2013.9 NO.27 ウクライナ と ユウクライナ
旧ソ連時代にはソ連連邦の一地方にすぎなかったウクライナ共和国は日本人には馴染みが薄い。それでも、少し頭をめぐらすと意外に日本と縁があると分かり、興味が湧いてくる。
「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた大横綱(大鵬親方)が今正月に亡くなられたが、お父さんはウクライナ人ということだ。
昨年のオリンピックで体操団体の決勝で内村選手が最後のあん馬で着地に失敗し、メダルを逃したと思われたが、採点に抗議して4位から銀メダルを日本が獲得した。あおりをくらって、ウクライナが銅メダルを逃してしまったのは記憶にあたらしい。
原発大事故で周知のチェルノブイリ原子力発電所もウクライナにある。フクシマも事故処理に参考になることが大いにあるだろう。
旅行雑誌「Trabelers Digest(トラベラーズ・ダイジェスト」が選んだ 「世界10大美女都市」で、ウクライナのキエフが1位に選ばれている。そう言えば、ウクライナのティモシェンコ前首相は美人過ぎると評判を呼んでいた。
ジャニーズ事務所の喜多川社長が『you 暗いな!?』って言うことがあるかどうか知らないが、今日暗い日本人が多い。
世界自殺予防デー(9月10日)があるぐらいなので、世界共通の問題であるが、旧共産圏で自殺率が高い中で、ウクライナ(8位)よりも日本(5位)は高い。
2012年は15年ぶりに自殺者数が年間3万人(2万7千人)を下回ったが、20代の自殺者が増えているという。東京では相変わらずブルーマンデーには毎週どこかの線路で人身事故が起きている。
無残に変わり果てた自身の親不孝、残された遺族の慟哭と自責の念、後始末する駅員の困惑、通勤客が被るはた迷惑。自殺を自死と言い換えて済む話ではない(大体「死」の文字は忌み嫌われて「亡くなる」とか「逝く」を使うのに)。
かの絶望的なナチス強制収容所での実体験を『夜と霧』で綴ったヴィクトール・フランクルは「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない」と語る。
それでも、本を読んでもカウンセリングを受けても言葉が心に沁みていかないのなら、その人を救うことは容易くない。
そんなことなら、誤解を恐れずに言えば、癌になった方がよいと思う。確かに、白血病やすい臓がんなどは怖い。前立腺がんへの不安や愚痴を聞いてもらっていた町医者の女院長が6か月ぐらいかであっという間にすい臓がんで亡くなった。その時は大きなショックを受けた。
男なら前立腺がん。女なら乳がん。一般論として、癌になっても、再燃しても、だらだらと生きられる確率が高いとのことだ。
癌になれば考え方や生き方が変わる人もいる。私の場合はこうだ。
第1に、「生」に対する執着心が湧いた。生検で癌細胞が一つ見つかり、れっきとした癌患者になり、ここ5年ほどの前立腺がんではないかとの不安は解消された。しかし、転移しているかもしれないとの不安がもたげてきた時、初めて「死」を強く意識し自問した。まだ生きたいかと。これまで、学者や研究者ほどの高みを求められてはいなかったとはいえ、能力の問題もありややストイックな人生を歩んできた。他人様より人生を謳歌していない。一度きりの人生もっと楽しみたいと思うと、生に対する執着心がふつふつと湧いてきた。
第2に、姿勢を正す気になった。家族や周りの人たちに良い思い出を残したい。今まで子供達にフザケタ態度でしか接しておらず、常日頃妻から「すこしは子供たちに尊敬されることをしたらどうなの!?」とよく叱られていた。子供達にどう思われようと、そんなの関係ない!そんなの関係ない!と高を括っていた。だが、死と向き合ったとき、このままバカボンのパパで終わってしまっていいものかと思案した。「これでいいのだ!!」とはとても言えない。真摯な態度も見せ、家事の手伝いも男の運気が下がると嘯きしなかった洗濯物の取り込みもするようになった。本ブログエッセイを子供達への遺言として残すのもこの思いからだ。
最後に、かえって明るくなった。生きていること自体が喜びとなり、金銭欲や物欲はより薄くなった。高橋ジョージさんが歌う『ロード』ではないが「なんでもないようなことが幸せだ」と思える。昨年の結婚記念日には仕事・家事・介護に忙しい妻と久しぶりに二人で映画を観てその後食事をしたが、ほんわかとした幸福感に浸たれた。煩悩に振り回されていた若い頃にはない感覚だった。
癌になって初めて見えてくるものがある。癌もそんなに捨てたものではない。