先日のブログで「今の陸自定数では朝鮮半島有事に対応できない」というタイトルの記事を書かせていただいた。長文になったので途中で区切り、今回はその続編として書くことにする。


前回は朝鮮半島有事が発生した場合に我が国の陸上自衛隊が対処せねばならない主な事態としておおまかに以下の4つの事態を挙げた。


①少数の特殊部隊や工作員の浸透上陸による破壊工作への対処


②国民保護法に基づく戦闘地域からの国民の退避支援、保護


③重要防護施設の防護


④朝鮮半島を脱出した難民への対処


そのうち前回のブログでは①と②の事態だけでも陸自は多くの兵力を割くことになり大きな負担を掛けることになり、15万4千人の定数しかいない陸自では対処に限界があると問題提起した。


しかし、それだけではなく今回取り上げるように③と④の事態にも陸自は対処することになるのである。


まず③の重要防護施設の防護とは、防衛省は2004年に有事の際に自衛隊が最優先で防護することを定めた全国で135か所に及ぶ重要な施設のことである。重要防護施設は原発や政府中枢施設などAランク及び在日米軍施設や石油コンビナート、通信施設などBランクの2つに分かれている。


仮に朝鮮半島有事が発生すれば自衛隊はA、B合わせて135か所にも及ぶ重要防護施設を守るために作戦を実施することになるが、135か所もの施設を監視、警戒、防護するのは簡単ではない。


まず常時警備を実施するためには交代要員も含めれば1か所だけでも相当の人員が必要になる。ましてやそれが原発や石油コンビナート、在日米軍基地などの広大な施設となれば警備に必要な人員は多くなる。


仮に135か所全部を防護するとなれば、それこそ日本国内に浸透した北朝鮮特殊部隊の掃討作戦実施と同様、万単位での兵力が必要となる。


さらに重要防護施設の防護に加え、④の朝鮮半島を脱出した難民への対処が必要になる。


朝鮮半島有事が発生すれば戦乱を逃れるため、あるいは北朝鮮の独裁・弾圧に嫌気が差した北朝鮮の一般市民が大挙して韓国や中国、日本に逃げ込むと予想されている。


日本には小舟等で海を渡り、多ければ20万人程度の難民が来るという試算もある(北朝鮮は日本を混乱させるために意図的に難民を送り込む可能性もある)。そうなると人道上の観点から日本政府は難民を保護する必要があり、難民収容所の設営の支援や警備にも陸自が動員される。


全国で難民収容所を開設すれば、これまた陸自は多くの人員を割かねばならない。


このように①~④までの複合的事態に同時に対処することが陸自に求められているが、ここで最も懸念されるのが現在の陸自定数で対処できるのかという点だ。


陸自は定数が18万人から15万4千人に減らされただけでなく、予算不足などの諸事情もあり実員は定員を大きく下回っている。絶対的にマンパワーが必要とされる特殊部隊の掃討や国民保護、重要防護施設の防護のための人員が確保できない可能性があるのだ。


例えば防衛省では北朝鮮特殊部隊の掃討には1か所への浸透につき6千人程度で対処するとしているそうだが、これが仮に10か所であれば6万人が必要になる。陸自は実員が14万人程度だから、実に半数近くの兵力を割くことになるし、それ以外の②~④の事態にも対処せねばならない。


しかし、継続して作戦を実施するためには実員の14万人を同時に動員することは出来ず、交代や支援要員を考慮すると一度に動員出来るのは最大でも3~4分の1程度になる。


そうなると浸透した特殊部隊の掃討はおろか、国民保護や重要防護施設の防護、難民への対処に回す人員すら確保できない事態になり得るのである。これは朝鮮半島有事に日本が対処できない事を意味する。


アメリカ軍の来援を期待する声もあるだろうが、朝鮮半島有事への対処を目的として日米が共同で作成した作戦計画「5055」では北朝鮮特殊部隊や工作員の浸透には基本的に日本が単独で対処することとされているためアメリカ軍を頼りにはできない。


とにかく陸自は対処せねばならない事態や日本の地理的条件に対して規模が小さ過ぎるのだ。例えば軍事評論家の小川和久氏は陸自は最低でも25万人は必要と主張している。


冷戦崩壊もあり、大規模な着上陸侵攻(正規戦)の可能性が低くなってから日本では陸上兵力を軽視する傾向が強い。


しかし、朝鮮半島有事の際に発生が懸念される非正規戦や重要防護施設の防護、国民保護には正規戦よりも多くの兵力を必要とする可能性もあるのだ。


それなのに日本の政治家や財務官僚、メディアなどはこの点を全く無視し、あろうことか陸自定数を一層削減しようとしている。これは自殺行為に等しい暴挙だ。


だからこそ陸自軽視の風潮に警鐘を鳴らしておきたい。今の陸自定数では朝鮮半島有事に対処できない。有事に的確に対処し日本の領土と国民の安全を守るためにも、陸自は大幅に増強すべきだ。