2012.4  NO.10   UMA と  TUMA

 ここで言うUMAとは馬のことではない。

Unidentified Mysterious Animaとは謎の未確認動物のことで、雪男や日本の

河童はこれに属する。UMATがつくと、確認できているがまことに不思議な生き物となる。つまり妻だ。

通常言い合いしてもすぐに折れる我妻がさらに突っ張ってくる。ハタと気が付いて、笑いながらゴメン、ゴメンと言うとさらに怒りだす。毎月同じ繰り返しだ。

喰い意地が張っているだけなのに、太ったのをダメ亭主からのストレスのせいにする。ストレスで体を壊す人が多い中でストレスまで肥やしにするとはあきれるほかはない。

とっくに忘れていた昔の些細なことを持ち出してはねちねち攻めてくる。女の記憶力はどうなっているのだろう。

愚妻はよく電気、テレビを付け放しで1時間も2時間もうたた寝している。それなのに

私が風呂に入ると、あわてて追っかけてきて、脱衣場の電気を消す。たった10分前後なのに。指摘すると反論してくるが、愚妻の自分を正当化する理由は理解不能だ。

 文字通り粉飾を落とした素顔を見ると、本当に我妻なのかと思うときがある。かわいかった妻は宇宙人にさらわれたのではと。電話で妻の声を聞いたときは昔のまま、我妻だと実感できる。これからは電話で話そうと言ったら、二度と憎まれ口がたたけないようにとほっぺを思い切りひねられた。昔はそんなことはしなかった。やっぱりエイリアンに違いない。


我妻みたいな人間ばっかりだったら、警察は要らない。まとも過ぎて変わっている。

 他人の嫌がることは言わない、しない。仕事は怠けない。うそはつかない(私以外には)。他人を思いやる。お金の無駄遣いはしない。法に触れるようなことはする訳がない。すべて教科書どおりでバカ正直だ。

悩む経営者二世達が多く集まる、宗教色の濃い啓発セミナーに行ったことがある。義理があり夫婦で参加したのだが、「何がありがたいの。当たり前のことばかりじゃないの」と妻は不満顔。その当たり前のことがみんなできないんで、悩んでいるんですがね。

朱に交わればと言うが、正反対の私と交わっても、なかなか悪貨が良貨を駆逐するといった感じにはならない。ようやく、電車の優先席がガラ空きな時は座るようになった。1mぐらいの幅しかないところの信号は私と一緒の時は赤でも渡るようになったぐらいだ。

亡き岳父に似ているのだが、その岳父は生前飲み屋で警察官に間違われた。妻は本当はかなり短気なのだが、みんな笑顔に騙されている。知っているのは私と義母ぐらいだ。


短気とはいえ妻は心根が優しく、弱虫だ。職場でも若い女性にも口に出して注意ができない。若い男子にはいいオバサンが逆に泣かされてしまう始末。

 娘は妻の子供なのでこれまた心優しく気が弱い。中学生の時クラスに浮いている子がいていじめられていた。娘はかばっていたのか一緒にいじめの対象になった。クラス替えを希望していたが言えず、先生も勘違いしていてその子とずっと一緒だった。卒業するときはその子の親御さんにとても感謝されたそうだ。娘はいじめられていたことを私達両親には話さなかった(心配をかけさせたくなかったのか)

 わざと人を怒らして喜ぶイヤな奴と妻に言われる私は妻と娘をおデブとおバカと呼ぶ。おバカな娘は「私の名前はおバカじゃない。〇〇〇というちゃんとした名前があるんですぅ」と名付け親の私に文句を言う。

 おバカでも自分の性格や能力をよく考えていて、専門の短大を出て介護福祉士の資格をとった。今デイサービスに努めているが、介護は志がないと務まらない仕事。さすが我が子と思うが、きつい仕事なので父親としては複雑な心境だ。


 おデブもおバカも好き放題ボロクソに言える相手は、この広い世の中で、私しかいない。

我が家では私はストレスをぶつけられる忠犬ポチの役割なのだ。男は辛いよ、トホホと言いたいところだが、辛抱、遠慮ではなく、わざと怒らせストレスを吐き出させる深謀遠慮なのだ。 

2012.3  NO.9 ダム と ダム

 

 アダムは、ユダヤ教、キリスト教の基になる旧約聖書『創世記』に出てくる最初の人間。サダムはイスラム教国イラクの元大統領。

キリスト教もイスラム教も「ご利益があるなどとは言わない。どちらも戒律だけを求める立派な宗教だからこそ、2千年も続いているのだろう」と某宗教評論家は言う。ともに一神教で相容れないのかもしれないが、元々親戚なのだから上手く棲み分けてもらいたいものだ。

 

旧約聖書ではアダムからイブは生まれたが、生物学的にはイブからアダムが生まれたとする。受精卵から胎児になる過程で最初は皆女性であるが、途中からY染色体により男性に変わっていくのだという。

 女性のミトコンドリアDNAを遡っていくと一人のイブにたどり着く。男性もY染色体により一人のアダムにたどり着くが、イブよりも8万年以上も後のことだという。イブからアタムが生まれたことの一つの証左にもなろう。

 

私自身は無論無神論。神に頼らない。神の存在を必要とする生身の人間に頼る(とくに妻に)

平成7年に起きた神戸の大地震のときには、神戸に地震が起きるなど44年神戸に在住して一度も聞いたことがなかったこと。自分自身は前年の平成6年に神戸を捨て居を東京に移したことを負い目に感じたことから、やり場のない怒りがこみ上げた。地震で壊れた生田神社(藤原紀香さんの結婚式場)TVで見て、神社に八つ当たりし、もう浅草寺・神社をはじめ初詣ですらどこにも行っていない。

昨年の東日本大震災の被災地にもたくさんのクリスチャンがいるハズだ。さぞかし激しく神に問いかけているのではと思ったが、テレビで医師のクリスチャンが穏やかに話していた。「試練は続くもので神を信じればこそ強く生きていける」と。正に信じる者は救われる。

 やくざから牧師になった人の本を前に読んだことがあるが、神に頬を叩かれたと書いてあった。私は中学2年のとき授業中に金縛りにあった。技術の先生が怖かったのだが悪魔だとは思わない。私は人が良心と向き合うときに心の中に神が現れたと感じるのだと思う。

 神や天国があると思う人はそれもよい。お互い立証不能だから。信じるか信じないかはあなた次第です。違った、これは都市伝説か。 


私は平成210月から2年間銀行の証券部にいた。部の人からは証券部のサダム・フセインと陰口をたたかれていた。理由はこうだ。①ワンマンである。②居場所がよく分からない。③失脚寸前。

 第1次湾岸戦争の頃である。クェートに進行したイラクに対してアメリカ等が攻撃をしかけたとき、新幹線で東京から帰る途中で知ったが、予定どおり「遠い戦争は買い」のスタンスを指示し、事なきを得た。

サダム・フセイン元大統領本人は第2次湾岸戦争の後洞穴から引きずり出されて情けなかった。同じくアメリカに負けた東條英機元首相も国民に「生きて虜囚の辱めを受けず」を強要しながら、自裁に失敗し生き恥をさらした。軍神広瀬中佐が愛した姪の馨子の娘高城知子さんが書いた『広瀬家の人びと』の中にも元首相の自殺未遂について当然ながら冷ややかに書かれている。

だが、為政者たるもの公衆の前では毅然とするものだ。東條元首相も戦勝国による東京裁判では論陣を張り立派だったと聞く。

サダム・フセイン元大統領も絞首刑の時は恐怖で髪の毛が逆立っていたが、目隠しを拒否するなど毅然と振舞っていた。その模様を放映したのはアメリカの誤算となってしまったようだ。

そのためもあるのか、今回のオサマ・ビン・ラディン指導者の亡骸を見せない。報道が正しいとすれば、子供の前で顔面に銃弾を浴びせたという。指示したのが、キリスト教圏現宗主国アメリカの大統領だ。

20122 NO8  ンセイ と  ンセイ

 

 アフガニスタン次期大統領との呼び声が高いフォージア・クーフィ女史が書いた『わたしが明日殺されたら』を読んだ。父と兄が殺され、女史自身も幾度となく死地をさ迷うも神からの使命を感じ、女性差別がひどいアフガニスタンで大統領を目指す。常にタリバンに命を狙われる女史が二人の娘さんに宛てた遺言書にもなっている。

女史の半生に比べてなんと凡庸でつまらない人生かと思う。さりとてかけがえのない私の人生でもある。

私は一つの仕事を生涯探求できる職人気質ではないようだ。一度きりの人生であるが、根は飽き性なので、環境を大きく変える方が新生したとして新鮮な気持ちで生きていける。銀行を辞める前後にそう考え、人生88年と設定し四季になぞらえた。

 春は学業に専念し、夏は銀行員として営利を追求し、実りの秋は非営利活動に従事し、そして死への準備の冬を迎えたいと。


わが人生の夏の時期、昭和60年の6月までの4年間組合の専従をしていた。銀行の組合は御用組合と言われるかもしれないが、それでも当時徹夜交渉等それなりに激しく銀行側とやりやっていた。賃値上げ交渉等では頼まれたわけでもなく怒らせ役を私は買って出ていた。銀行側からの意見に対して反論できず黙っているとそのまま押し切られるので、私がよく反論した。緊張もするしアドリブなので、ともすれば言い方がきつくなった。銀行側の代表は大蔵省から天下りのTさん(当時専務)で、東北の副知事時代に組合交渉で苦い思いをされたらしく、私がアカだとして外せと言っていたらしい。組合を卒業したときこの先どうなるかと案じたが、杞憂でむしろ厚遇してくれた。人事部には毀誉褒貶にとらわれず自らの役割を果たしただけと評価してもらえたのかもしれない。Tさんも私が組合を出てからは人となりを理解してくれたのか好意的に接してくれたように思う。

先輩かつ麻雀仲間の役員達がなにかとかばってくれていたようだが、数少ない私の理解者はもうこの世にいない。平成5年末銀行を退職するときの人事担当だったO専務は平成8年前後胃がんで50歳を前に他界した。銀行を辞める時きつい仕打ちを受けたが、陰では心配してくれていたそうだ。マイペースと思われたI専務も食道がんで動脈瘤が破裂しその年相次いで亡くなった。銀行が傾城していくストレスが急速に癌を増殖させたのだろう。もう一人のH専務も昨年人知れず癌で亡くなったという。残ったのは私一人。次は私かと思っていたら前立腺がんの疑いが濃いのが分かった。

 5年程前初めて前立腺腫瘍マーカー(PSA)を測ったが、すでに値が4を超えていた。癌の疑いはあるものの、前立腺肥大でも数値はあがるので、専門医に行かず様子を見ていた。グレーゾーン(PSAが410)を超えれば、専門医に行こうと思っていたが、その前に尿道からかなりの出血をみた。

 やむなく泌尿器科に行きMRIで撮ると癌ができやすい外腺部分に黒い影があり、担当医も癌の可能性が高いと言い、私も局所進行がんを覚悟した。

前立腺がんはある意味特殊で、通常の一細胞が症状が出るほどに大きくなるには40年かかるという。20歳の青春時代からともに歩んできたことになる。雉も鳴かずば撃たれまい。もう少しおとなしくしてくれていたら、偕老同穴できたかもしれないのに。やむを得まい。トモセラピーという放射腺治療で癌細胞を攻撃しようと思ったのだが。

癌と確定させるべく生検(直腸から前立腺に向けて12本の針を射ち細胞を採取。蜂の巣にされ血まみれなるので検査というより手術に近い)を受けたところ、問題の箇所からは癌が発見されず、通常前立腺肥大するところの内腺部分から癌が1つだけ発見された。

うれしい誤算というか、この癌はラテントがん(「潜在がん」とか「がんもどき」とも言う)かも知れない。骨シンチーとか転移の有無も調べた結果問題もなく、最終的に待機療法(経過観察・・生活の質を落とす治療の時期を見極める)を自ら選択することとなった。

 とはいえ、虎と比喩する本物の癌の可能性は消えたわけではなく(現医療技術では虎か猫か判別できない)、問題を先送りしただけかもしれない。とりあえず人生スケジュールを前倒し喜寿77歳までとすることにした。

 

ささやかな人生でも生きた証を残したく、元気なうちにブログエッセイを書くことにした。

もともと冗談か厭味しか言わず、まともに子供と向き合うことはなかった。3人の子供がまっとうに育ったとしたらそれはひとえに妻のおかげだ。

子供達にとっては銀行を辞めて貧乏になったとしか理解していない。銀行をなぜ辞めたのか。駄目オヤジでも矜持はあったのか遺言として本ブログを子供達に読んでもらえればそれで十分だ。

20121  NO.7 ロハ と ロハ

 

 昨年の29日~13日旧婚旅行で妻とハワイに行った。

 30年前私たち夫婦は結婚した。新婚旅行でハワイに行きたかったが、当時1$が2百円台ということもあり、今よりかなり旅行費用が高額だったと記憶している。

母親に貧乏人のくせにと反対され、アンタには言われたくないと思ったが、当時銀行に勤めて8年にもなるのに貯金もなく(今もないが)三十路の半人前の身としては逆らえず、南九州・沖縄の国内旅行に変えた。同様に結婚式場も当時神戸で一番格式の高かった神戸オリエンタルホテルをキャンセルし(予約手付けの5万円もフイにし)、県の施設で結婚式をあげた。妻がマリッジブルーにならないかと心配したが、さすが太っているだけのことはある。すぐに気を取り直して連れ添ってくれた。

新婚旅行で行けなかったリベンジに30年もかかってしまったが、加山雄三さんがメインボーカルの『座・ロンリーハーツ親父バンド』の歌詞じゃないけれど「いろいろありまして、切ないながら生き抜いて、や~っとこうして」ハワイ(ホノルル)に行くことができた。

リベンジということもあり、背伸びしてハレクラニ(天国の家)ホテルに宿泊した。

着いた日夕食に出かける前に明朝のチップを忘れてはいけないとテーブルに1$紙幣3枚を置いて出たが、部屋に戻ってくるとなくなっていた。ベットメイキングが朝夕2回あるのを忘れていた(チップは11回でも可らしい)。調度品等ハード面はいたってシンプルで、こうしたソフト面のサービスと表通りの喧騒から隔絶された静かな立地が5つ星なのであろう。

ホテルの中庭では夕暮れ時からバンド演奏が始まり、元ミスハワイによる優雅なフラダンスを見ながら定番の肉厚ポテトチップスとチチというカクテルを賞味しハワイに来たのだという実感に浸った。

妻はハワイというと泳ぎたいと言う。普段このお腹なんとかならないかしらと言っているオバサンなのに。水着姿を想像するだに恐ろしい。知り合いの太った奥さんも同じことを言うらしいから、男の理解を超えている。

それで現地の初心者ツアーコースに参加し、東海岸を中心にダイヤモンドへッドや旧石原裕次郎邸や、パールハーバー等を廻ったが、ガイドが特別にと案内してくれた元横綱曙関の実家近くの海岸はエメラルドグリーンの海と白砂のコントラストがすばらしかった。我々のツアー以外の観光客はおらず、現地の人か旦那は本を読み、奥さんは甲羅干していた白人カップルが一組居ただけだ。

ワイキキは砂をよそから持ち込んだ人工の砂浜で海水もきれいと言えない。ここは日本人の観光ルートには入っていないとガイドが言っていた。さもありなん。入れ替わり立ち代り大勢でおしかけて来られたらすぐに汚れてしまうだろう。

 

オアフ島のホノルルは、いわば中国の香港みたいで、自然を満喫するならハワイ島の方が断然よい。私自身は銀行員のとき過去2度ハワイ諸島に行っており、20年前になるがハワイ島に寄った。南国特有の花が咲き誇り、クルージングでは沈む夕日が美しく、ずっと滞在していたいと思った。もっとも、渓谷をヘリコプターで観賞したときは、ヘリの音がすごいのと怖さで、景観を楽しむどころではなかった。

 ハワイ島からホノルルに帰る飛行場で、うろ覚えで、感謝の意を込めてマロハ!と現地の女性に声をかけた。すると笑顔だった彼女が急に顔を強張らせ睨んできた。何で?と聞くと、マロハじゃなくて、マハロだよと教えてくれた。マロハとはどうもウスノロといった悪い意味のようだ。

 桂三枝師匠のいらっしゃい!はアロハで、アホの坂田師匠よろしく返礼する、ありがとさ~んはマハロで、マロハではない。

 英語が堪能な人にとってはハワイなど外国ではないと言う。しかし、我々のような者にとっては日本語が通じるのは何より嬉しい。20年前より治安もよくなっているみたいだ。

 新婚の長男夫婦に子供が出来たら、孫と一緒にハワイのディズニーリゾートに行きたいと思っている。


201112  NO.6  わらわる  わらわ

 

芸人はお客を笑わせても、お客から笑われてはいけないという。

 芸人と芸能人との違いは何か。漢字で言えば芸人には能がない。しかし、実際は芸人に能が必要なのだ。芸能人はかわいいだけでもなることがありうる。お笑い芸人に能()がなければお客を笑わすことはできない。

 

笑わすことは大変なことだ。白鳥と一緒で見えないところでネタづくり等に苦心する。

 笑うのは長生きの秘訣といわれるが、笑わせるのは長生きできない。喜劇王と呼ばれる人たちはみな短命だ。落語家の初代林家三平師匠は54歳。コメディアンの三波伸介さん、東八郎さんはともに52歳。喜劇役者の藤山寛美さんは60歳でこの世からおさらばしている。渥美清さんは68歳まで生きたが、平均余命には遠く及ばない。

 子供達に笑いや夢と感動を与える漫画家も短命だ。巨匠と呼ばれる手塚治虫氏、石の森章太郎氏はともに60歳。藤子・F・不二雄氏は62歳。皆命を削って喜ばせているのだ。

 

ヘキサゴンⅡというTV番組があった。出演者すべて地ではないと思うがこんなことも知らないのかと視聴者に笑われている。バカさかげん、無教養をさらけ出し、それをMCが小バカにし悦に入っている。テレビ離れを助長するだけだと思っていたら、紳助さんの引退とともに終了した。後ろ盾を失ったおバカキャラタレントもこれからが正念場だ。

お笑い芸人は顔が悪くても声がいいと売れるという。渥美清さん、坂上ニ郎さん、三波伸介さんなど皆声がよかった。顔が悪いというのは個性。声がいいとかは売り(特技、特性)になるのだろう。他人を笑わすことは私も嫌いではないが、顔も声も悪いので芸人にはなれない。


私自身も自慢するほどのものでもないが、個性+売り(特技、特性)=only oneで上手くいったことがある。

 平成元年5月に「すみれの花咲く頃」の歌でおなじみの某歌劇団があるところの支店長になった。支店経験が少ない、直言居士の私に支店長が務まるか周りは心配していたが、とっちゃん坊やの風貌や支店経験が少ないことがかえって幸いして、取引先は勝手に私が本店から箔付けに支店に来たエリートと思い込んだ。美しい誤解はわざわざ解く必要がない。いろんな取引先から「支店長、預金してあげるわ」と声がかかる。住宅店舗(預金獲得をメインとする店)なので支店長は大喜びするのが普通なのだが、私は「預金など要りません。お金を借りてください」と言う。取引先は「面白いこと言う支店長やな。そやけど金要らんけどな。まぁええわ、借りたるわ」と応えてくれる。長期運転資金の名目で多くの取引先にお金を借りてもらった。

バブル末期の頃、お金には色がついていないので、中には愛人に廻ったかもしれない。だが、当時華やか街とはいえ田舎で、土地を捨てて逃げる人もいないので安心していた。貸付に強いというのを売りして、取引先にかわいがってもらった。業績は預金も貸金も順調に伸びた。

 ただし、支店長の評価というものは「業績」と「検査結果」との2つある。いくら業績がよくても、検査結果が悪ければ落第。内部規定どおり運営されているか、権限を越えた行為はないか、債権保全に不備はないか自行検査部の臨店検査の結果も大事となる。

 私は支店経験が少ないこともあり年上の役付に任せていた。わざと足をひっぱるとの意図はなかったと思うが、彼は不備のまま抱え込んで翌正月の臨店検査に臨んでしまった。当時私は傍若無人で(現在所属する団体のK専務理事なら今もそうだと言うかもしれないが)上ばっかり見ている嫌な奴と思われていたのだろう。

 検査結果は惨憺たるものであったが、新宿支店長への転勤が決まっていたこともあり、検査部長が上手くとりなしてくれた。逃げるようにして私は平成22月上京した。

 しかし、人の口に戸は立てられない。僚店の支店長に笑われた。私のしょぼい職業人生の中でも一番しょっぱい思い出となった。 

 

201111    サイン と サイ

 

週刊文春の「疑惑の銃弾」というタイトル記事により、一転して悲劇の被害者の夫から妻殺しの被疑者になった三浦和義氏の事件はとっくに終わった事件と思っていた。

ところが、2008年にアメリカ自治領のサイパンで三浦氏がロス市警に逮捕された。20数年間ロス疑惑の犯人を追っていたとはロス市警の執念に驚かされた。

サイパンの裁判にてロサンゼルスへ移送できるか否か一事不再理をめぐって争っていたが、結局日本では審理されていない殺人共謀罪でロサンゼルスへ移送された。その留置場で三浦氏が亡くなっているのが発見され、日本の弁護士サイドは他殺と主張した。

 死なれて一番困るのはロス市警の方である。ロス市警の目的は、疑惑の仮面を剥ぎ取ることであり、それが分かるがゆえに三浦氏は自裁したのではないか。敵対してきたロス市警に対する最後屁として(こういう先入観と独断の私などは裁判員に向かない)


 妻が勤める会社の営業係長に裁判員としての出頭通知が来た。日頃オーナーの思いつきに振り回され社員が疲弊気味の中一人奮闘しているというのに。本人は複雑な心境だろうが、戦前の赤紙のような悲壮な覚悟は要らない(人の命を奪うことがあっても自身の命は奪われない)。最後は選ばれたという一種優越感が勝って出頭するだろう。

 遅まきながら調べてみた。中小企業を巻き込み、裁判員コストに税金を投入する裁判員制度とは何か?

 司法改革をめぐって既存秩序の枠組みを固守したい最高裁サイドと陪審制度の導入を要求して攻める中坊さんや日弁連とが対立する中裁判員制度という鬼手が放たれた。日弁連の推進派は陪審制度への大きな一歩と勝手に解釈し相乗ったものだから、あっという間に国会を通過。かくして呉越同舟の司法船は出帆した。

 しかし、海は大荒れだ。法律のプロが作った制度なのにネット上で疑問、問題点、批判がオンパレード。国民が求めていないものを権利ではなく義務として押し付けるのだから訝るのは無理もない。将来の徴兵制への布石かとのうがった見方まである。

推進派の論拠も希薄で頼りない。主権在民だからといって何でも国民が自分でしないとダメという論旨は無理がある。ましてや控訴審で覆されることもある。司法の良心?を曲げてまで裁判員の一審は尊重されない。

 欧米ではどこでも陪審制度等を導入しているからとの主張もある。マスコミや大勢に流されやすい「大衆」という市民に裁かれたくないと思う人は私だけではないだろう。

 小泉元首相や竹中教授のように欧米か!とツッコミを入れられる人はいるけれど、今やアメリカや民主主義を諸手を挙げて礼賛する時代ではない。

開拓時代にリンチ(私刑)が行なわれていたアメリカで陪審制度が導入されたのは自然の流れだろう。私はトムハンクス主演の映画『グリーンマイル』(白人達が見つめる前で無実の黒人が電気椅子にかけられる)を想起して嫌いだ。

貿易なら世界共通のルールが必要だろう。しかし、国内の裁判制度まで国の生い立ちや民族性の違う欧米先進国に合わせる必然性はない。

世界が羨む日本の「和」の精神に、「人が人を裁く」は馴染まない。

アメリカは神が人を裁く。人が裁く段階はいい加減だ。OJ・シンプソン事件しかり。

 日本は法が人を裁く。法の子(裁判官)が素人でよいハズがない。

司法の監視という点では、個々の裁判に関わらなくとも、検察審査会(透明性が問題視されているが)のように、おかしな裁判については国民も参加して弾劾できる弾劾制度に改変すれば足りるのではないか?

 違う意味で「命」に関わる医師の診断はどうか。『私はサラリーマンの経験がないから、この会社員は本当に鬱でしょうか? 『末期癌から回復された貴方ならこの癌患者の余命をどう判断しますか?』と素人に聞くわけがない。 素人の参加を医師会が認めるとは思えない。

難関の司法試験を夢半ばで諦めた人たちは今の裁判員制度をどう思っているのだろう。「ど素人を使うぐらいなら自分達が参画する参審制を採用すべきだ」と思うのか。

現場の裁判官は沈黙を通している。万が一、下下の理解に下下の参加を必要とするならば、裁判員コストを負担すべく職業裁判官としての報酬の一部を返納するのが筋だろう。

古い日本人は子供の頃から大岡越前や遠山の金さんの名裁きに拍手喝さいしあこがれた。

裁く「お上」の信頼が揺らぐ時、真の改革をせず、大掛かりに批判の矛先をかわすだけなら、「お主も悪よのう」とほくそえむ悪代官を思い浮かべる。

今からでも遅くない。陪審制度なんかとんでもないというのであれば、裁判所の問題は裁判所の内輪で一件落着させてもらいたい。

2011.10  おこ と おこ



 夏のフグと称せられるおこぜは、見た目は良くないが、美味しい高級魚である。一見ユーモラスだか針に刺されると大変だ。人間に譬えるなら、失礼ながら御茶ノ水女子大名誉教授の藤原正彦先生を思い浮かべる。

 数学者かつベストセラー『国家の品格』などの作家でもある藤原先生は日本がちがう方向に流されそうになると鋭い視点から警鐘を鳴らす。今や日本のご意見番。欧米に留学し世界を知る中で日本のあり方を論じておられるので信服できる。

 ユーモアがあり、奥様のことも面白く紹介しているが、美子夫人が書かれた『夫の悪夢』を読むと、夫人は女優高畑淳子さん似の才色兼備(我妻は菜食便秘)で、美女と野獣ならぬ「変な男」(出会った頃の夫人評)。もっとも3人の男児との家族写真をパスポートに貼付したりしておられるので、夫人のユニークさは先生に負けていない。

 私の妻と娘によると私の顔は世の中で一番ブサイクらしい。日頃から「他人様の顔をとやかく言うのは止めなさい。絶対に顰蹙(繁にしいことをして親が遠のく)を買うから」と口を揃えるが、このブログを見たら何というか?

先生の週刊新潮連載の『管見妄語』を愛読している。毎週書かれるのは大変と思うが、周知のとおり、藤原先生はお父様が大作家新田次郎氏でお母様が同じく作家で『流れる星は生きている』で知られる藤原てい女史。ご両親から才能をよく受け継いでおられるのだろう。

 

昭和484月に神戸にある銀行に入行した私は、翌年に新宿支店に転勤しそこで貸付係等4年勤務した後旧三長銀の一行の本店に調査トレーニーとして出向した。

出向先の調査部は本もよく読み文章力があるのが前提で企画力と調査力が勝負。文章が苦手で悩む人には向かない。私は融資の可否を審査する審査部とか銀行の本業の方が向いていると言われたが、銀行に戻ってしばらくすると経済月報の巻頭文を担当することになった。経済月報は銀行の一つの顔なのでそれなりの問題提起や提言を書かなければならない。1ヶ月あるといってもあっという間に過ぎる。220字詰4枚を書くのに、1枚分程度の情報や材料しかないときは窮した。ぎゅっと凝縮した中身の濃い4枚に膨らますのは文章力も想像力もない私にとっては至難の業。締切前夜は徹夜になるが、明け方涙とともにぽろっと駄文が出る。それでも出ないときは朝食の折砂を咬むとはこういうことかと思い知らされた。

斉藤由香(北杜夫氏の令嬢)さんや劇団ひとりさんも週刊誌に連載しておられるが、毎週書き続けることはともかく凄いことだ。


偉い藤原先生に譬えてもらった当のおこぜは、ず~っと焼きを入れられるとおこげになる。一昔巷ではおこげは胃の薬と言われていた。それがある日コペルニクス的180度転換し、大手新聞の一面に魚の焦げは癌になると。

 とかく学者・研究者というものは花火を打ち上げたがるものだが、焼き魚を食べ過ぎて癌になったという話は聞いたことがない。一体どんな癌になるというのか?

餅などの炭水化物のこげは炭素だから無害。魚の皮はたんぱく質で少し違うが癌になるほどには目の前が真っ暗になるほどの量を毎日のように食べることが必要だという。そんなに食べるなら何でも体に悪い。

 おこげよりも煙の方がよほど悪いというのが室内空気質を研究する学者の間では常識だ。レンジフード(天蓋)が少なかった時代の台湾では主婦の肺がんが多く、その原因が究明され、煙を吸い込むレンジフードの普及により減少したとのことである。


相当教養のある人でも見ていると、いまだにおこげを忌み嫌うかのように除けている。

 おこぜもおこぜ!である。











20119 NO.3    NOO と NO


NOMOといえば、ノーヒットノーランを両リーグで達成したメジャーリーガー(歴史あるメジャーリーグでも4投手しかいない)野茂英雄投手である。

 私は日本のパリーグの試合をあまり見なかったので、日本ではよく知らなかった。平成7年に野茂投手が天下のフォークボールでバッタ、バッタとバッターを三振に切ってとるニュースを見て再認識した。彼は当時1億円の年俸を捨てメジャーリーグに挑戦した。私は前年の平成6年に銀行を辞め、できるかどうか分からない非営利法人の設立に参画すべく神戸から上京していた。

彼と自分をだふらせ彼の熱烈なファンとなった。日頃サッカーのサポーターをよくもあんなに他人事で熱くなれるものだと冷ややかに見ていた私だが、他人のことは言えない。平成7年7月テキサス州アーリントンで行なわれたオールスターでは自分の息子が投げているかのように緊張しテレビにかじりついていた。先頭打者のホームラン性のあたりがライトスタンドに飛び込んだときは肝をつぶした。結局2回を被安打1本、三振3個、無失点とし、大投手ランディジョンソンと互角にわたりあった。すべての野球人とファンにその実力を認識させ、文字通り英雄となった。

当時ストライキで人気が落ちていており、野茂投手のトルネード投法によるストライクで人気が回復しメジャーリーグの救世主と称えられた。10年間の成績以上に貢献したと評価されており、イチロー選手は間違いないが、野茂投手も野球殿堂入りできるのではとひそかに期待している。

筋肉増強剤でパワーアップした怪力達にひとり立ち向かった侍の姿はもう見られない。メジャー=NOMOで、引退してからはメジャーリーグベースボールをあまり見ていない。

NOROはNOMOと違って人から好かれない。ノロとつく言葉にいい意味思いつかない。ノロ(呪)う、ノロける(惚気話は不愉快)、ノロノロ、ノロマ(鈍間)。野呂姓の方はいい迷惑だ。野呂麻奈子はノロマな子(ヤフーで検索したらなかったが、実在していたらごめんなさい!)。

 人の健康を脅かすのがノロウイルスNorovirus。生牡蠣にあたって七転八倒し二度と牡蠣は食べないと言う人は少なくない。牡蠣が悪いわけではない。人糞について下水に流れて牡蠣に付着したノロウイルスが急性胃腸炎の犯人だ。とすると、下水道が流れ込む海辺から遠い牡蠣の方が生で食する場合はより安全なのかもかもしれない。

 NOROならぬNAMAと言えば、北陸の焼肉店でユッケを食べてO111に感染し4名の方がなくなった。生の肉を食べる習慣は古くないので殺菌対策ノウハウの蓄積は足りないのか。私は生肉は食べない。なんとなく気持ちが向かない。生魚の寿司は、酢飯、がり、わさび、緑茶と殺菌の工夫がなされている。これに加えて日本酒を頼んで私はそれなりの用心をしている。

今回のO111の感染も当然焼肉店、納入業者が問題なのであるが、300円前後で生の牛肉を食べることに消費者も躊躇が必要だ(亡くなった方には申し訳ないが)。

 ハンバーガーチェーンや牛丼チェーンが無用な値下げ競争を繰りかえし、消費者の値段感覚が麻痺していることも影響していると思う。

焼肉店に限らず厨房ダクト火災が増えている。一酸化炭素(CO)中毒事故件数も家庭よりも業務用厨房の方が上回ってきている。安全性を犠牲にしてでも低価格を維持せざるを得ないのだ。

 O111で死者が出ているのに我関せずと牛丼チェーン各社が値下げキャンペーンを展開し、それを手放しに消費者が歓迎する。某テレビ局の番組はミシュランに叱られたにもかかわらず名前を変えていまだに“店はきたないが美味い店”を賞賛し続けている。

みんなNO天気だと言うと、何をアンタが偉そうにという妻の声が聞こえてきそうだ。



2011.8  NO.2  シーベルト と シーベルト

 

楽聖ベートーベンと並ぶ歌曲の王シューベルト。生体への被曝線量を表わす単位はシーベルト。シューベルトの音楽も、シーベルトで測る放射線も眼に見えない。ただ、小さい頃ら親しんだ野ばらなどシューベルトの音楽は心が安らかになるが、ガイガーカウンターで鳴るピーピーと耳障りな音は恐怖心が募る。

福島原発の事故により俄か評論家増え、文系、理系に分かれての応酬が姦しい。

理系「想定外の地震だから人災ではなく、天災だ」 文系「想定内の対応は準備。想定外を対応することが危機管理。安全性を棚上げして経済効率を優先させたのは人災だ」

理系「農産物等規制値より低いのなら支援のため購入すべきだ」 文系「規制値以内でも事故に起因するものは国民に転嫁すべきではない。国や東電が買い上げするか補償すべきもので、被災地支援とは別の問題だ。」


原子力発電はそもそもイギリスで原子爆弾を開発しているときに高温の熱が出るので並行し研究されていたそうだ。当時はAtomicを使っていたが、広島や長崎に落としたAtomic bombを想起するのを嫌ってか近年Nuclear(power generation) と称しているらしい。

 現在、原発は日本で54基。アメリカ全土では100数基あると言われ、人口比ではバランスしているが、国土面積で行くとアメリカは日本の24倍の広さ。日本(378千平方キロメートル)はカリフォルニア州(403千平方キロメートル)とほぼ同じなので、アメリカ地図上でカリフォルニア州に54基置くとすると、アメリカ全土(50州)にある半数の原発がカリフォルニア州一州にあることになり、アメリカに比較していかに密集しているかがよく分かる。  

日本は狭い上人口が多い。逃げ場所がない。地震も多い。

起こる確立は低いといえ事故自体はなくせない。ひと度起これば被害は長期的かつ広範囲に及ぶ。日本は原発に向いていないのではないか。


被爆と被曝は違うと言うが、大きな被曝は被爆と変わらない。原爆を他国から落とされ唯一の被爆国民が自国によって同じ目に遭わせられるという愚は避けなれればならない。

機械オンチの私にすれば、核兵器として開発された核は悪魔のようなもので、その悪魔を人間の都合のよいように手懐けること自体無理があるのではないか。魔法で壷に押し込めても何万年も生き続け、時には魔法がとけて外に出てくる。数ヶ月前その壷をモンゴルに持っていくという話が新聞に出ていた。中国が黙って認めるのか。


原発に従事しガンで亡くなったとされる平井憲夫氏の遺言というべきものを読むと、本当ならば平時においても現場作業員は被曝するリスクを負う。動員されるとなるとお金に困った人か弱者が担うことになる。

身分制度があった江戸時代には士農工商以下の差別されていた人は当時の認識での穢れた仕事をさせられたが、生命が危険なことはなかったのでは。死のリスクを強く意識したのは一番身分の高い武士であったろう。もしJIN(仁)が実在したとしたら江戸時代と比べて人間社会が進化していると言うだろうか?


他国の攻撃も想定外としているが、国防上原発は核兵器の不発弾と同じではないか。それに目がけてミサイルを連続して撃たれるとパトリオットでは防げない。脅しをかけられると土下座外交するしかない。


日本エネルギーの一翼を現実に担っている以上一挙に廃炉にはできないが、代替エネルギーの開発を急ぎながら順次減らしていくことが現実的な対応ではないか。


2011年7月 NO.1  ス VS

 人間のオスとメスの話。夫は妻に先立たれるのかストレス。妻は夫がいるのがストレスといわれる。私の母もそうだが、妻はさすがに夫が死んだとき6ヶ月ほどは意気消沈しているが、その後は元気溌らつオロナミンCを飲んだかのように以前より元気になり、長生きする。
夫は生きる意欲をなくし、後追うがごとく逝ってしまうことが多い。作家の大先生を見ても、城山三郎著『そうか、もう君はいないのか』、川本三郎著『いまも、君を想う』など感涙の追想記を書かれている。男どもは女々しいと言われても、私も7つ年下の妻に先立たれないことを切に願っている。
 
数年前神戸高校の同じ学年の卒業生で東京同窓会を行なったとき、バツ1のキャリアウーマンが、酔いにまかせて吼えた。「男は年の離れた若い女の子と再婚したりできるのに、女はなぜ若い男の子とデートすらできないの」と。
 こんな時、答えずやり過ごすのがよき大人の作法というもの。ところが小生は「ぺタージー二夫妻(プロ野球の助っ人外国人選手の彼は友達のお母さんと結婚した)は気持ち悪いやろ」と言わんでいいことを言い、科学的根拠のない自説を展開する。「よい子孫を残すには古い種(限度はあるが)と新しい畑の組み合わせが最適。だから、本能的に男は若い女を欲しがり、逆に女はかなり年上の男も守備範囲となる」と言って場をしらけさせる。
 兵庫県立神戸高校は、神戸一中の時代は東京の一中と肩をならべる名門校。終戦後GHQにより男女共学にさせられ(一中OBによると昭和天皇が行幸されGHQに睨まれたとのこと)、半数近くの男子が私立灘高校に移り、そこから東大進学校として灘高の快進撃が始まることにつながるとか。
 
神戸高校の卒業生には、俳優の高島忠夫氏がいる。経済界では白洲次郎氏やソニー会長の井深大氏。作家では今東光氏、小松左京氏など。男性に著名人が多いが、女性では、扇千景さん(元参議院議長)や樺美智子さん(安保闘争で死亡)。
 ネットのWikipediaを見ると、同期生では、ホリエモン事件でホワイトナイトとして登場した北尾吉孝君が掲載されているが、我ら神高21回生の中ではなんといっても笹子三津留君だ。彼は高校時代からのスターで、勉強もトップ、陸上短距離でも一番、カンツォーネも歌いこなし、秀才とはかくあるべしの典型。卒業した昭和44年は学生紛争で東大入試がない年で、翌年東大医学部に入りなおした。留学先のオランダでは外科学会の金メタルを受賞した。
国立がんセンター時代では週刊誌でよく胃がん手術の名医として紹介されているが、臨床医の道を選び、患者と二人三脚で病気に立ち向かう真摯な姿には頭が下がる。
今は高校の同級生の医師に請われ、兵庫医科大学の教授に転出している。笹子君こそWikipediaに載るにふさわしい。
 
毎年のようにノーベル文学賞候補にあがる作家村上春樹さんは2学年上の先輩にあたる。偉大な先輩に敬意を表してベストセラー『1Q84』も読ませていただいたが、還暦をゆうに過ぎているというのに、湧きいずる泉のごとく文章がほとばしるその才能、気力にはメモしか書けない私は驚嘆するばかり。
物語は♂の天吾と♀の青豆と交互につづられているが、文学の素養もなく俄かファンの私には今ひとつ内容が理解できないというのが正直な感想だ。