2023.1臨時号 NO.184 ひだり VS ひばり
前々号(11/8掲載182号「こなもんVSこんなもん」)、前号(11/27掲載183号「トラウトVSトラウマ」)で「フォロワーがついた後すぐに解除になること」について問題提起した。
こんなことを書くと、何かヤバそうと既フォロワーで逃げる人も出たが(女性フォロワーの方が動じないようだが)、男性A氏は、11/8の182号掲載後も11/21にフォロワーとなり、以前と同様に11/24には解除となる。11/27のNO.183号掲載後も、なおも試みてくれたが、11/29フォロワー、11/30解除、12/1フォロワー、12/2解除、12/18フォロワー、12/19の1amまでには解除とイタチごっこに終わる。
アメブロ側が解除しているとしか思えない。ただフォロワーが元々少ないのにそんな必要性があるのかと思うが、あるとすれば、フォロワーもアクセスも多く影響力があるA氏が私のブログのフォロワーになることを嫌がるということなのか。
私自身は作家内舘牧子女史流に言うと「終わった人」。所詮暇人が戯言を書いているに過ぎない。アメブロ国からペルソナ・ノン・グラータ扱いを受けても特段不都合はない。却って生き長らえているだけの生活に刺激を与えてくれる。しかし、A氏は将来ある身。多くの読者も頼りにしていよう。A氏の心意気には感謝しかないが、こんなことで不利益を被ることがあれば、申し訳ないし、望まない。
フォロワーになるメリットの一つはブログが更新されると案内がくること。フォロワーにならずとも掲載日が分かるようにしたい。最近掲載日はマチマチだが、新年1/10から掲載日を2か月に3回(10日→翌月1日→20日)のローテーションに戻して更新していきたい。換言すれば、奇数月は10日に掲載。偶数月は1日と20日(臨時号)に掲載となるようにしたい(それ以外の日に掲載する場合あれば特別号として別建てとする)。
今年最後の今回は「左利き」がテーマ。私は生来左利き。小さい頃近所の悪ガキに「ぎっちょ ぎっちょ」とからかわれた。「ぎっちょ」は、現在差別用語か。
物心ついた頃には食卓で親に箸の持ち手を注意された。向かいに座っている、右利きの兄と同じ側に箸を持っているので、兄と一緒で何が悪いのと抵抗した。4つ上の右利きの兄はわざわざ私の後ろにまわって箸の位置が違うだろうと教えてくれた。それでも直らなかった。
養老孟司氏の『遺言。』(新潮新書)を読むと、銃は右利き用にできているので、戦前の学校では左利きを右利きに直していたという話が出てくる。戦後においても、その名残りか昭和32年小学1年の折怖いおばあちゃん(50歳には届いていなかったかもしれないが、小さい私にはそう思えた)先生に何度か注意されているうち、私は直に右手で書くようになった。故石原慎太郎のように目をパチパチさせる副作用も出なかった。
お蔭で、今も箸とペンは右手で持つ。以外は、ボールを投げるのも、絵具を塗るのも、尻を拭くのも、ミスしたときエヘッと頭をかくのも、みな左手。洋画を観てると、ダブルベッドの右側に夫(建前は利き手で妻を守れるように)が、左側に妻が寝ている。ホテルに泊まった時私は左側に位置どる。
しがない人生を振り返ってみて、左利きで得したことがなく、いい思い出もない。
草野球をしても、自身の左利き用のグラブを持ち合わせていない時クラブを他人から借りられない。右利きの人のグラブを無理やりはめても何とも具合が悪い。内野を守る時はいつも一塁だけ。花形のショート、サードは守れない。憧れた長嶋茂雄選手の三塁からの華麗なスローイングを真似することもできない。野球というスポーツは右利き用に作られている。
楽器も、弦楽器は右利き用なら弦を張り替えないといけない。私自身も少学3年のときウクレレを兄から引き継いたが、長続きしなかった。ポール・マッカートニーさんも左利きだから、単に才能がなく熱意が湧かなかっただけかもしれないが。
18歳になるとパチンコができるので早速試したが、当時手打ち式で、右手の親指でレバーを弾く。左利きは右手では弾く加減が難しく、左手の親指で弾こうとするが、レバーを左から右下に撫でる形になり却って加減が難しい。姿勢もくの字に曲げ恰好も悪い。左手で連続して球を入れ右手で連射できる右利きの人を見て、連発銃に対してこちらは火縄銃かと嫌気がさし、すぐにパチンコ店には行かなくなった。
タバコも、チャレンジしたものの、体に悪いものを無理して覚えなくてもと止めてしまった。大人の仲間入りは酒と成人映画だけだった。昭和44年当時ピンク映画と呼ばれ、パートカラーで情交の場面になると急にモノクロからカラーに変わる。ある時、神戸新開地の映画館で80歳を優に超えたヨボヨボの老人が私より前々列に座っていた。カラーに変わった途端、老人はぬくっと立ち上がり身を乗り出した。思わず笑ってしまうと同時にこれが長生きの秘訣かと理解した(その理解に対する「自信」は50年後和田秀樹医師が最近肉とともにAV鑑賞を薦めているのを知り松坂大輔投手の名言を借りれば「確信」に変わった。年老いてもAVを観て男の原動力と言える男性ホルモンを刺激している殿方に対して「役立たずのくせに!」と嘲笑ってはいけない。元気で長生きしてほしいと思う奥方は)。
余談だが、人気作家万城目学氏のエッセイ『べらぼうくん』(文春文庫)を読むと、作者が高校3年生の時大阪新世界のオンボロポルノ映画館に行ったときの話が出てくる。館内は当時の新開地より新世界の方がガラが悪いと思った。
昭和48年銀行に入行してからも、左利きで少し苦労をした。研修で札勘定の練習をする。札勘定には縦読みと横読みがある。縦読みだけでは新札など札がくっついたりして数え間違いもあるので、扇形にお札を広げて5枚ずつ数えていく。縦読みは(左手でもよいハズだが)右手の親指で札を繰っていくので、左利きの場合どうしても敏捷性に劣る。模擬紙幣50枚タイム競争では右利きの人に後塵を拝した。当時オンラインでなくオフライン端末機であったが、右利き用に設計されていた。新人時代はハンディと感じた。
ゴルフはもっと悲惨だった。新宿支店に居た昭和50年頃ゴルフを覚え始めた。左打ちゴルファーをレフティと呼ぶが、当時レフティが少なく、ゴルフ道具のレフティ用が少なかった。岡本綾子プロや野球の王さんは左利きなのにゴルフは右で打っていた。超一流のアスリートと違い右では飛距離が出ないので、レフティで通したのだが、いいことは何もなかった。練習場では、混んでると、右利きの人とお見合いになる。目が合えば気まずいし、なにしろお互いソケットしたら相手の顔面にゴルフボールが当たりそうで怖い。多勢に無勢。すごすごと一番左の打席に。皆に尻を向け、壁とお見合いする。すこしでもスライスすればすぐ左側のネットにかかってしまう。惨めで卑屈な気分になったものだ。今はSDGsで左利きにも優しいらしいが、当時銀行の支店コンペでは、支店長に「何か調子が狂う」とイヤミを言われてしまう始末。
そんな左利きが一時脚光を浴びることがあった。麻丘めぐみさんが歌う『わたしの彼は左きき』がヒットしたが、私には実際にそう言ってくれる彼女もいなかった(母親を恨みたいが、可愛く産んであげたのにと逆ギレされ、憤懣遣る方無し)。イケメンなら、アリスが歌う『秋止符』の「左ききのあなたの手紙 右手でなぞって真似てみる」と言われることもあろうが。右手で鉛筆を持ち、書いて直すときは、消しゴムに持ち替えせずとも、左手で消しゴムを使い、両手使いが出来る(2/10は二刀で「左利きの日」ではなく、「0210」が英語のレフトと読めるからとか)。それを見て便利だねと言われても、それぐらいでは全然帳尻は合わなかった。
不憫な私とは違って、世の中には左利きで才能を開花し成功した者は少なくない。2016年の週刊ポストの特集記事によると、アイオワ大学の研究者ベンボウ氏は「アメリカの大学入試SATを平均より5年早く受験し、数学試験で高得点を挙げた英才児291人の利き手を調べたところ、左利きの割合は平均の2倍だった」と報告している。
左利きは、右脳の発達を促すので、数学や音楽、美術、スポーツなどの才能に優れるとする。まさに左利きに天才が多い。実際、プロ野球では、サウスポーのピッチャーは右打者から球が離れるところが見やすく不利と言われる。が、それを物ともしない大投手がいる。メジャー史上最高左腕投手故サンディー・コーファックス、メジャーのオールスターでNOMOと投げ合ったランディー・ジョンソン投手や日本のプロ野球で400勝を挙げた投手故金田正一、オールスターで連続9奪三振の離れ業を成し遂げた江夏豊投手がいる。
サッカーでは、さきほど悲願のWC優勝を達成したメッシ選手や(ペレ選手と並ぶ)レジェンドの故マラドーナがいる(WC連覇を逃すも得点王となったエムバペ選手の利き足は右足であるが、ペンは左手で持つ。右手から左手に変える人はいないだろうから左利きと認めてよいか)。今WCで2ゴールを挙げた堂安律選手も左利き。
テニスは、ボクシングと同様、サウスポーが少なく相手がやり辛い利点がある。マッケンロー男子プロやナブラチロワ女子プロとか左利きの超一流プロがいた。
美術の世界では、ルネサンス時代の三大巨匠(レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ)も皆左利きと言われる。天才画家ピカソも左利き。科学の世界でもニュートン、アインシュタイン、エジソン、ダーウィンという天才科学者たちも左利き。
音楽の分野では、神童モーツアルト、楽聖ベートーヴェンとウィーン古典派三大巨星のうち2人が左利きと言われる。歌手では、天才歌手故美空ひばりも左利き。松崎しげるさんもそうだ。左利きは全体の10%と言われるが、こんなにも左利きの天才たちがいる。
血液型で言えばAB型も天才型と言われる。AB型も全体の10%と言われ、左利き、AB型両方に該当する人は1%しかいない。それに加え36年に一度の五黄の寅年生まれ(気学・九星の「五黄」と干支の「寅年」とは、どちらも強運で、二つ合わされば最強運と言われる。今年はその五黄の寅年にあたる)になると0.03%にも満たない。鬼に金棒と言え、大天才が誕生しても不思議ではない。
その3つを合わせ持つ日本人を私は二人知っている。一人は日本を代表するプロサッカー選手。WCの3大会連続でゴールし今WC2022では解説者としての解説が話題となり「代表監督待望論」がSNSに上った、左利き、AB型、1986年五黄の虎年生まれの本田圭佑選手。もう一人は何を隠そう私自身。左利き、AB型、1950年五黄の虎年生まれだ。ただ、残念ながら何事にも例外がある。当たり外れがある。
妻は物欲が強くなく野心には縁遠い。それで助かったが、それでも機嫌が悪い時の妻は私に向かってハズレとイヤミを言う。妻なりに思い描いていたプチ左団扇で暮らす生活が左前になって行ったのを故として。