神田氏が「旅サラダ」をやめた。芸能人は番組をやめる時に、よく「卒業」と言う言葉を使うが、卒業とは「学び終えること」である。学ぶ姿を視聴者に見せていたというのか。それはあまりにも失礼であろう。お金をもらい、プロとして自分の仕事内容をこなしていたはずだ。建前であっても、それを否定しないでもらいたい。したがって、神田氏も「卒業」ではなく「やめた」と表現したい。

 今日の番組で一番心に残ったのは、最後に松下氏から神田氏に手渡された花束があまりにも小さく質素であったことだ。これではかえって失礼だ。見ていて「わ~、ひどい」と思った。神田氏も、しげしげと花束を見ていたが、あまりの小ささに驚いていたのではないだろうか。

 神田氏も、番組当初から一緒にやってきたスタッフは亡くなったり偉くなったりして、自分だけが残ったと話していたが、いろいろなことがわからない若いスタッフが多くなり、番組が暗くギスギスした雰囲気になっていったのではないだろうか。神田氏にとって最後となった今日は、久々にとても生き生きとしていた。番組を終われるうれしさが伝わってきた。

 ここ数年の神田氏はひどかったが、番組当初の向井氏、みやこちゃん、田中義剛氏の4人の時は、とても面白く良い番組だった。コーナーも全部良かった。あの時が黄金期であった。いずれにせよ、四半世紀にわたり、ずっと土曜日の朝を楽しいものにしてくれた神田氏に感謝したい。

 

 高市氏が敗れ、石破氏が総裁になった。

 2回目の投票前に、それぞれ5分間の演説が行われた。高市氏はいつも通り、話の内容に合わせて急に満面の作り笑顔をみせ、5秒後には再びパッと元の厳しい表情に戻していた。これを何度も繰り返すのが彼女の特徴だ。不自然で不気味である。普段の厳しい顔、人を見下す上目遣いの顔とは全く違っていた。落差が大きすぎて、とてもじゃないが私はこのような人を信用できない。彼女のこの様子を5分間見ていた自民党議員達も、やはり彼女を心の底からは信用できなかったのではないだろうか(危うさを感じたと思う)。自民党議員たちにも、まともな感覚の部分があるんだなあと、少しほっとした。

 しかし、総裁となった石破氏は各局のニュースに出演し、裏金議員達を次の選挙で公認するかの質問に、総裁である自分がなぜ公認したのかしっかりと説明することが重要であると繰り返した。

 な~んだ。結局公認するのか。自民党議員である以上、絶対に生まれ変わることはできないと確信できた。彼もまた詭弁によって国民を煙に巻きながら、これまでの自民党のやり方を踏襲していくのだろう。最初で最後の改革をできる議員だと思っていたが、総裁になってから数時間でこれでは無理そうである。

 次の選挙において、党として裏金議員たちを公認しなければ多くの議員たちから反発を受け、党内はめちゃくちゃになるかもしれない。しかし、彼は一匹オオカミとして「正義」と「国民の理解」の2つを大事に数十年間にわたり議員活動をしてきた人だ。その自分の歩みを否定するつもりなのだろうか。裏金議員たちを公認せず、正義を貫き、おかしなルールをすべて変えたのち、全議員から反発を受け、古い体質の悪い自民党をめちゃくちゃにして辞職することが、国民が彼に求めていることだと思うし、それは彼にしかできないことである。経済や外交などは誰でもできるのである。というか、誰がやっても同じ結果になる(菅氏でも小泉進次郎氏でも)。石破氏しかできないことは、自民党、ひいては政治全体から不正や悪をすべて無くし、お金の流れをすべて透明化し、世襲制を禁止し、議員の給料を国家公務員上級職並みにし・・・等々、国民が不満に思っていること全てを無くし、国民から信頼される政治(家)にすることである。

「虎に翼」が終わった。

 個人的にはほっとした。特に後半は、視聴者を無視して脚本家が言いたいことを詰め込んだ説教番組のようになっていた。

 寅子は他人の気持ちがわからず、言葉尻を捉えては自己中な思いで攻め続け、それを反省して謝ってばかりいるが、何度でも繰り返す。家族や友達、同僚にこのような人がいたら、とても大変で気が休まらないだろう。みていて、本当に嫌な人だった。

 それにしても、前半で時々歌われた寅子のラップのような歌が、この俳優さんを見るたびに思い出され、今でもトラウマになっている。

「全ては麻生太郎次第だった…「最後の帝王」が日本の未来を決める!高市か、小泉か、それとも「石破5度目の正直シナリオ」」という見出しがヤフーニュースを飾っていた。

 このように、マスコミによって虚像が作られ、現実となっていく。嘘でも言い続けていると、現実になっていくのである。

 麻生氏は、能力(特に論理や国語に関する能力、コミュニケーション能力、交渉力等)もたいした経歴(実績)もない。詳しくは書かないが、たまたま数が集まっただけで、キーマンや帝王などといったような人物ではないと私は思う。今は、ハッタリと威圧(おどし?)でなんとか地位を保っている。

 このような人物をマスコミが面白半分に帝王扱いすることで、議員も国民も「そうなのか」と思うようになり、現実となっていく。「砂上の楼閣」とはまさにこのことだ。マスコミって何なのだろうか。

 麻生氏が、自民党総裁選では高市氏を支援するように、自分の派閥の議員に指示を出したというニュースが流れた。

「派閥」の最大の問題は、数の力に任せて金と人事を自分勝手にできるということ以上に、数の力で自民党総裁に担ぎ上げて日本の首相を派閥の会長が意のままに裏で操るという、事実上民主主義を破壊し、総裁選挙で選ばれていない人物の独裁国家にしてしまう点にある。

 生まれた瞬間の赤ちゃんは、等しく情報量がゼロである。この何も入っていない箱の中に、親や接する人々(看護師さんや親せきの人等)、周囲の環境(景色やおもちゃ、服、布団等々)からさまざまな情報を入れてもらう。数年たつと友達や学校の教師、本、テレビ、ニュース、雑誌などからの情報も入ってくる。

 人間は、自分の考えを持っているというより、頭の中に(刺激なども含め)「情報」をインプットされ、それらをそのまま、あるいは多少かき混ぜて(つなぎ合わせて)アウトプットしているにすぎず、つまるところ人間の頭は単なる箱のようなものに近いともいえる。

 では、発明などはどう説明するのかと言われるかもしれないが、なにかを発明する人はそれまでに発明しやすい知識やパターンなどの情報をどこかで得てきており、それらを整理したりつないだりしたに過ぎない。数学で言う「ひらめき」である。ゼロから答えが突然ひらめくのではなく、持っている知識が結び付いたに過ぎない。もちろん試行錯誤的に実験数をこなし、まぐれ当たりで発見や発明できることもあるが、それは脳を使ったのではない。「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」方式だ。

 兵庫県知事に、高校生が「やめないで、頑張ってください」という趣旨の手紙を渡し、それを読んで辞職ではなく、知事選に臨む選択をしたという。この高校生の影響は非常に多かった。さて、この高校生は、兵庫県知事がどのようないきさつで全会一致で不信任決議案が出されたか、情報を持っていた上での意見、考えだったのだろうか。知事が原因で二人の方が命を絶った。この二人の家族の前で、あるいはこの二人の墓の前で、知事に渡した手紙を読めるだろうか。命は非常に重いものである。今回の事件は、誰かが謝罪するとか失職する、いや知事を続けるなどという生命とは無関係のレベルの話ではない。下手をすると、無期懲役などという重い刑罰レベルの話である。すべては情報の質と量で決まる(何をどれだけ知っているか)。個人が考えた「意見」などと、たいそうなものではない。高校生は部分的な知識しかなかったのではないのか、その検証が必要である。知事の判断を決定づけた行動なので、そこまでやる必要があると思う。もちろん、高校生を責めるためではなく、知事に再考を促すためである。

 大多数の県民や国民、そしてすべての県会議員が、彼のパワハラや権力を用いた不適切な手続きを認めていない。そして、複数の命も奪われた。詭弁で済む話ではない。学校があるために情報番組などで知事がやっていたことを詳細に知ることができない高校生を巧みに利用し、ごく少数のいいとこ取りで結論を導くことは、大人として恥ずかしいことである。官僚というのは、部分的(詭弁力)には異常に優れているが、社会常識や想像力(人がどう思ったり感じたりするか等)に関しては小学生にも劣るように私には感じられる。言い換えれば、体の大きな赤ちゃんのようだ。一生懸命、無邪気に残念な言動をしている。

 深セン市での日本人小学生殺傷事件で、中国は根拠を示さずに反日教育やSNS上の反日動画などの影響はないと、犯人の動機などをあいまいにしている。

 中国は、自分たちはやりたい放題やって、責任を取ったことは無い。このような国と信頼関係を築けるはずもなく、他国は経済のために中国に対して気を使いすべてを受け入れながらしぶしぶ接しているというのが現状だろう。

 中国は、様々な違法行為をしても、それを指摘すると逆にこちらを非難し行動をエスカレートしてくる。これは、今後もずっと99%の確立で行われ続けるということは、当事者の中国はもちろん世界中の国々が理解していることであろう。中国と付き合うためには、このような事をこれからも仕方なく受け入れいれていくか、それとも関係を断つか、どちらかしかない。

 残りの1%は、世界大戦など何かのきっかけで今の中国政府が無くなり、法に基づく民主国家になる可能性であり、その時には違法行為をやめたり謝罪ができたりする当たり前の国になるのだろう。それから付き合い始めても、経済的にそれほど困らないのではないだろうか。様々な有害物質や高濃度の農薬がかかった品物が日本に入ってこなくなるし、中国人が日本の建物や不動産を買いあさり学校や街、中国人のリゾート地をつくってミニ中国を日本各地に増やしていくことも防げるし(岩手県の安比高原など)、中国人観光客もやってこなくなって各観光地や奈良の鹿も喜ぶ。いいことばかりである。貿易を絶つことは日本の大企業に痛手となるのかもしれないが、別にやっていけない程の事でもないだろう。中国への依存をやめ、最終的には関係を絶っても日本人は困らないし日本のためだと思う。

 いつかは第三次世界大戦が起きるだろう。その終結後、世界の国々をどのようにするかの人類の話し合いが、地球のための歴史上最も重要な会議となる(国の在り方、国の体制、国境、その他環境、経済の在り方、人の生き方等々)。こういうことも考えて、攻撃の終わり方、戦争の終わり方を十分に考慮して戦わなければいけない。

 深セン市の小学生が亡くなった事件では、いろいろと問題はあるのだが、重体患者の病院間の連携は日本のようになっていたのかということも気になる。

 この小学生は、事件から亡くなるまでに結構時間があった。最初に運ばれた病院が大学病院のような設備や技術のある所でなかったとしたら、近くの中核病院などで緊急処置をした後に救急車やヘリで大病院に運ばなければ、死を待つだけになってしまう。そもそも、大病院が近隣にあるのかもわからないが。

 国によって命に対する考えや医療システムに差はある。重体になった時にも日本と同じような医療技術や医療設備を求めるのであれば、日本と同等レベルかそれ以上の医療先進国以外には住まないようにするしかない。

いろいろと調べてみたら、これという決まった答えは見つけられなかったが、結構目についた説明としては、競技や試合を行う場所に対して最初や最後に礼をするのは「楽しませてくれる場所、自分を鍛えてくれる場所を与えてくれてありがとう」という感謝の気持ちというものであった。

これなら、納得できそうだ。

  能登半島で、複数の川が氾濫し、逃げ遅れた人たちが行方不明になったり死亡したりしている。

 家で一人で寝ていた中学生は、外出していた父親からの電話で目を覚まし、外を見たらすでに逃げられない状態で、家ごと流されて未だに行方不明である。

 自治体は、避難指示や緊急安全確保の情報を防災無線(町内に聞こえるスピーカー)で出さなかったのだろうか。出したとしたら、手遅れ状態になってから出したのではないのか。調査が必要である。

 またしても、威張るだけの役人達の怠慢や能力(判断ミス)によって一般市民が犠牲になったのではないことを祈りたい。人災であれば、自治体が補償するべきであろう。