今日も朝から政見放送をやっている。ひどい。誰が立派なことを言えるかの戦いだ。

 もし当選したら、言ったことを本当にやるのだろうか。本当にできるのだろうか。投票だけしてもらったら、あとは「知~らない!」では、あまりにもひどすぎる。当選すれば、言ったことが本当に実現可能なのであれば、「選挙活動中に公言したことを実現できなかった場合には、議員辞職します」と約束してもらいたい。そうすれば、選挙活動中に話していることを参考にもできるのであるが、そうでなければ街頭演説も討論も政見放送も、嘘、ハッタリの茶番劇に過ぎない。少なくとも私には、確信的詐欺のように見える。言ったもの勝ちの、捕まらない違法行為のように感じられてしまう。「いや、そうではない」と言い切れるだろうか。ずる賢い人は、どこまで行ってもずる賢いものである。

 立候補者の嘘公約で国会議員を選ばせる仕組みは、国益のマイナス、極端に言えば国家転覆行為という見方もできる。何の政治的能力もない芸能人上がりの議員や世襲議員、犯罪者まがいの議員達に、1億人以上の国民の生活や命、国の運命を任せるなど、本当にばかげている。立候補者達も、立候補者達の主張を流し続けるテレビ局も、それを真剣な顔で聞いている国民も、私にはまったくわからない。みなは、何を願い、何を目指しているのだろうか。

 衆院選の選挙活動で、立候補者や応援議員は、「お願いします」と繰り返す。「自分に投票するようにお願いします」と言う意味なのだろうか。なぜ、あえて聴衆の間を走って周り、握手をして頭を下げるのだろうか。

 このようなことをするということは、何度も頭を下げてお願いしたり、握手をしてあげたり、走り回って頑張っているように見せたりすることで、国民は自分に投票してくれると思われているということなのだろう。いくら自民党議員と言えども、無意味でムダなことはやるまい。実際、これらの立候補者の振舞いによって、国民は投票しようと思うのだろう。

 演説やテレビでの討論なども、国民は真剣に聞いている。立候補者たちの発言は、当選したら本当に実行されるのだろうか。実現されるのだろうか。何の保証も担保もない。悪いことを言うはずもなく、できるだけ立派で理想的なことを言う戦いである。私の感覚的な見通しをあえていうなら、おそらくだれが当選しても発言通りのことが」実現されることは無い。多くの反対議員や官僚がいる中で、これまでと異なる立派なことなどに取り組むことすらできないはずである。これまでのように・・・。

 それに長年派閥解消を訴えてきたあの石破首相でさえ、唯一の派閥の長である麻生氏を最優遇し、頭を下げ続けている。政治家たちは、悪く変わることはあれ、よく変わることなど不可能である(一人で政治をやっているのではないから)。選挙期間中の立派な発言などは、結果的にまったくの嘘である可能性が高く、聞いていると国民にとってはマイナスにしかならない。

 国民は、街頭演説もテレビでの立候補者たちの主張も見聞きする必要は無く、これまでの立候補者たちの言動を振りかえり投票するだけである。ごまかしパフォーマンスを見て、自分の判断を狂わす必要性がどこにあるのか。

 人を笑わせる才能がないのに、お笑い芸人としてテレビに出演している人があまりにも多くなった。お笑い芸人をレベル分けしてみた。

レベル4(素人) 

 身内だけでバカ騒ぎをしている大学生のような芸人グループに参加し、日常会話で周りの芸人達から大笑いの演技をしてもらっているタイプ。

 

レベル3(強要芸人)

 一般人の間では普通に交わされている言葉を思いきり叫ぶ。笑わないとその場が気まずい雰囲気になることを利用して、お客さんや俳優さんなど他の出演者たちに無理に苦笑いをさせるタイプ。

 

レベル2(売れないベテラン)

 自分は面白いことを言ったりやったりできず、他の芸人や一般素人にふる。専門家に質問ばかりしているエセコメンテータータイプ。

 

レベル1(最強)

 笑わないお客さんやスタッフに向かって、「笑えやー!」、「笑いは芸人とお客さんやスタッフみんなでつくりあげるもんやー!!」と怖いほど怒鳴る。劇場のお客さんなどは、もはや怖くて苦笑いもできなくなっている。お金を払ってお笑いを見に来た人たちを固まらせてしまうタイプ。

 

 このように書くと、お笑い芸人達は「じゃあ、お前がやってみろ」と、へんな論理(筋)を言うのだろう。私や一般人は、人を笑わせる能力がないから、お金をもらって対価を払う「仕事」にしていないのである。

 NHKのBS放送で、京都の老舗旅館「俵屋旅館」の特集番組があった。主人が語っていた言葉が印象的だったので、記録として残しておく。

「世間一般では心と言われるが、サービスは知恵である」

 世の中に、うまい話などない。当然のことである。株などと同様に、大きな利益を狙う場合はそれに比例した大きなリスクも生じる。リスクなしで大きな利益を得られる話など、冷静に考えればあるはずがないことは誰にでもわかるだろう。そのような話があったら、勧めてくる人だけでやっているはずだ。うまい投資話や営業販売人の話などをまじめに聞いている人を見ると、本当に気の毒に感じられる。

 福島に原発を造るか検討された時、県や町には大きなお金が入ってくるから大きなリスクと大きな利益を取ったのだろう。結果、リスクのみを被るケースも多い中、どちら(大きなリスクと大きな利益)も得ることになった。騒ぐことではない。自然な流れである。

 最近、中国で日本人の小学生が襲われる事件が多発している。中国では、反日教育、反日プロパガンダ(テレビや映画)を行っているから、日本人をやっつけたいと思う人が多い。中国に住むということは、日本よりもはるかに危険な所で日常生活をするということである(スパイ容疑で逮捕されたり殺されたり等)。皆がわかっていることだ。そのリスクを背負って、大きな利益をもとめて家族で中国に住んでいるのだろう。そして事件が起きる。騒ぐことではない。自然な流れである。もし起きたことに驚いているのであれば、予想できたのだから前もってこの自然な流れが起きない仕組みを作ったり別の行動を取ったり(「中国国内では仕事をしない」等)すればよかった。それをしないで、流れのままに事象が起き、慌てている。それはおかしいことだ。

 リスクと利益(収入)のバランスをどうとるか、個人や家族の人生観や幸福観で選ぶことになる。嫌な結果に目をつぶってやり過ごしていると、あとでとても大きなしっぺ返しが待っていることを認識したほうがよい。

「誹謗中傷だ」、「カスハラだ」と言う人は、それを受けたと感じている人(あるいは騒ぎが好きなマスコミ)であろうが、当人は何をしたから注意され、なぜこのような極端な表現で逆切れしてみせるのか(責任逃れのため?)、そこの検証がされることは無い。自分の言動を棚に上げて逆切れした者勝ちを許してはいけないと思う。

 火のない所に煙は立たない。「カスハラを取り締まる法律を作るべきだ」などと主張する人の職種を見ると、個人的にはこれまでその職種で嫌な対応をされることが多かった。それらに対し、注意や批判、悪口を言う人が出るのは自然の流れであり、相応の対応であろう。大前提として、カスタマー(企業や店)側は、誠実な対応や商売をしなければいけない。もちろん、殺人予告のような違法行為にあたる言動のクレームについては、警察が動けばよい。

 カスタマー側は、この殺し文句を言えば相手はおとなしくなり、マスコミや社会はこちらの見方になり、自分たちを正当化できるといった、悪人のための法改正だけにはならないように、定義や規定等を具体的かつ厳密にしてもらいたいものである。私は長年日常生活を送ってきて、カスタマー側は商売ゆえに結構あくどいと感じることが多かった。強い口調の批判はカスタマー側の思うツボになるので、ほどほどの表現で社会に訴えるのが得策であろう(直接カスタマー側に訴えると逃げられ、煽られ、最後はカスハラ扱いされるのがおちである)。

 お金は人を変える。昔とは全く別の性格にしてしまう。「思いやりの心」や長年の家族関係なども、簡単に木っ端みじんにする。お金は恐ろしい物である。

 しかし人間は、お金などに負けないこともできると思う。公平かつ厳密な法律をつくり、個々の希望による法律の変更をみとめたり複数の法解釈の余地を残したりしないようにすればよい。

 お金が絡んだ多くのつらい争いが日々発生している。法律次第では争いをかなり減らせるし、法以外に様々な人々をいっきに規制する方法はないだろう。

 知識や経験を含めた「情報(量)」を基に人は考えたり判断したりするので、持っている情報量が違う者同士が議論をしても、かみ合わなかったり水掛け論や最後は口喧嘩になる場合が多い。いくら言葉だけで説明しても、相手にその情報がなければ信じることもできずに、とにかく否定してくることになる。

 建設的な議論をするためには、お互いに情報量をできるだけ持っていることが重要だが、それは難しいことである。数十年間かけて一人一人が情報を得て来ているもので、短時間に何かできる話でもない。

 意味のある議論を成立させるための他の方法としては、「自分の思った通りに話を進めたい(結論を得たい)」、「議論に勝ちたい」というおかしな目的を100%捨て、話し合う共通の目的を確認した後に、これから行う議論においてお互いの知識や経験、考えを練り合わせていくことを共に約束することだろう。

 何の保証もない、言ったもの勝ちの選挙戦がスタートした。

 首相でさえ言うことを日々コロコロと変えては都合よく言い訳を語っているというのに、もっと先のことについて「○○します」などと約束できるわけもない。国民はそれを聞いて判断しろと言うのか。街頭演説やテレビでの討論を、真顔で真剣に聞いている国民。何を考えているのだろうか。まさか、立候補者の主張を聞きながらだれに投票しようか選んでいるわけではないだろう。

 党によっては政治家はほとんどがずる賢く、口を開けば嘘や詭弁、責任逃ればかり、動けば不適切な行動ばかりであるが、そのようなことをしてきた人に投票して何度でも国会議員にしてやっている人達が最も悪者である。政治家たちは、「政治家になりたい」と思っただけでは国会議員になれないのである。

 再び議員になってこれまで通り傲慢な態度で不誠実にふるまい、バレなければ何でも悪いことをやっていったとしても、それは国民の判断、希望であり、議員本人たちが悪いとは言えない。本人にしてみれば、国民から選ばれ、やってくれと(投票によって)頼まれたからやるだけであろう。

 

 

 23時からのTBSのニュースで、7党首が集まって討論をやっていた。まだやっていたのか。実際に取り組む保証も、取り組んだとしても達成できる保証もないことについて、「○○します」と皆が断言している。これは私は詐欺だと思う。わからないことを「します」と言えるはずがない。討論や選挙演説などは、自民党に関して言えば、これまでの自民党議員達の言動で判断しようとする国民の判断力を狂わすことにしかならない。まあ、それが真の目的なのだろうが。

 蓋然性について少し突っ込むと、自民党以外は過半数を取れないから言ったことは実現不可能であるし、万が一政権を取ったとしても自民党や官僚が全力で邪魔をするので、やはり実現は不可能である。そして、自民党が口八丁やお辞儀・謝罪攻撃で過半数を取った場合、自分たちにマイナスになるようにしくみや法律を変えたくない人の集まりだから、討論会で主張していることはやはり実現不可能となる(石破首相一人では何もできない)。

 何のための嘘発表会なのだろうか。日本は現実的には一党独裁の派閥政治であり、事実上は独裁国家である。ごまかしている分、堂々と独裁政治を貫いているロシアや中国、北朝鮮よりたちが悪い。日本は、一級の立派な民主主義国家だということを世界にわかってもらいたいということについては、7党首が一致しているのだろう。