今話題の曲が私の身体を鍛えるために、程よいテンポだった。
先日、『「♪上を向いて歩こう♪」を聞きながら歩いて身体を鍛える!?』で、ただ歩くのではなく、曲に合わせて歩くことで、身体が鍛えられることを紹介しました。
ただし、「上を向いて歩こう」はかなりハイペースの曲なので、私にはちょっと、足がついていけないと感じていました。
メディアなどで上海万博のテーマ曲が盗作問題で話題になりましたが、その問題になった岡本真夜の「♪そのままの君でいて♪」という曲が私の歩くテンポとして、がんばればついていける、程よいテンポの曲であることに、最近気がつきました。
そこで、さっそく、この曲を入手して、身体を鍛える目的で歩くときには、この曲を聴きながら、曲に合わせてがんばって歩いています。
みなさんも、自分の身体を鍛えられる程よいテンポの曲を見つけて、トライしてみてはいかがでしょうか。
ここでちょっと、素朴な疑問が沸いてき ました。
曲のテンポを指定して、曲が選べたら便利ですよね。
もし、そんな方法をご存知の方がおられたら、教えていただけるとうれしいです。
ただし、「上を向いて歩こう」はかなりハイペースの曲なので、私にはちょっと、足がついていけないと感じていました。
メディアなどで上海万博のテーマ曲が盗作問題で話題になりましたが、その問題になった岡本真夜の「♪そのままの君でいて♪」という曲が私の歩くテンポとして、がんばればついていける、程よいテンポの曲であることに、最近気がつきました。
そこで、さっそく、この曲を入手して、身体を鍛える目的で歩くときには、この曲を聴きながら、曲に合わせてがんばって歩いています。
みなさんも、自分の身体を鍛えられる程よいテンポの曲を見つけて、トライしてみてはいかがでしょうか。
ここでちょっと、素朴な疑問が沸いてき ました。
曲のテンポを指定して、曲が選べたら便利ですよね。
もし、そんな方法をご存知の方がおられたら、教えていただけるとうれしいです。
癌で何人死んでいるんだろう?
厚生労働省の「人口動態統計」によると、2007年のデータでは、癌、肉腫などの悪性新生物が原因で死亡した人は、33万6468人でした。
前年の2006年から7154人も増加しており、死亡数に歯止めがかからない状況です。
癌の発生部位で見ると、胃がん死亡率が男女とも減ってきているのに対して、1955年から増え続けてきた大腸がんと肺がんが最近では横ばい状態になっています。
胃がんが減少傾向にあるのは、医療技術の進歩と、早期発見・早期治療の環境が整ってきたことが寄与しているのだと思います。
交通事故での死者が年間1万人を超えていた時代に、「交通戦争」という表現をしていたのを覚えていますが、毎年33万人もの人が死んでいく癌という病気は、「戦争」以上に恐ろしいものだと改めて感じます。
ちなみに1950年(昭和25年)の癌の年間死亡者数は、6万4428人でしたから、57年間で5倍以上に増えてしまったわけです。
交通事故による死者は、減ってきているのですから、癌で死亡する人たちも減らしていきたいものですね。
前年の2006年から7154人も増加しており、死亡数に歯止めがかからない状況です。
癌の発生部位で見ると、胃がん死亡率が男女とも減ってきているのに対して、1955年から増え続けてきた大腸がんと肺がんが最近では横ばい状態になっています。
胃がんが減少傾向にあるのは、医療技術の進歩と、早期発見・早期治療の環境が整ってきたことが寄与しているのだと思います。
交通事故での死者が年間1万人を超えていた時代に、「交通戦争」という表現をしていたのを覚えていますが、毎年33万人もの人が死んでいく癌という病気は、「戦争」以上に恐ろしいものだと改めて感じます。
ちなみに1950年(昭和25年)の癌の年間死亡者数は、6万4428人でしたから、57年間で5倍以上に増えてしまったわけです。
交通事故による死者は、減ってきているのですから、癌で死亡する人たちも減らしていきたいものですね。
平均余命と平均寿命
2007年の調査では、日本人の平均寿命は、男性79.19年、女性85.99年だそうです。
こういう数字を聞いて、「あぁ、日本の男である私は79歳で死んじゃうのか~」と考える人がいると思います。
でも、平均寿命って、そういうことではないんです。
平均寿命の説明の前に、「平均余命」とは何かを説明します。
「平均余命とは、ある年の人口構成、出生、死亡の状況がそのまま継続するという仮定のもとに、ある年齢に達した人が今後平均して何年間生存できるかという統計的期待値(推定値)のことです。」
つまり、調査した年の状況がずっと続くと仮定した場合の平均余命なんです。
そして、知りたい平均寿命とは、「0歳における平均余命」のことを意味します。
ですから、最初の文は、2007年の調査なので、「2007年に日本で生まれた男の赤ちゃん(0歳)が2007年の人口構成がその後も継続すると仮定した場合に、平均して79歳で死ぬだろう」という意味なんです。
「2007年に50歳だったおじさんが、29年後の79歳で死ぬだろう」という意味じゃないんです。
この例のように、平均寿命という言葉が誤解されている場合があるので注意が必要ですね。
平均寿命は、自分が何歳まで生きられるのかを知るためではなく、他国との人口統計の比較数値として用いられることが多いように思います。
こういう数字を聞いて、「あぁ、日本の男である私は79歳で死んじゃうのか~」と考える人がいると思います。
でも、平均寿命って、そういうことではないんです。
平均寿命の説明の前に、「平均余命」とは何かを説明します。
「平均余命とは、ある年の人口構成、出生、死亡の状況がそのまま継続するという仮定のもとに、ある年齢に達した人が今後平均して何年間生存できるかという統計的期待値(推定値)のことです。」
つまり、調査した年の状況がずっと続くと仮定した場合の平均余命なんです。
そして、知りたい平均寿命とは、「0歳における平均余命」のことを意味します。
ですから、最初の文は、2007年の調査なので、「2007年に日本で生まれた男の赤ちゃん(0歳)が2007年の人口構成がその後も継続すると仮定した場合に、平均して79歳で死ぬだろう」という意味なんです。
「2007年に50歳だったおじさんが、29年後の79歳で死ぬだろう」という意味じゃないんです。
この例のように、平均寿命という言葉が誤解されている場合があるので注意が必要ですね。
平均寿命は、自分が何歳まで生きられるのかを知るためではなく、他国との人口統計の比較数値として用いられることが多いように思います。
健康とは?
「病気にならない7つの習慣」がこのブログのテーマです。
この「病気にならない」は、裏を返すと「健康である」ということだと思います。
そこで、この健康について、私が調べた内容を基に考えてみました。
世界保健機関(WHO:World Health Organization)憲章の前文に健康について、次のように記されています。
「健康とは、身体的、精神的ならびに社会的に完全に良好な状態にあることであり、単に病気や虚弱でないことにとどまるものではない。到達しうる最高度の健康を享受することは、人種・宗教・政治的信念・経済的ないし社会的地位のいかんにかかわらず、すべての人類の基本的権利の一つである。」
この定義は、あまりにも理想的すぎて、わかりにくいですが、私が重要だと思ったポイントは、最初の部分で、身体的、精神的に加えて「社会的」という定義をしているところです。
つまり、健康とは、身体、精神、社会の3つが健全であること、というわけです。
私が提唱している「病気にならない7つの習慣」の中では、この「社会的」に相当する習慣は、『仕事充実』だと思います。
WHOの健康の定義に対しても、私の「病気にならない7つの習慣」は条件を満たしているのだと、ちょっとうれしくなりました。
この「病気にならない」は、裏を返すと「健康である」ということだと思います。
そこで、この健康について、私が調べた内容を基に考えてみました。
世界保健機関(WHO:World Health Organization)憲章の前文に健康について、次のように記されています。
「健康とは、身体的、精神的ならびに社会的に完全に良好な状態にあることであり、単に病気や虚弱でないことにとどまるものではない。到達しうる最高度の健康を享受することは、人種・宗教・政治的信念・経済的ないし社会的地位のいかんにかかわらず、すべての人類の基本的権利の一つである。」
この定義は、あまりにも理想的すぎて、わかりにくいですが、私が重要だと思ったポイントは、最初の部分で、身体的、精神的に加えて「社会的」という定義をしているところです。
つまり、健康とは、身体、精神、社会の3つが健全であること、というわけです。
私が提唱している「病気にならない7つの習慣」の中では、この「社会的」に相当する習慣は、『仕事充実』だと思います。
WHOの健康の定義に対しても、私の「病気にならない7つの習慣」は条件を満たしているのだと、ちょっとうれしくなりました。
自分が使った食器は自分で片付ける。
家庭円満の秘訣は、家族と一緒に行う行事を習慣化することだというお話をしました。
行事というほど大それたことではないのですが、我が家では、自分が使った食器は、自分で洗って片付けることを習慣化しています。
これは、家内の指導によるもので、子供たちが小さかった昔から、続けていました。
もちろん、私も例外ではなく、自分で使った食器は、今でも自分で洗って片付けています。
ちょっとしたことですが、こういう習慣は、料理を作ってくれた人への感謝の気持ちも育ちますし、思いやりの心を育むことにもなますので、とてもよい習慣だと思います。
この件についても、家内には、とても感謝しています。
家庭円満でストレスのない生活が病気にならない近道だと信じています。
行事というほど大それたことではないのですが、我が家では、自分が使った食器は、自分で洗って片付けることを習慣化しています。
これは、家内の指導によるもので、子供たちが小さかった昔から、続けていました。
もちろん、私も例外ではなく、自分で使った食器は、今でも自分で洗って片付けています。
ちょっとしたことですが、こういう習慣は、料理を作ってくれた人への感謝の気持ちも育ちますし、思いやりの心を育むことにもなますので、とてもよい習慣だと思います。
この件についても、家内には、とても感謝しています。
家庭円満でストレスのない生活が病気にならない近道だと信じています。