angoの世の中フラリフラリと -747ページ目

国とか平和とかぼんやりと


今私が居る国は王国で

絶対君主制で

国教があって王様の上に寺のお坊さんが居て

国王の下に

議会があって

確か1974年の

1014日の

機関銃の夜学生鎮圧以来

議員は国民の投票で選ばれて

国会に不満があれば

国中から王宮前の広場に人が集まって

何日間でも不満を表明して

国会解散

選挙

新政府

集会

解散

選挙

そうなっているのです


それなら

国王の立場はどうなるの

国王は議会に目を光らせて

国民が幸せかどうかを見ています


その権力はものすごく

生殺与奪権を持っているはずで

少し聞くと怖い国のようなのですが


国民の表情は

明るく

もちろん大嘘つきだって居るけれども

概して楽しい人が多く


何が言いたいのかと言うと

その国はその国の国民が住み易い様にできていると言う事なのです

民主主義共和国でトンでもないのが無い訳ではないけれど

良い国は国民が住み易い国である事は確かな様な気がします


そこに居たら

外人の私まで住易いかって?


この国の立場と存在を尊重できる人にとってそうです

人でもそうでしょ


自分は自分は

俺は俺は


そんなだと不満しか生まれない

みんなで仲良くなんて局単言わない


勝手に不満募らせるのは

危なくって仕方がない

治安が乱れる

平和ではない

安全でなんてある筈がない


住み易いかどうか

だけのところから考えてみては

どうですか


大雑把で解りやすいと思うのです

夜空


光と同時に



柱ほどの太さの光が目の前に現れたと同時に



空に大きな穴が開き

口笛を吹きながら

穴が塞がる


塞がった空は

丸くうねりながらその輪を広げていく

思ったよりもゆっくりとひとつひとつの同心円が

増えてゆく


中心がカラになると

その時にやっと

土砂降りの雨の音が聞えてくる


何度か繰り返すと空は

雲すらなくなっている

四角い泡



ふと思って日本へ戻って以来

世の中の事が耳について気を取られて

ついぞ考えなくなったような気がしてならないのです

このブログをはじめてみたのもその一つだけれど


これを始める以前の10年間は、勤めを止め

稼ぐ事を止め

満腹を避けて、外出を最小限にとどめ


ヒタスラ思う事に没頭していました

する事と言えば

下手な文字を連ねる事と

見えない感情を描く事と

それがたまったところで、個展を開いたりしていたのです


無邪気に書いた絵と言うのは

受け入れやすく感じるようで

年一回の個展で

あとの一年を静かに生きていられそうだったけれど


外界から興味が無くなり

人の内面、暗黒の世界に入って行くとそうもいかない

絵は

不可解になり

画面は大きくなり

ドンドンと自己満足の為の行為になり


描く事はあくまでも自分の精神衛生上必要な行為になる

本来の絵と言うのはケシテ人の為に描く物ではないから

その意味で間違ったとは思わないけれど


絵には

幾つかの力があって

明らかにそれが何を描いているのか判った様に見える

ものと


何がと言う事は解りはしないけれど感じる絵と


何かを伝えるための記号のような明解な物と


そういう物がある様に思えるのです


それで



世の中と言うものと近くで接していると

忙しさのあまりに

反応する事にばかり時間を費やして

考えたり思ったりする時間が無いのです


根が不器用なのでしょう


たった今

こう言った事を書いていること事態

過去にはあり得ない事だった訳で

まるで

時期外れの体質改善の様で

しっくり来ないのですね


人と言うものから

名前、立場、肩書き、年齢、人種、性別、

そういったものを総て取り去ったら

動物としての人間が残って

本能が

あからさまに見えて来て

その状態を

見たかったのですが


なかなかですね


変に思おうかも知れませんが

今の雑事に追われた世界よりも

平和かも知れない


子供らしい子供は平和に見えます

貧乏根性




昨日は一晩中雨が降っていた

最近は風も穏やかでお陰で湿気が感じられる

乾季と言うのは空気の滞留が激しくて

だからスコールがあるのです


最近は ここ数年は

雨はあるけれどスコールが少なくなって来ている

どんなに暑くても小さな日陰に入れば涼しかったタイが

実を言うと変わっている


気候変動のせいだろうと思うけど

思わず竦みたくなる様な豪快な雷も減ってしまった


地球の温暖化が

早急に解決しなければいけない人類への課題だとしたら

今忘れ掛けているオゾン層の事はどうするんだろう

世界中の人口爆発を問題にしながら

何年か過ぎたら

出生率の低下を問題にし始めるのは何故だろう

燃費の良い日本の車が

エンジンの排気量を増やしているのは何故だろう


温暖化ガスの排出量を減らさずに

殆ど排出していない国の空気に値段をつけて

買い取って

帳尻あわせで済ましてしまうのは何故だろう


人が増えて、自然環境を壊し、地球上の資源をガスに変換し

太陽光と地球との反応に変化を与えている事は確かだろうと思う


其れなりの代表が集まって

所詮は金の話にしかならないのは何故だろう


今環境問題にケチを付ける事は何と無くタブーらしい


それなら独り言


本当は、大きな問題であるかどうかも判っては居ないでしょ

経済活動の手段の一つとして危機感を煽っているんでしょ


何もかも金のやり取りで誤魔化していけるなら

先進国が有利だけれど

温暖化が人の仕業で促進しているのなら

先進国が断然不利なんだもの


金さえ有れば何でも出来るなんて云う貧乏根性を無くせば

人の質も上がって

ぎすぎすしなくって

もう少し自然に溶ける事も出来て

生きる事がつまらなくは感じないでしょう


もしも

仮に

地球の気候変動が殆ど人の仕業による物ならば

雷とスコールも貧乏根性によって

減っているのだと思っているのです

つま先白とどら




タイの人達の中に居ると色々変わった事があるのでけれど

どう考えても此れはイカンと言う事があって


この国の街には野良犬が随分いて

その様子を見ているだけで何と無く和む物を感じると思っているのに

犬の殆どは邪魔者扱いされていて

子供に至っては

犬を蹴っ飛ばして遊ぶ玩具と考えて居るのが多い


当然犬は人から離れる事を覚えてしまう

情けない犬がウロウロしてる


仏教徒が生き物を粗末にする事に気付く以前に

子供は甘やかし放題で

親もどうしようもない


それが

兵役や出家を境に大人として生きていける事が

未だに大変な疑問なのです


人間はどうでもいいけど

犬には住みにくい社会かもしれない


一般的には

ペットが死ぬと

なんと

生ゴミとしてゴミ箱に捨ててしまう


タイの人は自分のも家のも

墓を持たないから

動物の墓を掘ってあげるなんて発想も無いのかもしれない



ドラと一緒にフラリフラリしている野良犬は

いつもは蹴飛ばされる立場で

気の小さいいい奴らしいし人を怖がるので

餌の貰い方を知らず

ドラについて行ってボンヤリと見ているのだ



出掛ける時の私の足音にドラが気付いて

近くの角まで着いてくる

なんか云いながら


帰りも大体待ち伏せしていて

家までついてくる

常になんか云いながら


それを聞いたつま先白が家の前で

出迎えに立つ


そういう事になってしまった


どらは、時々家の前で一晩中番犬のように

寝ている事があるが

つま先白は

何時も其処に住んでしまった


最初はお互いに横目で見ていたのが

姉妹の様になって


今も其処にいるのです


ドラとつま先白は猫なので

蹴っ飛ばされる事は無いのだけれど

子供に引き摺りまわされるのがイヤで

此処にいるのです

缶ビール追加

缶ビール追加


バンコックに住んでいて

快適なアパートにいて仕事デモすれば

タイの人の年収くらい毎月貰って

此処は、アジアで私は日本人で

日本はかつてアジアで侵略戦争して

元々負ける筈のものにちゃんと負けて

今になって


ゼンゼン反省しなくて

いい気になって

えらそういって


ODA縮小して

叩けば出る筈の壊れたATM が本当に壊れた

なんてアジアの新聞で笑われて


何もかにも解らないのに

企業でも起こせば現地の人ばっかり非難して

日本人なんて偉くもないし

来てくれって頼まれて此処に来た訳でもないのに来てやったのだと言うバカがいて


日本人ナだけで恥ずかしい私がいて

個人ならいいにしてもどこかの国民となると偏見が生まれて


アジアで肩で風切るな日本人


缶ビール4本バーボン一本 です 4回

缶ビール4本バーボン一本 です 4



止せば良いのに又見て書しまった

偶々テレビで活躍する人と野球場で活躍する人がいて

その二人がどこかであって

どこかで何かして

として


解っているらしい事は何かの建物に入って行ったと言うことであって

どうでもいいではないか

私は

何でこんな事を書いているのか腹が立って来たけれど


最近の流行で

夫婦者のどちらかが配偶者ではない相手と

お付き合いをする事を不倫と言う事になっているけど


不倫と言うからには

その行為に対して対抗する倫理が歴然と無けりゃいけない

浮気とか、不貞とか、女遊び、男遊びだっていいし

何でもかんでも誰でも彼でも

不倫

なんて上等な言葉で飾ってあげる事は無いと思う


そういう事なので

今回見てしまったのは

ニュースの最初のページの

又、、、に不倫疑惑

でした


何が又なんだろうと思う

芸能界を倫理の確立した とても良いお手本の様な世界だなんて

誰も思ってなんかいない


見た小市民も

番組から降ろせなんて言い出しているが

出てもいいじゃん

見なけりゃいいんだから

見られなけりゃ


スポンサーが文句言うんで

番組止したり

キャスター変えたり

自然になるじゃん


まるで社会倫理の敵のように扱って見せる態度が嫌い

です


自分が番組を見ないと言う態度を取る事をせずに

番組変えようとする態度が嫌い

です


どうでも良い事にワザワザ口出す人がマスコミを

馬鹿者にしていく事がい嫌い

です


マスコミが自分達を

ジャーナリストと勘違いする事が嫌い

です

なぜだか

なぜだか


猿、鶏、豚、ラクダ、小指、椅子、太陽、コップ、エメラルド、ダイヤモンド、。。。。

蟻、蚊、ぼうふら、。。。。。

小さい、少し、大きい、楽しい、大人しい。。。。

サトウキビ、リンゴ、ランプータン、ミカン、。。。

空、風、。。。。。



頭が変になりそうな何の関連も無いこれらはみんな人の名前

ニックネーム

タイでは生まれた時に親が本名と同時に呼び名を付けてしまうのです

名前に~~ちゃん とは付かないのです


勿論大きくなって友達が新たにくれる事もあるし

幾つかの環境で全く違う呼ばれ方をする事もあるのです

だからこの人が何処でどういうニックネームで呼ばれているのかをよく知らないと

話が変になる事があるのです


親がニックネームを嫌って付けななっか場合

本名にさんを付けて話していないとそれが自分の息子の話かどうか

お母さんもお父さんもわからない


どこか他の国にもこういう風習は在るのかも知れないのですが

同じ会社で一緒に仕事をしていて

仲間で飲んだり食べたりをしていても

それが何年もであっても

お互いのホンミョウは知らない

あえて聞かない


ホンミョウを知らない事が付合いがいい加減だからだと言う事にもならない

意味が解らずにニットさんだと紹介され


後で意味がわかると

~会社の少しさんです


だったのか~ 

ナンだか可笑しいな と思ったりした


こんにちわは猿です

よろしく鶏です

私の末っ子の妹のぼうふらです



事務所の中での日常も


りんご!ラクダの所へ行って

此処、と 少し、に頼んだ

蟻さんのプレゼンを持って

サトウキビさんと確認して

良かったら其の儘

大きい、さんの所にメールしておいてね


となるのです


本名には格式があって良い名前と

割りと普通なのとがあって

ホンミョウで呼び合うと

違和感がある事があるから

知らない方がイイんです

そう言われた事があるけれど

そうなのか

とも思うけれど


可笑しくなる事も未だにあるのです


でも、こういう呼び方をする社会なので

人と人の間が近く感じる事も確かで何代か前のこの国の首相が絵を描く人で

タイの人の展覧会で会いましたが

近所のおじさんのように話が出来たのです

私は只のナンでもない人間です

偶々話になっただけです


公務を離れれば

普通のおじさん


さすがにニックネームを聞く事はしませんでした

家族を優しい線で描く人です


夜の川辺で

Untitled-1 copy




昼間の喧騒が

夕方を過ぎるとピタリと止まる

バンコック一番の川

チャオプラヤー


水上バスの最終便が8時よりもずっと前に

過ぎてしまえば

この浮き桟橋の役目が変わります


桟橋の前に小さなタイ料理のお店

夜は

近くの学生の集まる

麦酒のお店


美大の生徒達

混ざって居れば乾杯 乾杯


明日になったら忘れているだろうな

酔った彼らにまた此処で会えば記憶が帰ってその繰り返し


浮き桟橋のござに坐って揺れながら

波の治まった川面と

対岸の暁の寺


闇の中から

突然に現れる

お菓子を売る手漕ぎの小船


水面に跳ねる小魚

川面を伝う風に吹かれて



芸術家の卵のざわめき


雨と魚が降る

雨と魚が降る


タイでは、雨と一緒に魚が降りますよ

イキナリそう云われた時

一体何を言っているのか解らなかった


云われたままに

雨が降ると魚が降ってきて水溜り泳いで居ると言う事なのです


魚は何処から来るんだろうね


空です

降ってくるんです


それが気になって気になって仕方が無く

雨の後に水溜りを覗かない訳は行かなくなりました


降って来たのかどうか判断は附かないけれど

小さな魚が泳いで居る事が無いでもないのです


少し前


住処へ帰ろうとドシャ降りの中

独り歩いていると


歩道と道路の段差のところと

道路の真ん中に


大きな鯰が口をパクパクとしているのです

こんなに大きなのが降ってきたのを見た事が無いので

ギョッとして


近くまで行くと正真正銘の

大鯰なのです


何処にも水路が無いし

道路も水が溜まっているわけではなく


たまたま

ドシャ降りの雨を突いてバイクに乗った女の子が通りかかり


ヌルヌルした大物を如何にか捕まえ

芝生の向こうの池まで持って行って

その池に放しました


変な事があるなと思っていましたが


その子は


いい事したから善かったね

家まで送ってあげる

と言ってくれましたが


すぐ近くだからとそれを断って

もう一度魚の居たところを眺めてみたのでした