適応障害になって先生を辞めた私に上司がかけてくれた言葉
こんにちは。またまた数ヶ月ぶりになってしまいましたが、私の中で、ある一つの想い出が、まとまった物語になったので、文章として残しておきたいと思い、久しぶりにここを開きました。前回のごとく、自分が書きたくて書いているもので、相変わらず長いですが、お付き合いいただけると嬉しいです。私が小学校の教員を辞めたときのお話です。私が教員を辞めたのは、働き始めてから5年目の秋のことでした。5月に母がクモ膜下出血で倒れ、そこから私も適応障害になって学校に行けなくなってしまい、療養休暇を経ての辞職でした。正直あの半年は…今から冷静に考えると、たったの半年だけなのですが…永遠に抜けることのできないトンネルの中にいるような、本当に辛く、苦しい半年でした。何が辛かったかというと…自分が、他人に迷惑しかかけられない存在となってしまったことです。「こちらのことは気にしなくていいよ。」と、ウチのクラスの分まで対応してくれた、一緒に組んでいた学年主任の先生。「今のあいさんの状況だと、診断書をもらって、療養休暇を取った方がいいから。」と、一緒に病院に付いてきてくれた、教頭先生。「あいさんの荷物、まとめて玄関に置いておいたから。人に会うのが辛いなら、夜、誰もいない時間に取りにおいで。」と、電話をくれた、前年に一緒の学年を組んで、仲良くしてくれていた、大先輩の講師の先生。「ぼくが責任持って、このかわいい子どもたちを引き継ぎますので。安心してください。」と、私が受け持っていたクラスに、途中から入ってくれた、若い講師の先生。そして…きちんとした引き継ぎもできないまま、なし崩し的に辞めることになったにも関わらず、何も言わず受け入れてくれた、その当時のクラスの子どもたちやおうちの方…「きちんと休む日の分は準備したい。」「テストの丸付けは私がやりたい。」「せめて1学期の成績はつけてあげたい。」「自分の荷物は自分でまとめたい。」「子どもたちや保護者には、きちんと説明して終わりたい。」…布団から出られなくて、涙が止まらないような状態になっても、やりたいと思うこと、やらなきゃと思うことは、次から次へ頭に沸いてきていたのですが。「やります。」「やれます。」と口で言うだけで、身体は動けず、何も実行に移せなかったので、結局、最後は、全てを周りの人にやってもらって、私の教員人生は終わりを迎えました。もう、その周りの優しさが、逆に申し訳なさすぎて、いたたまれなくて。余計に、「自分は、周りの人の邪魔者だ。」「私は生きている価値のない人間だ。」と、どんどん追い込まれていっていきました。そんな状態でしたが、辞める最後の日は、何とか学校に行きました。先生方や子どもたちに、どんな顔で会えばいいのか、どんなことを言えばいいのか分からず、結局、上辺だけの笑顔、上辺だけの言葉しか、出てきませんでした。最後、職員玄関から出るとき、教務の先生が付いてきてくれたのですが。とても優しい先生で、いつも顔を合わせると、私のことを褒めてくださる先生だったので、私も甘えが出たのか、思わず、「私の教員人生は、人に迷惑をかけることしかできませんでした…。」「たくさんの人に助けてもらったのに、何もお返しできないまま、辞めることしかできないのが、またさらに辛いです…。」とポロッとこぼしてしまいました。するとその先生は、「あいさん、もらった恩は返すのではなく、他の誰かに送ればいいんだよ。」「あいさんがぼくたちの恩を受け取ったと思っているのなら、この先、あいさんが他の誰かを助けてあげることで、その恩は送られていくんだよ。」と仰られました。でも、正直…その当時の私は、この言葉を受け入れることができませんでした。今、何もできない自分が辛くて、お世話になった方々にすら何も返せない。こんな私がこの先、誰かを助けるなんてことは、到底できるはずがない。…と。受け入れることができなかった、この「恩送り」という言葉ですが、受け入れることができなかったからこそ、ずっと心に残っていて。その後、さらにいろいろな経験を経て、十年が経った今、ようやくその意味が分かるようになりました。私は今、作文講座や国語教室をやっています。私は今、子ども食堂もやっています。私は今、フリースクールもやっています。他にも、地域学校協働活動の推進員として、地域と学校を繋ぐ橋渡しをしたり、新しく合併する小学校の準備委員会に保護者代表として出席させていただいたり、教員ではないにしろ、学校や子どもたちのために、何かできることはないかと、あれやこれやと奔走しています。我ながら、その原動力はどこにあるのだろう…と思っていたのですが…。これはきっと、教員時代にたくさんの「恩」を受け取ったからだと思うのです。そして、私自身が誰かを助ける側に回ることも多くなりました。そういうとき、「ああ、私は今、あのとき受け取った恩を、次に送っているのだなぁ…。」としみじみ感じるのです。あの当時、私を助けてくれた方々がきっとそうであったように、私も助けた相手からの見返りが欲しいとは全く思いません。そうでなく、「きっと、次は、あなたが他の誰かを助ける番になるんだよ。」と、心の底から思います。そういう、目に見えない気持ちのやりとりが、この人間社会を支えているのだな、と思うと、心が温かくなります。10年前、この「恩送り」の言葉を、あの先生から与えてもらったことで、今の私は、10年前のドン底の私を、認めてあげることができました。言葉というのは、時空を超えるのだなぁ、と、とても不思議な気持ちにもなります。私の中には、まだまだいただいた「恩」のパワーがたくさんあります。それだけたくさんの「恩」を受け取ることのできた、その環境にいたこと自体にも感謝しつつ、これからも、自分にできることを着実に行っていき、「恩」を周りにも送っていけたら、という風に思います。