2025.9臨時号  NO.232   はいしゃ VS めいしゃ
 本ブログ2020年11月臨時号NO.142(「ますいVSまずい(2)」)で白内障の手術を受けると書いたが、実際に手術を受けているので、遅まきながら今回それに触れてみる。
 術後妻から「どう?」と聞かれた私は、「綺麗なものは、よりきれいに、汚いものは、より」と言いかけて妻に口をひねられた。妻のことを言っている訳でもないのに。
 私のことに限って言えば、世の中はこんなに澄み切っていたのかと驚いた。20歳の頃分厚い眼鏡からコンタクトレンズに替え、50年以上前バスの中で当時流行っていたミニスカートから太ももが眼前に大きく飛び込んできた時の衝撃を思い出し、少し若返ったように感じた。

 一方、私は年齢より若く見えると自負していたのだが、術後裸眼で右1.2、左1.0の視力があり、ホラー映画のように鏡に映り出された自身の顔を見て驚いた。こんなにも目の下がたるんでいたとは。手術する前は、元々嫌いで鏡で自身の顔を見ないし、見ても眼鏡のフレームでたるみは隠れるし、眼鏡を外すと何も見えないのと同然であった。

 今私はコンタクトレンズをしていた頃買った偏光サングラスを探し出し、外出時かけている。
 白内障手術は簡単。超音波で濁った水晶体を乳化して吸引し、水晶体の代わりになる人工の「眼内レンズ」を挿入するだけ。点眼麻酔後まず2ミリ幅の切開創を作り(術後眼内圧で自然に閉じる)、水晶体を包む透明な水晶体嚢の前面を丸く切り取り、上記超音波の作業。水晶体嚢の袋にレンズをはめ込むのでコンタクトレンズのように外れることはない。10分前後で終わる。入院するほどのこともない。
 視力も矯正され眼鏡が不要になるが、レーシックとの違いは、レーシックは、特殊なレーザで角膜のカーブを変え、視力を回復させる。ひと昔レーシックをすると白内障の手術はできないと言われていたが、今は可能とのことである。
 私が受けた眼科医院は片目の手術の後2週間後にもう一方の目を手術する。眼科医院によっては一度に両目を手術するところもある。仕事が忙しい人には向いているが、手術後の片方の見え方を確かめてから、もう片方の手術で調整することができなくなるデメリットがある。安全性を考えるなら分けて手術する方がとは思うが、一週間後でよいと思う(なお、術後一週間洗髪ができないので、手術は夏場は避けた方が無難)。二週間も空けるのは人気病院で需要に追い付かない医師側のキャパの問題ではと勝手に解釈している。                        
 ずいぶん前から妻に「魚の死んだ目」と言われていた私は「こんなことならもっと早く手術をしていれば」と思ったが、遅くなった経緯は次の通りである。
 20歳~50歳までコンタクトするのを主として(妻に眼鏡なしでは堪えられないと言われたこともあり伊達メガネをかけていた)途中何度か眼鏡に替えたりもしていた。50歳過ぎにぶどう膜(眼の中の虹彩、毛様体、脈絡膜からなる、非常に血管の多い組織)炎になり、地元下町の眼科医に加齢から免疫力が落ちてくるのでコンタクトを止める様説得された。その際その男性の眼科医から白内障に加え緑内障の疑いも指摘され、定期的に通院していた。
 当時その眼科医だけではなく地元下町の医師たちは患者を愚民扱いしていると感じ(今は少し再開発もあり他の医師も参入して変化していると思うが)、千代田区にある有名眼科医院に転院した。
 担当は女医となり5年以上診てもらっていた。白内障は老化。緑内障は病気(100万本ある視神経繊維が徐々に死滅していく。全滅すれば失明。進行を遅らせるしかないのが現状で、眼圧を上げないよう点眼液を毎日点眼している)。緑内障の方を重視し、3か月に一度眼圧を、6か月に一度視野検査を受けていた。この女医を信頼していたが出産の為担当医が変わった。もう少し若く見た目もいい女医であったが、そんなことは期待していない。どうしても前任者と比較してしまう。相性もよくない。それで2年ぐらい経って江戸川区にあるこれまた有名眼科医院に転院した。その医院でも女医が担当してくれることになった。その女医から前の病院の診断データーを貰ってくるよう指示された。仕方なく前の病院に電話し依頼すると転院の理由を聞かれた。データーを貰いに出向いた時にも受付からややしつこく理由を問われた。私は「卒職」を理由に挙げ一切余計なことは言わなかった。その女医に落ち度がある訳でもなく、迷惑をかけたくなかったので。
 今度の女医には1年余り見てもらったが、ある診断時に白内障の件で違和感のある発言があり怪訝に思っていた。そんな中次回診断日が近づいた頃都合が悪くなり変更の依頼を電話ですると「担当医師は出産で医師が変わる。当日まで誰が担当するか分からない」との窓口の返事を聞くに及び、私は切れた。「男の先生に替えてくれ!」と短気を起こした。
 女医として社会に貢献するだけでも立派なのに少子化の中子を産み育てることを否定するほど私は不見識ではない。ただ、担当医にとって私は患者のone of themでしかないが、患者の方にとって信頼を寄せる担当医はonly oneなのだ。

 出産は個人的なことで言う必要はないが、休職するなら告知し患者に「何かありますか」と聞いて欲しいのだ。

 最初の女医なら私は(緑内障の毎日点眼は終生続くので)「復帰したらもう一度診てもらえますか?」と答える。それなら転院することはなかったのかもしれない。求めているのはただそれだけのことなのだ。
 そして男性医師に代わった。この医師も緑内障の方を重視し、白内障手術を無理強いせず、手術時期は私の自由意志に任せられた。私も「欧米では老化なのであまり手術しない」と週刊誌の記事で読んでいたこともあり、焦らなかった。最初白内障を指摘されてから10数年経っていた。

 しかし、直近になると、晴天の時まぶしくて信号機が青の場合もう点滅しているかまだ余裕があるのかよく分からない。駅の階段で各階段の先が白とか違う色のラインとか引かれていないと踏み外しそうになる。めまいがしたかのように転んだこともある。
 宇都宮にある『大谷資料館』という大谷石の採掘場跡を見学したとき暗い洞窟のような中階段を下りていく際先導する妻の肩に手を置き指示されないと足を運べなかった。手術するときが来たと思った。

 そしてその担当男性医師に手術してもらった。手術して私は前からの思いを確信に変えた。

 私の緑内障は、ド近眼によるもので、怖い真の緑内障でどんどん進行して視野が狭まっているのではなく、白内障でより見づらくなり視野検査に上手く適応できなくなっていただけでないかと。神経細胞が死滅(再生しない)している箇所は確かにあるのだが、そこが拡がっている訳ではなかった。

 そして、また別の眼科医院に移り、そこの院長に私の確信を伝えたところ理解を示してくれた。

 我が人生の中で、女医に診てもらうことは少なくなかった。上述の眼科に加え、同じく比較的女医の割合が多い歯科、皮膚科において、皮膚科では女医にあたることはなかったが、歯科では小学生以降60年間で女医の割合は6割以上になるか。そして女医の方がよく記憶に残っている。
 今でも時々思い起こすほど印象深かったのは、内科の女性開業医のこと。10年以上前50代半ばですい臓がんで急逝した。顔の整った、感じのいい先生だった。私は前立腺がんの疑いで先生に相談に乗ってもらっていたのだが、先生自身は気づかないうちに既に末期がんだったのだろう。サイレントキラーすい臓がんは怖いと思うとともに誤解を解く機会を失い、それが心残りとなった。
 銀行を辞めて上京し社団設立に奮闘していた平成6年の春ストレスで平成4年に手術した右副鼻腔が再び悪化した。虫垂炎のように普通冷やして気持ちが良ければ冷やすのが正解なのだ。が、副鼻腔の炎症の場合冷やすと気持ちがいいものの、頬が大きく腫れあがってしまった。町医者に紹介されS大附属病院に向かった。神戸大付属病院歯科口腔外科で手術した(2020年11月臨時号NO.142「ますいVSまずい(2)」参照)ことを告げると担当医師は「チッ! 歯科口腔外科か!」と言った。今は手術できる環境にないと説明しているのに直ぐ手術だと言い張る傲慢な態度に腹を立て、二度と行かなかった(その後約30年経つが大事には至っていない)。
 耳鼻科は歯科口腔外科と縄張り争いしているのか、それとも医師は歯科医をDentistと呼ばわりする?その延長線にあるのか。そうではなく、単にこの医師の人間性の問題なのか。
 長い間頭の片隅にあった疑問を亡くなる前の女性開業医に聞いてみようとした。だが、私の聞き方が悪かった。「耳鼻科は歯科口腔外科を見下げてますよね?」と言ってしまった。すると先生は「そんなぁ」と言ったきり、それで話が終わってしまった。私は誤解されたかと思ったが、いつでも訂正できる機会があると思い、すぐには釈明しなかった。
 それからしばらくして病院に行った時先生は顔色が悪く様子も少し変だった。口の軽い私でも「お疲れなんですか?」とは声をかけられなかった。2か月後行くと先生が不在だった。その次の2か月後にも別の医師だったので、血液を採取される際看護婦さんに尋ねた。亡くなったと聞いて、大きなショックを受けたし、誤解を解く機会を失ったことに後悔を覚えた(私は、怒ると悪い頭でも回転が速くなり口もよく回るが、戸惑うとすぐに言葉が出ない。優秀な営業マンならそんな場合反射的に気の利いた切り返しができるのだろうが)。

 妻から「偉くない者ほど偉そうに言う」と咎められる私は、身勝手だが、敬意を払う相手とはいえ医師に偉そうに言われるのを嫌う。女医はむかつく言い方はしないし、しても(妻で慣れているのか)女医ならそんなに腹が立たないのだ。
 卒職して以来定期的に病院に行くのが仕事のような身の上だが、医師の手を離れ、僧侶の世話になるにはもう少し間があるだろう。またよき女医に巡り会える機会があるのかもしれない。

(次回233号は9/10アップ予定)

2025.9  NO.231 イラン VS  ウラン
 本日75歳になった。後期高齢者、正真正銘の老人になったと自覚する。が、発言は相変わらずガキっぽい。
 トランプ政権(2.0)がスタートして半年が過ぎた。就任して数か月は期待していた状況とは異なり、トランプ大統領は苦しい立場に置かれていたと言えようか。

 思い通りに行ったのは、大統領令に署名するだけの2回目の「パリ協定からの離脱」と恩赦ぐらいでは。とくに恩赦では、トランプ大統領が就任初日に2020年の大統領選に敗れた折翌2021年に連邦議会を襲撃した1,600人にも及ぶトランプ大統領支持者ら暴徒を解放した。
 相手がある交渉は思い通りになっているとは言えない。とくに誤算と言えるのは停戦仲介が不調にて停戦の仲介によりノーベル平和賞を受賞するというトランプ大統領の目論みはご破算か。
 トランプ大統領(1.0)に就任した時政治家出身ではなく言動も粗野で何するか分らないと恐れられていた。トランプ大統領が高圧的な言動をすれば相手は譲歩した。
 トランプ大統領(2.0)は「ウクライナ戦争は就任後1日で解決できる」と豪語した。トランプ大統領なら1日では無理でも停戦を実現させウクライナに春が訪れることを期待した。
 しかし、そうはならなかった。トランプ大統領の「停戦の仲介」は、バイデン前大統領の参戦しない発言と同様ロシアのプーチン大統領を安心させてしまった。
 プーチン大統領が唯一恐れるのは米軍の参戦。「ある程度有利な条件で停戦させる。停戦に応じなければ、バイデン前大統領は参戦しないと言ったが、米軍を参戦させる」と迫るべきであった。
 しかるに、「弱腰外交の推進者」と揶揄されたジミー・カーター大統領(2002年ノーベル平和賞)張りの平和外交と他国の戦争に関与しないとの「米国第一主義」を事前に唱えれば、プーチン大統領はトランプ大統領の言うことを聞かなくても済むと思ってしまう。これまで以上の経済制裁など高が知れていると思い、トランプ大統領をいい様にあしらった。

 それに嫌気が差したトランプ大統領はウクライナ停戦に興味を失ったかと世界に思われた。
 久しぶりに7/15にトランプ大統領が「ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアが50日以内に停戦に応じなければ、厳しい関税措置を」と言った。が、プーチン大統領に「50日間はウクライナを思い切り攻められる」と思わせただけかもしれない。ようやくそのことにトランプ大統領が気がついたようだが、打つ手は経済制裁でしかない。業を煮やしても参戦は無論のことウクライナへの長距離砲の提供もイラン攻撃でさえ反対したMAGA派の議員等が許さないだろう。
 さらに、鳴り物入りの関税政策は発表するや米国債が暴落したことを受けて相互関税の90日間一時停止へとマッチポンプさせる(さらに関税政策の発動を7/9→8/1にさらに延期させている)。
 対中国においては、米国が4/2相互関税を発表するや中国は4/4レアアース7種を輸出許可制にして対抗。実質米国が白旗を揚げることに。
 脅せば相手が譲歩するとの強面のメッキが剥げ、脅しても自身が譲歩してしまうTACO(Trump Always Chickens Out)と市場関係者に揶揄されてしまう始末(昨年10/18米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「トランプ氏、台湾有事なら『中国に最大200%の関税』軍事力は使用せず」と報じていた。しかし今年7/9には米CNNは「トランプ大統領が昨年の大統領選期間中、中国が台湾に侵攻すれば「北京を爆撃する」と発言していた」と報じた。トランプ大統領は発言がぶれるからフェイクニュースとは言わないが、今頃報じられるのはTACO呼ばわりを払拭する為としか思えない)。 
 イスラエルとハマスとの戦闘においても終わらせると言っていたが、ネタニヤフ首相はトランプ大統領の言うことを聞かない。トランプ大統領はイスラエルがイランを攻撃することも反対していたが、イスラエルが攻撃してしまった。
 イランはイスラエルを国家として認めず「イスラエル破壊」を国是とする。それに対して、イスラエルは「タコと戦う場合、足だけでなく、頭部を攻撃するべきだ」との『オクトパスドクトリン』を主張している。今回ハマスやヒズボラ、いわゆる「タコの足」を切り取り、タコの頭であるイランを叩く好機として捉えた。イランの核武装間近を大義名分として(タコの頭の後はタコの足であるシリアへの攻撃も)。
 ネタニヤフ首相を抑えられず、またチキンやTACOと呼ばれることを最も忌み嫌うトランプ大統領は、イスラエルのイラン攻撃が上手くいったことに乗じて、なりふり構わず急変(「豹変」は良い意味の時に使う)し米軍にイランの核施設を攻撃させた。
  トランプ大統領はネタニヤフ首相とバーター取引をしたのではないかと思う。イスラエルにないバンカーバスターを所有する米国がイランの核施設を攻撃する代わりにイスラエルはハマスとの戦闘を停戦させると(停戦の障壁となりうる収賄、詐欺、背任の罪が問われているネタニヤフ首相の裁判について、トランプ大統領は恩赦をと内政干渉)。それを裏付けるかの如くガザ停戦交渉にイスラエルも前向きとの報道が出た(ハマスとの合意は得られなかったようだが)。
 今回の米国のイラン攻撃をボクシングに擬えれば、いわばMEW(Middle East West)ミドル級チャンピオンのイスラエル選手がMEE(Middle East East)ミドル級チャンピオンのイラン選手からそのタイトルを奪うべく闘い、イスラエル選手の攻勢の中現役の世界ヘビー級チャンピオンなのにその米選手が審判となり審判自身がイラン選手をボコボコしにした。試合を早く終わらせるためにと。そして正式な試合として試合終了を宣言してしまった。

 そんな理不尽な扱いでも我慢するしかないイラン選手は内心では復讐の炎を燃え滾らせていることだろう。
 米軍の攻撃はイランの核兵器製造を半年遅らせたに過ぎない、濃縮ウランも確保しているとの見方もある。

 そうでないにしろイランは絶対核武装を諦めないだろう。NPT(核拡散防止条約)から離脱するか、そうでなく核協議に応じても面従腹背して。戦後まだ見ぬ核兵器の実践使用は、ロシアより(核兵器を持つと言われる)世界からの批判などどこ吹く風のイスラエルの方がよほど危険であろうし。
 トランプ大統領はイスラエルとイランの戦争を自身が停戦させたと胸を張ろうとも、そんな停戦が、平和の使者と言えるものではない(過去疑問符がつくケースも散見されるノーベル平和賞ならNATOに加盟するノルウェーがNATOにつなぎ留める為トランプ大統領に授与することもなしとしないが)。
 
 米国のイラン攻撃に対して、議会の承認を経ずイランを攻撃したと民主党だけではなく共和党からも批判されている。トランプ大統領を熱烈に支持するMAGA派までも反対した。
 なおさら、多極化に向かう中グローバルサウスやアジアはロシアへに対する対応とイスラエルに対する対応のダブル・スタンダードを批判し、米国と追随する欧州とから離れていくのを加速させるだろう(今回のイスラエルと米国がイランの核施設を攻撃したことには欧州は批判しようともしない。ロシアがウクライナの原子力発電所への攻撃をしないかとかくうんぬんするのに)。
 日本の石破首相はイスラエルのイラン攻撃に対して7/13「イラン核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、イスラエルにより軍事的な手段が用いられたことは到底許容できるものではない。極めて遺憾で、今回の行動を強く非難する」と発言した。
 しかるに2日後の7/15からのG7サミットでは、掌返しのごとく他のメンバーと同じくしれっとイスラエルを容認してしまったのか。マッチポンプなら発言しなかった方がよほどましだ(週刊新潮7/10号の連載コラムにて佐藤優氏が石破首相を擁護している。佐藤氏を“知の巨人”として私は敬仰しているが、イスラエルがらみの話に限ってはいつも賛同しがたい)。
 アジアやグローバルサウスから信頼を勝ち取るチャンスでもあったのに。石破首相はプロの政治家ではないのか。トランプ大統領もざる碁だが、プロの囲碁棋士は少なくとも数手先を読んでから打つ。
 安倍首相の時代自民党総裁を3期9年に変更するとき党内野党的立場の石破氏は反対したが、結局「それはそれとして」と言い容認した。それは自民党村の中での話。
 しかし、首相にはそれは許されない。国民だけではなく世界が観ている。G7後「私の思いは理解されたが、全体の流れを変えることは出来なかった」ぐらいのことは言えないのか(トランプ大統領のように平気で嘘をつけとは言わないが、政治家は保身ではなく国益を損ねかねない場合政治的発言をするものではないのか)。
 嫌われることを厭う必要はない。しかし、かつて大敗した安倍首相や麻生首相に辞任を迫ったという石破首相は参院選も大敗しておきながら自ら続投と口にするとは。筋を通さない(発言に責任を持たない)者は、嫌われるだけではなく、信頼もされない。

 せっかく起死回生したのに、国民が期待する自身の信念を発揮することもせず、妥協に妥協を重ね、その姿に国民は失望し審判を下した。それなのに、潔く辞任せず、続投に必死に足掻く。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」の場をはき違えてる。政治家としての「志」は首相になることだったかと皆に思われてしまう。石橋湛山は空の上から「その程度の者が私の名を引き合いに出すとは、笑止千万!」と怒っているか。

 性加害疑惑の大物芸能人たちが記者会見せず、長期独裁のテレビ局のトップが社の存亡の危機に雲隠れするそんな風潮の中で誇り高き日本人の矜持はこうあるべきと首相が国民に範を示す時なのに(皮肉にもトップの責任を果たさない首相を一部の国民が擁護している)。

 来る総裁選には国民から人気の高い議員達の中から看板を替えるだけでは自民党は復活しない。自民党議員はそれをよく心得て総裁選に臨んでもらいたい。

 

 石破首相はNATOの会議に出席しなかったことも批判された。それは批判するに当たらない。日本が今後重視すべきは、日いずるグローバルサウスやアジア。日没する欧州と与する必要はない。欧州は、ユダヤ人に負い目があり、中東諸国には恨まれている。日本はどちらも関係ない。欧州が天敵とするロシアとは「対決」ではなく「対話」が日本にとって必要。
 NATO諸国がNATOに不可欠ながら離れていくのを必死で留めようとする相手国米国とは日本は強固な日米同盟関係にある。NATOからすれば日本は必要かも知れないが、日本はそうではない。与すれば、米国をつなぎ留めるための無理な「軍事費GDPの5%」を日本も背負わされるかもしれない。

 NATOを主導する、マクロン仏大統領は口先だけだし、イランを攻撃したイスラエルを「汚れ仕事をしてくれた」と言うメルツ独首相は口の悪い私からすればイカれている。
 第二次世界大戦での失敗は、米国と戦争したことよりも、その前の米国の策略に遭い日英同盟を破棄し、ドイツと同盟を結んだこと。極論すれば、極端から極端へ走るドイツと与してはならないというのが歴史的教訓。NATOの首脳が劣化している中で、連携してもよいのは“腐っても鯛”の英国ぐらいではないか。
 日米同盟堅持を前提とするなら、地政学的に日本が重視すべきなのは、米・英・豪の軍事同盟AUKUS(オーカス)と日・米・豪・印の非軍事的連携 QUAD(クアッド)とであると思うのだが。

 トランプ氏の誤算と言えば、天才イーロン・マスク氏との早すぎる決別もある。マスク氏とトランプ氏はともにリバタリアンで気が合うが、マスク氏は政府を不要、少なくとも大きな政府を批判する立場。公人としてのトランプ氏は合衆国を米国として一つにまとめる連邦政府の長。いずれ二人は反目する時期が来ると見ていた(マスク氏が共和党に乗り換えたのも、民主党がテック企業等の規制に乗り出した為)。
 トランプ大統領及び熱心な支持者は、ディープステート(闇の政府)の存在を信じていようが、本当にあるか分らないものの、下品で教養がないトランプ氏を大統領として認めない官僚が多いのは確かであろう。その官僚達の排除をマスク氏にしてもらうと考えたのではないか。日産の生え抜き役員が自ら手を汚さずゴーン会長に人員削減と経営合理化をしてもらったごとく。
 マスク氏はDOGE(政府効率化省)を率い大ナタを振るい大幅な人員削減や海外援助の一時停止を行ったが、行政の混乱を招くだけではなく、国民からの反発を招き、大幅なテスラ車の不買・株式の下落を招いた。
 マスク氏はトランプ政権の閣僚達とも軋轢を起こし、連邦政府の長としてのトランプ大統領はマスク氏を事実上排除せざるを得なかった。
 マスク氏は、多大な犠牲を払い財政の立て直しに寄与したと思うも、希望するNASA長官人事も採用されず、あげくトランプ大統領が大幅減税政策をぶち上げたことで堪忍袋の緒が切れトランプ大統領を罵った。
 道半ばのたった4カ月余りで米国大統領とテック企業の雄との見苦しい確執を生んだことは、トランプ政権に暗い影を落すとともに米国の威信をも傷つけた。

 2.20付けの日経新聞よれば、「トランプ米大統領は2/19自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、自らを指し「王様万歳」と書き込んだ。さらにホワイトハウスの公式アカウントもXで王冠をかぶるトランプ氏のイラストを投稿したという。
 今はイランを叩き、肝いりの大型減税案が通り、インフレもまだ昂進していないので、トランプ大統領は王様気分に浸っているのでは。しかし、王様は王様でも、静かに“裸の王様”に近づきつつある言える。意に沿わぬ忠言する側近を排除する、知らないことへの理解力が極度に低いのであれば。

 来年の後半にでもになれば、裸の王様と呼ばれるか。支持者は忖度閣僚とキリスト教福音派だけになってもおかしくない(その前に大スキャンダル故エプスタイン事件の成り行き如何では“裸で地に落ちた王様”になるやも)。
  TACOと呼ばれても内弁慶ぶりを発揮して反対する共和党議員をどやしつけてなんとか成立させた「大きくて美しい法案」とトランプ大統領が呼ぶ大型減税法案は富裕層向け所得減税の延長に加え、州・地方税(SALT)や相続税の控除上限引き上げが成される一方、メディケイドや補助的栄養支援プログラム(SNAP)等の低所得層向け支出が歳出削減されるという(10年で1,200万人が健康保険を失うとか)。

 また、本減税案が成立した場合、連邦政府債務は10年間で3.1兆ドル拡大し、財政赤字額はGDP比で7.6%に達するのではとの見立てもある。
 「美しい国へ」と言った安倍元首相の世紀の実験的失敗と言うべきアベノミクス(未曾有に財政を悪化させたが、円安と富裕層を利しただけ)を彷彿させる。
 それに加えて、関税政策(物価高)、移民抑制策(賃金上昇の価格転嫁)、トランプ大統領によるFRB議長への利下げ圧力(ドル安による輸入物価高)などからインフレが昂進していく可能性が高い。
 関税は、それを減税(累進的で富裕層をより利する)の原資にするだろうが、最終的に負担する米国民にとっては増税と同じ。そして消費税と同じく累進的ではなく逆進的で、低所得者の生活を苦しめる。
 来年11月の中間選挙では、2024年大統領選でトランプ氏に投票した低所得者層はトランプ大統領に厳しい評価を下すであろう。マスク氏が息まいた「大型減税案に賛成した共和党下院議員を落選させる」ことがあろうとなかろうと、下院は民主党が主導権を奪回し、トランプ大統領の完全独裁体制は終わるのでは(もともと下院はとくに大統領への信任投票の側面が強く1950年以降の中間選挙を振り返ると下院で与党が議席を増やしたのは2回しかないという)。
 トランプ大統領はレームダック化を避けるべく3選を目指すと吹聴するかもしれないが、もはや誰も現実化するとは思わないだろう。
 トランプ大統領が再選に執念を燃やした一つには、刑事裁判における被告人としての自身に対する恩赦を得ることではないか。
 恩赦は自身で自身を恩赦できない。トランプ大統領はバンス副大統領に対して禅定と恩赦とのバーター取引を持ち掛けるのか。ただ、バンス副大統領にとっては禅譲されても民主党大統領候補に負けては意味がない。MAGAの代表としてイラン攻撃には反対なるも大統領に忖度する姿勢を貫いているが、果たしてトランプ大統領と決別する日が来るのだろうか。
(次回232号は8/20アップ予定)

2025.8  NO.230 じょうしき VS  りょうしき
 トレンディ俳優として一世風靡した石田純一さんは、かつて「不倫は文化」と言ったとメディアに意図的に書かれ、世間から叩かれた。その後復活するも新型コロナ禍での非常識な行動等が批判され、妻の東尾理子さんから「私が食べさせるから家にいて」と言われたという。世間から頭は悪くないのに常識がないと思われてしまう。
 「常識」とは、一般の社会人が共通にもつ、また持つべき普通の知識・意見や判断力。 
 当たり前の言動を指すので、「常識がある」との言われ方は余りなく、「常識がない」と否定的に使われることが多い。
 「良識」は、物事の健全な考え方。健全な判断力。「良識を疑う」と使われることもあるが、一般的に「常識」と違い、肯定的に評するときに使われる。

 メジャーリーグの大谷翔平選手の選手としての言動はまさに「良識がある」にふさわしい。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の諺は大谷選手のためにある。

 そんな大谷選手でも、通訳の水原一平氏から大金を詐取されたときは「任せることは任せきりにすることとは違う」と常識に欠けると思われたのでは。
 さらに、「常識」は時代とともに変わることがあるが、「良識」はいつの時代も不変ではないか。

 石田氏自体がそうは言っていないのに一部スポーツ氏が「不倫は文化」と見出しに挙げたのはバブルが終焉した後の1996年10月。今から29年前。その頃から肉食系女子が現れる。恋愛ハンターと呼ばれ、積極的に男性にアプローチし、狙った男性を簡単に落とし恋愛関係へ発展させる。
 ただ、肉食系=不倫ではない。が、今や本当に「不倫は文化になったのか」と思わせる。若い独身女性が、妻子ある男性と肉体関係を平気?で結ぶのか。
 清純派と目され私も好感を抱いていた人気女優の永野芽郁さんに、妻子ある人気男優田中圭氏との不倫疑惑が浮上した。報じられた渦中の二人は共に熱愛関係を否定している。
     極めて黒いグレーながら、手をつないだ、生々しいLINE があるぐらいで不貞(肉体関係)の確たる証拠は出ていない。違約金を回避したいとの思惑もあるのか。
 そんな態度に反発し非難を強める世論に押されてか、CMもスポンサー側から自主的に放送中止とされるほか、ラジオ番組も終了し、NHKの大河ドラマも永野さん側から自主降板を余儀なくされ、永野さんは社会的制裁を受けている。
 不倫でも、「浮気」ではなく「本気」であり結婚を考えているなら批判は和らぐのかも知れない。韓国では、ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を韓国で最初に受賞した著名女優キム・ミニさんと映画監督ホン・サンス氏との場合、2015年不倫を認め、翌年には監督は妻との離婚訴訟を提起しているが「有責配偶者による離婚請求を原則的に認めない」と棄却されたとする。監督の妻が離婚に応じない中キムさんは監督の子を宿し、出産している。
 しかし、永野さんは田中氏とは別に同時期にドラマ共演の若手韓国俳優キム・ムジュン氏との二股?かと報道されてしまっている(ドラマを降板させられた同然?の金氏は永野さんの言動は矛盾していると言いたげに意味深な投稿をしている)。
 永野さん所属の大手事務所はマネージャーをはじめ何をしていたのか。田中氏の酒癖が悪いことは芸能界では有名ではなかったか。私生活は放任していたのか、注意しても聞く耳を永野さんは持たなかったということなのか。
  WEB上の『お名前辞典』によれば、「芽郁」とは、芽が育ち繁栄するように、良い環境で育まれて成長してほしいという願いが込められた名前とする。名前とは裏腹に「仕事」よりも「恋愛」を選ぶ、支えてくれる関係者を慮らないそんな肉食系女子なのか、永野さんは。そうは思いたくないが。
 ただ、永野さんの演技力に対する評価は下がらずむしろ高くなっているかも。この醜聞を永野さんが乗り越えれば、医師の「仁術と下半身は別」と同じく、女優の「演技力と下半身は別」が常識になるきっかけになるのかも知れない。

 女子プロゴルフ界も不倫問題で世間を騒がせた。「トリプルボギー不倫」とは言い得て妙。女子プロの妻をもつ栗永遼キャディーが現役の若手人気女子プロ3名と同時並行的に不倫していたと報じられた。女子プロのシード選手は、3日間競技では月曜日が休みにすることも出来るが、4日間競技では、休みの月曜日に出発し、火曜日に練習ラウンド、水曜日はプロアマ、木曜日から本戦。そんな生活が毎週のように続く。疲労困憊にもなり、知り合う機会が少ないとなれば、信頼するキャディーと結婚することも少なくない。表面化しにくいが同性愛はあるやもとは思っていたが、今回のケースは私には予想外であった。
  栗永キャディーが9年間の出入り禁止になったと知ったとき、実質永久追放になるのは自業自得と感じた。既婚者ながらそんなに女性を漁るならば、妻を併せ4人の女性を相手にできる精力と体力を活かしてAV男優にでもなれば(男優は少ない上、女優と違い顔自体は二の次。イケメンの栗永氏ならセクシー女優も女性視聴者も歓迎だろう)と心の中で毒づいたものだ。
 ところが、週刊文春によると、JLPGA(以下「協会」)の女性理事が、不倫を訴えたプロゴルファーでもあるキャディーの妻に対し「あなたの夫と付き合った女の子は初優勝する」「おばちゃんたちの目から見ると、彼はそういう変な力を持ってるんだよね」「不倫っていう感覚じゃなくて、スポーツだと思ってるんじゃないの?」などと発言したという。
 その報道が真実ならば、協会は事態を把握していたが、見て見ぬふりをしていたのではないか。昨年12月にも人気美人プロの不倫が発覚し、その後不倫相手(男性プロキャディ)の妻(女子プロ)から慰謝料を請求された裁判で東京地裁から300万円の支払いを命じられてたという。それで公にしたくなかった背景もあるのではないか。
 栗永氏の妻は、協会に相談したのに善処してくれるのではなく、まるで「ご主人はボランティアで女子選手達の成長に貢献している。あなたも女子プロの端くれなら理解し辛抱してあげれば」と言われんばかりに感じたのでは。
 夫を“慰安夫”扱いするのかと協会の対応に失望し憤る妻の取るべき行動はただ一つ。縁切寺ならぬ“復讐寺”の週刊文春に駆け込むことではなかったか。

 協会はフジテレビを反面教師とすることを怠った。女子プロに憧れる全国の少女ゴルファーの夢を穢し、その親御さんの協会への不信感を招いてしまったのではないか。
 あわてて、協会は不倫した3名の女子プロに形だけの?「厳重注意」処分を下した。一方、栗永キャディーには9年間の出入り禁止とした。これに対し、労働問題に詳しい笠置裕亮弁護士は「このキャディーの男性が不倫関係を持ち掛けたことが、セクハラに該当すると言えるのであれば、もはや私生活上の非行であるとは言えず、規律違反行為であることになり、追放となるような重い処分を科すことも認められるでしょう。 しかし、複数の選手が対象となっているとはいえ、私生活上の非行にとどまっている本件においては、重すぎる処分であるように思います。」と言っている(蛇足だが、栗永キャディーは性暴力の加害者ではないからヒムパシーには当たらない)。 
 不倫した3名の女子プロは先輩の女子プロでもある、いわゆるサレ妻に悪いという思いはなかったのか。結婚するために奪いとるとの意志はなく、単なる性欲の吐け口としか考えていなかったということなのか。
 このようなコンプライアンス意識の希薄さ以外にも日本女子ゴルフツアーのガラバコス化(米LPGAのマイナーツアー化)、スポンサーの主催権返上問題などがあり、日本女子プロゴルフ界の健全な発展に向けて、協会組織を、協会や経営のプロによる「協会運営」と女子プロOBによる「トーナメント運営」に分離すべきだと私はそう思う。

  2020年1月週刊文春から人気俳優東出昌大氏の不倫が報じられた。一報に接した世の殿方の中には、妻が女優杏さんで、3年関係が続いた愛人が若手女優唐田えりかさんと知れば、男の冥利に尽きると羨ましいと思った人も多かったのではないか。それが許されるのであれば。しかし、「二兎追う者は一兎をも得ず」に終わった。一般人の間でも職場内不倫では、二人の女性だけではなく仕事も失うことも珍しくない。
 今東出氏は別の元女優と再婚し、唐田さんは数年の雌伏を経て自らの力で女優として復活しているが。 
 私はかつて若い女性に心が傾きかけ観察力が鋭い妻が私の異変に気づいた時予想外に悲しみに伏した姿を見て驚き身を正したことがある。

 結局、「本気」しかできない私は、「浮気」には縁がなかった。が、夢想することはあった。私が50代の頃2003年に3名の若手女優が脚光を浴びだした。その内一番年上が1986年生まれの沢尻エリカさん、次が1987年生まれの長澤まさみさん、一番年下が1988年生まれの堀北真希さん。
 沢尻さんは2003年TBSドラマ『ホットマン』でドラマ初出演。2005年映画『パッチギ!』でブレイク。

 長澤さんは2003年『ロボコン』に初主演し日本アカデミー賞新人俳優賞等を受賞している。

 堀北さんも2003年デビュー。2005年ドラマ『野ブタ。をプロデュース』、映画『ALWAYS 三丁目の夕日 』で人気を博す(2017年2月28日をもって28歳の若さで芸能界を引退)。
 当時私は、自身が30代と仮定し、上記女優たちに対して、妄想と呼ぶべきか大変失礼ながら次の空想をしていた。「妻にするなら堀北さん、愛人なら沢尻さん、(当時明石家さんまさんが気に入っていた)長澤さんは妻でないなら妹か」と。
 一番年下の堀北さんが人妻として早く家庭に入った。堀北さんに恋意を寄せる人気俳優山本耕史氏は何度も付き合わないかと誘うもその都度「無理です」とすげなく断られていた。諦めきれない山本氏は、意を決しそれなら結婚と言うと、堀北さんの目の色が変わり結婚を前提ならと交際が始まったという。
 私は1981年5月31歳になる直前地元神戸にて結婚するが、1970年代の後半は東京・神田にあった銀行の独身寮に居た。ある日寮生の後輩たちと寮で飲み会をした時、女子行員の話になった。ある後輩が一人の女子行員と関係を持ったと発言すると次々と俺もと声が上がり、私以外全員がその女子行員と関係をもっていたことが判明した。私はその女子行員の新入時の指導員であり、驚愕するとともに、表現が不穏当だが思わずpublic toilet かと思ってしまった(女より男の方が口が軽い。自慢したがる。職場内恋愛にはリスクがつきまとう)。
 1980年前後の当時、東京が進んでいるのか既に上記のような今どきの女性が存在していたが、まだ、「結ばれるのは結婚すると決めてから、結ばれてしまったらその人と結婚する」が主流だったと思う(結ばれたら男の独占欲は満たされた。今は「そんなことぐらいで自分のモノになったと思わないで」と言い返されよう)。virgin に意味があった(今は死語になったか)。それが当時の常識だったと思う。
 当時から40年経った2017年に堀北さんが結婚するのだが、堀北さんが上記の常識を引き継いでいることを嬉しく思った。そんな堀北さんを娶り、家族の為ならどんな仕事も辞さないと言う山本氏に好感を覚えている。

 性行為が「生殖」の為だけではなく「快楽」を得る為でもあるのは、ホモサピエンスだけか。地球上の動物界に君臨するホモサピエンスの特権と言えようか。
 そんなホモサピエンスでも、争わず「種」を永らく存続させる知恵として古代から「一夫一婦制」を採り続けている。
  封建時代には姦通罪があったが、米国の21州にはまだ姦通罪があるらしい。日本においては戦前まで姦通罪が存在した。夫のある妻と、その姦通の相手方である男性を罰した。
 戦後男女平等なのに、正妻のある男が他の婦女と私通しても姦通罪に問われないのはおかしいと、夫にも同罪が検討されたが、何と姦通罪自体を廃止してしまった(思うに、卵子は胎内にいる間に作られ、細胞分裂しないためそれ以降年々減少していき閉経の頃には零に近づくという。また年々劣化もしていくだろう。限りある卵子と違い精子は死ぬまで精巣で作られ続ける。1,600万人の子孫をもつと言われるチンギスカンほどではないにしろ広く精子をまき散らしたいとのオスの本能をもつ夫の不倫を罪に問えば、そんな下世話な裁判ばかりするために刑事裁判官や検事になったのではないと思ったのではなかろうか)。 
 そして不倫は刑法の対象外となり犯罪ではなくなった。不貞(肉体関係)は民法上の不法行為で、不倫された側から不倫した側に対する損害賠償請求ができるとはいえ。 
 狼が野に放たれたが、雌羊は恐れ慄くのではなく自ら近づいていく者もいる。
 高学歴の女史たちが、「不倫なんて・・・」とそのような発言をしているが、政治家の不倫が問題にならないフランス(15歳で24歳年上の教師に恋しその初恋を貫き通し結ばれたマクロン大統領なら不倫はしないだろうが。奥方も怖そうだし)が正しいとは思わない。
 恋愛は自由だとしても、日本女性の美徳である「奥ゆかしさ」は残してほしいと思う(大谷夫人の真美子さんは美人だけではなく奥ゆかしさも持ち合わせているから大谷翔平選手の目に留まったのであろう)。

 「他人を不幸にして(踏み台にして)は、幸せにはなれない」(他人妻から夫を奪っても他の女から奪われてしまうことも珍しくない)と思うのが、時代に関係なく良識だと思う。
 うん? アンタは時代遅れだ、勝手な価値観を押し付けるなと言いうのか。そうか。それなら、故マッカーサーは「老兵は死なず消え去るのみ」と語ったが、私は「小老害は死して消え去るのみ」と言うべきか。

(次回231号は8/1アップ予定)

2025.7臨時号NO.229 はんりゅう VSさんりゅう
 6/3の韓国大統領選挙の一週間後にソウルを訪れた。大統領選後の韓国社会の様子を視察に行った訳ではない。
 私自身両手ほどではないが、これまで片手以上にはソウルに訪れている。最初に訪れたのは35年前のバブルの頃。崩落したピンク色の百貨店にも訪れていた。当時ちょっとした日本ブームがあり、日式うどん店木曽屋にも視察した(日本の木曽路グループが進出したと思ったが無関係)。お嬢様学校梨花女子大学近くでスイーツの店を外から覗いたが、まだ生クリームではなくバタークリームのショートケーキが陳列されていた。日本より10数年遅れていると感じた。生クリームのケーキ店を出せば流行ると思ったものだ。
 それが今や「進化系クロワッサン」、「グリークヨーグルト」、猫プリンなど日本に情報発信するほど進化している。韓国は、この間一人当たりのGDPが日本を上回るほど経済成長した(グルメ、コスメ、エンタメは盛況。ただ、スポーツの分野では、野球、サッカーにおいて日本と拮抗していたが、最近日本と差が付きつつある。世界を席巻してきた女子ゴルフにおいても翳りが見受けられる)。
 これまでにも何度か妻に声をかけたが、韓国は反日との先入観とともに不埒な殿方の遊ぶ所との思いがあったのか韓国に全然関心を示さなかった。そんな妻が最近韓流ドラマに嵌り、昨秋韓国に行ってみたいと言い出した。最近私との旅行は不愉快になるだけと嫌がっていた妻が。
 気が変わらぬうちにと早速手配に着手した。いつも6ヶ月前には行程表を作り手配を開始する。それで6月訪問に向け飛行機とホテルとのパック商品を予約した。何ともバッドタイミングであった。予約したのが昨年12/3。その数時間後に韓国尹大統領が非常戒厳を宣布した。
 年金生活者にとって二人で5万円前後のキャンセル料は痛い。様子を見ることにした。
 尹大統領の非常戒厳による政治クーデーターは失敗に帰し、憲法裁判所の弾劾裁判の対象、内乱の首謀者の被疑者となった。これに対し、尹大統領を支持する一部の極右が暴徒化しソウル西部地裁を襲撃した。弾劾が可決されればさらなる大きな事態が懸念されたが、警察の警備が万全だったのか、可決されても大きな混乱は見られなかった。
 尹大統領の失職を受けての大統領選挙は6/3と決まった。訪韓の1週間前に当たるが、国民が拒絶感をもつ非常戒厳を起こした保守派が不利である中候補擁立で一本化出来ない(韓国通の鈴置高史氏は李俊錫候補が次を狙っているので一本化に応じないと言っていた)ことから進歩派の李在明氏が有利な状況にあった。さらに李在明候補は中道層を取り込むため反日姿勢を引っ込めていた。
 大統領選は大方の予想通りに終わった。李在明新大統領は4つの事件の被告人であり、6/18には早くも高裁差し戻しの裁判があり混乱が予想された。が、与党になった国民の力は数を頼んで臨時国会で「大統領に当選した被告の刑事裁判を在任中は中断する」条項を盛り込ませる刑事訴訟法改正案を可決させると見られた。が、その前に高裁が「不訴追特権」を適用し、混乱は回避された。
 1週間後の平日での滞在でもあり、デモや集会が行われる場所に近づかさえしなければ問題は起きないだろうと判断し予定通り6/10から訪韓することに決めた。進歩派の大統領が誕生してもいきなりソウル商人たちが反日姿勢に変わるはずもないとも思ったし。


 6/10の14時頃明洞に着いたが、平日なのに繁華街はごった返していた。大統領選の影響は微塵も感じなかった。日本人観光客も多くいた(韓国ではマスクをしている人はおらず日本人もマスクをしていない。日本語が飛び交うことで判断した)。タクシーの運転手さんに聞くと、大統領選当日前後は日本人は少なかったとのこと。
 明洞のマクドナルドのチラシを見ると、ビックマックの単品が5,500W。日本円に換算すると583円(10,000W=1,060円)  か。日本は480円なので、韓国の方が物価が高かそうだ(地下鉄、タクシー等交通インフラは安いが)。10年前は韓国の物価は日本の2/3と言われていたのに。
 観光と言えるほどの時間的余裕はなかったが、妻はピョルマダン図書館(江南の三成洞)、明洞大聖堂(明洞)には一見の価値があると言った。図書館はCOEXモールの中心に位置する地下1階から地上1階までのオープンな吹き抜け部分にあり、巨大な本棚群(蔵書5万冊)の壮観さに目を引く。キリスト教に縁のない我が夫婦は明洞大聖堂のステンドグラスが素晴らしいと感じたが、残念ながら写真撮影が禁止されていた。
 私自身は日本庶民の御用達グルメ店への再訪を楽しみにしていた。カンジャンケジャン(渡り蟹の醤油漬け)の真味食堂(麻浦・孔徳)は相変わらずの美味しさであった(予約がマストで予約代行に依頼した)。アワビ粥の多味粥(明洞)は移転前の店の方が良かったと思った。細い路地の先にある明洞多島海鮮に立ち寄ると廃墟になっていた。日本人御用達の店の方がコロナ禍の影響を大きく受け、明暗が別れているようだ。
 今回にて私が初めて気づいたことは、明洞夜市場(台湾の夜市)を探索していた時20時になろうとするのにまだ明るかったことだ。今まで韓国とは時差もないことから何となく東京と同じと思っていたが、ソウルと東京では日没が1時間も違う。

 ソウルは東経126°59′、北緯37°34′  で日没は19:54。東京は東経139°41′、北緯35°41′で日没は18:58 。経度で1度東に進む毎に、時間にして4分ずつ日没が早くなるという。経度は13度違うからそれで52分も違ってくる。

 さらに、6/11いきなり警報音が鳴り響きスマホを見ると、「緊急速報」と漢字で書かれていた(本文はハングルで分らず)。大地震か政変かと訝り直ぐにフロントに確認したが、警察が明洞周辺の人々に人探しの協力を求めるメールだという。何も外国の観光客にまで送らなくても思うが、システム的に無理なのか。ともあれ韓国事情を垣間見た。 

 現職大統領が非常戒厳を宣布して民主主義を危機に晒し、韓国社会が混乱に陥ったことからWOWOWにおいても5月に韓流映画「韓国の民主化」の特集を組んでいた。
 史実に沿って並べると、1979年10月26日に起きた朴正熙大統領暗殺事件を再現した『KCIA 南山の部長たち』(2020年公開)。独裁軍事政権が倒れ民主化が期待され、そう呼ばれた『ソウルの春』(2023年公開)。軍の中で全斗煥率いる反乱軍が鎮圧軍のと戦いに勝利しクーデターが成功したため、ソウルの春は桜のごとく早く散ることになる。
 1980年5月17日クーデーターにより既に全軍を掌握した全斗煥による戒厳令が発令され、それに対する反発から翌日の光州市での民主化を要求する市民が多数虐殺された『光州5・18』(2007年公開) 。全斗煥軍部独裁政権が大統領直接選挙への改憲を求める民衆を弾圧した『1987、ある闘いの真実』 (2017年)。全斗煥が院政を引くべく親友の盧泰愚大統領に禅定すべく改憲を拒否した「4・13護憲措置」 を発表し、さらに民主化を求めるソウル大学生が治安本部にて拷問され、それが隠ぺいされたことから、独裁政権への抗議が全国的に広がった。全斗煥大統領は大統領直接選挙制改憲実現などの一連の民主化措置を約束する「6・29宣言」をせざるを得なくなった。市民側の勝利。 
 『KCIA 南山の部長たち』は映画館で、『光州5・18』はWOWOWで前に観ていたが、今回『1987、ある闘いの真実』 と『ソウルの春』を観た。
 韓国の民主主義は市民が多大な犠牲を払った上で勝ち取ったことが分る。日本の民主主義の移行に犠牲を払ったことはなかったのか。戦後GHQが戦前の軍部主導の全体主義体制を崩壊させるために民主主義を植え付けた。
 戦争に日本が負けていなかったら軍部主導の政治体制は変わらなかった。いわば、“豊かな北朝鮮”というところか。徴兵制も存続し、国に盾突けば特高警察や憲兵に拷問・弾圧されていたことだろう。
 日本は市民が勝ち取ったとは言えないが、中国、満州、東南アジアでの戦闘、悲惨な沖縄での地上戦、本土での大空襲、広島・長崎への原爆投下などにおいて韓国民主化に伴う犠牲者よりはるかに多い日本人が犠牲となった。日本は民主主義を得る為に多大かつ無残な代償を払ったとみることもできるだろう。今の若者にはそんな認識はないだろうが。

 連合国軍最高司令官マッカーサーによって、天皇制を存続させただけではなく、戦勝国からの日本に対する分割統治要求を退け実質米国の一括間接支配により、ソ連による北海道分割統治が阻止された。その身代わりとばかりに朝鮮半島が38度線を境に分断された(日本からすれば南朝鮮としての韓国は共産圏からの脅威に対する壁となってくれたと言える)。 

 1950年に勃発した朝鮮戦争は停戦し休戦協定が結ばれるも終戦を意味する平和条約が結ばれていない。いまだ韓国は北朝鮮と戦争状態にあると言える。北朝鮮に与した、与させられた者は疎外され、そこに韓国民の分断の根っこがあるのか。今も徴兵制度により若者男子は2年弱の兵役に服している(世界的な人気グループBTSのメンバーさえも)。男女間の分断の一つの要因になっている。
 緊張感ある環境に加え軍事独裁政権から民主化を勝ち取ったことから韓国民の政治的民度は高い。大統領を直接選ぶことからも大統領選も大きな盛り上がりを見せる。今回の投票率はほぼ80%だとか。
 ただ、大統領を国民が直接選ぶ直接選挙の問題点が浮彫になっている。政治家経験のない者がいきなり大統領になり、国を混乱させる。米国のトランプ大統領(1.0)しかり。以前は自由と平等に反するが、共和党の重鎮がそんな素人のポピュリストの出馬を阻止していたのだが。ウクライナではコメディアンから大統領になったゼレンスキー氏が自身の保身の為に戦争に舵を切った。検事出身の韓国尹前大統領は非常戒厳を宣布した。まさか文民大統領が。軍部の戒厳令によるクーデーターの悪夢を国民は蘇らせたであろう。
 さらに、裁判で有罪判決を受けたものが、米・韓で大統領になれる。日本では考えられないことだが。
 日本は、首相は間接選挙。憲法第67号にて「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」 と定められている。
 過去から日本も直接選挙「首相公選制」との声が何度か上がったが、海外の状況を見れば、公選制を導入しなくて良かったのではないか。
 日本国民は自ら勝ち取ったとの意識はない。終戦が傘寿を迎えた今の若者は民主主義は当たり前のものとなっている。民主主義は壊れるとの不安も抱いていない。政治に対する関心は低い。
 その一方で、中途半端な民主主義では、戦前の全体主義体制における「お上に逆らってはいけない」との因習が残っているか。政権に不満ががあっても声を上げにくい。メディアも及び腰(長期政権を許し日本を地盤沈下させた)。
 芸能人に政治的発言を許さない風潮も日本の政治が盛り上がらない要因の一つかも知れない。米国ではトランプ大統領に対して敵対的な態度のロックスター・ブルース・スプリングスティーン氏や民主党支持を訴える世界的人気歌手テイラー・スイフトさんを初め芸能人は積極的に政治的発言をする。韓国も人気スターの政治的発言に対して、発言するより、しない方が批判される。
 日本では、いまだに芸能人が政治的発言することをよしとしない。2020年「♯検察庁法改正案に抗議します」とのハッシュタグが立ち珍しく大勢の芸能人が抗議の声を挙げたが。それに対して「芸能人は政治に口出しするな」と人気歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさんが右派からの攻撃ターゲットとされた(メディアは、報道しても、その攻撃に対して声高に批判することはない)。これを見て芸能人たちのマネジャーは政治発言は慎むようにとアドバイスしたのではないか。
 直接政治的発言をしなくてもである。俳優の佐藤浩市氏が、映画『空母いぶき』(2019年公開)の公開前インタビューでをめぐって、総理大臣役を演じるにあたり、「彼(劇中の総理大臣)はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです」と答えたという。安倍首相をモデルにとか揶揄する発言はしていない。それなのに右派の作家は「三流役者が、えらそうに!」と言い放ち、出版社の社長が「最初から首相を貶(おとし)める政治的な目的で首相役を演じている映画など観たくもない」と批判したという。
 佐藤氏発言を誤解あるいは曲解したとしても、許される批判は、「首相を批判するのは自由だが、持病を揶揄するのは人としていかがなものか」ぐらいなのに。

 日本の政治的民度に加え、大統領直接選挙の動向をみて、首相を直接選挙で選ぶことは避けるべきであると誰しもそう思うのではないか。しかし、現実には日本も直接選挙に近いものになっているのである。
 先の自民党総裁選にて、自民党国会議員の中で嫌われている二人が総裁の椅子を争った。石破茂議員と高市早苗議員との間にて決戦投票が。どちらがまだましかとの選択に終わる。
 そして、石破自民党総裁が内閣総理大臣に就任した。それで我々国民はなぜ石破氏が嫌われているのかを理解することになる。
 高齢化社会にて医療費が年々高騰していく中高額療養費制度の自己負担上限額引き上げが先送りされた。
 厚労省が受益者負担を引き上げること自体は悪いとは言えない。それが患者たちにどんな影響があるか考えるのが政治家の役割。公表する前に厚労省とよくその辺を詰める必要がある。それで決まれば、首相は一旦表明した限り反対意見が出ててもよほどのことがない限り押し通すものではないのか。
 それが、野党や患者などから反対意見が出ると、初めて気が付いたのか、もしくは高を括っていたのか、「長期的に治療を要する患者の負担額を増やさず据え置き」と方針変更する。そしてまた「8月に引き上げはするが、来年度以降は再検討」とさらに方針を変更する。それも「8月からの上限額引き上げを見送る」と再々方針変更し、結局問題の先送り。国民からだけではなく、医療保険財政の逼迫に苦慮する厚労省からも信頼を失う。 
 先の衆議院選挙にて少数与党に転落した主因とも言える「非公認候補にも実質2,000万円の支給」に対してメディアが批判すると怒りをみせ、唯一の味方である国民を敵に回す。参議院選挙を前に野党が求める「消費税減税」をしないとする首相に野党が何もしていないと詰め寄られれば、気色ばむ。優柔不断だが、プライドを傷つけられたら感情を露わにするのか。
 信念がないのか、信念があっても貫くをことが出来ないのか、石破総理が所信表明で言及した石橋(湛山)元総理と石破総理は一字違いで大違い。

 参議院議員の半数が任期満了を迎える7/28より前(7/20?)に参議院選挙が行われる。消費税減税、基礎年金の底上げ等を要求する野党に対する石破首相の答弁はまるで財務省官僚の様。視聴者の印象はすこぶる悪かった。それでも筋を通せばよいのに、参院選対策として低所得者だけならまだしも無意味な富裕層にも2万円給付という、いわゆる“ばら撒き”をする。物価高は安倍首相ー黒田日銀総裁体制による国債の乱発と(財政ファイナンスと呼ぶべき)日銀引き受けにより日本財政への国際的信頼が低下したことによる円安が主因なのに。

 筋を通さない嫌われ者は存在価値が問われてしまう。

 石破降ろしの急先鋒旧安倍派参議院議員西田昌司氏が意図不明の「ひめゆりの塔」発言で自爆。政権ではなく自民党自体を破損。
 参議院選挙でも自民党は惨敗するのではないか。与党が続くとしても、石破総理・総裁は辞任することになるだろうと思った。
 そうなると、いつも「次の総裁に誰がよいか」とのアンケートでは、メディアがどんな調査をしているか分らないが、WEB上には河野太郎元デジタル大臣や小泉進次郎農水大臣の名が上位に挙がる。私などはこんな政治的民度では直接選挙は到底無理と思っていた。
 前総裁選の折には、河野氏に代わって石破氏の名が浮上していた。石破氏は党内野党的な立場で批判しているのを正論を吐いていると皮相的に好感を覚えたのであろう。
 自民党の総裁を決めるのだからどんな決め方をしようと勝手とはいえ、実質自民党総裁=内閣総理大臣と言える。ならば、総裁選に党員・党友を参加させるのはどうなのか(辞任の場合は任期満了とは違い党員・党友のウエイトは小さくなるが)。前総裁選で嫌われ者同士の決戦になったことを見ても。
 「党員」でも問題があるのに「党友」までも。自民党のファンクラブ会員に過ぎないのに「総裁選への参画」という特典が与えられている。AKB選抜総選挙の投票権じゃあるまいに。
 前にも述べたが、自民党総裁選を本選に進む候補を決める予備選(直接選挙)と総裁を選ぶ本選(間接選挙)の二つに分ける。予備選は党員・党友も参加させることにする。本選では予備選の1位~5位までの候補者の中から「国会議員だけ」で投票させる。過半数に達する候補者がいない時は上位2名の決戦投票とすべきではないか。

 ところが、最近風向きが変わってきた。石破政権の支持率が下がり続ける中米価は高騰し続け国民から不満が上がる中江藤前農水大臣が「米を買ったことがない」との軽率発言が、政権をさらに窮地にと思われた。が、何と「禍い転じて福となす」の事態に。
 石破首相は後任に人気のある小泉進次郎元農水大臣を起用した。小泉大臣の緊急時における随時契約における安価な備蓄米の放出に庶民は大歓迎。父親を彷彿させる「小泉劇場」の様相を呈している。石破政権の支持率も少し回復した。

 私が生まれた1950年に池田隼人大蔵大臣が米価高騰の折「貧乏人は麦を食え」と言ったと曲解報道され、辞任に追い込まれた。今回の備蓄米放出はいわば緊急避難的措置であり、米価高騰の抜本的な解決策ではない。ブランド米はともかくブレンド米が庶民の口に入りづらい状況が続けば、「貧乏人は備蓄米(古米)を食え」と言うのかと庶民は非難し出すだろう。ただ、それは参院選が終わったその先だろう。
 小泉大臣は参院選の選挙の顔となると皆そう思うだろう。しかし、選挙目当てで小泉大臣を首相にするようなマネはしてはならぬ(私は小泉大臣が首相になることは望んでいない。が、いい様に利用されてつぶされることも見たくない)。

 国民が国の顔にもなってほしいと思うなら、天才宰相田中角栄でさえも階段を登った、幹事長、大蔵(現財務)大臣、外務大臣への王道を踏ませなければ。それに小泉大臣が合格しなければ(父親の純一郎元総理が総裁選出馬は50歳を過ぎてからと忠告するのはそういう意味だろう)。
 世襲を王道の過程をすっ飛ばす免罪符にしてはいけない。

 一方、野党にはアゲインストの風が吹いてきている。支持率が高かった国民民主党も「好事魔多し」で玉木雄一郎代表自ら不倫問題起こして以降参院選への問題候補の擁立や玉木代表の備蓄米「エサ米」発言等で支持率を急落させている。
 内閣不信任案を出し可決されるなら石破政権は衆参同時解散選挙に打って出るのが分っているのに、これ以上支持率が下がる前にと思うのか玉木代表は犬猿?の立憲民主党に内閣不信任案の提出を呼びかける。頭は良いが自身が一番大事なナルシスト?の玉木代表は公僕である政治家や官僚には向いていないと私はそう思う。
 野党第一党立憲民主党は参院選を前にアピール出来る成果がないことから、自公が丸呑みした年金制度改革法案でポイントを稼ぐつもりが、「あんこのないアンパンに毒入りあんこを入れたのか」かと厚生年金の積立金活用による基礎年金の底上げが「厚生年金の流用」とネット民からバッシングを受け、裏目となった。

 このような情勢と自民党との大同連立も噂されている中では、党内から強い要請もあるが野田佳彦代表は内閣不信任案の提出はしないのではないかと思ったが、昨晩野田代表は不信任案の提出は見送ると表明した。
 かくして、参院選は自公で過半数を確保し、石破政権は延命の芽が出てきた。同じ嫌われるのなら、“石不破”ではなく、石のような殻を破り石破色を出せばと思う。メディアに「嫌われ者世に憚る」と言われるほどに。
(次回230号は7/10アップ予定)

2025.7  NO.228      おいでやすこが  VS           おいで、やすこが
 卒職すると、過去を振り返る。とくに子供の頃のことを思い出すことが多くなった。フジTV水曜『ホンマでっか!?TV』でお馴染みの池田清彦先生は近著『人間は老いを克服できない』(角川新書)にて「残りの人生が有限だと悟った人は、未来のことは考えたくないので、過去にばかり目が行くようになる」と宣う。身も蓋もないが、反論できない。
 フジTV日曜『ザ・ノンフィクション』で新宿2丁目にあった深夜食堂(惜しまれつつ閉店)の名物女将は「不幸せと思う者は昔を思い出さない」と言っていた。この方が気分がいい。慎ましやかな生活ながら私は倖せだと思っているということか。ひとえに妻のお蔭だと思うが、その7歳下の妻はあと20年生きるだろう。まだ先が長い妻は、振り返らず、前を見ている。私が逝った後のことを(旅行に行くと、写真ぎらいで嫌がる、もうすぐ75歳になる私を妻は撮ろうとする。遺影にする為に)。

 

 私の家にテレビが来たのは小学校4年になった頃。大好きだったTVドラマ『月光仮面』(1958年2月~1959年7月)は、家では観られず、日曜の夜うどん屋で卵とじうどん(当時10円?)を食べながら観るか、親しいお家に観せてもらっていた。
 その頃両親と一緒の部屋で寝ていた。ラジオを聞いて寝るのだが、神戸の貧乏長屋の住人にクラッシック音楽を聴く趣味はない。歌謡曲では、故三橋美智也が『りんご村から』『哀愁列車』『古城』等ヒット曲を連発していた(『星屑の街』がヒットしたのをよく覚えているが、調べると1962年でありもうテレビがあったハズだが、寝る前はラジオを聴いていたのかもしれない)。他には、浪曲も放送されていたが、漫才を聞いて就寝していた。
 鮮明に今でも覚えていることがある。三人姉妹の歌謡漫才『かしまし娘』が、冒頭「うちら陽気なかしまし娘・・・」と唄い出し、漫才の最後には「それでは皆様ごきげんよう」と歌い終わる。その最後の一小節を私が大声で真似て両親が大笑いした。
 落語は大学生の頃故六代目三遊亭圓生、故三代目古今亭志ん朝、上方では、四天王の内故三代目桂米朝、故三代目桂春団治や明石家さんまさんの師匠故笑福亭松之助が好きで、関心があったが、それ以降しだいに興味が薄れ、今日まで関心を持つことはなかった。

 漫才は子供の頃から、ずっと濃淡はあれど関心を持ち続けている。「しゃべくり漫才」のスタイルを発明し、今につながる漫才の形式の基礎を作ったとされる漫才コンビ『横山エンタツ・花菱アチャコ』は私が物心ついたころには漫才をしていなかった。喜劇映画でアチャコを見た記憶があり「滅茶苦茶でごじゃりまするがな」のギャグは覚えている。当時好きな男性コンビは、『中田ダイマル・ラケット』『夢路いとし・喜味こいし』であった。
 そして月日が経ち1980年~82年に漫才ブームが起こる。お笑い第2世代と呼ばれる『B&B』、『紳助・竜助』、『ツービート』を中心として、しゃべくり漫才のあり方を大きく変える。服装がカジュアルになる。それまでは男性コンビはスーツにネクタイが多かった。ボケとツッコミが互いに声を掛け合うスタイルから、ネタを書いた方(ボケ担当?)が一方的にしゃべり倒すやり方が主流になっていく。掛け合い漫才は念入りなリハーサルが必要だが、「一方的にしゃべり倒すやり方」では事前リハは必ずしも必要としないのか。第3世代『ダウンタウン』の浜田雅功さんは、寄席で松本人志さんの冒頭の数言を聞いて「今日はこのネタをやるんや」と理解し合わせていたという。第6世代『NON STYLE』では、ネタを書く石田明さんではなく、相方の井上裕介さんが、その日の進行を決めている。事前リハもしないという。

 第7世代のお笑い男女コンビ『蛙亭』のネタ担当のイワクラさんは新ネタを書いても相方中野周平さんに説明しないという。「こんなダメな男を演じて」と言うだけで中野さんは期待以上のパーフォーマンスを見せてくれると中野さんに信頼を置く。

 一方、同じ男女コンビ『ラランド』のネタ担当サーヤさんは相方で「怠惰」が服を着ている?西田亘輝さんが足を引っ張るだけで役立たないことに業を煮やす。それでサーヤこと門倉早彩さんは、自身を社長とする会社を起こし、西田さんが普段から背負っているリュックサックに広告を掲出できる、西田さんを「歩く広告塔」にするサービスを始めたとされた(結局ネタだと思うのだが)。

 米国では故マイケル・ジャクソンが1982年12月、移籍後から2作目のソロ・アルバムとなる『スリラー』を発表。ミュージック・ビデオの最高傑作として名を残している。音楽を聴かせるものから視聴させるものに、より音楽を魅せるものにした。
 革命的変革をもたらした故エルヴィス・プレスリーは、B&Bや、ブルース、ゴスペルなどの黒人音楽を基に、カントリー・アンド・ウェスタンやブルーグラスなど白人の音楽スタイルを融合させた「ロックンロール」で一世を風靡した。腰をくねらせ足を激しく動かしギターを弾くさまは若い女性観客を興奮のるつぼとさせた(3年前公開された映画『エルヴィス』は激しい人種差別の中白人が黒人のマネをするのかと世の激しい反発を受け苦悩するエルヴィスを描く)。その音楽性はビートルズに受け継がれ、ポップ・ロックとして今やクラッシックになったと言え、ビートルズの活動期を過ぎて生まれた若い世代の心も掴む(まだ新型コロナ禍がない8、9年前の話だが、私の息子と変わらない年の知り合いがジヨン・レノンの命日12/8に開催される追悼イベントに毎年仕事を休んで博多から上京していた)。
 セックスアピールを伴うエンターテナー性はビートルズではなくマイケルに受け継がれたと言えるか。薬で亡くなった点も。心と体との痛みの違いはあれど。
 日本においても、1979年末の紅白歌合戦でジュディ・オングさんがヒット曲『魅せられて』で両手の手を広げると鳥のように袖が扇状に広がる白のドレスを着用の上歌唱し、観客が魅せられた。1981年になると小林幸子さんが紅白で『迷い鳥』で出演時「鳥」をイメージして、手を広げると、鳥が大きな翼を広げたように見える衣装が観客からの好感触を得てそれから年々豪華な衣装になり美川憲一さんとの衣装対決が紅白の名物となって行く(なお、衣装対決における美川憲一さんとの不仲は「演出」と、後年小林さんが宮迫博之さんのYouTubeチャンネルで明かしている)。

 情報媒体の進化、IT進展による音楽の世界で起きた変化はお笑い第2世代以降における漫才の世界でも起きている。
 借金問題が話題にのぼる夫婦漫才『かつみ♥さゆり』の夫かつみさんは(ネット記事で)「明石家さんまさんたちの『第2世代』は、15~20分間しっかり漫才をして、爆笑をとらなければだめ。テレビが中心のぼくら『第3世代』は、舞台で15分かけて千人を笑わすより、テレビの前の人たちに4分間で笑いを届けるほうが重要になった。今の『第7世代』は、SNSの時代。1分とか、15秒とかなんですよね。」と言う。
 その中で、お笑い第6世代の『オリエンタルラジオ』がリズム漫才と言われる「武勇伝ネタ」で大ブレークした。その後第7世代『霜降り明星』のボケ担当の『せいや』はセンターマイクから離れて動き回り、同『マヂカルラブリー』に至っては、M-1グランプリにおいて、ボケ担当の野田光さんがしゃべらずに動き回るため「あれは漫才に該当するのか、コントではないのか」とネット上で優勝に賛否が分かれた。

    漫才の中には、「コント漫才」が前から存在している。「コント」との違いは、「コント」は小道具を使い、「コント漫才」は小道具を使わない。従って優勝したことに問題はない。ただ、個人的には私は、漫才は話芸だと思っているので、しゃべくり漫才の方が好きである。
 演芸会ならぬ講演会においても、文系の先生は喋るだけで聴衆を感動させたり笑わせたりする。理系の先生はプロジェクターを使い、表、写真、動画を見せて話をすることが普通だ。聞き手が1人でなければそれも立派な「講演」であり、「講義」だと揶揄しないが、文系の先生の話の方が好きだ。

 私は古い人間なのだろう。視聴するマイケルより聴くだけで満足なビートルズの方が好きだ(と言いながら、助平以上色ボケ未満の爺の私は韓国歌手兼ユーチューバーのYOYOMIさんの踊りながら歌う動画を嬉し気に観ているが)。

 漫才の中には、キレ芸もある。キレ芸の元祖は、わたし的には、『人生幸朗・生恵幸子』の夫婦によるボヤキ漫才と思っている。故幸朗師匠が「責任者出てこい!」と声を荒げると、妻の故幸子師匠がたしなめる。
『カンニング竹山』は、相方で親友の故中島忠幸が白血病で亡くなって以来、テレビでは竹山さんはひな壇芸人として登場することが多い。中島に対する想いもあろうが、次のネタに移るのにピンでは振り上げた拳を降ろすのがマッチポンプでは難しいのではないか。
 キレ芸の『おいでやす小田』と歌ネタ芸の『こがけん』とがコラボしたユニット『おいでやすこが』が人気を博している。ピン芸人としての弱点を互いにカバーしあい、1+1=3というところか。小田芳裕さんは私生活でも大きな声で怒鳴ることはあるのか。

 自衛隊出身という異色ながら今や大人気の女ピン芸人『やす子』と顔が似ていると互いに認め合う『かまいたち』の山内健司さんがイタズラ心で、「おいで、やす子が来るから」と“こがけん”こと古賀憲太郎さんから小田さんに電話させると、着いた店で小田さんは山内さんを見て、「やす子と違うんかい!?」と大きな声で怒るんだろうか。

 TBS『ラヴィット!』MCの川島明さんが一緒に焼肉に行ったがキャラと同じで二度と行かないと言っていたが。

 漫才ではないが、カラオケが好きな私は、歌ウマ芸人も好きである。歌マネの女王荒牧陽子さんは、シンガーソングライターとして大成叶わず、歌マネの世界に入る。その女王から有望株としてお墨付きを得た?河邑ミクさんも歌を得意とする。ひとりコントがメインのピン芸人であるが、TV番組『千鳥の鬼レンチャン』(カラオケのサビ部分を10曲連続音を全く外さず歌い切ると、鬼レンチャンとして100万円を獲得できる)に出場し、歌手(May J.さん、荒牧陽子さん、丘みどりさんなど)以外で初めて100万円を獲得した。
 お笑い男女コンビ『ポンポコ』のボケ担当の女芸人『高木ひとみ〇』も「歌ウマ芸人」として評価されている。漫才での金切声を発するエキセントリックな芸風と違い歌は正統派だ。

 度肝を抜く物まねの『キンタロー。』は歌もうまい。「私が嫌いでも・・・」とデビューしたての頃は好きではなかったが、今は天才女芸人と思っている。女芸人は結婚したり、子供ができると女芸人としての良さが消えがち(男芸人もイジリづらくなる)であるが、結婚し二女を儲けた彼女はさらに増してはちゃけている。
 男性の歌うウマ芸人としては、鬼レンチャンにも出場した『Mr.シャチホコ』を挙げる。和田アキ子さんの物まねで人気が出たが、『ミスチル』を歌いこなせる歌のうまさに驚かされる。似すぎて明石家さんまさん本人から嫌がられている?『ほいけんた』さんも歌がうまい。さんまさんの顔で(ダミ声ではなく)郷ひろみさんにそっくりにきれいな歌声で歌うのを視聴するとそのギャップの可笑しさに笑いを抑えられない。
 頭の良し悪しは基本「記憶力」。若い頃東大法学部の大学院に在籍の人と卓を囲む機会があった。共通の友人から(TVドラマ『競争の番人』で坂口健太郎さん扮する主人公のごとく)一度読んだだけで覚えてしまうと紹介された(麻雀は上手いとは思わなかったが)。

 歌は「音程」がそれにあたるか。ひとりカラオケを10年以上励んでいる私は、絶対音感を持つ4歳上の兄と違って音楽の才能もないが、それでも感情表現はそれなりに豊かになる。ビブラートも自然に身に付き採点機器に褒められたりしてくる。しかし、音程は進歩しない。10年以上週一で歌っていれば、DAMAi採点で90点を越える曲も増えてくるが、故シナトラの『My Way』では、とくに音程に注意して歌っている訳ではないとはいえ、全国平均点(やや難曲で81点台)よりは高いが90点に辿り着いたことがない。ゴルフのパターと同じで練習すれば名手になるものではない。音程は天賦の才能だ。鬼レンチャンに出られる芸人も才人だ。
 男芸人の中には、女の子にモテたいがため芸人になりたまたま人気が出ただけだと見くびっていた芸人もいた。が、TV番組『プレバト!』を観るようになってから、千原ジュニアさん(俳句、美術)、レイザーラモンHGさん(絵画)等を観て、テレビに出ている芸人は才能豊かな天才達ばかりだと思うようになった。
 以上。なに? いつものオチがないってか。問題提起や批判のことか。「笑う門には福来る」に尽きる。「クリープの入っていないコーヒーなんて」(このCMは若い人は知らないか)と言う人もたまにはブラックコーヒーも乙なものではないか。ちゃうやろか。

(次回NO.229は6/20アップ予定)

2025.6  NO.227  なみだ VS  なのだ
 私はこの8月75歳になりいよいよ後期高齢者入りする。これまでは私はガキがそのまま爺になったような男なので年齢を感じなかった。

 カラオケも、演歌の方がレパートリーは豊富だが、(今どきの若い人の曲は無理とはいえ)ゆずの『栄光の架橋』。チェッカーズの『ジュリアに傷心』。スピッツの『チェリー』。荻野目洋子さんの『ダンシング・ヒーロー』も。いきものがかりの『YELL』は「持ち歌を歌わないで!」と娘がむくれる。娘の旦那らは呆れ顔。
 肉体的には、髪もさすがに白髪も交じってきたがまだ髪量は少なくない。太ってもいない。加えて若作りだし。でも、新型コロナ禍が明けてもマスクがとれなくなった。長い間見せてなく素顔を世間に晒すのに抵抗感が生じた私なのだ。

 ブ男なのは今に始まった事ではない。毎日が日曜で自己肯定感が低下したのか、男性ホルモンの枯渇で男としての自信がなくなったのか、分らないが。さらに白内障手術で視力が回復し目の下の弛みに愕然としマスクに加えサングラスをかけるようになった。年齢不詳にはなる(不審者と思われてはとコンビニ等ではサングラスは外すが)。
 妻から自身が何歳か鏡を見たらとよく言われるが、鏡を見ようとしない。顔を洗う時も、歯を磨く時も。外出の際の整髪の時は目の焦点は髪に。鏡を見て現実を直視できない。より客観的な写真を見ると落ち込んでしまう。
  40歳過ぎると自身の顔に責任を持てという。恥じることない人生を歩んできたつもりなのに、この顔では納得できないし責任が持てない。母親を恨みたいところだが、母には生前「可愛く産んであげたのに」と責任放棄された。
 大人の女性は毎日顔をじっくり観察している。化粧をすれば美人でなくともそれなりに私はイケてると皆思っているに違いない。そのポジティブさが羨ましい(顔出ししない若手人気歌手のAdoさんは街中ではマスクもせず素顔で歩いているのか気になる)。
 5月3日で結婚44周年を迎えた。「光陰矢の如し」とはよく言ったものだ。今年末不惑の年を迎える娘が小さい頃TVで故岸部四郎を観て妻が娘にパパが出てると言うと本当だと娘が応じたという。10年前には妻は吉本新喜劇の小藪千豊氏に似てると私に言った。もっとも妻のオチは「両方とも向こうの方がいいけどね」である。今妻は鏡を見ろと言うばかり。
 一緒にTVを観てると、妻は前期高齢者ながらイケメンを観て大はしゃぎ。ふと疑問が湧いた。今まで「良い人よと言う銀行の先輩女子行員達に騙された」としか聞いていない。改めて何でイケメンを選ばず俺と結婚したのかと聞くと「イケメンは心配だから」との返事。恋愛と結婚は別というありふれた話を、今頃になって。
 ある朝私が食卓で日テレ天気予報キャスターのハーフタレント(今3月卒業)を観て、いつにも増して可愛く見え「ああ、可愛い!」と思わず声が出てしまった。他意はなかったのに、妻は「可愛いから出てるに決まっているでしょ!?」と怒りまかせに私を詰る。女心は年を取らないみたいだ。
 
 こんな私が「年寄りなんだ!」と自覚するのは、同世代の芸能人が亡くなったとき。2023年10月から、2歳上の故谷村新司、同学年の故もんたよしのり、同年末には同い年の故八代亜紀(訃報に一番驚いた)と人気歌手が相次いで亡くなった。

 2024年11月には「モテ男の代名詞」と言われた一つ上の故火野正平が逝く。次は自分の番かと寿命を身近に感じる。
 (顔を隠した)外見は老人に見えなくとも中身は歴とした老人。男は「歯」「目」「マラ」(陰茎の隠語)の順番に老い衰えると言われる。マラにおける状況については、前々号のNO.225(「かん VS がん」)に書いているので、名誉でもないことを二度書きするつもりはない。
 「歯」は、出来損ないの私は頭、顔だけでなく歯並びも悪い。老いどころか小学校の頃から、敗者が良い、でなかった、歯医者通い。磨き方も悪いが、上手く磨けないところがある。虫歯になる。直ぐに歯医者にいけば良いが、歯痛で寝られない状態にならないと行こうとしない。癌は自己免疫力で自然治癒することも稀にあるが、虫歯はほっといては自然治癒することはなくどんどん奥に浸食するだけ。
 分っちゃいるけど直ぐに嫌いな歯医者に行けない。30歳で結婚しその披露宴の写真を見るとどれも私は口を開けていない。上の前歯が欠けており、晴れ舞台なのに口を開けて笑えなかった。
 今は上も下も右も左も奥の2本は差し歯もダメになり抜いている。入れ歯は嫌で、これ以上櫛の歯が欠けるように抜けていくのを避けるために毎夜糸ようじを使うようになった。もっとも上はほとんどが差し歯で歯と歯の間に糸ようじが通らないが。

 「芸能人は歯が命」とはCMでの話。実際は歯より「目が命」だと思う。とくに女優などにおいては。大きな目や魅力的な目は美人の必要条件か。しかし、老化すると目がしょぼしょぼしてくる。目の下もたるんでくる。
 私は、小学校の時まで視力は両眼1.2あった。中学校に上がるとその頃背が伸びず(高校生になると年々10㎝以上伸びたのだが)、背が小さかったこともあるのか教室の最前列のど真ん中で、教壇に立つ教師から唾が飛んでくるような席に座っていた。その辺から目が悪くなり、高校に上がると頭のよい生徒たちに負けまいと人一倍勉学に勤しんだ(今にして思えば、要領、効率が悪くやたら時間が長かっただけ)のでド近眼になってしまった。
 牛乳瓶の底のような分厚いレンズのメガネが嫌で大学生の時にコンタクトレンズ(以下「コンタクト」)にした。バスに乗ったとき当時流行っていたミニスカートから太ももが大きく眼に飛び込んできたので、ドキッとしたことを覚えている。
 社会人になると一定期間毎にメガネにしたりコンタクトに替えたりとしていた。

 コンタクトでも伊達メガネをかけた。美人はメガネをかけない方がよいと言われ、ブ男はメガネを掛けるように言われる。妻からメガネなしでは見られないとディスられていた。
 そうこうしてるうちに50歳になると目の病気になり眼医者から免疫力が落ちてくるので異物であるコンタクトは止めるように言われた。と同時に、白内障、緑内障の症状も出ていると指摘された(白内障等の治療については近々「はいしゃVSめいしゃ」で触れる予定)。
 50歳を過ぎると目の病気とともに涙腺も緩んでくる。元来泣きみそ(「よく泣く」の方言)であったが、妻の前では結婚して25年ほど涙を見せることはなかった。が、2005年末封切の邦画『男たちの大和/YAMATO』(長渕剛さんが歌う主題歌『CLOSE YOUR EYES』はカラオケでの私の十八番の一つ) を妻と一緒に劇場で観たとき、涙を浮かべ妻がそっとハンカチを差し出してくれた。男としての妻へのつっぱりも無くなっていたのかもしれない。
 今の歳になると、自らのことで哀しいとか悔しいとか涙することはもうない。TVを観て、もらい泣きしたり、感動して泪することが多い。昨年末YouTubeで観た、年賀づくりのCM『島の郵便屋さん』 での主演の俳優古舘寛治さんと子役泉谷星奈ちゃん(目黒蓮さん主演のフジテレビ系ドラマ『海のはじまり』で娘の海役で天才子役との呼び声も)の二人の微笑ましい交流に涙目になる。若い時自身の子供以外小さい子供を見ても何にも思わなかったが、孫が出来た今他の小さな子を見てもかわいいと思う。人並みに爺になったかと実感する(私が成長したのではなく、人類の代替わりの摂理による本能に過ぎないが)。
  
 プロ歌手の歌を聴いてもよく涙をこぼす。
 歌手小柳ゆきさんは18歳の時2000年11月の東京ドーム球場での日米野球の開催に際し日米両国歌を独唱した。そのTV放送がYouTubeに乗っているが、小柳さんが歌い上げる米国歌『星条旗』を聴いて感動し泪する。

 今は米国に憧れなど抱いていないが、米国は五輪などで金メダルを多くとるので米国歌は聴き馴染み気に入っている。

 『星条旗』の歌詞は1812年の米英戦争(第二次独立戦争) における史実が元になっているという。それで国別対抗の競技などにはマッチしているのかもしれない。ただ、小柳さんのこの独唱(上記以外米国歌は歌っていない?)を除いて他の歌手らの米国歌を聴いても涙は出ない。
 その時の小柳さんの歌唱には、今でも外国人YouTuber達が外国人でも上手く歌えない難曲を完璧に歌いこなすと絶賛している(その驚きと感動が私の涙腺も刺激するのか)。
 故ホイットニー・ヒューストンの歌い方に似ているとも言われるが、154㎝の小さな日本女性がなぜそんな声量と歌唱力があるのか、天才としか言いようがない。
 なお、日本国歌『君が代』も独唱されたが、こちらは私にとっては、バタ臭い感じがあり好みではない。君が代はソプラノ歌手野々村彩乃さんが高校3先生の時に選抜高校野球での独唱が厳かで好きである(プロとしての君が代はこちら)。
 最近歌手歌心りえさんがさだまさしさんの『道化師のソネット』を歌うのを視聴して 感銘を受けた。この曲は当然前から知っていた。ただ、私は『精霊流し』『秋桜』『無縁坂』(一人カラオケする前は宴会ではこの曲一択)などの哀調を帯びた曲が好きだったので、私にはのびやかな曲に聞こえ、あまり聴いていなかった。
 りえさんは、実力があるも日の目を見ぬ時期が長く続くが、夫に支えられ、娘を生きがいに歌を捨てず夢を諦めなかった。2024年4月~5月の韓国ケーブルテレビ局MBNでの『日韓歌王戦』で花開いた。日本人より先に韓国人が虜になった。
 高い歌唱力とまるでりえさんの人生かと思わせる歌詞が私を含め聴き手の涙を誘う。りえさんが20代でこの歌を歌ったとしたらこれほど感銘は受けなかったかもしれない。
 天才さだまさしさんの歌の中では、『償い』 を聴いては涙を流す。この曲は2002年2月東京地裁において少年2人に対して実刑判決が下された折被告人2人に対し「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と裁判長が歌謡曲の具体名を挙げ異例の訓戒を述べた。それがマスコミに取り上げられ、さだファンでなくとも多くの人がこの曲を知ることとなった。 
  歌詞の中の「僕」が同僚である「彼」の交通事故を起こした経緯とその後の償いの日々をさださんが朗読するかのように謡う(私が唄うとお経のようになってしまう)。そして7年後遺族の奥さんからの手紙が届き「彼」はありがたいと泣く。

 クライマックスで「僕」の感極まった心の震えをさださんが熱唱して終わる。「神様って思わず僕は叫んでいた 彼は許されたと思っていいのですか」「人間って哀しいねだってみんなやさしい それが傷つけあってかばいあって」を聴くところで、泣くまいと思うも私はいつも涙がこぼれてしまう(一人カラオケでしか歌わないが、歌っている時難曲を歌いこなすのに必死で泣く余裕がない)。
 この歌詞はさださんの知人の女性が交通事故で夫を亡くした実話に基づいて書かれているという。
 我が妻の親戚に被害者の母親がいる。内向的な娘によかれと思い、夏休み愚図る娘に無理にプールに行かせた。トラックに跳ねられ亡くなった。遺族である母親は、娘を失うだけではない。無理に行かせなければよかったと、自責の念と後悔は口には出さずとも生涯続くだろう。加害者の運転手も罪を償っても断末魔の悲鳴は耳から消えることはないハズだ。
 何げない日常が突然修羅場に変わることは自動車事故だけではない。ビルの清掃でも起こりうる。清掃が完了したと思い電源を復旧したらビルの屋上にある送風機の中のプロペラを清掃していた同僚が巻き込まれて死亡した事故を私は知っている。
 同じ仕事を毎日していればマンネリになりがち。自戒の一つとして、定期的にこの『償い』を聴いてはどうだろうか。

 「歯・目・マラ」の諺は、いつ、だれが言ったか分らない。たぶん今のように認知症が問題になるほど長生きしない時代に流行ったのであろう。
 歯も目もマラも老化で機能が落ちる分には、生活の質は落ちるが、命に直結しないし、人間の尊厳を失うまでには至らない。しかし、脳が老化で壊れると、命も危ないし、認知症になれば人間としての尊厳を失われてしまう。
 年取ると丸くなると言われるが、性格が穏やかになるのではない。性格は変わらない。男は男性ホルモンが枯渇していき攻撃性が弱まるだけだと思う。ただ、前頭葉も機能が落ちるから、自制が利かない場合が起こりうる。兵庫県知事選を前に記者たちを前に相生市長が机を叩いて激怒したが、地元では普段温厚だと見られているという。

  仕事から離れ日々穏やかに過ごしている私も、最近元々短気ではあるとはいえ激怒する姿を晒してはいけない所で晒してしまい、長男を困惑させた。あとで怒りを上手く制御できないことに我ながら違和感を覚えた。
 私を長男は表立って非難しない。呆れる妻も私を見捨てようとはしない。「仲良くしようね」と私が言っても無理!といつも即答する妻ながらこれからも連れ添ってくれるだろう。
 若い頃記憶力だけはまだいい方だと思っていたが、最近検索しようと思いパソコンに向かうとはて何をしようと思ったのかわからなくなる。後で思い出すのだが、その内思い出さなくなるだろう。

 センセーショナルに「がんと闘うな!」と問題提起した医師故近藤誠の思いが少し分ったような気がする。

 無理やり癌にはなれないが、後期高齢者入りを機により積極的な癌予防は止めることにした。癌の罹患に気づかず気づいた時は末期癌でよい。治療せず緩和ケアに身を委ねたい。

 とはいえ、軟弱な私は前立腺がん認定の前から17年間続けてきた3ヶ月に一度のPSA(前立腺がん腫瘍マーカー)検査をスパッとは止められない。今年から年に一度に変えた。80歳で生きてたらPSA検査は絶対受けないとの確信はあるが。

 病院も替え、担当医師に「認知症で家族に迷惑をかける前に癌で逝く方がいい」と言うと、否定はされず「妻より早く逝きたいよね」と返してくれた。

 思うに、前期高齢者は老人の予備軍。後期高齢者からが真の老人。老人の癌は天寿に基づく自爆装置の作動に過ぎない。80歳過ぎて亡くなれば癌名などを公表せず、「天寿を全うした」だけでよいではないかと私は思う(若者の癌は自爆装置の誤作動か。克服して人生を謳歌して欲しい)。
 「歯・目・マラ」は、歯や目は女も同じ、最後だけ男に関するもの。男の衰えを揶揄しているだけだ。諺として男の為の教訓とするなら「歯・目・マラ・頭」に替えた方が良いのではないか。
(次回228号は6/1アップ予定)

2025.6臨時号 NO.226 プーチン  VS プーサン 
 世界のために米国が犠牲になっていると仕掛けた「トランプ関税」政策に対して大方の国が譲歩の姿勢を見せる中、米中においては関税戦争の様相を呈している。

 その一方で、ウクライナ戦争においては、トランプ大統領が、公約通り停戦に向け主導的働きをみせている。ノーベル平和賞受賞の為だと批判する人たちもいるが。
 3年経ち我慢の限界に達しているウクライナの住民に一時的にしろ平和が訪れる。海外に逃れた人たちが故国に戻れる希望が湧くことは嬉しいに違いない。
 たとえ売名行為であろうと(売名行為では俳優杉良太郎氏のように何十年も奉仕活動はできないが)被災地に出向き炊き出しなど奉仕活動する芸能人を、ただ同情するだけの私は素晴らしいと評価する。
    私欲があろうとなかろうと早期に停戦させる力がトランプ大統領にしかないのなら、彼に期待するしかない(米国より中立的な中国は戦争が続く方が自国にとって都合が良いので仲介には積極的ではないだろう)。
 ただ、平和の使者であるべきトランプ大統領が停戦の見返りに鉱物資源やザポリージャ原発における利権を求める言動は、果たして ノルウェー・ノーベル委員会がノーベル平和賞に値すると認定するかは分らない。

 停戦に向けた、2月末米ウ首脳会談でゼレンスキー大統領がトランプ大統領を怒らせ、会談は決裂した。
 プーチン大統領から「任期切れで正当性のないゼレンスキー大統領は交渉のテーブルにつく資格がない」と言われても、ゼレンスキー大統領は、大統領選をすれば、人気の高いザルジニー前軍総司令官(現駐英大使)に負けると思い、大統領選はしたくない(ウクライナで取材した大和大学社会学部佐々木正明教授も「ゼレンスキー大統領への支持も信頼も国全体で落ちている」という)。そのためには戦争を継続させるしかない。
 戦争継続に、「米国の代理戦争をしてるのだから、勝手に停戦交渉しないでくれ。親子のウクライナ利権疑惑をぶちまけるぞ!?」と言えるのは、裏で糸引いたバイデン前大統領に対してだけ(もっともバイデン大統領は退任直前に息子ら家族に予防的恩赦を与えている)。トランプ大統領には戦争を続けたいからさらなる支援をと哀願するところだが。
 哀願どころか、早期停戦を図るトランプ大統領に停戦の条件として安全の保障を要求する(「安全保障が担保されれば辞任してもいい」とゼレンスキー大統領は言うが、そんな条件をトランプ大統領が呑めばロシアが停戦に応じないと見込んでいるとしか思えない)。
    保身の為戦争に舵を切ったと見ているので、ゼレンスキー大統領に対しては私は一貫として手厳しい。

   言い合いになった会談は仕組まれたとの見方もあるが、そもそもゼレンスキー大統領には政治家としての常識がない。スーツ着用に従わないし冒頭で感謝の意も述べない。カメラの前で言葉を荒げる。会談中トランプ大統領でさえしない腕組みをする(私も腕組みする癖があった。社団法人にいた頃理事との会議にて腕組みすると偉そうな態度を取るな!とトップから注意を受けた)。
 米国頼みなのにトランプ大統領に対し喧嘩腰のような態度をとれば、ロシアからはピエロみたいと揶揄されても仕方がない。会談決裂の後米国のウクライナへの軍事・情報支援が一時的に停止された。すると、ドランプ大統領はゼレンスキー大統領から「鉱物と安全保障協定にいつでも署名する」という書簡を受け取ったと連邦議会での施政方針演説の中で報告された(ウクライナの大統領報道官は、「書簡」ではなくゼレンスキー氏のSNS投稿だと訂正したが、発言内容ついては否定していない)。
 ゼレンスキー大統領への懲罰的な米国支援の停止にて軍事支援だけではなく情報支援もストップさせた。そのおかげでロシア側の停戦への障害になっているウクライナに占領されていたクルスク州を奪還の目途がついたのかもしれない(ウクライナは交渉材料にしたかったのだが)。  
  3/11サウジでの米ウの高官会議で、追い込まれたゼレンスキー大統領は30日間停戦に合意した。30日間では大統領選挙は無理であり、軍事体制も立て直せると考えてのことだろう。それを見透かしたようにプーチン大統領は、トランプ大統領との停戦協議において「エネルギー施設への一時的な攻撃停止」しか呑んでいない(それも露ウ双方遵守していようだが)。
 ともあれ、断末魔でいきり立つゼレンスキー大統領が諦めるまで時間が必要。さらに優位に立ったプーチン大統領の停戦へのハードルがより高くなったことも影響しよう。
 トランプ大統領はキリスト教世界では大事なイースター(復活祭)の4/20までに停戦させたいとしていたが、少し時間がかかることになった。
  来年7/4の米建国記念日は建国250周年。トランプ大統領はその時でもいいと思っているのでは。11月の中間選挙の直前でもあるし。ウクライナ国民にとっては気の毒な話だが。
 
 ウクライナ戦争については、左派とみられるBS番組で、BS-TBS『報道1930』は連日軍事ジャーナリスト、防衛研究所職員、自衛隊幹部OBらによってロシアの侵攻以降の戦況を解説していた。BS朝日『日曜スクープ』も同じような顔ぶれと内容で昨年末あたりまで毎週取り上げていた。
 戦況分析等は防衛省内で議論すればよい話。戦争反対がほとんどの日本国民に“東アジアのウクライナ”になるからとして覚悟を求めているのか。軍事力の増強が必要と訴えているのか。右派のテレビ局ならまだしもTBS、テレ朝の報道姿勢を訝しく思った(両番組も今年に入って戦況報道が少なくなった。バイデン民主党政権の終焉と関係があるのか)。
 BS番組があまり報じない歴史的な背景をみると、1991年末ソ連が崩壊しロシアとなったが、ロシアを刺激したくないとNATO側は東方拡大には消極的であったが、米クリントン大統領( 1993年1月 – 2001年1月)が東方拡大を主張し出した。
 それに対し、2000年に大統領になったプーチン氏は、当時欧州の一員になりたいと思っていたという。1999年に英国防大臣からNATO事務総長に就任したローバトソン氏によると、2001年の初会談でプーチン大統領は「私はロシアを西ヨーロッパの一部にしたい」と言ったとする。2003年3月始まったイラク戦争においても、独仏と一緒になってロシアは米国が主張するイラク侵攻に反対し、戦闘終了後における、米国主導による復興を主張する米国に対して反発する独仏との間においては仲介役の立場となり、和解させた。米国、NATOとは協調関係にあった。
 しかし、プーチン大統領と波長があったロバートソンNATO事務総長が2003年末に退任すると事態が暗転していく。Wikipediaによれば、ロバートソン氏は後年回顧し、米ブッシュ政権がロシアとの全面的な協力関係を構築しようとせず、プーチン大統領が望んでいたのに、NATOは彼を西側に引き止める機会を失ってしまったと述べている。
  2004年3月NATOにはエストニア,ラトビア,リトアニア,スロバキア,スロベニア, ブルガリア,ルーマニアが新たに加盟している。旧東欧諸国にとっては、引き続きロシアの支配下に入っても経済発展が望めない。EUに入り、ロシアからの脅威からもNATO入りするのは無理もない。それを認めたくないプーチン大統領は東方拡大だとNATOに逆恨みに似た感情を抱く。アンデルセン童話と違い、同じ白鳥なのにみにくいアヒルの子扱いかと態度を硬化させただろう。
 プーチン氏が大統領になった2000年NATO加盟国は19カ国であったが、上述7カ国も含め現在まで13カ国増加し32カ国にもなっている。
  米ソの対立は終焉したが、新たな米ロの対立に変わっただけなのだ。とくに、ウクライナ戦争においては、国対国ではなく、NATOを恐れ(国境を接することを嫌い、最後の砦・ウクライナを線ではなく面による緩衝地帯としたい)、「NATOの東方不拡大」「世界の多極化」(囲碁型世界観)を一貫して主張するプーチン大統領と民主主義の宗主、世界の警察力(その看板をオバマ元大統領が降ろしたハズなのに)をもって世界の盟主を誇示したい(将棋型世界観)バイデン前大統領との闘いなのだ。そのバイデン前大統領にウクライナのゼレンスキー大統領は利用されただけと私はみている。互いに蛇蝎のごとく嫌いあうバイデン大統領とプーチン大統領が決闘でもすれば、大勢の人々が死ぬことはなかったのにと思う。
 2014年3月のロシアによるクリミアへの侵攻においても、その1カ月前にマイダン革命(首都キーウで勃発したウクライナ政府側とデモ参加者の暴力的衝突)により、親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領が失脚し、親欧米派のポロシェンコ元外相が大統領が選出された。プーチン大統領はその報復でクリミアに侵攻したと見られる。
  さらにマイダン革命に抗議して,東部ドンバス地方の親ロ派住民が決起し、ウクライナ軍と戦闘状態となり、ロシア軍も参戦する。クリミアはロシアに併合され,東部ドンバスは,和平実現を目指す「ミンスク合意」が締結されてもウクライナは合意履行しなかった。
 その2014年9月のミンスク合意について、ドイツのメルケル前首相は2022年12月「ミンスク合意は,ウクライナに軍備・軍事力強大化のための時間を与える為のものだった」と暴露した。2015年に見直し更新された「ミンスク合意2」以降も,実行されるどころか親ロ派ロシア人への攻撃は一層激化した。2021年にバイデン政権に代わるとゼレンスキー大統領は「ミンスク合意2は実行しない」と声明してロシアを挑発し,ドンバスでの親ロシア派への攻撃を一層強めていた。
 親欧米派ポロシェンコ大統領が退任する前の2019年2月に憲法が改正され、「将来的にはEU、NATO加盟を目指す方針」が憲法に明記されてしまった。“知の巨人”エマニュエル・トッド氏の当戦争観を支持する中国研究の大家遠藤誉女史によれば、「バイデン大統領が副大統領時代に操った傀儡の親米派ポロシェンコ前大統領(2014年6月~2019年5月)にそうさせた」とする。
 プーチン大統領からNATOに対する中立化を守れば、EUへの加盟、武装も構わないと言われていたのに、ゼレンスキー大統領にとっては、上記憲法改正が足枷となっていた。
 結局ロシアとの戦争を選択し、NATOへの非加盟、領土割譲、非武装を停戦条件にされてしまいそう。戦争しない方がよほどましだった。
 日本人は喧嘩両成敗。2022年度アカデミー賞の席上で著名俳優ウイル・スミス氏が妻の病気による容貌を人気コメディアンが揶揄したこと怒りそのコメディアンを万座の前で平手打ちにした。米国人はスミス氏だけを非難したが、我々日本人なら怒らせることをしたコメディアンをも批判する。相互に謝罪させ和解させる。
 そんな日本人であるハズの軍事ジャーナリスト、自衛隊OBやメディアも殴ったロシアしか批判しかしない。殴る前の背景には触れようとせず、ウクライナや米国・NATOには苦言すらしない。

 米国との報復合戦の過熱を望まない中国習近平総書記は関税戦争に勝者はいないと言ったが、兄弟争いのような、戦争する必要のないウクライナ戦争に、勝者はいない。
 ゼレンスキー大統領は代理戦争だから米国が支援するのは当然との思いがあろうが、トランプ大統領には通用しない。
 トランプ大統領が大統領選で勝利した時点でゼレンスキー大統領の運命は決まっている。
 ゼレンスキー大統領は圧倒的な人気で大統領に就任したが、素人大統領の哀しさで支持率が20%台に落ち込む。「将来的にはEU、NATO加盟を目指す方針」が憲法に明記されてしまっている中でNATO中立化を国民に問うのは自滅行為となる。それでも何とかプーチン大統領に対して融和的な関係を保てばよかったが、保身を優先させ対ロシア強硬路線に舵を切ってしまった(米ウ会談を見てもゼレンスキー大統領には「外交」センスに欠ける。政治家というより軍人と言える)。
 ありえない核保有大国に対する非核小国の戦争の代償は、ウクライナ国民の多大な犠牲と言える。

 戦争を起こした為政者はアドレナリンが治まった国民から捨てられる。たとえ戦争に勝利しても。第二次世界大戦にて硝煙弾雨の中疎開せず兵士と市民を鼓舞し続けた英国王と二人三脚で(直ぐに降伏したフランスと違い)ナチス・ドイツに降伏せず戦い抜いた英雄・チャーチル首相でさえ、戦後選挙のアヤもあれど、首相の座を追われた。ましてや敗戦に近いのであれば。ゼレンスキー大統領は自らの置かれた立場をよく理解しているだろう。
 
 トランプ大統領が上述の施政方針演説の中でバイデン前大統領の名を挙げて10数回批判したのは異例であり下品と批判する声が上がった。確かにそうだが、私は(トランプ氏が本心にて2020大統領選に不正があったと思っているかは分らないが)自身が再選されていればとのトランプ大統領の心情は理解できる。
 米国は世界の警察官の座を降りたとオバマ民主党大統領が宣言した。後任のトランプ共和党大統領は、それに従ったかのように戦争を起こさなかった。そのオバマ大統領の下で副大統領だったバイデン大統領が、警察官を降りたのに裏で糸を引きゼレンスキー大統領に代理戦争させた。それもウクライナに勝たせるのではなく、ウクライナを犠牲にしてロシアを弱体化させる為に。それは、無様なアフガニスタンからの撤退と併せて世界の覇権国としての米国の威信を損ない、戦争による世界的な穀物、エネルギーの高騰も相まってグローバルサウスの諸国からの信頼も失ったであろう。
 ロシアをウクライナとの戦争に引きずり込む為に、米国は参戦しないとバイデン大統領が事前に言ったことも最悪。米国が核戦争を恐れているとロシアや反米諸国に思わせた。環境破壊の20世紀の遺物であるべき核兵器がゾンビのごとく蘇った。戦争抑止の為の張り子の虎だったものが実践使用のリスクを高めてしまった。バイデン大統領は。
 1994年のブダペスト覚書では、ウクライナが核兵器を放棄することと引き換えに、調印当事者の英国、米国、ロシアに対しウクライナの領土一体性に対して、軍事力を行使または利用しないことを保障する義務を科した。それをロシアが破り、英米も代理戦争では保障を履行したとは言えない。
 核開発を進める北朝鮮もイランも、核を放棄しては、リビアやウクライナの二の舞になるとの思いを一層強くしたであろう。とくに、北朝鮮は、朝鮮戦争で「大国は頼るに足らず」を痛感した。ソ連に南朝鮮侵攻の許可を求めたがなかなか許可されず、あげく最終的にソ連は許可するも兵を出さなかった。中国は、参戦してくれたが、北朝鮮国土がぼろぼろになり戦争を止めたいのに止めさせてもらえなかった。
 自国を守れるのは核だとして憲法に明記した(核保有のロシアが負ければ、金王朝が核開発の為に貧しい生活を強いられた人民に倒される。積極的にロシアを支援するのは外貨獲得や実践訓練のメリットだけではなかろう)。
 今後(米本土への攻撃を恐れる)米国を牽制するために、ICBMや原潜の開発により注力するでは(なお、金正恩総書記は核を盾にしか考えていない。金王朝の存続の為に。一私見に過ぎないが、表舞台で愛娘を披露する権力者は戦争しない。トランプ大統領も)。
 核保有大国と非核小国のありえない戦争が現実に起きた。その結果は予想通りの展開になった。非核国は核保有国に自国が狙われたらと不安になるだろう。自国で核開発するか核保有国と同盟するかを検討することになるのか。その場合、グローバルサウスの中で核保有国のインドをグローバルサウスの諸国は選ぶのか。核廃絶とは正反対の流れに。
 バイデン氏ならトランプ氏に勝てるとの幻想が、民主党を4年も思考停止させ、大統領選を完敗させた。トランプ陣営の乾杯を招いた。
 ウクライナ戦争でバイデン大統領は、米国の威信低下と民主党の退潮をもたらしただけ。米軍産複合体は兵器の在庫を一掃出来たかも知れないが。

 プーチン大統領は、ゼレンスキー大統領の敵対的言動に我慢がならなかったとしてもバイデン大統領でなければ、側近も兄弟戦争に反対していたから、戦争することはなかったであろう。
 同じ囲碁型世界観のトランプ氏(ただし世界一の覇権国としての米国を前提とした多極化)なら、ウクライナ戦争は起きず、ロシア経済の弱体化、軍事における戦略・戦術面劣化の露呈もなかった。
 NATOを恐れ国境を接することを嫌っていたのに、戦争したばかりに、1,300キロに亘って国境を接するフィンランドのNATO入りを招き、NATOの一員として国境を接することに至った。
 ウクライナ戦争に手一杯で親ロ派のシリア・アサド政権の崩壊を防げなかった(シリア国内にあるロシア軍基地は西部ラタキア県のフメイミム空軍基地と地中海沿岸のタルトゥース海軍基地の2カ所ある。とくにタルトゥース基地はロシアにとって地中海で唯一の修理・補給拠点で、孤立化は避けたいところ) 。
 プーチン大統領も、戦争には負けなかったとしても、アドレナリンが治まった国民からの支持は低下する。それでも終身大統領として君臨し続けるだろう。が、死後は、批判され銅像を破壊された独裁者スターリンと同じ運命を辿るのかもしれない。
 
  NATO諸国を見ると、2021年からのコロナ禍の後遺症と言えるグローバル・インフレーションに加え、ウクライナ戦争による穀物・エネルギへの高騰により、国民の政権に対する不満が高まった。その中で主要国の英国では総選挙において最大野党・労働党が勝利し、14年ぶりに保守党政権から政権を奪取した。ドイツとフランスでは、与党が転落し、マクロン大統領はなんとか権力を維持するもドイツのショルツ首相は退陣に追い込まれた。その一方で両国とも極右と呼ばれるポピュリズム政党が躍進した。 

 欧州の極右は、「ウクライナ戦争反対」「移民排斥」において、トランプ大統領と共鳴している。今世界の国民は自国民の生活の向上を求めているのだ。日本においても、裏金問題よりも生活の改善を訴える国民民主党が躍進している。
 トランプ大統領はネオコンを共和党から排除している。ネオコンは、新保守主義と呼ばれ、民主主義を重視してアメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない。元々民主党支持者や党員だったが、今や共和党支持に転向していると言われていた。
 バイデン前大統領はネオコンみたいと言える。NATOの首脳たちはそのバイデン前大統領に同調し、バイデン前大統領と同じく沈んでいく。
 トランプ大統領を批判するだけで自らを反省しようとしない米民主党と同じく、欧州の首脳は、アングロ・サクソン流の理想を前提とした民主主義が限界に直面していることを直視せず極右を蔑視・批判するだけで、理想を追い求めるあまりに分別に欠ける「ドン・キホーテ症候群」みたいと言えるのでは。 
 マクロン仏大統領は、ロシアの脅威が欧州に差し迫っているとして、米国に頼らずフランスの核兵器による抑止力、いわゆる「核の傘」を欧州に広げようと言っているが、それは口先だけでなければよいが、EU加盟国は防衛力の強化のため最大で8000億ユーロ(127兆円)規模の「ヨーロッパ再軍備計画」を進めるという。国民から戦争よりも生活をと言われ支持率が下がっているのに、さらに防衛費を大幅に増額するという(エマニュエル・トッド氏は、外敵が存在し、戦争を続ける限り、自らの抱える真の問題を直視せずに済むからと看破する。そんな欧州に日本は追随すべきではないという)。
 何を恐れているのか。ソ連の幻影に怯えているのか。怖いのはプーチン大統領の方だろう。プーチン大統領はNATOと国境を接したくない。ウクライナ全体を併合することはない。面としての緩衝地帯としてウクライナを位置づけている。そのウクライナ一国にNATOから支援を受けているとは言えロシアは手を焼いている状態なのに。
 ウクライナを傀儡国家との野望はあるかもしれないが、それはNATO諸国を侵略するための橋頭保としてはプーチン大統領は考えているとは思えない。
 英国王立防衛安全保障研究所日本特別代表秋元千明氏はBS朝日3/16の『日曜スクープ』にてプーチン大統領がソ連連邦の復活を考えていると発言したが、英国だけではなくEUの諸国もそんなありえないことを考えているのだろうか。簡単にウクライナを征服できると勘違いしていた侵攻前ならならいざ知らず、今はプーチン大統領はそんな考えはないだろう。
 NATOは32国もあり、ロシアはベラルーシを入れてもたった2国。『ミリタリーバランス2023版』(IISS)に基づき米国を除くNATOとロシアの軍事力を比較すると、
 (米国を除く)     地上軍(万人) 戦車(台) 戦闘機/攻撃機(機)
    NATO     124                6400              2400
  ロシア           62                2100              1100
  NATOの軍事力はロシアより2倍以上。爆撃機(攻撃機を上回る規模の空対地攻撃をする大型機種)はロシアが140機でNATOは零。ロシアと同数機有する米国頼みであるが。
 NATOは猫であり、ロシアは大きいと言っても鼠に過ぎない。鼠が攻撃するのは窮鼠のとき。
 核兵器については、NATOは英仏が保有する。フランスが250発の核保有でロシアの5%以下に過ぎないとしてもロシアが核兵器を使えば、着弾する前に報復する。250発もあるならロシア全土を、最悪でも首都モスクワ周辺を焦土化させられよう。二大強国米中を差し置いて英仏とロシアとの核戦争は現実的ではない。
 NATOの軍事力は米国があってこそ機能するものなのか。米国が手を引けばロシアに対抗できないということなのか。威を借りた虎(米国)が去ると思った瞬間怯えているのか。
 プーチン大統領は、一貫として歴史、文化、民族、価値観の違う勢力圏を互いに認め合い、棲み分けしようと言っている。中国やインドも同じスタンス。
 NATOとロシアが互いに恐れているなら、必要なのは、軍事的対抗ではなく相互的融和なのではないか(トランプ大統領はロシアをG8とにと言っている)。
 その中で、NATO側としては、今バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)が怯えているが、ウクライナと違いNATO加盟国であり、ロシアが侵攻すればNATOとして反撃すると安心させ、プーチン大統領にはそう牽制すればよい。
 
 日本は、岸田前首相がバイデン大統領に盲従したと言え、またNATOとの連携強化を図り、ウクライナ支援を鮮明にした。停戦を働きかける立場なのに。時代錯誤に軍事力を強めロシアとの緊張関係を高める、そんなNATOから米国は手を引こうとするのに、日本は防衛族がNATOとの連携を強化しようとする。多数派の野党は何をしているのか。

 台湾有事が懸念される中で、日本は、前門のプーさんが愛称の習近平総書記の中国と後門のプーチン大統領のロシアとに挟み撃ちされる立場に置かれている。
 トランプ大統領がプーチン大統領に近づくなら、日本もロシアとの関係を修復する機会が得られる。一方で中国にも働きかけ二大強国の米中が激突することがないよう動くべきだ。日本が最大の被害を受けることがないように。
 (次回227号は5/10アップ予定)

2025.5  NO.225 かん VS がん
 お隣韓国では、公職選挙法違反罪で一審で有罪となった最大野党「共に民主党」の李在明代表が控訴審で逆転無罪となった。一方、尹錫悦大統領の弾劾に対する憲法裁判所の判決が遅れている。大統領支持派の「棄却」への期待が膨らむ。

 そこで結局大統領が「罷免」となれば内戦もと危惧されている。さてどうなるか。

 

 昨年の初め英国のチャールズ国王が前立腺肥大症の治療中に前立腺がんが発見されたかと一報が報じられたが、すぐにその癌ではないと王室に訂正された。
 それでは何の癌かと知りたくなるが、それは公表しないから色々と憶測を呼んだ。
 前立腺肥大症の治療中に発見されたとなれば、メディアが前立腺がんと思ってもおかしくない。前立腺肥大であれば、加齢だけではなく前立腺がんの影響も考えられるから、PSA(前立腺がん腫瘍マーカー)の値を測っている。MRIも実施しているハズ。癌の兆候が見られなかったということか。
 前立腺がんであれば、早期ということであろうし、英国民も安心するということになるのだが。癌の種類、ステージが分らなければ、英国民は心配になる。同時期同病院で手術されたキャサリン皇太子妃に配慮した為か。
 キャサリン皇太子妃の場合「腹部手術」としか報じられていない。国王の癌名を明かせば、皇太子妃の病名も公表せざるを得なくなるのを避けたのであろうか。
 下衆の勘ぐりはそれぐらいにして、当のキャサリン皇太子妃は昨年1月の手術したあと採取した細胞から癌が発見されていたと同3月末皇太子妃自ら公表なされた。

 抗がん剤?治療や3人の幼き子を気遣う辛苦な立場にありながら癌と闘う人への力強い声掛けには以前よりより増して英国民から皇太子妃は敬愛されている(新年を迎えキャサリン妃は「癌が寛解状態にある」と公表)。

 私は前立腺がんの罹患経験者である。放射線治療を開始して13年目になろうとする。前立腺肥大・前立腺がんの適齢期を迎える中高年男性達へ、がん治療の経緯と失敗談やトホホな実情を参考として供したい(女性の癌にも少し言及する)。
 その前にメディアにモノ申したい。前立腺は、「生殖」に関わる器官であり、精子を護り、活性化させる前立腺液は隣接する精嚢で作られる「精嚢液」と精巣で作られる「精子」などと混ざって「精液」として体外に排出される。
 従って、前立腺がんが前立腺内に留まっている限り、生死に関わることはない(その為にも早期発見・早期治療)。

 前立腺がんがバイキングのごとく前立腺から外に出て肺、肝臓、脳や全身(往年の男性人気歌手は全身がんで亡くなったと言われる)など生死に関わる臓器に転移して、それが悪化して亡くなる。それを前立腺がんで亡くなったと報じて欲しくない。例えば、前立腺がんが肺に転移して肺がんで亡くなったのに、前立腺がんでと言われれば前立腺がん罹患者としては不安であり不快になる。世間も誤解する。「前立腺がんを原発とする肺がんで」と正確に報道してもらいたいのだ。


 私は、50代後半ある日突然通勤中に幼児のごとくオシッコを我慢できなくなった。すぐには前立腺がんかもとの勘は働かなかったが、変だと思い、成人病予防で通っていた医者に相談した。すると血液検査にPSA(前立腺腫瘍マーカー)を加えてもらうことになった。
 PSA値(単位:ng/mL)は最初の時から癌のグレーゾーン(4~10)に入る4台であった。癌かもしれないし単なる前立腺肥大かもしれない。余り早く生検(肛門から生検針を刺して前立腺組織を10ヶ所以上採取)をしても癌が見つからなかったら、幾度も生検を受ける羽目になる。癌が見つからなければ癌と認定されず、保険も適用されない。
 私は、まだ50歳台であり癌になるにはまだ若い、前立腺肥大と思っていた。そう思いたかっただけかもしれないが。
 私は、上述のごとくすぐに生検しなくてもよいが、総合病院か泌尿器科専門病院でMRIは受けるべきだったと反省している。私の場合はすでにMRIに映っていたかもしれない。数年前立腺がんの増殖を放置していたことになるか。
 私は、その間PSAが上がったり下がったりしながら右肩上がりに推移していたので、PSA値が10に達すれば、生検を受けようと思っていた。しかし、10に達する前に尿道から出血した。
 私は、前立腺肥大と思いながらも、次第にPSA値が高くなり始めた頃、前立腺がんの場合はどうするかを考えていた。ネットや雑誌で記事を集めていた。それで、「癌と疑わしくなったら、直に治療を開始せず待機療法も行う病院に行く」ことと「癌治療は手術ではなく、放射線治療を選択する」ことを決めていた。その病院も予め選んでいた。
 待機療法を行う病院に行ったが、出血したと告げると問答無用で生検をするように言われた。その前に直診を受けた(肛門から指を入れ直腸の壁越しに前立腺をさする。それでごつごつしている?と判るなら相当癌は進行してしまっている)。

 当然それでは癌かどうか判らなかった。その後MRIを受けたが、前立腺の外腺(辺縁領域)に長い影が映っていた。担当医師は癌の疑いが濃いと告げた。後日生検を受け12針が撃たれその内2針の採取細胞から癌細胞が見つかった。
 癌が確定し、私は癌ではないかとの不安から解放された。が、転移していたらと思うと真の不安が湧いてきた。MRIでは転移する前のギリギリの状態に見えていた。

 生検で採取した癌細胞が検査されたが、グリソンスコア(癌の悪性度)は3+3=6で最低ライン(5+5=10が最悪)だった。それが幸いしたのかもしれない。
 
 治療方法として放射線治療を選んだ理由は、第1に、1992年副鼻腔炎の手術を、10年後の2002年胆のう摘出手術を、全身麻酔で受けており、また10年後全身麻酔での前立腺摘出手術をすることは避けたかった。

 全身麻酔の手術は大変であり、前立腺手術ではより大層で、しかも全身麻酔も体に良いとは思わない(詳しくは、2020.11臨時号 NO.142 「ますい VS まずい(2)」参照)。
 第2に、全摘手術の場合前立腺の周りにある勃起神経や尿道括約筋を損ねるリスクが低くない。

 60歳そこそこの男性は、刀が折れてももういいと言う人とまだ刀を脇差したいと思う人に分かれる。自称・助平(得てして口程にもないが)は当然後者。武士たる者お粗末とはいえ、さらに使い道がないとしても、残しておきたい。放射線治療の場合、EDや尿漏れのリスクが手術より少ない(TOMOという放射線治療については2019年11月臨時号NO.123 「 TOHO VS TOMO (2)」ご参照)。
 演出家宮本亜門氏は、手術と放射線治療とを検討した上で、売れっ子で連日放射線治療を受けることが難しいこともあり摘出手術を選択したという。宮本氏は手術を選択した経緯や治療後の様子について積極的に発信している。EDには明確には言及していないようだが、尿漏れには悩まされていると公表している。
 私は、生検を受けた担当医師には、癌治療は放射線治療と決めているので、転院すると申し出て、承諾してもらった。

 放射線治療後尿漏れはない。治療前では夜2時間おきにトイレに起きていたが、癌が膀胱を刺激することもなくなり、朝までトイレに起きることは無くなった。肥大した前立腺は残っており前立腺肥大症に伴う排尿障害を改善するハルナール錠(最近はジェネリック錠)を毎日服用していることも効いているようだ。
 EDについて言えば、2012年2月の長男の結婚式の翌日から前立腺がん治療に向かう。放射線治療の主治医から前立腺が大きすぎるので、小さくする必要があると言われ、最初の病院で男性ホルモンを止めるホルモン療法を6か月間受けた(それによるEDなどの様子は2021年7月臨時号「アンポVSインポ(1)」をご参照)。

 そして2012年9月から平日は毎日38回放射線治療を受けることになる。治療前は土日祝日もすればもっと早く治療が終わるのにと思っていたが、前立腺や肛門付近が炎症するので、土日がなければもたないと理解した。
 治療後勃起神経は切断されないが、放射線が神経に当たり麻痺しているのか反応が弱かった。回復してきて分かった。射精障害が判明した。
 やはり専門病院に行くのが遅く前立腺がんの前立腺内部での広がりが大きく、その治療で前立腺細胞の大部分が死滅してしまったのか。オアシスであるべき前立腺が砂漠化した感がある。癌は早期発見・早期治療の意味を実感する。
 摘出手術を受けた人は予め医師から勃起神経切断が起こりうるとの説明を受けそれを承知で選択しているのだから、ショックは少ないのかもしれない。
 当てが外れた私は落胆だけではなく苦痛すらも感じる。恥ずかしながら、男性ホルモンも正常で勃起神経も回復した男という者はときに欲情する。しかしエクスタシーに昇華されることはない。打ち上げ花火職人が筒を立てても花火が上がらない、夜空に満開の花が咲かないのに大きなストレスを感じるのと同じだ。
 真剣ではなく竹光を脇差することになっても、子作りはとっくに卒業し、妻から用なしと言われてもおり何ら問題はないのだが、私自身はずっとフラストレーションが溜まった状態が続いている。最近色ボケになったかと2023年5月臨時号NO.190(「アナ・デ・アルマス」VSアナ・デ・アリマス)で書いたが、今はこのフラストレーションが色ボケと思わせるのだと考えている。
 だからと言って、他人を巻き込むことや迷惑をかけることはない。パパ活不倫で議員辞職した前国会議員ほどのパワーも行動力もない。鰻を出されて「中国産で食べるのは女だけ」(無論未体験だが)とか下ネタで妻をからかうだけ。

 その都度妻は近づいてきてニヤッと笑って手や腕の痛いところを思い切り捻くる。私は悲鳴をあげる。いつもその繰り返し。妻はおかげでいじめて快感を得ることを覚えたと言っている。私はマゾなのであろうか?

 2022年9月頃PSAの値が2.0(前立腺摘出の場合は0.2)を超え、前立腺がんが再発したかもと主治医に言われた。前立腺がんは治療後10年経って再発しても不思議ではないらしい。

 しかし、それは医師の過剰反応だったみたい。誤診というほどのものではない。
 成人病予防の飲み薬をもらうため3ヶ月毎の血液検査でPSAも一緒に測るのだが、前立腺肥大は炎症を起こしやすい。そんなときにPSAを測ると数値が跳ね上がりやすい。炎症が起き下腹部が不快な時は血液検査を延期した方がよい。
 10数年PSAを測っていることになる私はPSAを受ける数日前からの心構えとして、①男性ホルモンを誘発することはしない、筋トレなども。②体を冷やさず、辛い物とか刺激の強い物は食べない、ことを励行している。
 肥大した前立腺と古女房に刺激を与えることはタブーだと理解していても、それでも妻を怒らせることがあるように、前立腺が炎症することがある。それでPSA値が跳ね上がると再採血となるが、炎症が治まる前に再度採血をすればまた高くなり、再発を疑われてしまう(炎症によると訴えるが、医師はあまり炎症の影響を重大に捉えていないように思える)。
 精神的なものか、意識し過ぎるのか、採血近くになると前立腺が不快になる。それで前立腺の炎症を止めるロキソニン錠を前日に服用することにした。それでここ1年PSAは1.0あたりで安定してきている。炎症止めのロキソニン自体にはPSAを下げる効果はないと思う(私見を鵜呑みにせず医師に要確認)。年一のMRIやCT検査も異常がなく、ともあれ前立腺がんの再発はないということになった。

 なぜ前立腺がんになるかは分かっていない。食べ物で乳製品が良くないと言われていたが、赤肉もそうだが、それで日本人は大きくなり、メジャーリーガーを凌駕する大谷翔平選手のような日本人も登場した。高度成長を支えた団塊の世代を歳とれば疫病神のように言うのと同じでは。ミルクや赤肉だけの効果だけではないが、世界一の長寿国になれば、癌罹患者が増えるのは当たり前(ソーセージ等加工肉をドイツ人は年間40㎏で日本人の8倍食すると言われるが、大腸がんに罹患する人は年間6万人。日本人は同15万人。ドイツは人口が日本の2/3なので、1.5倍にしても9万人にしかならない)。
 日本人は欧米人ほど摂取しないので、欧米人だけを対象にした調査結果をそのまま日本人に当てはめ判断することを今はしていない。要は、成人予防と同じで肥満防止、バランスのよい食事を心がければ良い話だ。食事を気にし過ぎるのもストレスであり、癌を呼ぶかも。
 それよりも、座り過ぎはよくないと言われている。前立腺を押さえつけることになるのか。私自身も運動部に所属したことはなく、受験勉強に勤しみ、社会人になっても、月1、2回のゴルフは20年楽しんだが、事務職で営業職は経験していない。ずっと前立腺を押さえつけてきた。今は私が妻に押さえつけられている。もっとも心は癌にはならないが。
 作家、棋士、タクシードライバーや事務職など座ることが多い男性は気をつけた方が良いか。
 射精回数と前立腺がんの関係を約3万人の男性を対象に調べた米国の調査では、月21回以上射精しているグループは、月4~7回のグループに比して、悪性度の低い前立腺がんになるリスクが約20%下がったという結果が出ているという。
 これも日本人で10日間にて7回も射精する人はほとんどいないのでは。とくに中高年では。いれば性豪と呼んでいい。
 ただ、射精が前立腺がん予防に資するとは断言できなくとも、前立腺の役割を考えれば、反するとは思わなくてよいのではないか。前立腺液は体外に出される外分泌であり、前立腺内に長く滞留させておくものではない。適度に射精して前立腺液を排出した方が良いハズ。
 ただし、検査当初の私のようにPSAがグレーゾーン(4~10)や値がそれ以上の人は注意が必要だ。癌細胞があれば、敵に塩を送ることになる。射精は前立腺がんの餌になる男性ホルモンを誘発するので。

 男性ホルモンが前立腺がんの餌なら、女性ホルモンは乳がんの餌になる。男性ホルモンは諸刃の剣である。と同じように、女性ホルモン(エストロゲン)も、女性らしい体つきにしたり、妊娠や出産など関わる大事なものであるが、乳がんの一つホルモン受容体陽性乳がんに対して女性ホルモンの作用によって、がんを増殖させてしまう。
 さらに、日本産科婦人科学会専門医松村圭子医師によれば、エストロゲンは、生理周期とともに女性の体内で分泌される。子宮内膜症や子宮筋腫といった病気は、このエストロゲンが多い体内環境で起こりやすいという。
 20代後半~30代で複数回の出産を経験することが一般的だった戦前のころと比較すると、現代の20~30代女性たちは12歳前後から始まり生涯のうちに生理を経験する回数が格段に多く、その分、エストロゲンの影響を受ける期間も長くなる。
 医師自身の祖母の世代は人生で経験する生理の回数は50回くらいだったのが、今どきのアラサー世代の女性たちは、もう200回くらい生理がきているという。その上子を一人か二人しか今産まず、あるいは出産をしないこともあり、エストロゲンによる子宮や卵巣に異常が出てもおかしくないという。それで松村医師も検診を広く呼びかけている。
 MSD製薬 のCMにても、若手女優桜井日奈子さんや見上愛さんが子宮頸がんの検診を呼びかけている。

 女性が癌になる順位は、1位が乳がんで2位は大腸がん。私は前々から妻に大腸がん内視鏡検査を一度受けるよう勧めていた。検便は潜血反応の有無を調べる。潜血がないから癌がないとは言えない。先般妻は前期高齢者入りしてからようやく最寄りの町医者で昨年検査を受けた。
 ポリープを2つ切除して病理検査して腺腫型(ほっておくと癌化しやすい)で、来年再検査と言われたらしい。悪性度の説明もなく。

 ポリープは大体腺腫型では。別の病院で検査を受けている私は、5年前にポリープを切除して3年後再検査の予定だったが新型コロナ禍もあり今回5年振りとなってしまった。が、一つだけポリープがあり切除した。前回と同様癌移行への悪性度は中程度とのことで、次は3年後と言われている。
 地元下町の個人の町医師たちは患者を愚民扱いするきらいがあり(あくまで個人的見解だが、私はどの科も行かない)、今年の妻の再検査には、私が受診している病院に妻を連れて行こうと思っている。

 「美人薄命」と言われるが、まさに歌舞伎役者の若妻が、乳がんで夭逝した。のではなく、進行性乳がんになり、肺や骨に転移し亡くなった。役者の夫が「標準治療」の意味をはき違い、民間治療に頼り、結果として手遅れになったかと当時の週刊誌等が報じていた。
 標準治療とは、「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療」のことであり、「標準」とはうな重や天丼のような松・竹・梅ランクの竹ではない(「最善」や「最良」と呼ぶのは医師の良識からすれば抵抗があったのか)。
 胆管がんで亡くなった女優のケースもそうだと思うが、総じて患者が著名人であるとアリが蜜に群がるように色んな人が集まってくる。中には、詐欺まがいの高額な民間療法を勧める者や信じて疑わず独自の民間療法を善意で推奨する者もいるだろう。
 ある意味善意の方がやっかいかもしれない。「信じる者は救われる」で自然治癒力が高まり稀に治る場合もあるだろう。問題は医師が癌と誤診した場合。誤診したと患者に告げるのは稀か。元々癌でないのに自らの民間療法が効いたと思い込み善意で教祖のごとく伝道するのは手が付けられない。
 溺れたとき藁を掴んでも意味がない。だが、周りは恨まれたまま死んで行かれるのはやり切れない。「そんなことしても」と反対できない。気の済むままにさせるしかない。
 年取れば癌になると食事や運動に気をつける人は少なくない。それでも、癌に罹患するときはする。それ以上に大事なことは、癌になった時の心構え。癌が判明したときどう振る舞えばよいのか健康なうちに考えておくことだ。たくさんの癌患者を見送ってきた医師でも、言い方が悪いが所詮他人事。医師自身が癌になれば狼狽える。さすがに取り乱さないとしても。
 愛する人が末期癌になれば、それでなくとも家族は悲しいのに、本人が狼狽し常軌を逸した言動をとれば家族は居たたまれなくなってしまう。
 いつ来るか分からない地震に対する事前準備はしても、癌になる前から癌の治療方法や心構えについて事前に勉強する人は少ないのでは。2人に1人が癌になる時代、「終活」の中に癌に対する勉強も入れるべきだと思う。
 「医は仁術」と医師を信頼するのはよいが、それでも大学病院や総合病院など病院の方針に逆らうことは出来ない。前立腺がん治療で手術する病院の医師が個人的には放射線治療も有効と思っても患者には勧めない。逆も真なり。
 私は、自らの経験で、どんな治療を選択しても、「そもそも治療というものは、QOL(生活の質)を下げる」と悟った。

   それを前提とした上で、自らの人生観、置かれた環境等を勘案して自らの意志で治療方法を決めるべきだと思う。
 私自身は放射線治療を選択したが、放射線と聞けば怖いと思う人も多いのではないか。確かに怖い物だが、広島に原爆を落とされた時70年はペンペン草も生えないと言われたが、そんなことにはなっていない。ましてや、ラドン温泉の微量のアルファ線の放射線のように、大量に用いると有害な物質を微量で用いるといい効果が期待できるという。それをホルミシス効果と呼ぶ。まだ仮説であるが。
 私もホルミシス効果?を実感した。前立腺がん治療で放射線をへそ下2㎝前後下の一点に照射されるのだが、すこしヘアにもあたるのか38回の照射が終わってしばらくするとアンダーヘアがボロボロになり無くなってしまった。が、生え変わってから8年程度白髪が交じらなかった。
 福島東電事故における放射線ヨウ素による小児甲状腺がんの問題には私も深刻に捉えているが、鼻血が出るのは放射能のせいとの騒ぎについては、38回の放射線を浴び、ホルミシス効果?も実感した私は冷めた目で観ていた。
 誤解がないように言っておくが、私の立場は、稚拙だが本ブログ2011年8月号NO.2(「シューベルトとシーベルト」)の頃から一貫として、反原発。狭く地震も多い日本には向いていない。それなのに多すぎる。ウクライナ戦争で懸念されているようにミサイルで原発が狙われたら放射能が蔓延する。
 宇宙で大きな隕石の落下を阻止するのには有効かもしれないが、地球上で原子力の平和利用などない。原爆も原発も人類の存続にとって脅威。平和利用と言えるのは放射線の医療利用だけだと思っている。
 ただ、前立腺がんの治療には放射線治療を絶対選択すべきとは今は思っていない。麻酔が発明されておらず「手術するぐらいなら死んだ方がマシだ!」と言った時代と同じく近未来医療方法がさらに進化し、外科が最終手段となると思う。

 しかし、現段階では前立腺がん治療方法は何にしろ各々一長一短があるので、医者任せにするのではなく自身でよく検討しあくまでの自己責任で選択すべきと言いたい。
 手術にしろ放射線治療にしろ結果は悪ければ後悔はするが、自身で決めたなら他人を恨むことはない。余計な知識を持たれたらやりにくいと思う医師も、何の知識も持たない患者や家族から「先生に全幅の信頼をおいていたのに」とすぐに訴えられるよりはマシだろう。

(次回NO.226号は4/20アップ予定)

2025.4  NO.224 かんこく VS  かんごく
 米国大統領選はトランプ氏が勝利し、新年からトランプ大統領2.0がスタートしている。トランプ氏が勝利したことにより、心配された内戦等の騒乱は回避された。
 ところが、今韓国にて内戦の勃発が懸念されている。韓国と米国との政治の様相はよく似ている。韓国も米国と同じように大統領制。日本においては、英国と同じように「権威」(国家元首としての象徴天皇)と「権力」(首相)とに別れており、立憲君主制・議院内閣制となっている。
 韓国は、日韓併合の折に李氏朝鮮王朝が廃絶された為国王がいないので、大統領が権威と権力を併せ持った国家元首となる米国型になっている。その米国は大統領が国家元首と行政府の長を兼ねており、トランプ大統領が自らを“王様”と準えるのは勝手だが、真の王様は国民を分断するような言動はしない。韓国も同様だが、行政府の長としての大統領を補佐する国務総理がいる。が、権限が限られており、首相というより副大統領に近いという。
 なお、日本は韓国を間接支配にして王朝を存続させていれば(併合に反対した伊藤博文が暗殺されなかったとしても併合への流れは変わらなかったと思うが)、韓国がこれほど近くて遠い国になっていなかったかもしれない(日本では時代劇が衰退しているが、韓国では王朝時代の時代劇、とくに王様が主人公のドラマが今も人気を博す。俳優も真のスターになるには、現代劇と時代劇の両方での評判を要するという)。
 米国は結果として賢かったと言える。産経OBの高山正之氏は週刊新潮の連載コラムで朝日新聞への批判(これには同感だが)ほどではないにしろ、よく連合国総司令官のマッカーサーを“チキン”などと見下す。だが、チキンならばこそ天皇制廃止による日本人の総一揆を恐れ天皇制を存続させ間接支配に利した。東京、神戸等焼野原にされ、広島、長崎に原爆を落されたにも拘わらず、そんな米国に国民性もあるが日本人は従順な姿勢を取り続けてきた。

   米国は大統領を州に割り当てられた数の「選挙人」が選ぶ間接選挙ではあるが、選挙人は政党の代理人と言え、直接選挙と言ってもおかしくない(独立した州の合州国・米国の全50州において比例配分すれば良いのだが、それでは州の独立性が埋もれるので、48州において得票が多い候補が総どりする方式にしている。結果として、レッドステートともブルーステートとも言えないスイングステートのたった数州の結果如何で、2016年のように総得票数ではクリントン女史がトランプ氏の得票を上回っているのに敗北してしまう)。

 韓国の直接選挙は単純に総投票数の多い方が勝つ。
 米大統領の任期は2期8年。トランプ大統領は3期目を狙っているとの意見もあるが(改憲によらない方法も検討されているとされるが)、ノーベル平和賞受賞を花道として政界を去ると思う(改憲による多選への変更は容易ではないのは2024年11月号NO.216 「オバタリアンVS リバタリアン」ご参照)。
 韓国は、大統領の任期は1期5年。それだと3年経つとレームダック化し検察が大統領サイドの不正を捜査し始め、新大統領に代わると逮捕されると言われていた。今回は前大統領は逮捕されず、現大統領が逮捕・起訴され、監獄(現刑事施設)に収監されてしまった。
 米国は保守の「共和党」とリベラルな「民主党」の二大政党制。韓国も保守派の「国民の力」と進歩派の「共に民主党」の二大政党制。そして日本人と違い、米韓とも国民の政治的民度は高く政治に対する関心が高い。
 
 本来それは民主主義の成熟として評価されるべきものであろう。しかし、その米韓において内戦の勃発が懸念されているのである。
 米国では、2021年1月、2020年バイデン氏勝利に不正があったと、Qアノンや白人至上主義者ら熱狂的なトランプ支持者が議事堂を占拠し、700名以上が逮捕されたという。

   保守の論客古谷経衡氏は、著書『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ)の中で、実行犯の多くは30代の白人男性だったという(トランプ大統領は再就任するや彼らに対して恩赦する大統領令を発布した)。
 韓国においても、米国の中間選挙のごとく2022年5月に就任した尹錫悦大統領の中間評価の意味合いがある2024年4月の国会議員選挙にて与党が惨敗した。その選挙に不正があるとする極右のyou tuberに尹大統領も洗脳されたかのように非常戒厳を宣言した。が、政治クーデーターは失敗に帰し、尹大統領は憲法裁判所の弾劾裁判の対象、内乱の首謀者の被疑者となった。
 これに対し、米国のQアノンのごとく不正選挙を信じ込んだ韓国の極右たちが暴徒となり、1月19日早朝にソウル西部地裁を襲撃した。内乱被疑者である尹大統領の拘束令状を発付した裁判官を探し出し、集団で攻撃しようと試みたとも言われる。この暴徒たちも20代、30代の男性と言われている。
 現職大統領が非常戒厳を行使して民主主義を危機にさらしても、地に堕ちた大統領や与党の支持率が回復傾向にある。

   野党の国家や国民をないがしろにした極端なやり方への反発以外にも、男性だけが兵役で貴重な20代を費やしているという不満が家父長的・権威主義的な尹大統領と共鳴し、20代男性を尹支持、弾劾反対へと走らせているという側面もあるという。
 尹大統領が内乱罪で有罪か、あるいは弾劾裁判で有罪になれば、与党を支持する若者たちの暴動が懸念されている。

   米韓において二大政党制が確立されている。その中では両党二極化が強まり、それに伴い支持者の二極化も進む。無党派層が少なくなり、両党の支持率が拮抗していくようだ。そして、政治的民度が高い両党の支持者はますます自党に忠実なり、他党への敵意を増していく。
 これが無秩序な対立になり果てることを回避する為に必要なのは、『民主主義の死に方』(新潮社)よれば、二つの規範、すなわち「相互的寛容」と「組織的自制心」だという。
 「相互的寛容」とは、対立相手は敵ではなく、権力をかけて闘い、政治を行う平等な権利をもっていることを認めるという考え。
 「組織的自制心」とは、法律の文言には違反しないものの、明らかにその精神に反することを避けようとすること(安倍政権には欠けていたように思う)。
 この2つは“民主主義のガードレール”と呼ばれるが、米国は壊れてしまっている。韓国も同じ状況にある。とくに野党が「相互的寛容」にかけ離れた態度をとっており、尹大統領を非常戒厳に走らせた要因の一つと言われている。
 内乱問題に詳しいUCサンディエゴ大学ウォルター教授は「直接選挙など部分的には民主的特徴がより多い国家の政治不安の可能性が完全な独裁より2倍、完全な民主政府より3倍高い」と結論を出したという。いわば完全な民主主義に移行できなければ、内乱も避けられないと言うのか。
 民主主義(多数決)は、元々「民度は一定」という理想を前提にしている。さらに「完全な民主主義」という理想が求められるのか。理想は実現が難しいから理想であり、理想を前提とする民主主義(多数決)はその限界を露呈したと言っても過言ではない。

 韓国は、1980年旧光州市中心に市民や学生が軍事政権対して民主化を要求し蜂起した「光州事件」、1987年大統領の直接選挙制改憲を主目的とした民主化を要求するデモが中心の「6月民主抗争」を経て、国民が民主主義を勝ち取った。
 日本は、1905年日露講和会議の内容が知らされると日本はリターンマッチに応じる余力もないボロボロの状態であることを知らされていない市民らが、政府の弱腰を非難し、集会が禁じられると「日比谷焼討事件」を勃発させた。

 これを大正デモクラシー の萌芽とする。が、帝国主義下好戦的で軍部に“加油”した大正人と敗戦に政府・軍部を煽ったことを後悔した、反戦の戦後人とは別物。ネアンデルタール人とホモサピエンスぐらいの違いがある。

 ただ、ネアンデルタール人が自然淘汰で全滅したのではなく、生存競争に負けたが一部の若い女性が生かされホモサピエンスのDNAの中に刻まれた。同じく軍部主導の全体主義の中で大正人が全滅したのではなく、一部の女性たち(平塚らいてふ、市川房枝など)は参政権を獲得すべく闘い続け、棚から牡丹餅ではなく、参政権を勝ち取ったと言えるが(戦後すぐ「GHQの指示に先じて施策する」として、婦人参政権に関する閣議決定が独自になされている)。
 けだし、日本の戦後の民主主義は国民が勝ち取ったのではなく、占領するGHQから全体主義体制を崩壊させる為に植え付けられたものだと思う。

 上述古谷氏は、日本のネット右翼は、若者ではなく、シニア層だと言い、彼らが受容してきた戦後の民主主義は彼らの中で咀嚼されることなく、「ただなんとなく、ふんわり」と受容されてきたに過ぎないから、後年になって「動画」という一撃で簡単にひっくり返ってしまったのであると言う。

 戦後の安保紛争は民主主義の為ではなく、「民主主義」の宗主国にて資本主義の米国との同盟を進める政府に対して新興の「社会主義」をもって闘ったもの。

 私が大学生の時の1970年前後のデモに参加した大部分の学生にとって大学紛争等は、新左翼のような暴力革命を目指すものではなく、知的エリートたちのブームだったに過ぎないと今から思えばそう思える。大学卒業後国家権力側に入り大成した者も少なくない(当時ノンポリだった私はヘルメットを被り棒を持って立つ同級生を見て半分馬鹿にし半分負い目を感じていた。就活が始まると長髪を止めネクタイ姿の彼を見て「何だ!? 私らと同じじゃないか」と思った(荒井由美さん作詞・作曲の『「いちご白書」をもう一度』はそんな当時を風刺した)。
 戦後80年(昭和で言えば100年)になるのに未だ芸能人が政治発言すると批判する者たちがいる。芸能人も主権在民の当事者の一人。当然政府に問題があれば意見する権利がある。河原者呼ばわりされた室町時代じゃあるまいし。批判する者たちこそ「差別発言するな!」と批判されるべき。
 全体主義体制における「お上には逆らってはいけない」が、まだその心理から抜け出せていないように見える。政府に不満があっても口には出さない、他者がそう言っても賛同しづらい。それは女性より男性の方にその傾向が強いか。
 古谷氏が言うようにGHQは日本の経済発展を急がせるため戦前の体制を完全否定できず旧体制の主導者たちを追放から出戻りさせたことも、影響していると言えるか。


 ただ、日本人は、民主主義を勝ち取ったという思いがない分政治的民度も低い。が、政治的民度の高い米韓の今の酷い状況を見ると、却ってそれが良いのかもしれない。
 日本は財閥解体や農地改革の民主化はGHQがやってくれた。韓国は民主主義を勝ち取ったが、財閥解体は出来なかった。米国と同じく貧富の差が激しい。左派と右派がにらみ合うだけではなく、激しく攻撃しあう。議会議員も、野党は大統領のやることをすべて否定するだけ(非常戒厳への引き金に)。米国においても、共和党も民主党も、相手を攻撃し批判するだけ。米韓ともに上述「相互的寛容」を見失っている。
 日本は、財閥解体がなくとも、昔から貧富格差は酷くない上、日本人は身の貧しさよりも心の貧しさを恥じる。富裕層を羨むことがあっても嫌悪し敵視することはない。聖徳太子の時代からの「和の精神」も尊ぶ。
 選挙民だけではなく、国会議員においても、現在連立与党側が少数与党に転落し野党に要求を押し付けられている状態だ。が、野党第一党の立憲民主党野田佳彦代表は、「『この野郎』とは思うが、国益のためじっと我慢」だけでは埋没するとするも、自制心を見失うことはないだろう。
 韓国と同じく米国も本来「手段」あるべき相手を攻撃することが「目的」となってしまっている。独立した州の合衆国を米国という一つの国にまとめる連邦政府の長であるトランプ大統領自身が国民を分断させる言い方をする(軍のヘリコプターと民間機の衝突を、直接原因が解明されていない中でいきなり多様性のせいにする。DEIを急ぎすぎたかと反省する民主党の議員や支持者の神経を逆なでする。背景にマイノリティに一定の枠を与え、過度の緊張を強いられる管制官に適任の人たちが管制官になれない現実があるにしても)。
 日本の政治家は、話し合いにより国家、国民に寄与することを「目的」とし、「相互的寛容」をまだ維持できている。
 
 理想を前提とする民主主義の政治が限界に来ていることを米韓の二大政党体制が示してくれている。そんな民主主義に日本は遅れていると追いつき追い越す必要があろうか。
 とくに日本は国会に女性議員が少ないと批判されるが、卑下する必要はない。日本女性の美徳である奥ゆかしい女性(リベラルから反発を受けるか)にとって、今の目立つ女性国会議員の中で、憧れる議員はいるか。強いて言えば、前外相の上川陽子氏ぐらいではないか。

 きれいごとで済まない政治の世界で正義感が強い日本女性が裏金等を平気でやれると思うか(端正な顔立ちの男前で、灘高→東大法学部→キャリア官僚にて元神戸市民の私にとっては雲の上の存在の元大臣2名は、政治家になっていなければ世間に情けない姿を晒すことはなかっただろうに)。

 世界に恥ずべきは政界のあり様であり、無理に女性議員を増やすより政治家に足る女性が国会への進出に前向きになれるよう政界を浄化することが先決だ。
 それまでは、適材適所で女性が活躍できれば、それで良いではないか。政治家でなくても、国家官僚、検察官、裁判官で活躍すれば。女性起業家、女性社長も増えてきている。

 日本はこれまで英米の二大政党制を手本とし、二大政党化を目指して、小選挙区制にも替えた。とくに小沢一郎議員が、自民党内の権力闘争に破れたこともあり自民党を離れたのち、主導的役割を果たし、紆余曲折のあと、旧民主党が創立され、二大政党制体制が実現した。
 しかし、その結果はどうか。オセロゲームのように簡単に政権交代が起こり、たまたまその時に与党の代表の者が首相となってしまう。生煮えの上素材が良くなければ、それをありがたく頂戴する国民はたまったもんではない。
 小選挙区制は、1強の自民党に有利となり、さらに一人区では世襲議員が有利となる。選挙での公認という生殺与奪権を握り、賢者でない世襲議員による長期独裁政権を可能とする。金権政治とか問題が多いと中選挙区制から替えたが、その中選挙区制より小選挙区制の方が問題が根深い。
 自民党が長期単独与党であった黄金時代では、能力と人望がある議員が派閥の長となり、派閥同士が競い合う。その中で、大企業の社長のごとく、幹事長、大蔵大臣、外務大臣等主要ポストを歴任した者(首相としての、いわば有資格者)の中から首相が選ばれる。と同時に派閥同士の牽制が民主主義のガードレールのもう一つである「組織的自制心」を維持させていた。
 立憲民主党の躍進により二大政党制が復活するかと思われたが、米韓の酷い現状を見るならば、短絡的としても噂される自民党と立憲民主党の大連立の方がよいかと思ってしまう(ゆくゆくは合同し“自立党”に)。

 そうなれば、小選挙区制も中選挙区制に変わらざるを得ない。世襲議員の優位も薄れていく。
 大連立政権構想に立憲民主党の左派が乗るか分からないが。
(次回225号は4/1アップ予定)

2025.3 臨時号 NO.223  サイコパス  VS  

       サイキパス
 前号で紹介した韓流ドラマ『復讐代行人~模範タクシー~ 』(シリーズ2:2023年制作)が2/4で終わった。その後同じWOWOWでイ・ジュンギ氏主演の『悪の花』(2020制作) を観ている(2/7から毎金曜日4話×3回、♯13~16は3/3月曜の計16話)。

 主人公の妻で婦警に扮する女優ムン・チェウォンさんは知らなかったので、調べてみた。なんと『悪の花』の後上記復讐代行人シリーズ2 に出演していた。最終回の最後軍服姿の主人公に敬礼するだけ(主人公は敬礼を返さず通り過ぎた)の兵士役で。シリーズの続編を意味するのかと思ったのでよく覚えている。どうやらシリーズ3で軍内部での性的暴行事件に関するキーマンとして出演するようだ。
 『悪の花』の話はサイコパスを題材にしている。私は、斉藤元彦知事に対して、昨12/20にアップした2025年1月臨時号NO.220(「ひとしVSひとり」)で私はマイルドサイコパス呼ばわりした。
 そんな私ではあるが、先日妻は(何してもきちっとできないとして)怒り任せに爺の私に向かって「発達障害!」と叫けんだ。言われた私は思わず下半身に目をやった。妻は「よくもこんな男と44年も一緒に」と言わんばかりに怒りを通り越し呆れ果てた顔を向けた。
 本ブログでも校正ミスが少なくなく自分でも自覚はしているが、「発達障害」とは聞こえが悪い。

 幼児を成長させていく上で母親がその知識を持つことは大事ではある。が、周りの母親が排除するがごとく指摘するのは良くない。母親本人は普通学級から除外されてはと我が子に必要以上に躾をしようとする。逆効果。
 動物と違い人間は複雑である。とくに幼児は長所・短所だけではなく、成長スピードも早い遅いがある。周りが枠に押し込み、軽々にレッテル貼りするのはやめた方がいい。
 
 斉藤知事は、「所変われば品変わる」を痛感し、「立場変われば人変わる」を肝に命じ、再選後言動に慎重を期しているようだ。私も反省しマイルドサイコパス呼ばわりは止めることにした。
 その上で斉藤県知事1.0の失敗を検証したいと思う。IQは高くないがSQ(社会的IQ)はもっと低い私が、IQは高いがSQは低そうな斉藤知事を。
 自治官僚の流れを汲む総務官僚は本来「おねだり」とは無縁のハズ。なぜそんなことが告発されるに至ったのか。
 私は30年前銀行を辞めて今でいう公益社団法人の職員に転身していたが、社団設立時から窓口としてお世話になった自治省のノンキャリア官僚(以下「ノンキャリ」)が異動になると聞き、餞別としてビール券を持って行った。喜ばれると思ったらこれは何だと突き返された。

 イベントでの後援名義の使用を申請に行った折、予算書の収支尻がプラスになっており、キャリア官僚(以下「キャリア」)の部長が直々それを観て、事務局長とはいえ国家公務員の資格もないノンキャリ未満ごときの私に「金儲けのために本省を利用するのか!?」と烈火のごとく雷を落とした(たった数万円なのに。転身して日が浅く、結果として黒字になろうが、赤字になろうが、予算書は収支尻を±0にすることを私は知らなかった)。
 自治省は戦後GHQにより解体された巨大官庁・内務省の本流を受け継ぎ、30年前の当時も、大蔵省、警察庁と並ぶ一流官庁と目されていた。それだけに自治官僚は志とともにプライドも高かった(「東大にあらずんば・・」も感じたが、スーパーサイヤ人としての気概を持ち、それにふさわしい仕事をするならそれもいいとも思っていた。安倍政権時代など昨今の政権に隷従、あるいは忖度する官僚とは隔世の感がある)。
 自治省は通産省や郵政省のような利権に絡むものがほぼない。現総務省での贈収賄がらみの問題は旧郵政省側。民間からの接待の機会も少ない。それを良しとしない“省風”もあったと思う。
 斉藤知事は、自治省が郵政省等と統合され2001年より総務省となった翌年の入省であるが、統合されても融合される訳ではなく(赤と青が紫になるのではなく基本赤も青もそのまま)旧自治省部分もそのままであるため、自治官僚と変わらなかったハズ。
 Wikipediaによると、2008年(平成20年)4月、新潟県佐渡市に出向し、若手キャリアとして赴任した地方都市の佐渡で「殿様扱いされることを覚え、それがターニングポイントになった」とされる。総務省内で若手ホープと見られていたかどうか分らないが、佐渡市側にとっては何にしろ30歳のキャリア官僚が来てくれたと喜び下にも置かぬ歓待ぶりをみせたのであろう。そして斉藤氏は神輿に乗るお殿様と勘違いしたのか。
 親戚との絶縁トラブルが週刊誌にて報じられたが、ある親族が人が変わったのは「官僚時代ですね、社会人になってから」という。本省時代では考えられず佐渡の出向時と見るべきではないか。
 もっとも、世の中には、奢られることが好きな人は一杯いる。奢られたくない人もいる。普段ケチだが冠婚葬祭には奮発する人もいる。軽侮されるほどの吝嗇な人もいる。たとえ吝嗇でもそれ自体罪ではない。
 斉藤知事への告発文書の7項目の中におねだり知事みたいものを入れるのは県職員側も嫉妬、妬みみたいでどうかと思った。県職員にとって、物を貰うとか立食パーティに参加する機会は極めて少ないのだろう。私がいた社団法人で立食パーティに某県の東京事務所の職員を2名を招待したことがあった。会員の中小企業の社長たちは取引先への接待も多く口も肥えており余り手を付けない中でその2名が最後までがっついていたのが印象に残った。
 卑しくも、ではなく、苟も( いやしくも)県職員たる者らが知事を告発するのにそんな項目を載せれば却って告白文書の正当性を損なうと私は思う。


 私も斉藤知事と似たような経験があった。平成元年38歳の銀行員のときに本部から住宅街にある店舗の支店長に異動する辞令が出た。その店舗は格上の店で新米の支店長では赴任しないことから、当該店のファンである顧客たちは本部から箔付けに若手エリートがやって来たと勘違いした。
 私自身は、勘違いはしないが、美しい誤解はわざわざ解く必要はないとは思っていた。それでも、普通ご祝儀に「預金してやろう」と言われれば、皆一様に「それはありがとうこざいます!」と声を張るだろう。豪速球しか投げず自他ともに支店長が務まるかと思われた私は、「いやぁ~預金など要りません。それよりお金を借りてください」と言った。
 顧客たちは不機嫌になってもおかしくないが、融資畑の私以外そんなことをいう支店長が過去いなかったことが幸いしたのであろう。「面白いことを言うな。まぁええわ、お金要らんけど、借りたるわ」と言ってくれた。要らないから貸付金とともに預金も増えた(顧客にとっては貸出利息と預金利息の差額が実質のご祝儀)。
 8か月後花の都東京(新宿)への異動辞令が出た。残された顧客はなんと思ったか知る由もなかった。というのも、支店長の評価は「営業成績」に加えて「検査結果」も重要。規定通り運営しているか、問題がないか定期的に本部が臨店しチェックする(天下の三菱で女性行員による貸金庫窃盗事件が起きたが、過去にはみずほ銀行でも。貸金庫業務を検査しても貸金庫利用客の保管内容はチェックできない。盲点をつかれた形だ。「銀行員は貸金庫の保管内容には手を付けない」との絶対的信頼が崩れたら、貸金庫サービスは存続危機に)。

   異動辞令直前当店も検査を受けた。支店事務役席の経験がない私は部下任せにして検査結果は悪かった。が、賛否あるも辞令取り消しまでには至らず逃げるかのように上京した。その後もやや波乱万丈の人生で振り返る余裕はなかった。
 新米支店長としては表向き成功したとも言えるが、一時期私は上述した社団の事務局長とコンサルタント(以下「コンサル」)との二足の草鞋を履いているとき、新米というよりド素人コンサルとしては何とか蛇に怖じずで失敗した。
 コンサルとしては、依頼主の期待に応えることはもちろんだが、末長くコンサル契約を続けてもらうことも大事。

 短期間のコンサル経験で、まず信頼関係を構築することが先決(コンサルにしろ知事しろ上に立つものは気配りが不可欠)で、提案は小出しにしていけばよいのかと理解した(棒高跳びの元王者ブブカ選手が1㎝刻みで世界新記録を出した程ではないにしろ)。
 私はサービス業の某オーナー会社の常駐顧問になった。もう一人の先輩格のベテランコンサルの人は週一にて社員と上手くやっていた。新米の私はオーナーに早く認められないといけないと思いいきなりアクセル全開にした。他の役員や社員にとって、存在自体が面白くないのに、まずやるべき、受け入れてもらう努力をしなかった。その上門外漢に上から目線で偉そうに言われれば、他の役員、社員は不愉快極まりないとなってしまう。孤立してしまった(ただ、疎外感はなかった。会議室の外に私の怒鳴り声が漏れてもいたが、女性社員達は、私を毛色が違う人物と面白がったのか、男性社員に物足りなさを感じていたのか、定期的に開いた私以外女子社員の飲み会に参加してくれていた。私がメッシーとなって)。
 

 新米県知事の斉藤氏も県民からの改革派の知事としての期待に早く応えなければと力が入りすぎたのだろう。身構えている、戦々恐々としている県職員に対して、まず信頼関係を築くことが先決なのに。
 斉藤知事には、「おねだり知事」に加えて「パワハラ知事」というありがたくない呼び名も与えられた。佐渡ではないのに殿様発言では行き過ぎもあったろうが、元々国家公務員出身の知事と地方公務員の県職員とギクシャクする素地は存在する。
 改革派知事の先駆けにて賢知事と知られる自治省出身の片山善博元鳥取県知事においても一部の声にはパワハラがあったという。本人はパワハラしたつもりはなくとも相手がそう感じればパワハラとなるのであれば。
 故郷を旅立ち国家・天下に奉仕するとの志の国家公務員と転勤もなく、地元名士に準ずる地方公務員と仕事ぶりには差があると言える(私自身も若手地方銀行員として旧三長銀の一行にトレーニー出向したときその仕事の厳しさにカルチャー・ショックを受けた)。
 私自身のことを棚に上げて言えば、地方公務員に対して正直なところよいイメージをもっていない。

 累計数県数人というところか県職員と一緒に仕事する機会が何度かあった。新しいアイデアを求めると全然出てこないが、それでいて地方公務員試験を合格しているから優秀であり新事業案に対する問題点をと言えば、すらすらと3つ、4つ問題点をすぐに挙げてくる。食えないタイプが少なくない。
 その食えないタイプの代表が、問題が表面化すると、さっさと辞任し、人前で大泣きするかと思えば別の場では打って変わって開き直る、渦中の兵庫県元副知事と言えるだろう。
 一方、国家公務員に対しては、上記社団を10年ほどで卒業し業界団体に転進した私は卒職するまで10年前後所轄官庁の厚労省に年に数回申請や報告で出入りしていた。

 窓口のノンキャリはいつ行っても口元に潰瘍が目立っていた。大変なんだと見ていた。官庁はノンキャリで支えられていると心からそう思った(ただ、国家公務員を目指すならキャリアを目指すべき。処遇が違い過ぎる。ノンキャリの、キャリア扱いで退官後“知の巨人”と呼ばれる佐藤優氏や“命のビザ”で数多のユダヤ人の命を救った故杉原千畝に憧れていても。スーパーサイヤ人としての実力があると思うなら学歴を気にせずキャリアを目指すべきだと思う)。
 斉藤知事とパワハラ知事を排除したい県職員側と既得権を守りたい県会議員側との連合軍との内紛における百条委員会の報告や第三者委員会の結論がなんであれ、斉藤知事は県民から再信任を盾に辞任することはしないであろう(県会議員側は不信任決議案等の再提出は慎重にならざるを得ないし)。
 それよりも、刑事事案が風雲急を告げてきた。PR会社の女性社長への買収疑惑について神戸地検と兵庫県警がPR会社側の関係先を2/7家宅捜索した。検察・警察は本気だと見るべきか。担当者が自殺した一昨年の阪神タイガースとオリックス・バファローズのパレードをめぐる資金の還流問題の告発状も受理されている。この他にも犯人捜しなどの公益通報者保護法違反問題もある。

 斉藤知事が“再起パス”となるか否かは、県知事の人間性とは直接関係のない、司法の判断次第ではなかろうか。

 前知事井戸敏三氏が五選ではなく四選の任期満了で退任しておれば、今回の騒動はなかったのかもしれない。
 2021年の兵庫知事選で斉藤氏に敗北した、自治官僚出身で2010年から兵庫県副知事で評判も悪くなかった金沢和夫氏が2017年の兵庫知事選に立候補していれば、すんなり当選していたのではないか。
 井戸前知事に対して私は、氏が自治省の総務部長時代直接話をしたこともないのに、勝手にあまりよい印象を抱いてなかった。数年経って兵庫県知事に当選した折井戸知事の満面の笑顔を見て、県民にはこんな顔を見せられるのか。当たり前とも言えるが、不器用な私にとっては、立場変われば(真の意味で)豹変できる、「さすがだな!」と思った。
 時に失言もあったが、知事を四期(16年)で有終の美を飾っておけばよかった。五期に入って高級車センチュリーを公用車とか言って県民からの不興を買い、晩節を穢した。そんな知事からの禅定発言により守旧派のレッテルを貼られた金沢氏を気の毒に思う。
 世界の常識、歴史家アクトンの「権力は腐敗する」について県知事の場合、過去「講釈師、見てきたような嘘をつき」ではないが、知事の時系列変化について私はこう書いた。
 「知事1.0では、権力は腐敗することを肝に命じて事にあたる。同2.0では、職員にぺこぺこされ、外からちやほやされて、一度やったら辞められないと思う。同3.0 では、問題やしがらみがありそれに対処できる知事に足るものは私以外いないと思い込む。同4.0では、お言葉ですがの「お」と聞いただけで激怒する。」
 この典型のような例が埼玉県上田清司元知事(2003.9~2019.8)だ。上田知事自らが1期目の2004年に4期以上の知事連続立候補を辞める「多選自粛条例」を自ら作っておきながら4期目に出馬し、四選を果たした。「変心」を問われ「若気の至りというか、思い上がりだった」と嘯く。
 民間ならフジテレビの日枝久相談役か。鹿内一族の独裁はよくないとクーデターを起こした。韓国朴正熙大統領は軍部クーデターで軍事政権を樹立したが、憂国の士から独裁者に変貌し最後側近に銃殺された。

 日枝氏は、「楽しくなければテレビじゃない」と日本視聴者の本質を見抜き、視聴率三冠が続く黄金期に導いたのは営利企業のトップとしては有能だが、“権力への誘惑の罠”に嵌りミイラ取りがミイラになってしまったか。

 独裁者日枝氏の末路は如何に(被害者とみられPTSDを発症した女子アナの回復してからのグラビア等に違和感を抱く人もいよう。が、その笑顔の奥に、自身が表舞台に出続けることにより事件を風化させない、絶対に直接の加害者と自社を許さないとの強い決意が私には感じられる)。

 有能だが賢者と言えない権力者の長期独裁体制の弊害の一つに、環境変化に対応できないことがある。性加害はいつの時代もアウトだが、「セクハラ」の言葉がまだ日本に認知されなかった時代から今日のようにコンプライアンスが厳しい時代に変遷する中で他社が対応してきているのに、自社の企業風土を直すことができない。

 古市憲寿氏はもうフジテレビで出れなくなってもいいからと「87歳の方が数十年にわたって権力を持ち、いまだに人事権とか影響力を持つ状況っていうのはおかしいと思う」と男気を見せた。その時は私も感心した。

 なのに、その直後古市氏は姑息に記事訂正したと批判された、令和の“縁切寺ならぬ復讐寺”と言える週刊文春に対して、“廃刊” との極論を言い放った(社会学者を名乗るなら、「今は縁切寺がないように早く復讐寺が不要な社会に」とか言うところでは)。この過剰反応は何故か。

 単なる性格の問題との見方が多いが、私はやはり逆鱗に触れたのかと思った。万座の前で公開謝罪させられる中国の反体制派の人民を想起した(「日枝出てこい!」と言った太田光氏は放送休止に。「太田引っ込んでろ!」とお仕置きか)。


 話を本筋に戻すと、県知事が3期(12年)ともなると遅くとも権力の腐敗の萌芽が見られると思うが、新年1月山形県知事の現職の吉村美栄子氏が五選を果たしたように、多選制限のない県知事の場合五選は珍しくない。
 ただ、吉村山形県知事の場合、実質信任投票であり、ネット民から「山形県知事選挙で無所属で現職の吉村氏が5回目の当選を確実にした。無投票での5選が濃厚となる中告示2週間前に金山氏84歳が出馬して選挙になった。投票率が約20%強とは低すぎて選挙に無関心過ぎて驚きである。吉村氏は5期目という事だが何か手を打たないとますます過疎化が進みそうである。」 と言われてしまっている。
 神奈川県知事として四期目の黒岩祐治氏も2027年の県知事選には72歳になるが五選を目指して出馬するのであろうか。
 黒岩知事は政治経験がなく知事に立候補して当選した。首相の選出は、間接選挙で国会議員の中から選ばれる。県知事は海外の大統領のごとく直接選挙で政治経験を問わない。
 黒岩知事は2009年フジテレビを退社し、大学教授に転身。その2年後の2011年に初出馬し、当選を果たしている。
 黒岩知事は、私と同じ神戸出身であるが、何と灘中・灘高を卒業している。私がいた銀行でも灘中・灘高卒業の行員が数名いた。その内の一人が地元大学の先輩だったが、「小学生の時は自他ともに天才だと思っていたが、灘中に入って上には上がいると思い知らされた」と言っていた。東大に行った人は挫折感を抱かないかも知れないが、大半が挫折感を味わうのか。若いうちに挫折感を味わうのはその後の人生にとって却ってよいのかも知れないが。
 確かにその先輩は頭が良かった。黒岩知事もさぞかし地頭がよいハズ。それでこそキャスターとして政界に詳しいとはいえ実務経験もないのに知事職をこなせたのであろう。
 賢者ならばこそ、地元既得権者からの続投要請があろうが、後進に道を譲り、晩節を穢すことがないようにしてもらいたい(ホリエモンこと堀江貴文氏と元フジTVアナ長谷川豊氏との対談you tubeで黒岩氏の性格?も触れられていた)。
 同じ神戸生まれだけの先輩でしかない私からであり、大きなお世話でしかないが。
 
 海外では政治家経験のない大統領が直接選挙で選ばれ、問題を露呈している。トランプ1.0の折、まさか本当に当選すると思わず? 当惑していたのでは。共和党の重鎮からも協力が得られなかった(戦争がなかったことは大きな成果だが)。

 ウクライナでは、コメディアンから大統領となったゼレンスキー大統領が素人の哀しさで支持率を急落させ乾坤一擲戦争に舵を切って多くの国民が犠牲になっている。

 韓国では検事から大統領になったユン大統領が非常戒厳による政治クーデーターに失敗したが、大統領が何と逮捕・起訴され、政界も司法もカオス状態。
 日本の県知事の場合も大統領制とよく似ているが、たとえ政治家経験がなく混乱が生じても、混乱自体は県政というコップの中の嵐に過ぎない。今般の兵庫県政での混乱を見ても分るように。(お膝元で巨大な東京都は別として)日本国を揺るがすことにはならない(SNSと選挙の関わり、二馬力選挙について問題提起しているも)。また、間接選挙に変えて県会議員の中から県知事を選出するのもよいとも思えない。現行のまま直接選挙で良いのではないか。

 

 そうした中、村上総務大臣が、私見としながらも、「人口半減なら『県庁全部いらない』」と爆弾発言。泉房穂前明石市長も賛同した。

  台湾有事のSF小説には、中国の人民解放軍が日本に上陸した際県が抵抗せず勝手に白旗を上げる場面がある。安全保障の面からは、総務省が県を監督し、県が市町村を統括する体制が必要なのでは。県数を統廃合して減らすとしても。
 ともあれ、県知事の任期に関して、独立した州の合衆国である米国では、州によって違うが、多選を制限している州もある。大統領と同じ2期8年が多いか。
 県政のマンネリ化、地元既得権者との癒着だけではなく、上述山形県のように県内経済の活性化や県民に喝!を入れる意味でも、県知事の任期を制限すべきではないか。
 日本も一律2期8年とすれば。1期以上跨いでの返り咲きも認め、通算4期16年を限度にすればと思うのだが。
  (次回224号は3/10アップ予定)