2023.3 臨時号NO.187 せんう VS せん
 昨年の10月16日から、5年に1度の中国共産党第20回全国代表大会(以下「20回党大会」)が開催され、異例の習近平総書記の3選が決まった。来月3月5日から全国人民代表大会が開催され,国家主席に再選され習近平体制の3期目が本格的に始動する。
 

 昨年の20回党大会の中で、胡錦濤前主席が退場したことについて、「病気説」と「権力闘争説」が飛び交った。
 戦前の中国に生まれ過酷な体験(親族が殺され、本人も5歳の時中国共産党軍の流れ弾に当たり負傷。7歳の時中国共産党軍による食糧封鎖により餓死体が敷き詰められた長春郊外で野宿)から中国問題をライフワークとする、私が最も信頼を置く遠藤誉女史、中立かやや反中の神田外国語大興梠一郎教授、中国寄りと見る拓殖大富坂聰教授達は病気説を主張している。私もそれに賛同する。
 遠藤女史は近著『習近平三期目の狙いと新チャイナセブン』(PHP新書)にて改めて権力闘争説を否定している。胡氏は前総書記として主席団として党大会を管理監督する立場で全人事を事前に承知していた。中国共産党一党独裁が最大の命題である彼らが全世界に放映される中で争う姿を見せるハズはない。その意見を支持する。2008年訪日し余興なのに鋭い目つきで卓球に興じていた胡氏の変わり果てた姿を見て私も驚いた。党大会で横でやり取りを見ていた習総書記も鋭い視線も緊張感もなく「やれやれ、困ったもんだ」といった風情に見えた。
 民間のシンクタンクに移籍した朝日の元著名記者峯村健司氏が権力闘争説を唱えたのには意外に思えた。

 ともあれ、習総書記は中国共産党一党独裁おける習一強体制を樹立させた。
 戦後1955年の鳩山一郎内閣から宮澤内閣まで自民党一党が38年間与党を独占した自民党は総裁2期4年が遵守され、中選挙区制の下での派閥間の切磋琢磨・競争があり自民党に活力がありかつ自浄能力もあった。黄金時代の自民党と中国共産党の一党独裁は似ている。今や経済力、軍事力双方に米国と肩を並べるに至り、世界が、西側の代表制民主主義(間接民主主義)による二大政党制がうまく機能しているとは言えず、中国一党独裁の共産党内での厳しい競争に勝ち抜いた政治エリート達(チャイナセブン)による政治運営システムも悪くないと思い出した時に、習総書記はそれを壊そうとしている。二大政党制を目指し小選挙区制に移行したが理想とは真逆の自民党の安倍一強体制をもたらした結果隣国日本が、そして安倍元首相が、どうなったか。習総書記は学習しないのか。
 自民党の総裁任期は1978年以降2期4年が長らく続いた。が、小泉首相の時2期6年となり、安倍首相の時3期9年となった。安倍首相は、新型コロナ禍がなければ、4期12年になっていたと思う。
 賢者は「権力は腐敗する」ことを理解し自戒している。「権力は腐敗する」の好例はプーチン大統領。KGBの一介の部員から大統領に上り詰め極めて有能であったが、晩年の秀吉を彷彿させるかのごとく、2036年まで大統領が可能にすべく憲法改正し、宮殿のような別荘を持ち、挙句の果てウクライナへの侵攻には“裸の王様”呼ばわりされてしまった。
 政界、財界を問わず、賢者ほど早く後進に道を譲ろうとし、周りから続投を求められても固辞する。一方、ダニング=クルーガー効果と言われるのか「実際の評価と自己評価を正しく認識できずに、誤った認識で自身を過大評価してしまう、それでなくとも、コンプレックスから自身を大きく見せようとする、賢者でない者の方が、権力に長くしがみつこうとして、国や会社を傾城させる。
 その意味では胡錦涛前総書記は賢者と言える。胡前総書記は2期10年を守り、任期満了後すべての役職から自主的に退いたという。
 賢者の後任がなぜ習総書記なのか。胡錦濤氏直系である共青団出身天才肌の李克強氏がいたのに。反腐敗運動を展開していた胡総書記と暗闘していた故江沢民前総書記が推す習氏が何故。
 2007年10月の第17期党中央委員会第1回全体会議(17全大会)において、同年3月に江前総書記に呼ばれて上海市初書記に就任したばかりの習氏が中央政治局常務委員にまで昇格するという「2階級特進」を果たしたという。
 慶応大小嶋華津子法学部教授は『胡錦濤政権の回顧と中国18全大会の注目点 ―政治状況に関して(1)』の中で、「『党内民主』の具体的とりくみとして特筆すべきは、17全大会に向け、2007年6月に実施された、中央委員・同候補による政治局委員候補者リストへの無記名投票である。この投票の結果、習近平の得票が李克強の得票を上回ったことにより、胡錦濤は、自らの腹心である李克強への権力委譲をあきらめざるを得なかったと伝えられている」とする。
 「党内民主」を推し進め党員の無記名投票を実施した胡総書記は、共産主義の中国の中にあって民主主義的な考え方の持ち主なのだろう。
 ただ、民主主義は独裁者を生むという。民主主義(多数決)は、民度は一定との理想を前提している。現実は賢者<賢者でない者。民主主義は根本的矛盾を内包している。賢者でない者は、賢者でない者ならではの反応を示すのか、賢者でないトップの方が親しみを感じるのか。野心ある側近たちも賢者でないトップの方が、立身出世や権力の掌握が容易いと思い担ぎ上げるのか。かくして、雄弁だが凡庸な、ヒトラーが、ゼレンスキー大統領が、独裁者となる。
 日本は、首相公選制を採っていないが、事実上自民党総裁=総理であるなら、総裁選で党員・党友を参加させるべきではない(直接選挙と変わらない)。賢者でない独裁者が誕生する危険性がある。
 
 習総書記は任期制限を撤廃した。プーチン流の終身の権威主義による独裁を目指しているのか。習総書記は賢者とは思えない。賢者でないトップは、賢者でない者が賢者でない行いを成した権力者を反面教師とすべき。権力を手にして腐敗した為賢者とは言えないまでも、プーチン大統領は、聡明であり、ソ連崩壊後の混乱後のロシアを立て直し、独自の歴史観、世界観からの思想がありそれを国民に浸透させる話術を持ち、曲がりなりにもロシア人に誇りを取り戻させてきた。習総書記がプーチン大統領を真似て独裁しても上手くは行かないだろう。
 その見方を後押しするかのように、文藝春秋2023年正月号で、『「習近平は裸の皇帝」元部下の女性学者が日本メディアに初めて答えた』と題して、習独裁体制を批判し米国に亡命している政治学者蔡霞女史が、習総書記を酷評する。

 米外交問題評議会(CFR)の発行する国際政治経済ジャーナル「Foreign Affairs」に掲載した論文『習近平の弱点』の中で、習氏が総書記に就任する直前中央党校の名目上の校長であったが、そこの著名教授がインタビューにて習氏を「勉強不足でIQが低い」と言い放ったのを驚いたものの今は女史もその通りだと発言している。
 そんなコンプレックスを持った権力者はエリートを嫌う。議論しても勝てないから。盲従する部下を好む。
 欧米がジェノサイドが行われていると非難する新疆ウイグル自治区に関して、2017年3月新疆大学のタシポラット・ティップ学長が北京の空港で拘束された後「党に忠誠を尽くすよう見せ掛けて、実は民族主義者であるという『両面人(二面性を持つ者)』」として執行猶予2年付きの死刑判決を受けたという。
 今や自治区だけではなく、共産党内のチャイナセブンにおいても、両面人としての面従腹背を許さないばかりか積極的に習総書記に忠誠を誓い行動で示す者しか登用しない。
 NO.2であった経済通の李克強首相は任期満了で引退し、習総書記は「克」(己の欲望や邪念に打ち勝つ)の字が無い李強氏をNO.2に据えた。厳しい上海のゼロコロナ政策で李強氏が失脚するのを期待していた上海市民は唖然としたことであろう。
 李克強氏に続き、汪洋氏もいなくなった。経済通の二人なくして、不動産バブルの崩壊、少子高齢化、金融不安、20%に近い若者の高失業率等山積する難問に習総書記一人で解決できるとは思えない。
 民間企業、起業家も自らの敵とらえる。「習のミクス」として、日経出身のジャーナリスト土谷英夫氏は、①民間部門を自らの支配への脅威と見なし計画経済を復活させた、②国有企業を強化し民間企業にも共産党組織を設置した、③汚職や反独占を口実に民間企業や起業家から資産を奪った、と言う。
 政治システムと同様「国家資本主義」は「資本主義」より宇宙開発や新分野への意思決定や取り組みスピードが速いと世界から評価されつつあるときに社会主義に戻ってしまう。
 ただ、社会主義への回帰は独裁への野望だけではない。鄧小平が唱えた「先富后共富」(先に富だ者がまだ富んでいない者を富ませて共同富裕になる)から進められた国家資本主義も、トリクルダウン理論と同様逆に貧富格差拡大させた。とり残された農民層、零細中小企業らが共産党一党独裁体制打倒を目指すのを恐れてもいる。
 一般個人においても、「社会信用システム」にて面従腹背する者を許さない。『習近平の中国』(東京大学出版会)によれば、スマートフォン等を通した電子決済情報、学歴、職歴、交友関係を変数として個々人の信用を数値化する。信用失墜者は様々なペナルティを課せられるという。要するに、排除される。
 総じて、習総書記は、少しぐらい経済が停滞しても、人民を心服させるのではなく力ずくで習独裁体制を確立させようとしている。いわば、“豊かな北朝鮮”を目指すということか。
 厳しいゼロコロナ政策も、独裁体制の為でもある。上記『習近平の中国』の主編者の東大大学院川島真教授は、「ゼロコロナ政策は、ワクチン利権との関係もあるが、同時に監視統制の強化に正当性を与えているのである」と述べる。
 厳し過ぎるゼロコロナ対策に対し中国全土において抗議デモが行われ、上海では、「習近平打倒、中国共産党打倒」と叫んでいた。学生か一般市民かが習総書記を名指しして批判するのは驚き。国が亡ぶとの強い危機感を持つ胡総書記が院政を引かずすべて一任するとした条件の反腐敗運動を約束通り維持・強化する習体制に恩知らずと反発する江沢民派が裏で扇動しているのであろうか。
 都市部の中産階級は、「政党選択の自由」は無いものの、それ以外は割と自由で、そこそこの裕福な生活が送れるなら中国共産党一党独裁体制でもよいと思っていた。だが、こんなに雁字搦めにされることには耐えられない。一度自由の味を知ると厳しい監視・統制時代には戻れない。アリババのジャック・マー元会長が箱根に出没しているらしいが、中国の富裕層が日本の投資移民制度である経営管理ビザを通じて昨年1月から10月までの間に日本に新たに入国した数は2,133人に達したと言われている。
 我慢の限界を超えたところにサッカーWC2022会場でのノーマスクを見て、ゼロコロナ政策が実は不当な強圧ではと捉えた抗議デモに習政権はあわてて緩和した。12/7新型コロナウイルスの感染対策の緩和→12/1~20で人口の2割近くにあたる2億4800万人が感染したと推定する中国政府の内部資料がインターネット上に流出→中国各地での新型コロナウイルスの感染急拡大→人民は抗議デモどころでなくなる、の流れは、まるで新型コロナの新しい大波が押し寄せてくるのに門を開き経済が水浸しになり、多数の溺れ死ぬ人が出ても、習政権にとっては体制批判の方が怖いということか。
 後は「抗議すれば習政権の政策を変えさせることができる」と知った人民への監視・統制を強化することにある。中国共産党の脅威は14億人の約1/3を占める農民層(5億人)の一斉蜂起であろう。ただ、今回の11/26~の抗議デモはSNSで全土で拡散しているだけで、1989年の天安門事件の時のような指導者がいないのか。農民の蜂起を導くエリート指導者の芽を事前に摘むのが、「社会信用システム」であり「監視統制システム」なのだ。
 
 一部には、人民からの体制批判をかわす意味で台湾の軍事進攻があると予想する向きがあるが、そのようにはならないと思っている。
 来年1月に台湾総統選がある。前回2020年の折は、前年に香港での大規模な民主化運動を弾圧したことより、台湾人のナショナリズムが高揚し、劣勢にあった民進党の蔡英文総統が再選された。その反省から台湾に対する軍事行動は控えるであろう。
 “戦狼外交”と呼ばれるように、中国は脅して、相手に従わせる。譲歩させる。米国は、とくに民主党政権は、言うことを聞かなければ、すぐに武力行使するが、戦争に負け続けた中国にはそんな蛮勇心はない。経済的な嫌がらせはしても。
 中国は、脅しによるペロシ米国下院議長の訪台阻止を図ったが、米国に無視されメンツを潰されても、直接米国に対抗措置はとれない。怖がってくれる台湾、日本に対する軍事演習・示威行動で(国内向けにも)虚勢を張るしかない。
 オバマ政権のように「戦略的忍耐」とカッコつけて譲歩してくれればまた別だが、トランプ政権からバイデン政権に代わっても、中国に対して強硬であり、台湾への手出しは出来ない。
 中国は、1979年の中越戦争以来大きな戦争をしたことがない。どれだけ軍事力を強化しても、ウクライナ戦争を見ても分かるように、実際の戦争ではどうなるか分からない。中国共産党を守る為の人民解放軍にどれだけ愛国心があるかも分からない。
 米国と対決姿勢を見せるどころか、ブリンケン米国務長官を招いて会談しょうとする(偵察気球が米国に侵入したことにより訪中は中止になったが、ミュンヘンでブリンケン氏と王毅氏が会談した模様)。
 習総書記が「平和統一を目指すが、軍事侵攻も排除しない」と言うのは、台湾が独立を宣言することを差す。その時は、米国をトップとする連合軍との戦闘も覚悟して、漢民族を支配・蹂躙した外夷も含めた「中華民族の偉大な復興」を賭けた乾坤一擲の勝負に出る。
 遠藤女史はむしろ「アメリカはそこに中国を誘い込みたい」と次のように言う。
 「武力統一をすると台湾人が反共になり共産党の一党支配体制を脅かすので中国は平和統一を狙っている。しかし平和統一だと中国が栄えるので、アメリカは中国を潰すために、中国に台湾を武力攻撃して欲しい。そのためにアメリカは『台湾政策法案2022』を制定して台湾をほぼ独立国家に近い形で認める方向で動いている。これに力を得て台湾政府が独立を宣言すれば、中国は台湾を武力攻撃する。」
 GHQから与えられた日本人と違い、長い苦難の中で血と涙を流し民主主義を勝ち取ってきた台湾人の政治的民度は高い。ウクライナを他山の石として、ウクライナの二の舞は演じないだろう。米国が台湾に肩入れしてくれるのは頼もしいが、内心グイグイ来られるのはありがた迷惑と思っているのでは。台湾が戦場にならない為には「現状維持」を貫くしかない。

 日本政府は台湾有事に伴う日本有事をどう思っているのか。防衛費増額の正当性からも喫緊の問題としていようが、本気で考えているようには見えない。台湾有事に備え、台湾には防空壕が10万か所以上あると言われる。日本にはどこにあるのか。中国が攻撃するとなれば、沖縄を初めとする南西諸島だけではなく首都など本土も攻撃してくるだろう。
 防衛費増額すれば抑止できると思っているのか。反撃力を強化すれば、日本が被弾することがないと言いたいのか。増税してまでの防衛費5年43兆円は米国への朝貢と防衛利権が主眼としか思えない。
 昨年末海自特定秘密漏洩問題で情報の受け手の元海将だと噂される3人の中の1人である香田洋二元海将の新刊『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(翌1月に発刊。防衛省にとって煙たい香田氏が問題の元海将であれば名前を公表されているだろう)の中で、「イージスアショア配置断念」の問題に触れている。不勉強にて私は過去代替措置が放置されていると書いたが、そうではなく、イージスアショアに使用するはずだった弾道ミサイル防衛システムを護衛艦に搭載し「イージスシステム搭載艦」(2隻)とする代替案が出されていた。それを①6か月の検討でしかなく拙速、②ミサイルの専門家である制服組を入れず背広組で決めた、③結局イージスアショアよりも費用が増えるかもしれないがまたぞろ国民にごまかすのか、と香田氏は指摘する。その根底にあるのは、国民に対する防衛省の責任感の欠落と、高価格・高性能装備を国民の前で一点の曇りもなく説明し、導入を実現しようとする防衛省と自衛隊の決意と覚悟の欠如と、批判する。防衛省、自衛隊幹部にとって、主権者たる国民は足でまといぐらいにしか思っていないということなのか。
 中国は混乱と停滞が続き、習総書記は内政問題に追われる。台湾有事で得するのは米国だけ。日本にとって今やるべきことは、本来粛々と進ませるべき軍事力の強化を無い袖を無理やり振ってまで声高に行い中国をことさら刺激するのではなく、与那国町議会が避難シェルターの設置を防衛大臣に求めた如く、まず防空壕、核シェルターとなる地下施設などの国民保護の整備が先決だ。それに並行して、軍事力にしろ外交力にしろ、その基盤となる経済力の向上・経済の立て直しに注力すべきではないのか。
 (次号188号は3/10を予定)