2026. 9臨時号NO.  250    サナエトーク VS 

        サナエトーク
 仮想通貨「SANAE TOKEN」(サナエトークン)等の疑惑に対する国会の質疑応答で高市首相のありえない答弁を契機として野党が審議拒否に転じ一時的に国会が空転した。
 サナエトークンに対して、高市首相の支援組織「チームサナエ」はXの公認アカウントで「チームサナエはこの取り組みに共感」などと投稿していた(後に削除)という。
 ところが、サナエトークンの発行者が金融庁の無届け業者だった疑いが浮上すると、高市首相が自身のXで「存じ上げないし、承認を与えたこともない」と関係を全面否定した。
 それを契機に、高騰していたサナエトークンが大暴落し、大損した被害者からサナエトークンの開発責任者の松井健氏が損害賠償を要求される羽目に陥ったとする。
 国会で高市首相を厳しく追及する立憲民主党の杉尾秀哉参議院議員らは、松井氏が木下秘書と中傷動画をめぐるやり取りしていたとの告白は、贖罪からとは言えず、高市首相の掌返しに対する復讐心に加えて被害者や世間の目をサナエトークンから他に目を向けさせる為に過ぎず、鵜呑みにはできないとする。

 あくまで追及の本命はサナエトークンとしているようだ。

 渦中の高市首相と彼女が師と仰ぐ故安倍首相とは、似ているところがある。
 第一に、ともに「要領がいい」「人たらし」である。安倍首相は学生時代一所懸命に勉強したわけではないが、苦戦することなく、同級生から要領がよかったと言われている。
 高市首相も松下政経塾の塾生時代要領がよかったと月刊文藝春秋に書かれていた。
 両首相とも人たらしのところがあるが、高市首相の場合は目上の相手だけか。下からも慕われる安倍首相は国会議員の間でも人望があった。
 国有地を格安で買い取った学校法人「森友学園」が設立する私立小学校の認可や国有地払い下げに関し、「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と述べた。これは一大事と官邸は佐川理財局長に(直接改ざんを指示することはなかったか?)善処を指示し、改ざん問題が起きた。近畿財務局側が自裁した職員なら、佐川理財局長も本省側のスケープゴートでは(白い目で見られる家族も)。
 ともあれ、安倍首相には、故後藤田正晴のように首相を諫めることはなかったが献身的に尻ぬぐいをした菅義偉官房長官、官僚を抑え込んだ杉田和博同副長官がいた。政策面では、経産官僚の今井尚哉氏が官邸内官僚として、首相を支えていた。
 これが、高市首相なら改ざん問題は起きていないだろう。後述する、今回の秘書の陳述書をもって自らの発言に替えるとの仰天国会答弁でも周りの大臣等は我関せずの態であることを見ても。国会議員からも嫌われ、官僚が用意したモノを使わず一度ならず失言してしまう首相を官僚が支える気を失うならば。さらに、安倍首相時代の首相秘書官を三顧の礼にて鑑定に迎え入れたハズなのに今井氏を激怒させ、首相が官邸内で孤立しているという。
 第二に、ともにすぐわかる嘘を平気でつく。それは子供の頃からの性癖に過ぎないのだろう。安倍首相も高市首相も嘘つきと呼ぶには値しない。
 賢くなけれは嘘つきにはなれない。詐欺師のような嘘つきは、長らく本当と思わせる悪知恵と嘘をどう上塗りしてきたかを覚えられる記憶力を持ち合わせている。
 私にはそんな能力がないから、嘘はつかないと言うと嘘になるので、嘘は極力言わないようにしている。正直をモットーにして。
  高市首相は、嘘も酷いけど、言い訳発言もあきれる。高市首相は2026年6月22日の衆院予算委員会で、中傷動画疑惑報道に関する野党からの追及に回答として高市首相は「業務時間を確保できなくなっている」と筋違いな発言。これに対し、小沢一郎氏から「最悪の答弁」「それほど追及が怖いのか」と批判されている。
 さらに、サナエトークン疑惑においても、質問者の問いには答えず、当該公設秘書に陳述書を書かせるのでそれを提出する。自身の答弁の代わりとするという。
 教師に宿題をしてこなかった理由を問われ、中学生が「クラブ活動で疲れて」と言い訳するより酷い。高市氏の発言は、中学生がその発言の後「兄弟に宿題をしてもらい提出します」と言うようなものだ。中学生だってそんなことは言わない。高市首相の上記陳述書提出発言に、良識の府である参議院が「国会を冒涜するのか、法案審議に一切応じない」と態度を硬化させた。

 高市首相は提出しても今後も国会の質疑に応じると発言を修正した。が、1か月後ようやく木下公設第一秘書から陳述書が提出されたが、突っ込みどころ満載(5つの嘘があると文春が報じ『一月万冊』の本間龍氏がYouTubeで解説)にて、追求が下手な野党に塩を送ることに。
 さらに、7月の支持率低下を見て「寝てない発言」も同情よりも幼稚な発言だと炎上。ニューヨークタイムズにも報道されてしまう。嘘、他者を踏み台、責任転嫁など人格の問題だけではなく、知性自体も疑問視され出した。これでは海外からの首脳からも相手にされないのでは。
 私が銀行に入行した頃高校と大学の大先輩で、(高市首相にとっても大学の先輩に当たるが)20歳年上の常務取締役がいた。役員会議に出席する際前日に資料をもとに部長から説明をを受けるのではなく、当日の朝資料を受けとり要点を掴み、自身の言葉で会議で発言していたと評判になっていた。

 それと同格以上の(たとえ寝ていなくてもそれをひた隠しする)国家官僚達においては、深夜まで準備してこの程度か、それに少しでも外れた質問を受けると真面に答えられない。それでは官僚たちは日本を高市首相には任せられないと思う。ましてや官僚に頼ろうとしないのであれば。
 本来「寝てない」発言は、「私は、頭が悪いから、能力が足りないから、もう首相の職を続けらない」場合に婉曲的に使う言葉であるハズだ。
 すべての人に自己実現の権利がある。それは身の程の範囲において。自身を偽り、同情を引こうとしたり、「反省点はない」と強気に出たり、硬軟つくろっても身の程を超えては恥を晒すだけ。だれの為にもならない。
 安倍首相は学歴コンプレックスがあったので、自身がいかほどの者か理解していたのだろう。高市首相は何でも自身がやらないと気が済まないというのであれば自身を客観的に観れているとは言い難い。小泉進次郎大臣も同じだ。前総裁選で官僚派議員らに担がれてホイホイと神輿に乗るようでは。
 古賀茂明氏や青木理氏らが真摯に批判していた安倍首相の時と違い、YouTubeの性格上そうなるのか、学者までが、笑いながら高市首相を小バカにする。一国の首相に対してその態度はどうなのか。高市首相を批判する私も、最初は一緒に笑っていたが、だんだん不快に感じるようになっていった。私にも大学の先輩という気持ちが少しはあるからなのか。

 これ以上恥の上塗りにならぬよう早く高市首相は退陣してもらいたい。
 第三に、国会を軽視し、国会を形骸化させてしまう。
 安倍首相は、「私は立法府の長」と何度か言った。安倍首相は父方母方双方の祖父が東大法学部卒の政治家、父親も東大法学部卒の政治家、コンプレックスがある安倍首相は政治家になるつもりはなく、神戸製鋼の社員で終わるハズであった。父晋太郎も性格的に政治家には向いていないと思っていただろうが、地元後援会からの強い要請?で本人の意志とは関係なく政治家の道に。安倍首相は政治家としての最低限の教養を積むことがなったのだろう。
 高市首相は、皇室典範の改正の質疑において3月と7月の二度今上天皇の読み方を間違えている。ブラックユーモア的例文で説明すると、「高市首相は今上天皇をこんじょう天皇と読み、支持率が急落し、国民は首相としての高市氏とは今生(こんじょう)の別れとなった」。
 今上天皇はきんじょう天皇と読むのが常識。検事出身の郷原信郎弁護士はyoutubeで、3月は「こんじょう」と言ったが、すぐに「きんじょう」と言い換えた。知らないわけではないが、7月また「こんじょう」と言ったが、今度は訂正しなかったという。
 郷原弁護士は、高市首相がタカ派の支持者向けに取り組んでいるが、高市首相自身にはそれほど関心がなく(官房長官に説明させている)今回の拙速な皇室典範の改正を危ぶんでいた。
 そんな高市首相は、三権分立の概要は理解しているだろうが、youtube『一月万冊』で元博報堂作家本間龍氏が「高市首相は国会は自己のPRの場と捉えている。自身に不都合な質問には答えない。」と発言している。それを裏付けるかのように、6月22日の参院予算委員会で、立憲の杉尾議員が高市陣営による“中傷動画”拡散とサナエトークン)に置ける疑惑を追及したとき、 高市首相は「初めに申し上げますけれども」と切り出し、答弁を続ける。ところが、その目線は、質問を投げかけている杉尾氏ではなく、中継カメラの方に向けられていたという(8/4の熊本被災地視察でも「『まるで高市早苗首相のプロモーションビデオ』BGM付き被災地視察動画に批判殺到」と週刊誌に報道される。自身を目立たせることしか頭にないのか。芥川賞作家に酷評されても仕方がない)。 
 そして、意味のない国会発言に対して、小泉進次郎氏の意味が空洞な発言を「進次郎構文」と呼ばれている。が、関係ない、筋違いな話を長々と話し質問者の問いに何ら答えないのを「サナエトーク」と命名すべきだ。
 なお、早稲田大学名誉教授森川友義氏は、小泉防衛大臣に関し、「以前の進次郎構文は、意味が空洞である点に問題があった。現在の構文は、空洞の中に安全保障政策が入っている点で、はるかに危うい。防衛大臣の言葉は、ポエムではなく『国家の意思』として読まれる「進次郎構文」は、もはや笑い話ではない。」と述べている。 

 さらに、終戦記念日に小泉防衛大臣が靖国神社に参拝したことに対して、共同通信が「日韓防衛協力への影響が懸念」と批判記事を出した。小泉大臣がXで「理解不能」と共同通信を批判する。それに対して元朝日新聞記者佐藤章氏が「それこそ意味不明」とYouTubeにて。小泉大臣だけではなく、高市政権はメディアは政府のPR機関と勘違いしているのではという。

 メディアは“第四の権力”と言われ政府を監視し問題があれば批判するのが仕事。田中角栄首相はそれを理解していた。
  前回の『高市VS小泉』の総裁決選投票は、「どちらが首相になっても心配な同士の戦い」と書いたが、そうではなかった。「どちらも首相になってはいけない同士の戦い」と言うべきであった。
 安倍首相と同様に、首相個人の問題で国会を空転させる。議案に対する検討が十分成されないまま数を頼って無理やり通過させてしまう。
 その責任は首相自身にあるにも拘わらず、その責任を野党に負わせ、首相の支持者達がそれに加油する。
 首相自らの発言が原因で国会が空転している最中に、インドへ高市首相は旅立った。その点も安倍首相とよく似ている。安倍首相もモリカケ問題など個人的問題でよく国会を空転させ、逃げるかのようによく外遊した。プーチン大統領とは26回も首脳会談をし、ロシアにもよく訪れたが、同行した大手建設会社のトップがビジネスなるようなことは期待できなかったと月刊文藝春秋にて述懐している。
 トランプ大統領の関係においても後述するように、トランプ氏と私的に信頼関係を築いただけでは。
 有識者の中にも安倍首相の「外交」を評価する人がいるが、外務省がお膳立てした対中国、対インド以外、その実態は「外で交際する」であって「外で交渉する」とは言えないのでは。
 安倍首相とちがって高市首相への今回のインドへの外遊は政権の命とりになろうとしている。首相の留守を狙って皇室典範の改正を悲願とする麻生副総裁サイドが根回ししたとする見方がある。帰国して、してやられたと思っても後の祭り。党内基盤が弱い高市首相は麻生副総裁に反抗できない。

 しかも、国民からの批判は首相に集中し、世論は、「高市政権は、国民が期待することは何もせず、国民が望まないことばかりする」との評価が固まりつつある。

 サナエトークン問題はレッドに近いイエローカードだが、今般の皇室典範改正は一発退場のレッドカードになるのかも。大多数の国民から反対される中月刊『文藝春秋』9月号に寄稿した天皇家に近い元首相の細川護熙氏から「高市氏の皇室に対する態度は信じがたい」と批判されている。

 満を持して、細川元首相が錦の御旗を掲げたとも言えるか。賊軍となった自民党の中から改正の改正をと寝返る議員が増えていくか。
 第四に、持病を口実する。700億円もの費用をかけて今やる必要性があるのかとの批判を背に高市首相は解散総選挙強行した。ならば、信任を問われるべきビジョンや政策を表明することがマストであるのだが、2/1付けNHK日曜討論を欠席した。持病を理由とするが、午後の遊説は予定通り行っている。その後何らドタキャンの穴埋めをしていない。
 師匠の安倍首相は、本来首相の入院が公になることはタブーにも拘わらず、新型コロナ禍への対応のまずさ、桜を見る会問題への追及から政権を投げ出すのに持病を利用した。
 あろうことか安倍首相は車で病院の中に入る所をメディアに撮らせたが、高市首相も、病院に入るところをメディアに撮らせるのであろうか。
 最後に、鷹が鷲の足の爪を舐める。
 タカ派の語源とされる鷹は大きい鷲に対して、足の爪を舐めたり、おべっかをしないだろう。タカ派?の安倍首相は、2016年異形のトランプ大統領が当選すると、娘のイヴァンカ氏の靴まで舐めるのかと言われ、同じくタカ派もどきの高市首相はトランプ大統領に抱きついたり、ハシャギ過ぎと批判される。 
 安倍首相がトランプ大統領の個人的な信頼を得たのは確かだ。妻の昭恵夫人も酔っぱらって醜態を晒したと報じられたが、それは誤報で逆に飲酒しないトランプ夫妻に好感されていた。ただ、それは個人的関係に過ぎず、大統領としてのトランプ氏は安倍首相に大事な話は相談しなかったし、亡きあと「シンゾーがいた日本だから」と相互関税政策にも手加減するわけでもなく、80兆円も朝貢させている。
 EUのトップ達は異形のトランプ大統領(1.0)にどう接していいか分らず安倍首相が羨ましくまた頼りにもした。しかし、トランプ大統領(2.0)に対しては、ドンロー主義ではなく、ジャイアニズム(ドラえもん・ジャイアン主義)を露わにし、反社の親分が傘下の組長に上納金の上積みを強要するがごとく同盟国やNATO諸国に無理強いする他、自分勝手にやっておきながら失敗するとそのツケをNATO諸国に押し付けようとする、そんなトランプ大統領にNATO諸国のトップたちは嫌気がさしている。
 先般のG7において、日米同盟の関係にありながらトランプ大統領にベタベタしているだけの高市首相がG7の首脳たちから相手にされないのは不思議ではない。孤立していたとのネガティブキャンペーンは当たらずも遠からずであろう。
 さらに、G7にて英語が分からないのに分かっているかのように振る舞ったり、首脳会談で“クネクネ”とした動きを披露したとして、英タイムズ紙に〈高市早苗氏、世界の指導者への『媚びへつらい』が国内で反発を受ける〉との見出しで報じられてしまう。
 総裁選時の候補者討論会においても高市首相は司会者から求められた英語スピーチを辞退している(茂木氏や林氏は披露したが)。折しも過去鳥越俊太郎氏らからも指摘されていた「元米連邦議会立法調査官」の肩書詐称疑惑が蒸し返されている。インターンでしかなかったとの証言もあるが、それがなくともこの程度の英語力では立法調査官(こんな職はないとも)の職は務まらないとの声も挙がっている。 
 
 高市首相には三つの誤算があったと思う。
 一つは、過去問題があってもトップに立てば安倍首相のように逃げ切れると思ったこと。実際総務大臣時代否定続けてそれで逃げ切ったとの成功体験もある。しかし、総務大臣と総理大臣は、ひらがなでも漢字でも一字違いで大違い。
 トップは、とくに国のトップは「李下に冠を正さず」が求められる。刑法は、何人も「疑わしきは罰せず」。首相の立場は、「疑わしきは排除される」。
 銀行で、現金を扱う出納係の者が度々違算(伝票集計の金額と現金が合わない)を起こす場合、それも現金の方が少ない場合、違算原因が不明で、さりとて横領の証拠もない場合でも、その出納係がギャンブル好きで友人にも借金していると噂されていれば、現金を扱わない部署へ配置転換させられる(なお、違算は現金の方が多い場合がより問題となる。どの顧客で違算したか不明の場合後で損している顧客から怒鳴りこまれる危険性があり信用問題となる為)。
 末端の銀行員ですら、こうだ。海外の要人たちからも注視される首相ならなおさらに。
 自民党時代幹事長として権勢をふるっていた小沢一郎氏が首相になろうとしなかったのは不思議に思っていた。政治家はきれいごとでは済まない。とくに小沢氏の場合総裁選に出馬すればメディア等が一斉に疑惑を報じてくることを懸念していたこともあるのではないか。それもあり、ことさら高市首相を厳しく非難しているのではないか。
 小池都知事も同じではないか。都知事選の頃になるとその都度学歴問題が蒸し返される。総裁選ではこの程度で済まないと理解し、首相への野心はもう消えているのでは。
 二つ目の誤算は、要領がよく、首相になっても国会答弁もうまくやれると思っていたが、後述の台湾有事発言で自信をなくしたか、国会答弁を避けるようになってしまった。

 高市首相は政治家になりトップに立つことを目指したが、それ自体悪いことではない。しかし、深夜まで勉強すると言われているが、一体何をしてきたのか。「国防」「皇室問題」「経済問題」等深みのある知識があると思えない。それもあり、国会答弁を避けたがるのでは。

 中曽根首相は首相になりたい態度を鮮明にしていたが、東大病ならぬ首相病と見られても、首相になったらそれで終わりではなく、首相として成すべきビジョンを持っていた。

 高市首相にはそれがあるようには見えないと上述の細川元首相にも疑問視されている。
 とくに、高市首相の円安容認姿勢は問題。円安の根本原因は安倍首相ー黒田日銀総裁体制の超金融緩和にあり、高市首相に責任があるわけではない。が、今日本に置かれている状況を例えで言えば、日の丸機(無論日航機ではない)が燃料が少なくなり墜落せず(国債デフォルトしないよう)にいかにソフトランディングさせるか国債格付け機関の戦闘機が横に並んで飛んでいる。そんな時にエンジンを吹かそうとするようなものである。戦闘機が横にいるなら積極財政をしたくてもできるものではない。すれば、警告弾を発射(日本国債の格付の格下げ)される。16%にあたる外国の投資家が日本国債を売り手放す。長期金利が急騰し、円安も加速。企業の外貨資金調達コストも跳ね上がる。
 肝いりの成長分野への投資も官主導では上手く行かないと見られている。上手く行くとしても財政支出が先行する。戦闘機が臨戦態勢に入るだろう。
 「対中国強硬」と考え合わせれば、時局にマッチしない高市首相はミスキャストに他ならない。
 円の価値がより下がれば高市首相の価値も下がる。上がるのは物価、金利と首相を批判する国民の声のトーンだけ。
 最後の誤算は、師匠の安倍首相と同じことをすれば上手くいくと思っていたこと。
 「尊敬する人のマネはその人の悪い所しかマネできない。よって、参考にしてもそのままマネしてはいけない」が私の持論。理由は簡単。能力が違うため。良いことは同じように能力が高くなけれれば成しがたい(そんな持論を持つに至った契機については別の機会に)。
 高市首相は、2025年11月国会で「台湾有事発言」を行い、習近平国家主席を激怒させた。安倍首相も言っていたので問題ないと思ったのか。しかし、安倍首相は、首相を退任してからでしかその発言はしていない。
 この台湾有事発言問題に関して、すぐ12/10発刊の月刊『文藝春秋』2026年正月号にて元中国大使の垂秀夫氏が寄稿している。その中で、同じ「保守・対中強硬派」とみられる安倍首相と高市首相との違いを述べている。
 中国から警戒されていた安倍首相は、就任直後から靖国参拝を封印し、「戦略的互恵関係」を提唱し電撃訪中し関係改善を主導した。“保守派”と見られた政治家が逆張り外交で関係改善を進めたとし、外交の成功例と安倍首相を評価している(外務省の自画自賛にも受け取れるが)。一方、高市首相に対しては、「靖国参拝封印」「戦略的互恵関係」は同じだが、安倍首相のような戦略の逆算が見られず、まず中国との関係を安定化させた上で、長期的観点から自身のグランドデザインを描くという外交戦略がなく、場当たり的だとする。
 端的に言えば、安倍首相には国家観があると言えるが、高市首相にはそれがない。自身が目立つこととタカ派の支持者のことしか考えてないということか。
 安倍首相には、政治的教養に欠ける面があるも、トランプ大統領と違い賢い官僚たちの説明を理解し判断できる能力がある。柔軟性もある。高市首相は官僚の話を聞こうとしない、首相としての適性がない。能力以前の問題だ。
 結局、高市首相にマネできることは、「旧統一協会の関係」「『李下に冠を正さず』問題」、「病気を口実」、「国会軽視」、そして今般の「天皇家との対立」になってしまうのだ。
   
 松下政経塾という「育苗箱」から出た早苗は日当たりがよくない(国会議員になるには女性かつ世襲でないことが不利)ことから、穂先を伸ばそうとして無理をしたか(松下幸之助翁の教えに背きなりふり構わず上を目指したか。肩書詐称は疑惑の段階を超えている。新進党時代に恨みを買った公明党を初め要所要所で他者を踏み台している)。そして稲刈りの段階(総裁選に立候補できるまで)になると、他の稲穂のジャマをすることをしようとしたのか(秘書による中傷動画依頼の疑惑浮上)。
 我が母校神戸大学から二人の首相を輩出した。それは喜ばしいことだが、宇野首相は、政権運営は評価されたが、指3本の人格問題で失脚した。高市首相も人格問題で失墜してしまうことになるのか(能力も烙印を押されそうだが)。
 政界以外では卒業生が活躍し人格的にも評価されている人も多いのだが。ちなみに、京大におけるiPS細胞研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授も我ら母校の卒業生。今年1月には当初国策会社として設立されたJ-POWER(電源開発)の社長に経済学部卒の加藤英彰氏が59歳の若さで就任している。

(次回251号は9/10アップ予定)

2026.9   NO.249     じんし VS    じんし
 夏真っ盛り。人気芸能人のファーストサマーウイカさんは今夏もう西瓜を食べたか。初めて食べたなら、ファーストサマースイカだ。
 相変わらずこんなことしか頭が回らない私は、本日76回目の誕生日を迎えた。「知らんがな」と言われれば、中国の人民解放軍が生まれた日にあたる。1927年の。「それがどうした」と言われてしまえば、今日は「麻雀の日」でもある。
 麻雀は、戦後間もなくの頃は、故阿佐田哲也の小説を映画化した『麻雀放浪記』の世界。鹿賀丈史さん扮するバイニン・ドサ健が、麻雀の為に大竹しのぶさんが演ずる彼女まゆみの家の権利書を取り上げ、彼女を女郎屋に売り飛ばそうとした。麻雀=賭博の当時のそんな世界に堅気の女性が入りこむ余地はなかった。
 それが今や、女性も麻雀に興じる人が増えてきた。麻雀はギャンブルから頭脳スポーツへと市民権を得たようだ。認知症予防に効果があると高齢者の間で認知され、賭けない、酒を飲まない、タバコを吸わない、「健康麻雀」が盛んになっている。
 若い女性の愛好家(歴女ならぬ雀女と呼ばれるか)も増加しており、プロ雀士の世界でも女性プロ雀士が増えており、麻雀に対するイメージも様変わりの感がある。
 乃木坂46アイドルからプロ雀士なった中田花奈さんは女性が出入りしやすい(雀荘とカフェの機能を併せ持つ)麻雀カフェ(『chun.』)を赤坂に開店させている。
 さらに、テレ朝の女性アナの林美沙希さんが、麻雀好きが嵩じて、プロテストに合格して2023年9月日本プロ麻雀連盟に入会しプロ雀士としてデビューしている(今年の3月四暗刻単騎待ちをツモリ、ダブル役満をあがったと話題になっている)。
 TVニュース等で拝見する限りにおいては、インドア派で物静かに本を読んでいるようなイメージだが、アウトドア派で活発に行動されているようだ。局としてもアナウンサーとしてのイメージを損なう時代ではないと女子アナと女性雀士との二刀流を認めているのではないか。  
 この前麻雀対局における俳優兼プロ雀士の萩原聖人氏と木村拓哉氏との和解が話題を呼んだ。共に20代前半の頃ドラマ共演において萩原氏が『いや、役者は俺だけ。あとは全部タレント…』 と言い放った以降二人の間に確執があったと言われていた。が、対局中に萩原氏が木村氏に『昔ね、いろいろあって…』ってと謝罪しようとすると、すかさず木村氏が、ハグをしてそれ以上言わせなかった。YouTubeで観た視聴者から称賛の声が多数寄せられていた。 
 私も観たが、何させても下手にはできない木村氏は麻雀も上手い。私などは字牌は直ぐに捨ててしまっていたが、木村氏はプロ雀士のごとく残していた。プロの解説者からプロ一歩手前と評されていた。それもお手盛りではなく、プロ認定の基準はクリアしていたが、ハコテン(持ち点がマイナス)の最下位の4着だったことが問題になったにすぎない。
 SMAPの独立騒動の折ヒール扱いを受けていたが、それに耐え、今や芸能人として第二次黄金期を迎えている。もう少し雀力をつけプロ雀士になれば、麻雀ファンがもっと増えるのではないか。

 サッカーにプロリーグ・Jリーグが出来たように、麻雀界にも頭脳スポーツとしてプロ雀士によるMリーグ(プロ麻雀リーグ:2018年10月1日開幕)が行われている。
 Mリーグは、我々が利用させてもらっている本アメブロを運営している㈱サイバーエージェントの総帥藤田晋氏が発起人となり、2018年6月一般社団法人Mリーグ機構(代表理事藤田晋氏)が創立され、その翌月に発足の運びとなった。

 目的は、麻雀界のイメージを変えること。一つは、プロの定職としてなり立たせること。もう一つは、“賭け事”のイメージを払拭しスポンサーを呼び込み易くすること(麻雀に関わる一切の賭博行為を禁止。プロ雀士間の不倫さえ手厳しい)。
 そのMリーグの中で、勝又健志雀士、堀慎吾雀士、鈴木たろう雀士、多井隆晴雀士等強豪男性雀士に交じって、人気女性雀士が百花を添えている。
 しかし、添え物扱いでなく、男性雀士と実力はほぼ互角である。むしろ素人の私などからすると、上述の強豪男性雀士が軒並み調子を落している?中、声優と二刀流の伊達朱里紗雀士が男女を問わず現役最強ではないかとすら思っている(最近役満・国士無双13面待ちをテンパイしたのではなく、捨て牌が国士無双13面待ちになったと話題を提供している)。
 記録上で言えば、後述のMリーグの個人タイトルで新設の「最多トップ賞」を除く3大タイトルのキャリアグランドスラム達成者は伊達選手ただ一人なのである。麻雀界のアニカ・ソレンスタムと言えば、言い過ぎか。現4大タイトルにリーチをかけているのは伊達雀士だけであり、その達成の暁には“初代雀聖”と呼んでもよいのではないか。
 同じ頭脳スポーツと言える将棋では、女性のプロ棋士はいない。女流棋士は存在するが。新進棋士奨励会が1928年(昭和3年)に創設されて以来「奨励会に入会し、昇級昇段規定を満たして四段に昇段すること」が棋士となるための基本の要件となっている。が、女性の将棋指しで四段に昇格した者がいないからである。ただ、今は女流棋士に対して棋士への編入試験制度が設けられている。
 過去二人の女流棋士が挑戦した。西山女流二冠は24年9月~25年1月に挑戦し2勝3敗で敗退している。福間女流六冠は過去2022年8~10月に挑戦したが三連敗に終わる。そして今リベンジを果たすべく再度チャレンジするも叶わなかった。
 そこで、日本将棋連盟は棋士編入試験のそれ自体難しい受験資格を3回獲得した場合、フリークラスでプロ入り・四段昇段できる改正案が総会にかけられたが、否決された。
 ただ、連盟は、昨年6月に女流タイトル戦最高峰の「白玲」を5期獲得した場合、フリークラスで棋士になれる制度を新設している。西山白玲は4期獲得しており、この8月22日からの接戦が予想される白玲戦(挑戦者福間女流五冠)に勝ち「クイーン白玲」と呼ばれると、女性棋士の誕生となるが。 
 羽生善治永世七冠や藤井聡太現六冠がタイトルを独占してしまう将棋と同様、テニスも実力の高い者たちが実力どおり勝つ。運やツキに左右されにくい競技だ。世界ランク1位のジョコビッチ選手は2003年にプロ転向後101回もシングルス優勝している。
 麻雀の場合、私は「実力が7でツキが3」と長らく思っていた。我ら素人の間ではツキがあっても上手くそれを活かせるとは限らないから。しかし、プロ棋士によると、ツキが9で実力が1だという。実力が拮抗しているので、ツキに左右されてしまうという。
 なるほど、Mリーグの4大個人タイトル(「MVP」、「最高スコア」「4着回避率」、「最多トップ賞」)の、前季新設された賞を除く3タイトルのタイトルホルダーを見ても、各部門連覇は無論のこと2度栄冠に輝いた雀士もまだ出ていない。

 むくつけき男だけより紅一点でも女性が入った方が華やぐ。だが、プロの試合で実力差があり過ぎれば興ざめする。が、その点麻雀の場合実力差が気になることはない。
 過去8シーズンにおける女性タイトルホルダーは次の通り。

・「MVP」 女性雀士の3名がタイトルホルダー(2019-2020魚谷侑未雀士、2021-2022瑞原明奈雀士、2022-2023伊達朱里紗雀士)になっている。

・「最高スコア」 4名がタイトルホルダー(2018-2019茅森早香雀士、2019-2020魚谷侑未雀士、2021-2022伊達朱里紗雀士、2022-2023黒沢咲雀士)が栄冠に輝いている。

・「4着回避率」 タイトルホルダーが2名(2023-2024伊達朱里紗雀士、2024-2025日向藍子雀士)いる。


 私は、女性雀士の中で、最近麻雀は不調?だが何かと話題を提供する(シングル「国士無双LOVE」で歌手デビューも)高い人気を誇るシンボル的存在の岡田紗佳雀士よりも、高宮まり雀士と東城りお雀士がお気に入りである。
    チームとしては、高宮まり雀士、伊達朱里紗雀士と選手兼監督の滝沢和典雀士、魔王と呼ばれる佐々木寿人雀士(魔王なのに家ではプロ雀士でもある愛妻の尻に敷かれているのを隠さないのが令和の強豪雀士)が所属する『KONAMI麻雀格闘倶楽部』(以下KONAMI)と将棋棋士とプロ雀士の二刀流の鈴木大介雀士や東城りお雀士、成長著しいと評判の中田花奈雀士がいる『BEAST X』との2チームを応援している。
  Mリーグは、 男女混成の4人で構成されレギュラーシーズン各120試合(全300試合)を戦い、上位6チームがセミファイナルシリーズに進出するが、私が応援する2チームは共にセミファイナルに進出した。セミファイナルでは、各チーム20試合(全30試合)を戦い、さらに上位4チームがファイナルシリーズ(16試合)に進み優勝を争う。が、応援する2チームは共にファイナルシリーズに進出した。とくに4位で後がないKONAMIはセミファイナルの最終戦で監督の滝沢雀士が役満・四暗刻をあがり、劇的にファイナル進出を決めた(最終結果は、KONAMIが2位、BEAST Xが4位)。
 
 私と麻雀との関わりについて話すと、一言で言えば、学生時代に麻雀を覚え、大学生活の大半を麻雀に明け暮れた。

 大学入試に合格し、受験勉強から解放された。大学紛争で6カ月間休校のあと、まず、マンドリンクラブに入部した。小学生の頃音楽の才能のある4つ上の兄がウクレレからギターに替えるにあたりウクレレをお下がりとして貰った。私は、左ききなので弦を張替え、当時流行っていた故仲宗根美樹の『川は流れる』を一曲マスターした。が、それで終わってしまった。そのリベンジと彼女目当てに。しかし、右手では上手く弦をはじけず、一人だけ左ききで弾くのも許されるハズもなく、すぐに退部してしまった。またもや三日坊主。
 その直後麻雀を覚え夢中になった。大学生活は「学業」「麻雀」「バイト」(主に家庭教師)に明け暮れたと言っても過言ではない。まったく女っ気がなかった。同級生から彼女の話を聞いても、嫉妬も、焦燥感も湧かなかった。性悪説や故事「出藍の誉」で知られる、紀元前の中国戦国時代の荀子の故事「終身の楽しみありて一日の憂いなし」と言えるほどカッコいいものではなかったが。
 色気づくのは、銀行に入り、神戸から翌年新宿支店に転勤してから。モテない男に大した話はないが、残念ながら披露できない。生まれも育ちも東京(ルーツは福島)の妻とは、三長銀の一行に短期出向する(その後神戸に戻る)私と新入行員として入社した妻との歓送迎会(1978年4月)でお互い主賓席に並んだだけ。一緒に仕事はしていない。一期一会で終わるハズが3年後結婚(後年、目に見えぬ赤い糸で結ばれていたと私が言えば妻は立った鳥肌をさすっていた)。

 妻は何も知らない。約50年前のことで時効とは言え、沈黙は金。触らぬ神さんに祟りなし。
 大学の麻雀仲間の中には、理牌(自分の手牌を種類や数字順に並べ替えて見やすく整理する)しなくてもややこしい待ちも分る者や対局者の点数残高を暗記できる猛者もいたが、私自身は初心者のレベルを超えることはなかった。

    とにかく要らない牌を切り、誰よりも早く聴牌(テンパイ:あと1枚アガリ牌を引くかロンすれば和了できる状態)に持っていく。他の対局者からリーチがかかれば、アメフトのごとくオフェンスからディフェンスに様変わりさせていた。そんな麻雀でもカモにされることはなかった(銀行に入って先輩との対戦でもそれは変わらなかった)。
     大学時代での麻雀に関する思い出として今も鮮明に覚えているのは、2つある。1つは、55年前大学の近くに本業でない他業態が雀荘を併業し始めた。変だなと思ったが便利なのでよく利用していた。ある日突然部屋のドアが開けられ、「そのまま! そのまま!」と言ってフラッシュを炊かれた。思わず4人とも麻雀台の下に首を突っ込んだ。無様で恥ずかしい。他の雀荘がたれ込み国税局?が乗り込んできたのに運悪く遭遇したらしい。その時は我々もささやかな金額ながら常習賭博で摘発されるのかと一瞬ではあるが不安を覚えた。
 2つ目は、いつものように校門を出て、坂道を下り雀荘への行きすがら下から上がってきた同級生に故三島由紀夫が割腹自殺(1970年11月25日)したことを知らされた。衝撃は受けたが、ノンポリにてのんきに麻雀に明け暮れている私に天才三島の思いなど理解できる訳はない。それでも、憂国の士としての発言が社会に認められない絶望感、作家としての行き詰まりの中で、ナルシストの三島が男の美学として切腹したのかと皮相的なことを考えていた。そんな当時のことを今でも覚えている。
    銀行に在籍した20年間においては本部の企画室(調査担当)と2度目の新宿支店に在籍の折麻雀を楽しんだ。本部では、先輩たちとの対局であったが、カモにされるということにはならなかった。ただ、ついてない時には早く止めたかったのだが、先輩たちにそんな時こそ面白がってわざと遅くまでさせられた。ジュディ・オングさんの『エーゲ海のテーマ~魅せられて』が大ヒットし、歌とともに両手を広げる真っ白なドレス衣装が一世風靡した、1979年(昭和54年)頃である。
 麻雀でのリスク管理として学んだことは、一つは、上記のついてない時には無理せず早く終わること。もう一つは、4着が1、2回続くと負けを取り戻そうとしゃにむになるが、余りにも負けが大きくなるともうどうでもいいやという気になり、結果として大負けしてしまう、それを肝に命じること。
 新宿支店には、新入社員として入行後の翌1月に転勤して以来16年後に1990年(平成2年)1月に支店長として単身赴任した。本部のときと違い卓を囲む時私が齢も役職も一番上であった。部下を慰労すべきであったが、負けず嫌いもあり、むきになって結果として部下から巻き上げることもあった。今にして思えば39歳とまだ若いとはいえ支店長として未熟だったと後悔している。
 新宿支店はたった8ヶ月で去ることになった。1989年年末の大納会で株式が当時の最高値38,915円をつけ新年は4万円かと囃し立てられたが、新年早々下落し3月には平均株価は3万円を割り、さらに9月には2万円割れも見て、半年間で日経平均が半値となる大暴落となった。
 そんな折1990年10月新宿支店長から証券部長へ私は異動することになった。周りから「なぜあんなド素人に任せるのか」と言われるまでもなく、私自身が青天の霹靂。何せ、自社株以外株(の売買)をしたことがなかった。私を指名した役員は白羽の矢ではなく毒矢を向けたのかと訝った。
    ともあれ、皆が心配しているので、「謙虚に、正直に、」をモットーとし、「勝ったのは相場のおかげ、負けたのは自分の腕」ということを肝に銘じた。
 私は素人の部長なのだから部の統括だけでもよかったのかもしれないが、賭け事が好きな性分でもあり、怖いもの知らずで日経平均先物の売買をした。上述の麻雀でのリスク管理として学んだことの2つを心の拠り所として。
 ビギナーズラックもあり、無難にスタートしたが、翌1991年大発会で売ると決めていたのに、買ってしまった。すぐに損切りすればよかったが、素人の稚拙さが出てしまう。損切せず、難平(相場下がれば買い増しし簿価を下げること)を繰り返すことになってしまった。

 素人は評価損になると損切して損を確定することを嫌い、含み益は直ぐに益出ししがち。プロは判断が違ったと思えはすぐ損切し、含み益はできるだけ長く持とうととする。
 1990年年初の大発会から一転下がり始めた株価は上下しながら下がり続け、2009年3月10日、日経平均株価終値が、バブル崩壊後の歴史的な最安値となる7,054円98銭を記録した。この間いくら何でももう回復するのではと思い私のように大げさだが地獄を見た人が少なからずいたのではないか。
 大きな負債を抱えると、相場観は株は戻るとしか思えなくなる。他者が肩をたたいてあげるべきであるが部長に声をかける者はいない。

 私は2年間だけだったので、株価が一時的に回復傾向を辿ったことにより、評価損を大方消すことが出来、首にはならなかった。クリスチャンやムスリムなら神のご加護と感謝するところか。私は単に運がよかったとしか思っていないが。
 遊びの麻雀と違い、大きな負債を抱えてどうにでもなれとはならず、真剣にやり続けた(銀行20年の勤務の中でこの2年間が一番真剣に仕事をしたと思う。土日は居ても立っても居られず、人生で初めて、土日は嫌だと思った)。ストレスは相当なもので、ストレスに体の弱点を攻撃された。慢性副鼻腔炎が悪化し、右頬が腫れ上がり、入院し手術を受けた。それと同時にストレスで免疫力が低下しがん細胞を見逃したか。

    20年後前立腺がんが顕在化し、前立腺がん患者としては若く62歳で放射線治療を受けた。それから14年経過するも再発の兆しはない。が、前立腺が放射線で焼かれ、オアシスが砂漠化したごとく射精障害に。治療=QOLの低下を悟った。

 職業人生は保持できたが、その代償は小さくはなかった。
 1994年に銀行を任意退職し非営利法人の職員へ転身した。最初の10年は今でいう公益社団法人で麻雀はしなかった。その後の10年間は業界団体で、私が世話役となり、役員・会員の有志で3か月に一度麻雀大会を開催していた。
 66歳で卒職すると、健康麻雀でも参加するかと思っていた。が、人見知りするタイプなので、初対面の方々との麻雀はどうかと思案しているうちに、新型コロナ禍もあり、すっかり忘れてしまった。
 最近はMリーグのダイジェスト版や人気雀士の動向をYOU TUBEで観ていることが多い。これからは、妻が麻雀に興味を持ち始めたので、麻雀等のテレビ―ゲームのソフトを購入しており、妻に麻雀を教えてあげたいと思う。私が亡きあと健康麻雀で楽しめるほどに。

 毎水曜日にBS10にて各団体のタイトル戦の優勝者を集めて『麻雀オールスター BS10チャンピオンシップ20』と題してトーナメント戦が放映されている。今季はジョーカーとして自称雀歴50年の堀江貴文氏が特別参戦している。

 2025年度は魔王と呼ばれる佐々木雀士が最終盤魔王にふさわしく怒涛の追い込みで優勝した。それで優勝賞金は5百万円で個人戦では最高と言っていた。プロにおける1年間に亘るトーナメントでたったそれだけかと驚いた。思っていた以上に麻雀だけで生計を立てるのは難しいということか。
 スポンサーにとっては、慈善事業ではなく、費用と広告宣伝効果との兼ね合いからすれば見合っているということなのだろう。
 中林圭雀士が団体が多すぎてスポンサーが戸惑う面もある。中国の戦国時代みたいで、秦の中国統一が必要かといったニュアンスのことをYOU TUBEで言っていた。
 『麻雀団体分裂と闘争の歴史 もめ続けた50年の真実を暴く』(竹書房)の電子書籍版を購読したが、読んでる途中で麻雀界統一における始皇帝にあたる人物は麻雀界全体のことを考えられる藤田晋氏しかいないと感じた。

 私は、藤田氏の下で、ルールも統一し、プロ認定もそこで行うのがよいと思う。簡単な話ではなさそうだが。
 市場を拡大するにあたって、裾野を広げてはと、2021年8 月臨時号 NO.157(「 テンピンルー VS テンピンルール(2) 」)にて二つの提案をしている。
  一つは、麻雀を知らない昨今の子供や若者に関心を持ってもらうために、将棋の駒づくりで有名な天童市で毎年『人間将棋』が開催されている。『人間麻雀』を開催してはと思う。

 体育館か屋内にて、一対戦者の前に立つ黒Tシャツ・黒ズボンの黒子13人が花札を何倍も大きくした牌板を胸の前に掲げる。14人目の黒子が牌板を引き、対戦者の指示で不要な牌板を持つ黒子と入れ替わるというやり方で。捨て牌にあたる黒子は仰向けに寝て、見にくければモニターを活用して。
 もう一つは、人間麻雀が極めてアナログに対して、大学生を対象には「e-麻雀 全日本大学選手権」を開催してはと思う。箱根駅伝のように運営は学生主体で。
 5年前にこんな提案をしている。検討してもらえると嬉しいのだが。

 (次回250号は8/20アップ予定)

2026. 8  NO.248  うい VS  うい 
 今回のテーマは「憂」。憂の訓読み、「憂い」には主に二つの読み方と意味があるという。一つは「うい」と読み、思い通りにならないつらさや不愉快な気持ちを表すという。

 もう一つは「うれい」と読み、心配や悲しみ、気が晴れない状態を表すとする。
  前者の「うい」は現代では使われることはないのでは。「うい」(愛い)は武士言葉が今もシャレとして使われている。上司が部下に対して「うい奴じゃ! 」と言うように。
 「憂さ」は「うさ」と読む。「憂さ(憂鬱な気分 )晴らし」として使われる。
 「憂」という漢字には良いイメージがないので、“みちょぱ”の愛称で知られる池田美優さんのように「優」が多いと思っていたが、人の名前に「憂」が使われ出している。
 サッカーの堂安憂・元選手(堂安律選手の実兄)、馬場憂太選手、レスリングの山本美憂選手、女優・歌手の吉本実憂さん、声優・歌手の富田美憂さん、セクシー女優の、麻倉憂さん、田野憂さんなど少なくない。 平成後期からニュアンスとしてポジティブに解釈する動きが見られるという。
 「憂」には、相手を思って「案じる心」「深く思いやる心」、 静かで物思いにふける「繊細さ」「感受性」の意味が込められるているという。「憂」を含む名前を、他の明るい漢字と組み合わせて「深みのある優しさ」などと解釈するらしい。
 「憂い」の対義語は「喜び」か。恋愛関係において、若者男子は男自身が喜ぶのがうれしい。この場合嬉しいは男偏に替えるべきか。年配者の男は女が喜ぶのを見て嬉しいと思う。

 分別や落ち着きもあり、がつがつしていない年配者の方が若者よりも女子にモテルのかも知れない。
 昨年若手人気女子プロゴルファーと30歳年上のコーチとの恋愛が話題となった。妻とは長期別居中とのことだが、結局不倫は破局した。不倫は、今や犯罪ではないが、“道ならぬ恋”として家族や世間が許さないのだ。
 野生動物と同じく人間も異性をめぐって争う。それは男の専売特許ではない。1920年の頃中国では実態として一夫一婦多妾であり、大富豪の主人から寵愛を受ける妾同士の愛憎や暗闘について中国映画『紅夢』に描かれている。
 人類は、争いを避け、「種」の存続に向けて太古の昔から一夫一婦制を選択してきているのだ。

 こんな浮いた話と縁のない仙人のような今の私は、清く、貧しく、美しく、否、醜く生きている。本ブログを書いては一方通行ながら社会と繋がっている実感を得ている。小さな拡声器に向かって独り言をつぶやいているようなものだが。
 仙人なら心穏やかのハズなのだが、常に憂いを帯びている。毎日が日曜なのに気が晴れない日が少なくない。私が心配してもどうにかなる訳ではないのに。
 株価は、1989年12月29日にそれまでの史上最高値38,915円87銭を記録してから、その後約19年間上下しながら下がりつづけ、2009年3月10日(火)に史上最低値7054円98 銭を記録した。私は銀行の証券部長として2年間(1990年10月~1992年9月)でしかなかったので運よく首にならず他の部に横滑りできた。証券会社の株式部の人達はその間何度も株価は戻ると思いその都度痛い目にあったのでは。
  当時の史上最高値(3万8915円87銭)を34年2カ月ぶりに更新したのは、2024年2月22日( 3万9098円68銭)。

 それから2年しか経っていないのに、先月一時的に最高値72,000円を超えた。バブルの崩壊を経験した私にはバブルの再来としか思えない。
 前回ではバブルが泡と消える前に株に縁がない主婦までが口にしだし崩落が近いと予見した人もいた。今回半導体株とAI株が日経平均を押し上げているとのことで、庶民にはバブル感がないのかも知れない。
 日経平均先物をしている人にとってはよりハイリスク・ハイリターンか。株価に値がつくということは、買う人だけではなく売る人がいるということ。売る人がプロの投資家や証券マンからアドバイスを受けた富裕層で、買う人が証券マンから煽られた庶民達でないことを祈るばかりだ。
 戦争もバブルと同じか。世代が変わると同じ過ちを犯しがち。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と言うが、敗戦から喉元とは違い長い年月が経ち、戦争の悲惨さ、残酷さを体験した者はもうほとんどいない。終戦時15歳で戦争経験のない人でも1930年生まれにて今年96歳にもなる。
 かつて大きな影響力を有した官房長官の中で故後藤田正晴や故野中広務は「二度と戦争はしてはいけない!」と何度も言っていた。今度戦争が起きれば戦争ゲームに勤しんだ世代やその子供が戦士となろう。その若者たちが、高市首相を歓迎しているのか。
 今の政治家に戦争体験をした者はいないだろう。米国では、強硬な軍事活動などに賛同するタカ派(ホーク)でありながら、自身には従軍経験がない腰抜け(チキン)のことをチキンフォークと呼ぶ。れいわ新選組の女性議員は国会でタカ派議員に向かって「チキンフォークにならないだろうな!?」という意味のことを叫ぶ(石を投げて逃げるみたいに。国会議員ならもっと論戦をすべきところだが)。
 高市首相もそうだが、今の政治家で真のタカ派の政治家などいないと思う。戦前は東條英機を初めとする戦争を主張する軍人首相はタカ派と言えるだろう。米国に対して、物量において彼我の差は大きいが、精神論では負けないとか言って戦い、敗北した。歴史は無謀と書き加えたが。
 80年過ぎた今も負けた相手米国に日米同盟という麗しい名で間接支配されている。が、今の自称タカ派の政治家はそんな日米同盟を前提にしている。日本丸の船長である首相は政策は論じるが、日本の進むべき方向先を示さない。雇われ船長が米国の大統領の指示待ちみたいに。
 タカ派の語源は、「鷹」であろう。日本が鷹なら米国は鷲か。鷹と鷲はどちらもタカ目タカ科の猛禽類で、分類学的には同じ仲間。大きい個体を鷲、小型〜中型を鷹と呼ぶらしい。失われた30年の今の日本と米国の実態からすると、ゴルフ用語で言えば、米国がイーグル(鷲)なら日本はバーディ(小鳥)と言えるだろう。
 鷹は大きい鷲に対して、足の爪を舐めたり、おべっかをしないだろう。タカ派?の安倍首相は2016年異形のトランプ大統領が当選すると、娘のイヴァンカ氏の靴まで舐めるのかと言われ、同じくタカ派の高市首相はトランプ大統領に抱きついたり、ハシャギ過ぎと批判される。
 鷹は、①縄張りを守る(国土、領海・領空を守る)、②仔に食べ物を与える(国民生活を維持させる)、外敵から仔を守る(国民を守るディフェンスを拡充させる)、のが仕事。
 日本のタカ派もどき政治家は、日米開戦の悲惨さを体験しておらず、経済的・軍事的に米国を凌駕しつつある中国を刺激する。外交努力に注力して防衛費を極力減らすことをせず、防衛力利権に執着しているとしか見えない。
 本気なら、まず国民の安全を守るため、永世中立国スイスのようにまず地下壕や核シェルターなどを拡充させるハズ。

 武家社会における戦争ゲーム・将棋の永世七冠の羽生善治棋士も、タイトル八冠達成の藤井聡太棋士も、自陣を守ってから攻めに転じる。


 敗戦直後では、鷲に負けたハズの鷹の吉田茂首相は、鷲の米国が朝鮮戦争もあり日本の再軍備を求めたが、GHQが押し付けた「戦争放棄」の憲法明記を盾に固辞した。
 その後米国のアメ政策により日本が経済復興したのに、日本の首相が米国の大統領に隷従しているように見えだした。
 私は、米国とくに故キッシンジャーと日本の検察とがエスタブリッシュメントとは違う異形の田中角栄首相をロッキード事件により葬った(首相の立場にある田中は自らの保身の為に日本にとってより大きな疑惑を暴露することはしなかった。それで中曽根首相は助かったか。批判するメディアに対しても、それが仕事と問題にしなかった。器が大きかった)。

 田中の失脚がその後の首相にとってトラウマになったと思っていた。
 ところが、末期がんを宣告された経済評論家故森永卓郎が遺書本として『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』を上梓した。その中で、日本航空123便墜落事故に関する疑惑が書かれていた。それが本の核心なのだろう。

 恥ずかしながら、不勉強が露呈するが、私は知らなかった(疑惑問題の発端は2017年刊行の青山透子氏の『日航123便墜落の新事実:目撃証言から真相に迫る』。青山氏は赤の他人ではなく日航の元客室乗務員。義憤に駆られての告発本と言え、黙殺するには重すぎる)。
  しかし、遺言本を上梓した森永に対して大手メディアは皆無視したのでは。天国に召される人に少しは手向けの言葉があってもと思うが。森永は失意の中で逝ったか。

 真相が再検証される日が来ることのない、日本におけるタブーの一つと理解すべきなのだろう。
 疑惑の件とは別に、我々庶民の男たちが教訓とすべきは、森永が亡くなる前でしか書けないことを女性が書いたことだ。女はいざとなれば命も外聞もない。女を本気で怒らせることはしてはならないということだ(先般逮捕された著名野球監督の妻の様子を見ても。妻はその場に居たハズだが、記事ではその存在が見えてこない。長女の児童相談所への電話を止めていないのでは。本来妻が逮捕・連行を止めるべく身を呈して警察官に哀願するところだが。逮捕劇の主因は冷め切った夫婦関係にあると見えてしまう)。
 同じタブーである、田中角栄の失脚(角栄裁判1983年10月12日 一審で有罪判決)と日航機墜落事故(1985年8月12日)とはほぼ同時期。いずれにしろ、その頃から日本の首相は米国大統領に隷属して行ったと思う(世界一強の米国の傘下で政治家が平和ボケして劣化しただけと反論する向きもあろうが)。

 タカ派もどきの政治家に対して自衛隊はどうか。私は自衛隊に入隊する勇気も志もなかった。よって国や国民の為に命の危険をもろともとしない自衛隊員に対して尊敬の念を抱いている(同様に警察官にも消防士にも)。とはいえ、全幅の信頼を寄せている訳ではない。
 その理由の一つは、軍人は負ける戦争にも反対と言えないこと。海外から、とくに日本を警戒する国からすれば、自衛隊は軍隊と、自衛隊員は軍人と、見られている。軍人は戦争する為にある。よって、首相から戦争を求められたら、指示・命令でなくとも反対できない。
 戦前海軍の山本五十六と米内光政は、日米間の彼我の差を痛感し、戦争すれば負けると反対していた。しかし、最終的には、山本は「山本自らが飛行機や潜水艦に乗って1年から1年半は存分に暴れてみせる」と言ってしまう。軍人は自己否定になることは言えないのだ。そして山本は死ぬをことをその時点で既に覚悟していたハズ。ラバウル基地から飛び立った視察中に米国の戦闘機に撃ち落されたが、死に場所を求めていた、自殺行為だと私は思う。
 歴史家保阪正康氏の『昭和陸軍の研究』(朝日文庫) の上巻の最後に山本五十六のことが書かれており、石原莞爾の秘書役で妻が山本五十六の姪である故高木清寿によると、石原も「あの人は戦争の前途がわかるから、死に場所を求めているんだろうな」と言っていたという。

 山本は負ける戦争をしてしまったことの責任を痛感していたのだろう。東京裁判はともかく、投降すれば山下奉文のような目に遭うことも予見できていたのかもしれない。
 もう一つの理由は、自衛隊の元幹部の大言壮語的な発言に危うさを感じること。国民に不安を与えない為かも知れないが。
 自衛隊は戦後80年一度も戦争をしていない。自衛隊員も戦士とはならず誰一人戦死していない。訓練中に亡くなった方はいるが。それなのに、ロシアのウクライナ侵攻において、ロシアの軍事行動をBS番組で自衛隊の元幹部が見くびった発言をする。確かに幹部は優秀に違いないだろうが、自衛隊全体としてはどうなのか。
 2023年4月6日付け宮古島沖陸自ヘリ航空事故が起きた。陸上自衛隊第8師団の坂本雄一師団長を初め師団NO.3の幕僚長など複数の幹部も同乗しており第8師団の心臓部が一度に消失したと言われる。
 分乗すべきだったかは結果論かも知れないが、月刊『文藝春秋』2023年6 月号(5/10発売) に作家麻生幾氏が寄稿している。現場は混乱していたと。敵国からの奇襲を受けたのではなく、単に海上での事故に過ぎなかったのではあるが。


 タカ派もどきの政治家に加え、自衛隊の防衛力の真の実力が判らないことは、国民にとって不安感を与える。

 だが、国民の不安を和らげるべき左派のテレビ局の動きも理解し難い。
 平和国家を標榜するハズ?の日本の左派メディアとしてロシア、ウクライナ双方に早期停戦を呼びかけるのかと思えば、日本がウクライナと同盟国かのように、BS-TBSの『報道1930』においては連日の如くウクライナ側の視点に立ち戦闘分析を取り上げていた。BS朝日では毎日曜19時からの『日曜スクープ』にて。
 それらのBS番組を仮想敵国の諜報部員も観ている中で、自衛隊元幹部や防衛研究所の研究員が得々と話している。何の為に日々の戦闘分析を視聴者に見せているのか。防衛省内ですればいいと思うことを。
 ところが、2025年1月トランプ共和党政権がスタートすると、日本の左派メディアはウクライナ戦争を取り上げなくなった。そこで疑問が浮かんだ。日本のメディアも民主党寄りの米国メディアに支配されているのかと。あるいは、現地特派員に十分な現地取材予算が与えられず米メディアから情報を得るために、指示に従っているのかと。
 日本の左派メディアが右派メディアと変わらないのであれば、大手左派メディアは二つも要らない。構造不況業種化する中で大同合併し“朝日毎日新聞”になればよいと思う。
 
 優秀な自衛隊と思うが、訓練はよくしていても実践でどうなるかは不明。大手メディアが権力を監視する第四の権力を行使しない中、タカ派もどきの政権による偶発的にしろ中国との軍事衝突が憂慮される。杞憂と嗤われるかも知れないが。
 そんな中で、衆参両院の正副議長は6/10、皇族数確保に関する「立法府の総意」を与野党の全体会議で取りまとめ、高市首相に提出した。それを踏まえて6月末皇室典範改正案が衆院に提出された。が、「立法府の総意」にはなかった、「養子に生まれた男子は皇位継承資格を持つこと」などに野党が反発している。

 6年前にも皇族の減少に対して検討がなされていた。今頃になって、遠慮近憂と言えども拙速に進めるのはどうなのか。

旧宮家の人々の意見も聞いていないと言われる中で。

 特定の権力者の利害に利用されることがあってはならない。天皇陛下も心配されておられるのでは。 

 近年「権力」側は「権威」側を目の上のナントカ扱いにしていないか。はき違えている。国民が権力者の愚かな言動に愛想をつかしても日本人としての帰属意識を失わないのは、ひとえに天皇家を心の拠り所にしているからに過ぎない。


 6年前の2020年2月号 NO.127 (「じょせいてんのうVS じょけいてんのう」) にて私はこう書いている。
 女系天皇には、反対の立場。英国のエリザベス女王は女系国王。崩御すれば夫エジンバラ公との間に生まれた第一子チャールズ皇太子が国王に即位する。その後は皇太子と故ダイアナ妃との第一子ウイリアム王子。その王子とキャサリン妃との第一子ジョージ王子と続く。将来ジョージ王子の第一子が男子になるようなことがあれば、もうエジンバラ公を男系始祖とするエジンバラ王朝と見てもおかしくない。エジンバラ公は、どこの馬の骨ではなく、歴とした貴族ではあるのだが。テニス界のKならまだしもパラリーガル界のKを思い浮かべれば、女系天皇に消極的になる人が多いのではないか。
 やはり、人の思惑が入り込む余地の少ない日本固有の今の「男系男子による万世一系」がよいということになるのか。共産主義者や一部の弁護士ら天皇制に反対する者(国民の2割前後?) は存在する。しかし、天皇の即位に際しその正当性に疑義を唱える者はいない。天照大神を皇祖神として126代連綿と続く史実ほど強いものはない

 私は、大勢寄せられる愛子天皇待望論は理解できる。けれども、タカ派もどきの政治家に与するつもりはさらさらないが今も6年前と考えは変わっていない。
 今は医学もさらに発達し、受精胚は、専用の凍結保護液に浸したあと、凍結保存の容器に入れてマイナス196℃の液体窒素で凍結保存できる。さらに、受精卵(胚)の段階で、性染色体の組み合わせを調べることで、将来生まれてくる赤ちゃんの性別も判るという。妃の母体への負担が大きいとなれば代理母出産の方法もある。国民が関知する必要はないが。 
 確定路線としての現皇位後継順位第2位(実質1位と言えるか)として健やかに成長されている悠仁親王殿下とその妃により皇族を増やすことは可能ではないか。

 愛子天皇支持者からとやかく言われようがポストが人を作る。戦前現人神の昭和天皇から戦後象徴天皇に変わったが、国民に寄り添う象徴天皇像の確立に皇后と二人三脚で尽力なされた現上皇、上皇后陛下が国民より敬愛されている。

 まずは、皇后雅子さまの時より男子を産まなければとのプレッシャーが大きく、また、秋篠宮家に対するイメージもあり、悠仁親王殿下に嫁ぐハードルが高い問題に注力すべきだと私はそう思う。

 政府案とは関係なく、私自身は愛子さまには一人の女性として、よき伴侶得て幸せな人生を送っていいただくことを念じている。

 間接選挙(憲法第67条1項「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」)にも拘わらず、国民の人気投票のような直接選挙と変わらない実態になっている。

 大手メディア、政治評論家、自民党議員がそれに疑問を持たないなら、タカ派もどきの安倍首相→高市首相⇒小泉(進次郎)首相の流れが予想されてしまうのを憂苦している。

 小泉防衛大臣に対しては、早稲田大森川友義名誉教授が「以前の進次郎構文は、意味が空洞である点に問題があった。現在の構文は、空洞の中に安全保障政策が入っている点で、はるかに危うい。」と憂心している。
 知性、教養、論戦力が不足し、すぐ言葉がつまると恫喝的な言動をとる、タカ派もどきの首相たちによって日本が普通に戦争する国になりかねないとすれば、その中で愛子さまが国家元首になられるのは極めてリスクがあると私は憂思している。
 北朝鮮の金王朝3代当主金正恩氏は後継に娘の主愛(ジュエ) 氏をあてがうと見られている。儒教の国の軍部が軍の最高指導者として女性当主を認めるのか。認めたとして、金正恩氏の妹与正氏を担ぐ軍一派と主愛氏を担ぐ一派と権力争いも考えられる。叔母と姪、負けた方はどうなるのか。
 英国では、従姉妹の関係にあった、プロテスタント国イングランドの(年上の)エリザベス(一世)女王とカトリック国スコットランドのメアリー(スチュアート)女王とが緊張関係にあった。メアリー女王がイングランドの王位継承権(祖母がチューダー朝ヘンリ7世の娘)を持つが手放さなかった為、庶子の立場のエリザベス1世の王位を脅かす存在としてみられていた。
 メアリー女王が政変で国を追われイングランドに亡命したときに捕らえられ幽閉されてしまう。エリザベス女王自身は処刑を望まなかったが、幽閉から19年後エリザベス女王名にてメアリー女王は1587年処刑されてしまう。この顛末は映画『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2019年日本公開)に描かれている。
 日韓併合に伴い、朝鮮王朝最後の皇帝・高宗の一人の娘である幼い徳恵翁主は、皇族の一員となるべく日本へ渡らせられ、長じて政略的な縁談で結婚するも、次第に壊れていく。

 敗戦後財産を失った夫とは離縁となり、二人の間の娘は山へ行方不明となり、本人は精神病院に。それを知った韓国の国民が憤慨し、1962年37年ぶりに祖国の地を踏む。その間の経緯は、韓国映画『ラスト・プリンセス―大韓帝国最後の皇女―』(2017年日本公開) に描かれる。
 私は、愛子内親王が国家元首となられて上記のような映画の主人公になられないか、憂患している。敵国の地に旅立たれる姿を私は想像したくない。王室がなければなおさらに。
 欧州と日本とは過去から女の扱いが違う。日本人は「レディーファースト」の語源を勘違いしている人が少なくないのでは。元の意味は危ないところを先に女に行かせることをいう。イメージとしては、飛行機嫌いの北朝鮮金正恩総書記が他国に行く場合列車を利用し到着した折妹の与正氏が真っ先に列車から降り、周りの様子を窺うようなものだ(もっとも与正氏の場合は兄を守る為の自発的かつ献身的な行為に過ぎないが)。
 欧州の女性はこんな差別と闘い男女平等を勝ち取ってきた。
 日本は、戦国時代など合戦に負けるとなると裏門から妻子を逃がした。信長は例外として、勝利した側の武将は処刑したり奴隷とせず敵将の正妻などを側室とした。
 今の日本男子は男女平等を受け入れている。ただ、米国のアファーマティブアクション(Affirmative Action)における性別や人種等の理由で差別を受けている人たちに対する格差是正措置が白人労働者から逆差別と受け取られるように変わった。同じように日本の大手企業のハードな日々を送る男子は、女子が産休・育休を繰り返しながらも男子と肩を並べて昇進することに内心不満を持ち、高市首相の「働いて 働いて」発言に好感を抱く面もある。皮相的ではあるが。
 それでも、日本男子は、男女平等なら女も重い物も持て、怖い取引先にも交渉に行けとは言わない。

 ジェンダー平等の女闘士も、女性差別には吠えるが、男女平等だから仮に戦争になったなら(第二次世界大戦時ソ連の女性たちが自発的に参戦したごとく)女も銃剣を持ち戦場に行くべきだとは言わない。
 日本女性も強くなったと言われるが、奥ゆかしさが日本女性の美徳であり、優しさが特質である。欧米の女性と同じだと思うべきではない。トランプ大統領に対する態度において、高市首相とイタリアのメロー二女性首相との違いを見ても(置かれた立場の違いはあるにせよ)。
(次回249号は8/1アップ予定)

2026.7  NO.247    えん VS   きえん
 先月末5/31は世界禁煙デーであった。
 世界保健機関が設立40周年を迎える1988年4月7日が「第1回世界禁煙デー」と定められた。1988年に採択された決議WHA42.19で世界禁煙デーを毎年5月31日とすることが定められ、翌1989年以降この日に実施されている。
 世界中でタバコが喫煙され、日本でも、戦後の間もなくの頃名匠小津安二郎監督の『晩春』、『麦秋』、『東京物語』などの名作映画の中で故原節子たちが扮する独身女性やミセスも喫煙するシーンが少なからず登場していた。
 私よりも高齢らしきネット民が、「『煙草は歩くアクセサリー』 なんて、今じゃとても信じられないキャッチコピーがお洒落なポスターになって、煙草を宣伝していたのですから」と書いている。 
 男性はほとんどの人がタバコを吸っていたのではないか。私も20歳になると同時に大人になった証としてタバコを吸おうとした。しかし、慢性蓄膿症の持病があることもあって、体に良くないモノを何で練習しないといけないかとの疑問が湧き、すぐに吸う練習を止めてしまった。タバコを吸える年齢から55年経過したが、その間にタバコを口に咥えたのは10本程度か。なお、煙が肺に入ることは一度もなかった。
 喫煙は20歳からだが、パチンコ18歳から出来る。しかし、1970年前後の当時今のよう全自動ではなく、球を一個ずつ、台の穴に入れて、レバーで手打ちするもの。右利き用に台はできており、右手の親指でレバーをはじくのだが、左利きの私には右手では上手く手加減できず、左手の親指ではじいたのだが、如何にも不格好。右利きの人が左手で玉を入れ、右手でレバーはじく、リズムカルに早打ちしているのを見て嫉妬し、止めてしまった。
 数年後全自動の機種が登場し、左手のハンディは解消されたが、今度はパチンコ店内にタバコの煙が充満したことに閉口して、これまた止めてしまった。 
 社会人になっても、タバコの煙と縁が切れた訳ではなかった。大学時代から麻雀覚え銀行に入行してからも麻雀に興じていた。
 本部に居た29歳の頃独身の私は連日の如く仕事終わりに雀荘に向かっていた。ジュディ・オングさんの『エーゲ海のテーマ~魅せられて』が大ヒットした昭和54年(1979年)頃である。医学者平山雄氏による論文により世界で初めて受動喫煙の害が提唱されたのはその2年後のことである。

 発がん性があることは知らぬも不快でしかなかった。が、親しい先輩と卓を囲むことがほとんどで、私以外皆吸う。ただ、吸っているより灰皿に置かれている時間の方が長い。3人の副流煙が私を襲う(副流煙は、燃焼温度が低く、フィルターを通さないことから、主流煙よりも有害な物質を含むという)。受動喫煙を避けるべくマスクをしたかったが、後輩なのであてつけがましいことは出来なかった。

 その3人の先輩たちは、その内2人は50代で亡くなった。残りの一人は70代半ばまで。バブルの崩壊による銀行の傾城に役員として苦悩する中でヘビースモーカー&ヘビードリンカーが禍したか。喫煙せず酒も弱い私一人が生き長らえた。
 1994年銀行から公益社団に移り10年間麻雀はしなかったが、その後業界団体に移籍した時私が音頭をとり有志で麻雀大会を開催した。が、タバコを取り巻く環境が変わっていたので、マスクをして望むことができ、他者のタバコは気にならなくなっていた。
 
 2020年4月1日に改正健康増進法により、多くの人が集まる施設での原則禁煙が義務付けられ、分煙が義務化された。今は喫茶店でも分煙がなされているので、嫌煙派の私としては助かる。義務化される前は、店主が注意する寿司店以外は、営業戦略上禁煙としない店がほとんどであった。

 2010年代業界団体に在籍していた折、会員と一緒に喫茶店に行くが、タバコの煙に悩まされた。なぜ、禁煙しないのかと聞くと、ほとんど同じ意見だが、「好きなタバコを止めて、それがストレスになり、亡くなった人を何人も知っている」という。しかし、そんな人が肺がんだと言われると、禁煙してしまう人がほとんどではないか。医師に止めるよう言われても、ステージにもよるが、禁煙すればストレスで癌が悪化すると言い、今までどおり喫煙を続ける人は、ある意味筋が通っているし、“漢”だなぁと思うのだが。
 ただ、医師から次のように告げられると、肺がんを克服してもまた癌になるのかと思えばタバコを止めざるをえないということか。
 「がんと診断された人が喫煙することは、再発・転移とは別に、新たに発生するがん(二次がん)の原因となることが明らか。また、二次がんになるリスクは、喫煙量の増加に伴って高まることが報告されている。逆に、がんの診断後に禁煙した人は、喫煙を続けた人と比較して、二次がんが発生するリスクが下がる」
 『がん情報サービス』の記事によると、タバコそのものに含まれる物質と、タバコに含まれる物質が不完全燃焼することによって生じる化合物、あわせて約5,300種類の化学物質が含まれており、この中には約70種類の発がん性物質も含まれているという。
 これらの有害な物質は、タバコを吸うとすぐに肺に届き、血液を通じて全身の臓器に運ばれ、DNAに傷をつけるてとする。
 喫煙している本人がなりやすい癌として、癌との因果関係が明らかな「レベル1」と判定されたのは、鼻腔びくう・副鼻腔がん、口腔・咽頭がん、喉頭がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胃がん、膵臓がん、子宮頸けいがん、膀胱がん、という。受動喫煙の場合は、鼻からだけなので、肺がんや鼻腔・副鼻腔がんの可能性が高いという。
 慢性蓄膿症で2回手術(1度目は左右両方を局所麻酔で、2度目は右側だけ全身麻酔にて)している私は早々とタバコを吸う練習を放棄したのは正解だったと言えるか。
 タバコを吸うと、肺がんだけではなく、交感神経を刺激して血糖値を上昇させ、またインスリンの働きを妨げる作用もあるため糖尿病になりやすいと言われる。糖尿病患者がタバコを吸っていると治療の妨げとなり、脳梗塞や心筋梗塞、糖尿病腎症などの合併症リスクを高めるという。 
 私は、前立腺がんに罹患したが、肺がんにはならないのではとの自信めいたものを抱いている。が、肺がんはタバコだけが原因で発病する訳ではない。
 料理の油の煙も肺によくない。本ブログの2011年10月号NO.4(「おこぜ と おこげ」)で書いたが、レンジフード(天蓋)が少なかった時代の台湾では主婦の肺がんが多く、その原因が究明され、煙を吸い込むレンジフードの普及により減少したという。
 フジTV番組『料理の鉄人』で中華の鉄人として人気を博した故陳建一は16年程前に肺がんになり療養を続けて気をつけていたが、3年前間質性肺炎で亡くなっている。
 新型コロナ禍の折中華の料理人もマスクをつけて調理していたが、コロナ禍が去ってもマスクをした方がよいと思っていた。味見をするのに不便ではあるが。

 私は75歳でもうすぐ76歳になる。同じ歳で義父が亡くなっている。義父は大学を出て商社に入社したが、直ぐに辞め激怒した親に突き放される中畑違いのアクセサリー職人となった。高度成長の波に乗ったこともあるが、自身でデザインを考え夫婦で作れば飛ぶように売れたという。

 裸一貫から成功し立派な職業人生だったと義理の息子である私は義父に尊敬の念を抱いている。
 ただ、職業柄一日中座っていることが多く、義父は片時もタバコを手放せなかった。唯一とも言える趣味はパチンコ。私とは違いタバコの煙は気にならないのだろう。
 終戦直前大学生の義父は徴兵された学徒兵ではなくお国の為と自ら志願し海軍に入隊(戦場には行っていないが腎臓片方失くす)しているし、TVも野球以外NHKしか観ないような人で不似合いとも思えるが。晩年海外からの輸入物との競合で作れば作るほど損になり、パチンコ店に滞在する時間が長くなったみたいだ。
 義父は75歳で亡くなったが、私と真逆の義父は80台を優に超えた老人のごとくよぼよぼになっていた。肺がんにはならなかったが、足の血管が詰まり、歩くことが困難になっていた。人は歩けなくなると長くない。

 お笑い女性コンビ『はるかぜに告ぐ』のとんずさんは 愛煙家として知られる。とんずさんがゲスト出演していたyou tubeを観た。赤丸をひと箱強吸うという。75年生きて初めて「赤丸」を知った。私は20歳で練習したハイライトやセブンスターしか知らない。
 愛煙家の時代は去った。今どき、体に悪いのだから止めたいけど止められないのであれば、「哀煙家」と呼ぶべきであろう。とんずさんは禁煙は3日目が鬼門でそれを乗り切ると禁煙できるという。

 とんずさんに告ぐ。「この世と早くとんずらしなくてもいいように早く禁煙すべき」と。とんずさんは27歳と若いので、7年間しか吸っていないのでは。まだ間に合うだろう。
 業界団体に籍をおいていた折、事務局に通勤する際いつも都営地下鉄を降り地上に上がってしばらくすると煙の匂いがしていた。人がたむろしてタバコを吸っていた。その中に若い女性が吸っているのを見ると他人事ながら不快に感じた。
 女性の場合喫煙本数が多い人ほど閉経の時期が早まり、ホルモンが低下し、骨粗しょう症の発生が促されるという。さらに、肌荒れやシワ、シミ、歯の黒ずみや歯周病の原因になり、美容の大敵となる。 乳がんのリスクが高まると言われている。  
 何より、DR.VAPE(「香りを吸う」×「ウエルネス」) の記事によれば、喫煙は、妊娠・出産において母体だけでなく胎児にも深刻な影響を及ぼすという。タバコに含まれるニコチンや一酸化炭素などの有害物質は血管を収縮させ、酸素の運搬を妨げるため、胎盤の血流を悪化させる。流産や早産のリスクが高まるほか、胎児の発育が妨げられ、低出生体重児の出生が増える傾向も確認されているという。さらに、妊娠中や出産後の喫煙は、赤ちゃんの呼吸機能にも悪影響を及ぼすとされており、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを高める要因になるという。
 一時ダイエット目的でタバコを吸う女性が増えたと言われたが、言語道断。大きなお世話かも知れないが、子作り、子育てが終わるまでは禁煙してもらいたい。その時期が過ぎれば、自己責任で喫煙するか否かは本人の勝手だと思うがのだが。
 さすがに最近はダイエット目的は聞かれなくなったが、ストレスが溜まる、看護師や介護士において喫煙率が高いと言われている。“医者の無養生”と言われるが、看護師等も自身の健康を度外して患者に尽くすのか。

 私自身の手術入院の体験からすれば、同じ謝意でも、医師に対しては「尊敬」、看護師に対しては「感謝」の意味合いが強い。とくに女性看護師には深謝しており、あえて「看護婦さん」と呼んでいる。

 国には、禁煙を呼びかけるだけではなく、看護師等に対する給与面も含め環境整備をお願いしたい。

(次回248号は7/10アップ予定)

2026.7  NO.246    ランプ VS   ランプ
 迷走状態の米国トランプ大統領は、米国民が望んでいる方向とは真逆の物価高を招く相互関税政策を採り、しかも中国の反撃に遭い、金融マーケットから「TACO(タコ)」(Trump Always Chickens Out:トランプはいつも尻込みして退く)と揶揄された。
 さらに、イスラエルの口車に乗りイラン攻撃により原油価格の高騰を招くが、中間選挙を控え早期の停戦を望むトランプ大統領の足元を見てイランは停戦に応じずホルムズ海峡の封鎖を止めようとしない。今度は金融市場から「NACHO(ナチョ)」(「Not A Chance Hormuz Opens:ホルムズ海峡が再開する見込みはない)」呼ばれている。
 今度は、「ELME(エルメ)」(Expected to Lose Midterm Elections:中間選挙で敗北すると予想されている)と呼ばれるか。ただ、下院は、区割りの変更が共和党に有利となり、思ったより接戦になるとの見方も出てきている。だが、5月訪中した際余裕で笑みを浮かべる習近平国家主席と並んだトランプ大統領の萎縮したかのような姿は米国の威信と米国人のプライドを傷つけただろう。日本元首昭和天皇は敗戦後突然

故マッカーサーと並ばされた屈辱に耐え威厳を保たれたが。

 窮地のトランプ大統領(2.0)に高市首相はよく似ている。トランプ大統領は、中間選挙を前に支持率を下げて、焦っている。野球でいえば、前監督時代は監督にも意見が言える、ひとかどのコーチが揃っていたが、今回は、選手経験のない監督なのにこれまた(とくに外交において)素人のような、しかもイエスマンでしかないコーチではチームとしてスランプ状態になるのは、不思議でない。
 なぜ、イエスマンしか置かないのか、以前私は、その理由として、大統領が自身の思い通りしたいが、知見、識見を上回る側近では言い負けてしまう為と書いた。
 高市首相も官僚の意見を聞かないのは同じ理由だと思う。深夜まで勉強する勉強家と言われているが、私から見れば、未だに受験生をやっているのかと思う。首相と同じ大学を卒業しているが、受験勉強なら、私の方がたぶん長時間やっているハズ。数学や国語(漢字以外)は暗記しなくてよいが、それ以外の科目は暗記が基本でその苦痛に耐えて。自慢にもならないが。
 (通産官僚・作家の故堺屋太一がそうだと言われていたと記憶しているが)一度読むと覚えてしまう人がいるが、凡才の私は何度も読まないと覚えられない。それだけ時間が長くなる。高校の同窓会に行くと、私に対しては何度も下線を引いて覚えるから教本がボロボロになっていたことが話題にされた。覚えていてくれたことはありがたいが、頭が悪かったと言われているようで内心嬉しくなかった。
 受験は自身一人が頼りだが、社会に出ればそんなことはない。とくに首相には、同じ学年の間にてトップクラスの秀才である国家官僚が仕えている。その官僚を縦横無尽に活用すべきなのたが。
 QUAD(日米豪印戦略対話)は安倍首相が提唱したと歴史に残るが、それを発案し、お膳立てしたのは外務省の官僚たちであろう。官僚を活用しないのなら、能力をうんぬんする前に首相としての適性がないと言われても仕方がない。
 昼間は学校と国会との違いがあれど、60年弱前運動部や他の部にも入らず塾にも行かず、家に直帰しひと眠りすれば深夜まで受験勉強する受験生だった私のような生活をなぜ今も続けるのか。 学者なら理解できる。コミュニケーション能力が低くても論文で勝負できる。論文作成や書籍を出版する折論調の変化を避けて一気呵成に書くべく連日深夜まで続くことがあろう。
 私も本ブログがOne Wayなので偉そうなことは言えないが、高市首相SNSも一方通行。政治家なのに会食が苦手という。最近克服すべく側近ら議員とランチに行くとメディアがフォローしているが。議論も苦手に見える。大統領として何かと問題があるトランプ氏だが、ディベートが得意なこともあり、記者の嫌な質問にも逃げずにちゃんと答えている。
 高市首相は解散総選挙の前のN HK日曜討論(党首討論)もドタキャン。議員も国民も、世論調査で高市氏が高い支持を得てるのに700億円もの費用をかけてなぜ今なのかと解散総選挙に反対してるのに、高市首相は強行した。なのに、信任を問われるべきビジョンや政策を理解してもらえる絶好の機会とも言えるのに(高市首相の置かれた立場にすれば権利ではなく義務だが)、2/1付けNHK日曜討論を欠席した。欠席後、午後の遊説は予定通り行う。 ドタキャンに対しては何もフォローしていないから「逃げた」と私は理解している。
 “知の巨人”として私が尊敬している佐藤優氏が週刊新潮の連載コーナーで擁護しているのを読んで驚いた。ご自身も闘病中なのでと私は無理やり自分を納得させた。
 高市氏のドタキャンは師匠の安倍首相を真似てと言えるか(尊敬する人のマネはその人の悪い所しかマネできないことは別の機会で述べる)。新型コロナ禍への対応のまずさ、桜を見る会問題への追及から政権を投げ出すのに安倍首相は持病を利用した。本来首相の入院は政治的に命とり。癌で亡くなった池田勇人首相は、ひた隠ししたが、隠しきれなくなった時佐藤栄作氏(後任首相)に後事を託し辞任した。

 安倍首相はあろうことか車で病院の中に入る所をメディアに撮らせた(持病の悪化自体は本当だろう。高いストレスは体の弱点を攻めるから。ちなみに私の体の弱点は慢性副鼻腔炎。悪い頭の方がより問題なのだが)。
 総選挙の投票日の前日英紙に「日本で選挙に勝ちたければ『はっきり話して、何も言うな』」と皮肉られた。が、その通りになった。米国や韓国のように政治的民度が高いと却って国民が二分するから、高ければよいというものではないが、優秀な民族である日本人の政治的民度の低さに呆れている有識者も多いのでないか。
 その有識者たちからこれほど批判や苦情、懸念を受ける首相もいないのではないか。私が本ブログで名前を挙げた有識者だけでもこれだけいる。元政治家の、小沢一郎氏、田中真紀子氏を初め、普段首相批判しない?学者の池田清彦氏、遠藤誉氏、エコノミストの木内登英氏、インフルエンサーのひろゆきこと西村博之氏(以下「ひろゆき氏」)など。 
 本ブログに名を挙げていないが、芥川賞作家平野啓一郎氏が日曜討論ドタキャン、経歴詐称疑惑など痛烈に批判し続けている。東大医学部卒で知性と豊かな教養で医師の枠を超えた里見清一氏は週刊新潮の連載コラムで高市首相に批判的。インフルエンサー井川意高氏は「家事支援やベビーシッターの普及後押しのため、政府がそれらの利用者への税制を優遇する制度を新設する方向で調整に入った」との新聞記事に関し、ネット民の「専業主婦には増税して、家事支援には税優遇?馬鹿なの?ほんといい加減にして」との投稿に賛同し、「やっぱり高市は ニセモノ クソクズだったわ!」と断罪している。インフルエンサーとしての橋下徹弁護士は高市首相対して是々非々のスタンスだが、首相の靖国神社参拝見送りに対して、「現実にできないことを『やる、やる』という政治家ほど信用できない」と批判している。68歳ミュージシャンのうじきつよし氏も痛烈な高市首相批判を続けている。

 世襲でない、しかも女性議員として不利ながら他者を踏み台にしてでもがむしゃらに猛進し、ついに政治家の頂点に立った。高市首相は欣喜雀躍すべき所であるが、 日本の「権力」のトップに立ったのに、遠慮会釈なく有識者に批判され、週刊文春には旧統一教会問題、「政治とカネ問題」に続き、衆院選で高市事務所の秘書が対立相手を批判・中傷する動画の作成を依頼したとする疑惑を追及されている。

 首相になる前から同じことを言っているだけなのに、国会で首相として台湾有事発言すれば中国習近平国家主席に激怒され、首相に代わって日本の経済人が迷惑を被る。垂秀夫元中国大使には月刊『文藝春秋』にて不用意な発言を窘められるばかりか、師匠安倍首相との違いを指摘される。
 高市首相は首相の孤独、怖さを身に沁みて感じているのでは。最近の様子を見れば、健康問題もあり、生き急いでいるように私には感じる。批判されるのは分かっているのに、高市首相が“激推し”ミュージシャンとの面会後に「もうこれでいつ総理を辞めてもいい」と洩らしてしまうのを見ても。
 そんな高市首相は、国民の心を一つにすべき存在の首相でありながら、「国論を二分する政策」と謳い、憲法改正も1年で成し遂げると気勢を上げる。
 福音派、ユダヤロビーに従い、物価高対策を期待していた市民を失望させるトランプ大統領のごとく、支持してくれるタカ派向けのリップサービス?(期待感しか述べない拉致問題も同じ)に徹し、物価高に苦しむ低所得者を置き去りにしているように見える。

 自民党は消費税減税は逆効果と分かっているのに、引っ込みがつかないのか高市首相だけが富裕層も含む消費減税を1年以内にと。0%であれ1%であれ徒労な議論は止めて、来年から困るのではなく今困っている低所得者層に今すぐ現金給付すれば済むものを。
 高所得者、その下の中所得者は、ふるさと納税も大いに活用できる。が、累進課税の微調整と捉え当然の権利として低所得者に同情しない。

 ふるさと納税も活用できない低所得者が生活に行き詰まり国に見捨てられたと思うあまり国旗を燃やしたら国旗損壊罪で処罰されてしまうのか。
 問題の憲法改正は、生き急ぐ?高市首相自身も出来るとは思っていないのでは。憲法改正は出来なくとも、日本の憲政史上初の女性首相として日本史に名を残すことでよいと考えているのようにも私には思えるが。
 なお、自民党タカ派の憲法改正の本命は「緊急事態条項」であろう。衆院憲法審査会憲法改正を巡る緊急事態条項のイメージ案によると、自然災害や感染症のパンデミックに続いて最後の5番目に「これらに匹敵する事態」とある。最後のこれがくせもの。戦時になれば日本に徴兵制が無くてもウクライナの如く国外への脱出禁止、若者の徴兵が可能となる。国の負債と国民の資産の相殺も出来る。何でもありとなる。
 緊急事態なら異常な環境下にあるといえる。民主主義は有名無実となり反対する者は容赦なく弾圧されよう。
 緊急事態条項を創設した時の権力者にその気はなくとも、後年悪用する権力者が出現することが懸念される。ナチスドイツのヒトラーのごとく。
 もっとも、良識の府・参議院は、緊急事態条項には消極的とのことで、しかも現状少数与党状態にて、2/3以上の賛成を集めることは、容易ではないが(参院で否決されても再度衆院で可決し成立させることも可能とのことだが、それだと参院はストライキ状態になるのかも)。

 なぜ、首相への適性がない、主要ポストを経験していない、党内基盤がない、ないないづくしの上、時宜を得ていない「積極財政」、表面的にしろ米中が歩み寄っている折米中双方から責めを受けかねない「対中強硬」を主張する高市氏が間接選挙で首相に選出されたのか。
 まず、大手メディアの問題を取り上げる。政治民度が低い国が直接選挙を実施すると、ウクライナのゼレンスキー大統領のごとく、政治経験のない、人気だけが高い大統領が誕生し、国民が悲惨な目に遭う。
 実質直接選挙と言える米国も政治経験がなくとも大統領になれる。が、過去共和党は、単独無着陸による大西洋横断飛行に成功しスーパースターとなった故リンドバーグが共和党の大統領候補になるのを阻止したように、有力な上院議員が免疫細胞の働きをしていたという。トランプ大統領は癌細胞とみられなかったのか。免疫細胞の方が弱っていたのか。
 トランプ大統領(1.0) は戦争をしない大統領としてそれなりに評価されたが、トランプ大統領(2.0)では、正常細胞が突然変異したかのごとく、イラン戦争に加え、大統領と不動産王との二足の草鞋よる利益相反問題で、中間選挙で下院が民主党優位となれば三度目の弾劾訴追を受ける最も不名誉な大統領となるかもしれない。
 民主主義(多数決)は、民度は一定との理想を前提している。現実は民度の高い層<民度の低い層。その矛盾を踏まえて間接選挙制度が設けられている。日本はその間接選挙。憲法第67条1項により「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」とある。
 直接選挙ではなく間接選挙なのに、大手メディアは、なぜ「次の総理に誰が相応しいか?」と世論調査するのか。憲法違反とは言えないが、憲法の趣旨に反しているのでは。
 国民への問いかけは「国会議員によって選出される新しい総理に何を一番期待しますか?」であるべきだと思う。その結果も考慮にいれて国会議員が「国民のニーズがそうであれば誰が一番総理に相応しいか」と考え、投票するのが本筋であろう。
 国会議員が相応しい新首相を選び、新首相が組閣した内閣の政策運営に対して一定の時期に第四の権力である大手メディアがその評価を主権者たる国民に問う(総選挙の結果が正式な民意)のが間接選挙における本来のあり方ではないか。
 国民、いわゆる選挙民の首相希望を聞いてしまえば、身分保障のある国家官僚と違い選挙で落選すればただの人になってしまう国会議員は、国民の希望に迎合してしまいがちになる。間接選挙の意味がなくなる。
 自民党の総裁選も問題である。日本においては、現実問題としてほとんど自民党総裁が内閣総理大臣になっている。そして自民党総裁選に国会議員でない党員・党友を参画させているから(党友の中には党員歴も長く自民党に詳しい人もいようが、党員・党友全体としてみれば、一般選挙民の縮図にすぎないと言えようか)、直接選挙と変わらなくなってしまっている。
 憲法第67条1項に違反しているとは言えないが、その趣旨を鑑みれば、自民党総裁選において、党員・党友の参画を今更排除できないなら、予備選までとし、本戦は国会議員だけと選出方法を変えるべきだと思う。
 
  総裁選の前に私は、知性、教養、主要ポストの歴任などから、茂木敏充現外相と林芳正現総務相の争いを期待した。乱世の茂木、治世の林として。
 今の延長では、安倍首相→高市首相→進次郎首相の流れが見込まれてしまう。日本経済は長期低落傾向を辿るしかない。安倍氏に次いで高市氏も、元々タカ派ではなかった(私が社団居た頃知る高市氏はそう見えなかったし、政治評論家八幡和郎氏も同様の見方をしている。憲法改正に対しても同様だろう)が日本の3割を占めるというタカ派を支持基盤にしている。「国防」は「経済」よりとっつきやすく、答弁も用意されたことを読めば足りる。詳しいことは軍事機密に触れるとして答えなくても済むだろう。
 トマホーク購入に関する質疑応答にて、共産党吉良議員から「防衛産業を世界中に広げることが費用負担軽減だなんて、そんな戦争を世界中に広げるような危険な発言はしないでいただきたい。そんな高い費用をかけて戦争ができる国づくりをするなんていうことは到底認められない」と批判されたが、 タカ派の支持を取り付けて首相になれば、失われた10年ならぬ30年が40年となってしまうだろう。
 今の永田町村には村民を正しい方向に導く長老がいない。本来麻生太郎氏であろうが、麻生氏は、自身の権力・利害に対しては「老獪」だが、国、国民にとって「老害」と言わざるを得ない。公に私怨を持ち出し、地元の権力争いを党内に持ち込む。先の総裁選においては、地元の仇敵古賀誠氏をバックとする林芳正氏を決選投票に残らぬよう小泉進次郎氏を持ち上げ、目的を果たすと、決戦投票では国民人気に沿おう(高市氏支持)と言う。そのように私は振り返っている。
 結果オーライとはいえ、700億の費用をかけてまで今解散・総選挙はすべきでないと高市首相の生みの親なら言えるハズだが、矜持か信条か知らないが、「首相」に対しての強い思い入れがあり、最終的に首相の意見に同意してしまう。それなら、首相に引退してくれと言われたら御意と言うのであろうか。

 この悪い流れを断ち切るためには、私は今こそ党人派の首相から官僚派の首相へと変わるべきと発言してきた。自民党が単独与党であった黄金時代は官僚派首相であったので、その回帰を思ったのだが。
 しかしその反面、元神戸ッ子の私からすれば、灘高→東大法学部→キャリア官僚出身の国会議員たちは頭も顔もスタイルもスマートで雲の上の存在なのに、何故、統一協会問題なのか、裏金問題を起こすのかと思っていた。
 『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)の中で、兼原信克氏が田中角栄に言及し、「田中角栄は吉田学校の末席ですが、帝国議会のレベルの低さに辟易した吉田が連れてきた池田勇人、佐藤栄作といった高級官僚グループの中では異色の建設業者ですよね」と発言している。
 それが真実なら、今の官僚派議員は引き抜かれたのではなく、官僚としての限界を感じ、自ら国会議員に転身したということか。だから、少ないとは言えない官僚派議員が永田町村の住人になると、改革することなく、赤く染まってしまうだけなのか。
 そうであれば、官僚を目指した志は失わず、憂国の士たる官僚たちが首相に足る官僚を担ぎ上げ、政界に送り出せばよいと思うのだが。

 最後に、いまだに高市首相を支持する若者たちに触れる。
 46歳シンガー・ソングライターの七尾旅人氏は「この短い期間に、これほど国力を低下させ将来を閉ざしてしまった政権は初めてでは。これから日を追うごとに、その負債が鮮明になっていく」 と指摘し、いまだ高市首相の高支持率に疑問を呈している。
 タカ派の支持者の中には、高市首相の靖国神社参拝による「有限不実行」で離れた人もいるだろう。
 「自民政権を支持している庶民は『肉屋を応援してる豚』と一緒では?」とひろゆき氏に言い得て妙だが強烈に揶揄された、そんな庶民の中心に位置するのはネトウヨと若者たちか。新聞もテレビを見ず、SNSでも長文を嫌う若者たちがまだ支持しているのか。
  SNSの専門家によると、SNSは保守系の人が主流で、見たいものしか見ない。「高市首相の秘書による対立相手を批判・中傷する動画の作成依頼」疑惑も拡散しないという。高市首相礼賛の声にかき消されてしまうのか。
 若者たちは、相手にされなかった大手メディアをオールドメディア呼ばわりするネトウヨたちに感化されているということか。
 また、SNSでの高市首相の発信に対して「元気」「期待が持てる」とのイメージだけで支持しているように見える。

 私は、若者たちがかつてあった AKB48の選抜総選挙のノリで選挙を捉えているのかとも思ってしまう。
 AKBの選抜総選挙(2009年~2018年)は、政治の選挙を真似たのかもしれないが、「青は藍より出でて藍より青し」と言えようか。ファンから選ばれた第1位のメンバーが総監督になるわけではない。言い方はよくないが、客寄せパンダ的な位置付けか。
 総監督は、メンバーとスタッフにより決められる。過去高橋みなみ氏(2012/8/24~2015/12/8)、横山由依氏(2015/12/8~2019/3/31)、向井地美音氏(2019/4/1~2024/3/16) 、倉野尾成美氏(2024/3/17~)4名の総監督がいるが、総選挙で1位になった経験がある人で総監督になったのは高橋みなみ氏だけ。実際は、プロデューサー秋元康氏らスタッフの意向が強く反映されるのでは。この総監督が自民党でいえば総裁に当たると思う。今の自民党には、この秋元氏に相当する者がいない。
 ファン投票で1位に返り咲いた前田敦子さんは、挨拶で「私のことを嫌いでも、AKB48のことは嫌いにならないでください」と絶叫したが、高市氏も「私のことを嫌いでも、自民党のことは嫌いにならないでください」と言い、首相にならず、自民党支持固めに諸国行脚に徹していれば、有識者から批判を浴びることは無かったろうに。

 再度大手メディアに注文を付けたい。いつから大手メディアは選挙の予想屋・分析屋になったのか、権力を監視する第四の権力を放棄したのか。新聞離れ、テレビ離れの中で萎縮しているのか。とくに世界的な左派の退潮の中で左派が右派と変わらないとなれば、左派の存在価値はない。

 政権を批判するとともにオールドメディアと呼び大手メディアを軽視する若者たちに、座して時代の役割を終えるのではなく、左派の大手メディアは、そんな若者をDY(ディワイ=Degenerating Youth:退化した若者) と呼んで、反撃を兼ね若者達の姿勢を正してはどうか。
 明治維新、西洋に追いつく近代化において、とくに司法の担い手において東京帝大生を抜擢した。それに反発して早稲田、慶応の私学生も奮闘した。
 私が学生の折の学生運動も東大生らが主導していた。私が不勉強だけかも知れないが、TVのクイズ番組やバラエティー番組でしか東大生を見ない。社会を主導する使命を捨てたのか。社会が東大生にその使命を捨てさせたのか。私には判らない。東大の劣化とともに東大生が退化しているのではとしか言えない。
 その対極にある、無知としか言いようがない者も私には理解できない。私が学生の頃も無知な者や悪ガキがいたけれども、老婦人をリンチのごとく虐殺するようなマネはしなかった。お年寄りに対して、敬意と労る心があったと思う。
 トクリュウ関連の事件で高校生4人が強盗殺人罪?で逮捕された。指示役から家族の命をと脅されたとはいえ、虐殺は私の理解を超えている。老婦人は命を失い、高校生は青春を失った(シャバに出る頃には中高年に)。残ったのは、加害者の十字架を背負った人生と加害者・被害者両家族の悲嘆だけ。
  問題なのは、これが極めて特殊な事件ではないということ。民家に侵入しいきなり人を壊すのも、白昼宝石店や時計店に乗り込みいきなり陳列ガラスケースをぶっ壊すのも同じ。しかも平然と。少なくない若者たちが、手っ取り早くお金を得られると応募し、家族を殺すと脅されたら、指示通り蛮行に走る。若者に何が起きているのか。ゲームの世界と混同しているのか。それとも、親子関係の問題なのか(親よりもAIと話をするのか)、学校教育の問題なのか、私にはそれを解明する力がない。だから若者は上も下も退化しているとしか言えない。
 76歳になる私がDYと言っても、若者たちは、長い文章の本ブログなど読まないし、読んだところで、『出た!「今どきの若い者は・・」』と老人の常套句と無視されるのがオチか。
 もっとも、大の大人も退化している。自治体の首長のセクハラ辞任が目立つ。昔は事の是非は別にして妾を囲うのが甲斐性とも言われたが、セクハラで嫌われるとはやることが余りにもせこい。
 自称助平な私でも銀行員から今でいう公益社団職員に転身したとき事務局の長として姿勢を正したものだが。

 日本人全体が退化しているということか。魚と一緒で、政界、芸能界も頭から腐るのか。

 政治的民度もさらに低くなっているところに自民党が選挙権を20歳から18歳に引き下げた。政治的弱者は与党に洗脳されて行くこと知っているからか。さらに高校教育に「投資」を組み入れ、豊かな生活を国に求めるのではなく、自身でリスクをとり掴めと言わんばかりに。ますます若者の政治的愚民化を図ると言えば、穿ち過ぎと言われるか。
 私は、逆に選挙権、被選挙権の年齢を引き上げることを提案したい。
 選挙権は現在男女とも18歳以上に与えられている。世界的な潮流とはいえ、政治的民度が高い国は良いが、政治的民度が低い日本は適していないのでは。
  1890年(明治23年)年7月1日火曜日に第1回衆議院議員選挙が行われた。選挙権は直接国税を15円以上納税した25歳以上の男子に限られていた。

 当時の平均寿命は、1891年~1898年の統計開始当初で言えば男性42.80歳。2024年の平均寿命は男子81.09歳。当時の25歳を現在に換算すると、25歳÷42.80×81.09=47.36歳。不惑の歳を超える。
 当時は大卒はほとんどいないから25歳では社会人になってから10年前後経過している人が多かったのではないか。それならば世の中の仕組みや常識も理解していたことだろう。
 今は大卒が増えている。18歳ではなく25歳で良いのではないか。少しは社会人として経験を積むことが必要だと思うのだが。
 被選挙権年齢は、日経新聞によれば、衆院議員が25歳、参院議員が30歳に定められている。現行憲法下の1947年以降変わっていない。米国の下院25歳、上院30歳のを真似たのではと言われている。
 政治家は大学生等の就活の対象とすべきものではない。政治家のあるべき姿のモデルは、故田中角栄。貧しさの中から身を起こし企業家として成功した後同じ貧しい人達を救うべく政治家となる。
 衆院の被選挙権が25歳と言うのは、若すぎる。大学では教授に仕える助手に過ぎない。官僚は課長補佐に仕える平職員の段階。検察では一級検事に対する駆け出し検事の段階。

 裁判官は若い裁判長もいるが浮世離れした判決としばしば批判されている。
 選挙で選ばれたからとして、そんな社会人なり立ての半人前の者に国会議員特権である①歳費特権(憲法第49条)②不逮捕特権(憲法第50条)③免責特権(憲法第51条)を与えるべきではない。
 被選挙権は衆院、参院とも35歳からとすべきだ。25歳では地盤・看板・カバンを親から受け継ぐ世襲議員が有利になるだけ。
 育児休暇を求める者は国会議員になるには早すぎる。政治家の本分は、私生活を確立した上で国、国民の為に全身全霊奉仕することにある(国会議員特権はその為にある)。

 フィンランドの若き女性首相は首相の立場でありながら私生活の充実も求めて失脚した。そして9年連続「世界一幸せな国」の看板に傷をつけた。
 政治家は40年間(35歳~75歳の誕生日)でよい。後期高齢者になれば自動的に国会議員を失職させる。80歳を超えた長老議員に対し猫の首に鈴をつけるようなことは難しい。

(次回246号は6/1アップ予定)

2026.6  NO.245    んぞく VS    んぞく
  3/23に京都小6男児行方不明事件が発生した。それを報道するTV局の対応に違和感を覚えた。過去キャンプで女児が行方不明になった時、母親が連日涙ながらに情報提供の協力依頼をしているのを再三映し出していた。今回母親が画面に姿を現わさない。小学校に送ったという父親に取材しているハズだが、それも画面に出てこない。捜索から6日後親族が通学カバンを発見したと報道されたが、その親族(6親等内の血族・配偶者・3親等内の姻族を含む広い家族関係の総称)が誰なのかすら報道されない(親族も関係しているか捜査中で警察が情報を出さないのか。ただ、週刊新潮の記事によれば、ある親族が作為ではなく本当にたまたまが見つけたと警察は見ているらしい)。
 TV局の事件担当は早い段階で父親を容疑者として見ていたのではないか。あってはならない(祖父や父が子や孫に対する)卑属殺人で慎重の上に慎重を重ねていたということか。
 4/6付けCBCテレビ『ゴゴスマ』を観ていると、MCが学校の防犯カメラ、周辺のカメラにも行方不明になった男子が映っていない。通学生徒らも誰もその男子を見かけていないとその事実だけを伝える(翌4/7にはMCから同番組で自宅近くが捜索されたとだけ)。我々視聴者にはMCの声なき声が届いた。その前後からWEB上では(匿名の)ネット民から父親が犯人とする声が溢れていった。
 TV局がそうなら警察ならなおさら当初から義理の父親をマークしていただろう。事故と事件の両面の捜査の中で、事件なら警察はあらゆる可能性を排除しない。死体の第一発見者、火事の第一通報者も容疑者から排除しない(容疑者扱いされてはと通報を躊躇する人もいよう)。

 本件の父親も同じような立場であり、しかも、小学校から登校していないと連絡が入ってから周辺を探す時間もない20分?後に警察に(断定的に)「行方不明」と父親が連絡している。情報提供を求めるちらしも準備が良すぎると違和感を覚えていただろう。直ぐに一容疑者ではなくなっていたのか。慎重を期した捜査を積み重ね4/16未明父親を逮捕した。

 そして、これから真相解明が進むと思われた矢先、意外な事が起きる。4/20付けテレ朝『大下容子ワイド!スクランブル』の中で準レギュラー?の池上彰氏が「もういいんじゃないですか、この話。もうこれ以上、扱わない方がいいんじゃないかなと」と理由も述べず唐突に発言し、物議を醸した。 
 10年前に卒職した私と同学年の池上氏はもうジャーナリストを卒業されたのか。ジャーナリストの真髄とは、「権力や常識を疑う批判精神を持ち、事実を徹底的に取材し、公正で正確な情報として社会に伝え続ける姿勢」と言われているが。
 その前の4/17において同番組の金曜日レギュラーのコメンテーター・医学博士中野信子女史が、「野次馬根性を満足させるためだけ」と断じ、出口のない報道が「再婚家庭」への不当は偏見を助長していると指摘していた。これに対して、医療ジャーナリストの伊藤隼也氏が中野氏の発言に即座に反応し嚙みついた。「発言が事実ならコメンテーターをやめた方がいい。」「そもそも番組の報道姿勢に不満があるなら放送中ではなく、プロデューサー等と話し合えば良い。フリーなら出ないという選択肢も保証されている。」「重要な事件であれば、ステップファミリーの問題を社会が理解するためには家族背景は説明するしかない。再婚家庭が全て問題があるとは誰も思っていないだろう。」と痛烈に批判したという。
 ジャーナリストや元警察関係者からの反論に対して、発言の影響力が大きい池上氏は釈明してない。発言は本意ではないということか。批判された中野氏を単にかばっただけなのか。それとも他の曜日のコメンテーターも同様の発言をしていることから、局側の上層部から指示が出ていることはないのか。外交や経済の問題にもっと集中しろとでも。もしもそうであるなら、普段感じていることをあえて問わん。それに相応しいコメンテーターの陣容になっているのであろうか。

 この京都の事件の報道については、物議をよそに、旭川の事件が報じられてから、下火になっていった。

 ひと昔、女性の結婚は、嫁入りと言われ、他家に嫁ぐことを意味していた。親は娘を手放す寂しさを押し隠し、心を鬼にして「二度と家の敷居を跨ぐな!」と言って送り出した。
  私の娘は今どき若い女性が好まぬ夫の実家に嫁いだ。同じ職場の一回り上の男性を見る目がハートマークになった。もう母と二人で暮らすつもりだったであろうその男性に対して同僚たちが外堀を埋めてくれて、娘は押しかけ女房となった。意外に早く子宝にも恵まれた。孫を諦めていた義母、その息子である夫からも大層喜んでもらえた。
 娘は他家に嫁いだとの意識が希薄で毎週土曜日に孫を連れてくる。娘が体を休め妻が子守していた。孫にとって我が家では妻は育ての母であった。娘にとって(大物時代劇俳優の亡き先妻ほどではないにしろ)“母がすべて”の面もあり、義母が怒ってるだろうと思ったが、娘に何も言わなかった。

 孫も優しく面倒見が良い祖母(妻)と甘やかすだけ(おやつを買い与える、プラレールを貢ぐ、二人で日帰り旅行も)の祖父(私)とがいる家に行くことを好んだ。娘が来れない時は私が孫を迎えに行けば、帰りは妻が孫を家まで送り届けた。
 そんな平穏な日々は長く続かず、義母が病に伏し、介護と子育てに追われる日々が続く。娘は壊れそうになったが、壊れ惨事が起きる前に涙ながらに夫に訴えた。夫は実母のことを思えば忍び難いが、娘の言に従った。入院、リハビリへの転院、その後そのまま老人ホームに義母は移った。元来聡明な義母は自らの置かれた立場を理解しており、「自分の家に戻りたい」とは口にしない。日曜日に唯一の生きがいである孫の男児が会いに来てくれることを心待ちにして。
 家庭は本来住環境を意味する。そこに住む者たちの互いに気遣い、譲るべきは譲る姿勢が無ければ、家庭の安寧は得られない。

 私が結婚した1981年頃までは、結婚式を派手にし、仲人も立て、簡単に別れられない様にしたものだった。
 核家族化が進めば、義親と同居しない結婚を選択し易い。それに伴い、結婚式をしても仲人も立てず、結婚式も挙げないことも珍しくない。簡単に結婚し、簡単に別れられる。
 別れても、子なしのシングルなら問題が少ないかもしれない。子連れになるとそうはいかない。今回の京都の事件の後TOKYOMX『5時に夢中!』 に木曜レギュラーとして出演した、作家岩井志麻子氏も、自らの子連れ再婚した経験を元に、再婚などするなとは言わないが、こう発言している。「明るい未来待っているとは思わない方がいい。辛いことが待っていると思うべき。それで少しでもいいことがあると、捨てたものではないかと思える」と忠告していた。
 人間の三大本能には、「食欲」「睡眠欲」「性欲」の3つがあり、「生存」と「種の存続」のために備わった最も基本的な本能的欲求と言われる。前の二つは、「生存」に関するもので、一人でも行われ得る。最後の「性欲」においては、その目的は「生殖」による「種の存続」にある。その為には相手が必要になる。人間のみ「快楽」を目的とすることもできるが、本来「快楽」は「生殖」へ誘う手段に過ぎない。
 連れ子であれ何であれ、若い女性が再婚を望むのは、(たえず生成される精子と違い胎児の時に生成されるだけで限りがあり、かつ日々劣化する卵子が急がせるがごとく)本能に導かれてのことであり、是非の問題ではない。
 ただ、子連れの場合新しい幸せを得る為には、子が新しい男を受け入れることが前提となろう。子が懐かなければ結婚を諦める母親も少なくない。他の男を探すだろう。それも、牝としての「種の存続」への本能と言えまいか。
 男も動物のオスに違いない。利己的な?精子に動かされるか。動物の群れのボスたるオスは他のオスの仔は皆殺しする。人間のオスには、理性があり、それほどではないにしても、本質は変わらないのでは。
 テレビを観て、再婚相手の男は皆、明石家さんまさんや船越栄一郎さんと同じだと思ってはいけない。大竹しのぶさんも連れ子を伴いさんまさんと結婚した。義子(長男)は、さんまさんに対してボスと呼び、慕い尊敬している。それはさんまさんが理性が高く人格者だからだ。夫妻は離婚したが、大竹さんは子供のことに関しては口に出さずとも深謝しているのではないか。将来さんまさんが病に伏すことがあれば大竹さんが看病することになるのでは。大きなお世話だが。
 義父と言えども父親であり妻の連れ子を実子のごとく慈しまなければと理性が働くが、実子を優遇したいとの感情もある。連れ子が懐かなければ、なおさらに。
 義父でなく、内縁の夫や愛人では、酷いことに。30年前消費者金融業界紙の社長がいみじくも「(女の)身体は面倒みても、子供の面倒はみない」と言った言葉が脳裏から離れない。哀しいかな、(我々からみれば)出来の悪い男に捨てられたくないと、男の虐待に母親は見て見ぬふりをする。最悪は、男と一緒になって、我が子を虐待する。子にとっては、虐待されても母親がかけがけない存在なのに。
 動物のメスでもしないことを。感情論で言えば、畜生以下なら、地獄に落ちなくていい。天国で待つ子の元へ逝き自らの愚かさを恥じ子に謝罪すべきだ。
 本京都の事件の母親は亡くなった子より夫の方に愛が向いていたとの見方がある。それが本当だとしても、それが法的に問題になるか否かは警察の捜査を待たなければならない。が、何にせよ、母親は、我が子と夫両方失ったと言える。
 被害者であっても、「種の存続」への子を守る本能とは違うことをすれば罰が当たると言えないか。それは母親に対して冷た過ぎると言われるか。
 容疑者の夫に関しては、彼は母親自身にネグレクトされていた。母親は家を出て育児放棄していたという。義子が懐かないにしても、義子の気持ちは理解できただろうに。
 私が関心を寄せるのは、容疑者の夫の行為が、衝動的に起きたものなのか、それとも計画的なものだったのかということ。遺体を転々とさせ、物扱いしている。遺体が発見された折埋めたりせず仰向けだったという。熊はいなくてもイノシシなどが体を傷つけることもあろうに。悪質であり、義子に対する気遣いが感じられない。情報提供を求めるちらしも用意周到に感じる。計画的となれば、ことさら厳罰に処すべきと思う。
 実父であれ義父であれ、親と子の関係は、人間関係の原点。親族の命を大切に思わない者が、どうして他人の命を大切に思うものか。卑属殺人規定を設けるべきである。
 過去には、尊属殺人(自分または配偶者の両親や祖父母など、直系尊属を殺害する犯罪)に置ける尊属殺人罪があった。それが、平成7年に刑法から尊属殺人罪が削除され、さらに尊属重罰規定も廃止されている。 
 尊属重罰規定が設けられた理由として、尊属のことを尊重すべき、敬愛すべき、といった倫理観は社会生活を営む上で基本的なものであり、人間として自然に有する情愛の念でもある。社会秩序を維持するためには、このような倫理観を維持する必要があり、そのために重い刑罰を設けることにより、尊属殺人を厳重に禁じたとする。この説が有力であるが、その通りであり、今も通用する。
 父親の近親相姦に耐えらず、娘が思い余って父親を殺害しても、厳罰規定に情状酌量の余地がないからと刑法から外してしまった。余地を残すべく規定を改変すればよいだけ。規定そのものを削除する必要はないのに。
 素人考えながら、最高裁がリベラルの風潮に迎合した結果だと思う。復活させるべきだ。
 ド素人がこう言う前に、14年前にプロが既に問題提起している。元東京地検特捜部副部長、元国会議員で現弁護士の若狭勝氏が『親の子殺し… 普通の殺人とは別枠で処罰を』と題して卑属殺人罪の新設と尊属殺人罪の復活を提起している。

 アングロサクソンが主導するリベラル、民主主義は「正義」だと世界に押し付けられ、敗戦国日本も目標としたが、今の米国及び欧州のざまは何だ。“知の巨人”のエマニュエル・トッド氏には「米国及び欧州は狂っている」とまで言われてしまっている。
 なよなよした男、人前でおいおいと泣く男、性転換して女から男になった者など多様な男がいてよい。しかし、男なら男として成してはならぬことの規範がなければ、社会が乱れ退廃してしまうのでは。
 最近男のストーカーが散見される。私が少学生の頃、演歌歌手故村田英雄が「あんな女に 未練はないが なぜか涙が 流れてならぬ 男ごころは 男でなけりゃ 解るものかと あきらめた」と唄った。任侠の世界だけではなく堅気の男もそうあるべしと思ったものだ。
 今や、女性に危害がないならまだしも、意のままにならぬと、好きな女性のハズなのに、彼女の人生を奪ってしまう。しかも男自身は生き恥を晒す。 「男の風上にも置けない」ことをすれば、本人が自刃できないなら司法が介錯すべき。一殺人であれ、通例の処罰ではなく厳罰に処するべきだ。
 日本における昔の慣習、しきたりは古いと決めつけるのは、思い上がりでしかない。たしかに文明は先へ行くほど発展している。しかし、人間もそれ並行して進化するとは限らない。AIが登場し人間の思考力が劣化していく(AIではなくAIの運営者に洗脳されていくかも)と懸念されているとおり。

  古いものでも、残さなくてもよいものと残すべきものがある。先達たちが長年に亘って培ってきたものをないがしろにしていないか、我々は反省する必要があろう。

(次回246号は6/1アップ予定)

2026.5臨時号  NO.244    ンローシュギ VS   

       ドンローシュギ
 私が生まれる10年前の1940年9月に故石原莞爾が『世界最終戦論』を発表した。最終戦争として日米開戦を想定したが、それは20年程度の先と考えていた。今は米国と互角に戦える力を蓄える時期だとして。
 その石原は陸軍大学校の3期先輩にあたる故東條英機を常日頃馬鹿呼ばわりし、東條が首相になると開戦前の1941年3月に予備役に回されてしまう (結果として、1931年9月の日中戦争の端緒となる満州事変の首謀者ながら、反東條を主因として東京裁判で戦犯になることを逃れた)。
 そして、東條首相の下、1941年12月8日の真珠湾攻撃をもって石原がまだ早いと思っていた日米開戦の火蓋が切って落とされた(敗戦後石原は世界最終戦論は間違いだったと述懐している)。
 その21年後の1962年キューバ危機にて二大核大国の米ソ間において核戦争の危機が迫っていた。が、米国のケネディ大統領とソ連のフルシチョフ第一書記との勇断、英断により世界の破滅につながる核戦争が回避された。
 そして21世紀の現在、世界の覇権を争う二大強国米中が、台湾有事において衝突することが懸念された。
 しかるに、昨年10月の米中首脳会談の際、相手の王将を捕らえる将棋型の米国のトランプ大統領がG2と言い出した。英国グリニッジ天文台・グリニッジ子午線(経度0度)の西側を米国が、東側を中国が管理しようと。もともと中国は囲碁型で米国に棲み分けを望んでいたから、トランプ大統領の発言を好感しているのか。
 しかし、時事通信の記事によれば、トランプ政権に助言を続けているヘリテージ財団のスティーブ・イエーツ上級研究員は、米中関係は協調ではなく「冷戦に酷似している」と指摘している。 
 トランプ大統領が唱えるドンロー主義に対して、Wikipediaは、「ドンロー主義は、1823年にモンロー大統領が宣言したモンロー主義『欧州と米州の相互不干渉』を、21世紀の地政学リスクとトランプの『アメリカ第一主義(America First)』に適合させたものである。」「従来のモンロー主義が『相互不干渉』を建前としていたのに対し、ドンロー主義は『積極的介入』と『経済的利活用』を公言している点に特徴がある。トランプは『米国は西半球の家主であり、不法侵入者(中露)を追い出し、家賃(資源や市場)を適切に徴収する権利がある』と主張している。」と記述している。
 たしかに、ベネズエラの石油が中国に流れてるのを止めようとしてベネズエラのマドゥロ大統領を逮捕連行した。表向き理由は、米国に麻薬を持ち込む麻薬組織の首長として。
 世界の警察官の任を降りた米国にとって、国際法は関係ない。西部劇のごとく、米国人の保安官がメキシコ等から来る悪者を退治するだけだ。正義の味方なのだと言わんばかりに。
 トランプ大統領が、本家のモンロー主義(欧州との相互不可侵)を踏襲するならば、ウクライナへの支援を止める。NATOからも脱退して後はNATOが好きなようにすれば良いと言えば、ウクライナ戦争は終わるのだが。
  ボクシングでは、審判は一存にて劣勢の選手をストップさせることができる。観客は相手選手に対する依怙贔屓とは思わない。劣勢の選手の命を護ったと理解する。ファイトマネー以外で勝った方が褒美を貰えるのは当たり前(KOでなく判定での12回終了では「引き分けだ」と理不尽なことを言われるなら、優勢側の選手は延長してKOするまで闘うと主張するだろう)。ロシアが有利でない形で停戦すればプーチン大統領は国民から支持を失う(日本でも日露戦争に勝ったのに賠償金もない不利な講和条約に国民が怒り日比谷焼き討ち事件が起きた)。ウクライナの国民を窮状から救うためには、優勢のロシアに有利な条件でウクライナに承諾させれば良いだけなのだが。
 ドンロー主義のトランプ大統領は、ウクライナ戦争で米国がロシアに敗北したことを認めたくないのか。戦争を裏で仕掛けたバイデン前大統領と同じくロシアを弱体化させたいのだろう。ロシアに協力的な中国に石油を供給するイランも攻撃する(中国にとっては、マイナス面だけではなく、米国がアジアから目を逸らす、軍事機器が枯渇するメリットもある)。
 

 トランプ大統領はノーベル平和賞受賞は諦めたのだろう。満座の前で恥をかかされたとトランプ大統領が恨みを抱くオバマ元大統領のノーベル平和賞受賞への対抗心からであったが。ただ、ノーベル平和賞を受賞したベネズエラの反体制派マチャド女史からノーベル平和賞のメダルがトランプ氏に贈呈されたという。トランプ大統領が受賞者になったわけではないが、「オバマが持っているメダルを私も持っている」ということで、自らを納得させ、別のレガシーを求めていくのか?
 それがイスラエルの口車に乗ったイラン攻撃なのか(ドンロー主義と整合性はあるのか)。これも米国だけでなく世界から批判されている。何もかも上手くいかず精神錯乱状態のトランプ大統領は、もはやドンロー主義ではなく、ジャイアニズム(『ドラえもん』のジャイアンに見られる「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」という自己中心的で理不尽な考え方や行動様式を指す俗語) に過ぎないのでは。4/8のABCニュースによれば、イランとの停戦協議に関して「米国とイランが共同でホルムズ海峡通航料を徴収し得る」と発言したのを見ても(国際法違反と知り取り下げ、ホルムズ海峡の逆封鎖へ。交渉カードの狙いも、原油高から自身の首を絞めることに)。
 中間選挙では、下院は民主党が優位となり3度目の弾劾訴追が必須か。トランプ大統領はレガシーではなく汚名を歴史に残す公算が高いのではないか(米軍による政権転覆ではなく国そのものを崩壊させるのを目の当たりにしては反体制派のイラン国民もトランプ大統領を原油高で中間選挙に大敗させ政治生命を奪うことを支持しよう)。


 核は戦争の抑止力になると言われてきた。それは核保有国同士においてに過ぎない、当たり前のことを再認識することになった。
 ロシアがウクライナに侵攻する。米軍がイランを攻撃し、ベネズエラの主権を侵した。 非核保有国は核大国からの攻撃を真剣に心配せざるを得なくなった。
 日本は、日本海側の対岸諸国が韓国を除いて中国、ロシア、北朝鮮すべて核保有国。韓国は、国民は核武装を希望しているが、政府は在韓米軍に依存姿勢。トランプ大統領が韓国の原子力潜水艦保有を容認したとの報道が出たが、核兵器を運用する弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)ではなく、敵艦艇を監視・追尾・攻撃する攻撃型原潜(SSN)だという。核(原子力) の潜水艦には違いなく見栄は張れるが、それだと無用の長物になるだけと言われている。
 こうした情勢の中では、日本も、タカ派を中心として、核武装をすべきだとの声が上がるのは不思議ではない。
 日本の読者が自らを“知の巨人”にしてくれたと思う親日派トッド氏は以前から日本も核武装すべきと言っていた。しかし、トッド氏はその方法や実現性には一切言及していない。

 佐藤優氏も、文藝春秋2026年1月号にて『米国の敗北を直視して核武装せよ』と題したフランスの“知の巨人”トッド氏と日本の“知の巨人”佐藤優氏との対談の中で、「トッドさんの日本への最大の貢献は、核兵器へのタブーを取り払って議論せよという問題提起をなされたことだと思います。」と発言しているが、前々から核武装は現実的でないと言っている。

 2024年10月12日付東洋経済オンラインにおいても『日本の核武装が「どう考えても無理」な具体的根拠 核兵器の開発は「気合でできる」ものではない』と題して述べている。
 一般的な理由として、唯一の被爆国として核兵器廃絶を世界に呼びかけている、NPT(核拡散防止条約)の事務局的存在(官邸幹部「核保有」発言の折米国報道官は「日本は核不拡散のリーダーだ」と)の日本が核武装への兆候を見せれば世界から叩かれる、核実験する場所がない等、が挙げられている。
 

 佐藤氏の意見で注目なのは、「日本は神風特別攻撃隊をつくった国。民族の性質は、80年や100年そこらでは変わらないそんな国に核兵器を持たせたら何をやるかわからないと米国は考える。アングロ・サクソンの国はそういう考えの下で、絶対にドイツと日本には核兵器を持たせない」との意見だ。
 男女の恋愛関係では、私のように振られた方はいつまでも覚えているが、振った方は時間が経つと覚えていない(海馬で一時的に保管されるが、長期記憶として大事な情報が保管される大脳皮質に移管されない為か)。
 一方、国家間の戦争においては、攻撃された方はいつまでも忘れないのは同じだが、攻撃した方も忘れない。むしろ攻撃した方が復讐されることを強く意識しているのでは。
 日本人は核爆弾を落されたことは忘れはしない。だが、核兵器で米国に何としても復讐してやると息まく人は80年経った今皆無に等しいだろう。核爆弾を投下した米国は違う。国際法は「平等」を宗とするから、核兵器で2度攻撃されたら、2度核兵器で反撃できる権利があると思うのでは。米国人気質として攻撃された日本の立場なら絶対にやりかえせずにおくものかと思うから、日本もいつかやり返してくるとの懸念が米国には残り続ける。
 あのトランプ大統領さえ、梶原麻衣子氏の『安倍晋三ドナルド・トランプ交友録』(星海社)によれば、2016年の安倍首相との初会談の折父晋太郎氏が特攻隊員だったことに感銘を受けたと言っているが、裏では「シンゾーには注意して接した方がいい。シンゾーの父親はカミカゼパイロットだったんだから」と言っていたという。
 欧州も同じ。ソ連も今のロシアも西側に攻め込んだことはない。西側が露に攻め込んだ。一度目は1812年ロシア戦役。ナポレオン一世がロシア帝国に侵攻した。二度目は1941年独ソ戦。ナチス・ドイツがソ連に対して奇襲攻撃をかけた。
 ともに、ロシア兵の不屈の精神とともにそれ以上に冬将軍が敵を後退させた。そしてナポレオンとヒトラーが共に権勢が退潮していく転換点となる。
 なのに、NATO諸国は、ロシアがウクライナの後我々に攻めてくると軍事力の増強を図る。とくに、エストニア、ラトビア、リトアニアの旧ソ連圏のバルト三国は、ウクライナ戦争の初期においてさんざんロシアに対して悪態をついてたのに、ロシアの勝勢を見て次は我々が攻められると怯え出す。しかし、ウクライナと違いバルト三国はNATO加盟国。ロシアが1国でも攻めればNATO諸国全体を敵に回すことになる。

 朝日新聞出版の近著『2030 来るべき未来』の中で、著者の一人トッド氏も、ロシアは、バルト三国には、騒ぐのをやめさせ、落ち着いていられるよう多少圧力をかけるかもしれないが、そこまでだろうと見ている。
 怖いのはロシアの方ではないか。NATOは32国もあり、ロシアはベラルーシを入れてもたった2国。米国を除いたNATOの軍事力だけでもロシアより2倍以上(2025年5月臨時号 NO.226「プーチン  VS プーサン」ご参照) 。
 NATOは猫であり、ロシアは大きいと言っても鼠に過ぎない。鼠が攻撃するのは窮鼠のときだけ。核兵器ではロシアが圧倒的だが、人格はともかく冷徹かつ聡明なプーチン大統領には使用できないだろう(戦後最初に核兵器を実践使用する国があるとすれば、核開発を諦めないイランよりも、唯我独尊、何でもありのイスラエルの方だろう) 。
 プーチン大統領は就任後ロシアも白鳥だからEUの仲間入りを希望したが、アヒルの子はダメとばかりに拒否され、その代わりNATOは東方拡大はしないとの言を信用した。が、旧東側諸国までNATOに加盟し(ロシア側についても経済発展は望めないと思った面もあるが)、裏切られたと思う。

 NATO諸国と国境を接するのを嫌うプーチン大統領は同胞と思うウクライナに最後の砦としてNATOとの緩衝地帯としたいと思い、EUに加盟してもよい、武装も構わない、NATOへの中立化さえ守ればとゼレンスキー大統領に求めていた。
 しかし、高い人気で大統領になるも素人の哀しさで政権運営が上手く行かず支持率が急降下した為保身から乾坤一擲ロシアとの戦争を選んだ。米副大統領であったバイデン氏が手を回し2014年2月マイダン革命で親ロ派大統領から親米大統領に替えさせ(その1ヶ月後ロシアがクリミア半島の併合を宣言)、その大統領により憲法に「NATO加盟方針」を明記されてしまい、選択肢が無くなっていたこともあるが。それにしても国民を戦争に巻き込んだ、汚職疑惑もあるゼレンスキー大統領を私は許せない。
 西側はウクライナへの「侵攻」と言うが、プーチン大統領は「進攻」と思っている(台湾有事があれば、西側は侵攻と言うが、習主席は進攻と言うだろう)。
 移民問題、貧富の差拡大等国内問題をさておいて軍備を拡充してロシアを挑発する、虎の威を借りたNATOを主導するのが、口だけのマクロン仏大統領と今回ではなく前のイスラエルがイランを攻撃した際「我々のために汚れ仕事をしている」とほざいたメルツ独首相。そんなNATOに対して、NATOの親分とは同盟関係がある日本が連携を強化しようとするなど、どうなのか。
 日欧の関係が緊密になれば、世界の安定に大きく寄与するだろうと主張してきたトッド氏も、その考えは放棄したと言っている。さらに、「米国だけではなく欧州も狂っている。今米国がドイツを戦争に引き込むことに成功しつつある。日本は、ヨーロッパを信用してはいけない。ヨーロッパのように行動してはいけない」と言っている。
 私は、欧州と安全保障で連携するなら、ウクライナ戦争の初め「プーチン大統領は重病」「もう死んでいる」とフェイクを流して呆れさせたが、日英同盟という良き思い出がある“腐っても鯛”の英国だけでよいのではと思っている。
 今の日本に必要なのは、「軍事力の増強」より「外交力の強化」だとする立場なら、尚更に。
 NATO諸国もロシアも互いに怖いのなら、互いに歩み寄ればいいだけ。過去それをさせないのが、(1949年に出来たNATOのカウンターパワーとして1955年に結成された、ソ連を親分とするワルシャワ条約機構が米ソ冷戦が終結にの伴い1991年7月に解散された。NATOも役割を終えたハズの)NATOの親分米国大統領であったろう。
 米国に依存するために防衛費を対GNP5%(ウクライナから遠いスペインは反対した。ロシアはたとえ首都キーウまで侵攻するとしても西部は併合しない。線ではなく面での緩衝地帯として残すだろう。NATO諸国と国境を接するのをプーチン大統領は嫌う為)にするぐらいなら、米国から自立してロシアと和戦両様の構えを構築した方がよいと思うのだが。
 エプスタイン事件や物価対策、不法移民問題等に対する失政に加えイラン攻撃が加わり支持率の低下で錯乱状態のトランプ大統領についていけないと仏・独はそれを模索し出したか。自立の動きを見せれば、それを米政府と軍産複合体にとって不利益と思うトランプ大統領は態度を軟化させるのか。

 日中関係においても、日本が過去中国に戦争をしかけている。中国側からは元寇(1274年、1281年)があるが、それは夷狄が作った「元」国の仕業(二度の神風・台風により挫折に終わる。日本国民が敗戦するまで、「日本は神国」と思い込む契機に)。
 近代、日清戦争と日中戦争とを日本から仕掛けたが、日中戦争は、日本と蒋介石率いる中国国民党との戦いであり、中国共産党にとって日本は敵の敵、味方という側面もあった。 

 中国にとって日清戦争(1894年7月25日~1895年4月17日)に負けたことが記憶から消し去りたいができない最大の汚点。世界に中国(夷狄が作った「清」国) は“眠れる獅子”ではなく“張り子の虎”と嗤われた。そして、台湾を日本に割譲されただけではなく、欧米列強の植民地化の憂き目に遭い、上海租界の公園に「犬と支那人入るべからず」と使用規則に書かれてしまう。
 その屈辱を習近平主席が何としても晴らしたいと思っている。だからといって、日本を征服したいと思っているか。日本人も核兵器で米国に復讐したいとは思っていない。
 米国と違い漢民族の中国は、戦争下手な文系の国。台湾との統一も、出来れば平和的に実現したいと思っていよう。

 文藝春秋6月号の連載最終回で著者の元米国大統領副補佐官は、イラン戦争が台湾・日本の良い教訓になるという。米国・イスラエルの圧倒的な空爆をもってしても政権交代はなしえない。数十万規模の兵士を伴う地上侵攻が必要という。

 台湾には大海の「天然の防壁」がある。中国は侵攻戦略の見直しが必要になるか。台湾への軍事侵攻は遠のくのか。

  今や体の大きさからすれば、中国は鷲で、日本は鷹(ミドルパワー)に過ぎない。鷹が台湾有事発言をしたのなら、鷹より大きい鷲が金毛の鷲の威を借りて牝鷹がほざいていると鷹揚に構えてらいいのに、本気で牝鷹を潰そうとしている。
 若者達が人間爆弾、人間魚雷となった頃から80年経っても五輪やWBC、WCの若い選手達は、愛国心、団結心、犠牲的精神が少しも変わっていない。中国からすれば依然として脅威に映るのだろう。
 とはいえ、侵略した日本側の方がより中国の脅威を感じているのかも知れない。だが自前で核武装できない。その為に安倍首相は核のシェアリング(共有)を提唱したが、共有では米国の同意が無ければ使用できない。(中国を仮想敵国とするなら)距離的には今まで通り米軍で事足りると米国通の明海大学小谷哲男教授が明解に否定していた。
 米国は絶対的NO.1の座は断念したが相対的NO.1にはこだわっている間は日本との同盟関係は解消しないだろう。問題は、米国の孤立主義が深化し在留米軍基地を撤収して同盟関係を破棄した場合。周りを核保有の国に囲まれて孤立する。

 核保有は米国から置き土産ではないが核兵器を譲ってもらえれば良いが、上述の理由で、譲ってはもらえない。
 ウクライナ国民は陸続きで徒歩でも国外に脱出できる。軍事力で中国が日本を攻撃した場合、日本人は、むざむざと多数の戦闘用ドローンの餌食なりたくなければ避難すると言っても海外脱出せねばならぬ。とくに低所得者はボートピープルにならざるを得ないが、台湾は中国に統一されてなくても封鎖される。韓国には受け入れを拒否されると、米国が受け入れを認めてもグアムまで約2,500㎞もある。1日10時間(50㎞)歩き続けても50日間要する距離だ。海上においては絶望的か。
 日本は海に囲まれており、他国からの侵略を受けにくい利点があった。しかし、核攻撃においては、ドイツのごとく他国に囲まれている国より、狙われやすい。それもあって広島、長崎に原子爆弾が投下された。
 たとえ核兵器を所有しても、核戦争になれば日本は小型の数発で地図上から消える。ロシアや中国のような広大な土地がある国とは勝ち目がない(かつて毛沢東は 「米国と核戦争をやっても怖くない。5億人死んでもまだ5億人いる」と嘯いた。相手が日本であればあながちホラ話とは片づけられない)。日本に必要なのは、「軍事力」ではなく、「外交力」の強化なのだ。
 ロシアに対しても、ウクライナ戦争が勃発した時に、米国は表向き参戦していないのであるから、岸田首相は中立的な立場として早期停戦を世界に発信すべきであったろう。

 幸い今は台湾有事が日本有事にはならない方向に進むか。今年米中首脳会談が4回行われるという。トランプ大統領が、「中国は西半球に介入しない、米国も台湾には干渉しない」で同意するか。中国と台湾の間で台湾有事が起きても米国参戦ない限り日本は動けない。日本有事にはならない。
 そもそも、日本は中国とは経済において密接な関係にある。2025年4月の外務省調べによると、2024年日中貿易総額は44.2兆円(2,926億ドル)、前年比4.7%増で、日本にとり中国は最大の貿易相手国。中国にとり日本は米国、韓国に次ぐ3番目の貿易相手国。
 タカ派の人々は、そんな中国に対してなぜ喧嘩腰なのか。経済や国民のことを考えないウクライナのゼレンスキー大統領と同じなのか。
   タカ派の人達は隣の家にも喧嘩腰なのか。いざとなったら引っ越しすればよいと思っているのか。
 国は引っ越しできない。好きであれ嫌いであれ、無難な対応をとるものだろう。タカ派の人達は見下していた中国が大きく発展してるのが気に入らないのか。中国への朝貢国にされることを恐れているのか。今も日米同盟という麗しい名の元に間接支配され、米国に80兆円もの朝貢をしているではないか。
  『世界を解き明かす地政学』(日経BP)の著者田中孝幸氏は、軍事費は国と国との信頼度が低下すれば、その分増加する性質がある。国民生活に重荷になる軍事費を減らすためには、官民の交流を活発にして、国民の間の信頼度や相互理解を高める地道な活動が求められるという。根っからのタカ派の国会議員は、それを承知していながら、なぜ国家財政が逼迫している最中で中国と軍拡競争をしようと言うのか。軍事費利権が目的なのか(本気なら、まず国民の安全を図るために防空壕や核シェルターを整備するものだろう。核を持たない永世中立国のスイスのように)。
 れいわ新選組の奥田ふみよ共同代表だけではなく、国民も知りたいと思う。第二次世界大戦の折、ノブレスオブリージュとして、昭和天皇の弟君であられる秩父宮雍仁親王(陸軍)、高松宮宣仁親王(海軍)、三笠宮崇仁親王(陸軍)が軍服姿にて戦地にお赴いておられる。
 タカ派の国会議員は自ら血を流す覚悟と言っているとのことだが、国会に居て血を流すのは倒れて顔面を強打する時ぐらい。戦争になればタカ派の国会議員は迷彩服を着て戦場の最前線に立つのか、その覚悟のほどを国民に話すべきだろう。奥田氏の物言いが不穏当として話を逸らすのではなく。
 元々中国人を反日にさせたのは日本側。1915年1月日本の大隈内閣が、中国の袁世凱政府に対し、高圧的な二十一カ条の要求を突きつけたことに起因する。 
 その後の支那政策に対して、岩田規久男氏の『経済とイデオロギーが引き起こす戦争』(光文社)によれば、元老松方正義は、憂慮を示し、「我が強盛を頼みにして、支那の弱小に乗じ、支那を威嚇し、支那を恫喝し、時にだまし討ちの小計を弄し、時につたない政策を実施し、ただ支那を追い詰めて自分の望む結果を得ようとし、支那を日本から離反させ、それによって日本を支那の不倶戴天の敵にし、日本を子々孫々までも呪詛の対象とし」と言い、「我が対支政策は、巧な策や劣った策を交互に行って支那の恨みを促すのみならず、その軽蔑を招く」と警告したという。
 しかし日本は松方の諫言を無視し、日中戦争を始め目的を見失いながら戦線を拡大していき、日本の敗戦に結びつく。
  
 日本は、体制や文化が違うが、好き嫌いは別にして中国を一つの大国としてもう認めるべきだと私はそう思う。
 環太平洋で言えば、日本は米中の覇権争いに加わらず極力中立の立場をとるべきだ。そして、米中が軍事衝突すれば日本が戦場となることから避けられない。日本が米中衝突をさせないため、つまり、米中双方とも日本の言うことを聞かせるためには、日本(政権)が米中双方から有能であり信頼に足る、米中双方に敵には回せられないと思わせる必要がある。
 男女関係で言えば、日米同盟の米国は夫で日本が妻。夫は遠い北アメリカに別居中。中国は近所で昔からの知り合い。夫もその知り合いと付き合いがあり、妻が貞操を守る限り妻がその知り合いとビジネス交流しているのを黙認している。夫と知り合いが喧嘩になりそうになれば妻が仲裁に入る。
 領域の広さを競う囲碁の対局で言えば、本因坊米国に対して挑戦者中国とがタイトルを争う。対局室には、他にいるのは日本だけ。記録係以上立会人未満の立場にて。
 最後に、麻雀に例えると、麻雀牌は数牌、字牌合わせて34種類あるが、数字、漢字いずれも刻まれていない牌は白牌(俗にパイパンと呼ぶ)だけである。日本は白牌、Only Oneを目指そう。發、中、白の3種という最少の種類で役満を構成する役を大三元と呼ぶ。發(はつと読む。青とも呼ぶ)、中(チュンと呼ぶ、字は赤い)、それと白だ。米国を發牌と擬えれば中国は中牌にあたる。NO1争いは發と中でやってくれ。日本としては、「青」の色を少しずつ落としていき、「赤」にも染められず、それでも環太平洋での平和という大三元の役満には、ASEAN等の小国の意見をまとめる「白」という日本が不可欠という、そういう存在を目指すところか。
 トッド氏も2025年10月25日付け朝日地球会議の基本講演で、結びに(要約すると)、「日本は、自分を通常兵器をさらに作り続ける米国の同盟国と考えるべきではなく、日本はもっと広い視野で自らの歴史と西洋諸国と非西洋諸国との関係について省察すべきである。そして中立の立場でものごとを考えるべきだ。私が日本の長い歴史を学んで思うのは、日本の伝統は、中立にあり、同盟により戦争に巻き込まれることではない」と述べている。けだし、至言である。

 さらに、イランを初め最強国米国の圧力に対して抵抗力を持つようになった背景には中国の経済的な力の増大があるという。日本人に対して「米国に使え、その代理として中国と戦争するよりも、中国とうまくやるべきだ」とトッド氏は警告している。
(次回244号は5/10アップ予定)

2026.5  NO.243     んじゅ VS  んじゅ
 春到来を告げるゴルフのメジャー・マスターズが来週4/9に開幕する。史上最多24個のメダルを獲得した日本選手団も我が世の春を迎え、4/25に都内でパレード等ミラノ・コルティナ五輪・パラリンピックの感謝イベントが行われる。
 2月の冬季五輪について私なりの感想を述べてみたい。
 開催地ミラノと東京とは8時間の時差がある。現地で夜6時前後の競技になると75歳の爺の私にとっては一番起きてられない時間になるので、ほとんどライブでは観ていない。朝の4時頃になると起きている(睡眠時間は6時間前後)のだが。
 フィギュア女子シングルのフリー(FS)の優勝争いは、日本時間で朝6時半頃からであったので、千葉百音選手からライブで観ていた。次の滑走がアリサ・リュウ選手。リング上で走り、踊りまくったかのような演技で大歓声が沸き起こった(金メダルの魔法により一夜にしてレッサーパンダがシンデレラとなったみたいだ)。次の坂本花織選手は滑りにくいのではと思われた。が、(本人はくやしさも滲ませたが)五輪出場の最後を飾るに相応しい滑走だったと思う。

 最終滑走の17歳の中井亜美選手は冒頭トリプルアクセルが成功し、もしやと思ったが、それ以降観客が大きく沸くこともなかった。本人も演技が終わると首を傾げた(それは自身の演技に対してか、与えられた演技構成にか)。あざとポーズと評判がよいが、審判の印象にはマイナスに働いたのでは。
 亜美選手は、浅田真央さんに憧れて選手になったと言っているが、浅田さんに似ているだけではなくライバルであったキム・ヨナ選手の強みであるしなやかさと豊かな表現力をも持ち合わせていると見える。4年後の五輪では大人の女性選手として観客を大いに沸かせるのではと思った。

 さらに、亜美選手と同学年には前人未踏の女子ジュニア四連覇を果たした島田麻央選手がいる。4回転トーループ&トリプルアクセルを武器とするも今回は出場が叶わなかった(五輪前年の7月1日時点で17歳以上である必要があるが、麻央選手は10月生まれの為)。
 人気を博した浅田真央さんも2006年のトリノ五輪に出場(当時は15歳)出来なかった。出場していれば金メダルも。金メダルは荒川静香さんの手に(真央さんは競技戦略の練り直しに迫られたか?) 。
 2030年フランス大会では、麻央選手が真央さんのリベンジを果たすか、それとも亜美選手が勝つのか、日本人対決になることを期待したい。

 元来ウインタースポーツは詳しくない上、私が一番楽しみにしていた平野歩夢選手が直前に大けがをしてしまったことを初めジャンプの小林陵侑選手と高梨沙羅選手やスピードスケートの高木美帆選手(五輪後引退表明)が本調子でないと思われ、今回の五輪への関心はそれほど高くなかった。が、 ライブでなくとも感動した、あるいは驚いた試合が多かったと思う。その中で、私にとってのベスト3を挙げたい。
 第3位は、ノルウェーのヨハンネス・ヘスフロト・クレボ選手がクロスカントリーで金メダル6個獲得したこと。
 『クレボステップ』と呼ばれる走法で上り坂を、驚異的なスピードで走る姿は、オリンピックを大いに盛り上げた。
 カントリースキーの選手は通常、上り坂では平行に保ったスキーを交互に滑らせて上るという。しかし、クレボ選手は滑らず、走っているように見える。その走法は「クレボ家の一子相伝の技」と「相当な脚力、上半身と腕の力と持久力」の賜物で他の選手が簡単にマネ出来るものではないらしい。
 クレボ選手は、いわば、“クロスカントリー界の大谷翔平”と言えるだろう。もしクレボ選手が日本人だったとすれば、すぐにルールが替えられ、「夏五輪の競歩と同じ。走ってはいけない」となるだろう。懐の深いメジャーと違い、北欧のお家芸としてのプライドにかけて。
 第2位は、大ケガを負った平野歩夢選手の強行出場。五輪前最後の実戦だった1月17日のW杯(スイス)で約7メートルの高さから落下。板が折れるほど激しく転倒し、顔付近や下半身を強打した。鼻と口付近からは大流血。五輪開幕まで1カ月を切ったタイミングで骨盤の右腸骨などを2カ所骨折する悲劇に襲われ、出場が危ぶまれた。
 今五輪では、後輩たちが成長し、ケガが無くても金メダルをとれるか分からなかった。大ケガをしたなら金メダルは難しい。今回欠場しても誰も逃げたとは思わない。だが、骨盤骨折は痛み止めを打つ状態、膝の感覚はない状態で、彼は出場を強行した。演技を終えて彼は第一声「生きて帰って来れて、よかった」と言った。
 私のような凡才は天才平野選手のことを推し量り語ることは、とてもできない。 
 平野選手に限らず、冬季五輪やWBCの若者たちを見ると、世界に向けて誇らしい気持ちになる。それに引きかえ、今の国会議員たちは。
 第1位は、フィギュアスケート・ペアでのりくりゅうペア(木原龍一選手・三浦璃来選手)の大逆転金メダル獲得。りくりゅう(陸竜)は、フィギュアスケート・ペア界のティラノサウルスとなった。
  海から飛び出し空高く回転するスクリューのごとくトリプルツイストリフトが成功すると波に乗りSPで失敗したアクセルラッソーリフト」も無難にこなし、ジャンプもすべて成功し、そのころには笑顔も見られた。演技の最後は木原選手が弁慶のごとく仁王立ちして三浦選手を担ぎあげ、三浦選手が腕を上げ天を突き刺した指先は拳でガッツポーズ(エキシビジョンでは人差し指)であった。

 主題曲の映画『グラディエイター』の主人公のごとく、地に堕ちるも苦難を乗り越え本懐を遂げた。
 私は、シングルのフリー(FP)とは違い、ペアをライブでは観ておらず金メダルに輝いたことを知った後の録画で観た。ショート(SP)でのまさかの失敗からの大逆転劇ではあるが、元々金メダル候補筆頭であり、後期高齢者となり涙もろくなったとはいえ、まさか録画で涙を流すとは思わなかった。

 二人の最高の演技と解説の高橋成美さんの感極まった解説ならぬ声援と相まって演技が終わる前にはもう泣いていた。
 そして、金メダル獲得の影には木原選手の元ペアとして高橋さんの挑戦があったことを知った。今後ペアにもスポットライトが当たりペアを目指す女子も増えるだろう。りくりゅうの2人は将来コンビで指導者を目指すとも。そうなれば、スノボードのように日本のお家芸になってほしいと思う。

 坂本選手は3/27世界選手権優勝を花道に選手として引退したが、指導者等の第二の人生、明るい未来が待っている。

 しかし、75歳の私には未来はない。本ブログの掲載を始めた2011年7月の頃(61歳直前)は米寿(88歳)をゴールとして、人生を四季に擬えていた。春(~22歳)は学生、夏は(23歳~43歳)は銀行員、秋(44歳~66歳)は非営利団体職員・顧問、冬(67歳~)は低額年金生活者。
 ところが、前立腺がんになっていたこともあり、生前母にがん家系?か問うと、「母方はがん家系」と言われてしまった。今頃そんなことを言われてもと思ったが、10年前には人生のゴールを喜寿(77歳)に設定し直していた。
 ところが、今年の8月で76歳になる。あと1年少ししかない。認知症で家族に迷惑をかけるぐらいなら癌で早く亡くなった方がいいと思えど、さすがにゴールをずらすことに。
 国が75歳から後期高齢者にしたからといって、我が身に顕著な変化が起きるとは思いもよらなかった。私は精神的にはガキのままだとか自嘲したり、反対に粋がったりしていたが、体の方が「何を勘違いしている。お前は正真正銘の老人なんだ。それが分らないのか」と言わんばかりにこれでもかと老人性症状を繰り出しくる。
 私は75歳と5ヶ月になる2026年の正月風邪を引いていた。しかし、1ヶ月経っても声がかすれ、白い痰も出る。カラオケでは高い音が出にくくなっていた。去年までDAMAiにて90点以上出ていた曲の中で90点に届かない曲が増えた。これは10年前に摘出した、声帯の上にできたのう胞(水の入った袋)の症状と似ているとして耳鼻咽喉科に行った。
 診断してもらうと、のう胞も腫瘍(ポリープ)も何もないとのこと。痰がまだ出ているとして風邪薬と痰止めの薬を処方された。風邪でそんな長引くことは今までにはなかった(過去医師からインフルエンザ、新型コロナと言われたこともない。似たような症状が出ても、なにせ熱が出ず病院に行かないので)。声帯の問題ではなく、免疫力の低下で風邪が治りにくくなっているという老化の問題ということか(そう言えば、傷も治りにくい。夏頃段差でよろけ砂利道に膝をつき血が出たが、半年以上経っても黒ずんだままだ)。
 ただ、数年後には声帯の老化が顕著になるだろう。歌手でも高齢になると高い声が出にくくなる。仕方がないのだが、そのうち歌っても楽しくなくなり数少ない趣味が一つが減ってしまうだろう。晩年の母がよく「年は取りとみない(とりたくない;播州弁。母は神戸っ子のハズなのだが)」と言っていた。その気持ちが今になってよくわかる。
 ある時、お風呂から上がってしばらくして手を見ると左親指の下の手の甲の部分が紫色に変色していることに気づいた。妻の親戚の女性がキャベツダイエットがいけなかったのか白血病を発症し、箪笥に少しぶつけただけで紫色になったとの話を聞いており、一瞬ビビった。
 ネットで調べると、加齢により皮膚が薄くなって血管が弱くなり、少しの刺激で内出血が起こる「老人性紫斑」 で高齢者にありがちなことと書かれていた。紫斑も直ぐに消えた。
 私は安心するとともに落胆もした。風呂の蓋(結構重い)を所定の場所に戻す時すべって手の甲を少し強打したのを思い出したのだが、これしきの事でこんなになるとは情けない(尻の右側には老人性皮膚掻痒症も) 。
 目でも、ある日初めて丸い紫の光が目をつぶっても消えずどうしたことかと案じた。これまたネットで調べると、老化による光視症に似ている。緑内障の進行の有無を調べる為3ヶ月毎眼科に通っているが、医師から光視症が続くようなら、網膜剥離に至ることがあると言われた。飛蚊症もあり、(強度の近眼によるもので原因がよくわからず視野が欠け続けるものとは違う)緑内障よりも網膜剥離の方を私は心配している。もっとも、網膜剥離はストレスが原因とも言われ働き盛りの年代層に多いらしい。私は毎日が日曜でストレスは妻の小言ぐらいしかないのだが。
 上記の眼科医に相談すると、予想外に、網膜剥離は目の疲れやストレスは関係がないと言われ、ボクシングのように物理的に衝撃を与えられたのではないなら事前対応は難しいとのこと(ネットを見れば、網膜裂孔を伴わない「中心性漿液性網脈絡膜症による滲出性網膜剥離」は、ストレスが関与しているらしい)。
 目の手術で全身麻酔は避けたい(慢性副鼻腔炎、胆石による胆嚢炎で2度全身麻酔を経験。全身麻酔は体に負担。目の手術で全身麻酔は疑問)と私が言えば、医師は、昔はすべて全身麻酔であったが、今は局所麻酔もあると。そのときは紹介すると聞き、安心した。
 私は基本運動しない為か172㎝の私の体重が74㎏を超えると痛風とは違う足の指の変調を自覚したり血糖値も上がるので、73㎏以下に抑えるようにしていた。ずっと72キロ前後で油断していた。風呂ですこし筋肉が落ちたかなと思い、体重計に乗ると70㎏を割っていた。それは52歳での胆嚢摘出手術で入院した時以来であった。7歳年下の、体重と口が減らない妻に話せば、「私の半分ぐらいしか食べてないからよ」と言い返された(私は一向に体重が減らない妻の方が食べすぎだと思うのだが)。
 66歳で卒職した頃まではグルメ雑誌『おとなの週末』を観て、未訪の名店廻りをしていた。看板に偽りなしと思えば妻を帯同し再訪していた。
 卒職してしばらくはまだB級グルメを目的に遠方まで足を延ばしていた。町田市にあるラーメン店に女店主の先駆けで「ラーメンの母」と呼ばれた店主がいる『雷文』に2時間近くかけ訪問した(店主の宇都宮氏のご尊顔を拝したが、もうラメーンは弟子が作っていた)。その後南町田に足を延ばして『109シネマズ グランベリーパーク』で映画を観て、また町田に戻り、夕食として、雑誌「dancyu」にて「日本一のカツカレー」と紹介された 『リッチなカレーの店 アサノ』 で評判のカツカレーを賞味していた。それが今では銀座に出るのも億劫と感じるようになってしまった。
 思えば、2020年頃の新型コロナ禍で遠出する習慣がなくなってしまった。さらに70歳になり東京都のシルバーパス(都営地下鉄、バスにおける割引の年間定期カード)を利用できるようになると錦糸町に出る(徒歩で35分)のにバスを利用し、歩く距離が短くなってしまった。尻に厚みがなくなった最近気が付いた。
 若い頃は、お腹が空くと怒りっぽくなり、「何とも下等動物でしかないのか!?」と自嘲していた。が、今はそんなことも無くなった。食い意地が張っていたハズなのに食欲が衰えてきた。ずっと体重の増加を警戒していたが、これからは体重の減少を心配することに。

 後期高齢者になって、悪いことばかりかというとそうでもない。妻と娘の私への評価か少し回復した。私は元来人見知りし、知らない人に対する警戒心も強い。毎週のごとく独りカラオケと映画鑑賞で週2回朝バス停に立つ。老婦人が挨拶してくれるので、会釈を返すが「今朝はさむいですね」とか話しかける事はない。
 同じく、可愛くいつもニコニコとステップを踏むような幼稚園女児がママさんと通るのを眺めていたが、声掛けすることはない。ところが、ある日珍しく女児が愚図っているのを見て、40歳前後のママさんに「いつもニコニコなのに、今日は機嫌が悪いみたいだね」声掛けした。泣きべその女児には声かけず。そして、1週間ぐらい後遠くから女児が私を見つけるやいなや「あっ! ジイジだ」と声を上げた。私は嬉しく思った。が、祖母さん?がママさんに「知り合いなの?」と聞いていたが、「違うのよ」と嫌そうに。女の子が可愛いく人懐っこいそうなので誘拐など日頃から心配しているのかも(ママに注意されたかそれ以来幼児は私を見ると戸惑いの表情に)。

 その前にも、2/8の衆院総選挙の朝夫婦で投票会場の最寄りの小学校へ行った時校門のそばで雪が降り傘も差さずに頭に雪を乗せて女子中学生がひとり立っていた。これまでなら横目でちら見するだけなのだが、「おい、大丈夫か?」と声をかけた。女子は元気よく大丈夫です!と。約束の時間に連れが来ないと言っていた(老人を自覚したことを契機として本能が私を変えようとしているのかも)。
 幼女の話を妻にすると、妻が、毎週土曜実家に来る、他家に嫁いだ意識が希薄な娘にその話をした。娘は普段おやつをあげる私を孫のデブ化(少学3年生になる前に140㎝、52㎏)の戦犯扱いしていつも文句ばかりいっている(私は1日/7日の責任は負うが、主因は後述する娘と祖母である妻の隔世遺伝)。
 この時は違っていた。娘は「変われば変わるもんだね。昔お父さんは外出先では小さい子供たちは邪魔みたいな態度だったのに。あんなに孫を可愛がってくれるとは思わなかった。子供を産んで本当によかった」と妻に言ったらしい(世代交代の意味では、孫は生まれ変わりとも言われ、祖父母が孫を可愛がるのは人類共通の本能でしかないのだが)。少しは感謝してくれていたのかと嬉しく思った。
 話が長くなるが、そんな娘のことを敷衍すると、娘は妻によると独身時代から婦人科に通っていたという。結婚しても子供は難しいかと思っていたら思いのほか早く妊娠した。
 介護福祉士(現在パートで復帰)の娘はダウン症などの検査は受けないと言っていた。何としても産むとの娘の強い意志を感じとり、そんな子らの親御さんの大変な話、哀しい話を知っていたが、あえて私は反対はしなかった。
 ところが、「へその緒」と俗称される臍帯は通常胎児と胎盤をつなぐ血管で、動脈が2本で静脈が1本計3本あるのが普通だが、動脈が1本しかないことが発覚した(単一臍帯動脈は全分娩の約1%に認められ、とくに珍しい訳ではないらしいが)。専門医に診てもらう間心配の日が続いたが、専門医から一本でも太いから大丈夫のお墨付きをもらった(その結果を確認してから妻は初めてその問題があったことを私に報告した。妻は脂肪が教養を上回るが、社会的IQは高い。私は、IQは高くないが、社会的IQはもっと低い)。
 動脈が1本の為(単一臍帯動脈では臍帯の血流が障害され、胎児発育不全の原因になるとも)か男児としては2,600g台と小さかった。出産直後看護婦さんから「何してるの!? おっぱいを沢山あげなきゃ!」と言われたのがトラウマになったか、小さく産んで大きく育て過ぎた。3歳ぐらいからは妻の隔世遺伝が作用した。体形だけでなく食べっぷりも妻そっくり。

 家族にも相談せず銀行を辞め(家族にとっては青天の霹靂)、社団設立に参画すべく1994年正月に単身上京した。

 しかし、すぐに神戸との二重生活が困難となり、春休みに家族も上京させることに。義父に頭を下げ私以外妻の実家にしばらく住まわせてもらった。が、義母にとってはいきなり3人の子供が同居して静かな生活が奪われた。大谷翔平選手が生まれた1994年7月5日あたりでは、娘である妻との折り合いが悪くなってしまった(アンタのせいで仲が良かったのにと義母が亡くなってからもいまだに妻から嫌味を言われる)。
 予定より早く、私にとっては銀行時代とは違う「出世」「物欲」の煩悩とはおさらばした、家族5人での慎ましやかな新生活をスタートさせた(長嶋監督率いる巨人が中日との一大決戦に勝ちリーグ優勝を果たした、韓国の人気歌手兼youtuberのYOYOMIさんが誕生した、1994年10月8日のその頃に)。
 それから妻は24年間も正社員として働きながら3人の子供を育てあげてくれた。妻にとって私はハズレだったが、私にとっては妻は大当たり。感謝していると言うと、当たり前よと。この時ぐらいはしとやかにすればいいのに。体はしなやかな柳腰にはなれないのだから(本号が妻の目に留まれば、また叱られる。「私を出しに笑いをとろうとしないで!」と)。
 私に振り回されていた家族にとって、今私が仙人みたいに孤高ならぬ孤低を保ち、大人しく、穏やかになったことでようやく平和が訪れたと思っているのかも知れない。

 75歳にもなると年上の世代よりも年下の世代が圧倒的に多くなる。首相も年下になった。「亀の甲より年の功」と言える歳になったとも言える。
 戦争もバブルも世代が交代すると過ちを繰り返す。私が銀行の証券部長だった頃の世代はもうリタイアしているだろう。バブルの崩壊による株式不況に大手証券の株式部長は皆胃がないと言われるほど悪戦苦闘した元戦友たちは、ご健在であろうか。
 今年の3/9に一時4,000円を超える大暴落(当日終値2,892円安)を見たが、一昨日も一時2,800円を超す下落。昨日は戻り乱高下が続いている。

 2年前の同じ4/20に、2024年5月臨時号NO.208(「NASA VS NISA」)にて私はこう書いている。 
 「株式にもビギナーズラックがある。ただ運がいいだけなのに2、3度儲けると自分は株に向いている、才能があると思いがちになる。身の程を超えた額を投じたとき、とかく誰もが予想しない大事件が起こり、大損してしまう(米国ツインタワーに飛行機が突っ込んだ時、首謀者のグループは直前に株や先物を売って大儲けしたろうが)。」 
 その2年前には、書かなかったが、書くべきであったか。

 主婦は株を始める場合は事前に夫に了解は得ずとも報告しておくべきである。原資がへそくり、親の遺産だからと夫に内緒にしがちでは。とくに先物等ハイリスク・ハイリターンの取引をすれば、大損する場合がある。持ち家を手放さざるを得なくケースもある。それは夫には言えない。身を落す主婦が出る。フィクションの世界だけの話ではない。夫に報告しておけば、家を売ってでも愛妻を守ってくれよう。

 戦後5年を経て生を受け、戦争の傷跡を見ていた、バブルの崩壊それに伴う銀行の破綻も経験した爺は、歴史を振り返りもせず抽象的にモノを考えることができない、痛い目に遭わないと理解できない人達、とくに若者たちに苦言を呈する(もっとも若者は私のブログなど読まないが)。
 61歳を前にして本ブログを書き始めた頃、教養がない、視野が狭い、アホかと読者に思われないかビクビクしながら書いていた。50号に到達したときハードカバー、リボン付きで自費出版し、学生時代の同級生やお世話になった先生方に贈呈した。お世辞と分っていてもこれからも書いていく自信に繋がった。それでも文才のない私が今日まで長く続くことになるとは思わなかった(駄文であろうとそれだけは自分で自分を見直してあげたいと思う。妻には認めてもらえないので)。
 これぐらいの歳になると、嫌われたらどうしょう、嗤われたらとはもう思わない。鈍感力がついたということか。
 妻は、「私をわざと怒らして喜んでいる嫌な奴」と私に向かって言う。都知事も経験しマルチに活躍した作家兼タレントの故青島幸男がTVドラマで扮した『いじわるばあさん』に似ているところがあるのかも。“いじわるジジイ”として今後とも本ブログで言いたいこと遠慮せず言うことにするか。

 賢い人からアホかと思われても、どうせすぐ逝くのだから、「死出の旅の恥はかき捨て」とか言って、とぼけよう。

 何もかも“終わった人”と観念したら、前より明るくなったかもしれない。日の丸を背負った五輪メダリストが引退表明しほっとするのとでは雲泥の差ではあるが。

  生命保険文化センターによると、2022(令和4)年の「健康寿命」をみると男性で72.57歳、女性で75.45歳。同年の「平均寿命」は男性で81.05歳、女性で87.09歳とのこと。 
 健康寿命の定義は「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」であり、「平均寿命」と「健康寿命」との差は、日常生活に制限のある「健康ではない期間」を意味するという。 男の私はこれからは健康でない生活を送るということか。
 男性の平均寿命が81歳なので、人生のゴールを傘寿の80歳ではなく、81歳に設定し直した。1981年5月3日に結婚したとき、50年後の金婚式はとても無理と思っていた。今のところ前立腺がんの再発もなく他の病気も今のところ顕在化していないので、5年後の金婚式はぜひ迎えたいと思う。その年の8月1日に満81歳になる。そこでコロリといけば理想的だが(『デスノート』の映画版シリーズではLはデスノートに自身の名前と予定死亡時刻を書き予定死亡時刻に亡くなる)。現実の世界では、自殺するしかないが、そんな度胸が私にあるとは思えない。
 なお、自殺を「自死」と言い換えることに苦言を呈したい。昔から「死」の漢字は忌み嫌われており、「自殺」に代わる熟語として、「死」を使わず「自害」「自刃」「自裁」「自刎」「自決」などが使われてきた。さらに、「自死」は、武士の時代、組織や他者の為に自らの命を断つことを「自死」と言っていなかったか。

 病気などで高齢者が家族に迷惑をかけないように自らの命を殺めるならまだしも、若者が自殺するのに「自死」使うべきではない。それは武士に対する冒涜とも言えるのでは。
 (本人に非がなくとも)病気で親よりも早く逝くことでも親不孝なのに、自分勝手に自殺して遺族を自責させ苦しめる。それを和らげる為にと自治体の小役人たちが「自死」を使いだす。却って自殺を美化することにならないか。

 いやしくもペンを生業とするプロたちが、それを率先垂範するとは何事か!?
 このように、突然激高するのも認知症への入口に立っていると言えるだろう。
 認知症になるほど長生きは望まず、川寿(111歳)、百寿(100歳)は無論のこと米寿(88歳)も期待しない。が、ボケたり寝たきりになり妻に迷惑をかけないよう、家では筋トレでなくともストレッチを、外出には(極力)徒歩を、食事はバランスを、目には目でなく目薬を歯には歯でなく歯ブラシを(舌に舌ブラシも)、色ボケに注意を、妻には刺激を与えずを(作用より反作用が数段大きい)、心掛けでいきたい。

(次回244号は4/20にアップ予定)

2026.4 NO.242   キムテ VS キムテ
 映画の日本アカデミー賞が今週(3/13)、本家の米アカデミー賞が来週(3/16;日本時間)発表される。今回は昨年初めから観て記憶に残った映画やドラマについて語りたい。
 邦画ではまず『国宝』。本ブログ前々号235号(ろうかいVSろうがい)で触れ、「2026年度日本アカデミー賞においては、誰に聞いても一番手に『国宝』を挙げるのではないか。最優秀主演男優賞は吉沢亮氏で最優秀助演男優賞は横浜流星氏(前年度『正体』にて最優秀主演男優賞受賞)で決まりと思う人も多いのではないか。」と書いた。

 日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞において本命の吉沢氏の対抗馬となるのは映画『でっちあげ』の主役綾野剛氏だろうと思った。暴力教師と訴えられた人物像と真実の人物像を上手く演じ分けされていた(綾野氏は映画『愚か者の身分』にて北村匠海氏、林裕太氏ともに釜山国際映画祭で最優秀俳優賞を受賞している)。しかし、残念ながら、優秀主演男優賞に選ばれなかった。
 本映画は週刊誌での評価が高かったので観ることにした。だが、日頃からニュース等でモンスターペアレンツや教育委員会のことを苦々しく思っているに加え、好感度が高い柴咲コウさん、亀梨和也氏、光石研氏たちが敵役を演じており、不快感、違和感から映画に没入できなかった。途中退出しようかとまで考えた。それでも後半に入りファンである小林薫氏扮する弁護士と木村文乃さん演じる主人公の妻が奮闘しハッピーエンドで映画が終わったので、救われた気になった。
 終戦記念日の前には『長崎 閃光の影で』を観た。原爆投下直後の看護学生の奮闘ぶり、無力感から心の傷を負う姿が描かれている。
 原爆のむごたらしさは映画で表現するには限界がある。原爆でなくとも、戦争になれば、殺すか殺されるか異常な精神状態の中で国際法違反と言っても意味がない。多くの民間人も犠牲となる。
 哲学者サルトルは「金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」との至言を宣った。先月国会の代表者質問にて、れいわ新選組の奥田芙美代共同代表が「本当に戦争に巻き込まれた時、最前線に行くのは誰なんですか? 高市総理率いる自民党なんですか?」と問うた。国会での発言としては不穏当であれ、上記サルトルの至言と趣旨は同じだ。

 我ら貧乏人たちよ、とくに若者たちよ、身の貧しさは恥じる必要はない。米国・イスラエル連合軍とイランとの戦争やウクライナでの惨状(ウクライナの住民は一発のミサイルよりも多数の戦闘用ドローンが恐怖という)を見ても、戦争になれば自身や家族がどうなるかの想像力が欠如し、一部の政治家の言に踊らされるのなら、その愚かさを恥じるべきだ。

 『経済とイデオロギーが引き起こす戦争』(夕日書房)の著者岩田規久男氏は「情報弱者で社会に不満を持っている人ほど、政府に誘導されているという意識なしに誘導されていくことを歴史は示している。」という。

 戦争は、最終かつ最悪の「外交」手段。「戦争反対」は、思想や信条とは関係のない、人類にとっての至上命題なのだ。
   “野球のご意見番”張本勲氏が、原爆被害者として60余年の沈黙を破り、被爆体験、反戦を語り始めている。
 戦後の沖縄を舞台にした『宝島』については、賛否があるが、同じ長時間の『国宝』と比較して論じるべき映画ではない。悲惨な沖縄地上戦の生々しい記憶が残る戦後の初期において米国の施政権下に置かれ見捨てられたという思いと地位協定に基づく米軍の理不尽な言動に憤怒と絶望感に苦しむ姿を知ることは当時の沖縄を知らない我々世代が沖縄県民の精神性を理解する上で観るべき価値があると思う。
 熱演していた主要キャストの、妻夫木聡氏、永山瑛太氏、窪田正孝氏、紅一点の広瀬すずさんの内、妻夫木氏と広瀬さんが日本アカデミー賞の優秀男女主演賞に名を連ねた。

 師走に入って、『ナイトフラワー』を観た。第50回報知映画賞にて北川景子さんが主演女優賞、森田望智さんが助演女優賞を受賞している。お嬢様役やキャリアウーマンを演ずることが多い北川さんが映画の冒頭からダミ声でシャウトしているのを見て驚いた。貧困に喘ぐシングルマザーが薬の密売人に転落する役を見事に演じ、新境地を開いたと思う。

 北川(進)先生がノーベル賞に輝き、女優北川さんは日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に選ばれるか。

 それ以上に、女格闘家役の森田さんに驚かされた。恥ずかしながら、森田さんを知らず、格闘家出身の女優がいるのかと思った。7キロ増量しガニ股で歩く後ろ姿は男そっくり。

 映画館から戻り、すぐ調べたら、『全裸監督』に出演していた。映画は観ていないが、伝説のセクシー女優故黒木香役なら、妖艶であろう。格闘家とは違い過ぎる。彼女が憑依女優とか呼ばれるのはむべなるかな。日本アカデミー賞最優秀助演女優賞は彼女しかいないのでは。その結果は3日後に。

 

 洋画では、2025年アカデミー賞受賞作やノミネート作品を観た。3月に観たのは作品賞、主演女優賞、脚本賞等5冠に輝いた『ANORA アノーラ』。主演の若手マイキー・マディソンさんが主演女優賞を受賞したのはまだ理解ができる。裸一貫、文字通り体当たりの演技で主演女優賞を受賞をした女優は過去にも少なくない。
 しかし、作品賞、脚本賞はないだろう。富豪家の御曹司と娼婦の恋愛の行く末が悲劇に終わる。そんな身分違いによる破局話は陳腐と言っても過言ではないだろう。
 対抗馬であった『サブスタンス』の方は第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞を受賞しているのに。今回に限らず作品賞の選考基準が私には理解できない。
 主演のデミ・ムーアさんは前哨戦の第82回ゴールデン・グローブ賞でムーアさんが主演女優賞を獲得している。
 同じ裸になるにしても、アンダーヘアまで晒し、しかも還暦を超えたムーアさんが共演の20代後半のマーガレット・クアリーさんと裸体を並べる。有名女優がどれぐらいの覚悟がいるのか私の理解を超えている。
 興行には役に立つが演技では認められない女優を「ポップコーン女優(Popcorn Actress)」と揶揄されるが、そのありがたくない呼び名を払拭させるムーアさんの意気込みをみれば、主演女優賞を彼女にあげて欲しかった。ただ、『哀れなるものたち』で主演し清純派ながらアンダーヘアまで見せたエマ・ストーンさんが前年度主演女優賞を受賞しているので、それと被ることが禍したか。
 前評判が高かった映画『教皇選挙』も3月によく通う錦糸町では上映がなく西新井のTOHOで観た。その1カ月後にフランシスコ教皇が逝去した。某政治家と違い間違っても「都合よく」とは言わない。思っていた以上に病状は重かったのかと思った。
 コンクラーベはベール包まれており、我は、教皇選挙で新教皇が決まらないと煙突から黒い煙が、決まると白い煙が上がることぐらいしか知らない。選挙の具体的段取りが観られて興味深かった。
 私自身キリスト教に限らず宗教に対する関心は低い。ただ教皇選挙のコンクラーベには以前から興味を持っていた。本ブログ2015年8月号(NO.50  (コンクラーベとコンクラベ」)にて「1978年のコンクラーベも時間がかかり、3回目にヨハネ・パウロ1世が選出された。それはある勢力にとって最も都合の悪い教皇が誕生したことも意味した。カトリックに縁のない私でも好々爺的な感じのよい教皇だと思ったが、たった在位33日で逝去した。バチカン銀行の不透明な財政を改革するため人事の刷新が発表される直前亡くなったため、暗殺説が根強い。私も暗殺されたとみている。」と書いた(10年経った今はその発言をちょっと軽率だったかと思っている)。
 我々は映画のごとく暗闘があるように思いがちではあるが、今回参加した日本人の枢機卿に寄れば、コンクラーベは4回目で決まったが、3回目で流れができていたと話す。
 逝去した前教皇は改革派で保守派からの反発もあり、対立を避けるため中道的な新教皇に白羽の矢が当てられたと見られている。 

 韓流映画では昨年5月にWOWOWが韓流映画「韓国の民主化」の特集を組んでいた。まだ観ていなかった2作品を視聴した。1つは、独裁軍事政権が倒れ民主化が期待されたが、軍の中で全斗煥率いる反乱軍が鎮圧軍のと戦いに勝利しクーデターが成功したため、ソウルの春は桜のごとく早く散ることになる『ソウルの春』(2023年公開)。
 全斗煥に扮するのは演技派トップスターのファン・ジョンミン氏。頭を丸めて怪演していた。ちなみに、ファン氏が主人公を演じる『国際市場で逢いましょう』(2014年公開) が韓流映画における私の一推し。朝鮮戦争を舞台に生き別れた父の言いつけを守り、長男として家族の為にひとり苦難の人生を歩む。サブタイトルをつけるとしたら「長男はつらいよ!」になるか。
 もう一つの今回観た作品は、全斗煥軍部独裁政権が大統領直接選挙への改憲を求める民衆を弾圧した『1987、ある闘いの真実』 (2017年公開)。ヒロインはキム・テリさん。本作を観て初めて『お嬢さん』(2017年3月日本公開)でのお嬢さん(キム・ミニさん)の侍女役がキム・テリさんだと理解した。

 その映画を観たときは、お嬢さんと侍女との同性愛の場面でキム・テリさんの方が可愛いと思っただけで調べようとしなかった。
 私はご多分に漏れずドラマ『冬のソナタ』で韓流ドラマに興味を持ち、チェ・ジウさんのファンになり、その後キム・テヒさんのファンなる。そのキム・テヒさんが日本進出を図ろうとしていたと思うが(結局断念?)、ネトウヨらが反日女優と攻撃しだした。
 私は、「キム・テヒさんが真の反日であれば日本語を学び、日本に来て日本人の男優とキスシーンなどしない」と反論すべく、本ブログ2016年4月号NO.58(「キムテヒ VS キムソヒ」)を掲載した。キム・ソヒさんは元女子プロゴルファー。
 一字違いの女優を探しきれなかったので。女優キム・テリさんのことを知っていれば、今回のように表題を『キムテヒ VS キムテリ』にしていたと思う。
 7月には、映画館にて、『ハルピン』を観た。初代韓国統監だった伊藤博文(ひとり韓国併合に反対していたが、自身がターゲットとされていることを認識すると暗殺される数か月前には併合案に同意してしまう)を暗殺した安重根の話(扮するはイケメン人気俳優ヒョンビン氏)。
 日本にとっては伊藤暗殺を契機に軍部が台頭していき、敗戦へまっしぐらの道を進ことになる。そんな安重根は、日本とってテロリストであり、よく言っても義兵に過ぎない。
 しかし、所変われば品変わる。国が変われば評価も変わる。韓国においては安重根は英雄。安重根役のヒョンビン氏も「私たちの映画で安重根将軍と同志たちがどのような辛い逆境にぶち当たっても、一歩一歩信念を持って進んだところ、結局は良い結果を作った。このように今からでも一丸となって一歩踏み出せば、より良い明日があると信じて疑わない」と発言している。子供の頃からそう教えられているし本心からの発言だと思う。万が一、本心でなくともそう言わなければ芸能人として命取りになろう。
 大韓民国の建国理念は、抗日闘争の勝利。その抗日闘争のシンボルが安重根であり、多分に美化されていよう。事件当日に既に銃創の位置から別の犯人の存在も示唆されており、他にも陰謀論があるが、真犯人はどうでもよい。象徴にするならある程度知名度ある者の方がふさわしいと言えるか。
 人気俳優ヒョンビン氏に対しては、ドラマ『愛の不時着』(2019年12月~2020年2月)で共演の2年後妻となる女優ソン・イェジンさんと最初に共演した映画『ザ・ネゴシエーション 』(2018年公開)をWOWOWで観て初めてその存在を知った。イケメンだけではなく精悍さもあるいい俳優だと感じた。
 昨年1月BSJapanext がBS10に変わり、そのBS10で最初に観た韓流ドラマが、若き日のヒョンビン氏主演のドラマ『シークレットガーデン』(2010年制作:最終回本人役でソン・イェジンさんがカメオ出演)。上記『ザ・ネゴシエーション 』(2018年公開)の36歳の彼から28歳の彼を観る私にとっては、役柄も関係しようが、チャラい、重厚感がなく、オーラがないと感じた。韓国の人にとっては彼の若い頃から順に観ており最初からイケメン俳優と人気を博していたのであろうが。

 そのドラマの内容に触れる前に、BS10で次に観た韓流ドラマについて少し触れる。それはナムグン・ミン氏がサングラスを掛けた変な弁護士の主人公を演ずる『わずか1000ウオンの弁護士』(2022年制作)。
 韓流映画では上述したが、韓流俳優では、韓流ドラマ『ストーブリーグ』(2019年制作)を観て以来ナムグン氏が私の一押し。イケメンなのでカメレオン俳優とは言わないが演技派(韓国では“演技の神”と称せられているとか)で、何を考えているかよくわからない、あるいは得体の知れない役どころを得意としている。そこに惹かれる。その割には本作は最初法曹コメディーかイメージが違うと思ったが、やはり単なるコメディーではなかった。
 キャストをみると、弁護士役(主人公の恋人で結ばれる前に殺される)で出演しているイ・チョンハさんとは、『昼と夜』(2020年制作)、『恋人』(2023/MBC)でも共演している。
  『復讐代行人』(2021年制作)、 『復讐代行人2』(2023年制作)の主役イ・ジェフン氏が本作の第10話にカメオ出演しているのを観て、びっくりした。調べてナムグン氏も『復讐代行人2』にゲスト出演しているようだ。『復讐代行人2』は全話観ているハズなのに気がつかなかった。
  本作『わずか1000ウオンの弁護士』を先に観ている、二人の関係をよく知る韓国の人々はくすくす笑っていただろう。
 そう言えばと、私は当時このサングラス姿の男性の登場場面に何の意味があるのかと疑問を抱いたことを思い出した。
ともあれ、共に私が好きな俳優同士が親友なのは喜ばしい。

 『シークレットガーデン』は、惹かれあう成年男女において二人の身体と心は入れ替わってしまう。入れ替わりの映画の元祖と言えるのは邦画『転校生』(1982年公開) か。
 原作は小学6年生の設定であるが、入れ替わることの動揺、困惑は、思春期の男女でなければと大林監督が中学3年生に設定し直した。実際ヒロイン役の当時17歳の小林聡美さんは4度裸になることに困惑していたという。
 それに対して、『シークレットガーデン』では、ヒョンビン氏が28歳で、ヒロイン役のハ・ジウォンさんは32歳。成人同士の入れ替えには無理があると思った。人気スター同士
の役柄では入れ替わった体に関心を持たない設定になってしまうが、それではリアル感がそがれてしまう(そう思うのは助平以上色ボケ未満の爺の私ぐらいか。老いも若きもヒョンビンファンの淑女たちはそんなことに気が回らないか)。
 成人同士の入れ替えではR-15にならざるを得ないが、邦画『愛のぬくもり』(2024年公開)では、男が、女の体に変わり、風呂場で女体をチェックする場面が出てくる。その女役を演じるのがグラビア出身の風吹ケイさんであった。
 初めてケイさんを知ったが、下記受賞作を読んでケイさんを主役にして映画化してはとの思いに至った。
 私は小説、とくに推理小説はあまり読まないが、世界最高峰のミステリー文学賞・ダガー賞〈翻訳部門〉を日本人作家の作品としては初めて王谷晶女史の『ババヤガの夜』(河出書房新社:2020年10月)が選ばれた。それで興味が湧き電子書籍版を購読した。
 暴力を唯一の趣味とする主人公新道依子は、ひょんなことから暴力団会長の一人娘を護衛することに。ギクシャクした関係ながら護衛をしている中で父親の会長が娘であるお嬢さんに近親相姦しようとするのを助け、二人で逃避行する。

 その過程で作者は女性の男性への変身願望を示唆するが、我々読者は当然170㎝、75キロの主人公依子だと思う。が、作者に上手く騙された。
 風吹ケイさんは167㎝ながらもっと大きく見えるので、主人公依子役で。お嬢さん役は清野菜名さんか浜辺美波さんでどうか。物語の前半バイオレンスが激しいのでR-15以上になると思うが是非映画化してもらいたいと思う。

 昨今の物価高の世は、銀行を早く辞めたことをもあり低額年金生活者の私にとって、世知辛い。妻の小言が小声でなくなり、無視は得策ではない。少しでも節約の姿勢を見せる。

 映画鑑賞は私の数少ない趣味の一つであり、Pontaパスにも加入し少し割引のある月曜日に映画を観ることにした。

 週一のTOHO映画館通いは継続していきたいと思う(たまにヒューマントラストシネマ有楽町へ。欧州映画を観る為に)。

 今回のアカデミー賞作品賞候補の中では、『ワン・バトル・アフター・アナザー』『ブゴニア』はすでに観ている。今後は日本及び米国アカデミー賞本年度受賞作品及び次年度候補作品を初め、話題作や問題作を中心に鑑賞していきたい。
(次回243号は4/1アップ予定)

2026.3 臨時号  NO.241    しょうひい VS   

        しょうひ

 2/8付衆議院総選挙は、自民党の大勝(198→316)、中道改革連合における旧立憲民主党の大惨敗(144→21)で終わる。

 予想外の結果に高市首相自身が一番驚いているかも。今選挙を私なりに振り返ってみたい。
 年明け衆院解散の噂が流れてきた頃、台湾有事発言で高市丸が出航の出鼻を挫かれた中、旧統一協会問題の再燃(文春による高市首相、最側近佐藤啓官房副長官の協会との蜜月報道)、2005年以降7回の衆院選で高市氏自身が代表を務める自民党支部から計6,474万円の寄付を受けた政治資金問題など、さらなる高市首相の高支持率を下げる要因が浮上していた。

 今般の衆院解散は高市首相の、党利党略、ではなく、個利個略と野党から批判された。
 高市首相は、自民党の正月三が日明けの世論調査で勝てると思い、野党に奇襲をかけたつもりが、立憲民主党と公明党の合流という急襲を受ける羽目に。加え、選対委員長の勝手に禊は終わったとして「裏金議員の比例復活容認方針」という悪手も(裏金議員43名「議員公認」+「比例重複」で帰結)。
 こうした中で、メディアは1/19高市首相の解散会見に注目した。2005年小泉首相の「郵政解散」会見は逆境を跳ね返し小泉旋風のきっかけとなった。その再来があるかと。
 小泉首相時代拉致問題を担当した元外務省審議官田中均氏はこの解散会見をうけ「高市首相の弁を聞いて空恐ろしくなった」と書き出した。そして「総選挙は自分が総理に相応しかどうか決める為という。責任ある積極財政も外交安保も実績を示すべきなのに、まず選挙と言う。対外関係は国際法無視を厭わないトランプ政権や、悪化した日中関係をどうするかという課題に一切言及ない」と指摘した。 
  直言居士の田中真紀子元外相とか、しがない一大学の先輩にすぎないのに「積極財政」ではハナから適任でないと言う不遜な私とかは例外として、主権者たる国民が判断するには当該政権による1年ほどの実績を見ないと首相にふさわしいか判断出来ない。
 今段階で「私が首相にふさわしいか」はメディアの世論調査で支持率が低いのならまだしも高支持率なのに700億円前後の税金を使って総選挙で問うことか。自身のSNSで国民に問えば済むこと。「首相の専権事項」と自民党が拡大解釈する「7条解散」のさらなる乱用、私物化と言われても仕方ない。他の同僚議員のことも考えない。自民党議員に嫌われるのは当たり前ではないかと思った。
 同じく、維新との連立を国民に信を問うというが、それは連立する前に信を問うべき。中選挙区でもないのに同じ選挙区にお互い候補を立てる連立なら、今意見を問われたら、自維連立は高市氏自身が首相になる為としか答えられない。
 

 出来ないと言っていた消費税減税について高市首相は消費財の内軽減税率8%の飲食品について消費税の対象外とすることを2年間やると言い出した(財源は国民会議へ丸投げか)。それなら与野党の基本的な考えが一致するから選挙よりそれを先行すべきと国民は思う。
 私はただでさえ財政難の中社会保障四経費(年金、医療、介護、少子化対策)に充当する消費税は廃止できないと思っている。実施すれば、さらなる円安、債券安・金利上昇をもたらすだけ。(5兆円規模のタラレバ財源にて)大風呂敷の消費税減税を焦点にして多額の税金を使って総選挙で論戦すべきものではない。
 与野党とも富裕層も含めたバラマキ減税を取り下げ、飲・食料を提供する店側にも迷惑をかけない、低所得者に限って現金給付すればよいだけと思うのだが(選挙となると与野党とも富裕層を外せないのか)。
 風吹けば桶屋が儲かる。消費税減税の風吹けば、庶民の暮らしは悪くなる。消費税減税をするという兆候だけで、外国市場は反応し、円の価値は下がり、金利は上昇する。さらなる物価高をもたらし、住宅ローンの金利も上がる。
 自民党は消費税減税が応急措置にもならない逆効果だと理解しているのでは。だが、あてにしてしまっている国民にそんな説明はできない。仕方なく消費税減税を主張する野党各党と足並みを揃えるフリをしているのでは(後で公約違反と言われないように「検討を加速」と)。ただ、危機感からか高市首相は年度内の成立を目指すと前のめり発言。後々自身の首を締めることになるのかも。
 国会で与野党が議論すべきは、抜本的な対策として「国家財政をこれ以上悪化させず、いかに経済を底上げさせるか」(民間企業に対して企業家精神を喚起させ、積極的に投資させる、その環境整備を図る)という難しい課題だ。

 8年に亘る安倍首相ー黒田日銀総裁体制の終焉時点で大きな負の遺産が今日の事態を招くことは分かっていたこと。国会議員は一体何をしていたのか。
 

 結局、高市首相は、頑張って、頑張って、演説文を用意して、長々と話したが、なぜ今解散総選挙なのかとの国民の問いに答えることが出来なかった。大義が見えない、長たらしい話に響くものは私にはなかった。会見を観ていた視聴者も沸いたのは「働いて 働いて・・・」の所だけでは。それも“二匹目のどじょう”で、「それなら解散せず早くやれ」との声も少なくなかったようだ。
 選挙の目標と言えば、与党で過半数(233)という。現状と同じ。自民党単独で過半数と言うべきところではないのか。わざわざ解散する意味があるのか。それも首相生命を賭けた背水の陣という。まるで負け戦に向かう武将みたいではないか。それでは、小泉首相のようにオセロの大勢を占める黒石を一挙に裏返し白石にするようなことは到底出来ない。
 会見翌日、時事通信も『「政治止まる」「ピンとこない」 有権者に戸惑い、諦めも 高市首相解散表明』との記事をうつ。小泉首相の会見との比較を口にしなくなった大手メディアも不発に終わったと感じたのであろう。
     実際左派毎日新聞の調査では、昨12月の調査より内閣支持率が10ポイントも下落し、57%になったと報じている。

 乾坤一擲の大勝負を左右する解散会見で高市首相は解散の大義を示すことが出来なかった。本来専門分野でない?中国研究大家の遠藤誉女史までも、1/22に発信し、解散の目的は高市人気が高いうちに裏金議員を復活させて、もともと派閥に入っていなかった高市氏が自らの派閥を「復活させてあげた裏金議員」で固め、党内基盤を強化して長期政権を維持したいという個人的野心でしかないと看破する(「高市政権である限り習近平の日本叩きは続く」ともいう)。

     さらに危機感からか1/28にも言わずにいられないと、高市氏は今や「世界の端っこで孤立する高市外交」へと転落しつつある。サナエ・ショックをスルーする日本の危なさを浮き彫りにしたい、と発信した。
 就任当初は国内にて「高市トレード」ともてはやされたが、「サナエ・ショック」で今や高市首相の「株」は大きく値下がりした。日本の波及効果(マイナスの影響)を受け、米国で株式・債券・為替が売られる「トリプル安」が起きている。米政権の高市政権の評価は台湾有事発言の頃よりさらに下がったのではないか。またもや誤算。
 

 本音を隠す表向きの大義を発信できないのは、タカ派も、積極財政も、借り物に見え、信念や信条がないポピュリストということも関係していると言えるか。その意味では、韓国の李在明大統領と似ている。  
 李大統領は、政治家として下から這い上がるため極端な発言や犯罪(容疑)までしてきたがトップに立った以上無茶する必要がない。進歩派の中ではイデオロギーもない異端児?であろうが、米中関係の変化に即応して上手く立ちまわっているとして国内で評価が高い。
 高市首相も世襲でもなく数が少ない女性議員でハンデがある中他者を踏み台にして来たなど同じ境遇でポピュリスト同士気が合う。日韓関係は上手く行くだろう。
 上を見てがむしゃらに山を登っていくのはよい。頂点に立ったら、富士山のように国民から見上げられる。トップに立てば李大統領のように変わらなければ。だが、高市首相は頭にプロペラを付けて独り舞い上がっていくように見える。
 これからは下を見るのだ。国民はもちろん、自身の為に働いてくれる自民党議員も官僚も。いつまでも自己チューで、他者に気遣いができないなら、トップに立つ者が持つべき資質がないと言われるだろう。高支持率はバブルでしかない。国民が首相の本質に気がつけばバブルは泡と消える。
 高市首相が他者の意見を聞かないのは、同じポピュリストのトランプ大統領とも似ている。
 他者の意見を聞かないトップのタイプには二通りある。一つは、自身より賢い者はいないと思う天才タイプ。さしずめテック企業の雄と言うべきイーロン・マスク氏。このタイプの経営者はトップダウン型の経営となる。
 もう一つのタイプは、自身の思い通りにしたいが、賢い者には言い負けるので、イエスマン以外賢い者を排除する。このタイプがトップダウン型の運営をすれば裸の王様になる。まさに今のトランプ大統領のごとく。
 頭が悪いと自覚する私が見ても、高市首相は今のままでは賢者とは言い難い。謙虚になり、自民党議員や有能な官僚たちに働いて、働いて貰えばよいのに。トランプ大統領を反面教師とするべきだ。
  高市首相は生みの親とも言える麻生副総裁にも解散について相談していない。筋を通す麻生副総裁は激怒したという。高市首相は野党に奇襲をかけたつもりだか、公明党と立憲民主党(以下「立憲」)が組み「中道改革連合」(以下「中道」)の立ち上げという反撃にあった。
 この時点では高市首相は一言も解散を口にしていない。読売新聞の誤報として読売新聞に借りをつくることもできた。
 なのに、表向きは、麻生副総裁は、高市首相の判断に賛同し、公明党票を当てにする議員のことに記者が触れると、公明党嫌いもあってか「選挙に強い議員は公明党の票をあてにしていない」と一喝した。公明党票頼りの議員の神経を逆なでして。 
 筋を通す麻生副総裁は、安倍首相であれ、高市首相であれ、「首相」に対しては反対しても最終的に同意することを矜持とするという。結果としては「吉」と出ても、今の永田町村には、議員も官僚も正しい方向に導ける、元官房長官故後藤田正晴のような政治的、精神的支柱となる長老がいない。

 選挙では、今まで自民党に入ってた公明党の票が中道に流れる。自民と維新との与党同士が85選挙区で潰し合う。冬将軍の中で高市親衛隊の若者・受験生が思うような力が発揮できるのか(ナチス・ドイツがソ連に奇襲をかけだが、冬将軍がナチスを追い返し、ヒトラーの権勢退潮への節目に)。

   さらに、ホクホク発言に有識者達は頭から湯気を立てる。

 政治学者中北浩爾氏は、政治評論家としては選挙期間中は中立スタンスかと思ったが、高市首相の「円安により外為特会の運用がホクホク状態」発言に対して2/1付「結局、高市政権の『積極財政』は、国と輸出産業が最優先で、消費者や輸入企業は二の次です。・・(中略)・・高市政権が物価高対策に熱心だというのは、イメージにすぎないと思います。」と批判投稿していた。

 また、翌日2/2付にて選挙期間中には異例の、みずほ銀行が「高市演説を受けて〜危うい現状認識〜」と題した、チーフマーケット・エコノミスト名義のリポートを発信した。

 高市首相はまたしても自身の発言がいかに内外にハレーションを起こすか思慮する能力に欠けることを露呈した。円安を止めるために介入した米国側も高市首相への心証をさらに悪くしたのではないか。

 何にしろ価値が下がって良いモノはあるか。円の価値が下がって喜ぶのは、首相以外は輸出業者と証券マンぐらいか。

 世界的投資家ジム・ロジャーズ氏は「通貨を下げた国に未来はない」と日本を悲観視している。
 さらに、2/1付NHK日曜生党首討論での高市首相ドタキャン、裏金議員公認等への反発など、総選挙で、与党が過半数を確保する可能性はあるも、自民党単独での過半数超えはない。迫力のない解散会見では小泉郵政解散の時のような風が吹いていないと思っていた。

 しかし、前後して、かの朝日新聞が自民党単独で大勝すると予測してから状況は一転した。ただ、創価学会の女子部の大攻勢がまだ始まっていないからとも思われたが、選挙の終盤になっても中道が巻き返したとの報道はなかった。

 
 そして、12/8総選挙の投票日を迎える。私自身は安倍政権以降自民党への批判票として基本自民党には入れない。が、前回2024年衆院総選挙では、直前の総裁選で私が初の女性首相ならこの人と思っていた上川陽子元外務大臣が立候補していたが、上川氏の東大の後輩にあたる松島みどり議員が推薦人に名を連ねていたこともあり、地元小選挙区は自民党の松島氏に投票していた。今回も、大学の後輩でもなく年下の(松島氏自身とはタイプが真逆の)高市首相を誕生させる為に身を粉にして奮闘した松島議員のその「利他精神」に敬意を表して、一票を投じた。比例は中道に。
 選挙結果は、自民党が大勝した。多くの有識者が批判しているのにこれ程の高市旋風になるとは思いもよらなかった(風はそんなに強く感じないが、旧立憲民主党の自滅の為か)。

 高市首相は、自ら信を問うと解散しておきながら、選挙中にも拘わらず政策面にほとんど触れず、唯一の党首論戦もドタキャン(したままでは「逃げた」と批判されても仕方がない。それが男性党首なら、その時点で信頼と支持を失う)。

 投票日の前日、英紙に「日本で選挙に勝ちたければ『はっきり話して、何も言うな』」と皮肉られた。それで大勝では日本の政治的民度も問われかねない。

 期待感だと言い株価も高騰しているが、一体何に期待が持てると言うのか。人民の生活を犠牲にして軍備を拡充する北朝鮮を目指すのか。米国からの要請に応えざるを得ないとしても、財政難の中経済力向上→防衛力の強化であるべきで、中国とは外交により良好な関係を構築すべき時なのに、不用意な発言で中国を怒らせ、それを放置し、却ってタカ派の人々の支持が増すとでも。高市首相は、有能だとしても、今必要とされる首相役としてはミスキャストではないのか(競馬で言えば、軽い馬場が得意な名牝が重馬場で走るのと同じ)。

 今回の選挙結果が出てからも、辛口で高市自民を支持した人々に呼びかけ続ける池田清彦先生を初め、批判した有識者達は歯がゆい思いをしているだろう。

 とくに学生や若者の情報弱者は、大手メディアに相手にされずSNSに活路を見出し大手メディアをオールドメディア(命名した青山繁晴議員の思いとは関係なく)と攻撃するネット右翼やインフルエンサーに感化され、「元気がいい」「話が短くわかりやすい」等イメージやキャラクターで高市首相を支持し、首相としての資質、政策の妥当性は顧みてないように見える。将来国の負債を余計に背負わされるのも気づかずに。

 中道は存在意義を認めてもらう時間がなかった。政策論議も高市首相に上手くかわされた。学会の女子部も立憲民主党支持者の大量離反を前にしてさすがになす術がなかったか。

 旧公明党は、高市首相を退陣させるつもりが、旧立憲の自滅(支持層が離反した)を招いただけに。

 これを見て、バブル崩壊後の銀行救済を思い出した。小さい銀行が大きい銀行を吸収する方式となった。それだと、大きい銀行の行員はプライドが許さず大勢辞めていく。

 ネーミングも旧代表同士の共同代表も、それでは斬新さが演出出来ない。共同代表を副代表としてその上に玉木国民民主党首をトップに立てるなら、国民の見る目も変わっていたかも。同じ連合という母をもつ兄弟ながら確執があり可能性は低かったが。   

 

 勝てば官軍。高市首相は続投する。ブレーキのない高市与党が世論の追い風に乗って暴走するのが懸念される。

 ただ、選挙民は裏金問題、旧統一教会問題に強い関心を示さなかったが、野党から高市首相の個人的問題を追及される(師匠の安倍首相の「モリカケ」、桜を見る会のごとく)。
 少数与党から脱却しても高市首相のやりたいことができる訳でもない。日本の為政者は、国内の有識者の批判は無視出来ても、外圧に弱い。高市首相の「積極財政」「対中国強硬」は、国際市場に加え、「ドル安、円高」「対中国対話・協調」を志向するトランプ大統領に阻まれよう。

 なお、どさくさに紛れて、リフレ派が「我々はデフレの時、今はインフレで積極財政はすべきでない」と高市政権を批判し自らを正当化する。リフレ派の大罪は、超低金利の下では量的拡大が(当たり前だが)効果がないと判かっても、止めようとしなかった、それが今日の円安の元凶であること。

 来月3月19日?に高市首相は訪米予定だという。世界に強固な日米同盟関係をアピールする為日本の首相としては国賓待遇だが裏では、選挙に大勝し若葉マークは取れたもののまだ危なっかしいとトランプ政権に高市氏本人が釘を刺されるだけかも。防衛費GDP比5%を要求されるも円安政策は容認されない。看板の積極財政は思うようにできない。高市首相は国民の目を逸らすよう防衛力の強化、憲法改正を国民に訴えていくのか。

 高市首相批判の急先鋒小沢一郎氏は、人格はともかく発言は的を射ている。高市首相の「当たり前の憲法改正」の行き着く先は「戦争を平然とできる国へ。公の秩序の名の下に人権が制限される国へ。自由にモノが言えなくなる国へ」であると、警鐘を鳴らしている。

 若者たちにとっては、スパイ防止法の制定や裁量労働制の見直しも高市政権への期待となるのか。

 自民党が大勝したのは、国民全体が右傾化しているとも言える(高市首相続投よりもこの方が怖い。戦争もバブルも世代が替わると同じ轍を踏む)。小沢氏は議員でなくなったが、戦争世代が全ていなくなる中警鐘を鳴らし続けてほしい。

 高市首相唯一の誤算、村上誠一郎元総務大臣も地獄の底から生き延びた。党内野党として大いに批判してもらいたい。

 中国は、高市首相の退陣を期待していたが、国民自体も右傾化し反中が国民の意思と捉え、より態度を硬化させるのか。欧米の中国詣でが続く中日本の孤立化が懸念される。


 今回の総選挙では自民党は解党的出直しとは言っていなかった。高市氏の高支持率下での選挙であるからか。

 しかし、いわば体格が大きくなっても中身が良くなるわけではない。高市首相人気だけが生命維持装置にて多臓器不全の状態は変わらない。依然として自民党は解党が避けられない段階にあると私はそう思っている。
 私は、2024年10月石破政権での衆院総選挙で惨敗した後の2025年4月号NO.224(「かんこくVSかんごく」)にて次のように述べている。
 日本はこれまで英米の二大政党制を手本とし、二大政党化を目指して、小選挙区制にも替えた。とくに小沢一郎議員が、自民党内の権力闘争に破れたこともあり自民党を離れたのち、主導的役割を果たし、紆余曲折のあと、旧民主党が創立され、二大政党制が実現した。
 しかし、その結果はどうか。オセロゲームのように簡単に政権交代が起こり、たまたまその時に与党の代表の者が首相となってしまう。生煮えの上素材が良くなければ、それをありがたく頂戴する国民はたまったもんではない。
 小選挙区制は、1強の自民党に有利となり、さらに一人区では世襲議員が有利となる。選挙での公認という生殺与奪権を握り、賢者でない世襲議員による長期独裁政権を可能とする。金権政治とか問題が多いと中選挙区制から替えたが、その中選挙区制より小選挙区制の方が問題が根深い。
 自民党が長期単独与党であった黄金時代では、能力と人望がある議員が派閥の長となり、派閥同士が競い合う。その中で、大企業の社長のごとく、幹事長、大蔵大臣、外務大臣等主要ポストを歴任した者(首相としての、いわば有資格者)の中から首相が選ばれる。と同時に派閥同士の牽制が民主主義のガードレールのもう一つである「組織的自制心」を維持させていた。
 立憲民主党の躍進により二大政党制が復活するかと思われたが、米韓の酷い現状を見るならば、短絡的としても噂される自民党と立憲民主党の大連立の方がよいかと思ってしまう(ゆくゆくは合同し“自立党”に)。

 民主主義の限界が今問われている。民主主義(多数決)の問題点の一つは、民主主義(多数決)は民度が一定という理想を前提としているが、実際は民度の高い層<民度の低い層(その矛盾をカバーすべく「間接選挙」がある。日本はそれが機能しているとは言えない)。
 もう一つの問題点は、多数決の限界。世論が80対20であれば、多数決に異論はなく、少数意見も尊重してと万事めでたし、めでたしで終わる。しかし、51対49では。49の方は多数決を認めず、接戦であればあるほど暴力行為に走ることが起きる。米国がその危機にあった。
 2020年の大統領選にて敗北したトランプ支持者たちが連邦議会議事堂を襲撃したが、2024年の大統領選ではトランプ氏が敗北すれば内戦になるとまで危惧されていた。韓国においても懸念された。大きな暴動は起きなかったが。
 政治的民度が深化すればするほど、支持者は陣営への支持が先鋭化し両陣営が対立激化となる傾向にあり、国民が二分する。米国、韓国に加え、政治的民度が高い英国においても2016年EUからの離脱(ブレグジット)で国民が分断した。 
 日本は、上記の国ほど政治的民度が成熟していない為そんな状況にはないが、二大政党制がそんなリスクを抱えているなら、あえて二大政党制の確立を目指す必要はないのでは。
 限界を迎えた民主主義に代わるものが見つからないのであれば、二大政党制、小選挙区制以前の時代に回帰するのがよいと思うのだが。

 奇しくも、二大政党制を主導した小沢一郎氏、初の二大政党制の相手方旧民主党の重鎮達が落選した。

 今は1955年~1993年の自民党と社会党との一党優位政党制(1と1/2政党制)の状態に近くなった。高市政権の運営如何ではまた自民党が議員数へ減らす可能性もある。その場合自民党と国民民主党と維新とが合体することもありうるか。

 中道は昔の社会党の位置づけでどうか。立憲と“雪駄の雪”でない本来の公明党とは、「護憲」「反世襲」「弱者に優しい政治」という面で相性がよいハズ(今回立憲が政権交代に目がくらみ公明党の歩調に合わせたのか。沖縄を見捨てたのかと言われては、本分を見失えばその存在価値は? 自民党と変わらないなら自民党だけでよい。公明党が本来の公明党に戻り立憲に合わせるべきだったと私はそう思う)。

 二大政党制を旗を降ろせば、中選挙区制に戻せはよい。自民党総裁が党内議員に対して「公認」という生殺与奪の権を行使できず独裁はできない。世襲議員の優位性もなくなる。

 中選挙区制であれば、旧立憲もこれほど議席数を減らしていない。

 大自民党には、「組織的競争原理」(切磋琢磨)と「組織的自制心」(相互理解・相互牽制)が前提となるが(黄金時代の自民党にはあった)、その為には、派閥に変わるグループが不可欠となる。今のままでは、新人議員も増え、ますます“”烏合の衆”化する。総理・総裁の暴走を制御できない。

 日本の与野党は、米国の共和党VS民主党ほどの主義・主張に差がない。官僚も、米国は大統領が直接上級職の官僚約3,500人?を指名できる。日本の官僚は変わらない。わざわざ二大政党化して、国民を分断させていく必要はどこにあるのか。「和をもって貴しと為す」大和の国と呼ばれた日本が。

 

 中国の共産党一党独裁政権は、日本の黄金時代の自民党一党長期政権とよく似ている。その中国の権威主義体制が見直され評価され始めた矢先、慶応大小嶋華津子法学部教授よれば、(清廉潔白な賢者と私が思う)胡錦濤前総書記がいわば民主主義とも言える「党内民主」を推し進め党員の無記名投票を実施したことが却ってアダになったとする。
 この投票の結果、習近平氏の得票が李克強氏の得票を上回ったことにより、胡錦濤総書記は、自らの腹心である李克強氏への権力委譲をあきらめざるを得なかったとする。
 李克強氏が亡くなってから、人民は天才肌・経済通の李前首相の方がよかったと言い出し、「死せる李克強生ける習近平を走らす」との事態を招いていた。 
 日本の大企業は、トップを決めるのに従業員に選ばせることはない。経営能力が高く従業員とその家族の生活を守ってくれるが近寄りがたいと思う候補より、経営能力は低いが優しく親しみやすい候補を選びがちになる為もある。
 政界再編の前に、自民党は、来る総裁選の前に、間接選挙の趣旨に沿い国民の縮図に過ぎない党員・党友を総裁選に参画させる現行制度を見直しすべきだ。

 「首相人気」という生命維持装置に頼って今の自民党が生きながらえても、それでは日本国は生き残れない。
(次回242号は3/10アップ予定)