2020.4 臨時号 NO.131 へんせん VS しんせん(1)
今年の8月で古希(70歳)を迎える。本ブログのタイトルも「アラ古希の戯言録」と改題すべきだが、煮詰まってきた、のではなく、行き詰ってきた。本ブログ50号までを非売本にまとめたが、たまに読み返すと、文章力が元々ないのだが、書き進めた今の方が下がっていると感じる。卒職して緊張感がなくなったのか、それとも加齢による劣化なのか。いつまで続けられるか分からない。さらに、仏教では聖者のことをアラカン(阿羅漢)と呼ぶ。聖者なら戯言を吐かないと思うが、気に入っているので、アラ還のまま続けさせてもらう。
2010年8月還暦を迎え、前後して前立腺がんに罹患していることが表面化したこともありブログエッセイを連載することを思い立ち原稿を書き始めた。3.11の東日本大震災の日も家に戻ることができず業界団体の事務局で夜を明かしブログ原稿を書いていた。10か月号分の原稿が書き溜めできたので、2011年7月から月1(現在20日毎)で連載を開始した。
それから9年。変遷と言えるほどでなくとも、人生での変化が生まれるには十分長い。
私は、2012年2月長男の結婚式の翌日から前立腺がんの治療に入った。放射線治療して8年になったが再発の兆候はない。末っ子の長女も結婚した。30歳過ぎても幼い子供が子供を産んでと案じたが、ままごとからママごとへカマボコになった(板についてきた)。妻も2018年に退職した。世の祖父母と同じく「孫は来て嬉しい。帰ってうれしい」を実感する。
美食への執着も薄れ、グルメ雑誌月刊『大人の週末』を購読し未訪先を探訪することもいつの間にか止めてしまった。目的のない散歩もおっくうになり、生命力の衰えを感じる。
安倍首相と並んで黒田日銀総裁のことを思う時だけ熱くなる。蝋燭の火が燃え尽きる寸前一瞬輝きを増すがごとく。
私が平成2年10月から2年間銀行の証券部長の折証券不況から公定歩合の引き下げ要請が金融証券界で叫ばれていたが、当時の日銀総裁故三重野康は、年金生活者の為にと言って、頑として下げようとしなかった(平成2年8月公定歩合6%が5.5%に下がったのは11か月後の平成3年7月)。今は大手都銀に100万円を一年定期で預けても税引き100円にも満たない。老後2千万円が不足すると言われる中、黒田日銀総裁の発言には、年金のねの字も出ない。日銀のマイナス金利は、経済の好転に寄与せず、モラルのある銀行は瀕死の状態になり、モラルのないカンポ生命・日本郵便は不正販売に走る。
黒田日銀総裁は現筑駒→東大法学部→大蔵省と絵に描いて賢いハズ。あたかも日銀の独立性を放棄し、安倍首相に従属し続けたと思われるのは、何とも理解に苦しむ。
空の彼方から三重野はほっとしていることだろう。もう戦後最低の日銀総裁と歴史に断罪されることはないだろうとして。
反権力(いい歳してそう粋がっているにすぎないが)の私は、本ブログで政治家や芸能人らを公人及びそれに準ずる者として批判してきた。
不倫という観点からも言及あるいは批判させていただいた人たちの人生においてもこの9年の間で大きな変化があった。その人たちに対する私の評価も変ってきている。
2016年3月号NO.57(「イケメンVSイクメン」)で議員の育児休暇(私は批判した)を主張する宮崎謙介議員と妻の金子恵美議員夫妻を取り上げた。妻の出産中に不倫してゲス不倫と叩かれ宮崎議員は辞職した(育休を口にした環境大臣も不倫スキャンダルにまみれた。“政界あるある”に挙げられるか)。妻の金子議員は長く議員を続け意地で離婚はしないと見ていたが、先の選挙で落選してしまった。その後夫妻でテレビのバラエティ番組に肩肘張ることもなく等身大で出演している。『踊る!さんま御殿!!』で金子氏が夫に惚れていると見受けた。夫の宮崎氏は、他の不倫男性がひどいのか議員辞職は潔かったと見直されている。
夫妻は今批判される側から批評する側に立場が変わっている。影響力はこれからだろうが、なんにしろ子供の為にも頑張って欲しいと思う。
この夫妻よりずっと問題があると思えるのは、不倫(本人は否定)で民進党ダッチロールの契機を作ったが自責の念が訝しい山尾志桜里議員と北方領土戦争発言の丸山穂高議員の方ではないか。この両東大卒の議員のほかに2018年11月臨時号NO.105号(「おんなVSおるな(1)、(2)」)に載せた、片山さつき前大臣らも考え併せれば、短絡的な私は(ねじれた性格の自分のことを棚に上げ)つい人間性に?がつく東大卒の者が(組織から弾かれ、あるいは自ら出て)国会議員になるのかと思ってしまう。
私は非営利法人に勤務していた頃東大卒の官僚や学者に接する機会があった。皆深く考え、バランスもいい。自負心の裏返しで責任感も強い。奇をてらうこともない。
新しい物を生み出すことはともかく既存秩序を守る意味では(真っ当な)東大卒は適任。とくに政治家と官僚の関係が崩れている現在においては、齋藤健元農水大臣のような東大卒の官僚出身の議員が首相になるのがよいと思っている。
ただ真っ当なら目立たない。マスコミも追っかけない。首相が所属する細田派以外の東大卒の真っ当な議員は安倍政権では友達関係以外積極的に登用されないか?
登用されるときは思惑があるときか。岸田派林芳正元文科大臣(地元選挙区の政敵に加計学園問題の尻拭いをさせる)しかり。石破派齋藤健元農水大臣(総裁選の宿敵石破茂議員への牽制)しかり。石破派山下貴司元法務大臣(問題の多い改正入管難民法への強行採決)しかり。
不倫に関して、未経験の私が講釈師のごとく2015年2月号NO.44(「はらたつきりVSはらたつのり」)で「ケチるなら乗るな! 乗ったらケチるな!」と書いた。元総理の二の舞にならぬようにと。しかし、その後ケチって評判を落とす芸能人が相次いだ。
アパホテルでポイントを貯めた俳優、車中で事をなした俳優。視聴者からケチぶりを嗤われたが、俳優生命の危機にはつながらなかった。だが、大物芸能人となるとその代償は小さくない。落語家の大御所は念願の人間国宝が絶望的になったろう。
愛人がたとえどんな美人であってもそれだけでは収穫逓減の法則から逃れられない、飽きは来る。愛していても離れるべき事情が発生したりもする。それで捨てて何が起こるか。路頭に迷っても、イヌ・ネコは反撃しないが、愛人は窮鼠に変わる。
サラリーマンは生涯で得る2億円(平均年収5百万円×40年)程度の報酬の大部分を家族を養う為に費やする。囲った愛人と別れるならその半分1億円は手切金として払うべきだ。それを惜しむなら素人に手を出す資格はない。自称3百年に一度の役者梅沢富美男氏のように玄人と遊べはよい。梅沢氏は浮気をネタにするも茶の間の主婦も笑って済ませている。
約四半世紀前石田純一さんが「不倫は文化」と言ったとされて大炎上したが、雨後春筍のごとく不倫報道が続くなら、今やそう呼んでもおかしくないのでは。悪文化だけれど。
文化と縁のない動物のメスはよりよい仔を求めて不倫する。だが、閉経後も不倫するのは人間の女だけ。最近独身ながらアラフィフ2女性の不倫が話題となった。不倫を認めた女優は同性芸能人や主婦らに叩かれ、一時ノックアウト寸前に。女性官僚の方は実に堂々としたもの。限りなく黒くても疑惑の段階。官房長官は「公私分けている」と庇うが、公務での続き部屋で、上半身が「公」で下半身が「私」と分けている問題だと思うのだが。
不倫はしなかったのではなく、出来なかっただけの私は、不倫はダメとか言える立場にない。それでも「父親の不倫に嫌悪した女優杏さんと結婚したのなら夫東出昌大氏の不倫はただの背信行為では済まされない」と私もそう思う。しかし、嫌いだ、懺悔すべきと言うのは「言論の自由」の範疇だろう。が、テレビ局やスポンサーまでに抗議や圧力をかけるなら、それは行き過ぎ。赤の他人に東出氏の職業人として生きる権利まで奪う権利はない。激高する主婦ら側も、いわば「公私を分けて」考えて言動する必要はあるのだろう。