2025.4  NO.224 かんく VS  かん
 米国大統領選はトランプ氏が勝利し、新年からトランプ大統領2.0がスタートしている。トランプ氏が勝利したことにより、心配された内戦等の騒乱は回避された。
 ところが、今韓国にて内戦の勃発が懸念されている。韓国と米国との政治の様相はよく似ている。韓国も米国と同じように大統領制。日本においては、英国と同じように「権威」(国家元首としての象徴天皇)と「権力」(首相)とに別れており、立憲君主制・議院内閣制となっている。
 韓国は、日韓併合の折に李氏朝鮮王朝が廃絶された為国王がいないので、大統領が権威と権力を併せ持った国家元首となる米国型になっている。その米国は大統領が国家元首と行政府の長を兼ねており、トランプ大統領が自らを“王様”と準えるのは勝手だが、真の王様は国民を分断するような言動はしない。韓国も同様だが、行政府の長としての大統領を補佐する国務総理がいる。が、権限が限られており、首相というより副大統領に近いという。
 なお、日本は韓国を間接支配にして王朝を存続させていれば(併合に反対した伊藤博文が暗殺されなかったとしても併合への流れは変わらなかったと思うが)、韓国がこれほど近くて遠い国になっていなかったかもしれない(日本では時代劇が衰退しているが、韓国では王朝時代の時代劇、とくに王様が主人公のドラマが今も人気を博す。俳優も真のスターになるには、現代劇と時代劇の両方での評判を要するという)。
 米国は結果として賢かったと言える。産経OBの高山正之氏は週刊新潮の連載コラムで朝日新聞への批判(これには同感だが)ほどではないにしろ、よく連合国総司令官のマッカーサーを“チキン”などと見下す。だが、チキンならばこそ天皇制廃止による日本人の総一揆を恐れ天皇制を存続させ間接支配に利した。東京、神戸等焼野原にされ、広島、長崎に原爆を落されたにも拘わらず、そんな米国に国民性もあるが日本人は従順な姿勢を取り続けてきた。

   米国は大統領を州に割り当てられた数の「選挙人」が選ぶ間接選挙ではあるが、選挙人は政党の代理人と言え、直接選挙と言ってもおかしくない(独立した州の合州国・米国の全50州において比例配分すれば良いのだが、それでは州の独立性が埋もれるので、48州において得票が多い候補が総どりする方式にしている。結果として、レッドステートともブルーステートとも言えないスイングステートのたった数州の結果如何で、2016年のように総得票数ではクリントン女史がトランプ氏の得票を上回っているのに敗北してしまう)。

 韓国の直接選挙は単純に総投票数の多い方が勝つ。
 米大統領の任期は2期8年。トランプ大統領は3期目を狙っているとの意見もあるが(改憲によらない方法も検討されているとされるが)、ノーベル平和賞受賞を花道として政界を去ると思う(改憲による多選への変更は容易ではないのは2024年11月号NO.216 「オバタリアンVS リバタリアン」ご参照)。
 韓国は、大統領の任期は1期5年。それだと3年経つとレームダック化し検察が大統領サイドの不正を捜査し始め、新大統領に代わると逮捕されると言われていた。今回は前大統領は逮捕されず、現大統領が逮捕・起訴され、監獄(現刑事施設)に収監されてしまった。
 米国は保守の「共和党」とリベラルな「民主党」の二大政党制。韓国も保守派の「国民の力」と進歩派の「共に民主党」の二大政党制。そして日本人と違い、米韓とも国民の政治的民度は高く政治に対する関心が高い。
 
 本来それは民主主義の成熟として評価されるべきものであろう。しかし、その米韓において内戦の勃発が懸念されているのである。
 米国では、2021年1月、2020年バイデン氏勝利に不正があったと、Qアノンや白人至上主義者ら熱狂的なトランプ支持者が議事堂を占拠し、700名以上が逮捕されたという。

   保守の論客古谷経衡氏は、著書『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ)の中で、実行犯の多くは30代の白人男性だったという(トランプ大統領は再就任するや彼らに対して恩赦する大統領令を発布した)。
 韓国においても、米国の中間選挙のごとく2022年5月に就任した尹錫悦大統領の中間評価の意味合いがある2024年4月の国会議員選挙にて与党が惨敗した。その選挙に不正があるとする極右のyou tuberに尹大統領も洗脳されたかのように非常戒厳を宣言した。が、政治クーデーターは失敗に帰し、尹大統領は憲法裁判所の弾劾裁判の対象、内乱の首謀者の被疑者となった。
 これに対し、米国のQアノンのごとく不正選挙を信じ込んだ韓国の極右たちが暴徒となり、1月19日早朝にソウル西部地裁を襲撃した。内乱被疑者である尹大統領の拘束令状を発付した裁判官を探し出し、集団で攻撃しようと試みたとも言われる。この暴徒たちも20代、30代の男性と言われている。
 現職大統領が非常戒厳を行使して民主主義を危機にさらしても、地に堕ちた大統領や与党の支持率が回復傾向にある。

   野党の国家や国民をないがしろにした極端なやり方への反発以外にも、男性だけが兵役で貴重な20代を費やしているという不満が家父長的・権威主義的な尹大統領と共鳴し、20代男性を尹支持、弾劾反対へと走らせているという側面もあるという。
 尹大統領が内乱罪で有罪か、あるいは弾劾裁判で有罪になれば、与党を支持する若者たちの暴動が懸念されている。

   米韓において二大政党制が確立されている。その中では両党二極化が強まり、それに伴い支持者の二極化も進む。無党派層が少なくなり、両党の支持率が拮抗していくようだ。そして、政治的民度が高い両党の支持者はますます自党に忠実なり、他党への敵意を増していく。
 これが無秩序な対立になり果てることを回避する為に必要なのは、『民主主義の死に方』(新潮社)よれば、二つの規範、すなわち「相互的寛容」と「組織的自制心」だという。
 「相互的寛容」とは、対立相手は敵ではなく、権力をかけて闘い、政治を行う平等な権利をもっていることを認めるという考え。
 「組織的自制心」とは、法律の文言には違反しないものの、明らかにその精神に反することを避けようとすること(安倍政権には欠けていたように思う)。
 この2つは“民主主義のガードレール”と呼ばれるが、米国は壊れてしまっている。韓国も同じ状況にある。とくに野党が「相互的寛容」にかけ離れた態度をとっており、尹大統領を非常戒厳に走らせた要因の一つと言われている。
 内乱問題に詳しいUCサンディエゴ大学ウォルター教授は「直接選挙など部分的には民主的特徴がより多い国家の政治不安の可能性が完全な独裁より2倍、完全な民主政府より3倍高い」と結論を出したという。いわば完全な民主主義に移行できなければ、内乱も避けられないと言うのか。
 民主主義(多数決)は、元々「民度は一定」という理想を前提にしている。さらに「完全な民主主義」という理想が求められるのか。理想は実現が難しいから理想であり、理想を前提とする民主主義(多数決)はその限界を露呈したと言っても過言ではない。

 韓国は、1980年旧光州市中心に市民や学生が軍事政権対して民主化を要求し蜂起した「光州事件」、1987年大統領の直接選挙制改憲を主目的とした民主化を要求するデモが中心の「6月民主抗争」を経て、国民が民主主義を勝ち取った。
 日本は、1905年日露講和会議の内容が知らされると日本はリターンマッチに応じる余力もないボロボロの状態であることを知らされていない市民らが、政府の弱腰を非難し、集会が禁じられると「日比谷焼討事件」を勃発させた。

 これを大正デモクラシー の萌芽とする。が、帝国主義下好戦的で軍部に“加油”した大正人と敗戦に政府・軍部を煽ったことを後悔した、反戦の戦後人とは別物。ネアンデルタール人とホモサピエンスぐらいの違いがある。

 ただ、ネアンデルタール人が自然淘汰で全滅したのではなく、生存競争に負けたが一部の若い女性が生かされホモサピエンスのDNAの中に刻まれた。同じく軍部主導の全体主義の中で大正人が全滅したのではなく、一部の女性たち(平塚らいてふ、市川房枝など)は参政権を獲得すべく闘い続け、棚から牡丹餅ではなく、参政権を勝ち取ったと言えるが(戦後すぐ「GHQの指示に先じて施策する」として、婦人参政権に関する閣議決定が独自になされている)。
 けだし、日本の戦後の民主主義は国民が勝ち取ったのではなく、占領するGHQから全体主義体制を崩壊させる為に植え付けられたものだと思う。

 上述古谷氏は、日本のネット右翼は、若者ではなく、シニア層だと言い、彼らが受容してきた戦後の民主主義は彼らの中で咀嚼されることなく、「ただなんとなく、ふんわり」と受容されてきたに過ぎないから、後年になって「動画」という一撃で簡単にひっくり返ってしまったのであると言う。

 戦後の安保紛争は民主主義の為ではなく、「民主主義」の宗主国にて資本主義の米国との同盟を進める政府に対して新興の「社会主義」をもって闘ったもの。

 私が大学生の時の1970年前後のデモに参加した大部分の学生にとって大学紛争等は、新左翼のような暴力革命を目指すものではなく、知的エリートたちのブームだったに過ぎないと今から思えばそう思える。大学卒業後国家権力側に入り大成した者も少なくない(当時ノンポリだった私はヘルメットを被り棒を持って立つ同級生を見て半分馬鹿にし半分負い目を感じていた。就活が始まると長髪を止めネクタイ姿の彼を見て「何だ!? 私らと同じじゃないか」と思った(荒井由美さん作詞・作曲の『「いちご白書」をもう一度』はそんな当時を風刺した)。
 戦後80年(昭和で言えば100年)になるのに未だ芸能人が政治発言すると批判する者たちがいる。芸能人も主権在民の当事者の一人。当然政府に問題があれば意見する権利がある。河原者呼ばわりされた室町時代じゃあるまいし。批判する者たちこそ「差別発言するな!」と批判されるべき。
 全体主義体制における「お上には逆らってはいけない」が、まだその心理から抜け出せていないように見える。政府に不満があっても口には出さない、他者がそう言っても賛同しづらい。それは女性より男性の方にその傾向が強いか。
 古谷氏が言うようにGHQは日本の経済発展を急がせるため戦前の体制を完全否定できず旧体制の主導者たちを追放から出戻りさせたことも、影響していると言えるか。


 ただ、日本人は、民主主義を勝ち取ったという思いがない分政治的民度も低い。が、政治的民度の高い米韓の今の酷い状況を見ると、却ってそれが良いのかもしれない。
 日本は財閥解体や農地改革の民主化はGHQがやってくれた。韓国は民主主義を勝ち取ったが、財閥解体は出来なかった。米国と同じく貧富の差が激しい。左派と右派がにらみ合うだけではなく、激しく攻撃しあう。議会議員も、野党は大統領のやることをすべて否定するだけ(非常戒厳への引き金に)。米国においても、共和党も民主党も、相手を攻撃し批判するだけ。米韓ともに上述「相互的寛容」を見失っている。
 日本は、財閥解体がなくとも、昔から貧富格差は酷くない上、日本人は身の貧しさよりも心の貧しさを恥じる。富裕層を羨むことがあっても嫌悪し敵視することはない。聖徳太子の時代からの「和の精神」も尊ぶ。
 選挙民だけではなく、国会議員においても、現在連立与党側が少数与党に転落し野党に要求を押し付けられている状態だ。が、野党第一党の立憲民主党野田佳彦代表は、「『この野郎』とは思うが、国益のためじっと我慢」だけでは埋没するとするも、自制心を見失うことはないだろう。
 韓国と同じく米国も本来「手段」あるべき相手を攻撃することが「目的」となってしまっている。独立した州の合衆国を米国という一つの国にまとめる連邦政府の長であるトランプ大統領自身が国民を分断させる言い方をする(軍のヘリコプターと民間機の衝突を、直接原因が解明されていない中でいきなり多様性のせいにする。DEIを急ぎすぎたかと反省する民主党の議員や支持者の神経を逆なでする。背景にマイノリティに一定の枠を与え、過度の緊張を強いられる管制官に適任の人たちが管制官になれない現実があるにしても)。
 日本の政治家は、話し合いにより国家、国民に寄与することを「目的」とし、「相互的寛容」をまだ維持できている。
 
 理想を前提とする民主主義の政治が限界に来ていることを米韓の二大政党体制が示してくれている。そんな民主主義に日本は遅れていると追いつき追い越す必要があろうか。
 とくに日本は国会に女性議員が少ないと批判されるが、卑下する必要はない。日本女性の美徳である奥ゆかしい女性(リベラルから反発を受けるか)にとって、今の目立つ女性国会議員の中で、憧れる議員はいるか。強いて言えば、前外相の上川陽子氏ぐらいではないか。

 きれいごとで済まない政治の世界で正義感が強い日本女性が裏金等を平気でやれると思うか(端正な顔立ちの男前で、灘高→東大法学部→キャリア官僚にて元神戸市民の私にとっては雲の上の存在の元大臣2名は、政治家になっていなければ世間に情けない姿を晒すことはなかっただろうに)。

 世界に恥ずべきは政界のあり様であり、無理に女性議員を増やすより政治家に足る女性が国会への進出に前向きになれるよう政界を浄化することが先決だ。
 それまでは、適材適所で女性が活躍できれば、それで良いではないか。政治家でなくても、国家官僚、検察官、裁判官で活躍すれば。女性起業家、女性社長も増えてきている。

 日本はこれまで英米の二大政党制を手本とし、二大政党化を目指して、小選挙区制にも替えた。とくに小沢一郎議員が、自民党内の権力闘争に破れたこともあり自民党を離れたのち、主導的役割を果たし、紆余曲折のあと、旧民主党が創立され、二大政党制体制が実現した。
 しかし、その結果はどうか。オセロゲームのように簡単に政権交代が起こり、たまたまその時に与党の代表の者が首相となってしまう。生煮えの上素材が良くなければ、それをありがたく頂戴する国民はたまったもんではない。
 小選挙区制は、1強の自民党に有利となり、さらに一人区では世襲議員が有利となる。選挙での公認という生殺与奪権を握り、賢者でない世襲議員による長期独裁政権を可能とする。金権政治とか問題が多いと中選挙区制から替えたが、その中選挙区制より小選挙区制の方が問題が根深い。
 自民党が長期単独与党であった黄金時代では、能力と人望がある議員が派閥の長となり、派閥同士が競い合う。その中で、大企業の社長のごとく、幹事長、大蔵大臣、外務大臣等主要ポストを歴任した者(首相としての、いわば有資格者)の中から首相が選ばれる。と同時に派閥同士の牽制が民主主義のガードレールのもう一つである「組織的自制心」を維持させていた。
 立憲民主党の躍進により二大政党制が復活するかと思われたが、米韓の酷い現状を見るならば、短絡的としても噂される自民党と立憲民主党の大連立の方がよいかと思ってしまう(ゆくゆくは合同し“自立党”に)。

 そうなれば、小選挙区制も中選挙区制に変わらざるを得ない。世襲議員の優位も薄れていく。
 大連立政権構想に立憲民主党の左派が乗るか分からないが。
(次回225号は4/1アップ予定)

2025.3 臨時号 NO.223  サイパス  VS  

       サイパス
 前号で紹介した韓流ドラマ『復讐代行人~模範タクシー~ 』(シリーズ2:2023年制作)が2/4で終わった。その後同じWOWOWでイ・ジュンギ氏主演の『悪の花』(2020制作) を観ている(2/7から毎金曜日4話×3回、♯13~16は3/3月曜の計16話)。

 主人公の妻で婦警に扮する女優ムン・チェウォンさんは知らなかったので、調べてみた。なんと『悪の花』の後上記復讐代行人シリーズ2 に出演していた。最終回の最後軍服姿の主人公に敬礼するだけ(主人公は敬礼を返さず通り過ぎた)の兵士役で。シリーズの続編を意味するのかと思ったのでよく覚えている。どうやらシリーズ3で軍内部での性的暴行事件に関するキーマンとして出演するようだ。
 『悪の花』の話はサイコパスを題材にしている。私は、斉藤元彦知事に対して、昨12/20にアップした2025年1月臨時号NO.220(「ひとしVSひとり」)で私はマイルドサイコパス呼ばわりした。
 そんな私ではあるが、先日妻は(何してもきちっとできないとして)怒り任せに爺の私に向かって「発達障害!」と叫けんだ。言われた私は思わず下半身に目をやった。妻は「よくもこんな男と44年も一緒に」と言わんばかりに怒りを通り越し呆れ果てた顔を向けた。
 本ブログでも校正ミスが少なくなく自分でも自覚はしているが、「発達障害」とは聞こえが悪い。

 幼児を成長させていく上で母親がその知識を持つことは大事ではある。が、周りの母親が排除するがごとく指摘するのは良くない。母親本人は普通学級から除外されてはと我が子に必要以上に躾をしようとする。逆効果。
 動物と違い人間は複雑である。とくに幼児は長所・短所だけではなく、成長スピードも早い遅いがある。周りが枠に押し込み、軽々にレッテル貼りするのはやめた方がいい。
 
 斉藤知事は、「所変われば品変わる」を痛感し、「立場変われば人変わる」を肝に命じ、再選後言動に慎重を期しているようだ。私も反省しマイルドサイコパス呼ばわりは止めることにした。
 その上で斉藤県知事1.0の失敗を検証したいと思う。IQは高くないがSQ(社会的IQ)はもっと低い私が、IQは高いがSQは低そうな斉藤知事を。
 自治官僚の流れを汲む総務官僚は本来「おねだり」とは無縁のハズ。なぜそんなことが告発されるに至ったのか。
 私は30年前銀行を辞めて今でいう公益社団法人の職員に転身していたが、社団設立時から窓口としてお世話になった自治省のノンキャリア官僚(以下「ノンキャリ」)が異動になると聞き、餞別としてビール券を持って行った。喜ばれると思ったらこれは何だと突き返された。

 イベントでの後援名義の使用を申請に行った折、予算書の収支尻がプラスになっており、キャリア官僚(以下「キャリア」)の部長が直々それを観て、事務局長とはいえ国家公務員の資格もないノンキャリ未満ごときの私に「金儲けのために本省を利用するのか!?」と烈火のごとく雷を落とした(たった数万円なのに。転身して日が浅く、結果として黒字になろうが、赤字になろうが、予算書は収支尻を±0にすることを私は知らなかった)。
 自治省は戦後GHQにより解体された巨大官庁・内務省の本流を受け継ぎ、30年前の当時も、大蔵省、警察庁と並ぶ一流官庁と目されていた。それだけに自治官僚は志とともにプライドも高かった(「東大にあらずんば・・」も感じたが、スーパーサイヤ人としての気概を持ち、それにふさわしい仕事をするならそれもいいとも思っていた。安倍政権時代など昨今の政権に隷従、あるいは忖度する官僚とは隔世の感がある)。
 自治省は通産省や郵政省のような利権に絡むものがほぼない。現総務省での贈収賄がらみの問題は旧郵政省側。民間からの接待の機会も少ない。それを良しとしない“省風”もあったと思う。
 斉藤知事は、自治省が郵政省等と統合され2001年より総務省となった翌年の入省であるが、統合されても融合される訳ではなく(赤と青が紫になるのではなく基本赤も青もそのまま)旧自治省部分もそのままであるため、自治官僚と変わらなかったハズ。
 Wikipediaによると、2008年(平成20年)4月、新潟県佐渡市に出向し、若手キャリアとして赴任した地方都市の佐渡で「殿様扱いされることを覚え、それがターニングポイントになった」とされる。総務省内で若手ホープと見られていたかどうか分らないが、佐渡市側にとっては何にしろ30歳のキャリア官僚が来てくれたと喜び下にも置かぬ歓待ぶりをみせたのであろう。そして斉藤氏は神輿に乗るお殿様と勘違いしたのか。
 親戚との絶縁トラブルが週刊誌にて報じられたが、ある親族が人が変わったのは「官僚時代ですね、社会人になってから」という。本省時代では考えられず佐渡の出向時と見るべきではないか。
 もっとも、世の中には、奢られることが好きな人は一杯いる。奢られたくない人もいる。普段ケチだが冠婚葬祭には奮発する人もいる。軽侮されるほどの吝嗇な人もいる。たとえ吝嗇でもそれ自体罪ではない。
 斉藤知事への告発文書の7項目の中におねだり知事みたいものを入れるのは県職員側も嫉妬、妬みみたいでどうかと思った。県職員にとって、物を貰うとか立食パーティに参加する機会は極めて少ないのだろう。私がいた社団法人で立食パーティに某県の東京事務所の職員を2名を招待したことがあった。会員の中小企業の社長たちは取引先への接待も多く口も肥えており余り手を付けない中でその2名が最後までがっついていたのが印象に残った。
 卑しくも、ではなく、苟も( いやしくも)県職員たる者らが知事を告発するのにそんな項目を載せれば却って告白文書の正当性を損なうと私は思う。


 私も斉藤知事と似たような経験があった。平成元年38歳の銀行員のときに本部から住宅街にある店舗の支店長に異動する辞令が出た。その店舗は格上の店で新米の支店長では赴任しないことから、当該店のファンである顧客たちは本部から箔付けに若手エリートがやって来たと勘違いした。
 私自身は、勘違いはしないが、美しい誤解はわざわざ解く必要はないとは思っていた。それでも、普通ご祝儀に「預金してやろう」と言われれば、皆一様に「それはありがとうこざいます!」と声を張るだろう。豪速球しか投げず自他ともに支店長が務まるかと思われた私は、「いやぁ~預金など要りません。それよりお金を借りてください」と言った。
 顧客たちは不機嫌になってもおかしくないが、融資畑の私以外そんなことをいう支店長が過去いなかったことが幸いしたのであろう。「面白いことを言うな。まぁええわ、お金要らんけど、借りたるわ」と言ってくれた。要らないから貸付金とともに預金も増えた(顧客にとっては貸出利息と預金利息の差額が実質のご祝儀)。
 8か月後花の都東京(新宿)への異動辞令が出た。残された顧客はなんと思ったか知る由もなかった。というのも、支店長の評価は「営業成績」に加えて「検査結果」も重要。規定通り運営しているか、問題がないか定期的に本部が臨店しチェックする(天下の三菱で女性行員による貸金庫窃盗事件が起きたが、過去にはみずほ銀行でも。貸金庫業務を検査しても貸金庫利用客の保管内容はチェックできない。盲点をつかれた形だ。「銀行員は貸金庫の保管内容には手を付けない」との絶対的信頼が崩れたら、貸金庫サービスは存続危機に)。

   異動辞令直前当店も検査を受けた。支店事務役席の経験がない私は部下任せにして検査結果は悪かった。が、賛否あるも辞令取り消しまでには至らず逃げるかのように上京した。その後もやや波乱万丈の人生で振り返る余裕はなかった。
 新米支店長としては表向き成功したとも言えるが、一時期私は上述した社団の事務局長とコンサルタント(以下「コンサル」)との二足の草鞋を履いているとき、新米というよりド素人コンサルとしては何とか蛇に怖じずで失敗した。
 コンサルとしては、依頼主の期待に応えることはもちろんだが、末長くコンサル契約を続けてもらうことも大事。

 短期間のコンサル経験で、まず信頼関係を構築することが先決(コンサルにしろ知事しろ上に立つものは気配りが不可欠)で、提案は小出しにしていけばよいのかと理解した(棒高跳びの元王者ブブカ選手が1㎝刻みで世界新記録を出した程ではないにしろ)。
 私はサービス業の某オーナー会社の常駐顧問になった。もう一人の先輩格のベテランコンサルの人は週一にて社員と上手くやっていた。新米の私はオーナーに早く認められないといけないと思いいきなりアクセル全開にした。他の役員や社員にとって、存在自体が面白くないのに、まずやるべき、受け入れてもらう努力をしなかった。その上門外漢に上から目線で偉そうに言われれば、他の役員、社員は不愉快極まりないとなってしまう。孤立してしまった(ただ、疎外感はなかった。会議室の外に私の怒鳴り声が漏れてもいたが、女性社員達は、私を毛色が違う人物と面白がったのか、男性社員に物足りなさを感じていたのか、定期的に開いた私以外女子社員の飲み会に参加してくれていた。私がメッシーとなって)。
 

 新米県知事の斉藤氏も県民からの改革派の知事としての期待に早く応えなければと力が入りすぎたのだろう。身構えている、戦々恐々としている県職員に対して、まず信頼関係を築くことが先決なのに。
 斉藤知事には、「おねだり知事」に加えて「パワハラ知事」というありがたくない呼び名も与えられた。佐渡ではないのに殿様発言では行き過ぎもあったろうが、元々国家公務員出身の知事と地方公務員の県職員とギクシャクする素地は存在する。
 改革派知事の先駆けにて賢知事と知られる自治省出身の片山善博元鳥取県知事においても一部の声にはパワハラがあったという。本人はパワハラしたつもりはなくとも相手がそう感じればパワハラとなるのであれば。
 故郷を旅立ち国家・天下に奉仕するとの志の国家公務員と転勤もなく、地元名士に準ずる地方公務員と仕事ぶりには差があると言える(私自身も若手地方銀行員として旧三長銀の一行にトレーニー出向したときその仕事の厳しさにカルチャー・ショックを受けた)。
 私自身のことを棚に上げて言えば、地方公務員に対して正直なところよいイメージをもっていない。

 累計数県数人というところか県職員と一緒に仕事する機会が何度かあった。新しいアイデアを求めると全然出てこないが、それでいて地方公務員試験を合格しているから優秀であり新事業案に対する問題点をと言えば、すらすらと3つ、4つ問題点をすぐに挙げてくる。食えないタイプが少なくない。
 その食えないタイプの代表が、問題が表面化すると、さっさと辞任し、人前で大泣きするかと思えば別の場では打って変わって開き直る、渦中の兵庫県元副知事と言えるだろう。
 一方、国家公務員に対しては、上記社団を10年ほどで卒業し業界団体に転進した私は卒職するまで10年前後所轄官庁の厚労省に年に数回申請や報告で出入りしていた。

 窓口のノンキャリはいつ行っても口元に潰瘍が目立っていた。大変なんだと見ていた。官庁はノンキャリで支えられていると心からそう思った(ただ、国家公務員を目指すならキャリアを目指すべき。処遇が違い過ぎる。ノンキャリの、キャリア扱いで退官後“知の巨人”と呼ばれる佐藤優氏や“命のビザ”で数多のユダヤ人の命を救った故杉原千畝に憧れていても。スーパーサイヤ人としての実力があると思うなら学歴を気にせずキャリアを目指すべきだと思う)。
 斉藤知事とパワハラ知事を排除したい県職員側と既得権を守りたい県会議員側との連合軍との内紛における百条委員会の報告や第三者委員会の結論がなんであれ、斉藤知事は県民から再信任を盾に辞任することはしないであろう(県会議員側は不信任決議案等の再提出は慎重にならざるを得ないし)。
 それよりも、刑事事案が風雲急を告げてきた。PR会社の女性社長への買収疑惑について神戸地検と兵庫県警がPR会社側の関係先を2/7家宅捜索した。検察・警察は本気だと見るべきか。担当者が自殺した一昨年の阪神タイガースとオリックス・バファローズのパレードをめぐる資金の還流問題の告発状も受理されている。この他にも犯人捜しなどの公益通報者保護法違反問題もある。

 斉藤知事が“再起パス”となるか否かは、県知事の人間性とは直接関係のない、司法の判断次第ではなかろうか。

 前知事井戸敏三氏が五選ではなく四選の任期満了で退任しておれば、今回の騒動はなかったのかもしれない。
 2021年の兵庫知事選で斉藤氏に敗北した、自治官僚出身で2010年から兵庫県副知事で評判も悪くなかった金沢和夫氏が2017年の兵庫知事選に立候補していれば、すんなり当選していたのではないか。
 井戸前知事に対して私は、氏が自治省の総務部長時代直接話をしたこともないのに、勝手にあまりよい印象を抱いてなかった。数年経って兵庫県知事に当選した折井戸知事の満面の笑顔を見て、県民にはこんな顔を見せられるのか。当たり前とも言えるが、不器用な私にとっては、立場変われば(真の意味で)豹変できる、「さすがだな!」と思った。
 時に失言もあったが、知事を四期(16年)で有終の美を飾っておけばよかった。五期に入って高級車センチュリーを公用車とか言って県民からの不興を買い、晩節を穢した。そんな知事からの禅定発言により守旧派のレッテルを貼られた金沢氏を気の毒に思う。
 世界の常識、歴史家アクトンの「権力は腐敗する」について県知事の場合、過去「講釈師、見てきたような嘘をつき」ではないが、知事の時系列変化について私はこう書いた。
 「知事1.0では、権力は腐敗することを肝に命じて事にあたる。同2.0では、職員にぺこぺこされ、外からちやほやされて、一度やったら辞められないと思う。同3.0 では、問題やしがらみがありそれに対処できる知事に足るものは私以外いないと思い込む。同4.0では、お言葉ですがの「お」と聞いただけで激怒する。」
 この典型のような例が埼玉県上田清司元知事(2003.9~2019.8)だ。上田知事自らが1期目の2004年に4期以上の知事連続立候補を辞める「多選自粛条例」を自ら作っておきながら4期目に出馬し、四選を果たした。「変心」を問われ「若気の至りというか、思い上がりだった」と嘯く。
 民間ならフジテレビの日枝久相談役か。鹿内一族の独裁はよくないとクーデターを起こした。韓国朴正熙大統領は軍部クーデターで軍事政権を樹立したが、憂国の士から独裁者に変貌し最後側近に銃殺された。

 日枝氏は、「楽しくなければテレビじゃない」と日本視聴者の本質を見抜き、視聴率三冠が続く黄金期に導いたのは営利企業のトップとしては有能だが、“権力への誘惑の罠”に嵌りミイラ取りがミイラになってしまったか。

 独裁者日枝氏の末路は如何に(被害者とみられPTSDを発症した女子アナの回復してからのグラビア等に違和感を抱く人もいよう。が、その笑顔の奥に、自身が表舞台に出続けることにより事件を風化させない、絶対に直接の加害者と自社を許さないとの強い決意が私には感じられる)。

 有能だが賢者と言えない権力者の長期独裁体制の弊害の一つに、環境変化に対応できないことがある。性加害はいつの時代もアウトだが、「セクハラ」の言葉がまだ日本に認知されなかった時代から今日のようにコンプライアンスが厳しい時代に変遷する中で他社が対応してきているのに、自社の企業風土を直すことができない。

 古市憲寿氏はもうフジテレビで出れなくなってもいいからと「87歳の方が数十年にわたって権力を持ち、いまだに人事権とか影響力を持つ状況っていうのはおかしいと思う」と男気を見せた。その時は私も感心した。

 なのに、その直後古市氏は姑息に記事訂正したと批判された、令和の“縁切寺ならぬ復讐寺”と言える週刊文春に対して、“廃刊” との極論を言い放った(社会学者を名乗るなら、「今は縁切寺がないように早く復讐寺が不要な社会に」とか言うところでは)。この過剰反応は何故か。

 単なる性格の問題との見方が多いが、私はやはり逆鱗に触れたのかと思った。万座の前で公開謝罪させられる中国の反体制派の人民を想起した(「日枝出てこい!」と言った太田光氏は放送休止に。「太田引っ込んでろ!」とお仕置きか)。


 話を本筋に戻すと、県知事が3期(12年)ともなると遅くとも権力の腐敗の萌芽が見られると思うが、新年1月山形県知事の現職の吉村美栄子氏が五選を果たしたように、多選制限のない県知事の場合五選は珍しくない。
 ただ、吉村山形県知事の場合、実質信任投票であり、ネット民から「山形県知事選挙で無所属で現職の吉村氏が5回目の当選を確実にした。無投票での5選が濃厚となる中告示2週間前に金山氏84歳が出馬して選挙になった。投票率が約20%強とは低すぎて選挙に無関心過ぎて驚きである。吉村氏は5期目という事だが何か手を打たないとますます過疎化が進みそうである。」 と言われてしまっている。
 神奈川県知事として四期目の黒岩祐治氏も2027年の県知事選には72歳になるが五選を目指して出馬するのであろうか。
 黒岩知事は政治経験がなく知事に立候補して当選した。首相の選出は、間接選挙で国会議員の中から選ばれる。県知事は海外の大統領のごとく直接選挙で政治経験を問わない。
 黒岩知事は2009年フジテレビを退社し、大学教授に転身。その2年後の2011年に初出馬し、当選を果たしている。
 黒岩知事は、私と同じ神戸出身であるが、何と灘中・灘高を卒業している。私がいた銀行でも灘中・灘高卒業の行員が数名いた。その内の一人が地元大学の先輩だったが、「小学生の時は自他ともに天才だと思っていたが、灘中に入って上には上がいると思い知らされた」と言っていた。東大に行った人は挫折感を抱かないかも知れないが、大半が挫折感を味わうのか。若いうちに挫折感を味わうのはその後の人生にとって却ってよいのかも知れないが。
 確かにその先輩は頭が良かった。黒岩知事もさぞかし地頭がよいハズ。それでこそキャスターとして政界に詳しいとはいえ実務経験もないのに知事職をこなせたのであろう。
 賢者ならばこそ、地元既得権者からの続投要請があろうが、後進に道を譲り、晩節を穢すことがないようにしてもらいたい(ホリエモンこと堀江貴文氏と元フジTVアナ長谷川豊氏との対談you tubeで黒岩氏の性格?も触れられていた)。
 同じ神戸生まれだけの先輩でしかない私からであり、大きなお世話でしかないが。
 
 海外では政治家経験のない大統領が直接選挙で選ばれ、問題を露呈している。トランプ1.0の折、まさか本当に当選すると思わず? 当惑していたのでは。共和党の重鎮からも協力が得られなかった(戦争がなかったことは大きな成果だが)。

 ウクライナでは、コメディアンから大統領となったゼレンスキー大統領が素人の哀しさで支持率を急落させ乾坤一擲戦争に舵を切って多くの国民が犠牲になっている。

 韓国では検事から大統領になったユン大統領が非常戒厳による政治クーデーターに失敗したが、大統領が何と逮捕・起訴され、政界も司法もカオス状態。
 日本の県知事の場合も大統領制とよく似ているが、たとえ政治家経験がなく混乱が生じても、混乱自体は県政というコップの中の嵐に過ぎない。今般の兵庫県政での混乱を見ても分るように。(お膝元で巨大な東京都は別として)日本国を揺るがすことにはならない(SNSと選挙の関わり、二馬力選挙について問題提起しているも)。また、間接選挙に変えて県会議員の中から県知事を選出するのもよいとも思えない。現行のまま直接選挙で良いのではないか。

 

 そうした中、村上総務大臣が、私見としながらも、「人口半減なら『県庁全部いらない』」と爆弾発言。泉房穂前明石市長も賛同した。

  台湾有事のSF小説には、中国の人民解放軍が日本に上陸した際県が抵抗せず勝手に白旗を上げる場面がある。安全保障の面からは、総務省が県を監督し、県が市町村を統括する体制が必要なのでは。県数を統廃合して減らすとしても。
 ともあれ、県知事の任期に関して、独立した州の合衆国である米国では、州によって違うが、多選を制限している州もある。大統領と同じ2期8年が多いか。
 県政のマンネリ化、地元既得権者との癒着だけではなく、上述山形県のように県内経済の活性化や県民に喝!を入れる意味でも、県知事の任期を制限すべきではないか。
 日本も一律2期8年とすれば。1期以上跨いでの返り咲きも認め、通算4期16年を限度にすればと思うのだが。
  (次回224号は3/10アップ予定)  

2025.3 NO.222 んりゅう VS   んりゅう
   2025年の新年も相変わらず韓流ドラマを観ている。とくに気に入ったのが、WOWOWにて表向き模範タクシーの従業員が法で裁けない悪に対し制裁(殺さず檻に監禁)を下す 『復讐代行人~模範タクシー~』(シリーズ1、2)。ツッコミどころ満載だが、ユーモアもあって面白い。
 日本人の爺の私からすると故藤田まこと扮する中村主水を主人公とする『新必殺仕事人』シリーズに似ている。必殺シリーズが韓国に渡り、インスパイアされて逆に日本に還流されて日本の韓流ドラマファンが今熱中していると言えるか。
 スーパーマン過ぎる主人公のドキを演じるイ・ジェフン氏を初めて知った。当初主人公と対立する正義感溢れるカン・ハナ女性検事(原作であるウェブ漫画にはいない、ドラマのオリジナルキャラクター)の女優にはどこかで見た気がするが、思い出せなかった。そして調べた。
 2023年5月臨時号 NO.190 (「アナ・デ・アルマス VS アナ・デ・アリマス)にてこう書いてある。「『愛のタリオ』にて『私の頭の中の消しゴム』でヒロインのソン・イエジンさんの相手役を務めたチョン・ウソン(187㎝)さんが尻丸出しで裸の女優と絡む。 」

   スター俳優がポルノ男優の役割を担わなくてもと思うが、それをしないと韓国ではトップスターとは認められないのかとの疑問を投げかけたのだが、この裸の女優というのがイ・ソムさんだった。2023年にWOWOWにて観たときは関心がなく調べようとしなかった。映画が2014年制作なので当時24歳か。10年経ち素敵な大人の女優になられたと思う。
 シリーズ1の最終回の最後模範タクシーのメンバーが解散後1年経って再集結するときカン・ハナ検事も現れた。当然シリーズ2に登場すると思われたが、出演していない(シリーズ2の初回冒頭無理のある設定で画面に登場しないカン・ハナ検事に別れを告げている)。韓国でも残念がられた。他作品とのスケジュール調整が上手くいかなかったのであろうか。
 新年早々劇場で観た映画が『ビーキーパー』。偶然だろうが、上記ドラマの内容とよく似ていた。ジェイソン・ステイサム氏扮する、上記ドラマ主人公よりさらに超人的なアダム・クレイは、元秘密組織「ビーキーパー」の工作員で、現在は養蜂家として孤独だが静かに暮らしていた。唯一優しく接してくれた隣人の老婆がフィッシング詐欺により自殺した。老婆の娘はヴェローナ・パーカー FBI捜査官で、事件の真相を追う中で、復讐に荒れ狂うアダムと関わっていく。 

   我々庶民は、日常生活を営む上で法で守られている。一方で法の壁により犯罪者たちが罰せられない場合がある。それに歯ぎしりするのは、被害者だけではなく、正義感に燃える警察官や検察官も同じである。そこに復讐代行人や必殺仕事人が介在する余地が生まれる。
 2005年12月公開の洋画『ミュンヘン』では、イスラエルのモサド(諜報特務庁)の暗殺チームが復讐を遂げることが描かれている。1972年9月ミュンヘン五輪でパレスチナの過激派組織「黒い九月」のメンバー8名がイスラエルに収監されているパレスチナ人テロリストの解放を目的に、イスラエル選手団宿舎に武装して侵入する。抵抗した選手ら2人を殺害し、残る9人を人質に取ったが、西ドイツ警察との銃撃戦により人質9人全員も死亡してしまう最悪の結果に終わる。

 イスラエルは激怒し、実在とされる暗殺チームはイスラエル政府とは無関係との形で、復讐によりターゲットを次々に暗殺していく。
 映画の中では暗殺のターゲットの居場所を売るフランスの情報屋のトップに(暗殺チームリーダーの)主人公がその根城に行くが、行きも帰りも車の中で目隠しされるという裏社会が描かれている。
 なお、本映画の主人公にあたる実在の人物の証言に対してモサドの元高官らは否定しているという。
 日本でも、かつて警察の枠組みを超えた仕事人組織があると本に書いた警察OBがいた。TVにも登場していたが、言ってはいけないことを言ったのか、あらぬ法螺を吹くなと咎められたのか、いつの間にか表舞台から消えていた。 
   日本にはそんな組織はないのかと思ったが、よくよく考えると、週刊文春(以下「文春」)がその役割を果たしているのではないか。江戸時代縁切寺があった。不退転の決意をもって夫との離縁を成就するために妻が駆け込んだ寺だが、文春は令和の縁切寺ならぬ復讐寺ではないかと思うようになった。文春自体に、「社会的正義」の思いがあるのか、単に週刊誌が売れればよいと思っているのか、分らないが。
 必殺仕事人やビーキーパーは暗殺する。シリーズ1の復讐代行人は悪人を殺さず隔離する。いずれも不法行為。文春はこんな被害を受けたと訴える女性がいますよと自身の週刊誌に載せるだけ。社会的制裁をするとすれば、それは世論。
 『ビーキーパー』では、女性FBI捜査官が、主人公に「あなたのことは信じるが、法は守らなければ」と主人公に言うが、主人公は「法が役に立たないなら、俺の番だ」と答えている(最後復讐を成就し去る主人公の背に女性FBI捜査官は銃を向けるが、撃たず、逃がした。上記ドラマのカン・ハナ検事の態度と似ている)。
 上席の検事から性的加害を受け裁判に訴えた女性検事でも号泣する事態に。一般女性ならなおさらに裁判へのハードルは高い。今後は泣き寝入りする被害女性たちも「裁判が無理なら、文春の番だ」と言うのかもしれない。
 (事実無根と文春を提訴したが取り下げた)松本人志氏、(警察沙汰を恐れてか?トラブルを認め芸能界を引退した)中居正広氏の事案が“二罰百戒”となり、女性に対する“豹変”は容易だとしても、してしまえば、真の意味の「君子豹変す」(過ちを速やかに改め、鮮やかに名誉を一新する)は難しいと悟る。芸能人が「君子危うきに近寄らず」となる。TV局における“性上納文化”と疑われるような悪しき慣習がなくなる。

 そのように改善されていくならば、賛否両論ある文春の報道姿勢も意味があると言えるか(誤報に対する文春の訂正姿勢をメディアが目の敵とばかりに批判するのはそれ自体問題ないが、被害を社に訴えた女子社員よりも、中居氏を守ろうとしたのか、そういう企業文化があるのかとの疑惑の核心には影響を与えない。スポンサー側のCM中止にも変化はない)。

 渦中のフジテレビでは、大企業の75社以上がフジテレビでのCMを中止。『疑わしくは罰せず』は「法曹界」での話。「経済界」には通用しない。TV局とは思えない社長記者会見で批判を浴び、会長、社長だけが辞任(副会長も意向表明)。まだ日枝久相談役は老醜を晒すのか。

 日枝氏は2005年ライブドアによるフジテレビ買収騒動で自らの手で騒動を切り抜けたときに引退すべきであった。歴史家アクトンは「絶対権力者となれば絶対腐敗する」と看破している。その通りになった。

 日枝氏はこの期に及んでも自ら『私が全責任を負い窮地に立つ社と社員を守る』と言わない。

 それが賢者でない確たる証。「賢者の経営者は早く後進に道を譲ろうとし、賢者でない経営者は長くその座に居座り続け社を傾城させる」好事例として歴史に刻まれよう。
 
 罪に問われるようなことをなした者はどんな形であれ制裁を受けるべきだとしても、無実の人が誤って制裁されることはあってはならない。

 ドラマの中で何度か女検事カン・ハナは「私たちはたった一人も悔しい罪人を作らないようにするだけ。たとえ100人の犯罪者を逃すことがあっても」と言っている。

 「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」は世界共通。冤罪を防ぐため。
 「紀州のドン・ファン」と呼ばれた故野崎幸助(享年77)が2018年5月急性覚醒剤中毒で急死した。この死を巡り覚醒剤取締法違反と殺人の罪に問われた当時の妻、須藤早貴被告人に対して和歌山地裁は昨12月12日無罪を言い渡した。 
 検察の有罪とする前提は、須藤被告人の覚せい剤購入と覚せい剤よる殺人の2点であるが、覚せい剤の購入については、証人の一人が須藤被告人に氷砂糖を売ったと証言した(覚せい剤と氷砂糖は結晶が似ているという。野崎に依頼されたという須藤被告人の「購入して渡したが効かないからと野崎にもう頼まないと言われた」との証言にも符号する)。須藤被告人の覚せい剤購入を確実とする線が崩れた。
   覚せい剤での殺人の方は、女性証人が野崎さんが亡くなる約20日前までに、“覚醒剤やってるで、へへへ”と電話で告げられた一件を明かした。彼女が“頭おかしいんじゃないの”と応じると、“やってるで”と言われて電話を切られたという。

 事件だけではなく事故の可能性が出て来た(亡くなる前の野崎はTVで見る限り性豪とは思えないが、それが彼の生きがいとするなら精力剤等が効かなくなれば公序良俗に厳格でないと見られる彼の覚せい剤使用の可能性はなしとは言えない)。
 氷砂糖の証人は弁護人側ではなく検察側の証人。野崎の覚せい剤使用についての女性証言も検察側からの証人 。

 2度も検察側が決定的なオウンゴールすることは考えられるのか(サッカーでも少ないのに)。解せぬ。注目される裁判ならとくに証人の採用とその発言内容については上席検事の了解もとりつけているだろうに。
 『紀州のドン・ファン事件』で検索すると、Wikipedia に冤罪の可能性が指摘されている。「逮捕の10日ほど前から和歌山県警の捜査官が都内に入り内偵を進めていたことが新聞社に漏洩し、早刷りの週刊新潮を読んだ捜査関係者が焦って逮捕に至ったという。」「和歌山県警の後手後手な対応に、容疑者の冤罪を懸念する記者は多かった」と書かれている。
 医師も追いつめられるまでは誤診と認めない。検察も注目事件で今更誤認逮捕とは言えまい。裁判員裁判で無罪になるよう誘導したということは検察には絶対にありえないことなのか。無罪判決の後控訴したが、それは形だけで終わるのではと言えば、私は妄誕無稽と嗤われてしまうのか。

 それほど検察の動きは不自然と思うのだが。
  
 ひと昔前なら、拷問などにより自白を強要したり、「取り調べから逃れたいのならとりあえず供述調書にサインしろ。あとで裁判で否認すればどうか」と誘うのか(それを日産ゴーン会長事件でゴーン被告人に特捜部出身の顧問弁護士が同じことを言って、解任されたという)。
 そんな取り調べであれば、須藤被告人も無実だとしても苦し紛れに「私がやりました」と供述したかもしれない。

 今は自白の強要はできないし(そうであれば弁護士の同席を認めるべき)、取り調べの可視化もある(韓流ドラマでは録音・録画を止めて暴力を振るっているが)。
 須藤被告人の置かれた立場であれば、検察・警察だけではなく世間も色眼鏡で見がちである。彼女は言葉使いなど品はないが、見かけよりもずっとしっかりしているのかも。検察はあてが外れたのかもしれない。
 
 自白しなけれ長期間に亘って身体拘束されるという日本の伝統的な刑事司法のあり方は、日産ゴーン被告人からも逃亡先から「被告人の身体を人質にして有罪判決を獲得しようとするものだとして、その「人質司法」が告発され、海外のメディアからその後進性を批判されている(東京五輪組織委員会元理事への贈賄罪に問われ逮捕起訴されたKADOKAWA前会長の角川歴彦被告人は、否認することで身柄拘束が長引く「人質司法」で苦痛を受けたとして、国を相手どり2億2,000万円の賠償を求めた民事訴訟を起こしている)。 
 「自白中心主義」が否定される中では捜査能力が大幅に向上するまでは、間接証拠の積み重ねによる有罪認定に頼らざるを得ないのかもしれない。
 野崎事件では、須藤被告人が野崎に覚せい剤を飲ませた確たる証拠(契約上の妻でしかない須藤被告人が如何にして苦い?覚せい剤を飲ませたか)は検察が明示できていない。弁護人側から「薄い灰色はいくら塗り重ねても黒にはならない 」と反論された。
 間接証拠による事実認定を巡っては、最高裁が平成22年に示した「被告が犯人でないとしたならば合理的に説明がつかない事実関係が必要」というのは、今後冤罪が生まれやすいことの危惧からか。
 野崎事件の裁判員裁判の1審は 被告が犯人でないとしたならば合理的に説明がつかない事実関係があるとは言えないとして無罪判決が出された(別の男性から現金約2980万円をだまし取った詐欺事件で懲役3年6月の実刑判決が確定しているが、野崎からの遺産相続への支障とはならない)。
 一方、須藤被告人が逮捕された同時期2021年長野県塩尻市で妻を殺害したとして殺人の罪に問われた50歳の元県議会議員に対し、長野地方裁判所は「不倫関係にあった女性と交際を続けたいという思いを募らせたすえの身勝手で冷酷かつ凶悪な犯行だ」などと指摘し、有罪とした。検察は、防犯カメラに写った車の特徴などから元県議が滞在していた長野市から車で移動して妻を殺害したとした上で、被告以外に犯人はいないと主張し、懲役20年を求刑していた。
 12月23日の判決で、長野地裁の裁判長は「防犯カメラの映像は、被告が車で議員会館を出発し戻った際の状況だ。複数の状況証拠から被告を犯人とすることに合理的な疑いはない」と指摘し検察の主張に沿う懲役19年を言い渡した。 これに対しTV番組のコメンテーターの女性弁護士が疑問を呈していた。
 被告人が黙秘権を行使し、検察も決めてとなる証拠があげられず、状況証拠など間接証拠だけでは、完全犯罪も冤罪も、生まれ易くなるか。検事の言い分を追従するような訳にはいかない。より裁判官の判断が重大となる。

 戦前の検察と裁判所の関係については、福岡県弁護士会が中田直人氏の『国民のための刑事法学』を紹介し、「日本では、検事のほうが裁判官よりも実質的な地位は高かった。裁判官の人事権を握っているのは司法省である。だから、裁判官から検事になって司法省に役人として勤めるほうが出世は早かった。司法大臣の中には検事総長出身者がたくさんいた。しかし、裁判官出身者は一人もいない。裁判官は検察官出身者によって握られていた。」と述べている。
 戦後においても、Wikipediaの『検察庁』によれば、「日本の刑事司法では、全裁判所における令状請求の却下率は、1968年から1990年代後半までの推移は、逮捕状で0.20%から0.04%、勾留請求で4.57%から0.26%まで減少している。裁判所がきちんとチェックすると、拘留請求の却下は10%ぐらいはあるため、1990年以降の却下率の低さは異常であり、裁判所が検察の令状請求にノーチェックで応じていると言われてもしょうがないと言われている。検事を疑わない裁判官が存在することや、検察官の追認役ではないかという批判もある 」と書かれている。
 「判検交流」もあった。一定期間について裁判官が検察官になったり、検察官が裁判官になったりする人事交流制度であり、「誤解を生むような制度は続けるべきではない」との判断から、刑事裁判の部門における判検交流ついては、2012年度から廃止されている。
 『検証 検察庁の近現代史』(光文社新書)の中で著者の倉山満氏は、「刑事裁判で裁かれるのは、被告人ではない。検察官だ」と断言する。
 被告人を有罪とする検察側の主張に問題はないか判断するのが裁判長の役目。なのに日本の司法では裁判官と検察官との立場があたかも逆転していると思えるのはなぜか。
 戦前の国家に盾突く者は反逆者とする全体主義体制ではその方が都合がよかったのでは。終戦後GHQは世界を牛耳る米英(特に米国)に二度と歯向かわないようにその全体主義体制を崩壊させた。軍の解散・徴兵制廃止による非軍事化と巨大官庁内務省を解体し特高警察を廃し、財閥解体、農地改革など民主化を進めた。なのに検察の民主化は手を付けなかったのか、「自白中心主義」「人質司法」は黙認されたのか。
 GHQ、ひいては米国が日本を直接ではなく間接支配するために、政治家(自民党議員)と検察を利用した。検察を支配下に置いた(故田中角栄の失脚を見ても)ので却って捜査手法等についてはあえて干渉しなかったのでは。というのが、的外れかも知れないがド素人の私の見立てである。

 しかし、検察官だけが有罪にできると自信のある事件を起訴に持ち込み(起訴独占主義)、起訴された事件の99.9%が有罪となる日本の刑事裁判の現状において、最近裁判官は検事の主張に対して以前より追従しなくなった。検察官のやることに間違いはないとの態度は取らなくなった。

 そう見えるのは、本来あるべき検察<裁判所との関係につながるのでは喜ばしいことである。
 冤罪・袴田事件における再審において、2024年9月26日 静岡地裁は袴田巌被告人に無罪判決を言い渡し、10月9日に検察官が上訴権を放棄したことにより、同日無罪判決が確定した(1966年8月18日に誤認逮捕されてから約58年)。検察側の証拠に捏造があると認定した。  
 最高裁で死刑判決が確定したのが1980年11月19日。なのに約44年も死刑執行されていない。早い段階から冤罪が疑われていたのであろう。

 なぜ再審開始にこんなに時間がかかるのか(再審請求には『新しい証拠』が必要だが、証拠のほとんどは捜査機関の検察が持っているという。なぜそれを弁護団に開示させる法律がないのか。裁判所が再審を認めても、なぜ検察に「抗告」というその取り消しを求める手段が与えられているのか)。
 検察官も先輩の誤りを論うことを避けたい。裁判官も同じ。名もなき一庶民の命はちっぽけな面子や自己保身より小さいのか。難関の司法試験を目指した志は、一体何なのか。「正義」なのか、国家権力側に立つという「野心」なのか。
 畝本検事総長は、上記検察の上訴権を放棄し、無罪が確定した際の談話において、裁判官が検察の捏造を認定したことに異議を唱えたことに失望した。初めての女性検事総長であり、男性より女性の方がより正義感が強いと思う私は期待していた。二度と裁判官に検察が捏造したと言われるようなことは絶対起こさせないと言って欲しかった。
 普通の大人ならば、私大出の女性検事がいかに優れていようと時機を得たとしても東大出の定席のような検事総長の座に上り詰めるのであれば、組織の意向に忠実であり続けなければと直ぐに分る。私は爺になってもガキのままで大人になり切れないでいる。
 1/7付け週プレNEWSでの『なぜ「袴田事件」のような冤罪はつくられ続くのか?  “冤罪弁護士”の著者がその理由を解き明かす!』にて、裁判官出身の西愛礼弁護士は こう言う。

 「日本の司法の中には一種の『無謬性神話』というか『自分たちに与えられた国家権力は国民の信頼に支えられている以上、絶対に間違ってはならない』という意識があって、それが“冤罪という過ちから学ぶ”という反省と学びにつながることを妨げている面もあるように感じます。」 

 とっくに国民は検察の『無謬性神話』など信じてはいないだろうに。

 私は30年前まで20年間ほど銀行員をしていた。当時は銀行員も悪いことをしないとの風評がまだあったと思う。

 今や銀行員が人を殺める時代。今もあろうことか女性営業課長が貸金庫で顧客が預けた多額の金品を盗む事件が起きている。最も信頼度が高いとみられる銀行での一大不祥事であり愕然とする。銀行業界での貸金庫サービスの存続危機を招いたが、頭取の他人事のような謝罪会見は何なのだ。リーディングバンクとしての自覚や責任感は如何に(それがたった3ヶ月の報酬30%減額なのか)。

 女性行員の多額の不祥事の場合愛人に貢ぐ場合が少なくないが、今回既婚で私的なFX投資等の失敗への補填だという。

 男子営業行員の場合は金額は大きくないが仕事上のトラブルが多い(顧客に非がなく損害を被れば銀行が補填する。どこの銀行も同じ)。銀行で組合の専従をしていた当時、私のいた銀行に限ってみれば、その不祥事に学歴コンプレックスが関係しているのかとの疑問を人事部も組合も抱いていた。

 かくいう私自身も長い職業人生の中でみれば学歴コンプレックスを感じたこともあった。

 学歴コンプレックス自体は悪いことではない。コンプレックスは人を成長させる動機付けにもなる。ハンデがあると思えばこそ人一倍努力し仕事以外の勉強もして大成している者も少なくない(大谷翔平選手がMLBの顔となっているのは、野球でのずば抜けた実績だけではなく、漫画から難しい書籍まで幅広く読み、知性・教養・人間性を磨いているから。無論大谷選手には学歴コンプレックスなど無縁だが)。

 学歴コンプレックスに問題があるとすれば、モラルの問題ではなく、強迫観念にかられるがごとくやり過ぎることだ。

 一度名を上げるとその名声を維持しようと無理に無理を重ね、挙句の果て越えてはいけない一線を越えてしまう。

 そんな私は、偏見と批判されるかも知れないが、検察官においても学歴コンプレックスがあると思ってしまう。銀行員と違い、検察官は皆難関の司法試験に合格したエリートばかり。検事総長が東大出の検察官でほぼ占められてきたのなら、地方の国立大出の検察官にあってもコンプレックスがあって不思議ではないと思ってしまう。
 その中で、特捜なら、国策捜査なら、何をしてもよいというような「検察の強さ」をはき違えたような捜査手法をとる検察官が検事総長へのラインに乗っているように見える。

 法治国家と言えぬ韓国なら許されても、そんな検察官がトップになってよいハズがない。「検察の良識」を信じたい。
(次回223号は2/20アップ予定)

2025.2  NO.221 リディア・―  VS 

     リディア・
 リディア・タ―。映画『TAR/ター』で名女優ケイト・ブランシェットさんが扮する天才女性指揮者で架空の人物。リディア・コー(高寶璟、コ・ボギョン)は実在する天才女子プロゴルファー。
 リディア選手は、過去2年間の優勝者のみで争われるLPGA(米国女子ツアー)の昨年度の初戦『ヒルトン・グランドバケーションズ トーナメント・オブ・チャンピオンズ』(2024/1/18~1/21 )で優勝を飾る。さらに8月にはメジャー・全英女子オープン(8/22~25)を制する(メジャー3勝)。余勢を駆って9月も『クロ―ガー・クイーンシティ選手権』(9/19~22)に勝利する。
 これらの優勝の前にはパリ五輪 (8/7~10)があり、金メダルに輝いた。リオデジャネイロ五輪の銀メダル、東京五輪で銅メダルと3種の全メダルを持つ唯一のゴルファーとなった。さらにこれにより条件である27ポイントをクリアしてLPGA殿堂入りを果たした。
 2022年末の結婚により韓国財閥・現代グループ一族の一員となったリディア選手には引退の噂がささやかれたが、今4月28歳になる本人は否定。ただ、誰しも念願とする全米女子オープンを初優勝するか、あるいは全米女子プロも制覇し生涯5大メジャー・グランドスラマーになれば今季にも引退するのではないか。おそらく30歳までには引退するのではなかろうか(ファンから大きなお世話と言われるか)。 
 世界ランク1位の現女王ネリー・コルダ選手も凄かった。 2戦目に勝ったネリー選手は6、7戦目も勝ち、世界ランク1位に返り咲いている。さらに、4月初めのマッチープレーでも勝ち、余勢を駆ってメジャー初戦も制し出場試合5連続優勝を成し遂げた。さらに5/16~19のみずほアメリカズ・オープンにも勝ち、5月末までで6勝を数えた。
 ところが、「好事魔多し」というか、大本命で迎えた5/30~の世界最高峰全米女子オープンでまさか初日の12番(パー3)で3度もクリークに入れ予選落ちしてしまった。 
 6月以降は、予選落ちが続いたり、犬に嚙まれたり、首痛もあり欠場も多く、優勝から遠ざかっていたが、それでも11月にも7勝目をあげ、ポイントで争うロレックス・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー(年間最優秀選手)に輝いている。 
 世界ランク1位の座を通算163週(史上最長)も記録した韓国コ・ジンヨン選手は、その憎らしい程の強さは影を潜めている。逆にラウンド中に笑顔が増えた気がする。
 2023年は1勝(通算15勝)しているが、昨季優勝はない。今年の7月に30歳を迎える。女子プゴルファーは30歳と35歳に壁が来ると言われているが、まだメジャーは2勝しかなく、最高峰の全米女子オープンを制するまではまだまだ引退は考えないと思うが。

 本ブログ2024年7月臨時号NO.211(「アッタヤVSアッタラ」)で新世紀世代と呼ばれる21世紀(2001年~)生まれの中での推しの3名を挙げた。
 その推し1番手である笹生優花選手が3年振りに世界最高峰全米女子オープン(以下「全米女子」)を再度制覇した。
 2021年に史上最年少19歳11ヶ月17日(2008年優勝した朴仁妃選手と同じ) で優勝した後は、メジャーでなくていいから何とか早くもう1勝をと書いてきた。
 全米女子チャンピオンの先輩、2019年優勝のイ・ジョンウン6選手は2021年メジャー・エビアン選手権で2日目10アンダーを叩き出し最終日2位に5打差をつけ最終日を迎えたが、当日7アンダーで猛追してきたミンジー・リー選手に追いつかれプレーオフで敗れてしまった(なかなかメジャーに勝てなかったが、初めてメジャーに優勝したミンジー選手は翌年の全米女子にも優勝した)。イジョンウン6選手が制しておれば今の状態はなかっただろうに。前々季より絶不調であり、前季もシード外122位まで落ちている。
 その翌2020年度(新型コロナ禍12月開催)優勝のキム・アリム選手も全米女子を制した後4年も優勝出来なかった(昨11月ハワイのロッテ選手権でようやく2勝目をあげた)。
 笹生選手は勝ち味が遅くポンポンと連続して優勝するタイプではないと見ていた。あまり長く勝てないと全米女子チャンピオンの肩書が重荷になり、あれこれと思い悩む。そうなる前にもう1勝を思っていた。が、3年間も勝てなかった。
 笹生選手は、飛距離と深いラフももろともしないパワーがとくにすぐれており、全米女子の舞台は向いているとは思ったが、昨季優勝できるとは想像していなかった。
 3日目17番のグリーン横のバンカー越えラフからのロブショット、最終日16番のパー4のミドルでワンオンさせたティーショットなど解説の岡本綾子さんが称賛するほどプレーが神懸かっていた。
 22歳11カ月13日での全米女子2勝目も史上最年少。アニカ・ソレンタム選手が2006年に3勝目を挙げて以来3勝した選手はいない(最多の4勝は1950、60年代の故ベッツィ・ロールズと故ミッキー・ライトの2人)。
 今季はペンシルベニア州にあるエリンヒルズGCが舞台。2017年に男子の全米オープンが開催されており、当時の佐藤信夫プロによるコース攻略ガイドによれば、平坦でフェアウエイが広く、さえぎる物がなく風が吹くと紹介している。池がらみのホールも少なく、エビアン選手権を初め苦手とする山岳コースではなくリンクスコースに似ているので、笹生選手に向いていると思う。
 全米女子2勝の笹生選手は世界ゴルフ殿堂の候補対象の資格を既に得ており、40歳以上か引退後5年経過すれば選考委員会の投票で75%以上の支持があれば殿堂入りする(上述LPGA独自の殿堂入りはポイント制)。3度目の全米女子優勝なら、日本人女子としては樋口久子さん、岡本綾子さんに続いて、レジェンドの仲間入りは確実となろう。
 ただ、安定感がない。笹生選手は22試合出場してトップ10は優勝も含めて3試合でしかない。賞金ランクは2,867,618 ドルで4位ながら、全米女子優勝賞金2,400.000ドルを除くと467,618 ドルしかなく、かりに全米女子を予選落ちしていたら同ランクは76位(80位までがシード権内)あたりまで落ちてしまう。
 新世紀世代の長女に当たると言えるが、生涯獲得賞金(56位6,981,274 ドル)で三女にあたるタイのティティクル選手(27位9,791,070 ドル)に抜かれてしまった。
 パリ五輪でもふるわず、不貞腐れた?態度が視聴者から批判されている。幸か不幸か、その現場を私は観ていない。笹生選手や後述ティティクル選手ら好きな選手たちが振るわず、舞台のゴルフ場も好みでないことから、ほとんどTVを観ていなかった。
 前回フィリピン代表で出場したが、今回日本国籍を取得し日本代表として出場し、笹生選手はハーフの代表選手として期するものが大きかったのでは。意気込みとは裏腹に自らの不甲斐なさへの怒りがそうさせたのではないか。元々安定性が低いのでスコアを乱すことは珍しくない。自身の為ならそんな態度をとることはないのでは。

 身贔屓と言われるかもしれないが、情状酌量の余地を認めてあげればと思う。今季は全米女子の連覇とともにベスト10以内の試合が増えることを期待したい。
 推しの2番手はタイのティティクル選手。異例の前季途中から登録名のファースト・ネームを本名の「アッタヤ」から愛称の「ジーノ」に変更している。故障明けからの心機一転か分らないが、功を奏したとも言える。
   前季ジーノ・ティティクル選手(以下「ジーノ選手」)は開幕から8試合出場していない。その間何の情報も上がらず心配した。左手親指の腱の痛みが原因であった。4/18~のメジャー・シェブロン選手権から復帰し、優勝争いした。が、さすがに故障明けでいきなりメジャー優勝は厳しかったか。
 しかし、6月末のペア戦・ダウ選手権に大の仲良しで一歳上の中国イン・ルオニン選手と組み、優勝した。さらに最終戦(11/21~24)に勝ち女子ゴルフ史上最高額の賞金400万ドルと“レース・トゥ・CMEグローブ・チャンピオン”(年間女王)の称号を得た(最終日午前3時半に起きWOWOWで観ると11番で1打負けていた。16番で2打差になりエンジェル・イン選手の勝ちだと思い観るのを止めまた寝ようと思った。が、前日17番でのイーグルを思い出し思い直して観てると何とまたイーグル。追いつかれたエンジェル選手は動揺し短いバーディパットを外す。息を吹き替えしたジーノ選手は同スコアで迎えた最終18番もピン近くに乗せ前日と同じくバーディ。最終の2ホールで大逆転勝利。お祝いのシャンパンがけには古江彩佳選手も参加していた)。世界ランクは4位に。
 年間獲得賞金は605万9309ドル(約9億9百万円)。2007年に達成したロレーナ・オチョア(メキシコ)の436万4994ドルの記録を大幅に塗りかえた(弱冠21歳にてLPGAのトーナメントのプレーだけで生涯獲得賞金は約10百万ドル・15億円)。
 なお、最終戦の前に決まる、チャレンジングで戦略的、かつリスクを伴うホールでいかに好スコアを積み上げたかを競う『AONリスクリワード・チャレンジ』でもトップ(-0.900)で賞金100万ドル(約1億5000万円)も手にしている。1週間で500百万ドル(7億5千万円)の荒稼ぎ。さらに、12/13~15の男子PGAツアー・男女ペア戦のグラントソントン招待にて韓国トム・キム選手との組で2位となり、ジーノ選手は28万ドル(42百万円)をゲットした。
 メジャー大会の優勝はまだないが、笹生選手とは対照的に安定感から言えば女子プロの中でNO.1。初日出遅れても最終日にはベスト10入りする。ベスト10の試合回数は、ルーキー・オブ・イアーに輝いた2022年は16回、2023年も13回で共にトップ。2024年は開幕から8試合の欠場が響き 12回で惜しくも2位(トップは13回のユ・ヘラン選手)。
 プロの総合力の指標と言える平均ストロークは、2022年69.46(3位)、2023年69.53(1位)、2024年69. 33  (1位)。ラウンド数不足でベアトロフィーは23年度からの2年連続とはならなかったが(日本選手として初めて古江彩佳選手が戴冠。69.98と70を切ったのは立派)。さらにジーノ選手は2024年パーオン率も1位(77.20)。
 今季は是非メジャー大会で優勝してもらいたい。鍵は最終日パットが冴えるかどうかにかかっていると言えるか。

 ALBANetによる前季Putting Averageは29.793にて53位でしかない(上記パーオン率1位で、しかもパーオン後のパット数 Putts Per GIRは1.753で1位なのに。Why?)。
 推しの最後の3番目は、前々季19歳の誕生日に初優勝した米国アレクサ・パノ選手。11歳のときに日本のトーナメントに出場(最下位)。その後親日家となり日本行きを切望していたが前々季も叶わなかった。前季8年ぶりに待望の来日を果たしTOTOジャパンクラッシックに出場した(34位)。
 前季初戦で2位に入ったが、優勝したのがリディア選手。ジーノ選手もまたしても9/19~のクローガー・クイーンシティ選手権で優勝争いの直接対決にてリディア選手に敗れている。天才少女ゴルファーの二人とって元祖天才少女ゴルファーが壁となっているか。余り時間がないだろうが、リディア選手が現役のうちに乗り越えてもらいたいと思う。
 初戦2位でポイントランキングも2位だったのだが、試合が進むにつれ順位が下がり60位までが出場できる高額な最終戦も出場叶わずアレクサ選手は最終的に65位に終わっている。
 アレクサ選手は180㎝を超えている。まだ20歳になったばかりなのにこんな見方は酷かもしれないが、思ったより体が大きくなってしまったのか。レジェンドで、引退したアニカ・ソレンタム選手、ロレーナ・オチョア選手、カリー・ウエブ選手、現役のヤニ・ツェン選手、朴仁妃選手(育休中?)は、皆168㎝。

 バレーボール、バスケットは背の高い選手が有利だが、ゴルフではそうとは言えないものなのか。
 ともあれ、アレクサ選手の奮起を今季は期待したい。


 メジャー優勝者を身長別に見ると、全英女子オープンがメジャー入りした2001年からのメジャーにおいて64人のメジャーチャンピオンが生まれている。身長別に区分してみた。
 「180㎝以上」3名、「180㎝未満175㎝以上」8名、「175㎝未満170㎝以上」13名、「170㎝未満165㎝以上」30名、「165㎝未満160㎝以上」6名、「160㎝未満」4名となっている。
 「170㎝未満165㎝以上」が30名と一番多い。その中で168㎝の選手が11名占める。上記スーパースター5名の他に将来レジェンドと呼ばれる韓国コ・ジンヨン選手や米国ではダニエル・カン選手、ジェニファー・カップチョ選手に加え、引退した中ではアンジェラ・スタンフォード選手、グレース朴選手、メグ・マローン選手の有力選手6名が名を連ねる(まだメジャー優勝がないが、均整がとれていると映る若手ホープのローズ・チャン選手も168㎝)。
 将来的には、体格の向上、ガタイのよい北欧選手の台頭から、主力が「175㎝未満170㎝以上」に移行するかもしれない(2001年~2012年は4名に対して、エビアン選手権がメジャーに昇格した2013年~2024年は9名に増えている)。
 「160㎝未満」のメジャーチャンピオンは4名。「180㎝以上」が3名しかおらず、ゴルフというスポーツは、背が低くても十分通用する。これまでの最低身長(以下「最小」)メジャーチャンピオンは全英女子オープン2回優勝の韓国申ジエ選手(155㎝)。それを153㎝の古江選手がエビアン選手権で優勝し、新たに最小メジャーチャンピオンの座についた(最高身長のメジャーチャンピオンは185㎝のミッシェル・ウィー選手)。今季から米ツアー参戦の150㎝の山下美夢有選手にはさらなる更新の美しい夢が有る。
 日本女子選手の中で先輩格の畑岡奈紗選手はメジャー優勝では後輩たちに先を越されてはいる。が、米本土で開催されるメジャー3大会では160㎝未満の優勝者はまだいない。158㎝の畑岡選手は全米女子など好成績なので、それを目指して欲しい。昨季ルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた西郷真央選手も158.5㎝で同じく目標にして欲しい。
 日本女子選手によるメジャー制覇の時間的経過を見れば、1977年樋口久子選手(全米女子プロ)→42年後→2019年渋野日向子選手(全英女子オープン)→2年後→2021年笹生優花選手(全米女子)→3年後→2024年6月笹生選手(全米女子2度目)→1カ月後→2024年7月古江彩佳選手(エビアン選手権)。

 日本女子選手のメジャー勝利は悲願とは言えなくなった。もう、いつ、誰が勝っても不思議ではない。今季もメジャー優勝が見られるかも知れない。
 
 優勝争い常連の有力選手たちがさらに転出し、JLPGAはLPGAのマイナーツアー的色彩がより色濃くなる。が、1/30から2025年度が開幕するLPGAツアー(男子のPGAツアーの開幕戦は35アンダーの新記録で松山英樹選手が優勝)には日本女子選手として新たに最終予選会トップ通過した上述の山下選手、同2位の岩井千怜選手(162㎝)、姉の岩井明愛選手(161㎝)、馬場咲希選手(176㎝)に加えて日米共催のトーナメント優勝で出場権を得た竹田麗央選手(166㎝)が参戦する。

 既参戦の畑岡奈紗選手、渋野日向子選手、古江彩佳選手、笹生優花選手、勝みなみ選手、稲見萌寧選手、西村優菜選手、出場権再取得の吉田優利選手を含めると13名に上る。

 韓国からは不正行為の処分(出場停止3年→1年半)明けから韓国女子ツアー賞金女王&MVPに輝いたユン・イナ選手(21歳)も参戦する。新星の彼女らと新世紀世代のトップランナー笹生選手、ジーノ選手との競い合いが楽しみである。

(次回222号は2/1アップ予定)

2025.1  臨時号 NO.220  ひと VS  ひと
 今回は予想外の展開を示した兵庫県知事選について感想を述べたい。その前にダウンタウンの松本人志氏提訴の民事裁判についても少し触れたい。
  今年2/1アップの本ブログ2024年3月号 NO.204 ( ひまりVSひまわり)にて、こう書いている。「『当該事実は一切ない』と言っていた吉本興業ではなく松本氏個人が裁判慣れの文藝春秋と闘うというのも、どうなのか。吉本興業は松本氏と距離を置いたのか。」 
 「娘を溺愛と言われる松本氏は文藝春秋(週刊文春)を相手どり提訴した。思春期の娘さんを思ってのことではないか。だが、娘さんにとって良いことなのか。本人にとっても。」
 「裁判が始まれば、週刊文春側は“花見コウ”に過ぎないと余裕でこれでもかと攻めたて、さらなる娘さんが目を覆う、耳を塞ぐような話が世に出てしまうだけかもしれない。」 と結ぶ。
 裁判を起こす動機は娘さんの為と思うが、百戦練磨の文春側とひとりで闘う裁判に否定的見解を述べた。

 娘さんがより失望する話はあまり出てこなかったが、「事実無根なので闘いまーす」と言った原告側の松本氏が和解ではなく、取り下げた。裁判で敗訴するよりましだが、限りなくクロに近いグレーかと世間は思っても不思議ではない。
 娘さんの為にはならなかったし、活動を自粛しているスピードワゴンの小沢一敬氏らも困惑しているだろう。裁判をするなら勝ち切って欲しい。そうすれば自分たちも大手を振って芸能活動に復帰でるきと期待していただろうに。これでは動くに動けぬ。
 逮捕された刑事裁判での被告人でもなく、松本氏にも職業人生を生きる権利があり、復帰するかどうかは本人の自由。TVで観たくない視聴者はチャンネルを変えればよい。

 TV復帰の障壁は番組スポンサー。TV局は基本スポンサーの意向に従うだろう。スポンサーがゴーサインを出すかどうかは世論の動向を見て判断する。結局世論次第。
 娘さんの為にも復帰して性加害の疑いを風化させることも考えられるが、ことはことだけに復帰賛成派が反対派を大きく上回ることは簡単ではないだろう。
 松本氏側には求められる会見の動きはないのか。本人の会見なしで(裁判にタッチしなかった?)所属の吉本興行が復帰の根回しを先行させるなら世論の反発を招くだろう。
 松本氏にはもう働かなくても家族が生活に困らない以上の蓄財がすでにあろう。しかし、まだ若い小沢氏らはそうはいかない。打算があろうとなかろうと松本氏を慕って世話もした後輩たちに同情する声も少なくない。
 松本氏は、早く会見を開き、「私はともかく、小沢君らは飲み会をセットしてくれただけで密室でのことは知らないし関係していない。彼らを早く復帰させて」とでも言ってはどうか。このまま芸能界を引退するなら、SNSで同じことを投稿してもらいたい。
 松本氏の復帰問題は、その男気に世論がどう反応するか、その後だと思うのだが。

 さて、私は、今は本籍も移し都内に居を構えているが、神戸がふるさとであり、米大統領選程ではないが兵庫県知事選にも関心を寄せていた。私自身は報道による内容からして斉藤元彦知事に対する印象は良くなかった。総務官僚(GHQが解体した内務省の本流を受け継ぐ自治省と郵政省等が合体し総務省となった2001年の翌年入省)として出来が良いとは思えない。
 30年前に銀行を辞め今でいう公益社団法人に在籍してた折に官庁に出入りし上面っしか見ていないが、当時一流官庁を代表する大蔵省、自治省において、大蔵官僚はいい意味でも悪い意味でも政治家みたい。まじめで面白さに欠けるが自治官僚は国・国民に奉仕する信念とプライドを持ったTHE国家官僚だと思っていた。最近で言えば、自治官僚OBの平嶋彰英氏は総務省自治税務局長の時ふるさと納税の問題点を指摘し時の権力者でふるさと納税の拡充を図る菅義偉官房長官に反対し左遷されても信念を曲げることはなかった(安倍政権に隷従あるいは忖度する官僚が多い中生きた化石みたいだが)。 
 その自治官僚OBで「改革派知事」の先駆けとして注目され、権力の腐敗、しがらみを避け鳥取県知事を2期で退任した片山善博元“賢知事”が先輩として斎藤知事のことをコメントするのは忸怩たる思いと憤りとの複雑な心境にあるのではないか(自治官僚と総務官僚と差があるのか。単なる個別の問題なのか)。
 ただ、時間的余裕もなく対抗馬サイドが1本化していないのでは、斎藤知事が再選される可能性もなしとしないと見ていた。


 斉藤知事は百条委員会のような公式の場で「道義的責任が何かわからない」 と発言した。パワハラ疑惑と相まってサイコパスかと思った。私だけではなくそう疑うネット民も少なくないのでは(専門医はどう見ているのだろうか。我々とは違い診断もせず軽々しくネット上で見解は出せないだろうが)。
 サイコパスの最大の特徴は何か。ある医師によれば、「良心の欠如」。サイコパスには他人の痛みに対する共感が全く無く、自己中心的な行動をして相手を苦しめても快楽こそ感じさえすれ、罪悪感など微塵も感じないのがサイコパスの特徴と説明している。さらに猟奇的なことをしない“マイルド・サイコパス”もいるという。
 斉藤知事は、月刊『文藝春秋』の11月号にて、道義的責任が「ある」と答えれば即座に辞職に結び付けられるのは明白。日本ではとくに道義的責任を問う議論は感情的になると弁明している。
 百条委員会は予め日程が決められており、事前に質問を予想し回答を練ることが出来る。私ならベストな回答でないだろうが、「結果として幹部職員が亡くなられたことには道義的責任は感じております。今すぐ辞めるのも責任のとり方だと思いますが、私としては、ご批判はしっかりと受け止め、道半ばの県民の為の改革を全うさせていただきたいと思っています」と答弁する。
 その用意したであろう回答が「道義的責任が何かわからない」では、(はぐらかす意図とも思えず)TV視聴者を唖然とさせただけでは。結局県議会全会一致の不信任案可決を受けて知事は失職を選択した。
 当選当日夜のフジの番組でも、批判的だった泉房穂前明石市長が「これが兵庫県民の民意なら、私は厳しいこと言ってきましたが、おめでとうごさいます」と筋を通した呼びかけをしているのに、斉藤知事は、普通なら今更と思っても、愛想笑いぐらいしてありがとうごさいますとでも言うところだが、ほとんど反応を示していなかった(デイリーは斉藤知事は笑いながら頭を下げたと報じたが、私にはそうは見えなかった)。
 当選後降って湧いた公職選挙法違反問題ついては、(承認欲求、自己顕示欲が強いと見られる)PR会社女性社長が斎藤知事から「望むような評価」を得られていないことを不満に思い、それが斎藤知事側の了解も得ず世間の評価獲得という暴挙に走らせた。斎藤知事が感謝の意をどういう形にしろ彼女に示していれば、今回の騒動は防げたハズとの見方もある。
 騒動後平然と女性社長を切り捨てるようなところも見ると、斎藤知事はやはりマイルド・サイコパスに近いと思ってしまう。

 筑波大原田隆之教授はマイルド・サイコパスは「際立った犯罪性や反社会性は見られないが、対人面や感情面、あるいはそのライフスタイルにおいて問題を有する者が当てはまる。そして、その特性ゆえに程度の大小はあっても、対人的な軋轢あつれきを生んだり、周囲の人々や組織を困らせたりすることは少なくない。」とする。さらに、「マイルド・サイコパス」上司がいる職場では、メンタルヘルス問題、職場への満足感、モチベーションの低下、離職率に有意な影響を及ぼすことが明らかになっている。」ともいう。
 反対に、サイコパスの持つ、対人的な魅力、誇大性(自分を大きく見せる)、不安の欠如(物事を恐れずに行動する)などは、リーダーシップに必要なパーソナリティと重複するところがある。こうした面が特に顕著なマイルド・サイコパスは、「成功したサイコパス」と呼ばれるのだという。
 斎藤知事は「成功したサイコパス」の範疇に入るとは言い難いのでは。ならば、そんな人は人の上に立つべきではない。コンサル(依頼主を怒らせたらそれで終わり)や今回の件でフォロワー数が増えたインフルエンサーでもよい。あるいはしくじり先生としての講演業とか、とにかく一人で行う職業がよいと思うのだが。
 
 西播磨県民局長(以下「県民局長」)たる者が3/12付けにてパワハラ等7つの疑惑をもって匿名で報道機関や一部の県議に文書を配り斉藤知事を告発した。犯人探しがなされ当の県民局長はあわてて4/4には内部通報窓口に届け出したのだが、県民局長は停職3カ月の懲戒処分を科されてしまった。

 内部通報を受けて6月に百条委員会が立ち上がったが、県民局長は7/19の同委員会への出席を前にして7/7「一死をもって抗議する」との言葉を残して自殺した(親を嘆かせ自責もさせる親不孝な若者の自殺を「自死」とするのは美化することにもなり、他人や組織の為に命を投げ出す武士の「自死」と混同させるべきではないとの考えから、メディア等が使用しても私自身は「自死」を使わない)。
 私は、県幹部なる者が覚悟を決めて下剋上したのに、そんな程度のことで自裁して戦を止めてしまったのが理解できなかった。
 すると、県民局長の公用パソコンから不適切なものが見つかっていたとネット上に上がった。下剋上するにあたって、いの一番に隠すべきものを賢いハズの者が公用パソコンに残しておくとは脇が甘いを超えて不思議だが(私なら組織のパソコン管理者であれば各人のパソコンの中身を知ることができると誤解であろうとそう理解しているので、ハナから私事を組織のパソコンに保存などしない。Deleteしてもサーバーには残っているし)。
 なるほどと思った。正義の味方になるハズが色情狂とでも仕立てられ葬られる、三日天下の明智光秀にもなれないのかと無念と絶望から自決したかと。
 県民局長は、死亡前、家族や不倫?相手に向かって「死をもって懺悔する」と言ったわけではない。「(百条委は)最後までやり通してください」とともに残されていたメッセージ「一死をもって抗議する」は斉藤知事サイドに向かってのものであり、「抗議」とは公益通報者保護法違反であろう。
 公益通報に基づく百条委員会で審議される問題は、県民局長の告発内容が真実かどうか、告発された対象の斉藤知事及び側近による犯人探しなどの行為が公益通報者保護法違反にあたるか否かである。

 県民局長の死には斎藤知事側の犯人探しが影響していると言えるが、個人のプライバーシーの内容は百条委員会の審議される問題とは直接関係がない(私用が服務規定違反に該当する、その内容に問題があるとしても、告発文書の犯人探し行為の副産物に過ぎず犯人探しの正当性には寄与しない)。
 『「立花暴露発言」に誘発された「折田ブログ投稿」で、斎藤知事は絶体絶命か』と題しての11/23付けで投稿した郷原信郎弁護士においても「自殺した元県民局長に庁内不倫の問題があったとしても、それは告発文書の信憑性とは関係がない。斎藤知事の問題を調査する百条委員会の場で持ち出すこと自体がおかしい。自殺した元県民局長の死者の名誉に対する配慮からも、そのような発言を取り上げないようにしたことは間違ってはいない。」と述べている。 
 しかし、ネット上では百条委員会側が隠そうとしたと非難する声も多い。が、11/21『斎藤氏への世論「批判から熱狂」に変わった"本質" 斎藤知事「告発→失職→復活」までの経緯(下)』にてジャーナリスト安積明子氏は「百条委員会は7月8日の理事会で、プライバシーに関する資料の開示を禁止していた。にもかかわらず、片山氏はそれを破って発言し、その音声記録を流出させた」としている。

 死人に口なしの中「NHKから国民を守る党」(以下「N党」)党首立花孝志氏やネット民らの発言により、安積氏は(出直し知事選挙は)「斎藤知事の資質を問うものだったが、いつの間にか争点が自死した元局長のスキャンダルにすげ替えられたのである 」とする(後述の上智大奥山俊宏教授も12/14に「権力者の不正を暴く情報の伝え手について、異性との関係のあることないことを暴き立てられるのは、古今東西でよく見られる現象です。告発者を貶め、その信用を傷つけ、告発内容から目をそらさせ、論点をすり替え、さらに、他への見せしめとするのが狙いの卑劣な攻撃です。そろそろ、私たちは、不倫があろうがなかろうが、そのことと内部告発の内容は無関係であり、別問題だと知るべきです。」と言っている)。
 斎藤知事らによる告発の犯人探し等の一連の行為が内部告発者保護法違反にあたるかどうかについては、上述安積氏によれば、7/20に告発文書を手にした斎藤氏は、すぐさま21日に側近の片山安孝副知事(当時)らを呼びつけ、「誰がどういう目的で出したか徹底的に調べてくれ」と指示している。片山氏らは25日に元局長のパソコンを押収し、私物であるUSBまで取り上げたとしている。
 これらの行為について9/5の百条委員会で上智大奥山教授は「公益通報にあたらないと判断したのは拙速すぎた」「結果的に文書には、法的に保護されるべき公益通報が含まれていることが明らかになっていると思われ、知事らのふるまいは公益通報者保護法に違反すると考える」と発言していた。
 敷衍するかのごとく、上述の郷原弁護士もこう述べている。3月の県民局長の告発は県の通報窓口への「正式な通報」として行われたものではなく、マスコミや県議会関係者に送付されたもの。正式な通報でなく、組織の外部に対して行われたものであれば、通常通報窓口の処理の対象とはならない。それが、「通報対象事実」に該当し、「外部通報」の要件に該当する場合に限り、公益通報者保護法による保護の対象となるとの見解を示す。
 公益通報者保護法の「通報対象事実」に該当するかは、7つ告発事項のうちの6の「優勝パレードの陰で」にその可能性があるという。その場合は、「匿名通報の犯人捜し」「通報者の不利益処分」は違法となるという。
 指摘されるその告発事項の内容は「プロ野球阪神・オリックスの優勝パレードは県費をかけないという方針の下で、企業から寄附を募ったが、必要額を大きく下回ったので、信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせることで補った。パレード担当課長が不正行為と大阪府との難しい調整に精神が持たず、うつ病を発症した」というもの。告発直後パレード担当課長は亡くなっている(自害と見られているが、県は3カ月後に公表。知事は家族の意向と言う)。メディア側でも一番問題がある事項と見ていた。

 兵庫知事選は県民による直接選挙。憲法43条に基づき全国民を代表する選挙された国会議員の中から首相を選ぶ間接選挙の日本と違い、直接選挙で大統領を選ぶ韓国、ウクライナでは、政治家経験のない、尹錫悦大統領やゼレンスキー大統領が誕生してしまう。その悲惨な結果は、選んだ国民だけではなく全国民が負うことになる。 
 間接選挙があるのは直接選挙での欠点を補うためでは。選挙の拠り所の民主主義(多数決)は民度が一定との理想を前提としている。が、現実は民度の高い層<民度の低い層。よって直接選挙では予想だにしなかった結果も起こりえるとの懸念から。今回の兵庫知事選も例外ではない。
 ただ、神戸っ子を自認する私は、兵庫県民の政治的民度レベルが他県より勝るとも劣らないと思っている。
 今回の結果となった背景として、選挙戦でのSNS活用がまだ黎明期(自主規制する新聞等オールドメディアから野放し状態のSNS等への情報権威の移行期における混乱とみるべきなのか)にすぎないことに加えて、出直し知事戦は百条委員会や第三者委員会の結果が出ておらず県民が斎藤知事をめぐる問題が真実か否か分らない心が揺れやすい状態の中で選挙が実施されたことが挙げられる。
 2021年7月兵庫県知事選において、連続5期満了の井戸敏三知事からの禅定発言もあり守旧派のレッテルが貼られた自治官僚OBの金沢和夫副知事(当時65歳)と総務省出身の斉藤元彦現知事(同43歳)との一騎打ちとなり、県民は改革派の斉藤氏を選んだ。
 そして斉藤知事は改革派として県民にとって身近な改善(上述文藝春秋にて知事本人曰く、県立大学の学費無償化やボロボロとなってしまった高校の部活用具の補修費用など教育予算の拡充に取り組む)や知事公用車の高額なセンチュリーの廃止や知事本人の給与、退職金のカットなどで県民は斉藤知事を選んでよかったと思っていたのでは。
 ところが、斎藤知事の不信任決議案が全会一致で可決され(県民が直接選んだ首長と同じく県民が直接選んだ県議会議員との全面対決)、それだけでも動揺する県民は、斉藤知事がパワハラに加え自らを告発した部下を死に追いやったのか、県民に見せる顔とは違う裏の顔があったのかと狼狽した。それでも疑惑の段階でしかなく、嘘であって欲しいと思いたかった県民も多くいたのではないか。
 そこに、N党党首の立花孝志氏らが斎藤知事は悪くないとの声が多くあがり、それにすがったのではないかと県民の心理を推察する。
 選挙最終盤斎藤候補が逆転するかとの危機感を抱いた、29市の内22市の市長が市長会有志として斉藤知事の対抗馬としての稲村和美候補(元尼崎市長)を応援することを表明した(法的に問題がないにしろ異様であり兵庫県政の闇を感じる)。

  それが県民の判官びいきに火をつけだだけではなく、是非を問う記者に対して相生市長が何が悪いと!と激怒し机を叩いた様子がネット上に拡散しオウンゴールとなった。それがダメ押しとなり予想外の大差となった。衆院総選挙において実質的に非公認候補者にも20百万円の支給したことを糺すメディアに対して首相が激怒したことを彷彿させるがごとく。

 県民の投票行動に大きな影響を与えた立花氏の一連の言動に対しては検証が必要であろう(国家権力側はどう見ているのか。かつてホリエモンこと堀江貴文氏を微罪で逮捕しお灸を据えたが)。
 上記22名の一人姫路市清元秀泰市長は 「N党の立花孝志党首が(百条委員会の委員長の)奥谷県議の自宅兼事務所前で街頭演説し、脅迫まがいのことを言うのは、モラルハザードな部分もあるのではないか」と懸念を示している。

 当の奥谷県議は立花氏を名誉毀損容疑(SNSにて「奥谷委員長は悪人で、マスコミに圧力をかけ、告発文書を作成した元県民局長の死亡原因を隠ぺいした」などウソの投稿をされ、名誉を毀損された)で刑事告訴した(12/22兵庫県警が立花氏を任意で事情聴取するとの報道あり)。
 さらに私としては、立花氏が出直し再選を目指し立候補した斎藤知事への応援を目的に出馬したことに注目している。
 立花氏は「自分には投票しないで、斎藤氏に入れて」と呼びかけている。欧州競馬では、本命の馬を勝たせるため同厩舎の別の馬をラビットと呼ぶペースメーカーとして出場させることが認められている。日本の競馬界は、JRA(日本中央競馬会)から明確に禁止されている(競馬施行規約 第6節 第41条「競走に勝利を得る意志がないのに馬を出走させてはならない」)。しかし、政界にはそれを禁止する規定がないのか。ラビットの立花氏は、当選する意志がないことを明確に意思表示している。
 妻から下品と言われる私が見ても政党党首とも思えぬ品の悪さだが頭は切れる立花氏は禁止規定がないと理解した上で行動していたのだろう。他の候補の悪口や批判が許されているのに他の候補を褒めるのはダメとなるわけない。
 脳科学者の中野信子女史は「立花さんみたいな人が、仮に10人出てきたら、10倍選挙カーが使えちゃう。お金はかかるけど、有効な戦術になるから、選挙が変わっちゃう。早晩、公職選挙法を変えなきゃ行けないことになると思う」と言う。その通りだと思う。
  村上総務相は「候補者が他の候補者の選挙運動を行う場合には、その態様によっては、公選法上の数量制限などに違反する恐れがある」との見解を示しているが。 
 

   立花氏に応援された当の斎藤知事には新たに公職選挙法違反の疑いが出てきた。11/23集英社オンラインも『斎藤知事に公選法違反疑惑〉票を「収穫」、広報の「お仕事」と女性社長がウッカリ暴露。社長は過去に兵庫県の知事直轄事業「空飛ぶクルマ」にも関与か』と長いタイトルで、「斎藤氏から選挙の『広報全般を任された』と主張する同県内のコンサルタント会社社長が、SNSを含む広報戦略を『仕事として手掛けた』とネットで自慢し始めたのだ。ネットでも選挙運動を行なった者に報酬が渡れば公職選挙法の買収罪にあたる可能性があり、そうなれば候補者だった斎藤氏本人も連座制適用で当選取り消しがあり得る」と報じている。
 上述郷原弁護士に至っては、「斎藤知事が公選法違反で処罰され、当選無効・公民権停止となって失職する可能性は相当程度高いと言わざるを得ない。このような問題を抱えて、しかも、全会一致で不信任案を可決している県議会と対峙して県政の安定が実現できるとは思えない。斎藤知事は、冷静に事態を受け止め、辞任を検討すべきだろう。」とまで言い切る。
 一方で斎藤知事は罪に問われないとの声も多く世論が二分されているが、その郷原信郎弁護士と神戸学院大学上脇博之教授とが兵庫県斎藤元彦知事と西宮市のPR会社社長の刑事告発状を12/2に提出した。12/16朝日新聞は神戸地検と県警が告発状を受理したと報じた(元東京地検特捜部検事の若狭勝弁護士は「事前収賄罪」「運動買収」「有料ネット広告禁止」の可能性を指摘している)。司法の判断を待つしかないか。 


 ともあれ、まだまだ兵庫県政の混乱は終わりそうにない。が、私としては、兵庫県民の民意が斎藤知事再選にある以上、そんな知事を不穏当なマイルド・サイコパス呼ばわりしたままにはしておけない。
  12/11兵庫県から内部調査の報告があった。その内容を歓迎するネット民も多かったが、12/12産経新聞は「11日に県が公表した「パワハラの確証が得られなかった」とする調査結果について、公益通報制度に詳しい淑徳大の日野勝吾教授は『(百条委の)県職員アンケートの結果を踏まえると違和感のある結論。兵庫県は公益通報者保護法の法定指針の違反状態が続いていると認識している』と述べた」と報じている。 
 問題となる、パワハラ、公益通報者保護法違反、補助金のキックバック、立花氏との連携、上記買収罪などの疑惑解明の成り行きを見ながら、テレ朝前職員西脇亨輔現弁護士も疑問を呈する身内の内部調査ではなく、延期となった百条委員会の報告や第三者委員会の結論が出るであろう翌年3月以降に「サイコパスVSサイキパス(再起パス)」との表題にて本ブログにて再度意見を述べたいと思う。
(次回221号は1/10アップ予定)

2025.1   NO.219  うれい VS  うれい
 この晩秋に行われた内外での大きなイベントについて感想を述べたい(兵庫県知事選等は次号にて)。
 まず、MLBにおいて、MVPが発表されナ・リーグのMVPに大谷翔平選手が選ばれた。DHで史上初、異なるリーグで2年連続も史上初。さらに3度目も満票での受賞。MVPの最多受賞はバリー・ボンズ選手の7度であるが、ボンズ氏でさえ複数回の満票受賞はなく、 この上なく嬉しい。「嬉」は女が喜ぶと書くが、男も女もファンは皆嬉しさひとしおであろう。
 さらに大谷選手は子供の時からの念願であった世界一によりワールドチャンピオンリングを手にする。PSが始まる前決戦のワールドシリーズ(WS)への進出に向けてナ・リーグ東部地区1位のフィリーズが最大の壁と私は思っていた。

 レギュラーシーズンにおいて、フィリーズ相手とは6試合戦い1勝5敗(大谷選手自身は6試合で22打数5安打、1ホームラン)であり、苦戦すると思っていた。ところが、番狂わせ?の下剋上でメッツがフィリーズを倒したことにより、ドジャースのWS進出がすごく展けたと感じていた。
 ヤンキースを破り世界一を指揮したロバーツ監督はこれで2026年度以降も続投するだろう。監督は、2025年まで契約があるが、今季途中継投ミス等で解任が取り沙汰されていた。そうなれば、大谷選手は2年以上のマドン監督以外の4人の監督とは全て1年で監督と別れることになる哀しい結果もなしとしなかったが。
 仲良しや慕ってくれる選手も大谷選手から離れて行きがちである。エンゼルスに入団した2018年仲良しになったマルドナード捕手が7月にアストロズに移籍したのを皮切りに、2021年にエンゼルスに移籍し大谷選手がホームランを打つと真っ先に出迎えたイギーことホゼ・イグレシアス選手(現メッツの選手兼歌手)が9月には自由契約に。2021年メジャーに上がり、大谷選手を慕っていた、長い髪・髭のマーシュ選手が1年後フィリーズへ。2023年末大谷選手の残留を切望していたトラウト選手に加え、大谷選手に教えを請うネト選手やモニアック選手などからも引き裂かれた(ドジャースに移籍した大谷選手からというより予想外に残留を望まなかったオーナーサイドにより) 。
 そして今、本人が残留を切望し、大谷ファンもそれを熱望するが、再契約が微妙なT・ヘルナンデス選手がいる。イギーのように真っ先に出迎えホームランを打った大谷選手にヒマワリの種シャワーを浴びせる光景が見られなくなるのは寂しい。残留が叶うよう祈りたい。
  

 WSで、大谷選手は左肩を負傷した。軽い亜脱臼ではなく、脱臼で関節唇を損傷し手術を受けた。左肩のリハビリもあり来季開幕の二刀流は流動的になったと報じられた。
 不幸中の幸いになるかと言えば叱られるか。これで二刀流としての寿命を縮めかねない、防御率、勝利数だけでなく規定投球回162回のクリアも必要なサイ・ヤング賞との声は小さくなるだろう。リハビリ明けの来季は投球制限もあり、大谷選手もサイ・ヤング賞獲りに本気にはならないだろう。

 サイ・ヤング賞は、大谷選手には考えにくいが、打撃が極度の不振に陥ったシーズンに狙えばよいのではないか。
 二刀流は完全二刀流(規定投球回及び規定打席数をクリア)の「2022年度15勝、34本塁打」が不滅の偉業。盗塁は「50(54本塁打)-50(59盗塁)」が金字塔。それで十二分だ。
 来季WS二連覇に向けて、打者としては開幕に間に合うだろうから、投手はそこそこにて打撃三冠王を狙ってほしいと思う(2012年三冠王になり昨季引退したミゲル・カブレラ選手が私の後に続くのは大谷選手と言ってくれてもいる)。
 
 政界の話に変えると、衆院総選挙では、自民党が惨敗した。公示前は自民256人、公明32人の計288人だったが、選挙後には自民191人、公明24人で計215人となり、自民党だけではなく自公で過半数233人に達しなかった。 
 石破首相にとっての狙いは、基本負け戦だが、裏金の安倍派議員が国会から排除され旧安倍派が縮小し(選挙後96人→59人内衆院22人)、自公政権で過半数が維持できればよしということではなかったか。
 自公政権が少数与党政権に転落した最大の要因は、皆が思うように非公認候補者にも実質的に2,000万円を支給すると決定したこと。そう決めたのは森山幹事長であり、それを止めることが石破首相には出来なかった。
 出来なかったばかりか、総裁選で封印したハズのプライドの高さが禍いして批判するメディアに激怒した。それは首相にとって唯一の味方とも言える国民をも怒らせた。それで余計に20人ほど減らしたと見られている。


  IQとSQ(社会的知能指数:対人能力や社交性の高さを表わす) にて、石破首相と森山幹事長の関係を見ると、石破首相は、IQは高いがSQが低い。国会対策委員長を歴任した森山幹事長はIQは高くなさそうだが、SQは高い。互いに補完しあい良いコンビだと思われたのだが。
 重要な決定は、国民より自民党しか見ていない森山幹事長に一存するのではなく、IQもSQも高い林芳正官房長官や岩屋毅外相を入れた4者で決定すべきだろう。

 石破首相は予想外に発言がブレた。元銀行員の私からすれは何とも歯がゆい。ようやく信念が発揮できる時が来たのに、守るのは政治家としての信念ではなく首相の座なのか。

 「自民党をぶっ壊す!」と言った小泉首相のようにとは言うつもりはないが、奥方も驚くほどダメもとで首相になったのだから、皆に嫌われてるのだから、自民党議員の多くを敵に回してでも信念を貫けばと思うのだが。それができないのが銀行出身の性というものか。トランプ大統領と馬が合うとは思えない。
 ちなみに、IQもSQも高い首相と言えば故田中角栄(以下「角栄」)。貧しい環境から身を起こし事業に成功し、今度は同じような環境の人々を救うべく政治家になる。これが官僚出身でない党人派政治家の原点だと思う。米国の民主党はその原点を忘れ、芸能人、富裕層の為の政党になってしまっている。それが後述する米大統領選大敗の最大の要因。
 ただ、角栄は品性が問われた。金権体質が批判された。危険視する米国と一緒になって日本のエスタブリッシュメントが角栄を排除したのだと思う。
 品性があったのは、故安倍晋三(以下「安倍」)。IQは高いとも言えないが揶揄されるほど低くもないがSQは高い。国民に人気があったし、個性的なトランプ氏からも信頼を得た。

 学歴コンプレックスがあると見られたが、フェミニストなのか、世評が芳しいと言えない東大卒の丸川珠代前議員、岩田明子元NHK政治記者にも目をかけた。権力者になっても女性問題は浮上しなかった。
 ただ、安倍と接点がない一庶民の私の皮相的な見方かもしれないが、政界入りは考えず神戸製鋼で職業人生を終えるハズだった。地元の後援会の強い要請により転身した安倍には政治家としての高遠な「志」と豊かな「教養」はなかったのでは。意に反して政治家となり、祖父や父親の様に政治家として支持を集めるにはどうすればよいか悩んだのでは。

 そして「経済」よりも取っ付きやすい「国防」「安全保障」にて強気の発言をすればタカ派が支持してくれると悟った。拉致問題で強硬な発言をすれば国民から喝采を受ける。

 それで首相になった。しかし、「拉致問題の解決」に向けての確固たる信念があるわけでもなく、核問題で世界が批判すると歩調を合わせるだけでよいのに先頭に立って国連で北朝鮮を猛批判する。首相になってから拉致問題はまったく進むなかった。北朝鮮は安倍の得点になるようなことは一切応じなかった。
 「経済」は友達案件以外は丸投げか。7/1アップの2024年8月号NO.218号(「トリプルダウンVSトリクルダウン」)で述べたように、アベノミクスは三本の矢の第一矢が超金融緩和。特殊銀行といえども銀行であり、ディフェンス側であるべきなのにオフェンス側に立ち、黒田日銀はいつ破綻してもおかしくない状態に追い込まれた。
 バブルでオフェンス側に立った民間銀行の多くが破綻し、中でも旧北海道拓殖銀行の頭取は「特別背任」で逮捕・有罪・収監された。一方、私が数段問題が大きいと思う黒田日銀総裁は、特殊銀行である日銀が会社法の適用を受けず、反対に叙勲しただけ。破綻が表面化していないとはいえ。
 安倍によく似ているのが、小泉進次郎議員(以下「進次郎議員」)。IQは安倍より低く、SQは安倍より高いかもしれない。なにしろ年上の東大卒の官僚派議員らが神輿に担ごうとしているぐらい(それはもう止めた方がいい。担ぐその議員自身が疑問視される)。
   『自民党の大罪』(祥伝社新書)において、著者で辛口の適菜収氏が進次郎議員を評しているが、本文は紹介しづらい。

 タイトルは「下半身から先に生まれた男」、サブタイトルは「天性のバカ」「賞味期限の切れた客寄せパンダ」。それでご賢察を。
 たしかに、「進次郎構文」が世に広まる中、選対委員長として地方の議員応援に行っても、民衆は、進次郎議員見たさに集まるが、進次郎議員が応援したといってもその自民党議員候補に投票するわけではないだろう。

 苦戦の選挙戦で移動中に地元の名産品を味見しているのを投稿する。好感するのは地元生産者と『さとふる』ぐらいか。彼に庶民派をアピールする必要性はない。 
 国のトップは、IQに基づく知性と教養が大前提。必ずしも自身で立案する必要はないが、問題点はなにか、海外への影響はどうか、判断出来る能力がなければならない。
 中国のトップも、懸念されていた通り、メッキが剥げてきた。IQは高くないが、SQはもっと低い私が言うのも何だが、進次郎議員は無理を押してまでもう首相を目指さなくていいのでは。先発のアドバンテージも無くなった。後述のごとく小林鷹之議員ら若手が台頭してきている。安倍首相の二番煎じを狙うのではなく、一隅を照らすだけでも立派な政治家に違いはない。
 SQは低いがIQが極めて高そうな茂木敏充前幹事長は、次の首相に推挙する声がもっと高まってもよい。茂木氏をタフネゴシエィターと評したトランプ氏が大統領に返り咲いたのであれば。IQ、SQともに高く、品性もある林芳正官房長官が首相になるなら茂木氏が外相に。

 野党筆頭の立憲民主党に言及すれば、裏金問題における政治改革は、国民にとって常識的なことを国民にアピールするのではなく、国会議員の間で粛々とやればいいだけ。生活に困った国民の助けにはならない。
 比例で自民党が票を減らしても(533万票減)、立憲民主党の票が増えるわけではない(7万票増)のは、そういうことだ。
 国民に対して「103万円の壁」撤廃発言のアピール効果は大きい(地方財政への影響もあり、さらに厚労省が社会保険料における「106万円の壁」撤廃を打ち出しており、どうなるか流動的)。賃金が上がらず物価だけが上がる状況に対して対策を訴える国民民主党が躍進するのは当り前と言える。
 立憲民主党は、野党第一党とはいえ、野田佳彦代表では国民はまだ旧民主党時代の財源の裏付けもない大風呂敷なマニフェストの不発で支持率を下げ、最後マニフェストになかった消費税増税に踏切り国民からの信託を失ったことを忘れてはいない。
 政権交代を口にする前に、国民に与党になる資格があると認めてくれることが先決。今回予算委員長のポストを得たので、国民に認められるチャンスを得たとも言える。
 国民民主党との連立政権を模索しても、立憲民主党の誕生時合流しなかった、玉木雄一郎国民民主党代表はその気はないのでは。また、「年収の壁」を、今の103万円から178万円に引き上げると国民民主党は言うが、税収減が7~8兆円になると見られ、消費税増税での埋め合わせも考えざるを得ないが、それどころか消費税10%→5%(税収減10~11兆円)を国民民主党は掲げており、上述の国民の信頼を失った旧民主党と被る。財源は与党でという言い方も信頼感に欠ける。
 さらに、玉木代表は、私の座右の銘「好事魔多し」にて総選挙躍進直後に不倫が発覚。勝って兜の緒ではなく自らの首を締める。自業自得だが、まさに出る杭は打たれる。
 「浮気」はフランス政界では問題にならない。日本ではかつて女医・TVタレントが「浮気していない男性医師はいない」と極論したように医師の仁術と下半身とは別との風説があるとも言える。が、公職の国会議員はそうはいかない。世の女性、とくに主婦層を敵に回した。国民より自身が一番大事のナルシスト?では首相の座は遠のいたのでは(火消に奔走した、タマキング側近の榛葉幹事長はライオンキングのシンバのように党代表という王になるのだろうか)。 
 立憲民主党が目指すべきは、自民党から公明党から引き離すことでは。国民から公明党も裏金と関係がないのに自民党と同類と見られている。
 民主党政権が樹立され自民党が下野したとき、何が何でも与党にしがみつくとみられた公明党も一緒に下野した。民主党政権は長く持たないとの読みであり、また連立を組むメリットである選挙協力において地方基盤が弱い民主党では期待できないと公明党は判断したのであろう。
 素人目には、立憲民主党と(本来の)公明党は「護憲」「反世襲」「中小企業、低所得者に優しい政治」と共通点が多いのでは。実際に連立できるかは別として、公明党に与党として組む選択肢の一つと認めてもらうことが先決。そうなれば、自民党が英国保守党なら、立憲民主党は14年ぶりに政権与党に返り咲いた同労働党と国民に認知してもらえるのではないか。
 国民が現段階において立憲民主党に求めているのは、政権与党になることではなく、自民党に勝手なことをさせない拮抗勢力になってもらうことでは。今野党の数を頼って与党になっても旧民主党の二の舞になるだけと案じているのでは。
 落ち目の自民党といえども、“選挙の神様”と言われる元自民党事務局長が文藝春秋12月号にて、世襲議員でない3名の官僚派議員、小林鷹之氏(49歳、財務省出身)、鈴木英敬氏(50歳、経産省出身)、尾崎正直氏(57歳、財務省出身)を挙げ、世襲議員ながら塩崎彰久氏(祖父から3代東大卒の世襲議員)を挙げ、伸び盛りな若手が数多くいると言っている。
 一方、立憲民主党はどうなのか。野田元首相、枝野幸男現党最高顧問、安住淳衆院予算委員長、長妻昭元厚労大臣などの顔ぶれでは旧民主党のイメージしかない。私の不勉強で知らないだけなのか、若手を発掘し、育成しているのか。

 米大統領選では、トランプ前大統領の圧勝で終わった。

 10/1アップの2024年11月号NO.216(「オバタリアンVSリバタリアン」) にて、私は「今回はハリス副大統領が勝つと思えないが、トランプ前大統領が勝利すると言えるほど自信もない。ただ、今回はトランプ前大統領の方が米国にとって良いと思っている。」と書いている。その時点では木村太郎氏もトランプ前大統領が勝つとは言っていない。
 ところが、10月中旬頃になると、「ハリス氏には若さがある」とネット上に上がった。何を今更、それしかないのかと感じた。女優アン・ハサウェイ氏や俳優ハリソン・フォード氏ら芸能人セレブたちがハリス氏支持を表明し出した。大統領選を左右する激戦7州にプラスには働かないのに、焦っているのかと思い始めた。
 そして11月に入り、在米ジャーナリストの岩田太郎氏は、11/1付け『ハリス「敗北」をすでに確信か…「トランプ優勢」を映しだす“ハリス支持のビヨンセ”が応援演説に行った「意外すぎる場所」』にて、歌手ビヨンセ氏が参加したハリス候補の支持者集会は激戦州ではなく、トランプ氏当選が確実なテキサス州で行われた。民主党は大統領選での敗北を覚悟し、後述トリプルレッドを阻止すべく、上院議員候補の応援に行ったという。 
 11/3にはTV『Mr.サンデー』にて、2016年の大統領戦で劣勢予想にあったトランプ氏の当選を言い当てた木村太郎氏が90%の自信ながら「トランプとの圧勝!」と言い出した。
 そして、数時間後に迫った11/5の20時からBSフジ『プライムニュース』があり、ゲストには、トランプ氏の勝利を予想する木村太郎氏(ジャーナリスト)、バリバリの民主党支持のデーブ・スペクター氏(放送プロデューサー)、中立的な立場として中林美恵子氏(早稲田大学教授)。同日BS-TBS『報道1930』のゲスト陣よりバランスがよいかと視聴した。
 印象としては、デーブ・スペクター氏(以下「デーブ」)に元気がなかった。バンス副大統領候補に対してはくそみそに言っていたが、トランプ前大統領のことはパトリック・ハーラン氏(以下「 パックン」)のような強い口調で批判はしなかった。憂いを帯びたデーブはトランプ氏がもう大統領になると落胆していたのでは。
 そのパックンは、東スポによれば、11/6『報道1930』にて、トランプ前大統領の勝利確実になると、落胆した表情を見せ「死ぬまで続くショック」「真っ黒な人が過半数の人に」などと発言。これがトランプ支持者らの反感を買い、炎上したという。
 私も視聴していたが、民主党支持者ならばこそ民主党の敗因、問題点等を話すべきと思うが、相変わらず「パヨクコメンテーター」みたいなトランプ否定発言しかしない。今回の炎上を契機に変わらなければ、コメンテーターとしてはどうなのか。
 ABC、CBS、NBCという3大テレビ局や、CNNなどのリベラル寄りの米国メディアの予想など私は信じていない。FOXニュースの予想も信じないが、日本のメディアは、民主党寄り、共和党寄り双方の意見を紹介すべきだ。
 11/6の朝テレビをつけると大統領選は稀に見る接戦と言っていた。大統領選の雌雄を決すると言われるペンシルべニア州の開票が10数%の段階でハリス氏がリードしていた。なのに現地でTVでよく見かけた日本人アナがハリス陣営はお通夜みたいで誰も笑顔をみせないとか言っていた。何が接戦か、ハリス陣営自体が既に負けを覚悟しているではないか。
 民主党に捨てられたと思う労働者、黒人女性大統領を快く思わない白人女性、黒人女性を見下げる黒人男性、後から来る移民をストップさせたいヒスパニック系男性、ガザを攻撃するイスラエルへの支援から民主党離れのアラブ系住民やZ世代の若者、長年に亘る民主党支持の表明を中止した全米トラック運転手組合・国際消防士協会(労組)、イーロン・マスク氏など超資産家の離反(マスク氏らに対する民主党の規制強化は悪くないが)など民主党は四面楚歌。ハリス氏個人に起因する問題は少ない。

 元下院議長であったペロシ民主党上院議員は、もっと早くバイデン大統領が降り他の候補者であればと言っていたが、問題はそこではない。
 「高邁な理想に燃える我々は正しい」と独りよがりになり、負けると、バイデンが、ハリスが、トランプを支持する選挙民がと責任転嫁するだけ。民主党議員もパックンやデーブなどの支持者も謙虚に内省することをしない。 米女優シャロン・ストーンさんも。
 左派過ぎてか民主党大統領候補になれなかったバーニー・サンダース上院議員が、大統領選で敗れた民主党について「労働者階級の人々を見捨てた」と発言したのが正解。それが敗北の主因。
 数千年前の伝説の時代から政治の原点は、「経済」の語源でもある「経世済民」。大多数を占める低所得者層に目を向けること。低所得者も、能力や努力の差により所得格差が生じることは受け入れる。が、日々の生活にもがき人間の尊厳を見失う事態に追い込まれると暴発する。
 それは、民主主義の米国であろうと、習近平・権威主義の中国(都市部の「社会報復」による無差別殺戮事件が農村部に飛び火し農民が蜂起すれば共産党一党体制が崩壊に向かう)であろうと同じ。日本において、安倍元首相が暗殺され、岸田前首相に爆発物が投げられるも、暴動が起きる兆候がないのは、ひとえに、貧富格差がそこまで酷くないからであろう。
 トランプ氏が4年後引退(3選以降がありえないハズなのは上述NO.216で記載済み)しても、変わり身が早いだけと揶揄されるバンス副大統領が主導する低所得者に対する施策が国民から評価されれば、民主党に明日はない。

 民主党は創立時の原点に回帰すべきだ。
 
 トランプ氏が勝利しても私には何のメリットもない。他国の事ながら恐れていた狂信的なトランプ支持者による暴動が回避されるのは喜ばしい(トランプ氏の命が狙われたときの不安は残るが)。
 戦争する必要のなかったウクライナ戦争において、レームダック化したハズのバイデン大統領が、トランプ氏に後ろ足で砂をかけるがごとく、米国製の長距離ミサイルをウクライナがロシアへの攻撃で使用することを許可した。戦況には大きな変化はなく、首都キーウ等の住民が報復により被害を被るだけなのに。
 大統領就任直後の24時間では無理だが、遅くとも2年後の中間選挙までにはトランプ新大統領は停戦させるだろう(ウクライナ住民に春が訪れる。また冬が廻るとしても)。

 ネタニヤフ首相にも就任前に早く戦争を終わらせろと言っている(今度のヒズボラとの停戦はその一環なのか。双方守る気があるか疑わしいが)。
  トランプ氏はノーベル平和賞受賞を引退の花道にと考えているのでは。それを一切口に出さないことが本気の表れだと思っている。
 立法府の上院も下院も共和党が制した。行政府ホワイトハウスを含めトリプルレッドが実現した。さらに司法も終身の最高裁判事が6人/9人で保守派が大勢を占めている。
 三権分立をすべて支配したトランプ大統領は権力者を超えて独裁者になる。短くとも2年後の中間選挙までは。

 独裁者と天才リバタリアン(イーロン・マスク氏)の二人三脚が、国民の分断に拍車をかけるのか否か、新年からはこの二人に批判の目線を向けたいと思う。
(次回220号は12/20アップ予定)

2024.12 NO.218  ッパ  VS ッパ
 大谷翔平選手を擁するドジャースがジャッジ選手が所属するヤンキースを下し世界一となった。政治の話では、自民党が衆院総選挙で惨敗し、野党の国民民主党が躍進した。

 米大統領選ではトランプ氏が勝利を確実した。これらについては、12/1アップ予定の次号NO.219(「うれしい VS うれい」)にて感想を述べてみたい。
 さて、テレビっ子だった私も昨今地上波のTVをあまり観なくなった。朝・昼の情報番組も低予算でのコメンテーターの顔ぶれでは。政治家口調の薄口政治評論家から(株式やテニスの話は別だが)国際政治の話を聞きたいと思わない。門外漢なのに国際政治をコメントさせられる女性コメンテーターを観るのも忍びない(「数段ド素人のくせにウクライナ戦争等に御託を並べるオマエが偉そうに言うな!」と怒られそうだが)。
 格安なコメンテーターを各局で使いまわすこと以上に、多くの民放の情報番組やワイドショー等でNHK出身のアナがMCを張ることが私にとっては不快。NHKを観ている気分になる(NHKに敵視も恨みもないが)。
 大方の視聴者には抵抗感がないにしろ、民放各局アナの士気低下はないのか。各局上層部にはプライドも自分達の責任と恥じる気もないのかと思ってしまう。いきおいBS情報番組やBSに加えWOWOWでの内外ドラマを観ることになる。

 日本の地上波のTVドラマでは木村拓哉さん(以下「キムタク」)主演の『教場-0』以降、最初から最後まで観るケースがあまりない。人気の『VIVANT』『ブラックペアン シーズン2』に至っては何気にハナから観ようとしなかった。
 キムタクの『Believe-君にかける橋-』は、肋骨を折って俯きがちな中年逃亡者役ではキムタクとしてのオーラがなく、主役が刑事役の竹内涼真さんと思えた。ファンなのでとにかく最後まで観たが、本役は将来の脇役への布石なのかと訝る。
 アカデミー賞と縁のないトム・クルーズ氏のごとく「キムタクはキムタクでしかない」と言われようと、キムタクが“古畑任三郎”でモノマネする故田村正和のように生涯主役で通せばいい、歌手業もあるのだからと私などはそう思うのだが。
 目黒蓮さん(以下愛称の「めめ」)は、主演のフジ月9『海のはじまり』で暗く煮え切らない役。しかも主人公の発言が視聴者から大ブーイングを受けるなら適役とは言えないのでは。めめは演技派俳優を目指しているのか?  めめのファンがよしとするなら何をか言わんやであるが。
 一方、相変わらず、韓流ドラマはそれなりに見続けている。韓流ドラマでの楽しみは、韓国のドラマは盛況で、それを支える女優陣も煌めく星のごとく数多いること。名前と顔が一致する女優が増えることを楽しみにしている。
 韓流の男優にはあまり興味がない。とくに若手男優には。関心があるのは、『梨泰院クラス』(2020年韓国放送)より前の『キム秘書はいったい、なぜ?』(2018年韓国放送)で知ったパク・ソジュン氏と 『浪漫ドクターキム・サブ2』(2020年韓国放送)で人気俳優となったアン・ヒョソプ氏(1/11『徹子の部屋』に登場)ぐらい。
 歌手もそうだが、色白が多く、髪を五分に分け、ときには左側の髪を目の上まで降ろして、誰を見ても同じ顔にしか見えない。
 昨年8/1アップの2023年9月号NO.195(「イテオンクラスVSイテオンクロス」)で私の60歳台の「推し」として、国民のお母さん的存在のチャ・ファヨンさん、『シークレット・ブティック』で美貌もさることながら女帝としての凄みのあるセリフ回しが感じ入ったチャン・ミヒさんを挙げた。そのチャンさんが、WOWOWの『三姉弟が勇敢に』に出ているのを見つけ、観ることにした。そして、『夜を歩く士(ソンビ) 』(2015年韓国放送)で可愛いと思ったがその後忘れていたキム・ソウンさんが出演しているのに気づき、嬉しく思った。
 さらに、パク・シフ氏主演の『風と雲と雨』(2020年韓国放送)でヒロインの母親役で母親役にしては若くて綺麗と思っていた女優がいた。その女優によく似た女優が2021年には上記チャ・ファヨンさん、50歳台で若手人気俳優の彼女と間違われたイ・イルファさんも出演していた『紳士とお嬢さん』で主人公の友人役で登場していた。
 『三姉弟が勇敢に』(2022年韓国放送)に至って、端役ではなくメインキャストの一人であったこともあり、ようやくその女優がワン・ビンナさんだと名前と顔が一致した。
 『紳士とお嬢さん』(2021韓国放送)には、同じ60歳台のイ・フィヒャンさんも出演していた。ヒロインの恋敵として魅力的なパク・ハナさん(その後『アンナラスマナラ』『台風の新婦』『テプンの花嫁〜愛と復讐の羅針盤』でヒロインを)を初めて知ったが、その母親役を演じていた。翌年の『黄金の仮面』では、大手企業グループの会長等をよく演じるナ・ヒョンヒさん(フィヒャンさんよりも10日早く生まれる)演じる会長に女性主人公と一緒に復讐する役をフィヒャンさんが演技派らしく熱演していたが、シーンが変わるごとに次々と華やかな衣装を着ているのも見どころとなった。
 『紳士とお嬢さん』では子役のソ・ウジン君も出演している。その前の『復讐の花束をあなたに』(2021韓国放送)にも出演していた(主人公のカン・ウンタク氏、イ・イルファさんも『紳士とお嬢さん』に出演している)。病気で亡くなってしまう役どころなのだが、何も死なせなくともと脚本家を恨んだ。が、直に『紳士とお嬢さん』にてソ君が見られてソ君・ロスにならずに済んだ。
 韓国ドラマには子役がよく登場する。人気歌手ピ(Rein)氏と映画『情愛中毒』で人気を博したイム・ジヨンさんとが共演した『ウェルカム2ライフ』(2019年韓国放送)でのイ・スアちゃん、アイドルグルーフ少女時代のユリさんがヒロインの『ポッサム』(2021韓国放送)でのコ・ドンハ君、『黄金の仮面』(2022年韓国放送) でのチョン・ミンジュン君など。
 その子役の代表格がソ・ウジン君と言え、多くのドラマに登場し8歳にしてもうwikipediaに掲載されている。

 韓国の子役たちは芸達者。ソ君ロスにハマった私が言うのもなんだが、子役を使って視聴者の心を掴んだり涙を誘うのはどうなのか。邪道とは言えないが。

 とはいえ、日本でも『海のはじまり』での海役の泉谷星奈ちゃん(暗く重いドラマにとって救い)や同時期の火曜『西園寺さんは家事をしない』でのルカ役の倉田瑛菜ちゃんもいる。韓流ドラマに影響を受けているのか。

 韓流ドラマを観る、もう一つの理由は、とくにホームドラマで韓国の風習や慣習が理解できること。韓国に単身赴任し、現地妻や彼女(伝聞だが、後輩が先輩に紹介したら先輩の元カノだったという“カモの義兄弟”話も)を作る、「遊び」の範疇を超えたイケない男たちなら別だが、2、3日観光では訪問すべき名所旧跡は余り無く、グルメ店を知るだけ。映画、ドラマで近くてまだ遠い韓国の風習等を理解しようとする。
 2020年アカデミー賞最高賞(作品賞)に輝いた映画『パラサイト 半地下の家族』では、映画の前半、財閥より格下の富裕層と日本にはない(防空壕としての)半地下に住む最下層の生活ぶりが垣間見れてよかった。
 その中で、キャンプに行っていたハズの社長ファミリーが急に戻ってきて、慌てて寄生している名優ソン・ガンホ氏扮する主人公らがソファーの前にあるテーブルの下に隠れ、それを知らない社長夫婦がそのソファーに。社長が妻の服の下に手を入れ胸を愛撫するとき妻が「時計回りで」(字幕にて)と言った。韓国の妻たちはこんな言い方をするのか、そうでなく監督のアイデアなのかと、自称・助平な私は気になった(映画後半のバイオレンスには引いてしまった。インデアンの格好をした主人公が社長らを殺す。米国の抑圧に反発していることを暗示しているのか。開拓と称してインデアンを虐殺してきた暗い過去を持つ米国もよくアカデミー賞の最高賞・作品賞にしたと思う)。
 「半地下はまだまし」がキャッチコピーの韓国映画『ビニールハウス』を3月に観た。貧困、孤独、認知症高齢者の介護等問題が山積する社会背景の中でビニールハウスで1人で暮らす母親が少年院の息子と一緒にアパートに住むことを夢見るが、絵に描いたような「貧すれば鈍する」展開。母親が息子とワル達が隠れているのを知らずビニールハウスに火を放つ場面で映画が終わる。 
 韓流ドラマを観ていると、上述の『三姉弟が勇敢に』でもそうだが、夫婦の間で妻から夫に対してヨボ(あなた)と声を掛ける(夫からも妻にヨボという)。何かいい感じだ。私は妻からヨボヨボと言われるだけ。結婚して直に子供が出来たので、それ以来40年以上お父さんと妻から呼ばれ続けている。妻が怒った時に「アンタ!」と言われても、やさしく「あなた」と言われたことがない。
 父は「アボジ」、母は「オモニ」。ドラマで娘が、「アッパ」(お父さん)「オンマ」(お母さん)と甘える。兄は「オッパ」。血のつながりがない、彼氏や信頼する先輩にも使う。名前を呼ばれていた彼氏が彼女から初めて「オッパ」と言われたら、さぞかし嬉しいことだろう。
 若妻も夫に「オッパ」と言う。上述の『ウェルカム2ライフ』でも妻が主人公の夫にそう呼んでいた。2024年1月号NO.202(「ヨヨミVSヨソミ」)で紹介したが、歌うヨヨミパパに向かって(動画の1:29~35)熟年夫婦なのにヨヨミママが「オッパ」と声掛けし、娘のヨヨミさんが大笑い(ヨヨミさんは、韓国で日本の昭和ソングがブームのなのか、8/11浅草での初の日本ファンコンサートに向けてか、立て続けに3月は都はるみさんの『好きになった人』、4月は中森明菜さんの『十戒』、5月は故松原みきの『真夜中のドア〜stay with me』、6月は藤井風氏の『死ぬのがいいわ』と日本語でカバー。同月前川陽子さんの『キューティーハニー』はハングルにてカバー)。
 若者同士が結婚するとそれぞれの親に報告するとまず親たちが反対する。儒教社会だからか「韓流ドラマあるある」の定番中の定番。
  ありえないほど世間が狭いのも、「韓流ドラマあるある」の一つ。三兄弟のドタバタ恋愛ホームドラマ『ヒョンジェは美しい』(2022年韓国放送)でも、ユン・シユン氏扮する主人公男性弁護士イ・ヒョンジェはイ家の次男で、所属する弁護士事務所の演技派シン・ドンミさん演じる女性代表弁護士がイ家長男の彼女。主人公・イ家次男の(ベタピンならぬ)ぺ・ダビンさん扮する彼女の弟がイ家三男の彼女のバイト先の上司てで三男の恋敵。とにかく登場人物が少なく限られている。
 『三姉弟が勇敢に』も、世間が狭い。ヒロイン長女の結婚相手の男性の叔母が長女の弟と恋愛関係になる。次女は会社社長と恋仲になるが、その社長はその叔母の古くからの友人という具合。
 そして、叔母と弟は自分たちが親戚同士だと後で分かり、結婚を諦めようとする(後で妊娠が分るが)。血のつながりがないのにと私を含め日本人は不思議がる。
 韓国の戸籍は、日本と違い本貫(本とも)と呼び、一族の始祖の出身地が記されている。「家門と家門の出会い」が重要視され、同じ姓で同じ本貫同士の結婚を認めない民法第809条1項「同姓同本不婚の原則」)が前世紀末ぐらいまで存在していた。その規定を削除されても同条には、「8親等以内の血族(特別養子の縁組前の血族含)間の婚姻」と「6親等以内の血族の配偶者、配偶者の6親等以内の血族、配偶者の4親等以内の配偶者の姻族又は姻族であった者」との婚姻を禁止する規定が残っているという。
 『ヒョンジェは美しい』においてもこの問題が浮上し主人公とヒロインとの結婚に影を落す。さらに、主人公の父親とヒロインの母親とが養子であり、「養子」が差別視されていると感じる。面倒くさいことが嫌いな私は韓国に生きづらさを感じる。韓国の自殺率が高いのもわかる気がしてくる。韓国に渡った日本人妻は大丈夫か。
 『ブラボー私の人生』(2022年韓国放送)もありえない設定でありえない展開がえんえん続くが、ヒロインが初任給を手にしたとき父親代わりの恩人に下着をプレゼントした。それが子が親にする習わしらしい。私は両親にあげたかどうかも覚えていないが。
 このドラマで、遅まきながら気がついた。韓国では名前だけでは呼ぶ習慣がないという。同じ名前が多いからだとか。日本では子が親にフルネームで叱られると勘当されるのかと思うのでは。

 一方、WOWOWにて最近中国の時代劇も見始めたが、ホームドラマと壮大な時代劇を比較してはいけないが、中国の時代劇は登場人物が多く、難しい感じの名前も多く、字幕に名前が出ても何者だったか思い出せない。
 韓国ドラマでは、李氏朝鮮の王様が、臣下の前での威厳のある姿か病床に臥す様子しか映されない。中国で大ヒットした中国ドラマ『星漢燦爛』では、皇帝が皇后と側室とにやり込められる姿や家族に我々庶民と変わらぬ私情をぶちまける様子などが、描かれており、新鮮に感じた。
 もう一つ韓国の時代劇と違うと感じたのは、中国の時代劇の登場人物が男優もそうだが、とくに女優は皆色が白い。韓国の時代劇はとくにそんなことはないと思うのだが。
 WOWOWの『星漢燦爛』の前に放送された中国時代劇『夢華録』でも、ストリーには関心が湧かず続けては観ていなかったが、これまた女優は皆色が白く、とくにメインキャストの劉亦菲(リゥ・イーフェイ:ディズニー映画『ムーラン』の主人公役)さん、巨乳美人の柳岩(リュウ・イェン:本業は司会者で「中国一セクシーな司会者」と呼ばれる)には目の保養とさせていただいた(18歳以上の中国女性4億人の頂点に立つ女優陣はさすがに美しい)。

 ボリウッドと呼ばれるインド映画においても、女優は、メインキャストは色白でハリウッド女優かと勘違いさせる。

 現代ビジネス編集部がまとめた論考集『日本の死角』(講談社)の中で、「私が『美しい』と思われる時代は来るのか? “褐色肌、金髪、青い眼”のモデルが問う」と題してシャラ・ラジマさんはモデルの傍ら国籍や人種に捉われない存在感で「人種のボーダーレス」をコンセプトに活動している。

 本の中で、インド系で東京育ちのラジマさんは、簡単に言えばと断った上で、インド系は「原住民族である南方に住むドラヴィダ系の人々を北方から来た色の白いアーリア人が支配してインダス文明が始まった構造があり、古代から白が黒を征服して来たし、そこから交じり合って出来た人種だ」と説明する。
 インドにおいては、単に肌の色の違いでは済まず、身分まで決まってしまう。カースト制だ。ネット上の『グジャの世界史探求授業』によれば、アーリア人の支配下で肌の色で大きく4身分に分けるヴァルナ制ができ、生まれによって特定の集団に帰属するジャーティ集団と組み合わさったことで、数千もの階層に分かれたカースト制度が出来たと説明する。それで、主演級の役どころは色白の女優しかなれないのか。
 ラジマさんは、メキシコにも触れている。受験勉強していた頃の話として、「中南米の原住民族が彼らにとって異邦人であったスペイン人を受け入れたのは、メキシコ古来の宗教に「白い神の伝説」があったからだという話を知り、黒が悪いとされないことはこの地球史上でもあったことはないのか?と疑問に思ったこともあった」と記している。
 米国も「開拓」の後WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの略)による白人支配が確立された。

 パックスブリタニカ、パックス・アメリカーナ、パックスジャポニカを経て、パックス・チャイナ。その後のパックス・インディアのアジアの時代が到来しても、「白」の優位は変わらないのかもしれない。
 黒人が白人女性と結婚するのは黒人成功者の特典と言われる中で、その代表と言えるスーパースターのサッカー界の故ペレやゴルフ界のタイガー・ウッズ選手が白人女性を娶る。 

 ポップス界のスーパースター故マイケル・ジャクソンに至っては皮膚を貼り換え白人になろうとした。それほどに差別は酷く、黒人にとっては生きづらい世界なのか。
 かく言う私自身、色の白い女性が好きだ。それはアジア人としての色の白さで白人のそれではない。「色白は七難隠す」とよく口にしていた母が色白であったからかもしれない。
  と言っても、好きになれば肌の色は関係ない。女優真木ようこさんが好きだ。邦画『アンダーカレント』(2023年公開)の子供の頃に深い心の傷を負いその苦しみを内に抱え生きるヒロインを抑えた演技で好演したのが、素敵だと感じた(康すおん氏が扮するたばこ屋の主人が「人はみな誰かに頼り迷惑をかけて生きるものだよ」と言った言葉が、44年の夫婦生活を振り返り、尽くしてくれた妻に対し良い夫ではなかったと後悔する今日この頃、心に沁みた)。
  日本人にも白人崇拝があるという見方があるが、私は白人崇拝などしていない。
 大谷翔平選手も昨年のWBCの米国との決勝戦を前に「今日だけは憧れるのを止めましょう!」と言ったが、憧れの選手として名前が挙がった3名の内の一人ムーキー・ベッツ選手は黒人選手。
 政治家も白人の米国政治家に憧れているわけではない。見下げていた黄色人種である日本人の予想外の強さに怯え二度と戦いを挑んでくることがないよう終戦から80年経とうとする今も間接支配が続き、日本の政治家がほぼ骨抜きにされたに過ぎない。
 アフリカ系米国人が日本に来るとほっとするという。差別されないからだ。寿司屋で白人の米国人が黒人客の存在を店主に文句を言う。店主は黒人を退席させず、差別発言する白人を追い出す、そんな事例がyou tubeによく挙がる。
 日本には、人種差別はないとは言えないが、肌の色による差別はない。とくに日本女性は。黒人男性と結婚し、産まれた有力なアスリートが少なからずいる。
 「男女平等」「男女同権」は、女が男と同じように振舞うことを意味していないだろう。今や先進民主主義国ながら国民が分断してしまっている英米を見て、いまだに日本女性は遅れていると勘違いしている人はいないか。

 日本女性は、奥ゆかしいく優しい。賢くて倫理観が高い。そんな日本女性を代表して真美子・大谷夫人が世界に範を示めしてくれている。日本女性はもっと自信を持ってよい。
 日本女性は、何ら変わることなく、劣化した日本の男どもを掌で上手く踊らせているなら、日本が大きく凋落してしまうことはないだろう。

(次回219号は12/1アップ予定)

2024.11臨時号 NO.217 デコン VS デコ

   MLBのポストシーズン(PS)は、佳境を迎え大谷翔平選手が所属するドジャースがナ・リーグチャンピオンの座を賭けてメッツと戦っている。今の勝勢のまま勝ち切り、大谷選手には念願のワールドシリーズ進出を果たしてもらいたい。

 ワールドチャンピオン争いがドジャースとジャッジ選手擁するヤンキースとになれば、名門人気チーム同士の世紀の大決戦として最大級の盛り上がりが見られるだろう。

 さて、レギュラーシーズンでは、二刀流の大谷選手が打者だけに専念しても超一流であることが、立証された。
  大谷選手は大きなケガもなく欠場も3試合だけ。主な自己新を見ても、出場数159、打席731、打数636、安打197、本塁打54、打点130、得点134、盗塁59と圧倒的な成績。
  King of Ski  と呼ばれるノルディック複合(クロスカントリースキーとスキージャンプ)の王者が「ジャンプ」単独競技に出場して優勝するようなもの。大谷選手をKing of Baseballと呼んでよいだろう(打撃が超一流なら打者に専念してもよいものだが、大谷選手は来年二刀流を目指す。肩や肘が壊れるまで続けるのか。誰もマネ出来ない。唯一無二の存在)。
 MVPの記者投票はレギュラー・シーズン終了直後に済んでいる。発表が遅いだけ。来月下旬に発表されるMVPに大谷選手が選ばれ、兄貴分のトラウト選手と同じ3度目の受賞は確実と見られている(両リーグでのMVP受賞は1961年レッズ、1966年オリオールズにおける故フランク・ロビンソンに次いで史上2人目となる)。
 関心は3度目も満票受賞となるか。DHがMVPを受賞することに反対論があるも実際に違う票を投じた勇敢?な記者がいたかどうか。
 今季大谷選手は1876年発足以来約150年のメジャーの中で不滅とも言える偉業も成し遂げている。
 5人しかいなかった「40一40」を史上最速で達成した上、前人未踏の「50(54本塁打)ー50(59盗塁)」を実現させた。
 また、MLB800試合出場までに、200HR、500打点、100盗塁以上を記録したのは大谷選手だけ。本塁打と盗塁をともに記録した試合が1900年以降で15試合に達したのは大谷選手だけ(これまでの最多記録は通算1406盗塁のリッキー・ヘンダーソンが1986年に記録した「13」)。さらに23年ぶりに400(411)塁打を超した。
 そして、オールスター・ゲームでも、ホームランを打ち、故ベーブルースもなしえていない、「勝利投手」と「ホームラン打者」(第1号はルース)との両方の勲章を持つ唯一の選手となった。

 今季からドジャーブルーのユニホームで戦った大谷選手の2024年の激動の1年を振り返ってみる。 
 1年前本ブログ2024年1月号NO.201(「ネトVSソト」) にて、大谷選手のFAについて、本命「エンゼルスに残留」、対抗「ドジャーズへ移籍」と予想した。
 見事に外れた訳ではあるが、まさかエンゼルス・オーナーのモレノ氏が大谷選手を手放すとは思わなかった。私はモレノオーナーが球団を売却するのを止めたのは、買い手の言い値がオーナーが希望する価格に達せず、売るのを一時的に見合わせたと見ていた。大谷選手以外にも広告スポンサーも失う為是非にも大谷選手を残留させると思っていた。
 そうではなく、オーナーが子息に球団を相続させることに気が変わり、相続税(遺産税;日本と違い米国は税法上故人が支払う形に)を抑える為に球団の資産価値を下げる行動に出たとしか私には思えない。2022年球団の売却を決断したと報じられた時「チームを引き継ぐ明確な意志を示している家族がいないのだ」と発言したとされたのだが。 

 貧しい境遇から立身出世を成し事業家としては成功者であろうが、このオーナーを尊敬する気になれない。
 大谷選手自身は、中小オーナー企業のようなエンゼルスに残留なら、二刀流を極めることにまい進し、大企業のようなドジャースならどんな形であれ一選手としてチームの優勝に貢献すると決めていたのではないか。
 ワールドチャンピオンになるにはドジャースがいいとは思っていただろうが、二刀流が開花するまで待ってくれたエンゼルスに恩を感じていたし、兄貴分のトラウト選手が残留を切望していたことも痛い程分かっていたハズ(大谷選手の移籍が決まった時2カ月ほどトラウト選手は沈黙した)。
 大谷選手を慕うネト選手やモニアック選手など若い選手もおり、エンゼルスが望むなら、最後は大谷選手は残留したのではないかと思う。だが、予想外にエンゼルスのオーナーサイドはつれない態度をとった。大谷選手は後腐れなくドジャーズに移籍することになった。
 ドジャースへの移籍にはそんなに驚くことはなかったが、開幕前の結婚と水原一平氏問題には心底驚かされた。
 才色兼備の真美子夫人にはこれ以上大谷選手にふさわしい人はないと思えた。私がそう思うのは1959年に皇太子殿下(現上皇陛下)と成婚なされた美智子妃殿下(現上皇后陛下)以来のことであった(私はまだ8歳8カ月でしかなかったが)。

 世の大谷ファンの女性はさぞかしがっかりしただろうが、嫉妬もできずただ拍手を送るしかなかったのでは。
 単細胞の私は50年前銀行での180㎝を超える先輩の奥さんがかなり小柄であったことに驚きを覚え、それ以来背の高い男性は却って小柄の女性を好むものなのかと思っていた。

 メジャーの佐々木主浩元投手(190㎝)夫人榎本加奈子さんは157㎝。196㎝のダルビッシュ有投手の前妻でタレントの紗栄子さんも157㎝(現夫人山本聖子さんは165㎝で低いとは言えないが)。バスケットの渡邊雄太選手は206㎝もあり、奥さんの元アナ久慈暁子さんは168㎝で低くはないが身長差は38㎝もある。
 大谷選手はそうでなく、元バスケットプレーヤーの真美子夫人は180㎝もあり大谷選手と13㎝しか違わない。釣り合いがとれ、シャッターにも収まりやすい。
 このアスリート二人の間に出来る子供もさぞかし背が高いことだろう。子供は2m以上に育っても不思議ではない(190㎝のトランプ前大統領と180㎝のメラニア現夫人との間の息子は203㎝)。
 子供は運動神経もよいだろうから、男子なら野球かバスケットに。女子なら180㎝もあれば、バスケットかバレーボールの選手に進むのか。大きなお世話だが。
 水原氏詐取事件は結婚のお祝い気分を吹き飛ばした。そのことについては2024年5月 臨時号NO.208(  「NASA  VS NISA」) で触れたので、同じことを書くのは避ける。
 スポーツ専門局「ESPN」の取材・報道が事件発覚の発端となった訳であるが、それがなければ、捜査当局は大谷選手をシロと分かりながら違法賭博の黒幕に迫る為水原氏を泳がせ続け、大谷選手はもっと水原氏から詐取されていたかも知れない。我々を不愉快にさせただけではなく、よかったことと言えるだろう。大谷選手の精神力の強さを再認識できたとともに芸能人、インフルエンサーなど著名人の性根の善し悪しが分かったことも。
 心配したのは我々だけではなく、愛犬デコピンも主人の精神的異変に気がついたであろう。愛犬の方が「心配させやがって!」と大谷選手の額にデコピンしたいぐらい。
 名前をデコポン(この日本生まれのオレンジをカリフォルニア州では相撲取りのちょんまげ姿に似ているとして「スモウシトラス (Sumo Citrus)」の名で販売) に変えてあげては。
 デコイと元の名を呼ぶ米国ファンもデコポンなら発音しやすいだろう。山本由伸投手の愛犬「みかん」と同じ柑橘類でもあるし。こちらの方がもっと要らぬお世話になるか。
 山本由伸投手がドジャース入りしたのも少し驚いた。ヤンキースかメッツと思っていた。山本投手は普段はひょうきんで野球に対してはストイックで大谷選手とよく似ている。
 二人は気心が知れた間柄であることを私は知らなかった。大谷選手自身は日本人の先輩がいる球団は希望していなかった。先輩に迷惑をかける、先輩が自身に気を遣うことは避けたいと思ったのでは。しかし、後輩なら歓迎する。頼りにしてもらえれば嬉しい。山本選手にしても初めてのMLBで親しい兄貴分がいればこれほど心強いことはない。
 MLB史上最長&最高年俸総額の12年総額3億2,500万ドルで契約した山本投手には、韓国開催の初登板での乱調もあり、体も大きくなく、超豪速球もない山本選手に米国ファンの見る目は懐疑的だったかもしれない。

 しかし、米時間6/7ヤンキース戦に先発し7回2安打準完封を成し遂げた。口の辛いヤンキースファンやメディアに囲まれたヤンキーススタジアムでの緊張する初登板でジャッジ選手やスタントン選手など超強力打線を抑え込んだ。
 ヤンキースの選手・監督だけではなく全米中の野球ファンから投手最高年俸は伊達ではないと認められたと言える。山本選手にとつても大きな自信になったことだろう(ただ、ヤンキース戦で出力を上げた為かIL入りしてしまったが)。
 山本投手は大谷選手からの援護射撃をあまり受けていない。離脱もありホームランは米時間4/12のパドレス戦しか打ってもらってなかった。しかし、米時間9/22の地区優勝に向け大事な試合で3 回4失点で降板。背信の負け投手になるところ9回大谷選手が起死回生の同点ホームランを放ち山本投手を救った(PSの初登板でも初回3失点を直ぐ3ランで帳消しにしてくれた)。それが無くてもはるかに上回る精神的バックアップは受けていようが。
 昨年末ドジャースにトレード移籍し、その後5年契約を結ぶ際、大谷選手から「あなたのために本塁打を打ちたい」とのビデオメッセージを贈られたグラスナウ投手に対しては、大谷選手は有言実行とばかりグラスナウ投手の先発日に計8本のホームランをプレゼントしている。
 一番恩恵を受けたのは、パクストン投手。大谷選手から8試合9本(米時間4/8、同4/23、同5/5・2本、同5/17、同5/29、同6/5、同6/11、同7/21)もホームランを打ってもらっている。しかも13号(同5/17)~16号(同6/11)は連続してパクストン投手の登板日に。
 同7/21の試合では、4年連続となる30号を大谷選手が放ち、パクストン投手も勝利投手となった。なのに、翌日パクストン投手の戦力外が報じられた。35歳、1年契約のパクストン投手は8勝しているほどには内容が良くないと判断されたが、MLBの世界はなんともシビアと思った(パクストン投手は結局引退した)。

 それが裏目に。シーズン最終の大事な時期に先発投手陣が駒不足に。PSで真のエース不在はともかく駒不足でブルペンデーはありえない。

 オフシーズンにて噂のヤンキースのソト選手等を高額で獲得するぐらいなら、先発投手陣の補強を優先すべき。投打両面に大谷選手に大きな負担をかけるのは避けてもらいたい。
 
 今季打者に専念した大谷選手に対して、素人の私は、打つ方だけなら体力的にも楽であり、三冠王も夢ではないと期待してしまう。
 問題は打率。ナ・リーグには昨季3割5分4厘を記録し2年連続首位打者(2022年ア・リーグのツインズにて、2023年ナ・リーグのマーリンズにて。今季5月にパドレスに移ったが同じナ・リーグ)に輝いたアラエス選手がいる。
 大谷選手は、昨季初めて3割(3割4厘)を超えただけ。アラエス選手を超えるには3割3分3厘(3打数の内1安打)前後は必要。それは荷が重いかと思っていた(今季アラエス選手の打率は、3割1分4厘で低く終わったのではあるが)。
 ところが、今季は初戦の韓国戦から3割以上を打ち序盤米時間3/29~4/5の7試合で3割を切る(底は同4/2の2割4分2厘)も、それ以降3割台をキープ。同4/24のナショナル戦(22試合連続出塁)で3割7分1厘と今季最高打率となり、3冠王への期待が膨らんだ。
 それがピークで翌試合より打率が3割3分台まで下がるも同5/7(3試合連続で4本目のホームラン)でもう一度3割7分0厘と第2のピークがくる。それ以降は打率は下降していく。
 後述する6月後半から確変モードに入り、本塁打量産から同6/26には第25号を放ち連続打点10試合(球団記録)とし打率は3割2分2厘まで回復し、また三冠王の期待が膨らんだ。
 しかし、7月になると打率は徐々に低下傾向を辿っていき、米時間7/31には3割9厘まで下がった。
 出塁率と長打率を併せた強打者の指標OPSも、米時間5/6メジャートップの1.139となったが、6月に入ってOPSは1.0を割り、同6/9のヤンキース戦終了後0.947まで落ちた。

 メディアは大谷選手を“ミスタージューン”と呼びホームランの量産すると囃し立てたが、大谷選手のバットは米国は梅雨がないのに湿りがちであった。
 6/9のヤンキース戦にてOPSが1.0を超えた4月初め以降今シーズン最低の0.947に落ちた後休日を挟んで同6/11からシューズを白から青に変えている。
 打席に立つ際のルーティーンも変えている。構える直前にバットを地面に置く。ホームベースと三塁線の延長線上に合わせ、軸足となる左足の立ち位置を確認し、自分の立ち位置を毎打席ズレないように固定している。
 メディアは一転本当は6月の後半からホームランが激増すると言い出した。過去3年のデータによれば、なるほど6月後半からホームランを量産している。そのとおり上述のごとくホームラン量産し出した。
 オールスター明け打率は同7/19戦3割1分6厘から再スタートした。が、低落傾向を辿り、同9/16、17のマーリンズ戦で2割8分7厘まで打率を下げ、1.0を切っていたOPSも同様に下がり続0.978を記録した。今季はこのまま終わってしまうのかと心配したのだが。
 ところが、翌9/18の試合ではまさかのド派手なSHOーTIME。何と6打数6安打、3ホーマー、10打点の大当たり。その後も大谷選手は打ちに打ちまくり、最終的には、三冠王は逃したが、打率3割1分、本塁打54、盗塁59とトリプルスリーを達成した。OPSもア・リーグのジャッジ選手に次いで、1.0(1.036)を超えた(1点台は2人だけ)。
 打点王争いは、本塁打とともにブレーブスのオズナ選手と1位争いを繰りひろげていたが、まさかの伏兵が現れた。米時間9/14の満塁及びソロホームランの5打点をあげ翌日2打点が加わり突如ブリュワーズのアメダスならぬアダメス選手が打点のトップに躍り出た。が、その後打点を計上できず大谷選手に1打点追い抜かされた。同9/19英気を養うべく休みをとったが、その日にライバルの大谷選手は3ホーマー、10打点の荒稼ぎ。アダメス選手は三日天下で終わってしまった。大谷選手は初めて打点王(自己新の130)のタイトルを獲得した。
 本塁打では、史上初の「2年連続での両リーグ制覇」を達成。4月7本、5月7本、6月12本、7月6本、8月12本、9月10本とコンスタントに放っている。
 本塁打の飛んだ方向別に見ると、前半戦右翼席17本、バックスクリーン6本、左翼席6本計29本、後半戦右翼席17本、バックスクリーン4本、左翼席4本計25本。前半戦の右翼席本塁打の割合は59%(17/29)。後半戦は同68%(17/25)で9月だけを見ると70%(7/10)に達する。
 大谷選手はセンターへの大飛球の本塁打が出れば本調子と言われている。過去二刀流の疲れと暑さから足腰がへばり後半は手打ちで引っ張る形になっていくと見られていたが、今季後半も例年ほどではないにしろ暑さと盗塁による疲労で足腰のへばりもあり、ゴルフで言えば、下半身主導のドライバーショットが打てなくなっていた。が、サンドウェッジですくい上げような打ち方でも本塁打にする。そんな手打ちでも柵越えさせる技術とパワーが発揮されている。それが調子が悪くても3試合に1本本塁打が出ることにつながっているか。

 本塁打50本以上、OPS1.0以上は、ナ・リーグで大谷選手だけ。ア・リーグはジャッジ選手だけ。共に本塁打、打点の二冠。それで打者としてどちらが上かとファンや担当記者同士などで言い争いになる。
 私は、ジャッジ選手の試合は余り観ていないが、ホームランバッターとしてはジャッジ選手の方が上と思っている。実際ジャッジ選手は本塁打58本打っている(大谷選手は54本)。2022年にはア・リーグ史上最多の62本を記録している。私はジャッジ選手は打ちに逸っても決してボール球に手を出さないとの印象がある。
 さらにジャッジ選手は、甘い球を逃さないのが凄いところ。これは格下の投手がアシストしている面もあろう。ストライクゾーンを縦(上・中・下)横(左・央・右)の9分割すると、ジャッジ選手のホームランゾーンは、中・左、中・央、中・右と下・央で、いわゆるふんどし型。大谷選手に比べて得意なゾーン多くない。
 大谷ファンとしての贔屓目で見れば、格下の投手は同じ地球人のスーパースター・ジャッジ選手に得意なゾーンに真っ向勝負して打たれても、やっぱり凄いと感嘆するだけか。大谷選手には相手投手は総じて(アジア人差別ではなく)いわば異星人と捉え絶対打たれたくないとして大谷選手の苦手なコースを攻め、それでも打たれると顔を歪め膝を折る。
 大谷選手は、打者としても、本塁打と盗塁の二刀流。身長193㎝、体重100㎏前後の巨漢が盗塁し(成功率7割で上出来なのに)36回連続成功し9割3分以上(59/63)の成功率を誇る。太刀打ちできるメジャー選手はいないだろう(「私失敗しないので」が口癖の大門未知子外科医は勝つだろうが)。
 詰まる所、長刀の佐々木小次郎と二刀流の宮本武蔵のように異質の二人に決着をつけさせるのではなく、どちらも現役最高のメジャーリーガーとして双璧と評せば、それでよいのではないか。

 今季ジャッジ選手と大谷選手の本塁打争いを見て、「ウサギとカメ」の童話を思い出した。ウサギのジャッジ選手は、3月、4月は不調であったが、5月14本、6月11本とホームランを量産し、7月末ではウサギは39本とカメの大谷選手の32本に7本差つけていた。
  8月に入っても月間12本放っていた。ところが米時間8/25の50号、51号連発のホームランを最後にウサギは休んでしまった。52号が出たのは17試合目の同9/13。
 一方、カメの大谷選手は、8月の月間打率が2割3分と決して調子は良くなかったといえる。が、カメは3試合1本のペースでこつこつと増やしていった。同9/11に47号を放ってからはウサギ飛びができないカメは前脚を高速パタパタさせて同9/20には52号に達した。ウサギに対して1本差に迫った。 騒ぎに目が覚め泡を食ったウサギは走り出し、逃げ切る。
 童話ではカメが追い越しウサギは追いかけるも負けてしまう。ウサギは反省しないだろうが、ジャッジ選手は勝っても大事な終盤戦で16試合も本塁打を打てなかったことを反省しているのではないか。
 ジャッジ選手は大谷選手の足元に注目しているとオールスター・ゲームの折話していた。
 大谷選手は、レジェンドの張本勲さんに足を上げることを指摘されていたが、2018年訪米後オープン戦で振るわず開幕3日前に前の右足を捻るだけでタイミングをとり、足を上げなくなっている。それだけ器用なのだろう。
 足を上げるのは非力の打者が足を上げての反動でパワー不足を補うが、その分タイミングが取りづらい。目線がブレことも。大きなガタイのジャッジ選手が本塁打を打つのに足を上げる必要はない。
 ジャッジ選手は大谷選手のように摺り足に変えるには数年かかると言っていた。が、今回の16試合本塁打なし(この間の打率は2割1分1厘でしかない)を経験し、足を上げてては不調から抜け出すのに時間がかかると痛感したのでは。今オフ摺り足への移行を急ぐのではないか。
 
 来季大谷選手は二刀流に復帰しよう。今度は投手としてサイ・ヤング賞をと期待するファンもいる。私は賛同しない。
 来季大谷自身を含め強力打線の援護があり15勝以上は見込めるだろうが、サイ・ヤング賞は勝数よりも防御率を重視する。しかも、ナ・リーグは打者よりは投手に優れた選手が多い。今季防御率ベスト5を見ると、1位ブレーブスのセール投手(2.38、18勝)、2位フィリーズのウイラー投手(2.57、16勝)、3位カブスの今永投手(2.91、15勝)、4位パドレスのキング投手(2.95、13勝)、5位ブレーブスのフリード投手(3.25、11勝)。それ以外にも、新人賞候補のパイレーツのスキーンズ投手(規定投球回に達しないが1.96、11勝)もいる。
 今季手術療養中の、昨季20勝(5敗)、球団新記録となる281奪三振を記録し、最多勝と最多奪三振の2冠を獲得したブレーブスのストライダー投手 、2022年14勝、WHIP(投球回あたり与四球・被安打数合計)で0.98と1を切ったマーリンズのアルカンタラ投手も来季復帰するだろう。
 大谷選手は肘の手術を2度しており、3度目になれば投手生命が終わると言われる。
   サイ・ヤング賞を狙うには規定投球回数(162イニング)をクリアする必要があるが、PS進出の常連ドジャースではさらに18イニング程投げ計180イニング前後投げる必要がある。

 打者でフル出場する中では投手生命は3年も持たないだろう。二刀流の不滅の金字塔は2022年の「規定投球回並びに規定打席をクリアした上での15勝・34本塁打」でよいのでは。
 来季は、投手はほどほどにして、盗塁は少し減るだろうが、3割、30本塁打、30盗塁のトリプルスリーの延長戦として打者としての三冠王を目指してもらいたいと思っている。

(次回218号は11/10にアップ予定)

2024.11 NO.216   バタリアン VS   

      バタリアン
 東京都知事選ほどではないにしろ明確な旧派閥の縛りがない中で、9人もの候補者が自民党総裁選に出馬した。私は誰が新総裁になるか分からなかったし、予想もしなかった。予想しても、私の本命(初の女性総理候補としての)上川陽子氏、対抗(天才肌で米国からタフネゴシエイターと評される)茂木敏充氏、穴(知性・教養・品性が揃う数少ない二世議員)林芳正氏は、決戦投票に残るとは思えなかったし。
  9/27の自民党総裁選を見守っていたが、新総裁として石破茂氏が選出された。本日の国会にて新総裁が新総理として選出される運びとなる。
 石破新総裁は自治大臣等を歴任した故石破二朗の子息で二世議員。銀行員であったが、故田中角栄に薦められ、と言うより、言い包められ、国会議員に。銀行出身の私からすると、銀行員は本来ディヘンス側の人間。問題点を見つけ、問題提起あるいは批判するのが得意(そんな銀行員がバブルの折、オフェンス側に立ち、銀行は破綻した)。
 そんな銀行出身の石破氏に対して、櫻井よしこ女史は、2024.9.26付け週刊新潮の連載コラム1115号にて「部下の信頼も決断力も欠く石破氏」と酷評している。
 櫻井女史には「それはそれとして」と言って妥協してしまう石破氏に歯がゆさも感じるのであろうが、オフェンス発言が勇ましい高市氏よりは国民にとって安心感があるだろう。

 石破新総裁が総理になれば、大きく前進することもないが、大きく後退することもないのでは。
  
 民主主義の問題点は、民度は一定との理想を前提にしていることにある。しかし、現実は、民度の高い層<民度の低い層。とくに政治的民度が高くない国において国のトップを決める場合直接選挙では望ましくない結果となりがちである。

 ウクライナのゼレンスキー大統領が好例。コメディアンが大統領になっても構わないが、俳優のレーガン米大統領は1967年1月~1975年まで8年間カリフォルニア州知事としてみっちり政治家としての実績を積み、評価もされている。
 日本においても、ひと昔「警察は一流、経済は二流、政治は三流」と言われたが、政治が三流なのは、政治家だけの問題ではなく、国民の(政治に限って)民度が低いこともある。
 その民主主義(多数決)の問題点を補う為に、国のトップを決める場合、「直接選挙」以外に、国民から選ばれた国会議員により選出させる「間接選挙」がある。ウクライナを揶揄できない、私を含め政治的民度が低い日本は当然間接選挙としている。
 しかるに、日本は実質自民党総裁=内閣総理大臣と言える。ならば、総裁選に党員・党友を参加させるのはどうなのか。私に言わせれば「党友」は自民党のファンクラブ会員に過ぎないのに「総裁選への参画」という特典が与えられている。AKB選抜総選挙の投票権じゃあるまいに。それでは国のトップを直接選挙で決めるようなもの。
 9人も出馬すれば議員票は分散される。人気が高く党員・党友票が多く集まる候補者が有利となってしまう。それで党員・党友が推す上位3人と言えば、高市氏は、裏金議員の推薦が多い、「総理になっても靖国神社に参拝する」と発言しているのに、なぜか人気が急上昇する。石破茂氏は、自民党内で麻生氏など敵を作り過ぎている。総裁選候補者の討論会を見るまでもなく“進次郎構文”と呼ばれ話の中身がないと知れ渡っている小泉進次郎氏もいまだに上位人気(常々「(次男の)総裁選出馬は50歳になってから」と言っていた父親の小泉純一郎元首相は進次郎氏が今回総裁選3位でよかったと思っているのでは。目先の総選挙で人寄せパンダとされ、国会での党首論戦等でボロが出て自民党に使い捨てにされることを危惧していたのではないか)。
 党員・党友票により、いわば嫌われ候補同士の決戦投票になった。が、多くの裏金議員に推され、問題のリーフレットで優位になった者が総理になってよいのか、中・韓との関係はどうなるのか、財務省、日銀との軋轢は、と懸念材料の多い高市氏が総裁になってよいのかと国会議員がそれにNOを示した。「間接選挙」がまだ機能していると言える。
 権力争いから見れば、主流派のドン・麻生氏が非主流派(小石河連合)のトップ菅氏に負けた。石破氏に私憤を抱く麻生氏は決戦投票が石破氏対高市氏との公算が高くなり岸田氏に高市氏支持を持ち掛けたという。が、タカ派路線とは相容れぬと岸田氏が拒否して石破氏支持に回っては勝負ありか。それでも麻生氏は総裁選当日の朝に高市氏支持を表明する奇手に出たが。

 “終わった”のは、決戦投票に向け壇上から高いと言われたプライドをかなぐり捨て全自民党議員に過去の非を詫びた石破氏ではなく、私憤に囚われた?麻生氏の方だろう。それでも麻生氏はまだ石破・菅・岸田包囲網から脱出する機会を窺うのか。
 なお、今回の総裁選を見て総裁選のやり方を少し変えるべきだと思った。自民党総裁選を本選に進む候補を決める予備選(直接選挙)と総裁を選ぶ本選(間接選挙)の二つに分ける。

 予備選は党員・党友も参加させることにする。本選では予備選の1位~5位までの候補者の中から「国会議員だけ」で投票させる。過半数に達する候補者がいない時は上位2名の決戦投票とする。そう改正してはどうだろうか。
 
   来る11月5日(米時間)より米大統領選の投票が始まる。民主党サイドから「ファシスト」と呼ばれるトランプ前大統領と共和党サイドから「コミュニスト」(共産主義者)と攻撃されるハリス現副大統領との戦いとなる。
 バイデン大統領からハリス副大統領に候補が代わって以来民主党が活気づいている。民主党よりの米メディアの世論調査ではハリス氏がトランプ氏を少しリードしている。
 周知のとおり、各州の(大統領を選ぶ)選挙人は投票率の応じて配分されるのではなく、勝った方が選挙人を総どりする。全体として投票率が高くても敗北することがある。2016年元大統領の妻ヒラリー・クリントン氏がトランプ氏に負けた如く。
 しかも、民主党が勝つブルーステートと共和党が勝利するレッドステートが予め決まっている。勝敗を決するスイングステートと呼ばれる激戦州7州ほどの州によってとぢらが勝つか決まってしまう(それでは国民の総意が反映されたとは言えない。各州に置ける総どり方式を止めるとか改正が必要であろう)。
  民主党はブルーステートで229の選挙人を固め、共和党はレッドステートで216の選挙人が見込めると言われる。選挙人は全体538 人であり270人確保すれば大統領になれる。
 それで民主党はラストベルト3州(ウィスコンシン州選挙人10人、ミシガン州同15人、ペンシルベニア州同19人)に力をいれているという。
 もしハリス氏が大統領選で敗北することがあれば、選挙人が19人と多く、とくに今回天下分け目と目されるペンシルベニア州でカリスマ的影響力を有し副大統領候補として最有力と見られたシャピロ知事を選ばなかったことが敗着と言われよう(自身よりも目立つシャピロ氏を避けたとも見られており、女性大統領誕生は遠のくのかもしれない)。
   私個人は、今回はハリス副大統領が勝つと思えないが、トランプ前大統領が勝利すると言えるほど自信もない。ただ、今回はトランプ前大統領の方が米国にとって良いと思っている。
 トランプ前大統領は、下品で自分勝手でも市井から摘み出されないオバタリアンのようであり、税金を払わない、国の法律を屁とも思わず破る、貧困層の気持ちなど分かるハズのないリバタリアンでもある。そんな彼は私の好みではない。
 しかし、政治家として白人を初めとする貧困層にスポットライトを当てるセンスは侮れない(民主党と共和党の立場が入れ替わったような感がある)。
 世は、新自由主義、グローバリゼーション、リーマン・ショック、新型コロナ禍、ウクライナ戦争、ハマス対イスラエルの戦闘を経て、貧困層の怒りは頂点にある。貧困層は見捨てられ、戦争で殺されていくと。英国は保守党政権から14年ぶりに労働者の保護を掲げる労働党に替わった。仏国ではエリート層に対する非エリート層の不満が反移民政策、反EUとして現れ、マクロン大統領の支持が急落し、ウクライナ援助において仏軍の派遣や長距離ミサイルの供与には反対姿勢の極右政党が躍進している。イスラエルでは、最高裁が(旧約聖書等の宗教研究に一生をささげ、政府の補助金で生計を立ている。李氏朝鮮時代の「両班」に似ている)超正統派のユダヤ教徒の学生(1948年の建国以来兵役に就いていない)を徴兵するよう政府に命じる判決を言い渡した。日本においても富裕層に手厚い施策の安倍元首相が暗殺され(旧統一協会問題に矮小化?)、続き岸田首相も選挙応援の和歌山で若者に爆発物を投げつけられた。その流れに米国も乗っているハズ。
 
 民主党はトランプ大統領を怪物と言う。しかし、その怪物を産んだのは民主党政権だということに気が付いていないのか。ゴジラは世に核兵器が無くならない限り何度も目を覚ます。
 多額の献金をしてくれる富裕層や芸能人の方を向き、大統領選が近づくと大勢いる貧困層の投票権に目を向け一時的なばらまきをする。そんなオバマ、バイデン両大統領に失望した貧困層がトランプ前大統領にすがろうとする。トランプ大統領の時もラストベルトの人々を失望させている。誰が大統領でも満足させることは容易ではない。ただ、エリート臭が鼻につき、ひ弱な民主党大統領より、下品だが生命力溢れたトランプ氏に親近感、期待感を抱くのであろう。
 トランプ氏はハリス氏を「いつからかインド系から黒人になり、今は黒人として知られようとしている」と発言し、民主党サイドは差別発言と非難した。しかし、置き去りにされたと思うラストベルトの黒人たちにとっては、自分たちが口に出来ないことを代弁してくれたと思っているのではないか。「カリフォルニア州出身のエリートであるハリス氏はアフリカをルーツとする我々と同じ黒人なのか。検事だったあなたは我々に何をしてきたのか」と。
 民主党に失望しトランプ共和党に鞍替えした白人の貧困層出身の1人が共和党副大統領候補のバンス上院議員だ。バンス氏はオバマ大統領を尊敬し目指していたが、オバマ大統領がラストベルトの白人労働者よりもGAFAMなどテック企業に目を向けたことに失望し、トランプ大統領の共和党に鞍替えした。貧困層に光を当てるトランプ氏を支持して、トランプ氏の考えを具体策に落とし込み実現させるのが自身の役割として副大統領候補を受諾した。
 そんなバンズ氏を節操がないと批判するのが、同じような生い立ちの在日米国人のパトリック・ハーラン氏だ。
 彼については、2019年7月臨時号NO.117(「テレビVSトレビ」)にて、「パックンこと米国人パトリック・ハーラン氏はハーバード大卒(何でコメディアンにと思ったが、離婚して極貧に辛い思いをしていた母を笑わすことが子供の頃の務めだったことに起因するとか)。高学歴(学力、知識、ブランド)を活かして、クイズ番組よりも、大学講師、講演活動、報道番組のMCなど、日本社会に順応しかつ貢献しようとしている。その姿勢は、高学歴エリートとしての使命感みたいなものが感じとれ、私は好感を覚える。」と記した。
 それから5年経ち、本人の努力が実を結び今や情報番組などで八面六臂と言っていい活躍をしている。
 彼の生い立ちからすれば民主党を支持しているのは自然。であれば、バンズ氏のように共和党支持に乗り換える。そこまでしなくとも、「今の民主党は貧困層を見捨てている」と叱咤すると思うのだが。なのに、同じ境遇のバンス氏をトランプ氏に乗り換えた背景を言わずしてバンズ氏を見下す発言をする。
 ハーラン氏は、同じコメンテーターの堤伸輔氏がトランプ氏への毛嫌い?を隠さないようなBS-TBS『報道1930』(トランプ氏、バンス氏が嘘をつくと批判しても、そんな二人に政治的民度の高い米国民が二分されるほどなぜ支持されるのかについて言及しようとしない)にて、バイデン大統領への批判に対して犯罪者のトランプ氏よりましだなどと発言する。富裕層や知識人の民主党支持者と同じ言いぐさだ。
 民主党の現状を批判せず、そんな民主党に対して日本はどうすべきかも言わない。民主党の代弁者にしか私には見えない。番組からの要望に沿っているだけとも思えない。
 それは単に彼の個性と済ませる人は多いだろうが、単細胞の私には腑に落ちない。上述にて評価していた「高学歴エリート」が逆に鼻についてきた。
 民主党政権、民主党支持者は、下品で、教養がなく、嘘をつくと蔑むトランプ氏が早晩政界から去ると思っていようが、民主党が変わらない限りトランプイズムは継承されていくだろう。
 
 民主主義の問題点の2つ目は多数決の限界。世論が80対20であれば、多数決に異論はなく、少数意見も尊重してと万事めでたし、めでたし。しかし、51対49では。49の方は多数決を認めず、接戦であればあるほど暴力行為に走ることが起きる。今の米国がその危機にある。
 高山正之氏の週刊新潮連載コラム『変見自在』の2024年8月8日号で「カマラは不人気」と題して「インチキし放題の郵便投票もOKになる。…(中略)…ゾンビ票を最後の最後に紛れ込ませたから開票は不思議な曲線を描いた。…(中略)…トランプは怒る。誰が見ても最後の1時間でバイデン票だけ12万票も伸びるのは異様じゃないか。」と前回の大統領選について触れている。
 上記の真偽について私には判断出来ないが、熱狂的なトランプ支持者なら固く信じるだろう。それもトランプ支持者による2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃につながったのであろう。
 そして今年7/13米ペンシルベニア州での集会でトランプ氏の耳ではなく、頭に銃弾が貫通していれば、内戦になっただろうと言われている。 その襲撃前に、バイデン氏は7/8の大口献金者らとの電話の折、「私の仕事は一つで、それはドナルド・トランプを負かすことだ。討論会の話は終わりだ。トランプ氏を標的に据える時が来た」と発言していた。警備体制が杜撰だったこともあり、トランプ支持者は民主党政権に憎悪の目を向けても不思議ではない。
 トランプ氏との討論会での失態だけではなく、バイデン氏のこの不用意な?発言とトランプ氏襲撃とが関連づけられるの忌避しなければならないことが、バイデン氏が大統領選から降ろされる駄目押しになったのでは。
 国民分断を背景に映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(日本10/4公開)が封切されている。そんな中大統領選でトランプ氏が負ければ、前回の議事堂襲撃で済まないかもしれない。血迷ったトランプ支持者は何をするか分らない。
 ハリス副大統領のテーマ曲に自身の楽曲『フリーダム』の使用を認めたビヨンセさんは、民主党大会に登場するとの憶測が流れたが、出席していない。
 前回バイデン氏支持を訴え大統領選勝利に貢献した歌姫テイラー・スウィフトさんも、トランプ氏からの牽制もあり今回は沈黙すると私などはそう思っていた。が、米時間9/10の大統領候補同士の討論会後インスタグラムで「私は2024年の大統領選挙でカマラ・ハリスとティム・ウォルツに投票する」と宣言した。
 早速トランプ氏は「市場で代償を払うことになるだろう」 と嫌味を書き込んだ。だが、狂信的なトランプ信者は、「市場で」には目もくれず、「代償を払う」しか目に焼き付いていないのでは。勇気と信念で宣言したテイラーさん自身は、イスラム原理主義者は怖くとも、狂信的なトランプ信者とて同じ米国人との思いがあるのだろうか。
 
 大統領候補による討論会はハリス氏の勝利に終わったが、本日深夜(米時間10/1)に予定されている副大統領候補による討論会がある。こちらは民主党のウォルズ氏より共和党のバンス氏の主張の方がラストベルトの白人の労働者に響くのではないか。
 トランプ氏が大統領に当選すれば、内戦みたいなことは回避されよう。何よりウクライナ戦争が終焉し、国内外に避難できないウクライナの貧困層の苦難も終わりを告げる。
 ウクライナに代理戦争させ、岩陰に隠れて命令する“岩陰部隊長”と見下げられた世界最強国としての米国の威信も回復されるであろう(トランプ大統領になってもハマス対イスラエルの戦闘は止まないだろうが)。 
 前回トランプ氏が再選されていたなら、プーチン大統領は戦争していない。互いに毛嫌いしバイデン大統領ごときにと冷徹であるハズのプーチン大統領は側近の反対を押し切って兄弟喧嘩のような戦争を始めてしまった。
 NATOからの撤退発言もあるトランプ大統領なら、ウクライナをNATOになど考えないし、万が一戦争する事態になるなら米軍が先頭に立ちロシア軍と対峙するであろうからプーチン大統領に戦争の選択肢はなかったハズ。

   元々NATO諸国と国境を接することを嫌う(ウクライナ全土を併合する考えはないハズの)プーチン大統領は、ウクライナを最後の砦(面としての緩衝地帯)として考え、ウクライナがNATOからの中立化を維持すれば、EUへの加盟も武装もウクライナに認めていたのであるから(それなのに素人政治家の哀しさで支持率が急落し乾坤一擲とばかりにゼレンスキー大統領が戦争に舵を切り、住民が悲惨な目に遭っている)。
 共和党のレーガン、トランプ両大統領は、キングコングと言え、無用な闘いを避けるべく掌で胸をドラミングするゴリラと同じ。それで相手は引き下がる。両大統領の時代には大きな戦闘は起きていない。共和党政権なのに、個人的な利害(石油利権)でイラク戦争を実質起こし、中東をカオスにしISの台頭を招いたと言える(悪党ぶりはトランプ氏の非ではない)チェイニー元副大統領と娘の元下院議員が戦争しがちな民主党から出馬するハリス候補を支持するのに違和感はない。いっそのこと民主党に鞍替えすれば。離党が筋だろうし。
 大統領権限が大きい「外交」はトランプ大統領が担い、「経済」はバンズ副大統領が担当し、インフレ対策、貧困層対策に成果を上げれば、トランプ氏はバンズ氏に禅定するのかもしれない。
 ただ、再度大統領になれば、トランプ氏はプーチン大統領のような権威主義を目指すことを懸念する声もある。51対49にある国民の分断を解消する為には民主主義から権威主義に移行するのは選択肢の一つではある(民主主義宗主国が権威主義国になるのは驚天動地ではあるが)。
 だが、赤と青を交ぜて一つの紫にするのではなく、トランプ氏は、すべて赤に替えることを目指している感がある。政権をとれば、これまでのスタッフを一掃し真っ赤にする。すでに終身である最高裁判事は赤が多数で優位にしてある。後は立法府の上院と下院を掌握するだけ。
 三権分立のすべてがトランプ氏の意のままにならぬよう、民主党は大統領選に負けても上院か下院は掌握しなければならない。
 トランプ氏が大統領に返り咲いたら、終身大統領を狙うと危惧する声もあったが、トランプ氏は2028年大統領選は不出馬の意向を表明した。
 言を翻しても、1951年に批准された米国憲法修正第22条は、「2期8年。最大でも引き継ぎの任期を含めて3期10年未満となる」とし、大統領が3期目以上を求めることを禁じている。
 これをトランプ氏が改正しようと思っても、議会両院の3分の2以上の議員の賛成による発議などが必要であるので、現状現実的ではない。
 さらに、たとえ現職大統領が自身の任期を延長しようと憲法を改正できたとしても、改正が適用されるのは次の大統領からになるとの制限を設けている。これまでもトランプ氏が改変しようとすれば、今度はプロのヒットマンに耳ではなく、頭を撃ち抜かれることになるかもしれない。
  トランプ氏の行動は予測不能とはいえ、ゴルフ場でも命が狙われたトランプ氏は身の危険は十分理解しているハズ。損得勘定に長けたトランプ氏が命を投げ出してまで極端なことをすることはもうないのではないか。
 優勢と見られるハリス氏が大統領になっても米国が置かれた状況が悪化しても改善されることはないのでは。トランプ氏に勝ったことで満足し安心してしまい、多額の献金と影響力を当てにし少数の(キリスト教の教えに基づき貧困層は施しの対象としか見ていない?)富裕層・芸能人等の虚栄心を満足させ、選挙が終われば大多数の貧困層を見捨てているのが続く限り(リーマンショックで住宅を失い貧困層に転落した中産階級を初め民主党大統領への怨念や憎悪は増幅するばかりでは)。
 ハリス氏はバイデン路線を追随するだけではないか。ハリス氏がウクライナ戦争を早期に停戦にもって行ける、イスラエルのネタニヤフ首相を制御できるなら、見方を変えるが。

 能力がないと言われ(それで1期で終わるハズだったバイデン氏が再選を目指すことになったのでは)、さらに外交と経済とに実績がないとも言われる。検事上がりの先輩大統領韓国尹錫悦大統領も政治の舵取りは思わしくなく支持率も低い。
 今回は民主党は下野し充電すべき時だと思う。ウイキペディアによれば、2020年の有力な民主党女性大統領候補として予備選に出馬したトゥルシー・ギャバード民主党米下院議員は「民主党は今では、臆病な"ウォークネス"(人種差別や格差是正などを声高に訴える人々を示す俗称)によって動かされる、戦争を挑発するエリート集団になってしまいました。ウォークネスはあらゆる問題を巡って反白人的人種差別を煽り、人種差別を強調することで我々を分断しています。」などと言い、2022年民主党を離党している。民主党支持の象徴ケネディ一族から無所属候補として出馬していたロバート・F・ケネディ氏が大統領選から撤退した後、共和党のトランプ候補への支持を表明。かのイーロン・マスク氏もトランプ氏支持に乗り替わった。

 20年以上も大統領選で一貫して民主党候補を支持組してきた、組合員130万人以上を擁するチームスターズ(全米トラック運転手組合)は、今回どの候補も支持しないと表明した。 
 

 民主党は、①超格差社会になってしまった米国で、「自由」とともにそれと相性の悪い「平等」を掲げた民主党が「平等」をどう実現させていくのか、②実現が容易でないから「理想」なのにそれに走り、LGBTQ やポリコレを急追し、社会をギクシャク息苦しくさせ(生活苦の低所得者はなおさらに)、国民の分断も助長していないか、それを見直すのか、③上記課題に向け期待できる若手大統領候補を発掘し、育成していけるのか、トランプ氏打倒ではなく、この課題に傾注すべきであろう。
 米国大統領は、国王がいないこともあり、「権威」と「権力」を併せ持つ“君主”みたいなもの。
 日本は、敗戦後現日本国憲法を制定し、「権威」(象徴天皇)と「権力」(首相)とを分離させた。今や、天皇が全国民の安寧を祈り、世襲による相次ぐ賢者でないボンボン首相たちは、国民は天皇に任せ、日本の方針は米国任せ。自身を支持してくれる富裕層や大企業に阿り、利権に走る。今の日本の「権力」は世界に誇れる状況にない。
 古代日本の「民のかまどの煙」の逸話で知られる 仁徳天皇は「まつりごとの基本は民。民が富まねば天子である私も富んだことにはならぬ」と民の窮乏を救うため3年間の課役を止める。大土木事業も力を入れ大坂(現大阪)の基礎を築いた。仁徳天皇の手本となるような中国伝説時代の「夏」の禹王(実在か?)など数千年前のアジアの賢帝達を鑑みて、民主党大統領達は深く内省してはどうか。
 民主党の真の標的は、トランプ氏ではなく、口だけ立派な民主党自身なのだ。
 (次回217号は10/20アップ予定)

2024.10 NO.215   さいん  VS さい
 日本固有の「世間」には、「ゆるし」という包摂的側面と、「はずし」という排除的側面があると、『なぜ日本人はとりあえず謝るのか』(PHP研究所)の著者である佐藤直樹氏はそう説く。

 2020年5月号 NO.132 (「せけん VS いけん」)にて、「ゆるし」に触れた。今回は「はずし」に言及する。
 古来より洋の東西を問わず、人は、罪を犯した者を忌み嫌う。それで聖書にも孔子の書にも「罪を憎んで人を憎まず」と諭す。
 しかし、日本の「世間」における、ケガレ(穢れ)としての「はずし」は中々消えそうにない。自民党批判の受け皿として政治団体「日本保守党」を立ち上げた、作家百田尚樹氏までもが、近著『大常識』(新潮新書)にて、「罪を憎んで犯罪者も憎む」と公人に近いベストセラー作家が大非常識なことを言う。「罪を憎んで人を憎まず」は、貧しさから盗みを働いたなど情状酌量の余地がある場合に限るべきとする。百田氏は国民の分断を煽るトランプ大統領を目指しているのか。
 日本での再犯率は約50%になるという。日本財団HEROsの記事によれば、犯罪加害者の社会復帰の過程や出所後の社会の受け入れ体制などについてのサポートや大衆の理解は決して高くなく、結果として社会に馴染めず再犯に繋がっているという。その中で、元ボクシング世界チャンピオンの村田諒太さんは大学時代の後輩が罪を犯し服役した経験から、出所者の更生ならびに服役後の社会進出の支援活動をサポートしているという。
 映画界も、問題提起、大衆の関心喚起を行っている。有村架純さん主演で2022年1月封切の『前科者』(WOWOWドラマは2021年『前科者 -新米保護司・阿川佳代-』)は、無報酬(報酬制の導入が検討されるも、社会奉仕を謳う保護司法の精神にそぐわないなどの反対意見も少なくない)なのに一筋縄ではいかぬ前科者の社会復帰を手伝う、頭が下がる「保護司」の存在にスポットを当てる(日本アカデミー賞も迫真の演技の主演有村架純さん、助演石橋静河さんに対して授賞するなら、賞としての権威や価値がもっと高くなると思うのだが)。
 役所広司さん主演の『すばらしき世界』(2012年2月公開)では暴力団とも関わり殺人を含む前科10犯の主人公が第2の人生を歩むにつき、橋爪功さん扮する弁護士、梶芽衣子さんが好演する、心優しき弁護士夫人、北村有起哉さん演じる困難な職探しに親身に寄り添うケースワーカーなどの働きかけにより主人公が社会に適合しかけていく。その光が見えた矢先持病の発作で亡くなるという結末。
 こういう映画をできるだけ多くの人に見てもらうべきなのだが、「問題作」となっても「大ヒット作」にならないのが今の現実だ。

 1992年「暴力団対策法」(暴対法; 暴力団関係者を取り締まる法律)の施行に続き、2011年47都道府県すべてで暴力団排除条例(暴排条例; 一般市民が暴力団関係者と関係を持たないようにする)が揃い、さらに暴排条例で、暴排条項が事業者の努力義務とされた為、各業界の規則や指針の多くに、下記の「元暴5年条項」(5年ルール)が採用されている。
 暴対法に該当すると判断された人物は、暴力団から脱退しても5年間は賃貸物件や銀行口座・クレジットカードなど社会で生活する上で必要な手続きが受けられない。偽装脱退がある為であるが、これでは脱退者の多くは社会に復帰することが容易ではない。
 2021年に公開された映画『ヤクザと家族THE FAMILY』では、暴対法で組が衰退し、組員として生きて行けず、辞めても5年ルールで生き辛いヤクザの悲哀を題材にしている。
 綾野剛さん扮する主人公が、堅気になろうとするが、5年ルールで居場所がなく今は堅気になっている元弟分に身を寄せる。しかし結局2人とも元ヤクザと明るみになり、元弟分は仕事も家族も失う。最後ふ頭に呼び出した元弟分が「お前さえ、戻って来なければ」と言いながら主人公を刺し、主人公は笑顔で元弟分を抱きしめた後、海の中に命を落とす。
 日本のヤクザが米国に進出するに伴い、2011年米国により、日本のヤクザ(暴力団)が、イタリアのマフィア、メキシコの麻薬密売・武装組織、旧ソ連等の犯罪組織と並んで国際犯罪組織と指定された。
 同じ反社組織であるが、日本のヤクザとマフィアが同じとは思わない。本ブログ2015年12月号NO.54(「みけつVSしけつ」)にて1995年の「八王子スーパー強盗殺人事件」に触れ、暴力団でも日本人は恨みもない女性に至近距離から頭を撃つようなことはしないだろう。複数犯であれば暴力団とか日本人が手引きし外国人が撃ったと見るべきだろう。」と記している。ともあれ、米国の上記指定が、いわくつきの暴排条例を後押しする。
 暴排条例は、憲法違反の恐れもあるから都道府県の条例にしたのか。世界の規範「罪を憎んで人を憎まず」から逸脱し、いわば、ヤクザは、「人でなく、熊だ」と言わんとす。
そしてヤクザの子も熊として排除されてしまうのか。

 旧ジャニーズの問題も同じだ。故ジャニー喜多川に加担したならともかく在籍だけで所属タレントが熊とされてしまうのか。

 「世間」の「ゆるし」はどうなったのか。世は不寛容すぎるのではないか。その口火を切ったような新浪剛史経済同友会代表幹事・サントリー社長に対して週刊新潮は「そう言う貴殿はどうなんだ!?」と言わんばかりに、「ハワイ10億円コンドミニアム私物化疑惑」や「女性トラブル」など追及していた。
 駆除賛成派と駆除反対派が対立し「熊との共存」が模索される中で、ヤクザの子は、熊以下なのか。熊みたいには怖くないから、ヤクザの子に「世間」は無関心なのか。

 熊は山に餌が少なくなり、また人間を怖い存在と思わなくなり、住宅地に出てくる。熊は裸だから住民はすぐ判る。

 ヤクザは入れ墨を服で隠し、サングラスをはずし、パンチパーマを止めれば、すくには分からない。今は表舞台からも消えている。そして、半グレや不良を表に立たせ、オレオレ詐欺を初めとする特殊詐欺を裏で操っているという。
 さらに最近は、掛か子や受け子を使わず、手っ取り早く老人宅を襲う。闇バイトで応募した若者らが90歳の老女を殺してしまう。70年以上も戦争がなかった平和な日本に傭兵みたいな若者が出現したことに私は驚愕してしまう(報道が正しければずさん極まりない犯行の栃木県那須町遺体損壊事件で遺体に火をつけ損壊させただけではなく殺害にも関与したのにその報酬で逃亡先にて豪遊できる二人の20歳実行犯にも)。
 兵士は、生死に関わる恐怖体験だけからではなく、相手を死傷させた良心の呵責からも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が起きる。傭兵はPTSDを発症しないという。
 白井聡氏の『ニッポンの正体』(河出書房新書)には、(「必要悪」とまでは言っていないが)ひと昔ヤクザ組織は、社会に馴染めない者や差別されていた者の受け皿となっていたと書かれている。ヤクザの中では、差別がなく、その代わり掟があった。ヤクザにも矜持があり、高齢者や弱者を相手にしない。今は黒幕になって、反グレや不良に特殊詐欺などを仕切らせ、あの手この手で多くの高齢者が被害に遭う。反グレ等には矜持も掟もない。それに雇われた若者は傭兵みたいになるのか。
 警察庁は、表向きヤクザ組織、構成員が減ることに満足する。米国にも顔向けができる。しかし、それで日本の社会がほんとうに良くなったと言えるのか(我々庶民にとっては前より怖い社会になったと思えるが)。
 警視庁や他の県警は、どう思っているのか。鹿児島県警の前生活安全部長からの「県警本部長(警察庁キャリア官僚ポスト?)が不祥事を隠ぺいした」との発言は、警察官としての正義感からであろうが、日本で唯一の(時代錯誤的な)両班組織と言われる警察庁の警視庁・県警支配に対しての犯行(情報漏洩)ではなく、反抗(内部告発)と見るべきではないか。

 警察庁長官の事件性否定発言に反発し、木原誠二氏妻の元夫“怪死事件”は殺人事件と“捜査一課・伝説の取調官”が週刊文春に実名告発したのも同じだろう。
 薬物犯罪者や性犯罪者に対しては、「世間」の「偏見」だけではなく、きっと再犯するに違いないとの「不安」も根強い。受け入れる側の住民からその不安を取り除く必要がある。薬物犯罪においては再犯率が高いのを知りながら安易に裁判で執行猶予付きにすべきでない。
 性犯罪に対しては、米国では「メーガン法」で、性犯罪出所者の氏名や、顔写真などをネットで公表しているという。それでは熊扱いするのと同じ。日本においても子どもと接する職場で働く人に性犯罪歴がないかを確認し、子どもを性犯罪から守るための仕組み「日本版DBS」法案が成立した。

 これを一般性犯罪に拡大していくのではなく、韓国やカナダのように、裁判所が出所者に薬物投与を命令できる方がよい。再三に亘って性犯罪を繰り返す者が本人の意志ではどうにもならないのであれば、男性ホルモンを止めるしかないのでは。いずれにしても人権侵害は避けられないが。
 
 「世間」は、自らより下の者の悲哀には関心が低い。上の者には嫉妬心からか過敏に反応しがちだ。
 2019年4月北池袋で元通産省工業技術院元院長飯塚幸三被告人の過失運転により母子が死亡した。その1年前の2018年2月にも東京地検元特捜部長・現弁護士の石川達紘被告人が同じ過失運転により男性一人が亡くなっている。
 共に現行犯逮捕されなかったことから、「上級国民」への依怙贔屓だと騒ぎ出した。
 異説、奇論との誹りを甘受して、私見を述べてみる。

 「逮捕」され「拘留」されると、身体検査がある。その様子を森友事件で逮捕された籠池泰典氏が著書『国策不捜査「森友事件の全貌」』のプロローグで触られている。

 「身体検査では、“カンカン踊り”もさせられた。椅子に座る4人の看守の前でスッポンポンになって四つん這いのまま一周する。身体の具合をお尻の穴まで検査されるのである」
 身体検査のやり方に段階があるか否か知らないが、あるとすれば、安倍首相を相手に国家権力に抗う籠池氏の場合は最悪ではないか。“知の巨人”と呼ばれる佐藤優氏も著書で身体検査について触れているが、外務省職員の佐藤氏の場合は国策捜査における逮捕であり、検察とは概して不仲と言われる(先生と呼ばれる)看守は佐藤容疑者に対して同情的であったと思われるが、それでもヤクザに対するような身体検査をされたとしている。
 籠池氏も佐藤氏も、身体検査について自著に記すのは、よほど気丈なのだと思う。庶民でもその屈辱に耐えられない。社会的地位が高く、プライドが高い人はなおさらに。
 1982年(昭和57年)に発生した老舗百貨店・三越事件で会社を私物化した故岡田茂社長とともに愛人で三越内にて女帝と呼ばれていた故武久みちが逮捕された。武久は岡田が解任されてもなお強気の姿勢を崩さなかったが、この身体検査で鼻っ柱とともに心も折れたと当時の週刊誌が報じていた。
 一民間企業内部の問題を国策捜査化?した事件で逮捕され、公平な裁判が期待できないとして日本から逃亡した日産ゴーン元会長も同じ目に遭っているハズだが、検察批判をするもそれには一切触れていない。それだけ深刻で怨念の炎を燃やしているのだろう(ただ、逆襲に集中できる環境にはなさそうだが)。
 身体検査は、表向き「病気やケガがないかを調べる」為だが、自傷や脱獄の道具を隠し持っていないか調べる意味もあろう。さらに、私は、容疑者たちに国家権力の怖さを思い知らせる意味があるのだと考える。小市民が出来心で重大でない犯罪を行った場合、刑務所で囲い込み年間300万円程度の費用を掛けて更生させる必要はない。逮捕され、それが報道され社会的制裁を受け、この国家権力の怖さの象徴?である身体検査を受ければ、起訴されても執行猶予付きになるか、あるいは不起訴になっても、小市民なら罪をまた犯そうとは思わないだろう。
 飯塚被告人も石川被告人も、逮捕されなかったが、両被告人は国家権力側の人間で、逃亡の恐れもなく、国家権力の怖さを思い至らせる必要がないと私は考える。外務省の佐藤被告人も過失運転なら逮捕されなかったと思う。
 英国には貴族という上流国民がいる。日本にはいない。いるのは、国家権力側の人間。そして誰しもなることが出来る。「アメリカンドリーム」が夢は夢でも叶わぬ夢となってしまった超格差社会の米国と違い、首都圏の裕福な家の子弟の方が有利になってきたとしても、まだ地方の裕福でない家庭の子息でも可能。才能と努力があれば(国家公務員にはその国家試験を、検事・裁判官は司法試験を、クリアすれば)。
 問題とすべきは、有罪になるかどうか。飯塚被告人は、2021年9月禁錮5年(求刑禁錮7年)の実刑判決が一審で出された。石川被告人は、2023年5月最高裁にて禁錮3年、執行猶予5年が確定した。
 韓流ドラマでは財閥が検事に根回して起訴を免れる場面が多くみられるが、日本の検察及び裁判所は韓国と違ってまだ健全なのだ。なお、信頼が揺らいだ日本の検察は女性初の検事総長誕生を機に検察元幹部の犯罪容疑案件を表沙汰にし襟を正し国民からの信頼を取り戻そうとしている。
 そして、飯塚被告人は、高齢からして最高裁まで争い判決が確定する前に亡くなる可能性もある道を選ぶと思われたが、控訴せず老骨の身には厳しいムショ暮らしを選んだ。
 これは、真摯に罪と向き合う姿勢に加えて、国家権力側にいた者の矜持であり、プライドであり、「世間」に対する意地なのだろう(判決が出るまでの言動は非難されてしかるべしだが弁護士の弁護方針に沿った面もあるのでは)。これを見て、「世間」の上級国民談義は急速に鎮まって行った。

 我々庶民が上級・下級の超格差社会を心配すべきなのはAIが高度に進化した近未来の社会においてであろう。
 シンギュラリティ(技術的特異点)を超え、人間を超えたAIが暴走し人間との戦争状態を描いたのが、アーノルド・シュワルツェネッガーさん主演の1984年公開からの『ターミ―ネイター』シリーズ。昨秋公開の『ザ・クリエイター/創造者』は、今から40年後AIにより(人間による責任転嫁か)ロスで核爆発が起こりAI廃絶を目指す米国とAIとの共存を図るアジアとの戦争状態を描く。平和のシンボルのようなかわいい幼女の姿をしたAI型模造人間が兵器の稼働を阻止する超能力を発揮してアジア側を勝利に導く。
 私には、AIと人間との戦争が実際に起こりうるのかは分からないし、想像もしたくない。
 私が心配するのは、ほとんどの人間が必要でなくなる近未来の到来である。今はAIがまだ人間の仕事を一部代行しているにすぎないが。
 私は、若き銀行員時代、融資案件の可否を審査する審査役の補助をしていた。当時中小企業の決算書には3種類あると言われていた。一つは真実の姿を現した決算書。もう一つは、実態より悪く見せる税務署用。最後は実態よりよく見せる銀行用。その銀行用の決算書が粉飾でないか否か他の徴収書類とも照らし合わせ、矛盾点を探す仕事だ。それはAIが得意とする。AIに取って代わられるようになるが、その一方でその作業を通じて審査能力が向上する機会が失われる。すべての分野でAIに依存するようになると人間は考えることをしなくなり、劣化していく。AIに従属してしまうかも。
 AIがより進化すれば、WOWOWドラマ『盗まれた顔 ~ミアタリ捜査班~』(2019年7月)で知った、見当たり捜査ができる記憶力に優れた特殊な警察官も要らなくなる。500人程度の被疑者の顔写真や外見的特徴を記憶できる才能がなくてもAI機能搭載のメガネをかければ街中にいる指名手配犯を見つけることが新米警察官でもできるようになるだろう。
 さらにAIが進化すれば、ほとんどの仕事をAIに奪われ、AIがするには非効率という仕事だけが人間に与えられる。それにはどんな仕事があるのか。私にはイメージできない。
 誰もがやりたがらない便所掃除。米国の大手ビルメンテナンス会社では、「それは神の思し召しである」と言えば従業員は納得する。日本人はそれでは納得しない。なぜ他人の便所掃除をしなければならないのか、「奉仕精神」を理解させなければならない。感情を持たないAIロボットなら、そんな手間は要らない。
 AIを運用・管理する人間以外必要がなくなる世界は、富裕層が支配し、被支配民は互いに殺しあうゲームを強要される、2012年公開の『ハンガー・ゲーム』の世界になると言ってもあながち荒唐無稽ではないかもしれない(実際古代ローマでは観客用娯楽施設コロッセオにて奴隷や捕虜の剣闘士同士、剣闘士対野獣、の試合が行われていた)。
 AIがどれほど進化しようと、囲碁や将棋において人間の棋士同士の対戦が継続されることが望まれるように、AI進展の制度設計の中に予め「人間がする仕事(の確保)」が組み入れされていなければならない。孫、曾孫、玄孫らが、人間としての尊厳を見失ってしまうことがないように。
(次回216号は10/1アップ予定)