2025.1 臨時号 NO.220 ひとし VS ひとり
今回は予想外の展開を示した兵庫県知事選について感想を述べたい。その前にダウンタウンの松本人志氏提訴の民事裁判についても少し触れたい。
今年2/1アップの本ブログ2024年3月号 NO.204 ( ひまりVSひまわり)にて、こう書いている。「『当該事実は一切ない』と言っていた吉本興業ではなく松本氏個人が裁判慣れの文藝春秋と闘うというのも、どうなのか。吉本興業は松本氏と距離を置いたのか。」
「娘を溺愛と言われる松本氏は文藝春秋(週刊文春)を相手どり提訴した。思春期の娘さんを思ってのことではないか。だが、娘さんにとって良いことなのか。本人にとっても。」
「裁判が始まれば、週刊文春側は“花見コウ”に過ぎないと余裕でこれでもかと攻めたて、さらなる娘さんが目を覆う、耳を塞ぐような話が世に出てしまうだけかもしれない。」 と結ぶ。
裁判を起こす動機は娘さんの為と思うが、百戦練磨の文春側とひとりで闘う裁判に否定的見解を述べた。
娘さんがより失望する話はあまり出てこなかったが、「事実無根なので闘いまーす」と言った原告側の松本氏が和解ではなく、取り下げた。裁判で敗訴するよりましだが、限りなくクロに近いグレーかと世間は思っても不思議ではない。
娘さんの為にはならなかったし、活動を自粛しているスピードワゴンの小沢一敬氏らも困惑しているだろう。裁判をするなら勝ち切って欲しい。そうすれば自分たちも大手を振って芸能活動に復帰でるきと期待していただろうに。これでは動くに動けぬ。
逮捕された刑事裁判での被告人でもなく、松本氏にも職業人生を生きる権利があり、復帰するかどうかは本人の自由。TVで観たくない視聴者はチャンネルを変えればよい。
TV復帰の障壁は番組スポンサー。TV局は基本スポンサーの意向に従うだろう。スポンサーがゴーサインを出すかどうかは世論の動向を見て判断する。結局世論次第。
娘さんの為にも復帰して性加害の疑いを風化させることも考えられるが、ことはことだけに復帰賛成派が反対派を大きく上回ることは簡単ではないだろう。
松本氏側には求められる会見の動きはないのか。本人の会見なしで(裁判にタッチしなかった?)所属の吉本興行が復帰の根回しを先行させるなら世論の反発を招くだろう。
松本氏にはもう働かなくても家族が生活に困らない以上の蓄財がすでにあろう。しかし、まだ若い小沢氏らはそうはいかない。打算があろうとなかろうと松本氏を慕って世話もした後輩たちに同情する声も少なくない。
松本氏は、早く会見を開き、「私はともかく、小沢君らは飲み会をセットしてくれただけで密室でのことは知らないし関係していない。彼らを早く復帰させて」とでも言ってはどうか。このまま芸能界を引退するなら、SNSで同じことを投稿してもらいたい。
松本氏の復帰問題は、その男気に世論がどう反応するか、その後だと思うのだが。
さて、私は、今は本籍も移し都内に居を構えているが、神戸がふるさとであり、米大統領選程ではないが兵庫県知事選にも関心を寄せていた。私自身は報道による内容からして斉藤元彦知事に対する印象は良くなかった。総務官僚(GHQが解体した内務省の本流を受け継ぐ自治省と郵政省等が合体し総務省となった2001年の翌年入省)として出来が良いとは思えない。
30年前に銀行を辞め今でいう公益社団法人に在籍してた折に官庁に出入りし上面っしか見ていないが、当時一流官庁を代表する大蔵省、自治省において、大蔵官僚はいい意味でも悪い意味でも政治家みたい。まじめで面白さに欠けるが自治官僚は国・国民に奉仕する信念とプライドを持ったTHE国家官僚だと思っていた。最近で言えば、自治官僚OBの平嶋彰英氏は総務省自治税務局長の時ふるさと納税の問題点を指摘し時の権力者でふるさと納税の拡充を図る菅義偉官房長官に反対し左遷されても信念を曲げることはなかった(安倍政権に隷従あるいは忖度する官僚が多い中生きた化石みたいだが)。
その自治官僚OBで「改革派知事」の先駆けとして注目され、権力の腐敗、しがらみを避け鳥取県知事を2期で退任した片山善博元“賢知事”が先輩として斎藤知事のことをコメントするのは忸怩たる思いと憤りとの複雑な心境にあるのではないか(自治官僚と総務官僚と差があるのか。単なる個別の問題なのか)。
ただ、時間的余裕もなく対抗馬サイドが1本化していないのでは、斎藤知事が再選される可能性もなしとしないと見ていた。
斉藤知事は百条委員会のような公式の場で「道義的責任が何かわからない」 と発言した。パワハラ疑惑と相まってサイコパスかと思った。私だけではなくそう疑うネット民も少なくないのでは(専門医はどう見ているのだろうか。我々とは違い診断もせず軽々しくネット上で見解は出せないだろうが)。
サイコパスの最大の特徴は何か。ある医師によれば、「良心の欠如」。サイコパスには他人の痛みに対する共感が全く無く、自己中心的な行動をして相手を苦しめても快楽こそ感じさえすれ、罪悪感など微塵も感じないのがサイコパスの特徴と説明している。さらに猟奇的なことをしない“マイルド・サイコパス”もいるという。
斉藤知事は、月刊『文藝春秋』の11月号にて、道義的責任が「ある」と答えれば即座に辞職に結び付けられるのは明白。日本ではとくに道義的責任を問う議論は感情的になると弁明している。
百条委員会は予め日程が決められており、事前に質問を予想し回答を練ることが出来る。私ならベストな回答でないだろうが、「結果として幹部職員が亡くなられたことには道義的責任は感じております。今すぐ辞めるのも責任のとり方だと思いますが、私としては、ご批判はしっかりと受け止め、道半ばの県民の為の改革を全うさせていただきたいと思っています」と答弁する。
その用意したであろう回答が「道義的責任が何かわからない」では、(はぐらかす意図とも思えず)TV視聴者を唖然とさせただけでは。結局県議会全会一致の不信任案可決を受けて知事は失職を選択した。
当選当日夜のフジの番組でも、批判的だった泉房穂前明石市長が「これが兵庫県民の民意なら、私は厳しいこと言ってきましたが、おめでとうごさいます」と筋を通した呼びかけをしているのに、斉藤知事は、普通なら今更と思っても、愛想笑いぐらいしてありがとうごさいますとでも言うところだが、ほとんど反応を示していなかった(デイリーは斉藤知事は笑いながら頭を下げたと報じたが、私にはそうは見えなかった)。
当選後降って湧いた公職選挙法違反問題ついては、(承認欲求、自己顕示欲が強いと見られる)PR会社女性社長が斎藤知事から「望むような評価」を得られていないことを不満に思い、それが斎藤知事側の了解も得ず世間の評価獲得という暴挙に走らせた。斎藤知事が感謝の意をどういう形にしろ彼女に示していれば、今回の騒動は防げたハズとの見方もある。
騒動後平然と女性社長を切り捨てるようなところも見ると、斎藤知事はやはりマイルド・サイコパスに近いと思ってしまう。
筑波大原田隆之教授はマイルド・サイコパスは「際立った犯罪性や反社会性は見られないが、対人面や感情面、あるいはそのライフスタイルにおいて問題を有する者が当てはまる。そして、その特性ゆえに程度の大小はあっても、対人的な軋轢あつれきを生んだり、周囲の人々や組織を困らせたりすることは少なくない。」とする。さらに、「マイルド・サイコパス」上司がいる職場では、メンタルヘルス問題、職場への満足感、モチベーションの低下、離職率に有意な影響を及ぼすことが明らかになっている。」ともいう。
反対に、サイコパスの持つ、対人的な魅力、誇大性(自分を大きく見せる)、不安の欠如(物事を恐れずに行動する)などは、リーダーシップに必要なパーソナリティと重複するところがある。こうした面が特に顕著なマイルド・サイコパスは、「成功したサイコパス」と呼ばれるのだという。
斎藤知事は「成功したサイコパス」の範疇に入るとは言い難いのでは。ならば、そんな人は人の上に立つべきではない。コンサル(依頼主を怒らせたらそれで終わり)や今回の件でフォロワー数が増えたインフルエンサーでもよい。あるいはしくじり先生としての講演業とか、とにかく一人で行う職業がよいと思うのだが。
西播磨県民局長(以下「県民局長」)たる者が3/12付けにてパワハラ等7つの疑惑をもって匿名で報道機関や一部の県議に文書を配り斉藤知事を告発した。犯人探しがなされ当の県民局長はあわてて4/4には内部通報窓口に届け出したのだが、県民局長は停職3カ月の懲戒処分を科されてしまった。
内部通報を受けて6月に百条委員会が立ち上がったが、県民局長は7/19の同委員会への出席を前にして7/7「一死をもって抗議する」との言葉を残して自殺した(親を嘆かせ自責もさせる親不孝な若者の自殺を「自死」とするのは美化することにもなり、他人や組織の為に命を投げ出す武士の「自死」と混同させるべきではないとの考えから、メディア等が使用しても私自身は「自死」を使わない)。
私は、県幹部なる者が覚悟を決めて下剋上したのに、そんな程度のことで自裁して戦を止めてしまったのが理解できなかった。
すると、県民局長の公用パソコンから不適切なものが見つかっていたとネット上に上がった。下剋上するにあたって、いの一番に隠すべきものを賢いハズの者が公用パソコンに残しておくとは脇が甘いを超えて不思議だが(私なら組織のパソコン管理者であれば各人のパソコンの中身を知ることができると誤解であろうとそう理解しているので、ハナから私事を組織のパソコンに保存などしない。Deleteしてもサーバーには残っているし)。
なるほどと思った。正義の味方になるハズが色情狂とでも仕立てられ葬られる、三日天下の明智光秀にもなれないのかと無念と絶望から自決したかと。
県民局長は、死亡前、家族や不倫?相手に向かって「死をもって懺悔する」と言ったわけではない。「(百条委は)最後までやり通してください」とともに残されていたメッセージ「一死をもって抗議する」は斉藤知事サイドに向かってのものであり、「抗議」とは公益通報者保護法違反であろう。
公益通報に基づく百条委員会で審議される問題は、県民局長の告発内容が真実かどうか、告発された対象の斉藤知事及び側近による犯人探しなどの行為が公益通報者保護法違反にあたるか否かである。
県民局長の死には斎藤知事側の犯人探しが影響していると言えるが、個人のプライバーシーの内容は百条委員会の審議される問題とは直接関係がない(私用が服務規定違反に該当する、その内容に問題があるとしても、告発文書の犯人探し行為の副産物に過ぎず犯人探しの正当性には寄与しない)。
『「立花暴露発言」に誘発された「折田ブログ投稿」で、斎藤知事は絶体絶命か』と題しての11/23付けで投稿した郷原信郎弁護士においても「自殺した元県民局長に庁内不倫の問題があったとしても、それは告発文書の信憑性とは関係がない。斎藤知事の問題を調査する百条委員会の場で持ち出すこと自体がおかしい。自殺した元県民局長の死者の名誉に対する配慮からも、そのような発言を取り上げないようにしたことは間違ってはいない。」と述べている。
しかし、ネット上では百条委員会側が隠そうとしたと非難する声も多い。が、11/21『斎藤氏への世論「批判から熱狂」に変わった"本質" 斎藤知事「告発→失職→復活」までの経緯(下)』にてジャーナリスト安積明子氏は「百条委員会は7月8日の理事会で、プライバシーに関する資料の開示を禁止していた。にもかかわらず、片山氏はそれを破って発言し、その音声記録を流出させた」としている。
死人に口なしの中「NHKから国民を守る党」(以下「N党」)党首立花孝志氏やネット民らの発言により、安積氏は(出直し知事選挙は)「斎藤知事の資質を問うものだったが、いつの間にか争点が自死した元局長のスキャンダルにすげ替えられたのである 」とする(後述の上智大奥山俊宏教授も12/14に「権力者の不正を暴く情報の伝え手について、異性との関係のあることないことを暴き立てられるのは、古今東西でよく見られる現象です。告発者を貶め、その信用を傷つけ、告発内容から目をそらさせ、論点をすり替え、さらに、他への見せしめとするのが狙いの卑劣な攻撃です。そろそろ、私たちは、不倫があろうがなかろうが、そのことと内部告発の内容は無関係であり、別問題だと知るべきです。」と言っている)。
斎藤知事らによる告発の犯人探し等の一連の行為が内部告発者保護法違反にあたるかどうかについては、上述安積氏によれば、7/20に告発文書を手にした斎藤氏は、すぐさま21日に側近の片山安孝副知事(当時)らを呼びつけ、「誰がどういう目的で出したか徹底的に調べてくれ」と指示している。片山氏らは25日に元局長のパソコンを押収し、私物であるUSBまで取り上げたとしている。
これらの行為について9/5の百条委員会で上智大奥山教授は「公益通報にあたらないと判断したのは拙速すぎた」「結果的に文書には、法的に保護されるべき公益通報が含まれていることが明らかになっていると思われ、知事らのふるまいは公益通報者保護法に違反すると考える」と発言していた。
敷衍するかのごとく、上述の郷原弁護士もこう述べている。3月の県民局長の告発は県の通報窓口への「正式な通報」として行われたものではなく、マスコミや県議会関係者に送付されたもの。正式な通報でなく、組織の外部に対して行われたものであれば、通常通報窓口の処理の対象とはならない。それが、「通報対象事実」に該当し、「外部通報」の要件に該当する場合に限り、公益通報者保護法による保護の対象となるとの見解を示す。
公益通報者保護法の「通報対象事実」に該当するかは、7つ告発事項のうちの6の「優勝パレードの陰で」にその可能性があるという。その場合は、「匿名通報の犯人捜し」「通報者の不利益処分」は違法となるという。
指摘されるその告発事項の内容は「プロ野球阪神・オリックスの優勝パレードは県費をかけないという方針の下で、企業から寄附を募ったが、必要額を大きく下回ったので、信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせることで補った。パレード担当課長が不正行為と大阪府との難しい調整に精神が持たず、うつ病を発症した」というもの。告発直後パレード担当課長は亡くなっている(自害と見られているが、県は3カ月後に公表。知事は家族の意向と言う)。メディア側でも一番問題がある事項と見ていた。
兵庫知事選は県民による直接選挙。憲法43条に基づき全国民を代表する選挙された国会議員の中から首相を選ぶ間接選挙の日本と違い、直接選挙で大統領を選ぶ韓国、ウクライナでは、政治家経験のない、尹錫悦大統領やゼレンスキー大統領が誕生してしまう。その悲惨な結果は、選んだ国民だけではなく全国民が負うことになる。
間接選挙があるのは直接選挙での欠点を補うためでは。選挙の拠り所の民主主義(多数決)は民度が一定との理想を前提としている。が、現実は民度の高い層<民度の低い層。よって直接選挙では予想だにしなかった結果も起こりえるとの懸念から。今回の兵庫知事選も例外ではない。
ただ、神戸っ子を自認する私は、兵庫県民の政治的民度レベルが他県より勝るとも劣らないと思っている。
今回の結果となった背景として、選挙戦でのSNS活用がまだ黎明期(自主規制する新聞等オールドメディアから野放し状態のSNS等への情報権威の移行期における混乱とみるべきなのか)にすぎないことに加えて、出直し知事戦は百条委員会や第三者委員会の結果が出ておらず県民が斎藤知事をめぐる問題が真実か否か分らない心が揺れやすい状態の中で選挙が実施されたことが挙げられる。
2021年7月兵庫県知事選において、連続5期満了の井戸敏三知事からの禅定発言もあり守旧派のレッテルが貼られた自治官僚OBの金沢和夫副知事(当時65歳)と総務省出身の斉藤元彦現知事(同43歳)との一騎打ちとなり、県民は改革派の斉藤氏を選んだ。
そして斉藤知事は改革派として県民にとって身近な改善(上述文藝春秋にて知事本人曰く、県立大学の学費無償化やボロボロとなってしまった高校の部活用具の補修費用など教育予算の拡充に取り組む)や知事公用車の高額なセンチュリーの廃止や知事本人の給与、退職金のカットなどで県民は斉藤知事を選んでよかったと思っていたのでは。
ところが、斎藤知事の不信任決議案が全会一致で可決され(県民が直接選んだ首長と同じく県民が直接選んだ県議会議員との全面対決)、それだけでも動揺する県民は、斉藤知事がパワハラに加え自らを告発した部下を死に追いやったのか、県民に見せる顔とは違う裏の顔があったのかと狼狽した。それでも疑惑の段階でしかなく、嘘であって欲しいと思いたかった県民も多くいたのではないか。
そこに、N党党首の立花孝志氏らが斎藤知事は悪くないとの声が多くあがり、それにすがったのではないかと県民の心理を推察する。
選挙最終盤斎藤候補が逆転するかとの危機感を抱いた、29市の内22市の市長が市長会有志として斉藤知事の対抗馬としての稲村和美候補(元尼崎市長)を応援することを表明した(法的に問題がないにしろ異様であり兵庫県政の闇を感じる)。
それが県民の判官びいきに火をつけだだけではなく、是非を問う記者に対して相生市長が何が悪いと!と激怒し机を叩いた様子がネット上に拡散しオウンゴールとなった。それがダメ押しとなり予想外の大差となった。衆院総選挙において実質的に非公認候補者にも20百万円の支給したことを糺すメディアに対して首相が激怒したことを彷彿させるがごとく。
県民の投票行動に大きな影響を与えた立花氏の一連の言動に対しては検証が必要であろう(国家権力側はどう見ているのか。かつてホリエモンこと堀江貴文氏を微罪で逮捕しお灸を据えたが)。
上記22名の一人姫路市清元秀泰市長は 「N党の立花孝志党首が(百条委員会の委員長の)奥谷県議の自宅兼事務所前で街頭演説し、脅迫まがいのことを言うのは、モラルハザードな部分もあるのではないか」と懸念を示している。
当の奥谷県議は立花氏を名誉毀損容疑(SNSにて「奥谷委員長は悪人で、マスコミに圧力をかけ、告発文書を作成した元県民局長の死亡原因を隠ぺいした」などウソの投稿をされ、名誉を毀損された)で刑事告訴した(12/22兵庫県警が立花氏を任意で事情聴取するとの報道あり)。
さらに私としては、立花氏が出直し再選を目指し立候補した斎藤知事への応援を目的に出馬したことに注目している。
立花氏は「自分には投票しないで、斎藤氏に入れて」と呼びかけている。欧州競馬では、本命の馬を勝たせるため同厩舎の別の馬をラビットと呼ぶペースメーカーとして出場させることが認められている。日本の競馬界は、JRA(日本中央競馬会)から明確に禁止されている(競馬施行規約 第6節 第41条「競走に勝利を得る意志がないのに馬を出走させてはならない」)。しかし、政界にはそれを禁止する規定がないのか。ラビットの立花氏は、当選する意志がないことを明確に意思表示している。
妻から下品と言われる私が見ても政党党首とも思えぬ品の悪さだが頭は切れる立花氏は禁止規定がないと理解した上で行動していたのだろう。他の候補の悪口や批判が許されているのに他の候補を褒めるのはダメとなるわけない。
脳科学者の中野信子女史は「立花さんみたいな人が、仮に10人出てきたら、10倍選挙カーが使えちゃう。お金はかかるけど、有効な戦術になるから、選挙が変わっちゃう。早晩、公職選挙法を変えなきゃ行けないことになると思う」と言う。その通りだと思う。
村上総務相は「候補者が他の候補者の選挙運動を行う場合には、その態様によっては、公選法上の数量制限などに違反する恐れがある」との見解を示しているが。
立花氏に応援された当の斎藤知事には新たに公職選挙法違反の疑いが出てきた。11/23集英社オンラインも『斎藤知事に公選法違反疑惑〉票を「収穫」、広報の「お仕事」と女性社長がウッカリ暴露。社長は過去に兵庫県の知事直轄事業「空飛ぶクルマ」にも関与か』と長いタイトルで、「斎藤氏から選挙の『広報全般を任された』と主張する同県内のコンサルタント会社社長が、SNSを含む広報戦略を『仕事として手掛けた』とネットで自慢し始めたのだ。ネットでも選挙運動を行なった者に報酬が渡れば公職選挙法の買収罪にあたる可能性があり、そうなれば候補者だった斎藤氏本人も連座制適用で当選取り消しがあり得る」と報じている。
上述郷原弁護士に至っては、「斎藤知事が公選法違反で処罰され、当選無効・公民権停止となって失職する可能性は相当程度高いと言わざるを得ない。このような問題を抱えて、しかも、全会一致で不信任案を可決している県議会と対峙して県政の安定が実現できるとは思えない。斎藤知事は、冷静に事態を受け止め、辞任を検討すべきだろう。」とまで言い切る。
一方で斎藤知事は罪に問われないとの声も多く世論が二分されているが、その郷原信郎弁護士と神戸学院大学上脇博之教授とが兵庫県斎藤元彦知事と西宮市のPR会社社長の刑事告発状を12/2に提出した。12/16朝日新聞は神戸地検と県警が告発状を受理したと報じた(元東京地検特捜部検事の若狭勝弁護士は「事前収賄罪」「運動買収」「有料ネット広告禁止」の可能性を指摘している)。司法の判断を待つしかないか。
ともあれ、まだまだ兵庫県政の混乱は終わりそうにない。が、私としては、兵庫県民の民意が斎藤知事再選にある以上、そんな知事を不穏当なマイルド・サイコパス呼ばわりしたままにはしておけない。
12/11兵庫県から内部調査の報告があった。その内容を歓迎するネット民も多かったが、12/12産経新聞は「11日に県が公表した「パワハラの確証が得られなかった」とする調査結果について、公益通報制度に詳しい淑徳大の日野勝吾教授は『(百条委の)県職員アンケートの結果を踏まえると違和感のある結論。兵庫県は公益通報者保護法の法定指針の違反状態が続いていると認識している』と述べた」と報じている。
問題となる、パワハラ、公益通報者保護法違反、補助金のキックバック、立花氏との連携、上記買収罪などの疑惑解明の成り行きを見ながら、テレ朝前職員西脇亨輔現弁護士も疑問を呈する身内の内部調査ではなく、延期となった百条委員会の報告や第三者委員会の結論が出るであろう翌年3月以降に「サイコパスVSサイキパス(再起パス)」との表題にて本ブログにて再度意見を述べたいと思う。
(次回221号は1/10アップ予定)