国民民主党代表の玉木氏が3か月の役職停止となった。仲間内で話し合って決めたという。

 党の処分というよりも、党が彼のことをマスコミや国民による批判から逃がしてやり、有給休暇をあげただけにしか私には見えない。3か月というのは、マスコミや国民が忘れるのにちょうどよい期間である。彼は、自分で進退を決めると話していたが、なぜ党の仲間に処分を任せたのだろうか。それは、自分自身ではまさか3カ月休んで終わりにしますとは言えないだろうし、党に任せれば夢のような処分に決めてくれるからであろう。どこまで行っても胡散臭い、というか信用できない人達である。

 与党でも野党でも、「政治家」である以上、「政治不信を解消し・・・」などと口にしてはいけない。政治家以外の第三者が言うことだ。どうしても言いたいのであれば、まずは自分自身をなおしてからである。

 

 その後、どうなったか気になること

①鳥居に傷をつけ逮捕されたアメリカ人

②路上で女性の顔をこぶしで思いきり殴って走り去り逮捕されたフランス人

③靖国神社の鳥居に落書きをし逮捕された中国人

④奈良の鹿を蹴ったり殴ったりしている中国人たち(警官が出てくることもあるようだが)

 

 ニュース番組ではその後は伝えないので、その後を専門に扱うコーナーやネット上のサイトがあってもいいように思う。それができたら、例えばレオパレスの偽装建築調査や改築のその後など、少し前のことも扱ってもらいたい。

 

 例えば県庁や市町村役場などの地方自治体では、本採用から会計年度任用職員、パート、アルバイト等、様々な人材採用のための試験がある。そのさい、人物調査のためにリファレンスチェックやバックグランドチェックを行うのであれば、対象者(受験者)の同意(書)がなければ違法行為となることを、人事担当者は知っているのだろうか。そもそも、リファレンスチェックやバックグランドチェックといった言葉すら知らず、受験者が過去に勤めていた複数の勤務先や知り合いに片っ端から電話をしているということは無いだろうか。

 実はあるのである。ある地方の県人事課や県教委では何もわからずに、受験者が過去に関わった勤務先等に電話をしたため、あとで本人が、自分が○○を受験をしたことを多くの知り合いが知っていて驚いたということがあった。しかもそれでは終わらず人事担当者が対象者の情報を近隣の市町村人事担当者に広めて(近隣の市町村は受験していない)、かなり自分の個人情報について広範囲の人々が知っていることがわかりショックを受けたのである。

 田舎の自治体や公務員を完全に信用すると、こちらが被害を受ける場合もあることを知ったうえで行動したり、事前に対応策を取っておいたり(前もって確認したり念押ししたりなど)したほうがよいだろう。田舎には、やはり悪い意味での田舎が残っている。昭和がしっかりと残っている(情報やその受け止めの感覚が昭和のままで、時代の流れがよく見えていない)。井の中に入る時には、十分気をつけたほうがよい。あるいは頭の中を空っぽにしてから、「郷に入っては郷に従え」でいくしかない。

 

 今日は一日中、代表質問の国会中継がある。石破総理大臣が答弁するのであるが、もちろん自分で作った原稿ではない。石破氏が会ったこともないどこかの誰かが書いた無難で抽象的な一般論の原稿を石破氏がずっと読み続け、それを国会議員や国民がずっと聞いている。何の意味があるのだろうか。もしこれが無くなったとしても、誰も困らない。

 いや、困る人たちがいる。だからやっているのだろう。それは、税金から高額な収入を得ている国会議員たちである。代表質問や、すでに議席数が決まっているので結論が出ている予算委員会の討論などがもしなくなってしまったら国会議員たちの仕事がかなり減り、国民から非難を受けたり給料の一部を返還しなければいけなくなったりするだろう。

 国会議員たちにとって、長時間にわたる茶番劇は、高額な給料をもらうために必要なのだろう。数百人の大の大人たちが、ふかふかの椅子にただ座っているだけでお金をもらっている。そのために、無職の人などもわずかな貯金を下ろしてせっせと税金を納める。国を挙げてのめちゃくちゃで壮大な茶番劇だ。残念なことは、黄門様や大岡越前、ウルトラマンなどのような最後に悪をやっつけたり正しい判決をくだしたりする正義のヒーローのいない、終わりのない劇であるということだ。

 教員が保護者などから集めたお金を流用して捕まったというニュースを時々見るが、教員はお金をどこか(教材店やバス会社など)に支払った場合、必ず領収書を受け取る。領収書がなければ、まだお金は教員の所にあるということだ。

 自分が流用した場合、領収書が存在しないのですぐにバレる。それなのに、なぜ流用するのだろうか。

「盗まれたということにしよう」ということなのだろうか。そうであっても、領収書を手にするまでは教員がお金の管理責任者なので、教員がお金を補填することになり意味がない。

 教員によるお金の流用は、どうしてやるのかよくわからない。

 筑波大や広島大、学芸大、横浜国大、兵庫教育大や上越教育大など小・中学校の現場の授業と深く関わりながら研究をしている学校教育系の教育学研究科ではなく、教育現場と深いかかわりのない東大や東北大、京都大などの教育学系の教育学研究科の院生が書いた修士論文や博士論文を見ると、小・中学校における指導法や子どもによる問題解決、教材分析に関するものもあり、それらは前者の大学の院生や研究者(教授や准教授、講師)が書いた論文をなぞったり(複数の論文を切り貼りしたり)、その論文を自分が誤って解釈して自分の言葉に置き換えただけの論文であったりするものがけっこうある。

 そして、その参考・引用文献を見ると、前者の大学院の院生や教授、准教授などが書いた論文や、教育現場に即した伝統のある学会誌に掲載された論文がほとんど書かれていない。つまり、読んではいるが知らないふりをし、それをあたかも自分が考え分析したかのように論文をかいているように私には見えるのである。

 学芸大や兵庫教育大などの図書館には、自治体から派遣された小・中学校の教員が書いた実践的学術論文が膨大にある。同じような論文を書くのであれば、誰かが新たに研究することは無い。わからない人が図書館に行って論文を読めばよい。だから、まずはすでに研究されているテーマでないかどうかを知ることが研究(論文作成)の出発点である。東大などの院生は、最低限先行研究には目を通し、まだ研究されていないテーマがあった場合に限り、研究をし論文を書いていくようにしなければいけない。その際、自分が見た先行研究論文は必ず「参考文献」や「引用文献」としてしっかり明記することが、最低限のルールである。

 都道府県によっては、何もわからずに「東大」という名前の権威にまどわされて、東大の研究者が提唱している授業改善の一手法を取りあげ、実践している学校が多い県がある。効果もまだ明らかになっておらず、学校教育系大学では全く触れられもしないものであり、本当に子どもたちにやらせて大丈夫なのかと思ったこともある。しかし扱う学校も次第に減り今では下火になったので、個人的にはほっとしているが、学校教育と日常的に深く関わっていない教育学研究科(いいかえば、偏差値の非常に高い国立大学の教育学系大学院)は、院生も教員(教授や准教授、講師)も少し「すみわけ」(研究の方向性、役割)を考えなおし、専門性や大学の特徴を生かして無駄のないすばらしい研究を行ってもらいたいと思うのである。

 今日、お笑いコンビ「錦鯉」の渡辺氏(ツッコミ担当)をテレビで見たら、あまりにも鼻が大きく硬そうで驚いた。若い頃の写真をネットで探して見てみたら、普通の大きさの鼻だった。加齢とともに大きくなったのだろう。

 お笑い芸人には、年齢と共に鼻が大きくなった人が結構いる。お笑い芸人以外のテレビに出ている人で(俳優や歌手、アナウンサー、お笑い以外のタレント、VTRや旅番組などに出演していた一般の人等々)、違和感を覚えるほど鼻が大きな人は一人も見たことがない。日常生活においても半世紀以上私は一人も見たことがない(鼻を見て「あれっ」と思う人に会ったことがない)。

 なぜ、お笑い芸人には鼻が大きくなる人が結構いるのだろうか。お笑いをやっていたから鼻が大きくなるとは思えない。いや、長年ずっと必要以上に顔の筋肉や顔面神経などを使って大笑いをしていたから刺激を受けて大きくなったという可能性もなくはないか。お笑いを目指すような人に共通の生物学的特徴でもあるのだろうか。不思議である。

 子どもに注意すると、「なんでダメなの?」と聞いてくることがある。教師がそれを教えても、子どもの頭を素通りしたり定着しなかったりすることがけっこうある。場合によっては、言い返してくる子どももいるかもしれない。教師は、「自分で考えてごらん」と言って、子どもに自分自身を振りかえさせることも必要であろう。

 子ども「先生、どうすればいいですか」→教師「あなたはどうすればいいと思いますか?」

 子ども「先生、○○君が掃除をさぼっています」→教師「あなたにできることはありますか?」

 教師は、子どもに対して何事もバカ丁寧に力説(説教)すればいいというわけではない。これは、親にも言えることだろう。特に子どもは面倒くさがりなので、すぐに人の頭を使おうとする。

「ソ、ソ、ソクラテスか、プラトンか~、ニ、ニ、ニーチェか、サルトルか~、み~んな悩んで大きくなった♪」。今年も野坂氏の命日がやって来る。

 新語・流行語大賞が発表され、今年の大賞は「ふてほど」に決まった。

 やはり今年もはじめて聞く言葉だった。けっこうテレビやネットを見ているのだが・・・。

 唯一の救いは、ようやくプロ野球から離れてくれたことだ。誰かさんも、世間の批判によって、自分がやっていたことがようやくわかったのだろう。

 選考委員の入れ替えもなされているが、やく氏だけがずっと残っている。よどみ解消のため、新たな風を吹かせるためにも、来年は彼も辞任したほうがよいだろう。毎年知らない野球の言葉だと、国民は1年を振り返る年末にがっかりした気持ちになってしまう。

 今年、個人的によく耳にした言葉は「裏金問題」だった。もしこれが大賞に選ばれていたら、受賞者は誰になったのだろうか。対象者が多すぎる。代表して「安倍派5人衆」が適当であろうか。5人が、ピコ太郎のような金ぴかの衣装で頭をかきながらステージに現れたら、少しは見直すのだが・・・。言い訳しているより、はるかに信用できる。 

 テレビ朝日で「相葉マナブ」という番組をやっている。ジャニタレ(ジャニーズ事務所による圧力・脅迫営業によって今の地位を得たタレント)の相葉氏と小峠氏と澤部氏とあばれる君、ハナコの岡部氏でやっているが、相葉氏は必要だろうか。むしろ、いないほうが面白いし安心して見ていられる。

 相葉氏以外はそれぞれが一人で番組を持っていて、コメントも面白いし進行もうまい。相葉氏は、あたり前のことを言いながら、無感情にカンペ通りに進行するだけである(わざとではなく表現力が乏しい)。彼は番組をつまらなくしているが、他のメンバーの力で面白く魅力のある番組にしている。それなら、相葉氏はいらないと思う。

 ジャニタレの冠番組や、ジャニタレが主役のドラマの時には、ジャニタレ以外の周囲の芸人や俳優を、複数の主役級でそろえる。そこまでして、ジャニタレを中心にした番組を作る必要があるのだろうか。ジャニーズ事務所が崩壊した今でも、テレビ局だけはいまだに才能のないジャニタレに忖度している、あるいは(事務所と)癒着関係があるという証拠であろう。

 ジャニタレではなく、初めから小さな芸能事務所であったとしたら、冠番組を持ったりドラマの主人公であったり年に一度の歌謡祭の司会をしたりするようなことは、魅力や才能から絶対に無い。

 全てのテレビ局は、ジャニーズ事務所問題が発覚した際、完全な第三者委員会による社内調査・報告を最後まで拒否し、さらにはテレビ局自身による「いいとこどり」の誤魔化し報告書を公表して世間をだました。二重の罪を犯した。そして、1年以上たった今でも真の「反省」から逃げたままで営業を続けている。テレビ局は、世紀の性犯罪を数十年にわたり陰で支え続けた罪を「反省」しない限り、いまだに続けている忖度や癒着関係がなくなり、公平・公正な情報通信会社に生まれ変わることはあり得ない。反省なしに改善や進歩は絶対に無い。その日が来るまで、私はテレビ局の全てを信用しない。