#ついに手に入れたもの / 問題作成や記述式九つの型の、総合的・俯瞰的なQ&A(後編) | 記述式九つの型 (第1の型から第9の型まであります。それぞれの型のルールについては、プロフィールをごらんください。)

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40字程度の記述式問題(会話特定・キーワード組合せ・空欄補足・クロスワード穴埋め・語群作文・条文訂正・正誤判別・説明作成・設問逆行)や、
文章理解(国語)の問題を、作成・投稿しています。
なお、投稿の年月日および根拠教材の年代には、ご注意ください。

ついに手に入れたもの

 

 

 

 

 

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問題作成や記述式九つの型の、総合的・俯瞰的なQ&A(後編)
 
Q21:一つの記事に記述式九つの型を「せいぞろい」にするのは?
けっこう難しいですが、だからこそ、それができたときは達成感があります。
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Q22:問題作成のプロセスや段階は?
まず題材となる教材の知識を見て「どの型を用いるのが最適か」を考えます。
この作業は、私(作成者)が行わざるを得ません。
しかも私には、大山康晴十五世名人とは異なり、
「考えるまでもなく最善手がピンとくる」というふうなセンスはないので、
よくない頭をひねって考えざるを得ず、厄介です。
しかし、用いる型を決められれば、あとは(決まる前よりは)楽です。
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Q23:記述式九つの型の確立の前と後で、各知識との勝負の構図の変化は?
確立前は「私vs各知識」でしたが、確立後は「九つの型vs各知識」です。
これで、戦局が圧倒的に有利になりました。
前者(私vs各知識の勝負)では、私が、よくない頭をひねって考えて、
各知識に挑むしかなく、しかも、私が負ければ、ただちに負けでした。
ほぼ丸腰で、しかも「私が負ければ負け」という、苦しい戦いでした。
一方、後者だと、私がすることは、題材となる教材の各知識を見て、考えて、
いちばん相性が良さそうな(勝てそうな)型をぶつける、というだけです。
その「型を決める」作業は、私がすべき作業なので、やや厄介ですが、
逆に、それさえ決まれば、あとはだいたい、こっちのものです。
要するに、各型の利点を活かして、臨機応変に戦えばOKです。
強力な兵器を9つも入手したうえ、9回もチャンスがあるのですから、
戦局が圧倒的に有利になって勝率が大幅に上昇して当然ですね。
もはや、事実上、私の戦いではありません。
ぶつけた後は、記述式九つの型が、ほぼ勝手に、知識と戦ってくれます。
____ ___ ____
Q24:もし、考えずに、「各型を各知識に漫然とぶつけるだけ」だと?
勝率(作成の成功率)は、1~2割程度しかないと思います。
しかし、それで十分なのです。なぜなら、9種類あるからです。
つまり、9戦勝負であり、勝てるチャンスが9回もあるわけです。
8つが負けても、のこりの1つが勝てば勝ちです。
負けになるのは、全敗(0勝9敗)のケースだけです。
9連敗しない限り負けない戦いですから、普通に戦えば、ほぼ勝てます。
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Q25:作成の際、作成者の頭に、あらかじめ詳細な知識が必要?
必ずしも必要ではありません。 題材となる教材があり、
その知識に記述式九つの型をぶつければ、初見の知識でも作れます。
このことは、競馬の問題で、おおむね証明できました。
私は競馬に詳しくない(馬券を買ったこともない)ですが、それでも、
新聞記事等を根拠に、札幌記念の問題を4問作れました。
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Q26:算数や、初見の知識でも、作れるようになって、どう思った?
「力に物を言わせて勝ちまくることは、こんなに痛快なものなのか」
「戦力で圧倒できれば、勝つことも結果を出すことも、こんなに簡単なのか」
ということに、おどろきました(才能ほぼゼロで欠点だらけなので)。
そして、「自ら現場や前線に行って戦う必要がなく、
遠くや安全な場所から指示だけ出していればいい」という立場は、
楽なうえ得なものだということを、再認識しました。
さらに、気持ちの無力さも再認識しました。
成功や勝利の決め手は、気合いでも根性でもありませんでした。
それらも、結果や勝敗を左右するファクターに、含まれてはいるでしょうが、
結局は、余裕があったり戦力が充実しているほうが勝つのであって、
要するに「強ければ勝つ(強いほうが勝つ)」というだけの話でしょう。
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Q27:私の気持ち自体は、各型の確立の前と後で、変化した?
とくに変わっていません。 なのに勝率や戦局が大きく違うということは、
とどのつまり、「力(能力や権力)がすべて」ということだと思います。
気持ちだけで何でも可能なら、病院も薬も手術もワクチンも不要なはずですし、
世界中が丸ごと(もちろんパレスチナやウクライナなども含めて)夢の楽園で、
不幸な人なんかいないはずです。
現実を見れば、気持ちの非力さは、推して知るべしでしょう。
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Q28:記述式問題の作成数が1000問を超えて、どう思う?
事実上、私の戦いではなくなった以上、どんなに作成しても(勝っても)、
記述式九つの型の勝ちが増えるだけで、私の勝ちは増えないことになります。
どうせ私は負けっぱなしの運命でしょう。 そんなことより、
記述式九つの型が強くなって勝ちまくってくれれば、それで御の字です。
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Q29:生成AIについては?
生成AI(チャットGPTなど)が記述式九つの型を使いこなしたら、
いい記述式問題を、私より迅速に量産できるのか、興味があります。
もしそれが可能なら、私の「記述式問題の作成」という、ほぼ唯一の才能が、
ほとんど価値を失ってしまうでしょうが、それならそれで、しかたないです。
とにかく、記述式九つの型が日の目を見てくれれば、それで本望です。
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Q30:現実は、各型の確立の前と後で、変化した?
今さら、「工夫が運や才能や努力に打ち勝った証し」などという、
ヘドロにも劣るガラクタを入手しても、何も変わらないでしょう。
そもそも、どんなにガラクタがガラクタを欲しがっても、
ガラクタしか作れやしないと思います。
頭(理性)では、そんなことは百も承知なのに、欲しがるのは、
気持ち(感情)が欲しがってるということでしょう。
いじきたない愚か者だと思われて笑われるでしょうが、実際そのとおりです。
天才なら、正攻法の学習(才能のゴリ押し)だけで合格できる以上、
そもそも、問題の自作などという邪道には走らなかったはずです。
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Q31:

 

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