2023.5 NO.189  タカハ VS  タカハ
 ウクライナ戦争で日本ではウクライナが攻勢との情報が多く流れてきたきらいがあった中、3/1に『ウクライナ軍はまもなく大敗北喫し戦争終結、これだけの証拠』と題してJBpressに掲載された。私は、記事の内容自体より、今までウクライナ側に立っての発言が多かった自衛隊OB達の中での陸上自衛隊元陸将補(拓殖大客員教授矢野義昭氏)の発言であることに、不勉強だけなのか少し驚きを覚えた。
 私はそもそも(後述のようにバイデン大統領が核の抑止力を放棄したような発言をした時点で核の傘もない)核非保有の経済的・軍事的小国と核保有の経済的・軍事的大国の戦争はあり得ないと思っていた。ゼレンスキー大統領は話が違うとプーチン大統領との和解に方向転換すべきであった。プーチン大統領もNATOへの中立性だけ守れば武装もEUへの加盟も黙認したハズ。プーチン大統領の側近も兄弟国への侵攻に反対していたわけだし。
 ウクライナという金網リングでセコンドが多くいてもバンタム級とヘビー級が格闘するようなもので、ロシア側セコンドが隠し持つ放射性物質を使わなくとも、ラウンドが進めば進むほど体力差が顕著になる。いずれ当人が続行したくてもレフリーが試合を止める。
 潮目が変わったと見ているのか、そろそろ潮時と見ているのか、NATO諸国も表向きウクライナへの支援を強化する一方水面下で停戦への模索、停戦後のウクライナ復興への検討を始めているという。
 蚊帳の外にいた中国は、ウクライナ戦争が長期化すればするほど、友好国のロシア、ウクライナが疲弊するのも困るが、米国も支援により台湾有事に回す兵器在庫が枯渇する事態は歓迎する。
 そんな思惑の中で、中国もウクライナ戦争の停戦に向けて仲介するとの姿勢を見せ始めてきた。習近平総書記がプーチン大統領に会いに行き会談している。どれだけ本気が判らないが、少なくともグローバルサウス(新興国・途上国)にアピールできる。
 米国ととくには友好的な関係にない国にとっては、西側の価値観を上から目線で押し付けてくることに不快感を持ち、ウクライナ戦争では世界の警察官を降りたと言いながらウクライナを犠牲にしてウクライナに代理戦争させる米国よりも犬猿の仲にあったサウジとイランの国交回復を仲介した中国の方にシンパシーを感じるのかもしれない。
 日本は、米国との同盟国であるが、(一面的な見方ではあるが)キリスト教の排他的攻撃性とアングロサクソン気質(白人至上主義と残忍性)を共和党より色濃く受け継ぐ民主党政権とはもともと肌合いがよくない。しかもウクライナ戦争を仕向け小麦粉、エネルギー価格の高騰等世界に大きな副作用を生じさせ米国の威信を汚す(再選もありそうにない)バイデン民主党政権に本気で追随する必要はなかったと思う(宏池会政権に替わればと思ったが、ある意味安倍政権より対米追従傾向が強い)。
 米国と戦い敗北し焦土と化した日本がウクライナに対してとるべき行動は、体面を繕う遅ればせの電撃訪問ではなく、ゼレンスキー大統領に戦争前に「絶対ロシアと戦争してはいけない」と忠告することだったと思う(事が起こってしまえばウクライナの被災住民や避難民を救援するしかない。する必要のない戦争による奪われた大勢の無辜の命を戻すことはできない)。
 ウクライナは、日本の敗戦を教訓とせず、敗戦後の復興を手本としようとしている。
 日本は来月広島G7サミット(日、米、英、仏、独、伊、加の7か国の首脳並びに欧州理事会議長及び欧州委員会委員長が参加)が開催され、岸田首相が議長となる。
 岸田首相は、ゼレンスキー大統領に“必勝しゃもじ”を贈呈したぐらいなので、停戦を呼び掛けるつもりはないだろう。が、唯一の被爆国として「核の抑止力による平和は幻想だ。戦術核としての使用が現実化してきた現状ではもはや『核軍縮』ではなく『核廃絶』でなければ」と世界にアピールしてもらいたい(問題提起だけでもよい。核廃絶は無理としても、核軍拡から核軍縮の流れに戻る契機になれば)。そう言わないなら広島で開催する意味がない。首相個人にはあっても。
 防衛研究所の高橋杉雄室長は、今や「第3の核時代」に入り、核抑止の考え方も、冷戦期に主流だった「核は存在していれば抑止力になる」から「使用を前提にしないと抑止力にならない」に変わりつつあると言う。
 私に言わせれば、“環境破壊の20世紀”の遺物であるべき核兵器が実際の兵器としてゾンビのごとく復活したのは、バイデン大統領が、プーチン大統領がウクライナに攻め込むよう、米国はロシアと核戦争しないと事前に発言したことによる。そんなことを言えば、プーチン大統領は核兵器を使うと脅し、実際にもウクライナ戦争で進退窮まったとき核兵器を使う危険性が高まってしまった。さらに米国と合意している新START(新戦略兵器削減条約)からもプーチン大統領は一時離脱を表明してしまった。
 戦争するプーチン大統領、ゼレンスキー大統領よりバイデン大統領の方が罪深いと思っている。

 私は連日ウクライナ戦争に関するBS情報番組を観ていて次第に疑問が湧いてきて、2023年2月号NO.185 (「ファン VS フアン」)でこう書いた。
 「攻撃される最悪の事態を想定し、軍事力で対抗することを考えるのは、防衛省であり、国の軍事研究者たち。憲法第9条を擁し平和国家を標榜する国のトップは、それを指示する一方で、なんとしても戦争にならないよう外交努力に傾注しなければならない。病気は『治療』よりも『予防』なのだ。紛争は、『戦争』よりも『外交』なのだ(米中戦争となれば日本が戦場とされる)。それなのに、BS情報番組では、産経系に限らず、朝日系、毎日系までもが軍事研究者等を招いて連日ウクライナ戦争の戦況、使用兵器や自衛隊幹部OBのロシアへの攻め方の話ばかり。観続けて疑問が湧いた。BS情報番組は自衛隊員の為にあるのか。私達一般住民は何のために見せられ続けているのか。」
 この疑問について本号で敷衍しようと思った時少し不安になった。私だけの的外れな見方ではないかと。そこでネットで学識者などが同じ疑問・問題意識を持っていないか探してみた。
 あった。もう1年前に配信された元読売新聞記者でジャーナリストの中村仁氏の『ウクライナ解説で防衛研究所の突出したテレビ出演を懸念』と題した記事(アゴラ言論プラットフォーム:2022.5.1付け)を見つけた。
 右派系の新聞記者出身でありながら、中村氏は「ロシアのウクライナ侵略の報道で、連日連夜、防衛研究所のスタッフがテレビ番組に登場するのを見て、『ジャーナリズムの一環に食い込んでしまったようで、やりすぎではないか』と、思ってきました。国家・国家機関とメディアは適度の距離を置いた存在でならなければならないのです。」と言う。
 たしかに、これまで防衛省・防衛研究所の現役スタッフが出演することはなかったのではないか。BS情報番組等にて北朝鮮問題でよく見かける武貞秀士氏も大学教授(防衛研究所OB)として出演している。防衛研究所が国民にその存在をアピールするのが目的とするなら、それは見事なまでに達成されたであろう。兵頭慎治政策部長、高橋杉雄政策研究室長、山添博史米欧ロシア研究室主任研究官等さすがに国の軍事研究所には優れた人材がいることが我々にも分かり、安心もした。もう十分だろう。  

 BS番組でウクライナ戦争の戦況分析等を観ている人は、自衛隊員、タカ派議員、軍事ジャーナリスト、軍事オタクなど日本人だけではなく、仮想敵国の中国、ロシア、北朝鮮の諜報員もウオッチしているだろう。国の防衛に関わる現役スタッフが頻繁にTVで発言するのは避けるべきではないのか。ウクライナ戦争の戦況分析等を防衛研究所の現役スタッフが行うなら、防衛省内で行えばよいではないか。
 我々一般住民は、憲法第9条、第18条(何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。 又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない)がある現在において、緊急事態条項でも創設されない限り、我々がロシア・ウクライナ国民のように強制的に兵士にされることはない。

 政府もそれには触れようとはしない(自衛隊員は25万人前後。中国人民解放軍は予備役も含むと10倍以上なのだが)。

 BS情報番組は何を目的に我々に連日戦況分析等を見せ続けようとするのか(最近のロシアの攻勢下では心なしか番組で触れるのが減っている気もするが)。
 防衛研究所のスタッフは、「日米同盟」と「ロシアを仮想敵国とすること」を前提として、ロシアがウクライナに侵攻した時点から戦況の分析を語っている。自衛隊員だけではなく国の軍事研究者までもシビリアンコントロールを守るべきか否か判らないが、番組の中で高橋室長は「政治の話は守備範囲ではない」と断っている。立場を弁えておられる。

 ただ、高橋室長は、研究員として優秀なだけではなく、サッカー日本代表チームのユニフォームを着てバラエティ番組に出演したりするので、親近感を抱く視聴者も多いと思われ、感化されるだろう。高橋室長自身は日本が普通に戦争する国になるべきか否かなど発言していないが、視聴者は戦争する国になるべきと考えるようになるのではないか(今3月内閣府の調査で「自衛隊『増強した方がよい』が過去最高41.5%、前回から12.4ポイント増」と報道された)。それが政府の狙いなのか。
 中村氏はこうも言う。「名前が研究所であっても、防衛省そのもの、国家そのものです。そこの職員が連日、テレビのコメンテーターとして“送りこまれている”か“組み込まれている”ことに、メディアも問題意識を持つべきだと思うのです。メディアが知らぬ間に“国家の論理”に歩調を合わせる結果を招くことになりはしないか。」
 中村氏が危惧したとおり、「国家の論理」に歩調を合わせる結果になっているのではないか。右派のBSフジLIVEプライムニュースだけではなく左派系と思うBS-TBSもBS朝日も上記防衛研究所の上記スタッフ3名と国に近い民間の笹川平和財団の畔蒜泰助主任研究員、小原凡司上席研究員、学者としては、慶応大廣瀬陽子教授、筑波大東野篤子教授、東大小泉悠専任講師ら、その他朝日新聞駒木明義論説委員や自衛隊幹部OBなどの中から組み合わせを変えるだけで、同じ内容を流し続けている。これでは“令和の大政翼賛会”と言えるのではないか。今安倍政権下での放送法の「政治的公平性」の解釈変更問題がメディアへの言論弾圧かとの疑念が生じているが、その延長戦にあるのか。
 大国ロシアの研究者は多いハズだが今どきロシアを非難しない立場での出演を憚る面もあるのか、それともメディアが意図的に呼ばないのか、ロシア側を弁護する出演者がいない。その典型が2/24付けの『BSフジLIVEプライムニュース』でゲストは防衛研究所の高橋室長とウクライナ側に立つと見られる筑波大東野教授のみ。これでは韓国の反日番組ならぬ反ロ番組となってしまう。
 刑事裁判においては、検事側だけではなく、たとえ極悪被告人であっても弁護側の主張も聞き入れ裁判長が判断する。『BSフジLIVEプライムニュース』においても、中国問題では、中国側として東洋学園大学朱建栄教授等に出演してもらっている。

 裁判長にあたる主権者たる国民は、ウクライナ戦争においてもロシア・ウクライナ双方の立場側の意見を聞く必要があるハズだ。兵士でない我々が知るべきなのは、「ロシアが軍事侵攻するに至った政治的背景は」「日本がアジアのウクライナにならない為の採るべき道は」など「政治」の話だ。しかも、ロシア側に立った識者も入れての話だ。
 (次号190号は4/20を予定)