2023.5 NO.189  タカハ VS  タカハ
 ウクライナ戦争で日本ではウクライナが攻勢との情報が多く流れてきたきらいがあった中、3/1に『ウクライナ軍はまもなく大敗北喫し戦争終結、これだけの証拠』と題してJBpressに掲載された。私は、記事の内容自体より、今までウクライナ側に立っての発言が多かった自衛隊OB達の中での陸上自衛隊元陸将補(拓殖大客員教授矢野義昭氏)の発言であることに、不勉強だけなのか少し驚きを覚えた。
 私はそもそも(後述のようにバイデン大統領が核の抑止力を放棄したような発言をした時点で核の傘もない)核非保有の経済的・軍事的小国と核保有の経済的・軍事的大国の戦争はあり得ないと思っていた。ゼレンスキー大統領は話が違うとプーチン大統領との和解に方向転換すべきであった。プーチン大統領もNATOへの中立性だけ守れば武装もEUへの加盟も黙認したハズ。プーチン大統領の側近も兄弟国への侵攻に反対していたわけだし。
 ウクライナという金網リングでセコンドが多くいてもバンタム級とヘビー級が格闘するようなもので、ロシア側セコンドが隠し持つ放射性物質を使わなくとも、ラウンドが進めば進むほど体力差が顕著になる。いずれ当人が続行したくてもレフリーが試合を止める。
 潮目が変わったと見ているのか、そろそろ潮時と見ているのか、NATO諸国も表向きウクライナへの支援を強化する一方水面下で停戦への模索、停戦後のウクライナ復興への検討を始めているという。
 蚊帳の外にいた中国は、ウクライナ戦争が長期化すればするほど、友好国のロシア、ウクライナが疲弊するのも困るが、米国も支援により台湾有事に回す兵器在庫が枯渇する事態は歓迎する。
 そんな思惑の中で、中国もウクライナ戦争の停戦に向けて仲介するとの姿勢を見せ始めてきた。習近平総書記がプーチン大統領に会いに行き会談している。どれだけ本気が判らないが、少なくともグローバルサウス(新興国・途上国)にアピールできる。
 米国ととくには友好的な関係にない国にとっては、西側の価値観を上から目線で押し付けてくることに不快感を持ち、ウクライナ戦争では世界の警察官を降りたと言いながらウクライナを犠牲にしてウクライナに代理戦争させる米国よりも犬猿の仲にあったサウジとイランの国交回復を仲介した中国の方にシンパシーを感じるのかもしれない。
 日本は、米国との同盟国であるが、(一面的な見方ではあるが)キリスト教の排他的攻撃性とアングロサクソン気質(白人至上主義と残忍性)を共和党より色濃く受け継ぐ民主党政権とはもともと肌合いがよくない。しかもウクライナ戦争を仕向け小麦粉、エネルギー価格の高騰等世界に大きな副作用を生じさせ米国の威信を汚す(再選もありそうにない)バイデン民主党政権に本気で追随する必要はなかったと思う(宏池会政権に替わればと思ったが、ある意味安倍政権より対米追従傾向が強い)。
 米国と戦い敗北し焦土と化した日本がウクライナに対してとるべき行動は、体面を繕う遅ればせの電撃訪問ではなく、ゼレンスキー大統領に戦争前に「絶対ロシアと戦争してはいけない」と忠告することだったと思う(事が起こってしまえばウクライナの被災住民や避難民を救援するしかない。する必要のない戦争による奪われた大勢の無辜の命を戻すことはできない)。
 ウクライナは、日本の敗戦を教訓とせず、敗戦後の復興を手本としようとしている。
 日本は来月広島G7サミット(日、米、英、仏、独、伊、加の7か国の首脳並びに欧州理事会議長及び欧州委員会委員長が参加)が開催され、岸田首相が議長となる。
 岸田首相は、ゼレンスキー大統領に“必勝しゃもじ”を贈呈したぐらいなので、停戦を呼び掛けるつもりはないだろう。が、唯一の被爆国として「核の抑止力による平和は幻想だ。戦術核としての使用が現実化してきた現状ではもはや『核軍縮』ではなく『核廃絶』でなければ」と世界にアピールしてもらいたい(問題提起だけでもよい。核廃絶は無理としても、核軍拡から核軍縮の流れに戻る契機になれば)。そう言わないなら広島で開催する意味がない。首相個人にはあっても。
 防衛研究所の高橋杉雄室長は、今や「第3の核時代」に入り、核抑止の考え方も、冷戦期に主流だった「核は存在していれば抑止力になる」から「使用を前提にしないと抑止力にならない」に変わりつつあると言う。
 私に言わせれば、“環境破壊の20世紀”の遺物であるべき核兵器が実際の兵器としてゾンビのごとく復活したのは、バイデン大統領が、プーチン大統領がウクライナに攻め込むよう、米国はロシアと核戦争しないと事前に発言したことによる。そんなことを言えば、プーチン大統領は核兵器を使うと脅し、実際にもウクライナ戦争で進退窮まったとき核兵器を使う危険性が高まってしまった。さらに米国と合意している新START(新戦略兵器削減条約)からもプーチン大統領は一時離脱を表明してしまった。
 戦争するプーチン大統領、ゼレンスキー大統領よりバイデン大統領の方が罪深いと思っている。

 私は連日ウクライナ戦争に関するBS情報番組を観ていて次第に疑問が湧いてきて、2023年2月号NO.185 (「ファン VS フアン」)でこう書いた。
 「攻撃される最悪の事態を想定し、軍事力で対抗することを考えるのは、防衛省であり、国の軍事研究者たち。憲法第9条を擁し平和国家を標榜する国のトップは、それを指示する一方で、なんとしても戦争にならないよう外交努力に傾注しなければならない。病気は『治療』よりも『予防』なのだ。紛争は、『戦争』よりも『外交』なのだ(米中戦争となれば日本が戦場とされる)。それなのに、BS情報番組では、産経系に限らず、朝日系、毎日系までもが軍事研究者等を招いて連日ウクライナ戦争の戦況、使用兵器や自衛隊幹部OBのロシアへの攻め方の話ばかり。観続けて疑問が湧いた。BS情報番組は自衛隊員の為にあるのか。私達一般住民は何のために見せられ続けているのか。」
 この疑問について本号で敷衍しようと思った時少し不安になった。私だけの的外れな見方ではないかと。そこでネットで学識者などが同じ疑問・問題意識を持っていないか探してみた。
 あった。もう1年前に配信された元読売新聞記者でジャーナリストの中村仁氏の『ウクライナ解説で防衛研究所の突出したテレビ出演を懸念』と題した記事(アゴラ言論プラットフォーム:2022.5.1付け)を見つけた。
 右派系の新聞記者出身でありながら、中村氏は「ロシアのウクライナ侵略の報道で、連日連夜、防衛研究所のスタッフがテレビ番組に登場するのを見て、『ジャーナリズムの一環に食い込んでしまったようで、やりすぎではないか』と、思ってきました。国家・国家機関とメディアは適度の距離を置いた存在でならなければならないのです。」と言う。
 たしかに、これまで防衛省・防衛研究所の現役スタッフが出演することはなかったのではないか。BS情報番組等にて北朝鮮問題でよく見かける武貞秀士氏も大学教授(防衛研究所OB)として出演している。防衛研究所が国民にその存在をアピールするのが目的とするなら、それは見事なまでに達成されたであろう。兵頭慎治政策部長、高橋杉雄政策研究室長、山添博史米欧ロシア研究室主任研究官等さすがに国の軍事研究所には優れた人材がいることが我々にも分かり、安心もした。もう十分だろう。  

 BS番組でウクライナ戦争の戦況分析等を観ている人は、自衛隊員、タカ派議員、軍事ジャーナリスト、軍事オタクなど日本人だけではなく、仮想敵国の中国、ロシア、北朝鮮の諜報員もウオッチしているだろう。国の防衛に関わる現役スタッフが頻繁にTVで発言するのは避けるべきではないのか。ウクライナ戦争の戦況分析等を防衛研究所の現役スタッフが行うなら、防衛省内で行えばよいではないか。
 我々一般住民は、憲法第9条、第18条(何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。 又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない)がある現在において、緊急事態条項でも創設されない限り、我々がロシア・ウクライナ国民のように強制的に兵士にされることはない。

 政府もそれには触れようとはしない(自衛隊員は25万人前後。中国人民解放軍は予備役も含むと10倍以上なのだが)。

 BS情報番組は何を目的に我々に連日戦況分析等を見せ続けようとするのか(最近のロシアの攻勢下では心なしか番組で触れるのが減っている気もするが)。
 防衛研究所のスタッフは、「日米同盟」と「ロシアを仮想敵国とすること」を前提として、ロシアがウクライナに侵攻した時点から戦況の分析を語っている。自衛隊員だけではなく国の軍事研究者までもシビリアンコントロールを守るべきか否か判らないが、番組の中で高橋室長は「政治の話は守備範囲ではない」と断っている。立場を弁えておられる。

 ただ、高橋室長は、研究員として優秀なだけではなく、サッカー日本代表チームのユニフォームを着てバラエティ番組に出演したりするので、親近感を抱く視聴者も多いと思われ、感化されるだろう。高橋室長自身は日本が普通に戦争する国になるべきか否かなど発言していないが、視聴者は戦争する国になるべきと考えるようになるのではないか(今3月内閣府の調査で「自衛隊『増強した方がよい』が過去最高41.5%、前回から12.4ポイント増」と報道された)。それが政府の狙いなのか。
 中村氏はこうも言う。「名前が研究所であっても、防衛省そのもの、国家そのものです。そこの職員が連日、テレビのコメンテーターとして“送りこまれている”か“組み込まれている”ことに、メディアも問題意識を持つべきだと思うのです。メディアが知らぬ間に“国家の論理”に歩調を合わせる結果を招くことになりはしないか。」
 中村氏が危惧したとおり、「国家の論理」に歩調を合わせる結果になっているのではないか。右派のBSフジLIVEプライムニュースだけではなく左派系と思うBS-TBSもBS朝日も上記防衛研究所の上記スタッフ3名と国に近い民間の笹川平和財団の畔蒜泰助主任研究員、小原凡司上席研究員、学者としては、慶応大廣瀬陽子教授、筑波大東野篤子教授、東大小泉悠専任講師ら、その他朝日新聞駒木明義論説委員や自衛隊幹部OBなどの中から組み合わせを変えるだけで、同じ内容を流し続けている。これでは“令和の大政翼賛会”と言えるのではないか。今安倍政権下での放送法の「政治的公平性」の解釈変更問題がメディアへの言論弾圧かとの疑念が生じているが、その延長戦にあるのか。
 大国ロシアの研究者は多いハズだが今どきロシアを非難しない立場での出演を憚る面もあるのか、それともメディアが意図的に呼ばないのか、ロシア側を弁護する出演者がいない。その典型が2/24付けの『BSフジLIVEプライムニュース』でゲストは防衛研究所の高橋室長とウクライナ側に立つと見られる筑波大東野教授のみ。これでは韓国の反日番組ならぬ反ロ番組となってしまう。
 刑事裁判においては、検事側だけではなく、たとえ極悪被告人であっても弁護側の主張も聞き入れ裁判長が判断する。『BSフジLIVEプライムニュース』においても、中国問題では、中国側として東洋学園大学朱建栄教授等に出演してもらっている。

 裁判長にあたる主権者たる国民は、ウクライナ戦争においてもロシア・ウクライナ双方の立場側の意見を聞く必要があるハズだ。兵士でない我々が知るべきなのは、「ロシアが軍事侵攻するに至った政治的背景は」「日本がアジアのウクライナにならない為の採るべき道は」など「政治」の話だ。しかも、ロシア側に立った識者も入れての話だ。
 (次号190号は4/20を予定)

2023.4 NO.188  べ VS 
   60年前の1963年11月24日ケネディ大統領が暗殺された。当時私は中学一年生であったが、大変驚いた上日本でも人気が高かったので悲しく思ったことを覚えている。

  容疑者とされるオズワルドはすぐにマフィアとの関係が疑われるジャック・ルビーに警察署の地下駐車場で銃殺されるというあり得ないことが起こったことから、「オズワルドは犯人ではない」「犯行は複数人」との声が上がり、これまで多くの陰謀説が語られてきた。
   私自身も陰謀説に与し、2015年8月号NO.50(「コンクラーベ と コンクラベ」)にて「軍産複合体説、CIA説、FBI説、マフィア説等諸説あるが、アガサ・クリスティ女史の原作を映画化した『オリエント急行殺人事件』ではないが、諸説のすべてが犯人ではないかと思う。」と書いている。
 日本の初代総理大臣伊藤博文も、満州のハルピン駅で韓国人安重根に暗殺されたとする。伊藤暗殺においても安重根が犯人ではないとの諸説が出ていた。が、真相は藪の中。
   1909年10月26日に暗殺され翌1910年8月26日に韓国併合がなされた。過去本ブログで韓国併合に反対していた伊藤が暗殺されていなかったらと書いたが、暗殺される前の9か月前の1909年1月には伊藤も併合に同意し(韓国総監を5月に辞任)、韓国併合方針が決定していたという。歴史が替わることはなかったのであろう。
 しかし、併合という直接統治でなく、皇室を擁する日本でも間接統治であれば李氏朝鮮王朝を存続させたかもしれない。GHQに統治された敗戦国日本は、指揮したマッカーサーを恨むより天皇制を存続させたことに日本国民は感謝した。高山正之氏が週刊新潮のコラム『変見自在』でいくらマッカーサーを貶しても覆ることはない。それだけ大きいことなのだ。
 日本が廃絶させなくとも李氏朝鮮王朝は自壊したかもしれないが、日本と違い今でも韓国では時代劇、とくに李氏朝鮮王朝時代のドラマを好む。李氏王朝を廃絶させなかったとしたら今の日韓関係はもう少し違う形になっていたのかもしれない。
 憲政史上最長在任期間の安倍晋三元総理も2022年7月8日暗殺された。国会議員の青山繁晴氏が自身のブログにて9/30付け「安倍さんの命を救うために奮闘された現場の医師の見解と、その後の司法解剖の所見が、大きく食い違っています。医師は「心臓の心室に穴が開いていた」と明言され、解剖所見は、逆にそれを明確に否定していると当局者が明らかにしています。」と報じたこともあり、またぞろ暗殺に関して陰謀説が湧き出ている。
 元神奈川県警の小川泰平氏は致命傷となった銃弾が見つからないことを公表しない奈良県警の隠ぺいが疑惑を招くとしたが、3発撃たれたその内の1発が逆の首(右前頸部)に当たっていることから、「山上容疑者が犯人でない説」「共犯説」が浮上している。週刊文春は今年に入って「疑惑の銃弾」として特集を組み疑惑を追及しようとしている。
 仮に共犯がいたとしても、共犯者は山上容疑者と同じ境遇の者で海外との関係はないと私は思っている。警察は旧統一教会への恨みによる単独犯行で捜査を終わらせたが、政治家、検察・警察など権力者に対して不満を持つ者は少なくない。山上容疑者への減刑嘆願が多いのを見ても。

 昔から日本は、「死ねば仏。死者にムチ打たない」が美徳とされてきた。今アベノミクスの批判・検証はあるものの安倍氏個人への批判が影を潜めがちになっている。一方で安倍元首相への礼賛・擁護が大手を振っている。
 櫻井よしこ女史は週刊新潮2/23付け連載NO.1037の『日本ルネサンス』で安倍氏の回顧録の感想を「国民と日本の為にこれほど戦った政治家がいた。そのことに深い感動を覚えた回顧録であった。」と結んだ。それに私は不快な感情を覚えた。
 総理は戦士でもボクサーでもない。所詮政府内の権力闘争に過ぎない。総理の評価は日本をよくした否か。失われた20年を30年にしたのは、安倍氏が戦ったとされる財務省ではない。3本の矢と言いながら異次元の金融緩和しかできなかったアベノミクスの失敗である。その間、新産業の育成や企業投資の喚起もできず、一人当たりの名目GDPにおいては2012年49,175ドル(世界14位)から2021年39,301ドル(同27位)と低下させた。今日本に殺到する韓国旅行客にまで物価が安いと言われてしまう。貧富の格差も拡大させた。

 尋常でない副作用を残し終焉に向かいそうな異次元の金融緩和は、安倍総理に日銀の独立性を盾に取られ経済低迷で旗色が悪かった白川方明前総裁が屈服承知させられ(2013年1月に「物価上昇目標2%導入」が決定。さらに、これをできるだけ早期に実現することを政府と日銀の共同声明とした。これが起点)、3か月後に就任した後任の黒田総裁が異次元と名付けた大幅な金融緩和を推し進め、その守るべき独立性を放棄したかのように安倍政権に追従した。その後安倍総理自身が成果の出ない金融緩和に関心を失うが、黒田総裁はもはや後戻りできず続けたことによるものではないか。

 当事者意識もなく今頃になって黒田総裁の政策を批判する白川前総裁や賛成したのにBS番組で反対だったと言う元副総裁は、批判する立場になく、批判されるべき立場のハズだ。
   安倍元総理が暗殺されてまもなく、誰よりも安倍元総理から寵愛されたとやっかまれる元NHK政治部岩田明子記者が月刊文藝春秋に連載を始めている。ジャーナリストの高野孟氏が日刊ゲンダイDIGITALの昨年10/13に付けで『岩田明子氏の目を通すと「安倍外交」の貧困が礼賛にすり替わってしまう不思議』と題し、早くも11月号の第2回で「もう勘弁してよ」という感じになってきたとあきれる。
   それに関係なく私は連載を全くスルーしていたが、今年の3月号の連載『安倍晋三秘録』⑥「金正日、正恩との対決」で初めて読んでみた。予想していたよりは客観的だとは思った。拉致問題解決期待で総理になったが、総理になってから成果がないことについて岩田氏もある程度認めている。
   小泉首相時代に官房副長官として訪朝に帯同し強硬な態度をとり、帰国した蓮池薫氏ら拉致被害者5人が北朝鮮に戻るのを安倍氏が止めさせたこと(後述の本で蓮池薫氏の兄透氏は否定しているが)を武勇伝として評価するが、そうだとしてもその反作用も大きかった。
   一枚岩であった拉致被害者の家族会が、帰国組と非帰国組とに二分され、帰国組側の蓮池透氏は進退窮まったのか断末魔のごとく『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)を出版した。それ以上に、約束を破ったとして北朝鮮が態度を硬化させた。
   総理となった安倍氏としては、なんとしても関係を修復し、拉致問題の交渉を復活させなければならない。が、あろうことか2016年北朝鮮のミサイル開発が問題になっている折、2017年安倍元総理は国連総会で演説し、「盾」としての核・ミサイル開発を続ける北朝鮮を「史上最も確信的な破壊者」などと強く批判したという。西側諸国と歩調を合わせる必要があるとはいえ、なぜ世界に突出して強硬な態度をとったのか。安倍元総理の頭の中は、拉致被害者及びその家族ではなく、トランプ大統領一色だったのであろうか。
   自国民の救出は独立国のトップとしてなすべき根幹でありながら北朝鮮との交渉は金正恩総書記と会談するトランプ大統領に仲介を依頼する以外方法がなくなってしまった(見返りもありトランプ大統領は言及したが、金総書記は聞き流したのであろう)。
   大国ロシアに勝ち米国には負けたとはいえ独立の希望の火を灯してくれたと日本を仰ぎ見てきたアジア諸国は日本が米国の属国になったと再認識し落胆したのかも。
   こんな総理でも難しいと口をつぐむ賢い?政治家たちよりは頼りにせざるを得なかった家族会の方々の安倍元総理の悲報に接したときの心情は察するに余りある。
 上記二人の女史の安倍元総理の政治家としての評価には賛同できないが、一方で、二人の女史が自らを正当化する為というより、死後も変わらず敬愛の情を抱き続けているとは思える。女性問題も浮上せず、育ちの良さとフェミニストぶりから安倍元総理が女性議員・記者らから慕われていたことが偲ばれる。

 なお、自衛隊関係者に安倍氏に感謝の念を抱く人が多いのも事実である。直接接点のない庶民は評価が二分するが。
 

 一方、安倍元総理という大きな壁がなくなると、俄然進捗したのが、五輪汚職への捜査である。東京五輪(2020年夏季オリンピック&パラリンピック)はなぜ問題が噴出したのか。

 それは「大義」がないからだと思う。日本で五輪を開催するなら、私は、東北大震災復興後の仙台市か、沖縄の那覇市だと思っていた。1964年の東京五輪は敗戦後の日本の目覚ましく復興した姿を世界にアピールするとの大義あった。国民も一丸となっていた。
   なぜ今回東京なのか。「大義」はなく、あったのは「利権」であろう。私の独断と偏見かもしれないが、親ばか(侮蔑の意味はない)が少し過ぎた故石原慎太郎都知事が子供のことも念頭に東京開催をぶち挙げたと思っている(都知事肝いりと言われるも大きな汚点となった破綻した「新銀行東京」も石原本人の発案ではないという)。
   後任都知事となった猪瀬直樹氏は、お金の問題で刺されたのか、東京開催が決定(2013年9月)したIOC総会からわずか3カ月半後に都知事を辞任した。主導権は、「フクシマはアンダーコントロール」と強弁した安倍総理と森元総理サイドに移る。小池都知事の晴れ舞台であるリオでの五輪旗の引継ぎ式(2016年8月)も、森元総理のアイデア?でマリオに扮した安倍総理がサプライズ登場して、水を差された。
 東京開催に決定後、動機が純粋でないから物事は上手くいかないものなのか、利権をめぐって政治家、電通等が暗躍したからなのか、信じられないほど、ゴタゴタが起きた。開催1年延期は新型コロナ禍で別として、より大きな事柄だけでも時系列に並べると①2015年7月、2012年11月コンペで選ばれた女性建築家故ザハ・ハディドの新国立競技場デザインの白紙撤回、②2015年7月公募コンペで選ばれたエンブレム、類似問題で2か月後白紙撤回③2019年1月JOC竹田恒和会長対する仏予審判事による贈賄容疑での起訴④開会式(2021年7月23日)直前での開閉会式演出における権力闘争を疑う辞任騒動(総合統括野村萬斎氏の辞任→後任の電通出身佐々木宏氏の辞任→五輪開会式演出の実質的な責任者振付師・演出家のMIKIKO氏辞任→五輪開閉会式ディレクターの小林賢太郎氏の解任等)となる。
 そして、安倍元総理逝去の1か月後の2022年8月17日に、2020東京五輪大会組織委員会のスポンサーであったAOKIホールディングスの会長から数千万円を本人が代表の会社で受領した容疑で、元電通社員で2020東京五輪当時大会組織委員会理事であった高橋治之氏が東京地検特捜部により「受託収賄」で逮捕された(今年に入ってからも、東急電鉄から日本陸連に移り五輪当時組織委員会運営局次長であった森泰夫氏が「談合容疑」で逮捕された)。
 「電」がつく3大会社、NTT(旧電電公社)は、初代社長がリクルート事件に連座して、NTT法違反(収賄)容疑で逮捕された(執行猶予付き有罪)。東電(東京電力)は、福島第一原発事故をめぐり旧経営陣3人が業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された(その刑事裁判は一審、二審とも無罪。民事の株主代表訴訟では旧経営陣に東電への総額13兆円を超える懲罰的?損害賠償支払いを地裁が命じた。自己破産せよということか)。電通(旧社名日本電報通信社)は、東京五輪を舞台に、収賄容疑で電通OBが、談合容疑で電通幹部ら4人が逮捕された。
   「驕る“電家”久しからず」か。国に近い大手企業が驕ると、やりすぎ、一線を越えてしまうものなのか。

 安倍元総理も安倍一強時代が長く続き傲慢になっていたか。何をしても許されるかのように。公権力の私物化問題もすり抜け、禁じ手の検察人事にも介入した。

 さらに、ロシアがウクライナに侵攻した時、その1月後の2022年3月24日安倍元総理が手のひら返しに「私たち日本はウクライナ国民とともにある」とツイートした。岸田現総理がウクライナ支持を表明しているのだから国民が疑念を抱くことをわざわざ言う必要がない。必要があるとすれば、「西側の一員として歩調を合わせないといけないが、隣国ロシアのプーチン大統領とは没交渉にしてはいない」と言う場合であろう。森友学園問題での「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」との発言に匹敵する衝撃発言だと思う。
 色々擁護発言があっても国民は大きな違和感を内に秘めたのでは。北朝鮮のミサイルで拉致被害者及び家族のことが頭から飛んだように今回も北方領土返還交渉及び返還を悲願とする人々のことを一瞬忘れただけと大きな問題とはしない人も多くいたであろう。だが、安倍元総理を良く思わない人々にあっては、極めて心証が悪く元々そんなこと念頭にないのだと憎悪の眼差しを送る人もいたであろう。
 台湾に行き講演して中国を激怒させたときと違い、(手のひらを返されても哀悼の意を表したプーチン大統領なら会ってくれるハズで)安倍元総理がたとえ勝手に会いに行ったとしても日本国民は非難しないのではないか。
 昨年3/24のツイート後4か月足らずで山上容疑者の犯行が行われたのを考えれば、(自費による個人的関係を築く為ではなく、父外相安倍晋太郎の遺志を引き継ぎ北方領土問題の解決に向けての)過去27回の会談を無にするのではなくプーチン大統領に会いに行き(あるいは電話会談し)戦争を中止させられないとしても日本が置かれている立場を説明しておれば、山上容疑者も安倍元総理は日本国にとって必要だと思い、犯行を思い止まったかも。暗殺自体は止めなかったとしてもターゲットは替えたのかもしれない。と私はそう思っている。
 総理は舞台上の人気歌手と同じだ。薄暗い会場の中舞台から聴衆の顔は観づらいが、スポットライトが当たった歌手を聴衆一人ひとりが見詰めている。私を含めて下々も総理(の言動)を注視している。
   検察が正義を果たしている今国民の不満は少し解消されているかもしれないが、総理の警備を強化すること以上に岸田総理自身が国民と向き合いその声を聞く必要がある。防衛費の増額、原発再稼働など、安倍元総理を反面教師とせず、より独断専行しているように見えるから。

 (次回189号は4/1予定)

2023.3 臨時号NO.187 せんう VS せん
 昨年の10月16日から、5年に1度の中国共産党第20回全国代表大会(以下「20回党大会」)が開催され、異例の習近平総書記の3選が決まった。来月3月5日から全国人民代表大会が開催され,国家主席に再選され習近平体制の3期目が本格的に始動する。
 

 昨年の20回党大会の中で、胡錦濤前主席が退場したことについて、「病気説」と「権力闘争説」が飛び交った。
 戦前の中国に生まれ過酷な体験(親族が殺され、本人も5歳の時中国共産党軍の流れ弾に当たり負傷。7歳の時中国共産党軍による食糧封鎖により餓死体が敷き詰められた長春郊外で野宿)から中国問題をライフワークとする、私が最も信頼を置く遠藤誉女史、中立かやや反中の神田外国語大興梠一郎教授、中国寄りと見る拓殖大富坂聰教授達は病気説を主張している。私もそれに賛同する。
 遠藤女史は近著『習近平三期目の狙いと新チャイナセブン』(PHP新書)にて改めて権力闘争説を否定している。胡氏は前総書記として主席団として党大会を管理監督する立場で全人事を事前に承知していた。中国共産党一党独裁が最大の命題である彼らが全世界に放映される中で争う姿を見せるハズはない。その意見を支持する。2008年訪日し余興なのに鋭い目つきで卓球に興じていた胡氏の変わり果てた姿を見て私も驚いた。党大会で横でやり取りを見ていた習総書記も鋭い視線も緊張感もなく「やれやれ、困ったもんだ」といった風情に見えた。
 民間のシンクタンクに移籍した朝日の元著名記者峯村健司氏が権力闘争説を唱えたのには意外に思えた。

 ともあれ、習総書記は中国共産党一党独裁おける習一強体制を樹立させた。
 戦後1955年の鳩山一郎内閣から宮澤内閣まで自民党一党が38年間与党を独占した自民党は総裁2期4年が遵守され、中選挙区制の下での派閥間の切磋琢磨・競争があり自民党に活力がありかつ自浄能力もあった。黄金時代の自民党と中国共産党の一党独裁は似ている。今や経済力、軍事力双方に米国と肩を並べるに至り、世界が、西側の代表制民主主義(間接民主主義)による二大政党制がうまく機能しているとは言えず、中国一党独裁の共産党内での厳しい競争に勝ち抜いた政治エリート達(チャイナセブン)による政治運営システムも悪くないと思い出した時に、習総書記はそれを壊そうとしている。二大政党制を目指し小選挙区制に移行したが理想とは真逆の自民党の安倍一強体制をもたらした結果隣国日本が、そして安倍元首相が、どうなったか。習総書記は学習しないのか。
 自民党の総裁任期は1978年以降2期4年が長らく続いた。が、小泉首相の時2期6年となり、安倍首相の時3期9年となった。安倍首相は、新型コロナ禍がなければ、4期12年になっていたと思う。
 賢者は「権力は腐敗する」ことを理解し自戒している。「権力は腐敗する」の好例はプーチン大統領。KGBの一介の部員から大統領に上り詰め極めて有能であったが、晩年の秀吉を彷彿させるかのごとく、2036年まで大統領が可能にすべく憲法改正し、宮殿のような別荘を持ち、挙句の果てウクライナへの侵攻には“裸の王様”呼ばわりされてしまった。
 政界、財界を問わず、賢者ほど早く後進に道を譲ろうとし、周りから続投を求められても固辞する。一方、ダニング=クルーガー効果と言われるのか「実際の評価と自己評価を正しく認識できずに、誤った認識で自身を過大評価してしまう、それでなくとも、コンプレックスから自身を大きく見せようとする、賢者でない者の方が、権力に長くしがみつこうとして、国や会社を傾城させる。
 その意味では胡錦涛前総書記は賢者と言える。胡前総書記は2期10年を守り、任期満了後すべての役職から自主的に退いたという。
 賢者の後任がなぜ習総書記なのか。胡錦濤氏直系である共青団出身天才肌の李克強氏がいたのに。反腐敗運動を展開していた胡総書記と暗闘していた故江沢民前総書記が推す習氏が何故。
 2007年10月の第17期党中央委員会第1回全体会議(17全大会)において、同年3月に江前総書記に呼ばれて上海市初書記に就任したばかりの習氏が中央政治局常務委員にまで昇格するという「2階級特進」を果たしたという。
 慶応大小嶋華津子法学部教授は『胡錦濤政権の回顧と中国18全大会の注目点 ―政治状況に関して(1)』の中で、「『党内民主』の具体的とりくみとして特筆すべきは、17全大会に向け、2007年6月に実施された、中央委員・同候補による政治局委員候補者リストへの無記名投票である。この投票の結果、習近平の得票が李克強の得票を上回ったことにより、胡錦濤は、自らの腹心である李克強への権力委譲をあきらめざるを得なかったと伝えられている」とする。
 「党内民主」を推し進め党員の無記名投票を実施した胡総書記は、共産主義の中国の中にあって民主主義的な考え方の持ち主なのだろう。
 ただ、民主主義は独裁者を生むという。民主主義(多数決)は、民度は一定との理想を前提している。現実は賢者<賢者でない者。民主主義は根本的矛盾を内包している。賢者でない者は、賢者でない者ならではの反応を示すのか、賢者でないトップの方が親しみを感じるのか。野心ある側近たちも賢者でないトップの方が、立身出世や権力の掌握が容易いと思い担ぎ上げるのか。かくして、雄弁だが凡庸な、ヒトラーが、ゼレンスキー大統領が、独裁者となる。
 日本は、首相公選制を採っていないが、事実上自民党総裁=総理であるなら、総裁選で党員・党友を参加させるべきではない(直接選挙と変わらない)。賢者でない独裁者が誕生する危険性がある。
 
 習総書記は任期制限を撤廃した。プーチン流の終身の権威主義による独裁を目指しているのか。習総書記は賢者とは思えない。賢者でないトップは、賢者でない者が賢者でない行いを成した権力者を反面教師とすべき。権力を手にして腐敗した為賢者とは言えないまでも、プーチン大統領は、聡明であり、ソ連崩壊後の混乱後のロシアを立て直し、独自の歴史観、世界観からの思想がありそれを国民に浸透させる話術を持ち、曲がりなりにもロシア人に誇りを取り戻させてきた。習総書記がプーチン大統領を真似て独裁しても上手くは行かないだろう。
 その見方を後押しするかのように、文藝春秋2023年正月号で、『「習近平は裸の皇帝」元部下の女性学者が日本メディアに初めて答えた』と題して、習独裁体制を批判し米国に亡命している政治学者蔡霞女史が、習総書記を酷評する。

 米外交問題評議会(CFR)の発行する国際政治経済ジャーナル「Foreign Affairs」に掲載した論文『習近平の弱点』の中で、習氏が総書記に就任する直前中央党校の名目上の校長であったが、そこの著名教授がインタビューにて習氏を「勉強不足でIQが低い」と言い放ったのを驚いたものの今は女史もその通りだと発言している。
 そんなコンプレックスを持った権力者はエリートを嫌う。議論しても勝てないから。盲従する部下を好む。
 欧米がジェノサイドが行われていると非難する新疆ウイグル自治区に関して、2017年3月新疆大学のタシポラット・ティップ学長が北京の空港で拘束された後「党に忠誠を尽くすよう見せ掛けて、実は民族主義者であるという『両面人(二面性を持つ者)』」として執行猶予2年付きの死刑判決を受けたという。
 今や自治区だけではなく、共産党内のチャイナセブンにおいても、両面人としての面従腹背を許さないばかりか積極的に習総書記に忠誠を誓い行動で示す者しか登用しない。
 NO.2であった経済通の李克強首相は任期満了で引退し、習総書記は「克」(己の欲望や邪念に打ち勝つ)の字が無い李強氏をNO.2に据えた。厳しい上海のゼロコロナ政策で李強氏が失脚するのを期待していた上海市民は唖然としたことであろう。
 李克強氏に続き、汪洋氏もいなくなった。経済通の二人なくして、不動産バブルの崩壊、少子高齢化、金融不安、20%に近い若者の高失業率等山積する難問に習総書記一人で解決できるとは思えない。
 民間企業、起業家も自らの敵とらえる。「習のミクス」として、日経出身のジャーナリスト土谷英夫氏は、①民間部門を自らの支配への脅威と見なし計画経済を復活させた、②国有企業を強化し民間企業にも共産党組織を設置した、③汚職や反独占を口実に民間企業や起業家から資産を奪った、と言う。
 政治システムと同様「国家資本主義」は「資本主義」より宇宙開発や新分野への意思決定や取り組みスピードが速いと世界から評価されつつあるときに社会主義に戻ってしまう。
 ただ、社会主義への回帰は独裁への野望だけではない。鄧小平が唱えた「先富后共富」(先に富だ者がまだ富んでいない者を富ませて共同富裕になる)から進められた国家資本主義も、トリクルダウン理論と同様逆に貧富格差拡大させた。とり残された農民層、零細中小企業らが共産党一党独裁体制打倒を目指すのを恐れてもいる。
 一般個人においても、「社会信用システム」にて面従腹背する者を許さない。『習近平の中国』(東京大学出版会)によれば、スマートフォン等を通した電子決済情報、学歴、職歴、交友関係を変数として個々人の信用を数値化する。信用失墜者は様々なペナルティを課せられるという。要するに、排除される。
 総じて、習総書記は、少しぐらい経済が停滞しても、人民を心服させるのではなく力ずくで習独裁体制を確立させようとしている。いわば、“豊かな北朝鮮”を目指すということか。
 厳しいゼロコロナ政策も、独裁体制の為でもある。上記『習近平の中国』の主編者の東大大学院川島真教授は、「ゼロコロナ政策は、ワクチン利権との関係もあるが、同時に監視統制の強化に正当性を与えているのである」と述べる。
 厳し過ぎるゼロコロナ対策に対し中国全土において抗議デモが行われ、上海では、「習近平打倒、中国共産党打倒」と叫んでいた。学生か一般市民かが習総書記を名指しして批判するのは驚き。国が亡ぶとの強い危機感を持つ胡総書記が院政を引かずすべて一任するとした条件の反腐敗運動を約束通り維持・強化する習体制に恩知らずと反発する江沢民派が裏で扇動しているのであろうか。
 都市部の中産階級は、「政党選択の自由」は無いものの、それ以外は割と自由で、そこそこの裕福な生活が送れるなら中国共産党一党独裁体制でもよいと思っていた。だが、こんなに雁字搦めにされることには耐えられない。一度自由の味を知ると厳しい監視・統制時代には戻れない。アリババのジャック・マー元会長が箱根に出没しているらしいが、中国の富裕層が日本の投資移民制度である経営管理ビザを通じて昨年1月から10月までの間に日本に新たに入国した数は2,133人に達したと言われている。
 我慢の限界を超えたところにサッカーWC2022会場でのノーマスクを見て、ゼロコロナ政策が実は不当な強圧ではと捉えた抗議デモに習政権はあわてて緩和した。12/7新型コロナウイルスの感染対策の緩和→12/1~20で人口の2割近くにあたる2億4800万人が感染したと推定する中国政府の内部資料がインターネット上に流出→中国各地での新型コロナウイルスの感染急拡大→人民は抗議デモどころでなくなる、の流れは、まるで新型コロナの新しい大波が押し寄せてくるのに門を開き経済が水浸しになり、多数の溺れ死ぬ人が出ても、習政権にとっては体制批判の方が怖いということか。
 後は「抗議すれば習政権の政策を変えさせることができる」と知った人民への監視・統制を強化することにある。中国共産党の脅威は14億人の約1/3を占める農民層(5億人)の一斉蜂起であろう。ただ、今回の11/26~の抗議デモはSNSで全土で拡散しているだけで、1989年の天安門事件の時のような指導者がいないのか。農民の蜂起を導くエリート指導者の芽を事前に摘むのが、「社会信用システム」であり「監視統制システム」なのだ。
 
 一部には、人民からの体制批判をかわす意味で台湾の軍事進攻があると予想する向きがあるが、そのようにはならないと思っている。
 来年1月に台湾総統選がある。前回2020年の折は、前年に香港での大規模な民主化運動を弾圧したことより、台湾人のナショナリズムが高揚し、劣勢にあった民進党の蔡英文総統が再選された。その反省から台湾に対する軍事行動は控えるであろう。
 “戦狼外交”と呼ばれるように、中国は脅して、相手に従わせる。譲歩させる。米国は、とくに民主党政権は、言うことを聞かなければ、すぐに武力行使するが、戦争に負け続けた中国にはそんな蛮勇心はない。経済的な嫌がらせはしても。
 中国は、脅しによるペロシ米国下院議長の訪台阻止を図ったが、米国に無視されメンツを潰されても、直接米国に対抗措置はとれない。怖がってくれる台湾、日本に対する軍事演習・示威行動で(国内向けにも)虚勢を張るしかない。
 オバマ政権のように「戦略的忍耐」とカッコつけて譲歩してくれればまた別だが、トランプ政権からバイデン政権に代わっても、中国に対して強硬であり、台湾への手出しは出来ない。
 中国は、1979年の中越戦争以来大きな戦争をしたことがない。どれだけ軍事力を強化しても、ウクライナ戦争を見ても分かるように、実際の戦争ではどうなるか分からない。中国共産党を守る為の人民解放軍にどれだけ愛国心があるかも分からない。
 米国と対決姿勢を見せるどころか、ブリンケン米国務長官を招いて会談しょうとする(偵察気球が米国に侵入したことにより訪中は中止になったが、ミュンヘンでブリンケン氏と王毅氏が会談した模様)。
 習総書記が「平和統一を目指すが、軍事侵攻も排除しない」と言うのは、台湾が独立を宣言することを差す。その時は、米国をトップとする連合軍との戦闘も覚悟して、漢民族を支配・蹂躙した外夷も含めた「中華民族の偉大な復興」を賭けた乾坤一擲の勝負に出る。
 遠藤女史はむしろ「アメリカはそこに中国を誘い込みたい」と次のように言う。
 「武力統一をすると台湾人が反共になり共産党の一党支配体制を脅かすので中国は平和統一を狙っている。しかし平和統一だと中国が栄えるので、アメリカは中国を潰すために、中国に台湾を武力攻撃して欲しい。そのためにアメリカは『台湾政策法案2022』を制定して台湾をほぼ独立国家に近い形で認める方向で動いている。これに力を得て台湾政府が独立を宣言すれば、中国は台湾を武力攻撃する。」
 GHQから与えられた日本人と違い、長い苦難の中で血と涙を流し民主主義を勝ち取ってきた台湾人の政治的民度は高い。ウクライナを他山の石として、ウクライナの二の舞は演じないだろう。米国が台湾に肩入れしてくれるのは頼もしいが、内心グイグイ来られるのはありがた迷惑と思っているのでは。台湾が戦場にならない為には「現状維持」を貫くしかない。

 日本政府は台湾有事に伴う日本有事をどう思っているのか。防衛費増額の正当性からも喫緊の問題としていようが、本気で考えているようには見えない。台湾有事に備え、台湾には防空壕が10万か所以上あると言われる。日本にはどこにあるのか。中国が攻撃するとなれば、沖縄を初めとする南西諸島だけではなく首都など本土も攻撃してくるだろう。
 防衛費増額すれば抑止できると思っているのか。反撃力を強化すれば、日本が被弾することがないと言いたいのか。増税してまでの防衛費5年43兆円は米国への朝貢と防衛利権が主眼としか思えない。
 昨年末海自特定秘密漏洩問題で情報の受け手の元海将だと噂される3人の中の1人である香田洋二元海将の新刊『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(翌1月に発刊。防衛省にとって煙たい香田氏が問題の元海将であれば名前を公表されているだろう)の中で、「イージスアショア配置断念」の問題に触れている。不勉強にて私は過去代替措置が放置されていると書いたが、そうではなく、イージスアショアに使用するはずだった弾道ミサイル防衛システムを護衛艦に搭載し「イージスシステム搭載艦」(2隻)とする代替案が出されていた。それを①6か月の検討でしかなく拙速、②ミサイルの専門家である制服組を入れず背広組で決めた、③結局イージスアショアよりも費用が増えるかもしれないがまたぞろ国民にごまかすのか、と香田氏は指摘する。その根底にあるのは、国民に対する防衛省の責任感の欠落と、高価格・高性能装備を国民の前で一点の曇りもなく説明し、導入を実現しようとする防衛省と自衛隊の決意と覚悟の欠如と、批判する。防衛省、自衛隊幹部にとって、主権者たる国民は足でまといぐらいにしか思っていないということなのか。
 中国は混乱と停滞が続き、習総書記は内政問題に追われる。台湾有事で得するのは米国だけ。日本にとって今やるべきことは、本来粛々と進ませるべき軍事力の強化を無い袖を無理やり振ってまで声高に行い中国をことさら刺激するのではなく、与那国町議会が避難シェルターの設置を防衛大臣に求めた如く、まず防空壕、核シェルターとなる地下施設などの国民保護の整備が先決だ。それに並行して、軍事力にしろ外交力にしろ、その基盤となる経済力の向上・経済の立て直しに注力すべきではないのか。
 (次号188号は3/10を予定)

2023.3 NO.186  かつみみ VS かつみ
 ゴルフの日本女子ツアーに先立ち米女子ツアーの2023年度が開幕した。
 昨季について振り返ってみる。2022年2月号 NO.166(「さそう VS むそう」)で予想したが、私の予想は当たったとは言えない。カメに擬えたコ・ジンヨン選手とウサギと喩えたネリー・コルダ選手が女王争いする確率が一番高いと思ったが、共に故障するとは想像しなかった。ネリ―選手が腕に血栓ができ手術した。コ・ジンヨン選手も手首を故障し休場した。
 その間に米ツアーではルーキーのアッタヤ・ティティクン(ンはルとも)が台頭し、2022年8月号 NO.176(「 ふるえ VS ふるえる」)にて次のように期待した。
 「同166号で笹生選手を筆頭として新世紀世代と呼ばれる2001年以降生まれの世代のNO.2にアッタヤ・ティティクン選手を挙げていた。タイの天才プロゴルファーと呼ばれ、アマ時代の成績は笹生選手に勝るとも劣らず、米ツアーでも活躍すると思ったが、早くも1勝を挙げた。世界ランクも5位(笹生選手は19位に後退)。新人王争いでも韓国チェ・ヘジン選手や渋野選手、古江選手を抑え、トップに立っている。メジャー優勝も時間の問題であろう。」
 そのアッタヤ選手がルーキーオブザイヤーになるのは確実だと思ってはいたが、(日本時間の昨年11/1)世界ランク1位なるとは予想外であった。
 ゴルフの天才少女と呼ばれたアッタヤ選手は、14歳で欧州女子ツアーのタイ開催のトーナメントにてリディア・コ選手の記録を抜いて史上最年少でのプロツアー優勝を果たした。さらにアマのまま同トーナメントを再度勝ち、2020年1月プロ入り後翌年欧州女子ツアーで2勝(通算4勝)した。昨年から米国女子ツアーに転戦しすぐに3月に早々に勝利を挙げると、9月の「ウォルマートNWアーカンソー選手権」で2勝目を挙げる。
 順風満帆のアッタヤ選手であるが、私が思うに挫折と言えるのは、2021年のタイでの米ツアートーナメント(ホンダLPGAタイランド)で優勝を逃したこと。最終日首位のパティ・タバタナキット選手を抜きもう少しで米ツアーのツアーカードが取得できるところであったが、前でプレーするアリヤ・ジュタヌガーン選手が最終18番でイーグルを奪い、1打逆転されてしまった。18番のセカンドでアッタヤ選手は2オン可能で初日イーグルのようにイーグルで優勝、バーディでもプレーオフだったのだが、打つ直前にスコールがあり、まさに水を差された。中断後バーディもとれず敗れた。それで欧州女子ツアーへの出場を続けることに。無駄ではなかったが(年末渋野選手、古江選手らと8日間に及ぶ過酷な米プロテストを受け3位で合格)。
 アッタヤ選手は飛距離などスタッツで飛びぬけたものはないが、体操のレジェンド内村航平選手と同じ個人総合で1位というところか。前季26試合出場し10位以内が16回(トップ)で成績が安定しているだけではなく、ベテラン選手かと思うほどメンタルも安定している。
 しいて課題があるとすれば、パッティング(平均パット数ランク32位)か。10/20からの韓国での米ツアーBMW選手権で初日9アンダーでトップに立ち最終日もトップで迎えたが、優勝したリディア選手(同2位)にパット力の違いを見せつけられた。優勝賞金200万ドルの最終戦もポイントランキングトップのリディア選手と2位のアッタヤ選手が初日ツーサムで回ったが、一日でアッタヤ選手はリディア選手に8打差もつけられてしまった(優勝したリディア選手は、ポイントでの年間女王、賞金女王、年間最小平均スコアのベアトロフィーの3冠となる。さらに11/29史上最長5年半ぶりに世界ランク1位に復位。12/30の結婚に華を添えた。前季はまさにリディア選手の年となった)。
 19歳で世界ランク1位となったアッタヤ選手(今季1/31時点同4位)は17歳で世界ランク1位となった元祖天才少女ゴルファーのリディア選手の歩んだ道を辿れるか。今季のプレーが注目される。

 そのアッタヤ選手と笹生選手が昨年(日本時間)9/24~26に開催されたアーカンソー選手権で優勝を争った。初日笹生選手が首位に立つ。そこに2日目に10アンダーを叩き出しアッタヤ選手が追いついてきた。新世紀世代のフロントランナーNO.1、NO.2の優勝争いだ。私は両者ともファンであるが、直接対決なら日本人笹生選手を応援する。笹生選手はパターのシャフトをカーボンからスティールに戻してパットが好調で予選2日間でノーボギー。ようやく2勝目が得られると期待した。
 ただ、最終日に向けて、笹生選手が「緊張する」と言ったのを知って驚いた。いつも「楽しんで」としか言わなかったのに。やはり全米女子オープン優勝後早くもう一勝してほしいとの心配が当たってしまったか。笹生選手には無縁だと思いたかったのだが。
 笹生選手は最終日風向きが変わったと言っていたが、それは皆同じ。優勝したアッタヤ選手も2勝目へのプレッシャーがあったらしいが、1勝後も順調で来ていた。1年以上優勝できなかった笹生選手の方がプレッシャーが大きかったのであろう。
 2019年以降で2021年全米女子オープンを制した笹生選手のように米ツアーの初優勝がメジャー大会である選手のほとんどがその後メジャー大会でなくても勝てていない。2019年全米女子オープン覇者イジヨウン6選手、同全英女子オープン覇者渋野日向子選手、2020全米女子オープン覇者キム・アリム選手、同全英女子オープン覇者ソフィア・ポポフ選手、2021年ANAインスピレーション(22年から「ザ・シェブロン選手権」に名称変更)覇者パティ・タバタナキット選手が勝てないでいる。
 その中でも、大柄なキム・アリム選手は出場数トップの29試合に出場し予選落ちが2回だけと安定している。対照的に心配なのは、親日国タイのパティ・タバタナキット選手。上記21年ANAインスピレーションを初日から他を圧倒する飛距離で首位を続け完全優勝を21歳で果たした。アリヤ・ジュタヌガーン選手に変わり世界を牽引するかと思われた。だが、翌2022年に入ると、前半はよかったが、6月の全米女子オープンに予選落ちしてから、4連続予選落ちとなり、次の試合で29位の後また3連続予選落ちと棄権。次の予選落ちのない2試合でも73位、72位。ラス前も予選落ち。上位60人で争う最終戦も最下位。スコアが悪いから画面に登場しないのでよく分からないが、スタッツを見ると飛距離が15位でフェアウェイキープ率が160位であるからして武器のドライバーが暴れているのか。年が改まったので心機一転を期待したが、今季初戦も29名中28位(優勝したブルック・ヘンダーソン選手とは30打差)に終わる。
 運も味方し、自身のゴルフが完成されていない、確固たる自信もない間にメジャーに勝ち、周りからの見る目が変わり期待も大きくなり、期待に応えないとのプレッシャーが大きくなる。期待に応えられないと声援は誹謗・中傷に変わる。日米韓のナショナルオープン制覇かつメジャー3勝のチョン・インジ選手でさえ鬱に悩まされたと告白した。
 逆に、ジェニファー・カプチョ選手は、2018年に世界NO.1アマとしての勲章「マコーマックメダル」を受賞。19年に「オーガスタナショナル女子アマ」で初代チャンピオンとなり、鳴り物入りでプロになるも、3年間優勝できなかった。が、2022年のメジャー初戦シェブロン選手権でツアー初優勝を飾ると、その後すぐ立て続けに2勝を挙げた。

 米ツアーに挑戦している日本選手の中ではルーキーイヤーの古江彩佳選手の活躍が光った。今季さらに昨季の最終予選会に5位で合格した勝みなみ選手が米ツアーに参戦する。
 勝選手は全盛期が過ぎたとはいえ実力者の申ジエ選手を抑えて日本女子ゴルフの最高峰日本女子オープンを畑岡奈紗選手と同じく二連覇したのだから、勝つ見込みがあると挑戦する勝選手を誰も止めることができない。他の日本選手に比べれば米ツアーに向いている。
 ただ、日本で飛距離が抜きんでいても米ツアーではざらにいる。同じ270ヤードでも思い切り振ってのものとコントロールしてものと意味合いが違う。
 米ツアーは選手層が厚い。爆発力はあるが年間平均スコア70.52を70そこそこまでに改善することが必要だろう(日本女子ツアーで70を切ったのは2019年69.93の申ジエ選手と前季69.97の山下美夢有選手のみ。なお、勝選手FWキープ率60.38%、76位VS山下選手77.18%、5位)。
 4日間開催が主でコース設定もよりタフな米女子ツアーでは前季ランク14位の畑岡選手までも70を切る(1位リデイア選手68.988、2位キム・ヒョージュ選手69.390、3位アッタヤ選手69.458)。
 同じく最終予選会を受けた西村優菜選手は、24T位で終わり多くの試合に出場できる20位以内に入れなかった。インタビューでは涙涙で言葉にならなかった。飛距離が出ないのに日本ツアーでの年間平均スコアが70.46では厳しいか。そんな声に反発するかのように、それでも本人は米ツアーに参戦(昨季米ツアー21位古江選手の平均スコア70.34が目標となるか)するという。西村選手(150㎝)は、同じような体格の古江選手(153㎝)の活躍に刺激を受けて、プロテストに挑戦したのであろう。それに際しこう述べている。
 「自分の中では海外メジャー優勝という目標があるので、そこに向けて海外でいろいろな技術を身につけて強くなって日本に帰ってきてプレーしたい。それもあって早い方がいいかなと思った。」
 成功した選手は戻ってこない。戻ってくるのは引退するとき。帰ってくる選手は見切りをつけて戻ってくる。岡本綾子さんが言っていたように米ツアーに行ったから技術が上手くなるとは限らない。上手くなっても日本ツアーでそれが発揮できるか分からない。帰ってきた選手で米ツアーに行く前よりも成績が大きく上がった選手はいないのではないか(上田桃子選手は長く第一線で活躍しているとは言えるが)。たった1年ちょっとで帰ってきた河本結選手も行く前の状態に戻らず2年連続シード権を逃している。
 日本のサラブレットは欧州の競馬場で力が発揮できない。が、日本の女子選手は欧州のゴルフ場と相性がよい。古江選手が米ツアーで優勝したのも全英女子オープン(以下「全英女子」)前哨戦・スコットランド女子オープン (欧州ツアーとの共同開催。欧州ツアー名:スコティッシュ・オープン)。圧巻のプレーを披露し、“静かなアサシン”キム・ヒョージュ選手を逆に圧倒し戦意喪失させていた。
 翌週の全英女子では、米本土では予選落ちも少なくない渋野日向子選手が優勝争いをした。リンクスコースの難しさは、強風とポットバンカー(タコ壺バンカー)。ポットバンカーは馬力の差は関係なく、入ればだれでも一打罰となる。飛ぶけど曲げる選手は敵ではない。渋野選手は、球が風に強い。リンクスはフェアウエイが平坦で、改造スイングの弱点、左足下がり、つま先下がりがない。加えて全英女子チャンピオンとしての自信からかパットも好調であったことが要因として挙げられる。
 全英女子の前月に開催されるメジャー・エビアン選手権もアップダウンのある日本のコースと似ており、現メジャー昇格前で宮里藍(2回)さん、小林浩美(現協会長)さんが優勝しており、前季も、西郷真央選手が3位、畑岡選手、西村選手が15位と上位に並ぶ。
 一方、米本土で開催される世界最高峰全米女子オープンは、距離もさることながら、ラフが深い。日本選手同士のプレーオフとなった2021年の全米女子でサドンレスとなった3ホール目、畑岡選手がフェアウエイで、笹生選手がラフ。畑岡選手が一打分有利のハズだったが、馬力のある笹生選手はラフからパーオン。なんと2mにつけ、優勝した。
 新世紀世代(2001年~生まれ)は、世界の頂点に立った天才肌・練習の虫のアッタヤ選手や全米女子オープンを制した努力家・爆発力の笹生選手だけではなく、米ツアーの最終予選会でトップ合格した韓国ユ・ヘラン選手(21歳、176㎝)が参戦する。さらにタイの300ヤード放つナッタクリッタ・ウォンタウィラップ選手(愛称シム20歳)が最終予選会で28T位ながらメンバー入り(45位まで)した。欧州女子ツアーで、アッタヤ選手の14歳に次いで16歳で優勝したドイツ人プロのチェイラ・ノジャ選手もいずれ米ツアーに参戦するだろう。
 上述のBMW女子選手権で世界が瞠目したアマの韓国キム・ミンソル選手(高校1年生16歳 177㎝)、全米女子アマチュアゴルフ選手権で優勝した日本の馬場咲希選手(17歳175㎝)等アマの大型選手が控えている。米ツアーはますます大型選手が席巻する時代に入る。
 米男子ツアーで3勝を挙げた丸山茂樹プロは日本男子ツアーの2022賞金王比嘉一貴プロ(158㎝)の米ツアー参戦に対して「ドライバーの飛距離が爆発的に伸びてますからね。相当自分に自信がない限りは行かない方がいい。僕らのときみたいに技術が何とか手助けしてくれるって時代じゃなくなりましたから」と反対している。比嘉プロ本人も今季はDPワールドツアー(旧名ヨーロピアンツアー)を軸とすると表明。女子の方は丸山プロのような影響力のある忠告者はいないのか。
 西村選手を初め日本の体格が大きくない選手は、日本ツアーに居て、(暑い夏の日本を離れて)7月からの欧州におけるエビアン選手権→(スコットランド女子オープン)→全英女子オープンに挑戦して欲しい。どれかに優勝すれば、その時点で米ツアー参戦を検討すればよいのではないか。
 初代メルセデス女王と公式戦2勝(特典5年シード権)の山下選手は、西村選手と同じ身長でもあり、米ツアーへの転戦を急がず今季以降も多勝し日本でスーパースターになってもらいたい(2021年度年間8勝の稲見萌寧選手は昨季2勝に終わる。西郷選手は序盤5勝したが、終盤大スランプに)。
 ツアーを最盛させるためにはスーパースターも必要だ。男子ツアーの尾崎将司選手や米ツアーのタイガー・ウッズ選手みたいに。

 私は、今の日本女子ツアーは、風呂に喩えれば、今のままではいつまでもぬるま湯にしかならないと思っている。たしかに風呂の平均温度は35度から39度に上がっている。しかし、それ以上沸かしても上にあがってきた熱い湯を掬ってしまえば、温度は上がらない。笹生選手や古江選手らの代わりに外から熱い湯を入れればよいが、それがない。
 今は強かった韓国アン・ソンジュ選手は産休中?で出ていない。申ジエ選手はまだ頑張っているが、李知姫選手、全美貞選手、イ・ボミ選手やテルサ・ルー選手はもう熱い湯とは言えない(韓国選手が日本のプロテストに合格し、実力ではなく容姿で人気のアン・シネ選手の代わりは出来たが)。ぬるま湯の中では、強い者が勝つのではなく、ベテランであれ、ルーキーであれ、その時々調子のよい者が勝つだけに過ぎないのでは(1/7配信の『みんなのゴルフダイジェスト』は「誰もが主役になり得る時代が到来」と盛り立てるが)。
 渋野選手が目標とする朴仁妃選手は石の上にも3年日本ツアーで実力を磨き米ツアーで現役最高選手になったが、今は日本ツアーを経由せず直接米ツアーに行き、いきなり何人もの韓国選手が全米女子オープンに勝っている。加えて、韓国女子ツアーも最近は試合数が増え、賞金額も日本ツアーに匹敵するぐらい上がっており、海外に行く必要がなくなっている。さらに韓国女子ツアーは、規定を緩和し、海外から選手を呼び込み、ツアーの活性化を図ろうとしているという。
 その中でJLPGA(以下「協会」)は強い韓国選手を呼ぼうとせず、実質締め出している。キム・ヒョージュ選手は日本ツアーへの転戦希望を表明していたのだが。そのヒョージュ選手ももう日本ツアーに見向きもしないのか。韓国での開催の次は日本での日米共同開催のTOTOジャパンクラシックなのに、韓国からそのまま米国に戻ってしまった。
 日本女子オープンに次いで伝統と格式のある公式戦日本女子プロゴルフ選手権では、強い海外選手のスポット参戦もなく、コースセッティングも難しくなく(優勝スコア16アンダー。女子オープンは3アンダー)、臨時の高校生をキャディーとしたルーキーに勝たれ、シード権3年と優勝賞金3,600万円を与えた(優勝した川崎春花選手を批判してはいない。はんなりした物腰の中に芯の強さを垣間見せる彼女に好感を抱くし、彼女自身は何も悪くない)。ぬるま湯の中では、選手たちに公式戦の重みも勝つことの難しさも身をもって分からせることはできない。
 そんなぬるま湯の中で、すぐに熱い湯になれる日本女子選手は、「井の中の蛙で終わるのはイヤ!」とますます米ツアーを目指すのだろう。
 世界ランク100位内に日本の女子プロが19人(今季1/31現在)いる。喜んでばかりはいられない。ぬるま湯の日本ツアーだけの出場で(五輪の出場枠にも関係する)15位内に数人入ってくると米ツアーの選手から不満表明が出て、日本ツアーの難易度が下げられ優勝しても前ほどポイントが上がらなくなることも予想される。
 ファンは日本女子ゴルフ界の現状をどう思っているのか。あるネット民が「何年か前までの韓国勢に優勝を半分以上持っていかれた頃と様変わり。日本女子プロゴルファーは本当に強くなった。」と投稿していた。他のファンもそう思っている人が多いのであれば、協会は今のままでも安泰だ。

 もっとも、今が良ければそれでよいと思うのは、政財界も同じかもしれないが。

 (次号187号は2/20予定)

2023.2 NO.185 ン VS フ
 昨年は年初よりウクライナ戦争が起こり年末恒例の一字は「戦」となったが、新年は昨年より平和な年になるのでは。小康状態でもそうなると私は信じたい。
 昨秋米国の中間選挙が終わった。民主党が上院での勝利が確定した後も共和党優位予想の中接戦の下院について中々全国紙は触れようとしなかった。11/15の『NHK米国中間選挙2022-NHK特設サイト』の15時01分時点で共和党が217議席となったのに、11/15中で「共和党217議席獲得 過半数まであと1議席」と報じたのは、地方紙などで、全国紙ではいち早く報じた日本経済新聞のみ。大手4紙は、『Yahoo!』で確認する限り、報じていないのでは。政府だけではなく、権力を監視するハズの大手メディアも米国に従属しているのかと唖然とした(翌16日米国メディアが「共和党が下院で過半数確実」と報じると一斉に報じ始めた)。
 ともあれ、予算の先議権を有する下院では辛勝ながら共和党が勝利した。新春早々下院議長選が共和党保守強硬派の造反により難航したが、これから共和党が下院にて主導権を発揮していく。
 10月時点でバイデン民主党政権は、ウクライナに総額182億ドル(約2兆7千億円)超に上る軍事支援を実施してきた。非軍事支援を含むと520億ユーロ(約7兆6,200億円、約7割)を超えるとドイツのキール世界経済研究所は見ている。
 これだけの支援をして得たものは、何があるのか。たしかに米軍産複合体は潤った。バイデン大統領が蛇蝎のごとく嫌うプーチン大統領を窮地に追い込んだ。しかし、経済制裁はルーブルの価値も下がらずロシアを弱体化させたとは言えない。代償の方がはるかに大きいのではないか。エネルギー価格や小麦価格等の高騰を招き、戦争を仕向けた米国だけではなく世界中の低所得者の生活を困窮させている。代理戦争させられたウクライナは国土が荒廃し多くの住民が犠牲となっている。西側が民主主義の敵とするロシア、北朝鮮、イランの結束を固めてしまった。
 さらに、第3次世界大戦に向かう、ひいては核戦争かとの危機感を世界中に覚えさせた。バイデン大統領はロシアを戦争に引きずり込ませる為に「(米国はロシアとの核戦争を避けるために)参戦しない」と言ってしまった。核の抑止力は、「敵が核兵器を使えば必ず核兵器で報復する」ということにあるのに。それで、非核保有国ウクライナと核保有軍事大国ロシアとのあり得ない戦争となった。バイデン政権の誤算は、予想するよりはるかにロシア軍が弱かったことではないか。NATOがウクライナに加担するとはいえ、ロシアが核兵器を使わなければ挽回が不可能になる事態は想像していなかったのではないか。西側支援のウクライナとロシアとが通常兵器でほぼ互角の戦いが続きウクライナを犠牲にしてロシアを疲弊・弱体化させることを想定していたのではないか。
 頼りの綱の習近平総書記も反対しているので、プーチン大統領は自重しているが、戦況がより悪化すればロシアの強硬右派の圧力に屈するかもしれない。ロシアが戦術核であれ使用すれば、米国が窮地に陥る(表向きはロシアの黒海艦隊への壊滅的報復などと脅しているが、水面下ではどうか分からない。ロシアは核を使わせないなら米国が手を引けと言い返しているかもしれない)。報復として米国・NATOが通常兵器でロシア軍を猛攻撃せざるを得ないが、そうするとロシアが戦略核戦争への構えを見せるかもしれない。
 囲碁で喩えれば、60年前のキューバ危機は、米国にとって足元のキューバは本コウ。ソ連にとっては花見コウ(元々敵方のもの。取られても痛くない)。それでソ連が回避した。今般のウクライナはプーチン大統領にとって本コウ。米国にとっては花見コウ。チキンレースから降りるのは米国の方。バイデン大統領はチキンとのそしりを受けても。
 逆にバイデン大統領に不退転の決意があったとしてもそれを許す環境ではなくなる。ウクライナ支援の2023年予算は民主党で確保したかもしれないが、思うように支出できるとは限らない。それもあって昨年末ゼレンスキー大統領を米国に呼び議会で支援継続要請の演説をさせたのであろう。

 トランプ元大統領の神通力が陰りを見せても、トランプイズムは残る。MAGA(Make America Great Again)の共和党下院議員たちがバイデン大統領を攻撃するのでは。バイデン大統領の次男ハンター・バイデン氏とウクライナや中国との疑惑に対する追及によって。
 何にせよ、バイデン大統領の思惑通りに事は進まないだろうから、共和党の圧力に屈したと言われる前にウクライナ戦争の休戦の方向に舵を切ることもありうるのでは。それでも、攻勢にあり戦闘を止める気のないゼレンスキー大統領が従うとも思えず、時間を要するだろう。今もロシアからの直接の砲弾だけではなく、砲弾によるインフラ破壊に基づく酷寒さがウクライナ住民の命を奪おうとしているのだが。


 我々一般住民は、ウクライナ戦争を見て、初めて「専守防衛とは何か」に気づいた。ウクライナと同じ自国が戦場になることを意味する。日本は島国であり、まずミサイル攻撃で日本の軍事基地や通信施設等が破壊される。その後に上陸される(陸路で避難できるウクライナ人のようには海に囲まれた日本の人々は容易には国を脱出できない)。その後はウクライナと同じ。たとえ戦争に勝っても、国土が焦土化し、経済が壊滅的になり、大勢の無辜な住民が犠牲となる。
 日本が攻撃されたら、平時住民を救援・救助する自衛隊の自衛官は戦時は本職の兵士となり、我々は護ってもらえず、IT技術者、医師等特別なスキル・資格を持たないなら人道回廊も墓場に続くだけかもしれない。日本を攻撃するとすれば民間人の生命を重んじる?西側先進国からではない訳だし。
 ウクライナの惨状を見ていながら、明日は我が身だと思わず、我々一般住民が、国民の生命と財産を守ることを後回しにしているような政府の軍事力増強に対し、尻馬に乗って世論として“加油”するのなら、歯ぎしりするほかはない。
 攻撃される最悪の事態を想定し、軍事力で対抗することを考えるのは、防衛省であり、国の軍事研究者たち。憲法第9条を擁し平和国家を標榜する国のトップは、それを指示する一方で、なんとしても戦争にならないよう外交努力に傾注しなければならない。病気は「治療」よりも「予防」なのだ。紛争は、「戦争」よりも「外交」なのだ(米中戦争となれば日本が戦場とされる)。

 それなのに、BS情報番組では、産経系に限らず、朝日系、毎日系までもが軍事研究者等を招いて連日ウクライナ戦争の戦況、使用兵器や自衛隊幹部OBのロシアへの攻め方の話ばかり。観続けて疑問が湧いた。BS情報番組は自衛隊員の為にあるのか。私達一般住民は何のために見せられ続けているのか。

 安倍政権下、暴走しがちな河野防衛大臣が突如イージスアショア配置の断念をぶち上げた。敵国からのミサイル攻撃による大きな被害から国民を護るために配置するのに、大事の前の小事でしかないブースーターが自衛隊内や海上に落とすことが確実でないからとして。それから自民党は突拍子もない敵基地攻撃に替えると言い出す。腑に落ちぬ(日米同盟における「米国は攻撃。日本は専守防衛」の役割分担の見直しを米国から要求され、憲法9条の制約の中での過渡期的な対応なのか(どう見ても“ふつうの国”に変わろうとしているのに、憲法第9条をどうするか政府は国民に問おうとしない)。

 そして住民を護る代替措置が検討されず放置されていると言っても過言ではない。戦争のゲーム「将棋」でもまず守りを固めてから攻めに転ずる。サッカーWCで決勝トーナメントに進出した森保ジャパンも前半守りを固め後半から攻める。
 米国で最もファンが多い「アメフト」でもヘッドコーチ(首相)の下に「オフェンス・コーディネーター」と「ディフェンス・コーディネーター」がいる。日本には今ディフェンス・コーディネーターがいないのではと不安視するのは私だけであろうか。そんな中宏池会政権に代わり見直しを期待した。しかし、評判の悪い「敵基地攻撃能力」を「反撃力」と文言を変えただけで、安倍政権での方針を追従しているだけではないか。
 今や中国が筆頭仮想敵国であり、国土が日本の25倍ありかつ核大国の中国に対して年間国防費が中国の1/7?の日本が敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有したからといって抑止力につながると本当にそう思っているのか。抑止力はあくまで日米同盟と米軍の日本駐留であろう。極論ではあるが、米国が日米同盟を破棄することを心配するなら、(ウクライナのように)攻撃されないようにするには、知の巨人・トッド氏が再三日本に提言する核武装は政治的にも物理的にもできないので、米国が嫌がる中国と同盟し人民解放軍に駐留してもらうほかはない。
 万が一の為と言うなら、反撃力を強化しても、すべてのミサイルや砲弾の着弾を防ぐことは出来ない。世界一強の米国と同盟し米軍が駐留する日本に攻撃を仕掛ける他国はないと高を括ってなおざりにしてきた硝煙弾雨に対する国民の保護措置を最優先課題とすべきだ。
 軍事力の基盤となる経済力が低迷したままなのに、米国・NATOに「防衛予算をDGPの(5年後)2%に」を勝手に約束し、国会議員が身を切ることもせず、「歳出改革」の一言では本気度も怪しい中で、1兆円で済みそうにない増税により国民に負担させるのか(政府にとって主権者は米国。国民には、安全保障での大転換の説明も相談もなく、その為の防衛費増枠の手段についてのみ政府と自民党との国債か増税かの議論を通じて知らしめる。そして増税を押し付ける)。

 矜持を失ったのかメディアも、防衛費の財源論議をとり上げるが、根本の安全保障の大転換の問題を大きく報道しようとはしない。この国は極めて不健全になりつつある。

 日本国民も軍事力増強で生活が犠牲にされている北朝鮮の人民を哀れんでいる場合ではないが、その北朝鮮の脅威をタカ派はことさら強調する。しかし、トランプ前大統領と同じく、ICBM発射時に娘をお披露目した金正恩総書記も娘思いでは。政治的意味合いがあるにせよそんな愛娘を堂々と表に出す独裁者は、核兵器を盾にする(核実験は何回しても実験に過ぎない)、あるいは他国に売るだけで、戦争などするとは思えない。金総書記の目的は、何よりも金王朝の存続であり、他国への侵略などにはないだろう。

 そんな北朝鮮の軍事的示威行動としての度重なるミサイル発射(吠えるだけの黒毛犬を前の金毛犬のように構うのならまだしも目の前で金毛犬が吠えたら黒毛犬がよけいに吠えるのは当たり前)を理由に先制攻撃と非難されかねない自民党の敵基地攻撃路線を容認する(平和の党としての看板が古ぼけてきた)公明党山口体制をいつまで創価学会は許すのか。旧統一教会問題の火の粉が降りかかりそれどころではないにしても。
 国家財政が厳しくかつ少子化で国が縮んでいく中で平和国家を標榜する日本の反撃力の主力は、米国から購入する大型高額の軍事兵器ではなく、直接人を殺傷せず核攻撃等攻撃システムを狂わせる、事前に阻止する積極的サイバー防衛(アクティブ・サイバー・ディフェンス)になるべきハズだ(サイバー防衛に金も人も投入せず、中国、ロシア、北朝鮮等からも大幅に遅れている。その改善が焦眉の急なのに兵器増強による敵基地攻撃能力の強化はどうなのか。しかも厳密に必要な物を積み上げていくのではなく、防衛予算を拡大したからと利権として予算を奪い合うのであれば)。
 そんなオフェンス・コーディネーターは宏池会所属の小野寺五典議員(自民党安全保障調査会会長)が担っているように見える。その小野寺議員は、11月初め北朝鮮のミサイルが日本上空を過ぎ去った後にJアラートが鳴ったことに関し、他人事のように「恥ずかしい」と言い捨てた。大臣とか政府の重職についていないとは言え、「(3度の)防衛大臣の職にあった者の一人として責任を感じる」と陳謝すべきなのでは。

 TV番組で観る限り元海将の香田洋二氏の方が政治家よりよほど日本国、日本国民を守るべくバランスの取れた発言していると思う(海自「特定秘密」漏洩問題において、敵国側に渡った訳でもないのに海自幹部が懲戒免職されたのに対し法的に問題はないしろ元海将の名前が公表されないのはバランスを欠く。それは「防衛費増額は身の丈を超えている」と警鐘を鳴らし政権の方針に盾突く形の香田氏がその元海将ではないということも意味するか)。

 専守防衛から逸脱すると敵基地攻撃能力に異議を唱え見識あると期待した岩屋毅元防衛大臣は、匙を投げたのか、四面楚歌なのか、大分県知事選に出馬意向を表明(結局出馬辞退に)。
 

 小野寺議員が宏池会に所属することがおかしいのか、首相も首相だから宏池会自体が変節したのか(古賀誠宏池会前会長は、奥歯に物が挟まった言い方ではなく、叱責してもらいたいのだが)。宏池会であれば、日米同盟があるとはいえ日本の独自の国益も考えて隣国中国、ロシアと「外交」すると期待した。が、米国の代弁しかしていないように映る。
 11/18鈴木宗男参院議員のパーティで共に北方領土返還に向け尽力してきた森元首相が挨拶に立ちウクライナの(自身の保身の為に国民を戦争に巻き込んだ)ゼレンスキー大統領を「多くのウクライナの人たちを苦しめている」と批判した(江川紹子さん程の人でも揶揄するが、いつものような失言ではない。政治的背景を踏まえた一つの見識。日本人はいい加減プーチン「悪」、ゼレンスキー「善」とのステレオタイプ化した見方から卒業しては。私にすれば両大統領及び米大統領も皆が「悪」)。
 その返す刀で、ロシアに厳しい姿勢の岸田首相も「米国一辺倒になってしまった」と森元首相に言われてしまった。対米追随の清和会に言われて、どうする(対ロシアに関しては必ずしも一辺倒でもないが、岸田政権は中国寄りと疑う米国に認めてもらおうと躍起になるあまり、北方領土の返還を積年の悲願とする北海道住民の気持ちに思いを馳せることができないのか。防衛費に復興特別所得税を転用と言われた東日本大震災の被災者の気持ちに対しても同じだろう)。
 本来味方でなくとも敵ではないハズの作家保阪正康氏に「宏池会の系譜に学ばぬ首相に失望した」と言われる。叱咤激励とは言えない。

 2000年世界2位にあった一人当たり名目GDP(39,172ドル)を2021年27位(39,301ドル)にまで押し下げ近い将来台湾、韓国に抜かれるとされ、バブル崩壊後失われた10年を30年にし、さらに貧富の格差を拡大させてしまった清和会政権からようやく宏池会政権に代わり、私は大いに期待した。決断力ないとの批判に岸田首相は独断専行すると悉く裏目に出て首相としての資質を疑われても、それでも支持する気持ちは変わらなかった。

 しかし、金額ありきの「国防費5年で43兆円」を土産に岸田首相は1/13?から訪米する(朝鮮李王朝流に言うと、岸田チョナーがバイデン・ペーハーに朝貢に行く)のを聞くに及び、支持率が下がる一方の岸田宏池会政権を庇う気持ちが急速に萎んでしまった。

(次号186号は2/1予定)

2023.1臨時号 NO.184  り VS  ひ
 前々号(11/8掲載182号「こなもんVSこんなもん」)、前号(11/27掲載183号「トラウトVSトラウマ」)で「フォロワーがついた後すぐに解除になること」について問題提起した。
 こんなことを書くと、何かヤバそうと既フォロワーで逃げる人も出たが(女性フォロワーの方が動じないようだが)、男性A氏は、11/8の182号掲載後も11/21にフォロワーとなり、以前と同様に11/24には解除となる。11/27のNO.183号掲載後も、なおも試みてくれたが、11/29フォロワー、11/30解除、12/1フォロワー、12/2解除、12/18フォロワー、12/19の1amまでには解除とイタチごっこに終わる。
 アメブロ側が解除しているとしか思えない。ただフォロワーが元々少ないのにそんな必要性があるのかと思うが、あるとすれば、フォロワーもアクセスも多く影響力があるA氏が私のブログのフォロワーになることを嫌がるということなのか。
 私自身は作家内舘牧子女史流に言うと「終わった人」。所詮暇人が戯言を書いているに過ぎない。アメブロ国からペルソナ・ノン・グラータ扱いを受けても特段不都合はない。却って生き長らえているだけの生活に刺激を与えてくれる。しかし、A氏は将来ある身。多くの読者も頼りにしていよう。A氏の心意気には感謝しかないが、こんなことで不利益を被ることがあれば、申し訳ないし、望まない。
 フォロワーになるメリットの一つはブログが更新されると案内がくること。フォロワーにならずとも掲載日が分かるようにしたい。最近掲載日はマチマチだが、新年1/10から掲載日を2か月に3回(10日→翌月1日→20日)のローテーションに戻して更新していきたい。換言すれば、奇数月は10日に掲載。偶数月は1日と20日(臨時号)に掲載となるようにしたい(それ以外の日に掲載する場合あれば特別号として別建てとする)。

 今年最後の今回は「左利き」がテーマ。私は生来左利き。小さい頃近所の悪ガキに「ぎっちょ ぎっちょ」とからかわれた。「ぎっちょ」は、現在差別用語か。
 物心ついた頃には食卓で親に箸の持ち手を注意された。向かいに座っている、右利きの兄と同じ側に箸を持っているので、兄と一緒で何が悪いのと抵抗した。4つ上の右利きの兄はわざわざ私の後ろにまわって箸の位置が違うだろうと教えてくれた。それでも直らなかった。
 養老孟司氏の『遺言。』(新潮新書)を読むと、銃は右利き用にできているので、戦前の学校では左利きを右利きに直していたという話が出てくる。戦後においても、その名残りか昭和32年小学1年の折怖いおばあちゃん(50歳には届いていなかったかもしれないが、小さい私にはそう思えた)先生に何度か注意されているうち、私は直に右手で書くようになった。故石原慎太郎のように目をパチパチさせる副作用も出なかった。
 お蔭で、今も箸とペンは右手で持つ。以外は、ボールを投げるのも、絵具を塗るのも、尻を拭くのも、ミスしたときエヘッと頭をかくのも、みな左手。洋画を観てると、ダブルベッドの右側に夫(建前は利き手で妻を守れるように)が、左側に妻が寝ている。ホテルに泊まった時私は左側に位置どる。
 しがない人生を振り返ってみて、左利きで得したことがなく、いい思い出もない。
 草野球をしても、自身の左利き用のグラブを持ち合わせていない時クラブを他人から借りられない。右利きの人のグラブを無理やりはめても何とも具合が悪い。内野を守る時はいつも一塁だけ。花形のショート、サードは守れない。憧れた長嶋茂雄選手の三塁からの華麗なスローイングを真似することもできない。野球というスポーツは右利き用に作られている。
 楽器も、弦楽器は右利き用なら弦を張り替えないといけない。私自身も少学3年のときウクレレを兄から引き継いたが、長続きしなかった。ポール・マッカートニーさんも左利きだから、単に才能がなく熱意が湧かなかっただけかもしれないが。
 18歳になるとパチンコができるので早速試したが、当時手打ち式で、右手の親指でレバーを弾く。左利きは右手では弾く加減が難しく、左手の親指で弾こうとするが、レバーを左から右下に撫でる形になり却って加減が難しい。姿勢もくの字に曲げ恰好も悪い。左手で連続して球を入れ右手で連射できる右利きの人を見て、連発銃に対してこちらは火縄銃かと嫌気がさし、すぐにパチンコ店には行かなくなった。
 タバコも、チャレンジしたものの、体に悪いものを無理して覚えなくてもと止めてしまった。大人の仲間入りは酒と成人映画だけだった。昭和44年当時ピンク映画と呼ばれ、パートカラーで情交の場面になると急にモノクロからカラーに変わる。ある時、神戸新開地の映画館で80歳を優に超えたヨボヨボの老人が私より前々列に座っていた。カラーに変わった途端、老人はぬくっと立ち上がり身を乗り出した。思わず笑ってしまうと同時にこれが長生きの秘訣かと理解した(その理解に対する「自信」は50年後和田秀樹医師が最近肉とともにAV鑑賞を薦めているのを知り松坂大輔投手の名言を借りれば「確信」に変わった。年老いてもAVを観て男の原動力と言える男性ホルモンを刺激している殿方に対して「役立たずのくせに!」と嘲笑ってはいけない。元気で長生きしてほしいと思う奥方は)。
 余談だが、人気作家万城目学氏のエッセイ『べらぼうくん』(文春文庫)を読むと、作者が高校3年生の時大阪新世界のオンボロポルノ映画館に行ったときの話が出てくる。館内は当時の新開地より新世界の方がガラが悪いと思った。

 昭和48年銀行に入行してからも、左利きで少し苦労をした。研修で札勘定の練習をする。札勘定には縦読みと横読みがある。縦読みだけでは新札など札がくっついたりして数え間違いもあるので、扇形にお札を広げて5枚ずつ数えていく。縦読みは(左手でもよいハズだが)右手の親指で札を繰っていくので、左利きの場合どうしても敏捷性に劣る。模擬紙幣50枚タイム競争では右利きの人に後塵を拝した。当時オンラインでなくオフライン端末機であったが、右利き用に設計されていた。新人時代はハンディと感じた。
 ゴルフはもっと悲惨だった。新宿支店に居た昭和50年頃ゴルフを覚え始めた。左打ちゴルファーをレフティと呼ぶが、当時レフティが少なく、ゴルフ道具のレフティ用が少なかった。岡本綾子プロや野球の王さんは左利きなのにゴルフは右で打っていた。超一流のアスリートと違い右では飛距離が出ないので、レフティで通したのだが、いいことは何もなかった。練習場では、混んでると、右利きの人とお見合いになる。目が合えば気まずいし、なにしろお互いソケットしたら相手の顔面にゴルフボールが当たりそうで怖い。多勢に無勢。すごすごと一番左の打席に。皆に尻を向け、壁とお見合いする。すこしでもスライスすればすぐ左側のネットにかかってしまう。惨めで卑屈な気分になったものだ。今はSDGsで左利きにも優しいらしいが、当時銀行の支店コンペでは、支店長に「何か調子が狂う」とイヤミを言われてしまう始末。
 そんな左利きが一時脚光を浴びることがあった。麻丘めぐみさんが歌う『わたしの彼は左きき』がヒットしたが、私には実際にそう言ってくれる彼女もいなかった(母親を恨みたいが、可愛く産んであげたのにと逆ギレされ、憤懣遣る方無し)。イケメンなら、アリスが歌う『秋止符』の「左ききのあなたの手紙 右手でなぞって真似てみる」と言われることもあろうが。右手で鉛筆を持ち、書いて直すときは、消しゴムに持ち替えせずとも、左手で消しゴムを使い、両手使いが出来る(2/10は二刀で「左利きの日」ではなく、「0210」が英語のレフトと読めるからとか)。それを見て便利だねと言われても、それぐらいでは全然帳尻は合わなかった。

 不憫な私とは違って、世の中には左利きで才能を開花し成功した者は少なくない。2016年の週刊ポストの特集記事によると、アイオワ大学の研究者ベンボウ氏は「アメリカの大学入試SATを平均より5年早く受験し、数学試験で高得点を挙げた英才児291人の利き手を調べたところ、左利きの割合は平均の2倍だった」と報告している。
 左利きは、右脳の発達を促すので、数学や音楽、美術、スポーツなどの才能に優れるとする。まさに左利きに天才が多い。実際、プロ野球では、サウスポーのピッチャーは右打者から球が離れるところが見やすく不利と言われる。が、それを物ともしない大投手がいる。メジャー史上最高左腕投手故サンディー・コーファックス、メジャーのオールスターでNOMOと投げ合ったランディー・ジョンソン投手や日本のプロ野球で400勝を挙げた投手故金田正一、オールスターで連続9奪三振の離れ業を成し遂げた江夏豊投手がいる。
 サッカーでは、さきほど悲願のWC優勝を達成したメッシ選手や(ペレ選手と並ぶ)レジェンドの故マラドーナがいる(WC連覇を逃すも得点王となったエムバペ選手の利き足は右足であるが、ペンは左手で持つ。右手から左手に変える人はいないだろうから左利きと認めてよいか)。今WCで2ゴールを挙げた堂安律選手も左利き。

 テニスは、ボクシングと同様、サウスポーが少なく相手がやり辛い利点がある。マッケンロー男子プロやナブラチロワ女子プロとか左利きの超一流プロがいた。
 美術の世界では、ルネサンス時代の三大巨匠(レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ)も皆左利きと言われる。天才画家ピカソも左利き。科学の世界でもニュートン、アインシュタイン、エジソン、ダーウィンという天才科学者たちも左利き。
 音楽の分野では、神童モーツアルト、楽聖ベートーヴェンとウィーン古典派三大巨星のうち2人が左利きと言われる。歌手では、天才歌手故美空ひばりも左利き。松崎しげるさんもそうだ。左利きは全体の10%と言われるが、こんなにも左利きの天才たちがいる。

 血液型で言えばAB型も天才型と言われる。AB型も全体の10%と言われ、左利き、AB型両方に該当する人は1%しかいない。それに加え36年に一度の五黄の寅年生まれ(気学・九星の「五黄」と干支の「寅年」とは、どちらも強運で、二つ合わされば最強運と言われる。今年はその五黄の寅年にあたる)になると0.03%にも満たない。鬼に金棒と言え、大天才が誕生しても不思議ではない。
 その3つを合わせ持つ日本人を私は二人知っている。一人は日本を代表するプロサッカー選手。WCの3大会連続でゴールし今WC2022では解説者としての解説が話題となり「代表監督待望論」がSNSに上った、左利き、AB型、1986年五黄の虎年生まれの本田圭佑選手。もう一人は何を隠そう私自身。左利き、AB型、1950年五黄の虎年生まれだ。ただ、残念ながら何事にも例外がある。当たり外れがある。
 妻は物欲が強くなく野心には縁遠い。それで助かったが、それでも機嫌が悪い時の妻は私に向かってハズレとイヤミを言う。妻なりに思い描いていたプチ左団扇で暮らす生活が左前になって行ったのを故として。

2023.1 NO.183  トラ VS トラウ
 前号(NO.182:11/8掲載)の冒頭でフォロワーがついた後すぐに解除になることについて問題提起した。しかし、11/21に2人の方がフォロワーになられたが、やはりすぐ解除状態になった(九州の方は翌日。ON&OFFが続くもう一人の方は3日後に)。問題提起するも、功を奏さずか。

 私自身のスタンスは「来る者は拒まず」。もし当人が解除してないのなら、アメブロの管理人に問い合わせ願えればと思う。

 自意識過剰と思われるかもしれないが、私はアメブロ国にとってペルソナ・ノン・グラータなのかもしれない。それなら、それで、上等だ。私が尊敬する、ユダヤ人の多くの命を救った故杉原千畝もソ連からペルソナ・ノン・グラータ扱いを受けた。「月とすっぽん」ではあるが。

 

 さて、今サッカーのWCで日本中が盛り上がっているが、ここではMLBで活躍の大谷翔平選手をとり上げる。今季のMLBにおけるア・リーグMVP争いは、ア・リーグのホームラン記録を塗り替え、ホームラン王と打点王の二冠に輝いたヤンキースのジャッジ選手に軍配が上がった。
 米国人は、二刀流の方ではなく、その後からの年間60本、通算714本のホームランキングとしてのベーブルースを敬愛しているとも言える。
 大谷選手ファンとしては、どうせならジャッジ選手が三冠王になってくれていた方が諦めがついた。三冠王の価値は数値化できないから。
 大谷選手が2年連続の受賞を逃しても、規定打席、規定投球回をクリアした、史上初の“完全二刀流の樹立”が輝きを失うことはない。
 MVPを選定する際の有力参考指標とされるWAR(打撃や走塁、守備、投球を総合的に評価して選手の貢献度を表す指標)は前季ジャッジ選手10.6、大谷選手は9.6とした。二刀流の存在を前提としているとは思えない。
 大谷選手は、下記成績のとおり、打者として昨年MVPを争ったゲレーロJR選手と同じような成績を上げ、投手として今季防御率2位で「13試合連続自責点1以下」のメジャー新記録を作ったシース投手と遜色ない成績を上げている。ひとりで二人分(しかも主砲級の打者とエース格の投手)の働きをしているのにMVPにならないのは、常軌を逸していると言えるだろう。
 米国で行われるMLBで、米国のファンが、ナイスガイの米国人でしかも人気チーム・ヤンキースに所属するジャッジ選手の活躍に欣喜雀躍してMVP! MVP!と叫ぶのは理解できる。が、そんな感情がないWARがジャッジ選手を推すのは指標として不適格と言えよう。
  <投手成績>
 2021年 23試合、 9勝2敗、防御率3.18、
奪三振156、奪三振率10.77、WHIP1.09
 2022年 28試合、15勝9敗、防御率2.33、
奪三振219、奪三振率11.87、WHIP1.01
 VS シース投手
 2022年 32試合、14勝8敗、防御率2.20、
奪三振227、奪三振率11.10、WHIP1.11

 ※WHIP =(与四球 + 被安打) ÷ 投球回
<打者成績>  
 2021年 打席数537、打率.257、本塁打46、
打点100、OPS.965(出塁率.372+長打率.592)
 2022年 打席数586、打率.273、本塁打34、
打点95、OPS.875(出塁率.356+長打率.519)
 VS ゲレーロJR選手    
 2022年 打席数638、打率.274、本塁打32、
打点97、OPS.818(出塁率.339+長打率.480)

 WARの問題点については、ある米記者が、こう指摘している。
 「WARは守備負担の違いを考慮するためにポジションごとの補正が加えられ、捕手や遊撃手が大きく数値加算される一方で、比較的に負担の小さいとされる左翼手と右翼手、一塁手、先発投手の評価は低く「0」。大谷が登板日以外に“主戦場”としてきた指名打者に至っては無条件でマイナス評価が下されるのだ。このマイナス評価によって1.7ポイントを損失しておりこれを加算すると、ジャッジの10.6を上回る11.3になる。この結果は、投手と指名打者を兼務する偉才の『価値』を数値化しきれていないとも言える。」
 この記事は、WARの問題点は前から指摘されていながら、日本時間10/6のレギュラーシーズン終了後(ワールドシリーズの成績が影響しないよう)即30人の記者がMVPの投票を済ませた後に報じられた。
 記者の投票前は、ジャッジ選手が有力との記事が多かった。米記者サイドに限らず、今年はなんとしてもジャッジ選手にMVPをとって欲しいと言うのが大方の意思ではなかったか。なぜならマリスの持つ実質年間ホームラン最高記録をジャッジ選手が更新した記録的な年にMVPになれないなら、毎年大谷選手がMVPに固定されてしまうと思うからではないか(凱旋門賞で日本競馬界の至宝ディープインパクトが敗れた時もう日本馬で勝つことはないと悄然と諦観した日本の競馬関係者やファンの当時の心境を思い起こす)。

 前代未聞の「W規定回数達成」を正当に評価するために、WARよりより簡単でもっと分かりやすい指標として下記TWV(Two-Way Value)指数を提案したい。
 TWV指数=OPS指数1.0(主砲級の働き) ×当該OPS指数+ WHIP指数1.0(エース級の働き)÷当該WHIP指数(1より低い程よい)
 2022年度の大谷選手のTWV=1×0.875+1÷1.01=0.875+0.990=1.865となり、いわゆる1人で1.8人前の働きをしていることが分かる。これに対し、ジャッジ選手を当てはめるとTWV=1×1.111(OPS=出塁率O.425+長打率0.686)+1÷0=1.111にしかならない。ジャッジ選手は安打数177の内62本のホームランを打っているが、仮に安打のすべてがホームラン(4塁打)だとする。それでも長打率は177本×4塁打/570打数=1.242で出塁率0.425をたしてもOPSとTWVは1.667にしかならない。大谷選手がどれだけ凄いことをしているか実感できるだろう。
 現MVPは、二刀流の大谷選手が独占することがないよう、MVB(Most Value Batter)に改変し、大谷選手も打者の成績だけで他の野手と競う。投手もMVPの対象であったが、サイ・ヤング賞だけとし、大谷選手は投手成績だけで他の投手と競うことにする。なお、選考は従来どおり記者による投票とする。三冠王や完全試合など数値化できないものも加味する必要があろうから。
 新MVPは別名KOB(King Of Baseball)とする。上記評価指数はTWV(Two-Way Value)指数とする。なお、新MVPについては記者の投票方式ではなく、打率、防御率と同じく数値のみで評価するものとする。
 二刀流は、二刀流の経験がある同僚ロレンゼン投手も言っていたが、大谷選手がハードルを上げてしまった。それで、次の二刀流の選手が出現しにくい。大谷選手が二刀流を卒業すれば次第に増えてくるのではないか。
 新MVPは、大谷選手が引退後Shohei Ohtani賞に改名する。なお、二刀流として評価されるためには、対象の条件として、下記を設ける。
  A:当該打席数/規定打席数(502)+B:当該投球回/規定投球回(162)≧1.25

 ちなみに、今季の大谷選手は666/502(1.33)+166/162(1.02)=2.35。2人前以上の働きをしている(成績では1.8人前)。
 大谷選手が超人的なだけで1.25は対象条件として低くない。仮にコール投手が投手中心で二刀流に挑戦したとしたら、B=200.2(今季の投球回)/162=1.23で、0.02不足を補うために10打席(502×0.02)分打席に立つ必要がある。200回(>先発33試合×6回)投げること自体が容易ではなく、1.25の条件をクリアすることは楽ではない。
 
 進化を続ける大谷選手は来季どんなパーフォーマンスを見せてくれるだろうか。投手としては、本ブログ2022年10月号NO.179(「しょうへいvsしょうらい」)で、今季は13勝と予想したが、15勝を挙げた。通算で28勝あげたことになる。先発で100勝の大台まであと72勝。15勝ペースで後5年で達成できる。
 今季の防御率は2.33だったが、防御率に直接係わる自責点の内訳を見ると、先発28試合の内自責点0の試合が10試合、同1点が7試合、同2点が6試合、同3点以上が5試合。その自責点3点以上の5試合で自責点を24点とし総数43点の56%を占める。
 その5試合とは、米時間4/14のレンジャーズ戦(自責点6)で満塁ホームランを打たれた。開幕前の労使交渉が難航し春季キャンプの開始が遅れ、まだ本調子ではなかった。同5/26ブルージェイズ戦(同5点)では先頭打者にホームランを打たれる。初回にホームランを打たれるのは球にキレがない為で、敗戦投手で終わりやすい(ちなみに、今季28回先発登板し、被ホームラン0本は18回で敗戦投手になったのは開幕戦と最終戦だけ。被ホームラン1本は7回でその内4回が敗戦投手。被ホームラン2本は2回でどちらも敗戦投手。被ホームラン3本は1回で敗戦投手)。
 同6/2ヤンキース戦(同4点)で前季1回も持たずにノックアウトされたトラウマはないと思うがヤンキーススタジアムのピッチャーマウンドとの相性も悪いのか打ち込まれジャッジ選手にもホームランを打たれた(ヤンキースファンから過大評価と野次られた)。同7/12ブレーブス戦(同6点)では、味方打線が不振の中強力打線に対して6回まで完璧な投球を続け0対0の均衡を保っていたが、7回四球を出し次の打者に2球目のスプリットが高めに浮きホームランとされてしまった。緊張の糸が切れ心が折れて降板させるべきであったが、そのまま続投し傷口を広げる。監督代行が自身の責任とコメントした。同8/21タイガース戦(同3点)では先頭打者の初球をホームランとされる。4回までに4四球と乱調で降板。食あたりにより朝から体調が悪かったことが判明した。
 たらればに過ぎないが、仮にその5試合自責点を平均2点に止めておれば、5試合の自責点24は10となり、総自責点43は29に減り、防御率=29÷166(投球回数)×9回=1.57となる。それはすこし厳しいとしても、その5試合自責点を平均3点に止めることはできるかもしれない。それでも防御率1.84と2点を切り、奪三振率1位と併せてサイ・ヤング賞もバーランダー投手と受賞争いしていたことだろう。
 大谷選手には、スライダーには「横滑り」と「縦落ち」があり、それに曲がり幅の大小があり、さらにスピードの緩急もある。加えて新魔球シンカー (ツーシーム)を投げ始め、右打者は真ん中から体にくいこんでくるシンカーを見せられた後では甘く入ったスライダーでも対応しづらい。来季は是非防御率を1点台、WHIPも1を割り込み、サイ・ヤング賞を受賞してもらいたい。
 唯一心配なのは、ルール改正により来季より「投手は走者なしの場面で15秒以内(走者ありの場面で20秒以内)に投球すること」義務づけられること。
 日本人選手は少年野球から投げ急ぎをしないよう指導されているから大谷選手もそのような投球スタイルになっている。今季何度も捕手のサインに首を振っている光景を多く見た。解説の今中慎二氏はスタッシー捕手が出すサインにはスライダーが数種類あるのではと言っていった。ルール改正により時間に急かされて大谷選手が本当に投げたいボールが投げられないことが心配される。
 
 打撃の方は、投手の時ほどに進化しているとは言えない。今季の二刀流は“投高打低”が顕著になったと言える。大谷選手本人や解説者は前季より良くなったと認めているようだが、ファンの私としては、欲深いのか、素人だからなのか、そうは思わない。たしかに打率は向上した。来季以降は「大谷シフト」が禁止されるから一二塁間の強烈なライナーやゴロがヒットになる確率が高くなり、3割近くまで打率が上がる見方がある。
 しかし、大谷選手は、アベレージヒッターではなく、ホームランバッターとしてはどうなのか。長距離砲の指標と言えるOPSは昨季より下がり0.9に届かなかった。現役最高峰の打者トラウト選手は2011年~2022年の12年間の平均で打率は0.303と3割を超え、OPSは1.002(出塁率0.415+長打率0.587)と驚異的。43試合欠場した今季においてもOPSは0.999で、ホームランもジャッジ選手に次いで40本を打ち長期離脱がなければ50本を超えジャッジ選手と本塁打王争いをしただろうと見られている。
 ジャッジ選手も2016年~2022年の7年間の平均で打率は0.284、OPSは0.977(出塁率0.394+長打率0.583)と高い。
 米時間8/31にヤンキースのエース・コール投手から30号ホームランを放ったとき、9月からジャッジ選手とのMVP争いの為にもホームラン40本、打点100、もう少しのOPS0.9台を目指して大谷選手は最後の追い込みをかけると見ていた。
 米時間4月~8月までホームラン30本の内訳は、右翼席15本、左翼席9本、バックスクリーン6本。もっとも月間ホームランの多い8月(8本)は、右翼席3本、左翼席3本、バックスクリーン2本。半数以上がバックスクリーンより左であった。
 上記本ブログNO.179にて、ある専門家の見方を紹介した。「不調時の大谷は、より強く振ろうという意識が強いせいか、見た目にも引っ張り傾向が強く出る。体を開かず、じっくりと引き付け、ボールの内側から叩いて外に押し出す。左打者である大谷がこのように打てば、当然センターからレフト方向へと飛ぶようになるが、これが面白いほどに伸びていく。引っ張った時とは逆に、ややボールの下にバットが入ることでバックスピンがかかり、打球はいつまでも落ちてこない」
 8月末までは、そのように打つべくバッターボックスに立った時右手をセンター方向に振り上げ、そうイメージしていた。ところが9月に入ると、それがなくなり引っ張る傾向が顕著になった。打つポイント体に近いのに引っ張れば、球が上がらない。ゴロになりやすく、米時間9/11に34号を放ってから最終戦の同10/5までホームランが1本も出なかった。メディアはそのことを報じるべきなのだが、アベレージヒッターでもないのに連続安打ばかり報じていた。
 ホームラン(4塁打)が出なければ、OPSも打点も上がりにくく、結局OPSは0.9台に乗らず、打点も100打点に到達しなかった。二刀流が正当に評価されない中ではこれで大谷選手の今季のMVPはないと残念ながら確信した。
 今シーズン終了後記者からの問いに答えて、最終盤ホームランに届かないことに関し、飛ばないボールも影響していると答えた。今季のボールが飛ばないのは5月頃にはもう言われていた。嘘をつく大谷選手ではないので、鉄人の大谷選手は自身で気がついていないが9月には疲労が蓄積していた影響ではないかと思う。それで引っ張る打ち方にならざるをえなかったのではないか。
 今大谷投手が大谷打者と対戦すれば、インハイのカットボール、外角高めのフォーシームで2ストライクに追い込み、外角低めのシンカーかバックドアのスライターで3球3振に仕留める公算が高い。
 スラッガーNO.1、NO.2のトラウト選手、ジャッジ選手は、どしっと腰を落としコンパクトに(大谷選手のバットと長さは変わらないハズだが)太短いバットで鋭くミートするイメージ。打撃フォームが違う大谷選手は腰高で細長いバットを大きく振る。芯を外すことが多い印象がある。
 カウントをとりに来た高めの速球を仕留められるようにできるか、打つポイントをもう少し前にもってくるのか、今オフ大谷選手がどう修正して来季現れるか、楽しみにしたい。

 来季もエンゼルスでプレーする大谷選手はシーズン終了後FAとなる。今から金満メッツや(ジャッジ選手が抜けた場合の後釜に)ヤンキースが狙っていると報道されているが、気候もファンも厳しい東海岸の球団には、お宮のダイヤモンドのようには大金に目が眩まない大谷選手は行かないと思う。結局エンゼルスに残留すると私は見ている。
 まだ新オーナーが決まっていないが、大谷選手の存在で買収金額が吊り上げられ、買収後大谷選手に逃げられれば、踏んだり、蹴ったり。大谷選手が去るということは、世界中の大谷ファンもスポンサーも離れることを意味する。新オーナーも大谷選手残留に全力を傾けるだろう。
 ボスとも言える主砲のトラウト選手も大谷選手残留への希望を公言している。それが嘘でない証に、大谷選手の登板時センター方向への捕れそうもないボールをダイビングキャッチしようとしユニホームを汚す。他の野手も同じだ。それを意気に感じない大谷選手ではないだろう。
 大谷選手は、いくら頑張っても、バリー・ボンズ選手の通算762本塁打、ノーラン・ライアン投手の通算5,714Kに追い付くことはない。このレジェンドの二人に肩を並べられるには二刀流を極めるしかない。
 メジャーリーガーになれば、国会議員が皆大臣や総理大臣になりたいと思うのと同じで、誰しもチャンピオンリングが欲しいと思う。
 今季のワールドシリーズは、大谷選手に対しメガスターと敬意を表してくれるベーカー監督率いるアストロズが制した。20年前エンゼルスに大逆転負けし唯一持っていない勲章を名将が得たことに対して、私も我がことのように喜んだ。
 しかし、大谷選手がプレーオフに進出すれば、二刀流としての寿命が縮まる。「神様、仏様、稲尾様」の二の舞になりかねない。ワイルドカードで進出すれば最大22試合(ワイルドカード戦3試合、地区代表選5試合、リーグ代表戦7試合、ワールドチャンピオン戦7試合)も出ることになる。レギュラーシーズンだけでもヘトヘトなのに(最多18勝、防御率1位1.75でサイ・ヤング賞に輝いたアストロズのバーランダー投手もPSでは防御率5.85と疲労と緊張からか本調子ではなかった)。
 とくに、来季は3月にWBCがある。参加意向の大谷選手は日本代表として凱旋出場する公算が高いが、その影響で来季は例年の9月より早い段階で疲労の影響が打者としての方に出てくることが心配される。
 とはいえ、エンゼルスの打線は、下記を見るように、ケガや故障がなければ、プレーオフに進出するチームとそん色ない。同投手陣も、今季15勝を挙げたドジャースのアンダーソン先発左腕投手を獲得した。若手投手も今季より活躍が期待できる。補強された来季はプレーオフに進出するかもしれないのだが。
 打線(敬称略)1番ウォード(左)、2番トラウト(中)、3番大谷(DH)、4番レンドーン(三)、5番ウォルシュ(一)、6番レンヒーフォorソト(二)、7番レンフロー(右)、8番スタッシーorオホッピー(捕)、9番フレッチャーorウルシェラ(遊) 
 体力的に二刀流が可能な間は大谷選手はエンゼルスに留まるのではないか。私はそう思いたい。

2022.12 NO.182 こなもん VS こなもん

 本文の前に気になっていることをまず書かせていただく。

 2011年7月号より掲載し始めた本ブログは私と家族にまつわる下世話なエッセイと時事問題を扱うコラムの基本2本立てである。が、コラムでは、2016年60号前後から安倍首相などの公人や著名芸能人などの準公人の問題への批判を強めた以降世間に受け入れられるか案じられたが、一人でも「いいね!」がつくと安心した。
 もっとも、新しいフォロワーがついたと連絡が入ると嬉しさより不安がよぎる。ここ1、2年、フォロワーになって数日後解除されるケースが少なからずある。3か月ほど継続して4、5号読み「つまらない」「考えが違いすぎる」と解除するのは理解できる。せっかくフォロワーになったのに次号も待たず慌てたかのように解除される。私の知らないところで何に気づかれたのか気にかかる。

 ブログを読む限り真っ当と思しき2人の方のケースにはより困惑している。先月に、一人の方は過去フォロワーになり数日後解除していたがまたフォロワーになりまた数日後解除した。もう一人の方は、過去フォロワーになり数日後解除したがまたフォロワーになりまた数日後解除したのは前者と同じだが、さらに10/25にフォロワーとなり、翌26日に解除された。なおも11/3もフォロワーとなり11/5には解除されていた。何が起きているのか。
 もしかして、解除したのはフォロワーになった当人たちではなく、当人たちは私が解除したと思っているということなのか。そうだとすれば、一体何を意味するのか。
 

 

 ウクライナ戦争は膠着し長期化の様相にある。その中で、西側の報道によれば、キーウ近郊のブチャでロシア軍により虐殺があったとされる。第三者の機関により、その真実と、上からの指示なのか現場の暴走なのか、調査する必要があろう。
 ただ、戦争の中では、兵士は普通の精神状態にない。ある意味そうでないと困る。異常な精神状態にないと人は殺せない。戦前の日本軍にも、今も徴兵制のある韓国軍にも、理不尽なしごきやいじめを受けるのは、その為もあると言われている。
 ロシア兵によるレイプ等は国連性暴力担当代表が「軍事的な戦略」との見方を示す。が、異常な精神状態に戦場での性的な飢餓状態が加われば、最も獰猛な部類がロシア兵だとしても、どこの軍兵士も、程度の差はあれ、よほどの自制心がなければ猛獣化する。反抗で攻める側に転じているウクライナ兵においても、西側から情報が流れず実態が分からないが、ウクライナ内ではないとしてもロシア領土で戦闘すれば同じことをする者が現れよう。

 厳しく軍本部から自制を指示されていた戦前の日本兵でも白髪三千丈の中国が大虐殺と呼ぶのはともかく南京虐殺も起きた。 

 飼い主の元から猛獣が逃げ出し住民を襲っても猛獣自体を批判する者はいない。戦争するほどのことでないのに戦争したロシア・ウクライナ両大統領が非難されるべき。さらにそれを仕向けたバイデン米民主党大統領も。明日の米国中間選挙で審判が下るのか。
 

 地球の氷河期と氷河期の狭間の温暖期に生を受け、戦争のない日本で育ち老いを迎える私たちは、奇跡的と言えばオーバーすぎるが、幸運としか言いようがない。20年後には確実に私はこの世にいないだろうが、下記みたいな「こんな呑気な話をする平和な時代があったのか」と言う日が来ないことを願う。
 関西は粉もん(食)文化と言われる。私が子供の頃そんな呼び方はなかったと思うが。大学生の頃私は172.5㎝、51~53㎏。子供の頃は“もやし”とあだ名されていた(今も貧弱だが約20㎏も無駄に増量している)。関西のもやしは細くひょろ長いので、痩せっぽちの私はそう呼ばれていた。関東のもやしは太短い。皮もしっかりしているので、そば焼きに入れると存在が主張しすぎる。映画の主役を喰う脇役みたいで嫌われる。関西のもやしは入れてもそばの邪魔にはならない。
 私は、やせっぽちでも172㎝まで育ったのは、牛乳ではなく、ひとえにメリケン粉(小麦粉)のおかげだと思っている。
 昭和32年からの小学校の6年間は神戸下町の近所の駄菓子屋でたこ焼きを毎日のように喰らっていた。たこ焼きの中には定番のタコではなく、小さなこんにゃくの角切りが一つ入っているだけ。丼に10個ほど入れ、上から出汁をかけ、たこ焼自体には刷毛でソースを塗っていた。
 中学にあがると、駄菓子屋が閉店したこともあり、お好み焼き屋に連日通い、そば焼きを食べていた。二つ玉(そばの量がダブル)で具は好みの生タコ(茹でタコはおいしいエキスが無くなっている)を注文していたように思う。上記のお好み焼き屋とは違う店にも通っていたのだが、店主のお婆さんがいないときはがっかりした。嫁いできた義娘が代わりに作るのだが、美味しくないのだ。同じ材料でも料理人の腕で味が変わることを子供の頃にすでに私は理解していた。ともあれ、粉もんの代表格たこ焼きとお好み焼きで私の原型が形づけられた。
 その後は今日まであまりたこ焼きは食べなくなった。たまに、卵をたくさん使ってよりふわふわした「明石焼」を食べる程度となった。なお、本場の明石では「玉子焼き」と呼ぶ。「明石焼」と呼ぶとすれば観光客向けではないか。関東風のおでんを関西人は「関東だき」と呼ぶが関東人は「おでん」としか言わないのと同じ。ちなみに、関西で「おでん」と呼ぶのは名古屋風の味噌おでんのこと。
 お好み焼きについても、関東との違いに少し触れてみる。吉本の芸人さんが「お好み焼きでご飯を食べる」とTV番組で話すと、関東のタレントさんが炭水化物をおかずに炭水化物を食べるのかと不思議がる。その場合の「お好み焼き」とは広義のお好み焼きを指している。つまり、関西で言う所の(広義の)お好み焼き=(狭義の)お好み焼き+そば焼き(うどん焼き)+モダン焼き+広島焼き(亜流扱いかと、広島焼きをTHEお好み焼きと主張する広島県人は怒るが)等となる。それで関東のように「焼きそば」と言わず「そば焼き」と呼ぶことになる(関西でも中華料理であれば「焼きそば」と呼ぶ)。
 神戸っ子の私は家で作る(広義の)お好み焼きをおかずに白米を食べた記憶はない。しかし、銀行員時代ランチにお好み焼き屋で「そば焼き定食」(時間のかかる、狭義のお好み焼きはランチタイムに不向きでその定食はなかった)をときどき食べていた。そば焼きにごはんと味噌汁とお新香がセットになっていた。関東の人でもラーメン、半チャーハンセットは食べるであろう。それと変らないと思うのだが。
 大学生になった頃は、たこ焼きに限らずお好み焼きもよく食べたという記憶がない。ラーメンとか餃子、豚まん(関東では肉まん。関西では「肉」は牛肉を意味するので、それで豚まんと呼ぶ)をよく食していた。これも広義での粉もんと言えるだろう。

 結婚し、子供がまだ小さい頃、家でお好み焼きをつくることが多かった。親戚に作ってもらった厚さ1㎝強の鉄板にて。子供たちはそば入りのお好み焼きを好んだので、鉄板に半分ぐらいのそばを先に乗せ、その上からお好み焼きの生地(小麦粉、山芋、卵、出汁、天かす、青ネギ、紅ショウガ)をのせた“変わりモダン焼き”というものよく焼いたものだ。
 昨今は、神戸から本籍も移し東京人の端くれの私だが、中身は関西人なので、もんじゃ(と納豆)はどうにも好きになれない。キャベツをたくさん使いヘルシーだと女子にも人気の高い広島焼きをよく外食していた。
 数年前、亡き母の法事で神戸に戻った時足を延ばして、まだ降りたことのなかった広島に夫婦で向かった。広島・新天地にある『お好み焼き村』に立ち寄りある店に入った。
 カウンターに座っているのに、白い陶器の皿に乗っけて出された。これでは何の為にカウンターにいるのか分からない。隣にいた地元の子供が皿を口元に寄せ箸で犬食いしていた。食べ辛いことこの上ない。思わず「広島のお好み焼きってこんなもんか!?」と啖呵を切ろうとした。その時、顔に直ぐ出る単細胞の私の顔を見て危険を察知した妻が、私の袖を突き、目配せした。焼いていた店員のTシャツの袖から立派なタトゥーが覗いていた。それがどうした! それしきのことでビビるとでも思うのかとの強がる素振りも見せず、妻からの無言の忠告を受け入れた。

 大きなコテ(関東はヘラ。コテコテ、ヘラヘラの形容詞とは共に無関係)を両手に持つ店員に対し客だから何を言っても安全ということはない。ましてや知らない土地で(駿河のすし屋で客と刃傷沙汰になり塀の内に入るすし職人がいたと聞く)。
 東京に戻り、広島ではどの店もそうなのかと行きつけの広島焼きの店で聞くと、店によると言っていた。お好み焼き村で空いているからと安直に入ったのが、いけなかっただけらしい。
 その時の旅は原爆ドーム、鎮魂のために創られたひろしま美術館、安芸の宮島に行くのが目的だった。時間的に余裕なく、東京でも名の知られた『八昌』には行けなかった。
 それが心残りだったので、天然ふぐ目当てのひとり旅で博多、下関に行った折(2017年2月68号「ふぐ VS ふく」参照)広島まで足を延ばした。薬研堀にある名店八昌の創業者が別の店に移っていると知り、幟町のその店に行き、お好み焼き(広島焼き)を堪能した。
 東京にある広島焼きの店より1.2倍はあろうかというでかいお好み焼きに驚いた。それが大きな鉄板に10数枚並んでいる様は壮観の一言。創業者らしきシルバーグレイの小柄な大将がしきりにコテでお好み焼きを上から押し付けていた(もやしやキャベツの水分を飛ばすためであろうが、関西のお好み焼きはコテで押さえつけるのはご法度)。
 八昌が使用する卵は噂どおりキミが双子の卵であった。味は、ようやく念願のと言えるほどの感慨はなかったが、中のそばがパリパリで、私好みだった。麺を茹で、水で洗い(麺に腰をつけるため?)、鉄板の上に乗せた後ヤカンで上から油を注いでいた。東京では、その頃よく立ち寄った神田『カープ』、旗の台『秀』は麺は柔らかい気がしていた(他の有名店も名前は知っているが、テーブル席に鉄板を敷かず、白い陶器皿で出す店には訪れないので、麺が柔らかいか否かは不明)。
 生ビールを頼んでちびちび飲みながらカウンターで待っていたが、ジョッキがすっかり空いてしまった。店が空いているときでも20分はかかるだろう。私は昼時の込んでいるときに八昌に辿り着いたので、席についてから30分以上待たないとありつけなかった。手間を惜しまないのが秘訣なのかもしれないが、店主もきっと気の長い人だと思った。
 せっかちな東京人ならとても待っていられない。東京で麺が柔らかいのは、好みの問題というより、麺がパリパリになるまでの手間(時間)を省略しているためかと勝手に納得した。
 
 念願の八昌訪問以来お好み焼き屋には足が向いていない。とくに最近は新型コロナ禍もあるが。
 糖尿病を心配する身になった。私を形作った粉もんも老骨の身にはもう不要ということなのだろう。だが、作る分には問題ない。ジジイと言う妻と違いジイジと呼んでくれる可愛い孫たちが皆小学校に上がる頃になれば、家に遊びに来たときは昔取った杵柄でお好み焼きを振る舞ってあげたいと思っている。

2022.11臨時号 NO.181  だ VS き
 2月から始まったウクライナ戦争における世界の関心は敗勢にあるロシアのプーチン大統領が核兵器を使用するか否かに移っている。

 プーチン大統領の誕生日前後にプレゼントならぬクリミア大橋の爆破がなされた。ウクライナによる公算が高いが、プーチン大統領は、ロシア領土への攻撃と見做せば、核兵器による反撃をせざるを得ない。テロ行為として捉え、核使用を自重している。攻勢に図に乗ったウクライナの軽挙は弱っていた虎の尾を踏み、厳冬を前にして重要インフラを破壊させる格好の口実を与え、その軽挙の代償は戦火は去ったと思っていたキーウ住民等ウクライナ国民がより酷い形で負わされる。ロシアは、今後もロシアの劣勢が続く中核兵器の前に生物・化学兵器を使用してウクライナ国民に危害を加え、国民の厭戦感情を醸成させていく狙いか。
 非核保有国ウクライナの大反抗が続き、敗戦しそうになっても、ロシアが核兵器を矛として使えず敗れ去るのであれば、他国で一番困るのは、人民の生活を犠牲にして核開発を推し進めてきた北朝鮮の金王朝であろう。北朝鮮は陰に陽にロシアを支援するのではないか。

 核の(戦争)抑止力は、今は核保有大国同士の間で働くと思われているが、もともとは非核保有国が核保有国から核攻撃されるのを避けるために戦争が抑止されることを意味していた。今回非核保有国ウクライナのゼレンスキー大統領が防衛のための戦争とはいえ核保有大国ロシアと戦争しているのは、無謀なのか、それとも米国から核の傘を保障されていると思うからなのか。
 西側から補給を受けるウクライナと違い、ロシアは戦力が枯渇したのか、プーチン大統領は停戦する用意があると言い出した。
 米時間11/8の中間選挙に向けウクライナ戦争への関与が中間選挙にプラスにならないバイデン大統領が停戦に動くことはないのか。ロシアが戦術核でも使用してしまえば、米国は対応に苦慮する。反撃しなければ米国の威信は地に堕ちる。反撃すれば、ロシアが米国本土への戦略核攻撃の構えを見せる(双方が破滅する米ロ間の戦略核戦争は起きないだろうが)だけで、「なぜウクライナの為に米国が」と国民からバイデン政権が見放されよう。水面下で米国はロシアへ強力な圧力をかけているだろう(窮鼠に猫が脅しても効果はどうなのか)。

 攻勢のウクライナは停戦に応じないかもしれないが、それなら米国が支援を止めると言えばウクライナは敗れるしかなくなる。それとも中間選挙で予算の先議権を有する下院は共和党が掌握するのが確実で、今のうちにと支援を強化しているのか。それは危険ではないのか。

 手負いの獅子が第三次世界大戦を起こす(防衛研究所高橋杉雄室長は戦術核と違い戦略核兵器なら兆候は事前把握しづらいという)前にもう停戦の方に動くべきではないか。キューバ危機においてはソ連が一触即発直前に回避した。今度は米国の番ではないか。
 バイデン大統領が動かなければ、今行われている党大会で国家主席の3選が決まるハズの習近平氏が、ロシアというより独裁者としてのプーチン大統領の窮地を救うべく、3選後の初仕事として両国とも友好関係にあるロシア対ウクライナの戦争における停戦を仲介することはないのだろうか。

 

 日本は地政学的には“北東アジアのウクライナ”と言える。中国、北朝鮮、韓国、ロシアと対岸の近隣諸国は皆反日国になっており、同盟国の米国ははるか海の東方の先にある。ウクライナ戦争を他山の石として、日本はウクライナの二の舞を演じてはならない。
 日本は核保軍事大国と戦争などできない。陸続きのウクライナと違い島国日本は核兵器を落とされやすい。1945年の時のように。
 元自衛隊幹部の福山隆氏, 宮本一路氏による『ロシア、中国、北朝鮮が攻めてくる日』(幻冬舎新書658:改訂版)にて、最悪の事態は、「米中のパワーバランスが逆転し、米国が北東アジアから撤退する。日米安保条約は米国から一方的に終了を通告されること」という。
 軍事関係者があらゆるシュミレーションを行い最悪の事態を想定することは必要であり構わない。が、「最悪の事態」は、最も悪いケースであるとともに最も起こり得ないということ。それを国民向け公開する必要はあるのか。一度ならずも二度までも。国民の不安をさらに煽り、日本のタカ派(「保守」=「タカ派」ではないからメディアは「タカ派」を「保守」とオブラートに包むべきではない)の政治家が防衛費増大に利用するだけ。
 上記著者の両人は「自分の国は自分で守らなければ」と言いたいのだろうが、それを受けて「通常兵器を増強すれば抑止力になる」と言う政治家らは、戦前の軍部と同じで自分の都合のよい見方でしかない。
 現実問題として核兵器が地球上から無くならない以上、米国が日米安保を破棄すれば、(核兵器廃絶を訴えるも)日本は自前で核を保有するか、他の核保有国の傘に入るしかない。
 NPT(核兵器不拡散条約)における核保有国と非核保有国との橋渡しをしている日本の核保有を世界が許さない。国際連盟の脱退のように強行しても中国・北朝鮮が許さない。日米同盟を破棄した米国ならいつ自国に向けられるかと阻止しようとする。世界最強の米中二大強国を同時に敵に回すことが真の最悪の事態なのだ。
 結局、米国の傘が無くなれば、中国、ロシア、北朝鮮からの核攻撃の脅威から逃れる為には、中国と同盟を結び、中国の核の傘に入らざるを得ない。昔から朝鮮半島を中国が併合しないのは、辺境にあり、大量の兵力と財力を使って農業生産に適さない地域を支配するのは得策でないとする地政学的要因が主因と言われる。が、さらに朝鮮人は、他のアジア人と同じく頭がよく、その上自尊心が高く、理屈をこね回し、しつこく、扱いにくい(あり得ないことが延々と続く韓流ドラマを観て国民性の違いを痛感し日韓交渉で日本側が根負けしとりあえず謝ってドツボに嵌ってしまうのが理解できた)からではないか。楽観すぎるかもしれないが、日本人も、優秀かつ勤勉で中国人を凌駕し、主要中枢に食い込んでくると警戒し併合されることはないのではないか。
 米国が北東アジアを放棄するとした場合、日米同盟関係を解消するのは、置き去りにされる日本の方から(ただ、横田基地に勤務経験がある元CIA職員のスノーデン氏は日本が日米同盟を破棄すれば社会インフラが麻痺すると暴露しているが)であり、米国の方は、日本が中国の同盟国となり中国と一緒に攻撃してくる危険性が高まるので、よほど日本が体たらくでなければ米国自ら日本との同盟関係を破棄するというのは現実的ではない。
 現実的な問題としては、“両雄並び立たず”の米中2大強大国が緊張関係になるのは、共に破滅する戦略核戦争ではなく、中国の太平洋への進出という野望のため日本を占領しようとするとき。通常兵器による米中戦争が勃発する。当然日本が戦場となる。日米同盟軍が人民解放軍に敗北すればより悲惨だが、勝利しても、我々庶民は犠牲となったウクライナ住民と同じ運命を辿ることになる。
 日米同盟を堅持しながら、米中が日本を戦場として戦わないよう中国に対して挑発的ではなく友好的な関係を維持し、働きかけていくことがウクライナの二の舞にならない良策であろう。米ソ冷戦時代は野党の社会党がその役割を担っていた。今は立憲民主党や社民党にそれが期待できない。連立与党ながら公明党が、自民のタカ派路線に追従するのではなく、その役割を、平和の党として担ってもらいたい。

 

 中国よる日本の占領があるとするなら、その前に台湾有事が起きると考えられる。昨年12月に防衛大学校の元教授村井友秀氏により『日中危機の本質』(PHP研究所)が上梓された頃まではいつ台湾有事が起きても不思議ではないとの雰囲気にあった。
 しかし、1年も経たないのに今は、中国が22年振りに台湾白書を発表し、「平和的な統一のために最大限の努力を続ける」とし「武力行使は放棄しない」とトーンダウン。今党大会でも「武力放棄は断固として約束せず」と言いう(人民解放軍も「武力行使を辞さない」とでも言ってもらわないと肩に力が入らないだろう)。私には、中国が米国に「台湾に軍事進攻しないから、ちょっかいを出すのは止めて欲しい」と言っているように聞こえる。
 習近平国家主席に過去軍事進攻する気があったとしても、クワッドの枠組みの強化、バイデン政権によるトランプ政権からの台湾への軍事支援の継承に加えて、ウクライナ戦争でのロシア軍の苦戦ぶりを見て、中国一国で西側の先進国連合軍と相まみれるのはリスクが大きいと理解したであろう。戦争下手な中国にそんな蛮勇心はなくなった。
 中国が脅しによるペロシ米国下院議長の訪台阻止も米国に無視されメンツを潰されても、直接米国に対抗措置はとれず、怖がってくれる台湾、日本に対する軍事演習・示威行動で(国内向けにも)虚勢を張るしかない。

  ロシアはプーチン大統領一人の独裁体制、失敗してもすぐに失脚するわけではない。中国は中国共産党の一党独裁。習国家主席が3選されるが、失敗すれば、北戴河会議の長老たちから習国家主席は解任されてしまう。
 不動産バブル崩壊、ゼロコロナ政策等で習政権も盤石でなくなった。経済の立て直しが急務。台湾との統一問題は秀吉型から家康型に戦略変更していると見るべきだ(もっとも米国は警戒心と圧力を緩めてはならないが)。
 元々覇権・戦争観が違う。米国は将棋型。相手を滅ぼし世界を統治する。中国は囲碁型。陣地をより多くとり中華帝国を拡大する。よって中国は米国に太平洋の2分割統治を呼びかけたりする。
 バイデン民主党政権も「一国二制度」は認めている。蔡英文台湾総統も「現状維持」(一国二制度は容認できないが、さりとて完全独立には動かない)を表明している。台湾を防御する目的は地政学的な見地のほかに最先端を行く半導体ファウンドリTSMCの確保であったが、米国(アリゾナ)に日本(熊本)にTSMCの工場が建設される。それを阻止する行動を中国はとっていない。米国としても台湾を守るべき緊急性はないとみられる(当のTSMCは米国への従属姿勢はとらず中国にも工場を持ち、最先端ナノ技術のチップは台湾で製造し独立性を維持する構えと『2030 半導体の地政学』の著者太田泰彦氏がそう述べる)。台湾有事は遠のいたと思う。

 そんな中で、増税してまで、防衛費を無理に増やす必要はない。再生産に寄与しない、例えば、不足しているからと弾薬を大量に保有しても耐用年数が過ぎればただの鉄くずになる。今やるべきことは遅れているサイバー戦への対応だ。
 本当に日本の危機だと認識すべきことは、日本は、少子化と、私を含め2024年から年間150万人以上死ぬことにより、2100年には日本の人口が6,000万人に半減すると言われることだ。
 日本が縮んでいくその長期的な課題に取り組むべしとの時代の要請が、清和会政権から宏池会政権へ交代させたと認識すべきだ。岸田政権は、少子化対策と経済力・技術力の強化に傾注すべきだ。
 人口が半減すれば、一人当たりのGDPが変わらなければGDPも半減する。小国になってしまう。たとえ防衛費をGDPの2%に拡大させ11兆円にしても結局5.5兆円に戻ってしまう。軍事費年間41兆円?規模の中国に軍事的に対抗させるのは土台無理。
   米中の狭間で小国の日本人が尊厳をもって生き、米中のどちらからも重んじられるには、経済力・技術力をつけるしかない。企業に喩えれば台湾のTSMCのように。

 2021年5 月号NO.151 (「ムネオハウス VS ムネオハウソ」)の文末で、佐藤優氏が紹介した東郷和彦外務省キャリア官僚の「官僚観」(「官僚」には4通りある。それは、第一が『能力があり意欲もある』、第二が『能力があるが意欲がない』、第三に『能力がないが意欲はある』、第四が『能力がなく意欲もない』のどれかだ。どれが最低かといえば、『能力がなくて意欲がある』ヤツだ)を取り上げた。そして「それは官僚よりも国のトップの方がより問題となると言うべきではないか。小泉元首相からの流れを断ち切る必要があろう。」と私は結んだ。
 ロシアのプーチン大統領は、一介のKGBの対外情報部員から大統領にのし上がったのであるから秀吉のごとく『能力があり意欲もある』にあたる。ただ、独裁者の末路裸の王様になり果てたが。
 そのプーチン大統領から、NATOとの緩衝地帯になりさえすれば、EUに加盟しようがウクライナの武装・中立を認められていたハズなのに、人気凋落からの一発逆転を狙い、ロシアに対して敵対姿勢を強め、ひいては多くの国民を犠牲にしてしまったゼレンスキー大統領は、典型的な第三の『能力がないが意欲はある』タイプだと思う。
 岸田首相はさしずめ第二の『能力があるが意欲がない』にあてはまるか。本ブログ2018年2月NO.85(「いしばVSいしばし」)の中で、私は岸田外相についてこう評している。
 「週刊ポストで外務省OBの天木直人氏に『もともと安倍首相と政治の方向が違うのに、何も批判しなかったから4年間外務大臣を続けさせてもらった。その外交も外務省の役人のいいなり。政治家としての信念がなく、総理大臣ふさわしい器ではない』と酷評された。手厳しすぎるとは庇えない。9月の総裁選に出馬するのなら、核兵器禁止条約不参加決定の折決然と閣外に去り、広島選出の国会議員としての矜持を見せつけるべきだったと思う」
 それでも、首相になり、広島選出国会議員の首相として大声を上げられ、それをレガシーにできる立場なのに、核兵器禁止条約(通常兵器で世界一の米国にとって必ずしも不都合でもない)に参加しようとしない。日本の置かれた立場から困難かもしれないが、広島県民の切なる願いを背に米国と折衝したが同意が得られず苦渋の選択との姿も見せない。その反面来年のG7サミットを広島で開催するとのお為ごかしのようなことを言って、核兵器禁止を悲願とする広島県民の神経を逆なで?する。
 先の国葬で日本の世界への影響力の低下が明らかになった中(外務省は大国意識が抜けないプーチン大統領を嗤えない)、何も決められない、5大核保有国の既得権を守るだけのようなNPTに加え (国連を機能不全にする常任理事国の拒否権が国際連盟からの日本脱退に起因し、さらに今の日本が米国の属国と思われているのに) お門違いの国連改革においても(故石原慎太郎が生前米国国務省の東京支店と揶揄した)外務省に振り付けられた通り言動しているだけのように見える。岸田首相に信念があるようには思えない。

 世襲3世議員として、広島ではなく東京でお坊ちゃんとして育ち、国会議員のレールが敷かれているからそれに乗ってきただけなのか。無難に政権運営し長期政権を図ろうとするだけなのか。安倍元首相の非業の死を目の当りにして、ますますその傾向が色濃く出てくるのか。
 権限の少ない日本の首相と言っても、権力者だ。畳の上では死ねないかもと思うのが普通なのだ。究極の権力者、独裁者の北朝鮮の金正恩総書記が若くして健康不安が何度も取りざたされるのは暗殺されるではとの恐怖心がなせるもの。軍部のクーデター、腹心の裏切り、人民の一斉蜂起、米国からの刺客等心配の種は尽きない。ロシアのプーチン大統領も暗殺に怯えを抱いている。民主主義の宗主国米国のケネディ大統領は多数のアンチ勢力が結集してなされたかのように暗殺され、レーガン大統領は好きな女優の気を引く為との非政治的事由で一人の男に暗殺されそうになった。暗殺の種は尽きない。
 明治の首相たちは、元々下級武士であり、常に死を意識していた。それに比し劣化したと言われた昭和初期の首相たちも毅然としていた。高橋是清は首相を経験したのち蔵相就任の依頼を受けた時、周りから危ないからと反対されたのに老い先が短いからと蔵相に就き2・26事件で暗殺された。
 田中角栄が米国に潰された以降日本の首相は米国をオーナーとするサラリーマン首相になってしまった。一企業ならダメなサラリーマン社長でもよい。自身が社長の間株価が維持できればと言い会社を傾城させてもその一企業が破綻するだけ。首相はそんな訳にはいかない。
 日本国、日本国民の末永い繁栄の為命を賭して自らの信ずることを断行していくのが首相というものだろう。その姿に国民は感銘を受け、国民一人ひとりも自らを奮い立たせるのだ。そうであったならば、日本が今こんなに体たらくにはなっていないだろう。
 その信念をはき違えたかのように、支持率が低迷している折に「岸田家の世襲のための公権力の私物化」と国民に疑念を抱かせるようなオウンゴールをする岸田首相には、故後藤田正晴のような大所高所から首相に忠言でき、官僚も統率できる人物が必要だが、ないものねだりはできないか。

 岸田首相自身は自民党総裁選立候補の時自民党NO.2の二階幹事長を政治的に葬ったように尻に火が付けばやる。天下の開成高校卒なら信念がなくとも考える力はあろう。代えるべき余人がいない中、黄金の3年間は真の権力者になる為の試練の期間。主権者たる国民は岸田首相に対してこの先2年激励よりもっと叱咤する方が良い。

2022.11 NO.180  んげき VS んげき
 「国防」とは、読んで字の如く国を防ること。外敵の侵略から国家を防衛することである。「国家」とは何か。一定の地域の住民に対して、排他的な主権を持つ政治組織。 国家が成立するには、「主権」「領域」「国民」 という3つの要素が必要とする。
 ウクライナに軍事侵攻したプーチン大統領は、「主権」が脅かされたら、核攻撃も辞さないと言う。全体主義国家は、主権在民の民主主義国家と違い、「人命」の位置づけが低いのか。それ故侵攻の際ウクライナの政治的中枢を攻撃せず、病院や集合住宅を破壊するのか。
 向かい打ち反撃するウクライナのゼレンスキー大統領も国民総動員令により18歳~60歳の成人男性の出国を禁止している。戦下になれば仕方ないのかもしれないが、国民の人命が失われることを考えれば、核保有軍事大国に対して核の傘もない非核保有国が戦争に向かうことにはならないハズだ(外交努力を続けていれば「武装・中立」が維持でき、国民がかくも悲劇に見舞われることもなかったであろう)。ゼレンスキー大統領は、ロシア兵の死者数の多さに言及するが、自国の兵士、住民の惨劇に触れず徹底抗戦としか言わない。
 後世から戦国の名将と呼ばれる柳川藩主立花宗茂は戦に負け知らずで秀吉から“西国無双”と称せられその恩義から関ケ原の合戦にて西軍に与したが戦いには参加できず、戻った九州・柳川で東軍に攻められた時戦わず降伏した。柳川を去るとき領民が一緒に戦うから去らないでと訴えた時、「何れも申聞けゝる所、満足なり、領内の諸人の為めに、下城致すなり」と領民を巻き込みたくなかったので降伏したと言ったという(浪人に身を落とし辛酸を嘗めるも前々から家康にも認められており後年柳川藩主に返り咲く)。ゼレンスキー大統領は後世からどんな評価を受けるのだろうか。

 ウクライナは、大統領が民主的な直接選挙で選ばれるが、前身はロシアと同じソ連邦であり、全体主義的な色彩が色濃く残っているようだ(ニューズウイークによるとゼレンスキー大統領もウクライナのすべての野党メディアを閉鎖し、野党の政党結成を禁止しているとする)。
 
 それに対して日本はどうなのか。日本は戦前全体主義国家であった。『未完の敗戦』(集英社新書)で作者の山崎雅弘氏は「日本軍は陸軍と海軍を合わせて1827機という厖大な飛行機に特攻を実行させ、3,067人が命を落とした」と書く。神風特別攻撃隊の創始者の一人大西瀧次郎中将は終戦時自決した。多くの若者の命を奪いながら我関せずと生きながらえ生き恥を晒した者も少なからずいた。
 日本はどう反省したのか。軍部は、非武装にする為としてGHQにより解体された。だが、朝鮮戦争の勃発により私が生まれた数日後の1950年8月10に警察予備隊がGHQの令により編成され再軍備に方向転換された。保安隊への改組を経て現在の自衛隊に至る。
  当初旧軍人は排除されていたが次第に旧軍人も採用されるに至ったという。しかし、形の上では旧軍部とは切り離されているので、どのように総括し反省したかは分からない。
 現自衛隊は、演習は十分積んでいるかもしれないが、一度も敵国と戦闘したことがない。ウクライナ戦争でBSの情報番組で自衛隊の幹部OBたちがロシア軍を見下す発言を繰り返す。旧日本軍が、「中国侵略において短期間で制圧できる。中国は直に降伏する」と見ていたのは今のロシアと同じ。戦術だけで戦略がないのも同じ。幹部OBからそういった観点からの言及がない。戦前の将校とどう違うのか。心強さより危うさを私は感じてしまう。
 自衛隊の現役も、中国からの脅威に対する南西諸島への基地強化に対して地元住民に対する説明がない。保護政策も後回しと言われている。
 イージスアショアの配備停止も、敵国からのミサイル攻撃による大きな被害から国民を護るために配置するのに、大事の前の小事でしかないブースーターが自衛隊内や海上に落とすことが確実でないからとして、真の事由を隠し誰も責任をとろうとしないように思えるのは戦前の軍部と変わらない。それ以上に問題なのは、政府と一緒になって、中国の領海侵犯に対して毅然とした対応をとらず気概のある姿を国民に見せないのに、敵基地攻撃など飛躍したことを言って、住民を護る代替措置が検討されず放置されているように思えることだ。
 主権者たる国民から負託された国会議員も敵基地攻撃能力改め反撃力の強化、防衛費の増大ばかり主張するが、国民の生命と財産をどう護るかは議論の蚊帳の外に置きがちだ。
 疑いの眼で見る私にすれば、未開の地と言われた台湾の「衛生」に尽力した後藤新平の志を継いだ台湾政府と違い、感染症災害の渦中にせこくコロナ利権をむさぼろうとした政治家達が今度は米国への忖度に加え国防利権が狙いだと邪推してしまう(新産業を育成し発展した産業界から政治献金を与党が受けるのが政治家としての本筋だと思うが)。
 為政者側もGHQにより排除された全体主義の問題について自身で反省することがなかったのではと言えるが、国民側も民主主義を苦労の上勝ちとったものではなく、GHQから与えられたもので、全体主義への親和性は消えていないのではないか。
 国民主権という意識は薄く、「お上」の言うことは従わなければならない。逆らってはいけないという思考回路。「お上」が代わると、平気で批判を口にし出す。憲政史上最長在任の安倍元首相に対しても同じ(後述の国葬に反対する国民の多さを見ても。あまりの手のひら返しに安倍元首相は空の上から日本人の惻隠の情はどこへ行ったかと困惑しているのではないか)。
  保阪正康氏が“平成の人間宣言”と捉えた、(前皇后陛下と二人三脚で長年に亘って築き上げてこられた象徴天皇像を無にしかねない中での)前天皇陛下による2016年8月の「生前退位への想い」を我々がもっと重く受けとめ主権者たる国民にふさわしい言動をとっておれば、政権を放任したことによる世界経済における日本の地盤沈下や貧富格差の拡大もなかったかもしれないし、安倍元首相が非業の死を遂げることもなかったのではないか。
 日銀の独立性をないがしろにしてまで、安倍政権に追従したのに、まさかその安倍元首相から“政府の子会社”呼ばわりされるとは思わなかったであろう日銀の黒田総裁に対して辞任要求の声が高まってよいハズだが、そうならない。来年4月に任期満了で退任すれば、批判が噴出することになるのか(歴代日銀総裁の中での位置づけは、歴代首相の中での近衛首相と同じ位置に固定されるのは確実だが)。
 平和ボケと言ってしまえばそれまでだが、凶弾に倒れた安倍元首相に対する警備体制もゆるく、一発目の銃声が聞こえた時近くの警官は(海外でよく見かける光景だが)元首相の体に覆いかぶさるべきなのにその場で身をかがめていただけだと警視庁0Bが批判していた。選挙関係者も、首相を辞めたとはいえ自民党内の最大の影響力を持った権力者に対して、結果論として安全面の配慮が足りなかった。選挙カーで演説するか選挙カーを壁にしておれば防げたのかもしれない。現職の首相では違っていたのではないか。
 
 日本の全体主義への回帰は憲法改正にも表れている。
 自民党の「党の憲法」とも言うべき「綱領」は、立党時の昭和30年(1955年)には「文化的民主国家の完成」「民生の安定と福祉国家の完成」と並んで「自主独立の完成」が掲げられていた。米国との戦争に負け属国となってしまったが早く真の独立をとその象徴が自主憲法制定であったハズだ。
 ところが、50年後の平成17年(2005年)の綱領では、「自主独立の完成」の文言が消え、代わりに「新しい憲法の制定を」(私たちは近い将来、自立した国民意識のもとで新しい憲法が制定されるよう、国民合意の形成に努めます。) と謳われた。
 そしてその5年後の2010年野党に下野した自民党の谷垣総裁が「改めて立党の原点を再確認するとして3度目の綱領を世に問い、現在に至る。新綱領における「綱領」の前に書かれた「現状認識」で次のように述べている。

 「家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、公への貢献と義務を誇りを持って果たす国民でもある。これ等の伝統的な国民性、生きざま即ち日本の文化を築きあげた風土、人々の営み、現在・未来を含む3世代の基をなす祖先への尊敬の念を持つ生き方の再評価こそが、もう1つの立党目的、即ち『日本らしい日本の確立』である。」
 愛国心を持ち、国に奉仕する義務を自覚し誇りを持つことが求められているのか。『日本らしい日本』とは、戦前の全体主義国家としての日本を意味するのか。下野した自民党とって、国益の「自主独立」は遥か忘却の彼方に。「日本のタカ派(保守=タカ派ではない)層からの支持を保持する」との党利が主眼となったのではないか(神戸製鋼から急遽政治家に転身した安倍元首相にタカ派としての信念があったとは私には思えない。日本のタカ派層の支持を得るために、変わって行ったのではないか。その中で祖父・父の時代から関係の深い旧統一教会関連団体にのめり込んで行ったのでは。母の洋子さんが心配するほどに。上記党利が主眼となったという見方が間違っていないとするならば、自民党がその根本を変えなければ、旧統一教会関連団体と関係を断つと言っても砂上の楼閣に終わるのではないか)。
 そして、今般の自民党の憲法改正案の中で、「『現行憲法の自主的改正』は結党以来の党是であり、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの基本原理はしっかり堅持し、初めての憲法改正への取組みをさらに強化します。」と謳う。
 今年から高校の履修科目から「現代社会」を廃し「公共」を新設しているが、「基本的人権の尊重」「平和主義」の項目は無くなっている。それで上記3つ基本原理を堅持とは、空々しい。「国民は国に奉仕する為にある」と全体主義思想を高校生に教え込むとしか思えない。
  自民党に「党是」と明記されたものはないのではないか。立党時の「党の使命」がそれにあたるとすれば、「わが党は右の理念と立場に立って、国民大衆と相携え、・・(中略)・・第六、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって、国民の負託に応えんとするものである。」と書かれている。「現行憲法の自主的改正」はone of themに過ぎず、「独立体制の整備」、つまり「自主独立」(属国ではなく真に独立した日本)が目的のハズだ。

 田中角栄元首相が米国により潰されたと思う政治家たちは、米国に恭順の姿勢を貫くようになる。米国の政治家に「日本が反抗的な態度をとれば、脅せば直に大人しくなると舐められた発言をされてしまう。
 「自主独立」という目的が消え、「現行憲法の自主的改正」には「自主的」の意味がなくなり、単なる「憲法改正」に変えられ、いわゆる手段が、目的化している。そして、その改憲案は①自衛隊の明記、②緊急事態対応、③合区解消・地方公共団体、④教育充実の4項目を提示する。
 その憲法改正の主眼は、GHQから新憲法を押し付けられたとの象徴である、長年護憲派と改憲派が論争してきた第9条、とくに2項(戦力不保持、交戦権の否認)の改正ではなくなっている。自主独立には第9条の改正は不可避であるが、米国に従属するなら米国との集団的自衛権が可能となればそれでこと足りるということか。
 それで何故自衛隊を憲法に明記する必要があるのか。国民は自衛隊を認めているのに。安倍元首相は自衛隊員とその家族が肩身の狭い思いをしていると煙に巻いた。
  自衛隊は、国内においては軍隊でないとしているが、海外では軍隊と見做されており、自衛隊員が他国の軍隊の捕虜となった場合はジュネーブ条約の適用を受け戦闘員としての捕虜の権利を享受できる。今のままでも自衛隊員が不利益を被ることはない。
  あるTV番組では「自衛隊違憲論の解消」という見方を示していたが、憲法に明記されたからと言って違憲論者が黙る訳ないだろう。
 『自衛隊と憲法』(増補版)において著者の憲法学者木村草太氏によれば、軍を持つ国の憲法は、軍の指揮権や派遣の手続きについて規定を設けて、軍をコントロールするのが普通だが、日本国憲法にはそういった規定が一切存在しない。憲法第9条に基づき、軍を置かないことが前提になっているからだとする。言い換えれば、主権者たる国民は内閣や国会に軍事活動を行う権限を負託しないことを決断したことを意味するという。さらに、自衛隊は、憲法9条2項が禁止する「軍隊」ではなく、憲法72条が規定する「行政各部」と位置付けられるとする。
 そこで、公明党北側副代表は、「(憲法9条)1、2項堅持は大前提だ。そこを改正しようと言うなら賛成できない」と断りを入れつつ、個人的意見としながら、「首相は行政各部を指揮監督する」と定められていることに触れ、自衛隊法で規定されている自衛隊に対する首相の指揮監督権を憲法72条などに加えることなどを検討すべきだと言う。これでは自民党が進めたいであろう「軍隊として諸整備」に結びつかないし、「自衛隊違憲論の解消」に繋がらないのでは。自民党はその私案に乗ってこないだろう。
 木村氏は、憲法に自衛隊を明記するなら、自衛隊は何をする組織か、それを明示することが最低限必要だとする。公明党は、国民が認めている個別的自衛権行使のための「自衛隊明記」は賛成だが、国民全体が容認していると言えない集団的自衛権行使のための「自衛隊明記」には反対と旗幟を鮮明にすべきではないか。改憲に前のめりであった安倍元首相が亡くなった上、本心は改憲に乗り気でないと見られてもいる宏池会の岸田首相であれば、なおさらに。
 もう一つの改憲の目玉で、なんとしても阻止すべきは「緊急事態条項」。地震や津波など自然災害にて国民の理解を得ようとするだろう。だが、「戦争」より重大な緊急事態はあるのか。「緊急事態条項」に制限を設けていても拡大解釈にしろ何しろ、発令されてしまう。そうなれば、戦前の国家総動員法と変わらない。「徴兵制禁止条項」と呼ばれる憲法第18条(何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。)も有名無実にして。
 さらに、国の借金は1,200兆円を超えGDPの2年分にあたるという。私は45年以上前の若手銀行員時代「借入総額が年商(の1年分)と同額になれば、その企業は倒産予備軍」と教えられた。政府に忖度するエコノミストは、借金の相手は日本の国民がほとんどであるから、国債を借り換え金利払うだけで済むと嘯く。たしかに今日銀は恣意的に長期金利を0%近くに抑え込んでいるが、物価の上昇や米国などとの金利格差でそれも難しくなり長期金利が上がって行きすべての国債が2.5%になるだけで国債の利息払いは30兆円となる。防衛費をGDPの2%、11兆円にするのに財源が大きな問題なっているのに、もっと金利があがれば国の財政破綻が確実となる。それこそ緊急事態。

 「緊急事態条項」があれば、政府は、責任をとることなく、日銀救済を名目に、“令和の徳政令”(国の借金と国民の預金を相殺をすること)も不可能ではなくなる。
 表向きは西側の一員として、民主主義を装うが、いざとなればいつでも全体主義国家に変貌することが可能となる。「緊急事態条項」が民主主義の中で独裁者を誕生させると言っても過言ではない。他国には見られないオールマイティな「緊急事態条項」を憲法に明記することは絶対に認めてはならない。
 自民党の「党是」は「自主独立」から「全体主義への回帰」に変質しているように私には思える。

 賛否が分かれる安倍元首相の国葬が明日行われる。これまで憲政史上暗殺された首相で国葬されたのは初代伊藤博文ただ一人であった。韓国併合には反対の立場であった伊藤元首相をハルビン駅で韓国人安重根が狙撃したとされる(結果として翌年の韓国併合を招いたとも言えるが、韓国では英雄扱い)。
 国内にて他の軍人や民間人の日本人に暗殺された首相経験者の原敬、高橋是清、犬養毅、斎藤実、濱口雄幸(傷がもとで後に死去)は皆国葬されていない。一方、老衰・病死した多くの首相経験者の中で山縣有朋、松方正義、西園寺公望、吉田茂は国葬されている。今回前例からすると国葬に該当しない(凶行したのが日本人である以上全国民が心一つになって故人を悼む国葬にはそぐわないということなのか)。
 戦後民主主義に変わり77年経った中で民主主義の根幹である選挙の最中での暴挙に多くの日本人が驚きと憤りを表すが、容疑者にとっては、宗教団体への恨みからだけで安倍元首相を狙撃したのであろうか。宗教団体のせいで奈落の底に落とされた。しかし、そこから這い上がることができれば怒りは消えなくとも薄れるかも。自由と平等の民主主義の中でなぜ這い上がることができないのか。その怒りを安倍元首相その人ではなく日本の為政者の象徴に向け、絶望死の道連れにしようと思ったとも考えられる。
 そうであれば、本暗殺事件を宗教団体に関連した特殊な稀なケースと見るべきではない。自民党内で、宗教団体との関係だけではなく、新自由主義に基づき貧富格差の拡大を招いた小泉政権とそれを後継した安倍政権による清和会政治に対する真摯な検証が必要となってくる。
 容疑者への減刑嘆願が増えていることは、尋常とは言えないが、保阪正康氏は『文藝春秋』今9月号『「テロ連鎖」と「動機至純主義」』と題し、今の世情がテロが横行した戦前と似ていると言う。テロがテロを呼び5・15事件とつながり、大衆が事を起こした青年将校らの行動を「義挙」と讃え、減刑嘆願運動が全国に拡がったという。

 日大先崎彰容教授も指摘しているように、思っている以上に今社会が深刻な状態にあるのかもしれない(小学校教員による給食への漂白剤混入事件は米国の生徒銃乱射以上に震撼させる)。国民の大半が反対する国葬ではなく、自民党の問題として党葬か内閣との合同葬にすべきであったろう。
 国葬の実施に対しては、非業の死を遂げた当選同期の知己朋友である安倍元首相に対して麻生副総裁の助言を受け入れ国葬をもって送ってあげたいと思っただけなのか、安倍元首相を支えた日本のタカ派層も取り込むという目論見が岸田首相にあったかは分からない。が、多くの国民は、保守の中ではリベラルな宏池会の首相に対して、支持率の低下で応えた。
 岸田首相は、国税による国葬への民主主義的な手続きを失念したことは深く反省するとして、国葬を強行するのであれば、「国葬がABE政治からの決別を意味していた」と国民が理解するのを期すればよい。岸田政権の独自の路線が進められ、貧富格差の是正とともに全体主義への傾斜を堰き止めることに繋がるものと思いたい。