生まれた瞬間の赤ちゃんは、等しく情報量がゼロである。この何も入っていない箱の中に、親や接する人々(看護師さんや親せきの人等)、周囲の環境(景色やおもちゃ、服、布団等々)からさまざまな情報を入れてもらう。数年たつと友達や学校の教師、本、テレビ、ニュース、雑誌などからの情報も入ってくる。
人間は、自分の考えを持っているというより、頭の中に(刺激なども含め)「情報」をインプットされ、それらをそのまま、あるいは多少かき混ぜて(つなぎ合わせて)アウトプットしているにすぎず、つまるところ人間の頭は単なる箱のようなものに近いともいえる。
では、発明などはどう説明するのかと言われるかもしれないが、なにかを発明する人はそれまでに発明しやすい知識やパターンなどの情報をどこかで得てきており、それらを整理したりつないだりしたに過ぎない。数学で言う「ひらめき」である。ゼロから答えが突然ひらめくのではなく、持っている知識が結び付いたに過ぎない。もちろん試行錯誤的に実験数をこなし、まぐれ当たりで発見や発明できることもあるが、それは脳を使ったのではない。「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」方式だ。
兵庫県知事に、高校生が「やめないで、頑張ってください」という趣旨の手紙を渡し、それを読んで辞職ではなく、知事選に臨む選択をしたという。この高校生の影響は非常に多かった。さて、この高校生は、兵庫県知事がどのようないきさつで全会一致で不信任決議案が出されたか、情報を持っていた上での意見、考えだったのだろうか。知事が原因で二人の方が命を絶った。この二人の家族の前で、あるいはこの二人の墓の前で、知事に渡した手紙を読めるだろうか。命は非常に重いものである。今回の事件は、誰かが謝罪するとか失職する、いや知事を続けるなどという生命とは無関係のレベルの話ではない。下手をすると、無期懲役などという重い刑罰レベルの話である。すべては情報の質と量で決まる(何をどれだけ知っているか)。個人が考えた「意見」などと、たいそうなものではない。高校生は部分的な知識しかなかったのではないのか、その検証が必要である。知事の判断を決定づけた行動なので、そこまでやる必要があると思う。もちろん、高校生を責めるためではなく、知事に再考を促すためである。
大多数の県民や国民、そしてすべての県会議員が、彼のパワハラや権力を用いた不適切な手続きを認めていない。そして、複数の命も奪われた。詭弁で済む話ではない。学校があるために情報番組などで知事がやっていたことを詳細に知ることができない高校生を巧みに利用し、ごく少数のいいとこ取りで結論を導くことは、大人として恥ずかしいことである。官僚というのは、部分的(詭弁力)には異常に優れているが、社会常識や想像力(人がどう思ったり感じたりするか等)に関しては小学生にも劣るように私には感じられる。言い換えれば、体の大きな赤ちゃんのようだ。一生懸命、無邪気に残念な言動をしている。