2025.3 臨時号 NO.223 サイコパス VS
サイキパス
前号で紹介した韓流ドラマ『復讐代行人~模範タクシー~ 』(シリーズ2:2023年制作)が2/4で終わった。その後同じWOWOWでイ・ジュンギ氏主演の『悪の花』(2020制作) を観ている(2/7から毎金曜日4話×3回、♯13~16は3/3月曜の計16話)。
主人公の妻で婦警に扮する女優ムン・チェウォンさんは知らなかったので、調べてみた。なんと『悪の花』の後上記復讐代行人シリーズ2 に出演していた。最終回の最後軍服姿の主人公に敬礼するだけ(主人公は敬礼を返さず通り過ぎた)の兵士役で。シリーズの続編を意味するのかと思ったのでよく覚えている。どうやらシリーズ3で軍内部での性的暴行事件に関するキーマンとして出演するようだ。
『悪の花』の話はサイコパスを題材にしている。私は、斉藤元彦知事に対して、昨12/20にアップした2025年1月臨時号NO.220(「ひとしVSひとり」)で私はマイルドサイコパス呼ばわりした。
そんな私ではあるが、先日妻は(何してもきちっとできないとして)怒り任せに爺の私に向かって「発達障害!」と叫けんだ。言われた私は思わず下半身に目をやった。妻は「よくもこんな男と44年も一緒に」と言わんばかりに怒りを通り越し呆れ果てた顔を向けた。
本ブログでも校正ミスが少なくなく自分でも自覚はしているが、「発達障害」とは聞こえが悪い。
幼児を成長させていく上で母親がその知識を持つことは大事ではある。が、周りの母親が排除するがごとく指摘するのは良くない。母親本人は普通学級から除外されてはと我が子に必要以上に躾をしようとする。逆効果。
動物と違い人間は複雑である。とくに幼児は長所・短所だけではなく、成長スピードも早い遅いがある。周りが枠に押し込み、軽々にレッテル貼りするのはやめた方がいい。
斉藤知事は、「所変われば品変わる」を痛感し、「立場変われば人変わる」を肝に命じ、再選後言動に慎重を期しているようだ。私も反省しマイルドサイコパス呼ばわりは止めることにした。
その上で斉藤県知事1.0の失敗を検証したいと思う。IQは高くないがSQ(社会的IQ)はもっと低い私が、IQは高いがSQは低そうな斉藤知事を。
自治官僚の流れを汲む総務官僚は本来「おねだり」とは無縁のハズ。なぜそんなことが告発されるに至ったのか。
私は30年前銀行を辞めて今でいう公益社団法人の職員に転身していたが、社団設立時から窓口としてお世話になった自治省のノンキャリア官僚(以下「ノンキャリ」)が異動になると聞き、餞別としてビール券を持って行った。喜ばれると思ったらこれは何だと突き返された。
イベントでの後援名義の使用を申請に行った折、予算書の収支尻がプラスになっており、キャリア官僚(以下「キャリア」)の部長が直々それを観て、事務局長とはいえ国家公務員の資格もないノンキャリ未満ごときの私に「金儲けのために本省を利用するのか!?」と烈火のごとく雷を落とした(たった数万円なのに。転身して日が浅く、結果として黒字になろうが、赤字になろうが、予算書は収支尻を±0にすることを私は知らなかった)。
自治省は戦後GHQにより解体された巨大官庁・内務省の本流を受け継ぎ、30年前の当時も、大蔵省、警察庁と並ぶ一流官庁と目されていた。それだけに自治官僚は志とともにプライドも高かった(「東大にあらずんば・・」も感じたが、スーパーサイヤ人としての気概を持ち、それにふさわしい仕事をするならそれもいいとも思っていた。安倍政権時代など昨今の政権に隷従、あるいは忖度する官僚とは隔世の感がある)。
自治省は通産省や郵政省のような利権に絡むものがほぼない。現総務省での贈収賄がらみの問題は旧郵政省側。民間からの接待の機会も少ない。それを良しとしない“省風”もあったと思う。
斉藤知事は、自治省が郵政省等と統合され2001年より総務省となった翌年の入省であるが、統合されても融合される訳ではなく(赤と青が紫になるのではなく基本赤も青もそのまま)旧自治省部分もそのままであるため、自治官僚と変わらなかったハズ。
Wikipediaによると、2008年(平成20年)4月、新潟県佐渡市に出向し、若手キャリアとして赴任した地方都市の佐渡で「殿様扱いされることを覚え、それがターニングポイントになった」とされる。総務省内で若手ホープと見られていたかどうか分らないが、佐渡市側にとっては何にしろ30歳のキャリア官僚が来てくれたと喜び下にも置かぬ歓待ぶりをみせたのであろう。そして斉藤氏は神輿に乗るお殿様と勘違いしたのか。
親戚との絶縁トラブルが週刊誌にて報じられたが、ある親族が人が変わったのは「官僚時代ですね、社会人になってから」という。本省時代では考えられず佐渡の出向時と見るべきではないか。
もっとも、世の中には、奢られることが好きな人は一杯いる。奢られたくない人もいる。普段ケチだが冠婚葬祭には奮発する人もいる。軽侮されるほどの吝嗇な人もいる。たとえ吝嗇でもそれ自体罪ではない。
斉藤知事への告発文書の7項目の中におねだり知事みたいものを入れるのは県職員側も嫉妬、妬みみたいでどうかと思った。県職員にとって、物を貰うとか立食パーティに参加する機会は極めて少ないのだろう。私がいた社団法人で立食パーティに某県の東京事務所の職員を2名を招待したことがあった。会員の中小企業の社長たちは取引先への接待も多く口も肥えており余り手を付けない中でその2名が最後までがっついていたのが印象に残った。
卑しくも、ではなく、苟も( いやしくも)県職員たる者らが知事を告発するのにそんな項目を載せれば却って告白文書の正当性を損なうと私は思う。
私も斉藤知事と似たような経験があった。平成元年38歳の銀行員のときに本部から住宅街にある店舗の支店長に異動する辞令が出た。その店舗は格上の店で新米の支店長では赴任しないことから、当該店のファンである顧客たちは本部から箔付けに若手エリートがやって来たと勘違いした。
私自身は、勘違いはしないが、美しい誤解はわざわざ解く必要はないとは思っていた。それでも、普通ご祝儀に「預金してやろう」と言われれば、皆一様に「それはありがとうこざいます!」と声を張るだろう。豪速球しか投げず自他ともに支店長が務まるかと思われた私は、「いやぁ~預金など要りません。それよりお金を借りてください」と言った。
顧客たちは不機嫌になってもおかしくないが、融資畑の私以外そんなことをいう支店長が過去いなかったことが幸いしたのであろう。「面白いことを言うな。まぁええわ、お金要らんけど、借りたるわ」と言ってくれた。要らないから貸付金とともに預金も増えた(顧客にとっては貸出利息と預金利息の差額が実質のご祝儀)。
8か月後花の都東京(新宿)への異動辞令が出た。残された顧客はなんと思ったか知る由もなかった。というのも、支店長の評価は「営業成績」に加えて「検査結果」も重要。規定通り運営しているか、問題がないか定期的に本部が臨店しチェックする(天下の三菱で女性行員による貸金庫窃盗事件が起きたが、過去にはみずほ銀行でも。貸金庫業務を検査しても貸金庫利用客の保管内容はチェックできない。盲点をつかれた形だ。「銀行員は貸金庫の保管内容には手を付けない」との絶対的信頼が崩れたら、貸金庫サービスは存続危機に)。
異動辞令直前当店も検査を受けた。支店事務役席の経験がない私は部下任せにして検査結果は悪かった。が、賛否あるも辞令取り消しまでには至らず逃げるかのように上京した。その後もやや波乱万丈の人生で振り返る余裕はなかった。
新米支店長としては表向き成功したとも言えるが、一時期私は上述した社団の事務局長とコンサルタント(以下「コンサル」)との二足の草鞋を履いているとき、新米というよりド素人コンサルとしては何とか蛇に怖じずで失敗した。
コンサルとしては、依頼主の期待に応えることはもちろんだが、末長くコンサル契約を続けてもらうことも大事。
短期間のコンサル経験で、まず信頼関係を構築することが先決(コンサルにしろ知事しろ上に立つものは気配りが不可欠)で、提案は小出しにしていけばよいのかと理解した(棒高跳びの元王者ブブカ選手が1㎝刻みで世界新記録を出した程ではないにしろ)。
私はサービス業の某オーナー会社の常駐顧問になった。もう一人の先輩格のベテランコンサルの人は週一にて社員と上手くやっていた。新米の私はオーナーに早く認められないといけないと思いいきなりアクセル全開にした。他の役員や社員にとって、存在自体が面白くないのに、まずやるべき、受け入れてもらう努力をしなかった。その上門外漢に上から目線で偉そうに言われれば、他の役員、社員は不愉快極まりないとなってしまう。孤立してしまった(ただ、疎外感はなかった。会議室の外に私の怒鳴り声が漏れてもいたが、女性社員達は、私を毛色が違う人物と面白がったのか、男性社員に物足りなさを感じていたのか、定期的に開いた私以外女子社員の飲み会に参加してくれていた。私がメッシーとなって)。
新米県知事の斉藤氏も県民からの改革派の知事としての期待に早く応えなければと力が入りすぎたのだろう。身構えている、戦々恐々としている県職員に対して、まず信頼関係を築くことが先決なのに。
斉藤知事には、「おねだり知事」に加えて「パワハラ知事」というありがたくない呼び名も与えられた。佐渡ではないのに殿様発言では行き過ぎもあったろうが、元々国家公務員出身の知事と地方公務員の県職員とギクシャクする素地は存在する。
改革派知事の先駆けにて賢知事と知られる自治省出身の片山善博元鳥取県知事においても一部の声にはパワハラがあったという。本人はパワハラしたつもりはなくとも相手がそう感じればパワハラとなるのであれば。
故郷を旅立ち国家・天下に奉仕するとの志の国家公務員と転勤もなく、地元名士に準ずる地方公務員と仕事ぶりには差があると言える(私自身も若手地方銀行員として旧三長銀の一行にトレーニー出向したときその仕事の厳しさにカルチャー・ショックを受けた)。
私自身のことを棚に上げて言えば、地方公務員に対して正直なところよいイメージをもっていない。
累計数県数人というところか県職員と一緒に仕事する機会が何度かあった。新しいアイデアを求めると全然出てこないが、それでいて地方公務員試験を合格しているから優秀であり新事業案に対する問題点をと言えば、すらすらと3つ、4つ問題点をすぐに挙げてくる。食えないタイプが少なくない。
その食えないタイプの代表が、問題が表面化すると、さっさと辞任し、人前で大泣きするかと思えば別の場では打って変わって開き直る、渦中の兵庫県元副知事と言えるだろう。
一方、国家公務員に対しては、上記社団を10年ほどで卒業し業界団体に転進した私は卒職するまで10年前後所轄官庁の厚労省に年に数回申請や報告で出入りしていた。
窓口のノンキャリはいつ行っても口元に潰瘍が目立っていた。大変なんだと見ていた。官庁はノンキャリで支えられていると心からそう思った(ただ、国家公務員を目指すならキャリアを目指すべき。処遇が違い過ぎる。ノンキャリの、キャリア扱いで退官後“知の巨人”と呼ばれる佐藤優氏や“命のビザ”で数多のユダヤ人の命を救った故杉原千畝に憧れていても。スーパーサイヤ人としての実力があると思うなら学歴を気にせずキャリアを目指すべきだと思う)。
斉藤知事とパワハラ知事を排除したい県職員側と既得権を守りたい県会議員側との連合軍との内紛における百条委員会の報告や第三者委員会の結論がなんであれ、斉藤知事は県民から再信任を盾に辞任することはしないであろう(県会議員側は不信任決議案等の再提出は慎重にならざるを得ないし)。
それよりも、刑事事案が風雲急を告げてきた。PR会社の女性社長への買収疑惑について神戸地検と兵庫県警がPR会社側の関係先を2/7家宅捜索した。検察・警察は本気だと見るべきか。担当者が自殺した一昨年の阪神タイガースとオリックス・バファローズのパレードをめぐる資金の還流問題の告発状も受理されている。この他にも犯人捜しなどの公益通報者保護法違反問題もある。
斉藤知事が“再起パス”となるか否かは、県知事の人間性とは直接関係のない、司法の判断次第ではなかろうか。
前知事井戸敏三氏が五選ではなく四選の任期満了で退任しておれば、今回の騒動はなかったのかもしれない。
2021年の兵庫知事選で斉藤氏に敗北した、自治官僚出身で2010年から兵庫県副知事で評判も悪くなかった金沢和夫氏が2017年の兵庫知事選に立候補していれば、すんなり当選していたのではないか。
井戸前知事に対して私は、氏が自治省の総務部長時代直接話をしたこともないのに、勝手にあまりよい印象を抱いてなかった。数年経って兵庫県知事に当選した折井戸知事の満面の笑顔を見て、県民にはこんな顔を見せられるのか。当たり前とも言えるが、不器用な私にとっては、立場変われば(真の意味で)豹変できる、「さすがだな!」と思った。
時に失言もあったが、知事を四期(16年)で有終の美を飾っておけばよかった。五期に入って高級車センチュリーを公用車とか言って県民からの不興を買い、晩節を穢した。そんな知事からの禅定発言により守旧派のレッテルを貼られた金沢氏を気の毒に思う。
世界の常識、歴史家アクトンの「権力は腐敗する」について県知事の場合、過去「講釈師、見てきたような嘘をつき」ではないが、知事の時系列変化について私はこう書いた。
「知事1.0では、権力は腐敗することを肝に命じて事にあたる。同2.0では、職員にぺこぺこされ、外からちやほやされて、一度やったら辞められないと思う。同3.0 では、問題やしがらみがありそれに対処できる知事に足るものは私以外いないと思い込む。同4.0では、お言葉ですがの「お」と聞いただけで激怒する。」
この典型のような例が埼玉県上田清司元知事(2003.9~2019.8)だ。上田知事自らが1期目の2004年に4期以上の知事連続立候補を辞める「多選自粛条例」を自ら作っておきながら4期目に出馬し、四選を果たした。「変心」を問われ「若気の至りというか、思い上がりだった」と嘯く。
民間ならフジテレビの日枝久相談役か。鹿内一族の独裁はよくないとクーデターを起こした。韓国朴正熙大統領は軍部クーデターで軍事政権を樹立したが、憂国の士から独裁者に変貌し最後側近に銃殺された。
日枝氏は、「楽しくなければテレビじゃない」と日本視聴者の本質を見抜き、視聴率三冠が続く黄金期に導いたのは営利企業のトップとしては有能だが、“権力への誘惑の罠”に嵌りミイラ取りがミイラになってしまったか。
独裁者日枝氏の末路は如何に(被害者とみられPTSDを発症した女子アナの回復してからのグラビア等に違和感を抱く人もいよう。が、その笑顔の奥に、自身が表舞台に出続けることにより事件を風化させない、絶対に直接の加害者と自社を許さないとの強い決意が私には感じられる)。
有能だが賢者と言えない権力者の長期独裁体制の弊害の一つに、環境変化に対応できないことがある。性加害はいつの時代もアウトだが、「セクハラ」の言葉がまだ日本に認知されなかった時代から今日のようにコンプライアンスが厳しい時代に変遷する中で他社が対応してきているのに、自社の企業風土を直すことができない。
古市憲寿氏はもうフジテレビで出れなくなってもいいからと「87歳の方が数十年にわたって権力を持ち、いまだに人事権とか影響力を持つ状況っていうのはおかしいと思う」と男気を見せた。その時は私も感心した。
なのに、その直後古市氏は姑息に記事訂正したと批判された、令和の“縁切寺ならぬ復讐寺”と言える週刊文春に対して、“廃刊” との極論を言い放った(社会学者を名乗るなら、「今は縁切寺がないように早く復讐寺が不要な社会に」とか言うところでは)。この過剰反応は何故か。
単なる性格の問題との見方が多いが、私はやはり逆鱗に触れたのかと思った。万座の前で公開謝罪させられる中国の反体制派の人民を想起した(「日枝出てこい!」と言った太田光氏は放送休止に。「太田引っ込んでろ!」とお仕置きか)。
話を本筋に戻すと、県知事が3期(12年)ともなると遅くとも権力の腐敗の萌芽が見られると思うが、新年1月山形県知事の現職の吉村美栄子氏が五選を果たしたように、多選制限のない県知事の場合五選は珍しくない。
ただ、吉村山形県知事の場合、実質信任投票であり、ネット民から「山形県知事選挙で無所属で現職の吉村氏が5回目の当選を確実にした。無投票での5選が濃厚となる中告示2週間前に金山氏84歳が出馬して選挙になった。投票率が約20%強とは低すぎて選挙に無関心過ぎて驚きである。吉村氏は5期目という事だが何か手を打たないとますます過疎化が進みそうである。」 と言われてしまっている。
神奈川県知事として四期目の黒岩祐治氏も2027年の県知事選には72歳になるが五選を目指して出馬するのであろうか。
黒岩知事は政治経験がなく知事に立候補して当選した。首相の選出は、間接選挙で国会議員の中から選ばれる。県知事は海外の大統領のごとく直接選挙で政治経験を問わない。
黒岩知事は2009年フジテレビを退社し、大学教授に転身。その2年後の2011年に初出馬し、当選を果たしている。
黒岩知事は、私と同じ神戸出身であるが、何と灘中・灘高を卒業している。私がいた銀行でも灘中・灘高卒業の行員が数名いた。その内の一人が地元大学の先輩だったが、「小学生の時は自他ともに天才だと思っていたが、灘中に入って上には上がいると思い知らされた」と言っていた。東大に行った人は挫折感を抱かないかも知れないが、大半が挫折感を味わうのか。若いうちに挫折感を味わうのはその後の人生にとって却ってよいのかも知れないが。
確かにその先輩は頭が良かった。黒岩知事もさぞかし地頭がよいハズ。それでこそキャスターとして政界に詳しいとはいえ実務経験もないのに知事職をこなせたのであろう。
賢者ならばこそ、地元既得権者からの続投要請があろうが、後進に道を譲り、晩節を穢すことがないようにしてもらいたい(ホリエモンこと堀江貴文氏と元フジTVアナ長谷川豊氏との対談you tubeで黒岩氏の性格?も触れられていた)。
同じ神戸生まれだけの先輩でしかない私からであり、大きなお世話でしかないが。
海外では政治家経験のない大統領が直接選挙で選ばれ、問題を露呈している。トランプ1.0の折、まさか本当に当選すると思わず? 当惑していたのでは。共和党の重鎮からも協力が得られなかった(戦争がなかったことは大きな成果だが)。
ウクライナでは、コメディアンから大統領となったゼレンスキー大統領が素人の哀しさで支持率を急落させ乾坤一擲戦争に舵を切って多くの国民が犠牲になっている。
韓国では検事から大統領になったユン大統領が非常戒厳による政治クーデーターに失敗したが、大統領が何と逮捕・起訴され、政界も司法もカオス状態。
日本の県知事の場合も大統領制とよく似ているが、たとえ政治家経験がなく混乱が生じても、混乱自体は県政というコップの中の嵐に過ぎない。今般の兵庫県政での混乱を見ても分るように。(お膝元で巨大な東京都は別として)日本国を揺るがすことにはならない(SNSと選挙の関わり、二馬力選挙について問題提起しているも)。また、間接選挙に変えて県会議員の中から県知事を選出するのもよいとも思えない。現行のまま直接選挙で良いのではないか。
そうした中、村上総務大臣が、私見としながらも、「人口半減なら『県庁全部いらない』」と爆弾発言。泉房穂前明石市長も賛同した。
台湾有事のSF小説には、中国の人民解放軍が日本に上陸した際県が抵抗せず勝手に白旗を上げる場面がある。安全保障の面からは、総務省が県を監督し、県が市町村を統括する体制が必要なのでは。県数を統廃合して減らすとしても。
ともあれ、県知事の任期に関して、独立した州の合衆国である米国では、州によって違うが、多選を制限している州もある。大統領と同じ2期8年が多いか。
県政のマンネリ化、地元既得権者との癒着だけではなく、上述山形県のように県内経済の活性化や県民に喝!を入れる意味でも、県知事の任期を制限すべきではないか。
日本も一律2期8年とすれば。1期以上跨いでの返り咲きも認め、通算4期16年を限度にすればと思うのだが。
(次回224号は3/10アップ予定)