<演奏>
アウロス:中村仁美 アングルハープ:西陽子
 

 

川島素晴 works vol.6 by 中村仁美」の前半は、紀元前のギリシャ、エジプトの復元楽器のデュオ、正倉院復元楽器の6重奏、そして現代に伝わる邦楽器の6重奏という具合に、3000年の時空を超えたダブルリード楽器等の変遷を追う内容となっている。

 

(そして通底するテーマは「遊び」である。つまり時空を超えた音による遊びの系譜、ということになる。)

 

その第1曲《アウロスイッチ》は、紀元前のギリシャの壺絵等に見られる2本管の楽器アウロスと、

 

 

紀元前1850年のメソポタミア文明に始まりその後エジプトや東方に伝播したアングルハープによるデュオの作品である。

(以下の写真は紀元前10世紀から8世紀にかけてのエジプトの出土品。)

 

 


 

サントリー芸術財団サマーフェスティバル2014」(チラシpdf)のプロデューサーは、長く国立劇場で新作委嘱活動を続け、多くの復元楽器を手がけてこられた木戸敏郎だった。シュトックハウゼンの7日間に及ぶオペラ《光》の端緒となった作品《歴年》(1977)の雅楽版を37年ぶりに、管弦楽版と両方上演するということが目玉となっていた一連の企画の初日、8月22日のブルーローズ公演「始原楽器の進行形」に、サントリー芸術財団委嘱作曲家として参加させて頂いた。

 

上記のリンク先の、木戸敏郎のインタビュー文を引用する。

 

私が取り組んできた大切なプロジェクトが始原楽器の復元です。伝統を新たな創作につなげるためには、伝統をそのままコピーするのではなく、いま一度「原点」に立ち戻る必要があります。音楽における「原点」とはなにかを追及して私が行きついたのが「始原楽器」です。正倉院の箜篌が、ルーヴル美術館にある古代エジプトのアングルハープと同属であることに着想を得て、ルーヴルやカイロ博物館の始原楽器の数々も復元してきました。この作業は、復元に当たっては装飾など歴史的なものを除いて懐古趣味を排除し、構造を正確に復元して楽器としての性格に特化しました。古代のロマンではありません。新しい実験音楽の運動です。楽器が元来持つ音の情報量を解釈し直すという点で、シュトックハウゼンが「歴年」を作曲したプロセスに非常に似ています。「始原楽器の進行形」では、現代の作曲家が始原楽器のために作曲した作品と川島素晴による新しい作品を、楽器の紹介とともにお送りいたします。

 

このように、大変な意気込みで(それまでに行ってきた正倉院復元楽器などを遥かに飛び越えて)紀元前エジプトの楽器の復元と、それによる新作委嘱に取り組まれたわけだが、音楽史の記述が始まるより遥か昔の楽器による作曲ということで、そもそも楽器そのものが想像の産物であり、手探り状態での作曲となった。

 

2014年の初演に際して書いた文章をそのままここに引用する。

 

アウロスにせよアングルハープにせよ、壺絵等、限定的な資料のみからの復元ということで、端から時代考証の厳密さは想定されていないし、そもそも楽器としての安定的な状態や確定的な音階は望めない。古代を空想する楽しさと、それが現代に蘇って奏でられる可能性の探求とを両立させるには、ここでの作曲は、これらの楽器の構造的特性を存分に「遊ぶ」ということに尽きるという結論に至った。

そもそも私は、笙のための《手遊び十七孔》(2008)を作曲して以来、邦楽合奏とそれを操る演者たちによる《手振りの遊び》(2010)のように、邦楽器のための作品ではしばしば「遊び」という語を用いている。日本では古来、音楽演奏のことを「遊び」と称していた。楽器を奏でることは玩具をいじるのと同義であり、合奏は、例えばスポーツやゲームを皆で楽しむのと同義だった。いつ頃から「演奏」なる語が用いられ、「遊び」と区別されるようになったのであろう。一方で外国語を見渡すなら、例えば英語の「play」やドイツ語の「Spiel」は、今日においても「遊び」と「演奏」両方の意味を共有している。「演奏」とは即ち「音で遊ぶ」ことだという感覚は、古来、世界共通の感覚であるはずだ。

一方で私は、2012年に幼児と大人によるピアノ連弾作品《けんばんスイッチ》を発表した。これは、幼児が「けんばんスイッチ、ド!」とドレミを鍵盤で提示し、大人が「<ド>っきりさせる」と言いながらそのような音型を奏でる、といった関係を示す作品である。このアイデアをここでも拡張し、アウロスが「スイッチ」となってアングルハープを操るような関係を示していき、恰も蛇遣いのようにアウロス奏者がアングルハープ奏者を操っていく。このような「遊び」を、古代エジプト人も行っていた・・・かもしれないという夢想とともに。

西陽子さんは筝を含む五重奏曲《縁の環》(2000)、中村仁美さんは篳篥を含む3重奏曲《三巳一体》(2013)等、これまでにも作品の演奏をお願いしてきたが、古代楽器での演奏は初めての機会となる。このような、楽器も内容も規格外の機会に、お二人のような素敵なメンバーと真の「遊び」を行えることは、この上ない喜びである。

 

初演当時もアウロスの製作は木戸敏郎による発案(無茶振り?)で中村仁美自身が行った。

アングルハープは木戸敏郎による発案により野原耕二によって製作されたものであり、今回、9年ぶりの上演に際してもご提供頂いた。(調弦などは矢野陽一に継承され協力頂いた。)

 

アウロスはシングルリード(管に直接コの字の切込みを入れたもの)4孔2本セットのものと、ダブルリード(篳篥のようなダブルリードを管に挿入したもの)3孔2本セットのものによる。

アングルハープは外観は箜篌に似ているが、21弦のガット弦を持ち、共鳴胴に仔牛の皮が貼られているという点が異なる。

 

左右のアウロスからアングルハープにリボンが結ばれる設定は、何か史実があるわけではなく、私の創作である。

 

独りアングルハープを弾く奏者に、アウロス奏者がシングルリードの楽器で楽想を提示してアンサンブルを要求する。

その要求に嫌気がさし拒絶するアングルハープ奏者。

そこで今度は、アウロス奏者がダブルリードの楽器で別の楽想を提示する。

当初はフォローするアングルハープだが、やがて手前勝手に演奏を開始する。

そして・・・。

 

といった内容であり、いわば、古代の音遊びへの夢想をそのままリアライズしたもの、とでもいうべきものである。

 


 

曲目表

中村仁美⇄川島素晴 相互評

→1)アウロスイッチ(2014)*本投稿

2)ASPL 〜正倉院復元楽器による「遊び」(2011)

3)ASPL II(2021)

4)ポリプロソポス III(1995)

5)三巳一体(2013)

6)ひひきちり ちちきりひりり ききちりひ(2023/初演)

7)ギュムノパイディア / 裸の若者たちによる祭典(2016)