★書きたいことが溜まって久しぶりに長々書いてしまったので、つまらなければ、リンクの迷路を彷徨うか、トップページからお好みの記事をご覧下さいませ。★
タケノコは雑草と同じだ。
雨が降ればどんどんニョキニョキ出てくるし、放っておけばすぐ大きくなる。
タケノコ掘りを楽しいイベントとみるか、それとも必要に迫られた作業とみるか、それは立場しだい・・・
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プラゴミを出したついでに離れに寄って、ご住職の母上(91歳。以下「K子さん」)とおしゃべりをしたとき、
「今日も夕方から雨みたいだから、悪いけどタケノコをみんな掘っちゃってくれる?。前は自分でやってたんだけど、斜面だから今はもう無理なのよ」。
ここ木更津東泉寺(*1)には、孟宗竹、マダケ、ハチクその他、竹や笹が各種取り揃っていて、一番早くタケノコが出る孟宗竹(*2)は、離れの裏の斜面に聳えている(*3)。
(*1)花鳥風月 私の「遊び場」やコラム つれづれ2 -テラワーク-などの記事を参照。
(*2)今日の一本 最初の一本で食べたタケノコ。花鳥風月 私の「遊び場」でモズがとまっているのが、20mはあろうかという孟宗竹のてっぺん。
普段の年は、桜の花と同じ頃に出るという孟宗竹のタケノコだが、今年はやけに遅いらしい。
ところで、K子さんの「タケノコを掘る」の意味は、食べるためのいわゆる筍掘りではない。
雑草を取る、木の枝打ちをする、といったことと同じで、大きくならないうちに片付けるという意味。
なにせ、常に草を取り、その昔はジャングルのようだったという境内で、今も草木と闘い続けておられるK子さんの言葉なのだから。
だから、必ずしも掘らなくてもいい。伸びすぎたのは(大部分がそうだ)、折ってしまえば良いのだ。
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滅多に他人に頼らないK子さんの頼みとあって、私は急いで仕事をやっつけ、午後も早い時間に外へ出て早速タケノコを片付けるため、車載のシャベルを出そうとした。
ところが。
雨だった前日にホームセンターへ遠征して、いろいろ買い込んだ道具(おもちゃ)類を積むために、いつにも増して詰め込んであるモノ共を片付けなければ、愛用のシャベルを出すことができない。
中でも一番カサ張っているのが、植木梯子。土の庭や斜面の木の剪定には、4本足の脚立ではあまり役に立たないので、必須の道具(おもちゃ)なのである。
愛車に積めるギリギリのサイズの梯子で、荷物を全部出して無理矢理突っ込んだから、現状回復が超大変。
そこでうっかり、車のラゲッジスペースの片付けと掃除を始めてしまった。
ふと気づくと防災無線放送の「夕焼け小焼け」が聞こえてきた。え?もう5時!
大急ぎでシャベルをひっさげて、竹林へ向かった。
最初の一本とは異なり、直径15センチを超えるようなタケノコがモリモリ出ている。
斜面をよじ登り滑り降りるのに、手がかりと思ってつかんだ竹がグンニャリして、もう3mにもなったタケノコだったことに気付いたりもする。
そういうのは、押したり引いたり蹴飛ばしたりして折るのだが、頭がせいぜい20センチぐらいしか出ていないタケノコは、折れないから掘るしかない。
そのうちに予報通り雨が降り出し、暗くなるのとも競争で、滑る斜面をよろよろ歩き回って、およそ10本ほどは蹴り倒し、15本ほどは掘り出した。所用約30分のやっつけ仕事。
そして。
なまじ掘ってしまうと、もったいなくなるのだ。もちろん食べられるから。
今年は寒さが長引いたせいかタケノコは不作で、店に出始めた頃は、小さいのでも五百円、立派なのは二千円くらいしていた。
べつに売ろうというわけではないが、孟宗竹が美味しいことは知っている。たとえ硬くなっていても調理次第で充分食べられる。
どうするか、相談しようとK子さんをさがした。
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もう6時で薄暗く、雨脚も強まっているというのに、離れの灯りがついていない。
まさか!?
ここ数日K子さんは、境内で一番高いあたりのツツジたちの救出作戦に従事しておられる。
咲き始めていてこれからが盛りのツツジ。しかし雑草や笹などに包囲されている。
「せっかくきれいに咲こうっていうのに、可哀想じゃないの」というわけだ。
しかしこの時間にこの土砂降りの中を? まさか斜面か階段で転んで動けなくなっているなんてことは??
作戦区域は分かっているので、まっすぐそこへ行ってみると・・・・・
薄ぼんやりと浮かぶ白っぽい影と、ザクッと鎌を振るう音。
あーあ、やっぱり。
手元が見える明るさ、というのは個人差があるのかもしれない。私ならとっくにやめる暗さなのに…。
「いえね、一度トイレに下りたのよ。そのとき道具を置いていったから、取りに戻っただけなのよ」。
そうでしょうとも。トイレに行く途中でも草を取り、戻りながらも取り、せっかく戻ったからと再開なさったんでしょう。
「もう足もとも見えなくなりますよ。雨で滑りますし。いくら暖かくなったからって、濡れたら風邪ひいちゃいますよ?」
「帰るところよ」。と言いつつも、手は止まらない。
山を下りながらも、刈った草を脇にまとめる。「まとめてあれば、汚らしくないでしょ?」
鎌やラジオが入ったバケツと短い熊手をまとめて片手に持ち、柵や手すりにつかまりながらも危なげなく薄闇の中を下っておられる。
なにせ50年も歩き回っておいでの境内のこと、掌を指すごとく知り尽くしておられるわけで、雨で濡れた階段で滑りそうな私などよりも、よほど確かな足取りだ。
えーと、何だっけ、ああそうそう。
「タケノコですけど、食べられそうなのは集めてきたんですが、どうしましょう?」
「主人が生きていた頃は料理したこともあるけれど、最近はもうしないのよ。好きにしてちょうだい。」
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まあ予想通り。蕗味噌のときと同じで、食べたければ自分で何とかするしかない。そして、掘ったらすぐに茹でるのが賢明。
とりあえず銭湯へ行って(勤務日だと分かっている馴染みのマッサージ師さんに、生タケノコを1本進呈。残り14本)身体をほぐしてから、いざタケノコ。この時点で深夜0時。
それにしても量が多すぎる。大きな鍋がないと……あ!客殿の台所にあったっけ。
とにかく大鍋2つに押し込んで、事前に用意してあったヌカを入れて茹で始めた。
ネットで調べたら1時間はかかるというので、台所でマンドリンの練習をすればいいじゃないか。明日はレッスンの日だしね。
(cf.レッスンを始めたこと、すっかり楽しくなったことを参照)
ところが、掘りたてなら灰汁もほとんど出ないと思っていたのに、出るわ出るわ、ブックブク。
そりゃ私はアク代官で、灰汁取りは大好きなんだけれども、鍋と違って食べながらというわけでもなく、しかもネット情報よりも長い時間、つまり竹串がスッと刺さるまでにかかった時間は1時間半。
マンドリンの練習もできず、コンロの前に立ちっぱなし。
いつの間にか同居することになったアシダカグモの子どもと二人、ざあざあバタバタいう雨音に耳を傾けて過ごしたのだった。
午前3時半まで。
茹で上がったタケノコは、旨みを再吸収させるために茹で汁の中に放置すべし、というネット情報をよいことに、翌日の夕方までほったらかしにした。
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翌日は、昼間のうちに抜け出してマンドリンの先生のところへ。
プロのギタリストである先生は、マンドリンは趣味の域を出ないと仰りながらも、教え方が上手いので、毎回なにかしら収穫がある。
今回の収穫は、ピックの上手な持ち方。力を入れない。ピックがしなうように、踊るように。これは直接手を取ってもらって習わなければ、決して学べないことだろう。
そしてなんと、次回は先生が伴奏を付けて下さるという。私が選んだ練習曲、童謡「赤とんぼ」なのだけれど。でもすごく光栄!
ついでにコストコでガソリンを入れ(安い!)、せっかく漁港の近くに来たので、地魚料理の店で昼食をとった。
「お客さん、釣り?」「いえ、テレワークとマンドリンです。」「……???」
まあ仕方ない。この後の「ツツジ救出作戦支援」に備えて作業服みたいなもの(実際、作業服)を着て、新調した日除け帽子を被っているんだから。
食べたのは「本日の地魚の刺身定食」。コハダ、イシモチ、石鯛、それに赤ニシガイ。アサリの味噌汁付き。
の、食べちゃったあと。出てきたときには、すぐ夢中で食べ始めてしまって撮り損なった。
店のオヤジさんの話では、赤ニシガイというのは地元の砂地で採れるそうで、とても旨みがあり、個人的にはアワビより旨いと思うとのこと。確かに貝特有の臭いがなく、実に美味しい。
「舌鼓」という言葉がぴったりくるお昼ご飯だった。
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さてその夕方。いざタケノコ第2弾。
さあ、こんどは大量の皮を剥かなきゃならない。自宅マンションのような所と違って、皮の捨て場所には困らないのだけれども、いかんせん量が多い。
と思っていたら、K子さんの所にお客さんが来ていた。頻繁にお墓参りにおいでになる年配の姉妹。
私が恐る恐る枝打ちをした枝垂れ桜が咲いたのを、最初に見てくれた人達。
やったぜ、カモだ!
「あのう、ここで掘ったタケノコを茹でたんですけど、もらって頂けませんか? まだ皮を剥いてないんですけれど。」
「それは嬉しいです。でもここの奥様に差し上げなくちゃでしょ?」
「もちろんその分もありますとも。ちょっとお待ちを。」
二人にそれぞれ、大小2本ずつを皮付きのまま押しつけた。これで残り10本。
K子さんにも、ほどほどの大きさのを1本進呈。残り9本。
ようやく皮を剥く気になったので、プリプリ剥いて、サクサクとカット。
剥いたところ。ヌカでシンクのゴミ取りネットが詰まっている…
根元の方は硬いだろうからメンマにしようかな、と思っていたのに、根元まですっかりやわらかい。
切りながら、味もつけずにモリモリむしゃむしゃ食べてしまい、さすがに喉がイガくなった頃にはお腹がいっぱい。
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この話、オチをどうするつもりだったか、書き足し書き足ししているうちに、忘れてしまった……
ともかく、水に浸けた水煮(カット)が山ほどできたので、明日、イチゴ狩りにやってくる妻と娘に持ち帰らせて、多すぎる分はマンションの隣近所にでもお裾分けしてもらおうと思っている。
まだまだ孟宗竹のタケノコは出続けている。
このあと、マダケ、ハチクの順にタケノコが出るそうだ。
私はもう、食べるために掘るつもりはない。だって手間がかかりすぎるんだもの。
ワンシーズンの最初にして、「立場」がすっかり変わってしまった。