九代目七右衛門の徒然日記 -8795ページ目

道の駅「但馬楽座」養父温泉

スキー指導員検定会の帰り道、国道9号線と312号線の合流点沿いにある道の駅「但馬楽座」にある養父温泉(やぶおんせん)に寄りました。温泉とホテルのある道の駅です。
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駐車場を挟んで反対側にも特産物売場がありました。
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中に入ると地下1階が温泉と書いてありました。
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エレベーターもありましたが、階段を下りていくと正面に「湯快温泉」と書いてありました。
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入浴料500円を払って中に入りました。下駄箱が200個くらいずらっと並んでいて、その奥が休憩室になっていました。手前が洋室で奥が和室です。
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男湯の入口です。
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ロッカー室は広く、ロッカーも大きめで使いやすかったです。
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更衣室と洗面スペースは分かれており、奥に洗面台が6ヵ所ありました。ドライヤーは置いてありましたが、綿棒やアメニティーはありませんでした。
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養父温泉はラドンを含む弱アルカリ性の天然温泉で、効能は、神経痛・筋肉痛・慢性消化器病など実に様々、保温効果にも優れているため、長時間ほどよいポカポカが続くそうです。滑らかな湯質がお肌に潤いを与えることから、「美人の湯」とも呼ばれているそうです。
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地下の深さ1000mから涌出する温泉で、日本に多い名湯はこの単純泉が多いそうです。昭和60年12月より開始した比較的新しい温泉で、平成3年6月には宿泊施設を併せ持つ温泉のあるドライブパーク『但馬楽座』として生まれ変わったとの事でした。
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お昼時とあって、温泉は誰も入っておらず、貸し切り状態でした。
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窓辺に大きな浴槽がありました。
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家の浴槽より大きな「かかり湯」です。()
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露天風呂はありませんが、浴槽からは外の景色を見ることが出来ました。
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洗い場は14箇所あり、広々とした造りでした。
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サウナ

もありました。
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サウナは割りと狭く、4~5人程度の広さでした。
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風呂に入った後は、1階にある「和牛遊宴」というレストランで昼食をとりました。
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道の駅のレストランなのであまり期待をしていなかったのですが、目の前の鉄板でスタッフが調理をしてくれる本格派の焼肉店でした。
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私はハンバーグセット(1000円)を食べました。但馬牛を使ったハンバーグとの事で、美味しく頂きました。
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食後はコーヒーとバニラアイス。私の定番です。
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情報コーナーの隅には、高そうな壷や屏風が飾ってありました。
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スキー指導員検定会 第5会場(奥神鍋)結果

指導員検定も最終日となりました。昨夜からまた雪が降り始め、また雪の朝でした。みんな昨夜遅くまで飲んでいたのですが、今日はすっきりした顔で朝食を迎えていました。
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9時から結果発表と開会式という事で、8時半に全員そろって宿を出ました。
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閉会式は奥神鍋競技センターで行われました。
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開会式と理論もここで行われたそうです。
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受験者125名が集まっていました。後ろに立っていたのはほとんどが広島県のサポート隊でした。
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最初に第5会場責任者の菊地隆さんから挨拶がありました。菊池隆さんは岩手県スキー連盟の教育本部長で、雫石インターアルペンスキースクールに所属しているそうです。モットーは「人生とスキーは角を立てず」と言っていました。
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続いて株式会社奥神鍋代表取締役社長の飯田正治郎さんから挨拶がありました。今回の検定中に1件の事故があったとの事で残念であるという事と、安全の大切さについてのお話でした。
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最後に主任検定員の全日本スキー連盟普及委員 藤井宣文さんから講評と合格者の発表がありました。全国的にA単位 谷回りの点が低く、理解度が不足していたとの事でした。また、不整地小回りはスキーをいかに止めないで滑るかをジャッジは見ていたとの事でした。昨年はゼッケン順に並んで合格者は貼り出しで発表だったのですが、今年は合格者をランダムに読み上げるという方式の発表でした。第5会場は受験者129人中合格者は88名で合格率68.2%、出走者は125名だったので出走者に対する合格率は70.4%と昨年より やや上回る結果でした。広島県スキー連盟は13人中10名合格で76.9%と昨年の46 . 2% を大きく上回る結果でした。しかしながら私の所属するめがひらスキースクールからは3名中1名の合格と、残念な結果となってしまいました。
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合格者を代表して高知県の島田さんが合格証を受け取りました。今回4回目の受験で合格との事でした。
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閉会式が終わり、ゼッケン順に並んだ合格者が貼り出されました。
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合格者は名前を呼ばれた順番に前に出て合格手続きを行い、
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不合格者は後ろで取得単位の説明と種目別合否判定の紙を受け取っていました。
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合格した皆さんが次々と来てくれて、握手をして喜びを分かち合いました。合格者の皆さん、本当におめでとうございました。閉会式が終わって外に出ると、さっきまでの雪が嘘のようにすっかり晴れ上がっていました。
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同じスクールの4人で、色々話しながら宿に帰りました。一緒に頑張ってきた結果が、ふたつに分かれてしまい、複雑な心境でした。
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10時半に宿の食堂に集合して、解散式がありました。来年のサポート隊長が決まり、我々サポート隊に感謝の拍手を頂きました。
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滑って帰りたい気持ちも少しあったのですが、帰り道も長いことですし、無理せずそのまま帰宅する事にしました。
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今日は気温がどんどん上がり、帰る頃には今朝降った雪のほとんどが溶けていました。
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スキー指導員検定会 第5会場 2日目

部屋に戻って出走者の名簿を見せてもらいました。
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昨日、6種目中4種目が終わっており、今日は2種目のみとなっていました。Bコートの出走順は3班(2回目以降の受験者)、1班(あいうえお順の前半)、2班(後半)でした。
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外が急に明るくなったので部屋の障子戸を開けてみると、降っていた雪も止み、すっかり青空が広がっていました。リフトが動くのは8時半からで、まだ8時15分なのにリフトに並んでいる人たちの姿が見えました。
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8時25分には長蛇の列になっていました。道後山スキースクールの黒字に黄色のラインのウエアが妙に目立っていました。サポート隊も広島県内最大規模(笑)です。
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8時半にリフトが動き始めたので、恐羅漢スキースクールの方々と一緒にゲレンデに繰り出しました。
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Bコートはすでにまっ平らにならされ、新雪が残っているのは第2ペアリフト下部のみでした。
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リフトに乗っているのは、ほとんどが指導員検定関係者のようでした。ちょうどリフトに一番乗りした方々が滑ってきたところでした。
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Bコートを上から見たところです。
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受験者の皆さんはその隣のコースで練習をしていました。
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私は1本滑り下りて、途中からトラバースして第2リフト下の新雪を滑りました。少し重い雪でしたが、やっぱり新雪は気持ちいいです。しばらくするとBコート横が混みだしたので、スーパーゲレンデの方に人が出てきました。
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こちらの方がコース幅が広いので、総合滑降の練習をするには適しているようです。
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C単位 フリースタイル リズム変化(総合滑降)が行われるBコートを下から見たところです。
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B単位 パラレルターン 小回りが行われるAコートです。
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9時にコースが解放され、インスペクションが始まりました。今回はスタートの集合からゴール後の集合と、班別に完全に団体行動を取る事で、運営とコースインスペクションの効率化を図るとの事でした。
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我々サポート隊はスタートとゴールに分かれて、再度確認を行い、無線で連絡を取りながら各自の役割をこなして行きました。受験生13名に対して、宿泊した18名に、さらに日帰り参加の10名を加えて総勢28名の大サポート隊です。
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私が所属しているめがひらスキースクールからは3名の参加でした。みんな良い滑りを見せていました。
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10時20分には1班の競技がすべて終了し、明日の日程の説明を受けていました。
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途中でデラ掛けが2回入りましたが、みんな一斉に下りてきたのは、団体行動をとるようにした成果だと思います。
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11時にすべての種目が終了しました。
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最後の2班が集合して、明日の説明を受けていました。
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セパレートしていたコースもすぐに解放され、一般のスキーヤーの方が入ってきていました。
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広島県の受験者が全員集合して記念撮影をしました。
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みんな重圧から解放されて、ホッと一安心という顔をしていました。
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良しも悪しも明日の結果待ちです。

奥神鍋スキー場の朝

奥神鍋スキー場の朝は6時40分に起床しました。昨年は初回受験者、2回目以降の受験者、サポート隊の部屋が完全に分かれていたのですが、今年は入り乱れての部屋割りとなっていました。昨年一緒だった皆さんには1年ぶりに合う方も居て、なつかしく色んな話をしました。宿はスキー場のすぐ下で、部屋の障子戸を開けるとゲレンデが見えました。まだ雪は降り続いていました。
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7時から朝食があり、受験者とサポート隊、総勢31名が揃いました。昨日の様子を聞くと、一日中吹雪で視界が悪く、とても寒かったとの話でした。食事が終わって部屋に戻ると、雪はだいぶ止んできて、東の空から朝日が上がってきました。天気予報でも今日は晴れのち曇りとの事でした。
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朝食後、サポート隊が集まって、今日の分担の説明がありました。私の担当はBコートのフリースタイルリズム変化(俗に言う総合滑降です)のビデオ撮影に決まりました。三脚があったほうが撮りやすいと思い、車に三脚を取りに行きました。宿泊した「民宿とらや」の全景です。
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ご主人が竹中虎男さんなので「とらや」のようです。
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ゲレンデに出てみました。
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私がビデオ撮影をする予定のBコートです。上部にはコブが出来ていましたが、ピステンで綺麗にならしていました。
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駐車場に行くと、昨夜止めた駐車場はすでに満車になっており、昨日から降った雪は20cmくらいになっていました。
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駐車場の奥にはゲレンデへの連絡リフトが見えました。駐車場からゲレンデまで遠いなと思っていたのですが、これならスイスイです。
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指導員検定会、A級公認検定員検定会の他に、京都府の準指導員検定会、大阪府のクラブ対抗スキー大会も行われているようです。
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このあたりの宿はみんな老舗のようで、川沿いには味のある古い宿が並んでいました。
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奥神鍋スキー場 行きの様子

予定通り午後7時に会社が終わり、会社からそのまま奥神鍋スキー場に向けて出発しました。途中、福山サービスエリアで夕食にしました。
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ここには憩いのバラ園というのがあって、シーズンには約800本のバラが咲き乱れるそうです。
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入口にはこんなミニチュア水車が飾ってありました。
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夕食は人気ナンバー1という尾道ラーメン とチャーハンにしました。
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食後には大山美味しい珈琲モナカアイスを食べました。
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さらに150kmほど走って、龍野西サービスエリアでトイレ休憩と給油をしました。
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ここのトイレは土蔵のような造りで洒落ていました。
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山陽道の山陽姫路東ジャンクションから播但連絡道路に入り、和田山インターを降りたあたりから雪がちらついてきました。神鍋高原に近づくと、雪はさらに激しくなりました。このあたりの道路は消雪のため道路の真ん中からお湯が出ていて、凍結によるスリップの心配はありませんでした。午後11時半に奥神鍋に到着しました。歓迎「指導員検定会」の看板が大きく出ていました。
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宿泊街の入口に係の人がいて、駐車料金1000円が徴収されました。広島県スキー連盟が予約した宿は、宿泊街の一番上の「民宿とらや」というところでした。
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宿の近くには駐車場がないので、ここで荷物を降ろして、約500m下の駐車場に戻りました。
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駐車場に止めてある車には10cmくらい雪が積もっていました。
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宿に戻ると12時を過ぎており、サポート隊長のOさんと、同じめがひらスキースクールのYさんが寝ないで待っていてくれました。
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宿の奥さんも出てきてくれて、お風呂の場所と入り方を教えてくれました。
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ゆっくりお風呂につかって、明日からのサポートに備えました。
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奥神鍋スキー場へ行ってきます!

今日からスキー指導員検定会 受験者のサポートのため、スポーツのメッカ兵庫県日高町 神鍋高原に位置する奥神鍋スキー場(第5会場)へ行ってきます。奥神鍋スキー場は、「オクカン」の愛称で親しまれています。指導員検定会 は今朝から始まっているのですが、私は仕事の都合で会社を休む事ができず、今夜からみんなに合流です。奥神鍋までは375km。仕事が終わって7時ごろ出発すれば、今日中には着くと思います。広島県スキー連盟は歴代、前年度の指導員検定合格者が翌年の受験者をサポートすることになっており、理論問題の情報収集や、名簿作成による受験生同士や前年度合格者との情報交換、西日本ブロック特別講習会 と検定会本番の宿の手配、検定当日の食事手配、スキー用具の運搬、スタートでの指示、ゴールでの飲み物や軽食の準備と次の種目への移動の指示などを行ないます。私も昨年は、この手厚いサポートのお陰で、なんとか合格 する事が出来ました。受験者たちが精一杯の滑りを出来るように、出来る限りのサポートをしたいと思います。

ストック返品 交換

2月10日に買ったストック(SWIXカーボンプラス)なのですが、ストラップの留め具の部分が割れていたので販売店に連絡すると、初期不良なので修理するとの事で、12日に着払いの宅急便で販売店に送りました。16日にヒマラヤスポーツから電話があり、グリップから上を交換したが、ストラップの穴の部分が広がってしまったので、新品に交換するとの事でした。今度の土日にどうしても使用したいと言うと、新品が入荷するまで修理品を使ってほしいとの事で、今日、修理したストックが送られてきました。段ボールに入って、厳重に包装されていました。
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段ボールを開くと、さらにエアキャップ(プチプチ)に包まれていました。
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グリップを交換したとの事で、左右でグリップのマークが違っていました。
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ストラップの出る部分が広がってしまった(右)との事でしたが、そんなに気になるほどではありませんでした。
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でも新品に交換してくれるとの事で、それに越したことはありません。明日からの指導員検定会サポートに間に合ってよかったです。

白馬ガレット 公式ロゴマーク完成

そばの里として特産開発を進める白馬村はこのほど、白馬産そばと新名物の白馬ガレット の公式ロゴマークをデザインしたという記事が、2月16日の大糸タイムスに掲載されていました。
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ロゴマークは白馬ガレット の特色を内外にアピールすることで商品購入者の信用や販路拡大につなげるそうです。白馬商工会議所は、明確な地域資源の使用認可・規制をはかることで、使用する生産加工・販売者や観光・宿泊関係者らの管理意識向上を目指したいとしているとの事です。白馬産そばをイメージしたロゴマークは、日本の伝統色・灰桜色が基調に、赤、緑、オレンジ、青の4色カラーバリエーションもあるそうです。デザインは中央に3つ並んだソバの実を配置し、ソバの実は白馬のシンボルともいえる白馬三山や、上質のそば粉を表す「三つ星」のイメージを込めたと書いてありました。

白馬の新名物として、多くの人に知ってほしいと思います。

バンクーバー五輪 距離 白馬勢の活躍

今日はバンクーバーオリンピックの距離競技(クロスカントリー)が行なわれました。白馬村からは私の地元、神城地区から2名が出場しました。2人とも上位ではありませんでしたが、頑張りの滑りを見せていました。

msn産経ニュースには、『「99%楽しめた」初五輪の18歳・柏原理子(早大)』というタイトルで、柏原理子選手の様子が掲載されていました。『トップからは3分30秒以上離されたが、レース後の柏原(早大)の表情はすがすがしかった。「残り1%は辛かったけど、99%は楽しめました」。大学1年で挑んだ初の五輪。“本命”は昨年の世界選手権で7位入賞に貢献した20キロリレー(25日=日本時間26日)だ。「リレーに向けていい勉強になった。出だしも遅いし、強化していきたい」。岡本コーチが「もう少し走ってくれると思った」と振り返った通り、61位の成績は不本意だったが、大舞台で18歳が得た収穫は大きかった。スキーどころの長野県白馬村出身。長野五輪の距離会場の近くで生まれ育った。次兄の暢仁(早大)も昨年のユニバーシアード男子スプリントで銀メダルの実力者だが、五輪切符は逃した。「その分もしっかり走ろう」。心に誓ってバンクーバーに乗り込んできた。今季は正念場のシーズンだった。高校時代から苦しんできた脱臼癖と決別するため、昨年5月に右肩を出術。夏場の地道なリハビリを乗り越え、12月にはインカレのスプリントで優勝するなど完全復活を果たした。「ノルウェーの選手とか格好いいな。意志が強そう」。言葉からもまだ初々しさがにじみ出るが、五輪は始まったばかり。4年後のソチ大会でエースを期待されるホープが、リレーでの巻き返しを狙う。』

スポーツニッポンには『成瀬は49位に終わり「収穫は何もない」』というタイトルで、成瀬野生選手の様子が掲載されていました。『ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)距離は5日、カナダのキャンモアで行われ、男子15キロフリーの成瀬野生(岐阜日野自動車)は首位と2分24秒5差の36分32秒5で48位だった。W杯得点(30位以内)を奪えなかった成瀬は、疲れ切った様子で「五輪前だし、最低でも30位には入らないといけなかった。残念」と悔しがった。前半を抑えて後半につなげる作戦だったが、序盤でややハイペースとなり、終盤に失速した。五輪に向けて「体調を整えたい。納得のいく走りができれば、結果もついてくると思う」と言葉を絞り出した。(「落ち着いて入れたが、うまくリズムがつかめなかった。ペース配分ですかね。2周目で上げたかったが、思いのほか上げられなかった。収穫は何もない」と悔しさをあらわにした。前回トリノ五輪は15キロクラシカルの41位が最高。今回は短距離の第一人者、恩田祐一(29=栄光ゼミナール)と組み、22日の団体スプリントで上位を狙う。)』との事でした。

クロスカントリーは、あと18日(木)、20日(土)、23日(火)、26(金)、28日(日)と競技が続きますが、さらに上位を狙えるように頑張ってほしいと思います。

バンクーバー五輪 白馬勢の活躍

昨日から今日にかけて白馬村で育った選手たちのバンクーバーオリンピックでの活躍がテレビで再三放映されていました。見るたびに興奮する思いでした。まずは昨日の、女子モーグル上村愛子選手(30)北野建設・白馬高出身の4位入賞。そして今日は男子モーグルの西伸幸選手(24)白馬村スキークラブ・白馬高出身の9位、ノルディック複合の渡部暁斗選手(21)白馬高出身・早大の個人21位と、白馬勢の活躍が光っていました。白馬村役場隣接の白馬村多目的ホールに約250人が詰めかけてエールを送ったそうです。選手の皆さん、感動をありがとうございました。

日刊スポーツには次のように載っていました。『女子モーグル上村愛子(30=北野建設)の地元・長野県白馬村では、村役場に隣接する特設の応援会場で大型スクリーンによるパブリックビューイングを行い、決勝には約250人の観客と40人の報道陣が詰め掛けた。メダルが期待された上村の登場時には「あ・い・こ!あ・い・こ!」と愛子コールがわき起こったが、結果は4位。太田村長は「期待していたので大変残念。彼女自身の気持ちは推測することしかできませんが、精いっぱいやってくれました」とねぎらった。』との事でした。

今日の信濃毎日新聞webにも次のように載っていました。『バンクーバー冬季五輪のスキー複合個人ノーマルヒルに渡部暁斗選手(21)=早大、男子モーグルに西伸幸選手(24)=白馬村スキークラブ=が出場した15日、北安曇郡白馬村ゆかりの両選手の家族や親交のある人たちが同村多目的ホールで大型スクリーンを見ながら声援を送った。渡部選手の母親、佳代子さんは「ジャンプの調子が良くなかったようだけれど、距離で順位を(21位に)上げられて良かった。よく頑張ったねと声を掛けてあげたい」。西選手は9位と惜しくも入賞を逃したが、迫力あふれる滑りに拍手がわいた。白馬高校時代に西選手が下宿先としたペンションを営む久保芳美さん(56)は夫の郁夫さんの遺影を手に応援。「無事に滑り終わってほっとした」と話していた。』との事でした。