2023.10 NO.197  ほうか VS ほうか
 TVドラマはBSかWOWOWで韓流ドラマを観ることが多い。今年見た中でも『悪魔判事』(2021年)の主人公を演じた、風間俊介さん似の人気俳優チソンさんが主演の『医師ヨハン』(2019年)と日本にはいない軍検事が主人公の『軍検事ドーベルマン』(2022年)が特に印象に残った。
 年の初め日本のドラマも観ていた。妻夫木聡さんと藤原竜也さんが共演したTBSドラマ『Get Ready! 』、西島秀俊さん、濱田岳さん上白石萌歌さんがタッグを組んだテレ朝ドラマ『警視庁アウトサイダー』のサスペンス物を観た。が、なぜ出演者にそんなことさせるのか、深みの無い内容から目を逸らさせる為かと訝しく思った。
 『Get Ready! 』では刑事課の婦警が意味もなくよくコケる。男性刑事がむやみに大声を上げ、ドアに大袈裟にぶっかる。このドラマだけかと思っていたら、『警視庁アウトサイダー』でも上白石萌歌さんに場にそぐわないコミカルな動きをさせる。サスペンス物の緊張感を一時和らげるユーモアはあってよいと思うが、不自然なコミカルな動きは必要がなく白けさせる。脚本の問題なのか、それとも監督の問題なのか。
 その点、木村拓哉さん(以下「キムタク」)主演のフジドラマ『風間公親-教場0-』では重苦しい中堀田真由さん演じるユーモラスな言動が束の間空気を和ませていた。しかし、視聴者からは批判的な意見が出ていた。最終回も中途半端で終わり、その翌週の特別編で私も明らかになると思ったが、単なる総集編でしかなかった。キムタクドラマとしては視聴率が低かったが、キムタクの問題ではなく、脚本を含め制作サイドの責任だと感じた。
 アンチも多いキムタクだが、孤高としての立場を崩さずストイックさを貫く点においては大谷翔平選手、羽生善治棋士と同様に、私は好きなのだ。何を演じてもキムタクでしかないと言われるが、同じく何をやってもトムはトムでしかないと言われ、アカデミー賞にも縁がないクルーズさんも私は好きだ(演技派の、トム・ハンクスさん、アル・パチーノさん、韓国のナングン・ミンさんも好みではあるが)。
 ともかくも教場0を最終話まで鑑賞した(歌手Uruさんが歌う主題歌『心得』もドラマにマッチして心に染みた)。
 第1話では、赤楚衛二さん扮する瓜原新米刑事が、交番勤務から刑事に転進し刑事指導官の風間に冷徹に試され、打ちのめされる。胃痛に悩まされるだけではなく無力感に陥る。「嘘をついて逃げ出そうとした。交番勤務に戻れ!」と風間から宣告される。
 その箇所を観て、私は45年前3長銀の内の一行へ調査トレーニーとして出向したことを思い出した。私は調査マンやエコノミストに漠然とした憧れは抱いていたが、それに向けた勉強はしている訳ではなかった。当時勤務していた新宿支店で6か月の海外研修に受験すべく英会話の試験にパスする必要があったのだが、自信がなくどうしたものかと思っていた。その矢先、支店長から調査トレーニーの話があると持ち掛けられ、渡りに船とその話に飛びついただけだったのだ。
 先進銀行に赴き、東大卒の行員らに圧倒されカルチャーショックを受けた。私を担当するトレーナーは、初めて外部の行員を指導するということもあり非常に熱心に、公私に亘り指導してくれた(私はその後の人生の師と仰ぐのであるが)。

 債券を買ってくれるお客さんの地方銀行へのサービスの一環として適当にあしらってもよいのだが、私の独身寮まで来て、部屋を見て、こんな生活ではダメだ、給料の1/3は本代に使うものだと諭された(自発的に日本橋高島屋へ行き8万円もする本棚をまず購入した)。
 指導も風間のような冷酷さはなかったが、私の書いた文章をわざと部内で一番きれいな女子行員の近くのテーブルで「これは何だ!?」と指摘される(男は怒られたときの態度が大事ということらしい)。わざわざ自宅に呼んで徹夜で添削してくれる。「他人の書いたものを使うな、自分で見たこと聞いたことだけを書く」「引用する場合は出典を明記せよ」「・・・等と書いているが、等には何があるのか。ないなら書くな」「文章は短く簡潔に」とこまごま注意される。
 メジャーリーグの大谷選手だけではなく、プロの世界では体力がものを言う。調査の分野でも、体力が必要と悟る。体力がなくなれば頭が回らない。こまごまの注意も気を配るとゴルフのイップスのごとく一字もペンが進まなくなった。さらに、銀行員の枠を超えた目立つトレーナーを快く思わない同僚が私に「大変だろう?」と耳元でささやいてくる。調査部長は私の席の近くに来て「悩んだフリして遊んでいる」とひとりごつ(部長自身真剣に悩めば涙とともに何かは出ることを体験から知っているのだろう)。
 場違いな所に来たと私は逃げ出そうとした。しかし、かなり追い詰められたとはいえ銀行員を辞めるのは躊躇したし、またいろんな人に迷惑がかかる。思い留まりトレーニー期間満了まで続けたのではあるが。
 私の職業人生での大きな挫折、汚点となった。だが、潰れてしまった訳ではない。私の中で何かが割れた。そこから本性が現れた。好戦的で、我を押し通す性格が(仕事ではプラスになったが、可愛げは影を潜めていく)。

 韓流ドラマに比べて予算が少ない日本のドラマの中で、より低予算と見られる、古びた校舎が舞台の『女神(テミス)の教室~リーガル青春白書~』。このドラマは、法科大学院(ロースクール)における法曹を目指す受験生たちの群像劇。法科大学院生としてはレベルが低いとの批判コメントもあったが、我ら門外漢の視聴者にとってはあまり専門的になってもついていけない。難関の司法試験に向け、受験生がどんな生活、どのような想いを抱いているのかが垣間見れてよかったと思っている。
 最終回まで飽きることなく連続して観たのは、私の知人たちの生き様を通して司法試験に大きな関心、疑問を持っていたからである。
 高校3年で同じクラスになってバスで一緒に帰るなど親しかった同級生と地元の大学を受験した。私は合格し、彼は不合格となった。それ以来10数年音信不通となった。再会したとき彼は弁護士として現れた。司法試験には8回か9回受けたという。旧司法試験ではとくに珍しいということではなかった。そういう受験生に対して、“知の巨人”と呼ばれ博覧強記の佐藤優氏は『地政学入門』(KADOKAWA)の中で、「余計な情報はたっぷり仕入れるのに、本質的なところを勉強しないこと。だから記憶が混乱して錯綜する。勉強法を間違えているんです」と言っているが。
 浪人中彼はバイトに勤しむ必要のない身の上であったかもしれないが、精神的にはきつかったのではないか。弁護士になれるか分からない彼を信じて精神的に支え続けた彼女(のちの奥方)に対して彼が恐妻家であることは無理からぬことだと思った。
 私が今で言う公益社団法人に居た時一時コンサル事務所に籍も持ち二足の草鞋を履いていた。コンサル先のビルメン企業に法律にやけに詳しい総務部長がいた。何度か司法試験に挑戦したが途中で夢を諦めていた。何回目かの受験の時他の試験科目の出来がよく、欲が出て、裁判官も夢でないとある試験科目に攻めて記述した。すると、まとまりがつかなくなり、失敗してしまったと聞いた。
 コンサルとしての私の発言に激怒し柔道の経験のある彼に襟締めのごとく首を絞められたことがあった。後年そんな彼が経営者が代わり新たな経営者にパワハラされ精神的に参ってしまったという。私には意外に感じられたが。ある時私は某弁護士事務所に寄った。彼が雑業をしていて驚いた。予備校時代からの友人の弁護士の所に身を寄せていた。数年後彼は自裁したという。
 知人の長男に小学校時代天才と他の子供たちから呼ばれていた子息がいた。当然のごとく東大法学部に合格した。そんな彼でも司法試験に一度目落ちたと聞いた時そんなに難関なのかと少し驚いた。TV番組『東大王』で脚光を浴びたという、東大法学部卒で才色兼備の鈴木光さんも、一回では合格しなかった。翌年合格し(さすがと言うべきか)渉外弁護士を目指しているという。
 
 生きた経済には答えがないが、クイズ番組など答えがある世界ならば記憶力に優る東大生が一番のハズ(昔の東大生はそんな当たり前のことを自慢するようなマネはしなかった。記憶力の高さは感じるが、知性は感じられない。もっとも、志には関係なく、TVクイズ番組『東大王』等の出演を青春の一ページとして割り切っているだけかもしれないが)。
 司法試験は、明確な一つの答えがある数学の試験問題のようにはいかないと思うが、答えのある世界に違いない。
 それなのに、東大生や卒業生が苦戦し、その一方で、私が証人として出廷した民事裁判で私に尋問した弁護士は本当に司法試験に合格したのかと疑う、阿呆かとあきれる弁護士もいた。
 当時、私大生が多く合格している。そして私大出の法曹人の不祥事が目立つ。私大は、司法試験に向けてのテクニックに傾注し、法曹人としてのあるべき姿を教えていないのではとの疑問を浅学かつ短絡的思考の私は抱いていた。
 そんな(感覚的でしかない)私の独断と偏見の中で、新司法試験制度の下2004年にロースクールが開校されることになる。それから19年経過してドラマ化された上述の『女神(テミス)の教室』は、ロースクールの意義とあり方について我々に問いかけている。
 現役裁判官でロースクールの教員をする、北川景子さん扮する主人公柊木雫は、法曹人としてのあるべき姿を教えようとする。そんな柊木に対して、山田裕貴さん演じる、天才肌の藍井仁教員は、司法試験に合格しなければ意味がないと反発する(次第に柊木に感化されていくが)。
 及川光博さん演じる代表の守宮清正は「どちらか一人が欠けてもいけない。二人が必要」と言う。あるべき姿を教えても司法試験に合格しなければ意味がない。だからと言って傾向と対策やテクニックばかりでは予備校と変わらない。
 そのロースクールは今過渡期にあるという。新司法試験制度では、ロースクールを修了した人だけが司法試験を受験できる。ただ、それでは経済的に余裕のない人は司法試験に受験できなくなるので、「予備試験」を受験して合格した者にも受験資格が認められている。
 ところが、その例外の予備試験の合格者の合格率が97.5%と高い(予備試験の最終合格率は例年3%前後で、そもそも予備試験自体が非常に難関)。ロースクールは司法試験に合格しても時間がかかりすぎる。ロースクールへの入校者も減り、廃校する大学が増えてきた。
 暴論的私見だと批判されそうだが、偏差値の低い人が集まる大学がロースクールを廃校することについては驚かない。最難関の国家試験とも言われる司法試験を合格する為にはそれ相当の学力が必要であり、それに見合う大学だけロースクールの開校を認めても本来おかしくない。しかし、それは差別にあたるから全大学に開放したに過ぎないのでは。
 現実問題として補助金が出ると飛びついても運営ができなくなる大学が出てくるのは当初から予想できたことではないか(そうだとしても、ドラマの柊木がいるロースクールのような趣旨に沿って真面目に一生懸命取り組んでいるところは数字だけを見て補助金をストップさせることは無いようにすべきではあるが)。
 ロースクールからの2022年合格率を上位から見てみると、京都大学68.0%(119人/175人)、東京大学60.9%(117人/192人)、一橋大学60.0%(66人/110人)、慶應義塾大学57.5%(104人/181人)となっており、本来?の趣旨に適っており、ロースクール存続に意義がある。 
 予備試験ルートでは予備校に通って受験すること多いだろうから、それだと旧司法試験と変わらない。私は、権力側に立つ裁判官、検事は法科大学院に通い法曹人としてどうあるべきかもじっくり考えてもらいたいと思う。とくに裁判官にあっては、死刑か無期懲役かは裁判長の胸三寸でもあるからして。
 私は公益社団や業界団体で東大卒の学者と接する機会が多くあったが、東大卒の学者たちは東大卒としてのプライドを持ち、その裏返しとして責任感も強く、奇をてらうこともしない。私心をより抑えられるだろうし、既存秩序を守るには東大卒が適していると理解した。法曹三者の中で権力側に立つ裁判官や検事は東大卒の法曹が向いていると思っている。
 私が“裁判官の鑑”として尊敬するのは、私が若き日憧れた石田芳夫棋士、武宮正樹棋士等多くの名囲碁棋士を輩出した木谷道場の総帥木谷實九段の次男で、東大法学部卒の木谷明元裁判官(現弁護士)。冤罪・1997年東電OL殺人事件の一審で無罪となったネパール国籍のゴビンダ被告人に対する検察側の勾留請求に応じなかった。長い物には巻かれず正義を貫き、退官後も冤罪被告人の救済に尽力しておられる。なお、本冤罪事件については本ブログ2013年10月号NO.28 (「ゴビンダとゴビンタ」)を参照願いたい。
 青木理氏の『時代の異端者』(河出書房新書)によれば、(検事が起訴するかどうかを決め)起訴した案件の99.9%が裁判官に有罪とされる中で、木谷判事は無罪判決を30件以上出し、そのすべてが無罪で確定しているという。
 ドラマ『イチケイのカラス』における、主演竹野内豊さん扮する「入間みちお裁判官」を裁判官に導いた「駒沢部長」のモデルの一人は木谷氏だとされる。
 だからと言って、東大卒の裁判官なら問題がないとは言うつもりはない。東大法学部卒の岡口基一判事が弾劾裁判で被告席に座らせられている。    
 岡口判事については、彼の本も読み、“裁判所改革の星”と期待したが、まさかパンツ一丁の半裸姿をネット上に披露したり、我々庶民が眉を顰める発言をするとは夢にも思わなかった。
 皇族が憲法の枠組みを超えた特別な存在にも拘わらず憲法上の権利に言及すれば国民から異議の声が上がる。同じく、裁判官は罪人とはいえその命を奪う権限を持つ権力者側にありながら権力者側から抑圧される側の庶民のごとく「表現の自由」「言論の自由」を主張すれば、法曹界だけではなく国民から批判されるのは、私は当然だと思う。裁判官が国民から信頼を失えば法による秩序は揺らいでしまう。
 「司法の独立」を盾に岡口判事を擁護するグループがあるが、権力者に屈せず正義を貫くために「司法の独立」があるのであって、一判事の(国民が見て)非常識な言動を守る為にあるのではないと思う。
 一小市民の私でさえ、自らを律している。首相のシンパからすれば、上から目線で時の権力者を批判する私を何様のつもりだと怒っていよう。下ネタの持ちネタなら読者に受けるに違いないと思っていても、掲載を躊躇する。頭が悪いと自覚するも開き直って日本がこれ以上落ち目にならないようにと願う発言を、こんな奴が偉そうに首相らを批判しているのかと思われない為に。裁判官ならなおさらに。

 岡口判事は最高裁からの支配と戦っていたハズ。厳しいが、岡口判事は人生を賭けて戦う場を間違えているとしか思えない(ただ、7/26の弾劾裁判第8回公判の中で「岡口氏が来年4月の再任を希望しない」ことが弁護人から明かされ、弾劾裁判が途中で打ち切られ、任期満了の退官扱いになる可能性も出てきたという)。

 日本国憲法76条は「すべての裁判官は、その良心に従い、独立してその職務を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」とする。後述の裁判官OBの瀬木比呂志氏によれば、実態は「すべて裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職権を行い、もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される」とする。そのために、司法試験を1、2回で、しかも最優秀な成績でパスした者を囲い込み、民間との接点も遮断する。純粋培養する (司法の独立がエスタブリッシュメントによる既存秩序を脅かすことを恐れるため。より邪推すれば、日本の法秩序を守るとの使命感からではなく、歴代最高裁上層部の支配欲、エゴだと言える)。
 そのため、司法試験勉強に勤しみすぐに社会から隔離された若い裁判官だけではなく、『犬になれなかった裁判官』(日本放送出版協会)を上梓した東大法学部卒のベテラン裁判官安倍晴彦氏でさえ報酬に対しての発言は庶民感覚からずれていると思う。
 弁護士界、財界から裁判官が浮世離れした判決がすくなくないと批判され、弁護士界から法曹の一元化が要求される。それに対して、法曹の一元化を忌避したい裁判所側は 裁判員制度(2009年創設)でかわす。
 それから14年ほど経つ裁判員制度は、辞退者が6割を超えると報道があったが、その報道もされなくなったか。もう辞退率は7割に届いているのだろうか。私は本ブログ2011年11月号NO.5(「サイパン と サイバン」)で裁判員制度を批判したが、国民の間にも裁判員制度の問題点が広く周知されてきたか。『絶望の裁判所』(講談社現代新書)の著者瀬木比呂志元裁判官が裁判員制度を主導した最高裁長官の私心を暴露したことの影響もあるか。
 国民の負担も大きい裁判員制度をもう止めて法曹の一元化を図るべきである。
 キャリア官僚も他の省庁へ出向したり、海外に留学する。裁判官も若いうちは検察庁や弁護士事務所に出向し、社会経験、人生経験を豊かにし、視野を広げればよい。上述の私も、出向し、挫折はしたが、先進銀行の仕事への厳しさ、物事の考え方を学んだ。親元の銀行に戻ってからは、“井の中の蛙”の行員がほとんどの中で頭角を現すことができた。
 東大出に限らず、他の国立大出でも私大出でも、弁護士からも、実績だけではなく人格と見識が優れた者を裁判官に登用できるように法曹制度を変更すべきであろう。
(次回198号は10/1アップ予定)

2023.9 臨時号NO.196 んかつ VS んかつ
  今月73歳になった。その前の5月には結婚42周年を迎えた。30歳前後から私は周りから「婚活」を意識させられた。晩婚化・晩産化、婚姻率の低下の今は時代が違うと言えるが、当時は「家族がいればお金を持ち逃げする心配が少ない」と妻帯者の銀行員に対する顧客からの信用度合いが違うと言われていた。銀行員は結婚するのが前提だったように思う(大手の都銀は別かもしれないが)。 
 当時30歳を過ぎた男はやや疵物扱い。お見合いでは25歳以下の女性は回ってこないのが相場だった(私が生まれた1950年8月の翌月から撮影に入ったという映画『麦秋』で28歳未婚の役柄のヒロイン原節子が「売れ残りでのいいの?」と言う。それから30年経つ1980年当時もそんな時代であった)。
 私はお見合いをするつもりはなかったが、頼んでもいないのに母親からお見合い写真ではなくごく普通のスナップ写真を見せられ、どうと聞かれたことがあった。私はちらっと見ただけで、関心を示さなかった。そのまま忘れていたのだが、後年その彼女が嫁にも行かず阪神大震災の折亡くなったと聞いた時複雑な心境になったことを覚えている。
 妻とは昭和53年銀行の新宿支店の歓送迎会で並んで主賓席に座っただけで仕事は一緒にしていない。私は4年新宿支店に勤務した後旧三長銀の一行にトレーニーとして出向した後神戸に戻った。歓送迎会から2年半過ぎた頃新宿支店の先輩に会った時歓送迎会での新入行員の妻の印象が良かったことを軽い気持ちで言うと繋いでくれるということになった。
 それで私から妻に電話することになるのだが、友達からでもと話すと、妻はその時「何をこの人は言っているの?」と訝ったらしい。実はその先輩は私が「結婚を前提に付き合ってほしい」と言っていると妻に伝えていたのだった。それを知って、手間は省けたが、お膳立てしてもらった以上おめおめと「ダメでした!」とは言えなくなったと心した(30歳にもなって女一人も。そんな奴に銀行員が務まるかとの烙印を押されかねないと)。
 結果的にそれが功を奏した。数寄屋橋の旧ソニービルの前で待ち合わせするのだが、いつも決まって妻が遅れてくる。私は、パンクチュアルなので普通15分も待ってこないと帰ってしまうのだが、堪えることができた。後年遅れる理由を妻に聞くと「だって、行きたくなかったんだもん」と答えるばかり。すっぽかされたことはないので、試されていたのかもしれない(WOWOWで観たが、ホッキョクグマのメスでさえオスをテストする。健康的で強いオスであるかどうか)。
 東京から遠い神戸に嫁ぐことになるので親を思って娘の気持ちは時として揺らぐ。ある月末の土曜日(当時昼まで営業していた)のこと、本部はすぐ帰れるが、支店は月末事務に夕方の6、7時までかかる。私は妻に黙って新神戸駅から新幹線に乗り夕方4時過ぎに新宿近くの喫茶店に入った。当時携帯がなかったので、新宿支店に電話したのだろう。驚いた妻は「行かない!」と言ったが、3時間程度待って来てくれた。
 東京によく出向いたが、ホテルに泊まらず、今では廃止となった寝台急行列車『銀河』で23時に東京を出で翌朝7時18分に大阪に着き、乗り換えて神戸に戻りそのまま出社した、そんなことも少なくなかった(最初B寝台に乗ったが、レールと直角にベットが置かれ止まる度に体が転がるのに閉口してレールと平行のA寝台に乗るようにした)。
 甲斐あって、最後は義父が私のことをくさすような事(見てくれは悪いし愛想もよくなく無理もない。娘の決心を確認する意味もあろうが)を言うと妻が庇い立てしたと聞く。
 色々プライドを刺激されることがあった。が、私は無駄に自尊心が高い(「顕在的自尊心が高いが、潜在的自尊心は低い」ケースに当たる。韓国ドラマ『浪漫ドクターキム・サブ2』の中で老病院長が「自信のない奴ほどプライドが高い」と言っていたのも同じ)が短気を起こさず我慢することができた。何としても成就させるためにはと。
 妻に好意を抱いていたことは確かだが、妻のことをよくは知らなかった。本当に愛おしいと思うようになったのは結婚してからだ(妻は知れば知るほど私を嫌いになると言うが)。
 人は「なんであんな奴にこんな感じのいい奥さんが」と思うことがある。いい女(ひと)だからこそそんな奴にでも尽くせるのだ。我妻も、家での良妻賢母はもちろん、外でも内助の功を。業界団体に居た頃海外視察に幹事役の私に妻も同行したとき、妻は、会員参加者と同様参加費を負担しているので“お客さん”でよいのだが、頼みもしないのに会食のときアホになって盛り上げようとしてくれる(皆が妻を明るく社交的と言うが、妻自身は気を遣うから嫌でそうではないと言う。

得意の歌も他の人に聞いてもらえばと言っても一人カラオケがよいと。義父に似てか独りで居るのが苦にならないタイプなのだ)。

 めでたく結婚に辿り着いた訳だが、日を置かず子作りという課題に取り組むことになる。上司や先輩に早く子供を作った方が後々楽だと聞いていた。27歳ぐらいまでに結婚しているなら50歳過ぎには子供が大学を卒業している。30歳を優に超えてから子供を持つと、ちょうど転職、リストラ、失業と父親の職業人生の暗転時期と子供の大学進学とぶつかる。
   もう20年経つか、銀行を辞め今で言う公益社団にいた頃アルバイトに来ていた私大の女子大生が社団のトップにお父さんが失業してと(何とかならないかと訴えるかの如く)打ち明けていた。今は40歳台で肩たたきされるのか。それでは子供はまだ小学生に過ぎないだろうに。
 「好きこそ物の上手なれ」と言われるが、助平だとしても生殖能力が高いとは限らない。顔は貧相、体は貧弱な私は、過去に孕ませた武勇伝などあろうハズもなく、自信がなかった。子供ができない場合若く見るからに健康そうで安産型の妻に問題があるとは思えない。昔は子ができない場合妻の責任にされ離縁されたが、今は、男に問題がある場合の方が多いと聞く。
 精子があっても、一定量(1.5cc以上)・濃度(1,500万匹/cc以上)ないと正常と言えない。トライアスロンの水泳の様に密集してクロールでバシャバシャしている状態でないと、ゆったり平泳ぎしていてはいけないらしい。

 約4年前公開された『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』で松重豊さんが扮するヒキタさん(原作者)のように精子の運動率(動いている精子の割合)20%では妊娠しづらい(WHOの精液検査の正常値「自然に妊娠が可能な精液の下限」 は運動率40%以上とする)。学校の運動会で行われる棒倒し(棒の先の旗をとれば勝ち)と同じだ。相手側の棒に攻め込み、偶然一番早く駆け上がり棒の先端の旗を誰かが奪いとるためには、大勢の人数で互いに庇いながら攻めるあがる必要がある。
 ヒキタ夫妻は12回(途中妊娠するも死産)に及ぶ人工授精の後顕微授精を行い懐妊に至る。夫自身に問題があるのに、北川景子さん扮する妻の体に負担をかける夫のやるせなさに、観ている私も涙した。
 逆に無精子症と診断されても、精巣で精子が作られていない「非閉塞性」と精子が作られているが精管が詰まっている「閉塞性」の2種類がある。ロックンローラーのダイアモンド✡ユカイさんは後者で(夫妻とも辛い)不妊治療に耐え子を儲けることができた。
 我々の頃は、互いに相手を気遣い不妊の原因を調べない夫妻も少なくなかったのではないか。

 数年避妊した後妊活するのでは子供ができた時私は40歳近くになっているかもしれない。妻は24歳の手前だったので、急いでいなかった。私が急かせて新婚旅行から帰った後すぐ妻は体温を測りだしたのだが、一か月も立たないうちに妊娠が判明した(ハネムーンベイビーではない)。私はホッとしたが、妻から笑われていないかと少しバツが悪かった。
 予想外にいきなり父親と母親の関係になってしまい、4年半で3人の子持ちとなった。代償として、結婚して20年ほど新婚旅行以外夫婦ふたり切りで旅行することはできなかった(TVで観た人気歌手大黒摩季さんの妊活は壮絶を極めた。子を切望し色々努力してもできなかった夫妻からすれば「何よ、それしきのことで」と不快に思われるかもしれないが)。
 高校や大学の同窓生で集まるとき、子供の話題に話が及びがちになる。子はいないと聞くと、根堀り葉堀り相手の心に土足で上がり込むデリカシーのない私ではあるが、(子供を単に欲しなかっただけの人もいようが)「奥さんを大事にしないとね」と言ってすぐに話題を変える。

(次回197号は9/10アップ予定)

2023.9臨時号 NO.195 イテオンクス  VS    イテオンク
 日本は以前「警察一流、経済二流、政治三流」と呼ばれた。今は、各々一つ下に格下げが妥当かとも言われる。隣の韓国は、日本在住の東海大学金慶珠教授が「韓国は、文化は一流、企業もほぼ一流、政治は四流」とツイートしている。
 韓国の「文化」が一流かはさておき、確かにエンタメ、スポーツ分野では、日本より進んでいる面があると言える。
 将棋は日本一=世界一だが、より競技人口が多い囲碁の世界一棋士はほぼ韓国が独占。スポーツ面では、韓国の国技のテコンドー、スピードスケート・ショートトラックでは五輪の度何度も国旗が掲揚される。女子プロゴルフも韓国選手が世界をリードしてきた。
 エンタメ面では、K-POPの旗頭『BTS』(防弾少年団)が世界を席巻している。女子グループは、私自身は、2009年、2010年か業界団体の仕事で2度訪韓したとき知人のオヤジの土産にグッズを持ち帰った『少女時代』、『KARA』で止まっている。今3月のTV番組『関ジャム完全燃SHOW』で韓国ガールズグループの特集があり、それによると、『少女時代』、『KARA』は第2世代(2005年~、世界進出への基盤)で、1996年~が『S.E.S』が元祖とする第1世代(創世記)にあたり、日本でも人気のあったBOAさんは1.5世代と呼ばれるらしい。現在は、『TWICE』『BLACK PINK』等の第3世代(2013年~、世界的ヒットと多国籍化)を経て、『IVE』『Kep1er』『LE SSERAFIM』等の第4世代(2019年~、多様性と新コンセプト)ということらしい。
 私は、昨年韓国のシンガーソングライター兼音楽プロデュサーが計画した日韓合同の「Nizi Project」で『NiziU』が誕生した様子を日テレで観て、ようやくJ.Y.Parkさんの名前と顔を覚えた。
 音楽だけではなく映画においても是枝裕和監督が『ベイビー・ブローカー』(昨年公開)を日本で撮らず、韓国にて韓国語で出演者もソン・ガンホさん、カン・ドンウォンさん、イ・ジウン(歌手としてIU)さん達韓国の人気俳優を起用した(ソン・ガンホさんはカンヌ国際映画祭で男優賞受賞)。
 韓国ドラマは、韓国民はドラマ好きで目が肥え、それに俳優たちが体を張り応えている。なによりドラマ本数が多いことが盛況さを示す。
 初めて観た『冬のソナタ』(以下「冬ソナ」)以降日本の5倍以上の年間100本以上、20年間で2,000本以上のドラマが韓国で制作されてきたのか。それを支える俳優も多くいるということだ。YAHOO!を観ても、とくに韓国女優ばかりニュースにあがる。優勝を争う韓国女子ゴルフ選手の場合と違い、文句を言う人はほとんどいないようだ。韓国女優を素直に認めているということか。
 私自身は通算100本も観ていない。5%にも満たないので、もっと挙げるべき人が抜けているだろうが、(ドラマを観るごとに目移りする)私が現時点で素敵と思う女優陣を年代別に各2,3人列挙すると、(敬称略にて)60代は、国民のお母さん的存在のチャ・ファヨン、『シークレット・ブティック』で美貌もさることながら女帝としての凄みのあるセリフ回しが感じ入ったチャン・ミヒ。50代は、韓国の吉永小百合と呼ばれたイ・ヨンエ、そのヨンエ扮する主人公を『宮廷女官チャングムの誓い』でいじめる悪女役がハマった、イ・ユビ、イ・ダインの人気女優姉妹の母でもあるキョン・ミリ、20代の人気俳優パクボゴムの彼女と間違えられたイ・イルファ。40代は、韓国を代表する美人女優のキム・テヒ、映画『パラサイト』のチョ・ヨジョン、ヒョンビン、ソン・ジュンギの二大さわやかイケメン俳優を虜にした魔性?女優ソン・ヘギョ。30代は、その年代を代表するハン・ヒョジュ、人気ドラマ『梨泰院(イテオン)クラス』で主人公の初恋の相手を演じたクオン・ナラ(日本のリメイク版は新木優子)、『赤い袖先』の好演で20代のチン・セヨンと並ぶ時代劇の女王となったイ・セヨン。20代は、前述のチン・セヨン、ハン・ヒョジュ主演の『トンイ』の子役から20代を代表する人気美人女優となったキム・ユジヨン、『夫婦の世界』で美貌を見せつけた反則的なハン・ソヒなど、実に多彩だ。
  日本の人気女優は映画・ドラマが少ないこともありCMに力を入れているのか。コミカルなCMもあり親しみを感じるが、その反面神秘性が薄れてしまう(『美人空気』のCMは女優としての比嘉愛未さんの価値を上げていると思うが)。映画・ドラマからでしかほぼ情報のない韓国女優は遠くから眺める富士山と同じで美しさとともに神秘性も感じられる。
 
  「文化」を一流とした金女史が、一方では「政治」を四流とこき下ろす。だが「行政」も四流ではないか。2014年4月の「セウォル号沈没事故」に続く大きな事故が起きた。
 昨年のハロウィンの時期の10/29の夜10時頃に事故が起きた。韓流人気ドラマ『梨泰院クラス』のロケ地でもある『世界食べ物通り』と梨泰院駅を南北に結ぶ幅3.2メートル、長さ40メートルの細い路地(東西に延びる大通りと梨泰院駅前でクロスする)で群衆雪崩が起き、若い女性ら150名以上が亡くなった。「ソウル梨泰院雑踏事故」と命名されている。
 9年前多くの修学旅行の高校生を含む300人前後が亡くなったセウォル号沈没事故では、タイタニック号のごとく最後まで船と運命を共にするという船長が乗客を置き去りに真っ先に難を逃れ世界中から呆れられた。沈没の一因である過積載も日常的に行われていることを加えれば、韓国民が堪えがたいとしても民度が低いと言われても仕方がない。元日経記者で韓国通の鈴置高史氏は、著書『韓国民主政治の自壊』(新潮新書)の中で、「日本を抜いた」と喜ぶ国民の反発を恐れて韓国メディアは、「民度」の身代わりに、救助が遅かったと海洋警察と朴槿恵大統領を非難の対象に選んだと見ている。
 しかし、今回はまさしく警察等の怠慢が主因とする大事故。マニュアルに沿った救助活動や現場の統制が取られなかったこと、緊急通報が相次いでも適切に対応しなかったことを原因として多数の人命被害を招いた。梨泰院を管轄する署長や区長らが逮捕された。悪しき両班意識が現代の韓国でまだ残っているのかと思ってしまう。

 日本はどうなのか。戦後80年近く経過した中で戦前のように安倍元首相が暗殺された。尋常ではないがその容疑者に対して減刑嘆願が多く寄せられている。安倍元首相に対する批判だけではなく、首相をトップとする「行政」の中に位置するとはいえ警察・検察が正義を果たしてこなかったこともあるのではないか。検察・警察は自らが批判されていると思うべきではないのか。
 「検察」については安倍政権下の本ブログ2020年5月号NO.135(「ひんかくVSひんいかく」)でこう述べた。
 『その検察は今どうなのか。公権力の私物化疑惑ではなく、一民間企業の権力の私物化を捜査し大山鳴動した事件は裁判の未開廷と日産の業績・株価大幅悪化で終焉を迎える。

逃亡したゴーン氏はレバノンからICBMのごとく日産・検察に反撃する。政府関与?の国策捜査の不当性、「人質司法」の非人道性を世界に晒し、海外メディアは一定の理解を示した。ゴーン氏への捜査、弘中弁護士事務所への強制捜査等における「検察の強さ」をよりはき違えたような特捜部の捜査手法も合わさり「検察の品格」が今問われている。』『時の政権は勝手に法解釈を変え検察官の人事に介入した。検察会議で受け入れ姿勢の上層部に対し静岡の検事正が異を唱えた。政権は正当化するために検察庁法改正を強行する。姑息さに政治的発言をタブーとした芸能人も多数抗議の声をあげ、元検事総長ら検察OBも異例の反対表明をする中、安倍首相は今国会での改正を断念した。すると、渦中の黒川弘務検事長に醜聞が噴き出し、急転直下黒川氏は辞任した。』

 ここにきて河井元法相の大規模買収事件にて特捜部が市議に対して利益誘導していたとの疑惑が浮上した。
 今年1月10日付の検察人事で、「畝本直美氏(60)が広島高検検事長からナンバー2の東京高検検事長に就き、女性として初めて検事総長へ大きく近づいた」と報じられた。さらに刑事局長には松下裕子(平成5年入庁)氏が就任した。上記日産ゴーン事件の捜査を陣頭指揮した森本宏(平成4年入庁)氏でなかったことから、月刊『文藝春秋』3月号は大型事件に着手するのではと見る向きも少なくないとするが、私は検察庁内部での自浄作用と思いたい。
 森友学園問題で大阪地検特捜部長として捜査を指揮するも佐川宣寿氏を含む財務省関係者を不起訴処分にした山本真知子氏に「女性なら却って」との期待を裏切られたが、もう一度期待したい。二人の女性検察庁幹部が検察の信頼を回復させることを。


 消防士と同じく警察官は自らの命の危険をもろともせず住民の安全に奮闘してくれている。TVドギュメンタリーを観ていても訳の分からぬ酔っ払いに対しても辛抱強く丁寧に応対している。偉いなぁと思う。短気な私は務まらない。
 そんな「警察」の中の警察庁は47都道府県警を統括指揮監督する立場にある。我々小市民にとって警察庁のキャリア官僚が何をしているか知る由もない(理想のキャリア像と官僚の群像劇を描いた、杉本哲太氏、古田新太氏主演の『隠蔽捜査』シリーズで少し垣間見たが)。小市民が正義を果たせば表彰される。それが仕事では当たり前で表面化しない。警察庁のキャリア官僚が表に出るのは、県警が不祥事を起こした時赴任した県警本部長としてカメラの前で謝罪する時ぐらい。
 警察庁のキャリア官僚自身が問題行動をとればメディアが大きく取り上げる。安倍元首相と親しいジャーナリストのレイプ疑惑事件の捜査をストップさせたことで小市民である我々は中村格刑事部長の存在を知る。

 週刊新潮は中村氏がNO.2ポストの次長就任あたりから再三警察庁長官になることの警鐘を鳴らしていた。警察庁のOBからも中村氏は脇が甘いと批判する声もあり、自浄作用が働くと期待した。
 しかし、警察庁幹部と言えども宮仕えの身なのか、警察庁のトップや行政の長である首相の意向に逆らえないのか(『文藝春秋』8月号「霞が関コンフィデンシャル」によれば、働きぶりが不評を買っているという現官房副長官栗生俊一氏が警察庁長官時代に「好き嫌いで人事を動かし、向こう10年に亘って禍根を残した」と言われている。特にお気に入りが中村氏だという)。

 『言ってはいけない』シリーズの橘玲氏は、近著の中で「他者の信頼を裏切り、権威に服従し自分の利益を最大化する」ように人間は進化してきたのではないだろうかと問いかける(それでも私は、警察官僚は日銀の御殿女中や普通銀行の銀行員等の民間サラリーマンとは違うと信じたい)。
 結局中村氏が2021年9月に警察庁長官に就任。翌月辞任した菅義偉首相の置き土産かのように。知らないところで大勢の警察官僚が奮闘していても、トップが問題であれば、我々小市民は警察庁への先入観が正しいと思ってしまう。

 その中村長官は暗殺された安倍元首相の警備上の責任をとり辞任した。因果応報と言うのは適切か分からないが。
 これで警察庁は自浄作用が復活すると期待した。だが、昨年11月自民党の重鎮二階前幹事長が中村氏と新警察庁長官とを高級中華でもてなしたと報じられた。
 魚と同様組織も頭から腐ると言われる。警察庁は、旧大蔵省、旧自治省と並ぶ一流官庁で、キャリア官僚に登用される国家公務員採用総合職試験のトップクラスでないと入れない。警察庁のキャリア官僚は東大法学部卒を中心に同い年の中で一番賢いエリートと言える。しかも「正義」に奉仕しようと志高いエリートが、30~40年、日本で唯一の(朝鮮王朝時代の)両班組織と揶揄される警察庁で(当人たちは忙しく何もせず神輿に乗っているだけとは思ってはいないだろうが)両班体質に染まってしまうのか。それとも「正義」よりも「両班」への志向が強い警察官僚が出世するということなのか。


 世界に誇る日本の精神性・価値観を守るのは、主権者の国民に阿る、利権をむさぼる政治家達ではない。拝金主義を煽る若手経営者等を微罪で逮捕し拝金主義の風潮を払しょくさせた検察庁と同じく警察庁ではないのか。であるのに、日本人の「芯」である①皇室への敬愛、②日本語の使用、③和の精神の中で、「皇室への敬愛」を守るべき警察庁の付属機関である皇宮警察が皇室に対して不敬な態度をとっているという。耳を疑う話だが。
 週刊新潮が昨年6月23日号で『愛子さまを「クソガキ」と呼んでいる…当たり前のように皇室を侮蔑する皇宮警察に存在意義はあるのか』と報じた。警察庁としてはあってはならないこと。すぐに誤報として新潮サイドに抗議するか、問題の善処を急ぐものであろう。
 ところが、7か月後またぞろ新潮が2月9日号で『陛下、“玉座”の「高御座」で「皇宮警察」が悪ふざけしています』と報じた。本ブログ2022年5月号NO.171(「じょせいVSじょてい」)で書いたように警察庁OBの宮内庁長官の就任は国民からの皇室への信頼に寄与しているとは思えない。同じく警察庁OBの皇嗣職大夫が佳子様別居問題でウソをついたと報じられてしまった。

 藤澤志穂子女史が著書『学習院女子と皇室』にて学習院OBの声を代表するかのように秋篠宮家並びに宮内庁に懸念を示している。今宮内庁に必要なのは、天皇制を否定していない人々からの批判の声も遮る盾(畑ちがいの警察庁からの出向者による「広報」ならば)ではなく、身を挺して秋篠宮家を諫める人材と態勢ではないか(自刃してまで信長を諫めた平手政秀みたいにとは言わないが)。

 国家権力の一翼を担う警察庁がまるで天皇制を壊そうとしているのか(米国への完全属国化には邪魔になると言わんばかりに)と邪推するのは私一人だけなのだろうか。
 皇宮護衛官は、警視庁から出向する地方公務員とは違う。皇宮警察本部に所属する国家公務員で、木村拓哉さん主演のTVドラマ『教場』で垣間見た警察学校と同じく厳しい皇宮警察学校に合格した者達。しかも皇室を守ることを人生の生きがいとして自ら志願した、今どき稀有かつ奇特な若者達なのだ。上記幹部の不埒な言動をどう思っているのだろうか。

 

 皇宮警察が不要なのではなく、警察庁そのものが存在意義を問われているのではないのか。戦後間もなくの頃は世界で新興の共産主義が吹き荒れ、日本の共産主義化が懸念された。“暴力装置”を持つ警視庁や県警が反政府組織に鞍替えするリスクに備え監視・監督する役割が警察庁にはあったと思う(旧自治省で現総務省の消防庁と東京消防庁等との関係も同じだろう)。今はそんな必要があるのか。

 最近読まなくなった『週刊文春』の8/3号を購読した。スクープとして、木原官房副長官の妻が重要参考人とされる殺人事件で捜査がストップした経緯を掲載している。その妻を取り調べした警視庁の元刑事が、露木康浩警察庁長官の「事件性はなかった」との発言に憤りを感じたとして、一転重い口を開き、実名会見を行ったという。

 警視庁等は、そもそも警察庁をありがた迷惑な存在と思っているのではないか。警視庁OBの作家は小説の主人公に「警察庁をFBIやCIAに変えるべき」と言わせる。刑事警察の部分は都警察である警視庁に移し一本化してはどうか。
 今般広域にわたるサーバー犯罪は警察庁の所管となった。しかし、きれいごとで済まない政治家稼業の国会議員は警察庁の改革に手をつけることには及び腰になるだろう(上述自民党の大物が新旧警察庁長官に「お手柔らかに」ともてなすを見ても)。両班気質に染まる前の若手警察庁官僚自身が(自らが神輿に乗るのではなく、主権者の国民に真に奉仕する)改革をなす声を挙げるしかないのか。
 名警察庁長官であった国松孝次氏は、『朝日新聞ひろば』にて「仕事はどんどん流れていく。目の前のことの処理で精いっぱいです。でも、流れについていくだけでは見失うものがある。その流れに目印の旗を立てること。どんなふうに自分の仕事で人の役に立ち、社会を良くしていけるのか。若いうちから青臭い議論をして、確認できるようにしておくことですね。」と述べている。

 (次回196号は8/20アップ予定)

2023.8 NO.194  オタク VS  オタク
 ギリシャ神話での巨人一族であるタイタン(Titan)は、ゼウスが率いるオリンポスの神々との戦いに敗れ、地底に幽閉されたとする。
 タイタンの形容詞であるタイタニックという名の豪華客船は海底に幽閉された。それを探索するTitan製の潜水艇「タイタン」は爆縮し海底に沈んだ。
 巨人は仮の姿で真のタイタンの姿は人間の「驕り」「過信」に対する戒めの神ではなかろうか。
 今回道連れとなったお金持ち達には、心より弔意を表する。その上で、貧乏人の私から、お金持ちに苦言を呈する。

 親の遺産であれ、自らの才能と努力の賜物であれ、自身のお金を何に使おうと勝手である。我々庶民がディズニーランドに行き喜ぶようなことでは飽き足らないのは理解できる。

 ただ、リュックではなくリスクを背負い宇宙旅行するのは良いが、大勢の乗客が亡くなった悲劇のタイタニック号を好奇心の対象にしたのであれば、それはいかがなものか。

 さて、SHINE! と書かれた文字だけを見れば、普通は「輝け!」と英語読みするだろう。その気になるよう日々妻から「早く逝くように」と言われる私はついローマ字読みしてしまう。

 次はどうだろう。
 OTAKU NO OTAKU NO OTAKU WA OTAKU ? 「なんのこっちゃ?」と理解できないだろう。ローマ字では意味不明でも日本語にすれば意味が通じる。「お宅のオタク(君)の御宅は大田区?」と漢字、ひらがな、カタカナの組み合わせで視覚的にすぐ理解できる(実際は、大田区は、オタクと区別する為ではないが、OTAKUではなくOTA―KUと記す)。
 自身を表すのに、英語ではI(アイ)しかない。日本語では、例えば落語において、「わし」「私」「俺」「ぼく」「拙者」と男を表す語彙だけでも数多い。その一言で、その人の身分や年齢が連想できると何かに書かれていた。
 この世界に誇るべき日本語が、無くなる危機的状況が2度起きた。1度目は明治維新で洋行帰りの学者や作家に母国語を英語にという運動が起ったとき。2度目は敗戦後GHQに(英語が母国語になっていれば、今よりもっと米国の属国になっていたことだろう)。

 明治・大正時代の国語学者上田万年を初め優れた先達が体を張って日本語を守ってくれた。深謝しなければならない。

 中国では「宅男」と言うオタクの聖地は大田区ではない。周知のとおり、東は秋葉原。西は大阪日本橋(でんでんタウン)だ。サブカルチャーで言えば、その聖地は中野ブロードウエイ、池袋乙女ロードとなるか。
 大田区は、東京の、ひいては日本の縮図と言える。「太田区」と書き間違われやすいが、前身の大森区と蒲田区とが合併しそれぞれ一字を採っているから「大田区」。本当なら大と蒲の字を採用してもよさそうなものだが、英語表記がOKAMA-KUになるのを避けたのであろうか(そんなことあるわけないか)。
 大田区は、東京23区総面積の9.6%を占め、一番大きい。現在は便宜上4地域に分けられ、北西の調布地域、北東の大森地域、南西の蒲田地域、糀谷・羽田地域と区分する。
 調布地域は、言わずと知れた高級住宅街田園調布がある。長嶋茂雄氏を始め作家、歌手等多くの著名人が住む。といっても、セレブタウンと言われるほど超高級住宅街と言われるのは田園調布3丁目あたりのごくわずかな地域で、ちょっと高級そうな住宅地へと変貌しつつあると『日本の特別地域⑨ これでいいのか 東京都大田区』に書かれている(高級住宅街と言えば、何といっても芦屋の六麓荘。銀行員時代に車で外観を見回ったことがあるが、大企業のサラリーマン社長ではとても住める所ではない)。
 なお、田園調布郵便局は、東急の田園調布駅の近くにあるのではなく、西島三重子さんの歌で知られる『池上線』(蒲田駅~五反田駅)の中間あたりの雪が谷大塚駅から3~4分の所(近くに田園調布警察署、田園調布消防署も)にある。
 ちなみに、郵便局の斜め向かいに往年のアイドル林寛子さんのカラオケサロン『寛寛』(カンカン)がある。往年の彼女を知る高校の同級生が上京の際に案内すると、すごく喜ばれた。
 北西の調布地域が山の手なら北東の大森地域、南西の蒲田地域は下町と言える。蒲田地域は日本の物づくりを支える中小企業のメッカと言える。世界に羽ばたく、タシロイエール、ツクモ電子工業、三信精機、下町ボブスレー、桂川精螺製作所、北嶋絞製作所等がある。TV化もされた、池井戸潤氏の小説『下町ロケット』もモデル企業はないとするも舞台は蒲田となっている。
 “両班”への憧憬から抜け出せない韓国人は、物づくりを良しとせず、一流大学から財閥企業へとしか考えない。韓国経済は日本の中小企業依存から脱却するのは容易ではない。  
 蒲田地域はB級グルメの宝庫とも言える。羽根つき餃子は食の地場産業と言えるほどに拡大した。蒲田3大餃子、長男の『ニイハオ』、弟の『金春』 (コンパル)、妹の『歓迎』 (ホアンヨン)に加え、『春香園』、『大連』(大森)も、長男八木功氏の一族。八木氏は旅順から中国残留孤児として45歳の時帰国。八木氏の料理と人柄に魅かれた地元の人々78人のカンパにより小籠包と焼きまんじゅうをヒントにした羽根つき餃子の店が誕生したという。
 餃子の店だけではなく、とんかつの店も蒲田に多いという。“とんかつ御三家”と言われる、(TV番組『ラヴィット!』にて俳優上川隆也さんが食べるを待ち望んでいたと言う)『とんかつ檍(あおき)』や『丸一』、『まるやま食堂』がある。
 蒲田の鳥料理『鳥樹』もよい。若鳥の水たきや唐揚げが美味しい。私は品川区旗の台駅に近い東口店を公私に亘ってよく利用させてもらった。
 蓮沼にお好み焼き『福竹』がある。店の売りは、大女将の技と口上。大女将の焼くお好み焼きは小麦が少なく分厚くふっくら(断面は骨粗鬆症の骨みたい)焼くのは技術がいる。うるさく、やや高圧的な物言いは賛否が分かれる。私ら4人で行った時も評価は半々に分かれた。10年以上前になるかグルメ雑誌『大人の週末』にこの店が掲載され、推奨人に世界の王貞治さんが載っていた。大女将が人により態度を変えると思わないので、よほど王さんは懐の深い人物だと思ったことを覚えている。
 さらに、蓮沼では欧風カレーと透明であっさりとした志那そばの店『インディアン』も有名。セットで頼むと先に志那そばが出てくるが、関西人の私でもスープの味が薄いと感じる。頃合いを見てカレーが提供される。カレーを食べた後スープを飲むとちょうどよい塩梅になってくる。たしか初代は資生堂パーラー出身と何かで観たが、よく計算されていると感じた。
 洋食店も、大きな生姜焼きが評判の『ぐるり スズコウ』が有名だが、大森には、大森海岸の『洋食入舟』はアジフライ、カキフライが美味しい。インドカレーでは、南インドカレーの先駆け的存在の『ケララの風Ⅱ』があった。
 ちなみに、南インドカレーは、他には、船堀『ゴヴィンダス』、虎ノ門『ナンディニ』に加え、TV『孤独のグルメ』Season8で紹介された小川町の『三燈舎』ぐらいしか私は知らないが、都内に50店ほどあるらしい。
 仏国・伊国・中国と同じく印国も北は肉中心で、南はシーフード主体で、さらにさらっとしているので北インドカレーより南インドカレーを好む。ランチでミールス(南インドのベジ料理を中心とする定食)を食べることが多い。上述ケララの風Ⅱ(前身『ケララの風』)の店主はミールスが認知されてきたので、ティファン(南インドの軽食)を世に広めたいと『ケララの風モーニング』で再出発したという。この前そのティファンを食べに大森に出かけた。辛くなくさっぱりしている。これなら毎朝食べても苦にならない。ただ、北インドの人はカレーと認めないかもしれないと思った。昼には蒲田に足を延ばし手軽に一品ずつ揚げたてが食べられる『天ぷらすずき』の暖簾をくぐった。
 糀谷・羽田地域は、言わずとしれた、成田空港と並ぶ日本の空の玄関口羽田空港がある。最近隣接して(天空橋駅) 先端産業と文化産業を融合させた大型複合施設『羽田イノベーションシティ』もできた。
 この他、大田区は、青果の大田市場があり、公営3大ギャンブルの内競馬場(大井)、競艇場(平和島)がある。競輪は隣の川崎に行けばよい。国立大学も一つあるし、他に無い物と言えば、大きな音楽ホールか。私にはそれぐらいしか思いつかないが。
 いい事ばかりの大田区ではあるが、一つ不満がある。押上から京急蒲田駅から近い上記ニイハオに行くのに私は都営・京急を利用する。乗り換えなしで便利なのだが、そこから池上線沿線に行くのに不便を感じる。それ以上に不満感が擡げてくる。
 京急蒲田駅から東急池上線蒲田駅まで10分前後かかること自体はとくに珍しいこととは言えない。栃木県の東武宇都宮駅からJR宇都宮駅へ行くのに徒歩で20分はかかる。
 私が独身の頃芦屋と神戸との境に近い神戸市の東端に住んでおり、下町を通る阪神芦屋駅を通勤に利用していた。阪神芦屋駅からJR芦屋駅には北東に10~15分歩く。さらにJR芦屋駅から山手を通る阪急の芦屋川駅に行くには北西にまた10分~15分かかる。不便ではあるが、不満は感じない。これが、JR芦屋駅と阪急芦屋川駅が隣接していて阪神の芦屋駅だけ離れていたら、下町に住む住民は不満を感じるに違いない。
 不満感が擡げてくるのは、東急(多摩川線・池上線)蒲田駅とJR蒲田駅が隣接しているのに、京急蒲田駅だけ離れている、そのためだろう。私は大田区民ではないのだが。

 (次回195号は8/1アップ予定)

2023.7臨時号 NO.193  にくい VS にくい(1/2)
 本ブログ2022年12月号NO.182(「こなもんVSこんなもん」)にて、私の体は粉もんで形づけられたと書いた。今回は70余年食生活の変遷を振り返ってみたい。長々と凡庸な話が続き「知らんがな」(知ったことか)と言われそうだが。
 今は本籍も移し東京に居を構えるが、生まれも、育ちも神戸。関西の神戸では「肉」と言えば、牛肉を指す。
 落語の立川志らく師匠がTVで美味いと紹介する神戸新開地にある『たつの』の肉うどんは牛すじのぼっかけうどん。師匠が同じくお気に入りと言う東京府中や中山などの競馬場にある『梅屋』の肉南蛮そばは豚肉が使用されている。
 60年前の頃神戸ではお好み焼きのことを「にくてん」と呼んでいた。漢字では肉天か(「天」は天かすとの説があるが、私には馴染みがない)。
 肉は言わずもがな牛肉。小学生の私は一人で店に訪れ、当時月見天をよく食べていた。卵が入っていない(キャベツが混ざった)生地の上に牛肉の薄切りを乗せ、真ん中には生卵を乗せ、さらに生地を上から少しかけていた。焼きあがると卵は半熟状態で美味しかった。当時は生地に卵を入れないのが普通で、社会が豊かになるにつれ生地に卵を入れるようになり、周知だろうが「天」ではなく「玉」と呼ぶ。具が牡蠣なら牡蠣玉となる。
 牛肉は火の通りが速すぎるのでじっくりと蒸すように焼くお好み焼きに向かない。時代が進むにつれ豚のバラ肉が関西でも主流になっていったと思う。
 当時の神戸は牛肉と豚肉の値段にそれほど差がなかったと記憶している。「トンカツ」という言葉をはじめて知った時、母が店屋物を買うと言うので、私はトンカツを父がビフカツを選んだのだが、母が間違って私にビフカツを渡し、私は赤身のビフカツの虜になった。
 映画鑑賞や記念日とかに新開地にあった『赤のれん』という洋食屋に連れられていたが、オムライスからビフカツに替えてもらうようになった。今は「牛かつ」がブームになっているが、カツにデミグラスソースのようなソースがかかっているのを見ると、当時が懐かしく甦ってくる。
 
 私はアレルギー的には何でも食べられる。アレルギーと言えは、花粉と妻の小言が少しあるぐらいか。人気俳優ディーン・フジオカさんのようなグルテンアレルギーもないが、食べ物の好き嫌いは無いとは言えない。
 私は子供の頃から変わらず肉の脂身が好きでない。すき焼きで関西は牛脂で油を引くがその牛脂を取り合う人たちがいる。が、私は食べるとえずきそうになる。とんかつも脂身が要らない。分厚いトンカツなら脂身の部分を残したりする。脂身が甘いと表現する人がいるが私には理解できない。なぜ脂身を油で揚げないといけないのか、ポークソテーでいいではないかと思ってしまう。
 神戸に居た頃はよくサンチカにある『KYK』にて棒状のヘレ(関東はヒレ)カツを食べていた。上京してからも家でよくフライを揚げていたが、最初に棒状のヒレカツを揚げ、その後冬場は牡蠣フライや娘が好きな蟹の爪フライを揚げていたものだ(キッチンを汚すと妻に言われ今はすっかりフライやてんぷらは揚げなくなってしまったが)。ヒレカツは、お店ではカツ丼やカツカレーに一口カツで提供されることが多い。ロースより衣の表面積が増えると思え、カツ丼やカツカレーではヒレカツを選択しない。
 なお、カツの衣も油をより吸収し易い粗目のパン粉より人形町『小春軒』のような細かなパン粉を好む。子や孫と行く串カツ食べ放題の『串家物語』では、ある程度串カツを頬張ると後は水に溶かした小麦粉、パン粉をつけずにオイル・フォンジュにして食べている。
 鶏の唐揚げも、胸肉の唐揚げが好き。あっさりしているからフライにする意味があると思うのだが、子供たちはモモ肉の唐揚げの方が好きなので、胸肉の唐揚げを取り合うことはなかった。今も子供と孫が来たときはケンタッキー・フライドチキンを買い求め皆で食べるが、キール(胸肉)は皆が敬遠するので、私がヒールになることはない。
 タルタルソースが盛られた鶏南蛮は敬遠し、野菜が敷き詰められ甘酸っぱいタレがかかった油淋鶏を私は歓迎する。
 天ぷらも、豚肉を揚げたものは要らない。動物性ならエビとホタテで十分。鮑、鱧、稚鮎、松茸など高級食材も要らない。昔は高級江戸前の天ぷらに野菜を提供するのは邪道だったらしいが、インゲン、ナス、ゴボウ、レンコン、カボチャ、季節野菜ならふきのとう、たらの芽などポピュラーな野菜を天ぷらにしたものが私は好きだ。子供の頃から口に出来ない野菜はなかったが、おせち料理は苦手だった(父が香川出身で白味噌の甘い雑煮も。京都と同じなのは保元の乱に敗れ崇徳上皇が讃岐に流されたことに起因するとか)。

 子供の頃正月はお年玉が貰えるから嬉しかったが食事は憂鬱だった。とくに根菜などの煮物が好きではなかった(今も筑前煮が好きでない。妻に体にいいから食べろと強制される。薬だと思って半分食べる。また残したと叱られる)。
 そんな野菜も天ぷらにすると好物に変わる。しかも、揚げたてが食べられたらそれで満足。御茶ノ水『山の上』、銀座『天ぷら近藤』、門前仲町『みかわ是山居』、京橋『てんぷら深町』などの有名店に無理してでも行こうとは思わない(無理しても行こうとするのは河豚だけ。他はB級でOK)。
 一つずつ揚げたてを大根おろしが入った天つゆで食べられ、値段もリーズナブルな福岡『ひらお』には出張で福岡入りするときは空港近くの本店や天神店によく寄ったものだ。

 こんな店が東京にあればとずっと思っていたら、『丸亀製麺』系列の天ぷら『まきの』が池袋にあると知ったが、閉店していた(神戸三宮にもあり里帰りした時立ち寄りたい)。
 有楽町駅と新橋駅の間のガード下にある「日比谷okuroji」に大阪から『天ぷらとワイン大塩』が出店してきた。さっそく妻と出向いた。場所柄店が狭いのが難点か。
 蒲田に一品ずつ揚げたてが食べられるB級天ぷら店『すずき』があるのを知った。近々寄る予定だ。

 その気になれば、探せば私好みの天ぷら店は思いのほか多く存在しているかもしれない。
 立ち食い蕎麦屋では、好きなインゲンの天ぷらを出す店は少ないが、ゴボウ天は、新型コロナ禍前の頃銀座で映画を観る前に『よもだそば』でスティック状で厚みのあるゴボウ天そばとミニカレー(立ち食いでは珍しいインドカレー)をよく食べていた。家でもランチに、店屋物の天ぷらを買っても、天丼にすることはなく、天ぷらそばにして油を落としている。
 他人より脂肪分の摂取が少ないと思うのだが、親からの遺伝からなのか高脂血症と尿酸値の値が高い。生涯毎日薬を飲まねばならぬ、不条理だ。

 実家で親と同居していた頃までは野菜もそれなりに摂っていたと思うが、銀行に入り翌年東京に転勤となり独身寮に入った頃23、24歳ぐらいから野菜を摂らねばという意識が欠落していった。1974年当時私が勤務していた新宿支店は西新宿にあり、帰りにはよく駅に直行せず歌舞伎町にある飲食店に繰り出していた。アルタ裏にある、ベージュ色したロールキャベツシチューが売りの『アカシア』(今も健在)を同僚は彼女(同僚)とよく訪れていたが、私はロールキャベツはトマトソースで煮た方が好みということもあり、アカシアの斜め向かいあった『レンガ屋』?の方に足を運んでいた。そこでハンバーグや肉質は落ちるが半ポンドのステーキを食べていた。
 寮があった神田に直帰する場合は、駅裏の焼トンの店で甘辛タレのハツ(心臓)やレバーを立ち食いしていた。小さなカレー専門店もよく一人で利用したが、ゆで卵をトッピングしてもサラダなど一緒に食べることはなかった。もっともその店にはトッピングにサラダはなかったように思う。
 日曜日は寮の賄いがないので、お昼には『肉の万世』神田駅前店に行くのが常であった。寮生と散歩がてらぞろぞろと歩いて行った秋葉原本店を含めると年間40回、神戸に戻るまでの5年間で200回は万世にお世話になったか。ほとんどハンバーグ定食を食べていた。私の青春の味なのだ。
 神戸に戻り、結婚もし子供もできた30代の頃、お昼は銀行の食堂を使わず近くのうどん店でかつ丼や海老天蕎麦とおにぎりのセットをよく食していた。後はラーメンや鰻丼など。 

 野菜を摂らなければとの意識はまだ芽生えて来なかった(今ではかつ丼や牛丼を頼むときミニサラダをセットにするし三食野菜を摂るようになったが)。妻からもっと野菜をと言われていたが、エスキモー人は野菜など食べない。食べなくても死なないと嘯いていた。
 そんな食生活でもストレスがなく心穏やかに暮らして居れば、大きく健康を崩すことはなかったのかもしれない。平成の世に変わり、元年に支店長となり、翌2年1月(1990年)には新宿支店長となりバブル末期支店の最高益を上げる頃までは良かったが、同年10月バブルがはじけ証券不況が吹き荒れる最中証券部長に指名されてから平成5年(1993年)末に銀行を辞め翌新年早々上京し今で言う公益社団法人に転身した15年間程は心休まぬ日々が続いた。まさに中年期であり、体の不調が顕在化するようになる。
 平成4年(1992年)証券部長として悪戦苦闘している中ストレスで右頬が鼻の高さまで晴れ上がった。慢性副鼻腔炎が悪化し手術した(20年後前立腺がんが発覚したが、この時期に免疫力が低下しがん細胞を見逃したのだと思う)。しかし、手術して間もないのに、平成6年(1994年)春社団設立に追われ、ストレスか右だけ副鼻腔炎が悪化した。医師にはすぐ手術と言われたが、設立総会前であり手術する余裕はなかった(それ以降30年弱経つが一度も大きな炎症は起きていないが)。

 無事社団も設立され、副鼻腔炎も治まったものの、翌平成7年(1995年)初夏から痛風に悩まされることになる。子供2人をつれ墨田区白髭橋近くにあるレストラン『カタヤマ』に行き300グラムのオージービーフのステーキを食べ、これからは手軽にステーキがと喜んだ。が、数日経つと足の親指がチクチクと痛んだ。ガラスの破片でも踏んだかと思って足の裏を見ても傷がない。それが痛風の始まりであった。発症する度に症状が重くなり、夜中トイレに立とうとすると激痛が走り立てない。ガラスの破片で膝の中を串刺しにされているみたいで、ホラー映画でテレビから出てくる貞子のように這ってトイレに行く羽目になる。
 それでも当時はできるだけ薬に頼らないとしていた。口養生ということで、好物の牛肉を食べるのを15年以上控えることになってしまった。牛肉に比べ、豚肉、鶏肉は食べても症状が余りでない。尿酸の元になるプリン体の100グラム当たりの含有量は、牛モモは110.8mg、豚ヒレは同119.7mg、鶏ムネは141.2mgと言われる。含有量が多い鶏肉を食べても発症せず、好きな牛肉では発症しやすいのは、どういう訳か。
 口養生と言っても、まだ野菜を多く摂取しようとはならなかった。
 そうこうしているうちに平成14年(2002年)の暮れ、胆石で大げさに言えば死にかけた。随分前から体調が優れなかったが、昼に牡蠣フライを食べたその晩高熱に魘され寝られなかった。翌朝血尿も出るし(原因不明)、町医者に診てもらったら、黄疸が出ている。胆のうの中の胆石が胆汁の通り道である胆管に蓋をしかかっているとのことで、知り合いの病院に直に行けと言われた。おっとり刀で出向くと即入院と言われてしまった。そう言われてもと翌日入院することで家に帰らせてもらった。肝臓と胆のうとの癒着を直さないと手術できないとのことで翌日から3週間ほど固形物はとらず点滴での入院生活となった。一旦退院して再度入院して胆のう摘出手術を受けた(本ブログ2020.11臨時号 NO.142 「ますい VS まずい(2)」参照)。

 胆のう摘出手術でさすがに反省した。母親の胆のう摘出手術の際病院で終わるのを待っていた。末娘であった母の姉たちも皆胆のうが無かったのを聞いていた気もするのに、肉ばかり食べ野菜を摂らなかったかと。それで一日三食、毎食の初めには野菜を摂ることにした。ラーメンも、胆のう摘出手術以降は「タンギョウ」こと、あっさりした塩味のスープに野菜がたっぷりと入った「タンメン」+野菜が多めの「ギョウザ」がほとんど。好きだったチャーシュー麺は食べなくなった。
 だが、その反省も失敗に終わった。肉も食べそれ以上に野菜を摂るべきなのに、肉を控え、野菜とか魚の刺身とかに偏ってまず肩に来た。すぐに五十肩(正式名称:肩関節周囲炎)になり、腕が上がらなくなった。55歳(2005年)前後になると前立腺肥大の症状(前立腺がんでもあったのだが)も出ることになる。平成20年(2008年)暮れからの冬は家の暖房環境は変わらないのにすごく寒いと感じた。カロリー不足かとようやく食生活が間違っているのではと疑い始めた。
 持病の慢性副鼻腔炎に対して動物性たんぱく質が必要と(医師から教わったのか)母から聞いていた。動物性たんぱく質なら、豚も鶏もそうで栄養価は変わらないと思うのだが、私の場合は牛肉が不足すると鼻の調子が悪くなることが経験則から分かってきた。どうやら前立腺もそのようである(私はヒンドゥー教徒にはなれない)。
 特定の食べ物を好きになるということは嗜好の問題ではなく体が求めているのだと思い始めた。大の肉好きの、お笑いの寺門ジモンさん、バイオリニスト兼毒舌タレントの高嶋ちさ子さん、1年365日のうち300日焼肉と言う貴景勝関は、大きなお世話だが晩年になっても必ずしも癌になるものではないと思うようになった。
 とはいえ、痛風があるので、私自身はそんなには牛肉を食べることができない。牛肉のたんぱく質が不足状態にならないように気をつけて定期的に摂るようにしているのが実情。食べすぎれば痛風というサーモスタットが発動する。尿酸を排出する薬を飲んでいるので発症というほどにはならないが歩くとき足首や膝が痛くなって歩きづらくなる。牛肉を摂り過ぎないようにと教えてくれる。

2023.7臨時号 NO.193  にくい VS にくい(2/2)
 もうすぐ73歳になる。充分生きた。皆平等に死が訪れる。死ぬより怖いのは、無駄に長生きして認知症になり、悪夫愚父の私に尽くしてくれた良妻賢母の妻に向かって「どちらさんですか?」と言うことだ。
 好きな物を食べることを我慢して生きながらえ認知症になるのは私にとって最悪(葉真中顕氏の単行本『ロストケア』を10年弱前読んだ時介護に関する厚労省行政の理不尽さに関心が向いたが、映像化された同名映画を観て認知症による本人及び家族の過酷さを痛感した)。
 それなら好きな物を食べて癌で逝く方がましだ。知人たちを見送ってきた80歳を超えた官僚OBが70歳を過ぎれば努力するか否かはあまり関係がないと言っていた。個々人に定められた天寿次第なら、なおさら好きな物を我慢してもしょうがない。
 ただ、大酒のみは長生きしないとも言っていた。お酒は毎日呑む。卒職してから私は毎日が休日だが、肝臓には休日はない。ただ、そんなに量は呑めない。お酒の強い人は吐いてからまた呷るほどに呑む。負けん気は強い方だが、早い段階で「私の土俵ではない」と悟った。今は一日日本酒で2合程度の酒量なので、“百薬の長”の域を超えないと言え、肝臓にも支障はない。
 お酒は催淫作用や他人への攻撃性を高めたりするが、私は、理性が飛ぶほど呑み過ぎては、気分が悪くなりのたうち回るだけなので、他人にセクハラしたり、危害を加えることはない。(こんな機会は私にあるハズないが)酩酊し前後不覚になり翌朝同衾の女性から事を成したと嘘をつかれても反論できずただただ困惑するようなことは、私には考えられない(キャッシー中嶋さんは結婚前一目惚れしもうアタックした夫の勝野洋さんにそれらしきことを言ったと『徹子の部屋』?で話していた)。

 10年前ぐらいまでは歳を重ねれば肉よりも魚を摂るべきと言われていたが、今は老人こそ肉を食べるべきだと変わってきた。元々欧米人より肉の摂取量が少ないのだから、欧米人を対象にした、それも恣意的な統計もある「統計データ」をそのまま日本人に当てはめて鵜呑みにすべきではない。
 日本人は、明治以降特に戦後赤肉と牛乳で体が大きくなり今やメジャーの大谷翔平選手のように米国人に体格で勝る日本人も現れてきた。医療体制の向上もあり日本人が一番長生きするようになれば、癌患者も最も増えるのは、当たり前のことに過ぎない。体にいい物でも食べ過ぎはよくない。体によくない物でも少なく摂るなら問題ない。世界で最も雑食性が高い日本人の食生活で癌が他国より増えるとは思わない。
 もう私は原則好きな物を我慢せず食べることにしている。体重管理もできている。定期的に体重計に乗る。体重が増えれば炭水化物の摂取を調整する。お酒を呑む夕食で炭水化物である白米やパンは極力食べない。口が淋しいときは妻がお通じによいと常食している炭水化物ながらビタミンCや食物繊維も含まれるサツマイモで好きなタイプなら少し口にする。
 サツマイモは「栗(九里)より(四里)うまい十三里」と言われる。私は粉が吹いた栗のような芋(かながわブランド「くりまさり」のごとく)が好きで、今どきの甘たるくねっとりとした芋は(女も)好みではない。
 なお、芸能人が(消化されて最終的にブドウ糖になる)炭水化物を一切摂らないと発言したりする。ぶどうなどの果物やはちみつなどからブドウ糖を摂取していれば問題ないが。そうでなければ、ブドウ糖のみをエネルギー源とする脳にダメージを与える。カッコつけでないとしても、ファンがマネしないようその理由とデメリットを伝えるべきだ。それが煩わしいなら口外すべきでない。テレ朝の『関ジャム』でシンガーソングライター石崎ひゅーいさんがステージで集中力が落ちてきたらブドウ糖を口にすると言っていた。理に適っている。
 好きな牛肉も、上述の『カタヤマ』、チェーン展開する『いきなりステーキ』、浅草橋『わかき』(コロナ禍閉店)のB級グルメ店で食べていたヒレステーキも食べなくなった。代わりに、内科、眼科の病院、映画館等へ行くときにランチとして焼肉、ハンバーガーを食べるようになった。焼肉は、錦糸町『三千里』、西新井『くに家』、春日『新香園』、平井『三幸園』(大塚に移転する前)に一人で。長男ファミリーとの会食には、京成曳舟『くいどん』、新小岩『プレミアムカルビ』、北葛西『焼肉きんぐ』等に寄る。
 ハンバーガーは、45年ほど全く食べたことがないと言えばウソになろうが、食べた記憶がない。その間ハンバーグは、ピン芸人としての『ハンバーグ師匠』井戸田潤さんが叫んだ回数には届かないだろうが、数えきれないほど食べている。

 昭和49年(1974年)からの新宿支店勤務の時残業や組合オルグの際マクドナルド(以下「マック」)のハンバーガーが出されたが、日本に進出して3年が経った当時のハンバーガーを食べていつも胸やけを起こしていた。当時子供の頃から慣れさせられてしまえば日本人は味音痴になってしまうと心配の声も聞かれていた(今日本人の舌はそんなことにはなっていないようだが)。
 2~3年前病院での待ち時間が長く抜け出して簡単に小腹を満たせるかとマックに入ってハンバーガーを食べてみた。あにはからんや、中々いけるではないか(私の味覚が麻痺してるのではなく品質が向上したということか)。それから錦糸町のTOHOに行くときはオリナスにあるマックでビックマックセット(ドリンクはホットコーヒー、ポテトはサイドサラダに替えて)を頼む。
 ひとりカラオケの際は錦糸町の『バーガーキング』に寄ることが多い。ワッパーJRセットがお得なのだが、ポテトが多い。半分にしてもらうのだが、それでも多い。ポテト不足の折には残すのは悪いので、ワッパー(とてつもなく大きいと言う意味。一般のバーガーの1.4倍。661カロリーもある。ビックマックは525カロリーだとか)単品とホットコーヒーを頼んだりしていた。
 グルメバーガー店巡りも始めた。草分け的存在の人形町『ブラザーズ』(高島屋店)、上野駅『ハードロックカフェ』、本郷3丁目『ファイヤーハウス』、蔵前『McLean OLDFASHIONED DINER』、この他新宿、銀座、錦糸町にある店にも行ったが今は閉店となっている。新型コロナ禍マックなどチェーン店より割高感からリピート率が低いのが要因なのだろうか。
 肉以外の具はトマトとレタスのみでよい。simple is bestで肉を頬張る感じがよい。トッピングするなら、A(アボガド)、B(ベーコン)は不要。C(チーズ)だけでいい。
 家では、あまり牛肉を食べない。と言うより牛肉料理を作らない。少ない年金での物価高の中、ぶ分厚いステーキなど大蔵大臣の妻が許してくれない。八宝菜、回鍋肉、酢豚、家常豆腐、麻婆ナス、青椒肉絲(タケノコの代わりにジャガイモの細切りを使うので、それしか知らない娘は高校の友人たちに笑われた)など炒め物の中華料理を作ることが多く、豚肉がメイン。なお、“中華の鉄人”陳建一氏が間質性肺炎で亡くなった。過去には肺がんも。新型コロナ禍が去っても毎日鉄鍋を振り油の煙を吸う料理人はマスクをつけ続けるのがよいと思う。味見には不便だが。
 昼食にそばやうどんを食べるときには牛肉を使う。明石家さんまさんが言うように輸入肉より和牛の方がよい出汁がとれる。お店と変わらぬ味になる。ちなみに、さんまさんはうどんをいれず「肉吸い」にして食べるという。「肉吸い」のネーミングには疑問を感じていた。キスのことを昔「口吸い」と呼んでいた。肉を吸うのでなく喰らうのだから、「肉吸い」ではなく「肉喰い」ではないかと思っていた。何のことはない。「肉の吸い物」ということであった。
 なんばグランド花月1Fにあるうどん店『千とせ』の元祖「肉吸い」は、伝説の漫才師花菱アチャコの子息で吉本新喜劇の俳優であった故花紀京が二日酔いで店を訪れ、肉うどんのうどん抜きを頼んだことから誕生したと言われており、吉本の芸人で知らない人は少ないか。
 4/25の日テレ番組『それって⁉実際どうなの課ゴールデン』にてお笑いのチャンカワイさんが肉うどんを食べているときテロップに「肉吸いうどん」と書かれていた。「肉うどん」―「うどん」=「肉吸い」であって、「肉吸い」+「うどん」=「肉吸いうどん」ではない。
 ちなみに、釧路にある、昭和天皇も御幸の際寄られたことのある蕎麦屋『竹老園』の「かしわぬき」は、かしわそばのそば抜きのことだという。
 
 45年程ではないが10年以上食べなかった物もある。某社の冷凍ギョウザだ。発売から65年経ってもまだテレビでコマーシャルが流れる、いわば国民食の『日清チキンラーメン』が食べられない(コンプレックスと言っていい)、神の舌ではなくアホ舌を持つ私ではあるが、スーパーに行くと『味の素』の冷凍ギョウザと『大阪王将』との二者択一しかない場合は常に大阪王将の冷凍ギョウザを買っていた。
 東京オリンピックの折選手村でギョウザがおいしいと評判になった。それが味の素の冷凍ギョウザ(市販とは別物らしいが)と判り、「ホンマかいな? 外国選手は食べつけてないだけやろ」と思った。早速市販の冷凍ギョウザを購入し、一口食べて、「そんなわけ…ホンマやっ!」と明石家さんまさんの往年のギャグを口ずさんでしまった。それからは味の素の冷凍ギョウザも買うようになった。
 我慢していたと言えば、50年程フルーツサンドを食べていなかった。若い時は食べる機会がなかったとも言える。コンビニも立ち寄らなかった。子供の頃日曜日に父と散歩して喫茶店にて夏は氷すいか、その他の季節はフルーツサンドを頬張っていた。中年になると、それを何度か懐かしく思い出されていたが、洋菓子やアイスは食べようとしなかった。甘味はときどき小豆の大福かおはぎを食べるだけであった。今は、コンビニでフルーツサンドをよく購入する。
 歌手吉幾三さんは演歌『娘に』で「長い旅 疲れたら 時々帰れ」と唄うが、我が娘は毎週土曜孫を連れて戻ってくる。親に孫の面倒をみさせて自分の体を休ませる為に。週を追って目に見えて成長する孫の姿が見られてよかったが、愚娘は他家に嫁いだとの意識が希薄すぎる。同居の義母にどう思われているかと、私が言いかけると妻が「子供が3人もいて何もしなかったアンタは、黙ってなさい!」とピシャリ。二の句が継げなくなる(今の家庭生活は大リーグの大谷選手張りに二刀流が進んでいるが、私はジャッジ選手には及ぶべくもないが仕事だけ。家事・子育ては妻に任せきりだった。その点も妻に頭が上がらない)。
 やや小太りの妻が隔世遺伝かと心配し孫をこれ以上太らせないでとの声をよそに、私は週刊誌と孫の3時のおやつを買うためにコンビニに毎週木曜か金曜に向かう。その折、私が食べるためにフルーツサンドを買うことが多い。
 新型コロナ禍旅行は難しかったが、地方へ出かけた時はその地の回転寿司以外にもフルーツサンド専門店に寄りたいと思っていた。1泊で宇都宮に妻と行った時、都心から少し離れた『フルーツダイニングパレット』下戸祭本店に行ってきた。クリームの甘さが私の好みに一致して美味しいと思った。都内では数年前だが赤羽の喫茶店『プチモンド』は6切もありコーヒーとセットでも伊藤博文先生1枚で済む。コスパが最高だ。
 函館『ロクテンハチ』へはなかなか訪問できるものではないが、錦糸町PARCOに期間限定で出店したときに購入した。埼玉上尾・丸八青果の『先手家』が来た時もイチゴサンドを買った。フルーツサンドはイチゴに始まりイチゴに終わる。マンゴーやキウイも合うが、イチジクやシャインマスカットはそのまま食べた方が美味しいと思う。
 中年の頃成人病予防から甘い物を制限した。が、無性に食べたいとも思わなかった。この頃は甘い物も間食もするようになった。子供に戻ってきているのかもしれない。追っ付け妻に責められオムツを穿くだろう。最後は母のお腹ではなく、土に帰っていく。
 
 エリザベス女王は96歳までピンピンころりで大往生なされた。2日前まで元気でおられたという。女王自身節制され、医療体制も万全。何しろ即位から70年女王の仕事を続けてこられたら認知症にもならないのであろう。我々庶民はそうは問屋が卸さない。私は認知症になるぐらいなら癌でその前に死んだ方がよいと言っても、気が小さく「食」を含め破天荒な生活などできない。下手をするとずるずる生きながらえ認知症になるかもしれない。
 娘の親友の父親が若年性認知症になったという。65歳までを若年性と呼ぶらしい。私は8年も過ぎもうすぐ後期高齢者になるが、ネットで認知症になりにくい性格として、a.誠実で責任感の強い人、b.ストレスに強く、くよくよしない人、c.生活習慣病がない人、が挙げられていた。私は全て該当しない。
 この前の中国党大会の胡錦涛元国家主席の変わり果てた姿を見て愕然とした。人間としての尊厳を失う前にと思っても、私が死ぬ頃までに安楽死や(自身の自由意志でという意味での)尊厳死が認められることはない。
 「75歳以上が自らの生死を選択できる」尊厳死制度が出来た(架空の)社会をテーマにした映画『PLAN75』(主演倍賞千恵子さん)は、不寛容な社会にあっては却って現代の「姥捨山」にならないかと問題提起する。
 仕方なく、自ら人生を終わらせる「自殺」という選択肢をとる人もいる。『工学部 ヒラノ教授の終活大作戦』(青土社)で楽に死ねる方法を決めている先生もいる。
 手段としては多種多様にあるが、液体窒素について触れる。自殺の手段として紹介するのではなく、知らないで誤って亡くなる人が出ないように。家庭にて液体窒素でアイスクリームを作る人は少ないと思うが。
 我々素人は「窒素は大気の78%を占めているから安全」と思いがちだが、液体窒素は違う。気化すれば700倍に膨張し密室では酸欠に陥る。私は業界団体に居た時委員会で知ったが、実際30年前に北海道の大学の実験室で2名亡くなっている。昨秋封切られた、福山雅治さん主演映画『沈黙のパレード』の中でも殺人事件の手段として登場する。
 私に認知症の症状が出始めた時には、もう一人では死ねないのかもしれない。認知症ではないが保守の論客・故西部邁には自殺ほう助の罪に問われても手伝うシンパがいた。が、妻を筆頭に私が憎く早く逝けと思う人は多くても罪を犯してまで手伝ってくれる奇特な人はいない。さて、どうしたものか。
 そう思案していた矢先、PSA(前立腺腫瘍マーカー)が急に上がり、前立腺がんが10年振りに再発した(がん幹細胞が生き残っていた)疑いがあると医師に言われた。その後のCTスキャン、MRIでは転移は見られなかったが、MRIでは5mm以下の癌は映らないし、今はグレーとしか。今後PSAが右肩上がりに推移するかどうかだ。再発が確定すれば(餌となる男性ホルモンを止める冬眠させる)ホルモン療法となる。数年後癌が冬眠から目が覚めれば、抗がん剤となる。抗がん剤は使わないと決めているので、死期と悟り、出来れば在宅の緩和ケアを選択したい。
 なお、TVなどで芸能人が前立腺がんで亡くなったとの報道を目にする。強い違和感を覚える。前立腺がんは生殖に関係しても生命の維持に関係しないので、癌が前立腺内に留まるかぎり死ぬことはない。前立腺がんが、全身に(全身がん)、あるいは生命維持に不可欠な臓器(肺、肝臓、脳等)に転移し悪化した場合に亡くなる。例えば肺に転移して亡くなったのであれば、メディアは、「前立腺がんを原発とする肺がんで亡くなった」と報道してもらいたいものだ。
 愚娘に言うと「自分の好きなように生きたから、もう思い残すことはないでしょ」とぬかしおった。介護福祉士の有資格者としての発言としてはどうかと思うが、その通りで、再発だとしても怖くも後悔もない。食べ物も変えたりしない。もっとも「渡りに船」と言えるほど元気は出ないが。

(次回194号は7/10アップ予定)

2023.7 NO.192   にちいどうめい  VS  

 にちいどうめい
 昨年2022年2月24日ロシアがウクライナに軍事進攻した。ウクライナを舐めていたプーチン大統領は首都キーフを数日のうちに陥落させられると思っていたが、そうはならなかった。英米等からの支援と愛国心に燃えたウクライナ兵士の奮闘により、戦争は泥沼化している。
 遡ること約120年前1904年2月10日に日本が宣戦布告し日露戦争が勃発した。当時ロシアは日本を黄色人種の野蛮な国と見くびっていた。日本は国の存亡を賭けた大国との一戦に全国民が一丸となり、また直前に同盟を結んでいた英国の陰日向における支援もあり、大戦に勝利した。
 フランス革命の影響を受けロシアのツアーリズム(ロシア皇帝の専制政治及びその体制)の動揺は、日露戦争の敗北により内乱へ拡大し、最終的に1917年3月第2次ロシア革命が勃発し皇帝ニコライ2世が処刑され、ロシア帝国が滅亡する。
 歴史は繰り返されるのか。ウクライナ戦争に核の使用もせずに負ければ、勝っても(頼みの綱の中国習近平総書記も反対する)核を使用したなら、プーチン権威主義体制は崩壊することになろう。なんにしろ、プーチン大統領が生き残っても、世界から孤立し旧ソ連圏諸国への影響力すらも低下し、中国を宗主国とする同盟国にロシアはなり果てるのか。
 歴史に造詣が深いハズのプーチン大統領はどうしたことか。裸の王様になったのか、あるいは、噂される健康状態がことを急がせたのか。それとも、互いに毛嫌いするバイデン大統領の挑発に乗ったのか。

 日露戦争開戦の2年前の1902年1月に締結された日英同盟は、海洋国家同士の「露国の南下を阻止する」政略結婚であるが、見方を変えれば、没落しつつある貴族の令嬢が成金で社会的地位のない新興企業の青年社長、しかも黄禍論が高まっている中での日本人に、嫁ぐようなもの。
 英国としては小国日本が露国と戦争することを望んでいなかったし、戦争となってしまえば娘婿を何としても助けなければならない。日本が負けてしまえば、七つの海を制した大英帝国が世界の笑いものになる。
 平間洋一氏の『日英同盟 同盟の選択と国家の盛衰』(角川ソフィア文庫)によれば、日英同盟は、戦時の場合日英は互いに「厳正中立」を維持するという条約で、中立条約に反する武器や弾薬などの軍事的援助は出来ないとする。それでも、英国は、軍事情報や戦費の調達、仏独に対する中立維持の外交的圧力、日本への同情を高める国際的世論の醸成、露の他国から戦艦調達に対する妨害など、日露戦争勝利に大きく貢献していたという。
 当時軍事力に大きな差があった日本が露国に勝ったのは、奇跡的であり、露国の側の油断と同盟国の英国に加えて米国の支援があってこそ。日本は大国の仲間入りを果たしたけれど、実態は瀕死の状態と言わないまでも露国からのリターンマッチを受ける余裕がないことを政府は国民によく理解させるべきであった。
 日露戦争前の日清戦争(1894年7月~1895年4月)に勝ったが、得た遼東半島を中国に返還すべきと干渉する独仏露三国の軍門に下り返還した。その屈辱を晴らすべく「臥薪嘗胆」をスローガンに国民は増税に耐え、その後10年に亘り軍事力増強に努めたという(今国民は若い人を中心に軍事力の増強の必要性は認めるが、増税してまで急ぐ必要性は感じていないか)。
 日露戦争勝利で屈辱を晴らし溜飲を下げるハズだったが、講和会議で日本が12億円の賠償金の取り下げと樺太北半分の無償返還に応じた。世界はその寛容さを絶賛したが、大手新聞がこぞって「屈辱の和約」と大批判する中、激怒した民衆が1905年9月5日に日比谷焼き討ち事件を起こした。仲介した米国の大使館だけではなくキリスト教の教会まで破壊したことより米国は日本に対する同情的態度を一変させた。民衆による焼き討ちの火が燻ぶり続け36年後日米開戦の火蓋が切られる。
 昭和に入っても民衆の怒りの炎は暴走する軍部を焚きつけ、その民衆の怒りの炎をメデイアがさらに煽り、日本は奈落の底に落ちていく。ドイツ人が戦争責任をナチスだけに押し付けてはいけないように日本人も東条英機ら軍部だけにその責任を負わせてはいけない。

 ただ、現在の民衆はおとなしくなり(その一方で一部の国民がテロに走るのも)、メディアは右も左も権力を監視する第4の権力としての地位を放棄しているように見えるのも、反省の望ましい態度とは言えない。

 今から100年前に日英同盟が破棄されたあと日独伊三国同盟を締結し悪の枢軸国として連合国側に攻撃され、敗れる。それから80年弱経った今も戦勝国連合でしかない国連の中で日本は敗戦国扱いを受けている。
 現在米国と同盟を結び、日米同盟と呼ぶが、正確には同盟ではない。日米安全保障条約関係でしかない。第二次世界大戦で身に染みて日本の軍事力を恐れた米英は、憲法第9条で戦争を放棄するよう仕向けた。
 日本が攻撃されたら米国は日本を護るべく反撃するが、日本はそれができない。NATOのように相互防衛義務を負うのが同盟とするなら、それに当たらない。
 1950年の朝鮮戦争の前後から米国は日本の再軍備を指向していたが、吉田茂首相以下米国の要請に応えず軽武装を維持してきた。
 安倍政権になり、いまだ国民の支持が高い憲法第9条を触らず、(違憲との批判もあるが)集団的自衛権で米国の要請に応えようとした。「重要影響事態」(日本に関わりのある国や地域で日本の平和と安全に対して大きな影響を与えかねない状況が起きること)になれば、日本は米国の後方支援ができる。「存立危機事態」(放置すれば日本も同様の被害にあう可能性が高く国としての存立が危機に立たされている事態)であれば、必要最小限の武力行使による自衛が可能となった。
 その後、安倍政権下河野防衛大臣が突然イージス・アショアの配置の断念を発表し、「敵基地攻撃能力」の保有が浮上する。初めてそれを聞いた自衛隊幹部OB3名がBS情報番組で「防衛措置の代替なら防衛措置がしかるべき」と憤慨していた。しかし、その内メディアによく登場する一人はしばらくして評価へ態度を変えていく。外交を司る外務省OBも「防衛より攻撃の方が安上がり」と痴れたことを言い出した。
 解せぬ、とずっと思っていたが、岸田政権がその答えを示してくれた。「防衛費GDP2%、5年で43兆円」が答え。自衛隊は弾薬等の不足が解消されると喜ぶ。財務省は防衛費増額を大義名分として増税路線を拓く。防衛予算の増枠を政治家は利権として奪い合う。米国に貢いだ岸田首相は、バイデン大統領の覚えめでたく、たとえ自国民から見放されても心強い。
 習近平総書記が失政する可能性もあり時期がズレるとしても近い将来中国が経済力、軍事力両面において米国を凌駕することは有力視される中で対抗上米国が日本の軍事力に期待するのは想像つく。日本政府が拒否しない。否、拒否できないのであれば、米国の要請に応える代わりに、真の独立国となれるよう、地位協定等の見直しを求めるべきである。
 現在、横田空域は、東京西部にある在日アメリカ空軍横田基地を中心に、南北で最長約300㎞、東西で最長約120㎞の、1都9県に及ぶ広大な空域。高度約2450mから約7000mまで6段階の高度区分で立体的に設定され、日本の領空ながら、米軍が航空管制している。
 吉田敏浩氏の『横田空域 日米合同委員会でつくられた空の壁』(角川新書)によれば、同じ敗戦国ドイツ、イタリアでは「自国の法律や規則を米軍にも適用させることで自国の主権を確立させ、米軍の活動をコントロールしている」という。
 日本もそうできるよう米国に要請すべきところだが、米インド太平洋軍(司令部・ハワイ州)で、在日米軍の各軍種を束ねる統合運用の指揮権を在日米軍司令部(東京・横田基地)に付与することを米国検討しているという。
 米国にとっての当面の最大の懸案は台湾有事。日本が「反撃能力」の対象について、相手国領域内の基地だけでなく、指揮統制機能や相手国の「中枢」への攻撃を対象にしているぐらいだから、台湾有事が起きれば真っ先に横田基地が狙われる。
 正義感からのきれいごとでは済まないもののコストとリスクを負った“世界の警察官”の座を降りたら他国を犠牲にして利を得る身勝手な国に成り下がった?(今のバイデン政権だけなのか。米国内の分断が80代の老人を再選させるなら米国離れは加速しよう)米国は好戦的ながら自国を戦場としない。その為にハワイから横田に移すとも言えまいか。しかも、米国が台湾海峡や日本で人民解放軍と交戦しても(米国本土が攻撃されないよう)中国本土には攻撃しないなら、まさに日本はウクライナの二の舞にされてしまう。
 日本が戦場(日本の米軍基地が攻撃されれば台湾有事ではなくまさしく日本有事)とならない為には、米国に盲従するのではなく、何としても台湾有事が起きないよう最大限の外交努力が不可欠。属国では身動きが取れない。その意味でも真の独立国になる必要がある。
 米国の要請に対し今の国民に誤魔化しながら日本の軍事力を増強しても米国の属国から抜け出せることはできない。
 安保法制だけでは、憲法第9条を改正しない限り、どんな時でも米軍を助けられるという訳にはいかない(米国も議会の承認を盾に日本を助けない場合も起こりうる)。
 属国から抜け出せない「自衛隊明記」と論外の「緊急事態条項」による改憲ではなく、平和国家の看板を降ろし、抜本的な第9条の見直しにより真の同盟条約の締結、真の日本独立を果たすのか、それを主権者たる国民にきちっと政権与党の自民党は問うべきであろう。国民がYESと言うか分からないが。
 国民が反対するならその声を盾として米国の無理な要求を拒むこともできる。そんな駆け引きが宏池会政権なら可能と期待したが、清和会政権より対米従属的とは思わなかった。
 属国としての日本から何のバーターも求められず43兆円(すべてではないにしろ)も朝貢してくれるなら、バイデン大統領にとって岸田首相に対して「真の友人」との賛辞ぐらいのリップサービスはまことにお安い御用であろう。
 5/11付け日テレNEWSから、タイム誌が発表した次回号では、表紙の顔に岸田首相が掲載され、「日本の選択」とのタイトルで「岸田首相は何十年も続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」と記されていると報じられた。
 外務省はクレームをつけたが、フェイクニュースの類ではなくタイム誌がそう感じとっただけだろう。岸田首相の首相としての行状からすれば、私自身も違和感は覚えない。
 G7広島サミットは、世論では評価の方が上回るが、私は評価しない。核被災地広島がシンボルとなる「核廃絶・平和希求」に向けて岸田首相は議長として指導力を発揮できたとは言えない。広島で開催したことが却って岸田首相が信念の無い政治家との見方を強めさせたのではないかと思う。
 核軍縮に関する「広島ビジョン」の内容が後退したことに関して、カナダ在住の被爆者サーロー節子さんは「自国の核兵器は肯定し、対立する国の核兵器を非難するばかりの発信を被爆地からするのは許されない」と厳しく批判した。歌手松山千春氏が自身のコンサートで紛争を解決する為のG7に対し「武器、戦闘機までくれというゼレンスキー大統領だけ呼んでどうする」との主旨の発言があったことを鈴木宗男議員が紹介しそのとおりだとした。
 こうしたG7の姿勢に対して、拡大会合に参加したブラジルのルラ大統領は「ロシアの侵攻を受けるウクライナを支援する米国のバイデン大統領はロシアへの攻撃をけしかけていると批判した。平和実現のためには『意味がない』と述べ、ウクライナ問題はロシアと敵対するG7の枠組みではなく国連で議論すべきだと訴えた」という。新興国の協力を得るために参加してもらったのに批判されてしまった。

 今や大国のエゴに唯々諾々と従うグローバルサウス(以下「GS」)ではないだろう。G7の影響力はますます低下していくのではないか。
 日本は、今のままではGSへの働きかけは容易ではない。経済力も低下し、唯一の被爆国なのに核兵器禁止条約ではなく核大国の既得権を守る核兵器不拡散条約(NPT)維持に尽力している。GSからも米国の属国と見られていよう。

 GSへの影響力を有するのは9月に行われるG20の議長国インドとなるか。インドは、経済成長著しく、さらに不公平としてNPTに不参加であり、GSに対する求心力を発揮できる立場にあろう。

 2022年11月臨時号 NO.181 (「きしだVSききだ」)にて佐藤優氏が紹介した東郷和彦外務省元キャリア官僚の「官僚観」(「官僚」には4通りある。それは、第一が『能力があり意欲もある』、第二が『能力があるが意欲がない』、第三に『能力がないが意欲はある』、第四が『能力がなく意欲もない』のどれかだ。どれが最低かといえば、『能力がなくて意欲がある』ヤツだ)をとり上げ、それを準用して、岸田首相を『能力があるが意欲がない』と品定めした。が、それを取り下げる。代々の議員世襲家としての首相と子息(前首相秘書官)との関係性だけを見ても失望する。

 天下の開成高校卒を買い被りしていた。ある意味安倍元首相以上だ。米中対立の中トランプ共和党政権と安倍政権はロシアに対し敵対行動をとらなかった。トランプ政権が続投していればウクライナ侵攻はなかったハズだ。

 岸田首相は、プーチン大統領に敵意をむき出しにするバイデン民主党政権に追従した結果、海洋進出を目指す中国と緊張関係にあるのにそうでないロシアまで敵に回した。二大核保有軍事大国は日本海のすぐ対岸にあるのに。
 絶えて久しい官僚出身(官僚派)の首相の再登板が再三必要と言っているが、その意味では岸田政権が迎え入れた齋藤健法務大臣(元通産官僚、元農水大臣)に期待する(週刊新潮も注目しているのか。3/16号で『美人秘書官を連れまわす』と題して、セクハラ批判ではなく、ワーカホリック気味な大臣が秘書を酷使していると言われないよう、総理を目指すならまず自身の足元を見直せばと新潮が気遣う?)。
 いきなり首相とはいかないから、次の内閣改造の折に、斎藤大臣を官房長官に登用すべきだろう。3K(「志」「教養」(歴史観)「気骨」)のある官僚出身の官房長官なら、首相の盾にも矛にもなれるし、矜持とプライドを捨てたヒラメ官僚ではなく、志のある有能な官僚を結集できるのではないか。

 1923年8月17日に日英同盟は失効した。圧倒的な経済力を背景として世界を制する覇権国家の地位が、第一次世界大戦後英国から米国に替わる過程において、中国における日米の利害衝突とともに、海軍力において日英連合>米国を解消させるために日英間の分断を米国が図った。

 英国は離縁されるのを望まなかったが、駐米大使の幣原喜重郎が日英同盟を破棄した。破棄した幣原を日本が世界から孤立化する元凶と呼ぶ人もいる。たしかに悪手ではあるが、「敗着」を言うなら、ドイツと同盟したことであろう。それで新旧覇権国の二大海洋国家である米英を敵に回してしまえば、日本には悲惨な結末しか残されていない。
 その100年後日英がまた連携する。日本の自衛隊と英軍の共同訓練等に向けた「円滑化協定(RAA)」が結ばれた。その前の昨年末には、空自次期戦闘機の「日英伊同開発」の合意が得られたとする。元海将香田洋二氏は著書『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(中公新書ラクレ)で「アメリカの戦闘機と競争してどうする」と懸念を示す。怒っても不思議ではないハズの米国も、上手くはいかないと思い、高みの見物を決め込んでいるのか。
 今回の日英の連携は120年前とは意味合いが違う。植民地だったインドに名目GDPが抜かれ、ブレグジットの後遺症もあり、首相に足る男性議員がおらず(ならばと女性議員が手を上げ結局女性議員の評価を落とす)、国防省等がウクライナ戦争でプーチン死亡説などピンボールを投げることからすれば、もう昔の栄光ある英国とは思えない。騎士道の矜持を見失った英国と武士道を忘れた日本。輝かしい日英同盟が復活する訳ではない。軍事面の観点からすれば、今のところ米国を宗主国とする第1同盟国英国とよくて第2の(準)同盟国の日本とが連携するに過ぎないのでは。

 英国の新首相となったスナク首相ははっきりと「中国離れ」を明言した。短期間で退陣したトラス前首相の頃に、英国を「実利主義の国」と言う財務省の縄田恵子氏は『英国と中国の二国間関係 ~実利主義の国・英国の対中戦略~』と題して「・・・大きな市場規模を持つ中国との完全なデカップリングは困難な上、HSBC等、香港・中国との関係が深い金融機関の存在もあり、今後、中国に対して敵対的で鋭い言説が増える可能性はあるが、実際の行動との間のギャップは広がるかもしれない。」と述べている。米国の退潮が隠し切れなくなった時英国は中国と同盟することはないのか。
 覇権国の挑戦者としての中国は、かつて日英に対して米国がしたように、ゆくゆくは欧米の間に楔を打ち込んで来よう。そう私は思ったが、そうする前に中国にとつては望外にも、元々米国と一枚岩でない仏国のマクロン大統領が台湾問題について「欧州は米中に追従すべきでない」と訪中後発言した。西側の結束を揺るがすと批判を受けたマクロン大統領は発言を修正したが、「米同盟国は下僕でない」と意地を示した(武士の末裔にあたる日本の政治家は何と聞く)。
 日本は、結果論的には、パックスブリタニカのときは覇権国英国と同盟し、パックスアメリカーナの今は米国と(準)同盟関係にある。2度あることは3度あるのか。いずれパックスチャイナの時代が到来すると見られている。また日本が時の覇権国と同盟関係を結ぶことはどうなのか。
 戦前「鬼畜米英!」と叫んでいたのに負けたらゴロニャンと米国に従順になった。今国民のほとんどが反中だが中国が覇権国なれば宗主国と仰ぎ見る、そんなことは絶対起こり得ないと言えるのか。それとも、専守防衛で自国を戦場とする日本が自国を戦場とはしない米国との一蓮托生を続けるのか。

 永世中立国のスイスはその看板を降ろしてしまったが、米中の狭間の中で中立国となること(私は“平和大三元論”として、「青牌」の米国と「赤牌」の中国との大国の間で日本が傲慢な盟主ではなく世話役としてアジア諸国を束ねる「白牌」になるべきとしたが)はもうあり得ないのか。

 爺の私はそれを見届けることはできないだろうが。
 右派系左派系を問わずBS情報番組での軍事研究者らによる連日のウクライナ戦争の戦況分析等はもう十分だ。我々庶民がウクライナ戦争から学ぶべきことは、ウクライナ兵の奮闘ぶり、(裏で女性や子供が悲惨な目に遭っている中での)ウクライナ住民の忍耐力と辛抱強さではなく、いかに戦争に巻き込まれないか、代理戦争させられないかということだ。
 パックスチャイナの後、人口世界一、GDP世界5位のインドがパックスインディアーナの時代を迎えよう。世界は、現覇権国米国、囲碁型陣地拡大で覇権を狙う中国、我が道を行く印国を核とする3極化し、より複雑化していく。

 その中でどう日本が生き残るべきか。BS情報番組には、右派左派交えての真剣な「政治」の話を取り上げてもらいたい。
(次回193号は6/20予定)

2023.6 NO.191 さいこう!  VS さいこう!
 本号では日本中が湧きかえった野球WBCを振り返る。漫画のラストシーンのごとく、日本チームの主砲がクローザーとして登場して最終回2アウトで米国チームの主将でMLBの現役最強打者トラウト選手と相対峙する。3ボール2ストライクのフルカウントとなり、世界中が固唾を呑む中大谷投手が芸術的と形容してもおかしくない進化系スライダー(スイーパー)で空振り三振に仕留めて、ゲームセット。日本代表チームが優勝した。
 エンゼルスの同僚で互いに尊敬しあうトラウト選手ではあるが、優勝を逃した上大谷選手の引き立て役になったので、内心非常に悔しい思いをしただろう。3年後の大会にもリベンジの為尽力するのではないか。今回今までの大会以上に盛り上がったのは、米国代表チームにナ・リーグの昨年MVPのゴールドシュミット選手、三塁手として10年連続ゴールドグラブ賞の受賞及び2015年・2016年の打撃二冠達成のアレナド選手、ナ・リーグ昨年ホームラン王のシュワーバー選手、MLB史上最多タイの3度のサイクル安打達成のターナー選手等メジャーのスター野手が揃ったということであり、それはトラウト選手の呼びかけの賜物。
 今回日本に負けたのは投手陣の差もあるだろう。次の第6回には、サイ・ヤング賞を3度受賞しているカーショー投手、シャーザー投手、バーランダー投手、2度受賞のデグロム投手のほかにヤンキースのエース・コール投手等が参加すれば、日本代表連覇の最大の難敵になろう。出場には米球団の理解が必要だろうが。

 父親が米国人で母親が日本人のラーズ・テイラー=タツジ・ヌートバー選手は、メジャーリーガーだが、ナ・リーグは観ていないので全く知らなかった。彼は聞きしに勝る大のmama's boy(ママっ子)で子供の頃から日本代表チームで活躍することを夢見ていた。栗山監督の依頼を受けた水原一平氏(大谷選手の通訳)がヌートバー選手に打診したという。
 他に優れた日本選手がいるのにと外野では起用に反対の声もあったが、日本代表チームは、たっちゃんTシャツを着て出迎えた。大谷選手は率先してヌートバー選手の出塁時のペッパーミルのパフォーマンスをマネした。日本語も話せない不安な彼を皆が暖かく支えた。
 それに応え、彼は大活躍した。とくに日本ラウンドでは打撃は“切り込み隊長”として、守備もファインプレーを連発した。試合前の円陣においても、2度ほど英語で皆を鼓舞した。最後の檄(げき)を飛ばす時日本語で最高!と聞こえ一瞬「?」となったが、当然「さぁいこう!」ということであった(最高!と言ったのは、シャンパンファイトで仲良しの村上宗隆選手と一緒に岡本和真選手が。天然キャラの岡本選手はお立ち台でも「最高です! 」を連呼した)。
 ヌートバー選手については、WBC終了後も、カージナルスでの成績(試合はほとんど観ていないが)を毎日確認している。WBCの勢いそのままに開幕戦2番に入り活躍が期待されたが、突き指にて戦列を離れたのは不運であった。復帰後の米時間4/15、16の両試合共四球が3で相変わらず選球眼がよい。今も出塁率は0.432と高出塁率を維持している。
 注目された米時間5/3の大谷投手との対戦は3連続三振に終わったが、翌試合は4安打の固め打ち。打率も0.289と上がってきた。外野守備の美技もファンの心を掴む。このままレギュラーに定着し“切込み隊長”として活躍していけそうだ。

 大谷選手については昨年から出場試合をほぼすべて観て成績も自分なりに記録している。大谷選手の今季1か月余りをふり返ると、昨年の“投高打低”から“投高打高”になりそうなよい滑り出しを見せている。
 投手としては、ピッチクロックの影響により、米時間5/8(日本時間5/9)時点の四死球率は5.77で(2021年3.74、2022年2.49)が悪化しているが、被(安)打率は0.125である。とくに開幕数試合は試合を支配しマウンド上で余裕があった。
 米時間4/27の登板は3回まで完全試合で防御率が0.58となりグレイ選手の同0.62を抜いてメジャーリーグ全体で1位に躍り出た。また、かのノーラン・ライアン選手のエンゼルス時代の本拠地33イニング無失点記録も抜いた(35イニング)。

 続く4回に味方が5点をとり、勝つのは確実で投手部門で月間MVPは当確と思われたのだが。
 ところが、好事魔多しか、突如4回の登板で乱れる。足の速い先頭打者に死球をあたえる。それは完全試合が途切れただけ。その後盗塁を許し、ノーアウト2塁となるも、地区断トツ最下位のアスレチックス相手に5点もあるのでこの回の1点は仕方がないと思えばそれで済んだはずたったのだが。ホームラン2本、5点を献上してしまった。
 次の試合米時間5/3のカージナルス戦で立て直すと期待したが、初回ホームランを打たれたのを観て、今日は負け投手になるかと嫌な予感がした。
 昨年の悪夢が蘇る。米時間2022年5月26日のブルージェイズ戦、続く同6月2日のヤンキース戦でともに初回先頭打者にホームランを打たれ、ブルージェイズ戦は2ホーマー、5失点、ヤンキース戦で3ホーマ―、4失点で、両試合敗戦投手になった。
 嫌な予感どおり、魔の4回にホームラン1本を含む3安打を許し3点を献上した(5回4失点13Kで降板。“逆なおエ”で負け投手にはならなかったが)。ピッチクロックに急かされる中ランナーを背負った時に投球メカニックが狂うことの修正が課題となった。
 サイ・ヤング賞受賞の呼び声も高いが、ピッチクロックに煩わせられる今季の大谷投手は、前季先発登板28試合の中複数被本塁打は3試合しかなかったが、今季は既に2試合。

 7度のサイ・ヤング賞受賞の剛腕ロジャー・クレメンス投手より、5,714奪三振が燦然と輝く史上最強投手ながら一度も受賞していない豪腕ノーラン・ライアン投手を彷彿してしまう。
 今季の受賞争いのライバルには、ロケットスタートで強豪チームがひしめく東地区で首位を独走するレイズのマクラナハン投手(勝利数トップの7勝)もいるが、一番の強敵はヤンキースのエースにてまだ未受賞のコール投手と言えるか。米時間5/8(日本時間5/9)時点で、8試合登板、勝利数5、防御率2.09、奪三振数58、奪三振率10.10、被安打率0.197。
 足し算の、勝利数と奪三振数は、屈強打線と強力リリーフ陣に支えられて中4日で投げるコール投手に対して、中5日の大谷選手(7試合登板、勝利数4勝、防御率2.54、奪三振数59、奪三振率13.62、被安打率0.125)は試合の消化が進むほど分が悪くなっていく。  

 ピッチクロックに加え、今季から全チーム総当たりとなり初めてのマウンドに立つことも投球メカニックに影響を与える。その中では容易とは言えないが、昨季上記ヤンキース戦での3.99から最終2.33まで下げたように、2.54に悪化した防御率をこれから1.5前後までに下げていき、割り算の、防御率、奪三振率、(今メジャー全体でも1位の)被安打率で対抗していくしかない。
 打者としては、大谷選手は、今季からバットを1インチ(2.54㎝)長くした。今季ホームランは4月だけで7本(5月はまだホームランがない)。打った7本のホームランはすべて変化球のみ(スライダー3、チェンジアップ1、カーブ1、シンカー1、カットボール1〔特大の第7号はスライダーでは。138キロしかないし〕)。
 ホームラン46本の2021年のオールスター直前からカウントを取りに来た速球、とくに95マイル(153キロ)以上の速球を仕留めることができていない(解説の山下大輔氏が言うように、相手投手が警戒してまともなストレートを投げてこないこともあるか)。

 それが改善されれば、本命ジャッジ選手は右股関節負傷欠場もあり昨年の勢いはなさそうで、ホームラン王も夢ではないが。
 打率は、大谷シフト(守備シフト)が禁止されて、開幕前3割もと期待されていた。1、2間を抜くヒットがとくに増えたとのイメージはないが、米時間5/8時点で0.301と好調さが窺える。昨年もそうだが、打率が下がってきても、0.25まで落ちると反転する。大谷選手は悪くても4回に1回は安打できる実力をMLBでも備えている。
 フルカウントでのパフォーマンスの改善を大谷選手が今季の課題に挙げていると紹介されたが、3-2からの打撃成績は米時間5/8時点の27機会で、四球5、ヒット1、打撃妨害1、三振11、アウト9。四球5に対し三振11で、それだけを見ても、今のところ改善されたとは言えないか。
 二刀流は疲れる。疲れが出ると、投手では、球にキレがなく160キロ以上の球も出にくくなるが、それでも悪いなりに大谷選手は抑えられる。が、打者では、振り遅れる、スイングが波打つ。シーズンの終盤になると力まないと振れないのか引っ張るような打ち方になりホームランが出ずゴロが多くなる。打者の方が影響が大きいと思う。

 より問題である疲れた時の打撃力の低下に対して、バットを長くするのは逆効果ではないかと素人の私はそう思うのだが。常識を超える大谷選手のバッティングが暑く疲れも出て来る7月以降実際どうなるか注目したい。

 私はメジャーの大谷選手の出場試合はほぼすべて観ていると言ったが、日本の野球は全然観ていない。恥ずかしながら、日本野球を代表する選手については、160キロ以上の球を連発し、完全試合も成した佐々木朗希投手、史上最年少三冠王の村上宗隆選手ぐらいしか知らない。
 WBCで投げた佐々木投手は強心臓だ。大谷選手と同様大舞台でどうじない。二人は同じく岩手県南部育ち(大谷選手は県内陸南部の奥州市、佐々木投手は県南東部の陸前高田市)。
 故祖父江孝男の『県民性の人間学』(ちくま文庫)によれば、岩手県人は、「粘り強く、たくましい人柄」という。寡黙さは東北人全体の特徴ではあるが、雪深い県北部は宮澤賢治、石川啄木のごとく家で読書にふけり思索的になるのとは違い、県南部の県民性はより行動的であけっぱなし(開放的)で発展的であるという(なお、大谷選手は県北部の気質も兼ね備えている。飲み会、合コンよりも独りで本を読むのを好み、理知的。女性にとって理想の結婚相手か)。
 メジャーリーグ挑戦が確実とみられる佐々木投手は、メジャーリーグに転戦するまでに時間がある。豪速球とフォークだけではメジャー打者に対応されてくるのでは。会得したスライダーを大谷投手のような変幻自在のスライダーにレベルアップする必要があるか。
 それ以上に、故障もせず中4日で先発続けられる(規定投球回数162イニングには登板試合毎6イニング投げるとしても27試合登板が必要)強靭な肉体と体力づくりが課題となろう。また、クローザーが先発しているような投げ方から、大谷投手も変えたように、初めチョロチョロ、中パッパの、いわゆる炊飯投法を覚えないと現行中6日を中4日することは難しいのでは。
 今回のWBCの日本代表チームの試合をすべて観て、日本で優れた選手が多くいると分かった。山本由伸投手、今永昇太投手、(20歳で代表入りの)高橋宏斗投手や私と同じ172㎝ながらメジャー移籍もなるほどと思わせる吉田正尚外野手に、感銘すら覚えた。
 とくに、沢村賞をパ・リーグ所属選手として初めて2年連続で受賞した山本由伸選手は、178㎝で、大谷選手193㎝、ダルビッシュ投手196㎝のような威圧感は感じない。が、球が速く球種が豊富(ストレート、フォーク、カーブ、カットボール等)で制球力も抜群で、私は巨人の元エース桑田真澄選手(174㎝)を彷彿する。背番号も18番になったことでもあるし。
 今回のWBCで日本代表チームが史上最強と謳われていたが、私自身は半信半疑であった。が、その通りだと理解することができた。とくに日本の投手は十分メジャーに通用する。(プレーヤーの飛距離が伸びればコースを伸ばす)ゴルフと違って市街地の箱の中で行われる野球は外国人投手が170キロを平気で投げる時代にならない限りマウンドとホームの距離18.44mは不変だろうし。

 明るく楽しくチーム一丸となった今回のWBC優勝は、表のMVPは大谷選手であるが、影のMVPは最年長ながら兄貴面せずフレンドリーに皆と接したダルビッシュ選手だ。米紙も「メジャーリーガーとして唯一、(所属球団の)春季トレーニングに参加せず、若い選手たちとの友情を築くために日本のトレーニングキャンプを選んだ」とその献身的な姿勢を讃えた。
 そして、その2人を擁した黄門ならぬ栗山監督は、故野村監督とはタイプの違う名監督となった。3年後の日本チーム監督は今まで以上にプレッシャーが襲う。貧乏くじを引かされるのかとの日銀総裁とは事情が違うが、優勝以外批判されそうなら成り手がいないか。3年後も大半は同じ選手になるだろうし、栗山監督の再登板でよいのでは。恩師の栗山監督でさえ大谷選手への応対は易しくないようだし。
 来年、夏のパリ五輪や11月に開催が見込まれる第3回プレミア12(世界のトップ12の各国・地域代表がWBSCにより招待されて競われる国際大会)には栗山監督が采配を振るっているかも。
 第5回WBCを制した日本は5大会で3度優勝したことになる。サッカーのブラジルはWCの第1回~第9回で3回優勝(故ペレが全て貢献。通算では5回)した。サッカーで喩えれば、MLBは、メッシ選手がバルセロナにC・ロナウド選手がレアル・マドリードにいた頃のスペインのリーガ・エスパニョーラに相当し、世界一である。が、日本代表チームは国の代表チームとして世界一。当然世界ランクも1位である。日本はもう“野球界のブラジル”と言ってよい。

 野球の日本代表チームは5大会すべてベスト4以上(第1大会、第2大会、第5大会は優勝)。サッカーの日本チームは、予選ラウンドを突破したベスト16止まり。ベスト8の前には大きな壁が立ち塞がる。昨秋のカタールで開催されたWCのベスト8(選手敬称略)は、優勝国アルゼンチン(メッシ:背番号10、キャプテン)、準優勝国フランス(エムバペ:同10)、ブラジル(ネイマール:同10、キャプテン)、クロアチア(モドリッチ;同10、キャプテン)ボルトガル(C・ロナウド:同7キャプテン)、イギリス(ハリー・ケイン:同9、キャプテン)、オランダ(フィルジル・ファン・ダイク:同4キャプテン)、予想外のモロッコ(ロマン・サイス:同6キャプテン)。
 ベスト8では、ほとんどが得点力もあり、強烈なリーダーシップのあるFWやMFのスーパースター選手がいる国ばかりだ。しかも、年齢からまだキャプテンになっていないエムバペを除けばみなキャプテンとなっている。ディフェンダーのキャプテンは、オランダ(現役最高DFとの呼声高いダイク選手)、アフリカ初のベスト4のモロッコ(ロマン・サイス選手)のみ。
 日本の歴代キャプテンを見ると、中田英寿選手を除いて、井原正巳選手から吉田麻也選手まで、ディフェンダー、ゴールキーパーがキャプテンを務める。日本人の特質“和の精神”からするとチームの心が一つになるには良いのかもしれないが、厳しい決勝ラウンドで自らの一発で苦境を打開することはディフェンダーではできない。PK戦で真っ先に蹴り成功させて、オレに続けと鼓舞できるストライカーが必要だ。今回の野球の日本代表は、実質キャプテンとしてまとめ役としてダルビッシュ選手がおり、試合の柱として大谷選手がいて優勝した。
 サッカーでの試合の柱と言えば、故ペレ以降エースナンバーとなった10番をつけた選手だとすると、日本代表における歴代日本選手を見ると、敬称略で、名波浩、中山雅史、中村俊輔、香川真司など卓越した技術をもったファンタジスタが多いが、決定力に欠ける。背番号10番以外では、中田英寿、小野伸二、本田圭佑、大迫勇也がいるが、やはり世界の中では決定力が高いとは言えない。
 1968年メキシコ五輪で日本の銅メダルに貢献し得点王となった釜本邦茂氏を継ぐストライカーが55年経っても現れていない(野球では、王選手を継ぐ大谷選手や村上選手が現れているが)。野球よりサッカーの方がより素人の私には説明できないが。

 ただ、5大リーグより格下だが、スコットランドリークで古橋亨梧選手が、ベルギーリーグで上田綺世選手が、20以上ゴールを決め得点王争いしている。
 この二人より今柱の候補と言えるのは、5大リーグに名を連ねる、プレミアリーグのブライトンに所属の三苫薫選手とリーガ・エスパニョーラのレアル・ソシエダ所属の久保建英選手が挙げられよう。
 試合の中で中心的存在になる日は、三苫選手(プレミアリーグのアーセナルへの移籍の噂はあるが、ファンは噂にすぎないと見ているか)がトップチームでレギュラーとして定着する、久保選手がレアル・マドリードに復帰するかバルセロナのような強豪チームに移籍し存在感を示すときであろう。
 Sportivaの記事によれば、解説者の風間八宏氏は、もう一皮むけるには、三苫選手は、マークされてもボールを受けられるか、狭い場所でも相手を外すことができるようにすることだとする。相手の前でプレーしていることが多い久保選手は相手の視野から消える動きを覚えることが必要と言う。

 来年2024年にはパリ夏季五輪もあるが、2026年は、2月にスノーボード・ハーフパイプの平野歩夢選手の二連覇が期待される冬季五輪がイタリアのミラノとコルティナダンペッツォで共同開催される。その後3月にはWBC(第6回)が開催される。6月か7月にはサッカーのWCがアメリカ、カナダ、メキシコの3か国の共同開催にて実施されるという。
 2026年また日本中がスポーツで熱狂する。1,000日は短くないが、待ち遠しい。

(次回192号は6/1アップ予定)

2023.5臨時号 NO.190 アナ・デ・アマス VS

アナ・デ・アマス
 旧統一教会との関係の方が問題となっているが、細田衆議院議長のセクハラ疑惑はどうなったのか。議長は否定しているが、セクハラをする気持ちは議長になかったとしても相手の女性がセクハラと思えばセクハラとなろうが。

 私は、実際何があったか仔細にではなく、それは若い頃からの裏の顔として他の議員らが知っていたのか、それとも老いによる「色ボケ」なのか、ということに関心がある。
 15年以上前のこと。細田議長と同じ東大法学部卒の官僚OBが80歳を過ぎてから官能小説を書いたから本にしたいと言っているのを小耳に挟んだ。私は普段の言動からは想像すらできず、その時は裏の顔があるのだと理解した。しかし、少し欲ボケの兆候もあったと思い返すと、老いによる色ボケだったのかもしれないと今は思い直している。
 カミソリと呼ばれた官房長官故後藤田正晴は、晩年頻繁に脳の検査を受けていたと、たしか保阪正康氏の本に書かれていたと思う。墓場まで持っていくべきことを頭が壊れて話してしまうこと恐れての行動ではと見られている。
 新自由主義の旗頭、米国レーガン大統領と英国サーチャー首相は分刻みの激務から一転引退後身の回りを含めて自身ですることがない為か認知症になった。国のトップならケアは万全かもしれないが、私は死ぬ時まで家族に迷惑を掛けたくない。認知症になる前に癌で逝くことを選びたい。意図的に癌になることはできないが。
 悪い頭をひねり本ブログエッセイを書き、ひとりカラオケに精を出し、毎日自身の昼食を作り夕食も妻の分も一緒に作り(粗大ゴミ扱いされない為もある)、認知症予防に努めている。が、最近色ボケに対して心配になってきた。色ボケも、賢しい人だけでなく、誰にでも起こりうる。
 66歳で卒職し、もう夜更かししても構わないのだが、5年を経過した時点までは深夜にR-15の映画を観ることはなかった。
 昨年3月頃WOWOWにて韓国の官能映画特集が連日あった。韓国の著名な官能映画は今まで観たことがなく眠い目をこすりながら連日観ていた。韓流映画・ドラマに関心が高くなってきていたので、その延長として思っていたが、老いにより頭が壊れることを考えれば、私は単なるスケベから色ボケへ天国への階段を一段上がろうとしているのかもしれないと思うようになった(心配しているうちは大丈夫だが)。金も権力もなく、仙人のような生活では、外で問題を起こすとはないと思う。が、色ボケになってしまえば、家人から指摘されても「色ボケてない」と言い張るのだろう。
 その矢先、前立腺がんが10年振りに再発した疑いがある(この癌では珍しくないらしい)と医師に言われた。40年以上前に観た『エイリアン』(初作)を思い起こした。宇宙貨物船の乗組員の体内に侵入したエイリアンが腹部を破って飛び出してくるのだが、その前にその乗組員が異様な食欲を見せ無茶食いする。それと同じで、色ボケではなく、男性ホルモンを餌とする前立腺がん幹細胞が私を操ったのか。それは、さすがに荒唐無稽と言われるか。
 何にせよ、癌の再発が確定すれば、男性ホルモンの産生を止めるホルモン療法を受ける。ホルモン療法を受けるとどう変化するかは本ブログ2021年7月臨時号NO.155(「アンポVSインポ(1)」)で触れたが、一言で言うと、私としたことが性的なことに関心が向くことが全く無くなるのである。そうなれば色ボケも他人事となることだろう。

 ともあれ、韓国官能映画への理解が少し進んだ。儒教の国韓国ではR-18でも原則ヘア等映らない。WOWOWはR-18をR-15に変更してボカシを入れているが、あまり意味がない。
 それでも驚いた。『スキャンダル』(公開2003年)では純愛ドラマ『冬ソナ』で日本でも人気沸騰したぺ・ヨンジュン(180㎝)さんの初の主演映画がR-18の官能映画。『情愛中毒』(同2014年)では米映画のリメイク版『ゴースト もういちど抱きしめたい』(2010年)で松嶋菜々子さんと共演したソン・スンホン(180㎝)さんが女優のきわどい所をまさぐり、同じく同年公開の『愛のタリオ』にて『私の頭の中の消しゴム』でヒロインのソン・イエジンさんの相手役を務めたチョン・ウソン(187㎝)さんが尻丸出しで裸の女優と絡む。今や人気NO.1のコン・ユ(184㎝)さんまでが『男と女』(同2016年)で韓国を代表する女優の一人チョン・ドヨンさん(上記ペ・ヨンジュンさんの相手役でもある)と裸でラブシーンを演じる。    
 韓国でAVが表向き禁止されているからとはいえ、スター俳優がポルノ男優の役割を担わなくてもと思うが、それをしないとトップスターとは認められないのか。「リアリティ」の追及という側面もあろうが、独身、高身長のイケメン俳優が鍛えて引き締まった裸の上半身を見せるだけでは韓国の女性はセックスアピールとは感じないのか。それでは儒教で抑えなければどうなってしまうのか。                        
 日本では、故石原裕次郎、小林旭さんなど大スターはあってもキスシーンまでか。今でも(岐阜の「信長まつり」での女性ファンの様子を見ていたら)木村拓哉さんを初め福山雅治さんなど人気俳優が尻丸出しで丸裸の女優と絡まっていたら日本の女性は悲鳴をあげるのではないか。                        
 女優の方は、他の映画界と同じく韓国映画界においても、脱ぐのが大女優の道となっている。上述のチョン・ドヨンさんは、(私は未観だが)1999年の『ハッピーエンド』の脱ぎぷりが評判を呼んだという。それ以降韓国の多数の賞に輝き2007年の映画『シークレット・サンシャイン』で第60回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞している(男優は、昨年の『ベイビー・ブローカー』で名優ソン・ガンホさんが初めて受賞している)。今では韓国を代表する演技派女優として俳優仲間から一目置かれている。
 非英語圏で初めてアカデミー賞作品賞に輝いた2019年の『パラサイト 半地下の家族』で社長夫人役で韓国版アカデミー賞の一つ青龍映画賞の主演女優賞を受賞したチョ・ヨジョンさんは30歳前後の2010年『春香秘伝』、2012年『後宮の秘密』で見事なプロポーションの裸体を披露している(パラサイトを観た時はそれを私は知らなかった)。人気が上がるにつれて露出が減っていくのは「女優あるある」で、上述の2014年『情愛中毒』では主人公の妻役で出演しているが裸は若手女優イム・ジヨンさん(最新韓国ドラマ「ザ・グローリー~輝かしき復習~」でのヒロイン対する壮絶ないじめ役が話題に)に任せている。チョさんは、今は『99億の女』『浮気したら死ぬ』『ハイクラス~偽りの楽園~』等韓流ドラマの主演で活躍している。
 日本も同じだが、ハリウッドでは人気女優はほとんど脱いでいると言っても過言ではない。アカデミー賞主演女優賞を受賞したニコール・キッドマンさんやシャーリーズ・セロンさんはヘアまで見せている。ケイト・ウィンスレットさん、ミラ・ジョヴォヴィッチさん、レイチェル・ワイズさん、エヴァー・グリーンさんも同じ。

 この他ジョディ・フォスターさん、キャメロン・ディアスさん、アンジェリーナ・ジョリーさん、アン・ハアサウェイさん、ロザムンド・パイクさん、ダイアン・レインさん等脱いだ人気女優を挙げたら切りがない。
 キューバ出身でスペイン国籍のアナ・デ・アルマスさんは今最も旬の女優ではあるが、2009年に来日している。「アナであります」と挨拶したのだろうか。片言の日本語は話しても戦前の軍隊用語みたいな言い方はする訳ないか。私は、007シリーズのボンド役でお馴染みのダニエル・クレイグさん主演の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2020年日本公開)で彼女を初めて知った。最も美しい顔とまでは思わないが、清純で感じの好い女優と記憶に残った。その彼女が何度も脱いでいると知って驚いた。同じくクレイグさん主演の昨年公開の『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で短い出演ながらアナさんの格闘シーンが評判を呼んだ。
 何でもこなせる演技力よりもセックスシンボルとして目が向けられることは彼女にとって不本意かもしれないが、昨年9月Netflixから配信された映画『Blonde』(NC‐17に指定。日本のR18に相当)に主演した。今年のゴールデン・グローブ賞で映画部門の主演男優賞を受賞したコリン・ファレルさんが受賞スピーチの時間を削ってまでプレゼンター役の(『Blonde』で主演女優賞にノミネートされていた)アナさんを大絶賛したという。
 私が高校生の時ファンだったジーナ・ロロブリジーダさんが95歳で亡くなった。美しい顔と豊満な胸で一世を風靡したが、セックスシンボル扱いされなかった。アナさんもジーナさんのような大女優になってもらいたい。

 一般女性にも美しい人はいっぱいいよう。一般の美人と女優との違いは、女優は画面を通して公衆に裸を晒す覚悟を持っているということか。共通点は、一般の美人は地位が高い人や裕福な人から見染められる。その反面ストーカーに狙われる。女優はセレブになれるが、プロジューサーや監督からセクハラされるということか。
 代表作『コレクター』『ダブル・ジョパディー』で主演を務めたアシュレイ・ジャッドさんは1996年の映画『ノーマ・ジーンとマリリン』で人気女優マリリン・モンローになる前のモデル時代の彼女に扮し史実通りヘアまで見せている。

 その彼女が、ハリウッドの大物プロデューサー・ハーベイ・ワインスタイン氏のセクハラ疑惑で、最初に被害を告白したと報道されている。その後アンジェリーナ・ジョリーさんやグウィネス・パルトローさんなどの多くの人気女優らが相次いで被害を告白するに至る。

 女優にとって仕事とは言え脱ぐのは大変なことであり、それを軽んじ容易くモノにできるとする男の言動に対する女優の怨念の火は消えることはない。
 昨年日本においても映画監督らのセクハラ騒動が起きた。日本では被害を訴えた女優本人以外は他の被害者たちが声を挙げず、被害を受けずに済んだ、眞鍋かをりさんやさとう珠緒さんなどの女優・タレントがコメントしている。
 高学歴タレントと呼ばれる眞鍋さんは、TV番組の中でMCからの枕営業に対する問いに答えて、「女性たちにとっては今声上げることが、必ずしもそれで報われてる結果になってないのがすごく残念です」と訴えたという(今年に入って映画監督を告発していた女優千葉美裸さん36歳が自殺したという)。
 今や大山鳴動して鼠一匹の様相か。氷山の一角に過ぎずそれよりももっと大きい氷塊が水面に顔を出すのを業界は恐れているかのようである。
 セクハラ騒動に対して、『ベイビー・ブローカー』の是枝裕和氏を初め諏訪敦彦氏、岨手由貴子氏、西川美和氏、深田晃司氏、舩橋淳氏の6人による「映画監督有志の会」が、昨年3/18に「私たちは映画監督の立場を利用したあらゆる暴力に反対します。」という声明を発表した。しかし、それに水を差すかのように、是枝監督の『万引き家族』(2018年6月公開)の撮影現場でハラスメント疑惑 (脚本にない濡れ場が急に監督から求められ俳優が困惑したのか。監督の構想を実現に近づけつつ、俳優側の不安を取除き尊厳を守る「インティマシー・コーディネイター」が日本でも増えるとよい) があったと今頃報じられた。
 眞鍋さんが言うように「やったやつが悪い」じゃなく「これを見過ごしてる業界が悪い」との方向に向かうことを期待したいが、一筋縄ではいかないようだ。

 スター男優の濡れ場には悲鳴を上げると上述した日本女性が、一方で、ウイキペディアによると、(データは少し古いが)毎年3,000人がAV女優になるという。2011年時点で延べ20万人のAV女優がいるという。

 積極的に出演する女性が多いことに対して、『言ってはいけない』シリーズで著名な橘玲氏は、近著『バカと無知―人間、この不都合な生きもの』(新潮新書)で、「低い自尊心を埋め合わせるために無意識のうちにより強い承認を求めるとの観点から、(マイノリティである)女性の自尊心が低いことから説明できる」と言う(かなり「言ってはいけない」領域に近づくのでとそれ以上話を敷衍していないが)。

 AV女優が20万人ということは、姉妹や双子がいなければ、20万人の実父がいるということか。もうママになっているが娘を持つ父親として何と言ってよいやら。

 ただ、世間の風向きは変わってきている。AV女優からタレントに転身した元祖故飯島愛が若くして芸能界を引退し孤独死?した14年前と時代は明らかに違う。前後して人気が出てきた蒼井そらさん(ポルノが禁止されている中国ではネット民から女神様と呼ばれる。今は結婚して子供も産んでいる)の存在が大きいか。見方が変わればさらにAV女優になる女性が増えるかも。大食い界のギャル曽根さんの場合と似ているか(大食いながらきれいな食べ方と人柄の良さでお茶の間の人気者になった。“市民権”を得たことにより、奇異な目で見られることを恐れ隠していた女性たちが特性・特技として自慢していいんだと積極的に大食いタレントやユーチューバーとして表舞台に上がってきている)。
 AV女優を卒業し、タレント業に進出、あるいは復帰したAV女優も出てきた。それをメディアだけではなくファンも好意的に見ているようだ(男性は依然として「総論賛成各論反対」かもしれないが。2021年のチェコ映画『エマ 晒された裸体』は、彼女が過去にポルノビデオに出演していたことを彼女の告白からではなく知ってしまった彼の葛藤を描いている。ハッピーエンドで終わるが)。
 人気女優になる為に、声優からスタートしようとしても、声だけで演技するため俳優よりも却って演技力が必要。演技力がそれほど必要としないAV女優が早道とAVから最初の一歩を踏み出す人が増えてくるのではと見られている。
 
 AV動画は若者だけの為にあるのではない。男の原動力である男性ホルモンを刺激すべく(男性ホルモンを餌とする前立腺がんの罹患者及び疑いがある人は除いて)、「現役」でなくなった老人も、健康で長生きする為には肉を食べることと同じく(家族の理解を得て)AVを観ることを精神科医の和田秀樹医師が推奨している(以前その週刊新潮の記事を妻に見せたら「ふん! どうせ観てるんでしょ!?」と言い捨てられたが)。
 我々の時代と違い今の若者は恵まれているのか。中学生でも無料のAV動画サイトを観ようと思えば観ることができる。それを阻止することは容易ではない。女性へのあこがれには、女性の核心の神秘は、長くそのまま神秘にしておくのがよいと私は思っている。
 そんな個人的な想いはさておき、女子よりも性教育が遅れている(わざわざ「寝た子を起こす」必要がないとのスタンスか)男子に対しては、『射精道』(光文社新書)を上梓した聖隷浜松病院今井伸リプロダクションセンター長兼総合性治療科部長は「昨今では、アダルト動画を観すぎて健康や性生活に支障が出る『ポルノ中毒』の懸念も広がりつつある。オナニーの方法も含めた細かな指導と包括的な性教育が必要」と主張している。
 正しい性教育が教育現場で、家庭内で、十分に進んでいない中で、AV動画を青少年が観ることの問題に対して、国会でも議論されてしかるべしと思う。
 一方、AV業界については、私はWikipediaに書かれていることぐらいしか知らない。が、国会議員の先生方は、とくに女性議員は、とれだけAV動画を観察し、AV業界関係者に聴取したのであろうか。戦前の5・15事件の時代背景にあるような農村から娘が売られるような時代とは違う。今やそんな暗いイメージはなく、素人投稿動画としてならともかく、競争が激しく美形でないともはやAV女優になれないのだ。
 貧困や無知により身を落とす女性がいると捉え、それを問題視するのなら、それはAV業界の責任ではない。貧しい人を下支えしてこなかった国会議員の問題であり、それをAV業界に責任転嫁するようなことがあってはならない。
 AV業界への世間の風向きが変わってきたのは、AV業界が健全化への努力していることも一因であろうが、その中で「AV出演被害防止・救済法」(通称AV新法)が制定された。私に言わせれば、拙速な議論により所期の目的からも実情からもズレた、悪法とまで言わないまでも問題の多い法律ではないか。
 成人年齢引き下げで18歳、19歳のAV出演の強要が増加するとの懸念から与野党で検討されたハズなのだが、年齢に関係なく、契約から撮影までには1か月、撮影終了から公表までには4か月間をあけるよう求め、この間は、無条件で契約を解除できる。また、作品が公表されたあとでも通常1年間は無条件で契約を解除できるという。
 これではAV業界つぶしだろう。AV新法はAV禁止法と言った方がいいと言う声も多い(赤線が廃止されても性欲の捌け口となる施設は無くならないのだが)。
 セクシー女優の金苗希実さんは「7月決まってたAVの撮影が全部中止… AV新法で女優が守られるどころか仕事が無くなって現役の女優たちが苦しむ構図って誰得なん。。」とツイートすると6万件のいいね!がついたという。

 ENCOUNTの記事によれば、セクシー女優の月島さくらさん、天使もえさんたちが署名活動を展開していたという。天使さんは「適正と違法の区別が本当についていない。性産業事業者ということで一緒くたにされている。性事業者への差別をなくしてほしい」と言う。月島さんは「もともとは18歳、19歳の出演被害を守るための法律だったハズ。それがいつの間にか年齢関係なく、未成年者取り消しより強い権利が与えられている。セクシー女優は未成年より判断力がなく、未成熟と言われているのと同じ。あまりにもバカにしている」と訴える。

 多くの批判がある中最近AV新法で女性が救われているとの記事がネット上であがるが、問題点が薄まるわけではない。
 (「結社の自由」から暴力団を適用除外しない中で)暴力団を撲滅させようとすると暴力団が表から姿を隠し裏で半グレ等を使ったオレオレ詐欺等により却って高齢者を初め弱者の被害が増えてきている。無論事情は違うが、拙速な国会論議により、様々な制限を遵守する適性AV業界が縮小し、むしろ地下に潜る業者が増え被害女性も却って増える、個人のユーチューバー等警察が把握しづらい違法スレスレの動画が氾濫する方向に向かわないか懸念される。
 もっと問題視されてよいが、何にでも口出しする著名弁護士や識者もこの問題には関わるのを憚るのか。

 (次号191号は5/10予定)

2023.5 NO.189  タカハ VS  タカハ
 ウクライナ戦争で日本ではウクライナが攻勢との情報が多く流れてきたきらいがあった中、3/1に『ウクライナ軍はまもなく大敗北喫し戦争終結、これだけの証拠』と題してJBpressに掲載された。私は、記事の内容自体より、今までウクライナ側に立っての発言が多かった自衛隊OB達の中での陸上自衛隊元陸将補(拓殖大客員教授矢野義昭氏)の発言であることに、不勉強だけなのか少し驚きを覚えた。
 私はそもそも(後述のようにバイデン大統領が核の抑止力を放棄したような発言をした時点で核の傘もない)核非保有の経済的・軍事的小国と核保有の経済的・軍事的大国の戦争はあり得ないと思っていた。ゼレンスキー大統領は話が違うとプーチン大統領との和解に方向転換すべきであった。プーチン大統領もNATOへの中立性だけ守れば武装もEUへの加盟も黙認したハズ。プーチン大統領の側近も兄弟国への侵攻に反対していたわけだし。
 ウクライナという金網リングでセコンドが多くいてもバンタム級とヘビー級が格闘するようなもので、ロシア側セコンドが隠し持つ放射性物質を使わなくとも、ラウンドが進めば進むほど体力差が顕著になる。いずれ当人が続行したくてもレフリーが試合を止める。
 潮目が変わったと見ているのか、そろそろ潮時と見ているのか、NATO諸国も表向きウクライナへの支援を強化する一方水面下で停戦への模索、停戦後のウクライナ復興への検討を始めているという。
 蚊帳の外にいた中国は、ウクライナ戦争が長期化すればするほど、友好国のロシア、ウクライナが疲弊するのも困るが、米国も支援により台湾有事に回す兵器在庫が枯渇する事態は歓迎する。
 そんな思惑の中で、中国もウクライナ戦争の停戦に向けて仲介するとの姿勢を見せ始めてきた。習近平総書記がプーチン大統領に会いに行き会談している。どれだけ本気が判らないが、少なくともグローバルサウス(新興国・途上国)にアピールできる。
 米国ととくには友好的な関係にない国にとっては、西側の価値観を上から目線で押し付けてくることに不快感を持ち、ウクライナ戦争では世界の警察官を降りたと言いながらウクライナを犠牲にしてウクライナに代理戦争させる米国よりも犬猿の仲にあったサウジとイランの国交回復を仲介した中国の方にシンパシーを感じるのかもしれない。
 日本は、米国との同盟国であるが、(一面的な見方ではあるが)キリスト教の排他的攻撃性とアングロサクソン気質(白人至上主義と残忍性)を共和党より色濃く受け継ぐ民主党政権とはもともと肌合いがよくない。しかもウクライナ戦争を仕向け小麦粉、エネルギー価格の高騰等世界に大きな副作用を生じさせ米国の威信を汚す(再選もありそうにない)バイデン民主党政権に本気で追随する必要はなかったと思う(宏池会政権に替わればと思ったが、ある意味安倍政権より対米追従傾向が強い)。
 米国と戦い敗北し焦土と化した日本がウクライナに対してとるべき行動は、体面を繕う遅ればせの電撃訪問ではなく、ゼレンスキー大統領に戦争前に「絶対ロシアと戦争してはいけない」と忠告することだったと思う(事が起こってしまえばウクライナの被災住民や避難民を救援するしかない。する必要のない戦争による奪われた大勢の無辜の命を戻すことはできない)。
 ウクライナは、日本の敗戦を教訓とせず、敗戦後の復興を手本としようとしている。
 日本は来月広島G7サミット(日、米、英、仏、独、伊、加の7か国の首脳並びに欧州理事会議長及び欧州委員会委員長が参加)が開催され、岸田首相が議長となる。
 岸田首相は、ゼレンスキー大統領に“必勝しゃもじ”を贈呈したぐらいなので、停戦を呼び掛けるつもりはないだろう。が、唯一の被爆国として「核の抑止力による平和は幻想だ。戦術核としての使用が現実化してきた現状ではもはや『核軍縮』ではなく『核廃絶』でなければ」と世界にアピールしてもらいたい(問題提起だけでもよい。核廃絶は無理としても、核軍拡から核軍縮の流れに戻る契機になれば)。そう言わないなら広島で開催する意味がない。首相個人にはあっても。
 防衛研究所の高橋杉雄室長は、今や「第3の核時代」に入り、核抑止の考え方も、冷戦期に主流だった「核は存在していれば抑止力になる」から「使用を前提にしないと抑止力にならない」に変わりつつあると言う。
 私に言わせれば、“環境破壊の20世紀”の遺物であるべき核兵器が実際の兵器としてゾンビのごとく復活したのは、バイデン大統領が、プーチン大統領がウクライナに攻め込むよう、米国はロシアと核戦争しないと事前に発言したことによる。そんなことを言えば、プーチン大統領は核兵器を使うと脅し、実際にもウクライナ戦争で進退窮まったとき核兵器を使う危険性が高まってしまった。さらに米国と合意している新START(新戦略兵器削減条約)からもプーチン大統領は一時離脱を表明してしまった。
 戦争するプーチン大統領、ゼレンスキー大統領よりバイデン大統領の方が罪深いと思っている。

 私は連日ウクライナ戦争に関するBS情報番組を観ていて次第に疑問が湧いてきて、2023年2月号NO.185 (「ファン VS フアン」)でこう書いた。
 「攻撃される最悪の事態を想定し、軍事力で対抗することを考えるのは、防衛省であり、国の軍事研究者たち。憲法第9条を擁し平和国家を標榜する国のトップは、それを指示する一方で、なんとしても戦争にならないよう外交努力に傾注しなければならない。病気は『治療』よりも『予防』なのだ。紛争は、『戦争』よりも『外交』なのだ(米中戦争となれば日本が戦場とされる)。それなのに、BS情報番組では、産経系に限らず、朝日系、毎日系までもが軍事研究者等を招いて連日ウクライナ戦争の戦況、使用兵器や自衛隊幹部OBのロシアへの攻め方の話ばかり。観続けて疑問が湧いた。BS情報番組は自衛隊員の為にあるのか。私達一般住民は何のために見せられ続けているのか。」
 この疑問について本号で敷衍しようと思った時少し不安になった。私だけの的外れな見方ではないかと。そこでネットで学識者などが同じ疑問・問題意識を持っていないか探してみた。
 あった。もう1年前に配信された元読売新聞記者でジャーナリストの中村仁氏の『ウクライナ解説で防衛研究所の突出したテレビ出演を懸念』と題した記事(アゴラ言論プラットフォーム:2022.5.1付け)を見つけた。
 右派系の新聞記者出身でありながら、中村氏は「ロシアのウクライナ侵略の報道で、連日連夜、防衛研究所のスタッフがテレビ番組に登場するのを見て、『ジャーナリズムの一環に食い込んでしまったようで、やりすぎではないか』と、思ってきました。国家・国家機関とメディアは適度の距離を置いた存在でならなければならないのです。」と言う。
 たしかに、これまで防衛省・防衛研究所の現役スタッフが出演することはなかったのではないか。BS情報番組等にて北朝鮮問題でよく見かける武貞秀士氏も大学教授(防衛研究所OB)として出演している。防衛研究所が国民にその存在をアピールするのが目的とするなら、それは見事なまでに達成されたであろう。兵頭慎治政策部長、高橋杉雄政策研究室長、山添博史米欧ロシア研究室主任研究官等さすがに国の軍事研究所には優れた人材がいることが我々にも分かり、安心もした。もう十分だろう。  

 BS番組でウクライナ戦争の戦況分析等を観ている人は、自衛隊員、タカ派議員、軍事ジャーナリスト、軍事オタクなど日本人だけではなく、仮想敵国の中国、ロシア、北朝鮮の諜報員もウオッチしているだろう。国の防衛に関わる現役スタッフが頻繁にTVで発言するのは避けるべきではないのか。ウクライナ戦争の戦況分析等を防衛研究所の現役スタッフが行うなら、防衛省内で行えばよいではないか。
 我々一般住民は、憲法第9条、第18条(何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。 又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない)がある現在において、緊急事態条項でも創設されない限り、我々がロシア・ウクライナ国民のように強制的に兵士にされることはない。

 政府もそれには触れようとはしない(自衛隊員は25万人前後。中国人民解放軍は予備役も含むと10倍以上なのだが)。

 BS情報番組は何を目的に我々に連日戦況分析等を見せ続けようとするのか(最近のロシアの攻勢下では心なしか番組で触れるのが減っている気もするが)。
 防衛研究所のスタッフは、「日米同盟」と「ロシアを仮想敵国とすること」を前提として、ロシアがウクライナに侵攻した時点から戦況の分析を語っている。自衛隊員だけではなく国の軍事研究者までもシビリアンコントロールを守るべきか否か判らないが、番組の中で高橋室長は「政治の話は守備範囲ではない」と断っている。立場を弁えておられる。

 ただ、高橋室長は、研究員として優秀なだけではなく、サッカー日本代表チームのユニフォームを着てバラエティ番組に出演したりするので、親近感を抱く視聴者も多いと思われ、感化されるだろう。高橋室長自身は日本が普通に戦争する国になるべきか否かなど発言していないが、視聴者は戦争する国になるべきと考えるようになるのではないか(今3月内閣府の調査で「自衛隊『増強した方がよい』が過去最高41.5%、前回から12.4ポイント増」と報道された)。それが政府の狙いなのか。
 中村氏はこうも言う。「名前が研究所であっても、防衛省そのもの、国家そのものです。そこの職員が連日、テレビのコメンテーターとして“送りこまれている”か“組み込まれている”ことに、メディアも問題意識を持つべきだと思うのです。メディアが知らぬ間に“国家の論理”に歩調を合わせる結果を招くことになりはしないか。」
 中村氏が危惧したとおり、「国家の論理」に歩調を合わせる結果になっているのではないか。右派のBSフジLIVEプライムニュースだけではなく左派系と思うBS-TBSもBS朝日も上記防衛研究所の上記スタッフ3名と国に近い民間の笹川平和財団の畔蒜泰助主任研究員、小原凡司上席研究員、学者としては、慶応大廣瀬陽子教授、筑波大東野篤子教授、東大小泉悠専任講師ら、その他朝日新聞駒木明義論説委員や自衛隊幹部OBなどの中から組み合わせを変えるだけで、同じ内容を流し続けている。これでは“令和の大政翼賛会”と言えるのではないか。今安倍政権下での放送法の「政治的公平性」の解釈変更問題がメディアへの言論弾圧かとの疑念が生じているが、その延長戦にあるのか。
 大国ロシアの研究者は多いハズだが今どきロシアを非難しない立場での出演を憚る面もあるのか、それともメディアが意図的に呼ばないのか、ロシア側を弁護する出演者がいない。その典型が2/24付けの『BSフジLIVEプライムニュース』でゲストは防衛研究所の高橋室長とウクライナ側に立つと見られる筑波大東野教授のみ。これでは韓国の反日番組ならぬ反ロ番組となってしまう。
 刑事裁判においては、検事側だけではなく、たとえ極悪被告人であっても弁護側の主張も聞き入れ裁判長が判断する。『BSフジLIVEプライムニュース』においても、中国問題では、中国側として東洋学園大学朱建栄教授等に出演してもらっている。

 裁判長にあたる主権者たる国民は、ウクライナ戦争においてもロシア・ウクライナ双方の立場側の意見を聞く必要があるハズだ。兵士でない我々が知るべきなのは、「ロシアが軍事侵攻するに至った政治的背景は」「日本がアジアのウクライナにならない為の採るべき道は」など「政治」の話だ。しかも、ロシア側に立った識者も入れての話だ。
 (次号190号は4/20を予定)

2023.4 NO.188  べ VS 
   60年前の1963年11月24日ケネディ大統領が暗殺された。当時私は中学一年生であったが、大変驚いた上日本でも人気が高かったので悲しく思ったことを覚えている。

  容疑者とされるオズワルドはすぐにマフィアとの関係が疑われるジャック・ルビーに警察署の地下駐車場で銃殺されるというあり得ないことが起こったことから、「オズワルドは犯人ではない」「犯行は複数人」との声が上がり、これまで多くの陰謀説が語られてきた。
   私自身も陰謀説に与し、2015年8月号NO.50(「コンクラーベ と コンクラベ」)にて「軍産複合体説、CIA説、FBI説、マフィア説等諸説あるが、アガサ・クリスティ女史の原作を映画化した『オリエント急行殺人事件』ではないが、諸説のすべてが犯人ではないかと思う。」と書いている。
 日本の初代総理大臣伊藤博文も、満州のハルピン駅で韓国人安重根に暗殺されたとする。伊藤暗殺においても安重根が犯人ではないとの諸説が出ていた。が、真相は藪の中。
   1909年10月26日に暗殺され翌1910年8月26日に韓国併合がなされた。過去本ブログで韓国併合に反対していた伊藤が暗殺されていなかったらと書いたが、暗殺される前の9か月前の1909年1月には伊藤も併合に同意し(韓国総監を5月に辞任)、韓国併合方針が決定していたという。歴史が替わることはなかったのであろう。
 しかし、併合という直接統治でなく、皇室を擁する日本でも間接統治であれば李氏朝鮮王朝を存続させたかもしれない。GHQに統治された敗戦国日本は、指揮したマッカーサーを恨むより天皇制を存続させたことに日本国民は感謝した。高山正之氏が週刊新潮のコラム『変見自在』でいくらマッカーサーを貶しても覆ることはない。それだけ大きいことなのだ。
 日本が廃絶させなくとも李氏朝鮮王朝は自壊したかもしれないが、日本と違い今でも韓国では時代劇、とくに李氏朝鮮王朝時代のドラマを好む。李氏王朝を廃絶させなかったとしたら今の日韓関係はもう少し違う形になっていたのかもしれない。
 憲政史上最長在任期間の安倍晋三元総理も2022年7月8日暗殺された。国会議員の青山繁晴氏が自身のブログにて9/30付け「安倍さんの命を救うために奮闘された現場の医師の見解と、その後の司法解剖の所見が、大きく食い違っています。医師は「心臓の心室に穴が開いていた」と明言され、解剖所見は、逆にそれを明確に否定していると当局者が明らかにしています。」と報じたこともあり、またぞろ暗殺に関して陰謀説が湧き出ている。
 元神奈川県警の小川泰平氏は致命傷となった銃弾が見つからないことを公表しない奈良県警の隠ぺいが疑惑を招くとしたが、3発撃たれたその内の1発が逆の首(右前頸部)に当たっていることから、「山上容疑者が犯人でない説」「共犯説」が浮上している。週刊文春は今年に入って「疑惑の銃弾」として特集を組み疑惑を追及しようとしている。
 仮に共犯がいたとしても、共犯者は山上容疑者と同じ境遇の者で海外との関係はないと私は思っている。警察は旧統一教会への恨みによる単独犯行で捜査を終わらせたが、政治家、検察・警察など権力者に対して不満を持つ者は少なくない。山上容疑者への減刑嘆願が多いのを見ても。

 昔から日本は、「死ねば仏。死者にムチ打たない」が美徳とされてきた。今アベノミクスの批判・検証はあるものの安倍氏個人への批判が影を潜めがちになっている。一方で安倍元首相への礼賛・擁護が大手を振っている。
 櫻井よしこ女史は週刊新潮2/23付け連載NO.1037の『日本ルネサンス』で安倍氏の回顧録の感想を「国民と日本の為にこれほど戦った政治家がいた。そのことに深い感動を覚えた回顧録であった。」と結んだ。それに私は不快な感情を覚えた。
 総理は戦士でもボクサーでもない。所詮政府内の権力闘争に過ぎない。総理の評価は日本をよくした否か。失われた20年を30年にしたのは、安倍氏が戦ったとされる財務省ではない。3本の矢と言いながら異次元の金融緩和しかできなかったアベノミクスの失敗である。その間、新産業の育成や企業投資の喚起もできず、一人当たりの名目GDPにおいては2012年49,175ドル(世界14位)から2021年39,301ドル(同27位)と低下させた。今日本に殺到する韓国旅行客にまで物価が安いと言われてしまう。貧富の格差も拡大させた。

 尋常でない副作用を残し終焉に向かいそうな異次元の金融緩和は、安倍総理に日銀の独立性を盾に取られ経済低迷で旗色が悪かった白川方明前総裁が屈服承知させられ(2013年1月に「物価上昇目標2%導入」が決定。さらに、これをできるだけ早期に実現することを政府と日銀の共同声明とした。これが起点)、3か月後に就任した後任の黒田総裁が異次元と名付けた大幅な金融緩和を推し進め、その守るべき独立性を放棄したかのように安倍政権に追従した。その後安倍総理自身が成果の出ない金融緩和に関心を失うが、黒田総裁はもはや後戻りできず続けたことによるものではないか。

 当事者意識もなく今頃になって黒田総裁の政策を批判する白川前総裁や賛成したのにBS番組で反対だったと言う元副総裁は、批判する立場になく、批判されるべき立場のハズだ。
   安倍元総理が暗殺されてまもなく、誰よりも安倍元総理から寵愛されたとやっかまれる元NHK政治部岩田明子記者が月刊文藝春秋に連載を始めている。ジャーナリストの高野孟氏が日刊ゲンダイDIGITALの昨年10/13に付けで『岩田明子氏の目を通すと「安倍外交」の貧困が礼賛にすり替わってしまう不思議』と題し、早くも11月号の第2回で「もう勘弁してよ」という感じになってきたとあきれる。
   それに関係なく私は連載を全くスルーしていたが、今年の3月号の連載『安倍晋三秘録』⑥「金正日、正恩との対決」で初めて読んでみた。予想していたよりは客観的だとは思った。拉致問題解決期待で総理になったが、総理になってから成果がないことについて岩田氏もある程度認めている。
   小泉首相時代に官房副長官として訪朝に帯同し強硬な態度をとり、帰国した蓮池薫氏ら拉致被害者5人が北朝鮮に戻るのを安倍氏が止めさせたこと(後述の本で蓮池薫氏の兄透氏は否定しているが)を武勇伝として評価するが、そうだとしてもその反作用も大きかった。
   一枚岩であった拉致被害者の家族会が、帰国組と非帰国組とに二分され、帰国組側の蓮池透氏は進退窮まったのか断末魔のごとく『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)を出版した。それ以上に、約束を破ったとして北朝鮮が態度を硬化させた。
   総理となった安倍氏としては、なんとしても関係を修復し、拉致問題の交渉を復活させなければならない。が、あろうことか2016年北朝鮮のミサイル開発が問題になっている折、2017年安倍元総理は国連総会で演説し、「盾」としての核・ミサイル開発を続ける北朝鮮を「史上最も確信的な破壊者」などと強く批判したという。西側諸国と歩調を合わせる必要があるとはいえ、なぜ世界に突出して強硬な態度をとったのか。安倍元総理の頭の中は、拉致被害者及びその家族ではなく、トランプ大統領一色だったのであろうか。
   自国民の救出は独立国のトップとしてなすべき根幹でありながら北朝鮮との交渉は金正恩総書記と会談するトランプ大統領に仲介を依頼する以外方法がなくなってしまった(見返りもありトランプ大統領は言及したが、金総書記は聞き流したのであろう)。
   大国ロシアに勝ち米国には負けたとはいえ独立の希望の火を灯してくれたと日本を仰ぎ見てきたアジア諸国は日本が米国の属国になったと再認識し落胆したのかも。
   こんな総理でも難しいと口をつぐむ賢い?政治家たちよりは頼りにせざるを得なかった家族会の方々の安倍元総理の悲報に接したときの心情は察するに余りある。
 上記二人の女史の安倍元総理の政治家としての評価には賛同できないが、一方で、二人の女史が自らを正当化する為というより、死後も変わらず敬愛の情を抱き続けているとは思える。女性問題も浮上せず、育ちの良さとフェミニストぶりから安倍元総理が女性議員・記者らから慕われていたことが偲ばれる。

 なお、自衛隊関係者に安倍氏に感謝の念を抱く人が多いのも事実である。直接接点のない庶民は評価が二分するが。
 

 一方、安倍元総理という大きな壁がなくなると、俄然進捗したのが、五輪汚職への捜査である。東京五輪(2020年夏季オリンピック&パラリンピック)はなぜ問題が噴出したのか。

 それは「大義」がないからだと思う。日本で五輪を開催するなら、私は、東北大震災復興後の仙台市か、沖縄の那覇市だと思っていた。1964年の東京五輪は敗戦後の日本の目覚ましく復興した姿を世界にアピールするとの大義あった。国民も一丸となっていた。
   なぜ今回東京なのか。「大義」はなく、あったのは「利権」であろう。私の独断と偏見かもしれないが、親ばか(侮蔑の意味はない)が少し過ぎた故石原慎太郎都知事が子供のことも念頭に東京開催をぶち挙げたと思っている(都知事肝いりと言われるも大きな汚点となった破綻した「新銀行東京」も石原本人の発案ではないという)。
   後任都知事となった猪瀬直樹氏は、お金の問題で刺されたのか、東京開催が決定(2013年9月)したIOC総会からわずか3カ月半後に都知事を辞任した。主導権は、「フクシマはアンダーコントロール」と強弁した安倍総理と森元総理サイドに移る。小池都知事の晴れ舞台であるリオでの五輪旗の引継ぎ式(2016年8月)も、森元総理のアイデア?でマリオに扮した安倍総理がサプライズ登場して、水を差された。
 東京開催に決定後、動機が純粋でないから物事は上手くいかないものなのか、利権をめぐって政治家、電通等が暗躍したからなのか、信じられないほど、ゴタゴタが起きた。開催1年延期は新型コロナ禍で別として、より大きな事柄だけでも時系列に並べると①2015年7月、2012年11月コンペで選ばれた女性建築家故ザハ・ハディドの新国立競技場デザインの白紙撤回、②2015年7月公募コンペで選ばれたエンブレム、類似問題で2か月後白紙撤回③2019年1月JOC竹田恒和会長対する仏予審判事による贈賄容疑での起訴④開会式(2021年7月23日)直前での開閉会式演出における権力闘争を疑う辞任騒動(総合統括野村萬斎氏の辞任→後任の電通出身佐々木宏氏の辞任→五輪開会式演出の実質的な責任者振付師・演出家のMIKIKO氏辞任→五輪開閉会式ディレクターの小林賢太郎氏の解任等)となる。
 そして、安倍元総理逝去の1か月後の2022年8月17日に、2020東京五輪大会組織委員会のスポンサーであったAOKIホールディングスの会長から数千万円を本人が代表の会社で受領した容疑で、元電通社員で2020東京五輪当時大会組織委員会理事であった高橋治之氏が東京地検特捜部により「受託収賄」で逮捕された(今年に入ってからも、東急電鉄から日本陸連に移り五輪当時組織委員会運営局次長であった森泰夫氏が「談合容疑」で逮捕された)。
 「電」がつく3大会社、NTT(旧電電公社)は、初代社長がリクルート事件に連座して、NTT法違反(収賄)容疑で逮捕された(執行猶予付き有罪)。東電(東京電力)は、福島第一原発事故をめぐり旧経営陣3人が業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された(その刑事裁判は一審、二審とも無罪。民事の株主代表訴訟では旧経営陣に東電への総額13兆円を超える懲罰的?損害賠償支払いを地裁が命じた。自己破産せよということか)。電通(旧社名日本電報通信社)は、東京五輪を舞台に、収賄容疑で電通OBが、談合容疑で電通幹部ら4人が逮捕された。
   「驕る“電家”久しからず」か。国に近い大手企業が驕ると、やりすぎ、一線を越えてしまうものなのか。

 安倍元総理も安倍一強時代が長く続き傲慢になっていたか。何をしても許されるかのように。公権力の私物化問題もすり抜け、禁じ手の検察人事にも介入した。

 さらに、ロシアがウクライナに侵攻した時、その1月後の2022年3月24日安倍元総理が手のひら返しに「私たち日本はウクライナ国民とともにある」とツイートした。岸田現総理がウクライナ支持を表明しているのだから国民が疑念を抱くことをわざわざ言う必要がない。必要があるとすれば、「西側の一員として歩調を合わせないといけないが、隣国ロシアのプーチン大統領とは没交渉にしてはいない」と言う場合であろう。森友学園問題での「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」との発言に匹敵する衝撃発言だと思う。
 色々擁護発言があっても国民は大きな違和感を内に秘めたのでは。北朝鮮のミサイルで拉致被害者及び家族のことが頭から飛んだように今回も北方領土返還交渉及び返還を悲願とする人々のことを一瞬忘れただけと大きな問題とはしない人も多くいたであろう。だが、安倍元総理を良く思わない人々にあっては、極めて心証が悪く元々そんなこと念頭にないのだと憎悪の眼差しを送る人もいたであろう。
 台湾に行き講演して中国を激怒させたときと違い、(手のひらを返されても哀悼の意を表したプーチン大統領なら会ってくれるハズで)安倍元総理がたとえ勝手に会いに行ったとしても日本国民は非難しないのではないか。
 昨年3/24のツイート後4か月足らずで山上容疑者の犯行が行われたのを考えれば、(自費による個人的関係を築く為ではなく、父外相安倍晋太郎の遺志を引き継ぎ北方領土問題の解決に向けての)過去27回の会談を無にするのではなくプーチン大統領に会いに行き(あるいは電話会談し)戦争を中止させられないとしても日本が置かれている立場を説明しておれば、山上容疑者も安倍元総理は日本国にとって必要だと思い、犯行を思い止まったかも。暗殺自体は止めなかったとしてもターゲットは替えたのかもしれない。と私はそう思っている。
 総理は舞台上の人気歌手と同じだ。薄暗い会場の中舞台から聴衆の顔は観づらいが、スポットライトが当たった歌手を聴衆一人ひとりが見詰めている。私を含めて下々も総理(の言動)を注視している。
   検察が正義を果たしている今国民の不満は少し解消されているかもしれないが、総理の警備を強化すること以上に岸田総理自身が国民と向き合いその声を聞く必要がある。防衛費の増額、原発再稼働など、安倍元総理を反面教師とせず、より独断専行しているように見えるから。

 (次回189号は4/1予定)