2025.4 NO.224 かんこく VS かんごく
米国大統領選はトランプ氏が勝利し、新年からトランプ大統領2.0がスタートしている。トランプ氏が勝利したことにより、心配された内戦等の騒乱は回避された。
ところが、今韓国にて内戦の勃発が懸念されている。韓国と米国との政治の様相はよく似ている。韓国も米国と同じように大統領制。日本においては、英国と同じように「権威」(国家元首としての象徴天皇)と「権力」(首相)とに別れており、立憲君主制・議院内閣制となっている。
韓国は、日韓併合の折に李氏朝鮮王朝が廃絶された為国王がいないので、大統領が権威と権力を併せ持った国家元首となる米国型になっている。その米国は大統領が国家元首と行政府の長を兼ねており、トランプ大統領が自らを“王様”と準えるのは勝手だが、真の王様は国民を分断するような言動はしない。韓国も同様だが、行政府の長としての大統領を補佐する国務総理がいる。が、権限が限られており、首相というより副大統領に近いという。
なお、日本は韓国を間接支配にして王朝を存続させていれば(併合に反対した伊藤博文が暗殺されなかったとしても併合への流れは変わらなかったと思うが)、韓国がこれほど近くて遠い国になっていなかったかもしれない(日本では時代劇が衰退しているが、韓国では王朝時代の時代劇、とくに王様が主人公のドラマが今も人気を博す。俳優も真のスターになるには、現代劇と時代劇の両方での評判を要するという)。
米国は結果として賢かったと言える。産経OBの高山正之氏は週刊新潮の連載コラムで朝日新聞への批判(これには同感だが)ほどではないにしろ、よく連合国総司令官のマッカーサーを“チキン”などと見下す。だが、チキンならばこそ天皇制廃止による日本人の総一揆を恐れ天皇制を存続させ間接支配に利した。東京、神戸等焼野原にされ、広島、長崎に原爆を落されたにも拘わらず、そんな米国に国民性もあるが日本人は従順な姿勢を取り続けてきた。
米国は大統領を州に割り当てられた数の「選挙人」が選ぶ間接選挙ではあるが、選挙人は政党の代理人と言え、直接選挙と言ってもおかしくない(独立した州の合州国・米国の全50州において比例配分すれば良いのだが、それでは州の独立性が埋もれるので、48州において得票が多い候補が総どりする方式にしている。結果として、レッドステートともブルーステートとも言えないスイングステートのたった数州の結果如何で、2016年のように総得票数ではクリントン女史がトランプ氏の得票を上回っているのに敗北してしまう)。
韓国の直接選挙は単純に総投票数の多い方が勝つ。
米大統領の任期は2期8年。トランプ大統領は3期目を狙っているとの意見もあるが(改憲によらない方法も検討されているとされるが)、ノーベル平和賞受賞を花道として政界を去ると思う(改憲による多選への変更は容易ではないのは2024年11月号NO.216 「オバタリアンVS リバタリアン」ご参照)。
韓国は、大統領の任期は1期5年。それだと3年経つとレームダック化し検察が大統領サイドの不正を捜査し始め、新大統領に代わると逮捕されると言われていた。今回は前大統領は逮捕されず、現大統領が逮捕・起訴され、監獄(現刑事施設)に収監されてしまった。
米国は保守の「共和党」とリベラルな「民主党」の二大政党制。韓国も保守派の「国民の力」と進歩派の「共に民主党」の二大政党制。そして日本人と違い、米韓とも国民の政治的民度は高く政治に対する関心が高い。
本来それは民主主義の成熟として評価されるべきものであろう。しかし、その米韓において内戦の勃発が懸念されているのである。
米国では、2021年1月、2020年バイデン氏勝利に不正があったと、Qアノンや白人至上主義者ら熱狂的なトランプ支持者が議事堂を占拠し、700名以上が逮捕されたという。
保守の論客古谷経衡氏は、著書『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ)の中で、実行犯の多くは30代の白人男性だったという(トランプ大統領は再就任するや彼らに対して恩赦する大統領令を発布した)。
韓国においても、米国の中間選挙のごとく2022年5月に就任した尹錫悦大統領の中間評価の意味合いがある2024年4月の国会議員選挙にて与党が惨敗した。その選挙に不正があるとする極右のyou tuberに尹大統領も洗脳されたかのように非常戒厳を宣言した。が、政治クーデーターは失敗に帰し、尹大統領は憲法裁判所の弾劾裁判の対象、内乱の首謀者の被疑者となった。
これに対し、米国のQアノンのごとく不正選挙を信じ込んだ韓国の極右たちが暴徒となり、1月19日早朝にソウル西部地裁を襲撃した。内乱被疑者である尹大統領の拘束令状を発付した裁判官を探し出し、集団で攻撃しようと試みたとも言われる。この暴徒たちも20代、30代の男性と言われている。
現職大統領が非常戒厳を行使して民主主義を危機にさらしても、地に堕ちた大統領や与党の支持率が回復傾向にある。
野党の国家や国民をないがしろにした極端なやり方への反発以外にも、男性だけが兵役で貴重な20代を費やしているという不満が家父長的・権威主義的な尹大統領と共鳴し、20代男性を尹支持、弾劾反対へと走らせているという側面もあるという。
尹大統領が内乱罪で有罪か、あるいは弾劾裁判で有罪になれば、与党を支持する若者たちの暴動が懸念されている。
米韓において二大政党制が確立されている。その中では両党二極化が強まり、それに伴い支持者の二極化も進む。無党派層が少なくなり、両党の支持率が拮抗していくようだ。そして、政治的民度が高い両党の支持者はますます自党に忠実なり、他党への敵意を増していく。
これが無秩序な対立になり果てることを回避する為に必要なのは、『民主主義の死に方』(新潮社)よれば、二つの規範、すなわち「相互的寛容」と「組織的自制心」だという。
「相互的寛容」とは、対立相手は敵ではなく、権力をかけて闘い、政治を行う平等な権利をもっていることを認めるという考え。
「組織的自制心」とは、法律の文言には違反しないものの、明らかにその精神に反することを避けようとすること(安倍政権には欠けていたように思う)。
この2つは“民主主義のガードレール”と呼ばれるが、米国は壊れてしまっている。韓国も同じ状況にある。とくに野党が「相互的寛容」にかけ離れた態度をとっており、尹大統領を非常戒厳に走らせた要因の一つと言われている。
内乱問題に詳しいUCサンディエゴ大学ウォルター教授は「直接選挙など部分的には民主的特徴がより多い国家の政治不安の可能性が完全な独裁より2倍、完全な民主政府より3倍高い」と結論を出したという。いわば完全な民主主義に移行できなければ、内乱も避けられないと言うのか。
民主主義(多数決)は、元々「民度は一定」という理想を前提にしている。さらに「完全な民主主義」という理想が求められるのか。理想は実現が難しいから理想であり、理想を前提とする民主主義(多数決)はその限界を露呈したと言っても過言ではない。
韓国は、1980年旧光州市中心に市民や学生が軍事政権対して民主化を要求し蜂起した「光州事件」、1987年大統領の直接選挙制改憲を主目的とした民主化を要求するデモが中心の「6月民主抗争」を経て、国民が民主主義を勝ち取った。
日本は、1905年日露講和会議の内容が知らされると日本はリターンマッチに応じる余力もないボロボロの状態であることを知らされていない市民らが、政府の弱腰を非難し、集会が禁じられると「日比谷焼討事件」を勃発させた。
これを大正デモクラシー の萌芽とする。が、帝国主義下好戦的で軍部に“加油”した大正人と敗戦に政府・軍部を煽ったことを後悔した、反戦の戦後人とは別物。ネアンデルタール人とホモサピエンスぐらいの違いがある。
ただ、ネアンデルタール人が自然淘汰で全滅したのではなく、生存競争に負けたが一部の若い女性が生かされホモサピエンスのDNAの中に刻まれた。同じく軍部主導の全体主義の中で大正人が全滅したのではなく、一部の女性たち(平塚らいてふ、市川房枝など)は参政権を獲得すべく闘い続け、棚から牡丹餅ではなく、参政権を勝ち取ったと言えるが(戦後すぐ「GHQの指示に先じて施策する」として、婦人参政権に関する閣議決定が独自になされている)。
けだし、日本の戦後の民主主義は国民が勝ち取ったのではなく、占領するGHQから全体主義体制を崩壊させる為に植え付けられたものだと思う。
上述古谷氏は、日本のネット右翼は、若者ではなく、シニア層だと言い、彼らが受容してきた戦後の民主主義は彼らの中で咀嚼されることなく、「ただなんとなく、ふんわり」と受容されてきたに過ぎないから、後年になって「動画」という一撃で簡単にひっくり返ってしまったのであると言う。
戦後の安保紛争は民主主義の為ではなく、「民主主義」の宗主国にて資本主義の米国との同盟を進める政府に対して新興の「社会主義」をもって闘ったもの。
私が大学生の時の1970年前後のデモに参加した大部分の学生にとって大学紛争等は、新左翼のような暴力革命を目指すものではなく、知的エリートたちのブームだったに過ぎないと今から思えばそう思える。大学卒業後国家権力側に入り大成した者も少なくない(当時ノンポリだった私はヘルメットを被り棒を持って立つ同級生を見て半分馬鹿にし半分負い目を感じていた。就活が始まると長髪を止めネクタイ姿の彼を見て「何だ!? 私らと同じじゃないか」と思った(荒井由美さん作詞・作曲の『「いちご白書」をもう一度』はそんな当時を風刺した)。
戦後80年(昭和で言えば100年)になるのに未だ芸能人が政治発言すると批判する者たちがいる。芸能人も主権在民の当事者の一人。当然政府に問題があれば意見する権利がある。河原者呼ばわりされた室町時代じゃあるまいし。批判する者たちこそ「差別発言するな!」と批判されるべき。
全体主義体制における「お上には逆らってはいけない」が、まだその心理から抜け出せていないように見える。政府に不満があっても口には出さない、他者がそう言っても賛同しづらい。それは女性より男性の方にその傾向が強いか。
古谷氏が言うようにGHQは日本の経済発展を急がせるため戦前の体制を完全否定できず旧体制の主導者たちを追放から出戻りさせたことも、影響していると言えるか。
ただ、日本人は、民主主義を勝ち取ったという思いがない分政治的民度も低い。が、政治的民度の高い米韓の今の酷い状況を見ると、却ってそれが良いのかもしれない。
日本は財閥解体や農地改革の民主化はGHQがやってくれた。韓国は民主主義を勝ち取ったが、財閥解体は出来なかった。米国と同じく貧富の差が激しい。左派と右派がにらみ合うだけではなく、激しく攻撃しあう。議会議員も、野党は大統領のやることをすべて否定するだけ(非常戒厳への引き金に)。米国においても、共和党も民主党も、相手を攻撃し批判するだけ。米韓ともに上述「相互的寛容」を見失っている。
日本は、財閥解体がなくとも、昔から貧富格差は酷くない上、日本人は身の貧しさよりも心の貧しさを恥じる。富裕層を羨むことがあっても嫌悪し敵視することはない。聖徳太子の時代からの「和の精神」も尊ぶ。
選挙民だけではなく、国会議員においても、現在連立与党側が少数与党に転落し野党に要求を押し付けられている状態だ。が、野党第一党の立憲民主党野田佳彦代表は、「『この野郎』とは思うが、国益のためじっと我慢」だけでは埋没するとするも、自制心を見失うことはないだろう。
韓国と同じく米国も本来「手段」あるべき相手を攻撃することが「目的」となってしまっている。独立した州の合衆国を米国という一つの国にまとめる連邦政府の長であるトランプ大統領自身が国民を分断させる言い方をする(軍のヘリコプターと民間機の衝突を、直接原因が解明されていない中でいきなり多様性のせいにする。DEIを急ぎすぎたかと反省する民主党の議員や支持者の神経を逆なでする。背景にマイノリティに一定の枠を与え、過度の緊張を強いられる管制官に適任の人たちが管制官になれない現実があるにしても)。
日本の政治家は、話し合いにより国家、国民に寄与することを「目的」とし、「相互的寛容」をまだ維持できている。
理想を前提とする民主主義の政治が限界に来ていることを米韓の二大政党体制が示してくれている。そんな民主主義に日本は遅れていると追いつき追い越す必要があろうか。
とくに日本は国会に女性議員が少ないと批判されるが、卑下する必要はない。日本女性の美徳である奥ゆかしい女性(リベラルから反発を受けるか)にとって、今の目立つ女性国会議員の中で、憧れる議員はいるか。強いて言えば、前外相の上川陽子氏ぐらいではないか。
きれいごとで済まない政治の世界で正義感が強い日本女性が裏金等を平気でやれると思うか(端正な顔立ちの男前で、灘高→東大法学部→キャリア官僚にて元神戸市民の私にとっては雲の上の存在の元大臣2名は、政治家になっていなければ世間に情けない姿を晒すことはなかっただろうに)。
世界に恥ずべきは政界のあり様であり、無理に女性議員を増やすより政治家に足る女性が国会への進出に前向きになれるよう政界を浄化することが先決だ。
それまでは、適材適所で女性が活躍できれば、それで良いではないか。政治家でなくても、国家官僚、検察官、裁判官で活躍すれば。女性起業家、女性社長も増えてきている。
日本はこれまで英米の二大政党制を手本とし、二大政党化を目指して、小選挙区制にも替えた。とくに小沢一郎議員が、自民党内の権力闘争に破れたこともあり自民党を離れたのち、主導的役割を果たし、紆余曲折のあと、旧民主党が創立され、二大政党制体制が実現した。
しかし、その結果はどうか。オセロゲームのように簡単に政権交代が起こり、たまたまその時に与党の代表の者が首相となってしまう。生煮えの上素材が良くなければ、それをありがたく頂戴する国民はたまったもんではない。
小選挙区制は、1強の自民党に有利となり、さらに一人区では世襲議員が有利となる。選挙での公認という生殺与奪権を握り、賢者でない世襲議員による長期独裁政権を可能とする。金権政治とか問題が多いと中選挙区制から替えたが、その中選挙区制より小選挙区制の方が問題が根深い。
自民党が長期単独与党であった黄金時代では、能力と人望がある議員が派閥の長となり、派閥同士が競い合う。その中で、大企業の社長のごとく、幹事長、大蔵大臣、外務大臣等主要ポストを歴任した者(首相としての、いわば有資格者)の中から首相が選ばれる。と同時に派閥同士の牽制が民主主義のガードレールのもう一つである「組織的自制心」を維持させていた。
立憲民主党の躍進により二大政党制が復活するかと思われたが、米韓の酷い現状を見るならば、短絡的としても噂される自民党と立憲民主党の大連立の方がよいかと思ってしまう(ゆくゆくは合同し“自立党”に)。
そうなれば、小選挙区制も中選挙区制に変わらざるを得ない。世襲議員の優位も薄れていく。
大連立政権構想に立憲民主党の左派が乗るか分からないが。
(次回225号は4/1アップ予定)