのです」 そう言えばいい。
それが、「出来る事からコツコツと」 と言う事の1つかも知れない。
これ以上のコツコツが有るだろうか。
変と言うのは、けして悪い事ではない。
餌、ジャンク、即席 2
餌、ジャンク、即席
- 2 -
餌とジャンクのつなぎの食材は、ラーメンがいい、ラーメン屋には行かず、湯を沸かせばそれで住む奴に限る。
昭和30年代に登場した、明星即席ラーメン以来、簡単で、どうでも良くて、考える必要の無い即席麺だけは、いくつになってもファンなのだ。
日本のそれは、妙に進歩して高級志向になって、本来のいい加減さが喪われてしまって、どうもいけません。
手間をかけたり味の質には一切拘ってはいけない。
有れば良いと言うのが基本です。
即席麺が上質になると言う事は逆に言うと、普段の食生活が地に堕ちかかっていると言う事なのだから、余りいい事ではないのです。
タイの即席麺は殆ど、どんぶりに入れてお湯を入れて蓋して、ほっとく式なので、基本どおりで、大好きなのです。 調理した物を食べるのではなく、ふやけた物を食するのです。
最大手のタイランドフード社は、ママーという商票でかなりの種類を販売している。
タイ語でママーと言えば即席麺を意味するくらい市場を我物顔なのだ、どんどん次々色々の味を商品開発する中に、カウソイ味と言うのが出た。
此れは、北の方のカレー味のラーメンと思っていただきたい。
料理店で頼めば上に具がワンサと乗っている。
薄っすらカレー味のそれに私は大喜び、うちでカウソイがいけるぞ!
お湯さして待つだけのカウソイだ。
ママーカウソイ買占めだー。
食べる事事態がメンドクサイ私にとって違う味が提供されるだけで、気分が変わると言うものだった。
しかしこの世はママならず。
カウソイは異例の不調商品で、売れなかったのだ。
そんな筈が無いほど美味しかったのに、、、。
そして、程なくお店の棚から消えていってしまった。
ママー始まって以来では無いだろうか、新商品を生産からはずすだなんて。
私は餌とジャンックと即席麺だけで生きて来た訳ではないが、兎に角好きな物であるという事だけは認めるのです。
昔から食べるものには拘らないから、只の燃料位にしか考えていないから、人が食する物ならば、自分に手間が掛からないのであるなら、懐石でもフルコースでも、どこかのエスニックでもジャンクでも即席麺でも、何でもいいし、どうでもいいのだ。 タイに来てからは、昆虫、水生昆虫、蛇、ねずみ、カブトガニ、随分変わった物も食料のナカマになった。
材料を揃えて時間を掛けて料理することもするが、凝った気持ちでそうなると作ることに時間が掛けられ、肝心の食べる事が更に面倒だし、後の片付けも全部棄てたくなるほど面倒なのだ。
だから私にとって一番の理想は、テーブルに着くだけで、簡単にいけるかどうかという事だけだ。
即ち書いてそのまま読んで字の如し、即席なのです。