2023.6 NO.191 さいこう!  VS さいこう!
 本号では日本中が湧きかえった野球WBCを振り返る。漫画のラストシーンのごとく、日本チームの主砲がクローザーとして登場して最終回2アウトで米国チームの主将でMLBの現役最強打者トラウト選手と相対峙する。3ボール2ストライクのフルカウントとなり、世界中が固唾を呑む中大谷投手が芸術的と形容してもおかしくない進化系スライダー(スイーパー)で空振り三振に仕留めて、ゲームセット。日本代表チームが優勝した。
 エンゼルスの同僚で互いに尊敬しあうトラウト選手ではあるが、優勝を逃した上大谷選手の引き立て役になったので、内心非常に悔しい思いをしただろう。3年後の大会にもリベンジの為尽力するのではないか。今回今までの大会以上に盛り上がったのは、米国代表チームにナ・リーグの昨年MVPのゴールドシュミット選手、三塁手として10年連続ゴールドグラブ賞の受賞及び2015年・2016年の打撃二冠達成のアレナド選手、ナ・リーグ昨年ホームラン王のシュワーバー選手、MLB史上最多タイの3度のサイクル安打達成のターナー選手等メジャーのスター野手が揃ったということであり、それはトラウト選手の呼びかけの賜物。
 今回日本に負けたのは投手陣の差もあるだろう。次の第6回には、サイ・ヤング賞を3度受賞しているカーショー投手、シャーザー投手、バーランダー投手、2度受賞のデグロム投手のほかにヤンキースのエース・コール投手等が参加すれば、日本代表連覇の最大の難敵になろう。出場には米球団の理解が必要だろうが。

 父親が米国人で母親が日本人のラーズ・テイラー=タツジ・ヌートバー選手は、メジャーリーガーだが、ナ・リーグは観ていないので全く知らなかった。彼は聞きしに勝る大のmama's boy(ママっ子)で子供の頃から日本代表チームで活躍することを夢見ていた。栗山監督の依頼を受けた水原一平氏(大谷選手の通訳)がヌートバー選手に打診したという。
 他に優れた日本選手がいるのにと外野では起用に反対の声もあったが、日本代表チームは、たっちゃんTシャツを着て出迎えた。大谷選手は率先してヌートバー選手の出塁時のペッパーミルのパフォーマンスをマネした。日本語も話せない不安な彼を皆が暖かく支えた。
 それに応え、彼は大活躍した。とくに日本ラウンドでは打撃は“切り込み隊長”として、守備もファインプレーを連発した。試合前の円陣においても、2度ほど英語で皆を鼓舞した。最後の檄(げき)を飛ばす時日本語で最高!と聞こえ一瞬「?」となったが、当然「さぁいこう!」ということであった(最高!と言ったのは、シャンパンファイトで仲良しの村上宗隆選手と一緒に岡本和真選手が。天然キャラの岡本選手はお立ち台でも「最高です! 」を連呼した)。
 ヌートバー選手については、WBC終了後も、カージナルスでの成績(試合はほとんど観ていないが)を毎日確認している。WBCの勢いそのままに開幕戦2番に入り活躍が期待されたが、突き指にて戦列を離れたのは不運であった。復帰後の米時間4/15、16の両試合共四球が3で相変わらず選球眼がよい。今も出塁率は0.432と高出塁率を維持している。
 注目された米時間5/3の大谷投手との対戦は3連続三振に終わったが、翌試合は4安打の固め打ち。打率も0.289と上がってきた。外野守備の美技もファンの心を掴む。このままレギュラーに定着し“切込み隊長”として活躍していけそうだ。

 大谷選手については昨年から出場試合をほぼすべて観て成績も自分なりに記録している。大谷選手の今季1か月余りをふり返ると、昨年の“投高打低”から“投高打高”になりそうなよい滑り出しを見せている。
 投手としては、ピッチクロックの影響により、米時間5/8(日本時間5/9)時点の四死球率は5.77で(2021年3.74、2022年2.49)が悪化しているが、被(安)打率は0.125である。とくに開幕数試合は試合を支配しマウンド上で余裕があった。
 米時間4/27の登板は3回まで完全試合で防御率が0.58となりグレイ選手の同0.62を抜いてメジャーリーグ全体で1位に躍り出た。また、かのノーラン・ライアン選手のエンゼルス時代の本拠地33イニング無失点記録も抜いた(35イニング)。

 続く4回に味方が5点をとり、勝つのは確実で投手部門で月間MVPは当確と思われたのだが。
 ところが、好事魔多しか、突如4回の登板で乱れる。足の速い先頭打者に死球をあたえる。それは完全試合が途切れただけ。その後盗塁を許し、ノーアウト2塁となるも、地区断トツ最下位のアスレチックス相手に5点もあるのでこの回の1点は仕方がないと思えばそれで済んだはずたったのだが。ホームラン2本、5点を献上してしまった。
 次の試合米時間5/3のカージナルス戦で立て直すと期待したが、初回ホームランを打たれたのを観て、今日は負け投手になるかと嫌な予感がした。
 昨年の悪夢が蘇る。米時間2022年5月26日のブルージェイズ戦、続く同6月2日のヤンキース戦でともに初回先頭打者にホームランを打たれ、ブルージェイズ戦は2ホーマー、5失点、ヤンキース戦で3ホーマ―、4失点で、両試合敗戦投手になった。
 嫌な予感どおり、魔の4回にホームラン1本を含む3安打を許し3点を献上した(5回4失点13Kで降板。“逆なおエ”で負け投手にはならなかったが)。ピッチクロックに急かされる中ランナーを背負った時に投球メカニックが狂うことの修正が課題となった。
 サイ・ヤング賞受賞の呼び声も高いが、ピッチクロックに煩わせられる今季の大谷投手は、前季先発登板28試合の中複数被本塁打は3試合しかなかったが、今季は既に2試合。

 7度のサイ・ヤング賞受賞の剛腕ロジャー・クレメンス投手より、5,714奪三振が燦然と輝く史上最強投手ながら一度も受賞していない豪腕ノーラン・ライアン投手を彷彿してしまう。
 今季の受賞争いのライバルには、ロケットスタートで強豪チームがひしめく東地区で首位を独走するレイズのマクラナハン投手(勝利数トップの7勝)もいるが、一番の強敵はヤンキースのエースにてまだ未受賞のコール投手と言えるか。米時間5/8(日本時間5/9)時点で、8試合登板、勝利数5、防御率2.09、奪三振数58、奪三振率10.10、被安打率0.197。
 足し算の、勝利数と奪三振数は、屈強打線と強力リリーフ陣に支えられて中4日で投げるコール投手に対して、中5日の大谷選手(7試合登板、勝利数4勝、防御率2.54、奪三振数59、奪三振率13.62、被安打率0.125)は試合の消化が進むほど分が悪くなっていく。  

 ピッチクロックに加え、今季から全チーム総当たりとなり初めてのマウンドに立つことも投球メカニックに影響を与える。その中では容易とは言えないが、昨季上記ヤンキース戦での3.99から最終2.33まで下げたように、2.54に悪化した防御率をこれから1.5前後までに下げていき、割り算の、防御率、奪三振率、(今メジャー全体でも1位の)被安打率で対抗していくしかない。
 打者としては、大谷選手は、今季からバットを1インチ(2.54㎝)長くした。今季ホームランは4月だけで7本(5月はまだホームランがない)。打った7本のホームランはすべて変化球のみ(スライダー3、チェンジアップ1、カーブ1、シンカー1、カットボール1〔特大の第7号はスライダーでは。138キロしかないし〕)。
 ホームラン46本の2021年のオールスター直前からカウントを取りに来た速球、とくに95マイル(153キロ)以上の速球を仕留めることができていない(解説の山下大輔氏が言うように、相手投手が警戒してまともなストレートを投げてこないこともあるか)。

 それが改善されれば、本命ジャッジ選手は右股関節負傷欠場もあり昨年の勢いはなさそうで、ホームラン王も夢ではないが。
 打率は、大谷シフト(守備シフト)が禁止されて、開幕前3割もと期待されていた。1、2間を抜くヒットがとくに増えたとのイメージはないが、米時間5/8時点で0.301と好調さが窺える。昨年もそうだが、打率が下がってきても、0.25まで落ちると反転する。大谷選手は悪くても4回に1回は安打できる実力をMLBでも備えている。
 フルカウントでのパフォーマンスの改善を大谷選手が今季の課題に挙げていると紹介されたが、3-2からの打撃成績は米時間5/8時点の27機会で、四球5、ヒット1、打撃妨害1、三振11、アウト9。四球5に対し三振11で、それだけを見ても、今のところ改善されたとは言えないか。
 二刀流は疲れる。疲れが出ると、投手では、球にキレがなく160キロ以上の球も出にくくなるが、それでも悪いなりに大谷選手は抑えられる。が、打者では、振り遅れる、スイングが波打つ。シーズンの終盤になると力まないと振れないのか引っ張るような打ち方になりホームランが出ずゴロが多くなる。打者の方が影響が大きいと思う。

 より問題である疲れた時の打撃力の低下に対して、バットを長くするのは逆効果ではないかと素人の私はそう思うのだが。常識を超える大谷選手のバッティングが暑く疲れも出て来る7月以降実際どうなるか注目したい。

 私はメジャーの大谷選手の出場試合はほぼすべて観ていると言ったが、日本の野球は全然観ていない。恥ずかしながら、日本野球を代表する選手については、160キロ以上の球を連発し、完全試合も成した佐々木朗希投手、史上最年少三冠王の村上宗隆選手ぐらいしか知らない。
 WBCで投げた佐々木投手は強心臓だ。大谷選手と同様大舞台でどうじない。二人は同じく岩手県南部育ち(大谷選手は県内陸南部の奥州市、佐々木投手は県南東部の陸前高田市)。
 故祖父江孝男の『県民性の人間学』(ちくま文庫)によれば、岩手県人は、「粘り強く、たくましい人柄」という。寡黙さは東北人全体の特徴ではあるが、雪深い県北部は宮澤賢治、石川啄木のごとく家で読書にふけり思索的になるのとは違い、県南部の県民性はより行動的であけっぱなし(開放的)で発展的であるという(なお、大谷選手は県北部の気質も兼ね備えている。飲み会、合コンよりも独りで本を読むのを好み、理知的。女性にとって理想の結婚相手か)。
 メジャーリーグ挑戦が確実とみられる佐々木投手は、メジャーリーグに転戦するまでに時間がある。豪速球とフォークだけではメジャー打者に対応されてくるのでは。会得したスライダーを大谷投手のような変幻自在のスライダーにレベルアップする必要があるか。
 それ以上に、故障もせず中4日で先発続けられる(規定投球回数162イニングには登板試合毎6イニング投げるとしても27試合登板が必要)強靭な肉体と体力づくりが課題となろう。また、クローザーが先発しているような投げ方から、大谷投手も変えたように、初めチョロチョロ、中パッパの、いわゆる炊飯投法を覚えないと現行中6日を中4日することは難しいのでは。
 今回のWBCの日本代表チームの試合をすべて観て、日本で優れた選手が多くいると分かった。山本由伸投手、今永昇太投手、(20歳で代表入りの)高橋宏斗投手や私と同じ172㎝ながらメジャー移籍もなるほどと思わせる吉田正尚外野手に、感銘すら覚えた。
 とくに、沢村賞をパ・リーグ所属選手として初めて2年連続で受賞した山本由伸選手は、178㎝で、大谷選手193㎝、ダルビッシュ投手196㎝のような威圧感は感じない。が、球が速く球種が豊富(ストレート、フォーク、カーブ、カットボール等)で制球力も抜群で、私は巨人の元エース桑田真澄選手(174㎝)を彷彿する。背番号も18番になったことでもあるし。
 今回のWBCで日本代表チームが史上最強と謳われていたが、私自身は半信半疑であった。が、その通りだと理解することができた。とくに日本の投手は十分メジャーに通用する。(プレーヤーの飛距離が伸びればコースを伸ばす)ゴルフと違って市街地の箱の中で行われる野球は外国人投手が170キロを平気で投げる時代にならない限りマウンドとホームの距離18.44mは不変だろうし。

 明るく楽しくチーム一丸となった今回のWBC優勝は、表のMVPは大谷選手であるが、影のMVPは最年長ながら兄貴面せずフレンドリーに皆と接したダルビッシュ選手だ。米紙も「メジャーリーガーとして唯一、(所属球団の)春季トレーニングに参加せず、若い選手たちとの友情を築くために日本のトレーニングキャンプを選んだ」とその献身的な姿勢を讃えた。
 そして、その2人を擁した黄門ならぬ栗山監督は、故野村監督とはタイプの違う名監督となった。3年後の日本チーム監督は今まで以上にプレッシャーが襲う。貧乏くじを引かされるのかとの日銀総裁とは事情が違うが、優勝以外批判されそうなら成り手がいないか。3年後も大半は同じ選手になるだろうし、栗山監督の再登板でよいのでは。恩師の栗山監督でさえ大谷選手への応対は易しくないようだし。
 来年、夏のパリ五輪や11月に開催が見込まれる第3回プレミア12(世界のトップ12の各国・地域代表がWBSCにより招待されて競われる国際大会)には栗山監督が采配を振るっているかも。
 第5回WBCを制した日本は5大会で3度優勝したことになる。サッカーのブラジルはWCの第1回~第9回で3回優勝(故ペレが全て貢献。通算では5回)した。サッカーで喩えれば、MLBは、メッシ選手がバルセロナにC・ロナウド選手がレアル・マドリードにいた頃のスペインのリーガ・エスパニョーラに相当し、世界一である。が、日本代表チームは国の代表チームとして世界一。当然世界ランクも1位である。日本はもう“野球界のブラジル”と言ってよい。

 野球の日本代表チームは5大会すべてベスト4以上(第1大会、第2大会、第5大会は優勝)。サッカーの日本チームは、予選ラウンドを突破したベスト16止まり。ベスト8の前には大きな壁が立ち塞がる。昨秋のカタールで開催されたWCのベスト8(選手敬称略)は、優勝国アルゼンチン(メッシ:背番号10、キャプテン)、準優勝国フランス(エムバペ:同10)、ブラジル(ネイマール:同10、キャプテン)、クロアチア(モドリッチ;同10、キャプテン)ボルトガル(C・ロナウド:同7キャプテン)、イギリス(ハリー・ケイン:同9、キャプテン)、オランダ(フィルジル・ファン・ダイク:同4キャプテン)、予想外のモロッコ(ロマン・サイス:同6キャプテン)。
 ベスト8では、ほとんどが得点力もあり、強烈なリーダーシップのあるFWやMFのスーパースター選手がいる国ばかりだ。しかも、年齢からまだキャプテンになっていないエムバペを除けばみなキャプテンとなっている。ディフェンダーのキャプテンは、オランダ(現役最高DFとの呼声高いダイク選手)、アフリカ初のベスト4のモロッコ(ロマン・サイス選手)のみ。
 日本の歴代キャプテンを見ると、中田英寿選手を除いて、井原正巳選手から吉田麻也選手まで、ディフェンダー、ゴールキーパーがキャプテンを務める。日本人の特質“和の精神”からするとチームの心が一つになるには良いのかもしれないが、厳しい決勝ラウンドで自らの一発で苦境を打開することはディフェンダーではできない。PK戦で真っ先に蹴り成功させて、オレに続けと鼓舞できるストライカーが必要だ。今回の野球の日本代表は、実質キャプテンとしてまとめ役としてダルビッシュ選手がおり、試合の柱として大谷選手がいて優勝した。
 サッカーでの試合の柱と言えば、故ペレ以降エースナンバーとなった10番をつけた選手だとすると、日本代表における歴代日本選手を見ると、敬称略で、名波浩、中山雅史、中村俊輔、香川真司など卓越した技術をもったファンタジスタが多いが、決定力に欠ける。背番号10番以外では、中田英寿、小野伸二、本田圭佑、大迫勇也がいるが、やはり世界の中では決定力が高いとは言えない。
 1968年メキシコ五輪で日本の銅メダルに貢献し得点王となった釜本邦茂氏を継ぐストライカーが55年経っても現れていない(野球では、王選手を継ぐ大谷選手や村上選手が現れているが)。野球よりサッカーの方がより素人の私には説明できないが。

 ただ、5大リーグより格下だが、スコットランドリークで古橋亨梧選手が、ベルギーリーグで上田綺世選手が、20以上ゴールを決め得点王争いしている。
 この二人より今柱の候補と言えるのは、5大リーグに名を連ねる、プレミアリーグのブライトンに所属の三苫薫選手とリーガ・エスパニョーラのレアル・ソシエダ所属の久保建英選手が挙げられよう。
 試合の中で中心的存在になる日は、三苫選手(プレミアリーグのアーセナルへの移籍の噂はあるが、ファンは噂にすぎないと見ているか)がトップチームでレギュラーとして定着する、久保選手がレアル・マドリードに復帰するかバルセロナのような強豪チームに移籍し存在感を示すときであろう。
 Sportivaの記事によれば、解説者の風間八宏氏は、もう一皮むけるには、三苫選手は、マークされてもボールを受けられるか、狭い場所でも相手を外すことができるようにすることだとする。相手の前でプレーしていることが多い久保選手は相手の視野から消える動きを覚えることが必要と言う。

 来年2024年にはパリ夏季五輪もあるが、2026年は、2月にスノーボード・ハーフパイプの平野歩夢選手の二連覇が期待される冬季五輪がイタリアのミラノとコルティナダンペッツォで共同開催される。その後3月にはWBC(第6回)が開催される。6月か7月にはサッカーのWCがアメリカ、カナダ、メキシコの3か国の共同開催にて実施されるという。
 2026年また日本中がスポーツで熱狂する。1,000日は短くないが、待ち遠しい。

(次回192号は6/1アップ予定)