2024.5 NO.207  んのう VS んのう
 今年2月の初めTV番組『ざわつく!金曜日』にてレギュラーの長嶋一茂氏が、共演する高嶋ちさ子さんに勧められ、医療脱毛を始め、とりあえずVIO脱毛だけをしたと言った後、施術した二人の担当女性を食事に誘ったと話した。それを観た女性たちがキモい!とネット上でドン引きしていた。

 VIO脱毛における、Vラインとはいわゆるビキニライン、Iラインとは性器の周り、Oラインとはお尻の穴の周りのことだという。永久脱毛には8回以上かかると言われている。
 このVIO脱毛を含め今私が思っていることを書いてみることにする。
 神戸で生まれ育った私は小学3年生まで母親と銭湯に行き女子風呂に入っていた。そのことについて、本ブログ2017年4月号 NO.70(ジョシブロVSジョシプロ)に書いた。そして(他にも覚えていることはあるが言わぬが花だ)とカッコ書きしたのだが、それについて今回少し触れてみる。
 65年前の私は、二次性徴にもまだ間があり、今と違ってパソコンもスマホもなく親、兄からも情報が無く、銭湯に行くのは毎夜寝ることと変わりがなかった。物心付いてから5年ほど何百回と女湯に入っているハズだが、あまり記憶がない。それでも、はっきり覚えているのは、湯殿では女性はどこも隠さない。が、アンダーヘアが薄い人が恥ずかしそうにしていたこと。それから数年後経った頃親戚に嫁入り前の娘がいたが、薄いと悩みを私の母に打ち明けていた。
 アンダーヘアが無毛(以下「パイパン」)なのはホルモン異常である為か、パイパンの人の方がかなり少なかったのか。それで当時偏見視されていたのか。
 小学4年生以降女子風呂の様子は私には分からない。が、2017.3.2付けの『教えてGOO』での男性からの質問に対してベストアンサーの庶民女性は次のように回答している。
 「日本の女には3通りありまして、抵抗なくつるつるにできる人と恥ずかしがりながらも好きな男が言うならできる人とアホか冗談じゃないと切って捨てれる人とです。私の勝手な感覚では、1:0.5:8.5くらいの割合じゃないですかね。。。」「女風呂に入ったことないでしょう?日帰り温泉にいっても、あそこがつるつるの人、見たことないです。キレイに整えている人をたま~に見るくらい。」「生きている場所によって、かなり違ってきます。外国じゃないですからね。ここは日本です。あそこの毛をそるのは商売女のすること・・・とされてきたのです。庶民の女は基本、ぼうぼうです。」
 あくまでも一人の庶民女性の意見ではあるが、私が女子風呂に入っていた頃と大きく変わっていないように思える。パイパンの人を見かけないのは公衆浴場を避けていることもあるのではないか。
 最近アイドルグループ出身の女子タレント達がパイパンを公表した。古い人間としては驚きだが、VIO脱毛によるもので、生まれつきのパイパン女性の負い目も知らず、欧州のセレブと同じとの優越感から口にしたのであろうか。もっとも、VIO脱毛せよ公衆浴場に堂々入るパイパンの人が増えて奇異な目を向けられることが無くなれば、それ自体はよいことではあるが。
 数年前欧州で活躍するサッカーの日本男子選手も、パイパンにすると言っていた(単にカミソリで剃るだけかVIO脱毛による永久脱毛か知らないが)。エチケットなのか相手の欧州の女性がVIO脱毛しているに合わせるためか。
 子作りを終えた日本のセレブたちが、お金を使い、痛みを我慢して何をしようと勝手である。しかし、妊娠・出産をこれから予定する庶民の若い女性がセレブのマネをすることには、賛同しない。
 彼氏に言われれば剃る彼女は、上記7年前のベストアンサーの女性は10%+5%と言うが、今はもっと多いだろう。しかし“老爺心”ながら、永久脱毛は止めた方がいい。彼氏と別れて新にできた彼氏から、ロリコン趣味はない、その気になれないと言われるかもしれない。パイパンが市民権を得たとしても、人の好き嫌いは仕方がない。それは差別ではない。

 人間が二足歩行を始めるとお尻が目立たなくなり、胸を大きくしていったとされる。それでも、日本男性は、本能かは分からないがアンダーヘアの方に注視するのではないか。
 新年早々前評判が高かったエマ・ストーンさん主演の『哀れなるものたち』を映画館で観た。驚いたことに、清純派として人気の高いエマさん自身が全裸となり、アンダーヘアまで見せていた。

 そんな事前情報はなかった。R-18も後で知った。まさに体を張った演技でハリウッドではエマさんを絶賛(2024アカデミー賞主演女優賞を授賞)しているが、ファンの私としては見たいような見たくないような複雑な気分となった。
 これまで金髪かブラウン系の髪色のエマさんはこの映画では漆黒の髪にしている。アンダーヘアも真っ黒に見える。それで裸体は日本女性とよく似ていると言える。ハリウッドセレブのエマさんはVIO脱毛とは無縁なのかもしれない。
 命に関わる頭を護る髪の毛は生まれる前から生えている。アンダーヘアや脇毛は二次性徴として遅れて生える。大事な所を護る意味もあるが、とくに女性の場合それよりも男をその気にさせる意味合いが強いのかも(腋毛はフェロモンを拡散させるに役立つらしいが、日本女性はアンダーヘアを想像されたくないとして剃ってしまう)。
 約700万年前に人が猿から分かれたのであれば、最初は体じゅう毛むじゃらで進化とともに毛が少なくなってきたということか。その中で、アンダーヘアが、退化せず変わらないとすれば、やはり生物学的に大きな意味があるのだろう。
  人間の女は、動物のメスのように決まった繁殖期や発情期はないと言われる。むしろ性行為は頻繁?に行われるから、ある意味、男も女も365日発情期とも言える。ただ、男は、女と違って、打ち上げ花火のこどく筒を立てなければならない。それには男は(人間だけ?の)欲情する必要がある。
 欧米の女性のアンダーヘアはブロンドやブラウンの色が多いが、それでは白い肌とのコントラストがあまりなく雑草みたいに見える。しかし、日本女性のは、昔「白壁にコウモリ」と呼ばれたように、コントラストが際立った日本女性の裸体は、男を欲情させるほど卑猥であり、かつ芸術的なのだ。それでこそ上記女優で当該映画のプロデュースにも関わるエマさんも日本の女性のようにした方が映画としても芸術性が高くなると判断したのではなかろうか。
 VIO脱毛業界はもっともらしいアンケート調査結果をもって世論を誘導しているように見える。

 『オトナのハウコレ編集部』に至っては、2021.09.08付け『パイパンに対する男の本音 毛があるのとないのどっちが好きなの?』と題した記事の中で、女性ライターが「日本人男性はアンダーヘアに対してこれほどまでに執着するのは、パイパンという言葉が世の中にまだ浸透していないからではなく、彼らが単純に変態だからではないでしょうか。」と書いていた。私は変態なのか(助平は認めるが)。
 アンダーヘアがあるなら、手入れはしても、わざわざ無くす必要はない。小さな庭なのに、庭の手入れはしても草が生えるのは嫌だと更地にする人はいないだろう。
 香水の本場フランスの風呂に入る習慣がないと言われたフランス人と違い、湿気が高い一方水資源に恵まれた日本では、私のようなズボラな人間でも毎日風呂に入る。ましてや女性なら(毎日入れる環境にない女性でも環境が整えば毎日入りたいと思うだろう)。行為に及ぶ際にも風呂に入るかシャワーを浴びるだろう。そんな清潔好きな日本人にとってアンダーヘアは不潔な存在ではないハズ。
 パイパンが好きな人はそれでいい。しかし、影響力のある著名識者たちがイメージを気にしてこの問題では口を挟みにくいことをいいことにして、日本女性の特性を顧みずパイパンであるべきだとの極端な主張をするのなら、それはいかがなものかと思う。
 欧米、アングロサクソンのやることが全て正しいと認める時代ではもはやない。何事も盲従する必要はない。

 日本女性は、上記に加え肌のきめ細やかさもあるハード面だけではなく、奥ゆかしさ、優しさ、強圧的ではなく掌の上で男を転がす等ソフト面を含めると、世界の男たちにとってNO.1。アニメ、グルメ、治安と並んで世界一だ。それに対して、日本女性はもっと自信と自覚を持つべきだ。
 
 65年前神戸下町の当時の相場なのか条例なのか知らないが、私は小学4年生からは男湯に入っていた。
 今は、2020年12月に、混浴に関するトラブル等の防止のため「公衆浴場における衛生等管理要領」が改正されたのに伴い、東京都では条例改正を行い、東京都内の公衆浴場の混浴制限年齢を10歳から7歳に引き下げた。2022年より施行されているという。
 私が10歳のときより今の10歳はマセている。年齢の引き下げは妥当だろう。ただ、7歳なら小学1年生か。男の子をもつ母子家庭のママは心配だろう。父子家庭で7歳の女の子が一人で女子風呂に入っても心配ない。母性豊な大人の女性も温かく見守ってくれるだろう。男の子は潜ったりするから心配だ。周りの男性は気遣いしてくれるか。(昔は男性も座っていたが)番台の女性によく配慮してもらう必要があるだろう。
 そんな中、男性が女性に扮して女子風呂に入ろうとして逮捕される事件がまだ見受けられる。子供の頃に銭湯に通っていれば、女装してまで女子風呂に入ろうとは思わないのにと私などそう思うが、そんな問題ではないのか。

 煩悩が昂じて、女に成りすまして、透明人間になってと妄想することは男性にとって不思議ではないが、それを実践までしてしまう人がいる。昔と違い女性の裸を見るならAV動画があるというのに。
 スカート内の盗撮も、登りのエスカレーターで前方にミニスカートの女性がいれば私も気にはなるが、それを盗撮したいとは思わない。かつて年収1億円と言われた著名エコノミストが盗撮で(選挙に纏わる陰謀論も出ていたが)有罪となった。リスク対リターンが全然釣り合っていないと思うが、地位や年収を失いかねないスリルがたまらないのであろうか。

 「LGBT理解増進法」が2023年6月16日に国会で成立し、23日に施行された。作家百田尚樹氏がその法案成立に危惧していた。近著『大常識』(新潮新書)にて。

 私は9年前『大放言』(新潮新書)を読み腹を立て二度と百田氏の本は読むまいと誓うも、怖いもの見たさからか、肩もこらないし、ついつい購読してしまう。この『大常識』も他の件では怒る(7/10アップ予定8月号NO.212「さいはんVSさいばん」にて)のではあるが、次の件に関しては別だ。
 百田氏はLGBT理解増進法が成立すれば、男性器がついた自称女性が女性の裸を観たいがために女子風呂に入ってくると懸念する。そして「法案反対派が恐れるのはそんな輩であり、決して本物のトランスジェンダーのことではありません」と言う。
 さらに、「『少数意見の尊重』『弱者の救済』とは異論をはさみにくい耳障りのよい言葉ですが、少数派の為に大多数が我慢、いや被害を強いられる社会を『差別のない社会』とはいいません」と言う。私はこれを支持する。
 男性のシンボルがついたたまの女性が、戸籍抄本か証明書を首からぶら下げて(それが本物だとして)女子風呂に入っても、それでも不快とか怖いとか感じる女性は少なからずいるのではないか。
 2023年10月25日、生殖機能をなくす手術を性別変更の事実上の要件とする性同一性障害特例法の規定が憲法違反かどうかについて、最高裁は「違憲」との判断を示した。
 これまで合憲とされた「性同一性障害特例法」の5要件(①18歳以上②婚姻していない③未成年の子供がいない④生殖腺がないか、生殖機能が欠く状態⑤変更後の性別に近い外観を備える)。
 この内今回「④生殖腺がないか、生殖機能が欠く状態」が違憲とされた。しかし、「⑤変更後の性別に近い外観を備える」については視今回最高裁は判断を示さなかった。
 しかも、違憲判決出る前の2023年6月において厚労省が「公衆浴場における男女の区別について『風紀の観点から混浴禁止を定めている趣旨から、身体的な特徴をもって判断する』」との通知を出している。
 今般の違憲判決を受け、心が女と言えば女湯に入れるのかとネット上で一時騒然となったが、現時点おいても体が男なのに心が女だからと言って女子風呂に入れる訳ではない。
 百田氏は、トイレもジェンダーレスに統一するのではなく、現行「女子トイレ+男子トイレ」を「女子トイレ+ジェンダーレストイレ」にすべきと提案する。私も賛同する。
 欧米では、リベラルが「理想」を御旗に極端に走るきらいがある。しかし、結局米国も英国も国民が分断されてしまっているではないか。度重なる天災の中で培われてきた助け合い・和の精神の日本には馴染まない。少数派も多数派も互いに相手のことを尊重し、気遣い、時には譲歩しあう。傲慢だった戦前はともかく、それが古来からの日本人というものではないのか。

(次回208号は4/20アップ予定)

2024.4 NO.206 せんきょ  VS せんきょ
 1週間後の3月17日に自民党の党大会が開かれる。厳しい岸田自民党総裁再選にとって4/28の補欠選挙が鬼門とも見られるが、その前に党大会で明るい材料を出せるか。
 同日の3月17日にはロシアの大統領選挙が行われる。岸田首相と違い、プーチン大統領が再選されるのは確実。

 関心は投票所の防犯カメラが撤去された中支持率がどれぐらいになるかだけ。2期12年後の83歳になる2036年まで大統領になる可能性もある。ロシアの平均寿命(男性60歳)を考えれば、終身大統領になるのと同じだ。
 米国では今11月の大統領選挙に向けて予備選の真っただ中にある。民主主義の宗主国であったハズの米国の国内では、経済的にはひと握りの富裕層と大勢を占める貧困層の格差が極端に拡がり、政治的には相容れぬ「自由」と「平等」を巡って共和党支持者と民主党支持者とが鋭く対立している。
 米国を人間の体に喩えれば、頭と足が上下に引っ張られ、右手と左手とを逆方向に思い切り引っ張られ、今にも体が破裂寸前な状況にあると言える。
 この断末魔の状況を好転させることは誰が大統領になっても容易ではない。が、圧倒的多数を占める貧困層は、オバマ元大統領と変わらぬバイデン大統領に失望し、(私には分断を煽っている様にしか見えない)トランプ前大統領にすがる他はないと思っているように見える。
 これまで、共和党と民主党の二大政党から大統領が選出されてきた。二大政党の違いは、民主党が「リベラル」で「大きな政府」を志向。シンボルカラー「青」。共和党は「保守」で市場重視であり「小さな政府」を主張している。シンボルカラーは「赤」。
 “野球界の大統領”と言ってもおかしくない大谷翔平選手のユニホームは赤から青に替わった。本家の大統領のネクタイは、青から赤に替わるのか。
 支持層は、民主党が東西海岸沿い、大都市を選挙基盤とし、共和党は内陸部の農村地帯の多くの州を押さえている。

 50州あっても、実際はラストベルト地帯を初めとするスイングステートと呼ばれる数州を押さえた方が大統領となる。
 最近の世論調査では、その内の6州(ネバダ、アリゾナ、ミシガン、ペンシルベニア、ジョージア、ウイスコンシン)において、全てバイデン現大統領よりもトランプ前大統領の方が、次期大統領として支持されているとの結果が出ていた。
 バイデン大統領は、高齢に加えて、ウクライナ支援・イスラエル支援の「ダブルスタンダード」が、アラブ人の反発を招いている(共和党が「イスラエル支持」で民主党が「パレスチナとイスラエルの共存」。本来共和党への批判が多いハズだが、表に立つ政権与党である民主党の方が批判されてしまう)。さらに高齢やダブルスタンダードはZ世代の若者からも敬遠されている。それで民主党は若者に大きな影響力を持つ人気歌手テイラー・スウィフトさんを担ぎ出したいところだが、トランプ前大統領からの牽制もありテイラーさん自身は今のところ4年前と違いバイデン支持を表明していない。
 これが大方の見方であるが、両党の大統領の違いについて申し添えたい。民主党の大統領は、「鳴かぬなら、殺してしまえ」の信長型。共和党は「鳴かぬなら、鳴かせてみせよう」の秀吉型。共和党の大統領の方が信長型と思われがちだが、強面の、レーガン大統領もトランプ大統領も任期中には大きな戦争は起きていない。脅すだけで相手がおとなしくなる。トランプ大統領が再選されていたなら、プーチン大統領はウクライナ侵攻をしていない。金正恩総書記もこんなにミサイル実験しないだろう。民主党のオバマ前大統領もバイデン現大統領も怖くなく相手になめられる。いきおい「リベラル」の問題点である「理想」を御旗に相手の事情も考慮せず問答無用と戦争を仕掛ける(第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、過去の長期化した大きな戦争は皆民主党政権)。

 “世界の警察官”の座から降りると言ったのは民主党のオバマ大統領。次のトランプ共和党大統領も「アメリカファースト」を掲げ、NATOからも脱退すると言っていた。バイデン民主党現大統領は、世界の警察官の座を降りながら、影で糸を引き、ゼレンスキー大統領に代理戦争させる。
 その結果、戦況が膠着しウクライナの惨状は増すばかりとなるも、ロシアは思うほど弱体化していない。中国・ロシア・イラン・北朝鮮の結束を招いた。ドイツは米国に不信の目を向ける。グローバルサウスの諸国は、食糧価格、エネルギー価格の高騰により米国離れを加速させる。
 人格に問題があり、政治家としても合衆国連邦政府の長ながら国民の分断を煽るも、国際関係においては、アフガニスタンからのお粗末な撤退を初め米国の威信を傷つけ続けるバイデン大統領よりトランプ前大統領の方が筋が通っている。

 中国、ロシア、インドも基本それぞれの価値観を認める棲み分け主義(囲碁型)。天下布武の旗を降ろした米国(将棋型)が多極化の流れに沿うのであれば。

 米時間3/5のスーパーチューズデーでの圧勝劇により、11月の本選挙は高齢者同士のリターンマッチとなった。トランプ1.0が決まってから8年も経つのに、共和党も民主党も、46歳で大統領に就任したクリントン大統領みた若い候補が台頭してこない。米国退潮のシンボリックな事態と言えるのか。

 仮にトランプ大統領が次期大統領になれば、多くの罪状で起訴されているトランプ氏が刑務所から大統領として発信する事態もありうるとする。免責特権が認められなければ。
 それはともかくとして、3選が禁止されている為最後の政権運営になるから好き放題に運営する。前政権時代にはマチス国防長官のようなもの言える家老がいたが、今度はイエスマンばかりとなり、トランプ大統領は独裁者になり米国は権威主義国家になると見られている。ただでさえ、世界は権威主義国家の方が民主主義国家より多いのに、民主主義の宗主国である米国が権威主義国家になってしまうのだ。
 一方米国と覇権を争う中国では、習近平総書記も独裁者と見られている。ただ、プーチン大統領のように個人的な独裁ではなく中国共産党の一党独裁の中でのワンマンプレーが許されるだけ(一時期例外があるものの戦後与党独占を続ける自民党における安倍一強体制と同じだが、それを反面教師とすればよいのに)。その意味ではトランプ氏と変わらない。

 経済運営に失敗し北戴河会議のメンバーである長老たちから叱責を受けたように、失敗しても簡単には失脚しないプーチン大統領のようにはいかない。
 習近平氏に総書記への道が開かれたのは、2023年3月臨時号(NO.187「せんろうVSせんどう」)で書いたように、慶応大小嶋華津子法学部教授よれば「2007年6月に実施された、中央委員・同候補による政治局委員候補者リストへの無記名投票である。この投票の結果、習近平の得票が李克強の得票を上回ったことにより、胡錦濤は、自らの腹心である李克強への権力委譲をあきらめざるを得なかったと伝えられている」とする。清廉潔白な賢者である胡錦濤前総書記がいわば民主主義とも言える「党内民主」を推し進め党員の無記名投票を実施したことが却ってアダになった。
 民主主義(多数決)は、民度は一定との理想を前提している。現実は賢者<賢者でない者。民主主義は根本的矛盾を内包している。民主主義は却って独裁者を生む。
 今頃になって人民は天才肌・経済通の李克強前首相の方がよかったと言い出し「死せる李克強生ける習近平を走らす」との事態を招いている。
 このまま国内の混乱が続けば後年胡錦濤前総書記は“中国のゴルバチョフ”と呼ばれるかも。何としても中国共産党の一党独裁を守らなければならない。人民への監視・統制の強化、経済の回復との大きな国内課題が抱えた習総書記にとってはトランプ前大統領が返り咲きは弱り目に祟り目になろう。

 トランプ大統領が次期大統領になれば、日本はどうなるのか。トランプ氏が2016年秋に大統領に決まった時、安倍首相はあわてて怖そうなトランプ氏に会いに渡米した。当初靴まで舐めるかとメディアに揶揄されたが、個人的には安倍氏はトランプ氏の信頼を得た。
 ただし、その代償は大きかった。どうやら、向こう5年の43兆円防衛費増額は、トランプ大統領の要求に安倍首相が約束したのではないか。そうすると、辻褄が合ってくる。河野大臣がイージス・アショアの中止を突然言い出し、その後自民党が「敵基地攻撃」に言及し出したとき、自衛隊制服組の幹部OBたちが「防御対策を変えるなら次も防御対策ではないか!?」と憤慨したのに後に賛同に回ったことが。裏話を聞かされ「これで弾不足も解消される」と喜んだのではないか。
 岸田首相は、一国民に安倍元首相が暗殺されたのに独断?にて国葬にしたことに加えて、国民が望んでいない、安倍氏の負の遺産と言える、宏池会の理念に合わないものを自身の手柄のようにしたことが大きな躓となったのではないか。

 不評の敵基地攻撃を言い換えた「反撃能力」は、安倍首相の約束を隠し、正当性を持たせるための大義名分に過ぎないと見るべきでは。43兆円(大幅な円安で50兆円を大きく超えるか)を国民に無理やり承知させたら、敵が攻撃に着手した時点をどうするかなどの論議は雲散霧消したかの如くだ(その主導的立場にあった自民党安全保障調査会長の小野寺五典氏は暇になったのか、今は衆議院予算委員長として奮闘する)。

 日銀の植田和男総裁は、本来受けるべき人たちが貧乏くじを引こうとせず、異次元の金融緩和という後遺症から日銀及び日本経済をどう立て直すかとの難題を背負わされたと、同情する国民も少なくないだろう。

 岸田首相は、国民に裏話はできないにしろ、国民から同情されないだけではなく、何を言っても『どの口が言う』と国民から怒りを買うばかりである。
 「お上に逆らってはならない」というのが日本の国民性であるが、現職でなくなり、亡くなってもいれば、国民は批判し出す。私は安倍元首相が現職時代からABE政治を批判してきた。岸田首相なら、宏池会の領袖であれば、変えてくれると思うも、結局ABE政治を踏襲しているに過ぎない。

 「異次元の少子化対策」一つを取り上げても。国民は「異次元の金融緩和」の顛末を見て「異次元は、無茶で、意味がないが、後遺症が大きい」と捉えているのに、タブー視すべき「異次元」を使用するようでは。それで中味はというと、異次元とは名ばかりで、財源もなく、子育て支援の月500円(実際は1,000円以上か)の負担に至っては、何をか言わん。
 岸田首相は、同じボンボンの三世議員の安倍元首相と同じく自身も国民から受け入れられると思ったかもしれないが、安倍首相はもっと“人たらし”で、しかも、安倍氏には良くも悪くも菅官房長官という盾にも矛にもなる強面の官房長官がついていた。
 松野官房長官の起用は最大派閥の安倍派に配慮した為だろうが、私は以前内閣改造するときが来れば、新官房長官には志・教養(歴史観)・気概のある官僚出身の議員をと言い、例えばとして斎藤健元法務大臣(現経産大臣。古巣に錦を飾り、一歩一歩首相に近づいている)の名を挙げた。しかし、官房長官を続投させた。記者との会見を見ても、岸田首相を助けるよりも足を引っ張っているようにしか見えないのに。そして政治資金パーティ券の裏金問題でようやく更迭した。

 トランプ前大統領が返り咲いた場合、何を要求されるか分からない。安倍首相や岸田首相のようなボンボンの世襲議員の首相では自らの権力保持しか眼中にないと言え米国にさらに隷従しかねない。
 米国の弟分だとしても日本の国益を踏まえ隷属はしないタフなネゴシエイターの首相でないと。トランプ大統領ならなおさらに。その意味では、天才肌にありがちな人望がないのがネックだが茂木敏充幹事長が該当するのでは(米国もタフなネゴシエイターと認めている。経世会出身の首相は米国に物申し短命政権になりがちではあるが)。
 企業のトップには、「社員に優しいが、経営能力は疑問」タイプと「社員から人気はないが、経営能力は高い」タイプと、どちらが社員及びその家族の生活を護れるか。この問いに、程度の問題もあるが、私は後者だと思う立場なので。
 対トランプ大統領なら却って女性首相の方がよいかも(大統領も脅しづらいか。女性首相の方がめげない、ひるまないか)しれない。となれば、1月末麻生副総裁が前置きは余計だったが外務大臣としての手腕を褒めて永田町界隈から全国区となった旧宏池会の上川陽子大臣が一番手となろう。

 相談なく派閥解散をぶち上げられ守旧派にされたと怒り心頭の麻生副総裁が岸田首相を見限ったか。旧自派の上川大臣が首相なら、岸田氏もキングメーカーの体裁を繕うと思えば繕えるか。
 国民人気1位の石破茂議員は、平時批判するのはある意味大事なことで貴重な存在だが、自民党や首相が有事の時にも批判し、離党もしないので、麻生、安倍、岸田の歴代首相から恨みを買ってしまう。
 首相サイドからか6月解散も囁かれているが、旧統一教会問題、裏金問題、女性局「パリ視察」問題、青年局「過激ショー」問題の自民党四重苦で解散などできる訳がない。

 追いつめられると何するか分からない、道連れ自爆解散もしかねない岸田首相から解散総選挙という伝家の宝刀を取り上げ、新総裁下での解散総選挙が行われると私は見ている。

 4月の訪米を花道としての総裁退任論もあるが、私は岸田総裁は粘り9月末の総裁任期満了による総裁選が行われるとと見ている。上川大臣、茂木幹事長、石破元幹事長らが立候補した場合、「国会議員票」と同数の「党員党友票」をあわせた有効票の過半数を取った者が当選する(1/19現在の自民党国会議員は376名。ミナロクデナシと覚える。無論そうは思っていないが)。

 過半数を取った者がおらず、上位2人の決選投票(党員・党友票は都道府県連に1票ずつ割り振られた計47の地方票に縮小)になれば、石破元幹事長に勝ち目は薄いのではないか。

 その意味でも、石破氏を嫌う麻生氏が同じく岸田首相を見放す茂木氏の総裁選出馬を後押しするのではないか。

 私は、本ブログ2023年11月臨時号NO.199(「たろうVSじろう」)にて議員の世襲問題に触れているが、初代から離れれば離れるほど劣化している感のある世襲議員の首相ではなく、今こそ官僚出身の首相が日本の舵取りをすべきだと常々そう思っている(灘高→東大・法→キャリア官僚という典型的なエリートコースを歩んだハズの西村康稔前経産大臣、盛山正仁文科大臣には兵庫県人としてがっかりさせられるが)。
 その意味では、私は前々から志・教養(歴史観)・気骨がある上述斎藤経産大臣を推している。しかし、文春オンラインの記事では、当選同期で親しい間柄の小泉進次郎氏について聞かれ、「有力な候補でしょう。今すぐではなくて、みんなで育てていかなくちゃいけない。『ふさわしいか』『ふさわしくないか』ではなくて、ふさわしくなってもらうようにやるしかない」と答えている。リップサービスや深謀遠慮があるにしても、『ふさわしいか』以降の発言は余計だ。本当にそう思っているのかとの賢い国民から?が付くではないか。

 小泉議員は源氏の嫡流でもあるまいし。議員の世襲が日本の政治をダメにしているので、斎藤大臣を推しているのに。
 派閥解散を記者に問われ、斎藤大臣は若手議員みたいに「自由に総裁候補を選びたいから」と発言していたが、斎藤大臣が中心となる政策集団を早く立ち上げるべきではないか。総裁選には20名の議員推薦が必要でもあるし。
 キャリア官僚も、外資系の高給取りの道ではなく、官僚を目指した志は、尊敬しない首相に対してヒラメ官僚になることではないだろう。国を憂う心ある官僚が結束して信頼に足る官僚派の議員を擁立・支援しようとする気概はないのか。
 最近東大のトップクラスは外資系企業に就職すると言われる。職業の自由で仕方がない。志がないのに、無理やり官僚にしても、政治家に阿り出世を目指すだけだろう。
 東大入試を合格する学力があればそれで十分。志、先見力、決断力、統率力(人望も)、誠実さが大事。戦前陸軍は陸軍大学校の成績順で登用し、戦地の日本兵は連合国軍の攻撃より酷い目に遭わされたと言っても過言ではない。
 私は、地獄に落ちるほど悪いことはしておらず天国に行く準備をしているが、井上陽水さんが『人生が二度あれば』と歌うように、人生が二度あり、そして数段頭がよく生まれ変われるならば、私は官僚になりたいと思っている(もっとも、性格も変わっていなければ、相手が大臣でも賢者でない政治家とは言い合いになり、直ぐに辞める羽目になるだろうが)。

 国際問題では、トランプ大統領になれば、確実にウクライナ戦争は終わるだろう。自らは停戦を口が裂けても言えないが、さりとて死ぬ兵士が増えるだけの負け戦を続ければ軍部クーデターが起き失脚しそうなゼレンスキー大統領も“渡りに船”とは言わないまでもで終戦を米国の責任に転嫁するだろう。それでも大統領としての再選は絶望的だが。

 日本はロシアとの関係修復を図ることが出来るだろう。
 ロシアがウクライナに侵攻したときすぐさま日本はNATOと歩調を合わせ、ウクライナ支持を表明した。遠い戦争で、しかも隣の核大国で北方領土問題も抱えるロシアがウクライナより重要で、大統領再選を狙うトランプ前大統領が戦争に反対していることも勘案すれば、中立的な立場を採り、早期停戦を呼びかけるべきだった。

 一方、ハマスからのイスラエルへの奇襲に際しては、日本はNATOとは足並みを揃えず、中立的な立場を採った。
 この違いは何か。ハマスの奇襲について米国は察知しておらず日本に対して要請がなく、日本が石油の安定的輸入確保との国益を考えて行動することが出来たのか。

 ウクライナ戦争では裏で糸引くバイデン政権から「強い要請」という命令があったのではないか。在任中プーチン大統領と27回も会談した安倍元首相が、岸田首相に「私の顔をつぶす気か!?」と怒るのではなく、あえて「ウクライナを支持する」と発信したことを見ても。
 対中国に対しては、トランプ共和党政権になるなら、佐藤優氏はバイデン民主党政権のような軍事的圧力より経済的なディールで中国に圧力をかけると見ている。
 どちらにしても、中国を挑発するのに変わりがない。偶発にしろ、米中で戦闘が始まれば、日本が戦場となる。ウクライナ国民と同じ目に我々は遭う。中国に対しては強硬発言するのではなく、中国に対して「米国の挑発に乗るな」との自重を日本の政治家は求めるべきなのだ。
 20世紀の大哲学者サルトルは、「金持ちたちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ。」と名言を残した。宮殿を持つと言われるプーチン大統領が侵攻を命令し、ロシア南部の貧乏な人々やロシアに来た移民たちがウクライナの戦地で弾避けにされる。汚職疑惑も囁かれるゼレンスキー大統領が戦争に舵を切り、国内外に避難できない貧しいウクライナの人々が犠牲になる。カタールで優雅な生活と揶揄されるハマスの指導者が奇襲を指示し、貧しいガザの住民が悲惨な目に遭っている。
 日本で金持ちの政治家と言えば、誰か。麻生太郎自民党副総裁を思い浮かべるか。

 私と同じ貧乏人の同胞たちよ、麻生氏が強硬発言で中国を刺激しているのを「威勢がいい」と評価するとき、愛する家族や彼女のことを考えた上での発言なのか?

(次回207号は4/1アップ予定)

2024.3臨時号 NO.205 じる VS しじる
 諺に「名物に旨い物なし」がある。江戸時代からなのか、誰が言い出したのか、不明だが、今も死語になっていないようなので、そう思う人は少なくないのだろう。
 私が「名物に旨い物なし」と思ったのが、50年前に地元神戸中華街の『老祥記』の豚まんを食べた時。当時から元祖豚まんじゅうの店として有名だった(今は東京在住にて食べる機会がないが、今も食べログで3.5を超え、人気店として健在のようだ)。
 当時日頃から食べ慣れている豚まんより特段美味しいとは思わなかった。店も一番美味しいとは謳っていない。自分自身で勝手にハードルを上げていたのかもしれない。神戸中華街に来る観光客にとっては、元祖豚まんを初めて食べたとの感慨が味覚にプラスに作用しているとも言えるか。
 現在の私の地元とも言える亀戸のソウルフードの一つに『亀戸餃子』がある。食べログで3.5前後の評価もあり人気は高い。私自身は神戸にいた青春時代のソウルフードは大阪『眠眠』 (三宮店。今は錦糸町北口店に通う) の餃子。私の餃子の評価基準にもなっている。皮は薄く、野菜は白菜中心、野菜と肉の比率は6対4か、にんにく使用。

   亀戸餃子はキャベツ主体か。私は白菜の方が肉と渾然一体となった餡になり好きなので、そんなに高評価ではない。
 三大餃子都市は、宮崎市、宇都宮市、浜松市。“ちびっ子鉄道博士”と私が呼ぶ外孫5歳児が新幹線『つばさ』が好きだが乗ったことがないと言う。それで早速計画した(日々の躾は親の責任と言い孫に甘々の私は妻娘から“爺ばか”呼ばわりされているが)。
 昨年末、孫好物の餃子、イチゴでも有名であり、昨秋開業のスタイリッシュな路面電車『ライトレール』が走る宇都宮市に爺がエスコートした。地元特産とちおとめのイチゴスイーツとともに『宇都宮みんみん』の餃子を食べたが、「見た目」が麗しく具の野菜が白菜中心で私の好みに合っていた。
   数年前には一人で、(2023年度餃子消費額日本一に返り咲いた)浜松餃子を食べに浜松市に遠征した。駅近くの店で餃子を食べたが、キャベツ主体の為か亀戸餃子と同じ味がしてわざわざ来る必要がなかったかと餃子店をはしごする気が失せてしまったことが覚えている。
 とはいえ、食通の有吉弘行さんが、フジテレビ『有吉くんの正直さんぽ』で、『亀戸餃子』を絶賛していた。仕事を離れて個人的にも『亀戸餃子』を褒め称えている。

 私は、今や国民食と呼べるチキンラーメンが食べられない。バカ舌だとコンプレックスを持っている。アンジャッシュの渡部建さんは仲の良い有吉さんのことを「めちゃめちゃホラ吹き!」と言ってるが、私は有吉さんの評価に従う。
 ハマっ子のソウルフードと言えば、『崎陽軒のシウマイ』か。元神戸っ子の私はあまり食する機会がなく、駅弁でしか食べたことがない。元々餃子が好物で町中華によく寄るが、春巻(とくにエビ春巻)を注文することがあってもシュウマイを頼むことがない。たまたま入店したJR五反田駅東口向かいの町中華『亜細亜』で(餃子はないのかと思い)かなり大粒のシュウマイを頼んだ。初めてシュウマイを美味しいものだと感じた。それ以来、当店に寄れば、塩味の中華丼とシュウマイ2個を頼む。
 ハマっ子にとっては、小さい頃から崎陽軒のシウマイを食べ親しんでいるから、いわば“おふくろの味”なのだろう。おふくろの味に優る物はない。
 名物に本当に不味いと思う物がある。それをバカ舌の私が書くのは営業妨害にしかならないので控えることにする。


  「信じる者は救われる」と言われるが、それはキリストを信じる者か。イスラム教徒には言ってはならぬか。イスラム教徒でも「努力は報われる」とか「努力はウソをつかない」には異論はないだろう。
 「努力は報われる」と私も信じる。私は、天賦の才能がなく、怠惰な性分なのに努力するしかなかった。子供の頃から他人よりややストイックな生活を強いられたが、努力すればすべてではないにしろ人並にはと悟った。人生のゴールに近づいたが、人として生まれた甲斐はあったと思っている。
 フィギュア・スケートの金メダリスト羽生結弦選手は、一番強い人が一番努力しても勝てず、その一方で若い人が勢いだけで勝つときもあり、「努力はウソをつく、でも無駄にはならない」と言ったという。
 頂点を極めた羽生選手は、努力の正解があるという。プロゴルファーも高みを目指してスイングを替えたりする。五輪銀メダリストで2021年だけで8勝もした稲見萌寧選手も球筋をフェードからドローに変え勝てなくなった。苦汁を嘗めたが元に戻すことを決断し日米共催の2023年TOTOジャパンクラシックに勝つ。米ツアーの出場権を得た。
 人気はいまだに高いがアンチも増えてしまった、石川遼選手や渋野日向子選手も努力しているに違いない。早く努力の正解を見つけてほしいものだ。

 私は、物を斜めから見るきらいがあり、“文句たれ”でもあるので、信じることより、信じないことの方がはるかに多い。
 まず、「そば屋の出前」。配達が遅いとの催促の電話があると「もう 出ています」とか適当なことを言う。今は『Uber Eats』、『出前館』など宅配代行が流行る時代、蕎麦屋に直接催促することはないか。
 「健康食品のCMに出る医師」は、私は信じないと言うより信用しない。たとえ著名な医師でも本人が愛用していても。有名シェフの場合は、不信感は持たないが、不快になる。BSで著名シェフのドキュメントかと興味深く観ようとしたら健康食品のCMだと判り臍を曲げる。緑の葉っぱの粉なら豆乳に混ぜて毎朝妻から飲まされている。否、有難く頂戴している。気休めにしか思っていないが。

 「宇宙人の写真」も信じない。無限のような広大な宇宙の中で地球人だけとは思わない。ただ、今メディアに登場する宇宙人は皆地球人に体型が似ている。それが嘘っぽい。
 人間に近い形でないと我々は同じ人として認識することが難しい。気づかないだけで既に地球に来ていたとすれば、高度な文明の宇宙人であり、地球人が無事に生き延びてこられたとは私は思わない。
 「妻の正直に話してくれたら絶対怒らない」も信じることはできない。信じては酷い目に遭うこと間違いない。
 高校の大先輩・俳優故高島忠夫(本名高嶋忠夫、ヴァイオリニスト高嶋ちさ子さんの伯父)はモテモテだったのに妻(元タカラジェンヌの寿美花代さん)一筋。聖人と言え、我々凡人にはマネできない。

 しくじることがあって、半分浮気がばれた時、妻から「正直に話してくれたら・・・」との言葉を信じる凡人は皆無では。「遊び」で夫が他の女と体を合わすのは、我慢できない妻と「まったく!」と言って我慢する妻に分かれる。「浮気」で心も合わすなら、妻は皆怒髪天を衝くに違いない。

 妻は信じたくない。裏切られたと認めたくないのだから、否定し続けるのが正解。芸人のネタのように、ホテルの部屋なら、裸になっていない。裸なら、していない。していたら・・・とあくまでも否定し続ける。妻と離婚する気がなければ。裏で物心誠意を尽くして浮気相手と別れるしかない。

 正直に話してその時は許されたとしても、妻はずっと覚えている。年老いたとき復讐される。
 経験者が語るみたいだが、私自身は浮気をしていない。正確には出来なかった。30年以上前男性ホルモンが湧きいずる泉のごとくであった銀行員時代に浮気願望はあったのだが、口先だけで如何せん行動が伴わない。

 親しいクラブのオーナーには「マメじゃない」と言われた。モテるタイプでないのに、マメでなければ、ダメとなる。お呼びじゃない。これは紛れもなく真理と言える。
 今は、浮気未経験が幸いし、単なる粗大ゴミではなく憎まれ口を叩く大きなゴミの存在でも、妻から捨てられないで済んでいる。

 私が好きだった昭和モテ男故山城新伍、故竹脇無我の晩年は寂しかったのでは。平成モテ男石田純一氏は大丈夫か?

 政治面では、ロッキード事件の顛末を信じていない。故田中角栄自身が金権体質であったとしても。生涯の師と仰ぎ角栄死後も冤罪解明に奔走した故石井一は、角栄の冤罪を晴らせないまま一昨年角栄が棲む天国に旅立った。誤算があったとすれば、キーマンの故中曽根康弘は先に逝ったが、まさか一回りも年上の故キッシンジャーがこれほど長生きするとは思わなかったことではないか。ロッキード事件の黒幕とみられ解明への最大障壁と言えるキッシンジャーが昨年末百寿で大往生した。真相が明らかになる日が来るのであろうか。
 ウクライナ戦争では、西側の情報を信じなくなった。ロシアからの情報はソ連時代から鵜呑みにはしていないが。民主主義の国であればと思うが、英国の国防省はプーチン大統領の死亡説を流したり、大英帝国の誇りは失ったのかと思う。

 それに乗っかったのか筑波大名誉教授中村逸郎氏に対してはハズレ話だけではなく何ももう私は聞こうとしない。
 同じ筑波大でも東野篤子教授は、ウクライナ、EUが専門であるが、ウクライナの不利な話もきちっと話すので、聞き耳を持つ。失礼ながらNATOにおける日本の広報担当かと思った鶴岡路人氏は、れっきとした学者で慶応大准教授、しかも上記東野教授のご主人。夫妻共闘?して、ロシアと対峙か。
 大国ロシアの研究者は学者を含め多数いると思うが、BS番組に登場しない。親ロシアと思われるのを忌避しているのか、それともテレビ局が呼ぼうとしないのか。

 その中で、ロシアの侵攻時点から話を展開する軍事研究者と違い、笹川平和財団(以下「笹川財団」)の畔蒜泰助主任研究員は、立場上反ロシアだとしても、軍事面だけではなく、ロシアの歴史的、文明的な背景も説明するので参考になる。
 BS情報番組に軍事研究者として出演する防衛研究所の兵頭慎治現研究幹事、高橋杉雄前政策研究室長に対して最初はさすが防衛省直轄のシンクタンクの職員は優秀だと感心した。が、次第に疑問を感じるようになった。
 TVの仕事は、東大で准教授に昇格した小泉悠氏、笹川財団小原凡司上席フェローや軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏などに任せるべきではないか。BS番組の視聴者は我々庶民だけではなく非友好国の諜報部員も観ているだろう。公安や諜報部員と同じ立場でないにしろ表に出てよいのか。それもBS番組等になぜ頻繁に出演するのか。防衛研究所として国民に戦争への覚悟を求めているのか、あるいは政府からウクライナ支援の正当性を国民に説明するよう指示されているのかと。

 それで、その疑問と懸念を昨年4/1アップの2023年5月号NO.189(タカハVSタカハシ)に記した。
 それから1か月も経たないうちに、週刊誌『FRIDAY』が高橋氏から既婚女性に卑わいなメールが送られたとのスキャンダルを報じた。私は、銀行員時代浮気願望があり偉そうなことを言える立場にないが、それでも社団に移ってからは身を律していた。報道が本当なら、「英雄色を好む」とはいえ「色事」に行動を起こすとは。高橋氏の置かれた立場を考えれば、またそれを抜きにしても、今はAVがありそれを煩悩の捌け口に止めるべき。それなら、賢くても所詮ただのオスかと妻に思われるだけで、妻を傷つけることもないだろうに。
 8月になって高橋氏がTV出演できない部署に異動になった。不倫ではないから(それならより悪質とならないか?) 今後の予防措置として異動させたと言うのか。
 民間のサラリーマンとは立場が違う。非友好国からのハニートラップのターゲットとして狙われるかもしれないから即刻異動させるべきではなかったか。過去も女性問題があったという報道もある。なのに優秀な人材をあわや失いかねない事態を招いたのであれば、TV局からいいように利用されること含めて、防衛研究所自体のガバナンスの問題ではないか(文藝春秋2月号の『霞が関コンフィデンシャル』は現所長が上がりではなく栄転するかもと予想する。その機に真に国を護るにふさわしい国のシンクタンクとしての見直しを)。

 最後に、最後なのに読者にとって犬も喰わない話だが、私が一番信じないことは、妻が「私を嫌いだ」と言うこと。

 私は結婚して42年一度も妻を嫌いと言ったことがない。なのに、何かにつけて私を嫌いと言う妻は、嫌いと言って、すぐ大嫌いと言い直す。「女の大嫌い」は意味が違うと私が言うと、大きな勘違いをしていると妻は言い返す(5/10アップ予定2024年6月号NO.209「ひるてんどんVSひるあんどん」を読んだ人は妻に軍配を上げるか)。
 それでも、大月みやこさんが『乱れ花』で「愛する気持ちとおなじだけ ニクい気持ちがつのります」と唄っているが、「可愛さ余って憎さが百倍」かと思い直す私は、おめでたくできている。老いがさらに進んでも鬱による介護負担は妻にかけないで済みそうだ。
 (次回206号は3/10アップ予定)

2024.3 NO.204  ひまり VS ひま
 新年を迎えたのに、常日頃能天気な私が、無常を感じている。昨秋より10/8故谷村新司(74歳)、10/18故もんたよしのり(72歳)、10/19故大橋純子(73歳)、12/30故八代亜紀(73歳)と、同世代の人気歌手が次々と亡くなっている。
 華やかな舞台でスポットライトを浴び大勢の観衆に感動を与え、歌手自らもドーパミンを全開させ快感を得る。その一方でストレスが体を蝕むのか。数十年も続くのであれば。

 私はまだ遠い先のことと高を括っていた「臨終」が身近に感じてしまう。
 元日に能登地震が発生した。被災地でなくとも我々もお屠蘇気分が吹き飛んでしまった。
 私は本ブログ2012年3月号NO.9(「アダムとサダム」)にて「平成7年に起きた神戸の大地震のときには、神戸に地震が起きるなど44年神戸に在住して一度も聞いたことがなかったこと。自分自身は前年の平成6年に神戸を捨て居を東京に移したことを負い目に感じたことから、やり場のない怒りがこみ上げた。地震で壊れた生田神社をTVで見て、神社に八つ当たりし、もう浅草寺・神社をはじめ初詣ですらどこにも行っていない。」と書いている。
 今回の能登地震でも神社が壊れていた。荒廃からの復興のシンボルは欧米なら教会か。日本なら神社ではないか。無論民家もそうだが神社も壊れないで欲しいと思う。
 29年前の1995年阪神・淡路大震災(M7.3)以降、M6以上.の大地震は、2004年新潟県中越地震(M6.8)、2005年福岡県西方沖地震(M7.0)、2007年能登半島地震(M6.9)、2007年新潟県中越沖地震(M6.8)、2008年岩手・宮城内陸地震(M7.2)、2011年東日本大震災(M9.0)、2016年熊本地震(M7.3)、2018年大阪北部地震(M6.1)、2018年北海道胆振東部地震(M6.7)、2021年福島県沖地震(M7.3)、2022年福島県沖地震(M7.4)、2023年石川県能登地方を震源とする地震(M6.5)、2024年能登半島地震(M7.6)。2021年以降毎年大きな地震が起きている。嫌な予感も。杞憂であれば。
 日本は地震列島。どこにでも起こりうる。まだ地震予知はできない。予知できるようになっても止めることは現代科学では無理。日本は火山列島でもある。天災は日本人に課せられた宿命と思うしかない。
 能登の被災状況をみていると、イスラエルの攻撃を受けるガザ地区を思い起こす。石造りと木造の違いはあれど。
 地震の為ではないが、戦前広い領土を求めて満州に進出したが、結局戦争により満州は失った上米軍から日本の各地に大空襲され、広島長崎に原爆を落とされ、大地震以上に日本は焼野原となってしまった。
 「天災」から逃げられない日本は、事前の備え・避難体制やスクラップ&ビルドを背負わされている。その費用は天は支払ってくれない。もちろん奪った命も返してくれない。

 しかし、最大の「人災」と言える戦争は避けることが出来る。天災で苦難を義務づけられたような日本で戦争を口にする者は金持ちかつ強欲な者だけだろう。

 松本人志氏の性加害疑惑も、世の中を嫌な気分にさせる。2019年6月に吉本興行の芸人の闇営業問題が発覚した頃芸能界に関心を持ち、とくに松本人志氏に注目していた。公人及び公人に準ずる著名人を批評するスタンスなので。

 他人様の顔をとやかく言える立場にないブ男の私ではあるが、松本氏は若い頃それなのに女性にモテる顔をしていたと思う。が、数十年経って人相が悪くなった(加齢はあるもその理由が分らずそうは書けなかったが)。相方の浜田雅功氏や明石家さんま氏は変わらないのにと、当時そう思っていた。
 2020年6月臨時号 NO.134「 ボブ VS ボク(2)」において、「松本氏の天才的な所は、当意即妙な切り返し、アドリブにあると思う。だが、思いつきやアドリブなら、ツイッター発言は失言に繋がりやすい。」と記した。続いて、松本氏の営業自粛で生活苦の芸人に対する「上限100万円の無利子貸し付け」に関して、「ただ、その報道がなされた5/4、『善意にケチを付ける人達がいます。あーほー』と松本氏はツイートした。それは、松本氏を支持するネット民が言うことであって、本人が発してよい言葉ではない。才能ある若手芸人を助けたいとの一心なら、他人の評価なんかに動じないハズ。世にインパクトを与えた有徳な功業を成そうとする時に、そういう発言を軽々にするから『善意の衣の下に名誉心・権力欲という鎧が透けて見える』と言われかねない事態を自ら招く(それこそある程度の実績を残さねば、その時は何を言われるか分からない)。長年ボランティアをし続ける俳優杉良太郎さんは、売名行為だとの心無い声を浴びせられてきたが、「ああ、売名行為ですよ。みなさんもなされたら、どうですか」と言い放つ。」と私は松本氏を叱咤した。
 それから、こう書いた。「人は変わる。と言っても、変わらないように見える人もいる。周りの見る目が変わってもいつまでも本人は変わらない人と言えば、明石家さんまさんだ。さんまさんは変わらない。『みんなを笑わせたい。笑顔にしたい』と言うだけで、それ以上でもそれ以下でもない。浜田雅功さんも、人柄が滲み出た人懐っこい顔は若い時から変わらない。礼儀知らずの若手やぼやぼやした番組スタッフには厳しいらしいが。」と。
 松本氏は権力欲に執着しているのでは。政治スタンスがラサール石井氏とは真逆のようで、安倍元首相ら国の権力者に与みする中で自身はお笑い界の権力者になりたいと思っているのではと私は見ていた。

 時事問題を扱うフジTV『ワイドナショー』にて次第に出演を減らして行ったのも、本人が「同番組内での発言を部分的に切り取った記事が出される」ことを嫌ったと報道されているが、国の権力者らに対して批判するようなことを言いたくないからではと私は見ていた。

 私がどう見ていようと松本氏にとっては「大きなお世話」にもならなかったハズなのに。権力は腐敗する。そして結末を迎える。ただ、お笑い界の権力者松本氏の腐敗が女性問題に現れるとは思わなかった(週刊文春の報道が事実に近いのであれば)。その不明を恥じる。
 松本氏は2009年「出来ちゃった婚」で日テレのお天気キャスターを卒業した女性と結婚した。私もお天気キャスターとして可愛い女(ひと)だと観ていたので、いよいよ年貢を納めるのだと思った。その後も『人志松本の酒のツマミになる話』の中でも、家に帰ったら男物の雪駄があり動揺した(奥さんが趣味の和太鼓の稽古の為に用意しただけ)とか奥さんへの愛情を示す発言もあり、女遊びは卒業していると私は勘違いしていたのか。
 問題となる疑惑が平成15年だとすると娘さんはまだ小学生に上がる前後か。週刊文春の記事が出る前だが、上記番組で、お笑い『おぎやはぎ』の小木博明氏が参加者に「朝帰りする妻から『浮気していい』と言われているが、みなさんならどうします」と問いかけた。松本氏は「浮気する」と答えた。もう一度小木氏から聞かれた時、松本氏は「娘次第やな」と答えを変えた。それが父親心の吐露で本心だと思う。

 娘を溺愛と言われる松本氏は文藝春秋(週刊文春)を相手どり提訴した。思春期の娘さんを思ってのことではないか。だが、娘さんにとって良いことなのか。本人にとっても。

 「当該事実は一切ない」と言っていた吉本興業ではなく松本氏個人が裁判慣れの文藝春秋と闘うというのも、どうなのか。吉本興業は松本氏と距離を置いたのか。

 週刊文春は被害を訴える女性がいると報道しているだけ。飲み会は認めた形の松本氏と証人として出廷する被害を訴える女性(以下「被害女性」)との間で性行為の同意の有無について争われると思うが、密室だけに水かけ論になる可能性も高い。たとえ被害女性が、不利な立場になっても、証人として出廷しなくても、被害女性の言い分を信じるだけの証拠や裏付け調査や他の被害女性たちの証言集めを(本疑惑を報道する「公共性」を充足させる為にも)全社あげて既に対応していよう。週刊文春は負けない自信を持っているのではないか。
 高額賠償請求も、松本氏が裁判に専念すると勝手に休業しただけ。民事裁判では弁護士が出廷し最後の本人尋問時に松本氏が出廷するだけでは。仮に松本氏が勝訴しても名誉棄損でそんな高額は現実的でないと週刊文春側も思っていよう。
 裁判が始まれば、週刊文春側は“花見コウ”に過ぎないと余裕でこれでもかと攻めたて、さらなる娘さんが目を覆う、耳を塞ぐような話が世に出てしまうだけかもしれない。

 安倍派を中心とする政治パーティの裏金疑惑問題は、大山鳴動して鼠数匹で早々と収束したように見える。民間が相手なら何でもありのような東京地検特捜部が。メディアも森本宏・最高検刑事部長(以下「刑事部長」)、伊藤文規・特捜部長のコンビと年末に地方検事も動員しての大掛かりな体制だと国民の期待を煽っていたのだが。
 検察OBは庇う。「政治資金規正法の建付けが、会計責任者の責任を問うことになっており、政治家を挙げるには、法律を変えるべし」と言う。
 事務総長との共謀の証拠が見つけられないのか。『ドラえもん』にとっていい迷惑だが、事務総長たちから、「一生そばにいるから 一生そばにいて」と因果を含められたら、会計責任者は断れないだろう。断れば、罪の重さに耐えきれなかったのか「虹」のはるか上に旅立ったとのニュースが流れるのかも。会計責任者は賢い。就任時に覚悟を決めているハズ。そんなことは検察もハナから予想していただろうに。
 特捜部長時代の森本刑事部長に対しては、奇しくも上述NO.134の次号2020年7月号NO.135(「ひんかく」VSひんいかく)で次のように批判している。
 「その検察は今どうなのか。公権力の私物化疑惑ではなく、一民間企業の権力の私物化を捜査し大山鳴動した事件は裁判の未開廷と日産の業績・株価大幅悪化で終焉を迎える。逃亡したゴーン氏はレバノンからICBMのごとく日産・検察に反撃する。政府関与?の国策捜査の不当性、人質司法の非人道性を世界に晒し、海外メディアは一定の理解を示した。ゴーン氏への捜査、弘中弁護士事務所への強制捜査等における『検察の強さ』をよりはき違えたような特捜部の捜査手法も合わさり『検察の品格』が今問われている。」

 当時『深層 カルロス・ゴーンとの対話』(小学館)を上梓した検察OBの郷原信郎弁護士はゴーン氏の日産「私物化」以上に森本特捜部は検察の権限を「私物化」をした(国連作業部会も「4度にわたる逮捕と勾留は根本的に不当だ」と意見書)と言えるのではと結論づけている。
 このままでは失態と言える森本刑事部長の検察庁トップの芽は完全になくなっただろう。名明石市長から過激なインフルエンサーに変身したかのような泉房穂氏は今すぐにでもと言っていたが、森本刑事部長がトップなることがあるならその時には、検察庁の看板にペンキを投げつける市民がまた現れるのではないか。
 
 暗い世相の中で、心が晴れることもある。
 ドジャースの選手として大谷翔平選手が3/20にデビューする。今から待ち遠しい。今季は打者に専念するので、三冠王になることが期待される。

 チームは強力打線なので打点は100打点をかなり上回るか。ホームラン王、打点王は可能性が高い。
 問題は打率。大谷選手は昨季ア・リーグで自己最高の0.304だが、立ちはだかる高い壁となりそうなナ・リーグの首位打者アラエス選手は何と0.354。昨年のナ・リーグMVPのアクーニャJR選手も0.337と高い。同僚となったフリーマン選手(0.331)、ベッツ選手(0.307)もいる。打率をどう改善していくか、それを観るのも楽しみだ。
 日本人である大谷選手が怪力自慢のMLBスター選手をパワーで凌駕するのは痛快。人格も称賛され、MLBを代表する選手と見られるのは、日本人として誇らしい。

 大谷選手だけではなく、昨年WBCで優勝した日本チームの選手たちも世界から敬仰されている。
 (私的な立場では色々取り沙汰されるが)弱冠21歳の佐々木朗希投手が準決勝・メキシコ戦で先発し3ランを浴びる。敗色が濃くなった7回吉田正尚選手が起死回生の同点3ランを放った時涙目で試合を見つめていた佐々木投手は狂喜し帽子を地面に叩きつけた。170キロ?で肩が抜けたかと思うほどに。
 第二次世界大戦で日本の敗戦が濃厚になった頃チャーチル英首相とルーズベルト米大統領とは、見下していた黄色人種の日本軍のあまりの強さに恐れを抱いていた。チャーチル首相は、日本から武器を取り上げ、アメ(経済繁栄)を与え、二度と歯向かわないようにと考えた。
 天国の二人は、思惑通り日本の政治家は武士から商人(あきんど)になり牙が抜けたことを見て、ほくそ笑んでいるか。
 しかし、日本国民、とくに若者は、80年経っても変わらない。WC、WBC、五輪でも、日の丸を背負えば、皆一致団結し、死ぬ気で最後まで戦う。それを観て、世界は日本人との戦争は避けたいと思うだろう。軍事力を増強するよりよほど戦争への抑止力となろう。

 能登地震の翌日救援に向かう離陸待機の海保機と日航旅客機が衝突した。不幸中の幸いにも奇跡的に18分でJAL乗客全員無事に脱出できた。CAの機転と適格な誘導とそれに従う冷静な乗客(度重なる天災で培われた国民性~助け合い精神と規律性)に世界は称賛した。
 空の船長である機長も今にも爆発炎上の危険の中乗客が一人も残っていないか点検し一番最後に脱出した。

 日本に追い付いた、追い越したと思う韓国の人々も、まだまだと思ったことだろう。
 新型コロナ禍の1年前か長男がJALのマイルを使って航空券を用意してくれてパリに短期留学していた長男ファミリーに夫婦で会いに行った。シャルル・ド・ゴール空港に着き荷物が廻って出てくるのを待っていたらベテラン?女性CAがたまたま私を見かけ「席の下にハンカチを落としていましたよ。少し待っててくださいね」と言って、たかが安物のハンカチなのに忘れ物預り所へ走って取りに行き手渡してくれた。多数いるエコノミー席の一人に過ぎない私を覚えていて親切に対応してくれた。
 少し感動を覚えた私は、2021年2月号NO.146(「トラベルVSトラブル)にて、そのことに触れ、「耐用年数を過ぎた脳コンピューターに『JALはJALでしかない。今後とも乗らない。しかし、女性CAは優秀のようだ』と上書き保存した。」と書いた。
 私は、JALの上層部の姿勢、「親方日の丸」体質に対して偏見があったが、社長が女性に代わる。それも吸収合併された側のCA出身とのこと。JALは変わる、変わろうとしているとの思いに至り、クルーの優秀さも再認識した私は、この度アンチJALを返上することにした。

 天災は嫌いだが、天才は大好きだ。世界が注目する天才少女ヴァイオリニストがいる。HIMARIの名で世界で活躍する吉村陽鞠(12歳)さん。日の光のマリなら「太陽」であり、オーケストラという宇宙で輝くひまりさんを観続ける我々は「ひまわり」(向日葵)と言える。
 父親は作曲家・シンセサイザー演奏家の吉村龍太氏、母親はヴァイオリニストの吉田恭子さんの音楽一家。3歳で弾き始め、8歳の時には国際コンクールで審査員3人全員が満点を出した上あり得ないことにアンコールを意味する手拍子をした。2022年米名門カーチス音楽院を最年少(10歳)で合格している逸材。
 日本には、ひまりさん以外にも、村田夏帆さん(16歳)、服部百音さん(24歳)、五嶋みどりさん(52歳)等の天才女性ヴァイオリニストがいる。夫々のファンがかまびすしい。クラシックに疎い私は、語る資格はないし、優劣に興味はない。
 ただ、私はひまりさんが奏でる音色が好きだし、小さいながら指揮者と共にオーケストラをリードする姿にオーラを感じる。なによりも感心するのは、10歳までに42の賞を獲得しているひまりさんは「コンクールは自分の為に弾くから好きではない。聴衆の為に弾くのが好き」と言う。小学生にてマズローの欲求6段階説の最上位の「利他行の実践」の域に達している(第5段階:自己実現の欲求、第4段階:自尊の欲求)。
 「同じ匂いがする」は悪い意味で使われることが多いので、ひまりさんは大谷選手と同じ香りがする。頭がよく読書好き。ヴァイオリン以外でも積極的に学ぼうとする。
 ひまりさんに限っては「神童も二十歳過ぎればただの人」にはならないと確信している。
 「蛙の子は蛙」という意味では、野田樹潤さん(明日18歳の誕生日)もいる。通称は「Juju」(JUJUは人気女性歌手)。

 並み居る男性ドライバーを従え、F3(時速260キロ)で女性ドライバー初の年間チャンピオンとなった。新幹線の運転手も、同260キロで操縦するが、障害物のないレールの上を走る。3歳からカートに乗るJujuさんは怖くないという。F1ドライバーであった父親野田英樹氏は操縦する適性(才能)は自身より娘の方が高いと言う。Jujuさんは最高峰F1(同350キロ)を目指すらしい。すごい女性が現れたものだ。
 こうしてみると、日本はまだまだ捨てたものではないと思える。喜ばしいことだ。
 問題は、やはり「政治」であり、「政治家」だ。立憲民主党が二大政党制の片方の雄として復活するチャンスが到来した。旧民主党時代の「行政仕分け」みたいなスタンドプレーを反省し、いきなりの政権奪取ではなく、日本の政治を正す為に、真正面から「政治改革」の論戦を挑んでもらいたい。主権者たる国民から強い不信の眼が向けられているのに背を向け、論点ずらしの派閥解散をし、それに乗じて党内で権力争いする、傲慢かつ劣化した自民党に対して。
(次回206号は2/20にアップ予定)

2024.2 NO.203  たいん VS たい
 新年2024年は、日本は元日の能登地震、翌日の地震救援・海保機と日航機との衝突という最悪のスタートを切った。
 新年は選挙イヤーとも呼ばれるが、世界はどうなるのであろうか。3月にロシア大統領選、4月にはインド、韓国で総選挙、11月には米国大統領選がある。

 それに先駆けて、3日後の1月13日には台湾総統選がある。2期目の蔡英文総統は3選が禁じられており、与党民進党は、党首で副総統の頼清徳氏を擁立した。野党は最終的に2名が立候補。最大野党・国民党は新北市長の侯友宜氏が出馬した。台湾民衆党からも前台北市長の柯文哲氏が出馬した。

 昨年10/18付けアメブロ『中国情報ジャーナル ディープな香港・中国・台湾』によれば、「蔡英文政権の路線を引き継ぐ与党・民進党の頼清徳氏が野党各党の候補より一歩リードを保っている。最大の焦点は、支持率が伸び悩む国民党の侯友宜氏が他の野党候補と共闘して野党統一候補が結成できるか。実現できれば一気に野党有利の形勢に逆転できるが各党の思惑があり、まとまらない」とのこと。結局そのとおり、野党は一本化できなかった。
 そうなると、与党の頼氏が有利となるハズだが、11月21日から23日にかけて行った支持率に関する第77回民意調査では、民進党の頼候補は「31.4%」で、国民党の侯候補の支持率は「31.1%」と、拮抗しているという。遠藤誉女史が言うように、民進党副総統候補蕭美琴女史が米国かぶれと不人気に対して国民党副総統候補趙少康氏が73歳と高齢ながら人気があり、副総統候補の人気の差が影響しているのか。

 台湾独立を主張する頼氏が当選すれば、台湾独立へ舵を切るかと言えば、それはNOだろう。台湾の大手紙「聯合報」の世論調査を基にした過去10年間の傾向を見ると、世論は「独立支持」30%、「統一支持」14%、「現状維持支持」50%となるらしい。
 選挙は、「現状維持支持」派の支持を取り付けないと勝てない。頼氏も選挙前から台湾独立のトーンを落としている(独立支持派は不満も)。当選してもねじれ議会も懸念され、台湾独立に豹変できる環境でもない。

 対中融和路線の国民党侯氏が勝利しても、中台関係は雪解けが進むかもしれないが、台湾統一に向かうことは予想されにくい。外省人の二世・三世はもう台湾人としてのアイデンティティを有している。白色テロによる弾圧を乗り越え勝ち得た民主主義社会を手放すことを欲しないであろう。
 従って、どちらが勝利しても台湾は「現状維持」を継続する。台湾が「現状維持」を堅持している限り、中国が武力進攻することはない。もともと中国は戦争下手。中国四千年の中でまともな漢族の国家は、漢と明ぐらいでは。
 中国には諸葛亮孔明の格言がある。それは「賢者は戦う前に勝つ。愚者は戦って勝とうとする」。賢者は、展開しうるあらゆる局面を想定し、自らの有利となるように戦略的環境を操り、その上で最終的な勝利を確信してから戦いに臨む。習近平総書記は愚者と呼ばれたくないから、ウクライナのゼレンスキー大統領のマネ (高い人気で当選したものの政権運営に失敗し支持率が急降下したゼレンスキー大統領は、自らの保身のため、一か八か米国・NATOの支援を当て込んで、核保有大国に対して非核保有小国が無謀な戦争の道を選んだ) はしないだろう。
 孔明の格言もさることながら、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』(ビジネス社)の著者遠藤誉女史によれば、習近平総書記は荀子の「兵不血刃」(ひょうふけつじん; 「刃に血塗らずして勝つ」)を哲理としているという。
 それでも、習近平総書記が在任中に公約を果たしレガシーを残すことに執着するならば、台湾本土を攻撃するのではなく、中国から近い馬祖諸島か金門島を併合することはあるかもしれない。本土から取り残された金門島に人民解放軍が上陸すれば、金門島の住民は、一旦退散はしても、抵抗はしないだろう。金門島は中国の経済頼みであれば。
 それらの島だけでは、米国の防衛ライン(アチソンライン+韓国・台湾本土)に入っていないので、防衛大学校名誉教授の村井友秀氏が『日中危機の本質』(PHP研究所)で言うように、中国本土と近すぎて米国側にメリットもない。米国はあえて戦争しないかもしれない。それだけでも、習総書記にとっては、故毛沢東、故鄧小平がなし得なかったレガシーになるという。

 中国の戦略に影響を与えるウクライナ戦争は、泥沼化の様相にある。戦争が長期化すれば、人口規模、経済力、軍事力に大きく劣る小国が大国に負ける。
 反攻が思うに任せないゼレンスキー大統領はNATOの直接参戦を目的としてウクライナのNATOの加盟を訴える。ラスムセン前NATO事務総長は、停戦の条件を意味しないとして、ロシアが制圧している領土以外、いわゆる西ウクライナをNATOに加盟させてはと言う。それを呑むはずがないロシアのプーチン大統領は、戦争している国は確実にNATO入りできないからとわざと戦争を長引かせる戦略を採るかもしれない(EUへの加盟の話もあるが、それはゼレンスキー大統領への戦争継続させる為の単なるリップサービスか。しかもEUの大統領は任期満了前の7月に辞任するとか。何という無責任さ。もっとも戦争前からプーチン大統領はウクライナのEU加盟には問題視していない)。
 在日韓国人である政治学者姜尚中氏は、近著『アジアで生きる』(集英社新書)で、日本は「兵営国家」「諜報国家」としての韓国と米軍基地のある沖縄が共産主義陣営に対する緩衝地帯となり80年の平和を享受したと触れている。
 NATOの東方拡大に際し最後の砦としてウクライナを緩衝地帯と死守すべく、ロシアはウクライナに侵攻した。ウクライナがロシアに併合されれば、ポーランドはロシアと国境を接することになり、何としてもそれは避けたい。それで積極的にウクライナが支援してきたが、余力がなくなった。さらにウクライナ産穀物の輸入規制をめぐって対立しウクライナと関係がぎくしゃくし出した。
 昨年末のEUサミットでウクライナに対する500億ユーロ(約7.8兆円)の軍事支援について採決も、ハンガリーが拒否権を発動したため、否決された。
 肝心要の米国も、ウクライナの反攻が思うように進まず、ゼレンスキー大統領の汚職疑惑も浮上し、ウクライナ支援に反対する国民の声が過半数を超えてきた。
 そこに来てハマスとウクライナの戦争が勃発し、下院を牛耳る共和党はイスラエルの支援はしてもウクライナへの支援はやろうとしない。
 ウクライナ戦争の雌雄がはっきりしてきた。戦争継続の支援ができなくなるバイデン大統領はバイデン親子のウクライナ利権疑惑の秘密を知るゼレンスキー大統領に引導を渡すことは出来ないか。ロシア、ウクライナ双方と友好関係にある習近平総書記が両国の仲介の手柄をとることを黙認するのではないか(それがなくとも、来年1月にトランプ前大統領の復職なら、そうでなくとも共和党政権に替われば、戦争は終わるだろう)。
 そうした中でウクライナ戦争を終結させるためには、結局ロシアが占拠した東武・南部の4州以外を西ウクライナとしてロシア・NATO双方の緩衝地帯とせざるを得ないのではないか(戦争が続くほど、ロシアの占領する領土が増え、ウクライナは領土だけではなく無辜の住民の命も減る)。
 死活問題であるロシアと違い米国にとってウクライナは所詮“花見コウ”に過ぎない。
 NATO側の支援疲れとウクライナ側の苦戦でゼレンスキー大統領は世界に向けてウクライナが負ければ第3次世界大戦が起きると訴えるが、それは逆。ロシアが負けそうになれば核戦争の危険性が高まる。「NATO側の目的が、ウクライナが勝つことではなく、負けてしまわないこと、そしてロシアを弱らせ続けることだ」と真に理解し、2年前からウクライナ国民が遭っている悲惨な目がわが身に降りかかると発狂寸前のゼレンスキー大統領を持て余し、負けを認めたくないNATO諸国も潮時と思い始めているのではないか。
 ウクライナ内部においても、大統領と軍総司令官が対立し、ク―デターもなしとしない。ウクライナ国民も、戦闘が中止されアドレナリンが治まれば、ゼレンスキー大統領を選んだことを後悔することになるか。いや、もう国民は大統領を疑問視し始めている(ゼレンスキー大統領よりザルジニー軍総司令官の方が国民からの信頼が高いという)。
 
 防衛研究所の高橋杉雄氏は、職員の立場ではなく個人としての意見として、『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか』(文藝春秋)を上梓して、「戦争は始めるよりも終わらせることが難しい」とし、「戦争を始めさせないこと」が肝腎という。日米同盟を前提とし、プーチン大統領のウクライナ侵攻を蛮行とし、いかにロシア軍を撤退させるかを主眼とする立場で、北方領土の返還をライフワークとする鈴木宗男議員とは対極にある。
 姜氏は上記近著のエピローグで(要約すると)「ロシアのウクライナ侵攻を『蛮行』と言うなら、湾岸戦争からイラク戦争、アフガニスタン戦争と、米国の単独主義的軍事介入も『蛮行』に近いと言えるが、それが許されるのは覇権国家としての米国だけの特権だからなのか」と問う。
 私は、近著『問題はロシアより、むしろアメリカだ』(エマニュエル・トッド氏と池上彰氏の対談;朝日新聞社)のタイトルどおり、そう言うトッド氏及び同調する遠藤誉女史等の見方をウクライナ戦争当初から支持している。私に言わせれば「問題はプーチン大統領よりむしろバイデン大統領だ」。
 高橋氏は、米国のバイデン政権はロシアにウクライナ戦争を思い止まる抑止に失敗したと見ている。だが、2014年2月マイダン革命が起こり、親ロ派のヤヌコビッチ大統領はロシアに逃亡し、親欧米派の野党が暫定政権を樹立した。これにバイデン大統領が副大統領時代に関与していたとみれば、話は変わってくる。その親欧米派政権がNATO入りを志向しているのに対抗すべくクリミア半島を併合した。ウクライナ戦争はその延長線上にある。米ロの対立だが、共に毛嫌いするバイデン大統領とプーチン大統領との確執よる戦いとも見れる。トランプ大統領が再選されていれば、ウクライナ戦争は起きなかったであろう。
 プーチン大統領がウクライナに侵攻するようバイデン政権が仕向けたと見るべきだ。ウクライナを犠牲にしてロシアを弱体化させる為に(1950年6月からの朝鮮戦争におけるソ連スターリン党書記長の戦略を逆手に取るように。1950年1月アチソン国務長官が防衛ラインを引くが韓国が入っておらず北朝鮮の金日成首相はスターリンに韓国攻撃を上申した。スターリン党書記は承認するもソ連兵は派遣せず北朝鮮を犠牲にして米国を弱体化させようとした。違いは、侵攻した側の金日成首相から国がボロボロとなり戦争の終結をスターリン党書記長に懇願するも認められず、一方侵攻された側のゼレンスキー大統領が戦争継続を求めるも米国・NATOに同意してもらえないかもしれないということ)。
 さらに、佐藤優氏等はバイデン大統領がロシアへの経済制裁を通じて天然ガス等をロシアからの輸入に頼る(EUで独り勝ちの)ドイツの弱体化も狙っていると見ている。 
 
 世界一強であるハズの米国の工業力低下の露呈、身勝手な米国に対するグローバルサウスの離反の増進等バイデン政権の失敗の中でも大失敗と言えるのは、プーチン大統領が軍事侵攻の決断するのを促すがごとく、「米国はロシアとの核戦争を避けるために参戦しない」と言ってしまったことだ。

 核の抑止力は、「敵が核兵器を使えば必ず核兵器で報復する。双方破滅する」ということにあるのに。そんなこと言えば、ロシアに戦術核にしろ使用の余地を与えてしまう。それどころか、世界中から、「自国本土を攻められたことがない米国はそれを極度に恐れているのか」と思われてしまう。
 米国はアメリカ合衆国を成立させた1775年からのアメリカ独立戦争(13の植民地とフランスとの連合軍とイギリス国軍との戦い)の勝利以降海外の外国と米本土での戦闘はしていない。2001年の未だに陰謀説が払拭されない9.11事件はテロ攻撃として、「テロとの戦い」と称して、アフガニスタン、イラクで戦争している。
 戦前日本と戦争状態にあったが、日本軍にハワイの真珠湾が奇襲された後、本土攻撃を恐れて疑心暗鬼から西海岸に居た無辜の日系人を強制収容所に押し込んだ。
 日米開戦の末期に日本は風船爆弾(気球爆弾)を飛ばした。米国本土に届いたが、米国は国民がパニックなることを恐れ、それを国民に秘匿した。その為木に引っかかって不発弾を触った民間の6人が犠牲となってしまった。心理的効果は日本の思惑通りであった。
 戦後の核大国米ソ対立においては、戦前に続く疑心暗鬼は  米国内に赤狩りの嵐を引き起こした。
 核攻撃ついて、米国がどの国よりも恐れを抱くのは不思議でもない。核爆弾を落とされた広島、長崎から落とした米国が膨大な資料・データーを持ち帰ったことでもあり、その惨たらしさを一番理解していよう。
 スターリン総書記に利用され朝鮮戦争で悲惨な目に遭い核保有を国是とした北朝鮮のミサイル実験は国というより金王朝存続の為の「盾」でしかない。さらに人民の生活を犠牲にしてまで推し進める核開発の必要性を国民にアピールすることとイラン等顧客にデモンストレーションしているだけに過ぎない。米国が必要以上に過剰反応するのは、危機感を煽り、日本に高額の防衛機器を買わせる為だと思っていたが、それだけではなく、北朝鮮からの自国本土への核攻撃を本気で恐れているのかと私は疑い始めた。
 ロシアもそう見ているのだろう。ロシアの著名な政治学者カラガノフ氏は“核先制攻撃論”を唱え、ロシアがNATOに核攻撃しても米国は核で反撃してこない(戦略核による米本土への報復を恐れて)と見透かす。メドヴェージェフ前大統領も再三米国本土への核攻撃を警告する。プーチン大統領も包括的核実験禁止条約(CTBT)批准を撤回すると仄めかし、実際11月初めに批准を撤回した。
 米国は核が怖いなら通常兵器なら圧倒的に世界一であるので核兵器禁止に舵を切り替えればよいのだが、もう口にすることは出来なくなった。
 北朝鮮はICBMの実験を増やし、米国からの譲歩を引き出そうとするだろう。中国は、400個もない核兵器の増産に走り、米国の5千個までいかなくとも、ある程度確保できれば、習近平総書記は故毛沢東が言ったごとく「核戦争になれば米国2億人が全滅しても、14億人の中国人は全滅することはない」と嘯き、米国を脅すかもしれない。

 台湾有事が起きる一番の不安要素は、米国と言える(文藝春秋2023年12月号への寄稿『米国はすでに敗北している』にて“知の巨人”と呼ばれ親日派でもあるエマニュエル・トッド氏はバイデン民主党政権を「バイデンという老いぼれに率いられた子供っぽい集団」とこき下ろしている)。
 ただ、サウジアラビア(以下「サウジ」)とイランと間を仲介した中国に対抗して、バイデン政権によるイスラエルとサウジの仲介(着手はトランプ大統領)をしようとしていることよりとり残されるとの危機感も要因の一つとして、ハマスのイスラエル攻撃を招き、ウクライナだけではなく、イスラエルも支援せざるをえなくなった。当面の間台湾有事の危険は去ったと見られる。
 しかし、米国は、自国さえ攻撃されなければ、機を見て世界での覇権国の座を死守すべく台湾有事も辞さないのかもしれない。米国が目に見える形で今後も台湾に軍事支援し、中国を挑発していこう。中国通の遠藤誉女史が、「米国は中国が世界一の経済力・軍事力を有する前に叩きたいと思っている」と見ているように。
 米国の思惑どおり中台軍事衝突すれば、米国は軍事介入はしても(米国本土への反撃を受けないよう)中国本土への攻撃はしないだろう。中国が日本に戦術核にしろ核攻撃すれば、米国は反撃せず、日本を見捨てるかもしれない。日本は、“アジアでのウクライナ”と化し、国土は荒廃し、大勢の住民に死傷者が出てしまう。1945年当時の日本の二の舞に。
 
 日本としては、戦争を始めさせないためには、米国の挑発行為を止めさせることが必要であるが、今の日本でそんなことできるのか。
 米国と同盟国の英国スナク首相は、オスロ条約に加盟の立場から米国がウクライナに米国製クラスター弾を供与することに反対した。米国が意に介さないとしても英国の姿勢を世界に示した。同じく条約に加盟しているのに日本の岸田首相は、米国の供与に反対する意向も示さず悪びれた様子も見せず追認するだけ。
 日米同盟とは名ばかりで、実際は日米安保関係でしかない。ただ、属国でも主権国家であり、日本の国益を守らなければならないが、昨年6月頃バイデン大統領が、日本の防衛費の大幅増額とウクライナ支援に関し、「私が説得した」と発言した。慌てて日本は誤解を招くとして訂正を求めたが。黒田前日銀総裁は日銀の独立性を捨ててまで安倍政権に追従したのに、「日銀は政府の子会社」と安倍元首相に言われたのと同じ。「それを言っちゃ、おしまいよ」みたいな事を言われてしまうのは、ただ歓心を買おうとするからだ。最後は兄の米国に従わざるをえないとしても弟のファミリーの為に弟は言うべきことを言わなければ、単に舐められるだけに終わる。
 日没する米国と日出ずる中国との覇権争いの中で、グローバルサウスの小国たちは米国に頼ってればいいとはもう思っていない。TVドラマ『家なき子』で安達祐実さん扮する主人公は「同情するなら金をくれ」と言ったが、その小国たちは「介入するなら経済支援してくれ」と米国に言いたいのであろう。米国内で国民が分断されてしまっているのに拘わらず上から目線で民主主義、人権を押し付けてくるが、ハマスとイスラエルの戦闘でダブルスタンダートがより明確になった身勝手な米国よりも、罠かもしれないが有難迷惑なことを言わず経済援助してくれる中国にシンパシーを感じるだろう。

 グローバルサウスの大国であるインドやサウジは、表舞台に登場し全方位外交により世界への影響力を高めている。その中で、日本は退潮する米国の属国と見られていては影響力の低下は避けられない。
 私自身は、日本がまだ貧しかった中学生の頃、米ドラマ『ハワイアン・アイ』(日本1963年~66年)で、ホノルルの楽園、スポーツカー、コニー・スティーブンスさんの可愛さを観て、米国は天国かと憧れた。長じてもそれは続き、本ブログにても同盟するなら米国しかないと書いてきた。しかし、トランプ共和党政権よりもひどいバイデン民主党政権の誕生により、憧れ・敬意は幻滅に変わった。大統領が代われば、また尊敬できる米国に戻るのであろうか。
 人口の長期的減少、経済力の低下もありこのまま米国の属国に甘んじて生きていくのか。それとも属国からの離脱を模索するのか。その為には何をすべきなのか考える、そんな時期に来ていると思う。
 テレビによく出演している自衛隊OB、国の軍事研究者は、日米同盟を前提として国防の在り方を考える。国の方針を決めるのは政治家であり、政治家がそれを怠っているなら、それを批判するのがメディアの仕事である。ウクライナ戦争の戦況だけを語る自衛隊OB、国の軍事研究者だけが活気づき、それをBS情報番組が加油していると映るのは、国として健全と言えるのか。

 “環境破壊”の20世紀の遺物であるべき核兵器がゾンビのごとく復活してしまった今、上述トッド氏は著書で再三日本も核武装すべきと提唱する。
 北朝鮮は朝鮮戦争後大国は信用ならずと核で自国を守ろうと核開発を国是とし、今は米国も簡単に手出しできない。ウクライナはソ連崩壊から独立する時経済的、技術的問題があったとはいえ大国たちを信用してロシアに核を返還してしまい、ロシアに攻め込まれてしまった。
 核廃絶が理想であるが、現実は反対の方向に向かっている。国防面だけではなく属国から抜け出すためにも、日本においても一番の方策かもしれないが、トッド氏も日本が核武装できる方策は示していない。氏もそれが極めて難しいことを理解しているのだろう。
 唯一の被爆国として核廃絶を求め(実態は核保有大国の既得権を守っているだけだとしても)NPTで核保有国と非核保有後の橋渡しをしている。それを無視しても核実験する場所がない等日本が核武装できる可能性は極めて低い。
 現時点では日米同盟しか選択肢しかないのであれば、弟である日本が兄の言いなりになるのではなく、中国とも友好関係を築き、日本の国益も米国に主張しうる「愚兄賢弟関係」であるべき。そのためには、(21世紀に入って続いている)歴史観・国家観のない世襲ボンボン議員の首相であってはならない。
 AIに依存すれば、人間は考えることを止め人間は劣化すると言われる。その前に日本人は米国依存(隷属)で劣化している。それもトップから。魚が頭から腐るように。

 2023年度からの5年総額43兆円(同じ機器を買うだけでも円安で50兆円を超えるか)の防衛費(計画から積み上げられたものではなくトランプ大統領に安倍首相が約束し、そのツケを岸田首相が払うだけか)が年間だけで30兆円の国防費を持つ中国に対する抑止力になるとは思えない。むしろ中国を挑発することになるのでは。
 矢部宏治氏の『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)を読むと、米国にもの言える首相に代わっても米国が台湾有事を起こすのを日本が反対することはまず困難と思える。「遠い親戚より近くの他人」ではないが、隣国中国に挑発にのらないよう働きかけするしかない。それが日本が採る最善の策だ。
 戦後55年体制にて与党自民党は米国、野党第一党の社会党は中国と友好関係にあった。今自民党の軍国化に一定の歯止めをかけているとはいえ追認している以上は平和を標榜する公明党の存在価値は薄れていく。池田大作名誉会長が亡くなった。もう何が何でも与党にいる必要はないのでは。国民民主党が加われば、なおさらに。
 門外漢ではあるが、故池田の「平和外交路線」の遺志を継ぐのが党としての生き残れる道ではないかと思う。さらに世襲議員が少ない公明党は、「世襲廃止」「国会議員の削減」をアピールすれば、学会員以外からも支持が得られるかも。
 公明党は、同類と思われるのを由しとせず、パーティ券裏金問題で自民党を厳しく批判する。前々から国交省利権の独占を巡って苦々しく思う自民党がいよいよ業を煮やし、公明党が切られることもなしとしない。その前に下野し“雪駄の雪”の汚名を雪いでは(今のままでは中国に相手にされない)。
 小選挙区からの撤退は慌てなくてもいつでも出来る。安倍一強の後遺症にて旧統一教会問題、パーティ券裏金問題で自民党の足元が大きく揺らいでいる。一小選挙区2万票を軍資金として、「世襲が諸悪の根源」と言う野田佳彦元首相が再注目され始め、地に堕ちた評価も底を打った立憲民主党と連携しては。旧社会党の果たした役割を担い、中国に自重を求め、不幸にして戦闘に及んでも日本の民間人に対する攻撃はしないよう働きかけるべきではないか。
(次回204号は2/1アップ予定)   

2024.1臨時号 NO.202  ヨミ VS ヨ
 本号では、"令和の歌まねヒロイン"と呼ばれる、人気ものまねタレント『よよよちゃん』ではなく、韓国の歌姫『YOYOMI』(요요미、ヨヨミ)を紹介する。
 ヨヨミさんを知ったのは、日本でもファンが多いトロット(韓国演歌)歌手桂銀淑さんがちあきなおみさんの名曲『紅(あか)とんぼ』をカバーし唄っているのを昨年youtubeで視聴しているときだったと思う。偶々彼女の動画を目にした。
 ヨヨミさんは、2013年18歳の時にトロット歌手としてデビューするも芽が出ず、2018年に再デビューする。まず本業の歌手より内外のヒット曲をカバーしたユーチューバーとして人気が沸騰。この辺は日本の長山洋子さんに似ているか。 

   長山さんは、演歌歌手としてスタートするハズだったが16歳では演歌はまだ早いと1984年にアイドル歌手としてデビュー。1986年にカバーした『ヴィ-ナス』がヒットし人気歌手に。1993年満を持して演歌歌手として再デビューした。
 ヨヨミさんは、現在29歳だが、キュートなルックスと愛らしい歌声で、年齢より若く見える。演歌は40歳を過ぎてから、色んな人生経験を積んでからでもよいのでは。桂銀淑さんほど「山高く谷深し」は必要ないが。
 ファンが多いオジサンたちから“中統領”(中年〔たちにとって〕の大統領)と呼ばれるヨヨミさんは、歌が上手いだけではなく、踊りながら歌える。トロット、ダンス、R&B、バラード等何でも歌いこなし、英語、スペイン語、中国語、日本語等外国語の発音も苦にしない。
 次々にyoutubeにアップするところを見ると短期間で振付や歌詞を覚えられる。物覚えが速いのは記憶力が秀逸なのだろう。シンガーソングライターであり女優でもある。なんでもこなす天才肌のヨヨミさんは、世界とはまだ言い難いが韓国歌手界の“女大谷”と言っていいだろう。
 本家の大谷翔平選手は、投手と打者の二刀流だけではなく、外野も守れるし、頭が良いから捕手だってできる(実際投手なのにピッチクロック対策もあるとはいえ自身で配球を決めている)。所属チームだけではなく、野球界全体のことも考える。情に流されず経営者としての資質も備え持つ大谷選手は“野球界の大統領”と言えるだろう。 
 ヨヨミさんの数あるカバー曲の中で、私が「推す」カバー曲をアクセス数が多い順に並べると、下記の通りとなる。

 まだ聴いたことがない殿方は一度視聴されてはと思う(妻に見せたが、「ふん!」と言った切り、関心を示さず)。
새벽비』(夜明け) 視聴677万回
『노바디』(no body) 同236万回
『Despacito』    同131万回
 エンゼルスのチームバスの中で大谷選手も日本語バージョンを熱唱したという。歌も上手いとか。
『Beat It』     同71万回
 故マイケル・ジャクソンのカバーでは『Billie Jean』『Thriller』も。
『When we disco』 同39万回
 『NiziU』をプロデュースしたJ. Y. Park氏のシンガーソングライターとしてのヒット曲。
  

   私はアイドル歌手など若い女性歌手のファンになったのは、30歳で結婚してまもなくの頃20歳前後の松田聖子さんが最後。その聖子さんが海外進出するに向け外人好みのメイクに変えた頃から関心を無くして行き、その後若い女性歌手のファンになったことはない。
 70歳を超えてからヨヨミさんのファンになった。色ボケと思われるかもしれないが、ヨヨミさんが1994年10月8日生まれであることに縁を感じている。
 当時私は20年務めた銀行を辞め、1994年早々社団設立に参画すべくひとり上京した。その年の10月初めから家族5人での生活を再開した。その数日後の10/8に私が好きだった長嶋監督の下で日本プロ野球史上初めてという、同率首位で並んだ巨人と中日が「優勝決定戦」を行い巨人が優勝した。ヨヨミさんが人生の歩みを始めた頃、私は家族とともに東京で銀行員時代とは激変した第二の人生に踏み出していく。
 ヨヨミさんは、下記動画でキャンプ地においてヨヨミママとヨヨミさんを前にしてヨヨミパパ(トロット歌手パク・シウォン氏)が日本でも人気を博した歌手チョー・ヨンピルさんの『傷』を熱唱しているのを観ると、歌の才能は父親から、色白の容姿は母親から、受け継いでいることが解る。
 父親のパク・シウォンさんは、実力があるもヒット曲に恵まれなかったのか30数年無名歌手に甘んじてきた。父親は娘の成功を祈り、娘はそれに応えようと頑張る。娘も父親を盛り立てる為に父親と一緒に舞台等に立つ。

 そして、2020年5月韓国KBSの看板音楽バトル番組『不朽の名曲-伝説を歌う』での芸能人家族6組のバトルでシウォン・ヨヨミ父娘が優勝した。
 その折ヨヨミさんが父の涙を初めて見たと言ったという。この動画(3:23あたり)がそうだと思われる。ハングルは分からないが、ヨヨミさんがアッパ(お父さん)と何度も言っているので父に対する尊敬の念や想いを述べているのでは。
 そんなヨヨミさんの父を思う健気さもオジサンたちのハートをつかむ一因になっているのではないか。
 下記のオリジナル曲でもセクシーな踊りをするが、卑猥さは感じない。爺の私の目からすれば、孫娘が背伸びして演じているようにしか見えない。
 29回目のシングル『위하여』(Cheers)

  

   ヨヨミさんのカバー曲を聴きながら,よそ見して横の縦に並んだyoutubeを観ていたら、「あれ? 韓流ドラマ『夫婦の世界』に出演していた美人女優のハン・ソヒさんでは?」と訝った。色白な美人チェリストのチョ・ユンギョン(조윤경、Yoon Kyoung Cho)さんであった。チョさんも、『CelloDeck』名でyoutubeにアップしている。
 『Romeo and Juliet - Love Theme』
 『Song from a Secret Garden』
 上記の動画を観ていて演奏の優美さに感動するが、如何せん演奏技術はどれほどのものか私には判らない。チョさんの経歴を見ると、9歳でチェロを始め、ソウル大学音楽大学(音楽大学は日本では音楽部。東京芸大音楽部に相当か)を首席?で卒業した。それで「へぇ~」と思い、その後奨学金にてニューヨークのジュリアード音楽院を卒業し、点数が発表され透明性の高いヨハネス・ブラームス国際コンクールのチェロ部門で2位となる。それで「ほぉ~」と唸る。天は二物を与えるのだと理解する。
 私は、クラシックに疎く、バイオリニストもよく知らないぐらいなので、チェリストなど男性のヨーヨーマさんしか知らない。女性のチェリストは全く知らなかった。女性チェリストを探してみると、アジアにはチョさんのような若い美人チェリストが多くいることを知った。
 中国には“チェロのプリンセス”と呼ばれるリ・ラ(李拉)さん、台湾には “天才超絶美少女”と言われ、歌手欧陽菲菲さんの姪にあたるナナ(Nana、欧陽娜娜)さん、日本にはグラミー賞を受賞した松本エルさん、若手の登龍門である2021年全日本ビバホールチェロコンクールで優勝した柴田花音さん達がいる。
 「天は二物を与えず」と言われるが、プロの世界では天から二物を与えられた者が求められる。より聴衆を集め、CDが売れる者を。音楽界では「技量」だけではなく「容姿」も重要。とくにソリストであれば。
 技量が低いのに顔だけで優遇されるのでなければ、後述するルッキズムとは言えない。(私のエンゼルス残留予想は外れ本命視されたドジャースに移籍が決まった)大谷翔平選手に対して日本や米国の野球をよく知らない娘達まで球場に来て「Marry me !」などのプラカードを掲げるのは、野球の才能、飼い犬を愛おしむ優しい心根、高き品格だけではなく、やや童顔のハンサムであることも関係していよう。

 日本でスーパースターの、野球界でミスターと呼ばれる長嶋茂雄選手しかり、ゴルフの尾崎将司選手しかり。

 音楽の国際コンクールで容姿にて点数が加除されることはないだろう。それは学校においても同じ。
 そんな学校の中で「容姿」が問われる学校がある。来月受験シーズンを迎える宝塚音楽学校だ。学校というより野球で言えば2軍と言うべきか。違いは給料をもらうのではなく授業料を払うところか。
 宝塚音楽学校のH.P見ると、ルッキズム(見た目に基づく差別)への批判が高まる中応募資格に堂々と「容姿端麗で、卒業後宝塚歌劇団生徒として舞台人に適する方」と記している。「容姿端麗」と書かなくとも受験生は皆承知していると思うが。
 春先日テレのバラエティ番組での2023年度受験者の悲喜こもごものドキュメントを観たが、某予備校の4人の受験生にスポットライトを当てていた。その内の一人は、中学3年1次試験不合格、高校1年不受験、高校2年1次試験不合格、そして最後の受験機会となる高校3年も1次試験不合格で終わった。合格する40人対し、減少傾向にあるとはいえ多すぎる受験生600人から300人にふるい落とすことが目的なのか、1次試験はレオタード姿で、受験番号、年齢、身長、体重、出身地を面接官に伝えるだけ。その間たった30秒でしかない。容姿を観ているとしか思えない。

 私は、ルッキズム批判の闘士ではないので、1次試験を廃止すべきとまでは言わない。ただ、最大4度1次で落ちる可能性のある現行制度を(私には親心とは思えず)2度1次試験に落ちれば受験資格を喪失する(タカラジェンヌとしては合わないだけ)に変えてはと思う。

 容姿は本人の努力では何ともし難い。ダンス、バレー、歌唱等2次試験に向け青春を賭けて打ち込んできた彼女たちが不憫でならない(彼女たちの人生に無駄とは思わないが)。
 他の3人の受験生は皆1次試験をパスした。皆過去2次試験をパスした経験を持つ。その受験生には1次試験を免除してはどうか。受験資格の中3~高3は女性としての魅力度が年々上がる期間であり、しかもタカラジェンヌを夢みる乙女たちが激太りしたりするようなことは考えられない。
 受験料(1次試験1万円)の減収を問題とするなら2次試験料(3次試験料込み)を2万円から3万円か4万円に引き上げればよいではないか。
 2次試験をパスした2人のうち、一人は高校一年生で視聴者の皆が「この子は合格間違いない」と思うような人で、三次試験の面接で「舞踏が良かったと言われた」と感想を問われたインタビューで答えた。もう一人は高校3年生でたぶん合格できるのではと思ったが「さらりとした形で終わったが」と返答した。結果は舞踏がよかったと面接で言われた高校一年生のみ合格。
 3次の面接の中で合格を暗示するような発言を試験官がするなら2次試験で300人を100人に絞り込んだ直後には40人の合格者がほぼ決まっているのではないか。3次の面接は、旧司法試験のごとく、思想、人格等でとくに問題が無いか確認しているだけなのではないか。
 この一大イベントの模様は他のテレビ局も同様に行っているが、テレビ局にお願いしたい。不合格になりタカラジェンヌの夢を叶えられなかった人々が他の道で輝いている事例の特集を組んでもらいたい。


 宝塚歌劇団のタカラジェンヌのいじめによる自殺疑惑が昨年週刊誌で報じられた。ある意味治外法権とも言える、いわゆる学校では「いじめ」で済むかもしれないが、歌劇団は学校ではない。それが真実なら「犯罪」という言葉が適当だろう。なのに、理事長は、旧ジャニーズを他山の石とせず、事実を認めようとはせず、(それでも潰れることはない)学校の校長のごとく、いじめやパワハラはなかったと言い張る。

 驕れる者久しからずは平家だけを意味しない。6年目の団員からは(実態として拘束があるのに)労務管理が必要としない業務提携契約にしているが、それを労務管理が必要な労働基準局の対象となる労働契約に変更する必要があろう。労務管理から逃げ、結果として先輩団員のパワハラを見てみる見ぬふりとなる体制を変革しなければならない。
 宝塚音楽学校においてもいじめ疑惑が浮上した。人気に胡坐をかいたかのような旧態依然とした体制を見直すとともに、入試も含め運営方針は、修練に厳しさも必要だが「タカラジェンヌにさせてやる」→「タカラジェンヌになっていただく」へ改革すべきではないか。宝塚歌劇団のシンボルである「すみれ」の花言葉は、「謙虚」「誠実」である。

 2019年ミス日本の度會亜衣子さんと同年ミス東大の上田彩瑛さんは共に東大医学部。2020年のミス東大で東大経済学部在籍の神谷明采さんは水着グラビアに挑戦している(ネット上で物議を醸しているが、同じ才色兼備でも、TV『東大王』はよくてグラビアはダメなのか)。

 「天は二物を与えず」は、我々凡人に対しての慰めの言葉に過ぎない。白鳥も水面下では一所懸命水掻きで漕いでいるという話も。無理に漕がなくでも優雅に浮かんでいる。
 しかし、二刀流の大谷翔平選手や将棋の羽生善治永世七冠のごとく、斯界のトップに君臨し続ける人達は、孤高を厭わず見えないところでストイックなまでに努力している。
 「天は汚物しか与えず」としか思えない私のような石ころは、そんな眩しい輝きを放つダイヤモンド対しては嫉妬することはない。偉大過ぎてただただ感服するだけ。ダイヤモンドも磨いているなら、大勢いる石ころ達はもっと磨かなきゃと思うなら、世の中はよい方向に向かって行くだろう。

(次回203号は1/10アップ予定)

2024.1 NO.201  トVS ト(1/2)
 MLBのワールドシリーズ(WS)にレンジャーズが初めて制した。シーガー選手は、ポストシーズン(PS)進出を優先し 首位打者のタイトルを逃すことになったが、WSのMVP(2度目)を受賞し報われた。
  大谷翔平選手が所属するエンゼルスは今季もPSに進出できずに終わった。しかし、大谷選手個人を見れば、アジア人・日本人初のホームラン王と史上初の2度目の満票MVPとに輝いた。まことに喜ばしい。
 今季の二刀流をふり返ると、8月末前後の時点では米時間9月3日で今季バッターとしては最後になるとは思わず、下記の通り最高の成績(カッコ内は実数)を収めると思っていた。
 「600(599;規定打席502)打席、500(497)打数、150(151)安打、100(102)得点、100(95)打点、本塁打50(44)、100(94)四死球、盗塁20(20)」
 打率も0.304と初めて3割を超え、OPSもメジャー1位の1.066(出塁率.0.412+長打率0.654)とこれもはじめて1.0を超えた。打撃フォームが5月半ばぐらいからグリップを少し下げ大きな縦振りをせずコンパクトになりミート率が上がった。左投手には前の右足をオープンにして球を見やすくしたことが、打率向上に寄与したと思われる。
 ルール変更については、大谷シフトの禁止は、さほどプラスになったとは見ていない。ベースが15インチ(約38.1センチ)四方から18インチ(約45.7センチ)四方になった。それは打率アップに寄与したと思う。本塁から一塁までの距離は3インチ(約7.6センチ)短くなり、イチロー選手張りに内野ゴロがヒットになった。一塁から二塁、二塁から三塁の距離は4.5インチ(約11.4センチ)短くなり、盗塁も増え失敗が少なくなった(成功20、失敗6)。
 来季は打者に専念するので三冠王も夢ではない。今季開幕し立ての頃はこんな輝かしい成績を上げるとは思っていなかった。むしろバットを1インチ長くしたのを危ぶんでいた。
 ホームランも開幕からの第1号(米時間4/2)~第10号(同5/18)は全て変化球(スライダー3、カーブ3、チェンジアップ2、シンカー1、カットボール1)を打ったもの。
 カウントを取りに来るストレートを打たなければホームラン数は伸びない。ホームラン46本の2021年のオールスター直前からカウントを取りに来た速球、とくに95マイル(153キロ)以上の速球を仕留めることができていない。

 それなのに、大谷選手が今季よりバットを替え1インチ(2.54㎝)長くした。必要なのは飛距離ではなく、いかに芯にあてることだとして、長くしたことに対して、止めるべきだと批判しようと思った。
 しかし、5/10アップの2023年6 月号NO.191(「さいこう! VSさぁいこう!」)では「より問題である疲れた時の打撃力の低下に対して、バットを長くするのは逆効果ではないかと素人の私はそう思うのだが。常識を超える大谷選手のバッティングが暑く疲れも出て来る7月以降実際どうなるか注目したい。」に止めた。正解だった。ド素人が分かった風な口を利くもんじゃないと嗤われるところであった。
 5月に入るとメディアも速球をホームランできていないと騒ぎ出した。だが、それを嘲笑うかの如く、大谷選手はストレートをホームランしていった。米時間5/20に真ん中高めの94マイルのストレートを弾き返した11号ホームラン皮切りに同8/23の44号までの34本の内13本においてストレートをホームランしていた(内96マイル・154.5キロのストレートが2本、97マイル・156キロのストレートを打ったのが1本ある)。飛距離も長尺が板についてきたのかほとんどが130m以上のビッグフライ。同6/30の30号は150.3mの自己最長を記録した。6月には月間15本を放ち、ジャッジ選手のア・リーグホームラン記録を塗り替えるかと噂された。
 しかし、8月に入ると疲れもたまり、またPS進出に向け相手チームから警戒され四球が増え、8月のホームランは同8/23の44号を最後に5本に留まった。
 四球自体を制限することは難しい。投手はランナーを背負うハンディを負うのでもあるし。申告敬遠は試合時間の短縮、投手への負担軽減が目的に創設された。ただ、敵方監督の一存による申告敬遠が増えれば、打者による長打して打点得る権利が阻害されることがクローズアップされてくる。
 大谷選手に対する申告敬遠(メジャー最多21回)は、米時間7/28ブルージェイズ戦でエースのガウスマン投手がゲームの初っ端なに大谷選手にソロホームラン(39号)を打たれただけなのに、お山の大将なのかチャップマン選手が格下?(メジャーでの選手出場経験がない)新米監督に「なぜ勝負する!?」と皆が見えるベンチの中で抗議したことより、翌試合より申告敬遠が増加した(ただ、残り5戦となってもPS進出が決まらず大事な米時間9/27のヤンキース戦にてはブルージェイズのペリオス投手が4回先頭打者に4連続ボールで四球を出し、次のジャッジ選手にストライクを投げ本塁打された。初球のストライクを狙われるのは分かっているのに。それを仕留めるジャッジ選手も凄いが。次の5回の2アウト1塁では申告敬遠したが後続に打たれ2失点。7回の2アウト1塁では2番手の投手が敬遠せず4球同じチェンジアップを投げストライクゾーンに入った4球目をジャッジ選手にスタンドに放りこまれた。チャンプマン選手が怒り狂った様子はない。どういうことか)。
 それに伴い大谷選手のホームランが出にくくなった。ホームランを期待する我々大谷ファンにとって苦々しい申告敬遠を“チャップマン敬遠”と命名しようではないか。
 終盤の米時間9/2のアスレティックス戦では100敗目前の圧倒的最下位のアスレティックスの監督が大谷選手を2度も申告敬遠した(四死球は計3個)。
 申告敬遠は、「当該試合において一打者に対する申告敬遠は1回のみとする」とすべきではないか。

 投手としては、4月においては、MBCの優勝のいきおいそのままに開幕を迎え、実際新人オホッピー捕手と相性も良く、彼とのコンビの開幕からの5試合(米時間3/30~4/21)の登板で、28イニング投げて、被安打8、被本塁打0、奪三振38、自責点2。防御率は4/21時点で0.64とこの調子が続けばサイ・ヤング賞も夢ではないと思っていた。
 ところが、オホッピー捕手が故障し捕手が代わった6登板目(米時間4/27)~19登板目(同7/21)の14試合にて、防御率は3.71まで悪化した。ホームランは18本打たれ、1試合当たり1本以上ホームランを打たれている。18本の内、左打者から9本打たれ、その内スライダーは6本、カットボールは3本。この14試合の前半スイーパーを多投していた。次第にそれを打者に狙われるようになる。スイーパーは右打者には球が体からより離れて行くので良いが、左打者には体に当たってしまう。そんなに曲がらないスライダーでストライクゾーンに入れば、スライダーを狙っている左バッターに外野スタンドに放り込まれる。
 スイーパーはよく曲がるようにやや右肘を下げて投げる。それでは打者に見破られるので、縦振りのストレート、カーブ、スプリットも同じように右肘を下げて投げる。それでは威力が削がれてしまう。
 後半はスイーパーの多投を止めていた。ストレートも多くし、防御率も改善するかと思われたが、19登板日(同7/21)には初めて4ホームランを浴びた(当日孫らと名古屋に遠征中でそんな惨劇を観なくて済んだが)。初めてタイス(サイスとも)捕手と組んだ影響かと思ったが、球が上澄み、155キロ(しかでない)ストレートをホームランされたのであれば、もうこの時点で投手として疲労からの限界を迎えていたのではないかと後からそう思った。
 20登板目(米時間7/27)~22登板目(同8/9)の3試合では、限界が来ている中7/27には初めての完封。8/9には防御率も3.17とさがり、このまま調子を維持すれば、またサイ・ヤング賞も見えてきたと思った。
 この3試合においては、ピッチクロック対策としても季初から大谷選手がサインを出していたやり方を踏襲せず、最初は大谷選手がサインを出すも4回ぐらいから捕手がサインを出すに変えていた。そうなるとタイス選手の方からスプリットを要求するので、この方がよいと思った。
 いよいよ待ちに待ったオホッピー捕手が23登板日(米時間8/23)に復帰した。だか、皮肉にも2回で途中降板し、今季登板の最後となってしまった。

 昨年11/27アップの1月号NO.183 (トラウトVSトラウマ)にて、私はこう書いていた。
「しかし、大谷選手がプレーオフに進出すれば、二刀流としての寿命が縮まる。「神様、仏様、稲尾様」の二の舞になりかねない。ワイルドカードで進出すれば最大22試合(ワイルドカード戦3試合、地区代表選5試合、リーグ代表戦7試合、ワールドチャンピオン戦7試合)も出ることになる。レギュラーシーズンだけでもヘトヘトなのに(最多18勝、防御率1位1.75でサイ・ヤング賞に輝いたアストロズのバーランダー投手もPSでは防御率5.85と疲労と緊張からか本調子ではなかった)。とくに、来季は3月にWBCがある。参加意向の大谷選手は日本代表として凱旋出場する公算が高いが、その影響で来季は例年の9月より早い段階で疲労の影響が打者としての方に出てくることが心配される」と。
 疲労の悪影響を懸念したが、実際投手として故障するとまでは思わなかった。大谷選手は、意欲、前向きな姿勢には底なしではあるが、体力はやはり限界がある。二刀流とワールドチャンピオンとの二兎を追うことはできない。大谷選手が二刀流に固執するなら、既に優勝しMVPとなったWBC出場やPS進出は諦めなければならない。進出できるチームに移籍することは二刀流に引導を渡すことになると私は思う。
 我々は勘違いしていたのだ。何しろ登板の翌日・翌々日にホームラン(タブルヘッターも当日とすれば、44本中「当日」9本、「翌日」5本、「翌々日」6本)するのを見て。他の投手は楽し過ぎではないかと。そうではなく中4、5日程休むのは腕を休める必要があるからだ。
 そうしても、160キロ以上剛速球を投げるデグロム投手は、今季2010年以来2度目のトミー・ジョン手術を受けた。
 肘へのダメージは、投球数の増加や休養不足により、時間をかけて蓄積していくという。大谷選手は腕を休ませるどころか、翌日からも打者としてフル出場してさらに腕を酷使していた。大谷選手本人は気付かなかったとしてもじわじわと肘を蝕んでいたのだ。
 酒豪と同じだ。体に悪いアセトアルデヒトを分解する能力が高く酒量が底なしで二日酔いがないとしても、肝臓には負担となり、腎臓の機能も低下する。他の内臓にも悪影響を与え、免疫力も低下させ、長生きできないと言われる。酒量制限、休肝日が必要なのと同じように大谷選手も出場制限、休養が必要なのだ。
 大谷選手は賢い。ホームラン競争も一部反対の声が挙がっていたが、ホームラン競争やオールスターに出て自身が理解すれば、その後ホームラン競争も、投手としての出場も、していない。同じ轍は踏まないと思うが。

 2024.1 NO.201  トVS ト(2/2)
   大谷選手の二刀流の挑戦は、前人未到とは言えないが、先人の故ベーブ・ルースの領域をはるかに超えている。①規定打席数と規定投球回をクリアした上での②15勝、34本塁打は、MLB史上における不滅の金字塔。

   この記録を破る可能性があるのは大谷選手だけではあるが、二刀流をできるだけ長く継続したいとする大谷選手はもう①には拘らないではないか。
   昨季私も二刀流を目指す選手が増えると思っていたが、今では今後二刀流は増えないと考えを改めた。
 第一に、世界最高峰のMLBで二刀流を成し遂げるには、一人で二人分の働きをするのであるからその体力を維持するには比叡山の修行僧みたいな生活が不可欠。人間としての本能的な3大欲求は食欲、性欲、睡眠欲である。が、体に悪い物は案外おいしい物が多いが、大谷選手は体にいい物しか摂らない。酒もほとんど口にしない。食楽を犠牲にしている。
   性欲は、性欲を満たすことが野球にマイナスになるとまで考えているかは分からないが、少なくとも大谷選手は女性に現を抜かし快楽に溺れる様子はない。同棲しているのは飼い犬だけみたいであるし。
   睡眠欲は、大谷選手にとって快眠を楽しむ権利というより、設定された時間枠の中で体力を回復させるための必要睡眠量をクリアする義務と言えるだろう。寝具に拘り、睡眠データもとるのであれば。筋トレと同じ仕事ではと思うが、大谷選手自身はさらさらそんなつもりはないのであろう。
 MBLの選手は皆野球界の天才であり、高い報酬を得て人気もある。何でも得られる一方でそれに見合う働きをしなければとのストレスもある。その中で3大欲求を犠牲にして大谷選手のように禁欲的な修行僧のような生き方ができる選手がいるとは思えない。結婚しても二刀流の為には家族孝行することも控えなければならないとすれば、なおさらに。
   第二に、近代野球は二刀流を必要としていない。一人で行うゴルフと違い、野球はチーム(DH含めて) 10人で戦う。10人が上手く機能するチームが強豪チームである。100年間二刀流が出現しなかったのは、二刀流は無理との固定観念もあろうが、分業化した近代野球においては必ずしも必要としなかったとういうこともあるのではないか。
   大谷選手のように一人で主力選手二人分(例えば、ヤンキースのコール投手とジャッジ選手)近くの働きが出来なければ、実際には出現しないのでは。出現したとしても、大谷選手ほどの活躍が出来なければ、監督、コーチからだけではなく、中4日を中5日に変更を余儀なくされる投手(サイ・ヤング賞等に不利)やDHを奪われる選手からも、どっちつかずと言われ長続きしづらい。若手銀行員時代組合半専従と企画室調査担当の二足の草鞋を履いた私が双方の部署から責められ組合専従に専念したように。
   アストロズの今季で引退した名将ベーカー監督は、大谷選手をスーパースターを超える“メガスター”と呼び最高の選手と称賛するも、欲しいとは言っていなかった。
   すべての野球選手にとっては、大谷選手は理想であり憧れの的でもある。が、チームにとっては、大谷選手が打者であれ投手であれチームの勝利に大きく貢献してもらえばよいのであって、二刀流に拘る理由はない。

 上記のような状況下で、移籍問題を考えれば、エンゼルスを退団する意見が大勢ではあるが、私はあえてエンゼルスに残留としたい。もうすぐ結果が出てしまうが。
   仮に大方の予想どおりドジャースに移籍したとしても私が大のファンだった野茂英雄投手がかつて所属したドジャースなら文句はない。ドジャースファンもドジャーススタジアムで敵方の大谷選手が32号ホームランを打った時スタンディングして拍手していた。ドジャースファンもドジャース入りを熱望しているように感じた。
 ただ、私は大谷選手が残留を選ぶような気がするのだ。
 第1に、エンゼルスの他の選手も、皆大谷選手が好きで残留を望んでいる。大谷投手が投げるときはトラウト選手を初め皆必死で守っているのが、目に見えて分かる。
 メジャーリーガーなら皆ワールドチャンピオンになりたいと思うのは当たり前。だが、大谷選手はチャンピオンリングそのものが欲しい訳ではない。好きな仲間と切磋琢磨してPSに進み、チーム一丸となって勝ち進んでいくことを望んでいるのではないか。
 大谷選手を慕う若い選手も育ってきた。内野手では、大谷投手と相性がよく、打撃力も期待されるオホッピー(オハッピーとも)捕手。ショートではゴールデングローブ賞も夢ではないネト選手。同じタイプのソト選手は打撃力がつけばネト選手と黄金の二遊間を組める。さらにセカンドもショートも守れる俊足のパリス選手も2Aから上がってきた。1塁にはエンゼルスが今年のドラフトで1巡目、全体11位で指名し異例にも直にメジャーデビューした上デビューから10試合連続安打と28試合連続出塁をマークしたシャヌエル選手がいる。
   外野は2016年ドラフトで全体1位で指名(フィリーズ)されたモニアック選手。先頭打者としてはシャヌエル選手と並んで“切込み隊長”として期待される。将来の大砲と目されるアデル選手も成長してきた。身体能力が高く、足も速いアダムス選手もいる。
 投手では、約170キロの大学最速記録を持つジョイス投手を初め将来性のあるシルセス投手、バックマン投手やソリアーノ投手もいる。
 大谷選手は、エンゼルスに残留し、ネト選手、オホッピー選手、モニアック選手など慕ってくる若い人達と一緒に、愛読する『SLAM DUNK』の世界を野球のフィールドで再現するのを夢見ているのではないか。私はそう思いたい(ネットではネト選手らに大谷選手が熱心に指導しているのは最後の御奉公だとする意見も見られたが)。
 第2に、二刀流への理解はエンゼルスが一番。2018年にデビューするも故障や手術で満足に二刀流ができなかったが、辛抱強く待ってくれた。ラストチャンスであった2021年に大谷選手は二刀流を花開かせた。選手だけではなく、オーナー、GM、マドン元監督に対して大谷選手は感謝の念があると思う。
 来季は投手としてリハビリ期間となるなら、新天地ではなく、なおさらエンゼルスに残留した方がやりやすいのではないか。
 第3に、オーナーの意向。オーナーは球団売却を公言したが、保有継続に言を翻した。私は売却希望額に届かなかったからだと見ている。その後大谷選手がWBCでMVPに輝き、MLBでもMVPになったとすれば、球団価値がさらに上がり、球団売却額はオーナーの希望額超えると見られる。
 オーナーにとっては、売却するまではなんとしても大谷選手を残留させなくてはならない。大谷選手のいない球団売却額を想像するだけで恐ろしい(その割には焦っている様子は聞こえてこない。自信があるのか)。
 FAする大谷選手に必要な金額は10年5億ドル~6億ドルと言われていたが、故障してもあまり影響しないと見られている。1年5千万ドルになるとしても、現オーナーは10年間支払うことは考えていないだろう。(2~3年後)売却すれば、現オーナーには関係なくなるのでは。嫌がると言われているぜいたく税も支払うのではないか。
 MLB通のAKI猪瀬氏も、3年の短期間になるも(名監督に代わった)エンゼルスに残留するのが有力と見ている。その間に球団が身売りされ、新オーナー・新GMに代わるとするなら、それも一考ではないか。
  
 規定打席、規定投球回をクリアしての二刀流は7月末ぐらいに限界を迎える。8月以降大谷選手の都合を中心に試合を回すことができるのはエンゼルスしかないのではないか。
 長期離脱が増えたとはいえMVP三度受賞のトラウト選手もおり打線も揃ってきたのに、語彙の少ない私はこんな言い方しかできないが、大谷選手が思い描く二刀流が許されるのは、そもそも“鶏群の一鶴”状態のチームだ。
 メジャーでは生え抜きでない大谷選手は、どう頑張っても、バリー・ボンズ選手やノーラン・ライアン投手の生涯記録を塗り替えることはできない。大谷選手をOnlyOneたらしめ100年後も伝説の選手と語られるには二刀流を極めること。そのためには、最も二刀流に理解のあるエンゼルスが一番よいのでは。

 二刀流を卒業した暁には、どこでもいい。12年目の途中でマリナーズからイチロー選手はヤンキースに移籍した。大谷選手も狭く左打者に有利なヤンキース球場でジャッジ選手と一緒にホームランを量産しワールドチャンピオンを目指すのもありかと。

(次回202号は12/20アップ予定)

2023.12 NO.200 ブラート VS ブラート (1/2)  
 とうとう200号に到達した。記念号として我が人生を歌とともにふり返ってみたい。
 新型コロナウイルス禍による外出自粛以降、却って妻とスーパーに買い物に行く機会が増えた。仲が良くなった訳でもない。中島みゆきさんの歌を借りて言えば、僕と妻とのあいだには今日も冷たいすきま風が吹いている。スーパーをはしごする妻が、若い時のような体力がなくなり、私に重たい物をリュックに背負わせて先に帰らせる。赤帽扱いしているだけなのだ。
 道すがら、「女心と秋の空」ではないが、機嫌の風向きが変わると7つ下の妻によく注意される。妻は体が細くない(心も狭くなくこれしきで名誉棄損と怒らないが、体重が年齢を超えている。数年後ゴルフのごとくエージシュートすれば祝いたい)くせに細かいことにうるさい。老い先短い私より子供達をもっと指導すればと言うと、「子供達は一回言えば直す。アンタは子供以下!」と追い打ちされる。

 妻が母親に変身していく。私がさらに老いさらえば、私を赤帽から赤ん坊扱いに変え、オムツを穿かすだろう。口答えできるのも今のうちだ。
 
 短くもあり長くもある70余年の人生を振り返ると、濃淡はあるがいつも音楽が共にあった。クラシックや対極にあるジャズではなく、歌謡曲と洋楽(ポピュラー)だが。
 物心ついた頃、母は、ラジオで故三橋美智也の歌を聴き、口ずさんでいた。父は、母が少し似ているからか故島倉千代子が好きだった。それで私も両歌手が好きになった。60数年前の三橋の『りんご村から』を唄う。島倉の『この世の花』は「赤く咲く花 青い花・・」と口ずさむことができる。
 小学校の1年生の頃か、近所の一つ下の男児と一緒に当時流行った故神楽坂はん子の『こんなベッピン見たことない』を真似て、家の2階から上村松園の美人画から抜け出したような若くて綺麗な女性に声掛けし冷やかしていた。4年生までは裏声で歌っていた。今でも同世代の中では声は高い方だ。中学では合唱部に入っていなかったが、動員で声をかけられたりしていた。
 楽器は、音楽の才能がある4つ上の兄が中学に上がる頃(私が小学3年)それまで弾いていたウクレレからギターに替えるに伴いお下がりとしてもらった。左利きなのでウクレレの弦を張り替え仲宗根美樹さんの『川は流れる』一曲をマスターした。しかし、それで終わってしまった。兄はベンチャーズの影響か大学生の頃からエレキギターを生涯の友とし、コロナ禍前は、ハワイアンバンドでスティールギター等を担当し、老人ホ―ム等を慰問したりしていた。
 大学生の頃は社会人の兄がトリオのテープデッキでFM放送から録音したものを聴いていた。兄が独立するまでは兄の嗜好をそのまま受け入れていた。ビートルズ、アンディウイリアムス、グレンキャンベル等をよく聴いた。音楽はすべからく兄のお下がりだった。
 大学に入学した時、受験勉強から解放され青春を謳歌することとウクレレで挫折したリベンジを目的にマンドリン倶楽部に入部した。マンドリンも購入して練習に励んだが、右手ではうまくできず左手で弦を弾かせて欲しいと頼んだ。初心者かつ新参者の言うことなど聞き入れられるハズもなく、結局辞めてしまった。またも三日坊主。それ以来楽器を手に持つことはなかった。歌も歌うこともなく、もっぱら聴くだけ。女っ気のない、麻雀と家庭教師のバイトとに明け暮れる日々となる。
 
 昭和48年(1973年)銀行に入った頃は宴会で歌が始まると寝たフリをしていた。そうもいかないときは「今日もこうして飲めるのは・・・」労働歌みたいなものを歌ってお茶を濁していた。
 兄が独立して別居してからは、自分で音楽を選び始めた。当時フォークソングをよく聴いていた。グレープ、かぐや姫、チェリッシュ、井上陽水さんなど。
 井上陽水さんの『心もよう』を耳にすると、昭和49年(1974年)1月東京に転勤したときを思い出す。初めて親元を離れ新神戸駅から新幹線で上京した。東京駅で中央線に乗り換えた電車の中で私と同じように両手に大きな荷物をぶらさげ地方からと見られる若い女子を見かけた。ともに新宿駅で降り、彼女は東口へ、私は西口へ向かった。不安が期待を抑えつけていたあの日の光景が今でも目に浮かぶ。
 すぐには東京に馴染めなかった。毎日通う新宿西口の青梅街道をまたいだ歩道橋から晴れた冬の日には富士山が見えた。頭の中ではバンバンの『いちご白書をもう一度』が流れていた。
 しばらくして丹波篠山の田舎から僚店に転勤してきた女子行員を好きになった。名前はヨウコ。武道館での故トムジョーンズの日本公演や布施明さんの日劇のショーに二人で出かけた。箱根の『彫刻の森美術館』にも繰り出した。しかし、後述する挫折前のことで本ブログの2013年2月NO.20(「カンオケ と カラオケ」)で触れたが、女々しくてしくじった。結構引きずり野口五郎さんの『私鉄沿線』の歌の世界に埋もれていった。
 人生を通じて、想いを寄せたのは(ほとんど一方的な片思い。妻とは結婚して40年以上経った今でも片思いみたいなもの)、小学校は幼馴染のノリコ(残念ながら亡くなった)。中学校はヨシコ(中学3年に他校へ。以来音信不通)。高校はマドンナとして憧れたマサコ。大学は麻雀が恋人。強いて言えば、小豆島で一期一会したマサコ(姫路の豆腐店を探す勇気はなかった)。銀行員時代は上述のヨウコと妻のジュンコ。

 皆今では珍しくなった「子」がつく姫たち。数は少ないと思うが、一途とも言えないか。堀内孝雄さんの『青春(ゆめ)追えば』のサビ「君想う 君は何処に 平凡でも幸福でいるのか」を聴くと、妻以外の姫たちに想いを馳せる。五木ひろしさんの『そして・・・めぐり逢い』の「『それはよかった』倖せなのか あの頃より綺麗になったみたいだね」と言う年代はとうに過ぎてしまったが。
 昭和53年(1978年)初夏ある長信銀の某行に調査トレーニーとして出向したが、そこで挫折した。だが、つぶれてしまった訳ではない。高校、大学の大先輩でもある某役員からの期待に沿わねばと変なプレッシャーを自身にかけ良い子、優等生のフリをしていた。そのメッキが剥げたら、本性というか眠っていた、我を張る、負けん気も強い自分が姿を現した。後年組合専従になり賃上げ交渉で対峙した、元上司の人事部長は、私を「悪くなった」と評していた。
 言うべきことははっきりと言うようになっただけなのだが、周りからすれば、傍若無人に映ったのだろう。数年前、銀行の本店で一緒だった後輩に20年振りに再会した。私は世間の冷たい風にもあたり少しは変わったと思ってくれると期待した。だが、後輩は当時こんなことを言われたとつい昨日のことのように話し、責められていると感じた。アナの姉・雪の女王エルサほどには周りを凍りつかせてはいなかったとは思うが、時が経っても消し難いほどの我が物顔の振る舞いだったかと思い知らされた。当時妻から「何でも自分の思い通りなると思ったら大間違いよ!?」と度々叱責されていたことを思い出した。
 
 平成の世になると、銀行で責任の一端を担う立場になり、一方でバブルがはじける風雲急を告げていたので、私の音楽は冬の時代に入っていった(平成3年11月フレディ・マーキュリーがエイズで亡くなりQueenの人気が再上昇したのだが、関心を寄せる余裕はなかった。映画『ボヘミアン・ラプソディ』に感動し、Queenへの認識を新たにしたが)。
 それでも覚えていることがある。平成元年に初めて支店長になった折、支店の開設記念日にオーナー然として君臨する老会長(毀誉褒貶はあったが、何十年も全店へ三日に一度は臨店し祝辞を述べていた。誰も真似できない)を迎えて記念行事を行うことがあった。
 それに向け余興として15分ぐらいのビデオを作製した。大柄で美人の女子行員に支店長の私に扮してもらい、支店の活動を劇化した。オープニングに井上陽水さんの『青空一人きり』を使わせてもらった。劇中ビートルズの歌も挿入した。当時私が平日会員だった、日本最高コースレート77.4 を誇るゴールデンバレーゴルフ倶楽部は池とクリークが巧みに配置され景観が素晴らしく、わざわざ西脇までロケしに行った。前の晩に近くの銀行保養所に泊まり三田で購入した松茸を持ち込み皆で松茸入りすき焼きを堪能した。
 ビデオの編集は企画室のビデオ班に依頼した。若い頃企画室に在籍し、各支店に赴きレポーターをしていたことがある(ビデオは全店に配され毎月曜の朝礼時披露される。先輩や同輩から「週のスタートの朝から気分が悪い。頼むからビデオに出ないくれ」とディスられた)、そのよしみで。ビデオ班は、余計な仕事ながら頑張ってくれて、洋画のごとくエンドロールで配役と行員名も流してくれた。今も思い出しては笑みがこぼれるよき思い出だ。
 平成2年(1990年)に再度(今度は支店長として)勤務した新宿支店では、バブルの末期仲良くしていた不動産業の社長(著名な方の御曹司)と何度か歌合戦をしていた。先方はCA上がりの美人社員らを連れて、こちらは若さが売りの女子行員を動員して。私は、『無縁坂』『22才の別れ』『すこしは私に愛をください』とかを披露した。
 銀行を辞めて数年後裁判所から呼び出された。その不動産業の社長から、私が新宿支店長の時に「融資を盾にゴルフ会員券を無理やり買わせた」と銀行を訴えたのであった。

2023.12 NO.200  ブラート VS ブラート  (2/2)
 やむなく裁判所に赴いたら、民事でもあり原告側も被告側も代理人。証人としての私だけが出席し宣誓させられた。実質私が被告みたいであった。挙句に、ゴルフ会員権の無理強いなどしていないと説明していたら、裁判長からYESかNOだけでよいと偉そうに言われ、不愉快千万だった。
 原告の代理人はよくも司法試験に合格できたものだと思える弁護士で、貧すれば・・・と社長の身の上を気の毒に思った。が、美しかった思い出を汚されたので、複雑な思いになったことが今も忘れられない。
 銀行を辞める (経緯は2015年5月NO.47「バブル と ダブル(1)(2)」に記載) 平成5年 (1993年)末前後は、来生たかおさんの『夢の途中』と加藤登紀子さんの『時代おくれの酒場』を交互に聴いていた。『夢の途中』は私のチカラウタで、別れ・旅立ちの歌だが旋律とリズムが自らを高揚させてくれる。大事な行事等に向かう場合にはいつも聴いて自らを奮い立させた。『時代おくれの酒場』では「あーあどこかに何かありそうなそんな気がして 俺はこんなところにいつまでもいるんじゃないと」のサビの所で銀行を辞める感傷に浸っていた。
 社団設立に上京するに向けて不安にかられるときは『夢の途中』を聴いて自らを鼓舞し、感傷的になったときは『時代おくれの酒場』を聴いてひとり涙ぐむ。その繰り返しだった。
 その頃、桂銀淑さんの歌もよく聴いており、『私には貴男だけ』は今ではカラオケの十八番。一番の歌詞は日本語、二番はハングルなのだが、何度もCDで聴いていたので、ハングルの歌詞を諳んじてしまった。数年前韓国に行った折クラブの私付きでないホステスからわざわざ発音が正確と褒めてくれることもあった。それで気をよくし、今ではカラオケでは一番の日本語で歌うところをハングルで、2番のハングルのところを日本語で歌い得意ぶる。酔っぱらうと、どういう訳か、日本語の歌詞の方を忘れてしまう。
 数年前、「桂銀淑(ケイウンスク)さんはもう日本に来られない。口惜しい!」と妻に言ったら、同じようなハスキーな歌声の張銀淑(チャンウンスク)さんがいると妻が教えてくれた。平成7年から日本で活動しているようだ。その頃私は大リーグのNOMO命だった。
 張さんの歌をyou tubeで何曲か聞いてみた。なるほど、声がハスキーで似ていると言えるが、やはり桂さんは桂さんでなければ。ちあきなおみさんの歌をカバーした『酔いどれ船』『紅(あか)とんぼ』を聴くとつくづくそう思う。

 『すずめの涙』で桂さんは「たかが人生 なりゆきまかせ」と唄うが、薬物か、その前のギャンブルか、何がこれほどまでに天才歌手の人生を狂わせてしまったのか。かえすがえすも残念でならない。だが、韓国の人々も天才歌姫を見捨ててはいない。新型コロナ禍前のクリスマスにはディナーショーが行われたという。

 平成6年(1994年)に居も東京に移し、その後2つの団体に所属することになる。最初の社団法人は、異業種交流の場ということではあるが、当社団がなくても世の中が別に困るわけではない。レーゾンデートル、つまり存在意義をいかに確立するかに事務方として終始頭を悩ませた。
 設立当初は会員の意見を聞きながらと楽観していたが。作家が書くテーマが思いつかないときのごとく、何をすべきかを考えて思いつかないのは苦痛の日々だった。せっかく身近にバイトの女子大生がいたのに、カラオケに行くのは忘年会のときぐらい。声帯も筋肉なので衰え高い声が出なくなった。困ったことに、いわば本を読むのが仕事だというのに、本も読む気になれなかった。社団に移る志は本物だったのか?との自己不信に苛まれた。自らの非力さにも。
 こんな状況のとき外部からの委託業務はなんともありがたいのだが、先方都合で打ち切りになるときは本当に身が切られるように痛い。芸能人が長寿番組や帯番組のMCを降りるのを見たときは気持ちを思い遣るようになった。凡人は痛さを知って初めて他人の痛さが理解できる。痛みを知らないボンボンの凡人なら一国のトップになるべきではない。世界幸福度ランキング1位のフィンランドでは万民に教育機会をと実質公立校しかない。そこで将来首相に立つ者も庶民の暮らし、庶民の痛みを知る(とはいえ、首相が若くても、女性でも構わないが、国のトップ自身が庶民と同じ生活をしてどうする。大企業経営者でも時間外や休日の概念はないのに)。
 平成17年(2005年)業界団体も兼務し、平成19年にその業界団体に完全移籍した。業界の発展の為との協会の存在意義があるので、こんな楽なことはないと思った。前の社団で培ったノウハウを駆使し次々と企画していった。問題の実行力は、団体役員企業の社長と社員が叶えてくれた。そうなると、不思議というか根が単純なので、あれだけ本を読まなかった私が長男と競い合うように本を読むようになった。役員達がお酒やカラオケも好きなので、歌う機会も格段に増えていった。個人的にも、某役員とその会社の女子社員、協会の委員でユーミンの旦那さんと大学仲間という人と4名で飲み会&カラオケ会を定期的に催した。私は同じ歌を歌わないようにしていた。You Tubeでメロディーを覚え、一人カラオケで練習した。それでレパートリーが飛躍的に増えることになった。
 
 卒職した現在は、日課(と言うぐらいで趣味ではない)として、新書等新刊中心の読書(勉強)、中国語(苦行で開店休業中)。日課ではないが夕食後安ワインを呑みながら懐かしい歌等をYou Tubeで視聴する。イーグルス『ホテル・カリフォルニア』、ビートルズ『Let It Be』、1990年の映画「ゴースト/ニューヨークの幻」の主題歌『アンチェインド・メロディ』(兄は歌いこなすが、私には無理)は何度も聴く。
 爺の私は、ヒット曲をカバーしたyou tubeがバズり、韓国のオジサンたちから“中統領”<中年(達にとって)の大統領>と呼ばれるYOYOMI(요요미)さんを最近知った。
 彼女は、トロット(韓国演歌)歌手の父親の血を引きトロット歌手ながらホップスを故マイケル・ジャクソン張りに踊って歌える。カバー曲の『Beat It』(英語)、『Despacito』(スペイン語)、『青い珊瑚礁』『負けないで』(日本語)を視聴して分かるが外国語も苦にしない。
 カバー曲『노바디』(nobody)など歌っているときは小悪魔的だが、長年無名歌手に甘んじてきた父親を盛り立てようとする健気さが爺の心を揺さぶる(もう少し詳しい紹介は12/20アップ予定の次々号202号「ヨヨミVSヨソミ」にて)。
 邦曲では、故美空ひばりの持ち歌をソプラノ歌手塩田美奈子さんが歌う『津軽のふるさと』は何度聴いても飽きない。グラシェラ・スサーナさんの『アドロ』を聴くと映画『誰が為に鐘は鳴る』のヒロイン・マリアを思い浮かべてしまう。

 週課(趣味に近い)として劇場での映画鑑賞と並んで一人カラオケを入れている(これだけなら週に野口先生2枚済む。物価高の今はもう少し掛かるか)。カラオケは喉を鍛え誤嚥を防ぐ。認知症の予防にもなる。
 今は『Let It Be』『太陽は燃えている』『明日に架ける橋』等英語の歌やTUBEの『あー夏休み』やサザンオールスターズの『HOTEL PACIFIC』の乗りのいい曲等何でも歌う。女性歌手の歌も、徳永英明さんのカバーから少しフラットに下げて、高橋真梨子さんの『桃色吐息』、竹内まりやさんの『駅』『シングルアゲイン』、沢田知可子さんの『会いたい』等を歌う。
 若い頃見向きもしなかった男演歌も唄う。細川たかしさんの『望郷じよんから』や北島三郎さんの『北の漁場』、鳥羽一郎さんの『兄弟船』等男くさい歌も唄えるようになった。

 堀内孝雄さんの曲もよく唄う。『影法師』は感情移入しすぎて涙声になりそうになる(浜田省吾さんの名曲『もうひとつの土曜日』も)。自身は泣かないで聴衆を泣かせるプロ歌手達は凄い。女性の心を鷲掴みしている。私は胸しか。いや、それもできないか。
 それで、何人かと歌うときは、声量を強調できる歌を選んで歌っている。最近妻と嫁いだ娘ファミリーと娘婿の友人とでカラオケに行ったが、私が、山本譲二さんの『みちのく一人旅』→長渕剛さんの『CLOSE YOUR EYES』→ゆずの『栄光の架橋』(原曲キーではとても歌えないが)→シャ乱Qの『シングルベッド』を歌ったが、娘婿らはジジイがこんな曲歌うのかと声量ではなく選曲に呆れていた(私自身は、肉体的には老いの衰えを痛感するが、精神的には万年青年ではなく万年ガキの如くだ)。
  一人カラオケをするようになってかれこれ10年以上になる。たまには妻と一緒したいのだが。妻は一人がいいと言う。とくに私とは、本ブログ2015年11月号NO.53(「おんなのでふねVSおんなのでぶね」)で書いたように、不愉快になるからと行きたがらない。
 宥めすかして一緒に行ってもらう。ただ、妻も負けてはいない。私が故フランク・シナトラの『My Way』を熱唱すると、「この曲は歌が上手い人が歌うのと違うの?」と悦に入る私に冷や水をかける。妻が故テレサテンの歌で「あなたをこれ以上 愛するなんて わたしには出来ない」と歌いあげると、面映ゆい私は「Wow!」と声を上げる。横目で見る妻の目がバ~カと言っている。
 長いこと歌っていれば、下手でも少しは上達する。自然とビブラートが使えるようになった。ピンボールのような剛速球しか投げない、オブラートに包んで話すことは苦手な私だが、ビブラートはカラオケの機械が褒めてくれる(妻も「ビブラートだけは褒められるね」と認めている)。DAM精密採点DX・Gではビブラート等が加点されるので、点数が出やすい故谷村新司の『いい日旅たち』や大川栄策さんの『さざんかの宿』、青木光一さんの懐メロ『柿の木坂の家』は瞬間風速ながら91~94点が出始めた(より感情表現を重視する最新機器のDAMAiでのマイベストは♭3で歌った加藤登紀子さんの『時代おくれの酒場』の95.329点。95点台はこの曲で2回出たのみ)。私はびっくり、妻はどっきり。最高点96.7点(DX・G『北の宿から』)の妻はDAMAiの方がやや点数が伸びないので、妻の背中が見えてきた。
 しかし、何事も控えめな妻が唯一他人にひそかに優越感を抱く、点数よりも声質に天性を感じる妻の歌の牙城を崩してみようとは思うだけでもいけない。その邪心を妻に見透かされてしまえば、そう遠くない介護(される)生活にアザが絶えないことになるだろう。
 長々と書いたが、読み返して、平和ボケの典型みたいな、なんてつまらない人生だ!と我ながらそう思った。頭の中でNHKのど自慢の不合格の音がカンコンと鳴った。

(次回201号は12/1アップ予定)

2023.11臨時号 NO.199  ろう VS ろう
 屋号で「三代目」が付く飲食店を見かける。築地の寿司店『築地三代目青空』や亀戸の居酒屋『三代目まる天』、錦糸町のワタミ系列の『三代目鳥メロ』や松本市のラーメン店『豊潤らあめん 三代目紀守』とか(ポップス界で『EXILE』の弟分は『三代目 J SOUL BROTHERS』と名乗る)。
 四代目がつく店は、鰻の名店『四代目菊川』のように無くはないが、三代目より断然少ない。数字の「四」は忌み嫌う「死」と発音が同じで避けられがち。日本人は数字の3が好きだと言われている。我らの世代は長嶋茂雄選手の背番号で好きになった人も多いのではないか。
 三代目は隆盛のイメージがある。室町幕府三代将軍足利義満は国王となり、天皇にとって代わろうとしたとも。徳川幕府三代将軍徳川家光は260年の徳川幕府の基礎を固めた。

 歌舞伎の名跡『市川猿之助』も先般亡くなった三代目(猿翁)がスーパー歌舞伎を創作しその名前を高めた。それを継ぐ四代目は、李氏朝鮮王朝の21代英祖から22代正祖へのごとく祖父から孫への道は当初選択肢にはなかったのか、紆余曲折の末三代目の甥(弟の長男)にバトンタッチされた。
 四代目はその名をより高める必要とプレッシャーがあったが、それにたがわぬ活躍を見せた。が、パワハラ、セクハラ、LGBTQの今の世相を代表する問題発覚による一家心中事件を起こし、四代目は猿之助の名に泥を塗ってしまった(自殺するのに薬、ビニール袋を処分したことなどの疑問が残るが自殺ほう助で収束する方向か。故西部邁の場合はいわば善意?の第三者による自殺ほう助。本件は、問題を起こした子による親への自殺ほう助。こんな親不孝はない。公判が始まろうが、執行猶予がつけば復帰が許されるという問題ではないだろう)。
 評論家においては、猿之助の名跡を「止め名」になると予想する向きもある。が、野球の大打者・大投手になされる「永久欠番」と同じで、スーパー歌舞伎で名を馳せた三代目がそれを望まなかったのであれば、三代目の実孫にあたる市川團子が五代目猿之助を継承し地に堕ちた名跡の再興を果たすことになるのか。
 市川宗家と呼ばれる歌舞伎界随一の大名跡である『市川團十郎』においても、十三代も続くも波乱に満ちている。服部幸雄氏の『市川團十郎代々』(講談社学術文庫)によれば、前代未聞の作者と役者との二刀流であった初代は舞台上で初代に不倫を諫められた役者の逆恨みにより暗殺された。17歳で突然後を継ぐ二代目はつらい立場にあったが、市川團十郎家の歌舞伎界における地位を確固たるものとするだけではなく、「江戸歌舞伎」の基盤を作り出す鍵を握っていたと著者は評価する。
 その二代目の養子(初代の高弟の子)が三代目となるが、嘱望されるも22歳で夭折してしまう。六代目も同じ22歳で夭折する。五代目の孫(次女の子)が七代目となり、「勧進帳」を初主演し、「歌舞伎十八番」を制定し、市川宗家の権威を確立するが、天保の改革により江戸を追われる憂き目に遭う。その七代目の長男が八代目團十郎を襲名するが、32歳の若さで自害してしまう。
 七代目の五男(八代目とは異母兄弟)が九代目となる。九代目は明治維新の新時代における歌舞伎の在り方を模索し、新演技術を創始し、かつ役者の社会的地位の向上に貢献したという(反面天覧劇も行われ歌舞伎が高尚な演劇になるに伴い庶民から遠い存在になる)。
 偉大な九代目を継ぐ者がなかなか見つからず59年空いた後九代目の門弟であった七代目松本幸四郎の長男が十一代目を襲名する(九代目の娘婿が歌舞伎役者になるも自他ともに團十郎を名乗ることを許さず、亡くなった告別式に後継者となる十一代目が十代目の名跡を追贈したという)。その十一代目も「海老さま」ブームを起こし戦後を代表する花形役者となるも襲名後3年で亡くなってしまう。
 その孫である今の十三代目市川團十郎は、堀越寶世氏個人の生き方としては大根役者と言える。それが父親、妻の寿命に影響を与えたと私はそう思っている。しかし、歌舞伎役者としては、作家が娘時代十一代目團十郎のファンだったと言う大作家塩野七生女史から月刊『文藝春秋』2023年6月号の中で十三代目の歌舞伎を観て「隔世遺伝だ。主役には“華”のあることが不可欠だが、“美”の中に“華”ある」と千両役者と言わんばかりに称賛されている。
 『世襲 政治、企業、歌舞伎』(幻冬舎)の著者中川右介氏は、「独善的に見える十三代目だが、どこにどんな役者がいるのか、劇界全体を見ており、機を観て抜擢する先見性を持ってもいる。役者の才能を見抜く力もある。團十郎として劇界最高位に立つという自覚があるのだろう」と評している。
 市川宗家を最高位に押し上げた歴代の團十郎の才能と努力を受け継いでいる十三代目は、大いなる“役者ばか”(侮蔑の意味はない)として苦境にある歌舞伎界を牽引してもらいたいと思う。それが天国の二人に対する何よりの供養にもなろう。
 世の荒波を越えてきた歌舞伎界は大衆演芸ではなく高尚な芸術に昇華されセレブ達の贔屓筋に支えられている(ある意味我々一般大衆とは無縁の世界でもあるが)。その中で歌舞伎役者とその子達が不断の精進をしていくのなら、日本の伝統芸能としての歌舞伎が簡単に廃れていくことはないだろう。

 政界においても、政治家も3代目が頂点となるのか。米国のトランプ前大統領はドイツ系移民の3代目。岸田首相は国会議員としては3代目。小泉元首相も同じく3代目。安倍派の福田達夫議員は、国会議員としての3代目。初代は福田赳夫首相、2代目は福田康夫首相。賢そうで見栄えもよい達夫議員も首相になるのかと思ったのだが。
 私は、安倍派が最大派閥であることが日本低迷要因の大きな一つだと思っている。途中で首相職を投げ出した共通点はあるものの安倍晋三元首相と福田康夫元首相は水と油であるからして、政界オンチの私は達夫議員が分派行動に出ると期待した。しかし、旧統一教会問題で、祖父が故文鮮明を褒めたことがあるとは言え、父は関係を持たず、子の達夫議員も関係を持たなかったことから、個人的にはと前置きして「何が問題なのか分からない」と正直に話した。が、大きな社会問題に対して浮世離れした発言として捉えられ、国民にダメな世襲議員と同列の印象を持たれたことは痛かった。
 故ケネディ大統領はアイルランド系移民の4代目。財を成した3代目の父ジョセフ・P・ケネディは駐英大使となり、息子が大統領に上り詰めたが、暗殺された。その後次々と不幸が襲い“ケネディ家の呪い”と呼ばれている。
 小泉元首相の次男進次郎氏は4代目の政治家。岸田首相の長男翔太郎氏も国会議員の4代目となるのか。
 果たして、両4代目に首相になる日が来ることがあるのか。「狂言」においては「主」に仕える召使いの筆頭が太郎冠者、その次が次郎冠者。ともに「主」になることはないのだが。
 その4代目小泉進次郎議員が(政治家が)歌舞伎俳優や落語家と比較された発言に「失礼」だと厳しく指摘したことに対して、6/4の『サンデーモーニング』にて藪中三十二元外務事務次官が新次郎議員を批判したと中日スポーツ紙が報じた。
 藪中氏は「先程の小泉進次郎さんの言葉、僕は失礼だなと思ったのは、歌舞伎役者とか落語家はものすごく稽古しなきゃいけない。ところが自民党もそうですが、小選挙区の時には党の候補。その時の党の候補にどうやってなるかという時に、候補者の親の力、それで世襲ができるんです。ちゃんとその人の資質をチェックしていない。これは問題だと思う」と反論した。

 進次郎議員はこんな話でしか出る幕がないのか、意気込んで発言したのであろうが藪の中からいきなり噛みつかれてしまった。これを世に「藪蛇」と言う。

 私に言わせれば、米国の民主主義は「白人優位」を前提にしている。インドの民主主義はカースト制の上に成り立つ。日本の民主主義に差別はないのか。
 苫米知英人氏は『世襲議員という巨大な差別』(株式会社サイゾー)を上梓した。氏は、政治家一族と財閥家、宮家のほとんどが幾層もの絡み合いで一つの支配層を作り上げている。それが明治維新以降150年続いている。(度重なる問題発言でも政界に君臨し続ける)麻生太郎自民党副総裁を代表例として挙げ、「世襲制は身分制度を作るものであり差別であること」を国民はそろそろ気づくべきと説く。
 故青木幹雄元官房長官の遺志だとして森元首相らが故小渕恵三元首相の娘小渕優子議員を幹事長などにと言っているとネット上に拡散していた。民間の上場企業でさえ、元社長の子弟ということだけで厚遇などしない。したいと役員の間で内緒話することがあっても全社員に聞かれるマネはしないだろう。自民党は中小オーナー企業みたいになってしまった。
 政治家は、進駐軍女性将校が着替えている所を日本人のハウスキーパーの男に見られても何も思わなかったと伝わるように、主権者たる国民を愚民扱いするのか。世襲だけによる重用とその公言を批判しないメディアもどうかしている(もっとも「ドリル優子」の幹事長の話は「エッフェル姉さん」炎上の飛び火で焼失した。それでも適任とは思えないが定例会見のない選対委員長に処遇された)。
 思うに、世襲議員は、公職選挙に必要な、「地盤」「看板」「カバン」を既に備わっている。若くして立候補できる。それだけ再選回数が増え、一般的に大臣の椅子には5回程度当選が必要と言われるが、非世襲議員より早く到達す可能性が高い。さらに世襲議員は血筋をもって信用される面がある。キャリア官僚出身であればそれなりの信用があるが、民間の社長等から政治家への転身は信用を得るには時間がかかる。さらに、小選挙区制に替わった今、公認権で若手議員を押さえつけ、田中角栄のような傑物が頭角を現すことが容易ではない。
 世襲議員でも、有能であればよいが、ダメな世襲議員が多い印象がある(ダメな議員ほどメディアに取り上げられやすい面もあるが)。
 その要因の一つは1996年の衆院選からの「小選挙区制度」に関係していると思われる。上述の中川氏よれば、明治から戦前の昭和までは親子で総理大臣だった一族はない。昭和戦後の首相で二世、三世議員は5人だけで、残り11人は平成・令和の首相だと言う。
 中選挙区時代は、総理大臣までになる大政治家は大半が自分の力で国会議員となり、党内抗争に勝利して総理大臣になったという。中選挙区制度の下では大物自民党議員でも同じ選挙区内で1位当選すべく切磋琢磨していた。小選挙区制の今では、それがなくなってしまっている。
 歌舞伎役者は、親と子の関係では優しいが、稽古舞台にあがれば師匠と弟子の関係となり厳しい。戦後は実子による世襲が一般的で、幼い頃から子を厳しく指導する。とくに市川宗家においては、子は、家督は継ぐことができるが、歌舞伎界の総帥に足る才能と人気がなければ市川團十郎を襲名することは許されない。子も長じるにつれその重責が重くのしかかる。それでこそ、直接の利害のない贔屓筋が支えてくれるというものだろう。
 想像上の獅子の「子落とし」のモデルがハイエナではなくライオンなのはライオンが百獣の王だからであろう。トップに対する心得なのだ。しかし、政治家は、代々世襲の岸田家を見ても、子を厳しく指導しているようには見えない。
 ダメな世襲議員の要因のもう一つは地元の後援会の問題にある。戦後間もなくの頃は地元の利益誘導はそれほど強く求められていなかったという。今の後援会が欲するのは、日本をよくしてくることではなく、自分たちの既得権を維持してくれることだ。後継政治家の能力、人格等は二の次なのだ。
 長男で俳優の小泉孝太郎氏が父の躾は厳しかったが政治家への道を強要されることはなかったと言う小泉元首相は、首相時代世襲を否定していたハズ。だが、次男進次郎議員に世襲した。地元の後援会の要請を無視しえなかったのではないか。
 安倍元首相も、自身は神戸製鋼に骨を埋める覚悟ではなかったか。母方の祖父岸信介も、父方の祖父(反骨の政治家)安倍寛も、父晋太郎も東大法学部卒。国会議員も東大卒が多い。コンプレックスを持つ故晋三は父晋太郎から秘書官への転身を言われるも拒否している(外堀を埋められて最終的には秘書官になるも)。能力や性格をよく知る父晋太郎よりも地元の後援会の方が強く求めたのではないか。
 故安倍元首相のごとく3代目の世襲議員となると、地元に暮らさず東京でボンボンとして暮らす。同じ3代目の世襲議員である岸田首相も広島に暮らしていない。それでは原爆被災者の家族や遺族の気持ちが肌感覚では感じられないのではないか。
 私は本ブログ2018年2 月号NO.85 (「いしば VS いしばし」)こう述べている。
 「週刊ポストで外務省OBの天木直人氏に『もともと安倍首相と政治の方向が違うのに、何も批判しなかったから4年間外務大臣を続けさせてもらった。その外交も外務省の役人のいいなり。政治家としての信念がなく、総理大臣ふさわしい器ではない』と酷評された。手厳しすぎるとは庇えない。9月の総裁選に出馬するのなら、核兵器禁止条約不参加決定の折決然と閣外に去り、広島選出の国会議員としての矜持を見せつけるべきだったと思う。」
 首相になりトップになれば岸田氏は変わるのではと思う私は、いつよりもまして愚かだ。
 思えば、ウクライナ戦争の勃発時に首相が岸田氏というのは不運としか。故石原慎太郎が“米国務省の東京支店”と揶揄した外務省のいいなりの首相でなければ、ロシアと和平交渉をしてきた森元首相、鈴木宗男議員、佐藤優氏の意見を聞き違った対応になったかもしれない。そうであれば、メディアも、ウクライナ寄りではなく中立の立場で、「ウクライナ兵もロシア兵と同じ。戦争は愚かで悲惨だ」と日本国民により再認識させることが出来ただろうに。

 そう思った矢先、ハマスとイスラエルとが戦争状態になった。哲学者サルトルの名言「金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」は蓋し言い得て妙。カタールで優雅な暮らしかと取り沙汰されるハマスの指導者は奇襲の成功によりアラブのヒーローだが、ガザ地区の民衆は悲惨極まりない。

 私は世襲を全く排除すべきとまでは思わないが、世襲、毛並み(血筋)のよさだけで首相になることは避けなければと思っている。中選挙区制時代は、大企業のごとく、派閥間の競争に勝ち、大蔵大臣、外務大臣、幹事長の主要3役を経ないと首相になれなかった。その中では身勝手なこともできなかった。小選挙区制に替わり、中小オーナー企業の世襲のようになってしまった。
 教養・歴史観に裏付けされた信念はないがコンプレックスはある首相たちの辞書には「できない」との言葉は載っていない。安倍元首相はアベノミクスでやっているフリをした(残ったのは、日銀の機能不全と大幅な円安)。

 岸田首相は、煙に巻く「新しい資本主義」を掲げ、経済対策として5本の「課題」を挙げ、やるフリをする。そんなつもりは無くても、そうなるかも。「物価高対策」「持続的な賃上げ」とかは「目的」(課題)に過ぎない。それを成就させる為の「手段」(具体的施策)が経済対策。それが出来てから発表すべきなのだが、それはこれからと言うなら、果たして実効性の高い施策を打ち出せるのか。結局解散総選挙、総裁選対策としての偽減税と疑う向きもある「減税」や「バラマキ」でお茶を濁すだけになるやもしれない。
 賢者でない首相が続き、失われた10年が30年になったが、さらに40年になるやもしれぬ。日本が沈んでいく。
  

 政界では、マイナ保険証への対応でマイナー化したが一時首相にとの呼声も高かった河野太郎大臣(祖父河野一郎副総理、父河野洋平自民党総裁)も例外ではないが、3代目の世襲議員は、ボンボン育ちで劣化している(4代目はさらに)傾向にあると思うが、政界の地位的にはホップ・ステップ・ジャンプするきらいがある。それは日本国、日本国民にとって幸いではない。
 世襲は、一挙に廃止するのではなく、初代の遺志を継ぐ2代目までとする。加えて、中選挙区制度に戻すなど改革が不可欠。その中で、有能な3代目であるなら、違う選挙区で立候補し勝ち上がればよい。老子は「子孫に美田を残さず」と言った。政治家は「孫に票田残さず」と言うべきだ。
 そのような改革がなされるまでは、とりあえず、もう一度(「志」「教養」「気骨」のある)官僚派首相の登場が必要と思っている。同じ官僚依存とはいえ、「官僚主導」では神輿は軽くても問題はなかったのかもしれないが、今の「官邸主導」の政治ではトップは官邸内官僚に我物顔に好きなようにさせない賢者でなければならない。
(次回200号は11/10予定)

2023.11 NO.198  おな VS お
 今回は、「ジェンダー・フリー」の世の中で、日本人としての男と女の在り方を考えてみる。
 ジェンダー・フリーとは、「男と女の違いを強調しない考え方であり、『男らしく』『女らしく』といった社会が作り出した考え方にとらわれず『自分らしく生きる』『性別でなく、個性、個人差に着目しよう』という人間観を育てようという新しい考え方」とネット上に書かれていた。
 私自身翁と呼ばれる歳になり時代遅れなのかもしれないが、女性が性別を理由に差別されることのない社会をつくることに異存はないとはいえ、なんでもかんでもジェンダー・フリーを推し進めることには抵抗感がある。

 例えば「看護婦」と書いて何の問題がある。漢字三文字で済むのに女性看護師と書かないといけないのか。私は人生で三度3週間程の入院をしたがその都度看護婦に感謝した。身の回りの世話は男性看護師でも同じだか、男の私が苦痛なり、不安なりの弱みを見せられるのは看護婦に対してであり、それを包み込み、癒してくれたのが看護婦だったと思っている。医師に対しても当然感謝するが、尊敬に近い。心から感謝するのは看護婦に対してであった。寿命に近づきよりお世話になる機会が多くなると思うが、今後とも女性看護師を敬意と親愛をもって看護婦さんと呼ぶ。
 「婦」という漢字は、阿辻哲次氏の『漢字と字源』(講談社現代新書)によれば、女偏につくりは「ホウキ」であり、ホウキを持つ女性と言う意味であり、しばしば世の女性解放論者から目の仇にされてきたという。それで「看護婦」だけを「看護師」にと大騒ぎして、「家政婦」はTVドラマの『家政婦のミタ』『家政夫のミタゾノ』のごとく変えないのは、なぜか。家政婦はそれで構わないということか。それこそ職業差別にならないか。
 著者阿辻氏によれば、「婦」は、もともとは家屋の清掃ではなく、神聖な場所の清掃に携わるハイクラスな女性を指していたが、一般女性を意味するように変わってきたという。病院といういわば神聖な場所で働く看護婦も看護婦のままでよいではないか。
 「嫋」も、女は弱いとの悪いイメージがあるが、そうではなく、「嫋(たお)やかな」はしとやかでやさしいという女性に対する誉め言葉である。
 しかし、よい意味の漢字は少なく、女偏の悪い意味の漢字がはるかに多い。例えば、「嫉」(そねみ)、「妬」(ねたみ)、「奴」(ヤツ;人を卑しめていう)「嫌」(きらう)「奸」(おかす、よこしま)、「妖」(あやしい「妖怪」)、「妨」(さまたげる)「奻」(ダン;言い争う)「姦」(「かしましい」の訓読みは日本だけ。もっと悪い意味に使われる。「強姦」「姦淫」等)など。「男尊女卑」の影響だとする。
 だからと言って、「嫉妬するのは女の専売特許ではない。女偏を人偏に変えろ!」と言うのは止めてくだされ。「妬」を人偏に変えた「佦」や「奴」を人偏に変えた「仅」も既に違う意味で存在することであるし。
   
 ジェンダー・フリーが関係しているか否か判らないが、女々しい(男に対してしか使わないので差別用語とは思わない)男が増えているのではないかと思っている。私は男が男としての品格を欠く世相を嘆き、2020年7月号NO.135 (「ひんかくVSひんいかく」)でこう書いた。
 「今戦う気概を持ち合わせているのは女性の方だ。木で鼻をくくる菅官房長官に噛みつく東京新聞望月衣塑子記者。日本テコンドー協会における四面楚歌の理事会で命懸けの戦いを挑んだ女性理事二人。時の政権のNO1、NO2を敵に回しても公文書改ざんで無念にも自裁した夫の遺志を継ぐ妻もいる。『女は敷居を跨げば七人の敵あり』に諺を変えるべきだ。」「男女同権とはいえ、フィギュアの“男性元大学監督”が“女性コーチ”をパワハラで訴えた。テレビ局の男は、離婚調停中に他のテレビ局の男と不倫?した妻を正論でもって擁護した女学者を提訴。さらに相手の男のテレビ局をも。理屈をこねても八つ当たりと思われ男を下げるだけ。妻にも結婚したことをさらに後悔させる。『あんな女に未練はないが なぜか涙が流れてならぬ 男ごころは男でなけりゃ 解るものかとあきらめた』と漢・村田英雄の歌を唄って忍べばよいのに。私は女々しいが故に男の矜持、意地を常に意識している。」
 三浦瑠璃女史を相手取り民事裁判を起こしたテレ朝の西脇亨輔氏側の勝訴がこの3月確定した。元々三浦女史が西脇氏を攻撃した訳ではない。
 7/27の週刊女性PRIMEの記事を借りれば、2019年4月15日に週刊ポストにテレ朝の村上裕子元アナの不倫が報じられ、それに対して「そもそも何年も別居し離婚調停後、離婚訴訟係争中の人を不倫疑惑とする方が間違い。(中略)村上祐子さんを朝まで生テレビから下ろすべきではない」(4月23日)「週刊ポストは村上さんの相手が破綻事由でないことも、離婚訴訟中であることも知ってて敢えて隠して不貞行為のように書いたでしょ」(4月25日)とツイートしただけ。

 三浦女史は(男気とは言えないから)義侠心から村上さんを擁護しようとしただけではないか。まさか西脇氏から反撃されるとは思わなかったのでは。

 「プライバシーを侵害された」と言われれば、その点は三浦女史にとっては本筋外で勝ち目も薄い問題に過ぎず、相手の土俵で相撲をとらず謝罪するなり早期に収束させるべきだった。出来ないのは「女の意地」ということか。
 結果として、西脇氏は大いに溜飲を下げた一方で「離婚調停中の妻の不倫は不倫だとしてもそれをもって断罪してよいのか」との三浦女史の(女性蔑視と捉えたか)怒りに任せた本来の問いは売名行為ではないかと世間にも思われてしまった。
 弁護を引き受けた以上橋下徹弁護士側も負け戦と判っていても依頼人の意向に沿って裁判に臨まざるを得ず1345日もの茶番劇が展開されることになったのか。
 東大法学部を出ていなくても、我々庶民も「真実であれ公然と他人の名誉を傷つければ名誉棄損に問われる」ことぐらいは知っている。『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』を上梓した西脇氏、出版社、加えてそれを囃し立てるメディアの意図が、私には理解できない。
 不倫騒動を起こした人気女優広末涼子さんのケースもよく似ている。上記のケースとの違いは妻のプライバシーを晒したのはわざわざ会見を開いた夫の方で妻である広末さんはスルーしている。
 西脇氏(夫の逮捕の件も重なり三浦女史への批判に集中していることもあるか)を擁護、評価する声が多いように、このケースでも夫の言動を好感する声が多い。
 私のように男としてどうなのかとの意見は稀なのか(世の主婦たちの中にはなぜ妻がこれほど離婚を強く望むかが分かった気がするとの声も見られるが)。
 「ジェンダー・フリー」からすると、「女々しかろうがそうでなかろうが、それはその人の個性であり、赤の他人がとやかく言うべきではない」となるのか。
 そうだとしても、問題なのは、多くの大衆がこの二人を支持していると思える現状。それが日本の国民性となってしまうならば、その行き先を私は案じてしまう。個々人の自由と言えども、男は、女は、どうあるべきか、武士道精神のごとく何らかの物差しは必要なのではないか。
 武士といっても若い人にはピンとこないかもしれない。二刀流の大谷翔平選手と思えばよい。野球の為にストイックなまでに自制、努力する。自分のことよりチームの勝利を優先する。FAが近いから適当にやりすごそうとの打算がない。成功しても謙虚。右肘靱帯損傷が再発しても泣き言は言わない。周りを責めることもしない。これが、我々が見習い敬仰すべき現代の侍なのだ。同じ地球人なら私欲のない人はいない。私欲を感じず聖人かと思わせる大谷選手にはなれないが、我々は少しでも近づこうと努力すべきではなかろうか(さらに近著『それからの帝国』の中に書かれている、スターリン時代における日本人に対する畏怖と軽蔑が混ざり合った表現である“ファシスト・サムライ”であるとモスクワ時代からのロシア人の親友に向かって言ったとする、筋を通す佐藤優氏と長い物に巻かれず生涯正義を貫く木谷明元裁判官が私が思う現代の侍)。

 日本は、明治以降“脱亜入欧”から遅ればせながら西洋の帝国主義政策を推し進め、その結果米国との戦争に敗北した。そこで反省したかと言うとそうではなく戦後米国の属国として欧米が模範と盲従してきたが、それで今どうなったか。
 英米の2大政党制を真似しようとしたが、その為の小選挙区制の導入を通じて得たものは自民党の実質一党支配。しかも、中選挙区制時代は、大企業のごとく、派閥間の競争に勝ち、大蔵大臣、外務大臣、幹事長の主要3役を経ないと首相になれなかった。その中では身勝手なこともできなかった。

 小選挙区制に替わり、中小オーナー企業の世襲のようになってしまった。賢者でない首相が続いてしまった。
 民主主義を上から目線でグローバルサウスに押し付けようとする欧米は今そんな資格があるのか。英国はブレグジットで国民が二分し、米国はもっとひどく国民が分断し、トランプ大統領の再登板を阻止する為だけに認知症が疑われる80代の老政治家を再選させようとするのか。そんな民主党とその支持者に私は失望する。
 富国強兵で欧米のマネをすると言っても、欧米の精神的支柱であるキリスト教イエス・キリストの代わりに天皇を置いた。日本は、宣教師が失望するほどキリスト教に入信する者がいなかった。日本人は賢くキリスト教に対して偽善との疑いの目を向ける農民・漁民も多かった。今はキリスト教の祭りクリスマスは祝うが、エクソシストにはカトリック以外の日本人はまるで無関心。
 台湾などアジア各国と違い日本の寺院や仏像が色あせている。色が剝げてしまっている。それを恥じるどころか侘び寂びに通ずる日本の美意識として誇らしく思っているのではないか。
 外国から入ってきても、拒否したり、良いとこどりしたり、日本に適するように手直ししてきた。
 パワハラ、セクハラは許してはならないとは言え、黒人と同じ空気を吸いたくないと平気で言う白人もいる厳しい人種差別の米国のポリコレをそのまま輸入すべきではない。日本においては人間関係をギスギスさせるだけ。日本の美徳“和の精神”を損なうことに繋がりかねない。
 LGBTQの問題に対しても、その権利を認めるのは正しいが、その少数者の為に女性トイレを無くしジェンダーレストイレにして大勢を占めるシスジェンダーの女性が不快な思いをすることが日本で起きることを私は望まない。

 米国のリベラルは理想に向け極端に走りすぎる。日本には馴染まない。

 世界に誇る日本語、日本食、日本人のマナー(大谷選手など選手だけではなくサッカーのファンによるごみ拾い)と同様日本の制度などやり方についても西洋に対してもっと自信を持つべきではないか。
 

 逆に死刑制度を続けていると負い目を感じる必要はない。
 人を殺すことが野蛮であり、死刑制度が野蛮な訳ではない。「目には目を、歯には歯を」と報復がエスカレートすることを戒めたハンムラビ法典にも適う。
 丸腰の黒人を撃ち殺す、黒人を圧死させる白人警官のいわばリンチ(私刑)がまかり通る米国(半数の州が死刑廃止しているが銃殺刑を復活させる州も現れている)は日本を野蛮とは言わないだろう。
 死刑廃止は冤罪の場合取り返しがつかないということにあるが、日本では疑念が残る場合、帝銀事件の平沢貞通死刑囚が長年執行されず病死したように、執行を先延ばしされる。死刑囚サイドから再審請求により執行を回避する動きも少なくない(欧米社会では、「冤罪」もさることながら、キリスト教の「神が人を裁く」の影響が大きいかも。罪人でも悔い改めれば死後赦される。罪人が神に立ち返るか否かを見るためにも死刑にしないように私には思える)。
 最近刃物を振り回し駆け付けた警官たちに向かって「撃ってください!」と訴えた男がいた。死にたいと言いながら飛行機に乗るのは怖いと言う者と一緒で、日本の警官が撃たないことを知っててそれを口にする“困ったちゃん”に過ぎない。が、本当にひとりで死ねないからと交差点に車で突っ込むなど無差別殺人を起こし無関係な人を巻き添えにする男が散見される(女は黙って静かに一人で逝く)。こんな死にたい男には国が死なせてあげるしかないのではないか。
 元カノ(元の彼女)にしつこく復縁を迫り断られると殺してしまう男がいる。彼女に男の見る目がないとは言えない。第一印象や見た目に惹かれるのは男も同じ。最初は互いに辺幅を飾るわけだし。しかし、卵子や出産に限りあるメスの本能か、男以上に女は相手の本質を見抜く。束縛する。嘘が多い。誠実さがない。女や金銭にルーズなど。一旦ダメと思ったら女性の心は揺れ動かない。
 私も20代前半の頃しくじったがやり直せると未練がましく彼女に電話したりしていた。しかし女々しいと愛想を尽かされたのか彼女からきっぱり断られた。それでこちらもきっぱりと諦めた。好きな人にそう言われたらそうするしかない。
 振られたからと身勝手に殺してしまうのは、それも自身はおめおめかのうのうか知らないが生きているなら、そんな「女の腐った」ではなく「男の腐った」奴は死刑に処すしかないではないか。たとえ一人しか殺していなくても。

 それは幼稚な感情論として退けられるのか。無念にも亡くなった人は不公平と声を上げることも叶わない。

 死刑判決を乱発してはいけないが、制度としては残すべきではなかろうか。
 子が親を殺すのもTVのニュースで最近よく目にする。尊属殺人規定を平成7年に廃したのは私に言わせれば間違いである。それで親殺しが増えた訳ではないが。旧規定に情状酌量の余地がないなら、その点を改良すればよいだけではないか。通常の殺人と同様にしたのは最高裁が欧米におけるリベラルの風潮に迎合したと言わざるを得ないのではないか。
 反対に親が子殺す卑属殺人においても通常の殺人よりも厳しく罰するべきだ。育児ノイローゼなど酌量すべき点もあろうが、生活苦からシングルマザー等が小学生等を道連れにするのは、無理心中崩れなのであれば、国が代わって母親を子供のところに送り出すべきだろう(シングルマザーがそうならないように行政の下支えが先決ではあるが)。
 親に子供を育てる責任はあるが、育てられないから道連れにするのは責任をとったことにならない。母が亡くなり、たとえ施設に入ることになっても生きたいか否かは子供の権利。親だからといって奪う権利はない。
 親子の関係は、人間関係の原点。親が子の、子が親の、命を大事にしないで、どうして他人の命を大事にすることがあろうか。

 国会議員に女性議員が少ないことは、世界から批判されるが、恥じる必要はない。恥じるのは、「警察一流、経済は二流、政治は三流」と言われるように「政治」全体が質的向上しないばかりか劣化していることだ。
 日本女性は国会議員に向いているとは言えない。能力が低いと女性蔑視発言をするつもりはない。
 日本女性が世界に誇る美徳は奥ゆかしさ。(最近見かけなくなったが)スカートの裾の乱れもなんのその机の上にあがり乱闘も辞さない覚悟が政治家には必要なら日本女性は尻込みする。
 レイプされたと告発会見を開いた伊藤詩織さんも、女性なら皆自身を支持してくれると思っていたら、年輩の女性からか「女だてらに」と揶揄する声が上がるのには驚いたことでことであろう。
 加えて、正義感は男性より女性の方が、とくに日本女性にはそう思う。権力者への批判に対しても、男性は内心賛同しても支持表明はリスクヘッジが働くのか躊躇しがち。女性はそんなことは少ないように思える。
 日本女性は、きれいごとで済まない政治家稼業より官僚や裁判官、検事、弁護士を目指すのではないか。
 さらに、日本女性は優しい。独ソ戦争の折ソ連女性は自ら銃を持ち女兵士として戦った。終戦前後満州に居た日本からの移民団は攻めてきたソ連軍隊等に若い女性を差し出した。日本女性は皆の命を守る為に従った。終戦後日本とソ連のこの女性達に、都合の悪い男たちは感謝するどころか、汚い物を見るような仕打ちをした。「男の風上にも置けない」とはこのことだ。
 戦国時代戦国大名が負け戦になれば裏門から妻子を落ち延びさせた。勝った武将も敗れた側の妻を奴隷などにせず側室に迎えたりしていた。日米開戦時米国から本土の攻撃が始まる前に妻子は疎開させた。日本では女は弱く守る者とされてきた。それもあって日本女性は優しいのか(世界のほとんどの男にとっては、日本女性の優しさは魅力的。“知の巨人”のエマニュエル・トッド氏も外国人男性と日本女性は互いに相手を立ててくれる最高の組み合わせとの旨を述べている)。

 奥ゆかしさ・優しさは、男から押し付けられた面もないとは言えないが、女としての美徳であり、女の強さとは両立できるものと思う。
 今の日本女性自身も、奥ゆかしさ・優しさ=弱さとは考えてはいないが、もっと強くならなければと思っているのかもしれない。

 芸能界でのセクハラ問題では、米国では人気女優のアシュレイ・ジャッドさんが声を上げれば、より著名なアンジェリーナ・ジョリーさんらが次々と私も被害に遭ったと声を上げる。日本では一人の女優が訴えても他の被害女優はその声に追随しようとしない。勇気をもって告発した女性が却って孤立し自裁してしまうこともある。
 女性個々人が日本固有の「世間体」という壁を越える必要があるが、それ以上に第4の権力と言われるメディアが(故ジャニー喜多川性加害問題のように)「メディアの沈黙」からの脱却を図る必要がある。「メディアの沈黙」は日本の特質ではなく、恥ずかしい後進性に過ぎない。メディア側が「過去はともかく今後どうするかが大事だ」と言っているなら、本気で反省などしない。ジャニーズ帝国の崩壊に国民の目を向けさせるに終始するだけだろう。
 米国のように報道部門とバラエティー部門が独立して活動するようにするなど改革しないのなら何も変わらない。セクハラされた女性を救うためにはメディア内の(男性より正義感やセクハラに対する怒りが強い)女性が先頭に立ち社内改革をやらねば。それがメディア人女性として真に強くなること。男勝りの言動ではなく。今公開中の映画『ロスト・キング 500年越しの運命』(考古学とは縁のない一主婦が長年謎だったリチャード三世の墓を発掘)をみれば女の強さとは何かが理解できる。男の醜い一面も。
 強い女性の代表と思われる女性国会議員でも、秘書への暴言等で週刊誌を賑やかせた豊田真由子元国会議員は官僚、政治家という典型的な男社会で男と伍する為に男になろうとして無理が昂じ政界から追われた。素の女性に戻り女らしい装いで女らしい言葉遣いでお茶間の間に受け入れられている。

 また、女性国会議員が「女性議員が少ないと女性が望む法案が作れない」と言っても、女性議員同士が団結するわけでもなく、夫々が他の議員よりもトップからの寵愛を受けたいと動いているように私にはそう見える。
 そんな中で、女性の国会議員は現在100名を超えるが、直接接点のない我々庶民の目に目立って映るのは、自身の会派も持てないのに首相になると公言して憚らない女性議員、芸能人で知名度しか売りがない女性議員、官僚出身で能力は高いが、省内でいい意味でなく浮き上がり、あるいは、省内で自尊心を満足させる評価が得られず、国会議員に転身した女性議員。後者は“エッフェル姉さん”と炎上した議員が該当するか。党副幹事長の指名を受け自尊心を満足させるのか。焼け太りと思われるより辞退した方が女を上げると思うのだが。

 それにしても、そんなに良い女性国会議員がいないのか。A(アイヌ)、B(ブライダル)、D(ドリル)、E(エッフェル)の問題女性議員を重用するのであれば、C(confidence:信任)をより失うのでは、F(FUMIO KISHIDA)首相は。

 このような状況では、国会議員に相応しい女性がいても、国会議員の娘はともかく、男社会の問題が無くても、国会議員にぜひともなりたいとは思わないのではなかろうか。
 映画『シモーヌ フランスで最も愛された政治家』で知った故シモーヌ・ヴェイユは、人間としての尊厳を蹂躙され死と隣り合わせの絶望の日々が続いたアウシュビッツ強制収容所を生き延び、戦後弁護士として刑務所男性職員に疎まれながらも囚人の人権保護に尽力した。政界に進出し厚生大臣となるや人工妊娠中絶の合法化(ヴェイユ法)を1974年に成立させた。当時のフランスでは人工妊娠中絶を重罪とするカトリック教会の教徒が90%を占め、国民議会では保守的な男性議員たちに攻撃される中孤軍奮闘して成し遂げた(晩年欧州議会議長に就任)。確固たる信念、孤立を恐れぬ強い意志を持ったシモーヌのような女性政治家が日本で直に現れるとは玉子と同じ単細胞の私でもそうは思えない(そんな女性議員の中でも今回の内閣改造で外相に就任した上川陽子元法務大臣は能力も高く総理になりたいとか浮ついた言動もなく女性議員の中では一番総理に近い。外相での活躍が試金石)。
 とりとめもなく長々と書いてしまったが、結論を言えば、無理に女性議員を増やしても、良い結果は期待できそうにない。クォーター制を導入する前に、国会議員定数を減らし、世襲制限や自民党議員の劣化をもたらした小選挙区制の廃止により、まず男性議員の質的向上が先決課題だ。強い信念と高い志のある女性が進んで政治家なりたいと思えるように。
 女性の社会進出は進み、女性の起業家も増え、適材適所で女性が活躍するなら、女性国会議員が少ないことを特段気にする必要はない。50百万人を超える女性有権者がいる。女性有権者たちが女性国会議員を厳しい鍛えるとともに男性国会議員の姿勢を正せばよい。女性大臣を少し増やしたぐらいで懐柔されるのではなく。

 

 なお、内閣改造での岸田首相の「女性ならではの・・」との発言が批判された。目玉が飛び出る程ではないが改造の目玉が女性大臣を増やしたことであれば、自然の流れの発言に過ぎない。ジェンダー・フリーの観点からすれば「なぜ女性大臣をと言うのか。大臣に相応しい議員を登用するのに男も女もない」と批判すべきではないか。女性有権者対策として利用されることには口を噤む。いいとこ取りではないのか。

 そう思った矢先、発言内容もさることながらその物言いに吃驚した。9/17の『サンデーモーニング』で女性コメンテーターの発言が問題となり早速デイリースポーツの電子版が「『サンモニ』コメンテーター岸田改造内閣を『プププ』と嘲笑 『おぞましい』『遅れた国』」と題し、女性閣僚5人が起用されたことには「『女性ならではの感性』。プププッて」と岸田首相が期待を込めて発した言葉も引用し、“笑ってしまう”アピール。「『ふざけんな』とわたしなんかは思ったわけです」と憤った、と報じた。即男性の投稿者から批判を浴びた。

 実際は話しぶりが加わるからもっと不快に感じた。男だからではなく人として。まだこんな物言いが女性の強さと勘違いしている者がいるのかと驚いた。それも朝日新聞論説委員等の要職にある者とは(朝日新聞凋落のシンボリックな存在と見るべきか)。アングロサクソン人の言動が正しいとでも思っているのだろうか。 

 もはや欧米に追従していればよいとの時代ではない。「脱亜入欧」から「脱欧入亜」に180度転換するか否かは分からないが、先進国G7からBRICS11(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)に世界の主導権が移っていく方向に見える。その中で、小国になる日本がどう存在価値を維持していくか、日本らしさ、日本人らしさを再構築する時機に来ている。

(次回199号は10/20アップ予定)