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趣味のブログ

思いつきを綴ります

カミさんが受験 した今年の社会福祉士の合格発表が本日あり、無事合格。

初めての受験だったので、ダメならまた来年と思っていたところ合格したのでひと安心。

休日や平日早起きして勉強した甲斐がありました。

まだ先の話で近々には関係ないのだが、再雇用についての社内連絡を見てビックリ。

来月から始まる2024年度から嘱託社員の給与形態が大幅に引き上げられることになった。

 

都合上モザイクを掛けたが給与は今月に比べ来月から5万円が加算されることになった。

2025年からは更に3万円が加算されることに決まったようだ。

2023年度と2025年度では月8万円もアップされると!

 

また賞与は年間で2か月(夏冬1か月ずつ)だったのが、組合員と同じ比率に改正されるとのこと。

つまり、ボーナスも倍以上に引き上げられるらしい。

従来の再雇用は65歳までで、その後の継続希望はパートタイマーの扱いのみだったのが

引き続き嘱託社員として働き続けることが可能になった。

 

こんな待遇改善は異例。

60歳以降は他の仕事をやってみたいとも思っていたが、収入面を考えると。。。

やはり再雇用で残るしかないのかな。

 

 

 

ウチの労組の今季の生活闘争方針案が提示された。

つい先日、ホンダは要求7.1か月に満額回答し(!)、プラス賃上げ21500円(!!)を勝ち取ったと報道されたばかり。

まったく恐るべき数字である!!!

ウチも同じ東証プライム上場企業だが、そこまでではないにせよ年間一時金とベースアップはかなり強気で要求することとなった。

近年にはない数字を突き付けるようだ。

それに追加して特別金として組合員一律10万円も要求することに。

 

今日、取締役社長が変わったと社内WEBで知り、

早速ググってみると、既にマスコミ各紙で報道されていた。

新社長をはじめ経営陣は要求にどこまで応えてくれるか期待したいところでもある。

 

今夜は会社帰りで一人夕食。

ここ、珍来の「うまに麺」は何度食べても最高。

塩分(血圧)の都合上、スープは少し残したが完食!

パルスジェットなるテーマを設けておりながら、殆ど書いていなかったのでたまには更新しようかと思う。

 

事の始まりとして模型用パルスジェットはドイツ軍のパルスジェット付飛行爆弾V-1を見たアメリカ兵士Bill Tenneyが作ったDynejet Red Headから始まったようであり、

製造会社は現在でも噴霧器等の製造として存続。

Curtis Dyna-fog (dynafog.com)

20数年前に問い合わせた際はまだDyna Jetを販売しており、取説をメールに添付して送ってくれたりもした。

当時300USD位だったと記憶しているが現在は終了しているようだ。

販売権を譲渡したのか、10年位前にHobby King がRed Headを販売したので入手された方も多いだろう。

 

その騒音から近年の日本国内での飛行は聞かれないが、全盛期は日本もパルスジェット大国だったらしい。

OSでも3種類がリリースされ、他にもKOプロポの近藤科学やロケッティのタイガー製作所、

ユリーカ商会でも独自に製造販売された様だ。

 

1962に発行された「JETS & MODELS GUIDE」の文中でもアメリカ以外に最も注目された生産国は日本であり、

キットと共にユリーカジェットが駐在米兵に使われたと記されている。

他にもOta-KuのTiger Engineering(大田区六郷のタイガー製作所)のMr. Kisaburo Kanekoの

Tiger Jet、OsakaのOgawa Model Mfg.(小川精機)製O.S Type Ⅱについての記述もある。

 

中でもインパクトがあるのは、

このGoro Hagiwara氏によるキャンベラのスケール機。

テールパイプを「Y」字型に製作し飛行させたようで、本に載ったことで海外のマニアも驚いたに違いない。

 

キャンベラについては下記のポピュラ・サイエンスの臨時増刊にも載っていた。

これは凄い。

分岐させた構造で連続運転するまでかなりの試行錯誤があっただろう。

 

 

Goro Hagiwara氏についての詳細は不明だが、前述のとおりKisaburo Kanekoはタイガー製作所の方だったよう。

但し、別の2冊の文献にはタイガー製作所の金子喜二郎氏の名前は見かけるが喜三郎(?)氏については判らず。

兄弟か何かなのかもしれません。

 

手元に数本のエンジンがあるので、今後暇をみて書こうかと思います。

これは1946年から販売されたMinijet。

 

今朝は一人早起きしたので朝食は 久しぶりに飯盒で炊いてみた。

スウェーデン飯盒なる、アルコールバーナーやアルコールボトル、風防兼五徳がセットになったやつ。

かなり以前にスウェーデン軍の払い下げを海外からとった純正SVEAの刻印付き。

スウェーデン飯盒は複製品やステンレス製等もあるようだが、やはり熱伝導の良いアルミ製がベスト。

アルミでも肉厚でアルマイト処理がしっかりされている。

 

蓋には枝等で延長できるハンドル兼ロック付き。

 

フックはスープ等を注ぎ出すには不可欠。
フックのおかげでツルを本体に固定できる。
使わないと判らないだろうが、これはアイデアもの。
日本の兵式飯盒はフックが無いので、熱い本体を持たないと傾けられない。
 
また、蓋の上部は段付きになっていて、これは蓋を被せるだけではなく乗せることも可能。
これでご飯を炊きながら、他の食材も温めることができる。
さすがは軍仕様、考えられていて至れり尽くせりの飯盒となっている。
 

各自の経験にも依るだろうが、飯盒炊爨は浸水時間を1時間ほど(少なくとも30分)かけ、

蒸らしは15分以上かければ、水加減はテキトーでも美味しく炊くことができる。

 

次第に燃料が温められて火力はかなりのもの。
 

蒸気が弱まり、パチパチ・チリチリと音がしたら火からおろす。

蒸らしが終われば旨そうな炊き上がり!

 
ソーセージと目玉焼きで1合食べてしまい、朝から超満腹。
 
昼間は妻と外食で鍋焼きうどん。
揚げ餅や大海老天も入っていてこれも満足!
 
夕食は鶏・豚に白菜、マロニーでコレ!
 

今日まで三連休。

有意義ってわけでもないが、それなりに過ごせたかと。

洗車したり買い物に出かけたり。

 

久しぶりに家族で、ららぽーとTokyo-Bayに。

家族でクルマで出かけるのは昨年の夏に箱根の保養所に行ったきりだったかも。

400店以上もあるので事前に幾つか目星を付けておいた店に行った。

カミさんと倅はブランドやファッション系の店。

自分はクルマ通勤だが、ビジネスリュックの持ち手が傷んできた。

同じメーカー直系店を覗いたが、やはりちょっと高い。

まだ使えると自分に納得させ店を出た。

 

昨年から腰の具合を崩すことが多く、サイクリング(と言うよりはポタリング)にも出かけていない。

海側の稲毛海岸までも、内陸側の印旛沼までもサイクリングロードがあるのは有難い。

稲毛海岸まで往復で40Km弱、印旛沼一周して帰ると40Km強なので貧脚の自分にちょうど良いコース。

いつも運動不足なので、

今日は折りたたみのKHS F-20RCを久々に展開して二つ隣駅のパン屋(マロンド)まで行ってきた。

週末の買い物も自転車で、カミさん共々専らママチャリ。

なので、久しぶりのサドルの高さに戸惑いながら出発。

空気を入れただけで異常無し。

バーコンシフターも「プチッ、パキッ!」と小気味良い。

まあ、往復12Km程度じゃ運動不足解消にはならないね。

 

マロンドの渦巻きデニッシュ、ルマタンは何度食べても食べ飽きない。

160円で美味!

 

そうそう、いただいた猪肉も旨かった。

これは倅の分、ハーブソルトをかけて。

 

ららぽーとのダイソーで買った、カップ2つを同時にドリップできるヤツはアイデア商品だね。

2つのカップの高さが違うのでコースターで調整してやった。

 

明日からまた仕事

1日短い一週間、また頑張りますか!!

最終回は幾つかの追記について

 

最初のマフラーはUFO型。

これは隙間から全周囲に排気され作業台が汚れるので真鍮で作り直した。

真鍮パイプの内径に入る真鍮棒を薄切りして嵌め込みハンダ付け。

それを磨けば、合わせ目は判らない仕上がりとなった。

ハンダ付けはUコンマニアならお手の物ですね。

 

↓左端のアダムスキー型円盤みたいな物は最初に作ったエンジンのマフラー

  

これも排油が四方八方に飛び散るのでパイプに変更

 

燃料タンクにはサイトゲージとなるアクリル板が入っていたが。。

案の定、ガソリンに侵されてしまった。

手元にガラス片が無いので、顕微鏡のスライドグラスを買ってカットし耐油シーラントで接着して挟み込んだ。

はみ出したくない微妙な部分の接着は↑の様に、

接着剤をビニール小袋に入れてテープで縛り、

角をカットすれば細く失敗なく絞り出せる。

 

オイルの注油ポンプも昔のチョークポンプみたいな物を製作した。

60年代あたりの文献でUコンエンジンの始動法みたいな記事でよく見かけたビン型のやつ。

現物は見たことはなく、薬の空き瓶があったのでテキトーにピストンなどの部品を作って組んでみたが、

ポンプ作用も充分で実用になる物が出来た。

 

鋼球でチェックバルブを作り、

 

オイルがピストン上面へブローバイすることも考え、リターン通路の小穴も開けた。

 

注射器に自作ノズルを付けた燃料ポンプ

 

どんなものかと、中華製のイリジウムプラグも試してみた。

電極が細くスパークは良く飛びそうだが、このエンジンでは違いは判らなかったですね。

 

「了」

点火系統からの運転成功までの巻

 

プラグはNGKのスパークプラグ、CM-6。

ドイツのキットでもプラグは日本製が採用されているとは、

日本人としてちょっと嬉しい。

ネジ径が10mmだから、そもそも選択肢が少ないってこともあるのだろうけどね。

因みにNGKはME-8なる模型用グロープラグと同じネジサイズの1/4"-32もリリースされている。

これらはOtto Bernard 氏の 77 Products (アメリカ)で改造されたスパークイグニッションエンジン。

それぞれME-8とCM-6 が付けられている。

氏の名前からしてドイツ系移民っぽい。

 

昨年、軽とワンボックスの2台共プラグを交換したが、NGKはちょっと高価。

同等品でもデンソープラグの方が安いのでデンソー製を買って自分で交換した。

NGKは高いだけあって品質もラインナップも世界一だろう。

デンソーも勿論、信頼はしているが最近の燃料ポンプの件でイメージが悪くなった。

 

Uコンのエンジンもグローエンジンが殆どなので、スパークイグニッションは初めて。

ピンと来ないがとりあえず回路図のとおり結線してみた。

グローエンジンと違い、イグニッションコイルやコンデンサー、コンタクトブレーカーにスイッチなども必要。

電源は12VのACアダプター。

 

キットのハイテンションコードはやや硬かったので、Amazonで柔らかそうなバイク用の汎用品を買い直した。

 

結線して試運転しようとしたが、全く初爆が来ない。

バルブタイミングのカム位置も点火タイミングのカム位置もそれほどズレてはいないはずなのに。。

どうやらプラグに火花が飛んでいないみたい。

テスターで診てみると、ポイントを閉じた状態でも導通していない。

コンデンサーに溜めた電圧をポイントが開く瞬間にスパークを飛ばす仕組みだが、

絶縁して常時開いた状態だと飛ばすことはできないね。

サンドペーパーを挟んでポイントの接点を磨いてみたら、めでたく復活!

 

キットに同梱されていたコンタクトブレーカーの台紙の品番を調べたところ、

1950年代末から旧東ドイツ時代に作られたSimson KR50なるスクーターのものだった。

そんなパーツが現在でも売られているってのもドイツらしい。

正に「スクーター」って感じの佇まいがお洒落だね。

 

 

圧着端子を使ってボックスにキレイに収めることができた。

イグニッションコイルは奥に木ネジ状の端子が突き出ていて、

そこにハイテンションコードを強引にねじ込んで芯線と接続するスタイル。

プラグ側も同じく木ネジで。

 

フタのヒンジ取付は手持ちのM2の爪付きナットで固定。

 

何度も組んではバラシてを繰り返し、

点火時期やバルブタイミングも調整して、やっと運転に成功!

 

燃料は50:1の混合ガソリン。

 

遠心式のガバナー(調速機)が付いていて、

設定回転以上に上がると錘が開きEXバルブが開きっぱなしになり、吸気できないので回転が落ちる。

回転が落ちるとスプリングの力で戻されて4サイクルに戻る。

設定回転はスプリングのテンションと錘の重量バランスで変えられる。

瞬間的に4サイクル運転するがスグにガバナーの制御が働き、殆どフライホイールの惰性で回っている。

レバーを操作するとガバナーがカットされて高速回転が連続する仕組み。

遠心力ガバナーは蒸気機関のワットが考案。

同じシステムが実機の定速プロペラに現在でも使われている。

あらためてジェームズ・ワットって凄い人だ。

 

スパークイグニッションの取り扱いにも不慣れで調整中に何度何度も感電して痛い思いをすることに。

もっともプラグ端子は真鍮から削り出して磁石を組み込んであるだけなのでラジオシールドも何も無い。

それ故に高電圧の放電ノイズも酷く、作業部屋のDVDプレーヤーやFire TV stick、

それらを繋いでいるモバイルモニターまでも全て作動しなくなってしまうのはちと残念。

 

先週、久しぶりに運転。

前の動画と違ってマフラーを換えてあります。

 

続く。

 

Junoの写真を見ていたら、

その頃の仕事中に撮った某航空会社の格納庫で整備中の某双発機の取り卸されたカウルのショットを発見。

 

 

このカウル、ターボプロップエンジンなので防氷ヒーター付きのインレットが大きいですが、

CLスタント機のそれかと思うぐらい似ています。

このデザイン、さては設計はCLスタントを趣味にしているマニアによる犯行が濃厚とも思えますね。(笑)

 

会社の人から猪肉を一欠けいただいた。

猪肉は初めてかも。

知人が罠で捕獲して解体したそうな。

感謝していただきます。

 

昨年の会社からの帰りに夜間の郊外で猪がうろついているのには驚いた。

クルマの中とは言え、挙動が読めないから向かってきたらどうしようかと。

違う朝にはトラックにでも轢かれたのか、その黒々とした巨体にはびっくりしたことも。

猪除けの電気柵を郊外の畑でよく見かけるので出没するとは判っていたが。

狸か穴熊か判らないが轢死体は日常茶飯事、先行車が減速して迂回するように走るからすぐに分かる。

赤ら顔で横たわった猿は一度だけ。 

千葉県内に野生の猿がいることも初めて知った。

 

親父が以前、猟銃を持っていた。

レミントンの自動散弾銃。

主に鴨やウサギを捕っては料理してくれた。

肉を食べていたら、ガツッと散弾を噛むことも今となっては思い出のひとつ。

一度、エゾ鹿を射止めて来たことも。

その鹿の頭は剥製にして今でも実家の壁に飾ってある。

 

鹿は散弾銃でもスラッグ弾なる、螺旋状に浮彫模様の金属(鉛?)のキャップが付いた弾だったのを憶えている。

近年、熊による被害が全国的に増えているが、

ヒグマ相手では散弾銃では豆鉄砲ほどの威力しかないと、親父から聞いていた。

その巨体と硬い皮、分厚い脂肪はライフル銃しか歯が立たないらしい。

 

ライフル所持は散弾銃の所持経験が10年必要とのこと、

その威力を扱うには相応の経験が必要なのであろう。

 

最初は空気銃から始めたらしい。

昭和20年代あたりだと所持の規制も緩かったのだと想像できる。

自分の幼少時に、小さな金属のてるてる坊主みたいな物が家に多数あった記憶があるが、

それが空気銃の弾だったと最近になって知った。

 

小学校3年まで住んでいた美幌町は狩猟には好立地らしく、賢い猟犬も家族の一員だった。

その後の転勤により銃は所持していたものの、猟犬は美幌町の知人に引き取ってもらった。

転居先では獲物が期待できず、猟銃での立てこもり事件もあり警察署の係員が保管状況について訪問してきたこともあり、

結局、猟銃は手放したようだ。

三菱銀行北畠支店の立てこもり事件はテレビ中継もされていたから、

シャッターが少し開いた場面とか今でもハッキリ憶えている。

 

実は小3の頃、一度だけ撃たせてもらったことがある。

耳を劈く爆音と肩への衝撃、そして火薬の匂い。

そう、お祭りとかでよく買ってもらった赤い巻玉火薬の連発拳銃と同じ匂いだった。

 

あのレミントンの散弾銃、自分が大きくなったら譲ってくれる約束だったけどね。(笑)