作品個展「川島素晴 works」シリーズでは、毎回、ゲスト演奏家に、私のことについて書いて頂いております。(そしてその反対に、私から、ゲスト演奏家のことについても書かせて頂いております。)
 

今回も、2023年9月5日の「川島素晴 works vol.6 by 中村仁美」に寄せて、中村仁美さんから私についての文章をお書き頂きました。

そして、私からも、中村仁美さんについての文章を書かせて頂きました。

 


 

中村仁美→川島素晴

 

川島さんが芸大生だったころ、頼まれて学内演奏会で一緒に篳篥を吹いたことがあった。曲はジョン・ケージの《龍安寺》。編成は篳篥3本と神田佳子さんによる打楽器。川島さんはなかなか上手に篳篥を吹いていらしたように思う。

 

そんなこともあって篳篥を気に入ってもらえたのだろうか。9月5日の公演では川島さんの作曲された篳篥等の入ったアンサンブル作品が7曲も演奏される。マイナー楽器の篳篥としては稀有なことである。

 

川島さんの曲を演奏させていただいていると、思いがけない仕掛けや遊びがあったり、綿密なシステム的なものがあったりして、この方の頭の中は、いったいどうなっているんだろう、と、思う。

でも、というべきか、だからこそというべきか、頭だけじゃなくて身体を使うのがお好きらしい。肉体の極限を試すような速くて複雑な奏法を奏者に課して、破綻させるまで続けさせる。奏者を歩き回らせるのはもちろん、演じさせたり、格闘させたり。

あげくにはご自分の肉体を楽器に仕立て上げたこともあるくらいだから、人間の能力の極限を見たい、という欲望があるのかもしれない。

 

しかし、川島さんが何よりすごいのは、奏者の能力を過信して、とうていできそうもなさそうなことを要求できる能力かもしれない。

例えば、篳篥奏者にアウロスを吹かせるとか。

アウロス制作の発案者は木戸敏郎氏で、私はギリシャの壺絵を横目に見ながら、篳篥リード風ダブルリードのアウロスと、シングルリードのアウロスを日本の葦で作ってみてはいた。といっても手探りでの楽器作りで、音が出なかったり、2本くわえても同時に鳴らない等々の不具合があり、試行錯誤して調整してはみたものの到底人前で吹ける気がしなかった。

そんな不完全な楽器相手にでも、なんとか演奏できそうな曲を作ってしまえる川島さんってすごい。

 

予定調和されて作り込まれた既成ものからは生まれない、粗削りのエネルギーみたいなものが許されているという点で、このコンサートは篳篥吹きにも居心地が良い場だなと思うのでした。

 


 

 


 

川島素晴→中村仁美

 

中村仁美さんは篳篥(及びそれに類するダブルリード楽器)の名手として、常に新しい音楽の可能性を開拓し続けている稀有な存在である。事実、定期的に篳篥のリサイタルを開催したり、現代の作品のみでCDを作ったりという篳篥奏者は他に存在しないので、「現代における篳篥演奏の可能性を探求する唯一の存在」というチラシの謳い文句は、全く誇張のない表現である。「随一」ではない。「唯一」である。

 

私は、大学時代に雅楽の授業を履修し、篳篥を学んだ。雅楽合宿にも参加し(そういえば大学同期の藤原道山も一緒だった)、たぶんそれなりに篳篥や雅楽の何たるかは理解していたつもりである。

それにしても、(中村さんにもお書き頂いたように)その頃の学内企画で、ケージの《龍安寺》を(当時既に演奏家として華々しく活動を開始なさっていた)中村仁美さんと共演させて頂いた(もちろん、メインのパートではなく時々重なるサブパートの一つを吹いただけだが)というのは、今にして思えば何ともおこがましい限りだ。

 

そしてその勢いで、学部5年生だった時分に開催した作曲同人展「現在形の音楽」で発表した五重奏曲《ポリプロソポス III》(1995)の初演にご参加頂いたのが、私の作品の演奏に関わって頂いた初の機会となる。

これを2013年の個展で再演する折に、今回10年ぶりに再演する《三巳一体》(2013)の初演にも関わって頂いた。

その翌年には木戸敏郎プロデュースによるサントリーホールサマーフェスティバルの委嘱で《アウロスイッチ》(2014)の上演、そして(今回は演奏されないが)国立劇場委嘱による2020年の《ベルリン連詩》企画にもご出演・・・という具合に、折にふれ私の作品の演奏に携わって頂いている。

 

他の委嘱機会に作曲した篳篥を含むもの2曲、そして今回の出演者全員によって上演できる作品として1曲を加えた全6曲を上演して頂くリサイタル形式。それだけでも too much な内容ではあるが、この機会に是非とも、ソロの新作をご用意したいと思った。

 

篳篥ソロというのは、なかなか難しい。何しろ音域が狭い。奏法のヴァリエーションも(尺八などと比して)あまりない。

しかし、中村仁美さんの奏でる篳篥には、その限られた中だからこその拡がり、深さ、味わいが強く感じられる。声も魅力的だ。ステージに立つと、この小さな楽器からは考えられないような、演奏家としての総合的な存在感を放つ。

 

とはいえ、そうした魅力を直球で示すようなソロ作品は、既に彼女のレパートリーとして複数存在している。今回の個展は、全体として「遊び」がテーマとなっている。であるならば、そうした「遊び」の延長に、新作を構想しよう。

そのような、アウトサイダーな作曲家への深い理解もまた、その演奏の魅力(言い換えれば演奏家としての人間力)の一つであり、このようなキテレツな内容になったのも、そうした信頼の証でもある。(←ようするにおかしな内容の言い訳??)

 

篳篥のリサイタルは中村仁美さんが定期的に開催しているが、全曲一人の現代音楽作曲家による個展をリサイタル形式で、という今回のような内容は、前代未聞だし、今後も行われることはないのではないだろうか。

 

世界で一つだけの機会をご一緒できて、感無量である。

 


 

曲目表

→中村仁美⇄川島素晴 相互評 *本投稿

1)アウロスイッチ(2014)

2)ASPL 〜正倉院復元楽器による「遊び」(2011)

3)ASPL II(2021)

4)ポリプロソポス III(1995)

5)三巳一体(2013)

6)ひひきちり ちちきりひりり ききちりひ(2023/初演)

7)ギュムノパイディア / 裸の若者たちによる祭典(2016)