2025.7臨時号NO.229 んりゅう VSんりゅう
 6/3の韓国大統領選挙の一週間後にソウルを訪れた。大統領選後の韓国社会の様子を視察に行った訳ではない。
 私自身両手ほどではないが、これまで片手以上にはソウルに訪れている。最初に訪れたのは35年前のバブルの頃。崩落したピンク色の百貨店にも訪れていた。当時ちょっとした日本ブームがあり、日式うどん店木曽屋にも視察した(日本の木曽路グループが進出したと思ったが無関係)。お嬢様学校梨花女子大学近くでスイーツの店を外から覗いたが、まだ生クリームではなくバタークリームのショートケーキが陳列されていた。日本より10数年遅れていると感じた。生クリームのケーキ店を出せば流行ると思ったものだ。
 それが今や「進化系クロワッサン」、「グリークヨーグルト」、猫プリンなど日本に情報発信するほど進化している。韓国は、この間一人当たりのGDPが日本を上回るほど経済成長した(グルメ、コスメ、エンタメは盛況。ただ、スポーツの分野では、野球、サッカーにおいて日本と拮抗していたが、最近日本と差が付きつつある。世界を席巻してきた女子ゴルフにおいても翳りが見受けられる)。
 これまでにも何度か妻に声をかけたが、韓国は反日との先入観とともに不埒な殿方の遊ぶ所との思いがあったのか韓国に全然関心を示さなかった。そんな妻が最近韓流ドラマに嵌り、昨秋韓国に行ってみたいと言い出した。最近私との旅行は不愉快になるだけと嫌がっていた妻が。
 気が変わらぬうちにと早速手配に着手した。いつも6ヶ月前には行程表を作り手配を開始する。それで6月訪問に向け飛行機とホテルとのパック商品を予約した。何ともバッドタイミングであった。予約したのが昨年12/3。その数時間後に韓国尹大統領が非常戒厳を宣布した。
 年金生活者にとって二人で5万円前後のキャンセル料は痛い。様子を見ることにした。
 尹大統領の非常戒厳による政治クーデーターは失敗に帰し、憲法裁判所の弾劾裁判の対象、内乱の首謀者の被疑者となった。これに対し、尹大統領を支持する一部の極右が暴徒化しソウル西部地裁を襲撃した。弾劾が可決されればさらなる大きな事態が懸念されたが、警察の警備が万全だったのか、可決されても大きな混乱は見られなかった。
 尹大統領の失職を受けての大統領選挙は6/3と決まった。訪韓の1週間前に当たるが、国民が拒絶感をもつ非常戒厳を起こした保守派が不利である中候補擁立で一本化出来ない(韓国通の鈴置高史氏は李俊錫候補が次を狙っているので一本化に応じないと言っていた)ことから進歩派の李在明氏が有利な状況にあった。さらに李在明候補は中道層を取り込むため反日姿勢を引っ込めていた。
 大統領選は大方の予想通りに終わった。李在明新大統領は4つの事件の被告人であり、6/18には早くも高裁差し戻しの裁判があり混乱が予想された。が、与党になった国民の力は数を頼んで臨時国会で「大統領に当選した被告の刑事裁判を在任中は中断する」条項を盛り込ませる刑事訴訟法改正案を可決させると見られた。が、その前に高裁が「不訴追特権」を適用し、混乱は回避された。
 1週間後の平日での滞在でもあり、デモや集会が行われる場所に近づかさえしなければ問題は起きないだろうと判断し予定通り6/10から訪韓することに決めた。進歩派の大統領が誕生してもいきなりソウル商人たちが反日姿勢に変わるはずもないとも思ったし。


 6/10の14時頃明洞に着いたが、平日なのに繁華街はごった返していた。大統領選の影響は微塵も感じなかった。日本人観光客も多くいた(韓国ではマスクをしている人はおらず日本人もマスクをしていない。日本語が飛び交うことで判断した)。タクシーの運転手さんに聞くと、大統領選当日前後は日本人は少なかったとのこと。
 明洞のマクドナルドのチラシを見ると、ビックマックの単品が5,500W。日本円に換算すると583円(10,000W=1,060円)  か。日本は480円なので、韓国の方が物価が高かそうだ(地下鉄、タクシー等交通インフラは安いが)。10年前は韓国の物価は日本の2/3と言われていたのに。
 観光と言えるほどの時間的余裕はなかったが、妻はピョルマダン図書館(江南の三成洞)、明洞大聖堂(明洞)には一見の価値があると言った。図書館はCOEXモールの中心に位置する地下1階から地上1階までのオープンな吹き抜け部分にあり、巨大な本棚群(蔵書5万冊)の壮観さに目を引く。キリスト教に縁のない我が夫婦は明洞大聖堂のステンドグラスが素晴らしいと感じたが、残念ながら写真撮影が禁止されていた。
 私自身は日本庶民の御用達グルメ店への再訪を楽しみにしていた。カンジャンケジャン(渡り蟹の醤油漬け)の真味食堂(麻浦・孔徳)は相変わらずの美味しさであった(予約がマストで予約代行に依頼した)。アワビ粥の多味粥(明洞)は移転前の店の方が良かったと思った。細い路地の先にある明洞多島海鮮に立ち寄ると廃墟になっていた。日本人御用達の店の方がコロナ禍の影響を大きく受け、明暗が別れているようだ。
 今回にて私が初めて気づいたことは、明洞夜市場(台湾の夜市)を探索していた時20時になろうとするのにまだ明るかったことだ。今まで韓国とは時差もないことから何となく東京と同じと思っていたが、ソウルと東京では日没が1時間も違う。

 ソウルは東経126°59′、北緯37°34′  で日没は19:54。東京は東経139°41′、北緯35°41′で日没は18:58 。経度で1度東に進む毎に、時間にして4分ずつ日没が早くなるという。経度は13度違うからそれで52分も違ってくる。

 さらに、6/11いきなり警報音が鳴り響きスマホを見ると、「緊急速報」と漢字で書かれていた(本文はハングルで分らず)。大地震か政変かと訝り直ぐにフロントに確認したが、警察が明洞周辺の人々に人探しの協力を求めるメールだという。何も外国の観光客にまで送らなくても思うが、システム的に無理なのか。ともあれ韓国事情を垣間見た。 

 現職大統領が非常戒厳を宣布して民主主義を危機に晒し、韓国社会が混乱に陥ったことからWOWOWにおいても5月に韓流映画「韓国の民主化」の特集を組んでいた。
 史実に沿って並べると、1979年10月26日に起きた朴正熙大統領暗殺事件を再現した『KCIA 南山の部長たち』(2020年公開)。独裁軍事政権が倒れ民主化が期待され、そう呼ばれた『ソウルの春』(2023年公開)。軍の中で全斗煥率いる反乱軍が鎮圧軍のと戦いに勝利しクーデターが成功したため、ソウルの春は桜のごとく早く散ることになる。
 1980年5月17日クーデーターにより既に全軍を掌握した全斗煥による戒厳令が発令され、それに対する反発から翌日の光州市での民主化を要求する市民が多数虐殺された『光州5・18』(2007年公開) 。全斗煥軍部独裁政権が大統領直接選挙への改憲を求める民衆を弾圧した『1987、ある闘いの真実』 (2017年)。全斗煥が院政を引くべく親友の盧泰愚大統領に禅定すべく改憲を拒否した「4・13護憲措置」 を発表し、さらに民主化を求めるソウル大学生が治安本部にて拷問され、それが隠ぺいされたことから、独裁政権への抗議が全国的に広がった。全斗煥大統領は大統領直接選挙制改憲実現などの一連の民主化措置を約束する「6・29宣言」をせざるを得なくなった。市民側の勝利。 
 『KCIA 南山の部長たち』は映画館で、『光州5・18』はWOWOWで前に観ていたが、今回『1987、ある闘いの真実』 と『ソウルの春』を観た。
 韓国の民主主義は市民が多大な犠牲を払った上で勝ち取ったことが分る。日本の民主主義の移行に犠牲を払ったことはなかったのか。戦後GHQが戦前の軍部主導の全体主義体制を崩壊させるために民主主義を植え付けた。
 戦争に日本が負けていなかったら軍部主導の政治体制は変わらなかった。いわば、“豊かな北朝鮮”というところか。徴兵制も存続し、国に盾突けば特高警察や憲兵に拷問・弾圧されていたことだろう。
 日本は市民が勝ち取ったとは言えないが、中国、満州、東南アジアでの戦闘、悲惨な沖縄での地上戦、本土での大空襲、広島・長崎への原爆投下などにおいて韓国民主化に伴う犠牲者よりはるかに多い日本人が犠牲となった。日本は民主主義を得る為に多大かつ無残な代償を払ったとみることもできるだろう。今の若者にはそんな認識はないだろうが。

 連合国軍最高司令官マッカーサーによって、天皇制を存続させただけではなく、戦勝国からの日本に対する分割統治要求を退け実質米国の一括間接支配により、ソ連による北海道分割統治が阻止された。その身代わりとばかりに朝鮮半島が38度線を境に分断された(日本からすれば南朝鮮としての韓国は共産圏からの脅威に対する壁となってくれたと言える)。 

 1950年に勃発した朝鮮戦争は停戦し休戦協定が結ばれるも終戦を意味する平和条約が結ばれていない。いまだ韓国は北朝鮮と戦争状態にあると言える。北朝鮮に与した、与させられた者は疎外され、そこに韓国民の分断の根っこがあるのか。今も徴兵制度により若者男子は2年弱の兵役に服している(世界的な人気グループBTSのメンバーさえも)。男女間の分断の一つの要因になっている。
 緊張感ある環境に加え軍事独裁政権から民主化を勝ち取ったことから韓国民の政治的民度は高い。大統領を直接選ぶことからも大統領選も大きな盛り上がりを見せる。今回の投票率はほぼ80%だとか。
 ただ、大統領を国民が直接選ぶ直接選挙の問題点が浮彫になっている。政治家経験のない者がいきなり大統領になり、国を混乱させる。米国のトランプ大統領(1.0)しかり。以前は自由と平等に反するが、共和党の重鎮がそんな素人のポピュリストの出馬を阻止していたのだが。ウクライナではコメディアンから大統領になったゼレンスキー氏が自身の保身の為に戦争に舵を切った。検事出身の韓国尹前大統領は非常戒厳を宣布した。まさか文民大統領が。軍部の戒厳令によるクーデーターの悪夢を国民は蘇らせたであろう。
 さらに、裁判で有罪判決を受けたものが、米・韓で大統領になれる。日本では考えられないことだが。
 日本は、首相は間接選挙。憲法第67号にて「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」 と定められている。
 過去から日本も直接選挙「首相公選制」との声が何度か上がったが、海外の状況を見れば、公選制を導入しなくて良かったのではないか。
 日本国民は自ら勝ち取ったとの意識はない。終戦が傘寿を迎えた今の若者は民主主義は当たり前のものとなっている。民主主義は壊れるとの不安も抱いていない。政治に対する関心は低い。
 その一方で、中途半端な民主主義では、戦前の全体主義体制における「お上に逆らってはいけない」との因習が残っているか。政権に不満ががあっても声を上げにくい。メディアも及び腰(長期政権を許し日本を地盤沈下させた)。
 芸能人に政治的発言を許さない風潮も日本の政治が盛り上がらない要因の一つかも知れない。米国ではトランプ大統領に対して敵対的な態度のロックスター・ブルース・スプリングスティーン氏や民主党支持を訴える世界的人気歌手テイラー・スイフトさんを初め芸能人は積極的に政治的発言をする。韓国も人気スターの政治的発言に対して、発言するより、しない方が批判される。
 日本では、いまだに芸能人が政治的発言することをよしとしない。2020年「♯検察庁法改正案に抗議します」とのハッシュタグが立ち珍しく大勢の芸能人が抗議の声を挙げたが。それに対して「芸能人は政治に口出しするな」と人気歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさんが右派からの攻撃ターゲットとされた(メディアは、報道しても、その攻撃に対して声高に批判することはない)。これを見て芸能人たちのマネジャーは政治発言は慎むようにとアドバイスしたのではないか。
 直接政治的発言をしなくてもである。俳優の佐藤浩市氏が、映画『空母いぶき』(2019年公開)の公開前インタビューでをめぐって、総理大臣役を演じるにあたり、「彼(劇中の総理大臣)はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです」と答えたという。安倍首相をモデルにとか揶揄する発言はしていない。それなのに右派の作家は「三流役者が、えらそうに!」と言い放ち、出版社の社長が「最初から首相を貶(おとし)める政治的な目的で首相役を演じている映画など観たくもない」と批判したという。
 佐藤氏発言を誤解あるいは曲解したとしても、許される批判は、「首相を批判するのは自由だが、持病を揶揄するのは人としていかがなものか」ぐらいなのに。

 日本の政治的民度に加え、大統領直接選挙の動向をみて、首相を直接選挙で選ぶことは避けるべきであると誰しもそう思うのではないか。しかし、現実には日本も直接選挙に近いものになっているのである。
 先の自民党総裁選にて、自民党国会議員の中で嫌われている二人が総裁の椅子を争った。石破茂議員と高市早苗議員との間にて決戦投票が。どちらがまだましかとの選択に終わる。
 そして、石破自民党総裁が内閣総理大臣に就任した。それで我々国民はなぜ石破氏が嫌われているのかを理解することになる。
 高齢化社会にて医療費が年々高騰していく中高額療養費制度の自己負担上限額引き上げが先送りされた。
 厚労省が受益者負担を引き上げること自体は悪いとは言えない。それが患者たちにどんな影響があるか考えるのが政治家の役割。公表する前に厚労省とよくその辺を詰める必要がある。それで決まれば、首相は一旦表明した限り反対意見が出ててもよほどのことがない限り押し通すものではないのか。
 それが、野党や患者などから反対意見が出ると、初めて気が付いたのか、もしくは高を括っていたのか、「長期的に治療を要する患者の負担額を増やさず据え置き」と方針変更する。そしてまた「8月に引き上げはするが、来年度以降は再検討」とさらに方針を変更する。それも「8月からの上限額引き上げを見送る」と再々方針変更し、結局問題の先送り。国民からだけではなく、医療保険財政の逼迫に苦慮する厚労省からも信頼を失う。 
 先の衆議院選挙にて少数与党に転落した主因とも言える「非公認候補にも実質2,000万円の支給」に対してメディアが批判すると怒りをみせ、唯一の味方である国民を敵に回す。参議院選挙を前に野党が求める「消費税減税」をしないとする首相に野党が何もしていないと詰め寄られれば、気色ばむ。優柔不断だが、プライドを傷つけられたら感情を露わにするのか。
 信念がないのか、信念があっても貫くをことが出来ないのか、石破総理が所信表明で言及した石橋(湛山)元総理と石破総理は一字違いで大違い。

 参議院議員の半数が任期満了を迎える7/28より前(7/20?)に参議院選挙が行われる。消費税減税、基礎年金の底上げ等を要求する野党に対する石破首相の答弁はまるで財務省官僚の様。視聴者の印象はすこぶる悪かった。それでも筋を通せばよいのに、参院選対策として低所得者だけならまだしも無意味な富裕層にも2万円給付という、いわゆる“ばら撒き”をする。物価高は安倍首相ー黒田日銀総裁体制による国債の乱発と(財政ファイナンスと呼ぶべき)日銀引き受けにより日本財政への国際的信頼が低下したことによる円安が主因なのに。

 筋を通さない嫌われ者は存在価値が問われてしまう。

 石破降ろしの急先鋒旧安倍派参議院議員西田昌司氏が意図不明の「ひめゆりの塔」発言で自爆。政権ではなく自民党自体を破損。
 参議院選挙でも自民党は惨敗するのではないか。与党が続くとしても、石破総理・総裁は辞任することになるだろうと思った。
 そうなると、いつも「次の総裁に誰がよいか」とのアンケートでは、メディアがどんな調査をしているか分らないが、WEB上には河野太郎元デジタル大臣や小泉進次郎農水大臣の名が上位に挙がる。私などはこんな政治的民度では直接選挙は到底無理と思っていた。
 前総裁選の折には、河野氏に代わって石破氏の名が浮上していた。石破氏は党内野党的な立場で批判しているのを正論を吐いていると皮相的に好感を覚えたのであろう。
 自民党の総裁を決めるのだからどんな決め方をしようと勝手とはいえ、実質自民党総裁=内閣総理大臣と言える。ならば、総裁選に党員・党友を参加させるのはどうなのか(辞任の場合は任期満了とは違い党員・党友のウエイトは小さくなるが)。前総裁選で嫌われ者同士の決戦になったことを見ても。
 「党員」でも問題があるのに「党友」までも。自民党のファンクラブ会員に過ぎないのに「総裁選への参画」という特典が与えられている。AKB選抜総選挙の投票権じゃあるまいに。
 前にも述べたが、自民党総裁選を本選に進む候補を決める予備選(直接選挙)と総裁を選ぶ本選(間接選挙)の二つに分ける。予備選は党員・党友も参加させることにする。本選では予備選の1位~5位までの候補者の中から「国会議員だけ」で投票させる。過半数に達する候補者がいない時は上位2名の決戦投票とすべきではないか。

 ところが、最近風向きが変わってきた。石破政権の支持率が下がり続ける中米価は高騰し続け国民から不満が上がる中江藤前農水大臣が「米を買ったことがない」との軽率発言が、政権をさらに窮地にと思われた。が、何と「禍い転じて福となす」の事態に。
 石破首相は後任に人気のある小泉進次郎元農水大臣を起用した。小泉大臣の緊急時における随時契約における安価な備蓄米の放出に庶民は大歓迎。父親を彷彿させる「小泉劇場」の様相を呈している。石破政権の支持率も少し回復した。

 私が生まれた1950年に池田隼人大蔵大臣が米価高騰の折「貧乏人は麦を食え」と言ったと曲解報道され、辞任に追い込まれた。今回の備蓄米放出はいわば緊急避難的措置であり、米価高騰の抜本的な解決策ではない。ブランド米はともかくブレンド米が庶民の口に入りづらい状況が続けば、「貧乏人は備蓄米(古米)を食え」と言うのかと庶民は非難し出すだろう。ただ、それは参院選が終わったその先だろう。
 小泉大臣は参院選の選挙の顔となると皆そう思うだろう。しかし、選挙目当てで小泉大臣を首相にするようなマネはしてはならぬ(私は小泉大臣が首相になることは望んでいない。が、いい様に利用されてつぶされることも見たくない)。

 国民が国の顔にもなってほしいと思うなら、天才宰相田中角栄でさえも階段を登った、幹事長、大蔵(現財務)大臣、外務大臣への王道を踏ませなければ。それに小泉大臣が合格しなければ(父親の純一郎元総理が総裁選出馬は50歳を過ぎてからと忠告するのはそういう意味だろう)。
 世襲を王道の過程をすっ飛ばす免罪符にしてはいけない。

 一方、野党にはアゲインストの風が吹いてきている。支持率が高かった国民民主党も「好事魔多し」で玉木雄一郎代表自ら不倫問題起こして以降参院選への問題候補の擁立や玉木代表の備蓄米「エサ米」発言等で支持率を急落させている。
 内閣不信任案を出し可決されるなら石破政権は衆参同時解散選挙に打って出るのが分っているのに、これ以上支持率が下がる前にと思うのか玉木代表は犬猿?の立憲民主党に内閣不信任案の提出を呼びかける。頭は良いが自身が一番大事なナルシスト?の玉木代表は公僕である政治家や官僚には向いていないと私はそう思う。
 野党第一党立憲民主党は参院選を前にアピール出来る成果がないことから、自公が丸呑みした年金制度改革法案でポイントを稼ぐつもりが、「あんこのないアンパンに毒入りあんこを入れたのか」かと厚生年金の積立金活用による基礎年金の底上げが「厚生年金の流用」とネット民からバッシングを受け、裏目となった。

 このような情勢と自民党との大同連立も噂されている中では、党内から強い要請もあるが野田佳彦代表は内閣不信任案の提出はしないのではないかと思ったが、昨晩野田代表は不信任案の提出は見送ると表明した。
 かくして、参院選は自公で過半数を確保し、石破政権は延命の芽が出てきた。同じ嫌われるのなら、“石不破”ではなく、石のような殻を破り石破色を出せばと思う。メディアに「嫌われ者世に憚る」と言われるほどに。
(次回230号は7/10アップ予定)

2025.7  NO.228      おいでやすこが  VS           おいでやすこが
 卒職すると、過去を振り返る。とくに子供の頃のことを思い出すことが多くなった。フジTV水曜『ホンマでっか!?TV』でお馴染みの池田清彦先生は近著『人間は老いを克服できない』(角川新書)にて「残りの人生が有限だと悟った人は、未来のことは考えたくないので、過去にばかり目が行くようになる」と宣う。身も蓋もないが、反論できない。
 フジTV日曜『ザ・ノンフィクション』で新宿2丁目にあった深夜食堂(惜しまれつつ閉店)の名物女将は「不幸せと思う者は昔を思い出さない」と言っていた。この方が気分がいい。慎ましやかな生活ながら私は倖せだと思っているということか。ひとえに妻のお蔭だと思うが、その7歳下の妻はあと20年生きるだろう。まだ先が長い妻は、振り返らず、前を見ている。私が逝った後のことを(旅行に行くと、写真ぎらいで嫌がる、もうすぐ75歳になる私を妻は撮ろうとする。遺影にする為に)。

 

 私の家にテレビが来たのは小学校4年になった頃。大好きだったTVドラマ『月光仮面』(1958年2月~1959年7月)は、家では観られず、日曜の夜うどん屋で卵とじうどん(当時10円?)を食べながら観るか、親しいお家に観せてもらっていた。
 その頃両親と一緒の部屋で寝ていた。ラジオを聞いて寝るのだが、神戸の貧乏長屋の住人にクラッシック音楽を聴く趣味はない。歌謡曲では、故三橋美智也が『りんご村から』『哀愁列車』『古城』等ヒット曲を連発していた(『星屑の街』がヒットしたのをよく覚えているが、調べると1962年でありもうテレビがあったハズだが、寝る前はラジオを聴いていたのかもしれない)。他には、浪曲も放送されていたが、漫才を聞いて就寝していた。
 鮮明に今でも覚えていることがある。三人姉妹の歌謡漫才『かしまし娘』が、冒頭「うちら陽気なかしまし娘・・・」と唄い出し、漫才の最後には「それでは皆様ごきげんよう」と歌い終わる。その最後の一小節を私が大声で真似て両親が大笑いした。
 落語は大学生の頃故六代目三遊亭圓生、故三代目古今亭志ん朝、上方では、四天王の内故三代目桂米朝、故三代目桂春団治や明石家さんまさんの師匠故笑福亭松之助が好きで、関心があったが、それ以降しだいに興味が薄れ、今日まで関心を持つことはなかった。

 漫才は子供の頃から、ずっと濃淡はあれど関心を持ち続けている。「しゃべくり漫才」のスタイルを発明し、今につながる漫才の形式の基礎を作ったとされる漫才コンビ『横山エンタツ・花菱アチャコ』は私が物心ついたころには漫才をしていなかった。喜劇映画でアチャコを見た記憶があり「滅茶苦茶でごじゃりまするがな」のギャグは覚えている。当時好きな男性コンビは、『中田ダイマル・ラケット』『夢路いとし・喜味こいし』であった。
 そして月日が経ち1980年~82年に漫才ブームが起こる。お笑い第2世代と呼ばれる『B&B』、『紳助・竜助』、『ツービート』を中心として、しゃべくり漫才のあり方を大きく変える。服装がカジュアルになる。それまでは男性コンビはスーツにネクタイが多かった。ボケとツッコミが互いに声を掛け合うスタイルから、ネタを書いた方(ボケ担当?)が一方的にしゃべり倒すやり方が主流になっていく。掛け合い漫才は念入りなリハーサルが必要だが、「一方的にしゃべり倒すやり方」では事前リハは必ずしも必要としないのか。第3世代『ダウンタウン』の浜田雅功さんは、寄席で松本人志さんの冒頭の数言を聞いて「今日はこのネタをやるんや」と理解し合わせていたという。第6世代『NON STYLE』では、ネタを書く石田明さんではなく、相方の井上裕介さんが、その日の進行を決めている。事前リハもしないという。

 第7世代のお笑い男女コンビ『蛙亭』のネタ担当のイワクラさんは新ネタを書いても相方中野周平さんに説明しないという。「こんなダメな男を演じて」と言うだけで中野さんは期待以上のパーフォーマンスを見せてくれると中野さんに信頼を置く。

 一方、同じ男女コンビ『ラランド』のネタ担当サーヤさんは相方で「怠惰」が服を着ている?西田亘輝さんが足を引っ張るだけで役立たないことに業を煮やす。それでサーヤこと門倉早彩さんは、自身を社長とする会社を起こし、西田さんが普段から背負っているリュックサックに広告を掲出できる、西田さんを「歩く広告塔」にするサービスを始めたとされた(結局ネタだと思うのだが)。

 米国では故マイケル・ジャクソンが1982年12月、移籍後から2作目のソロ・アルバムとなる『スリラー』を発表。ミュージック・ビデオの最高傑作として名を残している。音楽を聴かせるものから視聴させるものに、より音楽を魅せるものにした。
 革命的変革をもたらした故エルヴィス・プレスリーは、B&Bや、ブルース、ゴスペルなどの黒人音楽を基に、カントリー・アンド・ウェスタンやブルーグラスなど白人の音楽スタイルを融合させた「ロックンロール」で一世を風靡した。腰をくねらせ足を激しく動かしギターを弾くさまは若い女性観客を興奮のるつぼとさせた(3年前公開された映画『エルヴィス』は激しい人種差別の中白人が黒人のマネをするのかと世の激しい反発を受け苦悩するエルヴィスを描く)。その音楽性はビートルズに受け継がれ、ポップ・ロックとして今やクラッシックになったと言え、ビートルズの活動期を過ぎて生まれた若い世代の心も掴む(まだ新型コロナ禍がない8、9年前の話だが、私の息子と変わらない年の知り合いがジヨン・レノンの命日12/8に開催される追悼イベントに毎年仕事を休んで博多から上京していた)。
 セックスアピールを伴うエンターテナー性はビートルズではなくマイケルに受け継がれたと言えるか。薬で亡くなった点も。心と体との痛みの違いはあれど。
 日本においても、1979年末の紅白歌合戦でジュディ・オングさんがヒット曲『魅せられて』で両手の手を広げると鳥のように袖が扇状に広がる白のドレスを着用の上歌唱し、観客が魅せられた。1981年になると小林幸子さんが紅白で『迷い鳥』で出演時「鳥」をイメージして、手を広げると、鳥が大きな翼を広げたように見える衣装が観客からの好感触を得てそれから年々豪華な衣装になり美川憲一さんとの衣装対決が紅白の名物となって行く(なお、衣装対決における美川憲一さんとの不仲は「演出」と、後年小林さんが宮迫博之さんのYouTubeチャンネルで明かしている)。

 情報媒体の進化、IT進展による音楽の世界で起きた変化はお笑い第2世代以降における漫才の世界でも起きている。
 借金問題が話題にのぼる夫婦漫才『かつみ♥さゆり』の夫かつみさんは(ネット記事で)「明石家さんまさんたちの『第2世代』は、15~20分間しっかり漫才をして、爆笑をとらなければだめ。テレビが中心のぼくら『第3世代』は、舞台で15分かけて千人を笑わすより、テレビの前の人たちに4分間で笑いを届けるほうが重要になった。今の『第7世代』は、SNSの時代。1分とか、15秒とかなんですよね。」と言う。
 その中で、お笑い第6世代の『オリエンタルラジオ』がリズム漫才と言われる「武勇伝ネタ」で大ブレークした。その後第7世代『霜降り明星』のボケ担当の『せいや』はセンターマイクから離れて動き回り、同『マヂカルラブリー』に至っては、M-1グランプリにおいて、ボケ担当の野田光さんがしゃべらずに動き回るため「あれは漫才に該当するのか、コントではないのか」とネット上で優勝に賛否が分かれた。

    漫才の中には、「コント漫才」が前から存在している。「コント」との違いは、「コント」は小道具を使い、「コント漫才」は小道具を使わない。従って優勝したことに問題はない。ただ、個人的には私は、漫才は話芸だと思っているので、しゃべくり漫才の方が好きである。
 演芸会ならぬ講演会においても、文系の先生は喋るだけで聴衆を感動させたり笑わせたりする。理系の先生はプロジェクターを使い、表、写真、動画を見せて話をすることが普通だ。聞き手が1人でなければそれも立派な「講演」であり、「講義」だと揶揄しないが、文系の先生の話の方が好きだ。

 私は古い人間なのだろう。視聴するマイケルより聴くだけで満足なビートルズの方が好きだ(と言いながら、助平以上色ボケ未満の爺の私は韓国歌手兼ユーチューバーのYOYOMIさんの踊りながら歌う動画を嬉し気に観ているが)。

 漫才の中には、キレ芸もある。キレ芸の元祖は、わたし的には、『人生幸朗・生恵幸子』の夫婦によるボヤキ漫才と思っている。故幸朗師匠が「責任者出てこい!」と声を荒げると、妻の故幸子師匠がたしなめる。
『カンニング竹山』は、相方で親友の故中島忠幸が白血病で亡くなって以来、テレビでは竹山さんはひな壇芸人として登場することが多い。中島に対する想いもあろうが、次のネタに移るのにピンでは振り上げた拳を降ろすのがマッチポンプでは難しいのではないか。
 キレ芸の『おいでやす小田』と歌ネタ芸の『こがけん』とがコラボしたユニット『おいでやすこが』が人気を博している。ピン芸人としての弱点を互いにカバーしあい、1+1=3というところか。小田芳裕さんは私生活でも大きな声で怒鳴ることはあるのか。

 自衛隊出身という異色ながら今や大人気の女ピン芸人『やす子』と顔が似ていると互いに認め合う『かまいたち』の山内健司さんがイタズラ心で、「おいで、やす子が来るから」と“こがけん”こと古賀憲太郎さんから小田さんに電話させると、着いた店で小田さんは山内さんを見て、「やす子と違うんかい!?」と大きな声で怒るんだろうか。

 TBS『ラヴィット!』MCの川島明さんが一緒に焼肉に行ったがキャラと同じで二度と行かないと言っていたが。

 漫才ではないが、カラオケが好きな私は、歌ウマ芸人も好きである。歌マネの女王荒牧陽子さんは、シンガーソングライターとして大成叶わず、歌マネの世界に入る。その女王から有望株としてお墨付きを得た?河邑ミクさんも歌を得意とする。ひとりコントがメインのピン芸人であるが、TV番組『千鳥の鬼レンチャン』(カラオケのサビ部分を10曲連続音を全く外さず歌い切ると、鬼レンチャンとして100万円を獲得できる)に出場し、歌手(May J.さん、荒牧陽子さん、丘みどりさんなど)以外で初めて100万円を獲得した。
 お笑い男女コンビ『ポンポコ』のボケ担当の女芸人『高木ひとみ〇』も「歌ウマ芸人」として評価されている。漫才での金切声を発するエキセントリックな芸風と違い歌は正統派だ。

 度肝を抜く物まねの『キンタロー。』は歌もうまい。「私が嫌いでも・・・」とデビューしたての頃は好きではなかったが、今は天才女芸人と思っている。女芸人は結婚したり、子供ができると女芸人としての良さが消えがち(男芸人もイジリづらくなる)であるが、結婚し二女を儲けた彼女はさらに増してはちゃけている。
 男性の歌うウマ芸人としては、鬼レンチャンにも出場した『Mr.シャチホコ』を挙げる。和田アキ子さんの物まねで人気が出たが、『ミスチル』を歌いこなせる歌のうまさに驚かされる。似すぎて明石家さんまさん本人から嫌がられている?『ほいけんた』さんも歌がうまい。さんまさんの顔で(ダミ声ではなく)郷ひろみさんにそっくりにきれいな歌声で歌うのを視聴するとそのギャップの可笑しさに笑いを抑えられない。
 頭の良し悪しは基本「記憶力」。若い頃東大法学部の大学院に在籍の人と卓を囲む機会があった。共通の友人から(TVドラマ『競争の番人』で坂口健太郎さん扮する主人公のごとく)一度読んだだけで覚えてしまうと紹介された(麻雀は上手いとは思わなかったが)。

 歌は「音程」がそれにあたるか。ひとりカラオケを10年以上励んでいる私は、絶対音感を持つ4歳上の兄と違って音楽の才能もないが、それでも感情表現はそれなりに豊かになる。ビブラートも自然に身に付き採点機器に褒められたりしてくる。しかし、音程は進歩しない。10年以上週一で歌っていれば、DAMAi採点で90点を越える曲も増えてくるが、故シナトラの『My Way』では、とくに音程に注意して歌っている訳ではないとはいえ、全国平均点(やや難曲で81点台)よりは高いが90点に辿り着いたことがない。ゴルフのパターと同じで練習すれば名手になるものではない。音程は天賦の才能だ。鬼レンチャンに出られる芸人も才人だ。
 男芸人の中には、女の子にモテたいがため芸人になりたまたま人気が出ただけだと見くびっていた芸人もいた。が、TV番組『プレバト!』を観るようになってから、千原ジュニアさん(俳句、美術)、レイザーラモンHGさん(絵画)等を観て、テレビに出ている芸人は才能豊かな天才達ばかりだと思うようになった。
 以上。なに? いつものオチがないってか。問題提起や批判のことか。「笑う門には福来る」に尽きる。「クリープの入っていないコーヒーなんて」(このCMは若い人は知らないか)と言う人もたまにはブラックコーヒーも乙なものではないか。ちゃうやろか。

(次回NO.229は6/20アップ予定)

2025.6  NO.227  だ VS  な
 私はこの8月75歳になりいよいよ後期高齢者入りする。これまでは私はガキがそのまま爺になったような男なので年齢を感じなかった。

 カラオケも、演歌の方がレパートリーは豊富だが、(今どきの若い人の曲は無理とはいえ)ゆずの『栄光の架橋』。チェッカーズの『ジュリアに傷心』。スピッツの『チェリー』。荻野目洋子さんの『ダンシング・ヒーロー』も。いきものがかりの『YELL』は「持ち歌を歌わないで!」と娘がむくれる。娘の旦那らは呆れ顔。
 肉体的には、髪もさすがに白髪も交じってきたがまだ髪量は少なくない。太ってもいない。加えて若作りだし。でも、新型コロナ禍が明けてもマスクがとれなくなった。長い間見せてなく素顔を世間に晒すのに抵抗感が生じた私なのだ。

 ブ男なのは今に始まった事ではない。毎日が日曜で自己肯定感が低下したのか、男性ホルモンの枯渇で男としての自信がなくなったのか、分らないが。さらに白内障手術で視力が回復し目の下の弛みに愕然としマスクに加えサングラスをかけるようになった。年齢不詳にはなる(不審者と思われてはとコンビニ等ではサングラスは外すが)。
 妻から自身が何歳か鏡を見たらとよく言われるが、鏡を見ようとしない。顔を洗う時も、歯を磨く時も。外出の際の整髪の時は目の焦点は髪に。鏡を見て現実を直視できない。より客観的な写真を見ると落ち込んでしまう。
  40歳過ぎると自身の顔に責任を持てという。恥じることない人生を歩んできたつもりなのに、この顔では納得できないし責任が持てない。母親を恨みたいところだが、母には生前「可愛く産んであげたのに」と責任放棄された。
 大人の女性は毎日顔をじっくり観察している。化粧をすれば美人でなくともそれなりに私はイケてると皆思っているに違いない。そのポジティブさが羨ましい(顔出ししない若手人気歌手のAdoさんは街中ではマスクもせず素顔で歩いているのか気になる)。
 5月3日で結婚44周年を迎えた。「光陰矢の如し」とはよく言ったものだ。今年末不惑の年を迎える娘が小さい頃TVで故岸部四郎を観て妻が娘にパパが出てると言うと本当だと娘が応じたという。10年前には妻は吉本新喜劇の小藪千豊氏に似てると私に言った。もっとも妻のオチは「両方とも向こうの方がいいけどね」である。今妻は鏡を見ろと言うばかり。
 一緒にTVを観てると、妻は前期高齢者ながらイケメンを観て大はしゃぎ。ふと疑問が湧いた。今まで「良い人よと言う銀行の先輩女子行員達に騙された」としか聞いていない。改めて何でイケメンを選ばず俺と結婚したのかと聞くと「イケメンは心配だから」との返事。恋愛と結婚は別というありふれた話を、今頃になって。
 ある朝私が食卓で日テレ天気予報キャスターのハーフタレント(今3月卒業)を観て、いつにも増して可愛く見え「ああ、可愛い!」と思わず声が出てしまった。他意はなかったのに、妻は「可愛いから出てるに決まっているでしょ!?」と怒りまかせに私を詰る。女心は年を取らないみたいだ。
 
 こんな私が「年寄りなんだ!」と自覚するのは、同世代の芸能人が亡くなったとき。2023年10月から、2歳上の故谷村新司、同学年の故もんたよしのり、同年末には同い年の故八代亜紀(訃報に一番驚いた)と人気歌手が相次いで亡くなった。

 2024年11月には「モテ男の代名詞」と言われた一つ上の故火野正平が逝く。次は自分の番かと寿命を身近に感じる。
 (顔を隠した)外見は老人に見えなくとも中身は歴とした老人。男は「歯」「目」「マラ」(陰茎の隠語)の順番に老い衰えると言われる。マラにおける状況については、前々号のNO.225(「かん VS がん」)に書いているので、名誉でもないことを二度書きするつもりはない。
 「歯」は、出来損ないの私は頭、顔だけでなく歯並びも悪い。老いどころか小学校の頃から、敗者が良い、でなかった、歯医者通い。磨き方も悪いが、上手く磨けないところがある。虫歯になる。直ぐに歯医者にいけば良いが、歯痛で寝られない状態にならないと行こうとしない。癌は自己免疫力で自然治癒することも稀にあるが、虫歯はほっといては自然治癒することはなくどんどん奥に浸食するだけ。
 分っちゃいるけど直ぐに嫌いな歯医者に行けない。30歳で結婚しその披露宴の写真を見るとどれも私は口を開けていない。上の前歯が欠けており、晴れ舞台なのに口を開けて笑えなかった。
 今は上も下も右も左も奥の2本は差し歯もダメになり抜いている。入れ歯は嫌で、これ以上櫛の歯が欠けるように抜けていくのを避けるために毎夜糸ようじを使うようになった。もっとも上はほとんどが差し歯で歯と歯の間に糸ようじが通らないが。

 「芸能人は歯が命」とはCMでの話。実際は歯より「目が命」だと思う。とくに女優などにおいては。大きな目や魅力的な目は美人の必要条件か。しかし、老化すると目がしょぼしょぼしてくる。目の下もたるんでくる。
 私は、小学校の時まで視力は両眼1.2あった。中学校に上がるとその頃背が伸びず(高校生になると年々10㎝以上伸びたのだが)、背が小さかったこともあるのか教室の最前列のど真ん中で、教壇に立つ教師から唾が飛んでくるような席に座っていた。その辺から目が悪くなり、高校に上がると頭のよい生徒たちに負けまいと人一倍勉学に勤しんだ(今にして思えば、要領、効率が悪くやたら時間が長かっただけ)のでド近眼になってしまった。
 牛乳瓶の底のような分厚いレンズのメガネが嫌で大学生の時にコンタクトレンズ(以下「コンタクト」)にした。バスに乗ったとき当時流行っていたミニスカートから太ももが大きく眼に飛び込んできたので、ドキッとしたことを覚えている。
 社会人になると一定期間毎にメガネにしたりコンタクトに替えたりとしていた。

 コンタクトでも伊達メガネをかけた。美人はメガネをかけない方がよいと言われ、ブ男はメガネを掛けるように言われる。妻からメガネなしでは見られないとディスられていた。
 そうこうしてるうちに50歳になると目の病気になり眼医者から免疫力が落ちてくるので異物であるコンタクトは止めるように言われた。と同時に、白内障、緑内障の症状も出ていると指摘された(白内障等の治療については近々「はいしゃVSめいしゃ」で触れる予定)。
 50歳を過ぎると目の病気とともに涙腺も緩んでくる。元来泣きみそ(「よく泣く」の方言)であったが、妻の前では結婚して25年ほど涙を見せることはなかった。が、2005年末封切の邦画『男たちの大和/YAMATO』(長渕剛さんが歌う主題歌『CLOSE YOUR EYES』はカラオケでの私の十八番の一つ) を妻と一緒に劇場で観たとき、涙を浮かべ妻がそっとハンカチを差し出してくれた。男としての妻へのつっぱりも無くなっていたのかもしれない。
 今の歳になると、自らのことで哀しいとか悔しいとか涙することはもうない。TVを観て、もらい泣きしたり、感動して泪することが多い。昨年末YouTubeで観た、年賀づくりのCM『島の郵便屋さん』 での主演の俳優古舘寛治さんと子役泉谷星奈ちゃん(目黒蓮さん主演のフジテレビ系ドラマ『海のはじまり』で娘の海役で天才子役との呼び声も)の二人の微笑ましい交流に涙目になる。若い時自身の子供以外小さい子供を見ても何にも思わなかったが、孫が出来た今他の小さな子を見てもかわいいと思う。人並みに爺になったかと実感する(私が成長したのではなく、人類の代替わりの摂理による本能に過ぎないが)。
  
 プロ歌手の歌を聴いてもよく涙をこぼす。
 歌手小柳ゆきさんは18歳の時2000年11月の東京ドーム球場での日米野球の開催に際し日米両国歌を独唱した。そのTV放送がYouTubeに乗っているが、小柳さんが歌い上げる米国歌『星条旗』を聴いて感動し泪する。

 今は米国に憧れなど抱いていないが、米国は五輪などで金メダルを多くとるので米国歌は聴き馴染み気に入っている。

 『星条旗』の歌詞は1812年の米英戦争(第二次独立戦争) における史実が元になっているという。それで国別対抗の競技などにはマッチしているのかもしれない。ただ、小柳さんのこの独唱(上記以外米国歌は歌っていない?)を除いて他の歌手らの米国歌を聴いても涙は出ない。
 その時の小柳さんの歌唱には、今でも外国人YouTuber達が外国人でも上手く歌えない難曲を完璧に歌いこなすと絶賛している(その驚きと感動が私の涙腺も刺激するのか)。
 故ホイットニー・ヒューストンの歌い方に似ているとも言われるが、154㎝の小さな日本女性がなぜそんな声量と歌唱力があるのか、天才としか言いようがない。
 なお、日本国歌『君が代』も独唱されたが、こちらは私にとっては、バタ臭い感じがあり好みではない。君が代はソプラノ歌手野々村彩乃さんが高校3先生の時に選抜高校野球での独唱が厳かで好きである(プロとしての君が代はこちら)。
 最近歌手歌心りえさんがさだまさしさんの『道化師のソネット』を歌うのを視聴して 感銘を受けた。この曲は当然前から知っていた。ただ、私は『精霊流し』『秋桜』『無縁坂』(一人カラオケする前は宴会ではこの曲一択)などの哀調を帯びた曲が好きだったので、私にはのびやかな曲に聞こえ、あまり聴いていなかった。
 りえさんは、実力があるも日の目を見ぬ時期が長く続くが、夫に支えられ、娘を生きがいに歌を捨てず夢を諦めなかった。2024年4月~5月の韓国ケーブルテレビ局MBNでの『日韓歌王戦』で花開いた。日本人より先に韓国人が虜になった。
 高い歌唱力とまるでりえさんの人生かと思わせる歌詞が私を含め聴き手の涙を誘う。りえさんが20代でこの歌を歌ったとしたらこれほど感銘は受けなかったかもしれない。
 天才さだまさしさんの歌の中では、『償い』 を聴いては涙を流す。この曲は2002年2月東京地裁において少年2人に対して実刑判決が下された折被告人2人に対し「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と裁判長が歌謡曲の具体名を挙げ異例の訓戒を述べた。それがマスコミに取り上げられ、さだファンでなくとも多くの人がこの曲を知ることとなった。 
  歌詞の中の「僕」が同僚である「彼」の交通事故を起こした経緯とその後の償いの日々をさださんが朗読するかのように謡う(私が唄うとお経のようになってしまう)。そして7年後遺族の奥さんからの手紙が届き「彼」はありがたいと泣く。

 クライマックスで「僕」の感極まった心の震えをさださんが熱唱して終わる。「神様って思わず僕は叫んでいた 彼は許されたと思っていいのですか」「人間って哀しいねだってみんなやさしい それが傷つけあってかばいあって」を聴くところで、泣くまいと思うも私はいつも涙がこぼれてしまう(一人カラオケでしか歌わないが、歌っている時難曲を歌いこなすのに必死で泣く余裕がない)。
 この歌詞はさださんの知人の女性が交通事故で夫を亡くした実話に基づいて書かれているという。
 我が妻の親戚に被害者の母親がいる。内向的な娘によかれと思い、夏休み愚図る娘に無理にプールに行かせた。トラックに跳ねられ亡くなった。遺族である母親は、娘を失うだけではない。無理に行かせなければよかったと、自責の念と後悔は口には出さずとも生涯続くだろう。加害者の運転手も罪を償っても断末魔の悲鳴は耳から消えることはないハズだ。
 何げない日常が突然修羅場に変わることは自動車事故だけではない。ビルの清掃でも起こりうる。清掃が完了したと思い電源を復旧したらビルの屋上にある送風機の中のプロペラを清掃していた同僚が巻き込まれて死亡した事故を私は知っている。
 同じ仕事を毎日していればマンネリになりがち。自戒の一つとして、定期的にこの『償い』を聴いてはどうだろうか。

 「歯・目・マラ」の諺は、いつ、だれが言ったか分らない。たぶん今のように認知症が問題になるほど長生きしない時代に流行ったのであろう。
 歯も目もマラも老化で機能が落ちる分には、生活の質は落ちるが、命に直結しないし、人間の尊厳を失うまでには至らない。しかし、脳が老化で壊れると、命も危ないし、認知症になれば人間としての尊厳を失われてしまう。
 年取ると丸くなると言われるが、性格が穏やかになるのではない。性格は変わらない。男は男性ホルモンが枯渇していき攻撃性が弱まるだけだと思う。ただ、前頭葉も機能が落ちるから、自制が利かない場合が起こりうる。兵庫県知事選を前に記者たちを前に相生市長が机を叩いて激怒したが、地元では普段温厚だと見られているという。

  仕事から離れ日々穏やかに過ごしている私も、最近元々短気ではあるとはいえ激怒する姿を晒してはいけない所で晒してしまい、長男を困惑させた。あとで怒りを上手く制御できないことに我ながら違和感を覚えた。
 私を長男は表立って非難しない。呆れる妻も私を見捨てようとはしない。「仲良くしようね」と私が言っても無理!といつも即答する妻ながらこれからも連れ添ってくれるだろう。
 若い頃記憶力だけはまだいい方だと思っていたが、最近検索しようと思いパソコンに向かうとはて何をしようと思ったのかわからなくなる。後で思い出すのだが、その内思い出さなくなるだろう。

 センセーショナルに「がんと闘うな!」と問題提起した医師故近藤誠の思いが少し分ったような気がする。

 無理やり癌にはなれないが、後期高齢者入りを機により積極的な癌予防は止めることにした。癌の罹患に気づかず気づいた時は末期癌でよい。治療せず緩和ケアに身を委ねたい。

 とはいえ、軟弱な私は前立腺がん認定の前から17年間続けてきた3ヶ月に一度のPSA(前立腺がん腫瘍マーカー)検査をスパッとは止められない。今年から年に一度に変えた。80歳で生きてたらPSA検査は絶対受けないとの確信はあるが。

 病院も替え、担当医師に「認知症で家族に迷惑をかける前に癌で逝く方がいい」と言うと、否定はされず「妻より早く逝きたいよね」と返してくれた。

 思うに、前期高齢者は老人の予備軍。後期高齢者からが真の老人。老人の癌は天寿に基づく自爆装置の作動に過ぎない。80歳過ぎて亡くなれば癌名などを公表せず、「天寿を全うした」だけでよいではないかと私は思う(若者の癌は自爆装置の誤作動か。克服して人生を謳歌して欲しい)。
 「歯・目・マラ」は、歯や目は女も同じ、最後だけ男に関するもの。男の衰えを揶揄しているだけだ。諺として男の為の教訓とするなら「歯・目・マラ・頭」に替えた方が良いのではないか。
(次回228号は6/1アップ予定)

2025.6臨時号 NO.226 プーン  VS プーン 
 世界のために米国が犠牲になっていると仕掛けた「トランプ関税」政策に対して大方の国が譲歩の姿勢を見せる中、米中においては関税戦争の様相を呈している。

 その一方で、ウクライナ戦争においては、トランプ大統領が、公約通り停戦に向け主導的働きをみせている。ノーベル平和賞受賞の為だと批判する人たちもいるが。
 3年経ち我慢の限界に達しているウクライナの住民に一時的にしろ平和が訪れる。海外に逃れた人たちが故国に戻れる希望が湧くことは嬉しいに違いない。
 たとえ売名行為であろうと(売名行為では俳優杉良太郎氏のように何十年も奉仕活動はできないが)被災地に出向き炊き出しなど奉仕活動する芸能人を、ただ同情するだけの私は素晴らしいと評価する。
    私欲があろうとなかろうと早期に停戦させる力がトランプ大統領にしかないのなら、彼に期待するしかない(米国より中立的な中国は戦争が続く方が自国にとって都合が良いので仲介には積極的ではないだろう)。
 ただ、平和の使者であるべきトランプ大統領が停戦の見返りに鉱物資源やザポリージャ原発における利権を求める言動は、果たして ノルウェー・ノーベル委員会がノーベル平和賞に値すると認定するかは分らない。

 停戦に向けた、2月末米ウ首脳会談でゼレンスキー大統領がトランプ大統領を怒らせ、会談は決裂した。
 プーチン大統領から「任期切れで正当性のないゼレンスキー大統領は交渉のテーブルにつく資格がない」と言われても、ゼレンスキー大統領は、大統領選をすれば、人気の高いザルジニー前軍総司令官(現駐英大使)に負けると思い、大統領選はしたくない(ウクライナで取材した大和大学社会学部佐々木正明教授も「ゼレンスキー大統領への支持も信頼も国全体で落ちている」という)。そのためには戦争を継続させるしかない。
 戦争継続に、「米国の代理戦争をしてるのだから、勝手に停戦交渉しないでくれ。親子のウクライナ利権疑惑をぶちまけるぞ!?」と言えるのは、裏で糸引いたバイデン前大統領に対してだけ(もっともバイデン大統領は退任直前に息子ら家族に予防的恩赦を与えている)。トランプ大統領には戦争を続けたいからさらなる支援をと哀願するところだが。
 哀願どころか、早期停戦を図るトランプ大統領に停戦の条件として安全の保障を要求する(「安全保障が担保されれば辞任してもいい」とゼレンスキー大統領は言うが、そんな条件をトランプ大統領が呑めばロシアが停戦に応じないと見込んでいるとしか思えない)。
    保身の為戦争に舵を切ったと見ているので、ゼレンスキー大統領に対しては私は一貫として手厳しい。

   言い合いになった会談は仕組まれたとの見方もあるが、そもそもゼレンスキー大統領には政治家としての常識がない。スーツ着用に従わないし冒頭で感謝の意も述べない。カメラの前で言葉を荒げる。会談中トランプ大統領でさえしない腕組みをする(私も腕組みする癖があった。社団法人にいた頃理事との会議にて腕組みすると偉そうな態度を取るな!とトップから注意を受けた)。
 米国頼みなのにトランプ大統領に対し喧嘩腰のような態度をとれば、ロシアからはピエロみたいと揶揄されても仕方がない。会談決裂の後米国のウクライナへの軍事・情報支援が一時的に停止された。すると、ドランプ大統領はゼレンスキー大統領から「鉱物と安全保障協定にいつでも署名する」という書簡を受け取ったと連邦議会での施政方針演説の中で報告された(ウクライナの大統領報道官は、「書簡」ではなくゼレンスキー氏のSNS投稿だと訂正したが、発言内容ついては否定していない)。
 ゼレンスキー大統領への懲罰的な米国支援の停止にて軍事支援だけではなく情報支援もストップさせた。そのおかげでロシア側の停戦への障害になっているウクライナに占領されていたクルスク州を奪還の目途がついたのかもしれない(ウクライナは交渉材料にしたかったのだが)。  
  3/11サウジでの米ウの高官会議で、追い込まれたゼレンスキー大統領は30日間停戦に合意した。30日間では大統領選挙は無理であり、軍事体制も立て直せると考えてのことだろう。それを見透かしたようにプーチン大統領は、トランプ大統領との停戦協議において「エネルギー施設への一時的な攻撃停止」しか呑んでいない(それも露ウ双方遵守していようだが)。
 ともあれ、断末魔でいきり立つゼレンスキー大統領が諦めるまで時間が必要。さらに優位に立ったプーチン大統領の停戦へのハードルがより高くなったことも影響しよう。
 トランプ大統領はキリスト教世界では大事なイースター(復活祭)の4/20までに停戦させたいとしていたが、少し時間がかかることになった。
  来年7/4の米建国記念日は建国250周年。トランプ大統領はその時でもいいと思っているのでは。11月の中間選挙の直前でもあるし。ウクライナ国民にとっては気の毒な話だが。
 
 ウクライナ戦争については、左派とみられるBS番組で、BS-TBS『報道1930』は連日軍事ジャーナリスト、防衛研究所職員、自衛隊幹部OBらによってロシアの侵攻以降の戦況を解説していた。BS朝日『日曜スクープ』も同じような顔ぶれと内容で昨年末あたりまで毎週取り上げていた。
 戦況分析等は防衛省内で議論すればよい話。戦争反対がほとんどの日本国民に“東アジアのウクライナ”になるからとして覚悟を求めているのか。軍事力の増強が必要と訴えているのか。右派のテレビ局ならまだしもTBS、テレ朝の報道姿勢を訝しく思った(両番組も今年に入って戦況報道が少なくなった。バイデン民主党政権の終焉と関係があるのか)。
 BS番組があまり報じない歴史的な背景をみると、1991年末ソ連が崩壊しロシアとなったが、ロシアを刺激したくないとNATO側は東方拡大には消極的であったが、米クリントン大統領( 1993年1月 – 2001年1月)が東方拡大を主張し出した。
 それに対し、2000年に大統領になったプーチン氏は、当時欧州の一員になりたいと思っていたという。1999年に英国防大臣からNATO事務総長に就任したローバトソン氏によると、2001年の初会談でプーチン大統領は「私はロシアを西ヨーロッパの一部にしたい」と言ったとする。2003年3月始まったイラク戦争においても、独仏と一緒になってロシアは米国が主張するイラク侵攻に反対し、戦闘終了後における、米国主導による復興を主張する米国に対して反発する独仏との間においては仲介役の立場となり、和解させた。米国、NATOとは協調関係にあった。
 しかし、プーチン大統領と波長があったロバートソンNATO事務総長が2003年末に退任すると事態が暗転していく。Wikipediaによれば、ロバートソン氏は後年回顧し、米ブッシュ政権がロシアとの全面的な協力関係を構築しようとせず、プーチン大統領が望んでいたのに、NATOは彼を西側に引き止める機会を失ってしまったと述べている。
  2004年3月NATOにはエストニア,ラトビア,リトアニア,スロバキア,スロベニア, ブルガリア,ルーマニアが新たに加盟している。旧東欧諸国にとっては、引き続きロシアの支配下に入っても経済発展が望めない。EUに入り、ロシアからの脅威からもNATO入りするのは無理もない。それを認めたくないプーチン大統領は東方拡大だとNATOに逆恨みに似た感情を抱く。アンデルセン童話と違い、同じ白鳥なのにみにくいアヒルの子扱いかと態度を硬化させただろう。
 プーチン氏が大統領になった2000年NATO加盟国は19カ国であったが、上述7カ国も含め現在まで13カ国増加し32カ国にもなっている。
  米ソの対立は終焉したが、新たな米ロの対立に変わっただけなのだ。とくに、ウクライナ戦争においては、国対国ではなく、NATOを恐れ(国境を接することを嫌い、最後の砦・ウクライナを線ではなく面による緩衝地帯としたい)、「NATOの東方不拡大」「世界の多極化」(囲碁型世界観)を一貫して主張するプーチン大統領と民主主義の宗主、世界の警察力(その看板をオバマ元大統領が降ろしたハズなのに)をもって世界の盟主を誇示したい(将棋型世界観)バイデン前大統領との闘いなのだ。そのバイデン前大統領にウクライナのゼレンスキー大統領は利用されただけと私はみている。互いに蛇蝎のごとく嫌いあうバイデン大統領とプーチン大統領が決闘でもすれば、大勢の人々が死ぬことはなかったのにと思う。
 2014年3月のロシアによるクリミアへの侵攻においても、その1カ月前にマイダン革命(首都キーウで勃発したウクライナ政府側とデモ参加者の暴力的衝突)により、親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領が失脚し、親欧米派のポロシェンコ元外相が大統領が選出された。プーチン大統領はその報復でクリミアに侵攻したと見られる。
  さらにマイダン革命に抗議して,東部ドンバス地方の親ロ派住民が決起し、ウクライナ軍と戦闘状態となり、ロシア軍も参戦する。クリミアはロシアに併合され,東部ドンバスは,和平実現を目指す「ミンスク合意」が締結されてもウクライナは合意履行しなかった。
 その2014年9月のミンスク合意について、ドイツのメルケル前首相は2022年12月「ミンスク合意は,ウクライナに軍備・軍事力強大化のための時間を与える為のものだった」と暴露した。2015年に見直し更新された「ミンスク合意2」以降も,実行されるどころか親ロ派ロシア人への攻撃は一層激化した。2021年にバイデン政権に代わるとゼレンスキー大統領は「ミンスク合意2は実行しない」と声明してロシアを挑発し,ドンバスでの親ロシア派への攻撃を一層強めていた。
 親欧米派ポロシェンコ大統領が退任する前の2019年2月に憲法が改正され、「将来的にはEU、NATO加盟を目指す方針」が憲法に明記されてしまった。“知の巨人”エマニュエル・トッド氏の当戦争観を支持する中国研究の大家遠藤誉女史によれば、「バイデン大統領が副大統領時代に操った傀儡の親米派ポロシェンコ前大統領(2014年6月~2019年5月)にそうさせた」とする。
 プーチン大統領からNATOに対する中立化を守れば、EUへの加盟、武装も構わないと言われていたのに、ゼレンスキー大統領にとっては、上記憲法改正が足枷となっていた。
 結局ロシアとの戦争を選択し、NATOへの非加盟、領土割譲、非武装を停戦条件にされてしまいそう。戦争しない方がよほどましだった。
 日本人は喧嘩両成敗。2022年度アカデミー賞の席上で著名俳優ウイル・スミス氏が妻の病気による容貌を人気コメディアンが揶揄したこと怒りそのコメディアンを万座の前で平手打ちにした。米国人はスミス氏だけを非難したが、我々日本人なら怒らせることをしたコメディアンをも批判する。相互に謝罪させ和解させる。
 そんな日本人であるハズの軍事ジャーナリスト、自衛隊OBやメディアも殴ったロシアしか批判しかしない。殴る前の背景には触れようとせず、ウクライナや米国・NATOには苦言すらしない。

 米国との報復合戦の過熱を望まない中国習近平総書記は関税戦争に勝者はいないと言ったが、兄弟争いのような、戦争する必要のないウクライナ戦争に、勝者はいない。
 ゼレンスキー大統領は代理戦争だから米国が支援するのは当然との思いがあろうが、トランプ大統領には通用しない。
 トランプ大統領が大統領選で勝利した時点でゼレンスキー大統領の運命は決まっている。
 ゼレンスキー大統領は圧倒的な人気で大統領に就任したが、素人大統領の哀しさで支持率が20%台に落ち込む。「将来的にはEU、NATO加盟を目指す方針」が憲法に明記されてしまっている中でNATO中立化を国民に問うのは自滅行為となる。それでも何とかプーチン大統領に対して融和的な関係を保てばよかったが、保身を優先させ対ロシア強硬路線に舵を切ってしまった(米ウ会談を見てもゼレンスキー大統領には「外交」センスに欠ける。政治家というより軍人と言える)。
 ありえない核保有大国に対する非核小国の戦争の代償は、ウクライナ国民の多大な犠牲と言える。

 戦争を起こした為政者はアドレナリンが治まった国民から捨てられる。たとえ戦争に勝利しても。第二次世界大戦にて硝煙弾雨の中疎開せず兵士と市民を鼓舞し続けた英国王と二人三脚で(直ぐに降伏したフランスと違い)ナチス・ドイツに降伏せず戦い抜いた英雄・チャーチル首相でさえ、戦後選挙のアヤもあれど、首相の座を追われた。ましてや敗戦に近いのであれば。ゼレンスキー大統領は自らの置かれた立場をよく理解しているだろう。
 
 トランプ大統領が上述の施政方針演説の中でバイデン前大統領の名を挙げて10数回批判したのは異例であり下品と批判する声が上がった。確かにそうだが、私は(トランプ氏が本心にて2020大統領選に不正があったと思っているかは分らないが)自身が再選されていればとのトランプ大統領の心情は理解できる。
 米国は世界の警察官の座を降りたとオバマ民主党大統領が宣言した。後任のトランプ共和党大統領は、それに従ったかのように戦争を起こさなかった。そのオバマ大統領の下で副大統領だったバイデン大統領が、警察官を降りたのに裏で糸を引きゼレンスキー大統領に代理戦争させた。それもウクライナに勝たせるのではなく、ウクライナを犠牲にしてロシアを弱体化させる為に。それは、無様なアフガニスタンからの撤退と併せて世界の覇権国としての米国の威信を損ない、戦争による世界的な穀物、エネルギーの高騰も相まってグローバルサウスの諸国からの信頼も失ったであろう。
 ロシアをウクライナとの戦争に引きずり込む為に、米国は参戦しないとバイデン大統領が事前に言ったことも最悪。米国が核戦争を恐れているとロシアや反米諸国に思わせた。環境破壊の20世紀の遺物であるべき核兵器がゾンビのごとく蘇った。戦争抑止の為の張り子の虎だったものが実践使用のリスクを高めてしまった。バイデン大統領は。
 1994年のブダペスト覚書では、ウクライナが核兵器を放棄することと引き換えに、調印当事者の英国、米国、ロシアに対しウクライナの領土一体性に対して、軍事力を行使または利用しないことを保障する義務を科した。それをロシアが破り、英米も代理戦争では保障を履行したとは言えない。
 核開発を進める北朝鮮もイランも、核を放棄しては、リビアやウクライナの二の舞になるとの思いを一層強くしたであろう。とくに、北朝鮮は、朝鮮戦争で「大国は頼るに足らず」を痛感した。ソ連に南朝鮮侵攻の許可を求めたがなかなか許可されず、あげく最終的にソ連は許可するも兵を出さなかった。中国は、参戦してくれたが、北朝鮮国土がぼろぼろになり戦争を止めたいのに止めさせてもらえなかった。
 自国を守れるのは核だとして憲法に明記した(核保有のロシアが負ければ、金王朝が核開発の為に貧しい生活を強いられた人民に倒される。積極的にロシアを支援するのは外貨獲得や実践訓練のメリットだけではなかろう)。
 今後(米本土への攻撃を恐れる)米国を牽制するために、ICBMや原潜の開発により注力するでは(なお、金正恩総書記は核を盾にしか考えていない。金王朝の存続の為に。一私見に過ぎないが、表舞台で愛娘を披露する権力者は戦争しない。トランプ大統領も)。
 核保有大国と非核小国のありえない戦争が現実に起きた。その結果は予想通りの展開になった。非核国は核保有国に自国が狙われたらと不安になるだろう。自国で核開発するか核保有国と同盟するかを検討することになるのか。その場合、グローバルサウスの中で核保有国のインドをグローバルサウスの諸国は選ぶのか。核廃絶とは正反対の流れに。
 バイデン氏ならトランプ氏に勝てるとの幻想が、民主党を4年も思考停止させ、大統領選を完敗させた。トランプ陣営の乾杯を招いた。
 ウクライナ戦争でバイデン大統領は、米国の威信低下と民主党の退潮をもたらしただけ。米軍産複合体は兵器の在庫を一掃出来たかも知れないが。

 プーチン大統領は、ゼレンスキー大統領の敵対的言動に我慢がならなかったとしてもバイデン大統領でなければ、側近も兄弟戦争に反対していたから、戦争することはなかったであろう。
 同じ囲碁型世界観のトランプ氏(ただし世界一の覇権国としての米国を前提とした多極化)なら、ウクライナ戦争は起きず、ロシア経済の弱体化、軍事における戦略・戦術面劣化の露呈もなかった。
 NATOを恐れ国境を接することを嫌っていたのに、戦争したばかりに、1,300キロに亘って国境を接するフィンランドのNATO入りを招き、NATOの一員として国境を接することに至った。
 ウクライナ戦争に手一杯で親ロ派のシリア・アサド政権の崩壊を防げなかった(シリア国内にあるロシア軍基地は西部ラタキア県のフメイミム空軍基地と地中海沿岸のタルトゥース海軍基地の2カ所ある。とくにタルトゥース基地はロシアにとって地中海で唯一の修理・補給拠点で、孤立化は避けたいところ) 。
 プーチン大統領も、戦争には負けなかったとしても、アドレナリンが治まった国民からの支持は低下する。それでも終身大統領として君臨し続けるだろう。が、死後は、批判され銅像を破壊された独裁者スターリンと同じ運命を辿るのかもしれない。
 
  NATO諸国を見ると、2021年からのコロナ禍の後遺症と言えるグローバル・インフレーションに加え、ウクライナ戦争による穀物・エネルギへの高騰により、国民の政権に対する不満が高まった。その中で主要国の英国では総選挙において最大野党・労働党が勝利し、14年ぶりに保守党政権から政権を奪取した。ドイツとフランスでは、与党が転落し、マクロン大統領はなんとか権力を維持するもドイツのショルツ首相は退陣に追い込まれた。その一方で両国とも極右と呼ばれるポピュリズム政党が躍進した。 

 欧州の極右は、「ウクライナ戦争反対」「移民排斥」において、トランプ大統領と共鳴している。今世界の国民は自国民の生活の向上を求めているのだ。日本においても、裏金問題よりも生活の改善を訴える国民民主党が躍進している。
 トランプ大統領はネオコンを共和党から排除している。ネオコンは、新保守主義と呼ばれ、民主主義を重視してアメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない。元々民主党支持者や党員だったが、今や共和党支持に転向していると言われていた。
 バイデン前大統領はネオコンみたいと言える。NATOの首脳たちはそのバイデン前大統領に同調し、バイデン前大統領と同じく沈んでいく。
 トランプ大統領を批判するだけで自らを反省しようとしない米民主党と同じく、欧州の首脳は、アングロ・サクソン流の理想を前提とした民主主義が限界に直面していることを直視せず極右を蔑視・批判するだけで、理想を追い求めるあまりに分別に欠ける「ドン・キホーテ症候群」みたいと言えるのでは。 
 マクロン仏大統領は、ロシアの脅威が欧州に差し迫っているとして、米国に頼らずフランスの核兵器による抑止力、いわゆる「核の傘」を欧州に広げようと言っているが、それは口先だけでなければよいが、EU加盟国は防衛力の強化のため最大で8000億ユーロ(127兆円)規模の「ヨーロッパ再軍備計画」を進めるという。国民から戦争よりも生活をと言われ支持率が下がっているのに、さらに防衛費を大幅に増額するという(エマニュエル・トッド氏は、外敵が存在し、戦争を続ける限り、自らの抱える真の問題を直視せずに済むからと看破する。そんな欧州に日本は追随すべきではないという)。
 何を恐れているのか。ソ連の幻影に怯えているのか。怖いのはプーチン大統領の方だろう。プーチン大統領はNATOと国境を接したくない。ウクライナ全体を併合することはない。面としての緩衝地帯としてウクライナを位置づけている。そのウクライナ一国にNATOから支援を受けているとは言えロシアは手を焼いている状態なのに。
 ウクライナを傀儡国家との野望はあるかもしれないが、それはNATO諸国を侵略するための橋頭保としてはプーチン大統領は考えているとは思えない。
 英国王立防衛安全保障研究所日本特別代表秋元千明氏はBS朝日3/16の『日曜スクープ』にてプーチン大統領がソ連連邦の復活を考えていると発言したが、英国だけではなくEUの諸国もそんなありえないことを考えているのだろうか。簡単にウクライナを征服できると勘違いしていた侵攻前ならならいざ知らず、今はプーチン大統領はそんな考えはないだろう。
 NATOは32国もあり、ロシアはベラルーシを入れてもたった2国。『ミリタリーバランス2023版』(IISS)に基づき米国を除くNATOとロシアの軍事力を比較すると、
 (米国を除く)     地上軍(万人) 戦車(台) 戦闘機/攻撃機(機)
    NATO     124                6400              2400
  ロシア           62                2100              1100
  NATOの軍事力はロシアより2倍以上。爆撃機(攻撃機を上回る規模の空対地攻撃をする大型機種)はロシアが140機でNATOは零。ロシアと同数機有する米国頼みであるが。
 NATOは猫であり、ロシアは大きいと言っても鼠に過ぎない。鼠が攻撃するのは窮鼠のとき。
 核兵器については、NATOは英仏が保有する。フランスが250発の核保有でロシアの5%以下に過ぎないとしてもロシアが核兵器を使えば、着弾する前に報復する。250発もあるならロシア全土を、最悪でも首都モスクワ周辺を焦土化させられよう。二大強国米中を差し置いて英仏とロシアとの核戦争は現実的ではない。
 NATOの軍事力は米国があってこそ機能するものなのか。米国が手を引けばロシアに対抗できないということなのか。威を借りた虎(米国)が去ると思った瞬間怯えているのか。
 プーチン大統領は、一貫として歴史、文化、民族、価値観の違う勢力圏を互いに認め合い、棲み分けしようと言っている。中国やインドも同じスタンス。
 NATOとロシアが互いに恐れているなら、必要なのは、軍事的対抗ではなく相互的融和なのではないか(トランプ大統領はロシアをG8とにと言っている)。
 その中で、NATO側としては、今バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)が怯えているが、ウクライナと違いNATO加盟国であり、ロシアが侵攻すればNATOとして反撃すると安心させ、プーチン大統領にはそう牽制すればよい。
 
 日本は、岸田前首相がバイデン大統領に盲従したと言え、またNATOとの連携強化を図り、ウクライナ支援を鮮明にした。停戦を働きかける立場なのに。時代錯誤に軍事力を強めロシアとの緊張関係を高める、そんなNATOから米国は手を引こうとするのに、日本は防衛族がNATOとの連携を強化しようとする。多数派の野党は何をしているのか。

 台湾有事が懸念される中で、日本は、前門のプーさんが愛称の習近平総書記の中国と後門のプーチン大統領のロシアとに挟み撃ちされる立場に置かれている。
 トランプ大統領がプーチン大統領に近づくなら、日本もロシアとの関係を修復する機会が得られる。一方で中国にも働きかけ二大強国の米中が激突することがないよう動くべきだ。日本が最大の被害を受けることがないように。
 (次回227号は5/10アップ予定)

2025.5  NO.225 ん VS 
 お隣韓国では、公職選挙法違反罪で一審で有罪となった最大野党「共に民主党」の李在明代表が控訴審で逆転無罪となった。一方、尹錫悦大統領の弾劾に対する憲法裁判所の判決が遅れている。大統領支持派の「棄却」への期待が膨らむ。

 そこで結局大統領が「罷免」となれば内戦もと危惧されている。さてどうなるか。

 

 昨年の初め英国のチャールズ国王が前立腺肥大症の治療中に前立腺がんが発見されたかと一報が報じられたが、すぐにその癌ではないと王室に訂正された。
 それでは何の癌かと知りたくなるが、それは公表しないから色々と憶測を呼んだ。
 前立腺肥大症の治療中に発見されたとなれば、メディアが前立腺がんと思ってもおかしくない。前立腺肥大であれば、加齢だけではなく前立腺がんの影響も考えられるから、PSA(前立腺がん腫瘍マーカー)の値を測っている。MRIも実施しているハズ。癌の兆候が見られなかったということか。
 前立腺がんであれば、早期ということであろうし、英国民も安心するということになるのだが。癌の種類、ステージが分らなければ、英国民は心配になる。同時期同病院で手術されたキャサリン皇太子妃に配慮した為か。
 キャサリン皇太子妃の場合「腹部手術」としか報じられていない。国王の癌名を明かせば、皇太子妃の病名も公表せざるを得なくなるのを避けたのであろうか。
 下衆の勘ぐりはそれぐらいにして、当のキャサリン皇太子妃は昨年1月の手術したあと採取した細胞から癌が発見されていたと同3月末皇太子妃自ら公表なされた。

 抗がん剤?治療や3人の幼き子を気遣う辛苦な立場にありながら癌と闘う人への力強い声掛けには以前よりより増して英国民から皇太子妃は敬愛されている(新年を迎えキャサリン妃は「癌が寛解状態にある」と公表)。

 私は前立腺がんの罹患経験者である。放射線治療を開始して13年目になろうとする。前立腺肥大・前立腺がんの適齢期を迎える中高年男性達へ、がん治療の経緯と失敗談やトホホな実情を参考として供したい(女性の癌にも少し言及する)。
 その前にメディアにモノ申したい。前立腺は、「生殖」に関わる器官であり、精子を護り、活性化させる前立腺液は隣接する精嚢で作られる「精嚢液」と精巣で作られる「精子」などと混ざって「精液」として体外に排出される。
 従って、前立腺がんが前立腺内に留まっている限り、生死に関わることはない(その為にも早期発見・早期治療)。

 前立腺がんがバイキングのごとく前立腺から外に出て肺、肝臓、脳や全身(往年の男性人気歌手は全身がんで亡くなったと言われる)など生死に関わる臓器に転移して、それが悪化して亡くなる。それを前立腺がんで亡くなったと報じて欲しくない。例えば、前立腺がんが肺に転移して肺がんで亡くなったのに、前立腺がんでと言われれば前立腺がん罹患者としては不安であり不快になる。世間も誤解する。「前立腺がんを原発とする肺がんで」と正確に報道してもらいたいのだ。


 私は、50代後半ある日突然通勤中に幼児のごとくオシッコを我慢できなくなった。すぐには前立腺がんかもとの勘は働かなかったが、変だと思い、成人病予防で通っていた医者に相談した。すると血液検査にPSA(前立腺腫瘍マーカー)を加えてもらうことになった。
 PSA値(単位:ng/mL)は最初の時から癌のグレーゾーン(4~10)に入る4台であった。癌かもしれないし単なる前立腺肥大かもしれない。余り早く生検(肛門から生検針を刺して前立腺組織を10ヶ所以上採取)をしても癌が見つからなかったら、幾度も生検を受ける羽目になる。癌が見つからなければ癌と認定されず、保険も適用されない。
 私は、まだ50歳台であり癌になるにはまだ若い、前立腺肥大と思っていた。そう思いたかっただけかもしれないが。
 私は、上述のごとくすぐに生検しなくてもよいが、総合病院か泌尿器科専門病院でMRIは受けるべきだったと反省している。私の場合はすでにMRIに映っていたかもしれない。数年前立腺がんの増殖を放置していたことになるか。
 私は、その間PSAが上がったり下がったりしながら右肩上がりに推移していたので、PSA値が10に達すれば、生検を受けようと思っていた。しかし、10に達する前に尿道から出血した。
 私は、前立腺肥大と思いながらも、次第にPSA値が高くなり始めた頃、前立腺がんの場合はどうするかを考えていた。ネットや雑誌で記事を集めていた。それで、「癌と疑わしくなったら、直に治療を開始せず待機療法も行う病院に行く」ことと「癌治療は手術ではなく、放射線治療を選択する」ことを決めていた。その病院も予め選んでいた。
 待機療法を行う病院に行ったが、出血したと告げると問答無用で生検をするように言われた。その前に直診を受けた(肛門から指を入れ直腸の壁越しに前立腺をさする。それでごつごつしている?と判るなら相当癌は進行してしまっている)。

 当然それでは癌かどうか判らなかった。その後MRIを受けたが、前立腺の外腺(辺縁領域)に長い影が映っていた。担当医師は癌の疑いが濃いと告げた。後日生検を受け12針が撃たれその内2針の採取細胞から癌細胞が見つかった。
 癌が確定し、私は癌ではないかとの不安から解放された。が、転移していたらと思うと真の不安が湧いてきた。MRIでは転移する前のギリギリの状態に見えていた。

 生検で採取した癌細胞が検査されたが、グリソンスコア(癌の悪性度)は3+3=6で最低ライン(5+5=10が最悪)だった。それが幸いしたのかもしれない。
 
 治療方法として放射線治療を選んだ理由は、第1に、1992年副鼻腔炎の手術を、10年後の2002年胆のう摘出手術を、全身麻酔で受けており、また10年後全身麻酔での前立腺摘出手術をすることは避けたかった。

 全身麻酔の手術は大変であり、前立腺手術ではより大層で、しかも全身麻酔も体に良いとは思わない(詳しくは、2020.11臨時号 NO.142 「ますい VS まずい(2)」参照)。
 第2に、全摘手術の場合前立腺の周りにある勃起神経や尿道括約筋を損ねるリスクが低くない。

 60歳そこそこの男性は、刀が折れてももういいと言う人とまだ刀を脇差したいと思う人に分かれる。自称・助平(得てして口程にもないが)は当然後者。武士たる者お粗末とはいえ、さらに使い道がないとしても、残しておきたい。放射線治療の場合、EDや尿漏れのリスクが手術より少ない(TOMOという放射線治療については2019年11月臨時号NO.123 「 TOHO VS TOMO (2)」ご参照)。
 演出家宮本亜門氏は、手術と放射線治療とを検討した上で、売れっ子で連日放射線治療を受けることが難しいこともあり摘出手術を選択したという。宮本氏は手術を選択した経緯や治療後の様子について積極的に発信している。EDには明確には言及していないようだが、尿漏れには悩まされていると公表している。
 私は、生検を受けた担当医師には、癌治療は放射線治療と決めているので、転院すると申し出て、承諾してもらった。

 放射線治療後尿漏れはない。治療前では夜2時間おきにトイレに起きていたが、癌が膀胱を刺激することもなくなり、朝までトイレに起きることは無くなった。肥大した前立腺は残っており前立腺肥大症に伴う排尿障害を改善するハルナール錠(最近はジェネリック錠)を毎日服用していることも効いているようだ。
 EDについて言えば、2012年2月の長男の結婚式の翌日から前立腺がん治療に向かう。放射線治療の主治医から前立腺が大きすぎるので、小さくする必要があると言われ、最初の病院で男性ホルモンを止めるホルモン療法を6か月間受けた(それによるEDなどの様子は2021年7月臨時号「アンポVSインポ(1)」をご参照)。

 そして2012年9月から平日は毎日38回放射線治療を受けることになる。治療前は土日祝日もすればもっと早く治療が終わるのにと思っていたが、前立腺や肛門付近が炎症するので、土日がなければもたないと理解した。
 治療後勃起神経は切断されないが、放射線が神経に当たり麻痺しているのか反応が弱かった。回復してきて分かった。射精障害が判明した。
 やはり専門病院に行くのが遅く前立腺がんの前立腺内部での広がりが大きく、その治療で前立腺細胞の大部分が死滅してしまったのか。オアシスであるべき前立腺が砂漠化した感がある。癌は早期発見・早期治療の意味を実感する。
 摘出手術を受けた人は予め医師から勃起神経切断が起こりうるとの説明を受けそれを承知で選択しているのだから、ショックは少ないのかもしれない。
 当てが外れた私は落胆だけではなく苦痛すらも感じる。恥ずかしながら、男性ホルモンも正常で勃起神経も回復した男という者はときに欲情する。しかしエクスタシーに昇華されることはない。打ち上げ花火職人が筒を立てても花火が上がらない、夜空に満開の花が咲かないのに大きなストレスを感じるのと同じだ。
 真剣ではなく竹光を脇差することになっても、子作りはとっくに卒業し、妻から用なしと言われてもおり何ら問題はないのだが、私自身はずっとフラストレーションが溜まった状態が続いている。最近色ボケになったかと2023年5月臨時号NO.190(「アナ・デ・アルマス」VSアナ・デ・アリマス)で書いたが、今はこのフラストレーションが色ボケと思わせるのだと考えている。
 だからと言って、他人を巻き込むことや迷惑をかけることはない。パパ活不倫で議員辞職した前国会議員ほどのパワーも行動力もない。鰻を出されて「中国産で食べるのは女だけ」(無論未体験だが)とか下ネタで妻をからかうだけ。

 その都度妻は近づいてきてニヤッと笑って手や腕の痛いところを思い切り捻くる。私は悲鳴をあげる。いつもその繰り返し。妻はおかげでいじめて快感を得ることを覚えたと言っている。私はマゾなのであろうか?

 2022年9月頃PSAの値が2.0(前立腺摘出の場合は0.2)を超え、前立腺がんが再発したかもと主治医に言われた。前立腺がんは治療後10年経って再発しても不思議ではないらしい。

 しかし、それは医師の過剰反応だったみたい。誤診というほどのものではない。
 成人病予防の飲み薬をもらうため3ヶ月毎の血液検査でPSAも一緒に測るのだが、前立腺肥大は炎症を起こしやすい。そんなときにPSAを測ると数値が跳ね上がりやすい。炎症が起き下腹部が不快な時は血液検査を延期した方がよい。
 10数年PSAを測っていることになる私はPSAを受ける数日前からの心構えとして、①男性ホルモンを誘発することはしない、筋トレなども。②体を冷やさず、辛い物とか刺激の強い物は食べない、ことを励行している。
 肥大した前立腺と古女房に刺激を与えることはタブーだと理解していても、それでも妻を怒らせることがあるように、前立腺が炎症することがある。それでPSA値が跳ね上がると再採血となるが、炎症が治まる前に再度採血をすればまた高くなり、再発を疑われてしまう(炎症によると訴えるが、医師はあまり炎症の影響を重大に捉えていないように思える)。
 精神的なものか、意識し過ぎるのか、採血近くになると前立腺が不快になる。それで前立腺の炎症を止めるロキソニン錠を前日に服用することにした。それでここ1年PSAは1.0あたりで安定してきている。炎症止めのロキソニン自体にはPSAを下げる効果はないと思う(私見を鵜呑みにせず医師に要確認)。年一のMRIやCT検査も異常がなく、ともあれ前立腺がんの再発はないということになった。

 なぜ前立腺がんになるかは分かっていない。食べ物で乳製品が良くないと言われていたが、赤肉もそうだが、それで日本人は大きくなり、メジャーリーガーを凌駕する大谷翔平選手のような日本人も登場した。高度成長を支えた団塊の世代を歳とれば疫病神のように言うのと同じでは。ミルクや赤肉だけの効果だけではないが、世界一の長寿国になれば、癌罹患者が増えるのは当たり前(ソーセージ等加工肉をドイツ人は年間40㎏で日本人の8倍食すると言われるが、大腸がんに罹患する人は年間6万人。日本人は同15万人。ドイツは人口が日本の2/3なので、1.5倍にしても9万人にしかならない)。
 日本人は欧米人ほど摂取しないので、欧米人だけを対象にした調査結果をそのまま日本人に当てはめ判断することを今はしていない。要は、成人予防と同じで肥満防止、バランスのよい食事を心がければ良い話だ。食事を気にし過ぎるのもストレスであり、癌を呼ぶかも。
 それよりも、座り過ぎはよくないと言われている。前立腺を押さえつけることになるのか。私自身も運動部に所属したことはなく、受験勉強に勤しみ、社会人になっても、月1、2回のゴルフは20年楽しんだが、事務職で営業職は経験していない。ずっと前立腺を押さえつけてきた。今は私が妻に押さえつけられている。もっとも心は癌にはならないが。
 作家、棋士、タクシードライバーや事務職など座ることが多い男性は気をつけた方が良いか。
 射精回数と前立腺がんの関係を約3万人の男性を対象に調べた米国の調査では、月21回以上射精しているグループは、月4~7回のグループに比して、悪性度の低い前立腺がんになるリスクが約20%下がったという結果が出ているという。
 これも日本人で10日間にて7回も射精する人はほとんどいないのでは。とくに中高年では。いれば性豪と呼んでいい。
 ただ、射精が前立腺がん予防に資するとは断言できなくとも、前立腺の役割を考えれば、反するとは思わなくてよいのではないか。前立腺液は体外に出される外分泌であり、前立腺内に長く滞留させておくものではない。適度に射精して前立腺液を排出した方が良いハズ。
 ただし、検査当初の私のようにPSAがグレーゾーン(4~10)や値がそれ以上の人は注意が必要だ。癌細胞があれば、敵に塩を送ることになる。射精は前立腺がんの餌になる男性ホルモンを誘発するので。

 男性ホルモンが前立腺がんの餌なら、女性ホルモンは乳がんの餌になる。男性ホルモンは諸刃の剣である。と同じように、女性ホルモン(エストロゲン)も、女性らしい体つきにしたり、妊娠や出産など関わる大事なものであるが、乳がんの一つホルモン受容体陽性乳がんに対して女性ホルモンの作用によって、がんを増殖させてしまう。
 さらに、日本産科婦人科学会専門医松村圭子医師によれば、エストロゲンは、生理周期とともに女性の体内で分泌される。子宮内膜症や子宮筋腫といった病気は、このエストロゲンが多い体内環境で起こりやすいという。
 20代後半~30代で複数回の出産を経験することが一般的だった戦前のころと比較すると、現代の20~30代女性たちは12歳前後から始まり生涯のうちに生理を経験する回数が格段に多く、その分、エストロゲンの影響を受ける期間も長くなる。
 医師自身の祖母の世代は人生で経験する生理の回数は50回くらいだったのが、今どきのアラサー世代の女性たちは、もう200回くらい生理がきているという。その上子を一人か二人しか今産まず、あるいは出産をしないこともあり、エストロゲンによる子宮や卵巣に異常が出てもおかしくないという。それで松村医師も検診を広く呼びかけている。
 MSD製薬 のCMにても、若手女優桜井日奈子さんや見上愛さんが子宮頸がんの検診を呼びかけている。

 女性が癌になる順位は、1位が乳がんで2位は大腸がん。私は前々から妻に大腸がん内視鏡検査を一度受けるよう勧めていた。検便は潜血反応の有無を調べる。潜血がないから癌がないとは言えない。先般妻は前期高齢者入りしてからようやく最寄りの町医者で昨年検査を受けた。
 ポリープを2つ切除して病理検査して腺腫型(ほっておくと癌化しやすい)で、来年再検査と言われたらしい。悪性度の説明もなく。

 ポリープは大体腺腫型では。別の病院で検査を受けている私は、5年前にポリープを切除して3年後再検査の予定だったが新型コロナ禍もあり今回5年振りとなってしまった。が、一つだけポリープがあり切除した。前回と同様癌移行への悪性度は中程度とのことで、次は3年後と言われている。
 地元下町の個人の町医師たちは患者を愚民扱いするきらいがあり(あくまで個人的見解だが、私はどの科も行かない)、今年の妻の再検査には、私が受診している病院に妻を連れて行こうと思っている。

 「美人薄命」と言われるが、まさに歌舞伎役者の若妻が、乳がんで夭逝した。のではなく、進行性乳がんになり、肺や骨に転移し亡くなった。役者の夫が「標準治療」の意味をはき違い、民間治療に頼り、結果として手遅れになったかと当時の週刊誌等が報じていた。
 標準治療とは、「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療」のことであり、「標準」とはうな重や天丼のような松・竹・梅ランクの竹ではない(「最善」や「最良」と呼ぶのは医師の良識からすれば抵抗があったのか)。
 胆管がんで亡くなった女優のケースもそうだと思うが、総じて患者が著名人であるとアリが蜜に群がるように色んな人が集まってくる。中には、詐欺まがいの高額な民間療法を勧める者や信じて疑わず独自の民間療法を善意で推奨する者もいるだろう。
 ある意味善意の方がやっかいかもしれない。「信じる者は救われる」で自然治癒力が高まり稀に治る場合もあるだろう。問題は医師が癌と誤診した場合。誤診したと患者に告げるのは稀か。元々癌でないのに自らの民間療法が効いたと思い込み善意で教祖のごとく伝道するのは手が付けられない。
 溺れたとき藁を掴んでも意味がない。だが、周りは恨まれたまま死んで行かれるのはやり切れない。「そんなことしても」と反対できない。気の済むままにさせるしかない。
 年取れば癌になると食事や運動に気をつける人は少なくない。それでも、癌に罹患するときはする。それ以上に大事なことは、癌になった時の心構え。癌が判明したときどう振る舞えばよいのか健康なうちに考えておくことだ。たくさんの癌患者を見送ってきた医師でも、言い方が悪いが所詮他人事。医師自身が癌になれば狼狽える。さすがに取り乱さないとしても。
 愛する人が末期癌になれば、それでなくとも家族は悲しいのに、本人が狼狽し常軌を逸した言動をとれば家族は居たたまれなくなってしまう。
 いつ来るか分からない地震に対する事前準備はしても、癌になる前から癌の治療方法や心構えについて事前に勉強する人は少ないのでは。2人に1人が癌になる時代、「終活」の中に癌に対する勉強も入れるべきだと思う。
 「医は仁術」と医師を信頼するのはよいが、それでも大学病院や総合病院など病院の方針に逆らうことは出来ない。前立腺がん治療で手術する病院の医師が個人的には放射線治療も有効と思っても患者には勧めない。逆も真なり。
 私は、自らの経験で、どんな治療を選択しても、「そもそも治療というものは、QOL(生活の質)を下げる」と悟った。

   それを前提とした上で、自らの人生観、置かれた環境等を勘案して自らの意志で治療方法を決めるべきだと思う。
 私自身は放射線治療を選択したが、放射線と聞けば怖いと思う人も多いのではないか。確かに怖い物だが、広島に原爆を落とされた時70年はペンペン草も生えないと言われたが、そんなことにはなっていない。ましてや、ラドン温泉の微量のアルファ線の放射線のように、大量に用いると有害な物質を微量で用いるといい効果が期待できるという。それをホルミシス効果と呼ぶ。まだ仮説であるが。
 私もホルミシス効果?を実感した。前立腺がん治療で放射線をへそ下2㎝前後下の一点に照射されるのだが、すこしヘアにもあたるのか38回の照射が終わってしばらくするとアンダーヘアがボロボロになり無くなってしまった。が、生え変わってから8年程度白髪が交じらなかった。
 福島東電事故における放射線ヨウ素による小児甲状腺がんの問題には私も深刻に捉えているが、鼻血が出るのは放射能のせいとの騒ぎについては、38回の放射線を浴び、ホルミシス効果?も実感した私は冷めた目で観ていた。
 誤解がないように言っておくが、私の立場は、稚拙だが本ブログ2011年8月号NO.2(「シューベルトとシーベルト」)の頃から一貫として、反原発。狭く地震も多い日本には向いていない。それなのに多すぎる。ウクライナ戦争で懸念されているようにミサイルで原発が狙われたら放射能が蔓延する。
 宇宙で大きな隕石の落下を阻止するのには有効かもしれないが、地球上で原子力の平和利用などない。原爆も原発も人類の存続にとって脅威。平和利用と言えるのは放射線の医療利用だけだと思っている。
 ただ、前立腺がんの治療には放射線治療を絶対選択すべきとは今は思っていない。麻酔が発明されておらず「手術するぐらいなら死んだ方がマシだ!」と言った時代と同じく近未来医療方法がさらに進化し、外科が最終手段となると思う。

 しかし、現段階では前立腺がん治療方法は何にしろ各々一長一短があるので、医者任せにするのではなく自身でよく検討しあくまでの自己責任で選択すべきと言いたい。
 手術にしろ放射線治療にしろ結果は悪ければ後悔はするが、自身で決めたなら他人を恨むことはない。余計な知識を持たれたらやりにくいと思う医師も、何の知識も持たない患者や家族から「先生に全幅の信頼をおいていたのに」とすぐに訴えられるよりはマシだろう。

(次回NO.226号は4/20アップ予定)

2025.4  NO.224 かんく VS  かん
 米国大統領選はトランプ氏が勝利し、新年からトランプ大統領2.0がスタートしている。トランプ氏が勝利したことにより、心配された内戦等の騒乱は回避された。
 ところが、今韓国にて内戦の勃発が懸念されている。韓国と米国との政治の様相はよく似ている。韓国も米国と同じように大統領制。日本においては、英国と同じように「権威」(国家元首としての象徴天皇)と「権力」(首相)とに別れており、立憲君主制・議院内閣制となっている。
 韓国は、日韓併合の折に李氏朝鮮王朝が廃絶された為国王がいないので、大統領が権威と権力を併せ持った国家元首となる米国型になっている。その米国は大統領が国家元首と行政府の長を兼ねており、トランプ大統領が自らを“王様”と準えるのは勝手だが、真の王様は国民を分断するような言動はしない。韓国も同様だが、行政府の長としての大統領を補佐する国務総理がいる。が、権限が限られており、首相というより副大統領に近いという。
 なお、日本は韓国を間接支配にして王朝を存続させていれば(併合に反対した伊藤博文が暗殺されなかったとしても併合への流れは変わらなかったと思うが)、韓国がこれほど近くて遠い国になっていなかったかもしれない(日本では時代劇が衰退しているが、韓国では王朝時代の時代劇、とくに王様が主人公のドラマが今も人気を博す。俳優も真のスターになるには、現代劇と時代劇の両方での評判を要するという)。
 米国は結果として賢かったと言える。産経OBの高山正之氏は週刊新潮の連載コラムで朝日新聞への批判(これには同感だが)ほどではないにしろ、よく連合国総司令官のマッカーサーを“チキン”などと見下す。だが、チキンならばこそ天皇制廃止による日本人の総一揆を恐れ天皇制を存続させ間接支配に利した。東京、神戸等焼野原にされ、広島、長崎に原爆を落されたにも拘わらず、そんな米国に国民性もあるが日本人は従順な姿勢を取り続けてきた。

   米国は大統領を州に割り当てられた数の「選挙人」が選ぶ間接選挙ではあるが、選挙人は政党の代理人と言え、直接選挙と言ってもおかしくない(独立した州の合州国・米国の全50州において比例配分すれば良いのだが、それでは州の独立性が埋もれるので、48州において得票が多い候補が総どりする方式にしている。結果として、レッドステートともブルーステートとも言えないスイングステートのたった数州の結果如何で、2016年のように総得票数ではクリントン女史がトランプ氏の得票を上回っているのに敗北してしまう)。

 韓国の直接選挙は単純に総投票数の多い方が勝つ。
 米大統領の任期は2期8年。トランプ大統領は3期目を狙っているとの意見もあるが(改憲によらない方法も検討されているとされるが)、ノーベル平和賞受賞を花道として政界を去ると思う(改憲による多選への変更は容易ではないのは2024年11月号NO.216 「オバタリアンVS リバタリアン」ご参照)。
 韓国は、大統領の任期は1期5年。それだと3年経つとレームダック化し検察が大統領サイドの不正を捜査し始め、新大統領に代わると逮捕されると言われていた。今回は前大統領は逮捕されず、現大統領が逮捕・起訴され、監獄(現刑事施設)に収監されてしまった。
 米国は保守の「共和党」とリベラルな「民主党」の二大政党制。韓国も保守派の「国民の力」と進歩派の「共に民主党」の二大政党制。そして日本人と違い、米韓とも国民の政治的民度は高く政治に対する関心が高い。
 
 本来それは民主主義の成熟として評価されるべきものであろう。しかし、その米韓において内戦の勃発が懸念されているのである。
 米国では、2021年1月、2020年バイデン氏勝利に不正があったと、Qアノンや白人至上主義者ら熱狂的なトランプ支持者が議事堂を占拠し、700名以上が逮捕されたという。

   保守の論客古谷経衡氏は、著書『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ)の中で、実行犯の多くは30代の白人男性だったという(トランプ大統領は再就任するや彼らに対して恩赦する大統領令を発布した)。
 韓国においても、米国の中間選挙のごとく2022年5月に就任した尹錫悦大統領の中間評価の意味合いがある2024年4月の国会議員選挙にて与党が惨敗した。その選挙に不正があるとする極右のyou tuberに尹大統領も洗脳されたかのように非常戒厳を宣言した。が、政治クーデーターは失敗に帰し、尹大統領は憲法裁判所の弾劾裁判の対象、内乱の首謀者の被疑者となった。
 これに対し、米国のQアノンのごとく不正選挙を信じ込んだ韓国の極右たちが暴徒となり、1月19日早朝にソウル西部地裁を襲撃した。内乱被疑者である尹大統領の拘束令状を発付した裁判官を探し出し、集団で攻撃しようと試みたとも言われる。この暴徒たちも20代、30代の男性と言われている。
 現職大統領が非常戒厳を行使して民主主義を危機にさらしても、地に堕ちた大統領や与党の支持率が回復傾向にある。

   野党の国家や国民をないがしろにした極端なやり方への反発以外にも、男性だけが兵役で貴重な20代を費やしているという不満が家父長的・権威主義的な尹大統領と共鳴し、20代男性を尹支持、弾劾反対へと走らせているという側面もあるという。
 尹大統領が内乱罪で有罪か、あるいは弾劾裁判で有罪になれば、与党を支持する若者たちの暴動が懸念されている。

   米韓において二大政党制が確立されている。その中では両党二極化が強まり、それに伴い支持者の二極化も進む。無党派層が少なくなり、両党の支持率が拮抗していくようだ。そして、政治的民度が高い両党の支持者はますます自党に忠実なり、他党への敵意を増していく。
 これが無秩序な対立になり果てることを回避する為に必要なのは、『民主主義の死に方』(新潮社)よれば、二つの規範、すなわち「相互的寛容」と「組織的自制心」だという。
 「相互的寛容」とは、対立相手は敵ではなく、権力をかけて闘い、政治を行う平等な権利をもっていることを認めるという考え。
 「組織的自制心」とは、法律の文言には違反しないものの、明らかにその精神に反することを避けようとすること(安倍政権には欠けていたように思う)。
 この2つは“民主主義のガードレール”と呼ばれるが、米国は壊れてしまっている。韓国も同じ状況にある。とくに野党が「相互的寛容」にかけ離れた態度をとっており、尹大統領を非常戒厳に走らせた要因の一つと言われている。
 内乱問題に詳しいUCサンディエゴ大学ウォルター教授は「直接選挙など部分的には民主的特徴がより多い国家の政治不安の可能性が完全な独裁より2倍、完全な民主政府より3倍高い」と結論を出したという。いわば完全な民主主義に移行できなければ、内乱も避けられないと言うのか。
 民主主義(多数決)は、元々「民度は一定」という理想を前提にしている。さらに「完全な民主主義」という理想が求められるのか。理想は実現が難しいから理想であり、理想を前提とする民主主義(多数決)はその限界を露呈したと言っても過言ではない。

 韓国は、1980年旧光州市中心に市民や学生が軍事政権対して民主化を要求し蜂起した「光州事件」、1987年大統領の直接選挙制改憲を主目的とした民主化を要求するデモが中心の「6月民主抗争」を経て、国民が民主主義を勝ち取った。
 日本は、1905年日露講和会議の内容が知らされると日本はリターンマッチに応じる余力もないボロボロの状態であることを知らされていない市民らが、政府の弱腰を非難し、集会が禁じられると「日比谷焼討事件」を勃発させた。

 これを大正デモクラシー の萌芽とする。が、帝国主義下好戦的で軍部に“加油”した大正人と敗戦に政府・軍部を煽ったことを後悔した、反戦の戦後人とは別物。ネアンデルタール人とホモサピエンスぐらいの違いがある。

 ただ、ネアンデルタール人が自然淘汰で全滅したのではなく、生存競争に負けたが一部の若い女性が生かされホモサピエンスのDNAの中に刻まれた。同じく軍部主導の全体主義の中で大正人が全滅したのではなく、一部の女性たち(平塚らいてふ、市川房枝など)は参政権を獲得すべく闘い続け、棚から牡丹餅ではなく、参政権を勝ち取ったと言えるが(戦後すぐ「GHQの指示に先じて施策する」として、婦人参政権に関する閣議決定が独自になされている)。
 けだし、日本の戦後の民主主義は国民が勝ち取ったのではなく、占領するGHQから全体主義体制を崩壊させる為に植え付けられたものだと思う。

 上述古谷氏は、日本のネット右翼は、若者ではなく、シニア層だと言い、彼らが受容してきた戦後の民主主義は彼らの中で咀嚼されることなく、「ただなんとなく、ふんわり」と受容されてきたに過ぎないから、後年になって「動画」という一撃で簡単にひっくり返ってしまったのであると言う。

 戦後の安保紛争は民主主義の為ではなく、「民主主義」の宗主国にて資本主義の米国との同盟を進める政府に対して新興の「社会主義」をもって闘ったもの。

 私が大学生の時の1970年前後のデモに参加した大部分の学生にとって大学紛争等は、新左翼のような暴力革命を目指すものではなく、知的エリートたちのブームだったに過ぎないと今から思えばそう思える。大学卒業後国家権力側に入り大成した者も少なくない(当時ノンポリだった私はヘルメットを被り棒を持って立つ同級生を見て半分馬鹿にし半分負い目を感じていた。就活が始まると長髪を止めネクタイ姿の彼を見て「何だ!? 私らと同じじゃないか」と思った(荒井由美さん作詞・作曲の『「いちご白書」をもう一度』はそんな当時を風刺した)。
 戦後80年(昭和で言えば100年)になるのに未だ芸能人が政治発言すると批判する者たちがいる。芸能人も主権在民の当事者の一人。当然政府に問題があれば意見する権利がある。河原者呼ばわりされた室町時代じゃあるまいし。批判する者たちこそ「差別発言するな!」と批判されるべき。
 全体主義体制における「お上には逆らってはいけない」が、まだその心理から抜け出せていないように見える。政府に不満があっても口には出さない、他者がそう言っても賛同しづらい。それは女性より男性の方にその傾向が強いか。
 古谷氏が言うようにGHQは日本の経済発展を急がせるため戦前の体制を完全否定できず旧体制の主導者たちを追放から出戻りさせたことも、影響していると言えるか。


 ただ、日本人は、民主主義を勝ち取ったという思いがない分政治的民度も低い。が、政治的民度の高い米韓の今の酷い状況を見ると、却ってそれが良いのかもしれない。
 日本は財閥解体や農地改革の民主化はGHQがやってくれた。韓国は民主主義を勝ち取ったが、財閥解体は出来なかった。米国と同じく貧富の差が激しい。左派と右派がにらみ合うだけではなく、激しく攻撃しあう。議会議員も、野党は大統領のやることをすべて否定するだけ(非常戒厳への引き金に)。米国においても、共和党も民主党も、相手を攻撃し批判するだけ。米韓ともに上述「相互的寛容」を見失っている。
 日本は、財閥解体がなくとも、昔から貧富格差は酷くない上、日本人は身の貧しさよりも心の貧しさを恥じる。富裕層を羨むことがあっても嫌悪し敵視することはない。聖徳太子の時代からの「和の精神」も尊ぶ。
 選挙民だけではなく、国会議員においても、現在連立与党側が少数与党に転落し野党に要求を押し付けられている状態だ。が、野党第一党の立憲民主党野田佳彦代表は、「『この野郎』とは思うが、国益のためじっと我慢」だけでは埋没するとするも、自制心を見失うことはないだろう。
 韓国と同じく米国も本来「手段」あるべき相手を攻撃することが「目的」となってしまっている。独立した州の合衆国を米国という一つの国にまとめる連邦政府の長であるトランプ大統領自身が国民を分断させる言い方をする(軍のヘリコプターと民間機の衝突を、直接原因が解明されていない中でいきなり多様性のせいにする。DEIを急ぎすぎたかと反省する民主党の議員や支持者の神経を逆なでする。背景にマイノリティに一定の枠を与え、過度の緊張を強いられる管制官に適任の人たちが管制官になれない現実があるにしても)。
 日本の政治家は、話し合いにより国家、国民に寄与することを「目的」とし、「相互的寛容」をまだ維持できている。
 
 理想を前提とする民主主義の政治が限界に来ていることを米韓の二大政党体制が示してくれている。そんな民主主義に日本は遅れていると追いつき追い越す必要があろうか。
 とくに日本は国会に女性議員が少ないと批判されるが、卑下する必要はない。日本女性の美徳である奥ゆかしい女性(リベラルから反発を受けるか)にとって、今の目立つ女性国会議員の中で、憧れる議員はいるか。強いて言えば、前外相の上川陽子氏ぐらいではないか。

 きれいごとで済まない政治の世界で正義感が強い日本女性が裏金等を平気でやれると思うか(端正な顔立ちの男前で、灘高→東大法学部→キャリア官僚にて元神戸市民の私にとっては雲の上の存在の元大臣2名は、政治家になっていなければ世間に情けない姿を晒すことはなかっただろうに)。

 世界に恥ずべきは政界のあり様であり、無理に女性議員を増やすより政治家に足る女性が国会への進出に前向きになれるよう政界を浄化することが先決だ。
 それまでは、適材適所で女性が活躍できれば、それで良いではないか。政治家でなくても、国家官僚、検察官、裁判官で活躍すれば。女性起業家、女性社長も増えてきている。

 日本はこれまで英米の二大政党制を手本とし、二大政党化を目指して、小選挙区制にも替えた。とくに小沢一郎議員が、自民党内の権力闘争に破れたこともあり自民党を離れたのち、主導的役割を果たし、紆余曲折のあと、旧民主党が創立され、二大政党制体制が実現した。
 しかし、その結果はどうか。オセロゲームのように簡単に政権交代が起こり、たまたまその時に与党の代表の者が首相となってしまう。生煮えの上素材が良くなければ、それをありがたく頂戴する国民はたまったもんではない。
 小選挙区制は、1強の自民党に有利となり、さらに一人区では世襲議員が有利となる。選挙での公認という生殺与奪権を握り、賢者でない世襲議員による長期独裁政権を可能とする。金権政治とか問題が多いと中選挙区制から替えたが、その中選挙区制より小選挙区制の方が問題が根深い。
 自民党が長期単独与党であった黄金時代では、能力と人望がある議員が派閥の長となり、派閥同士が競い合う。その中で、大企業の社長のごとく、幹事長、大蔵大臣、外務大臣等主要ポストを歴任した者(首相としての、いわば有資格者)の中から首相が選ばれる。と同時に派閥同士の牽制が民主主義のガードレールのもう一つである「組織的自制心」を維持させていた。
 立憲民主党の躍進により二大政党制が復活するかと思われたが、米韓の酷い現状を見るならば、短絡的としても噂される自民党と立憲民主党の大連立の方がよいかと思ってしまう(ゆくゆくは合同し“自立党”に)。

 そうなれば、小選挙区制も中選挙区制に変わらざるを得ない。世襲議員の優位も薄れていく。
 大連立政権構想に立憲民主党の左派が乗るか分からないが。
(次回225号は4/1アップ予定)

2025.3 臨時号 NO.223  サイパス  VS  

       サイパス
 前号で紹介した韓流ドラマ『復讐代行人~模範タクシー~ 』(シリーズ2:2023年制作)が2/4で終わった。その後同じWOWOWでイ・ジュンギ氏主演の『悪の花』(2020制作) を観ている(2/7から毎金曜日4話×3回、♯13~16は3/3月曜の計16話)。

 主人公の妻で婦警に扮する女優ムン・チェウォンさんは知らなかったので、調べてみた。なんと『悪の花』の後上記復讐代行人シリーズ2 に出演していた。最終回の最後軍服姿の主人公に敬礼するだけ(主人公は敬礼を返さず通り過ぎた)の兵士役で。シリーズの続編を意味するのかと思ったのでよく覚えている。どうやらシリーズ3で軍内部での性的暴行事件に関するキーマンとして出演するようだ。
 『悪の花』の話はサイコパスを題材にしている。私は、斉藤元彦知事に対して、昨12/20にアップした2025年1月臨時号NO.220(「ひとしVSひとり」)で私はマイルドサイコパス呼ばわりした。
 そんな私ではあるが、先日妻は(何してもきちっとできないとして)怒り任せに爺の私に向かって「発達障害!」と叫けんだ。言われた私は思わず下半身に目をやった。妻は「よくもこんな男と44年も一緒に」と言わんばかりに怒りを通り越し呆れ果てた顔を向けた。
 本ブログでも校正ミスが少なくなく自分でも自覚はしているが、「発達障害」とは聞こえが悪い。

 幼児を成長させていく上で母親がその知識を持つことは大事ではある。が、周りの母親が排除するがごとく指摘するのは良くない。母親本人は普通学級から除外されてはと我が子に必要以上に躾をしようとする。逆効果。
 動物と違い人間は複雑である。とくに幼児は長所・短所だけではなく、成長スピードも早い遅いがある。周りが枠に押し込み、軽々にレッテル貼りするのはやめた方がいい。
 
 斉藤知事は、「所変われば品変わる」を痛感し、「立場変われば人変わる」を肝に命じ、再選後言動に慎重を期しているようだ。私も反省しマイルドサイコパス呼ばわりは止めることにした。
 その上で斉藤県知事1.0の失敗を検証したいと思う。IQは高くないがSQ(社会的IQ)はもっと低い私が、IQは高いがSQは低そうな斉藤知事を。
 自治官僚の流れを汲む総務官僚は本来「おねだり」とは無縁のハズ。なぜそんなことが告発されるに至ったのか。
 私は30年前銀行を辞めて今でいう公益社団法人の職員に転身していたが、社団設立時から窓口としてお世話になった自治省のノンキャリア官僚(以下「ノンキャリ」)が異動になると聞き、餞別としてビール券を持って行った。喜ばれると思ったらこれは何だと突き返された。

 イベントでの後援名義の使用を申請に行った折、予算書の収支尻がプラスになっており、キャリア官僚(以下「キャリア」)の部長が直々それを観て、事務局長とはいえ国家公務員の資格もないノンキャリ未満ごときの私に「金儲けのために本省を利用するのか!?」と烈火のごとく雷を落とした(たった数万円なのに。転身して日が浅く、結果として黒字になろうが、赤字になろうが、予算書は収支尻を±0にすることを私は知らなかった)。
 自治省は戦後GHQにより解体された巨大官庁・内務省の本流を受け継ぎ、30年前の当時も、大蔵省、警察庁と並ぶ一流官庁と目されていた。それだけに自治官僚は志とともにプライドも高かった(「東大にあらずんば・・」も感じたが、スーパーサイヤ人としての気概を持ち、それにふさわしい仕事をするならそれもいいとも思っていた。安倍政権時代など昨今の政権に隷従、あるいは忖度する官僚とは隔世の感がある)。
 自治省は通産省や郵政省のような利権に絡むものがほぼない。現総務省での贈収賄がらみの問題は旧郵政省側。民間からの接待の機会も少ない。それを良しとしない“省風”もあったと思う。
 斉藤知事は、自治省が郵政省等と統合され2001年より総務省となった翌年の入省であるが、統合されても融合される訳ではなく(赤と青が紫になるのではなく基本赤も青もそのまま)旧自治省部分もそのままであるため、自治官僚と変わらなかったハズ。
 Wikipediaによると、2008年(平成20年)4月、新潟県佐渡市に出向し、若手キャリアとして赴任した地方都市の佐渡で「殿様扱いされることを覚え、それがターニングポイントになった」とされる。総務省内で若手ホープと見られていたかどうか分らないが、佐渡市側にとっては何にしろ30歳のキャリア官僚が来てくれたと喜び下にも置かぬ歓待ぶりをみせたのであろう。そして斉藤氏は神輿に乗るお殿様と勘違いしたのか。
 親戚との絶縁トラブルが週刊誌にて報じられたが、ある親族が人が変わったのは「官僚時代ですね、社会人になってから」という。本省時代では考えられず佐渡の出向時と見るべきではないか。
 もっとも、世の中には、奢られることが好きな人は一杯いる。奢られたくない人もいる。普段ケチだが冠婚葬祭には奮発する人もいる。軽侮されるほどの吝嗇な人もいる。たとえ吝嗇でもそれ自体罪ではない。
 斉藤知事への告発文書の7項目の中におねだり知事みたいものを入れるのは県職員側も嫉妬、妬みみたいでどうかと思った。県職員にとって、物を貰うとか立食パーティに参加する機会は極めて少ないのだろう。私がいた社団法人で立食パーティに某県の東京事務所の職員を2名を招待したことがあった。会員の中小企業の社長たちは取引先への接待も多く口も肥えており余り手を付けない中でその2名が最後までがっついていたのが印象に残った。
 卑しくも、ではなく、苟も( いやしくも)県職員たる者らが知事を告発するのにそんな項目を載せれば却って告白文書の正当性を損なうと私は思う。


 私も斉藤知事と似たような経験があった。平成元年38歳の銀行員のときに本部から住宅街にある店舗の支店長に異動する辞令が出た。その店舗は格上の店で新米の支店長では赴任しないことから、当該店のファンである顧客たちは本部から箔付けに若手エリートがやって来たと勘違いした。
 私自身は、勘違いはしないが、美しい誤解はわざわざ解く必要はないとは思っていた。それでも、普通ご祝儀に「預金してやろう」と言われれば、皆一様に「それはありがとうこざいます!」と声を張るだろう。豪速球しか投げず自他ともに支店長が務まるかと思われた私は、「いやぁ~預金など要りません。それよりお金を借りてください」と言った。
 顧客たちは不機嫌になってもおかしくないが、融資畑の私以外そんなことをいう支店長が過去いなかったことが幸いしたのであろう。「面白いことを言うな。まぁええわ、お金要らんけど、借りたるわ」と言ってくれた。要らないから貸付金とともに預金も増えた(顧客にとっては貸出利息と預金利息の差額が実質のご祝儀)。
 8か月後花の都東京(新宿)への異動辞令が出た。残された顧客はなんと思ったか知る由もなかった。というのも、支店長の評価は「営業成績」に加えて「検査結果」も重要。規定通り運営しているか、問題がないか定期的に本部が臨店しチェックする(天下の三菱で女性行員による貸金庫窃盗事件が起きたが、過去にはみずほ銀行でも。貸金庫業務を検査しても貸金庫利用客の保管内容はチェックできない。盲点をつかれた形だ。「銀行員は貸金庫の保管内容には手を付けない」との絶対的信頼が崩れたら、貸金庫サービスは存続危機に)。

   異動辞令直前当店も検査を受けた。支店事務役席の経験がない私は部下任せにして検査結果は悪かった。が、賛否あるも辞令取り消しまでには至らず逃げるかのように上京した。その後もやや波乱万丈の人生で振り返る余裕はなかった。
 新米支店長としては表向き成功したとも言えるが、一時期私は上述した社団の事務局長とコンサルタント(以下「コンサル」)との二足の草鞋を履いているとき、新米というよりド素人コンサルとしては何とか蛇に怖じずで失敗した。
 コンサルとしては、依頼主の期待に応えることはもちろんだが、末長くコンサル契約を続けてもらうことも大事。

 短期間のコンサル経験で、まず信頼関係を構築することが先決(コンサルにしろ知事しろ上に立つものは気配りが不可欠)で、提案は小出しにしていけばよいのかと理解した(棒高跳びの元王者ブブカ選手が1㎝刻みで世界新記録を出した程ではないにしろ)。
 私はサービス業の某オーナー会社の常駐顧問になった。もう一人の先輩格のベテランコンサルの人は週一にて社員と上手くやっていた。新米の私はオーナーに早く認められないといけないと思いいきなりアクセル全開にした。他の役員や社員にとって、存在自体が面白くないのに、まずやるべき、受け入れてもらう努力をしなかった。その上門外漢に上から目線で偉そうに言われれば、他の役員、社員は不愉快極まりないとなってしまう。孤立してしまった(ただ、疎外感はなかった。会議室の外に私の怒鳴り声が漏れてもいたが、女性社員達は、私を毛色が違う人物と面白がったのか、男性社員に物足りなさを感じていたのか、定期的に開いた私以外女子社員の飲み会に参加してくれていた。私がメッシーとなって)。
 

 新米県知事の斉藤氏も県民からの改革派の知事としての期待に早く応えなければと力が入りすぎたのだろう。身構えている、戦々恐々としている県職員に対して、まず信頼関係を築くことが先決なのに。
 斉藤知事には、「おねだり知事」に加えて「パワハラ知事」というありがたくない呼び名も与えられた。佐渡ではないのに殿様発言では行き過ぎもあったろうが、元々国家公務員出身の知事と地方公務員の県職員とギクシャクする素地は存在する。
 改革派知事の先駆けにて賢知事と知られる自治省出身の片山善博元鳥取県知事においても一部の声にはパワハラがあったという。本人はパワハラしたつもりはなくとも相手がそう感じればパワハラとなるのであれば。
 故郷を旅立ち国家・天下に奉仕するとの志の国家公務員と転勤もなく、地元名士に準ずる地方公務員と仕事ぶりには差があると言える(私自身も若手地方銀行員として旧三長銀の一行にトレーニー出向したときその仕事の厳しさにカルチャー・ショックを受けた)。
 私自身のことを棚に上げて言えば、地方公務員に対して正直なところよいイメージをもっていない。

 累計数県数人というところか県職員と一緒に仕事する機会が何度かあった。新しいアイデアを求めると全然出てこないが、それでいて地方公務員試験を合格しているから優秀であり新事業案に対する問題点をと言えば、すらすらと3つ、4つ問題点をすぐに挙げてくる。食えないタイプが少なくない。
 その食えないタイプの代表が、問題が表面化すると、さっさと辞任し、人前で大泣きするかと思えば別の場では打って変わって開き直る、渦中の兵庫県元副知事と言えるだろう。
 一方、国家公務員に対しては、上記社団を10年ほどで卒業し業界団体に転進した私は卒職するまで10年前後所轄官庁の厚労省に年に数回申請や報告で出入りしていた。

 窓口のノンキャリはいつ行っても口元に潰瘍が目立っていた。大変なんだと見ていた。官庁はノンキャリで支えられていると心からそう思った(ただ、国家公務員を目指すならキャリアを目指すべき。処遇が違い過ぎる。ノンキャリの、キャリア扱いで退官後“知の巨人”と呼ばれる佐藤優氏や“命のビザ”で数多のユダヤ人の命を救った故杉原千畝に憧れていても。スーパーサイヤ人としての実力があると思うなら学歴を気にせずキャリアを目指すべきだと思う)。
 斉藤知事とパワハラ知事を排除したい県職員側と既得権を守りたい県会議員側との連合軍との内紛における百条委員会の報告や第三者委員会の結論がなんであれ、斉藤知事は県民から再信任を盾に辞任することはしないであろう(県会議員側は不信任決議案等の再提出は慎重にならざるを得ないし)。
 それよりも、刑事事案が風雲急を告げてきた。PR会社の女性社長への買収疑惑について神戸地検と兵庫県警がPR会社側の関係先を2/7家宅捜索した。検察・警察は本気だと見るべきか。担当者が自殺した一昨年の阪神タイガースとオリックス・バファローズのパレードをめぐる資金の還流問題の告発状も受理されている。この他にも犯人捜しなどの公益通報者保護法違反問題もある。

 斉藤知事が“再起パス”となるか否かは、県知事の人間性とは直接関係のない、司法の判断次第ではなかろうか。

 前知事井戸敏三氏が五選ではなく四選の任期満了で退任しておれば、今回の騒動はなかったのかもしれない。
 2021年の兵庫知事選で斉藤氏に敗北した、自治官僚出身で2010年から兵庫県副知事で評判も悪くなかった金沢和夫氏が2017年の兵庫知事選に立候補していれば、すんなり当選していたのではないか。
 井戸前知事に対して私は、氏が自治省の総務部長時代直接話をしたこともないのに、勝手にあまりよい印象を抱いてなかった。数年経って兵庫県知事に当選した折井戸知事の満面の笑顔を見て、県民にはこんな顔を見せられるのか。当たり前とも言えるが、不器用な私にとっては、立場変われば(真の意味で)豹変できる、「さすがだな!」と思った。
 時に失言もあったが、知事を四期(16年)で有終の美を飾っておけばよかった。五期に入って高級車センチュリーを公用車とか言って県民からの不興を買い、晩節を穢した。そんな知事からの禅定発言により守旧派のレッテルを貼られた金沢氏を気の毒に思う。
 世界の常識、歴史家アクトンの「権力は腐敗する」について県知事の場合、過去「講釈師、見てきたような嘘をつき」ではないが、知事の時系列変化について私はこう書いた。
 「知事1.0では、権力は腐敗することを肝に命じて事にあたる。同2.0では、職員にぺこぺこされ、外からちやほやされて、一度やったら辞められないと思う。同3.0 では、問題やしがらみがありそれに対処できる知事に足るものは私以外いないと思い込む。同4.0では、お言葉ですがの「お」と聞いただけで激怒する。」
 この典型のような例が埼玉県上田清司元知事(2003.9~2019.8)だ。上田知事自らが1期目の2004年に4期以上の知事連続立候補を辞める「多選自粛条例」を自ら作っておきながら4期目に出馬し、四選を果たした。「変心」を問われ「若気の至りというか、思い上がりだった」と嘯く。
 民間ならフジテレビの日枝久相談役か。鹿内一族の独裁はよくないとクーデターを起こした。韓国朴正熙大統領は軍部クーデターで軍事政権を樹立したが、憂国の士から独裁者に変貌し最後側近に銃殺された。

 日枝氏は、「楽しくなければテレビじゃない」と日本視聴者の本質を見抜き、視聴率三冠が続く黄金期に導いたのは営利企業のトップとしては有能だが、“権力への誘惑の罠”に嵌りミイラ取りがミイラになってしまったか。

 独裁者日枝氏の末路は如何に(被害者とみられPTSDを発症した女子アナの回復してからのグラビア等に違和感を抱く人もいよう。が、その笑顔の奥に、自身が表舞台に出続けることにより事件を風化させない、絶対に直接の加害者と自社を許さないとの強い決意が私には感じられる)。

 有能だが賢者と言えない権力者の長期独裁体制の弊害の一つに、環境変化に対応できないことがある。性加害はいつの時代もアウトだが、「セクハラ」の言葉がまだ日本に認知されなかった時代から今日のようにコンプライアンスが厳しい時代に変遷する中で他社が対応してきているのに、自社の企業風土を直すことができない。

 古市憲寿氏はもうフジテレビで出れなくなってもいいからと「87歳の方が数十年にわたって権力を持ち、いまだに人事権とか影響力を持つ状況っていうのはおかしいと思う」と男気を見せた。その時は私も感心した。

 なのに、その直後古市氏は姑息に記事訂正したと批判された、令和の“縁切寺ならぬ復讐寺”と言える週刊文春に対して、“廃刊” との極論を言い放った(社会学者を名乗るなら、「今は縁切寺がないように早く復讐寺が不要な社会に」とか言うところでは)。この過剰反応は何故か。

 単なる性格の問題との見方が多いが、私はやはり逆鱗に触れたのかと思った。万座の前で公開謝罪させられる中国の反体制派の人民を想起した(「日枝出てこい!」と言った太田光氏は放送休止に。「太田引っ込んでろ!」とお仕置きか)。


 話を本筋に戻すと、県知事が3期(12年)ともなると遅くとも権力の腐敗の萌芽が見られると思うが、新年1月山形県知事の現職の吉村美栄子氏が五選を果たしたように、多選制限のない県知事の場合五選は珍しくない。
 ただ、吉村山形県知事の場合、実質信任投票であり、ネット民から「山形県知事選挙で無所属で現職の吉村氏が5回目の当選を確実にした。無投票での5選が濃厚となる中告示2週間前に金山氏84歳が出馬して選挙になった。投票率が約20%強とは低すぎて選挙に無関心過ぎて驚きである。吉村氏は5期目という事だが何か手を打たないとますます過疎化が進みそうである。」 と言われてしまっている。
 神奈川県知事として四期目の黒岩祐治氏も2027年の県知事選には72歳になるが五選を目指して出馬するのであろうか。
 黒岩知事は政治経験がなく知事に立候補して当選した。首相の選出は、間接選挙で国会議員の中から選ばれる。県知事は海外の大統領のごとく直接選挙で政治経験を問わない。
 黒岩知事は2009年フジテレビを退社し、大学教授に転身。その2年後の2011年に初出馬し、当選を果たしている。
 黒岩知事は、私と同じ神戸出身であるが、何と灘中・灘高を卒業している。私がいた銀行でも灘中・灘高卒業の行員が数名いた。その内の一人が地元大学の先輩だったが、「小学生の時は自他ともに天才だと思っていたが、灘中に入って上には上がいると思い知らされた」と言っていた。東大に行った人は挫折感を抱かないかも知れないが、大半が挫折感を味わうのか。若いうちに挫折感を味わうのはその後の人生にとって却ってよいのかも知れないが。
 確かにその先輩は頭が良かった。黒岩知事もさぞかし地頭がよいハズ。それでこそキャスターとして政界に詳しいとはいえ実務経験もないのに知事職をこなせたのであろう。
 賢者ならばこそ、地元既得権者からの続投要請があろうが、後進に道を譲り、晩節を穢すことがないようにしてもらいたい(ホリエモンこと堀江貴文氏と元フジTVアナ長谷川豊氏との対談you tubeで黒岩氏の性格?も触れられていた)。
 同じ神戸生まれだけの先輩でしかない私からであり、大きなお世話でしかないが。
 
 海外では政治家経験のない大統領が直接選挙で選ばれ、問題を露呈している。トランプ1.0の折、まさか本当に当選すると思わず? 当惑していたのでは。共和党の重鎮からも協力が得られなかった(戦争がなかったことは大きな成果だが)。

 ウクライナでは、コメディアンから大統領となったゼレンスキー大統領が素人の哀しさで支持率を急落させ乾坤一擲戦争に舵を切って多くの国民が犠牲になっている。

 韓国では検事から大統領になったユン大統領が非常戒厳による政治クーデーターに失敗したが、大統領が何と逮捕・起訴され、政界も司法もカオス状態。
 日本の県知事の場合も大統領制とよく似ているが、たとえ政治家経験がなく混乱が生じても、混乱自体は県政というコップの中の嵐に過ぎない。今般の兵庫県政での混乱を見ても分るように。(お膝元で巨大な東京都は別として)日本国を揺るがすことにはならない(SNSと選挙の関わり、二馬力選挙について問題提起しているも)。また、間接選挙に変えて県会議員の中から県知事を選出するのもよいとも思えない。現行のまま直接選挙で良いのではないか。

 

 そうした中、村上総務大臣が、私見としながらも、「人口半減なら『県庁全部いらない』」と爆弾発言。泉房穂前明石市長も賛同した。

  台湾有事のSF小説には、中国の人民解放軍が日本に上陸した際県が抵抗せず勝手に白旗を上げる場面がある。安全保障の面からは、総務省が県を監督し、県が市町村を統括する体制が必要なのでは。県数を統廃合して減らすとしても。
 ともあれ、県知事の任期に関して、独立した州の合衆国である米国では、州によって違うが、多選を制限している州もある。大統領と同じ2期8年が多いか。
 県政のマンネリ化、地元既得権者との癒着だけではなく、上述山形県のように県内経済の活性化や県民に喝!を入れる意味でも、県知事の任期を制限すべきではないか。
 日本も一律2期8年とすれば。1期以上跨いでの返り咲きも認め、通算4期16年を限度にすればと思うのだが。
  (次回224号は3/10アップ予定)  

2025.3 NO.222 んりゅう VS   んりゅう
   2025年の新年も相変わらず韓流ドラマを観ている。とくに気に入ったのが、WOWOWにて表向き模範タクシーの従業員が法で裁けない悪に対し制裁(殺さず檻に監禁)を下す 『復讐代行人~模範タクシー~』(シリーズ1、2)。ツッコミどころ満載だが、ユーモアもあって面白い。
 日本人の爺の私からすると故藤田まこと扮する中村主水を主人公とする『新必殺仕事人』シリーズに似ている。必殺シリーズが韓国に渡り、インスパイアされて逆に日本に還流されて日本の韓流ドラマファンが今熱中していると言えるか。
 スーパーマン過ぎる主人公のドキを演じるイ・ジェフン氏を初めて知った。当初主人公と対立する正義感溢れるカン・ハナ女性検事(原作であるウェブ漫画にはいない、ドラマのオリジナルキャラクター)の女優にはどこかで見た気がするが、思い出せなかった。そして調べた。
 2023年5月臨時号 NO.190 (「アナ・デ・アルマス VS アナ・デ・アリマス)にてこう書いてある。「『愛のタリオ』にて『私の頭の中の消しゴム』でヒロインのソン・イエジンさんの相手役を務めたチョン・ウソン(187㎝)さんが尻丸出しで裸の女優と絡む。 」

   スター俳優がポルノ男優の役割を担わなくてもと思うが、それをしないと韓国ではトップスターとは認められないのかとの疑問を投げかけたのだが、この裸の女優というのがイ・ソムさんだった。2023年にWOWOWにて観たときは関心がなく調べようとしなかった。映画が2014年制作なので当時24歳か。10年経ち素敵な大人の女優になられたと思う。
 シリーズ1の最終回の最後模範タクシーのメンバーが解散後1年経って再集結するときカン・ハナ検事も現れた。当然シリーズ2に登場すると思われたが、出演していない(シリーズ2の初回冒頭無理のある設定で画面に登場しないカン・ハナ検事に別れを告げている)。韓国でも残念がられた。他作品とのスケジュール調整が上手くいかなかったのであろうか。
 新年早々劇場で観た映画が『ビーキーパー』。偶然だろうが、上記ドラマの内容とよく似ていた。ジェイソン・ステイサム氏扮する、上記ドラマ主人公よりさらに超人的なアダム・クレイは、元秘密組織「ビーキーパー」の工作員で、現在は養蜂家として孤独だが静かに暮らしていた。唯一優しく接してくれた隣人の老婆がフィッシング詐欺により自殺した。老婆の娘はヴェローナ・パーカー FBI捜査官で、事件の真相を追う中で、復讐に荒れ狂うアダムと関わっていく。 

   我々庶民は、日常生活を営む上で法で守られている。一方で法の壁により犯罪者たちが罰せられない場合がある。それに歯ぎしりするのは、被害者だけではなく、正義感に燃える警察官や検察官も同じである。そこに復讐代行人や必殺仕事人が介在する余地が生まれる。
 2005年12月公開の洋画『ミュンヘン』では、イスラエルのモサド(諜報特務庁)の暗殺チームが復讐を遂げることが描かれている。1972年9月ミュンヘン五輪でパレスチナの過激派組織「黒い九月」のメンバー8名がイスラエルに収監されているパレスチナ人テロリストの解放を目的に、イスラエル選手団宿舎に武装して侵入する。抵抗した選手ら2人を殺害し、残る9人を人質に取ったが、西ドイツ警察との銃撃戦により人質9人全員も死亡してしまう最悪の結果に終わる。

 イスラエルは激怒し、実在とされる暗殺チームはイスラエル政府とは無関係との形で、復讐によりターゲットを次々に暗殺していく。
 映画の中では暗殺のターゲットの居場所を売るフランスの情報屋のトップに(暗殺チームリーダーの)主人公がその根城に行くが、行きも帰りも車の中で目隠しされるという裏社会が描かれている。
 なお、本映画の主人公にあたる実在の人物の証言に対してモサドの元高官らは否定しているという。
 日本でも、かつて警察の枠組みを超えた仕事人組織があると本に書いた警察OBがいた。TVにも登場していたが、言ってはいけないことを言ったのか、あらぬ法螺を吹くなと咎められたのか、いつの間にか表舞台から消えていた。 
   日本にはそんな組織はないのかと思ったが、よくよく考えると、週刊文春(以下「文春」)がその役割を果たしているのではないか。江戸時代縁切寺があった。不退転の決意をもって夫との離縁を成就するために妻が駆け込んだ寺だが、文春は令和の縁切寺ならぬ復讐寺ではないかと思うようになった。文春自体に、「社会的正義」の思いがあるのか、単に週刊誌が売れればよいと思っているのか、分らないが。
 必殺仕事人やビーキーパーは暗殺する。シリーズ1の復讐代行人は悪人を殺さず隔離する。いずれも不法行為。文春はこんな被害を受けたと訴える女性がいますよと自身の週刊誌に載せるだけ。社会的制裁をするとすれば、それは世論。
 『ビーキーパー』では、女性FBI捜査官が、主人公に「あなたのことは信じるが、法は守らなければ」と主人公に言うが、主人公は「法が役に立たないなら、俺の番だ」と答えている(最後復讐を成就し去る主人公の背に女性FBI捜査官は銃を向けるが、撃たず、逃がした。上記ドラマのカン・ハナ検事の態度と似ている)。
 上席の検事から性的加害を受け裁判に訴えた女性検事でも号泣する事態に。一般女性ならなおさらに裁判へのハードルは高い。今後は泣き寝入りする被害女性たちも「裁判が無理なら、文春の番だ」と言うのかもしれない。
 (事実無根と文春を提訴したが取り下げた)松本人志氏、(警察沙汰を恐れてか?トラブルを認め芸能界を引退した)中居正広氏の事案が“二罰百戒”となり、女性に対する“豹変”は容易だとしても、してしまえば、真の意味の「君子豹変す」(過ちを速やかに改め、鮮やかに名誉を一新する)は難しいと悟る。芸能人が「君子危うきに近寄らず」となる。TV局における“性上納文化”と疑われるような悪しき慣習がなくなる。

 そのように改善されていくならば、賛否両論ある文春の報道姿勢も意味があると言えるか(誤報に対する文春の訂正姿勢をメディアが目の敵とばかりに批判するのはそれ自体問題ないが、被害を社に訴えた女子社員よりも、中居氏を守ろうとしたのか、そういう企業文化があるのかとの疑惑の核心には影響を与えない。スポンサー側のCM中止にも変化はない)。

 渦中のフジテレビでは、大企業の75社以上がフジテレビでのCMを中止。『疑わしくは罰せず』は「法曹界」での話。「経済界」には通用しない。TV局とは思えない社長記者会見で批判を浴び、会長、社長だけが辞任(副会長も意向表明)。まだ日枝久相談役は老醜を晒すのか。

 日枝氏は2005年ライブドアによるフジテレビ買収騒動で自らの手で騒動を切り抜けたときに引退すべきであった。歴史家アクトンは「絶対権力者となれば絶対腐敗する」と看破している。その通りになった。

 日枝氏はこの期に及んでも自ら『私が全責任を負い窮地に立つ社と社員を守る』と言わない。

 それが賢者でない確たる証。「賢者の経営者は早く後進に道を譲ろうとし、賢者でない経営者は長くその座に居座り続け社を傾城させる」好事例として歴史に刻まれよう。
 
 罪に問われるようなことをなした者はどんな形であれ制裁を受けるべきだとしても、無実の人が誤って制裁されることはあってはならない。

 ドラマの中で何度か女検事カン・ハナは「私たちはたった一人も悔しい罪人を作らないようにするだけ。たとえ100人の犯罪者を逃すことがあっても」と言っている。

 「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」は世界共通。冤罪を防ぐため。
 「紀州のドン・ファン」と呼ばれた故野崎幸助(享年77)が2018年5月急性覚醒剤中毒で急死した。この死を巡り覚醒剤取締法違反と殺人の罪に問われた当時の妻、須藤早貴被告人に対して和歌山地裁は昨12月12日無罪を言い渡した。 
 検察の有罪とする前提は、須藤被告人の覚せい剤購入と覚せい剤よる殺人の2点であるが、覚せい剤の購入については、証人の一人が須藤被告人に氷砂糖を売ったと証言した(覚せい剤と氷砂糖は結晶が似ているという。野崎に依頼されたという須藤被告人の「購入して渡したが効かないからと野崎にもう頼まないと言われた」との証言にも符号する)。須藤被告人の覚せい剤購入を確実とする線が崩れた。
   覚せい剤での殺人の方は、女性証人が野崎さんが亡くなる約20日前までに、“覚醒剤やってるで、へへへ”と電話で告げられた一件を明かした。彼女が“頭おかしいんじゃないの”と応じると、“やってるで”と言われて電話を切られたという。

 事件だけではなく事故の可能性が出て来た(亡くなる前の野崎はTVで見る限り性豪とは思えないが、それが彼の生きがいとするなら精力剤等が効かなくなれば公序良俗に厳格でないと見られる彼の覚せい剤使用の可能性はなしとは言えない)。
 氷砂糖の証人は弁護人側ではなく検察側の証人。野崎の覚せい剤使用についての女性証言も検察側からの証人 。

 2度も検察側が決定的なオウンゴールすることは考えられるのか(サッカーでも少ないのに)。解せぬ。注目される裁判ならとくに証人の採用とその発言内容については上席検事の了解もとりつけているだろうに。
 『紀州のドン・ファン事件』で検索すると、Wikipedia に冤罪の可能性が指摘されている。「逮捕の10日ほど前から和歌山県警の捜査官が都内に入り内偵を進めていたことが新聞社に漏洩し、早刷りの週刊新潮を読んだ捜査関係者が焦って逮捕に至ったという。」「和歌山県警の後手後手な対応に、容疑者の冤罪を懸念する記者は多かった」と書かれている。
 医師も追いつめられるまでは誤診と認めない。検察も注目事件で今更誤認逮捕とは言えまい。裁判員裁判で無罪になるよう誘導したということは検察には絶対にありえないことなのか。無罪判決の後控訴したが、それは形だけで終わるのではと言えば、私は妄誕無稽と嗤われてしまうのか。

 それほど検察の動きは不自然と思うのだが。
  
 ひと昔前なら、拷問などにより自白を強要したり、「取り調べから逃れたいのならとりあえず供述調書にサインしろ。あとで裁判で否認すればどうか」と誘うのか(それを日産ゴーン会長事件でゴーン被告人に特捜部出身の顧問弁護士が同じことを言って、解任されたという)。
 そんな取り調べであれば、須藤被告人も無実だとしても苦し紛れに「私がやりました」と供述したかもしれない。

 今は自白の強要はできないし(そうであれば弁護士の同席を認めるべき)、取り調べの可視化もある(韓流ドラマでは録音・録画を止めて暴力を振るっているが)。
 須藤被告人の置かれた立場であれば、検察・警察だけではなく世間も色眼鏡で見がちである。彼女は言葉使いなど品はないが、見かけよりもずっとしっかりしているのかも。検察はあてが外れたのかもしれない。
 
 自白しなけれ長期間に亘って身体拘束されるという日本の伝統的な刑事司法のあり方は、日産ゴーン被告人からも逃亡先から「被告人の身体を人質にして有罪判決を獲得しようとするものだとして、その「人質司法」が告発され、海外のメディアからその後進性を批判されている(東京五輪組織委員会元理事への贈賄罪に問われ逮捕起訴されたKADOKAWA前会長の角川歴彦被告人は、否認することで身柄拘束が長引く「人質司法」で苦痛を受けたとして、国を相手どり2億2,000万円の賠償を求めた民事訴訟を起こしている)。 
 「自白中心主義」が否定される中では捜査能力が大幅に向上するまでは、間接証拠の積み重ねによる有罪認定に頼らざるを得ないのかもしれない。
 野崎事件では、須藤被告人が野崎に覚せい剤を飲ませた確たる証拠(契約上の妻でしかない須藤被告人が如何にして苦い?覚せい剤を飲ませたか)は検察が明示できていない。弁護人側から「薄い灰色はいくら塗り重ねても黒にはならない 」と反論された。
 間接証拠による事実認定を巡っては、最高裁が平成22年に示した「被告が犯人でないとしたならば合理的に説明がつかない事実関係が必要」というのは、今後冤罪が生まれやすいことの危惧からか。
 野崎事件の裁判員裁判の1審は 被告が犯人でないとしたならば合理的に説明がつかない事実関係があるとは言えないとして無罪判決が出された(別の男性から現金約2980万円をだまし取った詐欺事件で懲役3年6月の実刑判決が確定しているが、野崎からの遺産相続への支障とはならない)。
 一方、須藤被告人が逮捕された同時期2021年長野県塩尻市で妻を殺害したとして殺人の罪に問われた50歳の元県議会議員に対し、長野地方裁判所は「不倫関係にあった女性と交際を続けたいという思いを募らせたすえの身勝手で冷酷かつ凶悪な犯行だ」などと指摘し、有罪とした。検察は、防犯カメラに写った車の特徴などから元県議が滞在していた長野市から車で移動して妻を殺害したとした上で、被告以外に犯人はいないと主張し、懲役20年を求刑していた。
 12月23日の判決で、長野地裁の裁判長は「防犯カメラの映像は、被告が車で議員会館を出発し戻った際の状況だ。複数の状況証拠から被告を犯人とすることに合理的な疑いはない」と指摘し検察の主張に沿う懲役19年を言い渡した。 これに対しTV番組のコメンテーターの女性弁護士が疑問を呈していた。
 被告人が黙秘権を行使し、検察も決めてとなる証拠があげられず、状況証拠など間接証拠だけでは、完全犯罪も冤罪も、生まれ易くなるか。検事の言い分を追従するような訳にはいかない。より裁判官の判断が重大となる。

 戦前の検察と裁判所の関係については、福岡県弁護士会が中田直人氏の『国民のための刑事法学』を紹介し、「日本では、検事のほうが裁判官よりも実質的な地位は高かった。裁判官の人事権を握っているのは司法省である。だから、裁判官から検事になって司法省に役人として勤めるほうが出世は早かった。司法大臣の中には検事総長出身者がたくさんいた。しかし、裁判官出身者は一人もいない。裁判官は検察官出身者によって握られていた。」と述べている。
 戦後においても、Wikipediaの『検察庁』によれば、「日本の刑事司法では、全裁判所における令状請求の却下率は、1968年から1990年代後半までの推移は、逮捕状で0.20%から0.04%、勾留請求で4.57%から0.26%まで減少している。裁判所がきちんとチェックすると、拘留請求の却下は10%ぐらいはあるため、1990年以降の却下率の低さは異常であり、裁判所が検察の令状請求にノーチェックで応じていると言われてもしょうがないと言われている。検事を疑わない裁判官が存在することや、検察官の追認役ではないかという批判もある 」と書かれている。
 「判検交流」もあった。一定期間について裁判官が検察官になったり、検察官が裁判官になったりする人事交流制度であり、「誤解を生むような制度は続けるべきではない」との判断から、刑事裁判の部門における判検交流ついては、2012年度から廃止されている。
 『検証 検察庁の近現代史』(光文社新書)の中で著者の倉山満氏は、「刑事裁判で裁かれるのは、被告人ではない。検察官だ」と断言する。
 被告人を有罪とする検察側の主張に問題はないか判断するのが裁判長の役目。なのに日本の司法では裁判官と検察官との立場があたかも逆転していると思えるのはなぜか。
 戦前の国家に盾突く者は反逆者とする全体主義体制ではその方が都合がよかったのでは。終戦後GHQは世界を牛耳る米英(特に米国)に二度と歯向かわないようにその全体主義体制を崩壊させた。軍の解散・徴兵制廃止による非軍事化と巨大官庁内務省を解体し特高警察を廃し、財閥解体、農地改革など民主化を進めた。なのに検察の民主化は手を付けなかったのか、「自白中心主義」「人質司法」は黙認されたのか。
 GHQ、ひいては米国が日本を直接ではなく間接支配するために、政治家(自民党議員)と検察を利用した。検察を支配下に置いた(故田中角栄の失脚を見ても)ので却って捜査手法等についてはあえて干渉しなかったのでは。というのが、的外れかも知れないがド素人の私の見立てである。

 しかし、検察官だけが有罪にできると自信のある事件を起訴に持ち込み(起訴独占主義)、起訴された事件の99.9%が有罪となる日本の刑事裁判の現状において、最近裁判官は検事の主張に対して以前より追従しなくなった。検察官のやることに間違いはないとの態度は取らなくなった。

 そう見えるのは、本来あるべき検察<裁判所との関係につながるのでは喜ばしいことである。
 冤罪・袴田事件における再審において、2024年9月26日 静岡地裁は袴田巌被告人に無罪判決を言い渡し、10月9日に検察官が上訴権を放棄したことにより、同日無罪判決が確定した(1966年8月18日に誤認逮捕されてから約58年)。検察側の証拠に捏造があると認定した。  
 最高裁で死刑判決が確定したのが1980年11月19日。なのに約44年も死刑執行されていない。早い段階から冤罪が疑われていたのであろう。

 なぜ再審開始にこんなに時間がかかるのか(再審請求には『新しい証拠』が必要だが、証拠のほとんどは捜査機関の検察が持っているという。なぜそれを弁護団に開示させる法律がないのか。裁判所が再審を認めても、なぜ検察に「抗告」というその取り消しを求める手段が与えられているのか)。
 検察官も先輩の誤りを論うことを避けたい。裁判官も同じ。名もなき一庶民の命はちっぽけな面子や自己保身より小さいのか。難関の司法試験を目指した志は、一体何なのか。「正義」なのか、国家権力側に立つという「野心」なのか。
 畝本検事総長は、上記検察の上訴権を放棄し、無罪が確定した際の談話において、裁判官が検察の捏造を認定したことに異議を唱えたことに失望した。初めての女性検事総長であり、男性より女性の方がより正義感が強いと思う私は期待していた。二度と裁判官に検察が捏造したと言われるようなことは絶対起こさせないと言って欲しかった。
 普通の大人ならば、私大出の女性検事がいかに優れていようと時機を得たとしても東大出の定席のような検事総長の座に上り詰めるのであれば、組織の意向に忠実であり続けなければと直ぐに分る。私は爺になってもガキのままで大人になり切れないでいる。
 1/7付け週プレNEWSでの『なぜ「袴田事件」のような冤罪はつくられ続くのか?  “冤罪弁護士”の著者がその理由を解き明かす!』にて、裁判官出身の西愛礼弁護士は こう言う。

 「日本の司法の中には一種の『無謬性神話』というか『自分たちに与えられた国家権力は国民の信頼に支えられている以上、絶対に間違ってはならない』という意識があって、それが“冤罪という過ちから学ぶ”という反省と学びにつながることを妨げている面もあるように感じます。」 

 とっくに国民は検察の『無謬性神話』など信じてはいないだろうに。

 私は30年前まで20年間ほど銀行員をしていた。当時は銀行員も悪いことをしないとの風評がまだあったと思う。

 今や銀行員が人を殺める時代。今もあろうことか女性営業課長が貸金庫で顧客が預けた多額の金品を盗む事件が起きている。最も信頼度が高いとみられる銀行での一大不祥事であり愕然とする。銀行業界での貸金庫サービスの存続危機を招いたが、頭取の他人事のような謝罪会見は何なのだ。リーディングバンクとしての自覚や責任感は如何に(それがたった3ヶ月の報酬30%減額なのか)。

 女性行員の多額の不祥事の場合愛人に貢ぐ場合が少なくないが、今回既婚で私的なFX投資等の失敗への補填だという。

 男子営業行員の場合は金額は大きくないが仕事上のトラブルが多い(顧客に非がなく損害を被れば銀行が補填する。どこの銀行も同じ)。銀行で組合の専従をしていた当時、私のいた銀行に限ってみれば、その不祥事に学歴コンプレックスが関係しているのかとの疑問を人事部も組合も抱いていた。

 かくいう私自身も長い職業人生の中でみれば学歴コンプレックスを感じたこともあった。

 学歴コンプレックス自体は悪いことではない。コンプレックスは人を成長させる動機付けにもなる。ハンデがあると思えばこそ人一倍努力し仕事以外の勉強もして大成している者も少なくない(大谷翔平選手がMLBの顔となっているのは、野球でのずば抜けた実績だけではなく、漫画から難しい書籍まで幅広く読み、知性・教養・人間性を磨いているから。無論大谷選手には学歴コンプレックスなど無縁だが)。

 学歴コンプレックスに問題があるとすれば、モラルの問題ではなく、強迫観念にかられるがごとくやり過ぎることだ。

 一度名を上げるとその名声を維持しようと無理に無理を重ね、挙句の果て越えてはいけない一線を越えてしまう。

 そんな私は、偏見と批判されるかも知れないが、検察官においても学歴コンプレックスがあると思ってしまう。銀行員と違い、検察官は皆難関の司法試験に合格したエリートばかり。検事総長が東大出の検察官でほぼ占められてきたのなら、地方の国立大出の検察官にあってもコンプレックスがあって不思議ではないと思ってしまう。
 その中で、特捜なら、国策捜査なら、何をしてもよいというような「検察の強さ」をはき違えたような捜査手法をとる検察官が検事総長へのラインに乗っているように見える。

 法治国家と言えぬ韓国なら許されても、そんな検察官がトップになってよいハズがない。「検察の良識」を信じたい。
(次回223号は2/20アップ予定)

2025.2  NO.221 リディア・―  VS 

     リディア・
 リディア・タ―。映画『TAR/ター』で名女優ケイト・ブランシェットさんが扮する天才女性指揮者で架空の人物。リディア・コー(高寶璟、コ・ボギョン)は実在する天才女子プロゴルファー。
 リディア選手は、過去2年間の優勝者のみで争われるLPGA(米国女子ツアー)の昨年度の初戦『ヒルトン・グランドバケーションズ トーナメント・オブ・チャンピオンズ』(2024/1/18~1/21 )で優勝を飾る。さらに8月にはメジャー・全英女子オープン(8/22~25)を制する(メジャー3勝)。余勢を駆って9月も『クロ―ガー・クイーンシティ選手権』(9/19~22)に勝利する。
 これらの優勝の前にはパリ五輪 (8/7~10)があり、金メダルに輝いた。リオデジャネイロ五輪の銀メダル、東京五輪で銅メダルと3種の全メダルを持つ唯一のゴルファーとなった。さらにこれにより条件である27ポイントをクリアしてLPGA殿堂入りを果たした。
 2022年末の結婚により韓国財閥・現代グループ一族の一員となったリディア選手には引退の噂がささやかれたが、今4月28歳になる本人は否定。ただ、誰しも念願とする全米女子オープンを初優勝するか、あるいは全米女子プロも制覇し生涯5大メジャー・グランドスラマーになれば今季にも引退するのではないか。おそらく30歳までには引退するのではなかろうか(ファンから大きなお世話と言われるか)。 
 世界ランク1位の現女王ネリー・コルダ選手も凄かった。 2戦目に勝ったネリー選手は6、7戦目も勝ち、世界ランク1位に返り咲いている。さらに、4月初めのマッチープレーでも勝ち、余勢を駆ってメジャー初戦も制し出場試合5連続優勝を成し遂げた。さらに5/16~19のみずほアメリカズ・オープンにも勝ち、5月末までで6勝を数えた。
 ところが、「好事魔多し」というか、大本命で迎えた5/30~の世界最高峰全米女子オープンでまさか初日の12番(パー3)で3度もクリークに入れ予選落ちしてしまった。 
 6月以降は、予選落ちが続いたり、犬に嚙まれたり、首痛もあり欠場も多く、優勝から遠ざかっていたが、それでも11月にも7勝目をあげ、ポイントで争うロレックス・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー(年間最優秀選手)に輝いている。 
 世界ランク1位の座を通算163週(史上最長)も記録した韓国コ・ジンヨン選手は、その憎らしい程の強さは影を潜めている。逆にラウンド中に笑顔が増えた気がする。
 2023年は1勝(通算15勝)しているが、昨季優勝はない。今年の7月に30歳を迎える。女子プゴルファーは30歳と35歳に壁が来ると言われているが、まだメジャーは2勝しかなく、最高峰の全米女子オープンを制するまではまだまだ引退は考えないと思うが。

 本ブログ2024年7月臨時号NO.211(「アッタヤVSアッタラ」)で新世紀世代と呼ばれる21世紀(2001年~)生まれの中での推しの3名を挙げた。
 その推し1番手である笹生優花選手が3年振りに世界最高峰全米女子オープン(以下「全米女子」)を再度制覇した。
 2021年に史上最年少19歳11ヶ月17日(2008年優勝した朴仁妃選手と同じ) で優勝した後は、メジャーでなくていいから何とか早くもう1勝をと書いてきた。
 全米女子チャンピオンの先輩、2019年優勝のイ・ジョンウン6選手は2021年メジャー・エビアン選手権で2日目10アンダーを叩き出し最終日2位に5打差をつけ最終日を迎えたが、当日7アンダーで猛追してきたミンジー・リー選手に追いつかれプレーオフで敗れてしまった(なかなかメジャーに勝てなかったが、初めてメジャーに優勝したミンジー選手は翌年の全米女子にも優勝した)。イジョンウン6選手が制しておれば今の状態はなかっただろうに。前々季より絶不調であり、前季もシード外122位まで落ちている。
 その翌2020年度(新型コロナ禍12月開催)優勝のキム・アリム選手も全米女子を制した後4年も優勝出来なかった(昨11月ハワイのロッテ選手権でようやく2勝目をあげた)。
 笹生選手は勝ち味が遅くポンポンと連続して優勝するタイプではないと見ていた。あまり長く勝てないと全米女子チャンピオンの肩書が重荷になり、あれこれと思い悩む。そうなる前にもう1勝を思っていた。が、3年間も勝てなかった。
 笹生選手は、飛距離と深いラフももろともしないパワーがとくにすぐれており、全米女子の舞台は向いているとは思ったが、昨季優勝できるとは想像していなかった。
 3日目17番のグリーン横のバンカー越えラフからのロブショット、最終日16番のパー4のミドルでワンオンさせたティーショットなど解説の岡本綾子さんが称賛するほどプレーが神懸かっていた。
 22歳11カ月13日での全米女子2勝目も史上最年少。アニカ・ソレンタム選手が2006年に3勝目を挙げて以来3勝した選手はいない(最多の4勝は1950、60年代の故ベッツィ・ロールズと故ミッキー・ライトの2人)。
 今季はペンシルベニア州にあるエリンヒルズGCが舞台。2017年に男子の全米オープンが開催されており、当時の佐藤信夫プロによるコース攻略ガイドによれば、平坦でフェアウエイが広く、さえぎる物がなく風が吹くと紹介している。池がらみのホールも少なく、エビアン選手権を初め苦手とする山岳コースではなくリンクスコースに似ているので、笹生選手に向いていると思う。
 全米女子2勝の笹生選手は世界ゴルフ殿堂の候補対象の資格を既に得ており、40歳以上か引退後5年経過すれば選考委員会の投票で75%以上の支持があれば殿堂入りする(上述LPGA独自の殿堂入りはポイント制)。3度目の全米女子優勝なら、日本人女子としては樋口久子さん、岡本綾子さんに続いて、レジェンドの仲間入りは確実となろう。
 ただ、安定感がない。笹生選手は22試合出場してトップ10は優勝も含めて3試合でしかない。賞金ランクは2,867,618 ドルで4位ながら、全米女子優勝賞金2,400.000ドルを除くと467,618 ドルしかなく、かりに全米女子を予選落ちしていたら同ランクは76位(80位までがシード権内)あたりまで落ちてしまう。
 新世紀世代の長女に当たると言えるが、生涯獲得賞金(56位6,981,274 ドル)で三女にあたるタイのティティクル選手(27位9,791,070 ドル)に抜かれてしまった。
 パリ五輪でもふるわず、不貞腐れた?態度が視聴者から批判されている。幸か不幸か、その現場を私は観ていない。笹生選手や後述ティティクル選手ら好きな選手たちが振るわず、舞台のゴルフ場も好みでないことから、ほとんどTVを観ていなかった。
 前回フィリピン代表で出場したが、今回日本国籍を取得し日本代表として出場し、笹生選手はハーフの代表選手として期するものが大きかったのでは。意気込みとは裏腹に自らの不甲斐なさへの怒りがそうさせたのではないか。元々安定性が低いのでスコアを乱すことは珍しくない。自身の為ならそんな態度をとることはないのでは。

 身贔屓と言われるかもしれないが、情状酌量の余地を認めてあげればと思う。今季は全米女子の連覇とともにベスト10以内の試合が増えることを期待したい。
 推しの2番手はタイのティティクル選手。異例の前季途中から登録名のファースト・ネームを本名の「アッタヤ」から愛称の「ジーノ」に変更している。故障明けからの心機一転か分らないが、功を奏したとも言える。
   前季ジーノ・ティティクル選手(以下「ジーノ選手」)は開幕から8試合出場していない。その間何の情報も上がらず心配した。左手親指の腱の痛みが原因であった。4/18~のメジャー・シェブロン選手権から復帰し、優勝争いした。が、さすがに故障明けでいきなりメジャー優勝は厳しかったか。
 しかし、6月末のペア戦・ダウ選手権に大の仲良しで一歳上の中国イン・ルオニン選手と組み、優勝した。さらに最終戦(11/21~24)に勝ち女子ゴルフ史上最高額の賞金400万ドルと“レース・トゥ・CMEグローブ・チャンピオン”(年間女王)の称号を得た(最終日午前3時半に起きWOWOWで観ると11番で1打負けていた。16番で2打差になりエンジェル・イン選手の勝ちだと思い観るのを止めまた寝ようと思った。が、前日17番でのイーグルを思い出し思い直して観てると何とまたイーグル。追いつかれたエンジェル選手は動揺し短いバーディパットを外す。息を吹き替えしたジーノ選手は同スコアで迎えた最終18番もピン近くに乗せ前日と同じくバーディ。最終の2ホールで大逆転勝利。お祝いのシャンパンがけには古江彩佳選手も参加していた)。世界ランクは4位に。
 年間獲得賞金は605万9309ドル(約9億9百万円)。2007年に達成したロレーナ・オチョア(メキシコ)の436万4994ドルの記録を大幅に塗りかえた(弱冠21歳にてLPGAのトーナメントのプレーだけで生涯獲得賞金は約10百万ドル・15億円)。
 なお、最終戦の前に決まる、チャレンジングで戦略的、かつリスクを伴うホールでいかに好スコアを積み上げたかを競う『AONリスクリワード・チャレンジ』でもトップ(-0.900)で賞金100万ドル(約1億5000万円)も手にしている。1週間で500百万ドル(7億5千万円)の荒稼ぎ。さらに、12/13~15の男子PGAツアー・男女ペア戦のグラントソントン招待にて韓国トム・キム選手との組で2位となり、ジーノ選手は28万ドル(42百万円)をゲットした。
 メジャー大会の優勝はまだないが、笹生選手とは対照的に安定感から言えば女子プロの中でNO.1。初日出遅れても最終日にはベスト10入りする。ベスト10の試合回数は、ルーキー・オブ・イアーに輝いた2022年は16回、2023年も13回で共にトップ。2024年は開幕から8試合の欠場が響き 12回で惜しくも2位(トップは13回のユ・ヘラン選手)。
 プロの総合力の指標と言える平均ストロークは、2022年69.46(3位)、2023年69.53(1位)、2024年69. 33  (1位)。ラウンド数不足でベアトロフィーは23年度からの2年連続とはならなかったが(日本選手として初めて古江彩佳選手が戴冠。69.98と70を切ったのは立派)。さらにジーノ選手は2024年パーオン率も1位(77.20)。
 今季は是非メジャー大会で優勝してもらいたい。鍵は最終日パットが冴えるかどうかにかかっていると言えるか。

 ALBANetによる前季Putting Averageは29.793にて53位でしかない(上記パーオン率1位で、しかもパーオン後のパット数 Putts Per GIRは1.753で1位なのに。Why?)。
 推しの最後の3番目は、前々季19歳の誕生日に初優勝した米国アレクサ・パノ選手。11歳のときに日本のトーナメントに出場(最下位)。その後親日家となり日本行きを切望していたが前々季も叶わなかった。前季8年ぶりに待望の来日を果たしTOTOジャパンクラッシックに出場した(34位)。
 前季初戦で2位に入ったが、優勝したのがリディア選手。ジーノ選手もまたしても9/19~のクローガー・クイーンシティ選手権で優勝争いの直接対決にてリディア選手に敗れている。天才少女ゴルファーの二人とって元祖天才少女ゴルファーが壁となっているか。余り時間がないだろうが、リディア選手が現役のうちに乗り越えてもらいたいと思う。
 初戦2位でポイントランキングも2位だったのだが、試合が進むにつれ順位が下がり60位までが出場できる高額な最終戦も出場叶わずアレクサ選手は最終的に65位に終わっている。
 アレクサ選手は180㎝を超えている。まだ20歳になったばかりなのにこんな見方は酷かもしれないが、思ったより体が大きくなってしまったのか。レジェンドで、引退したアニカ・ソレンタム選手、ロレーナ・オチョア選手、カリー・ウエブ選手、現役のヤニ・ツェン選手、朴仁妃選手(育休中?)は、皆168㎝。

 バレーボール、バスケットは背の高い選手が有利だが、ゴルフではそうとは言えないものなのか。
 ともあれ、アレクサ選手の奮起を今季は期待したい。


 メジャー優勝者を身長別に見ると、全英女子オープンがメジャー入りした2001年からのメジャーにおいて64人のメジャーチャンピオンが生まれている。身長別に区分してみた。
 「180㎝以上」3名、「180㎝未満175㎝以上」8名、「175㎝未満170㎝以上」13名、「170㎝未満165㎝以上」30名、「165㎝未満160㎝以上」6名、「160㎝未満」4名となっている。
 「170㎝未満165㎝以上」が30名と一番多い。その中で168㎝の選手が11名占める。上記スーパースター5名の他に将来レジェンドと呼ばれる韓国コ・ジンヨン選手や米国ではダニエル・カン選手、ジェニファー・カップチョ選手に加え、引退した中ではアンジェラ・スタンフォード選手、グレース朴選手、メグ・マローン選手の有力選手6名が名を連ねる(まだメジャー優勝がないが、均整がとれていると映る若手ホープのローズ・チャン選手も168㎝)。
 将来的には、体格の向上、ガタイのよい北欧選手の台頭から、主力が「175㎝未満170㎝以上」に移行するかもしれない(2001年~2012年は4名に対して、エビアン選手権がメジャーに昇格した2013年~2024年は9名に増えている)。
 「160㎝未満」のメジャーチャンピオンは4名。「180㎝以上」が3名しかおらず、ゴルフというスポーツは、背が低くても十分通用する。これまでの最低身長(以下「最小」)メジャーチャンピオンは全英女子オープン2回優勝の韓国申ジエ選手(155㎝)。それを153㎝の古江選手がエビアン選手権で優勝し、新たに最小メジャーチャンピオンの座についた(最高身長のメジャーチャンピオンは185㎝のミッシェル・ウィー選手)。今季から米ツアー参戦の150㎝の山下美夢有選手にはさらなる更新の美しい夢が有る。
 日本女子選手の中で先輩格の畑岡奈紗選手はメジャー優勝では後輩たちに先を越されてはいる。が、米本土で開催されるメジャー3大会では160㎝未満の優勝者はまだいない。158㎝の畑岡選手は全米女子など好成績なので、それを目指して欲しい。昨季ルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた西郷真央選手も158.5㎝で同じく目標にして欲しい。
 日本女子選手によるメジャー制覇の時間的経過を見れば、1977年樋口久子選手(全米女子プロ)→42年後→2019年渋野日向子選手(全英女子オープン)→2年後→2021年笹生優花選手(全米女子)→3年後→2024年6月笹生選手(全米女子2度目)→1カ月後→2024年7月古江彩佳選手(エビアン選手権)。

 日本女子選手のメジャー勝利は悲願とは言えなくなった。もう、いつ、誰が勝っても不思議ではない。今季もメジャー優勝が見られるかも知れない。
 
 優勝争い常連の有力選手たちがさらに転出し、JLPGAはLPGAのマイナーツアー的色彩がより色濃くなる。が、1/30から2025年度が開幕するLPGAツアー(男子のPGAツアーの開幕戦は35アンダーの新記録で松山英樹選手が優勝)には日本女子選手として新たに最終予選会トップ通過した上述の山下選手、同2位の岩井千怜選手(162㎝)、姉の岩井明愛選手(161㎝)、馬場咲希選手(176㎝)に加えて日米共催のトーナメント優勝で出場権を得た竹田麗央選手(166㎝)が参戦する。

 既参戦の畑岡奈紗選手、渋野日向子選手、古江彩佳選手、笹生優花選手、勝みなみ選手、稲見萌寧選手、西村優菜選手、出場権再取得の吉田優利選手を含めると13名に上る。

 韓国からは不正行為の処分(出場停止3年→1年半)明けから韓国女子ツアー賞金女王&MVPに輝いたユン・イナ選手(21歳)も参戦する。新星の彼女らと新世紀世代のトップランナー笹生選手、ジーノ選手との競い合いが楽しみである。

(次回222号は2/1アップ予定)

2025.1  臨時号 NO.220  ひと VS  ひと
 今回は予想外の展開を示した兵庫県知事選について感想を述べたい。その前にダウンタウンの松本人志氏提訴の民事裁判についても少し触れたい。
  今年2/1アップの本ブログ2024年3月号 NO.204 ( ひまりVSひまわり)にて、こう書いている。「『当該事実は一切ない』と言っていた吉本興業ではなく松本氏個人が裁判慣れの文藝春秋と闘うというのも、どうなのか。吉本興業は松本氏と距離を置いたのか。」 
 「娘を溺愛と言われる松本氏は文藝春秋(週刊文春)を相手どり提訴した。思春期の娘さんを思ってのことではないか。だが、娘さんにとって良いことなのか。本人にとっても。」
 「裁判が始まれば、週刊文春側は“花見コウ”に過ぎないと余裕でこれでもかと攻めたて、さらなる娘さんが目を覆う、耳を塞ぐような話が世に出てしまうだけかもしれない。」 と結ぶ。
 裁判を起こす動機は娘さんの為と思うが、百戦練磨の文春側とひとりで闘う裁判に否定的見解を述べた。

 娘さんがより失望する話はあまり出てこなかったが、「事実無根なので闘いまーす」と言った原告側の松本氏が和解ではなく、取り下げた。裁判で敗訴するよりましだが、限りなくクロに近いグレーかと世間は思っても不思議ではない。
 娘さんの為にはならなかったし、活動を自粛しているスピードワゴンの小沢一敬氏らも困惑しているだろう。裁判をするなら勝ち切って欲しい。そうすれば自分たちも大手を振って芸能活動に復帰でるきと期待していただろうに。これでは動くに動けぬ。
 逮捕された刑事裁判での被告人でもなく、松本氏にも職業人生を生きる権利があり、復帰するかどうかは本人の自由。TVで観たくない視聴者はチャンネルを変えればよい。

 TV復帰の障壁は番組スポンサー。TV局は基本スポンサーの意向に従うだろう。スポンサーがゴーサインを出すかどうかは世論の動向を見て判断する。結局世論次第。
 娘さんの為にも復帰して性加害の疑いを風化させることも考えられるが、ことはことだけに復帰賛成派が反対派を大きく上回ることは簡単ではないだろう。
 松本氏側には求められる会見の動きはないのか。本人の会見なしで(裁判にタッチしなかった?)所属の吉本興行が復帰の根回しを先行させるなら世論の反発を招くだろう。
 松本氏にはもう働かなくても家族が生活に困らない以上の蓄財がすでにあろう。しかし、まだ若い小沢氏らはそうはいかない。打算があろうとなかろうと松本氏を慕って世話もした後輩たちに同情する声も少なくない。
 松本氏は、早く会見を開き、「私はともかく、小沢君らは飲み会をセットしてくれただけで密室でのことは知らないし関係していない。彼らを早く復帰させて」とでも言ってはどうか。このまま芸能界を引退するなら、SNSで同じことを投稿してもらいたい。
 松本氏の復帰問題は、その男気に世論がどう反応するか、その後だと思うのだが。

 さて、私は、今は本籍も移し都内に居を構えているが、神戸がふるさとであり、米大統領選程ではないが兵庫県知事選にも関心を寄せていた。私自身は報道による内容からして斉藤元彦知事に対する印象は良くなかった。総務官僚(GHQが解体した内務省の本流を受け継ぐ自治省と郵政省等が合体し総務省となった2001年の翌年入省)として出来が良いとは思えない。
 30年前に銀行を辞め今でいう公益社団法人に在籍してた折に官庁に出入りし上面っしか見ていないが、当時一流官庁を代表する大蔵省、自治省において、大蔵官僚はいい意味でも悪い意味でも政治家みたい。まじめで面白さに欠けるが自治官僚は国・国民に奉仕する信念とプライドを持ったTHE国家官僚だと思っていた。最近で言えば、自治官僚OBの平嶋彰英氏は総務省自治税務局長の時ふるさと納税の問題点を指摘し時の権力者でふるさと納税の拡充を図る菅義偉官房長官に反対し左遷されても信念を曲げることはなかった(安倍政権に隷従あるいは忖度する官僚が多い中生きた化石みたいだが)。 
 その自治官僚OBで「改革派知事」の先駆けとして注目され、権力の腐敗、しがらみを避け鳥取県知事を2期で退任した片山善博元“賢知事”が先輩として斎藤知事のことをコメントするのは忸怩たる思いと憤りとの複雑な心境にあるのではないか(自治官僚と総務官僚と差があるのか。単なる個別の問題なのか)。
 ただ、時間的余裕もなく対抗馬サイドが1本化していないのでは、斎藤知事が再選される可能性もなしとしないと見ていた。


 斉藤知事は百条委員会のような公式の場で「道義的責任が何かわからない」 と発言した。パワハラ疑惑と相まってサイコパスかと思った。私だけではなくそう疑うネット民も少なくないのでは(専門医はどう見ているのだろうか。我々とは違い診断もせず軽々しくネット上で見解は出せないだろうが)。
 サイコパスの最大の特徴は何か。ある医師によれば、「良心の欠如」。サイコパスには他人の痛みに対する共感が全く無く、自己中心的な行動をして相手を苦しめても快楽こそ感じさえすれ、罪悪感など微塵も感じないのがサイコパスの特徴と説明している。さらに猟奇的なことをしない“マイルド・サイコパス”もいるという。
 斉藤知事は、月刊『文藝春秋』の11月号にて、道義的責任が「ある」と答えれば即座に辞職に結び付けられるのは明白。日本ではとくに道義的責任を問う議論は感情的になると弁明している。
 百条委員会は予め日程が決められており、事前に質問を予想し回答を練ることが出来る。私ならベストな回答でないだろうが、「結果として幹部職員が亡くなられたことには道義的責任は感じております。今すぐ辞めるのも責任のとり方だと思いますが、私としては、ご批判はしっかりと受け止め、道半ばの県民の為の改革を全うさせていただきたいと思っています」と答弁する。
 その用意したであろう回答が「道義的責任が何かわからない」では、(はぐらかす意図とも思えず)TV視聴者を唖然とさせただけでは。結局県議会全会一致の不信任案可決を受けて知事は失職を選択した。
 当選当日夜のフジの番組でも、批判的だった泉房穂前明石市長が「これが兵庫県民の民意なら、私は厳しいこと言ってきましたが、おめでとうごさいます」と筋を通した呼びかけをしているのに、斉藤知事は、普通なら今更と思っても、愛想笑いぐらいしてありがとうごさいますとでも言うところだが、ほとんど反応を示していなかった(デイリーは斉藤知事は笑いながら頭を下げたと報じたが、私にはそうは見えなかった)。
 当選後降って湧いた公職選挙法違反問題ついては、(承認欲求、自己顕示欲が強いと見られる)PR会社女性社長が斎藤知事から「望むような評価」を得られていないことを不満に思い、それが斎藤知事側の了解も得ず世間の評価獲得という暴挙に走らせた。斎藤知事が感謝の意をどういう形にしろ彼女に示していれば、今回の騒動は防げたハズとの見方もある。
 騒動後平然と女性社長を切り捨てるようなところも見ると、斎藤知事はやはりマイルド・サイコパスに近いと思ってしまう。

 筑波大原田隆之教授はマイルド・サイコパスは「際立った犯罪性や反社会性は見られないが、対人面や感情面、あるいはそのライフスタイルにおいて問題を有する者が当てはまる。そして、その特性ゆえに程度の大小はあっても、対人的な軋轢あつれきを生んだり、周囲の人々や組織を困らせたりすることは少なくない。」とする。さらに、「マイルド・サイコパス」上司がいる職場では、メンタルヘルス問題、職場への満足感、モチベーションの低下、離職率に有意な影響を及ぼすことが明らかになっている。」ともいう。
 反対に、サイコパスの持つ、対人的な魅力、誇大性(自分を大きく見せる)、不安の欠如(物事を恐れずに行動する)などは、リーダーシップに必要なパーソナリティと重複するところがある。こうした面が特に顕著なマイルド・サイコパスは、「成功したサイコパス」と呼ばれるのだという。
 斎藤知事は「成功したサイコパス」の範疇に入るとは言い難いのでは。ならば、そんな人は人の上に立つべきではない。コンサル(依頼主を怒らせたらそれで終わり)や今回の件でフォロワー数が増えたインフルエンサーでもよい。あるいはしくじり先生としての講演業とか、とにかく一人で行う職業がよいと思うのだが。
 
 西播磨県民局長(以下「県民局長」)たる者が3/12付けにてパワハラ等7つの疑惑をもって匿名で報道機関や一部の県議に文書を配り斉藤知事を告発した。犯人探しがなされ当の県民局長はあわてて4/4には内部通報窓口に届け出したのだが、県民局長は停職3カ月の懲戒処分を科されてしまった。

 内部通報を受けて6月に百条委員会が立ち上がったが、県民局長は7/19の同委員会への出席を前にして7/7「一死をもって抗議する」との言葉を残して自殺した(親を嘆かせ自責もさせる親不孝な若者の自殺を「自死」とするのは美化することにもなり、他人や組織の為に命を投げ出す武士の「自死」と混同させるべきではないとの考えから、メディア等が使用しても私自身は「自死」を使わない)。
 私は、県幹部なる者が覚悟を決めて下剋上したのに、そんな程度のことで自裁して戦を止めてしまったのが理解できなかった。
 すると、県民局長の公用パソコンから不適切なものが見つかっていたとネット上に上がった。下剋上するにあたって、いの一番に隠すべきものを賢いハズの者が公用パソコンに残しておくとは脇が甘いを超えて不思議だが(私なら組織のパソコン管理者であれば各人のパソコンの中身を知ることができると誤解であろうとそう理解しているので、ハナから私事を組織のパソコンに保存などしない。Deleteしてもサーバーには残っているし)。
 なるほどと思った。正義の味方になるハズが色情狂とでも仕立てられ葬られる、三日天下の明智光秀にもなれないのかと無念と絶望から自決したかと。
 県民局長は、死亡前、家族や不倫?相手に向かって「死をもって懺悔する」と言ったわけではない。「(百条委は)最後までやり通してください」とともに残されていたメッセージ「一死をもって抗議する」は斉藤知事サイドに向かってのものであり、「抗議」とは公益通報者保護法違反であろう。
 公益通報に基づく百条委員会で審議される問題は、県民局長の告発内容が真実かどうか、告発された対象の斉藤知事及び側近による犯人探しなどの行為が公益通報者保護法違反にあたるか否かである。

 県民局長の死には斎藤知事側の犯人探しが影響していると言えるが、個人のプライバーシーの内容は百条委員会の審議される問題とは直接関係がない(私用が服務規定違反に該当する、その内容に問題があるとしても、告発文書の犯人探し行為の副産物に過ぎず犯人探しの正当性には寄与しない)。
 『「立花暴露発言」に誘発された「折田ブログ投稿」で、斎藤知事は絶体絶命か』と題しての11/23付けで投稿した郷原信郎弁護士においても「自殺した元県民局長に庁内不倫の問題があったとしても、それは告発文書の信憑性とは関係がない。斎藤知事の問題を調査する百条委員会の場で持ち出すこと自体がおかしい。自殺した元県民局長の死者の名誉に対する配慮からも、そのような発言を取り上げないようにしたことは間違ってはいない。」と述べている。 
 しかし、ネット上では百条委員会側が隠そうとしたと非難する声も多い。が、11/21『斎藤氏への世論「批判から熱狂」に変わった"本質" 斎藤知事「告発→失職→復活」までの経緯(下)』にてジャーナリスト安積明子氏は「百条委員会は7月8日の理事会で、プライバシーに関する資料の開示を禁止していた。にもかかわらず、片山氏はそれを破って発言し、その音声記録を流出させた」としている。

 死人に口なしの中「NHKから国民を守る党」(以下「N党」)党首立花孝志氏やネット民らの発言により、安積氏は(出直し知事選挙は)「斎藤知事の資質を問うものだったが、いつの間にか争点が自死した元局長のスキャンダルにすげ替えられたのである 」とする(後述の上智大奥山俊宏教授も12/14に「権力者の不正を暴く情報の伝え手について、異性との関係のあることないことを暴き立てられるのは、古今東西でよく見られる現象です。告発者を貶め、その信用を傷つけ、告発内容から目をそらさせ、論点をすり替え、さらに、他への見せしめとするのが狙いの卑劣な攻撃です。そろそろ、私たちは、不倫があろうがなかろうが、そのことと内部告発の内容は無関係であり、別問題だと知るべきです。」と言っている)。
 斎藤知事らによる告発の犯人探し等の一連の行為が内部告発者保護法違反にあたるかどうかについては、上述安積氏によれば、7/20に告発文書を手にした斎藤氏は、すぐさま21日に側近の片山安孝副知事(当時)らを呼びつけ、「誰がどういう目的で出したか徹底的に調べてくれ」と指示している。片山氏らは25日に元局長のパソコンを押収し、私物であるUSBまで取り上げたとしている。
 これらの行為について9/5の百条委員会で上智大奥山教授は「公益通報にあたらないと判断したのは拙速すぎた」「結果的に文書には、法的に保護されるべき公益通報が含まれていることが明らかになっていると思われ、知事らのふるまいは公益通報者保護法に違反すると考える」と発言していた。
 敷衍するかのごとく、上述の郷原弁護士もこう述べている。3月の県民局長の告発は県の通報窓口への「正式な通報」として行われたものではなく、マスコミや県議会関係者に送付されたもの。正式な通報でなく、組織の外部に対して行われたものであれば、通常通報窓口の処理の対象とはならない。それが、「通報対象事実」に該当し、「外部通報」の要件に該当する場合に限り、公益通報者保護法による保護の対象となるとの見解を示す。
 公益通報者保護法の「通報対象事実」に該当するかは、7つ告発事項のうちの6の「優勝パレードの陰で」にその可能性があるという。その場合は、「匿名通報の犯人捜し」「通報者の不利益処分」は違法となるという。
 指摘されるその告発事項の内容は「プロ野球阪神・オリックスの優勝パレードは県費をかけないという方針の下で、企業から寄附を募ったが、必要額を大きく下回ったので、信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせることで補った。パレード担当課長が不正行為と大阪府との難しい調整に精神が持たず、うつ病を発症した」というもの。告発直後パレード担当課長は亡くなっている(自害と見られているが、県は3カ月後に公表。知事は家族の意向と言う)。メディア側でも一番問題がある事項と見ていた。

 兵庫知事選は県民による直接選挙。憲法43条に基づき全国民を代表する選挙された国会議員の中から首相を選ぶ間接選挙の日本と違い、直接選挙で大統領を選ぶ韓国、ウクライナでは、政治家経験のない、尹錫悦大統領やゼレンスキー大統領が誕生してしまう。その悲惨な結果は、選んだ国民だけではなく全国民が負うことになる。 
 間接選挙があるのは直接選挙での欠点を補うためでは。選挙の拠り所の民主主義(多数決)は民度が一定との理想を前提としている。が、現実は民度の高い層<民度の低い層。よって直接選挙では予想だにしなかった結果も起こりえるとの懸念から。今回の兵庫知事選も例外ではない。
 ただ、神戸っ子を自認する私は、兵庫県民の政治的民度レベルが他県より勝るとも劣らないと思っている。
 今回の結果となった背景として、選挙戦でのSNS活用がまだ黎明期(自主規制する新聞等オールドメディアから野放し状態のSNS等への情報権威の移行期における混乱とみるべきなのか)にすぎないことに加えて、出直し知事戦は百条委員会や第三者委員会の結果が出ておらず県民が斎藤知事をめぐる問題が真実か否か分らない心が揺れやすい状態の中で選挙が実施されたことが挙げられる。
 2021年7月兵庫県知事選において、連続5期満了の井戸敏三知事からの禅定発言もあり守旧派のレッテルが貼られた自治官僚OBの金沢和夫副知事(当時65歳)と総務省出身の斉藤元彦現知事(同43歳)との一騎打ちとなり、県民は改革派の斉藤氏を選んだ。
 そして斉藤知事は改革派として県民にとって身近な改善(上述文藝春秋にて知事本人曰く、県立大学の学費無償化やボロボロとなってしまった高校の部活用具の補修費用など教育予算の拡充に取り組む)や知事公用車の高額なセンチュリーの廃止や知事本人の給与、退職金のカットなどで県民は斉藤知事を選んでよかったと思っていたのでは。
 ところが、斎藤知事の不信任決議案が全会一致で可決され(県民が直接選んだ首長と同じく県民が直接選んだ県議会議員との全面対決)、それだけでも動揺する県民は、斉藤知事がパワハラに加え自らを告発した部下を死に追いやったのか、県民に見せる顔とは違う裏の顔があったのかと狼狽した。それでも疑惑の段階でしかなく、嘘であって欲しいと思いたかった県民も多くいたのではないか。
 そこに、N党党首の立花孝志氏らが斎藤知事は悪くないとの声が多くあがり、それにすがったのではないかと県民の心理を推察する。
 選挙最終盤斎藤候補が逆転するかとの危機感を抱いた、29市の内22市の市長が市長会有志として斉藤知事の対抗馬としての稲村和美候補(元尼崎市長)を応援することを表明した(法的に問題がないにしろ異様であり兵庫県政の闇を感じる)。

  それが県民の判官びいきに火をつけだだけではなく、是非を問う記者に対して相生市長が何が悪いと!と激怒し机を叩いた様子がネット上に拡散しオウンゴールとなった。それがダメ押しとなり予想外の大差となった。衆院総選挙において実質的に非公認候補者にも20百万円の支給したことを糺すメディアに対して首相が激怒したことを彷彿させるがごとく。

 県民の投票行動に大きな影響を与えた立花氏の一連の言動に対しては検証が必要であろう(国家権力側はどう見ているのか。かつてホリエモンこと堀江貴文氏を微罪で逮捕しお灸を据えたが)。
 上記22名の一人姫路市清元秀泰市長は 「N党の立花孝志党首が(百条委員会の委員長の)奥谷県議の自宅兼事務所前で街頭演説し、脅迫まがいのことを言うのは、モラルハザードな部分もあるのではないか」と懸念を示している。

 当の奥谷県議は立花氏を名誉毀損容疑(SNSにて「奥谷委員長は悪人で、マスコミに圧力をかけ、告発文書を作成した元県民局長の死亡原因を隠ぺいした」などウソの投稿をされ、名誉を毀損された)で刑事告訴した(12/22兵庫県警が立花氏を任意で事情聴取するとの報道あり)。
 さらに私としては、立花氏が出直し再選を目指し立候補した斎藤知事への応援を目的に出馬したことに注目している。
 立花氏は「自分には投票しないで、斎藤氏に入れて」と呼びかけている。欧州競馬では、本命の馬を勝たせるため同厩舎の別の馬をラビットと呼ぶペースメーカーとして出場させることが認められている。日本の競馬界は、JRA(日本中央競馬会)から明確に禁止されている(競馬施行規約 第6節 第41条「競走に勝利を得る意志がないのに馬を出走させてはならない」)。しかし、政界にはそれを禁止する規定がないのか。ラビットの立花氏は、当選する意志がないことを明確に意思表示している。
 妻から下品と言われる私が見ても政党党首とも思えぬ品の悪さだが頭は切れる立花氏は禁止規定がないと理解した上で行動していたのだろう。他の候補の悪口や批判が許されているのに他の候補を褒めるのはダメとなるわけない。
 脳科学者の中野信子女史は「立花さんみたいな人が、仮に10人出てきたら、10倍選挙カーが使えちゃう。お金はかかるけど、有効な戦術になるから、選挙が変わっちゃう。早晩、公職選挙法を変えなきゃ行けないことになると思う」と言う。その通りだと思う。
  村上総務相は「候補者が他の候補者の選挙運動を行う場合には、その態様によっては、公選法上の数量制限などに違反する恐れがある」との見解を示しているが。 
 

   立花氏に応援された当の斎藤知事には新たに公職選挙法違反の疑いが出てきた。11/23集英社オンラインも『斎藤知事に公選法違反疑惑〉票を「収穫」、広報の「お仕事」と女性社長がウッカリ暴露。社長は過去に兵庫県の知事直轄事業「空飛ぶクルマ」にも関与か』と長いタイトルで、「斎藤氏から選挙の『広報全般を任された』と主張する同県内のコンサルタント会社社長が、SNSを含む広報戦略を『仕事として手掛けた』とネットで自慢し始めたのだ。ネットでも選挙運動を行なった者に報酬が渡れば公職選挙法の買収罪にあたる可能性があり、そうなれば候補者だった斎藤氏本人も連座制適用で当選取り消しがあり得る」と報じている。
 上述郷原弁護士に至っては、「斎藤知事が公選法違反で処罰され、当選無効・公民権停止となって失職する可能性は相当程度高いと言わざるを得ない。このような問題を抱えて、しかも、全会一致で不信任案を可決している県議会と対峙して県政の安定が実現できるとは思えない。斎藤知事は、冷静に事態を受け止め、辞任を検討すべきだろう。」とまで言い切る。
 一方で斎藤知事は罪に問われないとの声も多く世論が二分されているが、その郷原信郎弁護士と神戸学院大学上脇博之教授とが兵庫県斎藤元彦知事と西宮市のPR会社社長の刑事告発状を12/2に提出した。12/16朝日新聞は神戸地検と県警が告発状を受理したと報じた(元東京地検特捜部検事の若狭勝弁護士は「事前収賄罪」「運動買収」「有料ネット広告禁止」の可能性を指摘している)。司法の判断を待つしかないか。 


 ともあれ、まだまだ兵庫県政の混乱は終わりそうにない。が、私としては、兵庫県民の民意が斎藤知事再選にある以上、そんな知事を不穏当なマイルド・サイコパス呼ばわりしたままにはしておけない。
  12/11兵庫県から内部調査の報告があった。その内容を歓迎するネット民も多かったが、12/12産経新聞は「11日に県が公表した「パワハラの確証が得られなかった」とする調査結果について、公益通報制度に詳しい淑徳大の日野勝吾教授は『(百条委の)県職員アンケートの結果を踏まえると違和感のある結論。兵庫県は公益通報者保護法の法定指針の違反状態が続いていると認識している』と述べた」と報じている。 
 問題となる、パワハラ、公益通報者保護法違反、補助金のキックバック、立花氏との連携、上記買収罪などの疑惑解明の成り行きを見ながら、テレ朝前職員西脇亨輔現弁護士も疑問を呈する身内の内部調査ではなく、延期となった百条委員会の報告や第三者委員会の結論が出るであろう翌年3月以降に「サイコパスVSサイキパス(再起パス)」との表題にて本ブログにて再度意見を述べたいと思う。
(次回221号は1/10アップ予定)