文系の人間にとっては進化心理学の自然科学的な分析に終始している上巻よりも、下巻のほうが興味がわきます。進化生物学的に何を美しいと感じるか?何をおいしいと感じるか?など、自然適応に即した人間の性質については納得性が高い。一方で芸術と価値の世界については進化生物学では解明できないというのが、哲学の世界には踏み込めない自然科学の限界を明らかにしていてこの点も納得性の高い結論になっています。
上記は下巻の説明ですが、上巻も興味深い内容満載。
■心とは何か?
複数の器官からなる系であり、狩猟採集によって生きてきた我々の祖先が、日々の問題を解決しながら進化する過程で自然淘汰によって生み出された。
■心地よい環境
オリアンズとヘイワゴンは、人がどのような種類の風景を美しいと感じるかを知るために、庭師や写真家や画家などの専門家の意見を調べ、スライドを見せる実験を捕捉するデータとして、その結果を提示したところ、最も美しいと感じるのは最適条件のサバンナにそっくりの風景。
具体的には、半ばひらけた風景で平坦な地被植物、地平線までの見通し、大きな木、水、高さの変化、多数の抜け道。
例えば、地理学者のジェイ・アップルトンは、魅力的な風景を作っているものを簡潔に捉えた。見通しと保護「すなわち見られずに見えること」。その場所の地勢は安全であると判断可能。
レイチェル・カプランによれば、心を不安にさせる風景=先が見通せない風景=丘に沿って曲がっている道、蛇行した川、木々の葉の隙間、起伏のある土地など
*家を買うときの3原則:利便性、見晴らし、自然の風景
■食べ物の嗜好
エリザベス・カシュダンによると、3歳までのうちに親から食べるものを経験し、3歳以降になると食べたことないものを食べる意欲が急激に低下。生後2年間は食べ物に関する学習に感受性のある時期。母親が食べるものを管理して、子供は与えられたものをなんでも食べる。それから好みが自然に狭くなり、感受性のある時期に与えられたものだけしか受け付けなくなる。
→自分の味の好みは親によって決定づけられるという理論
進化心理学者ポール・ロジンによると、食べ物に対する嫌悪感は、私たちの祖先が危険な動物の体を食べないようにする適応。糞便、腐肉、動物の湿った柔らかな部位は有機微生物の温床だから体内に取り込まないように進化している。
人類学者マーヴィン・ハリスによると、大型の動物が手に入る社会の人たちは、アニマリトス(昆虫やミミズなどの小動物の摂取)を避け、手に入らない社会の人たちはアニマリトスを食べる→動物が消費する栄養の獲得率を最大にするため。
→上記2つの説は親の教育というよりも、そもそも人間が先天的に持っている自然適応的な食べ物の嗜好の資質。
一方で食べ物のタブーも面白い。
ヘブライ人・イスラム人:砂漠の民で豚は森の動物で水・木の実・果実・野菜などの栄養のある食べ物が人間と競合。コーシェル(食べてよい動物)は、羊・牛・山羊などの反芻動物で貧弱な砂漠の植物を食べて生きている。インドでは牛を解体して食用にするには貴重すぎる。
→人間と利益相反する豚のような生き物は、家畜するには容易であっても(ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」)、それを宗教的タブーによって回避する傾向があるということ。
ホモサピエンス全史のハラリ氏によれば、認知革命という虚構を作る脳のメカニズムが、文明を発明し、現代にいたる地球における人間の繁栄を生み出したのだから、宗教や哲学を発明した脳という機能は決して進化の(役に立っていないという)副産物ではなく、自然適応度の向上に寄与しているともいえるのではないかと思います。
とはいえ、自我や意識の問題、意味と価値の問題は「事実」を扱う自然科学では、その謎を解くことができないというのは確かにその通り。
人間は原理的に外の世界を知ることはできない、間主観的確信のみが自分の意味と価値の世界を構成しているのだから。
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