2012.8 NO.14  さつ と けさつ

 警察は被疑者を逮捕する仕事。検察は警察が逮捕した者を起訴するかを吟味・判断する仕事。建前は対等なのだが、検察に起訴してもらうのだから警察に分が悪いらしい。

 警察のキャリアとノンキャリの対立を風刺したのが、織田裕ニさん主演のドラマ映画『踊る大捜査線』。木村拓哉さん主演のTVドラマ『ヒーロー』はキャリアの検察官とノンキャリの検察事務官の掛け合いを描いた。

 かつて北海道県警の本部長を経験した原田宏二氏が裏金問題で告発した。ノンキャリであったがキャリア扱いで警視長までに処遇されていたのだから反旗を翻すのはよほどのこと。公憤からで裏切り者呼ばわりは覚悟の上だ。その経緯については原田氏自著『警察内部告発者(2005)に詳しく書かれている。この筋の話は風化せず、当時道警の裏金問題を追及していた元北海道新聞担当デスク高田昌幸氏が7年の月日を経て今般『真実~新聞が警察に跪いた日』を上梓し、私憤を晴らすというより記者としての意地と矜持を見せている。

 検察の裏金を告発した暴露本もある。『検察の大罪』の著者とは一期一会の縁があったが、上役との諍いで出世が閉ざされた腹いせのような裏金告発には、共感を覚えない。

 裏金問題は想像するより根が深そうだが、当初は組織上の必要悪として生まれたものが一部の不届きなキャリアに乱用され、それが常態化したのか?

「こんなことをするために・・・」と忸怩たる思いのノンキャリと既得権益として当然のごとく自分達で使いまわすキャリアとの構図では、真の信頼関係は生まれない。ただ、これに限らず、そういう気持を捨てなければノンキャリとして生きてはいけないと元外交官で作家の春江一也氏は書いている。3部作の小説「プラハ春」、「ベルリンの秋」、「ウイーンの冬」のストーリーの中で外務省におけるキャリアとノンキャリの対比を垣間見せている。

検察トップ人事では、東大を中心とする法務官僚歴任の赤レンガ派と捜査現場派との対立という側面もある。検事総長の椅子をめぐっては捜査現場派はノンキャリ扱いと言っても過言ではない。捜査現場派で検事総長となった吉永祐介氏がトップであればこの前の大阪郵便不正事件は起こらなかったという見方がある。その吉永氏が後任の検事総長として捜査現場派にこだわったためかえって巻き返しに遭い赤レンガ派の総長が何代も続いたとも言われる(この事件を機に9年ぶりに2010年捜査現場派が就任したが、先月赤レンガ派に交代した)。このため捜査現場派の劣化が進んだという。一部には特捜部に入り、実績を挙げヤメ検になって金儲けしたいという人もいるとかいないとか。それが目的なら真実を曲げてでもひと花咲かせたいということも起こりうるのかもしれない。

私は今塀の中にいるヤメ検として名を馳せたT弁護士にかつて挨拶したことがある。正立方体とも言うべきがっちりした体格で強面と相まって検事時代はさぞかし怖かっただろうと思った。厚い赤レンガに阻まれ巨悪を追求できず挫折感を味わったのかもしれないが、環境を変えても正義に仕えるという志は忘れてほしくはなかった。

今特捜部の存否が問われている。組織防衛からか、あるいは既存エスタブリッシュメントの意を酌んだものなのか、小沢一郎代議士関連の強引かつ無理筋の捜査・裁判が非難の的となっているが、それでも名前を変えるかは別にして私は特捜部を必要だと考える。

これも挫折のエリートがお金に走ったケース。灘中、灘高、東大を経てキャリア官僚と絵に描いた超エリートコースを歩んだM氏(高杉良氏著『虚像』には森川氏として登場)だ。スーパーエリートのM氏が国費でアメリカに留学した後一転ファンド業に転身し、ファンド事件の折りに吼えた。「儲けて何が悪い!?」と。総会屋まがいに老舗企業の社長をバカ呼ばわりし、含み益を吐き出させて市場原理に反するローリスク・ハイリターンを実現させ、それにエンジェルの名に恥じるハイエナのような金持ちどもが群がった。

“青豆”に頼んで闇に葬っても第2、第3の同じ者が現れる。影響力のあるスーパーエリートが扇動する、日本人の美徳・美学に反する拝金主義的な風潮、価値観を払拭するためには、公開処刑ならぬ公開処罰が必要なのだ。超法規的とも言えることが出来るのは地検特捜部だけしかない。

世直しは、外務省の佐藤優氏は自著の『国家の罪と罰』で検察ではなく国民の手でと言っておられるが、過去歴史の節目に世論がミスリードしてきたことをみても国民は担えない。

医師はキャリア、看護師は待遇面からすればノンキャリと言えるかもしれない。看護師、介護士等志がないと続けられない職業は金銭面等労働環境が恵まれているとは言い難いが、皆生き甲斐を感じ頑張っている。ましてや崇高な使命やファッショにもなりうる強権を持つ検察官なら、地位や金に惑わされず生涯志に生きて欲しいと思う(私ごときに言われたくないだろうが)

2012.7  NO.13  ょうしゅうりき と ょうしゅうりき

 プロレスラー長州力とエステーの消臭力。

 私はガチンコ勝負が好きなので、プロレスよりもプロボクシングが好きだ。とりわけ、キンシャサの奇跡(日本の競走馬名にもなった)と言われたアリとフォマンのタイトルマッチで下馬評を覆しアリが勝利したのには興奮した。昭和4910月末青梅街道を挟んで勤めていた新宿支店の斜め迎いのバッタ屋の店先でテレビ観戦していた(勤務時間帯のハズなんだが)。

モハメッド・アリの後はシュガー・レイ・レナードであり、今はなんといってもマニー・パッキャオだ。パックマンの異名をもつパッキャオは体重の壁を乗り越え名立たるチャンピオンを次々と打ち負かし実質10階級を制覇した。世界バンタム級の名チャンピオン長谷川穂積さんが2階級あげて苦しんでいるというのに。今やフィリピンというより全世界の英雄だ。しかし、先月10日のタイトルマッチで判定負けした。次々と番狂わせで強豪を打ち破ってきたが、今回は番狂わせで負けた(WOWOWで見ていて勝ったと思ったが)。負けた場合のリマッチが予め決められており疑惑の判定(本人達はガチンコだか、審判団が?)とも言われるが、一時代の終わりの始まりかもしれない。


私がプロレスを喜んで観ていたのは小学生で力道山が鉄人ルー・テーズやかみつきブラッシーと戦っている頃で終わり。ショーと割り切れば楽しいに違いない。あるいは体操の内村選手の演技を見るように超人技を堪能すればよいのかもしれないが、私は人間に幅がない。徳光アナや古舘アナの煽る実況中継も好きではなかった。

最近の人気プロレスラーをほとんど知らないし、その人のプロレスを見たことがない。武藤敬司さんはものまねタレント神無月さんで知った。高田総統もお笑いコンビのクリームシチューの有田さんの「出てこいや!」のものまねで知るところとなった。

 長州力さんも全然知らなかったが、切れてない!と長州小力さんのものまねで知ることになった。ただ、長州力さんは本当に切れやすいのか私生活で週刊誌に叩かれていた。

 プロレスラーとものまね芸人との関係は共生ともいえる良好な関係だそうだ。プロレスラーにとってもプロレスを見ない女性達にも知られるのでメリットがあるのだろう。

 プロレスそのものは好きではないというものの、貧弱な私はプロレスラーの肉体美や運動神経にはあこがれもある。高田延彦夫人の向井亜紀さんがなんとしてでも夫の遺伝子を後世に繋ぎたいとの執念も分かる気がする。


 少し前「らっららら」と甲高い声で歌い始め最後にショウシュウリキ!と絶叫する子供のコマーシャル(CM)が人気になっていた。子供といってもポルトガルのれっきとした歌手らしい。このエステーと役所広司さんや唐沢寿明さんなど大物俳優を起用したダイワハウスのCMが不況下目立っていた。

 昨年の大震災の前にはオール電化で攻める電力会社と受けて立つガス会社がCM合戦をしていた。不況下民間企業のCMが減っている中で基幹産業のCMが目立つので「そんな金があるなら公共料金を値下げすべし」と思っていたら、東日本大震災が起きた。基幹産業だけではなくほとんどの企業がCMを自粛してしまった。ACジャパン作成のCMが数ヶ月も続き、「・・・こだまでしょうか。いいえ、だれでも」は耳にタコが出来た。おかげで詩人の故金子みすゞさんも再脚光を浴びることになり、何が幸いするか分からないものだ。

民間企業はCMを自粛し、震災当初は民放局がすべて震災の特番でアナウンサーが腕のみせどころとばかりにアドレナリンを全開し競っていた。他人の不幸に・・・とまでは言わないが、ひねくれ者の私は不愉快な気分になった(阪神大震災の折故郷の神戸が壊れたのを見たくなかったし、好奇な目にさらされたくはなかった。だから壊れた東北の姿も見たくない)。俄か総NHK化に対し、民放こそが自粛し、NHKに応援に行けばいいではないかと悪態をつきたくなった。

世の中の動きや消費者の嗜好が分かるCMの自粛は長すぎた。かえって世相が暗くなり沈鬱になった。

 TVCMは民間企業の販促やイメージアップ手段には違いないが、暗い世相に勇気づけるものもある。私は取引銀行の支店に電話をかけ、桑田佳祐さんが歌う「月光の聖者達」(『・・現在(いま)はどんなにやるせなくても、明日は今日より素晴らしい。・・』)を使った銀行CMは今の世相にマッチしているので遠慮せずCMを再開してはと言った。

 

長らくの不況下広告収入が減るに伴い取材コストも抑えられ、ニュースもワイドショーの内容もみな似たり寄ったり。

 番組で毎週観たいと思うのはテレビ東京の土曜日番組「アド街ック天国」とその後の『美の巨人たち』ぐらい。BSにて映画やボクシング等を観ることが多くなり、以前よりCMを見る機会は減ってしまった。


2012.6 NO.12 Pen is  と Penis

 

一字違いと言えるか分からないが、今回は英語を取り上げた。しかも下ネタだ。

  The pen is mightier than the sword(ペンは剣よりも強し)

  The penis mightier than the sword  (剣より強いペニス)

 上記は神戸高校の国語授業中先生から教わった。駄洒落が好きな先生で、次のフレーズも忘れられない。

 「(句点)でダメならまるでダメ。 (読点)でダメならてんでダメ。」

 40年以上の前のこと。こんなくだらないことしか覚えていない。国語以外の時間も同じで、ほとんど授業内容は記憶にない。とにかく授業中先生の話を聞いていない。眼を盗んで弁当を食べているか、半分寝ているか、ぼ~っと好きな女の子のことを考えているか。とにかくうわの空で、一度数学の授業で先生に私のカバンで思い切り頭をなぐられたこともあった。

 中高一貫教育の灘高等私学と違って授業の進み具合が遅く、大学受験に間に合わない。自分で先に先にと家で勉強していた。参考書には答えが載っている。大学入試テストの過去問も後に答えが掲載されている。大した大学も出ておらず偉そうなことは言えないが、塾も家庭教師も不要だった。



 こういう答えのある世界でのチャンピオンが東大生だ。とりわけ東大法学部(理系なら医学部)。聞けば、法学部の中でも「公法」と「私法」とのランク付けがあるらしい。

『官愚の国』の著者は、同じ東大卒の大蔵キャリアでありながら理系出身のため本流の法学部卒に長年に亘って相手にされなかった積年の恨みを同著で晴らしている。実社会には答えがない。正解がない。だから、答えのある学業の世界でのチャンピオンが必ずしも実社会のチャンピオンであるとは限らないと著者は力説する。

 現行キャリア制度は、譬えて言えば、国語、英語、数学3科目とも90点計270点のバランスのとれた東大秀才タイプを欲する。国語100点、英語100点、数学50点の天才肌は総点数で負けるが、実社会では勝るとも劣らない能力を発揮できるのだが。

 元々明治維新以降の「薩長に非ずんば人にあらず」という風潮に対抗するために出身地と関係のない学閥が登場したとされる。それが嵩じて東大法学部出身者を中心とする日本のエスタブリッシュメントが形成された。その中核が国の官僚組織であり、キャリア官僚という特権階級であるのだが、元外交官春江一也氏は小説『プラハの春』の中で権力というものは腐敗すると書く。

既得権益・既存秩序を守りたいエスタブリッシュメントとしては、東大出であれば逮捕されなかったものをと言う田中角栄元首相の怨念を受け継ぎ、ドラスティックに変革させるかもしれない小沢一郎代議士の総理大臣就任の芽を未然につぶし事なきを得た(無罪判決でも元には戻れない)と見えた。が、しかし、あろうことか東大法学部卒の現役キャリア官僚から内部批判が出てきた。経産省の古賀茂明氏(昨年9月末に退職)だ。古賀氏の著書『日本中枢の崩壊』、『官僚の責任』の中で、公務員制度改革(キャリア制度の廃止、人事評価・実力主義への移行)等を訴えている。

 

私は、すべてのキャリア官僚が腐っているとは思わない。東大法学部卒の、答えのない世界でも力を発揮する優秀な方がいるハズだ。その者が民間大企業の社長でなく、天下国家のために大所高所に立ってリードするのは結構なことだと思う。

 天下りの問題にしても、一面だけを取り上げて大衆の嫉妬心を煽るTV番組の司会者などマスコミに組するつもりはない。

 同じ年に生まれた中で一番賢い人が公僕となり日本のために力を発揮し、成果をあげた(判断は難しいが)とするならば、大企業のトップの報酬と生涯報酬で追いつき肩を並べるのはある意味当然だと思う。今どき立派な勲章だけでは喜ばない。そうでなければ国家公務員を志望する学生が減っていくかもしれない。

 キャリアとノンキャア(俗称ノンキャリ)の給与体系が同じで区別がなく、特定の者を大幅にあげると下も上げないと給与体系がいびつになってしまうので、関係団体等に天下りすることで調整してきたのであろう。

 急に天下りはダメといわれると生涯報酬を見込んでいたキャリア官僚はそれはないよと憤慨もするだろう。現行の給与体系の中で解決しようとすると人件費が膨らみ、それこそ人員削減が必要になるだろう。それを含めて天下り問題を論議すべきだろう(来年度国家公務員新規採用2009年比56%削減は筋違い)

 国家資格もなくノンキャリ未満の私が言うのもなんだが、そもそも公務員は公僕であって下僕ではない。行き過ぎや不正は当然糺すべきだ。が、民間が高度成長期を謳歌しているとき官のことは歯牙にもかけなかったのに、官の給料が民間より上回るのはけしからんという今の論調には違和感を覚える。

マスコミも、時代にあわない既得権を剥ぐのもいいが、高い志を持って入省した優秀な頭脳集団がなぜそれに見合う国益に沿った大きな働きが出来ないのかそれにもっと焦点を当てるべきではないか。



問題の核心は、別々のところで二度とても優秀とは言えないキャリアOBと関わった経験(私憤を晴らすつもりはないので仔細は記載しない)からすれば、①できの悪いキャリアまで終身処遇する慣習(結束を固め省益に寄与するが、国益には資さない)と、②外務省の佐藤優さんのような異能な人がノンキャリの枠に押し込められ、キャリアが夜郎自大に陥りやすい現代の身分制度(キャリア、ノンキャリの慣習的区分)だ。その意味でなら、総理候補として賛否両論ながら人気沸騰の橋下大阪市長を後ろ盾として古賀氏がこれから何を変革できるのかを僭越ながら見届けたいと思う。






2012.5 NO.11  てんちょう と  てんちょう

 

 店長は“しがない”と揶揄しているのではない。店長と支店長と求められている役割が違うのだ。

 ファーストフードなどの店長は20歳そこそこの若い人が多い。アルバイトの模範になり率先垂範するプレイングマネージャーだ。顧客に待たせないスピード感が要求される。片や銀行の支店長は、不惑の40歳代が多い。

 

 証券マンが株屋と呼ばれることがあるのに対して、銀行マンが銀行家とかすこし敬意を払われるのは、株価の変動リスクは顧客が負う(顧客が得しても損しても手数料が証券会社に入る)のに対して、銀行は貸し倒れリスクを自ら負うことに起因している。

 貸付担当になった若い頃よく上司から手形を割引(割引料を差し引いて手形を買い取る)するときは自分のお金を貸すというつもりで手形を見ろ、信用照会をしっかりしろとよく教えられた。商取引の裏づけのない手形を割引すると期日に不渡りになって戻ってくることになり、銀行の損失となる。

 警察官は人を見たら泥棒と思え。銀行員は決算書を見たら粉飾と思えと教えられた。

 支店長は融資できるか否かの決裁者で審査力が必要。分析力と長年に培われた勘が必要だが、ある意味それ以上に必要なのが、揺さぶりをかけられても動じない胆力。

 大手銀行はともかく中小企業や庶民との取引を中心とする銀行では、いろんな人がやってくる。一般市民からやくざ、総会屋、エセ同和、詐欺師まで。

 私が平成2年新宿支店長をしているとき、名をかたり差別意識を逆手にとるエセ同和に遭遇した。素性がよく分からない、返済が滞っている取引先から守秘義務違反だとして呼び出された。その頃私は40歳になったばっかりで突っ張っていたのか、あるいはポストがそうさせたのか(日頃女々しいとののしる妻は信じまいが)単身敵陣に乗り込んだ。外で待機した支店の運転手さんには1時間後に戻ってこなければ警察にと言い残して。筋の悪そうな取引先の連れが同席していて、こちらを非難する。あわよくば返済の免除とか目論んでいる。私は政治家や官僚のように遺憾と言うが非を認めない(仔細は記さないが、実際に悪くない)。業を煮やして、連れの男が、支店長は謝らないから同和の先生に来てもらおうと当時トランシーバーのような大きな携帯で呼び出した。こちらはすぐにエセだと分かったが、向こうも関西人相手では勝手が違ったのか、こちらがタンカを切って折衝を打ち切り帰った。その後もなにもなかった。

 やくざ稼業の方には誠実さをもってしかもしっかりとお断りした。慇懃無礼はもってのほか。プライドを傷つけ損得勘定抜きにやられたらひどい目に遭う。向こうも商売だから時間をかけても取れそうもない所より早そうなところに注力する。逆に、蛇の道はへびで、一旦あそこの支店長はいい鴨だと広まるとろくなことにならない。


なお、私が心配しても仕方がないが、この度の暴力団排除条例を盾に預金まで断るとなるとそのお金は一体どこに行くのだろう。まさにアングラマネーだ。

 総会屋とか新聞屋とか呼ばれる人は支店よりも本店に来る。20年も前の話。本店に来て、たとえば「株主総会で△△するぞ!」と言えば、応対した警察OBの総務担当者は、株主総会で△△するぞ!と復唱しながらノートに書き留める。それを見て、相手はあわてて「一般論でんがな。そういう話もあると言っているだけやがな」と言って冷や汗をぬぐう。

その警察OBはいつもにこやかだが、ひと度事が起きると鬼の形相に変わった。さすがその道のプロは違うと感心したものだ。

 

銀行には店の格に応じて貸出権限が支店長に与えられている。新米の支店長は私が居た銀行では正式には支店長心得と言い、心得違いだと支店長から降格させられる。支店長心得は店格の一番低い住宅地店舗に赴任することが多いが、支店長の一存で無担保で貸せる金額は1百万円でしかない。それは、うろたえて脅し取られる金額は1百万円が限度ということも意味する。

 支店長には、世間を知り、胆力を養う時間が必要なのだ。

2012.4  NO.10   UMA と  TUMA

 ここで言うUMAとは馬のことではない。

Unidentified Mysterious Animaとは謎の未確認動物のことで、雪男や日本の

河童はこれに属する。UMATがつくと、確認できているがまことに不思議な生き物となる。つまり妻だ。

通常言い合いしてもすぐに折れる我妻がさらに突っ張ってくる。ハタと気が付いて、笑いながらゴメン、ゴメンと言うとさらに怒りだす。毎月同じ繰り返しだ。

喰い意地が張っているだけなのに、太ったのをダメ亭主からのストレスのせいにする。ストレスで体を壊す人が多い中でストレスまで肥やしにするとはあきれるほかはない。

とっくに忘れていた昔の些細なことを持ち出してはねちねち攻めてくる。女の記憶力はどうなっているのだろう。

愚妻はよく電気、テレビを付け放しで1時間も2時間もうたた寝している。それなのに

私が風呂に入ると、あわてて追っかけてきて、脱衣場の電気を消す。たった10分前後なのに。指摘すると反論してくるが、愚妻の自分を正当化する理由は理解不能だ。

 文字通り粉飾を落とした素顔を見ると、本当に我妻なのかと思うときがある。かわいかった妻は宇宙人にさらわれたのではと。電話で妻の声を聞いたときは昔のまま、我妻だと実感できる。これからは電話で話そうと言ったら、二度と憎まれ口がたたけないようにとほっぺを思い切りひねられた。昔はそんなことはしなかった。やっぱりエイリアンに違いない。


我妻みたいな人間ばっかりだったら、警察は要らない。まとも過ぎて変わっている。

 他人の嫌がることは言わない、しない。仕事は怠けない。うそはつかない(私以外には)。他人を思いやる。お金の無駄遣いはしない。法に触れるようなことはする訳がない。すべて教科書どおりでバカ正直だ。

悩む経営者二世達が多く集まる、宗教色の濃い啓発セミナーに行ったことがある。義理があり夫婦で参加したのだが、「何がありがたいの。当たり前のことばかりじゃないの」と妻は不満顔。その当たり前のことがみんなできないんで、悩んでいるんですがね。

朱に交わればと言うが、正反対の私と交わっても、なかなか悪貨が良貨を駆逐するといった感じにはならない。ようやく、電車の優先席がガラ空きな時は座るようになった。1mぐらいの幅しかないところの信号は私と一緒の時は赤でも渡るようになったぐらいだ。

亡き岳父に似ているのだが、その岳父は生前飲み屋で警察官に間違われた。妻は本当はかなり短気なのだが、みんな笑顔に騙されている。知っているのは私と義母ぐらいだ。


短気とはいえ妻は心根が優しく、弱虫だ。職場でも若い女性にも口に出して注意ができない。若い男子にはいいオバサンが逆に泣かされてしまう始末。

 娘は妻の子供なのでこれまた心優しく気が弱い。中学生の時クラスに浮いている子がいていじめられていた。娘はかばっていたのか一緒にいじめの対象になった。クラス替えを希望していたが言えず、先生も勘違いしていてその子とずっと一緒だった。卒業するときはその子の親御さんにとても感謝されたそうだ。娘はいじめられていたことを私達両親には話さなかった(心配をかけさせたくなかったのか)

 わざと人を怒らして喜ぶイヤな奴と妻に言われる私は妻と娘をおデブとおバカと呼ぶ。おバカな娘は「私の名前はおバカじゃない。〇〇〇というちゃんとした名前があるんですぅ」と名付け親の私に文句を言う。

 おバカでも自分の性格や能力をよく考えていて、専門の短大を出て介護福祉士の資格をとった。今デイサービスに努めているが、介護は志がないと務まらない仕事。さすが我が子と思うが、きつい仕事なので父親としては複雑な心境だ。


 おデブもおバカも好き放題ボロクソに言える相手は、この広い世の中で、私しかいない。

我が家では私はストレスをぶつけられる忠犬ポチの役割なのだ。男は辛いよ、トホホと言いたいところだが、辛抱、遠慮ではなく、わざと怒らせストレスを吐き出させる深謀遠慮なのだ。 

2012.3  NO.9 ダム と ダム

 

 アダムは、ユダヤ教、キリスト教の基になる旧約聖書『創世記』に出てくる最初の人間。サダムはイスラム教国イラクの元大統領。

キリスト教もイスラム教も「ご利益があるなどとは言わない。どちらも戒律だけを求める立派な宗教だからこそ、2千年も続いているのだろう」と某宗教評論家は言う。ともに一神教で相容れないのかもしれないが、元々親戚なのだから上手く棲み分けてもらいたいものだ。

 

旧約聖書ではアダムからイブは生まれたが、生物学的にはイブからアダムが生まれたとする。受精卵から胎児になる過程で最初は皆女性であるが、途中からY染色体により男性に変わっていくのだという。

 女性のミトコンドリアDNAを遡っていくと一人のイブにたどり着く。男性もY染色体により一人のアダムにたどり着くが、イブよりも8万年以上も後のことだという。イブからアタムが生まれたことの一つの証左にもなろう。

 

私自身は無論無神論。神に頼らない。神の存在を必要とする生身の人間に頼る(とくに妻に)

平成7年に起きた神戸の大地震のときには、神戸に地震が起きるなど44年神戸に在住して一度も聞いたことがなかったこと。自分自身は前年の平成6年に神戸を捨て居を東京に移したことを負い目に感じたことから、やり場のない怒りがこみ上げた。地震で壊れた生田神社(藤原紀香さんの結婚式場)TVで見て、神社に八つ当たりし、もう浅草寺・神社をはじめ初詣ですらどこにも行っていない。

昨年の東日本大震災の被災地にもたくさんのクリスチャンがいるハズだ。さぞかし激しく神に問いかけているのではと思ったが、テレビで医師のクリスチャンが穏やかに話していた。「試練は続くもので神を信じればこそ強く生きていける」と。正に信じる者は救われる。

 やくざから牧師になった人の本を前に読んだことがあるが、神に頬を叩かれたと書いてあった。私は中学2年のとき授業中に金縛りにあった。技術の先生が怖かったのだが悪魔だとは思わない。私は人が良心と向き合うときに心の中に神が現れたと感じるのだと思う。

 神や天国があると思う人はそれもよい。お互い立証不能だから。信じるか信じないかはあなた次第です。違った、これは都市伝説か。 


私は平成210月から2年間銀行の証券部にいた。部の人からは証券部のサダム・フセインと陰口をたたかれていた。理由はこうだ。①ワンマンである。②居場所がよく分からない。③失脚寸前。

 第1次湾岸戦争の頃である。クェートに進行したイラクに対してアメリカ等が攻撃をしかけたとき、新幹線で東京から帰る途中で知ったが、予定どおり「遠い戦争は買い」のスタンスを指示し、事なきを得た。

サダム・フセイン元大統領本人は第2次湾岸戦争の後洞穴から引きずり出されて情けなかった。同じくアメリカに負けた東條英機元首相も国民に「生きて虜囚の辱めを受けず」を強要しながら、自裁に失敗し生き恥をさらした。軍神広瀬中佐が愛した姪の馨子の娘高城知子さんが書いた『広瀬家の人びと』の中にも元首相の自殺未遂について当然ながら冷ややかに書かれている。

だが、為政者たるもの公衆の前では毅然とするものだ。東條元首相も戦勝国による東京裁判では論陣を張り立派だったと聞く。

サダム・フセイン元大統領も絞首刑の時は恐怖で髪の毛が逆立っていたが、目隠しを拒否するなど毅然と振舞っていた。その模様を放映したのはアメリカの誤算となってしまったようだ。

そのためもあるのか、今回のオサマ・ビン・ラディン指導者の亡骸を見せない。報道が正しいとすれば、子供の前で顔面に銃弾を浴びせたという。指示したのが、キリスト教圏現宗主国アメリカの大統領だ。

20122 NO8  ンセイ と  ンセイ

 

 アフガニスタン次期大統領との呼び声が高いフォージア・クーフィ女史が書いた『わたしが明日殺されたら』を読んだ。父と兄が殺され、女史自身も幾度となく死地をさ迷うも神からの使命を感じ、女性差別がひどいアフガニスタンで大統領を目指す。常にタリバンに命を狙われる女史が二人の娘さんに宛てた遺言書にもなっている。

女史の半生に比べてなんと凡庸でつまらない人生かと思う。さりとてかけがえのない私の人生でもある。

私は一つの仕事を生涯探求できる職人気質ではないようだ。一度きりの人生であるが、根は飽き性なので、環境を大きく変える方が新生したとして新鮮な気持ちで生きていける。銀行を辞める前後にそう考え、人生88年と設定し四季になぞらえた。

 春は学業に専念し、夏は銀行員として営利を追求し、実りの秋は非営利活動に従事し、そして死への準備の冬を迎えたいと。


わが人生の夏の時期、昭和60年の6月までの4年間組合の専従をしていた。銀行の組合は御用組合と言われるかもしれないが、それでも当時徹夜交渉等それなりに激しく銀行側とやりやっていた。賃値上げ交渉等では頼まれたわけでもなく怒らせ役を私は買って出ていた。銀行側からの意見に対して反論できず黙っているとそのまま押し切られるので、私がよく反論した。緊張もするしアドリブなので、ともすれば言い方がきつくなった。銀行側の代表は大蔵省から天下りのTさん(当時専務)で、東北の副知事時代に組合交渉で苦い思いをされたらしく、私がアカだとして外せと言っていたらしい。組合を卒業したときこの先どうなるかと案じたが、杞憂でむしろ厚遇してくれた。人事部には毀誉褒貶にとらわれず自らの役割を果たしただけと評価してもらえたのかもしれない。Tさんも私が組合を出てからは人となりを理解してくれたのか好意的に接してくれたように思う。

先輩かつ麻雀仲間の役員達がなにかとかばってくれていたようだが、数少ない私の理解者はもうこの世にいない。平成5年末銀行を退職するときの人事担当だったO専務は平成8年前後胃がんで50歳を前に他界した。銀行を辞める時きつい仕打ちを受けたが、陰では心配してくれていたそうだ。マイペースと思われたI専務も食道がんで動脈瘤が破裂しその年相次いで亡くなった。銀行が傾城していくストレスが急速に癌を増殖させたのだろう。もう一人のH専務も昨年人知れず癌で亡くなったという。残ったのは私一人。次は私かと思っていたら前立腺がんの疑いが濃いのが分かった。

 5年程前初めて前立腺腫瘍マーカー(PSA)を測ったが、すでに値が4を超えていた。癌の疑いはあるものの、前立腺肥大でも数値はあがるので、専門医に行かず様子を見ていた。グレーゾーン(PSAが410)を超えれば、専門医に行こうと思っていたが、その前に尿道からかなりの出血をみた。

 やむなく泌尿器科に行きMRIで撮ると癌ができやすい外腺部分に黒い影があり、担当医も癌の可能性が高いと言い、私も局所進行がんを覚悟した。

前立腺がんはある意味特殊で、通常の一細胞が症状が出るほどに大きくなるには40年かかるという。20歳の青春時代からともに歩んできたことになる。雉も鳴かずば撃たれまい。もう少しおとなしくしてくれていたら、偕老同穴できたかもしれないのに。やむを得まい。トモセラピーという放射腺治療で癌細胞を攻撃しようと思ったのだが。

癌と確定させるべく生検(直腸から前立腺に向けて12本の針を射ち細胞を採取。蜂の巣にされ血まみれなるので検査というより手術に近い)を受けたところ、問題の箇所からは癌が発見されず、通常前立腺肥大するところの内腺部分から癌が1つだけ発見された。

うれしい誤算というか、この癌はラテントがん(「潜在がん」とか「がんもどき」とも言う)かも知れない。骨シンチーとか転移の有無も調べた結果問題もなく、最終的に待機療法(経過観察・・生活の質を落とす治療の時期を見極める)を自ら選択することとなった。

 とはいえ、虎と比喩する本物の癌の可能性は消えたわけではなく(現医療技術では虎か猫か判別できない)、問題を先送りしただけかもしれない。とりあえず人生スケジュールを前倒し喜寿77歳までとすることにした。

 

ささやかな人生でも生きた証を残したく、元気なうちにブログエッセイを書くことにした。

もともと冗談か厭味しか言わず、まともに子供と向き合うことはなかった。3人の子供がまっとうに育ったとしたらそれはひとえに妻のおかげだ。

子供達にとっては銀行を辞めて貧乏になったとしか理解していない。銀行をなぜ辞めたのか。駄目オヤジでも矜持はあったのか遺言として本ブログを子供達に読んでもらえればそれで十分だ。

20121  NO.7 ロハ と ロハ

 

 昨年の29日~13日旧婚旅行で妻とハワイに行った。

 30年前私たち夫婦は結婚した。新婚旅行でハワイに行きたかったが、当時1$が2百円台ということもあり、今よりかなり旅行費用が高額だったと記憶している。

母親に貧乏人のくせにと反対され、アンタには言われたくないと思ったが、当時銀行に勤めて8年にもなるのに貯金もなく(今もないが)三十路の半人前の身としては逆らえず、南九州・沖縄の国内旅行に変えた。同様に結婚式場も当時神戸で一番格式の高かった神戸オリエンタルホテルをキャンセルし(予約手付けの5万円もフイにし)、県の施設で結婚式をあげた。妻がマリッジブルーにならないかと心配したが、さすが太っているだけのことはある。すぐに気を取り直して連れ添ってくれた。

新婚旅行で行けなかったリベンジに30年もかかってしまったが、加山雄三さんがメインボーカルの『座・ロンリーハーツ親父バンド』の歌詞じゃないけれど「いろいろありまして、切ないながら生き抜いて、や~っとこうして」ハワイ(ホノルル)に行くことができた。

リベンジということもあり、背伸びしてハレクラニ(天国の家)ホテルに宿泊した。

着いた日夕食に出かける前に明朝のチップを忘れてはいけないとテーブルに1$紙幣3枚を置いて出たが、部屋に戻ってくるとなくなっていた。ベットメイキングが朝夕2回あるのを忘れていた(チップは11回でも可らしい)。調度品等ハード面はいたってシンプルで、こうしたソフト面のサービスと表通りの喧騒から隔絶された静かな立地が5つ星なのであろう。

ホテルの中庭では夕暮れ時からバンド演奏が始まり、元ミスハワイによる優雅なフラダンスを見ながら定番の肉厚ポテトチップスとチチというカクテルを賞味しハワイに来たのだという実感に浸った。

妻はハワイというと泳ぎたいと言う。普段このお腹なんとかならないかしらと言っているオバサンなのに。水着姿を想像するだに恐ろしい。知り合いの太った奥さんも同じことを言うらしいから、男の理解を超えている。

それで現地の初心者ツアーコースに参加し、東海岸を中心にダイヤモンドへッドや旧石原裕次郎邸や、パールハーバー等を廻ったが、ガイドが特別にと案内してくれた元横綱曙関の実家近くの海岸はエメラルドグリーンの海と白砂のコントラストがすばらしかった。我々のツアー以外の観光客はおらず、現地の人か旦那は本を読み、奥さんは甲羅干していた白人カップルが一組居ただけだ。

ワイキキは砂をよそから持ち込んだ人工の砂浜で海水もきれいと言えない。ここは日本人の観光ルートには入っていないとガイドが言っていた。さもありなん。入れ替わり立ち代り大勢でおしかけて来られたらすぐに汚れてしまうだろう。

 

オアフ島のホノルルは、いわば中国の香港みたいで、自然を満喫するならハワイ島の方が断然よい。私自身は銀行員のとき過去2度ハワイ諸島に行っており、20年前になるがハワイ島に寄った。南国特有の花が咲き誇り、クルージングでは沈む夕日が美しく、ずっと滞在していたいと思った。もっとも、渓谷をヘリコプターで観賞したときは、ヘリの音がすごいのと怖さで、景観を楽しむどころではなかった。

 ハワイ島からホノルルに帰る飛行場で、うろ覚えで、感謝の意を込めてマロハ!と現地の女性に声をかけた。すると笑顔だった彼女が急に顔を強張らせ睨んできた。何で?と聞くと、マロハじゃなくて、マハロだよと教えてくれた。マロハとはどうもウスノロといった悪い意味のようだ。

 桂三枝師匠のいらっしゃい!はアロハで、アホの坂田師匠よろしく返礼する、ありがとさ~んはマハロで、マロハではない。

 英語が堪能な人にとってはハワイなど外国ではないと言う。しかし、我々のような者にとっては日本語が通じるのは何より嬉しい。20年前より治安もよくなっているみたいだ。

 新婚の長男夫婦に子供が出来たら、孫と一緒にハワイのディズニーリゾートに行きたいと思っている。


201112  NO.6  わらわる  わらわ

 

芸人はお客を笑わせても、お客から笑われてはいけないという。

 芸人と芸能人との違いは何か。漢字で言えば芸人には能がない。しかし、実際は芸人に能が必要なのだ。芸能人はかわいいだけでもなることがありうる。お笑い芸人に能()がなければお客を笑わすことはできない。

 

笑わすことは大変なことだ。白鳥と一緒で見えないところでネタづくり等に苦心する。

 笑うのは長生きの秘訣といわれるが、笑わせるのは長生きできない。喜劇王と呼ばれる人たちはみな短命だ。落語家の初代林家三平師匠は54歳。コメディアンの三波伸介さん、東八郎さんはともに52歳。喜劇役者の藤山寛美さんは60歳でこの世からおさらばしている。渥美清さんは68歳まで生きたが、平均余命には遠く及ばない。

 子供達に笑いや夢と感動を与える漫画家も短命だ。巨匠と呼ばれる手塚治虫氏、石の森章太郎氏はともに60歳。藤子・F・不二雄氏は62歳。皆命を削って喜ばせているのだ。

 

ヘキサゴンⅡというTV番組があった。出演者すべて地ではないと思うがこんなことも知らないのかと視聴者に笑われている。バカさかげん、無教養をさらけ出し、それをMCが小バカにし悦に入っている。テレビ離れを助長するだけだと思っていたら、紳助さんの引退とともに終了した。後ろ盾を失ったおバカキャラタレントもこれからが正念場だ。

お笑い芸人は顔が悪くても声がいいと売れるという。渥美清さん、坂上ニ郎さん、三波伸介さんなど皆声がよかった。顔が悪いというのは個性。声がいいとかは売り(特技、特性)になるのだろう。他人を笑わすことは私も嫌いではないが、顔も声も悪いので芸人にはなれない。


私自身も自慢するほどのものでもないが、個性+売り(特技、特性)=only oneで上手くいったことがある。

 平成元年5月に「すみれの花咲く頃」の歌でおなじみの某歌劇団があるところの支店長になった。支店経験が少ない、直言居士の私に支店長が務まるか周りは心配していたが、とっちゃん坊やの風貌や支店経験が少ないことがかえって幸いして、取引先は勝手に私が本店から箔付けに支店に来たエリートと思い込んだ。美しい誤解はわざわざ解く必要がない。いろんな取引先から「支店長、預金してあげるわ」と声がかかる。住宅店舗(預金獲得をメインとする店)なので支店長は大喜びするのが普通なのだが、私は「預金など要りません。お金を借りてください」と言う。取引先は「面白いこと言う支店長やな。そやけど金要らんけどな。まぁええわ、借りたるわ」と応えてくれる。長期運転資金の名目で多くの取引先にお金を借りてもらった。

バブル末期の頃、お金には色がついていないので、中には愛人に廻ったかもしれない。だが、当時華やか街とはいえ田舎で、土地を捨てて逃げる人もいないので安心していた。貸付に強いというのを売りして、取引先にかわいがってもらった。業績は預金も貸金も順調に伸びた。

 ただし、支店長の評価というものは「業績」と「検査結果」との2つある。いくら業績がよくても、検査結果が悪ければ落第。内部規定どおり運営されているか、権限を越えた行為はないか、債権保全に不備はないか自行検査部の臨店検査の結果も大事となる。

 私は支店経験が少ないこともあり年上の役付に任せていた。わざと足をひっぱるとの意図はなかったと思うが、彼は不備のまま抱え込んで翌正月の臨店検査に臨んでしまった。当時私は傍若無人で(現在所属する団体のK専務理事なら今もそうだと言うかもしれないが)上ばっかり見ている嫌な奴と思われていたのだろう。

 検査結果は惨憺たるものであったが、新宿支店長への転勤が決まっていたこともあり、検査部長が上手くとりなしてくれた。逃げるようにして私は平成22月上京した。

 しかし、人の口に戸は立てられない。僚店の支店長に笑われた。私のしょぼい職業人生の中でも一番しょっぱい思い出となった。 

 

201111    サイン と サイ

 

週刊文春の「疑惑の銃弾」というタイトル記事により、一転して悲劇の被害者の夫から妻殺しの被疑者になった三浦和義氏の事件はとっくに終わった事件と思っていた。

ところが、2008年にアメリカ自治領のサイパンで三浦氏がロス市警に逮捕された。20数年間ロス疑惑の犯人を追っていたとはロス市警の執念に驚かされた。

サイパンの裁判にてロサンゼルスへ移送できるか否か一事不再理をめぐって争っていたが、結局日本では審理されていない殺人共謀罪でロサンゼルスへ移送された。その留置場で三浦氏が亡くなっているのが発見され、日本の弁護士サイドは他殺と主張した。

 死なれて一番困るのはロス市警の方である。ロス市警の目的は、疑惑の仮面を剥ぎ取ることであり、それが分かるがゆえに三浦氏は自裁したのではないか。敵対してきたロス市警に対する最後屁として(こういう先入観と独断の私などは裁判員に向かない)


 妻が勤める会社の営業係長に裁判員としての出頭通知が来た。日頃オーナーの思いつきに振り回され社員が疲弊気味の中一人奮闘しているというのに。本人は複雑な心境だろうが、戦前の赤紙のような悲壮な覚悟は要らない(人の命を奪うことがあっても自身の命は奪われない)。最後は選ばれたという一種優越感が勝って出頭するだろう。

 遅まきながら調べてみた。中小企業を巻き込み、裁判員コストに税金を投入する裁判員制度とは何か?

 司法改革をめぐって既存秩序の枠組みを固守したい最高裁サイドと陪審制度の導入を要求して攻める中坊さんや日弁連とが対立する中裁判員制度という鬼手が放たれた。日弁連の推進派は陪審制度への大きな一歩と勝手に解釈し相乗ったものだから、あっという間に国会を通過。かくして呉越同舟の司法船は出帆した。

 しかし、海は大荒れだ。法律のプロが作った制度なのにネット上で疑問、問題点、批判がオンパレード。国民が求めていないものを権利ではなく義務として押し付けるのだから訝るのは無理もない。将来の徴兵制への布石かとのうがった見方まである。

推進派の論拠も希薄で頼りない。主権在民だからといって何でも国民が自分でしないとダメという論旨は無理がある。ましてや控訴審で覆されることもある。司法の良心?を曲げてまで裁判員の一審は尊重されない。

 欧米ではどこでも陪審制度等を導入しているからとの主張もある。マスコミや大勢に流されやすい「大衆」という市民に裁かれたくないと思う人は私だけではないだろう。

 小泉元首相や竹中教授のように欧米か!とツッコミを入れられる人はいるけれど、今やアメリカや民主主義を諸手を挙げて礼賛する時代ではない。

開拓時代にリンチ(私刑)が行なわれていたアメリカで陪審制度が導入されたのは自然の流れだろう。私はトムハンクス主演の映画『グリーンマイル』(白人達が見つめる前で無実の黒人が電気椅子にかけられる)を想起して嫌いだ。

貿易なら世界共通のルールが必要だろう。しかし、国内の裁判制度まで国の生い立ちや民族性の違う欧米先進国に合わせる必然性はない。

世界が羨む日本の「和」の精神に、「人が人を裁く」は馴染まない。

アメリカは神が人を裁く。人が裁く段階はいい加減だ。OJ・シンプソン事件しかり。

 日本は法が人を裁く。法の子(裁判官)が素人でよいハズがない。

司法の監視という点では、個々の裁判に関わらなくとも、検察審査会(透明性が問題視されているが)のように、おかしな裁判については国民も参加して弾劾できる弾劾制度に改変すれば足りるのではないか?

 違う意味で「命」に関わる医師の診断はどうか。『私はサラリーマンの経験がないから、この会社員は本当に鬱でしょうか? 『末期癌から回復された貴方ならこの癌患者の余命をどう判断しますか?』と素人に聞くわけがない。 素人の参加を医師会が認めるとは思えない。

難関の司法試験を夢半ばで諦めた人たちは今の裁判員制度をどう思っているのだろう。「ど素人を使うぐらいなら自分達が参画する参審制を採用すべきだ」と思うのか。

現場の裁判官は沈黙を通している。万が一、下下の理解に下下の参加を必要とするならば、裁判員コストを負担すべく職業裁判官としての報酬の一部を返納するのが筋だろう。

古い日本人は子供の頃から大岡越前や遠山の金さんの名裁きに拍手喝さいしあこがれた。

裁く「お上」の信頼が揺らぐ時、真の改革をせず、大掛かりに批判の矛先をかわすだけなら、「お主も悪よのう」とほくそえむ悪代官を思い浮かべる。

今からでも遅くない。陪審制度なんかとんでもないというのであれば、裁判所の問題は裁判所の内輪で一件落着させてもらいたい。