中山美穂氏が、離婚の一因として、辻仁成氏が中性になったことを話していたのを見た。
離婚前なのに、渋谷慶一郎氏が近づいて中山美穂氏の世話をした経緯も見た。
中山氏は周囲に翻弄され、実行した。
私の中では、加害者と被害者が明確になっているが、ここでは言えない。
私たちの青春時代を楽しいものにしてくれた一人として、彼女は私たちの心の中で生き続ける。
ご冥福をお祈りいたします。
中山美穂氏が、離婚の一因として、辻仁成氏が中性になったことを話していたのを見た。
離婚前なのに、渋谷慶一郎氏が近づいて中山美穂氏の世話をした経緯も見た。
中山氏は周囲に翻弄され、実行した。
私の中では、加害者と被害者が明確になっているが、ここでは言えない。
私たちの青春時代を楽しいものにしてくれた一人として、彼女は私たちの心の中で生き続ける。
ご冥福をお祈りいたします。
サンドイッチマンの「帰れマンデー」を見た。今日のゲストは、内田有紀氏と宮川大輔氏だった。
サンドイッチマンの伊達氏は、宮城の食べ物を宣伝したいようで、突っ走っていた印象を受けた。
仙台藩の藩校に面白い池があるということで訪れたが、藩校の建物を見た内田氏はその立派さに驚き、内部をのぞきながら欄間など造りの感想を話したりしていたが、サンドの2人はさっさと池に行き、内田氏がずっと建物について話しているのに2人は池から離れずに魚を見ていた。その間、宮川氏は内田氏をたて、ずっと寄り添って内田氏の感想一つ一つに言葉を返していた。内田氏は、どうしても池から離れず建物の方に来ないサンドをみて、「どうしても来ない」とぼそっと言いながらあきらめてサンドの2人がいる池の方に歩いて行った。その後を宮川氏もついていった。
全体に目配りをし、ゲストを引き立てながら、出演者全員に良いタイミングで声をかけ番組をよくすることに徹している宮川氏の思いやりと才能がとても光っていた。これまでうるさいだけかと思っていたが、とてもいい人で、優れた才能の芸人だと思った。
サンドイッチマンは大好きだし漫才も面白いが、宮城愛もやりすぎてはゲストも視聴者もうんざりするだろうし、最近少し自己中になってきている感じがして心配である。ここ5回ほど、連続でサンドの旅番組において、「ああ、まずいなあ」と思うような場面があった。例えば、ゲストと福島県の名産品を販売している道の駅のような大きなお店で買い物をすることになり、その時に伊達氏が「さあ、たくさん買いましょう」「かごいっぱいにどんどん買いましょう」といった旨の言葉を繰り返しゲストに話していた。サンドイッチマンの番組なので、メインの伊達氏に強くそのようなことを言われたら、ゲストはほしくもない物もたくさん買わないといけなくなる。見ていて、その強引さにとても嫌な感じがしたし、ゲストもかわいそうだった。
これまで、思いやりや気配りが目立った二人だから、「好感度ナンバー1芸人」だった。売れて大金持ちになっても、自分たちの良さだけは守り抜いてもらいたい。
スーパーに行くと、夫婦で買い物をしている人も多いが、女性はマスクをしているのに男性がマスクをしていないことが多い。その確率は高齢者になると、私の経験上では90%以上である。なぜ、高齢の男性はマスクをしないのだろうか。原因をずっと考えていた。高齢者男性は、トリプルデミックには感染しないということなのだろうか。
高齢者による車の操作ミスで、お店などに突っ込む事故も頻繁に報じられている。運転に自信のある人の年代別結果が発表になっていたが、最も運転に自信のある年代の割合が高いのが75歳~80歳で、30代や40代よりも高かった。
高齢者になると自分に対する誤認識が強くなり、その傾向はより男性が強いということなのだろうか。「病院に行ってみて」と言っても「俺は大丈夫だ」といって家族を困らせるのも男性だ。「頑固じじい」という言葉はあるが、「頑固ばばあ」という言葉は聞いたことがない。
ラジオを聞いていると、ここ数年、サザン、ユーミンの特集番組がとても多いように感じる。皆と同じように私も好きで若い頃から聞いていたが、これほど連続で聞かされる、さすがにうんざりしてしまう。今では、テレビでもラジオでも、曲が流れてくるとすぐに違う番組に買えるようになってしまった。「サザン、ユーミン、ミスチル、ドリカム」の曲はもう聞きたくなくなった。とても悲しい。もっと早く、これらの特集を見たり聞いたりしないようにすればよかった。
午前中、ニッポン放送の「サンデーヒットパラダイス」を聞いていたら、来週は「まるごとサザン180分」という宣伝をしていた。サザンの曲も流れてきたので、すぐに違う局に変えた。今年の夏にも、この番 組でまるごとサザン特集をやっていた記憶がある。数か月おきなのか。
いくらいい曲でも、常に聞かされていると、だれだって飽きてくるだろう。マスメディアは、そのようなことも考えて、曲やアーティスト、そして視聴者や聴衆者をもっと大切にしてもらいたい。アーティストたちは、メディアのこのような行動を悪く思ってはいないのだろうか。
現在快晴なのに、ある天気予報サイトには「30分後に降雨」という表示が出ている。空を見渡しても雲1つない。
サイトによって、同じ地点の翌日の予想最低気温も違う。時には、今の時点で雨が降っており、しばらく続きそうな空模様なのに、1時間ごとの予想天気を見ると、現在もそして夕方まで晴れマークが続いていることもよくある。その発表時刻はいつも数十分前になっている。
もう少し正確に、そのもっとも正確と思われる情報を統一して流してもらいたい。天気も気温も不正確だし、サイトによってまちまちなんて、ここまで科学が発達した現代においては考えられないことである。おそらく、人間の怠慢や自己の利益(天気予報会社の都合や設備投資の節約等)が優先され、利用者が被害を被っているのではないだろうか。
それから、○○町の現在の風速や降水量なども、サイトによってはピンポイントで表示されるが、おそらくその地点から最も近い観測地点の情報を「〇〇町の風速」などとしているのだろう。しかし、これまた外れることが多い。しかもその誤差が大きすぎるのである。雨量なども異なるが、特に風速が大きく違いすぎることがとても多い。地形も関係するのだろう。先日も、ものすごい風が吹いている時(風速12~15m位だと思われる)、同地点の現在(10分前)の風速が0.5mと表示されていた。
天気予報サイトは、無理をして嘘をつくこともなく、堂々と観測所や観測計のある地点の地名の天気や風速として発表したほうがよい。信用失墜を加速させ、オオカミ少年になりかねない。
市民は、観測所や観測地点の情報をみれば、そこから幅を持たせて自分たちで予想する。そのほうが真逆に外れることも少ないだろう。
北野武氏は、映画監督や大学教授、俳優、現代アート、コメンテーターなど、様々な分野で活躍をしている。それらの分野の才能は、いか程なのだろうか。人気があるからといっても、人気というのはテレビ局の方針一つで決まるので、人気と才能は比例するわけではない。全く面白くなく、世間からも受け入れられず、テレビにずっと出られなかったお笑い芸人が、突然多くの番組に出るようになり、司会をやったり冠番組をやったりしているというケースは非常に多い。
話を戻すと、北野氏の映画は最初日本では認められず、海外の映画祭で賞を取ってから、テレビ局の力で「世界の北野」というキャッチフレーズのもとで監督としての人気が作り上げられていった。なぜ彼の映画は海外で評価を得たかというと、日本人の感覚や性格、習慣や庶民文化が表れた彼の作品が海外の人から見るととても新鮮で、素晴らしく見えたのだろう。「彼」ではなく「日本の異質さ」に新鮮さを感じ、魅了されたのだと私は個人的に評価している。だから日本人から見ると彼の作品は普通の映像作品でしかなく、海外の有名な賞を取ったあとから、彼の作品は「素晴らしいのだろう」となった。彼は日本の過去の作品を参考にしたり一流の俳優を採用して本人に演技を任せたりしている。映画監督としての才能は、どうなのだろうか。
大学教授としての学生への指導では、裏話などではなく、映像作品制作における専門的な指導が行われていたのだろうか。
俳優としての演技力は、昨日もドラマに出ていたが個人的には不自然で表現力も豊かではないように感じられる。少なくとも、彼以外の日本の全ての俳優と比較すると、違いは皆が感じるのではないだろうか。
現代アートは、海外での映画祭の時に並行して彼の作った造形物が現地で展示されるが、率直な個人的感想は、地方の小さな秘宝館にあるような作品のように見えた。現地の外国人も、映画監督の北野氏が作ったものだからということで、じっくりと見ていた。このような状況を見ると、本当に悲しくなってくる。北野氏本人も現地の市民もみんなわかっているのに、偽善的な表現をせざるを得ない。つらいだろうと思う。
彼は、自身のお笑いや監督業、演技力について、たまにボソッと本音を言うことがある。普通は隠すと思うのだが、正直に話す。誠実でとてもいい人なのだろう。彼は自分や周りのことがよく見えており、賢い。だから、コメンテーターとしての意見にも客観性もあり、弁護士コメンテーター達とは一線を画している。
彼こそ、テレビ局の力を最大限に生かして駆けのぼった時代の寵児である。それも一つの才能であろう。
『原爆投下を受けて、全米キリスト教会連邦協議会のサミュエル・カバート事務総長はトルーマンに「多くのキリスト教徒が動揺している。それが無差別破壊だからだ」と電報を送りましたが、トルーマンはこう返信しました。「獣を相手にするとき、あなたはそれを獣として扱わなければならない。大変残念だが、それでも真実だ」。戦後も「後悔していない」「全く心が痛まない」と繰り返し語りました。1958年のCBSの番組で、道義上の問題があるので決定は難しかったのではないかと問われると、「とんでもない。こんな調子で決めたよ」と、ボーイを呼ぶように指をパチンと鳴らしました。』(2017/01/15 「産経新聞」より抜粋)
https://www.sankei.com/article/20170115-IEV2UALKE5KNLA6I3M6PYS24WE/
アメリカ国民は、このような事実を知っているのだろうか。当時だけではなく、現在でも多くのアメリカ人は「原爆投下は正当なことだった」という。中国のようにアメリカでも政府によって完全に情報統制がなされているのだろうか。しかし、中国国民と違ってアメリカ国民は自国内でネットを通して海外の情報を目にすることができるはずである。どういうことなのだろうか。トルーマンだけが差別主義者なのではなく、昔も今もアメリカ国民の多くが心の奥底では日本人をバカにしており、原爆が落とされた経緯を黙認したり意図的に知らん顔をしたりしていると理解すれば、すべてが腑に落ちる。
いや、アメリカのみではなく、現在のヨーロッパ諸国民も、東京裁判を公平・公正で正当なものだとしている(現在からみて異議を唱えない)。現代においても加害者側による偽装裁判を正当化するのであれば、現在のヨーロッパの国民も、心のどこかで日本を見下しているように思うのである。
今は日本を訪れる観光客がとても多い。しかし、それと差別意識は関係ない。韓国人の多くは、日本が海に沈んで無くなればいいと思っており、日本で災害が起きるととてもうれしくなるそうだ。しかし、日本に観光にやって来て、とても喜び帰っていく。それは韓国人にとって日本人であろうと何という名前の国であろうと関係がなく、韓国の隣の土地にあった景色や品物に喜んだだけである。
もし、日本人に対する差別意識や不平等な扱い、不正確な歴史を世界から無くすのであれば、これから日本は世界とどのようにやっていくのが良いのだろうか。
このままの状態でも非常に大きな被害を受けるわけでもないので、波風立てず、日本だけが嘘や不正を容認し不当な非難を我慢をして今のまま行くのであれば、それはそれで一つのほどほどの生き方であろう。しかしその場合、この状況は地球が終わるまで続くだろう。もし変えるのであれば、大きな覚悟と大きなエネルギーが必要となるが、その元気は日本にない。選ぶのはやはり前者ということに落ち着きそうだ。世界では、「勝者が正義」なのであろう。残念である。
久しぶりに浅田真央氏がテレビ番組に出演していた。
彼女を見るたびに「ハーフ&ハーフ」という言葉が思い出される。しばらく休養を取った後に再び大会に挑戦したが、以前にも増して試合への不安が増大しており、良い結果が出せなかった。
羽生結弦氏も北京オリンピック後に「スケートを極めていきたい」と発言したり、競技会には出場せずに4回転アクセルを練習していくと発言するなど、迷いが感じられた。
高橋大輔氏も、引退したり復帰したりで、結局現在はどちらなのか素人にはよくわからない。
フィギュアスケートというのは、試合は技術や表現ではなく精神の強さを競うチキンレースのようだし、日常生活でも精神的に参ってしまうように感じられる。
日本のスポーツ競技選手は、もっとセルフコントロールを科 学的・専門的に学び習得したほうがよいと思う(個人やコーチに一任するのではなく、協会やJOCとして取り組むことが重要)。
いろいろな大学病院の医師の紹介写真を見ると、腕組みをしている人が多い(証明写真ではなく全身がうつった写真や大学病院の広報のような冊子の写真、科の紹介サイト、雑誌での病院や医師特集などの写真)。歯科医になると、歯科医が複数いる中規模クリニックでも目につくようになる。
例えば、小学校の教員や銀行員、デパートの店員や営業担当者で腕組みをしている実際の人や写真、映像などを見たことがない。
傲慢な心や能力が優れているように見せたい気持ちの表れなのだろう。あまりにも恥ずかしくて、私にはできない。
以前、指導主事が「腕組みをすることは体の前でバツ(腕で✕印)を作ることで、子どもの前でやっては いけない。信頼関係ができない」と話していたことを思い出した。まったくその通りだとも私は思わないが、腕組みをしている人を見て、少なくともいい気持ちにはならない。オフィシャルな場面や式典、天皇陛下の前などではできないマイナス表現である。
医師は実力で能力で勝負してほしい。他人の命や健康が仕事の対象なのだから。「実ほど、頭を垂れる稲穂かな」。
国民は、国民民主党の議席を少しだけ増やしてあげた。その理由は、「○○円の壁云々」という主張に共感したからというが、それよりも国民民主党は原発新設を強く訴えている党であるということをわかって国民(の一部)は投票したのだろうか。一つの小さなしくみなどの話ではなく、日本全部が、あるいは日本の広範囲の国土が終わる話のほうがはるかに重要で見逃せないことである。今日のニュースでは、国民民主党が、もともと原発推進派である自民党に力を貸すことで、原発新設も現実味を帯びてきたと報じていた。
地震大国日本では、どこで大地震が起きてもおかしくない。断層だらけの危険な国である。M8以上の大地震が起きる可能性のある地域マップでも見てもらいたい。どうしようもできないから、マスコミもあまり触れていないが、日本ではどこでも大地震が起きる可能性がある。
国民民主党は、このような国で原発を再稼働するだけでは足りなく、増設していくことを強く訴えている党である。国民は、そのことを知ったうえで国民民主党を応援するならわかるが、そうであれば原発が再び地震や停電によって爆発し国土が広くやられてしまっても後悔をしてはいけない。国民は、わかってそちらを選んだのだから。「知らなかった」、「こうなるとは思わなかった」、「想定外だった」とは絶対に言わせない。
どこで大地震が起きてもおかしくない日本では、原発をつくってはいけないことぐらいは、小学2年生でも判断できる。原発が壊れたら、玉木氏が「役職を辞任します(政治家は続ける)」と言っただけで済む話ではない。玉木氏が家などを財産をすべて出しても、政治家を辞めても、命をかけても、原発事故の被害にあう膨大な数の人々の中のたった一人の生活すら元に戻すことはできないのである。責任の取れないことをやったり主張したりしてはいけない。
国民も、意図的に思考を停止せず(嫌なことから逃げたりせず)、よくよく考えて行動したほうがよい。一時の感情で動きすぎる