「わかりやすく伝える」ことも治療の一部です ― 説明の工夫あれこれ

鍼灸師にとって、確かな技術を持つことはもちろん大切ですが、それだけでは十分ではありません。
「治療の効果をどう伝えるか」「生活指導をどう納得してもらうか」というコミュニケーションの技術が、患者の行動を変えるカギを握っています。
今回は、「説明の工夫」に焦点を当て、よくあるシーン別にそのまま使える例をご紹介します。
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🔸専門用語を使わずに、身体の状態を伝える
❌ NG:
「気の流れが滞っています。バランスが崩れている状態ですね。」
✅ OK:
「体の中の“めぐり”が少し鈍くなっています。水が流れにくくなると淀むように、今の体もそんな状態になっているんです。」
👉 抽象的な言葉を、比喩(例:水の流れ、道路の渋滞など)に置き換えることで、患者の理解が深まります。
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🔸生活指導も、言い方ひとつで受け取り方が変わる
❌ NG:
「冷えは良くないので、冷やさないようにしてください。」
✅ OK:
「朝晩の寒暖差が大きいですよね。体はそうした変化にすごく敏感です。寝る前に5分だけ足湯をすると、体の緊張が和らぎ、ぐっすり眠れる人が多いですよ。」
👉 「ダメ」ではなく「こうすれば良くなる」という前向きな提案が、行動につながります。
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🔸その患者さんに合った言葉を選ぶ
🧠 理論派タイプには:
「このツボは、腰の筋肉をゆるめる神経に関係しているんです。」
🎨 感覚派タイプには:
「治療のあと、足元がしっかりして体が軽くなるような感覚が出てくると思います。」
👉 相手の思考スタイルに合わせて表現を変えると、納得度がアップします。
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*五枢会治療セミナー

再現性の高い治療・有効率の高い治療をマニュアル化し、治療セミナーを行なっています。

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鍼灸師に求められる新たな役割 〜「治療者」から「教育者」へ〜
日々の臨床において、鍼灸治療が症状を改善させる力を持っていることは、多くの鍼灸師が実感していることでしょう。しかし、それだけで患者の健康が維持されるとは限りません。
一時的に症状が緩和しても、生活習慣や身体の使い方、ストレスへの対処が変わらなければ、再発は避けられません。
このような背景を踏まえると、鍼灸師には「治療者」としての役割に加えて、「教育者」としての視点」が求められる時代が来ているといえるでしょう。
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鍼灸治療の効果を「持続させる」ために
患者の訴える症状の背景には、姿勢のクセや不規則な生活、運動不足、心理的ストレスなど、身体と心の両面にわたる多様な因子が複雑に関わっています。
鍼灸治療で一時的な改善が見られても、それらの根本的な原因が解消されなければ、治療効果は短命で終わってしまいます。
こうした問題に対処するために必要なのが、患者自身の行動変容を促す関わり=患者教育です。
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患者教育の要は「伝え方」と「タイミング」
教育的アプローチとは、単にアドバイスを与えることではありません。患者に“気づき”を促し、納得と実践に結びつけるためには、伝える技術=コミュニケーション力が重要です。
ここで有用なのが、行動変容のステップを整理した**トランスセオレティカルモデル(TTM)**です。
これは、
1.    無関心期(まだ変わる気がない)
2.    関心期(少し意識し始めている)
3.    準備期(変えようとしている)
4.    実行期(実際に行動を変えている)
5.    維持期(変化を継続している)
という5段階で、人が行動を変えるプロセスを理解する理論です。
たとえば、「運動した方がいい」と伝えても、無関心期にいる患者にとっては響きません。関心期に入って初めて、適切なアプローチが効果を持ち始めるのです。
このように、患者の現在地を見極めたうえでの説明・提案が、教育的関わりの質を大きく左右します。
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教育者としての視点を持つ鍼灸師へ
これからの鍼灸師に求められるのは、単に「症状を取る」技術者ではなく、
患者の健康意識を高め、生活を整える力を引き出すファシリテーターです。
鍼灸治療の効果をより深く、より長く患者の中に定着させるために。
そして、患者の自己治癒力を「日常の中で再起動させる」ために。
私たち自身が、伝える力・支える力をさらに磨いていくことが、これからの臨床において大きな意味を持つでしょう。
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今後のメールマガジンでは、実際の説明の工夫や、患者教育に役立つコミュニケーションの実例もご紹介していく予定です。ぜひご期待ください。

【患者教育の実践②】――治療効果を高める「食事・運動・セルフケア」の科学的根拠
鍼灸治療の効果を最大化・長期化するためには、施術そのものだけでなく、患者の日常生活への介入が欠かせません。
前回のメルマガでは「睡眠・労働時間」といった生活リズムの重要性について取り上げました。
今回は、「食事」「運動」「セルフケア」の3つに焦点を当て、科学的根拠に基づいた患者教育のポイントをお伝えします。
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■ 食事:腸内環境と炎症を制御する
食事の質は、全身の炎症状態や自律神経機能に密接に関係します。
特に近年注目されているのが腸内細菌叢(マイクロバイオーム)と健康の関連です。
•    **地中海式食事(Mediterranean diet)**は、炎症マーカー(CRP、IL-6)の低下や認知機能維持に有効であることが報告されています(Romagnolo et al., 2017)。
•    加工食品や高糖質・高脂肪の食事は、慢性炎症やメンタル不調との関連が示唆されています(Jacka et al., 2010)。
患者には以下のようなアドバイスが実践的です:
•    野菜・魚・発酵食品を意識した食事を心がける
•    食事の時間を一定にし、過食・夜食を避ける
•    食事中はスマホを見ず、リラックスした状態でよく噛む
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■ 運動:自律神経と炎症に作用する
適度な運動は、単なる体力維持にとどまらず、自律神経系やホルモンバランス、免疫機能の調整にも関与します。
•    週150分程度の有酸素運動(例:速歩)は、交感神経の過緊張を緩和し、副交感神経の活性化に寄与します(Buchheit et al., 2010)。
•    軽度〜中等度の運動習慣は、慢性疼痛患者において痛覚過敏の抑制作用があることも分かっています(Geneen et al., 2017)。
臨床での具体的な提案例:
•    「朝の15分ウォーキング」や「1日3回の軽いストレッチ」
•    呼吸法と組み合わせた軽い体操(特に慢性ストレスのある患者に有効)
•    スマートウォッチ等で活動量を可視化することもモチベーション維持に有効
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■ セルフケア:神経可塑性を促す継続的な刺激
治療と治療の間の“時間”にこそ、患者の身体は変化します。
この時間を活かすセルフケアは、神経可塑性や自己効力感(self-efficacy)を高める手段として重要です。
🔸お灸(灸刺激):
•    ツボへの温熱刺激は副交感神経を優位にし、HPA軸の過活動を抑える可能性が報告されています(Lee et al., 2009)。
•    灸による疼痛緩和・免疫調整作用は慢性疾患患者において補助療法として注目されています。
🔸温熱療法:
•    温熱刺激(足湯・カイロ等)は局所血流を改善し、筋緊張の緩和や睡眠の質向上に寄与(Furlan et al., 2012)。
🔸呼吸法・マインドフルネス:
•    簡易的な呼吸法(4-7-8呼吸、腹式呼吸)は心拍変動(HRV)を高め、ストレス応答を低下させる(Zaccaro et al., 2018)。
セルフケアの継続率を高めるためには、「習慣化しやすいこと」「心地よいこと」が重要です。
難しい指導よりも、毎日3分から始められることを提案しましょう。
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■ まとめ
鍼灸治療の効果は、患者の日常生活の質によって大きく左右されます。
「食事」「運動」「セルフケア」は、その効果を支える3本柱です。
科学的エビデンスをふまえた指導を行うことで、患者の理解と納得感も高まり、治療への信頼や継続率も向上します。
臨床現場においては、知識と実践を結びつける“橋渡し役”としての鍼灸師の姿勢が、これからますます求められていくでしょう。
次回のメルマガでは、患者とのコミュニケーション技術や説明の工夫について取り上げる予定です。どうぞお楽しみに。
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*五枢会治療セミナー
再現性の高い治療・有効率の高い治療をマニュアル化し、治療セミナーを行なっています。
興味がある先生・学生の方は下のホームページをご覧になって下さい。
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鍼灸師の皆さま、こんにちは。
日々、患者さんの治療に励んでおられることと思います。

しかし、鍼灸治療の効果を最大限に引き出し、長期的に維持するためには、治療だけではなく患者教育が不可欠です。
患者さん自身が生活習慣を見直し、健康維持のための知識を持つことが、症状の改善や再発防止につながります。
今回は、養生の中でも特に重要な「睡眠」と「労働時間」について取り上げます。

睡眠の重要性
睡眠は、身体の修復・回復に欠かせない時間です。質の良い睡眠を確保することで、以下のような効果が期待できます。
•    自律神経の調整:副交感神経が優位になり、内臓の働きが整う
•    免疫力の向上:細胞の修復が促され、病気に対する抵抗力が高まる
•    ホルモンバランスの維持:成長ホルモンやメラトニンの分泌が促進され、体調が整う
•    痛みの軽減:十分な睡眠により炎症が抑えられ、慢性痛の軽減につながる
逆に、睡眠不足が続くと、交感神経が過剰に働き、血圧の上昇や免疫機能の低下、さらには慢性的な痛みの悪化を招くことになります。

患者さんに対しては、
•    就寝1時間前にはスマホやパソコンを控える
•    寝る前にぬるめのお風呂に入る
•    就寝時間と起床時間を一定にする
などのアドバイスをすることで、睡眠の質を向上させる手助けができます。

労働時間と健康
長時間労働は、身体への負担を増加させ、鍼灸治療の効果を妨げる要因になります。
•    ストレスの増加:交感神経の過活動により、血流が悪化し、筋緊張や頭痛を引き起こす
•    疲労の蓄積:回復する時間が不足し、慢性疲労の原因になる
•    姿勢の悪化:長時間同じ姿勢を続けることで、頚肩部や腰部に負担がかかる

患者さんには、
•    定期的に休憩を取る(1時間に1回は体を動かす)
•    労働時間を見直し、過労を防ぐ
•    仕事後のストレッチや軽い運動を取り入れる
といったセルフケアを勧めることで、より健康的な生活を送ることができるようになります。

まとめ
鍼灸治療の効果を長く維持するためには、患者さん自身が生活習慣を整えることが重要です。
睡眠の質を向上させ、適切な労働時間を守ることが、健康維持や病気の予防につながります。
ぜひ、日々の診療で患者さんに「養生」の大切さを伝えていきましょう。
次回のブログでは、食事と健康について取り上げます。お楽しみに!

このブログを読んでいる鍼灸師の先生・学生さんはご自分に鍼をされたことはあるでしょうか?

もし「ない」場合はすぐにでも鍼をしてみて下さい。
鍼をどこに刺鍼する事を議論する前に、ご自分の鍼が「気持ちの良い鍼」なのか、「不快な鍼」なのか知る必要があります。

どんなに効果的な経穴を使ったとしても、「不快な鍼」をされたことで症状が改善しなかったり、悪化することもあります。

不快な鍼の原因には大きく3つあります。
1.鍼自体が良くない。
2.切皮が痛い。
3.刺入が不快である。

1~3を解消する方法として最も速く効果的なことがあります。
それは「良い鍼を選ぶ」ということです。

どんなに腕が良くても鍼自体が良くないと「不快な鍼」になってしまいます。
一般的に価格の安い鍼は痛み・不快感が出現し易いと思います。
良い鍼を選ぶだけで切皮の痛み・刺入時の不快感まで解消する場合もあります。
 

治療効果を高めるというと難しいと考えがちですが、幾つかのポイントを抑えると可能です。

今回は所見の取り方についてです。
身体所見を取る時に、ベット上だけで行うと情報量が少なくなりがちです。
腰痛では必ず立位になっていただき腰や腹筋の状態を確認します。
足の疾患では歩行状態を見ます。
関節の疾患では関節の動きを見たり、動かしてもらいます。

1人の患者さんを色々な角度から診る習慣をつけることで診断力が高まります。

治療力を高めるためには診断力を高めることが最も重要です。

2022年度の統計を見ますと、死因の1位は悪性新生物、2位は心疾患、3位は老衰、4位は脳血管障害、5位が肺炎でした。
入院患者の肺炎の中で誤嚥性肺炎の占める割合は60%、70才以上では80%です。

2023年秋に92才の母が誤嚥性肺炎で亡くなりました。
施設に入っていたこと、遠方であったことで鍼灸治療が出来なかったことがとても残念です。

誤嚥性肺炎を起こす前段階のオーラルフレイルの時に鍼灸を行うことで誤嚥性肺炎を防ぐことが出来るのではないかと思っております。
オーラルフレイルの症状は以下のようになります。
•滑舌が悪い
•硬い食べ物が噛みにくい
•食事の際にむせる
•口がかわく
•食べこぼす
•飲み込みにくい

オーラルフレイルがあると誤嚥性肺炎以外に以下のようなリスクがあります。
•身体に必要な栄養をとることができず、低栄養のリスクが高まる
•筋力の低下や体力の低下につながる
•社会的な孤立を招く

したがってオーラルフレイルの段階で鍼灸を行うことにより、誤嚥性肺炎の予防のみならず、様々なメリットがあるといえます。

コロナが収束して落ち着いた状況になりましたが、未だに体調不良が続いている方がいらっしゃいます。
原因がはっきりしない体調不良の方では以下のような問題点があります。
1.    上気道感染が持続している。
2.    うつ病まではいかないが、軽いうつ状態になっている。
3.    頸部の筋緊張が強い。
4.    不眠・浅眠が続いている。

したがって上記症状を改善させることで原因不明の体調不良は改善すると考えられます。

東洋医学的には腎虚・肺虚・脾虚・痰飲・瘀血証などが混在していることが多いです。

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ワンデイセミナーのお知らせ
オーラルフレイルの鍼灸治療
開催日:2025年3月16日(日)9:00~12:00
会場:東京都目黒区自由が丘
内容:滑舌・飲み込みの悪さを改善する鍼灸治療
講師:武藤 由香子
五枢会代表、鍼灸学修士、自由が丘ムトウ針灸院院長

詳細は以下のページを参照して下さい。
https://muto-shinkyu.biz/lp/2025035sufd/
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高齢者が増加している日本では、フレイルの対策は大変重要な課題となっています。
フレイルとは高齢者における虚弱な状態で、要介護状態になる前段階の状態です。
症状としては、体重減少・疲労感・筋力低下・歩行速度低下などが挙げられます。

東洋医学的に見ると虚証(脾虚証・腎虚証)の方はフレイルになり易いと考えています。

また、フレイルの状態から健康な状態に移行することも可能とされています。
その対策として鍼灸治療は重要です。

フレイルの中でもオーラルフレイルは特に問題となっています。
滑舌が悪い・むせやすい・飲み込みが悪いなどの症状があるものです。
進行すると、誤嚥性肺炎のリスクがあります。
また、滑舌が悪いと会話することに消極的になり、うつ病や認知症のリスクが高まります。

 

オーラルフレイルの解消は今後重要な課題となるでしょう。

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*五枢会治療セミナー

 

再現性の高い治療・有効率の高い治療をマニュアル化し、治療セミナーを行なっています。

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http://5su.muto-shinkyu.com/

治療院の運営を考える時に治療時間は重要な要素となります。
治療時間が短縮すると1日に治療できる患者数が増えるからです。

治療時間を短縮するには3つのポイントがあります。
1.    問診時間の短縮
問診に時間をかけ過ぎないようにするためにはあらかじめ問診表を作っておくといいです。
口頭で聞きにくい内容(月経・精神面など)も聴取し易くなります。

2.    診察時間の短縮
東洋医学的所見(舌診・脈診・腹診など)やその他の身体所見を簡単に記録できるように記録用紙を作っておき、記入します。

3. 治療時間の短縮
1つの経穴で複数の効果を出す治療穴を使っていきます。
また、置鍼は1部位のみにします。

この3つの要素を組み合わせることで治療時間を短縮することが出来ます。