中国の深セン市で、日本人学校の子どもが中国人に刺されて死亡した。深セン市や中国政府は、「邦人保護に努める」、「今回の事件は個別の事件」などと話している。

 数か月前にも似たような事件が起き、日本の小学生たちをサポートしていた現地の中国人女性が殺された。この時も、邦人保護に万全を期すと話していたはずだ。いくらそのようなことを言っても中国は広く、日本人もたくさん住んでいる。どうやって保護するというのだろうか。反日教育や反日プロパガンダを日々繰り返し行って国民を洗脳している中国に住んでいる全ての日本人の生活をずっと監視して安全を守ることなど不可能である。中国人の誰かがやろうと思えば、簡単にいつでもどこでもできるのが実情だろう。

 中国に住む日本人の命を守るためには(他国並みの安全性を確保するためには)、中国が中国国民に対する反日教育や反日プロパガンダをやめるか、あるいはいっそのこと中国から日本企業が手を引くか、いずれかしかないだろう。

「二度あることは三度ある」といわれる。これは蓋然性の低い単なる諺ではなく、一度目の大きな反省から、自分の気持ちや願い、能力をもって最大限努力をした結果それでも二度目が起きるなら、その人の意思や考え方、能力では無理な事案(改善できない事案)であったということだから三度目も起きる可能性が高いということで、もっともなことだと思う。

 カット野菜を洗う時に使う次亜塩素酸ナトリウム(水道水の殺菌で使われる100倍の濃度)や福島県産の農水産物に含まれる放射線量の量(濃度)などは、国の基準内だから安全だという。

 国が示す基準内なら体に安全なのだろうか。国の基準値は、すぐにバレないレベル(食べてすぐに体のどこかに異常がでたり入院したりしないレベル)の基準値だけは保ちつつ、あとは最大限経済優先に決めているはずである。

 アメリカから輸入されるグレープフルーツやオレンジ等には、アメリカや日本の国内では禁止されているハーベストポスト(収穫後に使われるもの)の濃い農薬がしっかりと定着するようにワックスと共に船内で大量に繰り返し噴霧されている。国内で禁止されているハーベストポスト農薬だが、輸入柑橘類になると国の基準値内に収まり、販売OKとなる。ニワトリと玉子の話のようだが、輸入するために基準値を自由に決めているという、おかしなことが普通である。結局、国は基準値などどうでもいいのであろう(すぐにバレない範囲内で)。

 恥や思いやりを捨てた者との一対一の話し合い程、むなしいものは無い。「触らぬ神にたたりなし」である。

 そのような相手とどうしても会話が必要な場合は、複数の人(できるだけ多くの第三者)がいる所で話し合うのがよい。そうすると、相手も多くの人の前では言えないような限度を超えた自己中の内容やおかしな論理(筋)、蓋然性の低いこと、とぼけやこじつけ、思い込みによる決めつけ等々は言わなくなる。

 ということは、確信犯なのか。

 兵庫県知事が質問を受け、核心部分や重要な部分になると、「わからないけど、○○(自己中や思い込みの主張の繰り返し)」、「知らないけど、○○」と言ってとぼけてしまう(例えば、「道義的責任がわかりませんが、ー自己中の主張ー」等)。わかっているし、知ってもいるのであるが、相手の話や自分にとって不利な事実を認めないために、幼稚で陳腐な手段を使っているのであろう。

 これは、この知事に限ったことではなく、官僚や県職員などが日常的に使う手法である。やる気や能力ゆえに、そうやることが楽で便利なのだろう。この2つの言葉さえ使っていれば、理由なく話を堂々巡りに持ち込める。相手方は、「わからないけど、・・・」と繰り返され、本当にわからないのかと真に受けてもう一度丁寧に説明してもて、再び「わからないけど・・・」「しらないけど・・・」と言われ、相手が「わかった」と話すことは無い。馬鹿げている。話し合いや仕事の目的を間違っている。

 ジャングルポケットの斉藤氏が、体調不良のため当面の活動を休止する。

 ジャングルポケットのコントはとても面白く、よく動画を見ていた。メンバーの中でも彼の表情が秀逸で、お笑い芸人の中で一番おかしかった。

 少し前からお笑い以外でもテレビに出るようになり、いじめ経験を話したりまじめなことを話したりしていたが、彼にはお笑いだけでやってほしいとずっと思っていた。日本テレビの「ZIP!」にも出てコメントなどを言っていたが、表情はいつもつらく無理をしているように私には見えた。

 昨年の二度にわたる不倫スキャンダルもあり、そのことが本人や視聴者の頭の中にずっとあり、まじめな顔でまじめなコメントを言ったり視聴者が聞いたりすることが、とても厳しかったように感じる。

 彼はコントでその実力が最高に出るのだと思う。他に類を見ない程のコントの才能を持っている。コメンテーターをしたり、司会をしたり、いじめ経験などを話したりせず(コントを楽しい気持ちで見られなくなる)、お笑いだけでやっていける人であり、それを願っている。

 最近は彼らの新しいコントを見ることが無くなった。ゆっくり休んだ後は、コント中心で皆を笑わせてほしいものである。

 

 都市部の指導主事は、教員や教師を目指す学生に対しても謙虚で丁寧に話をするが、地方の指導主事は若い教師や大学生に対しては傲慢で非常に態度が悪い。思い込みで、的外れな指導を平気で口にするし、教師を目指す大学生からの事務的な質問メールを無視する指導主事もいる(答えられないないような質問であればその旨を伝えるメールをきちんと返信するのが社会人としての常識であろう)。そのくせ、自分の上司に対してはこびへつらう。部下や学生などを見下しているのだろう。社会の常識やビジネスマナー、人権感覚などもよくわからない、悪い意味での「いなか者」の典型である。もちろん地方にも都市部のような指導主事が数としてはけっこういるのだろうが、経験上このような傾向が顕著だった。

 閉鎖された地方の中で自由に威張れるという、いなかの公務員の雰囲気が、教育事務所や県職員たちを裸の王様にしてしまうのだろう。まさに、「実ほど、頭を垂れる稲穂かな」である。

 安いミニテーブルを買おうとネットで探してみたら、ほとんどが中国製だ。テーブルに限らず、食器から調理器具、家具、雑貨など、安いものはほぼ中国製である。

 最近、サンダルや下着、化粧品、食器、ビーチボールなど、中国製品について韓国が調べたら、基準値の数十倍から数百倍の発がん性物質やカドミウム、メタノールなどの有害物質が検出されたという。安く作るために、人体への影響を無視して使っているのだろう。

 上にあげた製品だけが危険であるとは考えにくい。安くしたいし儲けたいのであれば、他国の国民の健康などはどうでもよく、有害物質でも大量の危険な農薬でも、何でも使うのは当然なのかもしれない。

 日本でも中国製品であふれかえっている。我が国では、発がん性物質や有害物質について調べているのだろうか。費用がかかるし面倒だから黙認しているのだろうか。日本も韓国を見習って検査をし、安全が確認された物だけを国内に流通させてもらいたい。無理であれば、せめて下着や服、紙類、腕時計バンド、野菜や調味料(再利用の油など)、栄養補助食品、海産物(中国の原発から海に流している高濃度の汚染水のすぐ近くで取れたわかめや昆布、貝類の危険性があるため)等々、体に触れたり飲食したりするものだけは調べてもらいたい。それもダメなのか。

 中国で、また日本人の小学生が中国人に襲われた。刃物で刺され、手術中だという。助かってほしい。襲われた18日は、柳条湖事件から93年にあたり、反日感情が高まりやすいという。最近では、中国人による日本人観光客へのヘイト動画がアップされ、問題にもなっている(非難を浴びて削除済み)。

 しかし、中国や韓国で暮らしたり、中国人や韓国人と接したり、中国人や韓国人と契約を交わしたりするということにはどういう危険性があるのか、情報不足、認識不足の点があったのは、自分のせいであろう。自業自得の面もある。私は、その国の反日教育内容や民度を考慮し、中国と韓国の日本人学校では絶対に働こうとは思わない(殺されないまでも危険なことや嫌な思いをすることは多々あると思われる。日本人を恨んでいる人が多いのだから)。

 私がこれまで長期にわたって接してきた多くの情報から、中国と韓国に歴史教育は無く、代わりに「嘘」(自分たちの都合のいいように作られた昔話)と「恨み」の洗脳教育を行っている国だと思うのだが、間違っているだろうか。

 ある週刊誌のネット版の見出しに「なぜ世間は秋篠宮家をバッシングせずにはいられないのか」とあった。

 この表現自体が、すでに世間をあおり、攻撃的な意見を生み出し、口コミや掲示板を炎上させるものである。おそらく意図的なのだろう。

 世間の人々は、実際に肉眼で秋篠宮家の方々の行動を見ることはない。したがって、テレビや新聞、ヤフーニュース、ネット上の雑誌などマスコミが流す情報を、それが正確か不正確かに関係なく知識として獲得し、それに沿った意見を持つ。それしかできないのである。だから、マスコミがどのような内容をどういった表現でどれだけの量の情報を社会に流すかによって、世間が秋篠宮家についてどう感じるのか、バッシングをするのか(そもそもバッシングの判断基準や世間が本当にバッシングしている状態なのかさえ不明であるのだが)、尊敬するのかが決まってくる。

 すべてはマスコミのさじ加減一つである。万が一、世間が秋篠宮家を本当に不適切なバッシングをしている状況であるならば、そうしたのはマスコミである。それ以外に、このような状況を作り出せる人(媒体)はいない。

 マスコミは、基本的に世間を煽ったりネット上で炎上させたりするのが好きなのだろう。好きと言うより、それが仕事なのだろう。もしある出来事について多くの人が反対も怒ったりもしないような穏当な内容や中立的な表現の平凡な記事では、世間は見向きもしてくれない。発行部数や視聴率が下がる。マスコミが炎上商法を行うのは、当然のことなのだろう。しかし、少なくともそれを世間のせいにするのはやめてもらいたい。

 杉村太蔵氏が、政界復帰について「あるわけない。2万%ない」と話していた。

 100%と2万%の違いは何なのだろうか。「100%ない」というのが、なる可能性は0ということだ。

 彼に限ったことではなく、「120%○○だ」、「200%○○だ」という言い方はよく耳にする。しかし、そのような言い方をする人に限って信ぴょう性がないものである(状況が変わると、すぐ態度を変える)。