筑波大や広島大、学芸大、横浜国大、兵庫教育大や上越教育大など小・中学校の現場の授業と深く関わりながら研究をしている学校教育系の教育学研究科ではなく、教育現場と深いかかわりのない東大や東北大、京都大などの教育学系の教育学研究科の院生が書いた修士論文や博士論文を見ると、小・中学校における指導法や子どもによる問題解決、教材分析に関するものもあり、それらは前者の大学の院生や研究者(教授や准教授、講師)が書いた論文をなぞったり(複数の論文を切り貼りしたり)、その論文を自分が誤って解釈して自分の言葉に置き換えただけの論文であったりするものがけっこうある。
そして、その参考・引用文献を見ると、前者の大学院の院生や教授、准教授などが書いた論文や、教育現場に即した伝統のある学会誌に掲載された論文がほとんど書かれていない。つまり、読んではいるが知らないふりをし、それをあたかも自分が考え分析したかのように論文をかいているように私には見えるのである。
学芸大や兵庫教育大などの図書館には、自治体から派遣された小・中学校の教員が書いた実践的学術論文が膨大にある。同じような論文を書くのであれば、誰かが新たに研究することは無い。わからない人が図書館に行って論文を読めばよい。だから、まずはすでに研究されているテーマでないかどうかを知ることが研究(論文作成)の出発点である。東大などの院生は、最低限先行研究には目を通し、まだ研究されていないテーマがあった場合に限り、研究をし論文を書いていくようにしなければいけない。その際、自分が見た先行研究論文は必ず「参考文献」や「引用文献」としてしっかり明記することが、最低限のルールである。
都道府県によっては、何もわからずに「東大」という名前の権威にまどわされて、東大の研究者が提唱している授業改善の一手法を取りあげ、実践している学校が多い県がある。効果もまだ明らかになっておらず、学校教育系大学では全く触れられもしないものであり、本当に子どもたちにやらせて大丈夫なのかと思ったこともある。しかし扱う学校も次第に減り今では下火になったので、個人的にはほっとしているが、学校教育と日常的に深く関わっていない教育学研究科(いいかえば、偏差値の非常に高い国立大学の教育学系大学院)は、院生も教員(教授や准教授、講師)も少し「すみわけ」(研究の方向性、役割)を考えなおし、専門性や大学の特徴を生かして無駄のないすばらしい研究を行ってもらいたいと思うのである。