九代目七右衛門の徒然日記 -8806ページ目

土蔵の雪囲い完成までの様子

土蔵の雪囲い(ゆきがこい)改造の様子を爺さん()が撮影してくれていました。雪国の土蔵は、「雪囲い」といって土蔵の建物から半間外側に柱を立てて、そこに屋根をかけた二重構造になっています。この空間に茅葺き屋根の葺き替え用の茅を保管したり、以前は囲炉裏や風呂の焚きつけ用の杉の葉や、掘りごたつに使う炭などを保管していました。今でも茅の保管場所となっています。その空間に雪が舞いこまないように、貫(ぬき)の部分に稲藁をかけているのですが、今年で田んぼをやめる事になり、稲藁の調達が出来なくなるので、板で囲う工事をしました。施工は、民家再生工事で有名な降幡建築設計事務所の施工も請負っている大町市の横山建工さんです。

12月7日には部材を運びこみました。入口の右側に立てかけてあるのが部材です。
九代目七右衛門の徒然日記

まずは家のまわりの片付けからです。
九代目七右衛門の徒然日記

いつもお願いしている大工さんなので、こういった片付けまですべてやってくれます。
九代目七右衛門の徒然日記

12月8日も片付けが続きました、手前に見える赤い機械は薪割り機です。
九代目七右衛門の徒然日記

だいぶ片付いてきました。
九代目七右衛門の徒然日記

12月9日に板張りをしました。貫の間の板は外せるようになっていて、中に屋根を葺くための茅などを入れる事が出来ます。
九代目七右衛門の徒然日記

12月14日はペンキ塗装です。
九代目七右衛門の徒然日記

元々ステインを塗ってあったのですが、さらにもう一度塗装しました。塗料は和信化学工業のガードラックです。
九代目七右衛門の徒然日記

ここからは今回帰省した時に、1月2日の買い物から帰ってきた後、私が撮影した写真です。
九代目七右衛門の徒然日記

入口です。
九代目七右衛門の徒然日記

東側から見たところです。
九代目七右衛門の徒然日記

東側はまだ藁がかかっていますが、春になったら東も同じように板張りにしてくれるそうです。
九代目七右衛門の徒然日記

西側と南側は、このままにしておくとの事でした。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬帰省 ハピアへ買い物

10時半から、婆さん()と姉と私の3人でハピアへ買い出しに出かけました。まずは、姉が明日千葉へ帰る切符を買いに白馬駅へ行きました。「スーパーあずさ」の指定席が3人分なんとか取れたそうです。
九代目七右衛門の徒然日記

続いて婆さん()が風邪薬を買いにナカジマ薬局へ行きました。奥に見えるのが白馬村役場です。
九代目七右衛門の徒然日記

そしてAコープハピアに到着しました。
九代目七右衛門の徒然日記

駐車場からは白馬八方尾根スキー場が見えました。
九代目七右衛門の徒然日記

ハピアの入口です。
九代目七右衛門の徒然日記

ここの目玉はなんといっても「おいしさぶったまげ」の「はくばの豚」です。
九代目七右衛門の徒然日記

一般の週刊誌に並んで、スキーやスノーボードの雑誌が並んでいるのも白馬ならではだと思います。
九代目七右衛門の徒然日記

そしていつも驚かされるのが「業務用品売り場」です。なにもかもがビッグでびっくりです。
九代目七右衛門の徒然日記

買い物の後の福引で、2等の鉢植えが当たり、鐘を鳴らしてもらいました。
九代目七右衛門の徒然日記

帰り道に飯森の交差点から見た白馬五竜スキー場です。
九代目七右衛門の徒然日記

佐野沖から見たサンアルピナ白馬さのさかスキー場です。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬小径の目印も雪に埋もれていました。
九代目七右衛門の徒然日記

外灯はストックをかたどっています。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬帰省2日目の朝 家のまわりの様子

昨夜はすごい風が吹いて、隙間だらけの我家には、家の中まで雪が舞い込むほどでした。大正時代に張ったガラスのままの建具は一晩中ガタガタと音を立てていて、窓際に寝た私はあまりよく眠れませんでした。朝起きて外を見ると、雪の上に風で吹き飛んだ杉の葉っぱが散乱していました。
九代目七右衛門の徒然日記

雪はあがって、所どころに青空が見える天気となりました。
九代目七右衛門の徒然日記

朝食後はまた1組帰るお客さんがいて、みんなで見送りました。東京のお客さんですが、12月の2週目も来て下さって、来週の3連休もお越しいただけるとの事です。
九代目七右衛門の徒然日記

お客さんを見送った後は、家のまわりをひとまわりしてみました。雪囲いを新しくした土蔵です。
九代目七右衛門の徒然日記

薪小屋です。
九代目七右衛門の徒然日記

北側から見た主屋です。
九代目七右衛門の徒然日記

井戸屋です。本家のおじさんが薪を積んでくれたそうです。
九代目七右衛門の徒然日記

再び庭に戻ってきました。
九代目七右衛門の徒然日記

娘と姉と家内です。
九代目七右衛門の徒然日記

どこから出てきたのか、子猫が家内のうしろについて歩いていました。
九代目七右衛門の徒然日記

大屋根からのつららです。
九代目七右衛門の徒然日記

婆さん()もでてきたので、4人で記念撮影をしました。
九代目七右衛門の徒然日記

家の西側です。
九代目七右衛門の徒然日記

屋根から雪が落ちてくるので、各所にこのような看板を立てています。カットレタリングは家内が、看板は従兄弟と甥が作ったものです。
九代目七右衛門の徒然日記

元日スノーボードinヤナバスノーパーク

元日の午後は、甥Aとお客さんたちは温泉に出発、甥Bと娘と私の3人は昨年同様ヤナバスノーパーク に出かけました。
九代目七右衛門の徒然日記

リフトはクワッドとペアの2本。白馬山麓では最も小規模なスキー場ですが、パークアイテムやハーフパイプなど、スノーボードのパークアイテムは充実しています。
九代目七右衛門の徒然日記

駐車場はほぼ満車でしたが、ちょうど1台空いた所があって入る事が出来ました。今年は娘がスノーボードに挑戦したいという事で、私も14年ぶり3回目のスノーボード をする事にしました。
九代目七右衛門の徒然日記

ゲレンデ内にある「レンタルショップ加久栄」という高校時代の卓球部の後輩の店で、1セット2000円でスノーボードを借りました。ゲレンデはけっこう賑わっていました。
九代目七右衛門の徒然日記

リフト券は昨年まで2シーズンは1日券が1000円だったのですが、今シーズンは2000円に値上がりしていました。それでも全国のスキー場の中では最も安い1日券なのではないかと思います。娘は中学生なので子供料金で1000円、甥Bと私は午後券1500円を購入しました。
九代目七右衛門の徒然日記

娘と甥Bです。
九代目七右衛門の徒然日記

娘は初めてとは思えないほどスイスイ滑りだしたのでびっくりしました。今回3回目という甥Bの指導が良かったようです。
九代目七右衛門の徒然日記

スノーボードはリフトの乗り降りが大変なのと、座り込んで板をつけなければならないのが難点ですが、靴が歩きやすいのと、道具がボード1枚のみの身軽さは魅力です。
九代目七右衛門の徒然日記

雪はけっこう激しく降っていました。リフトに乗っている時は寒いのですが、滑り始めると暑くなる感じで、ちょうど良かったです。
九代目七右衛門の徒然日記

2時間ほど滑ると、娘はターンが出来るまでに上達していました。
九代目七右衛門の徒然日記

4時過ぎにナイターが点灯しました。晴れていれば目の前に青木湖が見えるのですが、最後まで青木湖を見ることはできませんでした。
九代目七右衛門の徒然日記

ヤナバスキー場は4時半から5時半まではコース整備のため一旦リフトを止めて、コースを閉鎖してコース整備に入るという事で、4時半にリフトが止まりました。
九代目七右衛門の徒然日記

最後は余裕でポーズの娘です。子供の物覚えの早さには驚くばかりです。私もなんとか左右均等のターン弧が描けるようになってきました。
九代目七右衛門の徒然日記

駐車場に戻ると約4時間で車が真っ白になっていました。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬帰省 元日 雪かき

朝食後は、庭の雪かきをしました。スキーウエアに着替えて、畑をラッセルしていって撮った我家の全景です。
九代目七右衛門の徒然日記

お客さんたちと一緒に、車を1台1台、雪の中から出して行きました。
九代目七右衛門の徒然日記

小学校1年生の女の子のお客さんは、雪だるまをつくったり、かまくらを掘ったりしながら楽しそうに遊んでいました。
九代目七右衛門の徒然日記

1時間ほどで家の西側の雪かきが終わり、家の中に入りました。東の2階の奥の縁側から見たつららと庭の様子です。
九代目七右衛門の徒然日記

甥たちも起きてきて、今日帰られるお客さんがいるので、囲炉裏のまわりに集合して全員で記念撮影をしました。
九代目七右衛門の徒然日記

お客さんの見送りです。リンゴなどをお土産に渡して、全員で見えなくなるまで見送りました。
九代目七右衛門の徒然日記

雪はまだまだ降り続いていました。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬の実家に届いた801通の年賀状

9時20分頃、お客さんたちの食事が始まりました。お雑煮と、伊達巻、かまぼこ、姫鱒(ヒメマス )の煮つけなどなどです。
九代目七右衛門の徒然日記

私は囲炉裏端で火の番をしていました。
九代目七右衛門の徒然日記

9時半過ぎに年賀状が届きました。

九代目七右衛門の徒然日記

マル七の元旦恒例行事 で、早速、食事が終わったお客さんたちと一緒に枚数を数えました。
九代目七右衛門の徒然日記

100枚ずつまとめていくと、全部で801枚ありました。父は2000通の年賀状をゴールデンウィーク明けから私製葉書に書いており、表書きはすべて筆で手書き、裏には定型文を印刷していますが、すべての人に添え書きをしています。1月10日頃までには約2000通の年賀状が届くそうです。
九代目七右衛門の徒然日記

お客さんの食事と片付けが終わると、我々家族の朝食が始まりました。甥2人はまだ寝ていましたが、姉を加えて家族6人で写真を撮ってもらいました。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬で迎えた元旦

昨夜寝たのが3時過ぎだったので、起きたのは9時でした。部屋の窓を開けると、すっかり雪景色です。
九代目七右衛門の徒然日記

下に降りると、お客さんが既に起きており、婆さん()と姉が朝ご飯の支度をしていました。
九代目七右衛門の徒然日記

外に出てみると、昨夜ほどではないですが、粉雪がぱらぱらと降っていました。
九代目七右衛門の徒然日記

今朝7時前に、下の家のおじさんが来て、庭の雪を除雪してくれたそうです。すっかりきれいになっていました。
九代目七右衛門の徒然日記

一晩で60cm降ったとの事です。車はすっぽり雪の中に隠れていました。
九代目七右衛門の徒然日記

元旦なので、爺さん()が玄関に日の丸を飾ってありました。
九代目七右衛門の徒然日記

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。大雪の白馬でお正月を迎えました。
九代目七右衛門の徒然日記

甥とお客さんたちは、近所の子安神社 に初もうでに出かけました。
九代目七右衛門の徒然日記

姉と我々家族はジャニーズカウントダウンコンサートを終わりまで見て、家族3人でマル七温泉 に入って寝ました。

白馬の大晦日

6時半頃、白馬の実家に到着しました。
九代目七右衛門の徒然日記

夕方、お客さんが帰ってきてから10cmくらい積もっていたようです。
九代目七右衛門の徒然日記

今晩宿泊のお客さんは常連さんばかり9名です。姉の家族3人とみんなで我々家族の到着を迎えてくれました。
九代目七右衛門の徒然日記

夕食は、爺さん婆さん(両親)と姉の家族と8人でわいわいがやがや食べました。
九代目七右衛門の徒然日記

食後は、囲炉裏端でお客さんたちと焼酎のお湯割りを飲みました。
九代目七右衛門の徒然日記

午後9時過ぎに、庭の方から除雪機の音がするので外に出てみると、下の家のおじさんが庭の除雪をしてくれていました。田舎の暮らしはもちつもたれつと言いますが、本当にありがたいことです。
九代目七右衛門の徒然日記

我々が到着して3時間ほどで、10cmくらい積もっていました。
九代目七右衛門の徒然日記

あっという間に庭の雪が無くなり、広い駐車場が出来ました。
九代目七右衛門の徒然日記

我々家族はこたつで、お客さんたちは囲炉裏のまわりで、紅白歌合戦を見てジャニーズカウントダウンコンサートを見ながら新年を迎えました。娘と婆さん(母)と姉です。
九代目七右衛門の徒然日記

白馬帰省 行きの様子

午後2時に白馬に向けて出発しました。途中、朝霧高原から見た富士山です。山頂には雲がかぶっていました。
九代目七右衛門の徒然日記

さらにアップでもう1枚。2枚とも娘が車内から撮影したものです。
九代目七右衛門の徒然日記

双葉SAで一旦休憩をしました。入口には門松が飾ってありました。
九代目七右衛門の徒然日記

レストランの裏側には、ログハウスの売店が出来ていました。
九代目七右衛門の徒然日記

「本日、富士山が見えます」という幟(のぼり)が出ていましたが、富士山はすっぽり雲の中でした。
九代目七右衛門の徒然日記

須玉ICを過ぎたあたりから雪が降り始め、小淵沢を過ぎると吹雪になりました。路肩の温度計は-5℃を示していました。梓川SAに着くと、一面真っ白になっていました。
九代目七右衛門の徒然日記

梓川ASのトイレの入口にはペレットストーブ がありました。
九代目七右衛門の徒然日記

NEXCO中日本では、南信バイオマス協同組合(飯田市)と協定を締結して、ペレットを生産しているそうです。
九代目七右衛門の徒然日記

豊科インター手前で、10分ほどのチェーン規制渋滞となりました。インターを出てすぐ右側にあるスワンガーデンで、ミスタードーナツを買いました。
九代目七右衛門の徒然日記

道の駅松川あたりで午後5時を過ぎ、東の空からまんまるい月が出てきました。(娘撮影)
九代目七右衛門の徒然日記

大町市に入る手前あたりで事故渋滞で全く動かなくなり、国道148号線に迂回しました。発煙筒が上がり、救急車が来ていたのでかなり大きな事故だったようです。大町に入るとものすごい雪降りになりました。さらに佐野坂を越えるといっそう激しい雪になりました。6時半頃、白馬の実家に到着しました。