『原爆投下を受けて、全米キリスト教会連邦協議会のサミュエル・カバート事務総長はトルーマンに「多くのキリスト教徒が動揺している。それが無差別破壊だからだ」と電報を送りましたが、トルーマンはこう返信しました。「獣を相手にするとき、あなたはそれを獣として扱わなければならない。大変残念だが、それでも真実だ」。戦後も「後悔していない」「全く心が痛まない」と繰り返し語りました。1958年のCBSの番組で、道義上の問題があるので決定は難しかったのではないかと問われると、「とんでもない。こんな調子で決めたよ」と、ボーイを呼ぶように指をパチンと鳴らしました。』(2017/01/15 「産経新聞」より抜粋)

https://www.sankei.com/article/20170115-IEV2UALKE5KNLA6I3M6PYS24WE/

 

 アメリカ国民は、このような事実を知っているのだろうか。当時だけではなく、現在でも多くのアメリカ人は「原爆投下は正当なことだった」という。中国のようにアメリカでも政府によって完全に情報統制がなされているのだろうか。しかし、中国国民と違ってアメリカ国民は自国内でネットを通して海外の情報を目にすることができるはずである。どういうことなのだろうか。トルーマンだけが差別主義者なのではなく、昔も今もアメリカ国民の多くが心の奥底では日本人をバカにしており、原爆が落とされた経緯を黙認したり意図的に知らん顔をしたりしていると理解すれば、すべてが腑に落ちる。

 いや、アメリカのみではなく、現在のヨーロッパ諸国民も、東京裁判を公平・公正で正当なものだとしている(現在からみて異議を唱えない)。現代においても加害者側による偽装裁判を正当化するのであれば、現在のヨーロッパの国民も、心のどこかで日本を見下しているように思うのである。

 今は日本を訪れる観光客がとても多い。しかし、それと差別意識は関係ない。韓国人の多くは、日本が海に沈んで無くなればいいと思っており、日本で災害が起きるととてもうれしくなるそうだ。しかし、日本に観光にやって来て、とても喜び帰っていく。それは韓国人にとって日本人であろうと何という名前の国であろうと関係がなく、韓国の隣の土地にあった景色や品物に喜んだだけである。

 もし、日本人に対する差別意識や不平等な扱い、不正確な歴史を世界から無くすのであれば、これから日本は世界とどのようにやっていくのが良いのだろうか。

 このままの状態でも非常に大きな被害を受けるわけでもないので、波風立てず、日本だけが嘘や不正を容認し不当な非難を我慢をして今のまま行くのであれば、それはそれで一つのほどほどの生き方であろう。しかしその場合、この状況は地球が終わるまで続くだろう。もし変えるのであれば、大きな覚悟と大きなエネルギーが必要となるが、その元気は日本にない。選ぶのはやはり前者ということに落ち着きそうだ。世界では、「勝者が正義」なのであろう。残念である。