2024.9 臨時号 NO.214    ごん VS ご
 今回は、先週閉幕したパリ五輪についてお家芸と言われる種目を中心として観た感想を述べてみたい。
 柔道については、毎回強い関心を持って見ている。とはいえ、最近は五輪しか柔道の試合をTV観戦していないが。それもあり、パリ五輪日本人金メダル第1号(通算日本500個目の金メダル)となった女子48キロ級の角田夏美選手は知らなかった。
 角田選手は、試合場に向かう時は笑顔で、畳の上では真剣な表情になり勝っても嬉しそうにしない。畳から降りる時は深々と礼をする。
 準々決勝ではライバルで世界ランク1位の自国開催で仏国民からの期待を一身に集めたブクリ選手を得意の巴投げで下した。最後に中央で握手するとき角田選手はブクリ選手の頬にそっと左手を添えた。失意のブクリ選手を気遣った。私は素敵な“令和の巴御前”だと思いいっぺんにファンとなった。
 日本が期待した兄妹同時連覇は、妹の女子52キロ級の阿部詩選手が破れ達成されなかった。思いもよらずの敗戦から詩選手は取り乱した。ブクリ選手のようには振舞えなかった。
 会場からブーイングが起きてもおかしくないが、仏国民らから「ウタ! ウタ!  ウタ!  」と激励のコールが鳴り響いた。詩選手に勝ったケルディヨロワ選手(金メダル獲得)選手も「『彼女はレジェンド』尊敬しているのであえて喜ばなかった」と惻隠の情を見せた。 
 それなのに、一番詩選手の心情を慮るべき日本人が批判する。進行を遅らせたとの批判は、全日本柔道連盟(全柔連)が決めた「コーチの役割」(「自身の選手が大会会場に入場してから退出するまでの間、選手の行動に責任を持たなければならない」)からすれば、我を忘れたかのような詩選手ではなく、コーチが受け止めるべきであろう。
 さらに、批判から逸脱し彼女に心無い発言をする者には、貧富如何によらず心の貧しさを感じる。昔は「たとえ身は貧しくとも心まで貧しくなるなかれ」と教えられたものだが。
 五輪出場の可能性を鑑み葛藤の末父親のカナダ国籍で出場(それでも東京五輪には出場できず)し57キロ級で金メダルを獲得した出口クリスタ選手は次のように述べている。
 「カナダのチーム内ではすごく気持ちの切り替えが早くて、負けても怒られない。次、頑張ろう! って、超プラス思考なんです。それが私の性分にウマが合ったというか。今これだけ結果が出てるのも、技術面よりも、メンタル面のほうが大きいと思います。『負けてもいい』というスタンスが、すごくやりやすい。以前は『負けたらあとがない』でした。それが『負けても次がある』となれば、必要以上に気負う必要もないし、だから、決勝に進出する確率も上がっているんだと思います」 
 日本の柔道界は金以外は銀も銅も初戦敗退も同じ。負けたら終わりと教えるのか。負けて3位決定戦に勝ち銅メダルを獲得しても申し訳なさそうな顔をする。あるいは、内心銅メダルで本望と思っていても顔には出せない。
 そんな振る舞いは日本の柔道選手だけではないか。
 スェーデンのタラ・バブルファト選手(18歳で次のロス五輪では優勝候補の一人に目されよう)は、準決勝で不可解な判定(「待て」がかかるまで攻めてたのに3度目の「指導」をとられ反則負け)で角田選手に敗れて審判に抗議し憤りを見せていたが、3位決定戦に勝って銅メダルを獲得。表彰式では金メダルを獲得した角田選手に向けて拍手やハグをして、そのさわやかなスポーツマンシップぶりが観客を感動させた。
 柔道以外の日本人選手も、金メダルを目指すも負けて3位決定戦に回っても死力を尽くし、勝利した時感涙に咽ぶ。利き腕の痛みを注射で抑え強行出場した早田選手しかり、バトミントンの“ワタガシ”混合ペア、“シダマツ”女子ペアしかり。まさかの初戦敗退のレスリング女王須崎優衣選手(謝罪ポーズは不要との声が多く寄せられた)しかり。
  負けて貰う「銀」、勝たないと貰えない「銅」。レジェンドの谷亮子(五輪:金2銀2銅1)さんは「銅は金に同じと書く」と讃える。
 日本柔道が特に拘りを見せる100キロ超級(昔は無差別級に対して)の斉藤立選手は、金メダルが義務付けられたような立場に置かれ、決勝戦を前に敗れてしまうと3位決定戦にも負けてしまった。負けたら終わりと絶望してしまったのか。
 翌日の混合団体戦でも、普通1度負けるだけだが同じ相手に2度負けてしまった。個人戦で銅メダルを獲得していればまだ救いはあったかもしれないが、リベンジの機会は4年先とは長すぎる。
 斉藤選手が2度負けることになった混合団体戦は、男女各3人の6人制で争う。3勝3敗で並んだ場合は、抽選で選ばれた体重区分の選手同士によるゴールデンスコア方式の代表戦で決着を付ける。 
 素朴な疑問としてまず思うのは、将棋や囲碁のタイトル戦のように7戦(4勝した方が勝ち)の奇数にしていれば代表戦は必要なくなる。男女7階級あるのに、男子は73キロ以下、90キロ以下、90キロ超、女子は57キロ以下、70キロ以下、70キロ超の3階級ずつ。男子か女子かどちらかを4階級にしないのは男女平等のリベラル的な考え方なのか。
 今般の日仏の混合団体戦で3勝3敗で並んだのは筋書きのないドラマだと皆そう思う。この後のゴールデンスコア方式の代表戦がデシタル・スロット方式で決定する。それが何と仏の英雄五輪二連覇のテディ・リネール選手が該当する90キロ超級に決まった。
 開催仏国での、仏国民による、仏国民の為のフィナーレを飾る柔道ショーのクライマックスが始まるのかと疑いの目を向ける人がネット上で溢れ出てくる。
 90キロ超級が出る確立はサイコロを振って「1」の目が出る確立と同じ。別に奇跡的でもない。不正していないのに不正していないと証明するのは悪魔の証明と言われる。ただ、国際柔道連盟が管理していると言われてもその連盟をよく知らない者にとっては何の説得力も持たない。
 疑われるようなことを事前に避けることが大事なのだ。デジタルだからと言っても管理は密室で行われている。
 日本宝くじ協会はこのデジタル時代にアナログ的なやり方でしかも公開してロト6などの当選番号を決めている。

 ロト6の抽せんは、ロト専用抽せん機「電動攪拌式遠心力型抽せん機(愛称:夢ロトくん)」を使って番号の付いたボールが抽選され、6個の「本数字」と1個の「ボーナス数字」により当選者が決まる。
 デシタルは便利であり公平性も高いかも知れないが、不正はないとは限らない。3勝3敗の後の代表戦は予め日仏双方から希望の階級を提出させ、観衆も見つめる試合会場にて審判がコイントスして決めるのが良いのではないか。
  
 外国人選手に見られないような、詩選手の批判を招いた号泣、金メダルの道が閉ざされた以降の斎藤選手の茫然自失、後述の永山竜樹選手の握手拒否など日本選手をそこまで追い込む全柔連も内省する必要があるのではないか。
 五輪は国別対抗とはいえ戦争ではない。五輪のDUDOは武道ではなく競技。武道精神もさることながら、スポーツマン精神を学び発揮する場である。
 剣道は、柔道と同じ武道であるが、剣道はオリンピック競技に入っていない。全日本剣道連盟が反対している。剣道は「剣の理法の修練による人間形成の道」とし、競技性の高い五輪では、重要視される相手を尊重し礼節を重んじる武道の文化がなくなり、勝利至上主義に走るスポーツなりかねないと危惧する為とする。
 たしかに、DUDOも勝利至上主義に走っていると言える。とはいえ今更国際柔道連盟から離脱はできない。きちっと組み合い一本で相手を倒す「美しい柔道」を行うワールドカップをとも思うが、サッカーほどの市場がなければ無理というものか。   
 あるネット民は提案する。「レスリングは古来からのグレコローマンスタイルとルールをより興行的に緩めたフリースタイルに分かれているのですから、柔道もIJFが推し進めるフリースタイル柔道と日本人が知る武道を基本としたジャパンスタイルに分けても良いのではないでしょうかね。」と。妥協案としてはなかなかの妙案と私は思うが、どうか。
 
 柔道で心配された誤審はやはり起きた。レジェンドの前人未踏の柔道三連覇の野村忠宏氏は、運営側も誤審の防止に努力していると前置きした上で、「ただ、今回は、いつもより、ん?って思うのが正直多かった」 と発言している。
 とくに問題になったのは、柔道男子60キロ級永山竜樹選手の準々決勝。メキシコの女性審判員が 「待て」と言っているのに、対戦相手が6秒前後首を締め続けた。ようやく手を緩めたら永山選手が“落ちた”状態になり、それを観た審判が「1本」と発した。永山選手は納得がいかず、対戦相手からの握手を拒んだ(後日和解したが)。
 長年に亘り選手出場及び国際審判員を務め、“柔道界の鉄人”と呼ばれた正木照夫氏は「あんな下手な判定はない」「背中を叩くのは基本中の基本」と批判する。「選手経験のない主審では、実体験がないので締め技や関節技等の奥深いところが見えない」「『待て』が聞こえないことは少なくない。選手の耳元で大きな声を出し、それでも止めなければ腕や背中を叩いて伝えるのが基本中の基本」と指摘する。
 その正木氏はパリ五輪が始まる前の7/25NEWSポストセブンにて『【パリ五輪はどうなる?】柔道国際大会への「ジュリー制度」「ビデオ判定」の導入でなくなる“誤審の涙”柔道界の鉄人は「審判員の威厳低下」を懸念』と題して、これまで多くの選手が「誤審」によって涙を流してきた。それがなくなる“代償”として、審判の威厳はどんどん失われていると懸念する。
 門外漢の私からすれば、違和感がある。一番の問題は、誤審により選手の4年間もの努力が一瞬にして無になりその後の人生を狂わされることであろう。
 柔道では競技の性質上「実績を残した高段者が審判を務める」という伝統があるというが、実際五輪では上記で正木氏も指摘しているように経験の浅い審判員が誤審している。“世紀の誤審”と言うべき篠原信一選手の場合も経験の浅い審判員であった。
 1994年からビデオ判定を開始するにあたり“ジュリー”と呼ぶ審判委員が設けられた。しかし、主審の「技あり」を「1本」に格上げすることはあっても、選手の判定への抗議に対して審判側が誤審を認めて判定が覆ることはないという。審判委員は判定には介入しないことになっているらしい。
 経験が浅く誤審をした審判は処罰されず、ただ次の五輪には呼ばれないたけなのか。ジュリー制度は審判の権威、自尊心を守る為にあるのか。
  柔道と同じ国技である大相撲では年寄り(通常横綱などを経て親方になった者)に構成される勝負審判団がおり、行事の軍配に異議がある場合意思表示の上5人の審判が評議する。行事は意見は述べられるが評決には参加できない。だからと言って、軍配をいい加減にするようなことはありえない。指し違えが続けば行事は責任を痛感し進退伺いを出す。
  相撲の行事はプロだが、柔道の審判はアマなのか。報酬があってもボランティアに近いから審判に気を使うのか。アスリート・ファーストでジュリーに判定の最終的決定権を与えるべきであろうに。
 
 パリ五輪で日本は金メダルを20個(メダル総計45個)を獲得し海外五輪の中で最多であった2004年アテネ大会の16個を大きく上回った。その中で、新しいお家芸となろう新種目が台頭しスケートボード2個、フェンシング2個、ブレイキン1個。計5個の金メダルを得た。それ以外の種目ではこれまでのお家芸の種目で不振種目もありアテネより1個金メダルを減らしている。
 柔道と並んでお家芸の水泳をこれまで私はよく観ていた。しかし、時差による深夜放送でもあり今回はほとんど観ていない。金はおろか銀1つだけに終わっていた。

 話題になったのは、最年長の鈴木聡美選手の頑張りだけ。鈴木さん本人はインスタで水泳よりもフランスパンの方がバズるかとの複雑な心境。
 印象的なシーンは、池江璃花子選手が女子100メートルバタフライの準決勝で敗退し水泳場の隅に座り俯いていた。日本の関係者はあえてそっとしていたのだろう。外国の女子選手が見つけ近づき気遣っていた。すると堪えていた涙が池江選手の目から溢れ出た。哀しくも美しい光景を見た。

 ほかにも体操個人総合二連覇を目指していた橋本大輝選手が指の負傷の影響で本来の力が出せずともエースとして団体金メダル獲得に奮闘し、自身が獲るハズだった金メダル3個を後輩の岡慎之助選手が獲得するのに心から激励していた。まだ23歳の若さだというのに。
  至言の諺『健全な精神は健全なる身体に宿る』はアスリートの為にあると実感した。
 過渡期とも言われる水泳の競泳界に対して、五輪メダリストではないが背泳を中心として2002年日本選手権水泳大会にて史上初の個人4冠を達成したレジェンドの萩原智子さんが、投稿して困惑している。

 謙遜して「私が偉そうに言うことではないけれど」 と前置きした上で、「批判」でもなく、「チーム全体での対話はなされているのか」との「問題提起」しただけなのに、それに対して「誹謗中傷」する声が多く寄せられたという。

 マラソンの川内優輝選手もマラソン補欠問題で「何様のつもりか?」と中傷コメントを受けている(それに対する川内選手の反論は世の支持を得ているが)。
 世間は「批判・問題提起」と「誹謗・中傷」とを混同するヒステリックな状況にあるのか。何でもいいから攻撃して憂さを晴らしたいとする人が余りにも多いのか、政治の問題なのか(と思っていたら首相が代わることになった)。
 私の本ブログは公人及びそれに準ずる著名人、いわゆる強者の問題を批判する(溺れた子犬に石を投げつけるマネはしない)のがテーマの一つとしている。それを変えるつもりはない。ただ、当初よりコメント拒否にしているが、今のこの状況には居心地の悪さを感じる。
 陸上競技も好きな種目であったが、今回大きな関心を抱いたのは女子やり投げの北口榛花選手が金メダルを獲るかだけであった。ライブで観たかったのに日にちを間違え日曜日目覚めたら既に優勝していた。

 北口選手は最終6回目に大投てきして逆転勝利するのが今までのパターン。ところが、優勝候補筆頭の北口選手が1投目で65.80メートルの大投てき(北口選手自身は満足していないが)。この強烈な先制パンチに他の選手たちは北口選手が最終投てきではもっと飛ばすだろうとパニクってしまい、その結果他の選手はだれも65メートルに達する投てきが出来なかったのでは。65メートルを超える実力がありながら。
 卓球は、日本女子チームと中国女子チームの差は紙一重。ただその紙が分厚い。4年後のロス五輪では二十歳になる張本美和選手が中国選手を破ることが期待される。兄の智和選手はメンタルの強化が課題。鍛えることは技を磨くことより難しいが。
  レスリングは8個の金メダルを獲得した。アテネでは伊調馨選手と吉田沙保里選手女子2名だけ(ロシアは男子5名金メダル)。今回大幅に増やした。今回レスリング大国ロシアが今回不参加であり、お家芸復活と手放しで喜ぶのではなく、“勝って兜の緒を締めよ”とすべきか。
   二連覇が確実と思われた須崎優衣選手は一回戦で敗北したのには驚いた。2014年のデビュー以来外国選手に対して94連勝していた。柔道の詩選手も、5年間外国選手に負けたことがなかった。

 今にしてみれば1回でも負けていた方がよかったのかもしれない。結果論としては、外国選手たちが研究し尽している中で今までの延長戦で努力してきたということになるのかもしれない。
 他方、柔道男子81キロ級で永瀬貴規選手は二連覇した。強豪ぞろいのこの階級では五輪史上初。東京五輪73キロ級にて二連覇を達成し引退した無双の大野翔平元選手が最強と呼ぶ(ボクシングのPFP1位の意味か)永瀬選手は東京五輪で優勝後なかなか優勝できなくなっていた。スケーボードのストリートで大逆転で二連覇した堀米雄斗選手も東京五輪後採点方法が変わり苦戦していた。
 レスリング女子53キロ級で優勝した藤波朱理選手(20歳)は、2017年9月からの公式戦連勝記録を137に伸ばしている。が、これから世界中の選手から研究され過去に勝った相手もその時と同じ相手ではなくなるだろう。
 次のロス五輪ではゴールドメダリストとしての防衛戦ではなく、ロス五輪の金メダルに対するチャレンジャーとして臨んでもらいたい。その為にこの4年間で何をするべきか考え精進してもらえればと思うのだが。
 
 東京五輪から新種目となったスケートボードは早くも日本の新お家芸と呼ばれるか。東京五輪に続いて、日本の男女が金メダルに輝いた。
 女子「ストリート」で金メダルを獲得した14歳の吉沢恋(よしざわここ)選手は「ここまで頑張ってきて良かったと思う。自分をここに立たせてくれたのは、追いかけてきた先輩たちのおかげ。感謝して、追いかけられる存在として頑張っていきたい」と話す。
 また「大人になっても優勝できることを見せたい」とも言っている(東京五輪で13歳の西矢椛さんが金メダルに輝いた時、日本スケートボード協会の横山純事務局長は「大人になると体がけがに耐えられず、競技を続けるのが辛くなる」と指摘している)。 
 4年後のロス五輪との時には吉沢選手は18歳。ライバルは、大学生や社会人ではなく、中学生となるのか。吉沢さんは優勝しても浮かれることなく、次を見据えている。自分の為だけではなく、スケ―トボード界を自身が背負っていくとの気概もあるのではないか。また、同じことを持続して練習できるストイックさからもメジャーの大谷翔平選手に似通っており、スケボー界の“女大谷”と呼ばれる日が来るのではと期待する。
 スケートボードには、「ストリート」のほかに「パーク」がある。北京冬季五輪で平野歩夢選手が優勝した男子ハープパイプとよく似ているが、スノボーは足とボードがくっ付いているがスケボーは足とボードがくっ付いていない。空中での回転技はより難しいと言えるか。
 15歳の開心那(ひらきここな)選手が東京五輪に続いて銀メダルに輝いた。開選手の滑りを初めて見た。解説者が絶賛する技の凄さは私には理解できないが、安定感は群を抜いており、さすが世界ランク1位もむべなるかなと思った。背が22㎝も伸び170㎝近くありスタイリストでもあり女王としての風格が備わっている。
 ただ、五輪は一発勝負。決勝の1本目開選手は91.98と高得点で他の選手にプレッシャーを与えた。が、優勝した14歳アリサ・トル―選手は最終の3本目で空中でボードに乗った状態で、ノーズ側の手を背後に伸ばしてボードを掴み一回転半(540度)スピンさせるエアートリックを2度決めて93.18点とトップに立つ。開選手とっては出したことのない高い点数で、動揺したと思うが、最終演技で難しい技を初めて成功させ自己最高の92.63をマークし、女王の意地をみせた。その精神力に感心した。
 開選手は板と車輪をつなぐ金具部分でコースの縁を削るように滑る「グラインド」系と呼ばれる技に特化してきたが、ロス五輪では高得点が出やすく見栄えもよいエアでの回転技がより主流になろう。
 開選手はロス五輪時19歳になり、身長も170㎝を優に超えているだろう。エアの回転技には不利になるが、三度目の正直金メダル獲得に向けてどう進化させてくるか、4年後を楽しみにしたい。
 メダルに届かなかった選手達もケガと闘いながら3年間猛練習してきたことだろうに、柔道らの選手と違い、驚くほど皆サバサバとしてメダリストたちを笑顔で祝福している。内心悔しさもあるハズだが。
 それに関して、大島和人スポーツーライターは、『ブレイキンだけでなくスケートボードもそうですけど、伝統的なスポーツとは違う、ストリート発祥の自由で「楽しむ」「魅せる」競技が強いのは、五輪における日本の特徴ですね。スポーツは良くも悪くも「体育会」というステレオタイプに収められがちですが、日本社会には「やらされるのでなくエンジョイする」「本気で楽しむ」カルチャーがしっかりあって、それは素晴らしいことだなと思います。』と言っている。
 ブレイキン(発祥国のロス五輪では除外されその後も未定でAMIこと湯浅亜美選手が最初で最後の女王とならなければよいが)やスケートボードは体が小さいことが不利とならない。

 金メダルは取れなかったが(男子安楽宙斗選手銀メダル、女子森秋彩選手4位)重力に抗いながら登る技とスピードを競うスポーツクライミングも体が大きくない日本人が有利。しかも選手間の雰囲気はスケートボードと似ている。さらにボルダー(約4メートルのクライミングウォールに設置されたホールドという突起物をロープなしで登る)  では攻略方法について出場選手間で話し合っても構わない。
 日本人の80%以上が持つと言われる不安遺伝子(SS型遺伝子)により緊張から実力を発揮できないことが少なくない日本選手からすれば、ノリノリ、イケイケの雰囲気のスポーツの方が日本人選手には向いていよう。
 スケ―トボードやスポーツクライミングなどが、10年後には、お家芸として定着しているのか、それとも新技(回転レシーブ、時間差攻撃等)を開発し一時期頂点を極めたバレーボールのように日本の優位性が失われていくのか。爺の私にはそれを見届けることはできないだろうが。

(次回215号は9/10アップ予定)

2024.9 NO.213  こころない  VS こころない

  トランプ前大統領銃撃事件が起き、7/14のTBS系報道番組「サンデーモーニング」にて取り上げられた。元外務事務次官の藪中三十二氏から、トランプ氏が発砲音の直後に右こぶしを振り上げて無事をアピールしたことについて「『オレは元気だぞ!』と。むしろ選挙戦でいうと、変な話ですけど、有利に働く可能性がある」と発言があった。それを受け、膳場貴子MCも「そうですね。プラスのアピールにもなりかねない、という感じもしますね」と応じた。

 それに対して、批判的なネット民に交じって堀江貴文氏が同日、Xに「思わず本音が出ちゃった感じだな。人の心はないね。。」と投稿した。

 堀江氏のこの投稿に対し米山隆一議員が「言い方の是非はあるにせよ、人の心はあるに決まっているじゃないですか」と指摘。さらに「何でこう、一つの事で全人格を否定する様な断罪をするのだろうかと思います」と膳場MCの発言が炎上している現状に疑問の声をあげた(柔道での敗戦時号泣した阿部詩選手に対する日本人の批判もどうなのか。五輪でなければあれほど泣かないのでは。彼女は、口にしていないものの日本人を代表して、日本国民からの兄妹二連覇という重すぎる期待を背負いながら、思いがけずその期待を裏切ったと分かった瞬間取り乱したものではないのか。海外からの批判は仕方ないとはいえ、そんな彼女に石もて追うようなマネは「惻隠の情」が国民性であるべき日本人に相応しいのか)。

 堀江氏に対しては、過去の収監以降は随分大人しくなったと見ていたが、最近国家権力にではなく芸能人などを相手に心無い発言をしていると感じていた。

 本ブログ前号NO.212にて「堀江氏にも有力なインフルエンサー・キラーが必要なのではないか。」と書いた。

 批判する(問題点を指摘し改善や反省を促す)のはよいが、中傷と変わりない言い方は相手を傷つけるだけではなく、発言当人の品性も貶める。米山議員の投稿により堀江氏は反省しているかと思ったら、米山議員に言われたことを逆手にとって、7/29の『女性自身』のWEB記事によれば、膳場MCを「こんなにひどいこと言う人だったんだ」と言っている。

 反省するどころか自らの発言を正当化しようとしているとしか私には思えないが。

 米山議員が私の前号を見たハズはないだろうが、今後とも米山議員には堀江氏の発言にも関心を持ち続けてもらいたいものだ。

 

 さて、本ブログエッセイは200号をとうに超えてしまった。こんな続けられるとは思わなかった。100号を過ぎたあたりからもうすぐ終わると何度か言ってきたような気がする。「オレオレ詐欺」ならぬ「終わる終わる詐欺」みたいだが、知人から連載を止めるなとの声がある訳ではない。

 連載を止めると悪い頭を使うことがなくなり認知症になってしまうのではないかと心配になる(元来ボケているから軽い認知症ぐらいでは自他ともに気づかないかもしれないが)。

 名曲『ら・ら・ら』で大黒摩季さんは「何かやらなきゃ誰にも会えない」と歌うが、会えなくても、コメント拒否で一方通行ではあるが社会と繋がっているとの実感を得ていたいとの気持ちもある(いいね!数の多寡で意見が受け入れられたか否かを判断している。なお、フォロワーの変動は? 当方は来る者拒まずで削除することはない。ご自身が削除していないのに消えている場合は管理人に問い合わせ願えれば)。

 さらに、アホはアホでもアホなりに思うところがある。その思いを賢い人に汲み取って欲しいとの思いもあり、なかなか筆を置くことができないでいる。
  とはいえ、本ブログの初号をアップしてからもう13年になる。元々引き出しが少ない上各引き出しの中が空っぽになってきた。下ネタなら少なからずまだ残っているが、披露できるものは少ない。
   作家林真理子女史は、2020年7月「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」でギネスに載った。なんと37年間週一で1,655号も連載できる。そんな天才と違い、ちょっとした話題でも数千字書ける能力は私にはない。

 この際、表題となる「一字違い」の在庫の中で、3千~5千字前後のストーリーを紡ぐことが難しい「一字違い」は断捨離することにした。

 まず、「パンプキンVSカンプキン」。パンプキンはかぼちゃ。自民党は政治資金パーティの裏金を還付金と呼ぶ。

 「バサキVSバサシ」は「バサキ」はバイト先の省略で、「バサシ」(馬刺し)は馬肉の刺身の略称。「ジャイカVSジャマイカ」は、JAICAがジャマイカに国際協力していることは知っているが、4,000字前後の文章を書ける知識も情報も持たない。「チェンナイVSチェンマイ」はインドの都市とタイの都市。それでと言われても。「はかばかしいVSばかばかしい」はストーリーを考えるのも馬鹿馬鹿しい。

   嫌いなものと好き(あるいは嫌いではないもの)の対比としては、まず、「ツァーリズムVSツーリズム」。「ツァーリズム」はロシア帝国の絶対君主制体制。「ツーリズム」は、観光事業や観光旅行を意味するが、京都、富士山やバルセロナなどでオーバーツーリズムが大きな問題となっている。

 「おこじょVSおごじょ」。「おこじょ」(オコジョ)はイタチ科で冬は白毛に変わる見た目は可愛い小動物である。しかるに、“死のダンス”と呼ばれるかく乱する動きでウサギをパニックさせ固まらせる。自らより体が大きいウサギに一旦首に嚙みついたらウサギが死ぬまで離さない獰猛な獣。

  「おごじょ」は鹿児島の女性を指す方言。「薩摩おごじょ」と聞けば良妻賢母のイメージが浮かぶが、怒髪天を衝くほど怒れば「薩摩おごじょ」は「薩摩おこじょ」に変わるのか。それなら薩摩隼人も形無しか。
 なお、「オコジョ」は怖いが、アプリを使って男性を女装させる「カコジョ」はお笑いのくっきー!さんを野獣?から愛らしい美女に変える。

 「ラーテルVSメーテル」は猛獣と美女。ラーテルは世界一怖い物知らずの動物でライオンも手出し出来ない。メーテルは『銀河鉄道999』のヒロイン。まさに一字違いで大違い。
   若者にとって共に死語になりつつあるのは「もぐさVSいぐさ」。お灸は、ヨモギの葉の裏にある繊毛から作られた半米粒大の「もぐさ」を皮膚の上にのせ火をつける。幼児の疳の虫を抑えるのに効果があると言われ、私も何度か背中にお灸された記憶が65年以上前で朧気であるが残っている。

 少学校低学年の頃までは、文字通り「お灸を据える」と言って、私が悪さをすると、母親から「今度やったらお灸を据えるから」とよく脅かされていた。

  「いぐさ」は、単子葉植物で茎の部分が畳表に使用される。畳を替えたとき青々としているが、経年劣化し茶色く焼けてくる。引っ越しの際箪笥を除けるとその所だけ畳が青々としている。その当時のことが蘇り、感慨深くなる。
  「すまじきものVSすさまじきもの」も一字違い。「すまじきものは宮仕え」という。私の現役の頃より世のトップ層が劣化なら、同情申し上げる。

 「すさまじきもの」と言えば、メジャーで活躍している大谷翔平選手。二刀流では収まらず、走・攻・守の日本レジェンドであるイチロー選手、松井秀喜選手、野茂英雄投手が合体したような規格外の選手(打撃だけでMLB史上初の800試合以内で200本塁打以上、500打点以上、100盗塁以上を記録)。打球音・打球スピードはすさまじい。ハーフでない日本人が、体格、パワーで怪力のメジャーリーガー達を凌駕するのは、驚愕する他はない。

 なお、嫌な「すさまじきもの」と言えば、3.11の津波。津波がこんなに怖いものかと初めて認識した。
 
 人名の「一字違い」は探すのに苦労しない。韓国では、女優に限っても「イ・ハニVSイ・ヨニ」「イ・ダヒVSイ・ダヘ」「チョン・ソヨンVSチョン・ドヨン」等数多くある。

 日本では、まず、「こうだくにこVSむこうだくにこ」。行田邦子元参議院議員は政党を渡り歩きダッチロールした感はあるが、昨年行田(ぎょうだ)市長に着陸(就任)した。

 作家・脚本家故向田邦子は残念にも1981年飛行機事故により台湾で亡くなる。同じ脚本家で96歳の誕生日の前月亡くなった故橋田壽賀子は、向田より4つ年下で1970年代故山田太一、倉本聰氏と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた向田に対しては「天才脚本家で『妬みさえ湧いてきません』」と著書に書いている。今頃50代のままの向田と90代の橋田が天国でどんなシナリオ談義をしているのだろうか。
 女性歌手二人の「あいだしょうこVSはいだしょうこ」は、一字違いで大違いではなく、二人はよく似ている。ともに色白美人、歌手で、しかも天然タイプ。ただ、相田翔子さんの生まれ年を知って驚いた。拝田祥子さんより9歳も年上のアラフィフ。とてもそうは見えない美魔女の一人だ。
 似ていると言えば、双子の名前は「一字違い」が多い。

  「マナVSカナ」、姉妹タレント姉・三倉茉奈さんと妹・三倉佳奈さん。姉の方が先に結婚すると思ったが、2012年に先に妹カナさんが結婚した。姉のマナさんはいつ結婚するのか、“マナカナ”と思っていたら、7年遅れの2019年に結婚した。今は共に母親になっている。

 大食いの『はらぺこツインズ』は、一卵双生児姉妹で、姉がかこ、妹があこ。
 双子のボクシング世界チャンプ・チャーロ兄弟、ファースト・ネームは日本語では兄はジャーモールで弟はジャーメルではあるが、英語表記は兄Jermallで弟Jermellと一字違い。
 お笑いコンビ『ザ・たっち』の兄弟は、兄「たくや」で弟が「かずや」。人気漫画・アニメの『タッチ』の双子兄弟は、兄が「たつや」で弟が「かずや」。ウイキペディアによると、二人の母親が、『タッチ』を観て後で弟が事故で亡くなるのを知らないうちに、一見ダメンズタイプの兄「たつや」の名前を避け「たくや」と名付けたらしい。
 もし母親が、弟「かずや」が事故で亡くなるのを知っていたら、弟「かずや」の方を変え「かつや」と命名し、「たつや」と「かつや」の一字違いになっていたかもしれない。
 女子プロゴルフのタイ出身ジュタヌガーン姉妹は、双子ではないが、姉が「モリヤ」で妹がメジャーチャンピオンの「アリヤ」。同じく女優兼歌手の上白石姉妹も、愛らしいアネモネのような姉が「もね(萌音)」で妹が「もか(萌歌)」。タレントの古川(こがわ)姉妹も芸名も本名も一字違いで姉が「ゆうちゃみ」こと「ゆうな(優奈)」で妹が「ゆいちゃみ」こと「ゆいな(結菜)」。

 最後に、私に関するものとして「カキオコVSゲキオコ」を挙げる。私は子供がまだ学生の頃よくお好み焼きを作った。とくに牡蠣が出回るRのつく月に。一つのお好み焼きに牡蠣を4~5個いれるが、岡山県備前市日生(ひなせ)町のお好み焼き店ではもっとふんだんに牡蠣を乗せる、牡蠣が主体のお好み焼きを提供するという。「カキオコ」と呼ばれ郷土料理となっている。兵庫県の赤穂からほど近い日生町には行ったことがない。不愉快になるだけだからと私との旅行を嫌がる妻を宥めすかして一緒に訪れたいと思っている。
 ひと昔「地震雷火事親父」と言われた。今はオヤジの権威が落ち、カミさんに替えた方がよいか。私も激怒した妻は怖い。天才歌手さだまさしさんは『関白宣言』の中で、「いつもきれいでいろ 出来る範囲で構わないから」と新妻に求めた。アホな私は前期高齢者入りした古女房にそれを言う。それも茶化して。肥大した前立腺と古女房を刺激するのはタブーなのだが。
  普段妻は苦笑いするが怒ることはない。ところがある日いつもの同じ調子で言っただけなのに、虫の居所が悪かったのか、うっ積していた私への不満が爆発したのか「激おこ」状態になった。(本気で怒った時は妻は泣き出すので、それほどではと思うも)予期せぬ事態にうろたえてしまった。

 「怒った顔もかわいい」が通用する時期はとうに過ぎた。苦し紛れに「オレには他人に自慢できるものが何もない。唯一オマエだけが自慢だったんだ」と訴えると、妻は怒るに怒れない顔になった。「シメシメ、これはまた使えるぞ」と内心ほくそ笑んだ。もっとも3回目には「そう言えば許されると思ったら、大間違いよ!」と妻が怒りを増幅させるのがオチではあるが。
 懲りない私は、この前旅先で帰国便に乗る前晩妻に窘められたのを逆切れし暴言を浴びせた(元々性能がよくない前頭葉の劣化を実感した)。カスハラ(カスタマーではなくカスハズバンドによるハラスメント)と言え、翌朝目が覚めて今度ばかりは成田熟年離婚もあるかと気が滅入った。

 だが、妻の方は真剣には相手にしていなかった。「娘を二重人格と言ってるけど、アンタこそが二重人格じゃないの。今度同じことをしたら認知症の検査を受けてもらうからね」と約束させられた。お仕置きは意外にもそれだけだった。

 43年の夫婦生活を経て、妻は「このろくでなしが私から離れられる訳はない」との自信をのぞかせる。ますます妻に頭が上がらないとの思いが募り、それに自己嫌悪が追い討ちをかける。

(次回214号は8/20アップ予定)

2024.8 NO.212  トリルダウン  VS 

     トリルダウン
 新型コロナ禍も沈静化してき、インバウンド客が日本に戻ってきた。
 本年3月産経新聞は「生ガキ5個4千円、ウニは2千円超…。『なにわの台所』として知られる大阪黒門市場に軒を連ねる鮮魚店の店先では、食べ歩きを楽しむ外国人がカキなどを購入し頰張っていた。」と報じていた。
 冬のニセコではパウダースノーを求めてオーストラリア人を初め外国人天国となっている。そこでは屋台の天ぷらそば3,500円、ラーメン3,000円も外国人からは自国より安く食べられると言っていたという。地元の庶民は手が出ない。
 豊洲では18,000円のうに丼を初め「インバウンド丼」と俗称される海鮮丼にインバウンド客が舌鼓を打っている。
 その頃梅沢富美男氏が函館の贔屓店でいつも食べていた3千円の海鮮丼を8千円に値上げされていたのに激怒した。内容・原価が変わらないのであればそれはひどすぎる。

 IT長者の『ホリエモン』こと堀江貴文氏ほどではないにしろ豪邸に住み裕福な梅沢氏が庶民感覚を忘れず、我々庶民の代弁をしてくれた。
 それに対して、堀江氏が「それくらい気前よく払ってあげりゃいいのにな。ケチくさいな」とXでポストした。梅沢さんは大人の対応をとったが、芸能人の顔も持つ堀江氏が年上で大先輩の梅沢氏(卒職している私と同い年であるが、10億円とも言われる兄の借金を肩代わり完済し、厳しい環境にある大衆演劇の座長として団員の生活を守る為無理を押して多くのTV番組にも出演)に対しての発言に私は不快に感じた。ネット民も反論していたが、堀江氏は歯牙にも掛けなかったであろう。
 言論は自由だか、影響あるインフルエンサーは何でも発信すればいいというものではない。迷惑系インフルエンサーとは一線を画すとはいえ、世の中をミスリードしてはいけない。ひろゆき氏に対するインフルエンサー・キラーとして米山隆一議員(その二人が高橋洋一嘉悦大教授のテレビ番組での「円安上等。1ドル300円でも誰も文句言うはずない」の持論に共闘して反論。米山議員は詭弁で国民を愚弄するかのような高橋教授に対してもインフルエンサー・キラーになってもらいたい)がいる。

 橋下徹弁護士に対するインフルエンサー・キラーとして泉房穂前明石市長のごとく、堀江氏にも有力なインフルエンサー・キラーが必要なのではないか。
 それはさておき、私は今から10年以上前業界団体に籍を置き、アジアの同業団体との連帯を求めてアジア諸国に2年に一度程度アジア諸国への視察ミッションを企画した。
 仕事を離れての楽しみは、日本では高くて手が出しづらい魚介類を初めとする食事にあった。
 一番感慨を覚えているのは、2009年香港・マカオに行った時、会員で深圳在住の日本人夫妻に案内してもらった中国本土広東省(省都広州市)の沿岸部にある珠海市の『月季軒』。日本なら1万円以上する高級海鮮料理が1/3の値段で食べることが出来た。
 韓国では、日本の芸能人が訪問するような高級店ではなく庶民的な名店を知った。一番は『眞味食堂』のカンジャンケジャン(生蟹の醤油漬け)。その他には『神仙ソルロンタン』のソルロンタン(白濁した牛骨スープ)、『土俗村』の参鶏湯、宿泊ホテルの向かいにあり何度か利用したが今は閉店?の『味加本』のあわび粥など。
 上海では、店の名前を忘れネットで探したが判明してないがのだが、その店で初めて辣子鶏(ラーズージー:山盛りの唐辛子に小粒の鶏肉が埋められている)を知った。一皿の量が多いので、多人数でないと色んな種類の料理が食べられないことも理解した。それ以来四川料理にはまり、日本に戻ってからも有志3人だけだが赤坂『同源桜』、赤坂見附『望蜀瀘』、池袋『揚』2号店、六本木『シャンウエイ』、御茶ノ水『川菜館』等巡っていた。
 シンガポールでは、定番のチリクラブよりブラックペッパークラブの方が好評であった。安くてよいのだが、その店は酒類が高かったのが残念であった。
 各国地元の人々が「日本人価格でそんな高い物よく食べられるな」「そんな高級な物食べられてうらやましい」とか思っているのではと想像することはなかった。今は我々庶民の日本人が、インバウンド客に対してそう思うのか。隔世の感がある。

 この20年日本は負け続けと言えるか。日本の経済力や豊かさは少なくともトリプルダウンの状態にある。
   米国についで2位だった名目GDPは中国に抜かれたのは仕方がないとしても、ドイツにも抜かれて4位となってしまった。円安が是正されドイツを抜き返してもインドに近いうちに抜かされる。
 「各国の豊かさ」を平均寿命や教育、所得の観点から測るHDI(人間開発指数)を見れば、日本2015年18位であったが2023年24位に下がった。この間韓国は20位から19位へと上がり、日本を追い抜いた。
 実質賃金について、経済学者野口悠紀雄氏は2021.10.3付け『東洋経済ONLINE』にて「年間平均賃金額での2000年に対する2020年の比率を見ると、韓国は1.45倍と非常に高い値だ。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスは、1.2倍程度だ。ところが、日本は1.02でしかない。つまり、この20年間に、実質賃金がほとんど上昇しなかったのだ。実質賃金が上がらず、かつ円安になったために、ビッグマック指数で見た日本の地位が低下したのだ。」と述べている。
 2024.1月時点でのビッグマック指数(%)と値段を比較すると、基準となる米国は9位で±0.00、5.69ドルにて、1位のスイスは+43.50、8.17ドル、英国は7位で0.36、5.71ドル。日本は45位で、-46.50、3.04ドル。韓国(31位、-27.80、4.11ドル)、中国(43位、-39.00、3.47ドル)より低くい。欧米人からすれば日本は物価が安いと感じるだろう。
 そんな日本にしたのは、対米追随の清和会、小泉首相の新自由主義と後を受けた安倍首相のアベノミクスであろう。とくにアベノミクスは経済を浮上させなかっただけではなく、大きな後遺症を残した。
 同志社大名誉教授の浜矩子女史は当初からアベノミクスをアホノミクスと呼び批判していた。首相の政策をそう揶揄するのはABEシンパでなくともいかがなものかと思うが、結果を見れば、仕方がないか。
 アベノミクスの目標は低成長から脱する2%の経済成長率とデフレから脱する2%の物価上昇率と言えるだろう。デフレ下であれば経済成長だけ目標に掲げてもよいと思うが。
 アベノミクスの3本柱も①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略の順番だが、本来③の成長戦略が「主」として①に掲げられるべきで、その為の大胆な金融政策、機動的な財政政策は「従」として位置付けられるものである。
 本来「政府」が経済成長を促し、デフレから脱却させる。勢いあまって過度なインフレにならないように物価を金融政策により調整する。それが「日銀」の役割では。
 そのため日銀は日銀法により独立した組織となっている。ある意味政府が暴走しても日銀はそれに追従しない、止める役目もあるだろう。しかるに、2013年1月22日に政府との間で「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」という、政府・日銀共同声明を取り決めた為、安倍首相が日銀を政府の子会社と言ったごとく(所管の財務大臣は否定したが)、まるで政府が夫で日銀が妻になってしまった。
 さらに、いつの間にか2%の物価上昇率だけが独り歩きとなり、国の目標みたいなってしまった。経済成長なしでも、石油など輸入物価が高騰でもすれば、達成されてしまうものに。
 リフレ派は、物価が上昇すれば、賃金も上がり、景気が回復するという。勉強部屋を作れば子供の成績があがると言うのと同じでは。勉強嫌いの子供が勉強に精を出し始め成績が上がったので、それなら勉強部屋があった方がと言うのが正しい流れだろう。
 夫の安倍首相は、極端に言えば、自らを支持してくれる、タカ派・自衛隊や友人、地元の支持者の為なること以外は側用人の官邸官僚に丸投げした感がある。モリ・カケ問題、桜を見る会など公権力の私物化疑惑で国内で批判を浴びると海外に外交と称して外遊する(古巣を叱咤する著書の中で前駐豪大使の山上信吾氏は安倍首相ほど外交活動に熱心に取り組んだ日本の首相はいないと書いているが)。
 懸命に尽くす糟糠の妻となった黒田日銀総裁は金遣いが荒い夫が国債を発行しその新発債を買った民間銀行からせっせと買い取った(日銀財務勘定:資産・国債、負債・当座預金<民間銀行の債権>)。実質悪名高い財政ファイナンスを内助の功と呼んでいいのか。
 夫が新産業への育成・助成や企業の設備投資を促さず、企業の生産性が向上しなければ賃金が上がらないのに、恥も外聞もなく労働組合のごとく夫と一緒になって妻の日銀も企業に賃上げをお願いする。
 アベノミクスを後押しするリフレ派は、アベノミクスはトリクルダウンをもたらすとも言っていた。浜女史はこれも、別名“馬と雀”政策と言って、「馬にいっぱい草を食べさせると、それが馬の体の中を通って出て行く。そうすると馬糞に雀がたかって雀も食料にあずかることが出来る。」という差別政策だと批判した。
 その通り、異次元の金融緩和が円安をもたらし、大企業の業績回復は株高をもたらした。株高は富裕層に恩恵をもたらし貧富格差が拡大させたに過ぎない結果となった。
 この10年程企業の内部留保は倍増の現在555兆円と言われる。その中で、正規雇用を非正規雇用に替え、下請けにしわ寄せさせてきただけなので、賃金はほぼ横ばいに推移した。
 1992年にソ連の瓦解を受けて鄧小平が「南巡講話」を発し、資本主義を導入し、市場経済化・グローバル化により、「先富后共富」(先に富だ者がまだ富んでいない者を富ませて共同富裕になる)から進められた国家資本主義も、トリクルダウン理論と同様逆に貧富格差拡大させた。習近平総書記はとり残された農民層、零細中小企業らが共産党一党独裁体制打倒を目指すのを恐れて、経済を停滞させても毛沢東の時代のような社会に戻そうとしている。人民すべてが貧乏にはもうならないから、いわば“豊かな北朝鮮”を目指すがごとく(本家の北朝鮮は、流入してくる韓国文化をシャットアウトして金王朝独裁体制を守ろうとしている)。
 リフレ派はトリクルダウンをシャンパンタワーの一番上のグラスから満たしていけば、下のグラスもすべて満たされるのと同じとしか思っていない節がある。
 それに関して、後述する河村小百合女史が2016年11月に上梓した『中央銀行は持ちこたえられるかー忍び寄る「経済敗戦」の足音』(以下「2016年本」)のP215にて、みずからの経験からもと言い、大学で学ぶ「金融論」と「生きた金融の世界」とは違う。いわゆる「リフレ派」が、金融機関関係者には少なく、官界に相対的に多いと指摘する。
 アベノミクスの指南役であるリフレ派の東京大学名誉教授・イェール大学名誉教授浜田宏一氏は、トリプダウンは起きなかったと認めるものの、責任を痛感するという風な態度には見えない。その頃最低賃金が上がれば生産性があがるという無責任な説も流れていた。普通は逆なのに、韓国がそれを実践して多くの中小企業が倒産した。何のことはない。生産性の低い中小企業が淘汰されれば、全体して生産性が上がるというからくりに過ぎない。

 上記2016本の7年後(私の読後感にすれば)河村女史は怒りを込めて2023年4月1日付け『日本銀行 我が国に迫る危機』(以下「2023年本」)を上梓した。それによれば、2013年日銀総裁に就任した黒田東彦氏は2年で2%の物価目標を達成すると大見えを切り巨額の国債やETF(信託財産指数連動型上場投資信託)等を買い入れる、いわゆる異次元の金融緩和を開始したが、2年間で達成できなかった。2016年からは、上記に加え、「長短金利操作」(イールド・カーブ・コントロール)を加え、短期の政策金利にはマイナス金利政策を導入(植田新総裁2024.3.19解除)したほか、10年国債金利を、国債の買い入れを通じてゼロ%程度に抑えることを目標に据えて国債を買い入れるという金融政策運営をしたとする。
 黒田総裁は「マネタリーベースを大幅に増加すれば物価は上昇する」が持論だとしても、大学で経済学を少し齧っただけの私でも、ゼロ金利制約下ではマネタリーベースを大幅に増加させても効果は薄いということぐらいは分かる(身を弁えない不遜な私でも現筑駒中・高→東大・法→大蔵省の絵にかいたような秀才の黒田氏を「アホちゃうか!?」とは言えないが)。世界もその壮大な実験に注目したが、予想される結果に終わり、やっぱりねと思ったことだろう。
 河村女史は当時の日銀政策委員会の審議委員にも怒りの矛先を向ける。金融調節ターゲット(操作目標)を短期金利(政策金利)からマネタリーベースに変更するのを慎重な議論もなく、オセロゲームで白から黒に簡単に変わるように審議委員が黒田総裁率いる執行部の提案にあっさり賛同し、あっという間に「マネタリーベース・コントロール」に切り替わったと批判する。異次元の金融緩和の拡大・継続、マイナス金利に反対した野村証券出身木内登英審議委員ひとりを除いて。
 その木内審議委員が2017年7月任期満了にて退任する。後任には日銀出身で日銀の行き先を案じる河村女史が就任すればよかったが。リフレ派審議委員が就任する(後任は安倍内閣が任命するから当然か)。

 黒田総裁は戦前の陸軍幹部の亡霊が乗り移ったかの如く、頑なに異次元の金融緩和を推し進め、奈落の底に入り込む。これが黒田総裁の最大の、あえて罪と言わせてもらう。
 当の黒田総裁は2023年4月7日の退任会見にて、黒田総裁は、「持続的安定的な物価上昇率2%」は達成できず、残念だったとするも、「政府の政策と相まって経済・物価の押し上げ効果をしっかりと発揮した。政策運営は適切だった」と述べた。
 それを見透かしたように、2023年本を4/1に上梓して、河村女史は黒田総裁の総括を次のように否定している。「10年近くに及んだ黒田日銀の金融政策運営の姿勢には次のような大きな3つの問題点があったのでは」と述べ、3つの問題点を列挙した。
 ①効果が認め難い政策を、「効果出るまでやる」と押し通し続けたこと。
 ②「経済を下支えするために“粘り強い”金融緩和の継続が必要」と言い続け、言い換えれば、「金利は低ければ低いほどいい」とでも言わんばかりの素人概念を経済の究極的な専門家であるはずの中央銀行が、先頭に立って流布したこと。
 ③中央銀行は本来、「いずれ金利は上がる。経済界も政府も備えるべき」と呼びかける立場にありながら、効果が出ない自らの政策運営を効果が出るまで続けるとして「金利はかなり先まで上げない」とまで黒田総裁が断言し、国内の企業、家計、そして政府にゆるみを招き、超低金利状態でなければ経済活動が継続できないような“甘え切った”状態を作り出してしまったこと。
 こんな中央銀行の下では日本経済が健全に発展するハズがないと結ぶ。ならば、河村女史は黒田総裁を断罪したと言ってよいだろう。
  安倍首相は異次元の金融緩和は効果がないと関心を失って行った。しかし、円安や株高は自らを支持してくれる大企業や富裕層を利する。政治資金パーティの現金キックバックとは違い、安倍首相は黒田総裁に止めろとは言わなかった。その意味で同罪だろう。
 企業もそうだが、名経営者は早く後進に譲ろうとし、そうでない経営者が長く居座る。安倍総理も、黒田日銀総裁もともに歴代在任最長だ。

 

  5月末に保有国債の評価損(含み損)は24年3月末時点で9兆4337億円となったと報じられた。それに投稿したネット民は、国債は満期まで保有すれば問題がないという意見が多かった。それは自体は間違いではない。が、資産だけ見て負債の問題に触れていない。
 悪名高い財政ファイナンスの誹りを避けるため、一旦政府は民間金融機関に国債を買ってもらい、民間金融機関はそれを日銀に買い直してもらう。くどいが日銀勘定は資産:国債、負債:当座預金(民間金融機関の)資産)となる。当座預金は無利子ではない(マイナス金利時代でもすべての当座預金に適用される訳ではない)。
 文末の「日銀資産・負債残高比較」を見ると、黒田総裁就任時の2013年100兆円に満たなかった長期国債残高が退任の2023年においては500兆円弱も増加させている。

 日銀の資産としての長期国債は固定金利でしかも超低金利で0.2%程度しかない。一方負債である当座預金(民間金融機関の資産)は変動金利。超円安下短期金利が1.2%上がるだけで、1%の逆ザヤとなる。5兆円以上の赤字が累積し日銀が債務超過になれば、政府が救済することになる。それは国民が負担することを意味する。富裕層の負担は当然だが、恩恵に浴しなかった我々貧困層も尻ぬぐいせざるを得なくなる。

 それで1ドルが160円を超えても簡単に金利を上げることができない。2024年5月臨時号NO.208(「NASA VS NISA」

)で論じたように大量に日銀が保有する株式も含み益のある間に売りたいが暴落の誘因となりかねず売れない。

 植田総裁でなくとも誰が総裁になってもブロックタワーゲームのごとく崩壊させないよう恐る恐るでしか動けない。
 日産のゴーン会長は自社内で処理すべき程度の問題で会社法の特別背任罪で逮捕され起訴された。当然黒田総裁も特別背任罪に問われてもおかしくないと私などは思うが、会社法の対象は、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社の4種類で、日銀はどれにも当たらない。日銀法の第65条(罰則規定)にも総裁が特別背任罪に該当するような行為をすることは想定していないようだ。
 日銀総裁は辞めれば叙勲が待っている。大蔵省出身で名総裁とされた故森永貞一郎、三菱銀行出身の故宇佐美洵、大蔵省出身の故澄田智等は勲一等を受勲した。澄田の前任の日銀生え抜きの故前川春雄は、優柔不断な澄田より断然立派だったと銀行員時代の私は思っていたが受勲していない。なぜかと思えば本人が辞退していた(見かけによらず、武士だと思った)。同じ日銀生え抜きの故三重野康も勲章嫌いとして受けなかった。三重野はバブルの後始末に苦慮しデフレの張本人呼ばわりされるも、金利をなかなか下げなかった理由として、年金生活者の生活を挙げていた。黒田前総裁の辞書には「年金生活者」は載っていなかったのでは。
 「間違いなく史上最低の日銀総裁と思うが、それでも叙勲の話がくれば受けるのであろうか」と思っていたところ、この春の叙勲で厚顔にも黒田氏は受けてしまった。
 引け目がなくても、がっつくのではなく一度目の打診は断るのが叙勲に足る者の振る舞いとされているのに。

 推薦があるにしてももう少しほとぼりが冷めてからではと思っていたが。物価高に苦しむ国民感情を逆なでする、推薦者も、あるいは推薦を指示した者も、ろくなもんじゃない。
 総裁も総裁だが、本店の日銀マンも何をしていたのか。指をくわえて漫然と日銀が機能不全に堕ちていくのを眺めていただけなのか。
  1963年に刊行された『小説 日本銀行』で作者故城山三郎に大蔵省の「殿様」に対する「御殿女中」と揶揄された日銀マンは、今も、目立つことは忌避されるぐらいなら、上を批判するのはもってのほかなのか。
 上述河村女史は1988年に京大法学部を卒業し日本銀行に入行。石の上にも3年我慢したが日銀マンの御殿女中ぶりに愛想が尽きたのか、1991年日本総合研究所(三井住友フィナンシャルグループ)に移っている。OBの河村女史は、黒田日銀を批判するが、日銀マンよりもよほど日銀のことを心配しているように私には思える。
 日銀マンは、優秀なだけではなく、家柄もよいのだろう。英国紳士風に装い品がいい。「物言えば唇寒し」としていれば保身と出世は叶うのか。
 法王と呼ばれた18代総裁故一万田尚登以降の法王庁と揶揄された日銀に新風を吹き込んだ民間出身の21代総裁故宇佐美も行員の意識改革までは手が回らなかったのか。
 歌手故川島英五は『酒と泪と男と女』で「又ひとつ 女の方が偉いと思えてきた 又ひとつ 男のずるさが見えてきた」と唄った。私も最近何かにつけてつくづくそう思う。

      

     日銀資産・負債残高比較   (単位:兆円)

 

20133月末

 (A)

20233月末

 (B)

 

(B―A)

長期国債

91.3

576.2 

484.9

当座預金

58.1

549.1

491.0

 

(次回213号は8/1アップ予定)

2024.7 臨時号NO.211  アッタ  VSアッタ 
 2024年度の米女子プロゴルフツアー(以下「米女子ツアー」)では、昨季鳴りを潜めていた女王たちが、今季初戦から逆襲している。開幕戦はリディア・コ選手、2戦目はネリ―・コルダ選手が優勝した。
 ネリー選手は6、7戦目も勝ち、世界ランク1位に返り咲いている。さらに、4月初めのマッチープレーでも勝ち、余勢を駆ってメジャー初戦も制し出場試合5連続優勝を成し遂げた。早くもネリー1強の様相を呈している。ただ、大本命で迎えた世界最高峰の全米女子オープンでまさかの初日+10で予選落ち。五輪金メダルは東京五輪で獲得済。全米女子オープン制覇が女王の最大のモチベーションとなるに違いない。
 昨季2023年度は、長らく韓国勢に席巻されてきた米女子ツアーにおいて米国勢が復権を果たしたと言える。国別の(複数)勝利数を挙げると、米国11勝、韓国4勝、仏国4勝(セリーヌ・ビュティエ選手一人)、泰国3勝、豪国3勝、中国2勝で、米国が圧倒する。
 初優勝者を見ても、12人の内7人が米国勢。早い順に、リリア・ブ選手(4勝)、ローズ・チャン(ザングとも)選手、アリセン・コープス選手、エリザベス・ゾコル選手(ペア戦)、アレクサ・パノ選手、メーガン・カン選手、エンジェル・イン選手(ペア戦で上記ゾコル選手と組んだシャイアン・ナイト選手以外、ネリ―・コルダ選手を初め既優勝者の優勝はなかった)。
 年代別に優勝者を見ると、「30歳以上」2人、「30歳未満25歳以上」16人、「25歳未満20歳以上」7人、「20歳未満」2人(19歳)。女子プロは25歳からが旬期と言えるが、「20歳未満」も後半から優勝者が増えてきた。
 今季2024年度も、30歳代は、全英チャンピオンのポポフ選手が産休明けで復帰したが、現役最多メジャーチャンピオンの朴仁妃選手は引き続き産休。ビュティエ選手やチョン・インジ選手も30代に入ってくる。来年30歳になるレキシー・トンプソン選手は今季限りで引退を公表した。

 今季既に消化した15試合のうち優勝は20代後半12回(7人)、20代前半3回(3人)。20代後半選手に20代前半選手がどれだけ食い込むかというところか。

 私にとって孫のような2001年生まれの新世紀世代の優勝ヒロインを年上順にみると、「長女」にあたる2001年生まれのヒロインは2人いる。一人は後述笹生優花選手(2001.6.20生まれ)。二人目は韓国のユ・ヘラン選手(2001.3.23生まれ)。2022年晩秋プロテストをトップ合格し、翌ルーキー・オブ・ザイアー・レースを期初から独走の上栄冠。
 「次女」にあたる2002年生まれとしては、中国のイン・ルオニン選手(2002.9.28生まれ)。前季2勝を挙げその内1勝はメジャーの全米女子プロ選手権で、世界ランク1位にも輝き。引退したフォン・シャンシャンの後継者となった。
 三女の2003年生れは、二人いる。一人は後述天才アッタヤ・ティティクン(ンはルとも)選手(2003.2.20生まれ)。もうひとりはローズ・チャン選手(2003.5.24生まれ)。アマチュア世界ランク1位141週の実績をひっさげプロデビューしたトーナメントで優勝。72年振りの快挙。ローズ選手の身長は、レジェンドのソレンタム選手、オチョア選手、カリー・ウエブ選手、朴仁妃選手らと同じ168㎝。今季も5月のファウンダーズカップを制した。勝負強く、勝ち方を知っている。本物だ。レジェンドの仲間入りする活躍が期待される。
 4女の2004年生れも二人いる。一人は後述アレクサ・パノ選手(2004.8.20生まれ)。もう一人は、タイのチャネティ・ワナセン選手(2004.4.16生まれ)。4か月後に生まれたアレクサ選手に先を越されたが、8月末からのポートランドクラシックで初優勝。キャディを務めたのが、アレクサ選手が11歳で日本の2016年ヨネックスレディス出場(最下位で予選落ち)したときに優勝したポラニ・チュティチャイプロ。何かしら縁を感じる。
 この新世紀世代の優勝者の中で、私は下記3名をファンとして応援している。
 一番手は笹生選手。本ブログを載せるべく「2021年史上最年少19歳11ヶ月17日(2008年優勝した朴仁妃選手と同じ) で
全米女子オープンを制する。その後まだ未勝利ながら、前季2023年度は賞金ランク9位で1,822千ドル(145円換算で2億6千万円)を稼いでいる。高額なメジャーの全米女子プロ2位とエビアン選手権3位に入ったのが大きい。笹生選手は飛距離と深いラフももろともしないパワーがとくにすぐれており、2度目のメジャー制覇も近い」と下書きしていた。が、なんと今年の全米女子オープンに優勝した。優勝賞金は別格の2,400,000ドル(3億7千百万円)。ネリー選手が今季6度の優勝で得た賞金2,550,000ドルと変わらない(賞金ランク50位の笹生選手はいきなり2位にジャンプアップした)。
 ひと昔ダボを叩いてはメジャーには勝てないと言われたが、笹生選手は初回も今回も最終日にダボを叩くも粘り強く戦い抜いた。今回3日目17番のグリーン横のバンカー越えラフからのロブショット、最終日16番のパー4のミドルでワンオンせたティーショットなど、そんな神業的な技術面だけではなく、精神面も大人になったと解説の岡本綾子さんが評していた。
 世界最高峰の大会で3年後最年少(22歳)2度目優勝者として名を刻むこととなった(現役選手で全米女子オープンを2度優勝したのは2013年にも勝った朴仁妃選手と2人だけ)。

  女王のネリー選手、ビュティエ選手、チョン・インジ選手、ミンジー・リー選手、渋野選手など一流選手が彼女の実力と性格を認め、妹のように可愛がる。我ら直接の接点のないゴルフファンの評価もこれを機に笹生選手の真価にようやく追いつくのだろう。

 笹生選手が優勝争いでブーイングされてるかと思ったら名前の優花からの「ユ・・・・!」という声援だった(ジョーダン・スピース選手が優勝した2017年の全英オープンでも2位となったマット・クーチャー選手がブーイングされるとの騒動が起きた。声援の「クゥ・・・・・イ!」が勘違いされた)。米ツアーでの笹生選手の人気は我々が想像している以上に高い。
 なお、2位には渋野日向子選手が入った。渋野選手もメジャーに強い。勝った全英女子オープンと全米女子オープンには優勝争いできる。メジャー以外はよく予選落ちするのに。天性を感じさせるその不思議さは我々凡人の理解を超える。
 他の日本選手も上位に食い込んだ結果、高額賞金に加え円安下、出場しなかった日本選手たちも私もやれると思い米女子ツアーに参戦する選手がさらに増えるのでは。逆に日本にスポットでも参戦する外国選手がますますいなくなり、日本女子ツアーはますますガラパゴス化するとともに米女子ツアーの二部ツアーとなってしまう。 
 渋野選手の日本女子ツアーへの復帰が遠のいたと見られるが(本人から技術的な説明があれば復活を実感できるのだが)、私自身は本人のみならず日本女子ツアーの為人気の高い渋野選手が仲の良い(全米女子オープンチャンピオンながら不振の)イジョンウン6選手を連れて日本女子ツアーに戻り、力を発揮するメジャーだけ海外参戦すればと思うのだが(渋野選手のメジャー優勝も笹生選手のメジャー初優勝も、米女子ツアーで揉まれて得たものでなく、日本からスポット参戦して勝ちとったもの)。
 韓国選手なのに勝った笹生選手を18番グリーンそばで真っ先に出迎え、控室では自らを憧れの存在と慕ってくれる西村優菜選手と一緒に笹生選手に水掛けした、チョン・インジ選手も日本人ファンも多くぜひ日本女子ツアーへ。

 JLPGA(以下「協会」)はQTへの参戦をプロテスト合格者に限定にしたが、それは改悪と言える。海外の選手、とくに韓国強豪選手の参戦を阻止し、日本の若手が台頭する機会も阻害している(協会は、ファンが日本人同士で優勝争いしているのを喜んでいるから、何の問題もないと思っているのであろうか。協会主催問題もありファンより先にスポンサー企業が離れて行きそうな雲行でもあるが)。
 ファンとしての2番手は、アッタヤ選手。昨年2/1にアップした2023年3月号NO.186「かつみなみVSかつみこみ」)にて、アッタヤ選手と笹生選手が昨年(日本時間)9/24~26に開催されたアーカンソー選手権で優勝を争った時「私は両者ともファンであるが、直接対決なら日本人笹生選手を応援する」と書いている。 
 一昨年19歳で世界ランク1位となった(現在11位)。10月末のマレーシアの新規トーナメントにてビュティエ選手とのすごいショットの競演となったプレーオフで敗れた。アッタヤ選手は、優勝争い、ブーレオフでも笑いリラックスして本来の実力を発揮できる。天才といえ、ほほ笑みの国タイの選手といえども他にはいない。脳科学者中野信子女史によれば「日本人は世界で最も『不安遺伝子』を持つ民族」らしい。緊張してしまう日本人の国民性からすればマネは出来ない。苦節の時を経て前季花開いたビュティエ選手の試合でのポーカーフェイスを学ぶべきだろう。
 米ツアーでは、昨季優勝はなかったが、アッタヤ選手は前々季1位と同様前季もベストテン(内)回数が13回と1位(2位は9回)。初日出遅れても最終日にはベストテン内に上がってくる修正力、安定感は群を抜く。それで、平均スコア(69.533)も全体1位となり、メジャー勝利、年間女王と並んでプロが目標とするベアトロフィーという勲章も手に入れた。
  今季アッタヤ選手は、開幕から8戦出場がなく心配されたが、左手首付け根の故障からの復帰戦となるメジャー開幕戦シェブロン選手権で3日目に11アンダーでトップに立った直後雷雨で中断。まさに水を差された。直ぐの再開があったらと思うが、最終日残りの6ホール併せ24ホールを回ることになり、+7も叩いてしまい優勝を逃した。復帰明けではメジャー勝利はきつかったか。
 最後はアレクサ選手。2011年からの「USキッズ世界選手権」4連覇ほか、米国で同世代の女子ジュニアタイトルを総ナメにしており、子供の頃から世界に名を馳せ、11歳で日本にも来日している。
 プロデビューした前季はアレクサ選手は予選落ちが多く苦しんだ。Amazonのアレクサは指示されたことは何でもすぐできるが、人間のアレクサ選手は、そんな訳にはいかない。が、友人からの誕生日優勝を求められ、19歳の誕生日にそれを果たした。
 日本が好きなのだが、スケジュールがタイトになる為昨年の日米両ツアー共同開催のTOTOジャパンクラシック(以下TOTO)は出場できなかった。今季TOTOの後はハワイで試合があり移動が楽なので、アッタヤ選手とともにアレクサ選手も出場してくれるだろう。私が好きな女優アナ・デ・アルマスさん似の美人でもあり、私が贔屓する選手となった。
 日本も若手の成長が著しいが、世界の新世紀世代の天才ゴルフ少女たちがその名に恥じず頭角を現してきている。

 今年の8月(7日~10日)にはパリ五輪女子ゴルフがある。ゴルフ競技の出場資格は今(6/20)深夜から始まるKPMG全米女子プロ選手権(以下「全米女子プロ」) 終了時点の世界ランクに基づく五輪ランク(直前の13週の成績がより重視される。各国2名、15位以内なら4名まで)で決まる。
 日本は、4番手で出場が危ぶまれていた笹生選手が全米女子オープン優勝により決まったのも同然(世界ランク6位。4.70ポイント。今週のメジャーで他の日本人が優勝して抜かれても2番手は確保できるし15位からはみ出ることもない)。

 あと1人は、3人での僅差の大混戦。2番手と下がった畑岡選手が全米女子オープンの翌試合で競技委員がいたのにタイムオーバーで翌日失格とされた試合で3番手の古江彩佳選手が2位タイとなり、逆転。現在古江選手20位(3.44ポイント)、畑岡選手21位(3.38ポイント)となる。
 今季が始まる前においては、2番手争いは現4番手(22位、3.31ポイント)山下美夢有選手が有利と思われたが、今季日本で1勝もないのはやや誤算か(13戦で2位が4回。平均ストロークも69.8。優勝3回の竹田麗央選手69.5に次いで2位)。

 前回の東京五輪では古江選手を逆転した稲見萌寧選手が出場し銀メダルに輝いた。今回古江選手が一番思い入れが強いのであろうが、果たしてこのまま逃げ切れるか。
 5大メジャーに目を向けると、前季米国勢が3勝(リリア・ブ選手:シェブロン選手権、全英女子オープン、コープス選手:全米女子オープン)している。韓国勢のメジャー優勝はない。今季はネリー選手と笹生選手が優勝。メジャー大会であれば、笹生選手は女王ネリー選手に対抗できる。
 全英女子オープンがメジャー入りした2001年からのメジャーチャンピオンを見ると、60数名の既メジャーチャンピオンの中、「160㎝未満」でのメジャーチャンピオンは2人しかいない。それも全英女子オープンだけ。158㎝の韓国張晶選手(2005年)、155㎝の同申ジエ選手(2008、2012)。申ジエ選手は史上最低身長、いわゆる「最小」のメジャーチャンピオンして君臨する。
 160㎝未満でもっともメジャーチャンピオンに近いと言えるのは、158㎝の畑岡奈紗選手。過去2018年全米女子プロでプレーオフで敗退。2021年全米女子オープンで笹生優花選手とプレーオフで惜敗。前季2023年の全米女子オープン(4位)、エビアン選手権(3位)とあと一歩だった。
 畑岡選手に必要なのはあと2㎝の身長ではなく、メンタル面の改善だろう。昨季メジャー2試合で最終日最終組で戦ったが、全米女子オープンの覇者アリセン・コープス選手もエビアン選手権覇者ビュティエ選手も、よいショットも悪いショットも顔色を一つ変えない。ポーカーフェイスだ。畑岡さんは、顔に出る、口に出る。渋野日向子選手や西村優菜選手にも同じことが言えるが。
 男子の松山英樹選手もサンデーバックナインで優勝を意識した緊張からか崩れていくことを散見されたが、それを克服してマスターズで優勝した。レジェンドのカリー・ウエブさんも好意的に「優勝に固執せず一打一打に集中して」と畑岡選手のメンタル面の成長を課題に挙げる。
 畑岡選手は25歳になった。前季メジャーを制したリリア・ブ選手もコープス選手も25歳。なかなかメジャーに勝てなかったミンジ―・リー選手も初のメジャー優勝のエビアン選手権に勝ったのは25歳の時。旬はこれからだ。焦ることはない。

 それにしても、最近の日本の女子プロで、優勝争いの常連は、背が高くないプロが多くないか。畑岡選手以外にも、古江彩佳選手(153㎝)、山下美夢有(150㎝)、勝みなみ選手(157㎝)、西郷真央選手(158㎝)、西村優菜選手(150㎝)など。新人では、昨秋のプロテストで1位合格した清本美波選手も153㎝。政田夢乃選手も可愛いと人気急上昇だが154㎝。もっとも、同2位の馬場咲希選手は175㎝もあるが。
 史上初のジュニアゴルフ世界4大メジャーのグランドスラムを達成した天才ゴルフ少女須藤弥勒(12歳)さんはやっと150㎝を超えたという。何とか160㎝台に乗せてもらいたいものだ。
 隣国韓国は、全米女子オープンチャンピオンの、チョン・インジ選手、キム・アリム選手が175㎝、イ・ジョンウン6選手は171㎝。昨季ルーキー・オブ・ザイアーに輝いたユ・ヘラン選手も175㎝。BMW女子選手権2022で優勝争いした、アマで“国家代表エース”と目されるキム・ミンソル選手は178㎝(この6/18で18歳となりプロ転向の予定)。2023年同大会ではアマで15歳のパク・ソジンさん(身長?)は280ヤードのドライバーを放っている。
 日本女子の公式戦「サロンパスカップ」では7打差を逆転して、勝みなみ選手の記録を更新し、JLPGA史上最年少(15歳176日) 優勝したリ・ヒョソンさんは164㎝ながら最終ホールを2打目235ヤードを2オンさせイーグルを決めている。

 最近メジャーの優勝者が出ていない。今全米女子オープンでベスト10にすら韓国選手が1人も入っていない。

 韓国勢の凋落と見る向きがあるが、そうではなく世代交代の挟間と見るべきではないか。
 昨年10/10付けのmanekatsu.comの情報によれば、日本女性の平均身長は158.6㎝で韓国女性163.3㎝、中国女性160.6㎝と北欧に比べて低いアジアの中でも低い。
 ゴルフに限らず、人気若手女優を見ても、1980年代後半に生まれた、北川景子さん(1986年8月生まれ)は160㎝、長澤まさみさん(1987年6月生まれ)は168㎝、佐々木希さんは(1988年2月生まれ)も168㎝、新垣結衣さん(1988年6月生まれ)は169㎝。
 それに対して、10年前後あとに生まれたZ世代では、伊藤沙莉さん(1994年5月生まれ)は151㎝、今田美桜さん(1997年3月生まれ)は157㎝、杉咲花さん(1997年3月生まれ)は153㎝、広瀬すずさん(1998年6月生まれ)は158㎝、橋本環奈さん(1999年2月生まれ)は152㎝、浜辺美波さん(2000年8月生まれ)は156㎝、福本莉子さん(2000年11月生まれ)は156㎝、森七菜さん(2001年8月生まれ)は154㎝。

 もちろん165㎝の広瀬アリスさん(1994年12月生まれ)もいるが。そのアリスさんが「女子全員が欲しい骨格を持ってる人。スタイル最強な人」と称賛するのが同じく女優の森カンナさんで奇しくもゴルフのレジェンドと同じ168㎝。
 100年以上前に生まれた故原節子は165㎝。今より食料事情がよくない80年前に生を受けた故星由里子も164㎝、同世代でご健在の、岸恵子さん、司葉子さん、小山明子さんも160㎝以上だというのに。
 最近日本女性の平均身長が伸び悩んでいるという。ダイエットが影響しているとの意見もあるが、世界の男達からのNO.1としての日本女性への評価に影響しないだろうとはいえ、国として対策するか検討する必要があるのではないか(韓国・李御寧氏の『「縮み」志向の日本人』はベストセラーになったが、文化・社会面であって肉体面での話ではないのだが)。
 (次回212号は7/10アップ予定)

2024.7 NO.210 つ VS は
 4/28の衆院3補選で実質全敗が決まった時、見限っていたハズの麻生副総裁が岸田首相を擁護する発言をして驚かせた。岸田降ろしの声が高まれば、何をするか分らない首相が道連れ自爆解散をしないとも限らないので、それを防ぐ為ではなかったか。
 この状況に至っても、今月末にも岸田首相が解散・総選挙すれば、約束が違うと公明党が態度を硬化させ自民党との選挙協力を反故すれば自民党は惨敗する。
 麻生副総裁が現状自民党の現職最高権力者であることの是非はともかく、その役割を担っているとは言えるのでは。
 さらに5/26の静岡県知事選でも自民党が推薦する候補が敗れた。此の期に及んでも岸田首相は解散・総選挙を匂わす発言はするだろう。自らへの批判を牽制する為にだが。

 安倍派を中心とする政治パーティーの裏金疑惑問題は、メディアが森本宏・最高検刑事部長、伊藤文規・特捜部長のコンビと年末に地方検事も動員しての大掛かりな体制だと国民の期待を煽っていたが、大山鳴動して鼠数匹で早々と収束してしまった。 
 大多数の国民から不満の声が挙がるが、ただ、日本の政治において安倍派が最大派閥であることが大きな問題と言っていた(もうなぜそんなことを言うのかという国民は少ないだろう)私は、安倍派が解散したことには満足している。
 安倍シンパは急逝したからと言うかもしれないが、安倍元首相は後継者づくりをしていない。歴代の官僚派首相は、二人の後継候補を競わせ、自派の存続を図り、自身の政権延命にも寄与すると考えていた。吉田茂首相は、故池田勇人と故佐藤栄作を競わせ、池田首相は故佐藤栄作と故河野一郎(河野太郎大臣の祖父)と争わせ、佐藤首相は故福田赳夫(福田達夫議員の祖父)と故田中角栄とを競り合わせた。
 いずれ安倍派は分裂すると思っていた。上記福田達夫議員の父親福田康夫元首相が安倍元首相とは水と油でもあり達夫議員が分派すると思っていた。しかし、旧統一教会に対する発言で遠のいたと見ていた。が、今回の派閥解散において新たな政策集団を立ち上げると公言した。
 安倍派が解散したが、若手議員も自らの利害で派閥解散と叫んでいた。しかし、裏金を謝罪して派閥解消を訴えた安倍チルドレンと呼ばれる議員など、目先の解散・総選挙で無派閥で立候補しても裏金、不記載を説明しない解散派閥に怒り心頭の選挙民が再選させると思えない。旧安倍派の議員は大きく減るのではないか。

 岸田首相は裏金疑惑の段階で安倍派を排除したが、検察の安倍派幹部7人の立件見送りで、当てが外れた?ばかりか、自身の宏池会も飛び火してしまい、尻に火が付いた岸田首相は慌てて派閥解散に打って出た。メディアは「岸田の乱」と呼んだ。
 派閥は、本来、日本を日本国民をどう導くか、同じ理念、ビジョンを共有する議員が結集して、若手議員の育成だけではなく、他の派閥と切磋琢磨して、その競争から勝ち抜いた派閥から首相を誕生させる為にある。
 派閥に問題が内包されているにせよ、今般の裏金、不記載の問題は派閥そのものの問題ではない。派閥の問題ならすべての派閥に問題が起きるハズ。派閥の長、派閥内議員の資質の問題に過ぎない。
 今般の派閥解消は、例えば、家の中で何をしていたかと詮索されたら、家全体を壊してしまうようなものだ。領袖が亡くなっている、領袖の引退が近い、そんな他派の派閥解消を察知しあわてて総裁派閥として先手を打つべく伝統ある名門宏池会を解散したと見られる岸田首相は、今般茂木派から脱退した小渕議員が過去“ドリル優子”と、今回逮捕・起訴された池田佳隆議員が“ドライバー池田”と揶揄されたなら、“デストロイヤー(壊し屋)岸田”と名付けられてもおかしくない。
 岸田首相が先頭に立ってやるべきは、宏池会の元会計責任者の略式起訴についての説明であり、派閥解散ではない。
 本来、裏金の説明責任を果たさず派閥解散するのを止めるべき立場にありながら先頭を切って解散表明した岸田総裁が政治刷新本部の本部長に就任した。立件されなかった麻生派、茂木派は解散しないと言っていた。内紛を避けて、政治刷新本部の中間答申は、政策集団として派閥の存続を認める形となった。それは本来の派閥の在り方に戻っただけ。「岸田の乱」は「岸田の乱心」と言うべきではないか。
 政治倫理審査会も国民が知りたいことが何ら解明されなかった。強力捜査陣の検察が解明できなかったものを国会議員ではどだい無理と言うものか。
 裏金問題を起こした自民党が最もやる気がないことが浮彫になった政治資金規正法改正案、看板倒れが異次元と言うべき少子化対策、点数稼ぎのハズが事務負担増で企業や自治体が悲鳴をあげオウンゴールとなった定額減税など発言にも芯のない岸田首相が何を言っても、BS『報道1930』のコメンテーター堤伸輔氏でなくとも「どの口が言う」と国民は怒り岸田首相の支持が回復する訳はない。

 時事通信社の5月世論調査によると、岸田文雄首相に自民党総裁任期が切れる9月以降も続けてほしいとの回答はわずか6.0%だという。
 
 今回の騒動を自民党内の派閥権力争いの視点で見れば、次の通りか。田中派から経世会が独立し竹下登首相、橋本龍太郎首相、小渕恵三首相らで経世会が自民党を主導してきた。が、2000年小渕首相の急逝に伴う5人組の密談により、傍流に甘んじていた清和会の森喜朗氏が首相となった。21世紀に入って小泉純一郎議員が「自民党をぶっ壊す!」と言い総裁になり経世会から権力を奪い清和会は下剋上に成功した。
 その後清和会安倍首相の一強体制が続き、日本は「失われた10年」が30年と言われるようになった。そして満を持して宏池会政権が誕生した。これが保守本流と謳う宏池会の政権かと疑うが、今回の裏金疑惑問題で最大派閥清和会を崖下に突き落とした。と思ったら足元がぐらつき、一緒に崖下に。
 誰が岸田首相を助けるのか。宏池会の首相は、これまで最大派閥の支援を受けているという。大平正芳首相は田中派、宮澤喜一首相は竹下派。岸田首相も安倍派から。その最大派閥の安倍派を怒らせた。萩生田前政調会長を可愛がる森元首相と手を打った岸田首相に萩生田氏が甘い処分をしてもらったと思う?旧安倍派議員の中で、萩生田氏が総裁選で岸田支持の笛を吹けど踊る議員はどれだけいるのか。
 相談もなく恩を仇で返えされたと思う麻生派と茂木派は、守旧派とされてしまい岸田首相に相当怒っていると言われる。(大宏池会構想を捨てておらず? )旧宏池会とは喧嘩したくないが、犬猿の仲である古賀誠前宏池会会長がバックにつく岸田首相本人の再選は応援しないのでは、麻生副総裁は。
 我慢して政権を支えてきた茂木幹事長も派閥解散の流れに乗じた小渕優子議員の乱で窮地に立たされ、怒り心頭では。
 幹事長としての権力を奪われた二階派は言うまでもなく。いわば「無派閥」派の領袖的存在の菅前首相も現首相に厳しい。派閥がなくなれば安倍一強体制のようにと思っても、総裁選で岸田総裁が再選されることは期待薄ではなかろうか。
 連立を組む公明党からも石井幹事長が唐突に3月民放のBS番組で「自民党の総裁選で選ばれた総裁は非常に支持率が高くなる」「秋に予定されている総裁選の後に次の衆院選が行われる可能性が高い」と言及した。首相の専権事項に触れるだけではなく岸田総裁の再選を念頭に置いた発言とは思えない。公明党からも岸田首相は見放されたと国民もそう思ったのでは。

 日英伊共同開発次期戦闘機の輸出容認に自民党にとっては不可解な公明党の一時的な反対も、9月総裁選後の新総裁での年内解散とのバーターとは言えまいか。
 岸田首相が総裁選に立候補し再選された場合公明党が選挙協力を断る可能性は低くない。そうなれば解散総選挙で惨敗し岸田首相の政治生命は終わる。

 延命を図るなら岸田首相はキングメーカーもどきとして生きる道しか。総裁候補として急浮上した「跛鼈千里」の上川陽子外相を総裁候補として擁立するしかないのでは(なお、単に諺を引用しただけで、上川外相を「跛鼈」【はべつ;足の悪いすっぽん】と揶揄した訳ではない。今世紀初めから20年以上自民党議員として首相になりたいとか浮かれず地道に努力し、それが評価されてきたという意味。失言癖の麻生副総裁の二の舞にならないように、念の為申し添えておく)。
 上川大臣はクリーンなイメージであり地味な分敵が少ない。自民党議員内で人望がない、茂木幹事長と石破元幹事長との両者が総裁選に向け見苦しい権力闘争しても国民をしらけさせるだけ。自民党の体質が変わるとも思えない。

 結党以来69年男性総裁で舵取りしてきた自民党は今や末期的体たらく。挙国一致ならぬ挙党一致で難局に立ち向かわねばならない。が、憲政史上初の女性総裁・総理誕生でしか自民党に国民にアピールできる謳い文句はないのではないか。
 当の上川大臣は静岡県知事選候補の応援で、女性達のパワーで自民党推薦候補を知事として誕生させようと言ったのを「うまずして何が女性か」とあたかも「産まない女は女ではない」と言い放ったように切り取られて報道され、不本意ながら発言を撤回させられた。
 曲解させるメディアの悪意なのか、それとも女性総理の誕生を快く思わないタカ派などが裏で糸を引いているのか(それは穿ち過ぎか)。岸田首相もメディアに苦言を呈し上川大臣を擁護しようとしなかったとみえる。上川大臣は元領袖にもう遠慮する必要はない。
 5/21付けのPRESIDENT Onlineによると、1,000人よる総裁候補支持率におけるアンケート調査で、実際の自民党支持者に限定すると1位・上川氏、2位・石破氏となるという。上川大臣は覚悟を決めて麻生副総裁に総裁選へ出馬したいと申し出るべきだと思う。

 メディアは、派閥解散派が改革派、派閥維持派を守旧派と呼ぶ。従前と違うことをするのを改革派と呼ぶことは、本当にいいことで、正しいのか。
 今や諸悪の根源とも言える「小選挙区制」もそれを唱える議員が当時改革派と称された。
 故浅川博忠の『裏切りと嫉妬の自民党抗争史』(講談社)によれば、経世会の主導権争いにて、竹下元首相と小沢元幹事長が対立し、小沢側は改革派(官軍)、竹下側は守旧派(賊軍)とメディアにも報じられた頃賊軍の将とされた故梶山静六は、小沢氏は従前の中選挙区制を完全に否定しているとして、「農耕民族の日本には本来、中選挙区制がマッチしている。小選挙区制はアングロサクソン、すなわち狩猟民族にふさわしい」と言ったとする。
 小沢一郎現立憲民主党議員はライフワークとして、「小選挙区制」「二大政党制」の推進に陣頭に立っていた。それが今や、自民党を批判ツイート(現Xでのポスト)する政治評論家みたいな感がある。
 尽くしてくれた糟糠の妻から三行半を突き付けられたように「人間性」に問題があるとしても、「小選挙区制」「二大政党制」が成功していないことも大きな要因ではないか。
 当時「政治とカネ」の問題も、中選挙区制が諸悪の根源と言われたが、それよりも今の小選挙区制の方がもっと酷いではないか。
 “竹小戦争”と言われる中で小沢側に圧されていた竹下側が盛り返し、結局小沢側は自民党を離党した。新生党→新進党→自由党へスクラップ&ビルドを繰り返し、2003年9月自由党は民主党にいわば吸収合併された。合併により204人(衆院137・参院67)の大所帯となり、2大政党制への下地ができ6年後民主党は政権交代を実現させ、2大政党制が実現した。
 小選挙区制については、2020年2月臨時号NO.128(「ふっこVSふっこう」)にてこう書いた。
 「たしかに、二大政党化に寄与すると見られ、簡単に政権与党が替わるが、本ブログ2018年5月号NO.92(「かんりょうVSまんりょう」)で指摘したように、生煮えの首相が誕生し、素材自体も悪ければ、それをありがたく頂戴する国民はたまったものではない。」「民主党政権が瓦解すると、今度は小選挙区制が政権与党に有利に働きだした。議席に結び付かない『死票』が大量に出ることや民意と議席の乖離という弊害が露呈してきた。」
 小選挙制では、一選挙区で一人しか当選しないのであれば、一強多弱の中では大政党である自民党が圧倒的有利となる。
 古代の朝廷での出世コースにおける本筋のコースは、内大臣→右大臣→左大臣→太政大臣という。現代に置き換えると、幹事長(内大臣)→通産大臣or外務大臣(右大臣) →大蔵大臣(左大臣)→内閣総理大臣(太政大臣)となろう。その本筋のコースを歩んだ故田中角栄は、(上記の本の「あとがき」に書かれているが)著者の浅川に“首相の条件”を聞かれて「そうだなぁ。それは蔵相、外相、通産相などの主要官僚二つと党三役のうち二つを務めることだな」と答えたとする。
 今や、主権者たる国民が株主の国策会社で最も大きな日本企業と比喩される自民党が、中小オーナー企業のように世襲で総裁・総理が決まるようになってしまった。
 故青木幹雄元官房長官の「小渕元首相の愛娘優子氏をいずれ総裁候補に」との発言を遺言として森元総理もそう公言する。メディアはそれを批判しようともしない。
 その“ドリル優子”と揶揄される小渕優子氏は、事務所のパソコンのハードディスク(HD)が電気ドリルで破壊された以降総裁候補になる研鑚ドリルを積んできたと思えないが、選対委員長に抜擢されている。
 小選挙区制に移行後上記本筋のコースを経ないで初めて首相になったのが、小泉首相であり、その後継に指名されたのも、同じく本筋コースを経ていない安倍首相である(旧民主党政権も同じだった。次の総選挙で立憲民主党政権の誕生もあるかとも言われるが、9月?の党代表選挙では総理に足る能力、閣僚経験、人望のある議員を選ぶ必要があろう。そうでなければ、またぞろすぐに国民からの支持を失うだろう)。
 今の自民党を予見し中選挙区制からの移行に反対していたのが当時の小泉議員でその言と裏腹に首相時最大限利用し、選挙公認という生殺与奪権を握った官邸による独裁体制を自民党内に敷いた。それは派閥を弱体させ、派閥同士の政策競争や人材育成による党の活力や派閥による政権監視という長所も無くしてしまった。
 後を継いだ安倍首相は、さらに内閣人事局を作り、幹部官僚の生殺与奪権をも握り、安倍一強体制の中友人案件や安全保障などの関心案件以外は側用人と言うべき官邸内官僚に好きなようにさせたと見える。
 この二人の首相により「失われた10年」は30年になったと言っても過言ではない。
 
 小沢氏が推し進めた二大政党制は結局自民党から人材が流出し、極端に言えば、黄金時代と呼ばれる自民党が単独与党の時代から比べれば、人材が半減してしまったと言えるか。
 そして、小選挙区制の一人区は地盤、看板、鞄の3バンを有する世襲議員が押さえてしまうので、官僚が議員を目指しても野党から立候補せざるを得なくなる。そうなれば、さらに政権与党としての自民党の人材の劣化を招いたとは言えまいか。
 本ブログ2023年11月臨時号NO.199(「たろうVSじろう」)で触れたように、世襲議員は初代からハーフ、クォーターと世代が移るほど劣化していく傾向があるとすれば、そんな世襲議員が若くして議員となり当選回数を増やして総裁選に立候補しても、派閥内で教育もされず、主要大臣ポストも経験せずして、政治家口調だけ上手くなっても、日本どう導くかビジョンなど言えるハズもないではないか。
 立憲民主党の野田元首相は世襲を批判している。自民党は、早く議員となり当選回数を増やす元首相の子女がプリンス、プリンセスともてはやされるのか。
 私が首相候補と思う斎藤健経産大臣までが、派閥解散騒動の折小泉進次郎議員について聞かれ、「『ふさわしいか』『ふさわしくないか』ではなくて、ふさわしくなってもらうようにやるしかない」と答えている。元自民党衆議院議員の金子恵美さんもTV番組で「ポスト岸田」について「小泉さんはまだ地アタマがそんなによくないんで。経験を積まないといけない。早いのかな」と発言したらしい。地頭は変わりようがないが、将来の首相候補と見ているのに変わりはない。それより前に、松野官房長官の更迭に伴う新官房長官候補においても『ゴゴスマ』で金子氏は進次郎議員の名を挙げていた(その時は金子氏は旦那を含めただのイケメン好きなのかとの印象を抱いたが)。
 永田町(自民党村)の空気を一旦吸えば、国民とは乖離してしまうのか。議員の世襲が日本政治をダメにしていると思っている国民が多いと思うのだが。
 毎日新聞よれば、2021年の前回衆院選では、世襲候補は全体で12・5%を占めた。政党別では自民党が約3割、次いで立憲民主党が約1割で、自民党の割合が突出していると言う。

 自民党も候補者の公募制度を導入している。だが、現職議員が引退表明を衆院解散の直前に行うことで、事実上、世襲候補以外の選択肢を封じているという。9月の総裁任期満了による新総裁決定後の解散総選挙解散・総選挙があるときは、また直前引退発表し子息・息女に世襲する議員が現れるのか(今般の二階元幹事長の引退による世襲もこれに該当するか。ただ、長男と三男の後継争いがしこりを残し、さらに世耕前参議院自民党幹事長が衆議院への鞍替えを目論み対抗馬として出馬するなら、思惑どおりになるか不明だが)。
 
 若手議員も自らの利害で派閥解散と叫んだ。が、世襲議員は無派閥でも大丈夫だが、裏金を謝罪して派閥解消を訴えた安倍派の議員など、目先の解散・総選挙で無派閥で立候補しても再選は難しいのでは。たとえ再選されても、裏金を得た派閥の政治資金パーティーも禁止になり、派閥領袖の庇護もなくして、独りで政界の荒波を乗り切ることができるのか。
 世に3人寄れば2人と1人に分かれるという。俳優玉山鉄二氏もTVで言っていた。家庭で3人寄れば2手に分かれる。どちらにつくか踏み絵を踏まされると。結局、派閥とは呼ばない派閥がすぐ出来るだけでは。過去もそうだったように(今回の派閥解散もすでに偽装ではとの声もある)。
 派閥の問題よりも、世襲の制限とともに諸悪の根源となった小選挙区制を廃止し中選挙区制に戻すべきだ。
 元に戻すのは改革派とは呼ばれないのか。ともあれ、「改むるに憚ることなかれ!」だ。
(次回211号は6/20アップ予定)

2024. 6 NO.209 ひるんどん  VS ひる

              どん
 昭和35年(1960年)前後私が小学生の頃、日本はまだ貧しく、一生懸命勉強や努力をして立身出世を目指すべきとの教えであったと思う。その目標とすべき人物として、豊臣秀吉、二宮金次郎、野口英世が挙げられる中で、私は当時秀吉が好きであった。また神戸から播州は近くないが、同じ兵庫県でもあり赤穂浪士、とくに大石内蔵助にも憧れていた。
 長じるにつれ、秀吉は好きでなくなった。北野武監督の映画『首』で監督自身が秀吉役に扮し、悪賢く、下品に演じていたが、秀吉の実像に近いのではと感じた。

   信長、家康含めた3人の中では、私は、エキセントリックな面はたしかに引くが、常識に拘らず、先見の明がある信長を推す。歴史は勝者によって書かれる。天下統一の志半ばで亡くなった後を継ぎ天下人になった、コンプレックスのある秀吉にやや足蹴にされ信長の悪い面が強調されている面もあるのではと思っている。

 神戸っ子は生涯野球の阪神ファンになるところだが、私は小学生の時に阪神を捨てている(動機ついては年末アップ予定の「きおくVSきろく」にて触れる)。結局東京に出てきたから上昇志向が強いとも言えるが、それでも反権力という関西人気質は失っていない。
 私は、昔の「任侠」みたいだが「強きをくじき、弱きを助ける」を信条とし、正義に与したい。さらに、できるだけ正直に生きようとしてきた。
   小学3年生の頃か親の授業参観で私の親は来ていなかったが、国語の授業で「教科書を何回以上読んだ人手をあげて」と先生に言われ読んでいないのに私は手を挙げてしまった。すると順番に読んでと言われて読んでいないことがみんなの前でバレてしまった。

   魔が差したとしか思えないが、そんな恥ずかしい自分を許せず、それ以来正直に生きようと心している(昨年バーガーキングで1万円札を出しお釣りを9千円と硬貨を貰うのに5千円札と千円札5枚を店員が渡そうとするので、元銀行員だからすぐ判ると指摘した。「銀行員は正直なのね」と中年の女性店員が答えた。辞めて30年になるが銀行員のイメージアップに一役買っている)。
   本ブログにおいても、後述の映画の主人公と違い本当にnobodyに過ぎない私がある程度信用されるには正直に書くしかない。恥ずかしいことを含めて。
   肝心の「強きをくじき、弱きを助ける」は、如何せん、非力な上、行動力がない。それで本ブログにて「権力者を批判し、弱者に同情する」ことしかできていない。中島みゆきさんが名曲『銀の龍の背に乗って』で「まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆いている」と歌うがごとく。
 ガザ地区で貧しい人々の為に尽力する国境なき医師団の医師やスタッフの日本人女性の志と行動力に頭が下がる。

 カナダに亡命した香港の民主化運動でのシンボリックな存在の周庭さん(亡命されるリスクがあるのにカナダへの留学を中国当局が黙認したのは、転向を強制してもしそうになく、さりとて世界を敵に回すこともできず、いわゆる国外追放させたか)を見ても、「強さ」とは、腕力でないと理解する。
 何者でもなく何もできない私は、実際にはこんな人物は実在しないと思いながらも、超人的なヒーローに憧れを抱く。そんな映画を観ることを好む。
 最近のシリーズの中では、デンゼル・ワシントン氏の『イコライザー』シリーズが一番の押し。ワシントン氏自身も続編は出演しない主義を破っている。3作で終わるが、初作が一番気に入った。続編にはよほど初作の評判がよくなければと考えれば、当たり前か。
   妻に先立たれ孤独な主人公が深夜の簡易食堂で連日静かに本を読む。そこでクロエ・グレース・モレッツさん扮するストリートガールと親しくなり、彼女に売春を強要するロシアマフィアを電光石火の早業で殲滅させ、彼女の歌手への夢を後押しする。
 続いて、トム・クルーズ氏の主人公『ジャック・リーチャー』シリーズ。元米エリート軍人で、放浪の旅を続ける中で正義のため超人的な働きをする。初作は2012年の『アウトロー』。好きな女優ロサムンド・パイクさんとの競演でもあり、とくによかった。
   2016年の続編『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』は主人公を父親と思う女子が現れるが、映画の最後にて親子でないと判る。疑似親子関係が微笑ましいと思ったが、クルーズ氏の映画としては余り入りが良くなく次作が宙に浮いたまま(2020年に3作目はR指定でとの報道もあったが、未だ実現に至っていない)。
 キアヌ・リーブス氏主演の主人公『ジョン・ウィック』シリーズもすべて観た。イコライザーと同じく主人公が最愛の妻を亡くし孤独に沈む中で、凄腕の殺し屋に復帰して敵を殲滅させる。主人公の心理面の描写は少なく、とにかく撃ちまくる。銃とカンフーを組み合わせた“ガン・フー”という手法 を編み出したとか。
   昨年公開された第4作『ジョン・ウィック:コンセクエンス』で主人公が亡くなる。最強の敵は座頭市を思わせる盲目で、映画の最後西部劇の決闘の如く離れたところから銃の打ち合いで主人公が倒れるのを観て、さすがにあり得ないと少し興ざめしたのは残念であった。

 この3シリーズの主人公は皆普段からスキを見せないが、続編が予定されている『Mr.ノーバディ』 (2021年公開)の主人公は、イコライザーの主人公の前職とよく似ているが、辞めた後仕事でもうだつがあがらず家族にも愛想をつかされた冴えない中年男がいざとなれば超人的な力を発揮する。そこに斬新さ感じる。スーパーヒーローの原点とも言える『スーパーマン』も普段は人間の姿をしているが、“だめんず”までには描かれていない。
 『Mr.ノーバディ』 を観た日本人なら、ボブ・オデンカーク氏扮する主人公が日本の『必殺』シリーズの同心・中村主水とよく似ていると思う人が多いハズだ。
 私は故藤田まことが演じる中村主水が好きだ。TVコメディー『てなもんや三度笠』(1962年~1968年)で藤田はコメディアンとして一世風靡するも、元々歌手志望で歌手としては心地よいバリトンボイスと相まって2枚目で通している。世間を欺くためにはまず味方から欺くための昼行燈からの仕置き人への変身ぶりは藤田のはまり役と言える。

 大石内蔵助の祇園での遊蕩も吉良側を油断させる為に味方も欺く仮の姿。
 私は、「公」はしっかりしている(知人はそう思っているか分からないが)のは同じだが、「私」の“だめんず”は演技ではなくただの素に過ぎない。
   私は2つの社団の事務局長を歴任したが、整理整頓ができないのは公私とも同じである。が、「公」では、真面目で真剣に取り組み、税金を無駄遣いする政治家と違い会員からの会費を無駄遣いしない。後ろ指を指されないよう「私」での浪費や怠惰な面は見せない。微塵もとは言わないが。
   事務局長の分際で、役員としての権利を享受するも義務を果たさない理事には平気で対立する。当然問題視される。

 最初は重宝に感じてもらえるのだが、次第に事務局長の権限を越えるような言動が目につき、トップとしては煩わしく思えてくる。それで2つの社団も10年程で辞任している。
 私の周りの人は「奥さんも大変だろうな」と思うが、実際は全然違う。妻は、夫には、堅苦しく口うるさい、妻自身の父(妻も親となり父親の想いを今は理解しているが)とは違うタイプを望んでいたのだが、私に向かって「そこまで違わなくもいい!」と訴える。それほど、妻を変にいじる以外、何も言わないし、毎昼夜の手(ぬき)料理と週一の自室部屋掃除以外何もしない。電球の交換から風呂掃除、庭はないが隙間に植えた木の電線にかかる枝の剪定まですべて妻任せ。
   そんな私なので妻から文句ばかり言われる。とくに最近物忘れが酷くなり、つい最前した事を忘れ悪手を打ってしまう。さすがに昼天丼で夜カツ丼みたいなことはしないが。昼ソース焼きそばを食べたので夜八宝菜でご飯を食べるつもりが、夕方になると塩味より今日は醤油味でとマルちゃん正麺のスープを活用しようと思ったのがいけなかった。五目あんかけ焼きそばを作り、八宝菜には麺がつくことを好まない妻に指摘され始めて気がつく体たらく。
   トイレとかクローゼットの電気の消し忘れは日常茶飯事。妻から毎週月曜と木曜の朝は自室のゴミを出すように言われているが、最近とかく忘れがち。
   文句ばかり言うと妻に口答えすると「文句じゃないでしょ。注意でしょ!」とキレられ、妻から「文句」と「注意」との違いとの講釈を黙って拝聴させられる羽目になる。
 3人の子供がいるが、子供にも何にも言わなかった。妻から放任主義が一番悪いと言われていた。勉強は本人の意志次第と思っていた。長男が小学6年生の頃たまたま私が居合わせた時ついて行けなくなったのか進学塾に行きたくないとぐずっていた。「いやなら無理して行かなくていいよ」と私は諭すように返した(記憶は美化されるから一通り怒った後かもしれないが)。すると長男は泣きながら走って塾に向かった。

   それが長男の人生の分岐点の一つになったかと思う(今長男は公私共々私が想像していた以上の人生を歩んでいる。父親である私を反面教師としたかのように)。
 我が家を企業に喩えると、妻が代表取締役社長で、私が代表権のない会長。家長としての主導権は放棄している。妻からよく「ふざけてばかりいないで少しは子供たちに尊敬されることを言ったらどうなの!?」と言われていた(2011年7月から本ブログを始めたのも、当時前立腺がんと判明しこのままバカなオヤジだったと子供たちに葬られてはとの思いもあった)。
   普段は社長が取り仕切る。社長が手を焼いた時だけ会長が重い腰を上げる。のんびりした神戸の田舎から東京の下町に引っ越して長男は不良が暴れるすさんだ中学校生活で鬱積したストレスを家で発散させた。手に負えなくなった妻からSOSが入った。私は長男に「お母さんの言うことが聞けないのなら、この家から出て行け!」と一喝した。幸いそれで長男は態度を改めた。その時ばかりは男親の存在価値を認めたと妻は言っていた(今はもう用なし。妻は捨てることは厭わないが、誰かに拾われるのが嫌。見た目も悪い粗大ゴミを拾う物好きな女性はいる訳ないが)。

   二重人格かとも思うが、ドアを開けて家の中に入れば「私」モードに替わるスイッチがある訳ではない。人間の体でそんなスイッチがあるのは、デジタル的にわずか1秒から数秒で「睡眠」と「覚醒」が切り替わる関係だけだと言われている。
   よくよく考えて解った。私は生来の怠け者。「私」の私が正体なのだ。
   「公」の私は、運命のいたずらか、意に反して、高校では2年生の時か適任者が他にいるのにからかい半分に学級委員長をやらされ、社会人になってからも公共性の高い銀行に入社し、それも組合専従にもなり、その後2つの非営利法人の事務局長を歴任した。身を律すべき半生だったと思う。
   責任感と(身勝手な)正義感が突き動かしていたと思うが、自然体の私ではなく無理している面もあるので、物言いが強くなり、衝突することも多くなったかとも思う。
   妻は私の母から申し送りで私のことを「偉そうに言う 食べ物にうるさい のんき」と聞かされたという。「さすが母親は息子のことをよく知っている」と妻に言われた。怠惰とは自覚しているが呑気だとは思わないが、身近な二人がそう言うのなら、そうなのだろう。
   私は同じ哺乳類のナマケモノに似ているのかもしれない。しかもナマケモノは私より偉い。一日の食事量は約8gでしかない。「働かざる者食うべからず」を守っている。そのナマケモノは「のんびり屋で怠惰な性格にもかかわらず、環境に適応し、エネルギーを節約する効率的な方法を見つけることで絶滅を免れてきた」とWEB上に書かれている。
   私が行動力がないのも頷ける。長生きする為に1日7,000歩の散歩や運動をと言われるが、そんなことしなくても家事だけで米寿を迎えた老女は多数いることだろう。
   ナマケモノの寿命は飼育下で約30年。百獣の王ライオンの狩りで走り回るメスの飼育下では15年~20年(野生では10年~15年)と言われる。ナマケモノの半分に過ぎない。それはストレスの差もあると素人考えながらそう思う(寿命を左右する健康への最大の敵は、偏食、運動不足ではなく、ストレスだと思う)。
   卒職する前後は今後は散歩しなければと思ったが、新型コロナ禍を経て天寿を含めて人それぞれと考えるようになった。飼われているカメの運動不足の解消は週一の散歩でよいらしい。妻に飼われている私もそれぐらいでいい。
   体育会系の人ならともかく、運動部に入ったことのない私は、雨ニモマケズ、風ニモマケズ毎日散歩するそんなストレスが溜まることをするより、枯渇気味であるが男の原動力である男性ホルモンを刺激した方がよいと思っている(和田秀樹精神科医によれば、近年の研究によって、男性ホルモンがポジティブな生き方と密接に関係しているという)。
   たとえ思惑が外れてもいい。常日頃妻から早く逝って!と言われている。妻孝行できる。
   運動はともかくとして、私はナマケモノそのものではなく怠け者なので、少しは反省している。妻が専業主婦の時夫が家事をやらなくても妻も不満はなかった。35年前当時はそんな時代でもあった。私が銀行員から転身し妻も正社員と働き出してからは、妻は仕事と家事(含む育児)との二足の草鞋。社団の運営が大変だったとは言え、私も家事をすべきだったと反省している。妻に感謝している。
   「そう思うなら、今もっと家事をしないと、反省だけならサルでもできる」と女性読者から言われても、そうできないのが、怠け者たる所以。
   そんな私でも、66歳で卒職した時7つ年下の妻は59歳でまだ定年に1年あり、洗濯物の取り込みだけではなく、干すのも私がやろうかと申し出た。が、世間体もあるからと妻は断った。
   フジテレビ水曜『ホンマでっか!?TV』でお馴染みの池田清彦先生は近著『人間は老いを克服できない』(角川新書)で、あんな偉い先生が自ら進んで毎日風呂に入った後風呂場を1時間かけて掃除する。風呂場は常にピカピカだという。運動も兼ねてと言うがそんな几帳面な人だとは思わなかった。私なら毎日は到底無理。週1でも5分しかできないだろう。
   私と正反対の妻は進んで自分でやろうとする。介護福祉士の資格を持つ娘は「ボケるから、もっとやらせなきゃ、ダメよ!」と陰で妻にハッパをかけているみたい。だが、私のことを何やってもきちんとできない、却って二度手間になるだけと思っているのだろう。それよりも何もしないと文句、否注意をして憎たらしい私を凹ます方が嬉しいと思っている。きっとそうに違いない。

   怠け者は、怠惰だから、昼行燈を決め込み、いざというときに力を発揮すればよいと思うものなのだろう。養老孟子氏の『生きるとはどういうことか』(筑摩書房)を読むと、養老先生が東大の助手時代外国留学するにあたって恩師の推薦状には「この男は怠け者だが、気か向いたらよく働く」と書かれていたという。本人が有意義だと思えは一心不乱に取り組み大きな成果をあげるという意味だろう。私は自身や家族がピンチになったとき頑張るだけだ。タコが天敵に遭遇したとき墨を吐くのと同じにすぎない。月とすっぽん、鯨と鰯だ。
   末っ子の長女とは、仕事が忙しい時期でもあり、風呂に入れたのも1回か2回しかない。娘と二人で外出したのも、娘が小学生の頃有楽町で101匹のナントカの映画を観て回転寿司屋に寄ったぐらいしか記憶にない。娘がいたのに内孫の女児にどう接してよいか分からない。
   娘のすることに干渉するつもりはなかった(海外への一人旅だけは絶対させないと思っていたが、娘は国内でも一人旅しなかった)。結婚も、我ら親に財産と言えるものもなく、いたらぬ娘を貰ってくれる男性はよい人に決まっているから、誰でも熨斗をつけてと思っていた。
   その娘が結婚式で両親への感謝の手紙を読むとき、妻には感謝しても感謝し切れないだろうが、私には話すべきことがないのではと案じた。が、娘は「いざという時はいつも助けてくれた」と話した。理解してくれていたかと嬉しく思った(嫁いだ娘が家に来て私に向かってボロクソに言うことが多いが、その度毎に結婚式の手紙を持ってきてと妻に頼む)。
   もちろん、娘の一大事、一番のいざという時である結婚式では、娘とバージンロードを歩き、作法を指示してくれた係の女性から完璧と声を掛けられた。披露宴にて最後の両家を代表して(新郎の父が鬼籍の為)の御礼の挨拶もふざけず真っ当に挨拶した。まず新郎を立て、娘には、二人の娘をもつ長男のイクメンぶりを見て今更ながら反省していると謝罪した。そしてそんな父親なので娘に何も望むことはない。「楽しい時も、そうでない時も、どんな時も、精いっぱい生きてくれたら、それでいい」と結んだ。
 
   「go up like a rocket and coming down like a stick」とは「竜頭蛇尾」の英訳の一つ。頭でっかち尻すぼみ的な今回のブログの内容に相応しい。「竜頭」はスーパーヒーローで「蛇尾」が私の話。もっとも蛇の尾の方が私よりよく動くだろうが。

 (次回210号は6/1アップ予定)

2024.5 臨時号 NO.208   NASA  VS NISA
  アダムとイヴ(エバとも)がエデンの園から追放されるとの話は、私のように旧約聖書そのものを読んでいなくても、知っている日本人は多いのではないか。
 月本昭男氏の『物語としての旧約聖書』(NHK出版)によれば、神は最初にアダムを造り、そして動物たちを形づくったが、その中には「アダムと向き合う助け手」を見いだすことができず、アダムの肋骨から1本を抜き取りエバを造った。
 妻となったエバに対して(神により創造された生き物の中で最も賢いとされた)蛇が「善と悪を知る木」の実を食べるよう誘惑する。この木の実を食べれば、人は神のように善と悪を知る。それで神は食べることを禁じていると唆す。
 唆されたエバはその木の実をとりアダムにも与えアダムも食べてしまった。神から追及を受け、アダムはエバに責任転嫁した。エバは蛇に欺かれたと弁明する。
 神は、蛇に対して「地上の生き物の中で最も呪われる」と宣告し、アダムとエバにも罰を科しエデンの園から永久追放した。
 水原一平(以下「一平」)氏の違法賭博問題にて、米国では、まるで、大谷翔平選手がアダムで一平氏がエバ、違法賭博の胴元が蛇ではないかとそんな見方をする。あたかも大谷選手も禁断の木の実を食べたと言わんばかりに。
 日本の国際弁護士も、後で批判を受けないように思うのか、こんなことは考えたくないがと言いながら、聞きたくもない最悪なケースに言及していた。
 私は、報道を受け、自身の問題ではないのに、陰鬱な気分に沈んでしまった。
 私は、一平氏の最初の弁明が具体的で、もっともらしく聞こえた。普通シーズンオフに結婚を発表するのに開幕前に降って湧いたように結婚を大谷選手が発表したことも納得できると思ったぐらい。一平氏とは通訳だけのビジネスライクに徹して身の回りやマネージャーの役は妻に任せるために急いだと(そうではなかったが、結果的には早く結婚したのは正解となった)。
 ところが、一夜にして大谷側の弁護士が水原氏の弁明を否定し、窃盗で告訴した。急展開に私は頭が〇×△となり驚くばかり。著名な日本人国際弁護士は「大谷側の弁護士は問題を大きする余計な悪手を指した」と批判していた(その後の発言も天才肌特有なのか大谷選手を案ずるより自身に依頼しておけばと言わんばかりに終始し不愉快極まりないが)。
 日本人の中にも、手のひらを返す人やこんな時が来るの待っていたかのように酷いことを口にする人がいる(身が貧しくても心まで貧しくなっては。我々は「ぼろは着てても こころの錦 どんな花より きれいだぜ」と堂々唄える人でありたい)。
 早く大谷選手自身の口から真実を語ってほしいと思った。そして、大谷選手は、日本時間3/26に質疑応答のない会見ではあったが、大谷選手にとっては国会での参考人招致ではなく嘘つくと偽証罪に問われる証人喚問と言え、その中で疑惑のすべてを日本人なら納得できる形で全面否定した。
 メディアは「なぜ一平氏が勝手に送金できたか」などまだ疑問が残るとしたが、私は、今後もメディアは色々報道しても選手生命が絶たれる事態は起きないと理解し、安心した。

 その後、一平氏が大谷選手の銀行口座を銀行に嘘をつき不正利用したと報道された。捜査官も早々と大谷選手は被害者だと表明した。捜査官は事件が報道される以前から大谷選手はシロと調べがついていたのでは。違法賭博の黒幕を追うため一平氏を泳がせていたのだろう。


 私は本ブログ2024年1月臨時号NO.202(「ヨヨミVSヨソミ」)にて、韓国人気歌手ヨヨミさんを“女大谷”と呼び、本家の大谷選手には「情に流されず経営者としての資質も備え持つ大谷選手は“野球界の大統領”と言えるだろう。」と書いている。とくに深い意味もなく、その時はまさかこんなことが起きるとは思ってもみなかった。大谷選手は、韓国のホテルの地下会議室での二人きりの中で、一平氏から話を合わせて欲しいと懇願されたが、決然と断っている。
 一平氏は、地頭がよく、詐欺師的要素もあると言えるか。いかにもペテン師な風ではペテン師にはなれない。だからこそ、大学への問い合わせもされず、元選手が通訳してもらっていないと思っても表沙汰にしなかったのであろう。
 一平氏は奥さんにも何も知らせていなかったか。大谷夫人と一緒に試合観戦し無邪気にハイタッチしていた一平夫人が一夜にして天国から地獄を見るのは不憫でならない。顔を知らなければそこまで思わないかも知れないが、顔を見てしまうと(韓国から強制送還とも揶揄される中出国時大谷夫人は世界一幸せな新婦として入国した時と変わらない穏やか表情であり俯くこともなかった。それを見て沈鬱だった私に大谷選手はシロだとの安心感が芽生えていた)。
 大谷選手は、経営者としての資質もあるとはいえ、野球小僧がそのまま大人になったと言える面もある。大谷選手の言動は、この世は汚し、汚される世界だと思う普通の大人たちには理解がし難い。とくに得てしてけち臭くお金に細かいとされる大金持ちにとってはなおさらに。
 野球界という楽園の中で子供の頃から天才と注目され、大事にされ、怪しい人からもガードされていた。大谷選手は、今回初めて、醜い面もある人間社会にいると実感したのではないか。
 戻ってくる可能性の低い1,600万ドル(24億5千万円)はお金に執着しない大谷選手にとって大した金額でないだろう。

 選手としての年俸だけで100億円もある者にとって 24億5千万円はどんなものかと年収1,000万円のサラリーマンに置き換えると、2,450千円と3ヶ月分の給料になる。痛くはないとは言えないが、人生設計には何ら影響を与えない。

 しかも、大谷選手には年俸以外の副収入が年間5,000万ドルとも言われるのであれば。
 それでも高額には違いない。代理人たちをメディア等が批判しても大金は戻ってこない。大谷選手自身が定期的に自分の目でチェックしていたなら、一平氏も不正できるとは思わなかったであろうし、不正されても1,600万ドルまで詐取されることはなかっただろうに。

 大谷選手は、全ての口座管理を代理人、会計士、ファイナンシャル・アドバイザーが「監視していると考えている」と思っていたという。それがメジャー選手なら珍しくないとしても、あくまで選手は個人事業主であり責任者。信頼して「任せる」とは、当然「任せきりにする」こととは違う。

 任せきりにして、横領された銀行や団体は少なくない。
 いたって普通の人ではないが“いたって普通の人”と大谷選手が言った才色兼備の真美子夫人に支えられて、大谷選手こそ、ファンに心配をかけないよう野球以外では“いたって普通の大人”になってもらいたいものだ。 
   
 一平氏は、自らをギャンブル依存症と言ったが、収入も増え気が大きくなりより大きな掛け金が可能な違法賭博を利用したとはいえギャンブル好きの部類かもしれない。他のスポーツより知識が豊富なハズなのに、禁断の野球賭博には手を出さない自制心が働いているのであれば。胴元にネギを背負ったカモに仕立てられた面もあるのではないか。
 私が言いたいのは、一平氏が依存症かどうかではなく、ギャンブル依存症でないから自分自身とは関係ない、他人事と思わない方がよいということ。他山の石とすべし。金額の多寡の差はあれ誰にでも起こりうる。
 私の座右の銘は、「好事魔多し」。自戒を込めて。海外では高額宝くじが当選した為に却って家族が不幸になるケースがよく紹介される。作家故北杜夫が有名だが、躁鬱の人は、躁状態のときに問題を起こす。
 ありえないチョンボだが、それがある意味絶妙にて却って大受けしたが、TV番組『ゴゴスマ』でベテラン女性アナがどうしたことか大谷翔平選手の英語表記を「ショウタニオオヘイ」と読みあげてしまった。

 小(ショウ)谷は横柄でも、大谷は謙虚。こんな他人の揚げ足をとる私は少しHighになってるかも。気を引き締めねば。
 一平氏も、2021年大谷選手の二刀流が大きく花開き、通訳の自身も注目され前途も大きく開けたと思ったときに違法賭博の胴元と知り合い(胴元から近づいた?)違法賭博に手を染めることになったか。
 1年後には100万ドル(1億5千万円)ほど負け借金を抱える。取り戻そうとしてさらに傷口を広げ、気がつけば、負けは62億円とも言われ、どうしょうもなくなる。
 ギャンブル症候群の症状に負けを取り戻す(負け追い)の心理も挙げられているが、依存症でなくとも、人は負けをとり戻そうとはするものだ。
 競馬ファンなどの経理担当者も、気のゆるみか魔が差したのか、少しの間借りるだけのつもりで会社の金を流用するが、馬券等がはずれ、取り戻そうとして泥沼にはまり、横領事件として逮捕されたとの報道が散見される。

 今新NISAで株式に関心が高まっていると思うが、株式はギャンブルとは違うと言っても地獄を覗くリスクは同じである。株式にもビギナーズラックがある。ただ運がいいだけなのに2、3度儲けると自分は株に向いている、才能があると思いがちになる。身の程を超えた額を投じたとき、とかく誰もが予想しない大事件が起こり、大損してしまう(米国ツインタワーに飛行機が突っ込んだ時、首謀者のグループは直前に株や先物を売って大儲けしたろうが)。
 私の経験を話してみる。今のように、1989年(平成元年)12月29日、長い間右肩上がりに上昇し続けていた日経平均株価が史上最高値3万8915円87銭 をつけ、新年は4万円に乗るかと囃し立てていた(故ケネディ大統領の父親が靴磨きの少年まで株の話すのを見て米国の株の暴落を予見したように、株に縁のない主婦までが口にするようになるのを見て悲観的な見方もあったのだが)。
 だが、新年初より株は下がり続け、3月には平均株価は3万円を割り、さらに9月には2万円割れ寸前になり、10/1には一瞬19,781円と2万円を割り込んだ日に私に証券部長への異動が発令された(2012年9月号NO.15「ハブとカブ」ご参照)。
 私はそれまで株に関心がなく従業員持ち株会以外一度も購入したことがなかった。まったくのド素人が難局に立ち向かうことになった。今思えば私は部長なのだから部を統括するだけでよかったとも思うが、根が賭け事が嫌いでなく、一ディラーとしても何とかは蛇におじずでいきなり日経平均先物の売買をしていた。
 着任後すこし相場が回復したのとビギナーズラックがあった。先物の売買に加え今の日経225オプション取引(あらかじめ定められた期日にあらかじめ定められた価格で日経平均を買い付ける、または売り付ける権利を売買する取引)を2本行った。
 6カ月先の期日に日経平均が25,000円を超えているか否かにおいて(期日がいつだったか忘れたが、1991年5月と10月が25,000円台であったので、多分10月か)素人の私は25,000円を上回ると「プット(売る権利)の売り」に賭けた。

 先方はプロだろうから株価が先行き下がると見てプットを買った(例えば期日の日経平均が20,000円だとすると、利益=5,000円(25,000-20,000)×ロットーオプション料。それは正しい判断なのだが、たまたま期日前後株価が25,000円を超えていた。
 素人の私が勝ちプレミアム(オプション料)5億円を2本、いわば10億円をただ取りした(大蔵省検査でその話をすれば銀行経営になじまないと褒められるどころか叱られたが)。
 私は、これで味をしめオプション取引を続けることはしなかった。株は勝ち逃げすべきと思っていた。

 “相場の神様”と呼ばれる名相場師の伝記を読むと、そんな相場師でも、続けていると、株を買い上げて行くのよいが、買い上げたときには皆が注目しているので降りるに降りれない事態になるときがある。その時に梯子を提供してくれるスポンサーが現れ事なきを得る。スポンサーが現れるか否かは相場師の「人徳」によると理解した。
 続けているといずれ負ける。逃げるは恥だが、役に立っても、命が絶つことはない。
 しかし、先物の売買については私はしくじった。1992年正月休みの5日間ずっと月曜日(1/6)場が立てば先物を売ろうと決めていた。ところが、場が動き出したらどいう訳か買ってしまった。それで間違えたと思えばすぐ損切すればよかったのだが。そこがプロと素人の違い。プロは、すぐに損切する。含み益は長いこと持続させる。素人は悲しいかな、含み益はなくなってはとすぐに益出してしまうが、逆に含み損は損出しして損を確定させるのを嫌がる(私はそれを理解していたハズだったのだが)。

 私は大学生で覚えた麻雀を社会人になっても続けており、負けが混んでくるとどういう精神状態になるか分っていたのに。麻雀で、負けがこむとツイていないのに取り戻そうとやり続け、さらに負けが増える。あまりに増えてしまうと焦燥感にかられるのではなくもうどうにでもなれと思う精神状態になってしまう。
 評価損が膨らんでくると相場はいずれ上がるとしか思えなくなってくる。「プロスペクト理論」における損失回避心理。「見込み」で期待値を歪めてしまい、客観的な事実だけで合理的な意志決定できなくなる。

 部下がそういう状態になれば部長が休ませればよい。部長自身がそんな状態になると部下は見て見ぬフリになる。近づかなる。部長はより孤独な心理状態に追い込まれる。

 NASA(アメリカ航空宇宙局)でもロケットを打ち上げるだけではなく、大きな隕石が落ちてこないか監視している。私もそんな立場であるべきなのにNASAけない。

 長い間右肩上がりに株価は上がり続けてきたので、早晩上がり戻ると大半の人がそう見ていたが、上下はするもののその後も下がり続け何と2003年には8,000円(3月末7,972円)を割り込んでしまう(バブル崩壊後の最安値は2009年3月10日の7,054円98銭)。
 株価が下落する中ずっと難平(ナンピン:先物を買い増しして簿価を下げる)を続けていた私はどうなったか。
  1992年23.030円で始まったが7月には16,000円を割りこんでいた。絶望的な状況にあった。ところが8/18の14,309円から上昇に転じ9/24には18,609円となりこの間に評価損を解消し続け、すべての評価損を消すまでには至らなかったが、辞表を出さずに済んだ。
 私はユダヤ教徒やキリスト教徒、イスラム教徒でもない。その頃は阪神大震災(1995.1.17)にてやり場のない怒りを壊れた神社に向け八つ当たりする(2012年3月号NO.9「アダムとサダム」ご参照)前なので、まだ神社に行けば手を合わせていたが、神頼みはしていない。神に助けられたとも思っていない。善行を積んだ記憶などある訳がない。単に巡り合わせに恵まれたに過ぎない。
 私は株価が戻らなければ辞表を提出するしかないと思っていた。どうやって不正するかなど頭の片隅にもなかった。

 そんなことは決してしない、嘘をつかないというのがド素人の私に白羽の矢(毒矢みたいだが)が射られた一番の理由だろうし。
 信頼してくれる人を裏切る一平氏は前からそんなことをする人生だったのかも。ドジャースも通訳とセットが条件の大谷選手を何としても獲得する為には大谷選手が信頼する通訳の詳しい身辺調査などできなかったのであろう。
 銀行員としての首はつながったが、その代わり、大月みやこさんが名曲『白い海峡』で「こころも胸もぼろぼろで」と唄うように、私は身も心もボロボロとなった(当時の大手証券の株式部長は皆胃がないと言われていた。もっと大変だったと思う)。
 持病の慢性蓄膿症が悪化し全身麻酔による手術を受ける入院中に証券部から融資企画部に横滑りした (異動させて欲しいとは言っていない。役員がもう限界かとタオルを投げたのかと思ったが、移った融資分野の方がもっとバブルの後遺症が酷かった)。
 その手術の折には前立腺がんは発見されていなかったが、ストレスによる免疫力低下により免疫細胞が癌細胞を見逃し10数年かけて前立腺がんが増殖していったと思っている(前立腺がんでのトホホな話は10/1アップ予定11月号NO.216「かんVSがん」にて)。
 証券部長としては1990年(平成2年)10月~1992年(平成4年)9月のたった2年間であった。が、最初の数カ月はビギナーズラックもあり心穏やかでもあったが、翌年の1991年には相場の下落だけではなく、1月に第一次湾岸戦争があり、6月には4大証券の巨額損失補填問題の発覚、8月にはゴルバチョフ露大統領の失脚に伴うレッドマンデーもあり、翌1992年は上記先物による失敗があり、証券不況の荒波に翻弄され苦難の連続であり10年以上証券部に在籍したような疲労感があった。
 個人としては、証券部在籍中も、離れてからも、江戸っ子でもないのに宵越しの銭は持たず従業員持ち株会の持ち分を株券化しては同僚等に買ってもらっていた(その中の1人女性行員は40年こつこつ自社株を買い集め一時1億円程度あったものが、まさかの銀行が傾城し紙切れ同然になったのでは)以外一切株式には関わっていない。非営利法人に転身した以降も関心を示すことはなかった。余裕もなく余資もなかった。
  今も、残された時間が少ないのに株価の値動きに一喜一憂する生活は送りたくない。妻から「ブログを書くだけで、お気楽で良いご身分ね!?」と嫌味を言われる日々だが、「裕福でなくても家族が心穏やかに過ごせればそれでいい」と思っている(家族の誰かがピンチになればその時は豹変する残り火は消えていないが)。

 哲学者故ジョージ・サンタヤーナは『過去に学ばない者は、過ちを繰り返す』と言った。バブル崩壊後の証券不況と悪戦苦闘した我々戦士たちがほとんどリタイアした中で、バブル時の最高値を34年かかってようやく上回っただけと株価はまだまだ上がると証券会社等が煽るかもしれない。が、癌闘病中の森永卓郎氏は、『バフェット指数』(名目GDPと市場全体の時価総額を比べた指標)『シラーPER 』(去10年間の1株あたり純利益の平均値をインフレ率で調整した実質純利益でPER<株価収益率>で計算)の指標を見て、株価は暴落してもおかしくないと警鐘を鳴らす。

 私はシラーPERは知らーなかったが、バフェット指数は前から知っている。名目GDPは600兆円弱に対して上場株式時価総額は1,000兆円弱。なんにしても株式時価総額が高すぎる。大暴落するかは私ごときでは分らないが調整局面があっておかしくないと思っている。
 こういう状況下黒田日銀は約37兆円のETF(上場投資信託)を買い入れていて、現在株高で約70兆円に膨れ上がっている。買い入れとの差額約33兆円は含み益。そして、日銀多くの上場企業の大株主(1位アドバンテスト、3位ファーストリテイリング、8位東京エレクロンなど)になっている。
 国家資本主義ではないので、それは解消すべきであり、含み益がなくなる前に、最悪大暴落して日銀が債務超過に陥る前に、株式を手放す必要がある。が、年間の売却額は通常3千億円程度で、それでは200年かかってしまうと言われる。
 今の日銀は上述名相場師と同じで売りたくても売れない状況にある。スポンサーが現れるとすれば、それは政府でしかなく、その時は日銀のバランスシートから除外することだとも言われている。
 なんにしろ、黒田日銀のETF買い入れは、物価2%目標に寄与することなく株価を押し上げ富裕層を喜ばせさせただけだが、その尻ぬぐいは円安株高下の外国投資家ではなく日本国民が担わされるしかない(「異次元の金融緩和」問題に対する黒田日銀総裁への批判は、7/10アップ予定の8月号NO.212「トリプルダウンVSトリクルダウン」にて言及する)。
 
 そのために、新NISAを政府が推進しているのではないだろうが、投資初心者向け新NISA(投資枠18百万円に増額、無期限の非課税など)は、先が長い世代が預貯金に偏った個人の長期金融資産のポートフォリオに活用するのはよいと思う。
 浦島太郎のような私は時代遅れかも知れないが、基本、高金利水準であれば国債(私が証券部いた頃10年国債が7%台でそこから下げ基調にあった)、低金利水準であれば株式投資(今は買い時とは言えないが)。これから金利は上昇せざるを得ないので、変動金利型10年国債(個人投資家のみが購入できる「個人向け国債」であり、国が「元本割れなし」を約束)もよいだろう(円高なれば米国の10年国債もよいか。長期的には円高傾向は期待しにくいが)。
 新NISAは今すぐでなくてもよいのでは。株が暴落するとき株が乱高下する傾向にある。それを見極めてからでも遅くはないのではないか。
 個人では株をやらないのに、かく言う私は「講釈師、見てきたような嘘をつき」みたいだが、新NISAから始めた若葉マークの初心者には証券の営業マンが個別銘柄の短期売買を勧めるだろう。薦めた株が上がれば、ともに喜んでくれて別の銘柄を薦められ、下がれば、謝ることはなくもっともらしい後講釈の上違う銘柄を勧めてくれる。株価変動リスクを負わない営業マンはそのリスクを背負う顧客に頻繁に売買させて手数料を稼ぐのが仕事ならば。
 短期売買で味をしめたら、信用取引(現金、株の担保の3.3倍)をやりたくなり、さらには、1000倍の取引が可能な日経平均先物(日経平均先物価格が40,000円の時1単位(1枚)は 40,000円 × 1,000 倍= 4,000万円。日経平均先物価格が10円変動した時 1枚あたりの損益は 10円 × 1,000倍 = 10,000円)に向かう個人もいるかもしれない。ただ、身の程を超えた単位で、あてがはずれたら、証拠金が不足するようになれば、厳しい取り立てが待っていよう。家まで取りにくれば、家庭の団らんは壊れてしまう。一平氏の二の舞になりかねない。
 TV番組でテニスと投資に一家言ある元国会議員杉村太蔵氏は、政府一丸となって新NISAなどを推奨していることに対して「投資は貧乏な人が絶対にやっちゃいけない。ふんだんに余裕のある人がやるべき」「投資をしたら資産が増える。そんな幻想を抱かせるなって政府に言いたい」と訴える。

 とくに我々貧乏な高齢者にとってはけだし至言であろう。

2024.5 NO.207  んのう VS んのう
 今年2月の初めTV番組『ざわつく!金曜日』にてレギュラーの長嶋一茂氏が、共演する高嶋ちさ子さんに勧められ、医療脱毛を始め、とりあえずVIO脱毛だけをしたと言った後、施術した二人の担当女性を食事に誘ったと話した。それを観た女性たちがキモい!とネット上でドン引きしていた。

 VIO脱毛における、Vラインとはいわゆるビキニライン、Iラインとは性器の周り、Oラインとはお尻の穴の周りのことだという。永久脱毛には8回以上かかると言われている。
 このVIO脱毛を含め今私が思っていることを書いてみることにする。
 神戸で生まれ育った私は小学3年生まで母親と銭湯に行き女子風呂に入っていた。そのことについて、本ブログ2017年4月号 NO.70(ジョシブロVSジョシプロ)に書いた。そして(他にも覚えていることはあるが言わぬが花だ)とカッコ書きしたのだが、それについて今回少し触れてみる。
 65年前の私は、二次性徴にもまだ間があり、今と違ってパソコンもスマホもなく親、兄からも情報が無く、銭湯に行くのは毎夜寝ることと変わりがなかった。物心付いてから5年ほど何百回と女湯に入っているハズだが、あまり記憶がない。それでも、はっきり覚えているのは、湯殿では女性はどこも隠さない。が、アンダーヘアが薄い人が恥ずかしそうにしていたこと。それから数年後経った頃親戚に嫁入り前の娘がいたが、薄いと悩みを私の母に打ち明けていた。
 アンダーヘアが無毛(以下「パイパン」)なのはホルモン異常である為か、パイパンの人の方がかなり少なかったのか。それで当時偏見視されていたのか。
 小学4年生以降女子風呂の様子は私には分からない。が、2017.3.2付けの『教えてGOO』での男性からの質問に対してベストアンサーの庶民女性は次のように回答している。
 「日本の女には3通りありまして、抵抗なくつるつるにできる人と恥ずかしがりながらも好きな男が言うならできる人とアホか冗談じゃないと切って捨てれる人とです。私の勝手な感覚では、1:0.5:8.5くらいの割合じゃないですかね。。。」「女風呂に入ったことないでしょう?日帰り温泉にいっても、あそこがつるつるの人、見たことないです。キレイに整えている人をたま~に見るくらい。」「生きている場所によって、かなり違ってきます。外国じゃないですからね。ここは日本です。あそこの毛をそるのは商売女のすること・・・とされてきたのです。庶民の女は基本、ぼうぼうです。」
 あくまでも一人の庶民女性の意見ではあるが、私が女子風呂に入っていた頃と大きく変わっていないように思える。パイパンの人を見かけないのは公衆浴場を避けていることもあるのではないか。
 最近アイドルグループ出身の女子タレント達がパイパンを公表した。古い人間としては驚きだが、VIO脱毛によるもので、生まれつきのパイパン女性の負い目も知らず、欧州のセレブと同じとの優越感から口にしたのであろうか。もっとも、VIO脱毛せよ公衆浴場に堂々入るパイパンの人が増えて奇異な目を向けられることが無くなれば、それ自体はよいことではあるが。
 数年前欧州で活躍するサッカーの日本男子選手も、パイパンにすると言っていた(単にカミソリで剃るだけかVIO脱毛による永久脱毛か知らないが)。エチケットなのか相手の欧州の女性がVIO脱毛しているに合わせるためか。
 子作りを終えた日本のセレブたちが、お金を使い、痛みを我慢して何をしようと勝手である。しかし、妊娠・出産をこれから予定する庶民の若い女性がセレブのマネをすることには、賛同しない。
 彼氏に言われれば剃る彼女は、上記7年前のベストアンサーの女性は10%+5%と言うが、今はもっと多いだろう。しかし“老爺心”ながら、永久脱毛は止めた方がいい。彼氏と別れて新にできた彼氏から、ロリコン趣味はない、その気になれないと言われるかもしれない。パイパンが市民権を得たとしても、人の好き嫌いは仕方がない。それは差別ではない。

 人間が二足歩行を始めるとお尻が目立たなくなり、胸を大きくしていったとされる。それでも、日本男性は、本能かは分からないがアンダーヘアの方に注視するのではないか。
 新年早々前評判が高かったエマ・ストーンさん主演の『哀れなるものたち』を映画館で観た。驚いたことに、清純派として人気の高いエマさん自身が全裸となり、アンダーヘアまで見せていた。

 そんな事前情報はなかった。R-18も後で知った。まさに体を張った演技でハリウッドではエマさんを絶賛(2024アカデミー賞主演女優賞を授賞)しているが、ファンの私としては見たいような見たくないような複雑な気分となった。
 これまで金髪かブラウン系の髪色のエマさんはこの映画では漆黒の髪にしている。アンダーヘアも真っ黒に見える。それで裸体は日本女性とよく似ていると言える。ハリウッドセレブのエマさんはVIO脱毛とは無縁なのかもしれない。
 命に関わる頭を護る髪の毛は生まれる前から生えている。アンダーヘアや脇毛は二次性徴として遅れて生える。大事な所を護る意味もあるが、とくに女性の場合それよりも男をその気にさせる意味合いが強いのかも(腋毛はフェロモンを拡散させるに役立つらしいが、日本女性はアンダーヘアを想像されたくないとして剃ってしまう)。
 約700万年前に人が猿から分かれたのであれば、最初は体じゅう毛むじゃらで進化とともに毛が少なくなってきたということか。その中で、アンダーヘアが、退化せず変わらないとすれば、やはり生物学的に大きな意味があるのだろう。
  人間の女は、動物のメスのように決まった繁殖期や発情期はないと言われる。むしろ性行為は頻繁?に行われるから、ある意味、男も女も365日発情期とも言える。ただ、男は、女と違って、打ち上げ花火のこどく筒を立てなければならない。それには男は(人間だけ?の)欲情する必要がある。
 欧米の女性のアンダーヘアはブロンドやブラウンの色が多いが、それでは白い肌とのコントラストがあまりなく雑草みたいに見える。しかし、日本女性のは、昔「白壁にコウモリ」と呼ばれたように、コントラストが際立った日本女性の裸体は、男を欲情させるほど卑猥であり、かつ芸術的なのだ。それでこそ上記女優で当該映画のプロデュースにも関わるエマさんも日本の女性のようにした方が映画としても芸術性が高くなると判断したのではなかろうか。
 VIO脱毛業界はもっともらしいアンケート調査結果をもって世論を誘導しているように見える。

 『オトナのハウコレ編集部』に至っては、2021.09.08付け『パイパンに対する男の本音 毛があるのとないのどっちが好きなの?』と題した記事の中で、女性ライターが「日本人男性はアンダーヘアに対してこれほどまでに執着するのは、パイパンという言葉が世の中にまだ浸透していないからではなく、彼らが単純に変態だからではないでしょうか。」と書いていた。私は変態なのか(助平は認めるが)。
 アンダーヘアがあるなら、手入れはしても、わざわざ無くす必要はない。小さな庭なのに、庭の手入れはしても草が生えるのは嫌だと更地にする人はいないだろう。
 香水の本場フランスの風呂に入る習慣がないと言われたフランス人と違い、湿気が高い一方水資源に恵まれた日本では、私のようなズボラな人間でも毎日風呂に入る。ましてや女性なら(毎日入れる環境にない女性でも環境が整えば毎日入りたいと思うだろう)。行為に及ぶ際にも風呂に入るかシャワーを浴びるだろう。そんな清潔好きな日本人にとってアンダーヘアは不潔な存在ではないハズ。
 パイパンが好きな人はそれでいい。しかし、影響力のある著名識者たちがイメージを気にしてこの問題では口を挟みにくいことをいいことにして、日本女性の特性を顧みずパイパンであるべきだとの極端な主張をするのなら、それはいかがなものかと思う。
 欧米、アングロサクソンのやることが全て正しいと認める時代ではもはやない。何事も盲従する必要はない。

 日本女性は、上記に加え肌のきめ細やかさもあるハード面だけではなく、奥ゆかしさ、優しさ、強圧的ではなく掌の上で男を転がす等ソフト面を含めると、世界の男たちにとってNO.1。アニメ、グルメ、治安と並んで世界一だ。それに対して、日本女性はもっと自信と自覚を持つべきだ。
 
 65年前神戸下町の当時の相場なのか条例なのか知らないが、私は小学4年生からは男湯に入っていた。
 今は、2020年12月に、混浴に関するトラブル等の防止のため「公衆浴場における衛生等管理要領」が改正されたのに伴い、東京都では条例改正を行い、東京都内の公衆浴場の混浴制限年齢を10歳から7歳に引き下げた。2022年より施行されているという。
 私が10歳のときより今の10歳はマセている。年齢の引き下げは妥当だろう。ただ、7歳なら小学1年生か。男の子をもつ母子家庭のママは心配だろう。父子家庭で7歳の女の子が一人で女子風呂に入っても心配ない。母性豊な大人の女性も温かく見守ってくれるだろう。男の子は潜ったりするから心配だ。周りの男性は気遣いしてくれるか。(昔は男性も座っていたが)番台の女性によく配慮してもらう必要があるだろう。
 そんな中、男性が女性に扮して女子風呂に入ろうとして逮捕される事件がまだ見受けられる。子供の頃に銭湯に通っていれば、女装してまで女子風呂に入ろうとは思わないのにと私などそう思うが、そんな問題ではないのか。

 煩悩が昂じて、女に成りすまして、透明人間になってと妄想することは男性にとって不思議ではないが、それを実践までしてしまう人がいる。昔と違い女性の裸を見るならAV動画があるというのに。
 スカート内の盗撮も、登りのエスカレーターで前方にミニスカートの女性がいれば私も気にはなるが、それを盗撮したいとは思わない。かつて年収1億円と言われた著名エコノミストが盗撮で(選挙に纏わる陰謀論も出ていたが)有罪となった。リスク対リターンが全然釣り合っていないと思うが、地位や年収を失いかねないスリルがたまらないのであろうか。

 「LGBT理解増進法」が2023年6月16日に国会で成立し、23日に施行された。作家百田尚樹氏がその法案成立に危惧していた。近著『大常識』(新潮新書)にて。

 私は9年前『大放言』(新潮新書)を読み腹を立て二度と百田氏の本は読むまいと誓うも、怖いもの見たさからか、肩もこらないし、ついつい購読してしまう。この『大常識』も他の件では怒る(7/10アップ予定8月号NO.212「さいはんVSさいばん」にて)のではあるが、次の件に関しては別だ。
 百田氏はLGBT理解増進法が成立すれば、男性器がついた自称女性が女性の裸を観たいがために女子風呂に入ってくると懸念する。そして「法案反対派が恐れるのはそんな輩であり、決して本物のトランスジェンダーのことではありません」と言う。
 さらに、「『少数意見の尊重』『弱者の救済』とは異論をはさみにくい耳障りのよい言葉ですが、少数派の為に大多数が我慢、いや被害を強いられる社会を『差別のない社会』とはいいません」と言う。私はこれを支持する。
 男性のシンボルがついたたまの女性が、戸籍抄本か証明書を首からぶら下げて(それが本物だとして)女子風呂に入っても、それでも不快とか怖いとか感じる女性は少なからずいるのではないか。
 2023年10月25日、生殖機能をなくす手術を性別変更の事実上の要件とする性同一性障害特例法の規定が憲法違反かどうかについて、最高裁は「違憲」との判断を示した。
 これまで合憲とされた「性同一性障害特例法」の5要件(①18歳以上②婚姻していない③未成年の子供がいない④生殖腺がないか、生殖機能が欠く状態⑤変更後の性別に近い外観を備える)。
 この内今回「④生殖腺がないか、生殖機能が欠く状態」が違憲とされた。しかし、「⑤変更後の性別に近い外観を備える」については視今回最高裁は判断を示さなかった。
 しかも、違憲判決出る前の2023年6月において厚労省が「公衆浴場における男女の区別について『風紀の観点から混浴禁止を定めている趣旨から、身体的な特徴をもって判断する』」との通知を出している。
 今般の違憲判決を受け、心が女と言えば女湯に入れるのかとネット上で一時騒然となったが、現時点おいても体が男なのに心が女だからと言って女子風呂に入れる訳ではない。
 百田氏は、トイレもジェンダーレスに統一するのではなく、現行「女子トイレ+男子トイレ」を「女子トイレ+ジェンダーレストイレ」にすべきと提案する。私も賛同する。
 欧米では、リベラルが「理想」を御旗に極端に走るきらいがある。しかし、結局米国も英国も国民が分断されてしまっているではないか。度重なる天災の中で培われてきた助け合い・和の精神の日本には馴染まない。少数派も多数派も互いに相手のことを尊重し、気遣い、時には譲歩しあう。傲慢だった戦前はともかく、それが古来からの日本人というものではないのか。

(次回208号は4/20アップ予定)

2024.4 NO.206 せんきょ  VS せんきょ
 1週間後の3月17日に自民党の党大会が開かれる。厳しい岸田自民党総裁再選にとって4/28の補欠選挙が鬼門とも見られるが、その前に党大会で明るい材料を出せるか。
 同日の3月17日にはロシアの大統領選挙が行われる。岸田首相と違い、プーチン大統領が再選されるのは確実。

 関心は投票所の防犯カメラが撤去された中支持率がどれぐらいになるかだけ。2期12年後の83歳になる2036年まで大統領になる可能性もある。ロシアの平均寿命(男性60歳)を考えれば、終身大統領になるのと同じだ。
 米国では今11月の大統領選挙に向けて予備選の真っただ中にある。民主主義の宗主国であったハズの米国の国内では、経済的にはひと握りの富裕層と大勢を占める貧困層の格差が極端に拡がり、政治的には相容れぬ「自由」と「平等」を巡って共和党支持者と民主党支持者とが鋭く対立している。
 米国を人間の体に喩えれば、頭と足が上下に引っ張られ、右手と左手とを逆方向に思い切り引っ張られ、今にも体が破裂寸前な状況にあると言える。
 この断末魔の状況を好転させることは誰が大統領になっても容易ではない。が、圧倒的多数を占める貧困層は、オバマ元大統領と変わらぬバイデン大統領に失望し、(私には分断を煽っている様にしか見えない)トランプ前大統領にすがる他はないと思っているように見える。
 これまで、共和党と民主党の二大政党から大統領が選出されてきた。二大政党の違いは、民主党が「リベラル」で「大きな政府」を志向。シンボルカラー「青」。共和党は「保守」で市場重視であり「小さな政府」を主張している。シンボルカラーは「赤」。
 “野球界の大統領”と言ってもおかしくない大谷翔平選手のユニホームは赤から青に替わった。本家の大統領のネクタイは、青から赤に替わるのか。
 支持層は、民主党が東西海岸沿い、大都市を選挙基盤とし、共和党は内陸部の農村地帯の多くの州を押さえている。

 50州あっても、実際はラストベルト地帯を初めとするスイングステートと呼ばれる数州を押さえた方が大統領となる。
 最近の世論調査では、その内の6州(ネバダ、アリゾナ、ミシガン、ペンシルベニア、ジョージア、ウイスコンシン)において、全てバイデン現大統領よりもトランプ前大統領の方が、次期大統領として支持されているとの結果が出ていた。
 バイデン大統領は、高齢に加えて、ウクライナ支援・イスラエル支援の「ダブルスタンダード」が、アラブ人の反発を招いている(共和党が「イスラエル支持」で民主党が「パレスチナとイスラエルの共存」。本来共和党への批判が多いハズだが、表に立つ政権与党である民主党の方が批判されてしまう)。さらに高齢やダブルスタンダードはZ世代の若者からも敬遠されている。それで民主党は若者に大きな影響力を持つ人気歌手テイラー・スウィフトさんを担ぎ出したいところだが、トランプ前大統領からの牽制もありテイラーさん自身は今のところ4年前と違いバイデン支持を表明していない。
 これが大方の見方であるが、両党の大統領の違いについて申し添えたい。民主党の大統領は、「鳴かぬなら、殺してしまえ」の信長型。共和党は「鳴かぬなら、鳴かせてみせよう」の秀吉型。共和党の大統領の方が信長型と思われがちだが、強面の、レーガン大統領もトランプ大統領も任期中には大きな戦争は起きていない。脅すだけで相手がおとなしくなる。トランプ大統領が再選されていたなら、プーチン大統領はウクライナ侵攻をしていない。金正恩総書記もこんなにミサイル実験しないだろう。民主党のオバマ前大統領もバイデン現大統領も怖くなく相手になめられる。いきおい「リベラル」の問題点である「理想」を御旗に相手の事情も考慮せず問答無用と戦争を仕掛ける(第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、過去の長期化した大きな戦争は皆民主党政権)。

 “世界の警察官”の座から降りると言ったのは民主党のオバマ大統領。次のトランプ共和党大統領も「アメリカファースト」を掲げ、NATOからも脱退すると言っていた。バイデン民主党現大統領は、世界の警察官の座を降りながら、影で糸を引き、ゼレンスキー大統領に代理戦争させる。
 その結果、戦況が膠着しウクライナの惨状は増すばかりとなるも、ロシアは思うほど弱体化していない。中国・ロシア・イラン・北朝鮮の結束を招いた。ドイツは米国に不信の目を向ける。グローバルサウスの諸国は、食糧価格、エネルギー価格の高騰により米国離れを加速させる。
 人格に問題があり、政治家としても合衆国連邦政府の長ながら国民の分断を煽るも、国際関係においては、アフガニスタンからのお粗末な撤退を初め米国の威信を傷つけ続けるバイデン大統領よりトランプ前大統領の方が筋が通っている。

 中国、ロシア、インドも基本それぞれの価値観を認める棲み分け主義(囲碁型)。天下布武の旗を降ろした米国(将棋型)が多極化の流れに沿うのであれば。

 米時間3/5のスーパーチューズデーでの圧勝劇により、11月の本選挙は高齢者同士のリターンマッチとなった。トランプ1.0が決まってから8年も経つのに、共和党も民主党も、46歳で大統領に就任したクリントン大統領みた若い候補が台頭してこない。米国退潮のシンボリックな事態と言えるのか。

 仮にトランプ大統領が次期大統領になれば、多くの罪状で起訴されているトランプ氏が刑務所から大統領として発信する事態もありうるとする。免責特権が認められなければ。
 それはともかくとして、3選が禁止されている為最後の政権運営になるから好き放題に運営する。前政権時代にはマチス国防長官のようなもの言える家老がいたが、今度はイエスマンばかりとなり、トランプ大統領は独裁者になり米国は権威主義国家になると見られている。ただでさえ、世界は権威主義国家の方が民主主義国家より多いのに、民主主義の宗主国である米国が権威主義国家になってしまうのだ。
 一方米国と覇権を争う中国では、習近平総書記も独裁者と見られている。ただ、プーチン大統領のように個人的な独裁ではなく中国共産党の一党独裁の中でのワンマンプレーが許されるだけ(一時期例外があるものの戦後与党独占を続ける自民党における安倍一強体制と同じだが、それを反面教師とすればよいのに)。その意味ではトランプ氏と変わらない。

 経済運営に失敗し北戴河会議のメンバーである長老たちから叱責を受けたように、失敗しても簡単には失脚しないプーチン大統領のようにはいかない。
 習近平氏に総書記への道が開かれたのは、2023年3月臨時号(NO.187「せんろうVSせんどう」)で書いたように、慶応大小嶋華津子法学部教授よれば「2007年6月に実施された、中央委員・同候補による政治局委員候補者リストへの無記名投票である。この投票の結果、習近平の得票が李克強の得票を上回ったことにより、胡錦濤は、自らの腹心である李克強への権力委譲をあきらめざるを得なかったと伝えられている」とする。清廉潔白な賢者である胡錦濤前総書記がいわば民主主義とも言える「党内民主」を推し進め党員の無記名投票を実施したことが却ってアダになった。
 民主主義(多数決)は、民度は一定との理想を前提している。現実は賢者<賢者でない者。民主主義は根本的矛盾を内包している。民主主義は却って独裁者を生む。
 今頃になって人民は天才肌・経済通の李克強前首相の方がよかったと言い出し「死せる李克強生ける習近平を走らす」との事態を招いている。
 このまま国内の混乱が続けば後年胡錦濤前総書記は“中国のゴルバチョフ”と呼ばれるかも。何としても中国共産党の一党独裁を守らなければならない。人民への監視・統制の強化、経済の回復との大きな国内課題が抱えた習総書記にとってはトランプ前大統領が返り咲きは弱り目に祟り目になろう。

 トランプ大統領が次期大統領になれば、日本はどうなるのか。トランプ氏が2016年秋に大統領に決まった時、安倍首相はあわてて怖そうなトランプ氏に会いに渡米した。当初靴まで舐めるかとメディアに揶揄されたが、個人的には安倍氏はトランプ氏の信頼を得た。
 ただし、その代償は大きかった。どうやら、向こう5年の43兆円防衛費増額は、トランプ大統領の要求に安倍首相が約束したのではないか。そうすると、辻褄が合ってくる。河野大臣がイージス・アショアの中止を突然言い出し、その後自民党が「敵基地攻撃」に言及し出したとき、自衛隊制服組の幹部OBたちが「防御対策を変えるなら次も防御対策ではないか!?」と憤慨したのに後に賛同に回ったことが。裏話を聞かされ「これで弾不足も解消される」と喜んだのではないか。
 岸田首相は、一国民に安倍元首相が暗殺されたのに独断?にて国葬にしたことに加えて、国民が望んでいない、安倍氏の負の遺産と言える、宏池会の理念に合わないものを自身の手柄のようにしたことが大きな躓となったのではないか。

 不評の敵基地攻撃を言い換えた「反撃能力」は、安倍首相の約束を隠し、正当性を持たせるための大義名分に過ぎないと見るべきでは。43兆円(大幅な円安で50兆円を大きく超えるか)を国民に無理やり承知させたら、敵が攻撃に着手した時点をどうするかなどの論議は雲散霧消したかの如くだ(その主導的立場にあった自民党安全保障調査会長の小野寺五典氏は暇になったのか、今は衆議院予算委員長として奮闘する)。

 日銀の植田和男総裁は、本来受けるべき人たちが貧乏くじを引こうとせず、異次元の金融緩和という後遺症から日銀及び日本経済をどう立て直すかとの難題を背負わされたと、同情する国民も少なくないだろう。

 岸田首相は、国民に裏話はできないにしろ、国民から同情されないだけではなく、何を言っても『どの口が言う』と国民から怒りを買うばかりである。
 「お上に逆らってはならない」というのが日本の国民性であるが、現職でなくなり、亡くなってもいれば、国民は批判し出す。私は安倍元首相が現職時代からABE政治を批判してきた。岸田首相なら、宏池会の領袖であれば、変えてくれると思うも、結局ABE政治を踏襲しているに過ぎない。

 「異次元の少子化対策」一つを取り上げても。国民は「異次元の金融緩和」の顛末を見て「異次元は、無茶で、意味がないが、後遺症が大きい」と捉えているのに、タブー視すべき「異次元」を使用するようでは。それで中味はというと、異次元とは名ばかりで、財源もなく、子育て支援の月500円(実際は1,000円以上か)の負担に至っては、何をか言わん。
 岸田首相は、同じボンボンの三世議員の安倍元首相と同じく自身も国民から受け入れられると思ったかもしれないが、安倍首相はもっと“人たらし”で、しかも、安倍氏には良くも悪くも菅官房長官という盾にも矛にもなる強面の官房長官がついていた。
 松野官房長官の起用は最大派閥の安倍派に配慮した為だろうが、私は以前内閣改造するときが来れば、新官房長官には志・教養(歴史観)・気概のある官僚出身の議員をと言い、例えばとして斎藤健元法務大臣(現経産大臣。古巣に錦を飾り、一歩一歩首相に近づいている)の名を挙げた。しかし、官房長官を続投させた。記者との会見を見ても、岸田首相を助けるよりも足を引っ張っているようにしか見えないのに。そして政治資金パーティ券の裏金問題でようやく更迭した。

 トランプ前大統領が返り咲いた場合、何を要求されるか分からない。安倍首相や岸田首相のようなボンボンの世襲議員の首相では自らの権力保持しか眼中にないと言え米国にさらに隷従しかねない。
 米国の弟分だとしても日本の国益を踏まえ隷属はしないタフなネゴシエイターの首相でないと。トランプ大統領ならなおさらに。その意味では、天才肌にありがちな人望がないのがネックだが茂木敏充幹事長が該当するのでは(米国もタフなネゴシエイターと認めている。経世会出身の首相は米国に物申し短命政権になりがちではあるが)。
 企業のトップには、「社員に優しいが、経営能力は疑問」タイプと「社員から人気はないが、経営能力は高い」タイプと、どちらが社員及びその家族の生活を護れるか。この問いに、程度の問題もあるが、私は後者だと思う立場なので。
 対トランプ大統領なら却って女性首相の方がよいかも(大統領も脅しづらいか。女性首相の方がめげない、ひるまないか)しれない。となれば、1月末麻生副総裁が前置きは余計だったが外務大臣としての手腕を褒めて永田町界隈から全国区となった旧宏池会の上川陽子大臣が一番手となろう。

 相談なく派閥解散をぶち上げられ守旧派にされたと怒り心頭の麻生副総裁が岸田首相を見限ったか。旧自派の上川大臣が首相なら、岸田氏もキングメーカーの体裁を繕うと思えば繕えるか。
 国民人気1位の石破茂議員は、平時批判するのはある意味大事なことで貴重な存在だが、自民党や首相が有事の時にも批判し、離党もしないので、麻生、安倍、岸田の歴代首相から恨みを買ってしまう。
 首相サイドからか6月解散も囁かれているが、旧統一教会問題、裏金問題、女性局「パリ視察」問題、青年局「過激ショー」問題の自民党四重苦で解散などできる訳がない。

 追いつめられると何するか分からない、道連れ自爆解散もしかねない岸田首相から解散総選挙という伝家の宝刀を取り上げ、新総裁下での解散総選挙が行われると私は見ている。

 4月の訪米を花道としての総裁退任論もあるが、私は岸田総裁は粘り9月末の総裁任期満了による総裁選が行われるとと見ている。上川大臣、茂木幹事長、石破元幹事長らが立候補した場合、「国会議員票」と同数の「党員党友票」をあわせた有効票の過半数を取った者が当選する(1/19現在の自民党国会議員は376名。ミナロクデナシと覚える。無論そうは思っていないが)。

 過半数を取った者がおらず、上位2人の決選投票(党員・党友票は都道府県連に1票ずつ割り振られた計47の地方票に縮小)になれば、石破元幹事長に勝ち目は薄いのではないか。

 その意味でも、石破氏を嫌う麻生氏が同じく岸田首相を見放す茂木氏の総裁選出馬を後押しするのではないか。

 私は、本ブログ2023年11月臨時号NO.199(「たろうVSじろう」)にて議員の世襲問題に触れているが、初代から離れれば離れるほど劣化している感のある世襲議員の首相ではなく、今こそ官僚出身の首相が日本の舵取りをすべきだと常々そう思っている(灘高→東大・法→キャリア官僚という典型的なエリートコースを歩んだハズの西村康稔前経産大臣、盛山正仁文科大臣には兵庫県人としてがっかりさせられるが)。
 その意味では、私は前々から志・教養(歴史観)・気骨がある上述斎藤経産大臣を推している。しかし、文春オンラインの記事では、当選同期で親しい間柄の小泉進次郎氏について聞かれ、「有力な候補でしょう。今すぐではなくて、みんなで育てていかなくちゃいけない。『ふさわしいか』『ふさわしくないか』ではなくて、ふさわしくなってもらうようにやるしかない」と答えている。リップサービスや深謀遠慮があるにしても、『ふさわしいか』以降の発言は余計だ。本当にそう思っているのかとの賢い国民から?が付くではないか。

 小泉議員は源氏の嫡流でもあるまいし。議員の世襲が日本の政治をダメにしているので、斎藤大臣を推しているのに。
 派閥解散を記者に問われ、斎藤大臣は若手議員みたいに「自由に総裁候補を選びたいから」と発言していたが、斎藤大臣が中心となる政策集団を早く立ち上げるべきではないか。総裁選には20名の議員推薦が必要でもあるし。
 キャリア官僚も、外資系の高給取りの道ではなく、官僚を目指した志は、尊敬しない首相に対してヒラメ官僚になることではないだろう。国を憂う心ある官僚が結束して信頼に足る官僚派の議員を擁立・支援しようとする気概はないのか。
 最近東大のトップクラスは外資系企業に就職すると言われる。職業の自由で仕方がない。志がないのに、無理やり官僚にしても、政治家に阿り出世を目指すだけだろう。
 東大入試を合格する学力があればそれで十分。志、先見力、決断力、統率力(人望も)、誠実さが大事。戦前陸軍は陸軍大学校の成績順で登用し、戦地の日本兵は連合国軍の攻撃より酷い目に遭わされたと言っても過言ではない。
 私は、地獄に落ちるほど悪いことはしておらず天国に行く準備をしているが、井上陽水さんが『人生が二度あれば』と歌うように、人生が二度あり、そして数段頭がよく生まれ変われるならば、私は官僚になりたいと思っている(もっとも、性格も変わっていなければ、相手が大臣でも賢者でない政治家とは言い合いになり、直ぐに辞める羽目になるだろうが)。

 国際問題では、トランプ大統領になれば、確実にウクライナ戦争は終わるだろう。自らは停戦を口が裂けても言えないが、さりとて死ぬ兵士が増えるだけの負け戦を続ければ軍部クーデターが起き失脚しそうなゼレンスキー大統領も“渡りに船”とは言わないまでもで終戦を米国の責任に転嫁するだろう。それでも大統領としての再選は絶望的だが。

 日本はロシアとの関係修復を図ることが出来るだろう。
 ロシアがウクライナに侵攻したときすぐさま日本はNATOと歩調を合わせ、ウクライナ支持を表明した。遠い戦争で、しかも隣の核大国で北方領土問題も抱えるロシアがウクライナより重要で、大統領再選を狙うトランプ前大統領が戦争に反対していることも勘案すれば、中立的な立場を採り、早期停戦を呼びかけるべきだった。

 一方、ハマスからのイスラエルへの奇襲に際しては、日本はNATOとは足並みを揃えず、中立的な立場を採った。
 この違いは何か。ハマスの奇襲について米国は察知しておらず日本に対して要請がなく、日本が石油の安定的輸入確保との国益を考えて行動することが出来たのか。

 ウクライナ戦争では裏で糸引くバイデン政権から「強い要請」という命令があったのではないか。在任中プーチン大統領と27回も会談した安倍元首相が、岸田首相に「私の顔をつぶす気か!?」と怒るのではなく、あえて「ウクライナを支持する」と発信したことを見ても。
 対中国に対しては、トランプ共和党政権になるなら、佐藤優氏はバイデン民主党政権のような軍事的圧力より経済的なディールで中国に圧力をかけると見ている。
 どちらにしても、中国を挑発するのに変わりがない。偶発にしろ、米中で戦闘が始まれば、日本が戦場となる。ウクライナ国民と同じ目に我々は遭う。中国に対しては強硬発言するのではなく、中国に対して「米国の挑発に乗るな」との自重を日本の政治家は求めるべきなのだ。
 20世紀の大哲学者サルトルは、「金持ちたちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ。」と名言を残した。宮殿を持つと言われるプーチン大統領が侵攻を命令し、ロシア南部の貧乏な人々やロシアに来た移民たちがウクライナの戦地で弾避けにされる。汚職疑惑も囁かれるゼレンスキー大統領が戦争に舵を切り、国内外に避難できない貧しいウクライナの人々が犠牲になる。カタールで優雅な生活と揶揄されるハマスの指導者が奇襲を指示し、貧しいガザの住民が悲惨な目に遭っている。
 日本で金持ちの政治家と言えば、誰か。麻生太郎自民党副総裁を思い浮かべるか。

 私と同じ貧乏人の同胞たちよ、麻生氏が強硬発言で中国を刺激しているのを「威勢がいい」と評価するとき、愛する家族や彼女のことを考えた上での発言なのか?

(次回207号は4/1アップ予定)

2024.3臨時号 NO.205 じる VS しじる
 諺に「名物に旨い物なし」がある。江戸時代からなのか、誰が言い出したのか、不明だが、今も死語になっていないようなので、そう思う人は少なくないのだろう。
 私が「名物に旨い物なし」と思ったのが、50年前に地元神戸中華街の『老祥記』の豚まんを食べた時。当時から元祖豚まんじゅうの店として有名だった(今は東京在住にて食べる機会がないが、今も食べログで3.5を超え、人気店として健在のようだ)。
 当時日頃から食べ慣れている豚まんより特段美味しいとは思わなかった。店も一番美味しいとは謳っていない。自分自身で勝手にハードルを上げていたのかもしれない。神戸中華街に来る観光客にとっては、元祖豚まんを初めて食べたとの感慨が味覚にプラスに作用しているとも言えるか。
 現在の私の地元とも言える亀戸のソウルフードの一つに『亀戸餃子』がある。食べログで3.5前後の評価もあり人気は高い。私自身は神戸にいた青春時代のソウルフードは大阪『眠眠』 (三宮店。今は錦糸町北口店に通う) の餃子。私の餃子の評価基準にもなっている。皮は薄く、野菜は白菜中心、野菜と肉の比率は6対4か、にんにく使用。

   亀戸餃子はキャベツ主体か。私は白菜の方が肉と渾然一体となった餡になり好きなので、そんなに高評価ではない。
 三大餃子都市は、宮崎市、宇都宮市、浜松市。“ちびっ子鉄道博士”と私が呼ぶ外孫5歳児が新幹線『つばさ』が好きだが乗ったことがないと言う。それで早速計画した(日々の躾は親の責任と言い孫に甘々の私は妻娘から“爺ばか”呼ばわりされているが)。
 昨年末、孫好物の餃子、イチゴでも有名であり、昨秋開業のスタイリッシュな路面電車『ライトレール』が走る宇都宮市に爺がエスコートした。地元特産とちおとめのイチゴスイーツとともに『宇都宮みんみん』の餃子を食べたが、「見た目」が麗しく具の野菜が白菜中心で私の好みに合っていた。
   数年前には一人で、(2023年度餃子消費額日本一に返り咲いた)浜松餃子を食べに浜松市に遠征した。駅近くの店で餃子を食べたが、キャベツ主体の為か亀戸餃子と同じ味がしてわざわざ来る必要がなかったかと餃子店をはしごする気が失せてしまったことが覚えている。
 とはいえ、食通の有吉弘行さんが、フジテレビ『有吉くんの正直さんぽ』で、『亀戸餃子』を絶賛していた。仕事を離れて個人的にも『亀戸餃子』を褒め称えている。

 私は、今や国民食と呼べるチキンラーメンが食べられない。バカ舌だとコンプレックスを持っている。アンジャッシュの渡部建さんは仲の良い有吉さんのことを「めちゃめちゃホラ吹き!」と言ってるが、私は有吉さんの評価に従う。
 ハマっ子のソウルフードと言えば、『崎陽軒のシウマイ』か。元神戸っ子の私はあまり食する機会がなく、駅弁でしか食べたことがない。元々餃子が好物で町中華によく寄るが、春巻(とくにエビ春巻)を注文することがあってもシュウマイを頼むことがない。たまたま入店したJR五反田駅東口向かいの町中華『亜細亜』で(餃子はないのかと思い)かなり大粒のシュウマイを頼んだ。初めてシュウマイを美味しいものだと感じた。それ以来、当店に寄れば、塩味の中華丼とシュウマイ2個を頼む。
 ハマっ子にとっては、小さい頃から崎陽軒のシウマイを食べ親しんでいるから、いわば“おふくろの味”なのだろう。おふくろの味に優る物はない。
 名物に本当に不味いと思う物がある。それをバカ舌の私が書くのは営業妨害にしかならないので控えることにする。


  「信じる者は救われる」と言われるが、それはキリストを信じる者か。イスラム教徒には言ってはならぬか。イスラム教徒でも「努力は報われる」とか「努力はウソをつかない」には異論はないだろう。
 「努力は報われる」と私も信じる。私は、天賦の才能がなく、怠惰な性分なのに努力するしかなかった。子供の頃から他人よりややストイックな生活を強いられたが、努力すればすべてではないにしろ人並にはと悟った。人生のゴールに近づいたが、人として生まれた甲斐はあったと思っている。
 フィギュア・スケートの金メダリスト羽生結弦選手は、一番強い人が一番努力しても勝てず、その一方で若い人が勢いだけで勝つときもあり、「努力はウソをつく、でも無駄にはならない」と言ったという。
 頂点を極めた羽生選手は、努力の正解があるという。プロゴルファーも高みを目指してスイングを替えたりする。五輪銀メダリストで2021年だけで8勝もした稲見萌寧選手も球筋をフェードからドローに変え勝てなくなった。苦汁を嘗めたが元に戻すことを決断し日米共催の2023年TOTOジャパンクラシックに勝つ。米ツアーの出場権を得た。
 人気はいまだに高いがアンチも増えてしまった、石川遼選手や渋野日向子選手も努力しているに違いない。早く努力の正解を見つけてほしいものだ。

 私は、物を斜めから見るきらいがあり、“文句たれ”でもあるので、信じることより、信じないことの方がはるかに多い。
 まず、「そば屋の出前」。配達が遅いとの催促の電話があると「もう 出ています」とか適当なことを言う。今は『Uber Eats』、『出前館』など宅配代行が流行る時代、蕎麦屋に直接催促することはないか。
 「健康食品のCMに出る医師」は、私は信じないと言うより信用しない。たとえ著名な医師でも本人が愛用していても。有名シェフの場合は、不信感は持たないが、不快になる。BSで著名シェフのドキュメントかと興味深く観ようとしたら健康食品のCMだと判り臍を曲げる。緑の葉っぱの粉なら豆乳に混ぜて毎朝妻から飲まされている。否、有難く頂戴している。気休めにしか思っていないが。

 「宇宙人の写真」も信じない。無限のような広大な宇宙の中で地球人だけとは思わない。ただ、今メディアに登場する宇宙人は皆地球人に体型が似ている。それが嘘っぽい。
 人間に近い形でないと我々は同じ人として認識することが難しい。気づかないだけで既に地球に来ていたとすれば、高度な文明の宇宙人であり、地球人が無事に生き延びてこられたとは私は思わない。
 「妻の正直に話してくれたら絶対怒らない」も信じることはできない。信じては酷い目に遭うこと間違いない。
 高校の大先輩・俳優故高島忠夫(本名高嶋忠夫、ヴァイオリニスト高嶋ちさ子さんの伯父)はモテモテだったのに妻(元タカラジェンヌの寿美花代さん)一筋。聖人と言え、我々凡人にはマネできない。

 しくじることがあって、半分浮気がばれた時、妻から「正直に話してくれたら・・・」との言葉を信じる凡人は皆無では。「遊び」で夫が他の女と体を合わすのは、我慢できない妻と「まったく!」と言って我慢する妻に分かれる。「浮気」で心も合わすなら、妻は皆怒髪天を衝くに違いない。

 妻は信じたくない。裏切られたと認めたくないのだから、否定し続けるのが正解。芸人のネタのように、ホテルの部屋なら、裸になっていない。裸なら、していない。していたら・・・とあくまでも否定し続ける。妻と離婚する気がなければ。裏で物心誠意を尽くして浮気相手と別れるしかない。

 正直に話してその時は許されたとしても、妻はずっと覚えている。年老いたとき復讐される。
 経験者が語るみたいだが、私自身は浮気をしていない。正確には出来なかった。30年以上前男性ホルモンが湧きいずる泉のごとくであった銀行員時代に浮気願望はあったのだが、口先だけで如何せん行動が伴わない。

 親しいクラブのオーナーには「マメじゃない」と言われた。モテるタイプでないのに、マメでなければ、ダメとなる。お呼びじゃない。これは紛れもなく真理と言える。
 今は、浮気未経験が幸いし、単なる粗大ゴミではなく憎まれ口を叩く大きなゴミの存在でも、妻から捨てられないで済んでいる。

 私が好きだった昭和モテ男故山城新伍、故竹脇無我の晩年は寂しかったのでは。平成モテ男石田純一氏は大丈夫か?

 政治面では、ロッキード事件の顛末を信じていない。故田中角栄自身が金権体質であったとしても。生涯の師と仰ぎ角栄死後も冤罪解明に奔走した故石井一は、角栄の冤罪を晴らせないまま一昨年角栄が棲む天国に旅立った。誤算があったとすれば、キーマンの故中曽根康弘は先に逝ったが、まさか一回りも年上の故キッシンジャーがこれほど長生きするとは思わなかったことではないか。ロッキード事件の黒幕とみられ解明への最大障壁と言えるキッシンジャーが昨年末百寿で大往生した。真相が明らかになる日が来るのであろうか。
 ウクライナ戦争では、西側の情報を信じなくなった。ロシアからの情報はソ連時代から鵜呑みにはしていないが。民主主義の国であればと思うが、英国の国防省はプーチン大統領の死亡説を流したり、大英帝国の誇りは失ったのかと思う。

 それに乗っかったのか筑波大名誉教授中村逸郎氏に対してはハズレ話だけではなく何ももう私は聞こうとしない。
 同じ筑波大でも東野篤子教授は、ウクライナ、EUが専門であるが、ウクライナの不利な話もきちっと話すので、聞き耳を持つ。失礼ながらNATOにおける日本の広報担当かと思った鶴岡路人氏は、れっきとした学者で慶応大准教授、しかも上記東野教授のご主人。夫妻共闘?して、ロシアと対峙か。
 大国ロシアの研究者は学者を含め多数いると思うが、BS番組に登場しない。親ロシアと思われるのを忌避しているのか、それともテレビ局が呼ぼうとしないのか。

 その中で、ロシアの侵攻時点から話を展開する軍事研究者と違い、笹川平和財団(以下「笹川財団」)の畔蒜泰助主任研究員は、立場上反ロシアだとしても、軍事面だけではなく、ロシアの歴史的、文明的な背景も説明するので参考になる。
 BS情報番組に軍事研究者として出演する防衛研究所の兵頭慎治現研究幹事、高橋杉雄前政策研究室長に対して最初はさすが防衛省直轄のシンクタンクの職員は優秀だと感心した。が、次第に疑問を感じるようになった。
 TVの仕事は、東大で准教授に昇格した小泉悠氏、笹川財団小原凡司上席フェローや軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏などに任せるべきではないか。BS番組の視聴者は我々庶民だけではなく非友好国の諜報部員も観ているだろう。公安や諜報部員と同じ立場でないにしろ表に出てよいのか。それもBS番組等になぜ頻繁に出演するのか。防衛研究所として国民に戦争への覚悟を求めているのか、あるいは政府からウクライナ支援の正当性を国民に説明するよう指示されているのかと。

 それで、その疑問と懸念を昨年4/1アップの2023年5月号NO.189(タカハVSタカハシ)に記した。
 それから1か月も経たないうちに、週刊誌『FRIDAY』が高橋氏から既婚女性に卑わいなメールが送られたとのスキャンダルを報じた。私は、銀行員時代浮気願望があり偉そうなことを言える立場にないが、それでも社団に移ってからは身を律していた。報道が本当なら、「英雄色を好む」とはいえ「色事」に行動を起こすとは。高橋氏の置かれた立場を考えれば、またそれを抜きにしても、今はAVがありそれを煩悩の捌け口に止めるべき。それなら、賢くても所詮ただのオスかと妻に思われるだけで、妻を傷つけることもないだろうに。
 8月になって高橋氏がTV出演できない部署に異動になった。不倫ではないから(それならより悪質とならないか?) 今後の予防措置として異動させたと言うのか。
 民間のサラリーマンとは立場が違う。非友好国からのハニートラップのターゲットとして狙われるかもしれないから即刻異動させるべきではなかったか。過去も女性問題があったという報道もある。なのに優秀な人材をあわや失いかねない事態を招いたのであれば、TV局からいいように利用されること含めて、防衛研究所自体のガバナンスの問題ではないか(文藝春秋2月号の『霞が関コンフィデンシャル』は現所長が上がりではなく栄転するかもと予想する。その機に真に国を護るにふさわしい国のシンクタンクとしての見直しを)。

 最後に、最後なのに読者にとって犬も喰わない話だが、私が一番信じないことは、妻が「私を嫌いだ」と言うこと。

 私は結婚して42年一度も妻を嫌いと言ったことがない。なのに、何かにつけて私を嫌いと言う妻は、嫌いと言って、すぐ大嫌いと言い直す。「女の大嫌い」は意味が違うと私が言うと、大きな勘違いをしていると妻は言い返す(5/10アップ予定2024年6月号NO.209「ひるてんどんVSひるあんどん」を読んだ人は妻に軍配を上げるか)。
 それでも、大月みやこさんが『乱れ花』で「愛する気持ちとおなじだけ ニクい気持ちがつのります」と唄っているが、「可愛さ余って憎さが百倍」かと思い直す私は、おめでたくできている。老いがさらに進んでも鬱による介護負担は妻にかけないで済みそうだ。
 (次回206号は3/10アップ予定)