先の衆議院選挙で、最も国民から支持を得たのが自民党(191議席)、次が立憲民主党(148議席)、3番目になるとかなり支持が減り38議席の日本維新の会であった。今話題の国民民主党はさらにその下で、28議席である。これは自民党の約6分の1、立憲の約5分の1である。比較すればほとんど民意を得ていない党といえる。

 それにもかかわらず、自民も立憲も過半数はとっていないために、わずかな支持しか得られていない国民民主党がうまく立ち回り、事実上国民民主党の主張が最も優先される状況に、今の政治がなっている。これは民意を反映しておらず、本来の民主主義ではない(国民の多くから支持されていない政党が中心となって政治を動かすことは民主主義ではない)。

 では、どうするか。最も重要なことは、個別の政策よりも国の基本としなければいけない民主主義による政治である。良い、悪いにかかわらず、自民党や立憲民主党などの多くの支持を得た党が話し合い、政治を行うべきであろう。民主主義国家であるならば。こざかしい策や立ち振る舞いにコメンテーターも感心し、最も重要なことが置き去りにされている。

 博士号、博士号というが、3年間、あるいはそれ以上研究に専念し、単位取得満期退学者となる人も大勢いる。むしろ私には博士号を取ったと聞くと、簡単で適当な大学だったんだなあと思う。

 博士論文にもピンからキリまである。もし「博士号」がそれほど大事で重視されるのであれば、誰も知らないような簡単な大学の大学院に入ったほうが簡単に取れるだろう。

 私が行った大学院の研究室の教授たちは学会の幹部たちばかりで、その分野において日本では最も有名な人たちが集まっていたが、当時一人も博士号を持っている人はいなかった。教授たちは、博士号は一生研究し、その集大成をまとめて最後に取るもので、むしろ若くして持っていることは恥ずかしいことと話していた(現在は皆亡くなったが、亡くなる前に皆博士号を取った)。40年以上前の話なので今は状況が異なっているのかもしれないが、少なくとも「なぞり論文」を博士論文として認めたりすることだけはやめなければいけない。日本の学術論文の質が落ちないことを期待したい。

 本州のどこかに外国の巡行ミサイルが1発撃ち込まれたら、日本はどう反応するのだろうか。「厳重に抗議した」と、国内向けアナウンスで終わるのだろうか。それとも反撃するのだろうか。当事国と話し合いをすると言っても、いきなりミサイルを街に落としてくる国とまともな話し合いは成立しないだろう。

 ミサイルが日本の街に落とされた場合、日本が1発反撃した場合、抗議の話し合いが物別れになった場合等々、あらゆる事態を想定した対応をすでに決めていることを願いたい。大災害でもそうだが、有事が起きてから、ようやく無知で判断がずれている老人たちがあつまり、場当たり的な悪い選択をしたり、結論がなかなか出なかったりするようなことだけは防がなければいけない。第二次世界大戦の終戦間際も、日本の行動が遅れたために取り返しのつかない損害を受けたのである。「歴史は繰り返される」ことが無いよう、事前にあらゆる準備をしておいたほうがよい。武器についてもしかりである。戦争が長引いた場合、日本側にはもうミサイルも攻撃ドローンも無くなったために負けるということが無いよう十分に準備しているのだろうか。お金はかかるだろうが、今の世界状況を見ると、日本も危ない。仕方のないことである。

 とにかく政府や官僚が事前にしっかりとやってくれているのか、本当に心配である。能力的に大丈夫なのだろうか。後から「想定外だった」の一言で済ませる事だけはやめてもらいたい。

 今晩はテレビ東京で歌謡祭の放送がある。4時間の特番らしい。ここ20年程の歌謡界は、坂道グループとジャニーズばかりだったので後世に残る曲がなく、今晩も昭和~平成前半の曲がたくさん紹介されるようだ。

 司会者を見たら、ジャニタレ(ジャニーズ事務所の圧力営業によって今の地位を得た芸能人)の国分太一氏ということだ。会話や話し方がうまいわけではないし、個人的には個性や魅力が感じられず、逆にうまくできるかハラハラしてしまうので、残念だが番組は見ないだろう。

 年に一度の大きな歌謡祭になると、なぜか国分太一氏や似たような存在の相葉雅紀氏、櫻井翔氏が司会者に選ばれる。相葉氏は「声が聞こえにくい」、「会話が下手」など、櫻井氏は「話しべた(会話が続かない)」、「カンペを凝視しながら無感情な棒読み」などといったイメージがある。

 皆、ジャニタレの象徴のような存在だ。私は、やはり「いまだに旧ジャニーズ事務所やジャニタレ個人とメディア業界の間には忖度や癒着があるのか」と思ってしまうのである。他の理由が考えつかない。

 櫻井氏は日本テレビとベッタリの関係である。調べてみると、櫻井氏の父は総務省で情報通信行政を担い、退職後は電通グループの代表取締役副社長を歴任し、テレビ局に大きな影響力を持つ。妹も日テレに入社している。櫻井氏や妹は、本当に実力のみで採用されているのだろうか。先の兵庫県知事選では、国民からテレビ局は信用されずSNSが信用されて、あのような結果になった。しかし、テレビ局の忖度や癒着、コネ、圧力、不正・不公平などの実態を昔から現在に至るまで見ていると、誰もテレビ局など信用できないだろう。世紀の大事件であるジャニーズ事務所による性犯罪や忖度営業(脅迫・圧力営業)を数十年にわたって陰で支えきたテレビ局は、いまだに完全な第三者委員会による社内調査を拒み続けている。信用できないというよりも、私には「悪者」に見える。

 実質的に日本を動かしているのは政治家(政策担当)とテレビ局(世論形成担当)だと思うが、この二つが日本社会の中で最も腐っているという状況を見ると、やはり日本は精神面ではまだまだ三流国家なんだなあと感じる。日本の大きな欠点は、自浄作用がないことだ。そのために、なかなか改善・発展していけない。そして、外部からの圧力には非常に弱い。国連に、日本社会を監視・指導してくれる日本担当部署でも作ってもらいたいくらいである。

 橋下弁護士が自身のXにおいて、「この民意(兵庫県知事選の結果)を狂気だと言い放った者がいるようだがそいつが狂気だ」と記した。まるで小学生の喧嘩だ。彼に関わると、これに巻き込まれる。

 民意、つまり兵庫県の有権者は、ニセ情報の内容や表現、そしてその量にやられたが、狂気とは言えない。嘘を言われて、詐欺や悪徳商法、振り込め詐欺に引っかかった人がいても、その人が狂気ではなく、だました人が責められるべきであろう。民意を狂気だというのは、表現が強すぎて適切とは言えない。むしろ、だまされて本意とは異なる行動を取らされた可哀そうな人たちだと思う。

 また、兵庫県民を狂気だと言った人が狂気だというのも、現実的にはその通りではなく、言いすぎである。「狂気」の意味を調べてみると、「気が狂っていること。また、異常をきたした精神状態」とある。そこまでの話ではない。売り言葉に買い言葉の子どもの喧嘩である。

 しかし問題は、このような表現や論理の人、感情で話す人が、社会に影響力のある有名人であり、テレビなどで多くの主張を展開しているということだ。

 ものまね芸人は、本人をおもしろおかしく誇張してお客さんに笑ってもらうのが仕事である。それを見た一般の人は、本人を見ただけで嘲笑したりバカにしたりする気持ちが起きる。

 これはひどいことであり、社会的に放任してはいけないことだと私には感じられる。本人も、怒ったり注意をしたりすると世間のイメージが悪くなるから仕方がなく苦笑いをしているが、心の底ではやめてもらいたいと思っていることだろう(例外的に、売れない芸能人が売れる手段として物まねをしてもらいたいと願う人もいる)。このものまね芸人の仕事は、小中高生が、友達の特徴的な外見を取り上げてからかいひやかしてみんなで笑いものにする、いわゆる「いじめ」の仕方を教え広める一助ともなっている。人との違いをからかい、笑いものにし、時には攻撃するということを少年期から青年期にかけて学んだ感覚や習慣は、大人になってからも死ぬまで続く。

 しかし、私が最も許せないのが、物まね芸人が言う「自分は○○さん(本人)をリスペクトしている」という発言である。これは完全な嘘である。尊敬している人をからかい、世間の笑いものにできるはずがない。自分を正当化するために、真逆のことを堂々と発言できる人格や性格を、私は軽蔑する。

 ものまね芸人の仕事は、地域や世界における様々な差別にもつながっている。いますぐやめ、SNS上からも動画を削除することを要望する。「からかい、冷やかし、嘲笑」は「いじめ」であり、犯罪行為となる(名誉毀損罪・侮辱罪)。人をバカにしてみんなで笑っている動画など、ネットで普通にみられる状態にしておく警察にも疑問を感じる。

 

※ ただし「ものまね芸人」といっても、一切デフォルメせず、お客さんを笑わせようとせず、本人をコピーするように上手に歌ったり声をまねたりするものまね芸人もいる。お客さんは笑わず、その芸に感嘆の声を上げ、感動の拍手をしてくれるようなお笑い芸人は、特定の個人や視聴者(国民)に不快な思いや悪影響、被害を与えたり、不適切な習慣を社会に定着させることは無いので、存在してもよいと思う。

 今年の紅白は、ついに氷川きよし氏が戻ってくる。しかも特別企画枠での特別待遇である。

 これで「氷川、純烈、山内惠介」のNHK専属3人組(2人と1組)の復活だ。

 5年程前から、この3人に対するNHKの扱いは異常で、歌番組にはほぼローテーションでこの3人が出演していた。出場回数が他の歌手と比較すると明らかに不平等・不公平であり、事務所との癒着、あるいは個人的な人間関係があるとしか考えられない程の扱いだ。

 氷川氏が休業している間はこのローテーションが崩れ、純烈と山内氏の出演回数も少しは減ったが、今年も何のヒット曲もない純烈と山内氏、そして大御所の氷川氏を選出し、3人組を完成させた。来年以降は、「うたコン」をはじめとしたNHKの番組には、最優先でこの3組が出演してくると私は予想している。NHKもテレビ局である以上、他のテレビ局とやっていることは一緒なのだろう(事務所や制作会社とのコネや癒着、芸能事務所からの暗黙の脅迫等々)。

 そういえば、ジャニーズ問題が発覚した時にもNHKは完全な第三者委員会による局内調査をかたくなに拒否し、逃げ切って今に至る。ジャニーズ問題の反省を行うまでは(完全な第三者委員会による調査・報告を受けるまでは)、公にできないような不適切な番組制作方針から足を洗い、公平・公正な出演者の人選を行うことは不可能である。反省しないということは、悪のままであり、それが助長されていくということだからである。

 この3人にはコアなファンがついているが、一般的には人気があるわけではない。むしろクセが強いために、嫌っている人も多いのではないだろうか。NHKは、視聴者全体のし好を無視し、来年からこの3人による怒涛の攻撃をしてくるように感じられる。

 各テレビ局は、ジャニーズ問題の時に完全な第三者委員会に社内調査を依頼せず、自分たち加害者側で調査のまねごとをして公表し、それで終わりとした。責任も取っていないし反省もしていない。その後、口では立派なことを言うが、いまだに反省から逃げ続けているテレビ局が立派なことを言えば言うほど信用を落としていくことが、テレビ局社員もまだわかっていない。

 テレビ局が全く信用できないとしたら、SNSは信用できるのだろうか。いろいろな人が好きに書き込めるので、もっと信用できない。新聞も自らの視点で記事や社説を書くので、客観性や事実(偏った一部の事実ではなく全体的に見ての事実)に何ら保証はない。

 国が作った教科書か、週刊誌か、大学の講義か・・・。もっと信用できない。

 では、国民は何を見て信じたり、知識として身につけたりすればよいのだろうか。おそらくそれは無理なことだと思う。適切なツールが世の中には見つからない。自分の頭で判断することが大事というが、それは無理なことである。入ってくる情報が真実か、適切か。それらを判断するための情報(知識)は本当に大丈夫か。

 どこかの研究者が、良い案を考え、仕組みやツールを提案してもらいたい。

「民意が示された」ということで、斎藤氏の不適切な言動が(社会的に)不問となり、県会議員や県職員が悪者になり、斎藤氏の不適切な言動を非難していたコメンテーター達が彼に謝罪していた。なぜこうなるのか。例えば、殺人犯がボランティアでもやれば、人を死に至らしめたことは帳消しになるというのか。良いことをしたとしても悪いことをしたら、それについて責任を取るということに世の中はなっているものだと私はずっと思っていた。さらに、この「民意」も非常に問題がある。無条件で「重要」、「最優先されるもの」といえるものではない。

「民意が重要」、「民意が最も尊重される」というためには、選挙に不正がなかったことが大前提である。有権者が明らかな嘘情報を与えられ、SNS上の量的攻撃によって感情操作をされた中で投票が行われたとしたら、実質的には有効であるはずがない。民意とは、一時的に意図的に操作されたものではない。

 今回の選挙は、実質的には不正が行われた選挙であり無効だと私は判断している。N党の立花氏の演説やユーチューブを見て斎藤氏に投票したという有権者のインタビューもあった。SNSがここまで無規制・無秩序に拡大した現在では、もはや個人の判断で嘘の情報か事実かを判断することは不可能である。今後は、今回の選挙において、(すべては無理なので)主な主張や大きな論点に関する選挙演説やSNS上の情報について(できればテレビ局からの情報も)、公的機関がファクトチェックを行い、それを広告などで県民に伝え、正しい情報を与えたのちに、本当の「民意」を問う選挙を行うことが必要であり、それによって正当な民主主義的選挙が成立する。そうなって初めて「民意は重い」などと言えるのである。

 今回はもう遅いが、次回からの選挙のために早急に不正選挙の定義を明確にし、違反者(意図的な嘘の流布等)の取り締まりと選挙無効(投票のやり直し)のしくみの厳格な運用を行っていかなければいけない。時代の流れと共に新手の手法で真の民主主義が崩壊されつつある。政府は社会の流れに素早く的確に対応していかなければいけない。

 今回の何人も亡くなった事件や手続き上の越権行為などについては、百条委員会も県議会も県職員もマスコミも国民も皆役に立たないので、あとは警察(裁判)にすべてまかせて、法的に処理するのがベストであろう。

 兵庫県知事選で再選した斎藤氏が記者会見を行い、県議会について「県議会も民意を受けた後で、どういった関係性になっていくかも見定めさせていただく」、県職員については「民意を得たので、職員の皆さんは知事部局として一緒にやっていくのが地方公務員の責務」と語った。

 当選したとたんに、「見定めさせていただく」、「地方公務員の責務」。権力を持った人によるこのような発言は、私には脅迫にしか見えない。彼の人間性がよく表れている。