2020.3 NO.129 はんげき VS かんげき(2)
「検察の正義」に疑問を感じ検察を辞め、弁護人でもないのに今回の捜査を当初より厳しく検察を批判していた郷原信郎弁護士と検察の闘いでもある。検察批判を繰り返す郷原氏を大手メディアは取り上げない?ので我々素人の間ではそんなに知られた存在ではなかったか。失礼ながら今回のゴーン氏への単独インタビューなどで全国区になったろう。
一方、郷原弁護士の敵方として検察の意向を酌みTV等で代弁のような発言をするT弁護士は、未だ現職の検事のごとく高圧的、独善的な物言いにてなおも国家権力を笠に着ているように見える。庶民から反感を買うだけでは。それは検察にとって得策ではない。
私がいた銀行でも銀行の役員が関係会社に転籍しても変わらず先輩風を吹かし銀行の後輩にあたる部長らに嫌われる。「バカだなぁ!?」とまともに相手にされなくなる者がいた。
郷原弁護士はゴーン氏の当初の弁護人大鶴基成元特捜部長も批判していた。そして当初の弁護人が「早く出たいなら罪を認めよ。認めて裁判で否認すればよい」と言ったとゴーン氏から郷原弁護士は聞いたとする。本当に大鶴弁護人がそう言ったとすれば、頭の切れる実業家ゴーン氏に対して舐めた発言だと思うが、それによりゴーン氏の不信感が募り解任されたとしても不思議ではない(ゴーン氏本人が直々指名したとは思えない。一体誰が弁護人として大鶴弁護士をゴーン氏に推薦したのか。さすがに検察の描くストーリーに入っていたとは思わないが)。
上記元検事の「早く出たいなら罪を認めよ。認めて裁判で否認すればよい」との発言は、それが本当なら、極めて重大だ。人質司法の一つの証左だけではなく、日本の冤罪の導火線となる恐れもあるのだ。無知あるいは無辜の庶民なら、弁護士と一緒に検事と対峙することが許されない中で、検事に言われるままに、供述調書にサインをしてしまいかねない。後の裁判で否認しても覆すことは極めて困難なのに。
ゴーン氏が何度も口にする起訴後の「有罪率99%以上」も冤罪に繋がる面がある。「有罪率99%以上」は検事に相当のプレッシャーを与える。起訴後は一本道でしかない。被告人に有利な証拠が出て来たらその証拠はどうするのか。
無実で否認していても一人孤立する中で長期に亘る苦痛からただただ逃れたいが為に、やってもいないことを想像して(検事が望む方向に)偽証自白してしまうことも起こりうる。
偽証自白しても裁判官が調書内容を熟読し供述の流れ・変化を吟味すれば分かるハズ。裁判官も「有罪率99%以上」に呪縛されるということなのか(もちろん冤罪・東電OL殺害事件で「検察の面子、裁判官の出世より不法滞在外国人の命の方が重い」という当たり前のことを当たり前にできる、裁判官の良心に恥じない木谷明元裁判長達もいる)。
検察は、国家権力の分身であり、軽々に批判されることがあってはならない。裁判所もそうだがそれは許されない立場にある。という意識は高いだろう。刑事司法界において弁護士等が改革を要望しても聞き入れられることは稀だろう。
しかし、日本は昔から外圧に弱い。しかも失点続きで国際世論に対し劣勢に立たされている。国外逃亡を許してしまい、その逃亡したゴーン氏に国際世論を味方につけて攻撃される。反論する日本の司法のトップ森まさこ法務大臣が「無罪を証明すべき」と言って痛恨のオウンゴールをしてしまった。「有罪推定」「有罪ありき」だと批判を受けた(後から何を弁明しても言い訳にもならない。法務大臣は弁護士出身なのだから)。
そんな中でいずれケリー氏裁判が始まろう。金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載~退任後に受け取る予定の報酬額が決まっていたにもかかわらず約91億円分を有報に記載しなかった)容疑での逮捕について、郷原弁護士は逮捕が必要なほどの明白で重大な犯罪でないことは明らかと主張。会社法が専門の東大田中亘教授も「まだ受け取っていない部分について受け取りが確定しているとは言い難く、虚偽記載の罪には問えないのではないか。会社法学者であればそう考えている人は少なくないと思う」と語ったと報じられた。素人の我々も、「強欲」=「裁判での有罪」とは必ずしもそうならないことを知る。
検察側にとって、「ゴーン氏はゴーマン、ゴーヨクマン」と大手メディアを通じて世論形成し「ゴーン氏は極悪人」との国内世論を背景に裁判長にゴーン氏、ケリー氏の有罪判決を出してもらう」とのシナリオは大きく狂う。ケリー氏の裁判は雲行きが怪しくなった。
ゴーン氏が煽り世界も注目する中で、裁判官が有罪判決をケリー氏に言い渡すのは困難ではないかと推測する。有罪判決なら「裁判所は検察にやはり従属している!?」「裁判官も会社法に疎い!?」と内外の批判の矛先が裁判所に向けられることになろう。逆に無罪判決ならゴーン氏も無罪となり、ゴーン氏はさらに勢いづき、検察は窮地に陥る。
検察には悪いが、検察のピンチはいわゆる「刑事司法の民主化」の良いチャンスとも言える。橋下徹弁護士は2020年1月21日付けメールマガジンで配信した『近代国家が絶対に守るべき原則、推定無罪と黙秘権』はネット民の間で高く評価されている。政治家としての発言は?もあるが弁護士としては適確だ。長年の弁護士活動で思うことが多々あったのではないか。まだ政治家に未練があるのかもしれないが、司法改革の先頭に立ってもらいたい。金岡繁裕弁護士は長年「取り調べ時の弁護人の立ち会い」を求めた活動をしているという。民主国家で立ち会いできないのは日本ぐらいと言う。橋下弁護士、郷原弁護士たちと連携してもらいたいものだ。
ノーベル賞受賞者山中伸弥氏も、政権に思うところがあるだろう。有識者による「元号に関する懇談会」等客寄せパンダみたいに政権にいいように使われるのではなく、世のご意見番が不在の中、世の為、国民の為に、政権、司法に関しノーベル賞医学者として物申してほしい。同じ大学を卒業した、単に年上と言うだけの先輩からのお願いとして。
最期に、冒頭で述べたように今もなお私は日本人の美徳・価値観を守るのは検察しかないという思いは変わらない。ただ、「検察の正義」に対する疑問を世に発信続けた郷原弁護士の想いが心ある国民の間に浸透しつつあると言える。それを招いたのは、個性的な一特捜部長の問題だけではなく、捜査にゴーサインを出したであろう検事総長の問題でもある。
検察官全体で難関の司法試験に合格し検察官を志望した当時の志を思い起こし、「検察の正義」の再構築を図ってもらいたい。人事で官邸に検察が懐柔されると見られているが。